東京地方裁判所 平成12年(ワ)21712号 判決 2002年7月29日
東京都中央区<以下省略>
原告(反訴被告)
新日本商品株式会社
代表者代表取締役
A
訴訟代理人弁護士
肥沼太郎
同
三﨑恒夫
同
川戸淳一郎
埼玉県<以下省略>
被告(反訴原告)
Y
訴訟代理人弁護士
鈴木則佐
同
渡辺孝
同
茨木茂
主文
1 被告(反訴原告)は,原告(反訴被告)に対し,392万5200円及びこれに対する平成12年11月12日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 被告(反訴原告)の原告(反訴被告)に対する反訴請求を棄却する。
3 訴訟費用は,本訴反訴を通じ,被告(反訴原告)の負担とする。
4 この判決は,1項及び3項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1 本訴請求
主文1項同旨
2 反訴請求
原告(反訴被告)は被告(反訴原告)に対し,3275万3000円及びこれに対する平成12年6月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,東京工業品取引所の取引員である原告(反訴被告。以下「原告」という。)が,被告(反訴原告。以下「被告」という。)との商品先物取引委託契約に基づき,被告の委託を受けて2か月余りにわたってガソリンの先物取引を行い(以下「本件取引」という。),392万5200円の差損金(清算金)が生じたとして,被告にその支払いを求めた本訴に対し,被告が,反訴として,原告の担当者であるB(以下「B」という。),C(以下「C」という。)及びD(以下「D」という。)の本件取引開始から終了に至るまでの被告に対する一連の行為には,商品先物取引の危険性につき十分な説明をせずに勧誘したこと,無断取引,並びに過当取引,無意味な反復売買及び危険性の高い取引の勧誘等による違法があり,これら一連の不法行為により差し入れた委託証拠金2775万3000円及び弁護士費用500万円の合計3275万3000円相当の損害を受けたとして,原告に対してその賠償を求める事案である。
1 前提となる事実
(1) 当事者
ア 原告は東京工業品取引所の取引員である株式会社である。
イ 平成12年3月当時,B,C及びDはいずれも原告の従業員であり,その経歴及び原告における地位は以下のとおりである。
(ア) Bは,昭和52年10月に商品先物取引を扱う会社に入社して以来,同様の会社数社を経て,平成6年11月に原告に入社し,平成10年6月から平成12年3月31日まで本店営業部店長の職にあり,同年4月1日に大宮支店支店長に赴任し,平成13年7月1日からは執行役員兼東部第1営業本部本部長を務めている。
(イ) Cは,昭和53年11月に商品先物取引を扱う会社に入社して以来,同様の会社数社を経て,平成6年11月に原告に入社し,平成9年4月から本店営業部の部長を務めており,本件取引についての実質的担当者である。
(ウ) Dは本店営業部の営業員であり,B及びCの部下であった。
ウ 被告は,昭和13年○月○日生まれで,昭和32年3月に群馬県内の高等学校を卒業して,同年4月に東京都内の会社に就職し,同社に勤務しながら昭和38年3月に●●●大学夜間部経済学部経済学科を卒業した後,昭和44年4月にa株式会社(平成10年に株式会社aと商号を変更。以下「a社」という。)を設立し,同社の代表取締役を務めている。
平成12年当時のa社の年商は約20億円弱であり,年間で5000万円から6000万円程度の利益があった。
(2) 取引の経過
ア 平成12年3月24日,被告は,原告との間で,商品先物取引委託契約を締結した(甲1,4)。
イ 本件取引の経過は別紙取引経過一覧表のとおりであり(以下特定の取引を指すときは,同一覧表の番号にしたがって「1の取引」というようにいう。),結果として3397万5000円の売買損金及び670万3200円(消費税相当額を含む。)の売買手数料が発生した(乙1)。
また,本件取引については,同年3月27日から同年5月22日までの間に6回にわたり合計3675万3000円の取引委託証拠金が入金されているが,そのうちの同年5月19日に預託された500万円はa社の当時の総務部長であったE及び経理課員であったFが各250万円宛拠出し,同じく同月22日の400万円も上記Eが拠出したものである。
2 争点
(1) B,C及びDによる被告に対する一連の取引勧誘行為及び本件取引について,不法行為が成立するか(争点(1))。
(被告の主張)
Bら原告従業員らによる以下の一連の行為は,正当な商行為として社会的に許容される範囲を逸脱したものであって,全体として一つの不法行為に該当する。
ア 不十分な説明による勧誘
(ア) 商品先物取引は,独特の仕組みとルールを有し,大きなリスクを伴う取引であるから,商品取引外務員は,素人を顧客にするに当たっては,これらを十分に理解させるまでわかりやすく説明すべきであったが,原告従業員らは「今ガソリンを買えば儲かる」旨を強調することに偏し,十分な説明をしないまま本件の商品先物取引を勧誘して被告に商品先物取引委託契約を締結させた。
被告は,内装建築業を営む株式会社の社長であり,投資投機関係は素人であった。
(イ) 甲1(約諾書),4(商品先物取引口座設定申込書)及び5の1ないし3(相場が予想に反して逆になった場合」と題する書面)は,Dから「取引を始めるにあたって書いてもらうことになっている。」旨言われ,内容を十分理解しないまま作成させられたものである。
甲4の「商品取引の経験」欄には「有」に印がつけられているが,被告は以前,人に勧められて小豆の取引を少しやらされたことがあるものの,その取引も内容をよく理解できないままお任せで進められた受動的なものであって,被告の先物取引に関する知識は初心者と変わりがなかった。
イ 無断取引
平成12年4月7日以降の取引は,原告従業員らが被告の了解を得ることなく勝手に進めたものである。
ウ 取引内容の違法性
(ア) 過当取引
商品先物取引においては,一般に,新規委託者は取引開始から3か月間は習熟期間として保護されるべき対象とされており,2年ほど前まではすべての商品取引員が社内規則により習熟期間の取引量を20枚に抑えていた。
本件取引は,取引開始から1週間後の平成12年4月3日には200枚の取引になり,同月7日には売玉200枚,買玉200枚の合計400枚になっているというように取引量が著しく多く,また平成12年3月27日から同年6月2日までの土曜日,日曜日及び祝日を除く47日の間に39回の売買がなされており取引頻度も激しく,過当取引である。
(イ) 危険ないし無意味な取引
① 平成12年4月3日には買玉100枚を仕切った上,その利益を全部証拠金に振り替えて200枚の買玉を建てるという取引が行われている(4ないし7の取引)が,かかる手法(利乗せ満玉)は大変危険であり,顧客の安全を考えれば好ましいものではない。
② 同月4日には買玉200枚を仕切った上で150枚の買玉を建てるという取引が行われている(8ないし10の取引)が,買玉50枚を仕切れば足りたのであり,手数料収入を得るためにされた無益な取引である。
③ 同月6日にはガソリンの単価が下がったにもかかわらず,さらに100枚の買玉を建てる,いわゆる難平が行われている(11及び12の取引)が,これは顧客にとって危険な賭けであり,顧客が自主的に決めるのであればともかく,外務員が顧客を誘導してこのような危険な取引をさせるべきではない。
④ 同月7日(14の取引),同年5月16日(22の取引)及び同月25日(29の取引)の3回にわたって,同一商品かつ同一限月の売玉と買玉を同時期に建てておく,いわゆる両建がなされているが,顧客にとって有害無益な取引方法である(商品取引所法136条の18第5号,同法施行規則46条11号により明文で規制されている。)。
(原告の主張)
ア 不十分な説明による勧誘
以下のとおり,B及びDは,本件取引の委託を勧誘するに当たり,被告に対して十分な説明をした。
(ア) 平成12年3月13日ころ,Dは被告に対し,本件取引の対象となった東京ガソリンの相場チャートを示しながら相場の推移,今後の見通し及び商品先物取引の仕組み等について説明した。
(イ) 同月24日,Bはa社の応接室で被告と面談し,持参した商品先物取引のガイド(甲3の1),同別冊(甲3の2),受託契約準則(甲2)を交付し,これらの資料を示しながら,東京ガソリンの相場の推移及び見通し,商品先物取引の仕組み,東京ガソリンの売買単位,売買による差損益金の計算方法,委託手数料の額,必要な委託証拠金の額等について一通りの説明を行った。
また,価格が下落して損勘定になった場合の対処方法として,損切り,追証拠金の入金,難平及び両建の4通りの方法があることも説明した。
被告は,これらの説明を聞いた上で,約諾書(甲1)及び商品先物取引口座設定申込書(甲4)及び相場が予想に反して逆になった場合の対処方法についての説明を受けたことを確認する書面(甲5の3)に必要事項を記入したり,署名捺印したりした。
イ 無断取引
(ア) 平成12年4月7日の取引は,ガソリン価格が暴落したため,Cが被告との間で電話により対処方法を協議し,価格下落は一時的であるとの判断のもとに,目先の相場状況に対応して新規売建による両建を行うことに決定し,50枚の買玉を損切りした上で200枚の新規売建を行ったものである。
(イ) 同月10日,Cは被告と面談し,同月7日に行われた両建の状況や市況の見通しを説明し,被告は,その時点ですべての建玉を手仕舞うと約400万円の損勘定になることを理解した上で,取引を継続するか否かをCと協議した結果,取引を維持継続することを決定し,同月17日に取引を継続するのに必要な1875万3000円が入金されたものである。
(ウ) 同月17日,被告はCに対して「この後の取引は,すべてEとFに任せたから,Eらと話してくれ。」という意味の発言をした。Cは,それ以降も被告に対し相場状況を連絡したが,被告は「Eらに任せたから,あいつらに言っとけ。」と半ば怒るような態度であり,同月21日にCがa社を訪問した際も,被告は15の取引について「Eに任せたから,そのとおりにしてくれ。」と言って,それ以上Cと面談しなかった。
このような事情から,15以降の取引は被告の上記意向に基づいてa社のE及びFが協議して注文している。
ウ 取引内容の不当
被告が主張する内容の取引がされていることは認めるが,これらの取引はいずれも適正なものであり,違法不当なものではない。
(2) 原告による差損金の請求(本訴請求)は信義則に反するか(争点(2))。
(被告の主張)
本件取引は,原告従業員の取引の勧誘から終了に至る一連の行為が不法行為に該当するものであり,かかる場合に商品取引員である原告が顧客である被告に対し未収の差損金の請求をするのは,信義則に反し許されない。
(原告の主張)
原告従業員の行為が不法行為となるとの主張及び差損金の請求が信義則に反するとの主張は,いずれも争う。
第3争点に対する判断
1 争点(1)について
(1) 不十分な説明による勧誘について
ア 証拠によれば,以下の事実が認められる。
(ア)被告は本件取引の15年か20年くらい前に70万円か80万円ほどを投資して小豆の先物取引を行った経験があり,その際には10万円程度の損失を被った。
なお,被告はアスカフューチャーズ株式会社に委託して平成13年2月以降「関門とうもろこし」及び「東京金」について委託証拠金の最高額が1000万円の商品先物取引を行ったほか,現在でも他社に委託して若干の商品先物取引を行っている(甲4,19,乙9,証人B,被告本人)。
(イ)平成12年3月ころから,Dは被告に対して電話で商品先物取引を勧誘するようになり,同月10日にはa社の事務所で被告と面談し,新聞等の資料を見せて,原油の値上がりが伝えられており,それに伴ってガソリンや灯油が値上がりする可能性が大きいので,今東京ガソリンの先物取引をすれば儲かるなどと話して,東京ガソリンの先物取引をしたらどうかと勧めた。その後,Dは同月15日にも被告をa社の事務所に訪問し,東京ガソリンの価格の推移を表にして示し,同月10日から15日までの間に590円上昇したので,10日に630万円の証拠金を差し入れて東京ガソリンを70枚買っていれば413万円の利益が上がっていたと説明したところ,被告も500万から600万円程度であれば出せるとの趣旨の発言をした。これを受けて翌16日には,Dは上司であるCを伴って再度被告と面談し,こもごも東京ガソリンの先物取引を勧誘し,被告も500万から600万円程度であれば先物取引を行っても良いとの趣旨の発言をした(甲10,乙3,4,9,被告本人)。
(ウ)平成12年3月24日,B及びDはa社に赴き,被告に対して東京ガソリン1枚の取引は100キロリットルの取引に相当すること,価格が下がった場合には追証拠金を差し入れなければならないこと等を説明した上,約諾書(甲1),商品先物取引口座設定申込書(甲4)及び「相場が予想に反して逆になった場合」と題する書面(甲5の1・2と同様のもの)を交付し,被告はこれらの書面に自ら必要事項を記入して署名捺印し,当日,Bらの勧めにより東京ガソリン10枚を買うことを約束した(甲1,2,3の1・2,4,5の1ないし3,12,証人B,被告本人)。
(エ)前記の商品先物取引口座設定申込書(甲4)には,氏名,住所,勤務先等を記載する欄のほか,年収,商品取引の経験の有無等,商品取引経験が3か月未満又は未経験の者に対して当初予定資金(3か月),株式取引の経験の有無等,債券・信託等の有無,所有不動産の有無,預貯金・有価証券の額等を問う欄のほか,取引の仕組みの理解度を問う欄等が設けられている。
そして,氏名,住所等を記載する欄には手書きで所要の事項が記載されているほか,年収を問う欄の「4 2000万以上」に,商品取引の経験を問う欄の「有・無」の有に,商品名については「2穀物」に,期間については「E.3カ月以上」にそれぞれ手書きで丸印が付され,商品取引経験が3か月未満又は未経験の者について当初予定資金(3か月)を問う欄は空欄のままである。また,株式取引の経験等を問う欄の「有・無」の有に丸印が付され,「1現物取引」欄の右の取引年数を問う欄に「3」と手書きされており,債券・信託等の有無を問う欄の「有・無」の無に丸印が付され,所有不動産の有無を問う欄の「有・無」の有及び「1持家,2マンション,3土地,4店舗,5田畑・山林」の1,2,3,4にそれぞれ丸印が付され,預貯金・有価証券の額を問う欄の「E.1000万以上」にも丸印が付されている。そして,「取引の仕組みのご理解度」の欄の「①商品先物取引委託のガイドの交付」の右側に「説明を交付を受けた」,同欄の「②商品先物取引のリスクについて」の右側に「理解した」,同欄の「③商品先物取引の仕組みについて」の右側に「理解した」,同欄の「④相場が思惑と逆にいった時の対処方法(仕切,追証,難平,両建)の資料」の右側に「交付され理解した」との,それぞれ手書きの記載があり,最下段に説明を受けた日時の記載とともに被告の署名押印がある。
(オ)また,前記「相場が予想に反して逆になった場合」と題する書面(甲5の1・2)には,見込みと逆方向に値が動き出してしまった場合には損失が発生し,損失が委託本証拠金の2分の1を越えたときは委託追証拠金の預託が必要となる旨の説明,及びその場合の対策として「対策(1)建玉を決済する」,「対策(2)委託追証拠金(追証おいしょう)」,「対策(3)難平(なんぴん)」及び「対策(4)両建(りょうだて)」の4つの方法についての説明が記載されている。
そして,被告はこの文書の「相場が逆になった時の対処として追証,仕切,難平,両建の説明を受けその内容を理解できました。」との記載がある末尾部分に署名押印し,割印の上,当該部分を切り取ってB又はDに交付した(甲5の3)。
イ 以上の事実に照らせば,被告は,商品先物取引においては,取引対象となる商品の市場価格が上昇又は下落することにより利益又は損失を生じること,短期間のうちに比較的多額の損益を生じる可能性があること,損失がある程度多額になったときは証拠金を追加するなどしなければならないこと,相場が予想に反したときの対処方法等について十分な説明を受け,理解していたものと認められ,これを覆すに足りる証拠はない。
被告は陳述書(乙9)や本人尋問において,前記(エ)及び(オ)の各書面は指示されるままに署名押印したもので,中身はよく読んでいないと述べ,詳しい説明は受けていないとか,儲けさせるからといわれた等とも供述しているが,被告は年商約20億円程度の会社を一代で築いた現役の代表取締役であり,それほど不用意に先物取引等の契約に応じるとは考えにくいし,理解力に問題があるとも認め難い。当初予定していた500万円ないし600万円が被告にとってそれほどの金額ではなく,軽い気持ちで応じただけで,真剣に理解しようとする気持ちが乏しかったというのであれば(乙9にはその趣旨にとれる記載もある。),それは被告自身の問題であって,原告の担当者の説明が不十分であったということにはならず,上記の認定を左右し得るものではない。
したがって,本件取引について原告の担当者から被告に対して十分な説明がされていないとの被告の主張は採用できない。
(2) 無断取引について
被告は,平成12年4月7日以降の取引は被告の委託に基づかない無断取引であると主張するので,この点について検討する。
ア 証拠によれば,以下の事実が認められる。
(ア)被告は平成12年3月24日にBらの勧めにより東京ガソリン10枚について取引することを了承し,同月27日に証拠金90万円をa社振出の小切手でCに交付した(1の取引)。その後も被告はCに勧められるままに同月28日及び29日にそれぞれ必要な証拠金360万円及び450万円を預け入れた上で40枚及び50枚の買建をしたところ(2及び3の取引。なお上記証拠金360万円のうちの210万円はa社の厚生会の積立金等が流用され,その余600万円は被告の個人資金が充てられた。),同年4月3日にCからこれら合計100枚の買玉を売決済して1000万円余の利益(以下,単に利益又は損失といった場合には売買利益についてのそれを指し,差引後利益について述べるときはその旨を断る。)が出た旨の報告を受けた(4ないし6の取引)。しかし,同日上記100枚の売決済とともに200枚の買建が行われ(7の取引),これについては翌4日に売決済されて500万円の利益が生じたが(8の取引),同日さらに合計150枚の買建(9及び10の取引),同月6日に合計100枚の買建(11及び12の取引)がされ,翌7日に4日の買建玉中の50枚が売決済され,550万円の損失が生じたほか(13の取引),新たに200枚が売建された(14の取引)。したがって,この時点で被告については買建玉が200枚,売建玉が200枚あり,両建となっていたことになる(甲6ないし8,11,乙9ないし11,13,14,15の1ないし3,16の1及び2,17)。
(イ)被告は,本件取引については,1の取引は別としても,当初から自らが関係資料等を検討して積極的,主体的に取引内容を決定していくという姿勢には乏しく,自分からCらに連絡して売買の注文を出したことはなく,Cから勧められるままに諾否を返答する程度のことしかしておらず,上記の各取引も実質的には一任勘定取引に近いものであった(乙9,被告本人。本件証拠上,被告が取引内容の選択,決定に悩んだり,Cらと真摯に相談したというような形跡はなく,逆に被告本人尋問では,被告は4ないし6の取引終了段階で1000万円余りの利益が出たと聞かされて,担当者に100万円の小遣いをやろう等と述べていたことが認められる。)。
(ウ)平成12年4月10日,Cはa社に赴き,a社の総務部長E及び経理課員Fの同席の下で,被告に対して,同月7日の取引内容の結果を説明し,同日(10日)の時点で取引を手仕舞うと約400万円から500万円の損金が発生すること,取引を継続するためには約1800万円の追証拠金を入金する必要があること等を説明した上,今後の対処方法について話し合ったが,その席上では被告は不機嫌であり,当日は結論がでなかった(甲11,乙9ないし11,証人C,証人E,被告本人)。
(エ)同月17日,被告は追証拠金として1875万3000円をa社振出の額面1000万円及び875万3000円の小切手をCに交付することによって原告に預託した(甲11,乙5,6の1・2,9ないし11,証人C,証人E,被告本人)。
(オ)しかし,上記17日ころから,被告はCが面会を申し込んでも会おうとせず,電話での連絡についてもすぐに切ったりして,まともに対応しないようになった。困ったCはa社のEやFに相談したり,取り次ぎを頼んだりしたが被告の態度は変わらなかった(甲11,乙9ないし11,証人C,証人E,被告本人)。
(カ)同月21日,E及びFは,Cに対して各90万円の証拠金を交付して,それぞれ原告に東京ガソリン10枚の買建を委託した(甲13ないし16,17の1・2,18,証人C,証人E)。
(キ)同年5月19日,E及びFは原告に委託した東京ガソリンの先物取引による利益金及び証拠金中から各250万円をそれぞれ本件取引についての追証拠金として拠出した(甲8,14,15,17の1,18,証人C,証人E)。
(ク)同月22日,Eは自己の積立金から400万円を本件取引についての追証拠金として拠出した(甲8,証人E)。
(ケ)被告には取引が成立する都度,売買報告書及び計算書が送付されており,この点は15以降の取引についても同様であった(被告本人)。
また,被告は前記(キ)及び(ク)のとおりE及びFが拠出した本件取引の証拠金については贈与されたものと考えている(被告本人)。
イ これらの事実を前提にして,平成12年4月7日以降の取引(13の取引以降の取引)が被告の委託に基づかない無断取引であるか否かを検討する。
(ア) 平成12年4月17日以前の取引(13及び14の取引)について
前記認定のとおり,被告は平成12年3月27日の取引(1の取引)を最初として,原告に委託して東京ガソリンの先物取引を開始し,同取引は当初順調に推移して6の取引終了までの1週間余りで1000万円を超える利益が生じ,さらに同年4月3日には200枚の買建がされ(7の取引),翌4日に売決済されてこの取引によっても500万円の利益が生じた(8の取引)。
被告は,同年4月3日に上記の結果をCから報告された時点で,同人に対して元手となった900万円分は返して欲しい旨を伝え,翌4日にもa社のEともども同様の依頼をしているから,それ以降の取引を委託している筈はない旨主張し,これに沿う供述等も存するところである(乙8ないし11,証人E,被告本人)。特に乙8の「建玉残高照合回答」(写し)には,1000万円の返還を希望する旨の記載があり,その形式からして同月6日以降に投函されたものと認められるから,これらの証拠によれば,被告が平成12年4月3日ころにはCに利益金中から900万円程度を引き出したい旨を伝えていたことが認められる。しかしながら,上記の供述等によっても,そのような希望をCに伝え,同人と話し合った結果,利益金は同月12,13日ころに返還するということになったというのであり,他方,証人Cは,被告から返還は少し先になっても構わないと言われた旨証言している。これらの証拠からすれば,詳細は判然としないが,いずれにしても直ちに利益金を引き出すという結論にはならなかったものと認められる。甲8(委託者別委託証拠金現在高帳)によれば,同月3日に1から6までの取引による差引後利益の合計1074万2000円が証拠金に振り替えられ,その後7の取引が行われたことにより,この時点では証拠金に余裕のない状況となっているが,同取引は翌4日には8の取引で決済され,これによる差引後利益340万4000円についても同様の振替処理がされているにもかかわらず,同日は証拠金に900万円以上の余裕がある取引しかされておらず(9及び10の取引),この分が同月6日の11及び12の取引の証拠金として活用されたことが認められ,このような証拠金の推移も上記Cの証言に沿うものである。
そうだとすれば,上記認定のように,平成12年4月3日以降,被告は利益金中から元手となった900万円を引き出したいと考え,その旨をCに告げていたとの事実は認められるものの,直ちに実行することまでを指示したとは認められないから,若干の猶予期間中に新たな取引をすることがないとはいえず(逆にいえば,新たな取引を予定しないのであれば,利益金の引出を猶予する理由は見当たらない。),結局このような利益金の引出を求めた事情があるからといって同月6日及び7日の11から14の取引が無断取引であるとまで断じることはできない。現に,上記のように,同月3日には200枚の買建があり(7の取引),これが翌4日に売決済されて500万円の利益が生じているが,その報告を受けた被告が同取引を無断取引であるとか,直ちに取引を中止するように述べたような形跡はないし,被告は同月4日から6日にかけて行われた8から12までの取引については無断取引であるとの主張もしていないところである。
そして,同月4日以降,東京ガソリンについては下落傾向が続き,被告の口座には上記のとおり合計250枚の買建があったことから,7日には13の取引により50枚分を売決済し(550万円の損失発生),残りの200枚に見合うものとして同日200枚の売建がされた(14の取引)ために証拠金の不足を来すことになった。そこで,同月10日にCは被告を訪れ,900万円を返却することができなくなったことを告げるとともに,前記ア(ウ)のとおり,この時点で取引を手仕舞うと約400万円から500万円の損金が発生すること,取引を継続するためには約1800万円の追証拠金を差し入れる必要があること等を説明したところ,結果的には同(エ)記載のとおり,その後被告は取引を継続するために証拠金を入金しているし,同(カ)記載のように,上記説明の席に同席し,およその取引経緯は聞き及んだものと推認されるa社のE及びFも,後日(同月21日)Cを介して証拠金を差し入れて自ら東京ガソリンについての先物取引を開始しており,このようなことはCが無断取引を行い被告に多大の損害をもたらしたというのであれば到底理解できないことである。
このような事情に照らすならば,13及び14の取引が無断取引であったとは認め難いというべきであり,それ以前の取引と同様に被告はCの行った取引を承認していたものと認めるのが相当であり,これに反する乙9及び被告本人尋問の結果は上記各事情に照らして採用できず,他にこの認定を覆すに足りる証拠はない(なお,平成12年4月10日の説明の席上では被告は不機嫌であり,憤慨していたことが認められるが,Cの勧めにより折角の利益を手にすることができなかったためと考えることもでき,必ずしも無断取引を裏付ける事情とはいえないから,このような事実も上記認定を覆すには足りない。)。
(イ) 次いで,平成12年4月17日より後の取引(15以降の取引)について検討する。
a 前記認定のとおり,平成12年4月10日の時点で被告の取引については買建玉が200枚,売建玉が200枚あり,このまま手仕舞いすれば400万円から500万円の損失が発生すると見込まれる状況であり,このことをCから聞かされた被告は更に約1800万円の証拠金を差し入れて取引を継続するか,それとも取引を手仕舞うかの選択を迫られることとなった。そして結局,前記ア(エ)のとおり,被告は同月17日にその時点で必要とされた追証拠金として1875万3000円を原告に預け入れている。このことからすれば,上記17日の時点で,被告は原告に委託して先物取引を継続する意思であったと認められる。
これに対して,被告の陳述書(乙9)には,Cの説明は1875万3000円を入れれば,そのうちの1350万円と併せて既に利益となった900万円が返ってくるというので,やむなく応じたにすぎず,必ずしも取引継続の趣旨ではなかったかのような記載があり,被告は本人尋問でも同趣旨にもとれる供述をしている(ただし,本人尋問における供述は,はなはだあいまいである。)。しかし,上記陳述書におけるCの説明という部分はそれ自体が理解困難であり,同席していたE及びF並びにCの各陳述書等(甲11,乙10,11,証人C)に照らしても,Cが900万円も返ってくると説明したとの部分は措信できない。そして,上記証拠(乙9,10,11,証人C)を総合すると,Cの説明は,1875万3000円の追証拠金を入れ,そのまま手仕舞うと400万から500万円と見込まれる損失が清算されて1350万円程度が返ってくる見込みであるが,それ以上の損はさせないので取引を継続して欲しいというものであったと認められる。そして,被告の陳述書(乙9)や本人尋問の結果中にも,その時点で損失を確定させるためとか,取引を手仕舞うために1875万3000円の追証拠金を入れたとの供述はない。
したがって,これらの各事実を総合すれば,結局,被告はCの「損はさせない。」とか「儲けさせる。」との言葉を信用して原告に追証拠金を預託したものであり,その後も取引を継続する意思であったと認めるほかはない。
b しかしながら,前記ア(オ)のとおり,平成12年4月17日に1875万3000円の証拠金を預託した後,被告はCとの面会を避け,同人からの電話にもまともに対応しなくなっており,15の取引を除き,16以降の取引が被告からCに対して直接に個別具体的に指示されたものでないことはC自身も認めているところである(甲11,証人C。)。
この点についてCは,平成12年4月17日に被告はCに対して「以後の取引はE及びFに任せたからEらと話してくれ。」という趣旨の発言をし,これ以後はCが電話をしても被告が電話に出ることはほとんどなく,たまに出ても「Eの方に電話してくれ」とか,「Fに電話してくれ」などと言って一方的に切られてしまうため,やむなく被告の言うとおりEやFと連絡をとり,同人らの指示に基づいて被告の取引を終息させる方向での取引を行った旨述べている(甲11,証人C)。
確かに,前記ア(カ)ないし(ク)のとおり,被告が上記のような対応をとるようになって間もなく,E及びFは自らが原告に委託して東京ガソリンの先物取引を開始しており,その取引も相当な取引回数に及んでいる(甲13,16)のであって,しかも同年5月19日にはその利益金等から各250万円を本件取引の追証拠金としてそれぞれ拠出し,さらにEは同月22日に自己の積立金からも400万円を拠出している。そして,Eの陳述書(乙10)にはCを信用したこと(具体的には必ずしも明らかでないが)がa社を退職した一因であるとの記載もあるし,また被告には上記のようにEとFが多額の金員を拠出していることに対して申し訳ないとか,同人らが拠出した金銭を返却しようといった意向は全くみられない(前記ア(ケ))。このようなことは,EやFが説明しているように(乙10,11,証人E),単にCに懇請されたとか,Cを信用していたとか,あるいはa社の資金が本件取引に流用されていることについての経理担当者としての責任といったことだけでは説明し切れないことであり(会社資金の流用ということであれば被告が最もその責任を負うべき立場にある。),Cが陳述しているように,これらEやFが平成12年4月17日以降の取引(15以降の取引)について相談に応じる等何らかの形で関与しており,その責任を感じてのことであるとの疑いも否定はできない。
しかし,代理人から取引の委託を受けることは禁止されている(東京工業品取引所受託契約準則24条3項)上に,本件では4月17日の時点で被告の預託金は3600万円もの多額に上っており,他方,E及びFは先物取引について全くの素人であったのであるから(乙10,11,証人E),仮に被告がCに対して以後の取引はE及びFに任せたと受け取れる趣旨の発言をしたとしても,そのような発言をもって両名に取引についての代理権を与えたものとまで認めることはできない。また,両名が被告から取引に関する具体的な指示を受け,それをCに伝達していたと認めるべき証拠もない(これに反する甲11及び証人Cの証言は具体性に乏しく,採用できない。)。
したがって,原告は15以降の取引についてE又はFが被告の代理人であったかのような主張をしているが,その主張は前提を欠くし,またE又はFから同人らの判断で具体的な指示があったとの事実も認められないから,上記主張は理由がない(なお,15の取引について証人CはEを介して被告から直接の指示を受けた旨証言している。確かに,同年4月21日にE及びFは同証人の勧誘に基づくものと認められる各10枚の買玉(甲13,16)を建てており,15の取引はこれとは異なる相場観に基づくものであるが,この取引についてのみ被告が積極的な指示を出したとは考え難く,この点を否定している証人Eの証言及び被告本人の供述に照らしても上記証人Cの証言は採用できない。)。
c よって,以上の事情を前提として検討するに,これまで判示してきたことからすれば,① 前記ア(イ)のとおり,本件取引は当初から実質的には一任勘定取引に近い形で推移してきたと認められること,② 被告は平成12年4月17日に取引を継続することを決断し,そのための追証拠金として1875万3000円を差し入れたものの,従前にも増して自ら取引に関与することはなくなったこと,③ Cは上記4月17日ころの時点では従来どおりの形態で取引が継続されるものと考えていたと推測されるが,まもなく被告の対応が変化したことを認識し,困惑したこと,④ 取引が成立した場合には,被告には,その都度,売買報告書及び計算書が送付されていたから,被告は15以降の取引についても,取引が継続して行われていることはもちろん,少なくとも事後的には取引内容についても把握していたと推認されることを指摘することができる。
このような事実を総合すると,被告は平成12年4月17日に1875万3000円の委託追証拠金を預託し,先物取引を継続することを決意したものの,自らが種々検討して取引内容を決定するつもりはなく,Cが「損はさせない。」とか「儲けさせる。」と述べたことから,それまでの損失を取り戻させる趣旨で以後の取引をCに一任したものと認めるほかはなく,この認定を左右し得る証拠はない。
したがって,平成12年4月17日より後の取引(15以降の取引)については一概に無断取引ということはできないが,この取引の委任については必ずしも両者の間の信頼関係に基づいて成立したものとは認められず,また委託直後から被告がCとの接触を避け,注文者としての責任を放棄したに等しい対応を続けている以上は,そのような関係を継続すべき基盤が喪失しているものといわざるを得ないから,Cとしては上記のような被告の対応が明らかになった時点以降は,取引を拡大することはもちろんのこと,漫然とその後の取引を継続することは許されないというべきであり,建玉をそのまま放置することが委任の趣旨に反するとすれば,早急にこの建玉を処分して取引の手仕舞いを図るべきであったと考えられる。
このような観点から上記取引の内容をみてみると,平成12年4月21日から同年6月2日までの間に19回の取引が行われており,このうち新たな建玉が行われたのは3回だけで,いずれも30枚の取引であり(22,26,29の取引),その他は既存の建玉についての反対売買による決済取引であって,基本的には14までの取引によって買建玉が200枚,売建玉が200枚の両建となっていた建玉をその後約1か月半かけて決済していったものと認めることができる。
もともと同年4月17日の段階で両建となっていたことを考えると,この1か月半という期間はやや長いといわざるを得ないし,早期手仕舞いということからすれば,上記3回の建玉(うち,22と29の取引は両建)も無用のことであったといえるが,Cとしてはできるだけ損失を挽回したいとの考えから直ちに取引を終了させることはせず,相場を検討しながら徐々に手仕舞いに向けて取引を縮小していったものと認められ,そのような判断を誤りとまでいうことはできず,その過程ではEやFから合計で900万円もの証拠金の差入れを受ける等してCなりに努力した結果といわざるを得ない。結果としては,同年4月17日の段階で手仕舞いしたのに比して遙かに大きな損失が生じることになったが,その個々の取引について特に不合理な点も指摘できず,基本的には取引終了へ向けての動きであったと認められることからすれば,このCの行った15以降の取引が被告に対する不法行為になるとまで認めることはできない。
ウ 以上のとおり,平成12年4月7日以降の取引が無断取引であるとはいえず,被告の主張は採用できない。
(3) 取引内容の不当性について
ア 過当取引との主張について
まず,被告は本件取引が新規委託者保護規定に反するかのように主張するが,前記(1(1)ア(ア))認定のとおり,被告には先物取引の経験があり,その旨を原告に対しても表示しているのであって,新規委託者ではない。もっとも,被告の陳述書(乙9)には,被告が本件取引を開始するに当たり,原告の担当者に「先物の経験は古い話なので,実質的には全くの未経験者です。」と告げたとの記載があるが,他にこの事実を裏付ける証拠はなく,これに反する証人Bの証言に照らしても直ちに採用はできない。
そこで,本件取引の取引量についてみると,取引開始から3日目には100枚,1週間後には200枚となっており,これ自体は相当多量の取引であるといえる。また,取引回数も平成12年3月27日から同年6月2日までの土曜日,日曜日及び祝日を除く47日の間に39回の売買がなされており(当事者間に争いがない。なお,別紙取引経過一覧表は同一取引をまとめてある。),これまた高頻度で取引が行われたといえる。
しかしながら,このような取引量及び取引回数のみから直ちに本件取引を違法な過当取引ということはできないのであって,本件では,まず① 被告には過去のこととはいえ商品先物取引の経験があること,② 被告は年商20億程度の会社の現役の代表取締役であり,先物取引における危険性等についての理解力に問題があるとは考えられないこと,③ 被告は,年収も2000万円を超え,土地,建物,マンション,店舗といった不動産や1000万円以上の有価証券も所有している資産家であること,④ 本件取引は,被告において500万円から600万円程度ならば出せるという,いわば余裕資金を活用して開始された取引であること,⑤ 本件取引開始直後から取引量が拡大したのは,当初予定額を超えるとはいえ,東京ガソリンの上昇基調が続き,多額の利益が生じたために,更に強気の取引を継続したためであり,手数料稼ぎを目的に取引量を拡大したような事情は見受けられないこと等の事情があり,また,⑥ 平成12年4月21日以降の取引(15以降の取引)は,既に述べたように,被告がCとの接触を避けるようになったため基本的には既存の建玉を処分していったものであって,それが多数回に亘っているからといって通常の取引と同様に論じることはできない。
以上のような事情を総合的に考えるならば,本件取引が当初から事実上の一任勘定に近いものであったことを考慮しても,それが過当取引であり,違法なものであると認めることはできない。
イ 危険ないし無意味な取引との主張について
被告は,本件取引中には,① 利乗せ満玉(4ないし7の取引),② 買直し(8ないし10の取引),③ 難平(11及び12の取引)及び④ 両建(14,22,29の取引)といった危険性の高い取引や委託者にとって無意味な取引が行われれていると主張する。
しかし,確かに① 利乗せ満玉や③ 難平といった取引手法は危険性のあるものであるが,反対に成功すれば利益の大きい取引でもあり,各自の相場観にもよるものであるから,これらの取引を勧誘することが一概に違法であるとはいえない。4ないし7の取引(利乗せ満玉)は,1ないし3の取引後にも東京ガソリンの上昇基調が続いていたことから,それまでの利益を確定させ,これを証拠金に振り替えて大きな取引に出たものと認められる(甲11)が,その判断が不合理とはいえないし,危険が伴うとはいえ,本件の場合には前記アで述べた①ないし④といった事情もあり,被告も同意しているのであるから,このような事情の下での同取引の勧誘を違法とまでいうことはできない。11及び12の取引(難平)についても,下落傾向となった東京ガソリンについて再び上昇傾向に転じるとの相場観に基づくものと解されるが,この点についても上述したところと同様であり,被告の同意の下で行われたこの1回の取引の勧誘をもって違法とまでいうことはできない(この取引は結果的に利益を生じている。)。
また,② 買直し(8ないし10の取引)は,確かに取引上特段意味のない行為であり,無用に原告の手数料収入を増やすものであるということもできるが,本件取引においてこのような取引は1度限りであって,その当時,近いうちに900万円を引き出すことが前提とされていたから,そのような事情の下で,全玉を一度仕切って利益を確定させた上で900万円の余剰資金を残して新たな買建をしたことを著しく不合理ということはできず,この取引を勧めたことを違法と解することはできない。
さらに,④ 両建については,本件取引においては3度(14,22,29の取引)行われているが,必ずしもそれ自体を無意味な取引ということはできない。14の取引については,4月4日と6日に合計250枚の買建玉がありながら東京ガソリンが下落傾向に転じたために,7日に50枚を売決済する(13の取引)ととも200枚を売建し(14の取引),これにより損害を固定させ,相場の動向を見極めようとしたものと認められる(甲11)ところであり,これも1つの取引手法といわざるを得ないし,特段不合理ということもできない。したがって,14の取引を勧誘したことをもって違法ということもできない。22及び29の取引については既に述べたとおりである。
(4) 以上のとおり,本件取引については,無断取引であるとか,その勧誘が違法であるとはいえない。
2 結論
以上のとおり,原告従業員らに不法行為が成立しない以上,原告が使用者責任を負うことはないから,反訴請求は理由がなく,また,争点(2)はその主張の前提を欠くことになり,本訴請求は理由があると認められる。
よって,本訴請求は理由があるからこれを認容し,反訴請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 河村吉晃 裁判官 尾崎智子 裁判官 作田寛之)
<以下省略>