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東京地方裁判所 平成12年(ワ)21017号 判決 2001年12月21日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告は、原告に対し、金63万3690円を支払え。

第2事案の概要

本件は、競売手続において、評価人が、競売の対象ではない敷地権を競売の対象であると誤認して評価書を作成し、執行裁判所も、この評価書に基づいて競売不動産の最低売却価額を決定したために、買受人である原告が、本来支払う必要のない、敷地権の価格に相当する金員の出捐を余儀なくされたとして、被告に対し、国家賠償法1条に基づき、損害賠償を求めた事案である。

1  争いのない事実等(証拠で認定した事実については、括弧内に証拠を示す。)

(1) 原告は、不動産の売買等を業とする有限会社である。

A及びBは、平成12年4月当時、横浜地方裁判所a支部に勤務する裁判所書記官であった(弁論の全趣旨)。

(2) 同支部裁判官(以下「執行裁判所」という。)は、債権者C株式会社、債務者兼所有者D間の同庁平成○○年(ケ)第○○号不動産競売事件(以下「本件競売事件」という。)について、平成11年8月30日、別紙物件目録1記載の建物及び2(1)ないし(5)記載の土地についての敷地権(敷地権の種類-所有権、敷地権の割合-48万7623分の6435、以下、建物と敷地権を合わせて「本件不動産」という。)の競売開始決定をした(甲4)。

(3) 本件競売事件の評価人は、別紙物件目録2(6)記載の土地についての敷地権(敷地権の種類-所有権、敷地権の割合-48万7623分の6435、以下「件外敷地権」という。)が本件競売事件の対象に含まれていなかったにもかかわらず、誤ってこれを含めて計算した評価額を本件不動産の評価額とした評価書を執行裁判所に提出した(争いがない)。

(4) 執行裁判所は、同年11月10日、上記評価書に基づき本件不動産の最低売却価額を1145万円と決定した(争いがない)。

(5) 原告は、平成12年3月29日、本件不動産について、1146万円で買受申出し、同年4月12日に執行裁判所の売却許可決定を得て、同月26日、執行裁判所に代金を納付し、本件不動産を取得した(争いがない)。

(6) 原告は、後日、別紙物件目録2(6)記載の土地(件外敷地権)の所有者と交渉し、同人からこれを63万4000円で買い受けた(甲3、8、11、原告代表者)。

2  争点

(1) 執行裁判所の過失の有無

(2) 原告の国家賠償請求の可否

(3) 因果関係の有無

(4) 損害

3  争点に関する当事者の主張

(1) 執行裁判所の過失の有無

(原告の主張)

ア 最低売却価額の決定について

執行裁判所は、件外敷地権を競売対象物件に含めて評価した評価書について、その誤りを発見し、評価人に評価書の補正を求める義務を負っていたにもかかわらず、漫然と評価書の評価額をもって最低売却価額と決定しており、この点で執行裁判所には過失がある。

イ 件外敷地権の存在を物件明細書等に明記しなかったことについて

執行裁判所は、競売対象物件の特定に特に留意すべきであり、本件のように件外物件が存在する場合には、物件明細書に件外敷地権がある旨を明記するべきであったのにもかかわらず、これを明示することなく、原告に本件不動産を売却したのであり、この点で執行裁判所には過失がある。

(被告の主張)

ア アの過失の主張については争う。

イ 件外敷地権が競売対象物件に含まれないことは、現況調査報告書及び物件明細書の各記載自体から明らかに読み取れるのであって、そこには何らの誤記も存しないのであるから、原告の主張は、その前提において失当である。

(2) 国家賠償請求の可否

(被告の主張)

一般に、不服申立てが許される裁判については、その違法性は、その不服申立手続内において是正されることが予定されているのであり、それとは別個に国家賠償法によって経済上の損失の填補を図ることはできないものと解すべきである。

不動産の競売事件における執行裁判所の処分は、債権者の主張、登記簿の記載その他記録に表れた権利関係の外形に依拠して行われるものであり、その結果関係人間の実体的権利関係との不適合が生じることがあり得るが、これについては執行手続の性質上、民事執行法に定める救済の手続により是正されることが予定されているものである。本件のように、仮に競売の対象となる不動産の評価に瑕疵があり、その評価に基づいて最低売却価額が定められて売却が行われたとしても、民事執行法上、最高価買受申出人又は買受人は、売却許可決定前には売却の不許可の申出(75条1項)、売却許可決定期日には売却許可に対する意見陳述(70条)、売却許可決定後には売却許可決定に対する執行抗告(74条1項)及び売却許可決定の取消しの申立て(75条1項)をすることにより、自己の利益を守ることができるのである。

現に、原告は不動産業者であるから、買受けの申出をするにあたり、物件明細書、現況報告書又は本件不動産の登記簿謄本等を確認することにより、件外敷地権は売却の対象には含まれないことを容易に知ることができた。また、Aは、原告から送信されたファックスの中に、件外敷地権の登載証明書が含まれていることに気づき、原告に電話をかけて、件外敷地権は売却の対象に含まれていない旨を告げてから、件外敷地権を除いた本件不動産の所有権移転登記等に要する登録免許税等の額を記載した書面をファックスで送ったのであるから、この時点で原告は件外敷地権が売却の対象に含まれないことを明らかに認識していたというべきである。ところが、原告は、上記の各手続による権利の救済を求めなかった。

したがって、原告は、被った損害の賠償を被告に対して請求することはできない。

(原告の主張)

民事執行法上、執行裁判所の処分と実体的権利関係の不適合が生じた場合、同法に定める救済の手続により是正することが原則であるとしても、執行裁判所自らがその処分を是正すべき場合等特別の事情があるときには、執行法上の救済を求めなかった者であっても、救済を受けることができる。

本件においては、①執行裁判所は、件外敷地権を含めて評価し、外形上明らかに権利関係を誤っている評価書を、そのまま最低売却価額の決定の基礎としていること、②原告は、専門的知識に乏しく、物件明細書等を見ても件外敷地権が売却の対象に含まれていないことを知ることはできなかったこと、③原告が、平成12年4月25日、不動産の固定資産評価額の記載された登載証明書をファックスで送付したところ、Aは必要な登録免許税等の額を記載した書面をファックスで返信してきたが、その際、Aは、原告に対して件外敷地権が売却の対象に含まれていないことを告げなかったこと、④同月26日、原告が代金納付をするにあたって、競売事件に関する全ての不動産登記事項証明書と固定資産評価証明書をAに提出したところ、Aは件外敷地権に関わる書類は「不要です。」といって原告に返却し、なぜ不要かについては全く説明しなかったこと、以上の諸事実が存するのであり、これらの点からすれば、上記特別の事情があるというべきであるから、原告は、被告に対して、損害の賠償を請求することができる。

(3) 因果関係の有無

(原告の主張)

原告は、本件不動産を転売のために買い受けた。もし、被告が、件外敷地権が競売対象外であることを物件明細書の中で明らかにしていれば、原告が本件不動産を買い受けることはあり得なかった。

したがって、件外敷地権の代金は、被告の違法行為と因果関係を有する損害であり、賠償されるべきである。

(被告の主張)

原告は、Aから、平成12年4月25日、件外敷地権は売却の対象に含まれていないことの説明を受けたにもかかわらず、あえて執行法上の不服申立てをせず、自ら救済の道を断ったのであるから、執行裁判所の行為と原告の損害との間には因果関係がない。

(4) 損害

(原告の主張)

本件不動産は、件外敷地権を含むものとして評価され、これをもとに最低売却価額が決定されており、原告もこの最低売却価額を前提として取得したが、本件不動産は、実際には件外敷地権を含んでいなかった。

したがって、原告の被った損害は、件外敷地権の価格であり、その額は、評価書によれば、1平方メートルあたりの土地価格19万7000円×地積244.37平方メートル×持分48万7623分の6435=63万3690円となる。

(被告の主張)

評価書によれば、最低売却価額と、件外敷地権を除く本件不動産の価格の差は、競売市場減価3割が考慮されるため、約44万円となる。そして、件外敷地権に対して区分所有建物が受ける場所的利益等を考慮すれば、件外敷地権の価格は44万円よりもさらに低額になると考えられるから、原告主張の損害は過大である。

第3当裁判所の判断

1  前提となる事実

前記争いのない事実、本件各証拠(甲1ないし8〔枝番を含む〕、11、乙1ないし4、6、7、証人A、原告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1) 原告は、平成12年当時、不動産の売買のうちでも、殊に競売不動産を購入してこれを転売することを業としていた。

また、平成12年4月当時、横浜地方裁判所a支部において、Aは不動産競売事件の代金納付と売却に伴う所有権移転登記手続に関する事務を担当し、Bは売却許可決定に関する事務を担当していた(乙4、原告代表者、証人A、弁論の全趣旨)。

(2) 同支部執行官Eは、競売開始決定後、執行裁判所の命令により、本件不動産の調査を行い、平成11年10月20日、現況調査報告書を執行裁判所に提出した。この報告書に添付された物件目録には、「敷地権の目的たる土地の表示」として、別紙物件目録2(1)ないし(6)記載の土地が、「敷地権の表示」として、別紙物件目録記載2(1)ないし(5)記載の土地がそれぞれ掲記されてはいたが、「件外敷地権あり。」などといった、件外敷地権が本件競売事件の対象となっていないことについての一見して明白な記載はなかった。

評価人Fは、執行裁判所の命令により、競売物件の評価をなし、同年10月25日、同月15日付け評価書(以下「本件評価書」という。)を執行裁判所に提出した。評価人は、本件不動産だけでなく、件外敷地権も本件競売事件の対象に含まれていると誤認し、その合計価格を1145万円と評価して、評価書にその旨を記載した。

執行裁判所は、同年11月10日、物件明細書を作成した。この物件明細書に添付された物件目録には、前記現況調査報告書の物件目録と同様の記載がなされていた。

執行裁判所は、同日、本件評価書に基づき、本件不動産の最低売却価額を1145万円と決定した(甲2、乙1ないし3)。

(3) 執行裁判所は、本件不動産について、平成12年1月19日、以下のとおり売却実施命令を発令した。

売却の方法       期間入札

入札期間        平成12年3月8日から同月15日まで

開札期日        同月22日午前10時

売却決定期日      同月29日午前10時

条件付特別売却実施期間 同月27日から同年5月25日まで

執行裁判所は、同年2月17日、本件評価書を前記物件明細書及び現況調査報告書とともに執行裁判所に備え置くとともに、期間入札等の公告を行ったが、この公告に添付された物件目録には、前記現況調査報告書の物件目録と同様の記載がなされていた。

本件不動産については、前記の期間入札の開札期日までに適法な入札がなかったため、特別売却が実施された(甲2、乙3、弁論の全趣旨)。

(4) 原告代表者Gは、同年3月29日ころ、執行裁判所に備え置かれた本件競売事件に関する書類を閲覧した。その際、Gは、物件明細書の物件目録に件外物件がある旨の記載が特にないことを確認した上で、評価書を精読し、本件不動産の買受けを決めたが、件外敷地権が競売の対象となっていないことについては気がつかなかった。

原告は、同年3月29日、本件不動産につき、買受申出保証金として229万円を提供した上、1146万円で買い受ける旨申し出た。執行裁判所は、同日、売却決定期日を同年4月12日午後1時30分と指定し、Bが原告及び利害関係人にその旨の通知書を送付した。同通知書添付の物件目録には、前記現況調査報告書の物件目録と同様の記載がなされていたが、Gはこれを精読しなかった(甲1の1、甲5、原告代表者)。

(5) 執行裁判所は、同年4月12日、本件不動産を1146万円で原告に売却することを許可する旨決定し、同決定は、同月20日に確定した。なお、同決定に添付された物件目録には、前記現況調査報告書の物件目録と同様の記載がなされていたが、Gはこれを注意して読まなかった。

執行裁判所は、同月20日、本件不動産について、残代金917万円の納付期限を同年5月26日午前10時と定め、Bは、原告に対し、同年4月21日、その旨の通知を送達した。同通知書添付の物件目録には、前記現況調査報告書の物件目録と同様の記載がなされていたが、Gはこれを精読しなかった(甲6、乙7、原告代表者、弁論の全趣旨)。

(6) Gは、同月25日、本件不動産の所有権移転登記に要する登録免許税等の計算を執行裁判所書記官に依頼する趣旨で、件外敷地権の目的となる土地を含む不動産の固定資産評価額の記載された登載証明書をファックスで送付した。Aは、登録免許税の計算にあたり、この登載証明書と売却許可決定に添付された物件目録と照らし合わせたところ、競売の対象となっていない件外敷地権に関する登載証明書が含まれていたため、同日、Gに電話をかけ、件外敷地権を除いた不動産についての登録免許税額を計算して通知する旨伝えた。これに対し、Gは、Aのいうことがよく理解できず、特に不服を述べなかった。

Aは、原告に対し、同日、必要な登録免許税等の額を記載した売却代金・登録免許税等納付書をファックスで送信した(甲7、11、乙4、証人A、原告代表者)。

なお、原告は、平成12年4月25日にAから原告に対して電話がかけられた事実はなく、売却代金・登録免許税等納付書がファックスで送られてきただけであり、件外敷地権を除いて登録免許税の計算をするなどという説明は受けていないと主張し、原告代表者もこれに沿う供述をしている(甲11、原告代表者)。しかし、証拠(甲7、証人A)によれば、売却代金・登録免許税等納付書には、ファックス送信書のごとき書面が添付されていないと認められるところ、Aが原告に対して全く何の連絡もなく突然同納付書をファクシミリ送信するとは考え難いから、Aは原告に対してファックスを送信する際に、電話で書面を送信したと告げるとともに、書面の概略について説明したものと見るのが自然である。また、Aは、当時、買受人と執行裁判所との間でトラブルが生じることを避けるため、少しでも疑問があればすぐに電話で連絡をとるようにしていたことが認められるから、原告に対しても電話で連絡したと推認される。他方、原告代表者は、裁判所から指示を受けた事項については、その意味をよく考えることなく、そのまま指示に従っていた旨供述しており、原告代表者には、裁判所からの指示の意味を正確に理解しようとする姿勢が欠けていたものと認められるから、裁判所の指示に関する原告代表者の記憶は薄れがちであると推認され、Aの電話連絡の事実自体を忘却している可能性も十分にある。以上の点から見て、原告代表者の前記供述ないし供述記載部分は採用できないものというべきである。

(7)  Gは、同年4月26日、執行裁判所を訪れ、Aの指示に従って代金納付手続を行うこととした。その際、Gは、Aに対し、まず件外敷地権の目的となる土地を含む不動産の登記簿謄本及び登載証明書を提出したが、Aは、件外敷地権の目的となる土地についての登記簿謄本及び登載証明書につき、「不要です。」といって、Gに返却したところ、Gは、なぜ返却されるか理解できなかったが、特に不服を述べずにこれらの書類を受け取った。原告は、同日、本件不動産の買受残代金917万円及び登録免許税40万5600円(所有権移転登記分39万9600円、負担記入抹消登記分6000円)を執行裁判所に納付して、本件不動産を取得した(甲11、乙4、証人A、原告代表者)。

(8)  Gは、同年5月初めころ、本件不動産についての登記済証が送付されてこないことに不審を抱き、Aに対して電話で確認した。Aは、区分所有権の建物専有部分について、実際には敷地権の目的となる土地が6筆あるのに、そのうちの5筆分のみが競売の対象となっている場合の登記嘱託の方法が分からなかったので、管轄法務局である横浜地方法務局d出張所に問い合わせたところ、同法務局の職員も検討してみるとの返事であった。

Aは、同月中旬ころ、同法務局から競売物件の買受人がまず件外敷地権についての登記を抹消するという方法をとるしかないとの回答を受けたので、その旨をGに電話で伝えた。Gは、Aの説明がよく理解できなかったが、Aに対して特に不満をもらすことなく、所用で同月中旬から同年7月初旬まで海外に出張するので、帰国後に抹消登記を行う旨述べた。

同年6月23日、本件不動産に関する配当が終了した(甲11、乙4、証人A、原告代表者、弁論の全趣旨)。

(9)  Gは、同年7月初旬ころ、管轄法務局に赴いて、敷地権の抹消登記手続を行った。その際、Gが職員に対し、なぜ1筆の敷地権についてのみ抹消登記を行う必要があるのか質問したところ、件外敷地権があるからだと説明され、初めて件外敷地権の存在に気がついた。

そこで、Gは、同年7月13日、執行裁判所窓口を訪れ、窓口対応に当たったBに対し、物件明細書に件外物件の存在を示す文言がなかったこと及び本件評価書が件外敷地権も含めて評価していることを指摘し、善処方を求めたが、Bはこれを断った。Gは、仕方なく、Bに対し、本件不動産についての区分建物表示変更登記(敷地権抹消)申請書を法務局に提出した旨を告げ、同登記申請書の受領書を執行裁判所に提出した。

Gは、同日、件外敷地権の所有者であったDを訪ね、交渉の上、原告名義で件外敷地権を代金63万4000円で買った。

Bは、同月14日、本件不動産の所有権移転等登記嘱託書を作成してこれを法務局に嘱託し、同月17日、登記済みとなった。また、原告は、同月21日、件外敷地権について所有権移転登記手続をした(甲3、8、11、原告代表者)。

2  争点に対する判断

(1) 争点(1)(執行裁判所の過失の有無)について

ア 最低売却価額の決定について

前記のとおり、評価人は、本件競売事件の対象が本件不動産のみであるにもかかわらず、件外敷地権をも競売の対象であると誤認して評価を行ったものであるから、評価人の評価に誤りがあったことは明らかというべきである。

そして、執行裁判所は、原則として評価人の評価に基づいて最低売却価額を定めるべきであるが、評価に明らかな誤りがあるときには、これを是正した上で最低売却価額を決定するか、又は、これができない場合は、評価人に再評価を命ずるべき注意義務を負うものと解される(民事執行法60条参照)。

ところが、本件においては、評価書(乙1)の受命不動産の表示欄及び敷地権の価格評価の過程欄を見れば、評価人が件外敷地権をも競売の対象であると誤認しており、その評価に誤りがあることが明らかに認められるにもかかわらず、執行裁判所は、評価額の変更又は評価人に対する再評価の命令を行うことなく、誤った評価に基づいて最低売却価額を決定したのであるから、この点について執行裁判所に過失があったといわざるを得ない。

イ 件外敷地権の存在を物件明細書等に明記しなかったことについて

前記前提となる事実のとおり、本件競売事件の物件明細書に添付された物件目録には、「敷地権の目的たる土地の表示」として、別紙物件目録2(1)ないし(6)記載の土地が、「敷地権の表示」として、別紙物件目録2(1)ないし(5)記載の土地がそれぞれ掲記されていたが、件外敷地権が本件競売事件の対象となっていないことについては、特にこの点を注意喚起する明示の記載がなかったことが認められる。

しかし、上記物件明細書の記載によれば、「敷地権の目的たる土地の表示」として、別紙物件目録2(1)ないし(6)記載の土地が記載されている一方で、「敷地権の表示」として、別紙物件目録2(1)ないし(5)記載の土地が記載されているだけであって、ことさら同目録(6)記載の土地(件外敷地権)が除かれているのであるから、これを客観的にみれば、件外敷地権が本件競売対象不動産から除外されていることが理解可能である。のみならず、そもそも執行裁判所は、競売対象不動産を特定さえすればよく、件外物件の有無につき物件明細書等に注意書をするまでの義務を負っているものではないと解するのが相当である。実務上、執行裁判所が物件明細書等に件外物件がある旨を特に記載する方法がかなり広く行われていることは裁判所に顕著な事実であるが、これは便宜上執行裁判所が任意に記載しているものであって、執行裁判所が法律上の義務に基づき記載しているものではないと考えられる。

したがって、執行裁判所は物件明細書等に件外物件の存否を特に記載する注意義務を負うことはないから、この点に関する原告の主張は理由がない。

(2) 争点(2)(国家賠償請求の可否)について

ア 前記(1)アのとおり、執行裁判所の執行処分(最低売却価額の決定)に誤りがあったことは明らかである。

イ しかしながら、不動産の競売事件における執行裁判所の処分は、債権者の主張、登記簿の記載その他記録に表れた権利関係の外形に依拠して行われるものであり、その結果関係人間の実体的権利関係との不適合が生じることがあり得るが、これについては執行手続の性質上、民事執行法に定める救済の手続により是正されることが予定されているものである。したがって、執行裁判所自らその処分を是正すべき場合等特別の事情がある場合は格別、そうでない場合には、権利者がその手続による救済を求めることを怠ったために損害が発生しても、その賠償を国に対して請求することはできないものと解するのが相当である(最高裁判所第三小法廷昭和57年2月23日判決民集36巻2号154頁参照)。

そして、一般に、買受人等は、執行裁判所が誤った評価に基づいてなした最低売却価額の決定に対して、民事執行法上、売却許可決定前には売却の不許可の申出(75条1項)、売却許可決定期日には売却許可に対する意見陳述(70条)、売却許可決定後には売却許可決定に対する執行抗告(74条1項)及び売却許可決定の取消しの申立て(75条1項)をすることができ、これにより、自己の利益を守ることができるのであるから、買受人等が瑕疵の存在を知りながら、自らの意思で上記是正方法を採らなかった場合はもちろんのこと、重大な過失によりこれを採らなかった場合は、上記執行裁判所自らその処分を是正すべき場合等特別の事情がある場合に該当しないものと解するのが相当である。

ウ これを本件についてみると、前記前提となる事実、証拠(甲4、7、11、乙4、6、証人A、原告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、①原告は、競売不動産の転売を業とする不動産業者であったこと、②物件明細書、現況調査報告書並びに売却決定期日、売却許可決定及び代金納付期限の各通知書にそれぞれ添付されていた物件目録を注意して読めば、件外敷地権の存在について知り得たこと、③本件不動産の登記簿を見れば、C株式会社の抵当権設定登記には、別紙物件目録(6)記載の土地については建物のみに関する旨の付記登記がなされ、件外敷地権には抵当権が及ばないことが明らかであるにもかかわらず、原告は登記簿の記載を確認しなかったこと、④Aは、Gに対し、平成12年4月25日、電話で、件外敷地権に関する登載証明書は不要であると述べ、さらに、その翌日である同月26日にも、執行裁判所窓口に来たGが、本件敷地権についての登載証明書及び登記簿謄本を提出したのに対し、「不要です。」といってこれらの書類を返却したにもかかわらず、GはAに対し、なぜ件外敷地権に関する登載証明書と登記簿謄本が不要なのかを問いたださず、執行裁判所に代金を納付してしまったこと、⑤負担記入登記抹消分の登録免許税の計算においては、買受物件の件数に1000円を乗じることとし、敷地権の目的たる土地の場合は、その土地の符号ごとに1件と数えるとされているところ、Aから原告に送付された売却代金・登録免許税等納付書を見れば、負担記入抹消登記分として6000円と記載されており、ここからも、競売不動産の転売を業とする原告としては、競売の対象となっているのは本件不動産(建物専有部分1件+敷地権5件)のみであり、件外敷地権(敷地権1件)は含まれないことを読み取りうるにもかかわらず、原告はこれに気づかなかったこと、以上の事実が認められる。

エ してみると、原告は、不動産業者として、競売物件の調査を行う能力を十分に有しているにもかかわらず、件外敷地権が本件競売事件の対象となっていないことを了知できる再三の機会をことごとく逃し、Aが件外敷地権は競売の対象ではないと示唆ないし教示しているのに、これに意を払わず、自己の被るべき不利益の救済を受けるための手続をとらず、しかも、代金納付時には、本件敷地権に関する登載証明書及び登記簿謄本をAから返却され、本件敷地権については所有権移転登記ができないことを容易に知ることができたのに、熟慮することなく代金を納付してしまったのであるから、原告がほんのわずかの注意を払えば、件外敷地権の存在及び最低売却価額決定の瑕疵の存在を了知することができ、民事執行法上の種々の救済方法を採ることが可能であったというべきであり、原告にはこの点において、重大な過失が存するものといわなければならない。

そうとすれば、原告が件外敷地権を競売による買受けによって取得できなかったとしても、これによる損害の賠償を被告に対して求めることはできないというべきである。

オ したがって、争点(2)についての原告の主張は理由がない。

第4結論

以上によれば、その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとする。

物件目録

1 建物

(1棟の建物の表示)

所在    a市b字c1番地1、2番地7、1番地7、3番地1、4番地2

建物の番号 ○○○○

(専有部分の建物の表示)

家屋番号  ○○1番1の000

建物の番号 000

種類    居宅

構造    鉄筋コンクリート造1階建

床面積   ○階部分 60.23平方メートル

2 敷地権の目的たる土地

(1) 土地の符号 1

所在及び地番 a市b字c1番1

地目     宅地

地積     859.95平方メートル

(2) 土地の符号 2

所在及び地番 a市b字c2番7

地目     宅地

地積     929.01平方メートル

(3) 土地の符号 3

所在及び地番 a市b字c2番9

地目     宅地

地積     1.29平方メートル

(4) 土地の符号 4

所在及び地番 a市b字c3番1

地目     宅地

地積     78.51平方メートル

(5) 土地の符号 5

所在及び地番 a市b字c4番2

地目     宅地

地積     449.28平方メートル

(6) 土地の符号 6

所在及び地番 a市b字c1番7

地目     宅地

地積     244.37平方メートル

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