東京地方裁判所 平成12年(ワ)21319号 判決 2003年1月29日
原告
株式会社 アーバン
同代表者代表取締役
豊田清隆
同訴訟代理人弁護士
渡部公夫
被告
有限会社 カネワ通商
同代表者取締役
田村真智子
同訴訟代理人弁護士
安田信彦
主文
一 被告は、原告に対し、三五二三万円及びこれに対する平成一二年一一月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は、被告の負担とする。
三 この判決は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 原告
主文同旨
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
第二事案の概要
本件は、原告が、
(一) 被告は、原告が別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)上に建築した木造二階建ての建物(以下「本件建物」という。)を原告に無断で取り壊し、原告に本件建物の建築費三五二三万円相当額の損害を与えたとして、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、三五二三万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成一二年一一月三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、
(二) 仮に、本件建物が本件土地上に存在した被告所有の平家建て建物(以下「既存建物」という。)に附合し、被告の所有に帰したとしても、被告は、この附合により、本件建物の建築費三五二三万円相当額の受益を得、他方、原告はこれと同額の損失を被ったとして、被告に対し、民法二四八条に基づき、三五二三万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成一二年一一月三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め
たものである。
一 争いのない事実等(末尾に証拠等の記載のないものは、当事者間に争いがない。)
1 当事者
原告は、建物の建築工事の請負等を業とする会社であり、被告は、犬の訓練所の経営、犬の売買等を目的とする会社である。
2 本件土地等
(一) 本件土地は、目黒通りに面した長方形の土地であり、小杉紀一ほか三名が共有し、これを夏目商事株式会社に賃貸していた。夏目商事株式会社は、本件土地上に、木造瓦葺二階建ての建物(以下「旧建物」という。)を所有していた。
(二) 被告は、平成一〇年三月六日、小杉紀一ほか三名から本件土地を買い受け、同時に、夏目商事株式会社から、本件土地上の上記建物を買い受けた。
3 既存建物の建築
原告は、平成一〇年四月、被告から、本件土地上の目黒通りに面した部分に、平家建ての建物(「既存建物」)の建築を請け負い、翌五月、これを完成させ、被告に引き渡した。
4 本件建物の建築
原告は、平成一〇年五月ころ、被告から、本件土地のうち既存建物の敷地以外の部分(三七坪)を無償で借り受け、本件建物を建築した。
5 両建物の位置関係
本件建物と既存建物の位置関係は、おおよそ別紙図面のとおりであり、本件建物は別紙図面の赤線部分であり、既存建物は、同図面の青線部分である。
6 本件建物等の取り壊し
被告は、平成一二年三月下旬、既存建物及び本件建物を取り壊し、本件土地を他に売却した。
二 争点
本件の主要は争点は、
1 本件建物は、原被告のいずれに帰属するか(争点1)、
2 本件建物が被告に帰属するとした場合、原告は、被告に対し、民法二四八条に基づき、償金の支払を求めることができるか(争点2)、
である。
三 双方の主張
1 争点1について
(一) 原告
本件建物は、既存建物とは独立して建てられ、独立して利用されていたものであるから、原告の所有である。ところが、被告は、本件建物を原告に無断で取り壊したものであるから、被告は、原告に対し、原告が本件建物の建築に要した費用相当額を賠償する義務がある。
被告は、本件建物は既存建物に附合し、被告の所有に帰したと主張するが、本件建物は、既存建物に附合していない。すなわち、本件建物は、別紙図面「車庫」「テラス」「調理場」「住宅」とある部分から成るが、既存建物と連結されていた「車庫」部分だけであり、それも三点でしかつながっていなかった。また、本件建物の「調理場」部分には壁があり、既存建物の壁との間に二〇cmくらいの空間があった。そして、本件建物には、既存建物とは別に入口があった。したがって、本件建物は、既存建物とは独立して存在していたものであり、既存建物に附合したものではない。
また、被告は、原被告間に、本件建物は被告の所有とする黙示の合意が存在したと主張するが、そのような合意は存在しない。原被告間の「土地賃貸借契約書」(甲三)には、「甲(被告)が土地売却をすることになった場合、乙(原告)は、建築費、営業保証を買主である第三者に対し請求できるものとする。」との記載があるのであり、このような記載は、黙示の合意が存在しなかったことを物語っている。
(二) 被告
本件建物は、社会観念上、既存建物とともに全体として一個の建物を構成していた。また、本件建物は、既存建物と一体のものとして利用されていた。したがって、本件建物は、被告の所有する既存建物に附合し、被告の所有であったものであるから、原告の不法行為に基づく損害賠償請求権は成立しない。
仮に、附合が認められないとしても、原被告間には、本件建物の所有権を被告に帰属させる旨の黙示の合意が存在した。
2 争点2について
(一) 原告
仮に、本件建物が既存建物に附合し、被告の所有に帰したとしても、原告は、この附合により、本件建物に要した費用三五二三万円の損失を被り、他方、被告は同額の利益を得た。したがって、被告は、原告に対し、民法二四八条により、附合により得た利得三五二三万円を原告に支払う義務がある。
(二) 被告
争う。
原告の本件土地占有の権原は使用貸借であるから、原被告間の法律関係は、民法七〇三条以下の不当利得ではなく、使用貸借の規定によって処理されるべきである。すなわち、まず民法五九五条二項の適用があり、同項により民法五八三条二項が準用され、同項により民法一九六条が準用されるところ、同条二項は、「価格ノ増加カ現存スル場合ニ限」って費用返還請求が認められると定めているから、本件のように、建物が取り壊された現在、被告に本件建物の価格が現存するとはいえない。したがって、原告は、被告に対し、本件建物の建築費相当額の賠償を請求することはできない。
また、民法六〇〇条は、使用貸借の費用償還請求権の除斥期間を目的物の返還があった時から一年と定めているところ、原告の主張によれば、原告は、本件建物においてレストランの営業を試みたものの、平成一〇年九月には閉店し、本件建物から撤退した。そして、被告が本件建物の占有を開始した。したがって、原告は、平成一〇年九月ころ、使用貸借の目的物を返還したといえるから、原告の附合を理由とする予備的請求は、平成一〇年九月から一年を経過した平成一一年九月の経過により消滅した。
さらに、仮に被告が民法二四八条により償金の返還請求義務を負うとしても、前記のとおり、原被告間においては、本件建物の所有権を被告に帰属させる旨の黙示の合意が存在したから、原告は、被告に対し、民法二四八条に基づく償還を求めることができない。
第三当裁判所の判断
一 争点1について
1 前記争いのない事実及び《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。
(一) 原告代表者豊田隆康は、平成八年、被告社員から、当時被告が東京都新宿区富ヶ谷で建築中の建物の屋根工事を依頼され、被告の実質的なオーナーである田村達彦(被告代表者の夫。以下「田村」という。)を知った。そして、原告は、その後も、被告から、数件の建築工事を請け負った。
(二) 被告は、平成一〇年三月六日、本件土地と本件土地にある木造瓦葺二階建ての建物(「旧建物」)を七〇〇〇万円で購入した。旧建物は、本件土地の奥にあり、目黒通りに面した手前の部分は空き地になっていた。原告は、平成一〇年四月、被告から、この空き地部分に、鉄骨平家建ての建物を、代金五〇〇万円、内装なしのスケルトン状態で引き渡すという約定で請け負い、同年五月、これを完成させ、被告に引き渡した。そして、原告は、被告から、代金五〇〇万円を受領した。被告は、この建物にタイルの外装を施し、完成した建物(「既存建物」)を犬の販売所(ショールーム)とし、奥の旧建物を犬舎として、本件土地において、犬の販売を営むようになった。
(三) やがて、原告は、被告に、本件土地上の旧建物を取り壊し、その空き地部分に建物を建て、レストランをしたいと提案した。被告はこれを了解し、原告に請け負わせて旧建物を取り壊した。そして、原告は、被告との間で、これにより空き地となった部分(三七坪)について、平成一〇年六月一日、「土地賃貸借契約書」(甲三)を取り交わし、これを無償で使用できることにした。その際、被告は、原告との間で、もし被告が将来本件土地を他に売却した場合、被告は、原告に対し、建物の建築費及び営業補償費を精算する旨約し、それを前提として、特約事項に、「甲(被告)が土地売却をすることになった場合、乙(原告)は、建築費、営業保証を買主である第三者に対し請求できるものとする。」との文言を入れた。そして、原告は、金融機関等から建物建築資金等を借り入れ、建物の建築工事を開始した。工事は、外周部分に約四メートル高さでH鋼を立て、既存建物に三か所、屋根折板を渡してアーチ状部分(別紙図面「車庫」とある部分)の屋根の支えとし、鉄骨と鉄骨の間にはALC板を張り、壁面及び別紙図面「テラス」とある吹き抜けの部分を煉瓦で張り、既存建物のうち、本件建物のアーチ状部分に面した壁面の一部をくり抜いてガラス窓を設置した。別紙図面「調理場」とある部分には壁が設けられ、これと既存建物の壁との間には、二〇cmくらいの空間があった。
(四) 原告は、当初、本件建物のうち、別紙図面「住宅」とある部分(平家)と「テラス」とある部分に客席を置こうと考えていたが、工事がほとんど完成する直前、被告から、既存建物の客席部分でレストランを行ってはどうかと勧められ、既存建物の内部にカウンター等を設置し、「住宅」とある部分は、被告の希望を入れ、犬舎にすることとし、ここに犬の排便場と洗い場、手洗い場等を設けることにした。その結果、本件建物は、既存建物と内部で自由に行き来できるようにされ、外観は、本件建物と既存建物とが同一の建物であるかのように外装された。そして、本件建物は、平成一〇年七月ころ完成した。そして、原告は、同年八月二七日、目黒区保健所長の営業許可を受け、そのころから既存建物と本件建物の別紙図面「調理場」とある部分とでレストランの営業を開始し、被告は、本件建物の別紙図面「テラス」「客席」とある部分を使用して、犬の販売を開始した。
(五) しかし、原告は、レストランの収益が思うように上がらず、採算が合わないため、同年九月には、レストランの営業をやめ、レストランとして使用していた建物は、その後の利用を模索しながらも、これを放置していた。そして、原告は、平成一二年四月始めころ、被告社員から本件建物が無くなったという連絡を受け、現場に赴いて、本件建物が被告により取り壊されたことを知った。
以上のとおり認められ(る。)《証拠判断省略》
2 ところで、建物新築部分が従前の建物に附合するかどうかについては、新築部分の構造、利用方法を考察し、上記部分が従前の建物に接して築造され、構造上建物としての独立性を欠き、従前の建物と一体となって利用され取引されるべき状態にあるときは、上記部分は、従前の建物に附合したものと解すべきであって、新築部分が従前の建物とその基礎、柱、屋根などの部分において構造的に接合していないからといって、直ちに附合の成立を否定することは許されないものと解すべきである(最高裁第一小法廷昭和四三年六月一三日判決・民集二二巻六号一一八三頁参照)。
これを本件についてみるに、前記認定の事実によれば、本件建物は、既存建物に接して建てられ、既存建物と外壁を共通にし、内部は、本件建物部分が厨房、犬舎等として、既存建物部分は犬のショールームないし客席として、それぞれ自由に行き来ができるように設計され、両者一体のものとして利用されていたのであるから、本件建物は、既存建物に附合したものと認めるのが相当である。
したがって、本件建物は、既存建物に附合し、被告の所有に帰したものというべきである。
二 争点2について
1 前記のとおり、本件建物は、附合により被告の所有に帰したのであるから、被告が、これを原告に無断で取り壊したとしても、それについて、被告の不法行為は成立しない。しかし、附合により、原告は本件建物の所有権を失い、損失を被ったものであり、他方、被告は、これにより受益したものであるから、原告は、民法二四八条により、受益者である被告に対し、民法七〇三条、七〇四条の規定に従い、償金の請求をすることができるものというべきである。
被告は、本件建物の占有権原は使用貸借であるから、本件建物が附合により被告の所有に帰した場合の償金の返還については、民法二四八条ではなく、使用貸借についての民法五九五条二項が適用になり、同項により民法五八三条二項が準用され、同項により民法一九六条二項が準用される結果、受益者である被告は、「価格ノ増加カ現存スル場合ニ限」って償還すれば足りるところ、本件建物は、すでに取り壊され存在しないから、被告は何らの利得も得ておらず、原告に賠償する義務はない旨主張する。
しかし、民法五九五条二項は、使用貸借の借主が借用物に投下した費用についての借主の貸主に対する償還請求についての規定であり、本件のように、附合により、損失を被った場合の償還請求についての規定ではないから、本件に、民法五九五条二項の適用はないものといわなければならない。被告の主張は採用することができない。
2 そこで、被告が本件建物の附合により得た利益についてみるに、《証拠省略》によれば、原告は、本件建物に、合計三五二三万円の費用を投下したものと認められる。これには、本来の建築費のほか、火災保険料、広告費も含まれるが、これらの費用は、通常、営業用建物を建築する場合には必要な費用であるから、これらの費用も、原告が本件建物を建築する際に投下した費用に含めて考えるのが相当である。
そうすると、本件建物は、これが取り壊された平成一二年三月末当時、少なくとも原告が投下した上記費用相当額の価値があったものと認められるから、原告は、本件建物が取り壊されたことにより、上記金額、すなわち三五二三万円相当の損失を被り、他方、被告は、これと同額の利益を得たものというべきである。そして、被告は、原告が上記のような費用を投じて本件建物を建築したことを知りながら、本件建物を既存建物と一緒に取り壊したものであるから、悪意の受益者として、本件建物が取り壊された後においても、原告に対し、上記三五二三万円に利息を付して返還する義務を負うものといわなければならない。
3 被告は、原被告間には、本件建物の所有権を被告に帰属させる旨の黙示の合意が存在したとして、原告は、この合意が存在することにより、被告に対し、民法二四八条に基づく費用償還請求をすることができない旨主張する。しかし、本件において、このような黙示の合意があったと認めるに足りる証拠はない。むしろ、前記のとおり、原被告間においては、被告が本件土地を売却する際には、被告は、原告に対し、建物建築費、営業補償費を精算する旨の合意が取り交わされたと認められるのであり、それがため、甲三の「土地賃貸借契約書」には「甲(被告)が土地売却をすることになった場合、乙(原告)は、建築費、営業保証を買主である第三者に対し請求できるものとする。」との特約事項が入れていることに照らすと、原被告間に、被告の主張するような黙示の合意は存在しなかったものと認められる。
また、被告は、本件建物に原告が投じた費用が過大であるかのようにいうが、本件建物の規模、概容、造作等からして、これが過大であるということはできない。
三 結論
そうすると、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし(本件訴状送達の日の翌日が平成一二年一一月三日であることは記録上明らかである。)、訴訟費用の負担につき民訴法六一条を、仮執行の宣言につき同法二五九条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 近藤壽邦)
<以下省略>