東京地方裁判所 平成12年(ワ)22457号 判決 2003年11月13日
原告
日本人材サービス株式会社
原告訴訟代理人弁護士
中村治嵩
同
石橋克郎
同
中島泰淮
被告
ハンドハンズ株式会社
被告
B
被告
A
被告ら訴訟代理人弁護士
若山保宣
同
西村浩一
主文
1 被告らは,原告に対し,各自6269万円及びこれに対する被告ハンドハンズ株式会社については平成12年11月3日から,被告Bについては同月8日から,被告Aについては同月6日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用はこれを5分し,その3を原告の負担とし,その余を被告らの連帯負担とする。
4 この判決のうち第1項は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1原告の請求
1 被告らは,本判決末尾添付の中間判決の別紙「日本人材サービス株式会社登録派遣スタッフ名簿」記載の者に対し,面会を求め,電話(FAX・Eメール等を含む。)をし,若しくは郵便物を送付するなどして派遣社員契約を締結し,又は締結を勧誘する行為をしてはならない。
2 被告らは,被告らを来訪し,又は被告ら宛てに電話(FAX・Eメール等を含む。)若しくは郵便物により連絡をしてくる本判決末尾添付の中間判決の別紙「日本人材サービス株式会社登録派遣名簿スタッフ名簿」記載の者に対し,派遣社員契約を締結し,又は締結を勧誘する行為をしてはならない。
3 被告らは,その保有する原告の登録派遣スタッフ管理名簿及びこれに基づいて被告らが作成した被告ハンドハンズ株式会社の登録派遣スタッフ管理名簿を廃棄せよ。
4 被告らは,原告に対し,連帯して1億6069万8595円及びこれに対する被告ハンドハンズ株式会社については平成12年11月3日から,被告Bについては同月8日から,被告Aについては同月6日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
原告及び被告ハンドハンズ株式会社(以下「被告会社」という。)は,いずれも,会社,法人,団体等への一般労働者(人材)派遣事業等を主たる営業目的として設立された株式会社である。原告は,原告の元従業員(取締役)であった被告B(以下「被告B」という。)及び被告A(以下「被告A」という。)が,被告Bの設立した被告会社に対し,原告の営業秘密である派遣労働者(以下「派遣スタッフ」という。)の雇用契約に関する情報及び派遣先の事業所に関する情報を不正の目的で使用あるいは被告会社に開示し(不正競争防止法2条1項7号所定の不正競争行為),被告会社が被告B及び被告A(以下この両名を「被告Bら両名」ということがある。)によるこの開示行為が営業秘密の不正開示行為であることを知ってこれらの情報を取得し,これを使用した(同項8号所定の不正競争行為)と主張して,被告らに対し,同法3条に基づきこれらの情報により知り得た派遣スタッフに対し勧誘行為を行うことの差止め及び派遣労働者名簿等の廃棄を求めるとともに,主位的に同法4条,5条1項,予備的に民法44条,415条,709条,719条,商法254条3項,254条ノ3,266条1項,266条ノ3に基づき損害賠償を求めている。
1 当事者間に争いのない事実
(1) 原告は,昭和60年6月15日,会社,法人,団体等への一般労働者(人材)派遣事業等を主たる営業目的として設立された株式会社である。
(2) 被告会社は,平成11年3月19日,上記の原告の目的と同じ目的で設立された株式会社であり,原告と労働者派遣事業の分野において競業関係にある。原告の取締役営業副本部長の地位にあった被告Bは,被告会社を設立し,設立と同時に代表取締役に就任した。また,原告の取締役営業部長であった被告Aは,被告会社営業部長に就任した。その後,平成12年8月28日,被告Bは被告会社の代表取締役を退任し,同日,被告Aが被告会社の代表取締役に就任した。
(3) 原告は,平成11年2月ないし5月当時,同社に氏名等の情報を登録していた本判決末尾添付の中間判決(以下「中間判決」という。)の別紙「日本人材サービス株式会社登録派遣スタッフ名簿」(以下「日本人材サービス株式会社登録派遣スタッフ名簿」という。)記載の各人について氏名,性別,年齢,住所,電話番号,最寄り駅,PC技能,取得資格,就業実績等の事項を内容とする管理名簿を作成して保有していた。また,原告は,そのころ,中間判決添付の別紙「日本人材サービス株式会社顧客(派遣先)名簿」(以下「日本人材サービス株式会社顧客(派遣先)名簿」という。)記載の各企業について,名称,所在地,電話番号,求人担当部署,求人担当者,求人内容(求めている派遣労働者の資格・能力,労務内容,人数,労働時間,就労条件など)等の事項を内容とするリストを作成して管理していた。
他方,被告会社は,平成11年5月から同13年6月までに派遣スタッフとして登録した中間判決添付の別紙「ハンドハンズ株式会社派遣労働者名簿」記載の各人について原告と同様の事項を内容とする管理名簿を作成して保有していた。また,上記期間内に被告会社が派遣スタッフを派遣した先の事業所は中間判決添付の別紙「被告顧客(派遣先)名簿」のとおりであり,これらの派遣先事業所について,被告会社は,原告と同様の事項を内容とするリストを管理していた。
(4) 被告会社に登録している派遣スタッフ及びその派遣先事業所のうち,原告会社のそれと重複するものは,被告B及び被告Aが原告在職中に知り得た情報を「手控え」と称する手帳に書き留めていたものを,被告会社が入手することにより知り得たものである。
2 争点
(1) 原告が平成11年2月ないし5月当時保有していた派遣スタッフに関する情報及び派遣先の事業所に関する情報が,不正競争防止法上の営業秘密に該当するか。殊に,原告会社において,当時,派遣スタッフに関する情報及び派遣先の事業所に関する情報が,営業秘密として管理されていたか(争点1)。
(2) 被告B及び被告Aが上記の情報を不正の目的で使用あるいは被告会社に開示し,被告会社が被告Bら両名によるこの開示が営業秘密の不正開示行為であることを知ってこれらの情報を取得し,これを使用したか(争点2)。
(3) 原告の損害(争点3)
第3争点に関する当事者の主張
1 争点1(原告が平成11年2月ないし5月当時保有していた派遣スタッフに関する情報及び派遣先の事業所に関する情報が,不正競争防止法上の営業秘密に該当するか。殊に,原告会社において,当時,派遣スタッフに関する情報及び派遣先の事業所に関する情報が,営業秘密として管理されていたか)及び争点2(被告B及び被告Aが上記の情報を不正の目的で使用あるいは被告会社に開示し,被告会社が被告Bら両名によるこの開示が営業秘密の不正開示行為であることを知ってこれらの情報を取得し,これを使用したか)についての当事者の主張は,中間判決の「事実及び理由」欄第3,1,2記載のとおりである。
2 争点3(原告会社の損害)について
(1) 原告の主張
ア 被告らの不正競争行為によって,被告会社は,別表A-2「被告ハンドハンズ株式会社の不正競争による売上高及び得た利益集計表」記載の合計金額1億5455万3530円の利益を受けたというべきである。これを詳述すれば以下のとおりである。
(ア) まず,原告の派遣先事業所に関する情報の不正取得との関係では,平成13年12月14日現在の被告の派遣先との契約82件は,すべて「日本人材サービス株式会社顧客(派遣先)名簿」記載の原告の派遣先事業所の情報と一致しており,上記82件の契約はすべて不正競争行為によって獲得したものであることが明らかであるところ,現在においてもこれらの契約は続いているものと考えられる。
(イ) 次に,原告の派遣スタッフに関する情報の不正取得との関係では,被告会社設立日(平成11年3月19日)以降被告会社が初めて募集広告を出した平成12年8月30日までの被告会社派遣スタッフは原告から不正競争行為によって引き抜いた原告に登録していた派遣スタッフである。その後独自の派遣スタッフ募集活動を開始してからでも平成13年12月14日時点で被告会社に雇用されている半数の派遣スタッフが原告から侵奪した登録派遣スタッフであり,さらに現在でも約20名の原告に登録していた派遣スタッフを雇用し続けている。
(ウ) 以上の事実からすれば,被告らによる原告の保有する営業秘密の不正取得及び使用により被告会社が現在でも継続して経済的利益を受けていることは明らかであるが,損害の性質上,その額を具体的に立証することは困難である。
そこで,民事訴訟法248条の趣旨に照らし,不正競争防止法5条1項によって原告の損害と推定される被告の利益としては,①平成12年8月(被告会社が自ら営業所を開設し募集活動を開始した時期)までの被告会社の売上は,原告から侵奪した派遣先事業所,派遣スタッフに関する情報によって得た売上であるから,被告会社の売上からその変動経費を控除したいわば限界利益というべきものが原告の損害と推定される被告会社の得た利益として認められるべきであり,②平成12年9月以降についても,基本的に上記の限界利益が原告の損害と推定される被告会社の得た利益と認められるべきであるが,この間の売上については被告会社の営業努力等の寄与も否定できないところであるので,不正競争行為の寄与率は3年間でゼロまで逓減するという前提に立つこととし,上記の方法によって算出された各月ごとの限界利益を平成15年8月までの3年間にわたり均等償却計算し,算出された額の合計額が原告の損害と推定される被告会社の得た利益と認められるべきものである。
以上により計算される被告会社の利益は別表A-2「被告ハンドハンズ株式会社の不正競争による売上高および得た利益集計表(平成15年8月再計算版)」記載のとおり,1億5455万3530円である。
イ したがって,上記の被告が受けた利益1億5455万3530円に弁護士費用614万5065円を加算した1億6069万8595円が不正競争防止法4条に基づき被告らが負担すべき原告の損害額である。
また,原告の取締役であった被告B及び被告Aの行為はそれぞれ,不法行為,取締役の忠実義務・善管注意義務違反,雇用契約上の付随義務違反に該当するところ,原告には少なくとも前記金額を下回らない損害が生じたというべきである。
以上より,原告の損害賠償請求についてまとめると,原告は,被告ら各自に対し,主位的に不正競争防止法2条1項7号,8号,14号,同法4条,5条1項に基づき1億6069万8595円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である被告会社については平成12年11月3日から,被告Bについては同月8日から,被告Aについては同月6日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,予備的に,被告会社に対しては民法709条,719条,被告B及び被告Aに対しては,民法415条,709条,719条,商法254条3項,254条ノ3,266条1項にそれぞれ基づき,被告ら各自に対し上記の金員及び遅延損害金の支払を求めているものである。
(2) 被告らの主張
原告の主張は否認ないし争う。
原告らの主張する損害は,以下のア,イに述べるとおり,被告らの不正競争行為との間に因果関係のないものであるし,仮に因果関係があるとしても後記ウにおいて述べるとおり,原告の主張する損害額は認められない。
ア 派遣スタッフの自由意思
派遣スタッフは,日常的に複数の派遣会社に重複登録しており,提示された派遣先・派遣条件を選択して,特定の派遣会社からその派遣先に派遣されることになる。そして,どの派遣会社から派遣されるかは,派遣スタッフの純然たる自由意思であり,自己の希望する派遣先・派遣条件を選択するのである。また,派遣スタッフは,派遣中であっても,他社への重複登録をわざわざ解消するものではなく他社から別途の派遣先・派遣条件が提示されることも少なくない。派遣スタッフは,派遣中の派遣先・派遣条件と新たな提示を比較して,よりよい派遣先・派遣条件であればそれを選択し,別の派遣会社から,その派遣先へ行くことになる。
そして,よりよい派遣先・派遣条件を提示することは,派遣会社の最も重要なサービスであり,そのなかには派遣会社の営業マンがどういった人物であるかという点も含まれる。原告には,社会保険にすぐに加入できない,派遣スタッフのフォローが足りない,人材サービスの評判が悪いといった問題があったことに加え,原告の中心的人物で派遣スタッフと接点を持っていた被告Bや被告Aが原告を辞めて被告会社に移ったこともあり,派遣スタッフが被告会社を派遣会社として選択することも十分あり得ることである。したがって,派遣スタッフの移籍は,同人らの自由意思に基づくものであり,派遣スタッフの移籍と被告らの行為との間には因果関係はない。
イ 派遣先の自由意思
派遣先企業は,良質なスタッフを良い条件で獲得するために,複数の派遣会社にオーダーを出している。派遣先企業からすれば,よりよい条件で良質のスタッフが供給されるのであれば,どの派遣会社かにこだわるものではない。そして,派遣会社の営業マンは,派遣先と派遣スタッフのトラブルを調整する役割を担っているから,派遣会社の営業マンが誰であるかということは,派遣契約を締結する際の重要なファクターとなる。その意味で,長年中心的役割を果たしてきた営業マン2人が立て続けに辞めた原告と比較して,従前懇意にしていた営業マンがいる被告会社を派遣会社として選択することは派遣先企業にとって合理的な選択であるところ,派遣先企業が被告会社と派遣契約を締結したとしてもそれは派遣先企業の自由意思に基づくものであり,被告らの行為との間に因果関係はない。
ウ 損害額の算定
(ア) 販売費及び一般管理費
原告は,不正競争防止法5条1項の侵害者の得た「利益の額」については,製造販売業の場合でいうと侵害者の商品の売上額からその仕入価格等販売のための変動経費のみを控除した額と解すべきであると主張し,本件においては,派遣料金総額から派遣スタッフに支払われる給与総額,派遣スタッフの年休手当総額,労働保険料の総額及び社会保険料の総額等の合計額のみを控除すべきとする。
しかし,当然のことながら,派遣スタッフの派遣等の役務の提供には販売費及び一般管理費(以下「販管費」という。)を要しているのであるから,これらの経費を無視して被告会社の利益を認定することはできない。したがって,同項の「利益の額」とは,売上高から売上原価だけでなく,販管費も控除した額と解すべきである。本件においては,別表B-1「ハンドハンズ株式会社販管費・販管費比率一覧表」記載のとおりの販管費が生じたので,それを同表の「売上高に対する販管費の比」記載のとおりの割合に従って,粗利益から控除すべきであり,具体的には,別表B-2「ハンドハンズ株式会社(被告会社)売上・利益集計表」記載のとおりの利益と認めるべきである。そうすると,結局のところ原告の損害と推定すべき被告会社の利益はなかったということになる。
(イ) 人的範囲
原告は,派遣先企業に派遣された派遣スタッフが原告と関わりを有する者かどうかに関係なく被告の利益を算定している。しかしながら,原告が損害算定の対象とする派遣先企業に派遣された派遣スタッフのうち「C」,「D」,「E」,「F」,「G」「H」及び「I」については,原告での稼働実績がないものであるし,「J」「K」「L」,「M」,「N」,「O」,「P」,「Q」及び「R」については,原告での稼働時と被告会社での稼働時で派遣先企業が異なっていたり,派遣期間の連続がないものであるから,これらの者が派遣された分を損害算定の基礎に含めるのは相当ではない。また,前述のとおり,仮に原告に登録していた派遣スタッフであっても被告会社に登録するかどうかは,派遣スタッフの自由意思であるから,被告会社の全派遣スタッフを対象とするのは不当である。
(ウ) 期間的範囲①終期
原告は,自社が派遣していたスタッフ,登録していたスタッフ,派遣先が重複しているスタッフについて,すべて原告の損害として列挙し,その上現在に至るまで損害が継続的に発生していると主張する。そもそも,派遣スタッフは永続的に働くことが予定されているものではなく,1回の契約期間で終了する者も多いところ,本件の派遣スタッフはすべて原告との契約更新時に派遣スタッフらの自由意思で移籍しているのであるから,原告の権利は何ら侵害されていないし,被告会社に移籍した派遣スタッフによって被告会社が利益を上げたとしてもその利益が原告会社の損害と推定されるものではない。
さらに,通常の雇用と区別するために(通常雇用者を派遣スタッフによる代替から保護するため),労働者派遣法(労働者派遣の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律)ないし同法施行令は,派遣期間の制限を設けており,これを更新によって超えることはできない。よって仮に,契約更新時の移籍も被告らの行為と因果関係があるとする場合であっても,原告の損害と推定される被告会社の利益は契約期間1回分(被告会社での最初の契約更新時)ないし移籍後契約終了時までの分と解すべきである。
(エ) 期間的範囲②始期
原告は,契約開始時期が平成13年12月14日である派遣スタッフに関しても損害算定の対象としている。しかしながら,原告が損害算定の対象として主張する派遣スタッフの契約開始時期の最も早いものが平成11年5月1日であるから,原告が損害額算定の対象として主張している派遣スタッフの契約開始時期には2年6か月以上の開きがある。契約開始時期の遅い派遣スタッフは,それまでの間原告との間で複数回更新を繰り返しているものと思われるが,そのような派遣スタッフが被告会社に転籍したとしても,それは専ら派遣スタッフの自由意思で被告会社を選択し,登録したものであるから,原告の権利は何ら侵害されていないし,被告会社に移籍した派遣スタッフによって被告会社が利益を上げたとしてもその利益が原告会社の損害と推定されるものではない。
よって,仮に更新時に原告から被告会社へ転籍したスタッフをも損害額算定の対象に含めるとしても,被告会社設立後被告会社に転籍するまでの間原告において更新したスタッフをも損害の対象に含めることは妥当ではない。
(オ) 期間的範囲③派遣期間
仮に,派遣スタッフが派遣先企業に一定期間従事するという社会的事実が存在するとしても,それは派遣会社の営業努力によるものである。原告が,損害額算定の対象としているスタッフのうち,既に原告から派遣先企業に派遣されていた者もいるから,派遣先企業に一定期間従事することを前提にするとしても,原告での派遣期間を差し引くべきである。
(3) 被告らの主張に対する原告の反論
ア 派遣スタッフの自由意思について
被告らの主張は,実質的には,中間判決で認定された被告らの行為の違法性の点について更に蒸し返しているに過ぎないのであり,反論になっていないというべきである。被告らは,派遣スタッフの時給を被告らが知らなくとも被告らは相場より高い時給を提示することもできたし,被告会社としては時給を知りたければ派遣先企業や派遣スタッフから知ることもできたのであるから,被告会社が派遣スタッフの時給等の情報を入手し,使用したことと派遣スタッフの移籍との間に因果関係はないとも主張するが,派遣スタッフの時給は競合会社の情報のないまま相場だけで決められるものではないし,派遣先企業等が派遣スタッフに関する情報を他の派遣会社に開示するはずもないのであって,被告らの主張は実態を無視した主張である。
イ 派遣先の自由意思について
被告らは,被告らの営業によって,派遣先企業が被告会社と派遣契約を締結したとしてもそれは派遣先の自由意思なのであるとし,被告らの行為と原告の損害との間に因果関係がないと主張するが不当である。派遣先となる企業が派遣会社から労働者の提供を受けているか,どこの派遣会社を使っているのか等の情報を入手するだけでも競合派遣会社は派遣先企業にアプローチして顧客の開拓が可能になるのであるから,派遣先の意思を云々するまでもなく,被告らの不正競争行為と原告の損害との間の因果関係は明白である。
ウ 損害額の算定について
(ア) 販管費について
被告らが主張する販管費には,役員報酬,給与手当,賞与,福利厚生費,地代家賃,広告宣伝費,接待交際費,業務委託費等様々な雑多な費用が含まれており,被告会社が不正競争行為に基づき原告の派遣契約を奪わなくても支出すべき費用が多く含まれており,失当である。逸失利益の算定に当たって,派遣契約数に関わりなく生じる費用も利益額から控除してしまうと,原告が被告の違法行為がなければ得られたはずの利益額よりも控除分だけ過小な額を算定してしまうことになる。特に,本件においては,新規参入者の被告には,営業所の設置等,派遣業としての環境整備のための諸々の費用が生じるのであるが,こういった費用についてまで控除の対象とすることは,原告には全く必要ではない費用項目も控除するということであり,不当であるといわざるをえない。
被告が主張する別表B-1「ハンドハンズ株式会社販管費・販管費比率一覧表」記載の経費のうち,原告において変動費用として控除を認めるのは,以下のとおりであり(以下①から⑤掲記の費用を総称して「販管費中変動費」ということがある。),これらの合計額の販管費中に占める割合は1.9パーセントであるところ,すでに原告の請求においてこの費用分は控除している。
① 「2 給与手当」の費目のうち,「事務人件費」として1契約当たり月額1250円,「渉外人件費」として1契約当たり月額3800円の範囲で被告会社の変動費用の控除を認める。
② 「7 消耗品費」の費目のうち,「請求書用紙代」として1契約当たり月額5円,「タイムカード代」として1契約当たり月額5円,トナー代他として1契約当たり月額10円の範囲で被告会社の変動費用の控除を認める。
③ 「17 旅費交通費」の費目のうち,「渉外交通費」として1契約当たり月額600円の範囲で被告会社の変動費用の控除を認める。
④ 「18 通信費」の費目のうち,「電話FAX代」として1契約当たり月額250円の範囲で被告会社の変動費用の控除を認める。
⑤ 「19 支払手数料」の費目のうち,「給与振込手数料」として1契約当たり月額800円,「代金回収手数料」として1契約当たり月額600円の範囲で被告会社の変動費用の控除を認める。
(イ) 派遣労働者の受入れ期間の規制について
被告らは,原告の損害額の算定が,労働者派遣法ないし同法施行令に違反する派遣労働者の受入れ期間の扱いを前提とするものであって不当であるとの主張をするが失当である。本件で問題となっている派遣契約には法令による派遣契約の継続の制限はない。ただし,派遣契約の契約書面上の期間の上限が1年と定められ,自動更新が認められないため,いったん1年内の派遣契約期間を定め,それ以降は合意に基づいて契約更新をしなければならないだけである。また,法令以外で派遣期間について触れたものに「3年を超えて引き続き同一の業務に継続して派遣労働者を従事させる場合は,正社員雇用の機会が狭められるため,直接雇用することが望ましい」とした昭和64年1月の労働大臣通達が存するが,昨今の不況の下では,むしろ「3年を超えることを理由に派遣労働者の雇用機会を奪うことのないように」との指導が職業安定所からなされているのであり,この通達も原告と派遣スタッフとの契約期間を制限すべき理由にはなり得ない。
第4当裁判所の判断
1 争点1(原告が平成11年2月ないし5月当時保有していた派遣スタッフに関する情報及び派遣先の事業所に関する情報が,不正競争防止法上の営業秘密に該当するか。殊に,原告会社において,当時,派遣スタッフに関する情報及び派遣先の事業所に関する情報が,営業秘密として管理されていたか)及び争点2(被告B及び被告Aが上記の情報を不正の目的で使用あるいは被告会社に開示し,被告会社が被告Bら両名によるこの開示が営業秘密の不正開示行為であることを知ってこれらの情報を取得し,これを使用したか)について
争点1,2に関し証拠により認定される事実関係は,中間判決の「事実及び理由」欄第4,1記載のとおりである。
争点1についての当裁判所の判断は,中間判決の「事実及び理由」欄第4,2記載のとおりである。すなわち,平成11年2月ないし5月当時,原告会社において,派遣スタッフ及び派遣先事業所に関する情報は,秘密として管理されていたものと認められるものであり,原告会社が平成11年2月ないし5月当時保有していた「日本人材サービス株式会社登録派遣スタッフ名簿」記載の各人の氏名,性別,年齢,住所,電話番号,最寄り駅,PC技能,取得資格,就業実績等に関する情報及び「日本人材サービス株式会社顧客(派遣先)名簿」記載の各企業の名称,所在地,電話番号,求人担当部署,求人担当者,求人内容(求めている派遣労働者の資格・能力,労務内容,人数,労働時間,就労条件など)等に関する情報は,いずれも不正競争防止法2条4項所定の営業秘密に該当するものというべきである。
争点2についての当裁判所の判断は,中間判決の「事実及び理由」欄第4,3記載のとおりである。すなわち,被告B及び被告Aの行為は,いずれも,不正競争防止法2条1項7号所定の不正競争行為に該当するものであり,被告会社の行為は,営業秘密について被告B及び被告Aによる不正開示行為があったことを知って営業秘密を取得し,これを使用して原告会社の登録派遣スタッフに対して勧誘等を行っているものであるから,同法2条1項8号所定の不正競争行為に該当する。被告らの行為が民法上の一般不法行為等に該当する旨の原告の主張は,上記の不正競争防止法上の主張との関係では予備的併合の関係にあるから,これについては判断しない(なお,訴状には被告らに不正競争防止法2条1項14号の行為があることを主張するかのような記載もあるが,原告は「虚偽の事実」に該当すべき具体的内容を全く主張していない。したがって,仮に原告が訴状において同号所定の不正競争行為をも主張しているとしても,理由がない。)。
2 争点3(原告の損害)について
(1) 前記争いのない事実(第2,1),前記1掲記の事実(中間判決の「事実及び理由」欄第4,1記載の事実),争点1,2に関する判断で認定説示した事実(中間判決の「事実及び理由」欄第4,2,3記載の事実)に証拠(甲2,4,14,54,65,66,乙3の1ないし43,乙4の1ないし4,乙5の2ないし355,乙16ないし20)及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の各事実が認められる。
ア 被告会社は,原告の取締役であった被告Bらによって設立され,平成11年3月19日に設立登記を了し,被告Bが代表取締役に就任した。また,被告Aは,同年6月ころ,被告会社に入社し,営業部長に就任した。その後,平成12年8月28日付で被告Bが退任し,後任の代表取締役には被告Aが就任した。
イ 被告B及び被告Aは,原告に在職中,他の営業課員と同様に,派遣スタッフや派遣先企業に関する詳しい情報を,手控えとして自分の手帳にメモしておき,これを日常の業務において利用していたが,この手控えによって被告B及び被告Aは派遣スタッフ及び派遣先企業に関する情報を入手した。
ウ 被告B及び被告Aは,原告を辞めて被告に移る前後の時期に,上記の手控えをもとに原告に登録している派遣スタッフに対し,被告会社への移籍を働き掛ける内容の手紙を送付するなどの勧誘をした。また,同じく上記手控えをもとに原告の派遣先企業に対しても,派遣元を被告会社に変更するように働きかけを行うなどの勧誘をした。その結果,被告会社に移籍した派遣スタッフや派遣元を被告会社に変更した派遣先企業もあった。
エ 労働者派遣業を行うためには,労働者派遣の受注を得ること,派遣先企業からの要請に見合った人材を派遣できるように人材を確保しておくことが必要であり,派遣先企業や派遣スタッフの登録獲得のために事業者は広告宣伝や営業活動を行う。しかしながら,被告会社は会社設立後,平成12年8月に初めて雑誌に求人広告を出すまでの間は,ビルの1室で看板等も出さずに営業を行っており,雑誌等に求人広告や営業広告を載せるなどの広告宣伝を行うこともなく,専ら上記手控えに基づいて入手した情報に基づいて派遣スタッフや派遣先企業の獲得を行っていた。
オ 派遣会社は派遣スタッフとして稼働する希望を有する者を登録させ,その中から派遣先企業に派遣するスタッフを選定することになる。もっとも労働者派遣の市場は流動性があるので,派遣スタッフは常に決まった派遣会社に登録しているわけではなく,複数の派遣会社に登録していることも少なくない。そして,派遣会社が,実際に派遣先企業に派遣スタッフを派遣する場合には,派遣先企業との間で個別労働者ごとの有期派遣契約を締結するとともに派遣スタッフとの間で有期の雇用契約を締結することになるが,これらの契約は,1か月から数か月程度の期間を定めた契約であることが多く,労働者派遣法上の規制があるため一定の職種を除き1年を超える契約期間が定められることはない。契約期間満了時に当事者間に異議がなければ契約が更新されることも多いが,派遣先企業において,派遣スタッフの能力や派遣会社の人材管理に不満がある場合や他の派遣会社からよりよい条件を提示された場合などには,契約を更新せず,他の派遣会社に変更することもしばしば行われている。
カ 平成11年5月から平成13年12月までの間,被告会社は,別表A-1「乙5号証集計表(短期抹消改訂版)」(以下「本件派遣契約集計表」という。)の「派遣先」欄記載の派遣先企業に,「スタッフ名」欄記載の派遣スタッフを,それぞれ「開始日」及び「終了日」欄各記載の期間にわたり派遣し,派遣料金として各月欄記載のとおりの金額の支払いを派遣先企業から受けた。もっとも,本件派遣契約集計表記載の派遣先企業26社のうち,「帝人デュポンフィルム株式会社」と「インターネットセキュリティシステムズ株式会社」の2社については,原告との間で派遣契約を締結していなかった。また,同表記載の派遣スタッフのうち,「C」,「F」,「D」,「G」,「E」,「H」及び「I」については,原告における稼働実績がなかった。
キ 本件派遣契約集計表記載の派遣契約により,被告会社は,別紙被告利益集計表記載のとおりの月別の売上を得たが,同時に概ね同表記載の割合に従って,スタッフ給与(売上高の72.88%),法定福利費(同じく5.15%),通勤手当(同じく3.69%)の支出をした。
(2)ア 被告会社の派遣先のうち,原告と契約関係を有していた企業と同一の派遣先については,本件において,被告会社の派遣先企業は派遣されるスタッフに特段の能力等を要求していたものではなく,一般的な労働者派遣の契約であったと認められることに照らせば,被告会社から派遣された派遣スタッフが実際に原告で稼働実績のある派遣スタッフであったかにかかわらず,そのような派遣先との契約から得られる利益については,不正競争防止法5条1項により原告の損害と推定されるべき被告会社の利益の対象となるものと解するのが相当である(ただし,対象となる期間については,後記のとおり限定される。)。
これに対して,被告会社の派遣先のうち原告と契約関係がもともとなかった派遣先は,「帝人デュポンフィルム株式会社」と「インターネットセキュリティシステムズ株式会社」の2社であるが,これらについては,前判示のとおり労働者派遣業界においては派遣スタッフが複数の派遣会社に登録することが少なくないものであり,派遣会社との関係で派遣スタッフの流動性が高いこと,また,本件において,被告会社の派遣先企業は派遣されるスタッフに特段の能力等を要求していたものではなく,一般的な労働者派遣の契約であったと認められること,原告との契約関係がなかった派遣先は上記2社のみであるから,被告会社としては,これら2社に対して不正競争行為と関係なく新たに登録を受けた新規の派遣スタッフを派遣することも可能であったこと等の事情が認められる。これらの事情に照らせば,これら2社との契約から得られる利益は,仮に被告会社から派遣されている派遣スタッフが原告の登録スタッフと一致しているとしても,不正競争行為との関連性を欠くものであって,不正競争防止法5条1項による推定を覆すに足りる事情が存するものというべきである。したがって,これら2社との契約から得られる利益は,原告の損害と推定されるべき被告会社の利益から除外するのが相当である。
上記によれば,原告の損害と推定されるべき被告の利益の対象となる派遣契約は,被告会社の派遣契約のうちで「日本人材サービス株式会社顧客(派遣先)名簿」記載の派遣先と同一の派遣先と締結したものに限られる。
イ 次に,被告会社の利益を算定するに当たり控除すべき費用の範囲について検討する。
労働者派遣業者は,一定数の派遣スタッフを有し,派遣先企業との間で派遣契約を締結して登録派遣スタッフを派遣し,派遣先企業から対価(派遣料収入)を得るものである。派遣料収入に関しては,派遣スタッフ自身に関して直接生ずる経費として,スタッフ給与,法定福利費,通勤手当等を要するものであるが,派遣業者の業務は,派遣先企業の開拓,派遣先との間での交渉,契約締結や,派遣スタッフの獲得,技能研修等の管理業務であり,人件費のほか事務管理費用等を要するものであるから,これらの費用についても,相当な金額の範囲で費用として控除するのが相当である。本件においては,別表B-1「ハンドハンズ株式会社販管費・販管費比率一覧表」記載のとおりの費用が被告会社に生じたと認められるところ(弁論の全趣旨),被告らは,派遣料収入から控除すべき費用として,派遣スタッフに関して直接生ずる費用であるスタッフ給与,法定福利費,通勤手当のほか,別表B-1「ハンドハンズ株式会社販管費・販管費比率一覧表」記載のとおりの販管費を挙げる。しかし,被告らの挙げる販管費のうち「1 役員報酬」,「3 賞与」,「23 接待交際費」等は,原告の損害と推定される被告の利益を算定する際に控除すべき経費に本来当たらないものであり,他の費目についても相当な額の範囲においてのみ経費として認められるものというべきところ,本件における被告会社の派遣業務の内容,被告会社の規模,派遣スタッフの人数,派遣スタッフの従事する職種等の諸般の事情を考慮すれば,本件において派遣料収入から控除すべき販管費は,売上の7%の範囲の額と認めるのが相当である。
したがって,本件においては,原告の損害と推定される被告の利益を算定する際には,派遣料収入から,派遣スタッフに関して直接生ずる費用であるスタッフ給与(売上高の72.88%),法定福利費(同じく5.15%),通勤手当(同じく3.69%)のほか,販管費(同じく7%)を控除すべきものである。
ウ そして,原告の損害と推定される被告の利益を算定するに当たって対象とすべき被告の営業期間について検討するに,前判示のとおり労働者派遣の分野においては,法令上の規制もあり,派遣契約の期間は1か月ないし数か月程度の期間が定められることが多く,加えて,派遣先企業において,派遣スタッフの能力や派遣会社の人材管理に不満がある場合や他の派遣会社からよりよい条件を提示された場合などには,契約期間満了後に契約を更新せず,他の派遣会社に変更することもしばしば行われており,競業者間で互いに優良な派遣先を奪い合う状況にあることも相まって,派遣会社は,派遣先企業との関係において,契約上の地位を長期にわたって安定して保障されるような立場にあるとはいえず,その立場は派遣先企業の意思に左右される脆弱なものである。このような事情を考慮すれば,原告の損害と推定される被告の利益を算定するに当たって対象とすべき被告の営業期間については,一定の期間に限定されるべきものと解するのが相当である。
本件においては,前記認定のとおり,被告会社が平成12年8月に自ら積極的に広告宣伝やスタッフ募集などの営業活動を始めるまでの間は,専ら被告B及び被告Aの手控えに基づいて原告から入手した情報に基づいて派遣スタッフや派遣先企業の獲得を行っていたものであることに照らせば,同月までの期間についてはこの期間の利益全額(ただし,控除すべき費用については前記のとおり)を上記の被告の利益とすることが相当であるが,同年9月以降の期間については,上記のような事情に照らし,最初の6か月(同年9月から平成13年2月まで)については50%(前同)の限度で,更にその後の6か月(同年3月から8月まで)については30%(前同)の限度で算定の対象とするのが相当と認められる。
エ 被告らの主張について
被告らは,被告会社との間で派遣先企業が派遣契約を締結したのは派遣先企業の自由意思に基づくものであるし,派遣スタッフが原告から被告に転籍したのも派遣スタッフの自由意思に基づくものであるから,被告らの不正競争行為と原告の損害との間には相当因果関係がないと主張する。しかしながら,上記において認定したとおり,本件においては,被告Bおよび被告Aが原告から不正に取得した情報を基に,被告会社が原告に登録している派遣スタッフや原告の派遣先企業に対して働きかけを行い,その結果,被告会社に移籍した派遣スタッフや派遣元を被告会社に変更した派遣先企業が出てきたのであり,前判示のように派遣会社と派遣先企業との関係は安定的なものとはいい難く,また,派遣スタッフも必ずしも特定の派遣会社と強固な結びつきを有するものではないにしても,少なくとも,前記のような一定の範囲の限度においては,被告らの不正競争行為と原告の損害との因果関係は明らかというべきである。この点に関する被告らの主張を採用することはできない。
オ 小括
以上を総合すると,本件において不正競争防止法5条1項により原告の損害と推定される被告会社の利益は,別表A-1本件派遣契約集計表記載の契約のうち「帝人デュポンフィルム株式会社」及び「インターネットセキュリティシステムズ株式会社」を派遣先とする分を除いた契約を対象として,被告会社が受け取った派遣料収入からスタッフ給与(売上高の72.88%),法定福利費(同じく5.15%),通勤手当(同じく3.69%)のほか,販管費(同じく7%)を控除した額につき,平成12年8月まで(100%),同年9月から平成13年2月まで(50%)及び同年3月から8月まで(30%)の期間について算定するのが相当であるところ,このようにして算定した額は,5669万円(不正競争防止法5条1項による推定に基づく損害額という性質上,1万円未満は切り捨てる。)となる(別表C-1「契約集計表」及び別表C-2「被告会社の利益集計表」参照)。
本件訴訟を提起するに当たり,原告がその訴訟追行を弁護士に委任したことは当裁判所に顕著な事実であるところ,本件の事案の難易,請求額,認容された額その他諸般の事情を勘案すると,被告らの不正競争行為と相当因果関係に立つ弁護士費用の額としては600万円をもって相当と認める。
3 差止め請求等について
原告は,被告らに対し「日本人材サービス株式会社登録派遣スタッフ名簿」記載の者に対する面会,勧誘行為等の差止め及び保有する原告の登録派遣スタッフ管理名簿等の廃棄を求めている。
しかしながら,前判示のとおり労働者派遣の分野においては,派遣契約の期間は1か月ないし数か月程度の期間が定められることが多く,加えて,派遣先企業において,契約期間満了後に契約を更新せず,他の派遣会社に変更することもしばしば行われるなど,派遣会社と派遣先企業との関係は安定的なものとはいい難く,また,派遣スタッフにしても,複数の派遣会社に重複して登録する例が少なくないなど,必ずしも特定の派遣会社と強固な結びつきを有するものではないのであって,労働者派遣業界におけるこのような事情に照らせば,平成11年2月ないし5月の時点における原告の派遣スタッフや派遣先企業に関する情報は,現時点においては,既に営業上の有用性を大幅に喪失しているものというべきであり,これらの情報は,原告の現在における派遣スタッフや派遣先企業の内容とは相当程度異なり,被告会社の現在における派遣スタッフや派遣先企業の内容とも相当程度異なるものと容易に推認される。
上記によれば,現時点においては,被告らに対し「日本人材サービス株式会社登録派遣スタッフ名簿」記載の者に対する面会,勧誘行為等の差止め及び保有する原告の登録派遣スタッフ管理名簿等の廃棄を求める原告の請求については,差止めの利益を認めることが困難というほかはない。したがって,原告の上記各請求は,理由がない(なお,原告は「被告らを来訪し,又は被告ら宛てに連絡をしてくる者に対して被告らが契約締結行為等を行うことの差止め」を求めているが(第1「原告の請求」2),自ら積極的に被告らとの取引を求めて自発的に来訪等してくる第三者に対して,被告らが対応することの差止めを求める請求は,そもそもそれ自体過大な請求として差止めの必要性を欠くものであり,理由がないというべきである。)。
4 結論
以上によれば,原告の本訴請求については,被告らに対して6269万円及び訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな被告会社については平成12年11月3日から,被告Bについては同月8日から,被告Aについては同月6日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余は理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 三村量一 裁判官 大須賀寛之 裁判官 松岡千帆)