東京地方裁判所 平成12年(ワ)16257号 判決 2001年7月10日
原告
破産者株式会社a紙巧
破産管財人X
被告
Y1
同訴訟代理人弁護士
太田耕造
被告
有限会社湯本機械
同代表者代表取締役
Y2
被告
Y2
被告
株式会社湯本機械販売
同代表者代表取締役
Y2
上記三名訴訟代理人弁護士
鈴木秀男
被告
富士火災海上保険株式会社
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
戸田伸吾
主文
1 被告Y1及び被告Y2は、原告に対し、各自金一三四九万円及びこれに対する平成一二年二月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告株式会社湯本機械販売は、原告に対し、金一三四九万円及びこれに対する平成一二年九月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 被告富士火災海上保険株式会社は、原告に対し、金一三四九万円及びこれに対する平成一二年二月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
4 原告の被告有限会社湯本機械に対する請求を棄却する。
5 訴訟費用は、原告に生じた費用の一〇分の九と被告Y1、被告株式会社湯本機械販売、被告Y2、被告富士火災海上保険株式会社に生じた費用を被告Y1、被告株式会社湯本機械販売、被告Y2、被告富士火災海上保険株式会社の負担とし、原告に生じたその余の費用及び被告有限会社湯本機械に生じた費用を原告の負担とする。
6 この判決は第1項ないし第3項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1 主文第1項ないし第3項同旨
2 被告有限会社湯本機械は、原告に対し、金一三四九万円及びこれに対する平成一二年二月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は、破産者株式会社a紙巧(以下「破産会社」という。)の破産管財人である原告が、被告ら(被告富士火災海上保険株式会社(以下「被告富士火災」という。)を除く)によって、破産会社所有の社屋内から印刷機械等一式が破産会社に無断で搬出されたうえ、海外の業者に転売されたと主張し、同被告らに対し、主位的に不法行為による損害賠償を求め、予備的に否認権行使により、前記機械一式の価額の償還請求を求め、また被告富士火災に対しては、損害保険契約に基づき前記機械一式が盗難にあったことを理由に損害保険金を求めた事案である。
なお、原告が求めた遅延損害金は、上記の各請求に対する各被告に対する訴状送達の日の翌日からのものである。
1 前提事実(争いのない事実及び証拠上容易に認められる事実)
(1) 破産会社は、B(以下「B」という。)を代表取締役とし、主としてポスターやパンフレットの印刷を行ってきた会社であったが、平成一〇年一月ころ、大口の取引先が倒産して売掛金の回収ができなくなったことから資金繰りが一挙に逼迫し、その後は何とか金融業者からの借入れなどによりしのいできたが、平成一一年一一月一日及び同月四日に手形の不渡りを出すに至った。
平成一一年一一月五日、破産会社は、東京地方裁判所に破産の申立てをし、同裁判所により、同月二四日午前一〇時三〇分、破産宣告を受け、原告が、破産会社の破産管財人に選任された(≪証拠省略≫)。
(2) 被告Y1(以下「被告Y1」という。)は、株式会社アドバンスという家電等の卸販売会社を営む者である。被告有限会社湯本機械(以下「被告湯本機械」という。)は、印刷機械の販売等を主たる業とする会社、被告株式会社湯本機械販売(以下「被告湯本販売」という。)は、印刷機械の製造、販売を主たる業とする会社であり、いずれも被告Y2(以下「被告Y2」という。)が代表者を務めている。被告富士火災は、損害保険業を営む株式会社である。
(3) 平成一一年五月九日、破産会社と被告富士火災は、以下の内容の店舗総合保険契約の更新契約を締結した(以下「本件保険契約」という。)。
① 保険期間 平成一一年五月九日から平成一二年五月九日まで
② 保険金額
動産 四一五〇万円
商品製品 一〇五〇万円
③ 保険者 被告富士火災
④ 被保険者 破産会社
⑤ 被告富士火災は、盗難(強盗、窃盗またはこれらの未遂をいう)によって保険の目的である建物、家財または設備・什器等について生じた盗取、き損または汚損の損害に対して、損害保険金を支払う(≪証拠省略≫)。
(4) 平成一一年一一月三日の時点で、破産会社は、別紙物件目録≪省略≫記載の印刷機械等一式(以下「本件物件」という。)を所有しており(ただし、コピー機はリース物件)、同日に至るまで破産会社の社屋内において占有していた。本件物件の時価合計額は、金一三四九万円である(証人B、≪証拠省略≫、弁論の全趣旨)。
(5) 本件訴状の到達日は、被告Y1、被告湯本機械、被告Y2に対しては、平成一二年二月一五日であり、被告富士火災に対しては、同月一六日であり、被告湯本販売に対しては、同年九月五日である。
2 争点
(1) 本件物件の盗難の存否―破産会社が被告Y1に対し、売渡担保契約を締結し、破産会社からの搬出に同意していたか、被告湯本機械、被告湯本販売の関与の有無
(原告の主張)
① 平成一一年一一月三日、被告Y1は、金融業者のC、Dをして、破産会社の社屋に侵入させた上、本件物件を同社屋から破産会社の承諾なく、搬出させ、もって、これを窃取した。被告Y1は、前記Cらを仲介人として、本件物件を被告湯本機械及び被告Y2に代金九〇〇万円で売却し、自らは、金五八〇万円を受領した。
② 被告湯本機械及び被告Y2は、本件物件が盗品であることを知りながら、または、過失によりそれを知らないまま、代金九〇〇万円で購入し、それを代金一四〇〇万円で海外の業者に転売した。
③ 被告湯本販売は、平成一一年一一月三日、破産会社の社屋にあった本件物件を、大型トラック及びクレーンを手配して、破産会社に無断で搬出して、もってこれを窃取した。
④ 本件物件は、平成一一年一一月三日、以上のように盗難にあった。被告Y1、被告湯本機械、被告Y2、被告湯本販売は、いずれも本件物件の盗難に関与し、それぞれの金銭的利益のため本件物件を無断で搬出、転売することを実行しており、主観的関連性がある。そうでなくとも少なくとも客観的関連共同性がある。したがって、前記被告らは、共同不法行為者として、連帯してその損害賠償の責任を負うべきである。また、本件保険契約上、被告富士火災は、原告にその損害保険金を支払うべきである。
(被告Y1の主張)
被告Y1が不法行為をしたとの原告の主張は否認する。平成一一年九月一日、破産会社に対する貸金の担保のため被告Y1は、本件物件を売渡担保として取得した。そして、被告Y1は、同年一一月一日に、破産会社代表者であったBから、買取業者を探して、本件物件を搬出することを依頼された。同年一一月二日、被告Y1は、破産会社に赴いたところ、鍵等を壊して破産会社を占拠していた金融業者らがおり、本件物件について所有権を主張していたので、それらの業者らに対し自らの権利について主張し、話し合いの結果、被告Y1が本件物件の売却代金から四〇〇万円を受領し、他の業者が残額を取ることで話し合いがついた。翌三日、被告Y1は、他の業者が本件物件を搬出するのに立ち会い、四〇〇万円を受領した。
以上のように、被告Y1は、破産会社との間で本件物件の売渡担保契約を締結した上、本件物件の搬出の了承を得ており、なんら違法な行為をしたものではない。
(被告湯本機械、被告Y2、被告湯本販売の主張)
被告湯本機械は、本件物件の搬出、取得、転売に関与していない。本件物件を購入して海外に転売したのは、被告湯本販売である。
平成一一年一一月二日、東山商事のDから、印刷会社倒産の連絡を受けて、被告湯本販売の代表者である被告Y2は破産会社に赴いた。そこで、Cと名乗る者から、本件物件の売却を持ちかけられた。その際、被告Y2は、Cから破産会社代表者の署名・捺印、印鑑証明書付の動産売渡証書及び動産(機械、什器備品等外)搬出許可書を示されたので、前記書面上買受人とされている被告Y1から委任された者であると信じ、かつ、本件物件のメーカーに所有権留保中の物件であるかを問い合わせ、代金完済との返事を得たので金九〇〇万円で購入することにした。被告湯本販売は、Cとは初対面であったので、面識のあったDとの売買にすることとし、同人に九〇〇万円を支払った。その後、被告湯本販売は本件物件を転売した。
したがって、被告湯本販売は、本件物件を破産会社の了解のもと購入したもので何ら不法行為をしていない。
(被告富士火災の主張)
原告主張の不法行為は争う。本件物件の搬出行為は、本件保険契約における「盗難」には該当しない。すなわち、被告Y1が主張するように、破産会社は、被告Y1に対し、本件物件の処分、搬出を了解しており、本件物件の搬出は、なんら破産会社の意思に反する占有移転、すなわち「盗難」ではない。
(2) 否認権行使の可否
(原告の主張)
仮に、被告Y1がBから本件物件の売渡担保、搬出について了解を得ていたとしても、被告Y1らの搬出行為及び自らの債権の弁済充当行為(以下「本件代物弁済」という。)は、破産会社の支払停止後になされた破産会社の義務に属しない行為である。
また、被告湯本機械及び被告Y2は、被告Y1の本件代物弁済につき前記のような否認の原因があることを知りながら、被告Y1から本件物件を九〇〇万円で転売を受けた。
したがって、原告は、被告Y1、被告湯本機械及び被告Y2に対し、破産法七二条四号、八三条一項一号により本件代物弁済及び上記転売を否認し、本件物件は既に海外に転売されているので、その価額の償還請求をする。
(被告Y1の主張)
原告の主張は争う。被告Y1は、前記主張のように平成一一年九月一日に本件物件につき破産会社との間で売渡担保契約を成立させており、原告主張の否認権の対象となるものではない。
(被告湯本機械及び被告Y2の主張)
否認する。被告湯本機械は本件物件の取得に関与していないし、被告Y2は被告Y1につき否認の原因があったことを知らなかった。
第3判断
1 本件証拠(≪証拠省略≫、証人B、被告Y1本人、被告Y2本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
① 破産会社は、Bが中心となって、昭和五一年に設立され、レコードレーベル、カセットのラベル、ポスター等の印刷を行っていた。昭和六二年には、ローランド四色印刷機を導入し、売り上げは順調に推移していた。
平成二年二月作成の契約書により、破産会社は、第日本インキ化学工業株式会社(以下「第日本インキ」という。)から本件物件のひとつであるローランド四色印刷機R204―OB型一台を据付け費用込みで、代金九六八二万円(消費税込み)で購入した。
② 破産会社は、その後、取引先を失うなどして売り上げが一時落ち込んだが、被告Y1に紹介された印刷会社であった株式会社エムエムイアートからチラシ等の注文を受けるようになって現金収入が入るようになって、資金繰りが一時好転した。しかし、破産会社は、平成一〇年七月九日、上記株式会社エムエムイアートが破産の申立てをし、破産会社が有していた売り上げ一五〇〇万円の回収が不能となって資金繰りに苦しむようになり、いわゆる街金からの借入れが多くなっていった。
③ 平成一一年八月二〇日ころ、破産会社は、被告Y1から、七五〇万円を借り、その返済のため利息分も含めて額面三〇〇万円の約束手形三枚合計九〇〇万円分を振り出し、被告Y1に渡した。同年九月三〇日ころ、Bが、前記手形のうち、同年九月三〇日満期の手形の決算資金が用意できない旨被告Y1に言うと、被告Y1は、Bに対し、被告Y1の兄が勤めている金融業者(アーバン)から金を借りてそれで決済するように言った。同日、Bは、被告Y1の申出に従い、新橋所在のアーバンに赴き、借金をして、上記手形の決済をした。その際、Bは、被告Y1の兄から会社の印鑑を貸して欲しい旨言われ、これを渡すと、同人は何枚もの紙にその印鑑を押した上、Bに署名するように求めてきた。Bは、金を借りるための手続きかと考え、深く考えることなく、その書面に署名したが、その際、被告Y1の兄からは、その書面についての説明はなく、その書面の意味するところもBにはわからなかった。
④ 平成一一年一〇月後半、破産会社は利息の支払いのための資金繰りにも限界が見えてきたため、Bは、いよいよ破産会社をたたむほかないと考え、破産会社の唯一の財産というべき本件物件を買取ってもらい、その代金で従業員四名の給料を支払い、残りを債権者に返還しようと考えた。そこで、Bは、印刷機械を購入した大日本インキに見積もりを依頼し、これに応じた大日本インキは、本件物件のうち、ローランド四色印刷機R204―OB型一台を一一〇〇万円及びシュナイダー断裁機セネター92型を八〇万円と評価して買いとる旨の見積書(≪証拠省略≫)を平成一一年一〇月二五日付けで破産会社に対して発行した。その買取有効期間は、平成一一年一一月一四日までとなっていた。このころ、Bは大日本インキの他に本件物件を売却することは考えていなかった。
⑤ 平成一一年一一月一日、Bは、被告Y1に対し、同人に渡した同日満期の手形が落とせない旨述べると、被告Y1は破産会社にBを訪ね、同人に対し、被告Y1が持参した現金で手形を決済するよう指示した。しかし、結局、他の手形の資金が用意できず、破産会社は第一回目の不渡りを出すに至った。
同日、被告Y1は、ファミリーレストラン(ジョナサン)において、Bに対し、「自分たちが応援するから何とか破産会社をつぶさないようにがんばれ」、「どうせつぶれるのであれば、ほかから多く借入れて逃げた方がいいんじゃないか」などと話をしている。Bはもうこれ以上借金を重ねることに躊躇し、同日、破産会社の破産申立てを依頼している弁護士との面会の約束があったため、必ず戻る旨話して、被告Y1と別れた。
Bは、被告Y1との話が長引き、面会時間に遅れたため前記弁護士とは会えなかったものの、Bの子供達と話しあうなどした後、破産会社には戻らない決意を固めた。同日、Bは、破産会社の営業を停止し、従業員四名を解雇した。Bは、被告Y1のもとへも行かず、同日以後、関係者から身を隠し、自宅にも破産会社にも姿を見せなくなった。
⑥ 平成一一年一一月二日、被告Y1が、破産会社に赴くと、既に、破産会社の債権者と称する者達が集まっており、本件物件の見積もりを買取業者と思われる者に見積もりをさせていた。被告Y1は、動産売渡証書(≪証拠省略≫)を債権者と称する者達に見せて、本件物件が自分のものであることを主張した。被告Y1は、自己が所持していた前記売渡証には、本件物件の機械の番号が入っている旨述べて、同番号が記入されていない売渡証を示した債権者らと交渉した。
⑦ 平成一一年一一月三日、破産会社の社屋前に大型トラックが横着けされ、本件物件が破産会社社屋内から搬出され、上記トラックに積載されて持出された。この搬出は、破産会社、すなわちBの承知していないところであった。
前記トラック解体作業員等を調達したのは、被告Y2及び被告湯本販売であり、被告湯本販売は、本件物件の購入代金として、東山商事と称する者(D)に九〇〇万円を支払い、それを香港の業者へ一四〇〇万円で売却した。被告湯本販売は、破産会社名義の領収書(≪証拠省略≫)を所持しているが、同領収書は、破産会社やBが作成に関与しておらず、その作成経緯は不明である。
被告Y1は、当日、その兄及び従業員を破産会社に派遣し、連絡を取りつつ同人らに指示をするなどして、少なくとも四〇〇万円を本件物件の売却代金から受け取り、本件機械の搬出に関与した。
被告Y1は、本件物件の売却代金として金八〇〇万円を受領した旨の破産会社名義の領収書(≪証拠省略≫)を所持しているが、これは破産会社やBが作成に関与していない。
⑧ 破産宣告の翌日である平成一一年一一月二五日、原告が破産会社を訪ねると、破産会社のドアは、破産会社が従前使用していた鍵が取り替えられて使用できない状態であり、破産会社社屋一階内部は、がらんどうの状態であって、本件物件が全て搬出された状態であった。
2 以上の事実関係に照らすと、平成一一年一一月三日、被告Y1、被告湯本販売、被告Y2は、その他の者とも共同して、破産会社の承諾がないのに、破産会社社屋から本件物件を搬出したことが認められる。これは、破産会社の財産権に対する共同不法行為を構成するものというべきであり、連帯してその損害を賠償する責任があるというべきである。
3 これに対し、被告Y1本人(≪証拠省略≫も含む)は次のように述べている。
すなわち、被告Y1は、平成一一年七月中旬ないし八月ころ、約九〇〇万円を破産会社に貸し付けたが、その際、Bがその返済については、本件物件のうち印刷機械を売却して返済する旨再三述べていた、その後、印刷機械の売却がすぐにはできなくなったので担保を要求したところ、同年九月一日ころ、Bは本件物件の担保提供を承知した上、被告Y1の会社に赴き、「動産売渡証書」(≪証拠省略≫)及び「動産(機械・什器備品・他等)搬出許可書」(≪証拠省略≫)を持参してきた。また、同じ頃、Bは領収書(≪証拠省略≫)をも持参した。平成一一年一一月一日、Bは被告Y1に対し、「もう印刷機械を売るしかないけれど、売り先も知らないし、被告Y1に迷惑かけたくないから早く動いてくれ」と述べて、印刷機械の買取業者の手配及び搬出を頼んだ。同月二日に、破産会社に人が集まっている旨の連絡を受けて自分の従業員ら五人とともに破産会社に赴くと、破産会社のシャッターが開けられており、中には債権者らしい者が集っていたので、それらの者に破産会社に設置されている印刷機械等は、自分の物であると主張した。それらの者も破産会社名義の売渡証書を有していたが、機械番号の記載はなく、自分が持っていた売渡証書(≪証拠省略≫)には裏面に機械番号が記載されていることを主張した結果、それらの者達との間で、被告Y1が四〇〇万円を受領することで話しがまとまった。翌日、被告Y1は、四〇〇万円を受領するまでは帰るなと申渡して、従業員らを破産会社に赴かせ、本件物件搬出に立ち会わせた。本件物件のトラックへの積み込みが終了した後、従業員を介して四〇〇万円を受け取った。本件物件の買主が誰か、四〇〇万円を渡した者が誰かはわからない。
そして、被告Y1は、≪証拠省略≫の署名、押印が真正である上、本件物件の機械番号まで特定して≪証拠省略≫の裏面に記載できるのはBしかいないはずであって、本件物件搬出には破産会社の承諾があったと主張している。
しかしながら、前記≪証拠省略≫(以下これらをあわせて「本件売渡証書等」という。)は、確かに、売主欄等に破産会社の社判と印鑑の印影があり、立会人欄にBの署名と印章による印影があるものの、これらは、破産会社ないしBの真意に基づいて作成されたものとは認めがたい。まず、本件売渡証書等記載の作成年月日の数字は、外観上いずれも「平成一一年九月一日」と書かれた上に「九」月の数字に二本の線を引いて消し、「一一」と書き入れられたと認められるが、これは極めて不自然という他はない。被告Y1によれば、Bが持参した当時、九月とあったものを、平成一一年一一月三日、破産会社に赴いていた兄の電話連絡により、日付を替えていいかと聞かれ承知し、誰かが書き換えたものであるというが、なぜ、日付を変更する必要があるのか合理的な理由の説明はない。次に、そもそも、Bが本件売渡証書等を持参したとされる平成一一年九月一日の時点は、破産会社は資金繰りに苦しんでいたとはいえ、Bにおいていまだその再建を目指して活動していた時期であって、その営業活動上の要ともいうべき本件物件を売り渡す決意をしていたとは認められない。また、もし、被告Y1と売渡担保契約を締結したとしてもBはその当時から平成一一年一一月一日までは、破産会社で代表取締役としており、姿を隠したのはその後であるから、この時期に、搬出許可書(≪証拠省略≫)を作成して被告Y1に提出する必要はないものと言えるのである。
また、前記認定のように、Bは、平成一一年一〇月二五日付けで大日本インキに本件物件のうち印刷機械等二点を一一八〇万円で買ってもらう見積書を取っているところ、Bはこの評価は安すぎてびっくりしたと旨述べる(証人B)。これは約七年前に約九七〇〇万円もの代金で上記機械を購入し大事に使用してきたBにとって正直な感想と思われるところ、これらにつきそのような高い評価をしているBにおいて、平成一一年九月一日の時点で、破産会社にとって唯一めぼしいといってよい上記機械を含む本件物件を≪証拠省略≫記載のようにわずか代金八〇〇万円で売り渡す旨の表示をすることは到底承知できない状況にあったものと認められる。したがって、本件売渡証書等は、Bの意思に基づくものとはいえない。
本件売渡証書等がBの真意に基づくとするなら、平成一一年一一月一日のBと被告Y1との話合いの際にも、あらためて搬出を同意する書面を徴求してもよいはずであるがそれはない。なお、被告Y1は、その際には、本件物件の搬出をBが同意したと言うが、Bは、その話合いの後、破産申立ての相談をしている弁護士に会う予定であって(証人B)、本件物件の処理などの重要事項につき当該弁護士に相談もなく被告Y1に対して搬出許可をすることはおよそ考えにくい。
また、Bの証言によれば、高利の利息を取っていた被告Y1に対し、その債権を長年苦労を共にしてきた従業員などの給料などよりも優先して支払うべき感情があったとは認められず、そうであれば、なお本件売渡証書等を被告Y1宛に出すことは否定的に解せざるをえない。
さらに、仮に本件売渡証書等が破産会社、Bの作成にかかるものであって、被告Y1に正当な権利があるのであれば、被告Y1は、正当な法の手続きを踏んで債権回収をはかればよいのであって、それをせず、破産会社倒産前後の混乱の際に、名前もしれず、はたして正当な権利があるのかも不明確な者達と交渉し、大日本インキに対して一一八〇万円の代金で売れるはずの本件物件を被告Y1の主張によれば、わずか四〇〇万円で他人に手渡すような合意をしたというのであって、およそ正当な売渡担保の権利者のすることとは評価しがたい。
加えて、被告Y1が述べる本件売渡証書等がBにより持参された経緯は、その文書の内容について打ち合わせはなされてはおらず、「必要な書類をちょうだいよ」と言ったら、不動文字もすでに記載された書類をBが被告Y1の会社にもってきたというあまりにも現実感に乏しいものである。≪証拠省略≫記載の文言が別事件で提出された「売渡証書」(≪証拠省略≫)と酷似していることなどに照らすと、その疑問はますます深まると言える。なお、≪証拠省略≫が提出された事件(被告湯本販売及び被告湯本機械が被告となっており、即時取得が争点となった)の第一審判決においては、Dないし東山商事が印刷会社の倒産前後の混乱に乗じ、不正常な態様で印刷機械を取得したものと推認し、売渡証書の内容の真実性を疑問視しており、登場人物の共通性がある本件においてもなお本件売渡証書等の内容の真実性には疑問が残る。
被告Y1が主張する≪証拠省略≫裏面の本件物件の機械番号の記載については、本件物件の機械番号をBのみしか知らないというわけでもなく(遅くとも平成一一年一一月二日の時点で機械番号等は機械横に刻印されており、破産会社内に入った者達には判明したはずである)、これが本件売渡証書等の真正を決定づけるとは到底いえない。
以上のような検討に照らせば、≪証拠省略≫の作成を否定し、被告Y1に対して本件物件を売り渡したり、搬出許可などはしていない旨明確に述べるBの証言は信用できる。これに反する被告Y1の陳述は採用できず、その他、前記認定を覆すに足りる証拠はない。
4 さらに被告Y2は、次のように述べる。すなわち、平成一一年一一月二日、Dから電話があって、印刷会社が倒産した旨聞き、破産会社に赴いた。Cが破産会社の社屋のシャッターを開けて印刷機械を見せてもらった。香港の買主とも電話連絡を取りながら、Dと電話で交渉し、九〇〇万円で買うことにした。Cが≪証拠省略≫の写しを見せてくれ、名前の知らない者が破産会社名義の領収書も見せてくれた。破産会社やBに印刷機械を本当に売却したかどうか確認しようとは思わなかったし、実際にしていない。リース物件かどうかの確認も売却の際には確認していない。一一月三日、トラック等を手配して破産会社から本件物件を搬出し、香港の業者に売却した。
以上の陳述を前提としたとしても、被告Y2は、本件物件が真に破産会社から倒産会社に集っている者たちに売却されたのかは当然疑問に思うべき状況下であり、破産会社に無断で搬出することの少なくとも未必的な故意は否定できず、また、被告Y1とは本件物件搬出の関与において関連共同があるというべきである。したがって、被告Y2及び被告湯本販売は、共同不法行為の責任を免れない。
なお、本件物件搬出は、被告Y2が行うとともに、被告湯本販売の名で行っており、(≪証拠省略≫―この破産会社名義の真正には疑問があるものの、名宛人は被告湯本販売となっている。)、被告湯本機械も同時に行ったとまで認めるに足りる証拠はない。この点、原告の照会書(被告湯本機械宛、≪証拠省略≫)に対する回答書(≪証拠省略≫)には、「当社」として被告湯本機械が関与しているかに読めるものの、「当社」を被告湯本販売と解して記入した可能性が高く(回答書の住所欄に株と書き、消してある記載があることを参照)、これ自体により、被告湯本機械の関与までは認めるには足りない。したがって、被告湯本機械に対する不法行為ないし否認権行使はその前提が欠けるものと認められる。
5 以上の事実によれば、被告Y1、被告湯本販売、被告Y2、被告富士火災に対する原告の請求は、その余の判断をするまでもなく理由があり、被告湯本機械に対する原告の請求は理由がない。
(裁判官 菊池則明)