東京地方裁判所 平成12年(ワ)27913号 判決 2002年5月28日
原告
脇坂将之
被告
佐藤淳一
主文
一 被告は、原告に対し、三六〇万〇五四二円及びこれに対する平成一二年三月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを四分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、一四八一万三九七四円及びこれに対する平成一二年三月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告が、個人タクシーである被告車両を運転して第二車線を走行していた際、道路左側の歩道上にタクシーを拾おうとしている乗客を発見し、第一車線に進路変更をするとともに制動措置をとったところ、同車線を後方から走行してきた原告運転の自動二輪車がこれに追突し、転倒して受傷した原告が、自賠法三条、民法七〇九条に基づき、被告に対して損害賠償を請求した事案である。本件の主な争点は、事故態様(原告と被告の過失割合)と原告の損害額(特に休業損害の額)である。
一 前提となる事実(証拠を掲げた事実以外は、争いがない。)
1 本件事故の発生(甲一)
(一) 日時 平成一二年三月三〇日午前〇時二〇分ころ
(二) 場所 東京都台東区台東三丁目一六番四号先路上
(三) 被告車両 被告が運転する普通乗用自動車(個人タクシー)
(四) 原告車両 原告が運転する自動二輪車
(五) 態様 進路変更をした被告車両に、後方から走行してきた原告車両が追突した。
2 被告車両の保有者
被告は、被告車両を保有している。
3 原告の受傷内容
原告は、本件事故により、頸椎捻挫、左足関節捻挫等の傷害を負った。
4 原告の入通院の経過
(一) 東京大学医学部附属病院に、平成一二年三月三〇日、通院した(通院実日数一日、甲九、乙四)。
(二) 新さっぽろ脳神経外科病院に、平成一二年四月一日から同月一二日まで一二日間入院した(甲三の一)。
(三) すみ整形外科医院に、平成一二年四月一二日から同月二九日まで一八日間入院し(ただし、(二)との重複が一日ある。)、同月三〇日から同年六月七日まで通院した(通院実日数二六日、甲四の一)。
(四) 若山整形外科に、平成一二年六月二〇日から同年八月四日まで通院した(通院実日数一六日、甲五の一)。
二 争点
1 本件の事故態様(原告と被告の過失割合)
(一) 被告の主張
ア 被告は、片側三車線の道路のうち第二車線を時速約四〇kmで走行していた際、本件衝突地点の八〇mくらい手前で、左側歩道上に人影を発見した。被告は、乗客の可能性があるものと考え、左後方の安全を確認したが、第一車線上を走行する車両が見当たらなかったので、進路変更の合図を出しながら、徐々に第一車線へと進路を変更をした。その後、被告は、エンジンブレーキをかけた状態のまま時速四〇km以下のスピードで進行したところ、先ほどの男性が手を挙げたので、ブレーキをかけ(これは、道路交通法二四条により禁じられている「急ブレーキ」には該当するものではない。)、車道上を歩道に沿って歩いていた男性の横を通過する状態で進み、その先で停止しようとした際、被告車両の後部バンパー中央部分に原告車両が追突した。なお、衝突角度、原告の転倒した地点からして、被告車両が原告車両の直前で急激に車線変更を行い、原告車両を追突させたという可能性は、非常に少ない。
イ 本件事故は、原告が前方を注視せず、制限速度を超えるスピードで進行したため被告車両に追突したものであって、原告車両が制限速度を遵守し、安全な車間距離を保っていれば発生しなかった。本件事故は、原告の一方的過失により惹起されたものである。
ウ したがって、被告には過失がないから、自賠法三条ただし書により免責されるべきである。仮に被告に何らかの過失があるとしても、本件事故の責任の大半は原告の過失にあるから、大幅な過失相殺がされるべきである。
(二) 原告の認否及び反論
ア 被告の免責及び過失割合に関する主張は、否認する。
イ 被告としては、進路変更に先立って、第一車線を進行している車両の有無・動静等に十分注意し、第一車線を後方から走行してくる車両等の速度又は方向を急に変更させるおそれがある場合には、進路変更をしてはならない(道路交通法二六条の二第二項)。しかるに、被告は、当時第一車線を後方から走行していた原告車両の存在・動静等に対する注意を怠った上、進路変更の合図を出さないまま、第一車線へ急激に進路変更をして原告車両の直前に進入し、しかも、乗客となるかのように思われた人物の乗車意思をその手前六・一五mで確認して、強引かつ無理な急ブレーキをかけた。原告は、被告車両との衝突を回避しようとして急制動を試みたが、原告車両の前部が被告車両と後部に追突した。
被告の主張は、被告自身の立会いの下に作成された実況見分調書(甲二)の現場見取図における記載と矛盾している。
ウ 本件事故は、被告が、乗客を確保するために、周囲の安全確認を怠って、急激かつ無謀な進路変更・制動措置に及んだ結果、発生したものである。
2 原告の損害額
(一) 原告の主張
ア 治療費及び文書料 一九万三一四〇円
(a) 東京大学医学部附属病院 一万四九〇〇円
(b) 新さっぽろ脳神経外科病院 八万六八五〇円
(c) すみ整形外科医院 七万〇〇八〇円(治療費)
七〇〇〇円(文書料)
(d) 若山整形外科 一万四三一〇円
イ 入院雑費 三万九〇〇〇円
一三〇〇円×三〇日=三万九〇〇〇円
ウ 休業損害 一〇〇九万六五一六円
原告は、本件事故の直前である平成一二年三月半ばころ、ビル清掃業等を営む株式会社シー・エイ・シー・インターナショナルへの就職が正式に決定し、本件事故前日の同月二九日から実際に勤務を開始した。同社における給与収入としては、時給一二五〇円として一日八時間、一か月二〇日間勤務するとの契約に基づき、月額二〇万円の給与を取得することが確実であったほか、月額二万円の運転手当も支給されることになっていたから、これらの合計額である月額二二万円、年収二六四万円の収入が見込まれた。
しかし、原告は、同月三〇日に本件事故に遭遇し、長期間の加療を要する傷害を負ったため、同社からの強い要請によって退職せざるを得なくなった。原告は、本件事故による傷害の治療が一段落したころから、再び就職活動を開始したが、昨今の不況による影響が非常に大きく、同社と同等の収入が得られる職業に就くことができないでいる。原告は、本件事故に遭遇する前は、同社において少なくとも一〇年間程度の長期間真面目に勤務し、収入を得る決意を固めていたから、本件事故による傷害が原因で解雇された原告の喪失した得べかりし利益は、前記見込み年収二六四万円の一〇年分に相当する二六四〇万円である。
そして、株式会社エフにおいてアルバイトを開始する平成一三年七月末までの一六か月間に、株式会社シー・エイ・シー・インターナショナルから得べかりし給与収入は三五二万円となるところ、原告は、この間アルバイトにより二六万八四〇〇円の収入を得ているから、これを控除した残額は三二五万一六〇〇円である。
また、原告は、平成一三年八月から株式会社エフにおいてアルバイトをしており、月額一三万一七四五円程度の収入を得ている。株式会社シー・エイ・シー・インターナショナルからの得べかりし給与収入と株式会社エフからのアルバイト収入との差額は、月額八万八二五五円であり、これを基礎に将来八年分の消極損害を現在価値に換算すると、次の計算式のとおり、六八四万四九一六円となる。
八万八二五五円×一二か月×六・四六三二(八年間のライプニッッ係数)=六八四万四九一六円
したがって、原告の休業損害等の消極損害は、(a) 株式会社エフにおけるアルバイト開始前の期間に対応する三二五万一六〇〇円と、(b) 同社におけるアルバイト開始以後の期間に対応する六八四万四九一六円との合計の一〇〇九万六五一六円となる。
エ 慰謝料 二〇〇万〇〇〇〇円
原告は、本件事故により、三一日間(平成一二年三月三〇日から同年四月二九日まで)の入院治療及び通院実日数五五日に及ぶ通院治療を余儀なくされた。
ところで、本件事故は、前記のとおり、被告の一方的過失によって発生したといっても過言ではない。それにもかかわらず、被告及びその自動車共済契約の締結先である東京都個人タクシー交通共済協同組合(以下「タクシー共済」という。)は、現在に至るまで、治療費、休業損害を含む原告の損害を全く賠償していない。その結果、原告は、収入の途を断たれたため、長年の夢であった演劇活動を継続することを断念し、北海道江別市内の実家に戻り、地元で新たな就職活動をせざるを得なくなった。被告は、当初は、本件事故発生について自己の非を認めていたが、不起訴処分が決定すると、これまでの態度を一変させ、法律上の責任がないと強弁し始めたのである。
被告には慰謝料の増額事由があるというべきであり、慰謝料の金額は二〇〇万円が相当である。
オ 着衣の損害 三万〇〇〇〇円
本件事故によって、原告が身に付けていた着衣が破損し、着用不能となったが、この着衣の価額は三万円であった。
カ 原告車両の損害 二五万五三一八円
キ 弁護士費用 二二〇万〇〇〇〇円
ク 合計 一四八一万三九七四円
(二) 被告の認否及び反論
ア 原告の損害の主張は、すべて不知。
イ 治療費について
若山整形外科における傷病名としては、頸椎捻挫のほかに、左肩板損傷、左肩関節拘縮があると記載されているが、それまでの治療経過の中で発見されておらず、本件事故と相当因果関係があるとは考えられない。また、東京大学医学部附属病院における診断書では、原告の傷病について全治二週間と診断されており、治癒が当初の診断より大幅に遅れた事情は何ら示されていないから、本件事故と相当因果関係のある通院期間については、慎重な検討が必要である。
ウ 休業損害について
本件において、原告は、休業損害として将来の損害を含めた約一〇年分の請求をしており、その一〇年という期間の根拠は、「一〇年程度勤務するつもりであった」との原告の意思に求めているものと推測される。しかし、休業損害の休業期間が原告の意思によって決定されるというのでは、余りにも恣意的である。
休業損害が認められるのは症状固定日までであり、症状固定日以後の消極損害は、「逸失利益」としてその後遺障害の程度に応じて算出されるとするのが、実務の確定した扱いである。本件で原告に後遺障害が存在しない以上、原告が消極損害として請求できるのは症状固定日までの休業損害のみであり、原告の症状固定日が遅くとも平成一二年八月四日と考えられる以上、休業損害として請求できるのは、せいぜい四か月分程度というべきである。
第三争点に対する判断
一 本件の事故態様(原告と被告の過失割合)について
1 甲一、二、一五、乙三、原告本人尋問の結果、被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件事故の発生に至る経緯等として、次の事実を認めることができる。
(一) 本件事故現場は、東京都台東区台東三丁目一六番四号先路上の通称「昭和通り」と呼ばれる幹線道路である。中央部分には、都道高速一号上野線が南北に通っている。上野駅方面から秋葉原方面に向かう東側道路は、三車線で、道路の幅員は約一〇・六mであった。路面は、アスファルト舗装されていた。
(二) 本件事故が発生したのは、平成一二年三月三〇日午前〇時二〇分ころであるが、付近の照明の関係で、夜間であっても、本件事故現場付近は明るく、見通しは良好で一〇〇mくらい先までの視認が可能であった。
(三) 被告車両は、本件事故現場手前の信号交差点を発進し、第二車線を上野駅方面から秋葉原方面に向かって進行していた。被告は、実況見分調書(甲二)添付の現場見取図(以下「現場見取図」という。)の<1>の地点において、約三七・七m先のAの地点にタクシーを探していると思われる人を発見した。そこで、被告は、第一車線を走行する車両の存否・動静等を確認しないまま、進路変更の合図をした上、減速しながら被告車両の進路を第一車線に変更した。
(四) 被告車両が、第一車線への進路変更を終え、現場見取図<3>の地点に至った時、タクシーを探していると思われる人が被告車両に手を挙げて、乗車の意思を示した。被告車両は、この時、既にこの人の約六・一五m手前に迫っていたため、<4>の地点でやや強めの制動措置をとり、これから約一九・六m離れた<6>の地点で停止した。停止地点は、この人が立っていた位置から一五m余りも先に進行した地点であった。
(五) 一方、原告は、原告車両を運転し・時速約五〇kmくらいの速度で、本件事故現場の第一車線を被告車両と同一方向に進行していた。すると、原告車両の前方を走行していた被告車両が、急に、第二車線から第一車線に進路変更を開始し、それから二、三秒後に制動の措置をとった。原告車両も、制動措置をとったが間に合わず、被告車両が停止する直前に、現場見取図×の地点で、被告車両の後部ほぼ中央の位置(左端から〇・七三mの所)に追突し、転倒した。
(六) 被告は、進路変更をした時から衝突するまでの間、第一車線を走行していた原告車両の存在に気付かなかった。
2 ところで、被告の主張する事故態様は、上記認定事実とは異なったものであり、乙三(被告の陳述書)及び被告本人の供述によれば、要旨、「交差点を発進し、時速四〇km程度まで加速した時、約八〇m前方の左側歩道上に人影を発見した。その人影は、車道に下りてこちらの方向に向かって歩いてくるようであった。乗客であった場合に拾えるようにと、進路変更の合図をし、左方と後方の安全を十分に確認した上で、第一車線に進路変更をした。その時、原告車両は視界になかった。そのままエンジンブレーキで走行したところ、被告車両が人影に数mまで接近した所で、その人影が突然手を挙げて乗車の意思を示した。そこで、やや強めのブレーキをかけて停止しようとしたが、その人影を五、六m越えた所で停止した。停止した瞬間に、後ろで人が車を叩くような音がした。車に追突されたという感覚はなかったが、出てみたら、バイクと原告が倒れていた。」というものである。
この被告の主張は、距離関係において現場見取図の記載と大きく異なっている。被告の主張によれば、現場見取図で人影を発見した地点が約三七・七m手前となっているのは、実況見分に立ち会った警察官が、被告が上記のとおり指示説明をしたのに、「八〇m先が見えるはずがないだろう。」と述べるので、仕方なくその見解に従ったものであるという。しかし、現場見取図上、見通しは「良」、見通し距離が「一〇〇m」と記載されていることからして、警察官が被告の主張するような話をしたとは考え難い。この実況見分は、本件事故から二〇分後に、救急車で搬送された原告から警察が事情聴取をしていない段階で、被告のみの立会いの下で行われたものであって、被告としては、ほぼ経験したとおりの事実を指示説明したと考えるのが合理的である(なお、被告が人影を発見したという現場見取図<1>の地点が第一車線に跨がった所と記載されている点については、通常、車両は一つの車線内を走行する事実からして疑問があり、また、原告本人の供述と対比すると、被告が実況見分の際に述べた被告車両の速度についても疑問がないではないが、証拠上確定し難いので立ち入らない。)。
したがって、乙三及び被告本人の供述中、前記1の認定に反する部分は採用することができない。
3 また、被告が急ブレーキをかけたか否かについても争いがあるが、現場見取図によれば、被告がブレーキをかけた地点(<4>)から停止地点(<6>)までの距離が約一九・六mとされていること、本件事故現場に制動痕が残っていたとは認められないことからして、被告の主張するように、被告は「やや強めのブレーキ」をかけたと認めるのが相当であり、これが道路交通法二四条の禁止するような急ブレーキであったとは認め難い(もっとも、進路を変更した直後に制動措置をとっているから、これが本件事故発生の原因の一つとなったことは否定し得ない。)。
4 そして、前記1の認定事実によれば、本件事故は、要するに、第一車線を走行する原告車両に先行して第二車線を走行していた被告車両が、第一車線を進行する車両の存否・動静等を確認しないまま第一車線に進路を変更し、かつ、タクシーを探していると思われる人が被告車両が接近した時点で突然手を挙げて乗車の意思を示したため、進路変更直後にやや強めのブレーキをかけた結果、被告車両に自車進路前方に割り込まれた形となった原告車両が、急制動の措置をとったものの間に合わず、被告車両に追突した、という態様であったと認められる。
これによれば、被告には、進路変更に当たって後方の安全確認を怠った過失があり、これが、進路変更直後にやや強めの制動措置をとったことと相まって、第一車線を後方から進行してきた原告車両が被告車両に追突する事態を招来したものであり、本件事故発生の主たる原因は、このような被告の過失にある。なお、車両は、進路変更後の進路を後方から進行してくる車両等の速度又は方向を急に変更させるおそれがあるときは、進路を変更してはならないのであって(道路交通法二六条の二第二項参照)、このことは、進路変更の合図をした場合であっても異なるものではない。
他方、原告車両の側も、前方を走行していた被告車両が自車走行車線に進路変更をしてきたのであるから(被告車両が原告車両を追い越して二〇mくらい前方に割り込んできたとの原告本人の供述は、証拠上、採用し難い。)、早期に減速等の措置をとっていれば、本件事故を回避する余地がなかったとはいえず、原告に全く過失がなかったとすることはできない。
5 以上によれば、本件事故についての過失割合は、原告一〇:被告九〇と認めるのが相当である。
二 原告の損害額について
1 治療費及び文書料 一九万三一四〇円
(一) 東京大学医学部附属病院(通院一日) 一万四九〇〇円
甲九、乙四によれば、原告は、本件事故直後、救急車により東京大学医学部附属病院に搬入され、頸椎捻挫、左足関節捻挫との診断を受け、応急処置を施されたこと、しかし、原告が同病院への入通院は困難であると述べたため、原告は、同病院においてそれ以上の治療は受けず、他病院への紹介状を書いてもらって退出したこと、原告は、その治療費として一万四九〇〇円を支払ったことが認められる。
(二) 新さっぽろ脳神経外科病院(入院一二日) 八万六八五〇円
甲三の一、二によれば、原告は、平成一二年四月一日から同月一二日まで、札幌市内の新さっぽろ脳神経外科病院に入院したこと(後記のとおり、原告は、治療を受けるため、同年三月三一日に東京から郷里の北海道江別市に帰っていたものである。)、原告は、その治療費として八万六八五〇円を支払ったことが認められる。
(三) すみ整形外科医院(入院一八日、通院実日数二六日) 七万〇〇八〇円(治療費)、七〇〇〇円(文書料)
甲四の一、二、甲一〇の一ないし三によれば、原告は、平成一二年四月一二日から同月二九日まで、北海道江別市内のすみ整形外科医院に入院し、同月三〇日から同年六月七日まで同医院に通院したこと(実通院日数二六日)、その治療費として七万〇〇八〇円を要したこと、また、原告は、入院証明書二通分として七〇〇〇円を支払ったことが認められる。
(四) 若山整形外科(通院実日数一六日) 一万四三一〇円
甲五の一、二によれば、原告は、平成一二年六月二〇日から同年八月四日まで、東京都練馬区内の若山整形外科に通院したこと(通院実日数一六日)、原告は、その治療費として一万四三一〇円を支払ったことが認められる。なお、若山整形外科における傷病名は、頸椎捻挫、左肩板損傷、左肩関節拘縮となっており、左肩板損傷、左肩関節拘縮は、従来入通院していた病院における傷病名には見られなかったものであるが、原告は、本件事故により路上に転倒し全身を打撲していることから、これらも本件事故に起因するものと推認され、この認定を左右するに足りる証拠はない。
2 入院雑費 三万七七〇〇円
以上のとおり、原告は平成一二年四月一日から同月二九日までの二九日間入院したから、入院雑費は三万七七〇〇円とするのが相当である。
一三〇〇円×二九日=三万七七〇〇円
3 休業損害 一五四万〇〇〇〇円
(一) 甲六、一五、原告本人尋問の結果、株式会社シー・エイ・シー・インターナショナルに対する調査嘱託の結果によれば、原告は、本件事故の直前である平成一二年三月半ばころ、ビル清掃業等を営む株式会社シー・エイ・シー・インターナショナルに就職したこと、同社における雇用条件は、時給一二五〇円として一日八時間、一か月二〇日間勤務し、賃金以外に、運転手当が月額二万円支給されるというものであったこと、原告は、本件事故前日の同月二九日から同社での勤務を開始したが、翌三〇日本件事故に遭い、同月三一日に治療のため北海道に帰ったこと、原告は、同年六月半ばに再び上京したが、本件事故により欠勤を続けていたため、同社からの要請により同社を退職せざるを得なかったこと、この間、原告は同社から全く賃金の支払を受けていないことが認められる。
一方、前記のとおり、原告は、平成一二年八月四日に若山整形外科に通院した以降は治療のために病院を訪れていないところ、若山整形外科に対する調査嘱託の結果によれば、原告の受傷は、この通院を中止した時点で治癒していたものと認められる。
(二) 以上によれば、原告は、本件事故に遭わなければ、平成一二年三月三〇日以降、株式会社シー・エイ・シー・インターナショナルにおいて勤務を継続し、運転手当を含めて一か月二二万円程度の収入を得ることができたものと認めるのが相当である。そして、原告は、同年六月半ばころ同社を退職することを余儀なくされたものであるが、これは本件事故による欠勤を理由するものであり、また、原告が、その後同年八月四日に受傷が治癒するまでの間に再就職をすることは困難であったと判断されることからすると、少なくとも、本件事故時から原告の受傷が治癒するまでの約四か月間については、同社において得べかりし一か月二二万円の収入を休業損害と認めるのが相当である。
(三) また、原告は、本件事故に遭わなければ、治癒後も、株式会社シー・エイ・シー・インターナショナルにおいて勤務を継続し、これから収入を得ることができたと認められるから、その意味で、なお同社からの得べかりし収入をもって損害と考えることもできる。しかし、他方、原告には、本件事故による後遺障害は残っておらず、受傷が治癒した後は本件事故を原因とする労働能力の制限は存しないから、原告が同程度の収入が得られる所に再就職をすれば、この損害は発生しないことになる。
そして、昨今の経済情勢、雇用情勢にかんがみると、原告のような、新卒者以外の者の就職は必ずしも容易ではなく、傷害が治癒したからといって直ちに再就職できるものではないと考えられるから、求職活動をし再就職をするのに必要やむを得ない期間については、同社からの得べかりし収入をもって損害と認めるのが相当である。もっとも、この期間は、原告が昭和五三年四月三日生まれの若い健康な男性であること等の事情にかんがみると、治癒後三か月程度とするのが相当である。その後、原告が実際に再就職し得るか否かは、原告の能力、適性、労働意欲等に対する労働市場からの評価に係るものであって、仮に、再就職することができないとしても、あるいは、以前と同程度の収入を得ることができないとしても、これをもはや本件事故に帰責させることはできない。
(四) 以上によれば、原告については、通じて七か月分の休業損害を認めるのが相当であり、その額は、次のとおり一五四万円となる。
二二万円×七か月=一五四万円
4 慰謝料 一五〇万〇〇〇〇円
前記のとおり、原告は、本件事故により、平成一二年四月一日から同月二九日までの二九日間入院するとともに、同年八月四日まで通院治療(通院実日数合計四三日:東京大学医学部附属病院一日、すみ整形外科医院二六日、若山整形外科一六日)を受けたものである。
ところで、被告及びその自動車共済契約の締結先であるタクシー共済が、本件事故発生から現在に至るまで、治療費、休業損害を含む原告の損害を全く賠償していないことは、被告も争わないところである。前記のとおり、本件事故は、主に被告の過失が原因で発生したものであるところ、被告本人尋問の結果によれば、被告としては、本件事故の捜査を担当した警察官から、本件は被告の過失によって発生した事故であるとの見解を示され、不満はあったものの、自己の過失を認める内容の調書の作成に応じたことが認められる。そして、被告から本件事故の報告を受けたタクシー共済としても、本件事故の原因に関する捜査機関の見解は知り得たはずであって、被告に全く民事上の責任がないなどと考えるべき合理的理由はないにもかかわらず(被告は後に起訴猶予になったと見られるが、これにより被告の民事上の責任がなくなるのでないことは、言うまでもない。)、事故後における被告の一方的な言い分を採用したためか、治療費、休業損害などの原告に生じた損害を一切賠償していない。そのために、原告が安心して治療を続けることができず、経済的にも困難な状況に陥ったことは、推測するに難くない。慰謝料額を算定するに当たっては、このような被害者の救済を蔑ろにした被告及びタクシー共済の対応も斟酌する必要がある。
以上の事情を考慮すると、原告に対する慰謝料としては一五〇万円を相当と認める。
5 着衣の損害 三万〇〇〇〇円
原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件事故によって、原告が身に付けていた着衣が破損し、着用不能となったが、この着衣の本件事故当時の価額は三万円を下回らないものと認められる。
6 原告車両の損害 二五万五三一八円
甲八及び原告本人尋問の結果によれば、原告車両の修理費用は二五万五三一八円であると認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
7 小計 三五五万六一五八円
8 過失相殺 三二〇万〇五四二円
前記の過失割合に従い、過失相殺として、7の損害額から一〇%を控除すると、残額は三二〇万〇五四二円となる(円未満切り捨て)。
三五五万六一五八円×(一-〇・一)=三二〇万〇五四二円
9 弁護士費用 四〇万〇〇〇〇円
本件事案の内容、本件訴訟の審理経過、本件の認容額等を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては、四〇万円をもって相当と認める。
10 合計 三六〇万〇五四二円
第四結論
以上によれば、原告の本訴請求は、被告に対し、三六〇万〇五四二円及びこれに対する本件事故の日である平成一二年三月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 河邉義典)