東京地方裁判所 平成12年(ワ)20116号 判決 2003年1月22日
原告
X1
ほか二名
被告
Y
主文
一 被告は、原告X1に対し、一億六三〇六万四七二八円及びこれに対する平成七年一〇月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告X2に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成七年一〇月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告は、原告X3に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成七年一〇月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 訴訟費用はこれを五分し、その二を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
五 この判決は、第一ないし三項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、原告X1に対し、二億四二六六万五六九八円及びこれに対する平成七年一〇月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告X2に対し、三〇〇万円及びこれに対する平成七年一〇月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告は、原告X3に対し、三〇〇万円及びこれに対する平成七年一〇月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、自転車を運転中、四輪車と衝突して負傷した原告X1(事故当時二五歳)及びその両親が、四輪車を運転していた被告に対し、民法七〇九条及び自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、損害賠償を求めた事案である。
一 争いのない事実
(1) 事故の発生
次の事故が発生した(以下「本件事故」という。)。
ア 日時 平成七年一〇月四日午後六時三〇分ころ
イ 場所 埼玉県越谷市大沢二九五四番地先路上
ウ 加害車両 普通乗用自動車(車両番号・<省略>)
同運転者 被告
同保有者 被告
エ 被害車両 足踏み式自転車(以下「本件自転車」という。)
同運転者 原告X1
オ 態様 原告X1が、被害車両を運転して、信号機による交通整理の行われていない交差点にさしかかったところ、加害車両を運転する被告が、一時停止規制を無視して交差点に進入し、被害車両と加害車両が出会い頭に衝突した。
(2) 責任原因
被告は、加害車両を運転して、一時停止をせずに漫然と交差点内に進入した過失があるので、民法七〇九条に基づき、また、加害車両の保有者であるので、自賠法三条に基づき、損害賠償責任を負う。
(3) 傷病名及び治療の経過
ア 傷病名
(ア) 川口市立医療センター 頸椎損傷
(イ) 日本医科大学付属病院 頸髄損傷
(ウ) 国立身体障害者リハビリテーションセンター病院
頸髄損傷(四肢麻痺、排尿排便障害)、神経因性膀胱、両そけい部カンジタ症、左踵部褥創、陰嚢部裂傷、咽喉頭異常感症、気管肉芽、感冒、呼吸障害、臀裂部褥瘡、MRSA感染症
イ 治療状況
(ア) 川口市立医療センター 平成七年一〇月四日通院(実日数一日間)
(イ) 日本医科大学付属病院
平成七年一〇月四日から平成八年一月二二日まで入院(一一一日間)
(ウ) 国立身体障害者リハビリテーションセンター病院
平成八年一月二二日から平成九年三月二四日まで入院(四二八日間)
(エ) 国立伊東重度障害者センター
平成九年三月二五日から平成一〇年一一月一九日まで入院(六〇五日間)
(オ) 症状固定日 平成一〇年一一月一九日(原告X1の年齢二八歳)
ウ 後遺障害の程度
以下の後遺障害により、併合一級
(ア) 骨髄損傷に伴う四肢麻痺等の神経症状により第一級三号
(イ) 骨盤骨の変形障害により第一二級五号
(4) 損害の一部と損害のてん補
ア 本件事故により原告X1には、少なくとも次の損害が生じた。
(ア) 治療費の一部 二二七万〇六〇三円
(イ) 入院雑費の一部 一三八万三二〇〇円
(ウ) 患者輸送代 五万五八三〇円
(エ) 引越代・医師への謝礼 二四万二二九〇円
(オ) ベッド代 四二万四五五〇円
(カ) 諸雑費 一〇二万九〇〇〇円
(キ) 将来の雑費 一月当たり一万五六七一円
イ 損害のてん補
被告側保険会社からの既払金は九九四万七三七〇円である。
二 争点
(1) 事故態様及び過失割合
ア 被告の主張
自転車と四輪車の事故で、四輪車側に一時停止の規制がある場合の過失
割合は、原則として四輪車九〇パーセント、自転車一〇パーセントであるところ、本件事故当時、原告X1は、無灯火で、かつ、傘を差して片手で本件自転車を運転していた。
夜間に自動車を運転する者にとっては、自転車がライトを点灯しているかどうかは、当該自転車を認識する上で非常に重要な要素であり、このことは、夜間の照明により周囲が照らされている場合でも変わらない。走行中の自転車のライトは揺れ動いて見えるのであり、夜間照明とは完全に識別できるのであるから、周囲が「やや明るい」からといって目立たなくなるものではない。なお、本件事故当日の日没時間は午後五時二三分ころであり、本件事故発生時間である午後六時三〇分は日没後一時間以上が経過し、完全に夜間の状況となっていた。また、本件事故現場の交差点は、街路灯の照明により真っ暗ではないという程度の明るさであり、自転車のライトが目立たないということはない。したがって、原告X1がライトを点灯していれば、被告はより早く原告X1を発見し、衝突を回避できた可能性が高いといえる。
また、自転車を両手で運転する場合よりも片手運転の方が格段に運転能力が落ちることは、我々の経験則上明らかである。本件自転車の後輪が破損していることに照らし、原告X1が交差点を通過し終わる直前か、あるいは少なくとも本件交差点を半分以上通過した後に加害車両と衝突しているのであり、原告X1が本件交差点に進入してから衝突まである程度の時間的余裕はあった。したがって、原告X1が両手運転をしていれば、適切なブレーキ・ハンドル操作、減速・加速等により、加害車両との衝突を避けられた可能性が高く、原告X1が片手運転であったが故に十分な制御がきかず加害車両との衝突を避けられなかった可能性が高い。
仮に無灯火及び片手運転と本件事故との間に因果関係がないとしても、過失相殺において行為者の違法行為を全く考慮しないのは妥当ではない。
さらに、仮に原告X1が傘を差しておらず、傘をハンドルにかけて走行していたとしても、それ自体非常に危険な行為であり、そのことが原告X1の過失の程度を軽減する理由となるものではなく、むしろ、傘を差していた場合と同程度又はそれ以上の重過失要素として考慮されるべきである。
他方、被告には、一般に重過失とされる居眠り運転、酒酔い運転、無免許運転、時速三〇キロメートル以上の速度違反等の行為をしていない。
そうすると、原告X1の過失割合は、無灯火運転で一〇パーセント、片手運転で一五パーセントの加算修正がされるべきであり、結局、本件事故の過失割合は、被告が六五パーセント、原告X1が三五パーセントになるというべきである。
イ 原告らの主張
仮に、本件事故当時、原告X1が無灯火で本件自転車を運転していたとしても、本件事故現場には照明施設があって、やや明るい状況であったし、もともと自転車の前照灯が大して明るいものでないことからすると、被告から原告X1を認識するにつき、ライトを点灯して走行していた場合と大差はない。
また、原告X1は、本件事故当時、両手で本件自転車を運転していたし、仮に片手運転をしていたとしても、片手運転であるが故に本件自転車がふらついて車道に飛び出したなどの事実もなく、原告X1は加害車両を避ける間もなく衝突したのであるから、それが本件事故の発生原因の一端となったとは考え難い。
ところで、本件事故現場の制限速度は時速三〇キロメートルであるところ、被告は、加害車両を時速約四〇キロメートルで走行させている。本件事故現場は市街地であり、このような速度超過による走行は極めて危険である。また、原告X1の発見が衝突間際であったことにかんがみると、被告には著しい前方不注視があったと認められる。被告が一時停止の規制を無視して本件交差点に進入したことに争いはない。
以上の事情に照らすと、本件事故における基本的過失割合は原告X1一〇パーセント、被告九〇パーセントであるが、被告には上記のとおり重過失があるから、その過失割合を加算修正し、結局、原告X1〇パーセント、被告一〇〇パーセントと解すべきである。
(2) 損害及びその額
ア 原告らの主張
(ア) 積極損害
a 治療費 三〇〇万四三六七円
被告側保険会社が支払ったという治療費は二二七万〇六〇三円であり、原告X1が国立伊東重度障害者センターに対して支払った治療費は七三万三七六四円である。
原告X1は、症状固定後も、車椅子の基本操作、筋力トレーニング、ストレッチ、車椅子からベッドへの移動・排泄訓練、入浴訓練等、原告X1の残存機能・能力を最大限に生かせるように治療・訓練を受けたものであり、その費用も、当然ながら、本件事故による損害であることは明白である。
b 付添看護費 三六九万六〇〇〇円
一日当たり七〇〇〇円として、<1>川口市立医療センター及び日本医科大学付属病院における入院期間一一一日と、<2>国立身体障害者リハビリテーションセンター病院の入院期間のうち、<ア>親族が毎日付添をした平成八年一月二二日から同年八月八日までの二〇〇日間、<イ>親族が一週間に五日付添をした同月九日から同年一二月三一日まで一四五日間の七分の五に相当する一〇三日間、<ウ>親族が一週間に三日付添をした平成九年一月一日から同年三月二四日まで八三日間の七分の三に相当する三五日間、<3>伊東重度障害者センターの入院期間六〇五日間のうち、付添を要した七九日間の合計五二八日分である。
なお、付添費は、病院での介護(完全看護を含む。)を受けながら、その近親者も介護をせざるを得ない程度の受傷をした被害者に対して認められるものであり、被害者が完全看護を受けているからといって、付添費の減額事由となるものではない。
c 将来の付添費 五三〇五万二六〇四円
一日当たり八〇〇〇円として、原告X1が国立伊東重度障害者センターを退院した平成一一年一二月一一日当時の年齢二九歳の平成一〇年簡易生命表における平均余命が四九・一八年であることから、四九年に対応するライプニッツ係数を用いて中間利息を控除すると、次の計算式により、上記額となる。
(計算式) 8000×365×18.1687≒53,052,604
d 入院雑費 二一七万六五〇〇円
一日当たり一五〇〇円として、原告X1が入院を開始した平成七年一〇月四日から退院した平成一一年一二月一一日までの一五三〇日間から、自宅に戻っていた期間である七九日間を差し引いた一四五一日間分である。
e 通院交通費 七三九万六三二七円
被告側保険会社がその必要性を認め、原告X1の請求に応じて支払った金額である。
原告X1の治療期間において、親族による精神的サポートは非常に重要であったし、洗濯・飲料水の買い物等、身の回りの世話も必要不可欠であった。また、原告X1の社会復帰に向けてのリハビリを行う際、介護の中心となる母親をはじめ、兄夫婦も病院から介護指導を受ける必要があった。このように、親族による付添が必要である以上、その交通費も損害として認められてしかるべきである。
なお、原告X1の症状は重篤であり、事故後間もない時期に、一日に多数の親族がその安否を気遣い病院を訪れることはやむを得ないことである。原告X1の両親をはじめ、原告X1の親族は仙台や水戸在住の者もあり、一日当たりの平均の通院交通費が一万四〇〇八円程度となっても、全く不自然ではない。事故当初に病院を訪れたのは原告X1とごく近しい親族のみであるし、平成八年一月二三日ころからは、一日に一人か二人の親族が病院を訪れるにとどまっており、費目のうちに「おむつ代」等が若干含まれているが、ごくわずかな回数であり、通院交通費の請求は決して過剰ではない。
f 患者輸送代 五万五八三〇円
g 引越代・医師謝礼 二四万二二九〇円
h 手押し式車椅子代 一〇五万〇八七四円
一台の単価は二四万四一七〇円であり、耐用年数は五年である。車椅子は、原告X1がその足代わりとして常時使用しなければならないものであり、当然ながら、その身体等に合わせて作られたものでなければ使い得ない。標準的な手押し式車椅子が、被告主張の価格で購入可能であるとしても、そのような車椅子は、原告X1が常時使用するに耐えない。なお、原告X1は、実際には、室内用・室外用・浴室用の各車椅子を使用しているが、本件においては、室内用の車椅子にとどめて請求しているのである。
原告X1の症状固定時の年齢二八歳の平成一〇年簡易生命表における平均余命が五〇・一五年であることを考慮すると、現時点における一台購入分と将来交換を要する費用の合計額は、次の計算式により、上記額となる。
(計算式)
244,170×(1+0.78352617+0.61391325+0.48101710+0.37688948+0.29530277+0.23137745+0.18129029+0.14204568+0.11129651+0.08720373)≒1,050,875
i 電動車椅子代 二五四万〇二四三円
原告X1は、本件事故により、両手握力の一切を失っており、手押し式車椅子では、外出した際、歩道にわずかでも傾きがあれば、まっすぐに進むことができないことなどから、原告X1が外出するためには、電動車椅子の購入が必須である。被告は、原告X1が外出する際に介護者に車椅子を押してもらえば足りる旨主張するが、このような主張は、原告X1が少しでも単独で行動できるようにする道を阻み、重度障害者の社会参加はおろか、散策でさえも阻む危険があるというべきであって、全く採用できない(電動車椅子で外出できたとしても、室内における介護が主となる介護者の負担を軽くするものでないから、将来の介護費用を減額する事由ともならない。)。また、電動車椅子も、障害者個人の症状に合わせて作られたものでなければ、実際には使用に耐えない。
一台の単価は六九万四五〇〇円であり、耐用年数は六年である。原告X1の症状固定時の年齢二八歳の平成一〇年簡易生命表における平均余命が五〇・一五年であることを考慮すると、次の計算式により、上記額となる。
(計算式)
694,500×(1+0.746221540+0.55683742+0.41552065+0.31006791+0.23137745+0.17265741+0.12883962+0.09614211)≒2,540,243
j 家屋改築費 九〇四万〇五六三円
本件事故により、原告X1が後遺障害を負ったため、今後生活を続ける予定となった実家の家屋を、原告X1の介護のために改修せざるを得なくなった。原告X1の実家は歯科医を開業していたところ、この改修に伴い、全面的に改築した。その費用は総額一億円に上るが、そのうち、原告X1しか利用しない設備等について利用率を一〇〇パーセント、他の家族も利用する設備等については利用頻度に応じて八〇ないし五パーセントの利用率として、次のとおり評価する(括弧内が利用率を示す。)と、その合計は上記額となる。
(a) 外部ポーチ部分のスロープに関する三〇万円(六〇パーセント)
(b) 玄関段差解消桟工事に関する二〇万円(三〇パーセント)
(c) エレベーター設備工事に関する二二五万円(八〇パーセント)
(d) 同エレベーターホール工事二五万円(八〇パーセント)
(e) 天井走行リフトシステムエ事一八〇万円(一〇〇パーセント)
(f) バリアフリーサッシ工事に関する一五〇万円(六〇パーセント)
(g) バリアフリー木製建具に関する一〇〇万円(六〇パーセント)
(h) 給排水設備工事に関する三五〇万円(五パーセント)
(i) 三階便所工事に関する八五万円(一〇〇パーセント)
(j) 三階浴室工事に関する一二〇万円(一〇〇パーセント)
(k) 建築工事に関する一二〇〇万円(五パーセント)
(l) 電気設備工事に関する五〇万円(五パーセント)
(m) 鉄骨、鉄筋工事に関する一五〇万円(五パーセント)
(n) 空調設備工事に関する八〇万円(三〇パーセント)
(o) 建設設計に関する二一〇万円(五パーセント)
(p) 諸経費に関する二九七万五〇〇〇円(五パーセント)
(q) 上記各工事に対する消費税一六三万六二五〇円(五パーセント)
k 特殊車両代 二一四五万八三〇九円
原告X1は、本件事故による後遺障害を負ったため、車椅子では行けない程度の遠方に外出する際の移動手段として、車椅子等を搭載できる特殊車両の購入が必須であった。この特殊車両は、原告X1が今後とも同居の家族以外の者との交流を保ち、家の中から外出するため必要不可欠な道具であり、これがなければ、原告X1は外界とのつながりをほとんど絶たれることになる。
一台の単価は五八六万六六八〇円であり、耐用年数は六年である。原告X1の平均余命を五〇・一五年とすると、現時点における一台購入分と将来交換を要する費用の合計額は、次の計算式により、上記額となる。
(計算式)
5,866,680+5,866,680×(0.74621540+0.55683742+0.41552065+0.31006791+0.23137745+0.17265741+0.12883962+0.09614211)≒21,458,309
l 不妊治療費 二九一万六三八二円
原告X1は、本件事故による後遺障害により、自然射精が不可能となり、精子の数が非常に減少してしまい、不妊症となった。原告X1は、子供をもつことを熱望しており、現在、妻との間で子をもうけるため、不妊治療を受けているが、三度治療を受け、いずれも妻が妊娠するには至っていない。その治療費の合計は、上記額である。
原告X1は、現在でも、高額の治療費を支払って不妊治療を行っているが、上記三度の治療費のほかは、あえて請求しない。
m ベッド代 四二万四五五〇円
原告X1は、本件事故による後遺障害により、通常のベッドではその上がり下がりや寝返り等ができないため、電動ベッド・専用マットレスの購入が必須であった。
なお、今後のベッドの買換代金は、あえて請求しない。この点は、慰謝料において斟酌されるべきである。
n 諸雑費 一〇二万九〇〇〇円
被告側保険会社から支払を受けた諸雑費は上記額である。
o 将来の雑費 五一五万六四九五円
原告X1が、本件事故による後遺障害により、一か月の間に、日常的に必要とする雑費は、<1>両手の握力を喪失したため、車椅子を動かすときのみならず、日常生活を過ごす上で常に、手のひらの部分にゴムのついた特殊なグローブをはめることが必要であり、その二枚分一万五九六〇円、<2>膀胱に挿入されているカテーテルを消毒するために使用する綿棒七九八円、<3>排泄時に使用する器具の消毒に使用するミルトン一四一七円、<4>カテーテルの挿入された膀胱の傷口を消毒するために使用するYカットガーゼ九四五円、<5>紙おむつ二〇二七円、<6>糞尿袋二五〇四円の合計二万三六五一円であり、平均余命四九・一八年に対応するライプニッツ係数を用いて中間利息を控除すると、次の計算式により、上記額となる。
(計算式) 23,651×12×18.1687≒5,156,495
(イ) 消極損害
a 休業損害 〇円
原告X1は、勤務先であった近畿日本ツーリスト株式会社から、本件事故後解雇されるまで、合計一一九〇万六七一三円の支給を受けていたので、休業損害の名目では計上しない。
b 後遺障害逸失利益 九七〇〇万三三四四円
原告X1は、第二東京観光専門学校を卒業し、本件事故の前年の年収は四〇八万三七〇四円であったから、賃金センサス平成九年第一巻第一表男性労働者学歴別全年齢平均賃金である五七五万〇八〇〇円を基礎とすべきであり、労働能力喪失率一〇〇パーセント、原告X1が勤務先から給与相当額を最後に受領した平成一一年二月の翌月(原告X1の年齢二九歳)からの就労可能年数三八年間に対応するライプニッツ係数を用いて中間利息を控除すると、次の計算式により、後遺障害逸失利益は上記額となる。
(計算式) 5,750,800×1.0×16.8678≒97,003,344
(ウ) 慰謝料
a 傷害慰謝料 五〇〇万〇〇〇〇円
原告X1は、本件事故により、長期間にわたる治療及びリハビリを受けざるを得なかったが、その期間中の精神的苦痛は言語に絶するものであった。したがって、傷害慰謝料としては、上記額をもって相当と解するべきである。
b 後遺障害慰謝料 三〇〇〇万〇〇〇〇円
原告X1は、希望する旅行会社に就職して、いよいよこれから仕事にプライベートにと人生を謳歌しようという時期に本件事故に遭遇して後遺障害を負ったため、勤務先を退職せざるを得なくなったことはもちろん、これまでに築き上げてきた交友関係の多くも失わざるを得なくなり、スポーツなどをして動き回る楽しみも一切失った。
また、日常生活においても、例えば、<1>排尿については、膀胱に直接カテーテルを差し込まなければならず、病院では毎月二回はカテーテルの交換をする必要があり、自宅では毎日膀胱ろうの傷口を消毒して膀胱洗浄をしなければならず、<2>排便については、二、三日に一回の排便を行うが、座敷トイレへの移動から排便の終了までの所要時間は約四時間もかかり、座薬の挿入や刺激棒を自助具を付けて使い、尿意・便意の感覚がないため、常時下着内に紙おむつをして失禁の予防をしなければならず、<3>握力が全くないため、自助具を使わなければ食事がとれず、パソコンのキーも押せず、手押し式車椅子を使うにも、手のひらに滑り止めのついたグローブを付けなければならず、<4>長時間車椅子に座っていると、臀部に床ずれができてしまうため、数時間おきに臀部を休ませるようにしなければならず、<5>発汗ができなくなったため、体温調節機能不良となり、冷暖房が完備されている場所以外に出向くこともままならなくなり、<6>生活環境においても、すべてバリアフリーにすることが不可欠で、非常に限られた空間でしか生活できなくなった。
原告X1のこのような状況にかんがみれば、その後遺障害慰謝料は上記額をもって相当と解すべきである。
c 近親者慰謝料 合計六〇〇万〇〇〇〇円
原告X2及び原告X3は、原告X1の両親として、原告X1が死亡した場合に比肩し得る精神的苦痛を負った。原告X1の治療期間における心労はもとより、今後も原告X1を介護していかなければならない負担は甚大である。その慰謝料は、各三〇〇万〇〇〇〇円が認められてしかるべきである。
(エ) 原告X1の弁護士費用 二〇〇〇万〇〇〇〇円
(オ) 損害のてん補
a 被告側保険会社からの既払金 九九四万七三七〇円
b 労災保険給付 六八〇万八四七九円
原告X1が平成一四年一二月一三日までに受領した労災保険給付のうち、特別支給金である福祉施設給付金を控除した金額は、上記額である。
(カ) 原告X1の請求額
原告X1は、上記(ア)ないし(エ)((ウ)cを除く。)の合計額から(オ)の額を控除した額の損害が発生したが、原告X1から被告に対する請求は、請求の趣旨記載の二億四二六六万五六九八円にとどめる(一部請求とはしない。)。
イ 被告の主張
(ア) 積極損害
a 治療費
既払分の治療費二二七万〇六〇三円については認めるが、症状固定日である平成一〇年一一月一九日後のものについては争う。
なお、原告X1が国立伊東重度障害者センターに納付した金員(七三万三七六四円)は、治療費ではなく入院雑費である。国立伊東重度障害者センターの診療費については、労災保険により支払われているはずである。
b 付添看護費
近親者の付添費は、被害者が完全看護を受けている場合は、特に医師から付添をするよう指示があったときにのみ損害として認められ、それ以外は、家族の情愛に基づくものとして賠償の範囲外である。
原告X1は、本件事故による入院期間中は、完全看護を受けていたのであり、近親者の付添看護は、仮に必要であるとしても、補助的なものにとどまる。したがって、仮に付添看護費を認めるとしても、一日当たり三〇〇〇円程度として算定すべきである。
c 将来の付添費
金額を争う。
原告X1は、車椅子で移動可能な程度に自分で動くことができるので、全面的な付添介護を受ける必要はない。したがって、一日当たり五〇〇〇円程度として算定すべきである。
d 入院雑費
症状固定日までの入院実日数について、一日当たり一三〇〇円が損害になることについては特に争わない。なお、入院雑費の対象になるのは、入院開始日である平成七年一〇月四日から症状固定日である平成一〇年一一月一九日までの一一四三日間から、一時退院していた七九日間を差し引いた一〇六四日間である。
e 通院交通費
原告X1主張の金額には、原告X2、原告X3のほか、原告X2と原告X3の長男夫婦、二男夫婦及び三男夫婦、当時の原告X1の婚約者のA母子その他を含め、少なくとも一六名の通院に係るものが含まれているし、費目も交通費だけではない。原告X1の傷害が重篤なものであったことから、原告X1の請求について、当時の保険会社担当者が断り切れずに仮払いしてきた経緯はあるが、保険会社が交通費として認めて支払ったわけではなく、原告らとの間で正式に費目を特定し、その合意の上で支払ったわけでもない。
付添看護費を仮に一日六〇〇〇円とすると、五二八日間で三一六万八〇〇〇円となるが、原告X1が近親者の交通費として請求する金額を加算すると一〇五六万四三二七円となり、一日当たり二万円以上の金額が損害として認められることになる。
原告X1の親族らによる「付添看護」は、一日二回、一回一時間といった形で時間的に限定された中で行われたのであり、実質的には面会というべきである。親族との面会が原告X1を精神的に支えたであろうこと自体を否定するものではないが、このような面会を正面から付添看護として認めることには強い疑問がある。
したがって、仮に一日当たり六〇〇〇円程度の付添看護費が認められるのであれば、その金額には、見舞いの交通費その他一切の費用が含まれていると考えるべきであり、それ以外に見舞いの交通費が別途損害として認められるべきではない。
f 患者輸送代
認める。
g 引越代・医師謝礼
認める。
h 手押し式車椅子代
金額を争う。
交通事故による後遺障害により、車椅子が日常生活に必要不可欠となった場合、その車椅子の購入代金は、当該交通事故により生じた損害といえるが、この場合の損害額算定は、標準的な車椅子一台の単価を基礎とすべきである。そして、標準的な手押し式車椅子一台の単価は七万円前後である。
i 電動車椅子代
否認ないし金額を争う。
原告らは、手押し式車椅子では外出した際歩道にわずかでも傾きがあればまっすぐに進むことができないと主張するが、そうした問題は、手押し式車椅子でも外出の際に介護者に車椅子を押してもらえば回避できるのであり、その際の介護者の手間は付添費によりまかなわれるべきである。また、電動式車椅子は一般に普及しているとはいい難い。付添費及び手押し式車椅子代が損害として認められる以上、電動車椅子代は本件事故による損害にはならないというべきである。
仮に電動車椅子の購入費用も損害と認められるのであれば、将来の付添費は相当程度減額されるべきである。また、その損害額算定は、標準的な電動車椅子一台の単価を基礎とすべきところ、標準的な電動車椅子一台の単価は四〇万円前後である。
j 家屋改築費
否認ないし争う。
交通事故により後遺障害を負った者のために、従前の家屋を取り壊し、特別の設備を伴う建物を新築することは、社会通念上一般的であるとはいい難い。これは、当該事故から通常生ずべき損害とはいえず、被告に賠償責任はないというべきである。
また、仮に家屋を改築する必要があり、そのために段差解消やバリアフリーサッシ設置等の特別の工事を施す必要があるとしても、その改築費用のうち特別工事分にかかった費用全部が交通事故による損害となるのではなく、通常の全面的改築をした場合の改築費用と、介護に必要な特別の工事を施した場合の改築費との差額を前提とすべきである。
さらに、介護のための特別の工事をする範囲や費用は、当該家屋の構造や面積、材質等により変動し、それにより工事費も変動するものと考えられるが、原告らが改築した家屋は三階建てで総工費が一億円にのぼるものであり、我が国の一般的・平均的住宅と比較すると著しく大規模かつ高価なものであり、その分特別工事に関する費用も著しく高価なものとなっていると考えられる。したがって、仮に「通常の全面的改築をした場合の改築費用と介護に必要な特別の工事を施した場合の改築費用との差額」を相当因果関係のある損害としたとしても、その場合に前提とすべきは、一般的・平均的な家屋の改築費用とすべきである。
k 特殊車両代
否認ないし争う。
原告らが主張するような特殊車両が一般的に普及しているとはいえず、通常生ずべき損害に当たらないというべきである。
l 不妊治療費
争う。
まず、本件事故により、原告X1の生殖能力に変化が生じたか否かは必ずしも明らかではない。原告X1の精子数が、本件事故前からどれだけ減少したかは不明である。もともと、精子自体に生殖能力がなかったという場合もあり得る。子供が欲しいと熱望しているにもかかわらず、なかなか子宝に恵まれない夫婦は少なからずいるのである。
また、原告X1が本件事故前既に婚姻しており、子供を待望していたのであればともかく、原告X1と妻は、本件事故後に知り合い、婚姻したのである。かかる場合にまで不妊治療費を損害として認め、これを交通事故の相手方に負担させるのは明らかに公平に反する。
さらに、不妊治療費を損害として認めることとなると、原告X1の妻が妊娠するまでの費用が全部損害であることになってしまうが、そのような結論が不当であることはいうまでもない。
もちろん、本件事故により原告X1が通常の性交を行うことが非常に困難になってしまったこと自体についてはこれを否定するものではないが、それは、原告X1の精神的苦痛として捉えるべき事柄である。そして、そのことによる精神的損害は、等級一級という重度の後遺障害で一般的に相当とされる慰謝料額(二六〇〇万円程度)において既に考慮済みであると考えるべきである。
m ベッド代
認める。
n 諸雑費
認める。
o 将来の雑費
車椅子用のグローブについては、その必要性自体を否定するものではないが、電動車椅子を併用すれば、その分車椅子用のグローブの摩耗が遅くなるのは明らかであるから、電動車椅子購入代が損害として認められるのであれば、車椅子用グローブ購入代は相当程度減額されるべきである。したがって、車椅子用グローブについては、一か月一双の購入代金(消費税込みで七九八〇円)の限度で認め、それを超える金額は否認する。
その他の綿棒、ミルトン、Yカットガーゼ、紙おむつ、糞尿袋等の購入代金については認める。
(イ) 消極損害
a 休業損害
原告X1が、勤務先であった近畿日本ツーリストから通常の給与に匹敵する休業補償を受けたことは認める。
b 後遺障害逸失利益
金額を争う。
二四歳時の一年間の年収額のみをとりあげて、原告X1が、生涯を通じて男性全年齢平均賃金を得られる蓋然性が当然に認められるとするのは論理が飛躍している。
(ウ) 慰謝料
いずれも金額を争う。
確かに、原告X1は、本件事故により重篤な傷害及び後遺障害を負い、日常生活でも大変な負担がかかると思われ、被告が相当額の慰謝料を支払う義務があること自体は認める。
しかし、他方において、被告は、本件事故直後に、通りがかった人に通報を頼んでいること、原告X1が入院した後は月一回くらいのペースで見舞いに行っていること、一〇〇〇万円近い賠償金が保険会社を通じて既に支払われていること、原告X1にも一定の落ち度があることなどを勘案すると、原告ら主張の慰謝料額はいずれも高きに失するというべきである。
(エ) 原告X1の弁護士費用
争う。
(オ) 損害のてん補
a 被告側保険会社からの既払金
合計金額を認める。
b 労災保険給付
労災保険給付として現に給付を受けているのであれば、原告X1の損害をてん補するものであることに変わりはないのであるから、既に受領した労災保険給付金については、その全額を被告が支払うべき賠償額から控除すべきである。また、特別支給金である福祉施設給付金についても、機能的にみると保険給付と相まってこれを補う所得的効果を有し、保険給付の給付率を引き上げたのと同じ役割を果たしており、また、特別支給金の財源は保険給付と同様、事業主の支払う労災保険料であり、財源面でも同一性が認められるから、これについても損害額(逸失利益)から控除すべきである。
原告X1は、平成一一年一〇月から平成一四年一〇月までに労災保険給付として合計八一三万五七八一円の支給を受けているので、少なくともその全額は、原告X1の逸失利益から控除されるべきである。
第三判断
一 争点(1)(事故態様及び過失相殺)について
(1) 前記認定事実及び関係各証拠(甲二二の一ないし一二、甲五一、甲六三、甲六四、乙五、乙一三、原告X1本人、被告本人)によれば、本件事故態様として、次の事実が認められる。
ア 本件事故現場は、北越谷方面から増林方面に通じる幅員七・五メートルの片側一車線の道路(以下「被告進行道路」という。)と花田一丁目方面から大房方面に向かう幅員六・五メートルの片側一車線の道路(以下「原告進行道路」という。)が交差する信号機による交通整理の行われていない交差点(以下「本件交差点」という。)であり、その概況は、別紙図面(司法警察員作成の平成七年一一月一〇日付け実況見分調書《甲二二の三》添付の交通事故現場見取図)のとおりである。
本件交差点には、横断歩道があった。被告進行道路の制限速度は時速三〇キロメートルであり、本件交差点の手前に一時停止の規制があった。
本件事故当時、本件事故現場付近には霧雨程度の雨が降っていたが、本件事故直後である平成七年一〇月四日午後六時五二分から午後七時三〇分までに実施された実況見分当時の天候は曇りで、路面は乾燥し、照明はやや明るい状況であった。
イ 本件事故直前、被告は、加害車両を運転して、被告進行道路を北越谷方面から本件交差点に向かって走行していたが、別紙図面<1>地点において本件交差点を認識して軽くブレーキを踏み、時速約四〇キロメートルの速度で進行してきた。他方、原告X1は、本件自転車を無灯火で運転して、原告進行道路を花田一丁目方面から本件交差点に向かって進行し、左方約四〇メートルの地点で接近しつつある加害車両を認識したが、当然、加害車両が一時停止するものと判断し、本件交差点に進入した。しかるに、被告は、被告進行道路がいわゆる裏道で、横断する車両等がないものと思い込み、一時停止の標識を認識しながら加害車両を一時停止させることなく本件交差点に進入しようとし、ブロック塀があったことから見通しの悪い右方から進行してきた原告X1運転の本件自転車を、それが本件交差点内に進行するに至ってはじめて発見し、急制動の措置を講じたが及ばず、加害車両を本件自転車に衝突させた。本件事故により、加害車両はフロントガラスが破損してバンパーが凹損し、本件自転車は後輪が曲損した。
ウ 被告は、本件事故当時、原告X1が傘を差していたと主張し、「(原告X1が)少し上半身を前屈み気味にし、傘もやや前方に傾けるようなかたちで差していた」などと具体的に供述する(乙一三、被告本人)。被告の当法廷における供述には曖昧な部分があるけれども、本件事故当時、原告X1が傘を差していたとの供述は、捜査段階の当初から一貫している(甲二二の四、九)。被告が、本件事故直後の段階から、刑事処分なり損害賠償請求訴訟において、この点が自己に有利となり得る事情であることを認識していたことをうかがわせる証拠はない。前認定のとおり、本件事故当時、霧雨程度の雨が降っていたこと、原告X1の向かう目的地が本件事故現場から約四〇〇ないし五〇〇メートル先にあったこと(原告X1本人)、原告X1が右方約四〇メートルの地点において接近してくる加害車両を目撃した後、本件交差点を渡り終える直前にエンジン音を聴くまでの間、原告X1の視界に加害車両がなかったと推測されるが(甲五一、原告X1本人)、その理由が判然としないことなど、原告X1が傘を差していたことに沿う事情もある。
他方、原告X1は、本件事故当時、原告X1が、傘を携帯していたものの、本件自転車のハンドルの右側に引っかけていたと供述する(甲五一、原告X1本人)。しかし、この点は、捜査段階の原告X1の供述(甲二二の一一)によっては裏付けられないし、本件自転車の運転状況に関する具体的供述が示されたのが本訴提起後かなり時間が経過した段階においてされている点を無視できない。本件事故後の原告X1の状況に照らし、そのことをもって原告X1を非難できる事柄でないことはもちろんであるが、証拠としての価値という観点からは、訴訟提起後の供述が事故直後におけるそれに劣ることは否定できない。傘を自転車のハンドルに引っかけて走行したときに生ずるであろう不都合ないしそれに対する対応等に関する記憶が必ずしも明瞭でないことをも考慮すると、原告X1の供述は、上記被告の主張・供述を覆すに足りない。
したがって、原告X1は、本件事故当時、本件自転車を片手で運転していたと推認せざるを得ない。傘を前方に差した状態で自転車を運転することが、安全確認及び危険回避措置を不十分ならしめる面があることは否定できない。実際、上記のとおり、原告X1は、本件交差点に進入する以前に約四〇メートル先の加害車両を目撃した後、本件交差点に進入して渡り終える直前に加害車両のエンジン音を聞くまでの間、加害車両の動静をほとんど認識していなかったようである。また、原告X1が携行していた傘の色が黒系であったこと(甲五一、原告X1本人)からすると、それが開いた状態であれば、たとえ、本件事故当時、原告X1の着用する上着がクリーム色系の長袖シャツであった(原告X1本人)としても、そのことによって、本件自転車が無灯火であったことと相まって、被告の視認を一層困難ならしめたであろうことは容易に想像される。
エ 次に、被告は、原告X1を発見した地点が、原告進行道路の中央線の延長より北越谷方面に寄った別紙図面<ア>地点であり、衝突した地点が別紙図面<×>地点であると供述するのに対し、原告X1は、本件事故当時、原告X1運転の本件自転車が、本件交差点における増林方面側の横断歩道上を走行していたと供述する。原告X1の供述は、少なくとも前後の経路(コンビニエンスストアに立ち寄り、友人の家に赴く途中であったこと)については、捜査段階における原告X1の供述(甲二二の一一)に符合する(ただし、本件交差点手前において原告X1が本件自転車を一時停止したとの点は裏付けられない。)。もっとも、被告の供述が本件事故直後のものであること、原告進行道路の歩道には標識等の障害物があり、車道と比較すれば必ずしも進行しやすくはないことを考慮すると、原告X1の供述に全面的に依拠することはできないが、被告の供述に従っても、原告X1は、本件交差点における北越谷方面側の横断歩道から二・二メートルしか離れていない地点を走行していたことになる。本件自転車が横断歩道上ないし横断歩道付近を走行していたことは、双方の過失割合を判断するに当たって斟酌すべき事情といえる。
(2) 以上によれば、相互の見通しが悪い本件交差点において、制限速度が時速三〇キロメートルであり、本件交差点に横断歩道があり、その手前に一時停止の規制があったにもかかわらず、被告が、加害車両を運転して、一時停止をすることなく、漫然時速約四〇キロメートルで本件交差点に進入したのであり、その過失が極めて重大であることは明らかである。他方、原告X1にも、四〇メートル離れた地点において接近してくる加害車両を目撃し、かつ、被告X1の認識では、加害車両が一時停止すべく減速するそぶりも見届けないまま、夜間で霧雨程度の雨が降る状況の中、無灯火で、かつ黒系の色の傘を前方に差し、片手で本件自転車を運転して、本件交差点に進入したという過失がある。
これらの点を総合考慮すれば、本件事故における過失割合は、原告X1が二〇パーセント、被告が八〇パーセントと解するのが相当である。
二 争点(2)(損害及びその額)について
(1) 積極損害
ア 治療費 二二七万〇六〇三円
既払分二二七万〇六〇三円については当事者間に争いがない。
関係各証拠(甲五の一ないし二四、甲三五の一ないし六)によれば、原告X1は、国立伊東重度障害者センターに対し、合計七三万三七六四円を納付したが(なお、甲五の一ないし一七によれば、症状固定までの分は合計四〇万九五七三円である。)、これら納付目的はいずれも雑費用弁償金であることが認められる。したがって、治療費の額は、上記額となる(なお、平成七年一〇月四日から平成一一年二月二八日までの診療費として合計二一三六万五〇〇七円の労災保険給付がされており《乙四》、症状固定後の治療費は労災保険給付によっててん補されたことが推認される。)。
イ 付添看護費等 四二二万四〇〇〇円
関係各証拠(乙六ないし一二《枝番を含む。》、乙一四ないし一六)によれば、原告X1が入院していた日本医科大学付属病院及び国立身体障害者リハビリテーション病院においては、いずれも患者に対する介護を看護婦等の医療スタッフが行っており、親族の付添看護について、医学的観点からの必要性・相当性を裏付ける具体的事情を認めることはできない。しかし、親族らが見舞いに訪れ、着衣の洗濯や日用品の購入等を行う必要がある場合は、名目はともあれ、相当の範囲内で金銭的に評価するのが妥当である。関係各証拠(甲二九、甲五二、甲五四、甲五五、甲六一、原告X1本人)によれば、原告X1の傷害は極めて重篤であり、原告X2及び原告X3を含む原告X1の親族が、原告X1の入院期間中、おおむね原告ら主張の頻度で、各病院に赴き、着衣の洗濯や日用品の購入等を行う必要があり、現にこれを行っていただけではなく、親族ら自身、病院から介護指導を受けたことが認められる。
ところで、原告X1の見舞いに訪れた親族は多数にのぼり、しかも遠隔地の者も少なくない。前記のとおり、原告X1は、その親族が見舞いに訪れた際の通院交通費等として、合計七三九万六三二七円を請求し、関係各証拠(甲六〇、六一)及び弁論の全趣旨によれば、現に原告X1の親族が通院するため、これに近い額を要したことがうかがわれるが、そのすべてを相当範囲と認めることはできない。原告X1の親族が通院した際に行った具体的な行為内容等に照らすと、それが精神的支援の意味を有したことに疑いはないが、いわゆる付添看護費としての単価につき、医学的観点からの必要性・相当性が認められる場合におけるそれと同等に評価することは躊躇される。他方、原告らの住所と各病院との距離からすると、移動に要する費用が相当程度必要であったことが容易に推測される。
そうすると、その金銭的評価としては、原告主張の期間(合計五二八日分)を前提とすれば、交通費も含め、一人分に限り一日当たり八〇〇〇円と解するのが相当である。
(計算式) 8,000×528=4,224,000
ウ 将来の付添費 五〇五二万六五一二円
前記認定事実に加え、関係各証拠(甲一、甲六ないし九、甲二七、甲五三、原告X1本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告X1は、本件事故により、四肢の麻痺や膀胱直腸障害等の後遺障害を残し、将来にわたり、排便、入浴その他日常生活の多くの面において介護を要することになったこと、国立伊東重度障害者センターを退院したのが平成一一年一二月一一日であること、平成一二年一月一日、国立身体障害者リハビリテーション病院の担当看護婦であった妻A(昭和○年○月○日生)と婚姻し、その後妻Aが主に原告X1の介護に従事していることが認められる。
前記のとおり、原告X1の症状は平成一〇年一一月一九日に固定し、その当時原告X1は二八歳であったところ、平成一〇年簡易生命表によれば、二八歳男性の平均余命は五〇・一五年であるから、原告X1が自宅で付添介護を要する状態は、国立伊東重度障害者センターを退院した平成一一年一二月一一日以降四九年は継続するものと推認される。また、当面の付添介護は、近親者によることが期待されるものの、原告X2、原告X3及び妻Aの年齢等に照らし、将来職業付添人による介護を要する可能性も否定できないから、将来の付添費の単価としては、一人分一日当たり八〇〇〇円を認めるのが相当である。
そこで、症状固定時を基準として、症状固定時から自宅での付添介護を要する期間の終期までの五〇年間に対応するライプニッツ係数(年金現価表)である一八・二五五九と、症状固定時から上記退院時までが約一年であることから一年間に対応するライプニッツ係数(年五パーセントの年金現価)〇・九五二三を用いて中間利息を控除すると、次の計算式により、将来の付添費は五〇五二万六五一二円となる。
(計算式) 8000×365(18.2559-0.9523)=50,526,512
エ 入院雑費 一三八万三二〇〇円
入院雑費は、原告X1が入院していた時期を考慮すると、一日当たり一三〇〇円として算定するのが相当であり、期間は、少なくとも被告が認める一〇六四日間を認める。
(計算式) 1300×1064=1,383,200
オ 通院交通費 〇円
上記イにおいて考慮済みである。
なお、関係各証拠(甲六〇、甲六一)及び弁論の全趣旨によっても、原告X1の親族において要した実際の交通費の額を推測することはできるものの、それが原告主張の額であること及びその相当性を認めるに足りない。
カ 患者輸送代 五万五八三〇円
当事者間に争いがない。
キ 引越代・医師謝礼 二四万二二九〇円
当事者間に争いがない。
ク 手押し式車椅子代 一〇五万〇八七四円
標準的な手押し式車椅子が七万円前後で購入できることをうかがわせる証拠(乙一の一)があるが、原告X1が平成八年一〇月四日ころ購入した車椅子は二四万四一七〇円である(甲一一)。
関係各証拠(甲三〇の一、二、甲三一)によれば、原告X1が購入した車椅子は、原告X1の身体状況に合わせて作成されたものであり、原告X1の後遺障害の特性上、ハンドリム(甲四六は、そのパンフレットであると認められる。)に滑り止めとしてゴムコーティングをしたり、転がり抵抗を減らしたタイヤにする必要があったことに照らし、上記額が不相当に高額であるとは認め難い。また、その耐用年数は五年であり、おおむね五年ごとに交換する必要性があることが認められる。
そうすると、原告X1の症状固定時の年齢二八歳の平成一〇年簡易生命表における平均余命が五〇・一五年であることに照らし、将来五年ごとに合計一〇台の買換えを要すると認められるから、既購入分に加え、将来の買換え分につきライプニッツ係数(年五パーセントの現価)を用いて中間利息を控除すべきところ、原告ら主張の計算式による手押し式車椅子代に関する請求額は相当である(小数点以下切捨て)。
ケ 電動車椅子代 二四七万三四七二円
関係各証拠(甲五三、原告X1本人)によって認められる原告X1の本件事故前の状況に加え、障害者の社会参加の観点からすると、本件においては、手押し式車椅子以外に電動車椅子を購入するに要する費用についても、その相当性を認めるべきである。
標準的な電動車椅子が四〇万円前後で購入できることをうかがわせる証拠(乙一の一ないし四)があるが、原告X1宛ての平成一三年一一月二八日付け見積書(甲五〇)によれば、電動車椅子の価格は六九万四五〇〇円であり、関係各証拠(甲三〇の一、二、甲三一)によれば、その価格は不相当とは認められないし、その耐用年数は六年であり、おおむね六年ごとに交換する必要性があることが認められる。
もっとも、原告宛ての見積書が作成された平成一三年に購入された場合、原告X1の症状固定時の年齢二八歳の平成一〇年簡易生命表における平均余命が五〇・一五年であることに照らし、その後の六年ごとに買い換えるとしても、合計八台にとどまることを考慮し、ライプニッツ係数(年五パーセントの現価)を用いて中間利息を控除する(なお、症状固定時には一台分の代金額相当の損害が発生したと解し、実際に予想される支出時期に基づく厳密な現価計算は差し控える。)と、次の計算式により、電動車椅子代としては、合計二四七万三四七二円となる(小数点以下切捨て)。
(計算式)
694,500+×(1+0.74621540+0.55683742+0.41552065+0.31006791+0.23137745+0.17265741+0.12883962)≒2,473,472
コ 家屋改築費 九〇四万〇五六二円
関係各証拠(甲一五の一ないし三、甲一六の一ないし四、甲四三、甲四七、甲六二)及び弁論の全趣旨によれれば、本件事故後、原告X1が居住することとなったaビルが新築され、その代金額が一億円に及んだこと、そのうち、同居家族の利用頻度に応じた利用率を考慮すれば、原告X1の障害に係る部分が原告主張のとおりであることが認められ(ただし、小数点以下を切り捨てると、上記額となる。)、これを覆すべき証拠はない。
サ 特殊車両代 三四〇万八三七〇円
関係各証拠(甲一四、甲二五、甲二六、甲四三)によれば、原告X1は、平成一一年一一月二四日、五八六万六六八〇円で車椅子仕様の特殊車両を購入したこと、これと同程度の車両のベース車を車椅子仕様にするための特別な架装費は九五万七〇〇〇円であることが認められる。
原告X1の身体状況に加え、障害者の社会参加の観点からすると、上記架装費については、その相当性を認めるべきである。自動車の耐用年数を六年とすると、原告X1は六年ごとに上記架装費を支出する必要性があることが認められる。
そうすると、原告X1の症状固定時の年齢二八歳の平成一〇年簡易生命表における平均余命が五〇・一五年であることに照らし、六年ごとに合計八回の支出を要すると認められるから、ライプニッツ係数(年五パーセントの現価)を用いて中間利息を控除する(なお、症状固定時には一回分の支出額相当の損害が発生したと解し、実際に予想される支出時期に基づく厳密な現価計算は差し控える。)と、次の計算式により、特殊車両の購入費のうち相当性が認められる架装費としては、合計三四〇万七三七〇円となる(小数点以下切捨て)。
(計算式)
957,000×(1+0.74621540+0.55683742+0.41552065+0.31006791+0.23137745+0.17265741+0.12883962)≒3,408,370
シ 不妊治療費 〇円
関係各証拠(甲一七の一ないし三、甲三二、甲三三の一ないし二四、甲三四の一ないし四、甲四四の一ないし五、甲四五、甲四八)によれば、原告X1は、平成一二年六月二三日、「男性不妊症(射精障害)」あるいは「原発性不妊症(男性因子による)」の病名で医療法人社団スズキ病院を受診し、同年九月、平成一三年三月及び同年六月にそれぞれ精巣精子回収法を併用した顕微受精法が施行されるなど、不妊治療を受けたことが認められる。しかし、原告X1の精子数が本件事故を契機として減少したとか、妻の不妊が本件事故を原因とするものであることを認めるに足りる証拠はない。
ス ベッド代 四二万四五五〇円
当事者間に争いがない。
セ 諸雑費 一〇二万九〇〇〇円
当事者間に争いがない。
ソ 将来の雑費 三二五万三九七六円
原告X1が日常的に必要とする雑費のうち、一か月当たり、グローブ一双七九八〇円、綿棒七九八円、ミルトン一四一七円、Yカットガーゼ九四五円、紙おむつ二〇二七円、糞尿袋二五〇四円の合計一万五六七一円については当事者間に争いがない。そして、関係証拠(甲四一の二)によれば、原告X1が、グローブ二双を一万五二〇〇円で購入したことが認められるが、将来にわたり、常に一月にグローブ二双が必要であることを認めるに足りる証拠はない。
そうすると、症状固定時を基準として、症状固定時から上記雑費の支出を要する期間の終期までの五〇年間に対応するライプニッツ係数(年金現価表)である一八・二五五九と、症状固定時から原告X1が国立伊東重度障害者センターを退院した時までが約一年であることから一年間に対応するライプニッツ係数(年五パーセントの年金現価)〇・九五二三を用いて中間利息を控除すると、次の計算式により、将来の雑費は三二五万三九七六円となる(小数点以下切捨て)。
(計算式) 15,671×12×(18.2559-0.9523)≒3,253,976
(2) 消極損害
ア 休業損害(請求額〇円) 〇円
関係証拠(甲二四)及び弁論の全趣旨によれば、原告X1は、勤務先であった近畿日本ツーリスト株式会社から、本件事故後平成一一年二月までの間に給与相当額合計一一九〇万六七一三円の支給を受けたことが認められるから、休業損害は発生していない。
イ 後遺障害逸失利益 九六〇九万二四八三円
関係各証拠(甲一八の二、甲五三、原告X1本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告X1が、専門学校を卒業後、希望どおりの職場で勤務し、本件事故前年である平成六年の年収は四〇八万三七〇四円であったことが認められるから、原告X1は、本件事故に遭わなければ、就労可能期間において、平均して、賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・男性労働者学歴計全年齢平均賃金を得られた蓋然性を認めることができる。原告X1の症状固定時である平成一〇年の賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・男性労働者学歴計全年齢平均賃金は五六九万六八〇〇円であるから、これを基礎とし、また、症状固定時、原告X1は二八歳であったが、そのわずか約三か月後に二九歳となり、かつそのころから給与の支給がされなくなったことに照らし、平成一一年三月(当時二九歳)から六七歳まで就労可能年数三八年間に対応するライプニッツ係数(年五パーセントの年金現価)一六・八六七八を用いて中間利息を控除すると、次の計算式により、後遺障害逸失利益は九六〇九万二四八三円となる(小数点以下切捨て。なお、症状固定時から逸失利益発生の始期までの期間がわずか三か月であり、逸失利益発生の終期につき月数を考慮しないこととの均衡上、上記額をもって症状固定時の現価と認める。)。
(計算式) 5,696,800×1.0×16.8678≒96,092,483
(3) 慰謝料
ア 傷害慰謝料 四八〇万〇〇〇〇円
前記のごとき原告X1の負った傷害の内容、治療経過その他諸般の事情を考慮すると、傷害慰謝料としては四八〇万円が相当である。
イ 後遺障害慰謝料 二七〇〇万〇〇〇〇円
前記認定事実に加え、関係各証拠(甲五三、原告X1本人)によって認められる原告X1の前記後遺障害の内容、程度(原告X1が、膀胱に直接カテーテルを差し込み、その交換をする必要があり、毎日傷口を消毒して膀胱洗浄をしなければならないこと、二、三日に一回の排便の際、座敷トイレへの移動から排便の終了までの長時間を要すること、常時下着内に紙おむつをして失禁の予防をしなければならないこと、自助具を使わなければ食事がとれないこと、体温調節機能不良となったことなどを含む。)に加え、原告X1が通常の性行為を行えない状態になっていることその他諸般の事情を考慮すると、後遺障害慰謝料としては二七〇〇万円が相当である。
(4) 過失相殺
上記合計は二億〇七二七万五七二二円であるところ、原告X1の前記過失割合に従い、その二割を控除すると、一億六五八二万〇五七七円となる(小数点以下切捨て)。
(5) 既払金控除
上記一億六五八二万〇五七七円から、争いのない既払金九九四万七三七〇円を控除し、さらに原告X1が平成一四年一二月一三日までに受領した労災保険給付のうち特別支給金である福祉施設給付金を控除した額であることを自認する六八〇万八四七九円を控除(ただし、その対象は、上記額のうち過失相殺後の後遺障害逸失利益相当額《九六〇九万二四八三円の八割である七六八七万三九八六円》に限られる。)から控除すると、残額は一億四九〇六万四七二八円となる(なお、被災労働者が労災保険から受領した特別支給金をその損害額から控除することはできない。最高裁平成八年二月二三日第一小法廷判決・民集五〇巻二号二四九頁参照)。
(6) 原告X1の弁護士費用
本件事案の内容、認容額、審理経過等に照らし、原告X1が被告に賠償を求めることができる弁護士費用としては一四〇〇万円を相当と認める。
(7) 近親者慰謝料 各一〇〇万〇〇〇〇円
原告X2及び原告X3は、原告X1の両親であるところ、原告X1が終生介護を要するような重篤な後遺障害を被ったことで、大きな精神的苦痛を受けたことは容易に推察できるところであり、原告X1の慰謝料とは別に、それぞれ固有の慰謝料として、事案の内容等をも勘案して各一〇〇万〇〇〇〇円を認めるのが相当である。なお、これは事案の内容を考慮した額であるから、過失相殺の対象とはしない。
第四結論
よって、本訴請求は、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、原告X1が一億六三〇六万四七二八円、原告X2及び原告X3が各一〇〇万円及びこれらに対する本件事故日である平成七年一〇月四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度において理由があるから認容し、その余の請求には理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 本田晃)
別紙 交通事故現場見取図
<省略>