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東京地方裁判所 平成12年(ワ)18303号 判決 2003年4月28日

原告

同訴訟代理人弁護士

中田好泰

被告

モーブッサン ジャパン株式会社

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

中村誠一

近藤誠一

主文

1  被告は,原告に対し,406万6908円及び内金47万1775円に対する平成11年12月25日から,内金100万円に対する平成12年1月26日から,内金100万円に対する同年2月26日から,内金100万円に対する同年3月26日から,内金56万2500円に対する同年4月26日から各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,これを5分し,その2を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。

4  この判決は,第1項について,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1原告の請求

1  原告が被告に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2  被告は,原告に対し,517万2703円及び内金51万2000円に対する平成11年12月25日から,内金100万円に対する平成12年1月26日から,内金100万円に対する同年2月26日から,内金100万円に対する同年3月26日から,内金100万円に対する同年4月26日から,内金50万円に対する同年5月1日から各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

3  被告は,原告に対し,200万円及びこれに対する平成12年9月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,原告が被告に対し,<1>労働契約上の地位確認,<2>労働契約に基づく賃金の支払,<3>立替金の支払,<4>不法行為に基づく損害賠償をそれぞれ求めた事件である。

1  前提事実(証拠を掲げないものは,争いがない。)

(1)  被告は,貴石・半貴石・貴金属等の宝石類及び模造宝石類,腕時計,置時計,皮革製品,香水及び装身具の輸出入,卸売並びに小売等を業とする株式会社であり,平成12年11月当時,従業員は約10名であった。

(2)  原告(フランス国籍)と被告は,平成11年9月26日,契約書(原文は英語)により,次の規定のある契約(以下「本件契約」という。)を締結した(<証拠省略>)。

ア 地位

原告には,被告のためのマーケティング・コンサルタントの地位(Marketing Consultant dedicated to Mauboussin Japan)が提供される。

原告は,被告社長兼アジア太平洋地域CEOであるAに直接報告する。

被告は原告を契約外部エグゼクティヴ(contractual outer-executive)として雇い,原告は契約の全期間を通じて被告の東京事務所を本拠として,専門的な業務を遂行する。

イ 職能及び職務

原告は,被告の経営陣が定める指針に従い,日本市揚に関するマーケティング及び広報業務を監督し,これに協力する。

この職務内容は,主に,マーケティング部門社員の監督,製品及びPVL,販売分析報告,倉庫及び流通業務,社員教育,イベント及び広報業務,メディアとの接触とする。

原告は,本件契約の全期間を通じて被告に専属的に仕事をする。

ウ 報酬

基本報酬総額は,6か月で675万円とし,1か月当たり112万5000円ずつ支払う。

日本の法規に従い,報酬の総額から源泉所得税が控除される。

原告は,自宅と事務所の間の一定額の交通費の支給を受けることができる。この手当の額は,電車定期券の代金に相当する金額とする。

超過勤務手当は支給されない。

エ 規定外の事項

本件契約書に記載されていない一切の事項は,被告の就業規則及び日本の法律に従って決定する。

オ 期間

本件契約は,平成11年10月16日に発効し,平成12年4月15日に自動終了する。

被告は,原告の実績査定又は被告の必要性を勘案のうえ,遅くとも本件契約終了日の30日前までに,他の契約を原告に提案・・・(原文は,「・・may propose you another contract.」。その解釈には争いがあり,原告は「提案しなければならない。」であると主張し,被告は「提案することができる。」であると主張する。)

原告と被告は,本件契約の期間中,いつでも,30日前の書面による予告のうえ,本件契約を終了することができる。

本件契約は,原告と被告双方の合意事項のすべてであり,モーブッサンS.A(パリ)(以下「モーブッサン」という。)と原告の間の平成11年4月13日付け契約を含め,過去のすべての契約及び約束は終了し,これらに優先する。

(3)  被告は,平成11年11月18日,原告に対し,同年12月18日をもって本件契約を終了すると書面により通知した。

(4)  被告は,原告に対し,本件契約に基づく報酬として,合計234万0725円(手取合計額209万4150円)を支払った(<証拠省略>)。

ア 平成11年11月4日 56万2500円(手取額60万6250円)

(計算式)

1,125,000×15/31=544,354→562,500(額面額)

562,500-56,250(源泉徴収)+100,000(仮払金)=606,250(手取額)

イ  同年11月25日 112万5000円(手取額100万円)

(計算式)

1,125,000×30/30=1,125,000(額面額)

1,125,000-100,000(源泉徴収)-25,000(源泉徴収)=1,000,000(手取額。源泉徴収税は,100万円までが10%,100万円を超える部分が20%)

ウ 同年12月24日 65万3225円(手取額48万7900円)

(計算式)

1,125,000×18/31=653,225(額面額)

653,225-65,322(源泉徴収)-100,000(仮払金の精算)=487,903

→487,900

2  争点

(1)  本件契約の性質

(原告の主張)

本件契約は労働契約である。その主な理由は次のとおりである。

ア 仕事の依頼・業務従事に対する諾否の自由

本件契約は,<1>原告は,被告経営陣の定める指針に従って日本市場に関するマーケティング及び広報業務を監督しこれに協力することとされ,<2>原告の遂行する職務内容が具体的に規定されており,<3>原告が本契約の全期間を通じて被告に専属するものとされている。したがって,原告には,仕事の依頼及び業務従事に対する諾否の自由はなかった。

イ 時間的・場所的拘束性

本件契約では,後日就業規則が作成されることを前提に,契約書に記載されていない一切の事項は就業規則及び日本の法律に従って決定するとされている。労基法上,就業時間の定めは就業規則の必要的記載事項である。

また,本件契約では,原告は本契約の全期間を通じて,被告の東京事務所を本拠として任務を遂行すると規定されており,原告が被告の東京事務所で執務を行うことが当然に予定されていた。原告の名刺には,被告の東京事務所が住所として記載されていた。

したがって,本件契約には就業時間と就業場所の定めがあり,原告は,被告から時間的・場所的に拘束されていた。仮に被告が就業規則を作成しなかったとしても,これは,被告がその作成義務を怠ったことによるものにすぎないから,時間的・場所的拘束性を否定する理由にはならない。

仮に本件契約が就業時間の定めのないものであるとしても,原告の職務がマーケティング部門社員の監督,社員教育などであり,職名が「マーケティング・エグゼクティヴ」であること,源泉徴収の支払調書に「マネージャー報酬」と記載されていることからすると,原告は,労働時間の適用を受けない「管理・監督者」(労基法41条2号)であるから,就業時間の定めのないことは,労働者性を否定する根拠とはならない。

ウ 指揮監督

原告の業務は,本件契約上,マーケティング部門社員の監督,製品及びPVL,販売分析報告,倉庫及び流通業務,社員教育,イベント及び広報業務,メディアとの接触と具体的に定められていた。

本件契約では,原告が直接被告代表者に報告し,被告経営陣の定める指針に従って職務を遂行すると規定されており,原告の業務遂行過程において被告の一般的指揮監督が及んでいた。また,本件契約期間中,原告は被告に専属することとされていた。

実際にも,原告は被告代表者に対し,ほぼ毎日,業務内容を報告し,被告代表者は原告に対し,原告のマーケティング及び広報業務につき指示,指導又は注意を与えていた。

エ 服務規律

本件契約では,契約に規定されていない一切の事項は,被告の就業規則及び日本の法律に従って決定すると規定されており,原告は服務規律の適用を受けていた。

オ 労務提供の代替性

原告の代わりに第三者が被告のマーケティング及び広報業務の監督・協力を行なうことは非常に困難である。また,本件契約では,原告が全期間を通じて被告に専属することが規定されている。したがって,原告による労務提供には,代替性がなかった。

カ 業務用器具の負担関係

本件契約では,原告が全期間を通じて被告東京事務所を拠点として諸般の任務を遂行することが規定されており,原告が被告事務所内で執務を行い,そのために被告の負担で業務用器具(文房具,コンピューター等)を使用することが当然に予定されていた。

キ 報酬の性質

本件契約の報酬の定め方や,本件契約期間中,原告が被告に専属していたことからすれば,報酬が原告の被告に対する労務提供の対価であることは明らかである。

ク 対外的表示

被告は,原告に対し,所在地を被告の東京事務所とし,肩書を「マーケティング・エグゼクティヴ」と付した原告の名刺を作成し,原告にその使用を許可しており,対外的に原告が被告の社員であると表示していた。

ケ 結論

以上を総合的に考慮すれば,原告は,被告の指揮命令・支配監督を受ける立場にあり,被告に従属していたから,本件契約は労働契約である。

(被告の主張)

本件契約は労働契約ではなく,原告が被告の外部の者であることを前堤に締結された「マーケティング・コンサルタント契約」又は,「社外エグゼクティヴ契約」である。その主な理由は次のとおりである。

ア 契約当事者の意思

原告は,モーブッサンの子会社である被告との間で契約内容について交渉し,コンサルタント契約ではなく継続的な雇用契約とするよう求めたが,被告には原告を従業員として雇用する意思はなかったので,この申出を拒否した。交渉の結果,原告が「マーケティング・コンサルタント」,「契約外部エグゼクティヴ」として「専門的業務」を遂行することが合意された。

原告は,平成7年6月24日以降,広告宣伝に関する企画立案,カウンセリング業務等を目的とするハキラ株式会社の代表取締役の地位にあった。被告は,ハキラがコンサルタント業務を行っていたこと,原告が同社の代表取締役であったことを考慮し,原告を被告の従業員とするよりも,社外コンサルタントとする方が適当と判断し,本件契約を締結しており,原告もこれに同意した。

このような経緯からすると,本件契約を締結した当事者の意思は,原告を従業員として雇用するのではなく,社外の者として契約することにあった。

イ 契約書の文言と解釈

契約当事者の意思は,契約書にも明確に現れている。

(ア) 原告の地位

原告の地位は,「マーケティング・コンサルタント」及び「契約社外エグゼクティヴ(contractual outer-executive)」である。このような名称は,原告を社内の従業員として雇用するのではなく,社外の者であることを明確にするために採用された。

被告には,「マーケティング・エグゼクティヴ」という役職はない。原告は,被告のモーブッサンとの間でコンサルタント契約を締結していたが,勝手に「モーブッサン日本支部責任者」との肩書のある名刺を作成し,被告代表者に見せたため,被告代表者は,被告の取引先等が原告を被告の代表者と誤認するおそれがあるから早急にこの名刺の使用をやめさせる必要があると考えたが,原告の地位が「マーケティング・コンサルタント」,「契約外部エグゼクティヴ」であったので,「マーケティング・エグゼクティヴ」の肩書を付した名刺を使用させることとした。

(イ) 就業時間に関する規定の不存在

被告と従業員との間の雇用契約には個別に就業時間に関する規定があるが,本件契約には就業時間に関する規定がない。契約書の就業規則に関する規定は,本件契約に規定されていない事項全般に関する一般的な補充規定であり,本件契約に就業時間に関する規定がないからといって,当然に就業規則によるものと解すべきではない。雇用契約に不可欠な要素である就業時間に関する規定がない以上,本件契約では就業時間についての定めはない。本件契約の締結時に被告の就業規則は作成されていなかったことからも,本件契約には就業時間に関する定めはないと解すべきである。

仮に本件契約が労働契約であるならば,超過勤務手当を支給しないとの規定は無効であるから,超過勤務手当に関する規定は,就業時間の定めがないことを前堤として注意的に規定したものである。

仮に本件契約が労働契約であるならば,被告は,労基法に従い,契約書に始業及び終業の時刻,所定労働時間を超える労働の有無,休憩時間,休日,休暇について明示しなければならない。これらの規定がないことは,当事者の意思としても,契約の解釈としても,本件契約が労働契約でないことを裏付けるものである。

(ウ) 就業場所に関する規定の不存在

被告と従業員との間の雇用契約には個別に就業場所に関する規定があるが,本件契約には就業場所に関する規定はない(契約書には「東京事務所を本拠とする(based at Mauboussin Japan K. K.'s Tokyo office)」との規定があるが,原告の就業場所に関する規定はない)。原告は,被告の東京事務所が開設された平成11年12月13日には,すでに本件契約に基づく仕事に従事していなかったから,結局,就業場所で仕事をしたことはなかった。

被告が,原告の任務遂行にあたり被告東京事務所を本拠としたのは,原告が直接被告代表者に業務報告しなければならないこと,ハキラが事務所のない休眠会社であったことから,仕事の能率を上げるために被告東京事務所を使用することを認めたことによるものである。

(エ) 報酬

通常,雇用契約では,労務の対価は「給与(salary)」や「賃金(wages)」の用語が用いられるが,本件契約における対価については,「報酬(Compensation)」,「契約報酬(contractual compensation)」の用語が使用されている。

ウ 被告における原告の取扱い

(ア) 源泉徴収税

被告は,原告が従業員ではなくコンサルタントに当たると判断し,コンサルタントに適用される税率により源泉徴収税額を算定し,これを報酬から控除していた。原告はこれに異議を述べなかった。

(イ) 雇用契約書

被告が従業員との間で雇用契約を締結するときは,定型の様式が用いられるが,本件契約では,定型の様式が用いられていない。

被告と従業員との間の雇用契約は,就業規則があれば,当然にこれによって規律される。これに対し,本件契約は,契約書に主要な事項を規定し,その他の事項は就業規則によることとされている。本件契約は,当然には就業規則によって規律されておらず,本件契約に規定しない事項についてのみ就業規則をいわば「準用」することとしている。

(ウ) 試用期間

通常,雇用契約においては一定の試用期間が設定されており,被告も,従業員を雇用する際には試用期間を設定している。しかし,本件契約においては,試用期間は設定されていない。

エ 使用従属関係の不存在

本件契約には,「原告は,・・・直接報告する。」,「原告は被告の経営陣が定める指針に従い,・・・」との規定があるが,被告が原告に対価を支払って一定の仕事を依頼する以上,原告は被告の要望にかなうように仕事を遂行し,被告に仕事の成果を取得させなければならないから,これらの規定は,契約である以上当然に必要なものである。これらの規定は,原告と被告との間の使用従属関係を示すものではない。

オ 結論

労働契約の最も本質的な要素は,労働者が使用者の指揮命令に服しつつ労務を提供する使用従属関係にあるが,原告は被告の指揮命令に服する関係にはなく,当事者の意思や契約書の記載などからも,本件契約は労働契約ではない。

(2)  契約関係の継続の有無

(原告の主張)

本件契約は,被告は原告の実績査定又は被告の必要性を勘案のうえ遅くとも本件契約終了日の30日前までに,他の契約を原告に提案しなければならないと規定されており,期間満了後も期間を6か月間とする雇用契約の継続が予定されている。

(被告の主張)

原告の主張は否認する。本件契約は「・・・提案することができる(提案することがあり得る)。」と規定されているにすぎないし,被告には本件契約を継続する意思はない。原告は,平成12年4月1日付けで,他の会社に入社し,収入を得ている。

(3)  解雇の効力

(被告の主張)

仮に本件契約が労働契約であるとしても,原告は,平成12年の販売予算の作成とa百貨店の在庫商品の処理の仕事を完成することができず,さらに,経費の不正請求や学歴の詐称をした。解雇には正当事由があり,解雇権の濫用はないから,本件契約は平成11年12月18日をもって終了した。

ア ずさんな在庫商品買取案の作成

被告の取引先であるa百貨店からの在庫品の買戻しの件について,在庫表(別紙1<省略>)では,減価償却率が番号4,7,8,10及び11の在庫品については0.8又は0.9となっているのに,番号16,17,18,22及び23の在庫品については0となっており,統一されていない。後者の減価償却率を0とするなら,前者の減価償却率は0.1又は0.2とすべきである。番号16,17,18,22及び23の在庫品については,金額が計算されていない。在庫表(別紙2<省略>)においては減価償却率は統一されているが,番号16,17,18,22及び23の在庫品については,金額の計算がされていない。このように,a百貨店の在庫価格の調査は,その買戻しのために行われたものであるが,在庫表は,買戻しの予算額が正確に示されておらず,役に立たない。

イ ずさんな販売予算の作成

原告の作成した平成12年の販売予算(別紙3,4<省略>)には,次の欠陥があった。

(ア) 被告は,原告との間で,被告が平成12年6月に卸売業を開始することを前提に販売予算を作成するべく打合せをしたが,原告は,同年8月からの販売予算しか作成しなかった。

(イ) 宝石,結婚指輪,時計の全商品販売に関する8月から12月までの販売予算は,全期間を通じ,販売予算額,数量とも均一であった。しかし,8月は販売が最も低調であり,12月はボーナスやクリスマスの時期であり販売が好調となるから,8月と12月の予算には差を設けなくてはならないこと,卸売については,これに1か月の先行した販売を考慮に入れなくてはならないことはマーケティングの常識である。原告作成の販売予算は,これらの考慮を欠いていた。

(ウ) 被告は,卸売と小売のいずれも行なっており,卸売と小売の比率は2対1であるから,その双方の販売予算を組まなければならない。しかし,原告作成の販売予算のうち時計に関するものは,小売価格しか示されておらず,卸売価格が示されていなかった。

(エ) 日本全部の販売予算の項には,次の誤りがあった。

a 販売予算は,被告の営業実態を全く考慮していない。「ショップ・イン・ショップ」はデパート等の被告の出店舗であり,面積は約15坪を予定しており,「コーナーズ」は被告の直営店舗で面積は5~6坪であり,売上げは明らかに前者が後者を上回る。しかし,原告作成の販売予算によれば,宝石の販売予算個数は前者が1店舗につき55個であるのに対し,後者は1店舗につき107.5個であった。販売予算が売場面積に比例して増減することはマーケティングの常識であり,売場面積が2倍の店舗は売上予算においても少なくとも2倍となるべきであり,しかも,デパートの「ショップ・イン・ショップ」の売上は更に増加すべきところ,原告作成の販売予算はその実態とかけ離れていた。これはブライダルについても同様であった。時計の販売予算は,「ショップ・イン・ショップ」が170個であるのに対し,「コーナーズ」は0個であったが,時計は売上予算の30%を占める有力商品であるから,これを直営店舗に置かないことはあり得ない。

b 「セールス・ポイント」の項目では,ベストセラー商品として宝石の「スワン」が掲げられているが,これは1個の小売価格が約1000万円であるから,ベストセラー商品になり得ない。他にも,時計の「トゥールビヨン」は,1個の小売価格が1000~2000万円の超高級商品であり,「ウルトラ フラット」は消費者にあまり好まれておらず,「クロノ アラーム」は既に製造中止されていたから,ベストセラー商品になり得ないにもかかわらず,ベストセラー商品として列挙されている。

他方で,「スチール エナメルド フェイス ベゼル」と「スチール アンド ダイアモンド」はベストセラー商品であるにもかかわらず,原告は,「ショップ・イン・ショップ」,「コーナーズ」,「POS」のいずれにおいても1個の予算しか組まなかった。他方,POSにおいて,超高級品「トゥールビヨン」1個の販売予算を組むことは非現実的である。

1個30万円ないし40万円から1個1000万円ないし2000万円の時計の平均価格を算出することは無意味である。

c 原告の作成した平成12年の予定在庫は,「900+(月数+1)=1080個(費用=1億1000万円+税金)」となっている。これは,平成12年8月から同年12月までの5か月間に900個を販売することを予算とするものであるが,この数字自体,季節的要因を無視した数字を基礎にしたものであるうえ,「月数+1」を「+1」とするか,又は個数の方を複数月分増やすかのいずれかにしなければならず,また,「費用=1億1000万円+税金」は,小売価格及び卸売の在庫コストが全く考慮されていない。小売価格を基準とすれば,その在庫コストは35~40%,卸売価格を基準とすればその60%となるべきところ,その検討は一切されていない。

ウ 記事の校閲ミス

原告は,マーケティング・コンサルタントの業務の1つとして,フランスのファッション,流行品等を紹介する雑誌「ヴァンサンカン」平成12年1月号に掲載される宝飾腕時計等の商品を紹介する記事の校閲をした際,被告の商品である腕時計(商品名「オープン ハート」)が競合他社の商品として掲載されているのを見逃した。

エ 経費の不正請求

原告は,被告に対し,平成11年10月18日から同24日までのパリ出張の際の私的費用を経費として不正請求したため,被告はその精算には応じつつ,以後不正をしないよう注意した。にもかかわらず,原告は,その後も,被告に経費の精算を請求した際,次の不正行為をした。

(ア) KDD(平成11年10月分) 2万3603円

原告は被告に平成11年10月分国際通話料金2万3603円の精算を求めた。しかし,この料金には,本件契約期間外の同年8月21日から同年10月14日までの国際通話料金が含まれており,しかも同年8月21日のスペインへの通話料金1万2270円は私用のものであった。

被告が本件契約期間外や私用の通話料金の負担を認めたことはない。

(イ) KDD(平成11年11月分) 2万3945円

原告が精算を求めた通話料金には,本件契約期間外のものや私用のものが含まれていた。

(ウ) 日本テレコム 1060円

原告が精算を求めた通話料金は,すべて本件契約期間外のものであった。

(エ) 国際・国内電話両用カード代 4700円

このテレフォンカードは,被告の業務と無関係のものである。

(オ) 国際小包運送料 3万2800円

原告は,国際小包運送料として3万2800円の精算を請求したが,この費用は被告の業務と無関係であった。

(カ) 交通費(地下鉄料金) 9300円

原告は,自宅の最寄駅から銀座までの1か月分の定期代の精算を求めたが,当時,被告の東京事務所はまだ開設されていなかったから,交通費が発生する余地はなかった。

オ 学歴の詐称

原告は,採用の際,実際には最終学歴がパリ政治学院中退であるにもかかわらず,同校を卒業したと説明し,最終学歴を詐称した。

(原告の主張)

被告の主張する事実はない。本件解雇は,解雇権の濫用として無効である。

ア ずさんな在庫商品買取案の作成

a百貨店の在庫は,モーブッサンとの契約により発生したものであり,a百貨店からの在庫商品の買戻しは,モーブッサンの案件であったが,原告は,被告代表者から,一緒に書類を作成してほしいとの要請を受けたので,打合せをしながら原告のノートパソコンに被告代表者の指示どおりの数字を打ち込み,その結果,在庫表(別紙1,2)が作成された。

原告は,近い時期の在庫に関する減価償却率は「0」とすべきであると述べた。「合計」欄の数字が「0」となっているのは,パソコン処理上の単純ミスである。

被告は,在庫表に欠陥があったと主張するが,これに記載されている数量,金額などは,すべて被告代表者の指示に基づくものであるから,その責任は,被告代表者にある。

イ ずさんな販売予算の作成

被告の販売予算の詳細化・具体化は被告代表者の役割であり,原告の職務ではなかった。原告は,被告から,平成12年の販売予算を詳細に具体化することの依頼は受けていない。ただし,原告は,平成11年11月初旬,被告代表者から一緒に販売目標を作成しようと持ちかけられ,被告代表者の指示及び被告代表者が作成した書類に従い,原告のノートパソコンに被告代表者の指示どおりの数字を打ち込み,その結果,一覧表(別紙3,4)が作成された。

被告は,販売予算に欠陥があったと主張するが,これに記載されている数量,金額などは,すべて被告代表者の指示に基づくものであるから,その責任は,被告代表者にある。

ウ 記事の校閲ミス

原告は,被告主張の記事の校閲には一切関与していない。

エ 経費の不正請求

(ア) KDD(平成11年10月分)

原告は,モーブッサンの営業部長と社長秘書から,本件契約期間外の国際通話料金の精算について了解を得ていた。スペインへの通話料金は,私用のものであるが,原告は,モーブッサンに勤務していたときにはクレームを受けたことがなかったので,従前通りの方法で請求した。

(イ) KDD(平成11年11月分)

前記(ア)のとおり。

(ウ) 日本テレコム

前記(ア)のとおり。

(エ) 国際・国内電話両用カード代

国際・国内電話両用カードは,モーブッサンの営業部長及び被告代表者から指示された業務報告を行なうために購入したものである。

(オ) 国際小包運送料

原告が発送した小包は,モーブッサンの営業部長から要請されたブライダルフェアーに関するパンフレット等の資料であり,これは当然に被告と関係があった。

(カ) 交通費(地下鉄料金)

原告が請求した交通費は,実際に要した電車代(自宅の最寄駅から東京事務所のある銀座までの電車代)の一部である。

オ 学歴の詐称

原告が最終学歴を偽った事実はない。原告は,履歴書に「卒業」を意味する「Diplome」という単語をあえて使わず,中退であることを示した。

カ 結論

本件解雇は無効であるから,被告は,原告に対し,平成11年12月分から平成12年4月分まで月額100万円(手取額)の賃金の支払義務を負う(ただし,平成11年12月分のうち48万7900円は支払済み)。また,本件契約は期間満了後の継続が予定されていたから,被告は,原告に対し,平成12年4月16日から同月30日までの賃金として50万円の支払義務を負う。賃金は,毎月15日締め,当月25日支払であった。

よって,原告は,被告に対し,労働契約上の地位確認,賃金501万2000円及び内金51万2000円に対する平成11年12月25日から,内金100万円に対する平成12年1月26日から,内金100万円に対する同年2月26日から,内金100万円に対する同年3月26日から,内金100万円に対する同年4月26日から,内金50万円に対する同年5月1日から各支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(4)  立替金の有無

(原告の主張)

原告は,被告の業務遂行に関連して,次のとおり,電話代,書籍代などに合計16万0703円を支出した。この中には,私用の通話,本件契約期間前の通話,解雇後の交渉時の通話が含まれるが,私用の通話は,被告が負担する黙示の合意があった。契約期間前の通話は,モーブッサンとの間の協議に基づき被告が負担すべきものである。解雇後の交渉に関する通話は,解雇と相当因果関係のある損害である。

よって,原告は,被告に対し,立替金16万0703円の支払を求める。

ア 通話料金

(ア) 日本テレコム

平成11年7月分 590円

8月分 1010円

10月分 1060円

(イ) KDD平成11年10月分 2万3603円

11月分 4万6787円

12月分 4万3343円

イ 国際・国内電話両用カード代 4700円

ウ 書籍代 1410円

エ 国際エクスプレスメール代 5400円

オ 国際小包運送料 3万2800円

(被告の主張)

被告が原告に支払うべき立替金は,次のとおり,合計3万2633円である。

ア 日本テレコムの通話料金は否認する。

KDDの通話料金は,10月分のうち2602円,11月分のうち2万3221円は認め,その余は否認する。

イ 国際・国内電話両用カード代は否認する。

ウ 書籍代は認める。

エ 国際エクスプレスメール代は認める。

オ 国際小包運送料は不知。

(5)  不法行為の成否及び損害額

(原告の主張)

本件解雇は,無効であるから,原告に対する不法行為に当たる。原告は,本件解雇により,多大な精神的苦痛を受けた。これに対する慰謝料は200万円が相当である。

よって,原告は,被告に対し,不法行為に基づく損害賠償として,200万円及びこれに対する不法行為の後である平成12年9月8日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告の主張)

争う。

第3争点に対する判断

1  本件契約の性質(争点(1))について

(1)  事実関係

証拠(後掲のもの。特に明記しない限り,枝番を含む。)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

ア モーブッサンは,フランスのパリに本社を置く,宝飾品,時計の販売などを業とする会社であり,日本で事業を展開するため,平成11年4月15日,原告との間で,日本におけるモーブッサン製品の販売網の再編,マーケティングプランの提案,日本支社の設立の準備などを目的として,販売代理店契約を締結した。

原告は,その後,日本の宝飾品や時計の市場の状況などを調査,検討したうえで,同月下旬ころ,モーブッサンに対し,マーケティングプランを提案した。モーブッサンは,検討の結果,日本に子会社を設立することを決定した。原告は,モーブッサンからの指示を受け,引き続きマーケティングプランの作成や,東京事務所の物件探しなどに従事した。

被告は,同年9月22日,モーブッサンの100パーセント子会社として設立された。

(<証拠省略>,原告本人,被告代表者)

イ 被告は,平成11年9月26日,日本におけるマーケティング及び広報業務をさせるため,原告との間で本件契約を締結した。これに伴い,原告とモーブッサンとの間の販売代理店契約は終了した(<証拠省略>)。

ウ 原告が本件契約に基づき従事した主な業務は,次のとおりであった。

(ア) パリへの出張

原告は,平成11年10月18日から同月24日までの間,モーブッサンのブティックのリニューアル・パーティー(同月21日と22日に開催)に出席するため,パリに出張した。

原告は,<1>出張前,来場予定の日本の出版社,宝飾業界関係の新聞社,カメラマンらとの間で打合わせをする,<2>ミーティングに出席し,今後のマーケティング方法について協議する,<3>パーティーに出席し,招待客に対し商品説明などをする,<4>a百貨店の担当者との間で,在庫商品の買取りについて協議する,<5>モーブッサンの担当者との間で,日本における商品の価格設定や広告の方法を検討する,といった業務に従事した。

(<証拠省略>,原告本人)

(イ) 商品売上げの管理

モーブッサンの商品は,国内では,主にa百貨店とb百貨店で販売されていた。a百貨店は,モーブッサンとの間の独占販売契約に基づき,同社から商品を仕入れており,b百貨店は,a百貨店を通じて商品を仕入れていた。

原告は,a百貨店東京店とb百貨店池袋店の売場を訪問し,売上状況や在庫状況を確認した。また,原告は,a百貨店から各店舗の売上げや在庫の状況について連絡を受け,被告代表者やモーブッサンとの間で,a百貨店から送信された資料をもとに今後販売すべき商品構成などについて協議した。

(<証拠省略>,原告本人)

(ウ) 在庫商品の買取り

モーブッサンは,被告の設立に先立ち,a百貨店との間の独占販売契約を解除したため,a百貨店からの要請を受け,在庫商品を買い取ることとなった。原告は,モーブッサン及びその子会社である被告の指示を受け,a百貨店との間の在庫商品の買取りに向けた作業を開始した。

原告は,a百貨店に在庫商品の確認を依頼するなどして資料を収集し,被告代表者との間で在庫商品買取案の作成を準備した。

(<証拠省略>,原告本人)

(エ) 広告

モーブッサン商品の雑誌への掲載は,a百貨店が雑誌社との間の窓口となって行っていた。原告は,商品の紹介方法についての助言,取材の手配などをした(<証拠省略>,原告本人)。

エ 被告は,平成11年10月1日,東京事務所の物件の賃貸借契約を締結し,同年12月ころ,東京事務所を開設した。そのため,原告は,東京事務所で執務をしたことはなく,自宅にある設備を使用してa百貨店やモーブッサンとの間の連絡をしていた。また,被告は,当時,まだ就業規則を作成していなかった(<証拠省略>)。

(2)  本件契約の性質

ア 本件契約は,原告が被告経営陣の定める指針に従って日本市場に関するマーケティング及び広報業務を監督しこれに協力することを内容とするものであり,原告が個々の仕事の依頼に対し諾否の自由を有していたり,職務遂行において裁量を有していたとはいえない。原告の職務は,マーケティング部門社員の監督,製品及びPVL,販売分析報告,倉庫及び流通業務,社員教育,イベント及び広報業務,メディアとの接触とされており,原告は,実際に,マーケティングや広報の業務を遂行し,これを被告代表者に報告するとともに,被告代表者から適宜業務の遂行方法について指示を受けていた。そうすると,原告と被告との間には,指揮監督関係があったということができる。

本件契約では,契約書に記載されていない一切の事項は就業規則及び日本の法律に従って決定するとされており,後日被告が就業規則を作成し,原告が従業員に適用される就業規則に服することが予定されていた。また,被告から本件契約の内容のチェックを依頼された外国人弁護士は,被告に対し,就業規則が作成されなければ労基法が適用されると説明しており(被告代表者),原告と被告との間の契約が労基法の適用を受けることが念頭に置かれていた。

本件契約では,原告は本契約の全期間を通じて,被告の東京事務所を本拠として任務を遂行し,原告は東京事務所までの往復に要する定額の交通費の支給を受けることが規定されていたから,原告は,東京事務所が開設された際には,東京事務所で就業することが予定されていたということができる。

原告は,肩書を被告の「マーケティング・エグゼクティブ」と付し,事務所所在地を東京事務所とする名刺を使用しており(<証拠省略>),対外的には,被告に所属する者として行動し,被告はこれを承認していた。

さらに,原告は,本件契約の全期間を通じて被告に専属することとされており,専属性の程度は高かった。

イ 他方で,原告の地位は,「マーケティング・コンサルタント」及び「契約社外エグゼクティヴ(contractual outer-executive)」とされており,原告は,契約書上,被告の従業員ではなく,外部の者と位置付けられていた(この点,原告本人は,被告の当時の資金繰りが厳しく,被告から税務面に配慮して契約書上は「コンサルタント」としてほしいとの要請を受け,これを了承したと供述するが,なぜそうすれば税務上有利になるかは不明であるし,客観的裏付けもないから採用することができない)。被告には,組織上,社長の下に,「セールスマネージャー」,「マーケティングマネージャー」,「オペレーションズマネージャー」の役職があるが,「マーケティング・エグゼクティヴ」という役職はなかった。被告代表者は,当初から,自分以外のフランス人を従業員として採用することに消極的であった(<証拠省略>,被告代表者)。

また,被告は,従業員との間で雇用契約を締結する際,給与,勤務時間,休日,年次有給休暇,試用期間などを具体的に定めた雇用契約書を使用していたが(<証拠省略>),本件契約では,このような雇用契約書は使用されていない。被告は,原告については,社外のコンサルタントに適用される税率により源泉徴収税額を算定し,これを報酬から控除していた(<証拠省略>)。

しかし,被告代表者の作成したマーケティングプランによれば,マーケティングマネージャーの職務は,販売分析,社員教育,PLV,倉庫・流通関係とされており(<証拠省略>),これらは本件契約における原告の職務とほぼ同一であり,原告の職務は,外部の者でないと遂行できない性質のものではない。原告が社外の者であるという外形は,実質的には解雇を容易にするためにとられたものという余地があり,原告の労働者性を否定する要素になるとはいえない。

ウ 被告は,就業時間,休日,服務規律などを定めた就業規則を作成しておらず,実際にも,原告は,被告から就業場所や就業時間の管理を受けていなかった。しかし,原告と被告との間に指揮監督関係が認められること,原告は被告に専属することとされており,他の業務につくことが予定されていなかったこと,東京事務所の開設や就業規則の作成が予定されていたことからすると,このような事実は,原告の労働者性を否定する要素になるとはいえない。

エ 以上によれば,原告が社外の者という外形がとられていたこと,原告に対する報酬はマネージャー報酬として源泉徴収されていたこと,原告は労働時間の管理を受けていなかったことなど,労働者性を疑わせる事情があるが,他方で,原告と被告は指揮監督関係にあり,原告が個々の仕事に対して諾否の自由を有していたとはいえないこと,就業規則や労基法の適用対象とすることが予定されていたこと,専属性の程度が高かったことなどを総合すると,原告は,被告との間の使用従属関係のもとで労務を提供していたと認めるのが相当であり,本件契約は,労働契約としての性質を有するものと認められる。

2  契約関係の継続の有無(争点(2))について

本件契約の契約書には,「At least 30 days before the hereabove mentioned termination date, Mauboussin Japan K. K. may propose you another contract.」と規定されている(<証拠省略>)。この英文の規定は,被告は契約終了日の30日前までに他の契約を提案することができることを意味するものと解され,原告主張のように契約の提案を被告に義務付けたものと解することはできない。実質的にも,このように解しないと,契約期間を定めた意味がなくなり不合理である。

また,原告は,既に他社に再就職しているから(原告本人),被告に復帰する意思がないことは明らかである。

したがって,原告の被告に対する労働契約上の地位確認請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由がない。

3  解雇の効力(争点(3))について

(1)  ずさんな在庫商品買取案の作成について

ア 証拠(<証拠省略>,原告本人,被告代表者)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(ア) モーブッサンは,a百貨店と協議した結果,平成11年11月25日までに在庫商品の買取案を提案し,同月末にこれをもとに協議することを予定していた。そこで,被告は,原告に対し,a百貨店からの在庫商品の買取案及び日本における販売目標の作成を指示した。

原告は,同年11月3日,モーブッサンに対し,在庫商品の買取案作成に当たり数点の前提事項を同月15日までに回答するよう要請したところ,モーブッサンは,同月5日,原告に対し,最終的な回答は同月19日になると連絡した。

(<証拠省略>)

(イ) 原告は,平成11年11月12日,a百貨店から,各店舗における平成11年1月から同年9月までの間の商品の売上状況を示す明細書の送付を受け,被告代表者との間で,これをもとに,買取案の作成について協議した。その際,被告代表者は,原告に対し,自ら作成した平成12年から平成14年までの売上目標額,投資額,収支見通しなどを具体的に掲げたマーケティングプランを示し,これをもとに,被告の販売目標についても協議した(<証拠省略>,原告本人,被告代表者)。

(ウ) モーブッサンは,平成11年11月15日,原告に対し,在庫商品として掲げられている商品のうち種類の不明なものがある,a百貨店に卸していないはずの商品が在庫に計上されているとして,在庫商品の内容をア(ママ)ックスで問い合わせた(<証拠省略>)。

(エ) 原告は,平成11年11月15日,被告代表者に対し,在庫商品の数量,価格などを記載した在庫表の素案を送付した(<証拠省略>)。

(オ) モーブッサンは,平成11年11月15日及び同月16日,原告に対し,a百貨店に卸していないはずの商品が在庫に計上されているとして,在庫商品の内容の確認を求めるとともに,いくつかの商品については,時期が古いためにコンピューターに情報が入っておらず,経理部が確認している,数点の商品についてはa百貨店の確認を得ていないと連絡した(<証拠省略>)。

(カ) 原告は,在庫商品の数量,価格などを記載した在庫表の修正案(別紙1,2),被告の平成12年8月から同年12月までの間における商品ごとの価格と販売数量などを記載した販売予算案(別紙3,4),準備しておくべき在庫品の品名と数量を記載したモデルストック案(別紙5<省略>)を作成し,平成11年11月17日,被告代表者にこれらを交付した(<証拠省略>)。

イ 原告は,以上の経緯で在庫表(別紙1,2)を作成したが,在庫表(別紙1)は,番号4,7,8,10及び11の商品については減価償却率が0.8又は0.9となっているのに対し,番号16,17,18,22及び23の商品については減価償却率が0となっており,統一されていない。番号16,17,18,22及び23の商品については,金額が計算されていない。在庫表(別紙2)においては減価償却率は統一されているが,番号16,17,18,22及び23の商品については金額が計算されていない。

このように,原告が作成した在庫表は,一見して内容がずさんであるといわざるを得ない。原告本人は,これらの記載に誤りがあることを認めながら,コンピューターや表計算ソフトのミスが原因である,コンピューターで計算する場合はゼロは1であるなどと供述するが,不合理かつ不自然であり,採用することができない。

(2)  ずさんな販売予算の作成について

ア 証拠(<証拠省略>,被告代表者)及び弁論の全趣旨によれば,原告の作成した平成12年の販売予算には,次の誤りがあったことが認められる。

(ア) 一般に,宝石,結婚指輪,時計といった商品の売上げは,ボーナスやクリスマスの時期である12月に増加するなど,月によって増減がある。しかし,8月から12月までの間のこれらの商品に関する販売予算は,全期間を通じ,販売予算額,数量とも同一であった。

(イ) 被告は,卸売と小売のいずれも行う予定であったから,卸売と小売の両方の販売予算を作成しなければならない。しかし,原告作成の販売予算のうち,時計については,卸売価格が示されていなかった。

(ウ) 「ショップ・イン・ショップ」はデパート等の被告の出店舗であり,面積は約15坪を予定しており,「コーナーズ」は被告の直営店舗で面積は5~6坪であり,1店舗当たりの売上げを比較すると,通常,前者が後者を上回る。しかし,原告作成の販売予算によれば,宝石,ブライダルとも,前者の売上個数が後者の売上個数を下回っていた。また,時計は被告の主力商品であり,「コーナーズ」でも販売が予定されているにもかかわらず,売上個数が0個とされていた。

(エ) ベストセラー商品として宝石の「スワン」,時計の「トゥールビヨン」が掲げられているが,小売価格は前者が約1000万円,後者が約1000~2000万円と極めて高額なため,ベストセラー商品にはならない。また,時計の「ウルトラ フラット」,「クロノ アラーム」がベストセラー商品として掲げられているが,前者は消費者にあまり好まれておらず,後者は既に製造が中止されていたから,ベストセラー商品とはならない。

他方,「スチール エナメルド フェイス ベゼル」と「スチール アンド ダイアモンド」はベストセラー商品であるにもかかわらず,「ショップ・イン・ショップ」,「コーナーズ」,「POS」とも,販売個数がわずか1個とされていた。

(オ) 平成12年の予定在庫は,「900+(月数+1)=1080個(費用=1億1000万円+税金)」とされている。これは,平成12年8月から12月までの5か月間に900個を販売することを前提に,1か月分の売上個数を加えた1080個の在庫を準備する必要があるというものであるが,「費用=1億1000万円+税金」が何を意味するのかが一見して明らかでなく,小売価格及び卸売の在庫コストを検討した形跡がない。

イ 原告本人は,販売予算(別紙3,4)は販売予算ではなく販売目標を掲げたものにすぎないと供述するが,書面の表題は「モーブッサンジャパン販売予算 2000年」と明記されているから(<証拠省略>),採用することができない。また,原告本人は,被告代表者から指示された数値をそのままパソコンに入力したなどと供述するが,販売予算の作成はマーケティングを職務とする原告の本来業務であり,原告はそのために必要な資料の収集をしていたこと,原告は業務に見合った多額の報酬の支払を受けていたことからすると,単純な入力作業をしたにすぎないという原告本人の供述は採用することができない。a百貨店の平成11年(通年)の売上成績に関する報告は,平成12年1月までかかる見通しであったから(<証拠省略>),販売予算が正確な数値に基づく最終的なものであったとはいえないが,前記の誤りはいずれも基本的なものであり,正確な売上報告がなければ避けられない性質のものとはいえない。

(3)  記事の校閲ミスについて

ア 証拠(<証拠省略>,原告本人)によれば,次の事実が認められる。

(ア) フランスのファッション,流行品等を紹介する雑誌「ヴァンサンカン」の平成12年1月号(同年1月1日発行)に,「ブルガリ カルティエ ショーメ etc.『老舗宝飾店がつくるウォッチ』」の表題で宝飾時計等の商品を紹介する記事が掲載された。モーブッサンの記事の真上に競合他社であるブシュロンの記事が掲載されていたが,被告の商品である腕時計(商品名「オープン ハート」)がブシュロンの商品として紹介されていた。

(イ) 原告は,平成11年11月3日,「ヴァンサンカン」の担当者から,平成12年2月号の同誌に掲載予定の特集記事について,取材依頼を受けた。これは,「美の頂点を徹底研究 ヴァンドーム広場を極める」という題名(仮題)で,パリのヴァンドーム広場及びこの周辺にあるブティックを紹介する特集記事であり,取材希望日は平成11年11月15日から同月19日ころとされていた。原告は,これを受け,モーブッサンに連絡をとり,取材の手配をした。

(ウ) 原告は,平成11年11月29日,モーブッサンに対し,<1>「ヴァンサンカン」の最新号を入手したので送付する,<2>ブティックプラスヴァンドームのオープンに関する広告記事は,掲載される前に確認した,<3>モーブッサンは,特別なプラスヴァンドームの中で,カルティエ,ショーメ,ブシュロン,ヴァンクリフ及びシャネルの横に掲載されている,<4>掲載商品は,ナジャライン,ミニアロハ及びレディMであると報告した。原告は,同月30日,モーブッサンに対し「ヴァンサンカン」平成12年1月号を国際郵便で発送した。

イ この事実によれば,原告が「ヴァンサンカン」平成12年1月号を入手した際に,容易に気づくべき記事の誤りを見落としたこと,原告が同誌の同年2月号の記事を校閲したことは認められる。しかし,同年1月号の記事の校閲時期を特定するに足りる証拠はなく,原告がモーブッサンに報告した「ブティックプラスヴァンドームのオープンに関する広告記事」は,その題名や報告時期からすると,同年2月号の記事に関するものと解する余地がある。同誌の同年1月号にはナジャライン,ミニアロハ,レディMといった商品が掲載されているが(<証拠省略>),これらはファッション雑誌「マリ・クレール」同年1月号にも掲載された当時の主力商品であったと考えられるから(<証拠省略>),複数回にわたり雑誌に掲載されることは不自然とはいえない(なお,本件訴訟では,「ヴァンサンカン」同年2月号は証拠として提出されていないから,同年1月号の記事と比較対照することができない)。

そうすると,前記の事実によっては,原告が「ヴァンサンカン」平成12年1月号に掲載予定の広告記事を校閲した事実を推認することはできず,その他に,この事実を認めるに足りる証拠はない。

(4)  経費の不正請求について

ア 証拠(後掲のもの)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(ア) 国際通話料金

原告は,被告に対し,平成11年10月分として2万3603円,同年11月分として2万3945円を要したとして,通話料の精算を求めた。しかし,その料金の中には,本件契約の発効前の通話に関するものやスペインへの私用通話1万2270円が含まれていた(<証拠省略>)。

(イ) 国内通話料金

原告は,被告に対し,平成11年10月分として1060円を要したとして,その精算を求めたが,いずれも本件契約の発効前の通話に関するものであった(<証拠省略>)。

(ウ) 国際・国内電話両用カード代

原告は,平成11年11月2日,国際・国内電話両用カードを4700円で購入し,被告に対し,これを経費として精算を求めた(<証拠省略>)。

(エ) 国際小包運送料

原告は,平成11年10月13日と同月15日の2回にわたり,フランスに小包を発送し,運送料として合計3万2800円を支出し,その後,被告に対し,その精算を求めた(<証拠省略>)。

(オ) 交通費(地下鉄料金)

原告は,被告に対し,交通費(地下鉄料金)として9300円の精算を求めた。

イ 以上の事実関係をもとに,不正請求の成否について検討する。

(ア) 通話料金について

本件契約の発効前の通話や私用通話に関する通話料金は,明らかに被告の業務とは無関係であるから,精算を求める根拠を欠くといわざるを得ない。

原告本人は,モーブッサンの営業部長と社長秘書から,本件契約期間外の国際通話料金の精算について了解を得ていたと供述するが,客観的裏付けを欠くうえ,原告がモーブッサンとの間の販売代理店契約に基づく業務を遂行するために要した経費は,モーブッサンとの間で精算することが予定されていたから(<証拠省略>),採用することができない。また,原告は,モーブッサンに私用通話分の精算を求めた際に同社からクレームを受けたことがなかったので,従前どおり,被告に対しても私用通話分の精算を求めたと主張するが,このような公私混同を正当化する余地はない。

もっとも,本件契約の発効前の通話には,モーブッサンとの間の契約に基づく業務に関するものが含まれると考えられるところ,当時,モーブッサンとの間の契約が既に終了していたこと,原告がモーブッサンと被告に二重に経費を請求した形跡のないことからすると,便宜上,日本に居住する原告がモーブッサンの在日子会社である被告に経費の精算を求めたことが不正行為であるとまではいえない。

したがって,私用通話分に関する分は,不正行為といえるが(その金額が1万2270円を上回ることを認めるに足りる証拠はない。),その他の分については,不正行為ということはできない。

(イ) 国際・国内電話両用カード代について

原告の業務は,a百貨店とb百貨店の各店舗や,フランスに本社のあるモーブッサンとの連絡を必要とするものであり,外出中に公衆電話を使用することは十分ありえた。また,原告がこのテレフォンカードを被告の業務とは無関係の目的で使用したことを認めるに足りる証拠はない。したがって,原告がカード代金の精算を求めたことは,不正行為ということはできない。

(ウ) 国際小包運送料について

原告が国際小包を被告の業務外の目的で利用したことを認めるに足りる証拠はないから,原告が運送料の精算を求めたことは,不正行為ということはできない。

(エ) 交通費について

原告の業務は,a百貨店とb百貨店の各店舗との連絡を必要とするものであり,原告が各店舗に赴き,商品の売上げや在庫の状況を確認したり,担当者と打合せをすることが予定されていた。自宅と各店舗を往復するために,1か月間に9300円程度の交通費(電車代)を使うことは,不合理とはいえない。したがって,交通費の請求は不正行為とは認められない。

(5)  学歴の詐称について

ア 証拠(<証拠省略>,原告本人)によれば,原告の最終学歴は,パリ政治学院中退であること,原告が採用前に被告に提出した履歴書(原文はフランス語)には,「lnstitut d' Etudes Politiques de Paris(Sciences Po Paris)-option relations internationales 1985」(パリ政治学院―国際関連専門 1985年)と記載されていること,被告代表者(フランス国籍)が原告と採用面接をしたことが認められる。

イ 原告が被告に提出した履歴書には,パリ政治学院を中退したとも,卒業したとも明記されておらず,原告が被告に対し自己の最終学歴をあえて「中退」であると正しく説明した形跡はない。しかし,前記の認定事実によっては,原告が被告に対し自己の経歴を誤解させかねない履歴書を提出したことは認められるが,これを超えて,積極的に自己の経歴を偽った事実を推認することはできない。

被告は,フランスでは履歴書に学校名だけを記載する場合は当該学校を卒業したことを意味すると主張するが,フランスにおけるこのような慣習の存在を認めるに足りる証拠はない。また,被告代表者は,採用面接の際に,原告がパリ政治学院を卒業したと述べたと供述するが,客観的裏付けがないから採用することができない。

(6)  本件解雇の効力

以上によれば,原告は,内容に誤りのある在庫表と販売予算を作成し,これを被告に提出したほか,通話料金の一部を不正に請求した事実が認められる。

原告の作成した在庫表と販売予算は,いずれも多数の基本的な誤りがあり,その内容は一見してずさんである。しかし,原告が在庫表を作成した当時,まだモーブッサンとa百貨店との間において在庫商品の内容を確認する作業が継続しており,在庫商品の品名と数量が確定していなかったから,原告が作成した在庫表は,素案の域を出るものではなく,最終的なものであったとは認められない。また,原告は,a百貨店から平成11年1月から同年9月までの各店舗の売上明細を入手していたが,通年分の売上実績を入手するのは平成12年1月までかかる予定であったこと,一般に,時計や宝飾品の売上げは時期による変動があり一定していないことからすると,原告が作成した販売予算は,被告代表者のマーケティングプランに対応したものではあるが,素案の域を出るものではなく,最終的なものであったとは認められない。被告代表者は,原告作成の在庫表と販売予算のうち誤った部分を手書きで書き込んだうえで,原告に誤りを指摘したと供述するが,被告代表者の供述によっても,いつ,どのような場で,どのようにして指摘したか,原告がその指摘を受けてどのように対応したかについてはあいまいであること,被告は,原告が在庫表と販売予算を提出した日の翌日に本件契約の解除通知を原告に送付しており(<証拠省略>),ほとんど時間的余裕がなかったことに照らし,採用することができない。証拠(<証拠省略>)によれば,被告は,解除通知の送付のわずか10日後である平成11年11月28日の朝日新聞にマーケティング部長募集の求人広告を掲載したことが認められ,この事実によれば,被告は原告が在庫表や販売予算を提出するよりも以前に本件契約の解除を決定したと疑わざるを得ない。

また,原告が被告に精算を求めた私用通話は,金額がさほど多額とはいえないうえ,原告は精算を受けていない。

そうすると,原告が作成した在庫表と販売予算に多数の誤りがあったことや,通話料金の一部を不正に請求したことは,本件解雇を根拠づけるやむを得ない事由(民法628条)に当たるとは認められないから,本件解雇は無効である。

(7)  原告に支払うべき賃金額

ア 被告は,原告に対し,平成11年12月分の賃金の残金及び平成12年1月分から同年4月分までの賃金の支払義務を負う。前提事実(4)で認定した報酬の支払時期と支払額によれば,賃金は毎月末日に締め切り,当月25日に支払われていたことが推認できる。したがって,被告が原告に支払うべき賃金は,合計403万4275円である。

(ア) 平成11年12月分 47万1775円

(計算式)1,125,000-653,225=471,775

(イ) 平成12年1月分から同年3月分まで 各112万5000円(うち100万円を請求)

(ウ) 平成12年4月分 56万2500円

(計算式)1,125,000×15/30=562,500

イ 原告は,本件契約期間後の賃金として50万円を請求するが,本件契約が期間満了により終了したことは,前記2のとおりであるから,原告の請求は理由がない。

4  立替金の有無(争点(4))について

(1)  通話料金(認容額 2万5823円)

ア KDDの通話料金のうち,平成11年10月分のうち2602円,同年11月分のうち2万3221円については,争いがない。

イ 原告の主張するその余の通話料金については,被告の業務との関連性についての主張立証はない。かえって,前記3(4)のとおり,これらは,その大半が本件契約の発効前の通話又は私用通話に関するものであるところ,被告がこれらの料金の負担を承認した事実を認めるに足りる証拠はない。

原告は,解雇後の通話料金は解雇(不法行為)と相当因果関係のある損害であると主張するが,採用することができない。

(2)  国際・国内電話両用カード代(認容額 0円)

前記3(4)のとおり,原告は国際・国内電話両用カードを購入したことが認められるが,原告がこれを被告の業務のために使用したことの具体的な主張立証はない。

(3)  書籍代(認容額 1410円)

当事者間に争いがない。

(4)  国際エクスプレスメール代(認容額 5400円)

当事者間に争いがない。

(5)  国際小包運送料(認容額 0円)

原告がフランスに小包を発送したことは,前記3(4)のとおりである。原告は,その中身はモーブッサンの営業部長から要請されたブライダルフェアーに関するパンフレットなどの資料であると主張するが,これを認めるに足りる証拠はない。

(6)  結論

以上によれば,原告の立替金請求は,3万2633円の限度で認められる。

5  不法行為の成否及び損害額(争点(5))について

(1)  前記3で述べたとおり,本件解雇は,やむを得ない事由によるものとはいえないから違法である。被告には本件解雇について過失があるから,被告は,原告に対し,民法709条に基づく不法行為責任を負う。

(2)  ところで,原告は被告に対し,労働契約に基づき本件契約の残存期間中の賃金の支払を求めることができるから,特段の事情が認められない限り,これらの支払をもって経済的損害は填補されるところ,本件において,これとは別個に金銭の支払により慰謝すべき損害の発生を認めるまでの特段の事情は認められない。

6  結論

以上によれば,原告の請求は,主文第1項の限度で理由があるから認容し,主文のとおり判決する。

(裁判官 龍見昇)

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