東京地方裁判所 平成12年(ワ)15868号 判決 2001年11月19日
原告
高瀬勝也
同訴訟代理人弁護士
水口洋介
被告
有限会社オー・エス・ケー
同代表者代表取締役
沖田幸雄
同訴訟代理人弁護士
阿部博道
主文
1 被告は原告に対し、一七八万二〇〇六円及びこれに対する平成一一年一二月二六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
主文と同旨
第二事案の概要
1 本件は、被告に勤務していた原告が、被告に対し、労働契約に基づき平成一一年九月二一日から再就職をした日の前日である同年一一月三〇日までの賃金及びこれに対する最終の支払期日の翌日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求め、被告は原告が労働者ではない、仮に労働者であっても労働契約を合意解約した、又は解雇したなどと争う事案である。
2 争いのない事実等
(一) 当事者
原告(昭和三三年生まれ)は、コンピューターシステム技術者であるが、平成七年二月九日、土木工事管理のためのコンピューターシステムの開発を業務とする有限会社である被告に従業員として中途採用(書証略)された。
(二) 原告は平成八年四月一日被告の取締役に就任した。その後被告は原告の給与を役員報酬として会計処理していた(書証略)。また、原告は部下からの欠勤等の届出書に印鑑を押捺していた(書証略)。
(三) 紛争に至る経緯(原告本人、被告代表者、弁論の全趣旨)
被告では、平成一一年八月末ころから、積算プログラムの販売目標を立てて役員らが売り込みを行っていたところ、被告は、原告が四本の販売目標に対し三本と目標を達成していないとして同年九月二五日ころ支払うべき九月分給与を支払わなかった。同月三〇日、原告が被告代表者に対し再度給与の支払を求めたところ、おおよそ、被告代表者は「販売目標を達成しない者は給与を受け取るべきではない」旨、これに対し原告は「販売数を約束したわけではない」旨、被告代表者は「では被告をやめるということか」という内容のやりとりがあった。
(四) その後の経過(証拠略)
同年一〇月一日、原告は被告に対し、通勤手当請求書を提出したが、被告はその支払をしなかった。同月六日ころ、被告代表者は原告に対し、取締役を辞任するよう要求したが、原告はこれを拒否した。同月一二日ころ、被告は、雇用保険被保険者離職票に離職年月日及び離職理由を同月四日付解雇と記入して同資格喪失手続を行った。
同月二六日、原告は被告に対し、「解雇異議通知」と題し、不当解雇であり承服できないこと、解雇予告手当等の他、割増分を含む退職金として給与四か月分の支払を求め、その支払がない場合は解雇不当につき法的措置を取るとの書面を送付した。
(五) 給与
原告は、平成一一年九月当時月額で七七万四七八六円(通勤手当三万一四九三円を入れると額面八〇万六二七九円)の給与の支給を受けていた。
被告の賃金支払方法は、計算期間二一日から二〇日までで二〇日締めの二五日払いである。また、原告の給与を平成一一年一一月二一日ないし三〇日で日割り計算した金額は二三万二四三四円である。
(六) 被告には就業規則が存在しない。
3 争点
(一) 原告の地位
原告は、被告の取締役就任に伴い従業員たる地位を喪失したか。
(被告の主張)
原告は取締役就任後、勤務や業務成績にかかわらない定額の役員報酬を支給されるようになり、就労時間の拘束や被告代表者からの個別の指揮命令を受けずにソフトウエアの開発や改良等を一任されており、名実共に取締役となり従業員たる地位を喪失した。
(原告の反論)
原告は、取締役就任後も、タイムカードにより就労時間の管理を受け、業務・職務・指揮系統も従来のとおりであり、何ら経営には関与していない。
(二) 合意解約の成立
(被告の主張)
平成一一年九月三〇日、2(三)のやりとり後、原告が被告代表者に対し、労働契約終了の意思表示をし、被告代表者はこれを承諾した。
(原告の反論)
被告は、一〇月一日、原告が通勤手当請求書を提出したのに対し、「やめる者に通勤手当は不要だ。やめてもらう」などと言って原告を解雇する旨の意思表示をした。
(三) 解雇及び解雇権濫用による解雇無効
(被告の主張及び反論)
合意解約の主張が認められない場合は予備的に解雇の意思表示を主張する。
被告は平成一一年八月末期の平成一〇年度決算の業績からこのままでは経営が成り立たなくなる状況であったため、人員削減による経費の節減は不可避であった。かつ原告は他の従業員に比べて多額の給与を得ていたことから原告を解雇することによる経費削減の効果は大きかった。また、当時原告が担当すべき業務は乏しく、経営危機を乗り切るため役員を含め行っていた営業活動を行わない以上、解雇は不可避であった。よって、解雇は有効である。
(原告の主張)
原告はコンピューターシステムの開発で被告の事業に貢献し、積算プログラムの販売目標四本に対し三本の実績を上げていた。また、被告は原告に対し事前の説明協議の手続も経ず、解雇回避努力もしていないから、解雇権濫用により解雇は無効である。
(四) 解雇の承認(被告の主張)
原告は、被告に対し、離職票の発行を請求して労働保険給付の手続をとり、解雇予告手当等の請求をするなどしたことにより、被告の解雇の意思表示に対し黙示に承認した。
第三争点に対する判断
1 争点(一)(原告の地位)について
(一) 前提となる事実関係
前記争いのない事実等に、(書証略)、原告本人及び被告代表者(一部)並びに弁論の全趣旨を併せれば、<1>原告の給与は、従来、手取りで月例賃金四五万円に賞与として合計五か月分(年収七六五万円)が支給されていたものが、取締役就任に伴い一二か月均等割りの手取りで月額六五万円(年収七八〇万円)と、支払方法が変更されると共に金額が約二パーセント増加し、被告の会計処理上も役員報酬として支給するようになったこと、<2>原告は、被告従業員の欠勤等の届出書につき、部下である河瀬篤分には捺印し、そうではない高野悦子分は捺印していなかったこと、これに対し白川常務、沖田専務、被告代表者は両者に捺印していること、他方、原告の取締役就任前後を通じて同様に、<3>原告は、通勤手当の支給を受けてタイムカードを使用し、欠勤の場合は白川常務に連絡したこと、<4>原告の業務内容も変わりなく、ソフト開発につき具体案を提示し、白川常務及び根幹にかかわるものは被告代表者に採否を確認した上作業を続行していたこと、<5>被告の重要事項は概ね被告代表者や白川常務らが決定し、原告は直接関与しなかったこと、<6>被告は原告について雇用保険加入の手続をしており、その他取締役就任に伴って従業員としては退職する手続が取られた形跡はないこと、また、<7>原告は平成一一年八月末ころ本来の業務内容とは異なる販売業務に従事することを事実上命令され、その目標が達成できなかったとして給与の支払を拒否されたこと、以上の事実が認められる。(書証略)及び被告代表者のうち同認定に反する部分は採用しない。
(二) 判断
被告の主張に副う事実としては、(一)<1>及び<2>が存するが、<1>はその実質たる昇給額が従業員として通常の昇給と見ても不自然ではなく、主に会計処理等形式面での変更に過ぎず、<2>は従業員たる地位の上司が業務に支障がないことを確認するなどの趣旨で印鑑を押捺することも当然ありうる。したがって、これらの点から原告が取締役就任に伴って従業員たる地位を喪失したと認めるには至らない。かえって<3>ないし<7>によれば、原告の就業形態は取締役就任後もほとんど変更がなく、被告との間の支配従属関係に基づいて労務を提供し賃金の支払を受ける労働契約関係が継続し、その給与は全額労務提供の対価たる賃金の性質を有するものと認められる。よって、原告は被告に対し賃金として前記第二、2(五)の給与を請求できる地位にある。
2 争点(二)(合意解約の成否)について
被告代表者(書証略)は被告の主張に副う供述をするが、前記第二、2(三)及び(四)の経過はこれとは矛盾するものであり、かつ、そのことに関し(書証略)を含めても首肯しうる説明がなされていないことに照らして直ちに採用できない。他に被告の同主張を認めるに足りる証拠はない。
3 争点(三)(解雇及び解雇権濫用による解雇無効)について
原告に対し解雇の意思表示がなされたことは当事者間に争いがないこととなるので、解雇権濫用による解雇無効について判断する。
(書証略)、原告本人及び被告代表者(一部)並びに弁論の全趣旨によれば、<1>被告では、平成八年度以降売上高が大幅に減少し、平成一〇年度末(平成一一年八月期)には一二〇〇万円もの営業損失を計上したこと、他方、<2>平成一一年八月期でも、最終損益はわずかながら利益を計上し、当期未処理利益が五二〇〇万円に達していること、<3>原告は、販売済みの約三〇〇本のソフトの保守管理業務に現実に従事していたこと、<4>被告は、整理解雇を行うことを前提としてその必要性、解雇回避の可能性及び解雇者の選定基準の検討をしておらず、したがってまた、原告に対してもこれに関する説明をしていないこと、以上の事実が認められる。
ところで、使用者の解雇権の行使も、それが客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認することができない場合には権利の濫用として無効となるものと解するのが相当である。その中でも、いわゆる整理解雇は、労働者の落ち度によらないで、労働者から一方的に収入を得る手段を奪い、労働者にとって重大な結果をもたらすものであるから、このような解雇の効力については、慎重に判断されなければならず、人員削減の必要性があったかどうか、解雇回避努力を尽くしたかどうか、被解雇者の選定に妥当性があったかどうか、解雇手続が相当であったかどうか等について検討し、これらの要素を総合考慮の上、解雇の効力を判断するのが相当である。
上記<1>によれば人員削減の必要性があったこと自体は否定できないとしても、<2>ないし<4>によると、解雇回避の可能性は存し、また選定基準や解雇手続は不合理なものであったと推認できる。その他解雇の合理性を裏付けるに足りる資料は存しない。よって、本件解雇は客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認することができず、権利の濫用として無効となる。
4 争点(四)(解雇の承認)について
原告は被告に対し離職票を交付するように求めたが、それは生活のためやむを得ずしたことであり(原告本人)、解雇予告手当等の請求も、前記第二、2(四)のとおり、原告は被告に対し、一〇月二六日、「解雇異議通知」と題し、不当解雇であり、承服できないこと、解雇予告手当の他、割増分を含む退職金として四か月分の給与の支払を求め、その支払がない場合は解雇不当につき法的措置を取るとの書面を送付したものであるから、これらをもって解雇を異議なく承認する意思を表示したとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
5 結論
以上のとおりで、原告の請求は理由があるから認容する。
(裁判官 多見谷寿郎)