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東京地方裁判所 平成12年(ワ)3253号 判決 2001年8月28日

原告 近藤雅之

他2名

原告三名訴訟代理人弁護士 栗宇一樹

同 早稲本和徳

同 秋野卓生

同 七字賢彦

同 鈴木英之

被告 春日居観光開発株式会社

同代表者代表取締役 稲川廣政

同訴訟代理人弁護士 赤羽宏

同 二瓶茂

同 脇奈穂子

被告 株式会社春日居ゴルフ倶楽部

同代表者代表取締役 白石清

同訴訟代理人弁護士 堀廣士

同 山岸宏彰

主文

一  被告らは、原告らそれぞれに対し、連帯して一四四〇万円及びこれに対する平成一二年二月二五日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告らの負担とする。

三  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告らの請求

主文同旨

第二事案の概要

本件は、原告らが、被告株式会社春日居観光開発(以下「被告春日居観光開発」という。)に対してはゴルフ会員契約に基づき、被告株式会社春日居ゴルフ倶楽部(以下「被告春日居ゴルフ倶楽部」という。)に対しては商法二六条一項の類推適用又は法人格否認の法理に基づき、原告らがゴルフ会員契約締結の際に預託した預託金の返還及び訴状送達の日の翌日以降の商事法定利率による遅延損害金の支払を求める事案である。

一  争いのない事実等(証拠の摘示のない事実は、争いのない事実、《証拠省略》により認められる事実又は当裁判所に顕著な事実である。)。

(1)ア  原告近藤雅之(以下「原告近藤」という。)は、平成元年一一月七日、被告春日居観光開発との間で、被告春日居観光開発が山梨県東山梨郡春日居町に所有する「春日居ゴルフ倶楽部」という名称のゴルフコース及びクラブハウス等の付帯施設(以下、これらを併せて「本件ゴルフ場」という。)を原告近藤に利用させる、原告近藤が被告春日居観光開発に入会金及び預託金を支払う旨のゴルフ会員契約を締結し、同日、被告春日居観光開発に対し、入会金三六〇万円及び預託金一四四〇万円の合計一八〇〇万円を支払った。

イ 原告株式会社アド・オーガスト(以下「原告アド・オーガスト」という。)は、平成元年一〇月二七日、被告春日居観光開発との間で、被告春日居観光開発が本件ゴルフ場を原告アド・オーガストに利用させる、原告アド・オーガストが被告春日居観光開発に入会金及び預託金を支払う旨のゴルフ会員契約を締結し、同日、被告春日居観光開発に対し、入会金三六〇万円及び預託金一四四〇万円の合計一八〇〇万円を支払った。

ウ 原告田中みつ江(以下「原告田中」という。)は、平成元年一一月二日、被告春日居観光開発との間で、被告春日居観光開発が本件ゴルフ場を原告田中に利用させる、原告田中が被告春日居観光開発に入会金及び預託金を支払う旨のゴルフ会員契約を締結し、同日、被告春日居観光開発に対し、入会金三六〇万円及び預託金一四四〇万円の合計一八〇〇万円を支払った。

(2)  春日居ゴルフ倶楽部会員権約款(以下「本件約款」という。)一条は、「春日居観光開発株式会社(以下会社という。)の運営する春日居ゴルフ倶楽部(以下施設という。)の会員権を取得する者(以下会員という。)と会社は、本約款の定めるところにより会員権契約(以下契約という。)を締結するものとする。」と規定しており、本件約款の定めは、原告らと被告春日居観光開発間の前記各ゴルフ会員契約(以下、これらを併せて「本件各ゴルフ会員契約」という。)の内容となっている。

本件約款七条二項は、「預託金は、無利子とし、本契約の成立後一〇年を経過した後に会員の請求により返還する。ただし、返還することが著しく困難であり、かつ、これに応じた場合他の会員の施設利用に悪影響をおよぼすおそれのある場合会社はその期間を延長することができる。」と規定している。

(3)  被告春日居観光開発の取締役会は、平成一一年八月一〇日、春日居ゴルフ倶楽部理事会の承認を経て、各会員の預託金の返還期限を当初の期限到来の日から一〇年後の該当日まで延長する旨の決議(以下「本件延長決議」という。)をし、本件延長決議について、同年九月二八日付け書面で、そのころ、原告らを含む各会員に通知した。

(4)  原告らは、本件訴状をもって、被告春日居観光開発に対し、一〇年の預託金据置期間が経過したことを理由に、原告らがそれぞれ支払った前記各預託金(以下、これらを併せて「本件各預託金」という。)の返還を請求し、本件訴状は、平成一二年二月二四日、被告春日居観光開発に送達された。

(5)  被告春日居ゴルフ倶楽部は、被告春日居観光開発から、本件ゴルフ場の営業を賃借している。

二  争点

本件の争点は、①被告春日居観光開発の本件各ゴルフ会員契約に基づく本件各預託金の返還債務(以下、単に「本件各預託金返還債務」という。)の返還期限の到来の有無、②商法二六条一項の類推適用による被告春日居ゴルフ倶楽部の本件各預託金返還債務の弁済義務の有無、③法人格否認の法理の適用による被告春日居ゴルフ倶楽部の本件各預託金返還債務の弁済義務の有無であり、争点に関する当事者の主張は、次のとおりである。

(1)  本件各預託金返還債務の返還期限の到来の有無(争点①)について

ア 原告らの主張

(ア) 本件約款七条二項本文に規定する一〇年の預託金の据置期間は、原告近藤においては平成一一年一一月七日に、原告アド・オーガストにおいては同年一〇月二七日に、原告田中においては同年一一月二日に満了し、前記のとおり、原告らは、本件訴状をもって被告春日居観光開発に対する本件各預託金の返還請求をしたから、本件訴状の送達の日に、本件各預託金返還債務の返還期限が到来した。

(イ) 本件延長決議により預託金返還債務の返還期限を延長することは、会員のゴルフ会員契約上の権利を変更することにほかならないから、会員の個別的な承諾を得ることが必要であるが、原告らは、そのような承諾をしていない。

また、被告春日居観光開発は、後記のとおり、原告らが、本件ゴルフ場の会員権又は関連するゴルフ場の会員権の販売に主体的に関与していた会員であり、原告らは本件ゴルフ場の存続を図り、各会員の本件ゴルフ場における優先的施設利用権(以下「プレー権」という。)の確保を優先させるために、本件各預託金の返還期限が将来延長されることがあることを十分承知していた旨主張するが、原告らにおいて、そのような事実はない。

さらに、被告春日居観光開発は、本件ゴルフ場の会員募集時において預託金額が本件ゴルフ場の会員権の相場を下回る事態になることを想定せず、その後も預託金の返還期限に備えて返還原資を用意するという経営努力を全くしていないし、また、本件延長決議に係る延長後の返還期限において預託金を返還できる可能性はないのであるから、本件延長決議に合理的な理由もない。

したがって、本件延長決議の効力は、原告らに及ばないというべきである。

イ 被告春日居観光開発の主張

(ア) 預託金会員制ゴルフ場には、ゴルフ場を閉鎖してでも預託金の返還を優先させることを希望する会員と預託金の返還よりもゴルフ場の施設利用という会員共通の目的を優先させることを希望する会員がおり、このような矛盾及び会員間の対立を内在しており、あらかじめこのような矛盾を解決するための制度的な手当てが必要であったのであるが、現実には法的な整備などはなく、その解決は個別のゴルフ場ごとの約款において定める以外に方法はなかったのである。

したがって、ゴルフ会員契約の特質に見合う契約内容を明らかにするものとして、あらかじめ当事者が合意した約款の内容こそ十分尊重されなければならない。

そして、本件約款七条二項ただし書は、「ただし、返還することが著しく困難であり、かつ、これに応じた場合他の会員の施設利用に悪影響をおよぼすおそれのある場合会社はその期間を延長することができる。」と規定しているが、その条項は、多数の会員からの預託金の返還請求の結果として被告春日居観光開発の運営が困難を来たし、その結果各会員のプレー権に大きな影響を及ぼすような事態が予想される場合には、本件ゴルフ場の存続を図り、各会員のプレー権の確保を優先する方針であることを明らかにし、そのために被告春日居観光開発が預託金返還債務の返還期限を延長することができることを認めたものである。

(イ) 本件ゴルフ場の会員は、「今般貴倶楽部規約ならびに会員権約款承認の上正会員として申し込みます。」との記載のある春日居ゴルフ倶楽部入会申込書にも署名押印の上入会しており、本件約款の内容を承知して入会したものである。

しかも、原告らは、本件ゴルフ場の会員権又は関連するゴルフ場の会員権の販売に主体的に関与していた会員であり、通常の入会者とは異なり、ゴルフ場運営会社及びゴルフ会員権の仕組みについて精通していた。

原告近藤は、従前株式会社住友銀行神谷町支店の副支店長であった当時、同支店の顧客などに本件ゴルフ場の会員権の売却を斡旋し、同支店から資金を融資するなど入会募集業務に深く関わっていた。

原告アド・オーガストは、ゴルフ会員権の販売業務を取り扱っており、預託金会員制の制度について知悉していた。

原告田中は、原告アド・オーガストの子会社である株式会社秋篠の代表者であり、同会社は、本件ゴルフ場の会員権販売業務や集客業務を担当し、利益を得ており、本件約款について精通していた。

したがって、原告らは、他の会員以上に、本件各ゴルフ会員契約の締結時点で、本件ゴルフ場の存続を図り、各会員のプレー権の確保を優先させるために、本件各預託金返還債務の返還期限が将来延長されることがあることを十分承知していた。

(ウ) 本件延長決議は、本件約款七条二項ただし書に基づいてされたものである。

被告春日居観光開発は、平成一一年八月当時において、多数の会員からの預託金返還請求を受けることが予想されたが、被告春日居観光開発の資産内容、本件ゴルフ場の営業内容、預託金の返還資金を融資によって調達することが不可能であること、本件ゴルフ場の会員権の相場等に照らし、その返還請求に応じる経済的能力はなく、また、返還請求のあった一部の会員に対してのみ預託金返還請求に応じるという方法を選択するとしても、運転資金の枯渇を招き、倒産の危険性が高く、本件ゴルフ場の施設利用及びゴルフクラブの運営という共通の目的に反する結果になることは明らかであったことから、このような事態の発生を避けるために本件延長決議をしたものであり、これは、本件約款七条二項ただし書に即したやむを得ない判断であった。

なお、平成一一年八月当時より一〇年後の方が預託金の返還のための経済的な環境は整っていることも明らかであるが、この点はあくまで付随的な問題であり、一〇年後に確実に預託金を返還できる見通しがあることを理由に本件延長決議をしたものではない。

(エ) 以上のとおり、被告春日居観光開発の原告らに対する本件各預託金返還債務の返還期限は、本件延長決議により当初の期限到来の日から一〇年後の該当日まで延長されたから、未だ到来していない。

(2)  商法二六条一項の類推適用による被告春日居ゴルフ倶楽部の本件各預託金返還債務の弁済義務の有無(争点②)について

ア 原告らの主張

(ア) 商法二六条一項は、営業の譲受人が譲渡人の商号を続用する場合には、譲渡人の営業によって生じた債務について譲受人も譲渡人と連帯して弁済義務を負う旨規定しているところ、この規定の趣旨は、営業譲渡人の債権者の保護を図り、もって経済取引の安全を確保するというものである。

営業の賃貸借は、企業合同の手段として企業存続の基礎に重大な影響を与える行為であることにおいて営業譲渡と変わりはないことから、商法二四五条一項は営業の賃貸借をする場合には営業譲渡の場合と同様に株主総会の特別決議を要する旨規定しているのみならず、実質的にみても、営業の賃貸借は、実際上の営業権が移転するという点において営業譲渡と同じであるから、営業譲渡人の債権者と同様に、営業の賃貸人の債権者の保護を図り、もって経済取引の安全を確保すべき必要性は極めて高い。

また、一般に、ゴルフ場の名称を使用する者がその営業の主体であると理解されているところ、被告春日居観光開発から本件ゴルフ場の営業を賃借している被告春日居ゴルフ倶楽部は、本件ゴルフ場の営業の主体の表示機能を有する「春日居ゴルフ倶楽部」という名称を商号に使用している。

(イ) 被告春日居ゴルフ倶楽部は、被告春日居観光開発の一〇〇パーセント子会社として設立され、現時点においても、被告春日居ゴルフ倶楽部の株式は、被告春日居観光開発とゼネラル・エンタープライズ株式会社(以下「ゼネラル・エンタープライズ」という。)のみが保有している。

稲川廣政(以下「稲川」という。)は、被告ら及びゼネラル・エンタープライズの三社の代表取締役を務めており、結局は、稲川が事実上支配する会社間で、被告春日居ゴルフ倶楽部の株式を保有しあっているにすぎない。

被告らが本件ゴルフ場の営業の賃貸借に関する契約書を作成したのは、平成九年一〇月一日とのことであるが、被告春日居観光開発の収入の大半は被告春日居ゴルフ倶楽部からの賃料収入であり、かつ、その賃料は預託金の返還原資となるべき重要な資産であるにもかかわらず、同日まで契約内容を書面化せず口頭で済ませたことは、被告らが利害関係を一体とし、互いに利益が相反する可能性が皆無であることの証左である。さらに、被告らは、その従業員を共通にしている。

したがって、被告春日居ゴルフ倶楽部と被告春日居観光開発は実質的に同一の会社であると評価することができる。

(ウ) 被告春日居観光開発が本件ゴルフ場の会員権販売を行った際に配布したパンフレットには、本件ゴルフ場の運営を他の会社に委託する旨の記載は存せず、他方で、本件ゴルフ場の会員規約及び本件約款には、本件ゴルフ場の運営主体が被告春日居観光開発であることが明記されているが、原告らは、平成一一年九月二八日付け書面が交付されるまで被告春日居ゴルフ倶楽部が本件ゴルフ場を運営していることを知らされておらず、被告らは、原告ら会員に対し、本件ゴルフ場の運営主体を偽っていた。

(エ) 以上のとおり、被告春日居ゴルフ倶楽部は、本件ゴルフ場の名称である「春日居ゴルフ倶楽部」を商号に使用し、かつ、実質的に一体関係にある被告ら間において営業譲渡に準ずべき営業の賃貸借を行っているから、商法二六条一項の類推適用により、被告春日居観光開発の原告らに対する本件各預託金返還債務の弁済義務を連帯して負うというべきである。

イ 被告春日居ゴルフ倶楽部の主張

(ア) 商法二六条一項は、営業譲渡があった場合において商号を続用する営業譲受人の責任に関する規定であって、被告春日居ゴルフ倶楽部は、被告春日居観光開発から本件ゴルフ場の営業を賃借しているものであり、その営業譲渡を受けたわけではなく、また、そもそもゴルフ場の名称は商号ではなく、被告春日居ゴルフ倶楽部が被告春日居観光開発の商号を続用しているわけでもないから、被告春日居ゴルフ倶楽部に対する同条項の適用又は類推適用の余地はない。

(イ) 被告春日居ゴルフ倶楽部は、本件ゴルフ場の開場当初から、被告春日居観光開発から本件ゴルフ場の営業を賃借し、自己の名義及び計算で本件ゴルフ場を運営してきたものであって、本件ゴルフ場についてその営業主の交代があったわけではないから、被告春日居観光開発の債権者において、被告春日居ゴルフ倶楽部が被告春日居観光開発の債務を引き受けたものと考える余地はなく、保護されるべき信頼はそもそも存しない。

また、営業譲渡の場合には、営業譲渡人が当該譲渡に係る営業に携わらなくなるから特に債権者を保護する必要が生ずるが、他方で、営業の賃貸借の場合には、営業の賃貸人が当該賃貸借に係る営業を手放すわけではなく、その営業から得られる利益を賃料として取得し続けるのであるから、営業の賃貸人の債権者が、当該債権の保全措置を講ずる機会を失することはなく、営業の賃借人に賃貸人の債務の弁済義務を認めてまで営業の賃貸人の債権者を保護する必要もない。

(ウ) したがって、本件において、被告春日居ゴルフ倶楽部について商法二六条一項を類推適用すべきではない。

(3)  法人格否認の法理の適用による被告春日居ゴルフ倶楽部の本件各預託金返還債務の弁済義務の有無(争点③)について

ア 原告らの主張

(ア) 被告らは、前記(2)ア(イ)のとおり、資本関係、利害関係及び人的物的関係において、実質的に同一の会社であると評価することができるから、被告春日居ゴルフ倶楽部の法人格は形骸化している。

(イ) 被告春日居観光開発は、前記(2)ア(ウ)のとおり、原告ら会員に対し、自ら本件ゴルフ場の運営を行う旨説明しながら、秘密裡に本件ゴルフ場の運営会社として被告春日居ゴルフ倶楽部を設立し、本件ゴルフ場の営業を賃貸することにより、本件ゴルフ場の売上金を実質上被告春日居観光開発から被告春日居ゴルフ倶楽部へ移転しており、被告春日居観光開発の債権者が被告春日居観光開発に強制執行を行っても、不奏功に終わる可能性が極めて高い。

このように被告春日居ゴルフ倶楽部は、被告春日居観光開発の債権者の強制執行を免れるという法人格の濫用目的のもとに設立されたものである。

(ウ) 以上のとおり、被告らは、実質的に同一であり(法人格の形骸化)、本件ゴルフ場の営業の賃貸借により、被告春日居観光開発の債権者の債権回収を妨害しているのであるから(法人格の濫用目的)、法人格否認の法理の適用により、被告春日居ゴルフ倶楽部は、被告春日居観光開発の原告らに対する本件預託金返還債務の弁済義務を連帯して負うというべきである。

イ 被告春日居ゴルフ倶楽部の主張

(ア) 被告春日居ゴルフ倶楽部は、平成元年五月二四日、ゴルフ場の管理及び運営等を目的とする資本金一〇〇万円の株式会社として設立され、平成四年一〇月に本件ゴルフ場が開場されて以来、本件ゴルフ場の営業を賃借し、一貫して自己の名称、自己の計算で本件ゴルフ場の営業を続け、その対価である賃料の支払を継続している。

このように被告春日居ゴルフ倶楽部は、法人格を濫用する目的で設立されたものではない。

(イ) 被告春日居ゴルフ倶楽部が被告春日居観光開発の一〇〇パーセント子会社として設立されたからといって、被告ら両社が実質的に同一であるということはできない。現在、被告春日居ゴルフ倶楽部の株式(発行済株式総数六〇〇株)は、被告春日居観光開発が一〇〇株を、ゼネラル・エンタープライズが四〇〇株を、英商事が一〇〇株をそれぞれ保有している。

被告春日居ゴルフ倶楽部の代表者には変遷があり、被告春日居観光開発の代表取締役である稲川が平成九年一一月から平成一二年一〇月まで被告春日居ゴルフ倶楽部の代表取締役を兼務していたこともあったが、現在の被告春日居観光開発の代表取締役白石清であって、稲川ではない。

被告らは、その業務形態及び財政基盤を異にし、また、従業員も別々に採用し、それぞれ別個の就業規則を有し、両会社間の従業員の異動についても出向協定書が取り交わされている。

このように被告春日居ゴルフ倶楽部は、被告春日居観光開発と別の実体を有しており、法人格が形骸化しているとはいえない。

(ウ) 以上のとおり、被告春日居ゴルフ倶楽部について、原告ら主張の法人格否認の法理を適用する余地はない。

第三当裁判所の判断

一  本件各預託金返還債務の返還期限の到来の有無(争点①)について

(1)  《証拠省略》によれば、本件約款七条二項本文に規定する一〇年の預託金据置期間が、原告近藤においては平成一一年一一月七日に、原告アド・オーガストにおいては同年一〇月二七日に、原告田中においては同年一一月二日に満了したことが認められ、原告らが、被告春日居観光開発に対し、平成一二年二月二四日送達の本件訴状をもって本件各預託金の返還請求をしたことは、前記第二の一(4)のとおりである。

(2)  被告春日居観光開発は、本件約款七条二項ただし書に基づいてした本件延長決議により、本件各預託金返還債務の返還期限は、当初の期限到来の日から一〇年後の該当日まで延長されたから、未だ到来していない旨主張するので、これについて判断する。

前記第二の一の事実と《証拠省略》によれば、本件の経過等として、次の事実を認めることができる。

ア 被告春日居観光開発は、ゴルフ場及びスポーツ施設の建設並びに運営等を目的とする株式会社(資本の額一億円)として、昭和六一年八月二八日に設立され、宮家義治(以下「宮家」という。)がその代表取締役に就任した。

その後、被告春日居観光開発は、預託金会員制の本件ゴルフ場(名称・春日居ゴルフ倶楽部)を建設し、平成四年一〇月一〇日に、本件ゴルフ場を開場した。

本件ゴルフ場の会員募集は、平成元年九月から行われ、平成一〇年九月三〇日現在の総会員数(正会員)は八〇〇名、預託金総額は約一四二億八八〇〇万円であり、この預託金全額が本件ゴルフ場の建設資金約一七六億五〇〇〇万円の一部に充てられた。

イ 被告春日居ゴルフ倶楽部は、ゴルフ場の運営及び管理等を目的とする株式会社(資本の額一〇〇万円)として、平成元年五月二四日に設立され、宮家がその代表取締役に就任した。

被告春日居ゴルフ倶楽部の設立当時の発行済株式総数は二〇株であり、その全株式を被告春日居観光開発が引き受けた。

その後、新株の発行がされた結果、被告春日居ゴルフ倶楽部の発行済株式総数は六〇〇株(資本の額三〇〇〇万円)となり、現在、被告春日居観光開発が一〇〇株を、ゼネラル・エンタープライズが四〇〇株を、英商事が一〇〇株をそれぞれ保有している。その間、平成一〇年四月一四日にゼネラル・エンタープライズに対する四〇〇株の新株が発行されるまでは、被告春日居観光開発が被告春日居ゴルフ倶楽部の全株式を保有していた。

ウ 被告春日居観光開発代表者稲川は、平成九年一一月二八日から平成一二年一〇月二四日までの間被告春日居ゴルフ倶楽部の代表取締役に在職し、その間、被告ら両社の代表取締役を兼務していた。また、稲川は、ゼネラル・エンタープライズの代表取締役である。

エ 被告らは、平成四年一〇月一〇日ころまでに、被告春日居ゴルフ倶楽部が被告春日居観光開発から本件ゴルフ場の営業を賃借する旨の口頭による合意をし、被告春日居ゴルフ倶楽部は、同日、その営業を開始した。

ただし、被告らは、本件ゴルフ場が開場した初年度(平成四年一〇月一日から平成五年九月三〇日まで)は、一年間の営業実績をみてから賃料額を定めようと考え、具体的な賃料額の取決めをせず、その支払もされていない。

被告らは、平成五年一二月ころ、①本件ゴルフ場の営業の賃料額は、一か月二〇〇〇万円を目処とし、年額二億四〇〇〇万円とする、②毎月末日限り、賃料が発生する都度、この賃料債務を消費貸借の目的とし、被告春日居ゴルフ倶楽部の被告春日居観光開発に対する借入金とする、③被告春日居ゴルフ倶楽部が本件ゴルフ場の営業に伴って支払う費用のうち、被告春日居観光開発が支払うべき費用の立替金債権と②の借入金債権を相殺する旨の口頭による合意をした。

被告春日居ゴルフ倶楽部は、この合意に基づいて、期首に設定した名目的な賃料額から期中に実行された借入額を控除した実質賃料を、借入金に対する返済という形式で被告春日居観光開発の当座預金に振り込む方法で支払うようになった。

本件ゴルフ場の開場時から一年間の営業利益(営業の賃料を支払う前の営業利益)は一〇〇〇万円程度であったが、このように営業利益を上回る高額な賃料額を設定したのは、被告春日居観光開発のメインバンクである株式会社足利銀行(以下「足利銀行」という。)からの示唆を受けたことによる。

また、被告春日居ゴルフ倶楽部においては、このような賃料額を定めたことにより本件ゴルフ場の運転資金が不足する事態となったが、その運転資金については、足利銀行からの融資により資金を調達した被告春日居観光開発から、融資を受け、その限りでは本件ゴルフ場の営業に支障が生ずることはなかった。

その後、平成八年暮れころに至り、足利銀行が被告春日居観光開発に対する融資を控えるとともに、被告らに対し、実質賃料に基づいた適正な決算を行うよう指示をし、被告春日居観光開発の被告春日居ゴルフ倶楽部に対する貸付金を早期に償却するよう指示をした。

被告らにおいては、そのころ、両会社間の営業の一元化をめぐって紛争が生じ、被告春日居ゴルフ倶楽部が賃料の支払を一時停止したこともあり、本件ゴルフ場の営業の賃貸借の内容を書面化する必要が生じた。

被告らは、平成九年一〇月一日付け経営委任契約書と題する書面を作成し、その後賃料額の改定、賃料の支払方法の変更等を行うなど、その内容を一部変更した。

本件ゴルフ場の営業等による売上高と実質賃料との関係をみると、平成五年度が売上高約五億五八〇〇万円、実質賃料約五四五四万円、平成六年度が売上高約六億〇八五五万円、実質賃料約一億〇一〇三万円、平成七年度が売上高約五億〇八九三万円、実質賃料約一五六五万円、平成八年度が売上高約四億五五九六万円、実質賃料約四五四三万円、平成九年度が売上高約四億四五三七万円、実質賃料約七三二八万円、平成一〇年度が売上高約五億一九一六万円、実質賃料約九七九三万円、平成一一年度が売上高約六億〇八七〇万円、実質賃料約一億〇八九四万円である。

オ 本件延長決議がされた平成一一年八月当時において、被告春日居観光開発は、前記預託金(総額約一四二億八八〇〇万円)の返還資金を調達するために、金融機関から借入れを行うことは困難であり、会員の新規募集により資金を調達することも事実上不可能であり、自己資金をもって返済原資に充てるほかなかった。

そして、被告春日居観光開発の平成一〇年度決算(同年九月三〇日現在)における現金及び預貯金等の残高は一八一万円程度、債務超過額は約三六億円であり、被告春日居観光開発が被告春日居ゴルフ倶楽部からの借入金の返済を通じて支払を受けた賃料は、被告春日居観光開発の借入金債務の弁済に充てられていた。また、被告春日居観光開発の資産としては、本件ゴルフ場の用地及びクラブハウス等の不動産があるが、時価をはるかに上回る抵当権が設定されていた。さらに、当時の本件ゴルフ場の会員権相場は、一口一〇〇万円前後であり、会員募集がされた当時と比べ著しく下落していた。

以上の結果、平成一一年八月当時において被告春日居観光開発が同年九月以降に返還期限の到来する預託金について多数の会員から返還請求があった場合に、その返還に応じることは困難であった。

そこで、被告春日居観光開発の取締役会は、同月一〇日、本件約款七条二項ただし書を根拠として、本件延長決議をし、同年九月二八日付けの書面をもって、そのころ、原告ら各会員に対し、通知した。

(3)ア  前記認定の事実に基づいて、本件延長決議の原告らに対する効力について判断する。

本件約款七条二項は、「預託金は、無利子とし、本契約の成立後一〇年を経過した後に会員の請求により返還する。ただし、返還することが著しく困難であり、かつ、これに応じた場合他の会員の施設利用に悪影響をおよぼすおそれのある場合会社はその期間を延長することができる。」と規定している。

ところで、本件約款七条二項本文に定める預託金返還債務の返還期限を延長することは、会員のゴルフ会員契約上の基本的な権利を変更することにほかならないから、会員の個別的な承諾を得ることが必要であるものというべきであり、被告春日居観光開発が個別的な承諾を得ていない会員に対して同項ただし書に基づいて預託金返還債務の返還期限の延長の効力を主張する場合には、ゴルフ会員契約の締結時においては予見しがたい重大な事情により預託金を返還することが著しく困難であるという合理的な理由があり、かつ、延長に係る期間がその延長後の返還期限の到来時に預託金を返還する具体的な見込みのある合理的な期間であることを要するものと解するのが相当である。

これを本件延長決議についてみるに、本件延長決議がされた平成一一年八月当時において、被告春日居観光開発が同年九月以降に返還時期が到来する預託金を返還することが著しく困難であったことが認められるが、その原因は、被告春日居観光開発の財務状況の低迷にあり、その低迷の一因が会員権相場の下落等の経済事情の変動にあるとしても、経済事情の変動は事業経営者にとって当然に考慮に入れるべき事柄であり、被告春日居観光開発の財務状況の低迷をもって、会員の預託金返還請求権の内容を一方的に変更することを正当化するものではないというべきである。

しかも、被告春日居観光開発は、本件延長決議に係る延長後の返還期限において預託金を返還することを前提とする事業計画を立てていないこと、被告春日居観光開発の現金及び預貯金等の資産の状況は、ここ数年ほとんど変動がないことに照らすと、被告春日居観光開発において、本件延長決議に係る返還期限の到来時に預託金を返還できる具体的な見込みがあるものと認めることはできない。

したがって、被告春日居観光開発が平成一一年九月以降に返還時期が到来する預託金を返還することが著しく困難となったのは予見しがたい重大な事情によるものということはできず、また、本件延長決議に係る延長後の返還期限の到来時に預託金を返還する具体的な見込みがあるものと認めることもできないから、本件延長決議の効力は原告らに及ばないというべきである。

イ これに対し被告春日居観光開発は、本件約款七条二項ただし書は、多数の会員からの預託金返還請求の結果として被告春日居観光開発の運営が困難を来たし、その結果各会員の本件ゴルフ場におけるプレー権に大きな影響を及ぼすような事態が予想される場合には、本件ゴルフ場の存続を図り、各会員のプレー権の確保を優先する方針であることを明らかにし、そのために被告春日居観光開発が預託金返還債務の返還期限を延長することができることを認めたものであり、原告らは、本件ゴルフ場の会員権又は関連するゴルフ場の会員権の販売に主体的に関与していた会員であり、通常の入会者とは異なり、ゴルフ場運営会社及びゴルフ会員権の仕組みについて精通しており、本件各ゴルフ会員契約の締結時に、各会員のプレー権を確保することを優先させるため預託金返還債務の返還期限が延長される場合があることを十分承知していた旨主張する。

しかしながら、本件約款七条二項ただし書の文言から、被告らの主張するように同条項が多数の会員からの預託金返還請求の結果として被告春日居観光開発の運営が困難を来たし、その結果各会員の有する本件ゴルフ場におけるプレー権に大きな影響を及ぼすような事態が予想される場合には、本件ゴルフ場の存続を図り、各会員のプレー権の確保を優先する方針であることを規定した条項であることが明らかであるものと認めることはできないし、また、仮に被告らが主張するように原告らが本件ゴルフ場の会員権又は関連するゴルフ場の会員権の販売に何らかの関与をしていたとしても、原告らが、本件各ゴルフ会員契約を締結した平成元年当時において、他の会員のプレー権の確保を優先させるために、一〇年据置期間経過後の本件各預託金返還債務の返還期限に返還が受けられなくなる場合があることを承知していたものと認めることもできない。

さらに、預託金会員制ゴルフ場のゴルフ会員契約は、ゴルフ場経営者と入会者との間で締結される利用契約であって、会員相互の間で何ら契約関係はないのであるから、被告らの主張する他の会員との利害調整を図るためには、会社更生手続、民事再生手続等の法の定める手続を採るべきであり、このような手続が採られれば、会員を含む債権者が手続に参加する機会が与えられるとともに、各債権者と被告春日居観光開発のそれぞれの立場に配慮した十分な利害関係を図ることが期待されるのであり、このような債権者の手続関与と利害調整を経ることなく、被告春日居観光開発が預託金返還債務の返還期限を一方的に変更することは許されないというべきである。

したがって、被告春日居観光開発の前記主張は理由がない。

(4)  以上によれば、被告春日居観光開発の原告らに対する本件各預託金返還債務の返還期限は、被告春日居観光開発に本件訴状が送達された平成一二年二月二四日に到来したものと認められるから、原告らの被告春日居観光開発に対する請求は理由がある。

二  商法二六条一項の類推適用による被告春日居ゴルフ倶楽部の本件各預託金返還債務の弁済義務の有無(争点②)について

(1)  被告らは、被告春日居ゴルフ倶楽部は、本件ゴルフ場の名称である「春日居ゴルフ倶楽部」を商号に使用し、かつ、実質的に一体関係にある被告ら間において営業譲渡に準ずべき営業の賃貸借を行っているから、商法二六条一項の類推適用により、被告春日居観光開発の原告らに対する本件各預託金返還債務の弁済義務を連帯して負うというべきである旨主張するので、これについて判断する。

ところで、営業の賃貸借とは、営業の全部又は一部を他人に賃貸する契約をいい、単なる営業用財産の賃貸借ではなく、一定の営業目的により組織化されて社会的活力を有する一体としとの機能的財産の賃貸借であり、営業の賃貸借の場合においても、営業の賃借人は外部に対してその営業の主体となり、その営業から生ずる権利義務の帰属者となることにおいては、営業の譲受人と何ら異なるものではないというべきであるから、営業の賃借人が賃貸人の商号を続用する場合においても商法二六条一項を類推適用すべきものと解するのが相当である。

そして、商法二六条一項の趣旨は、営業譲渡人の営業上の債権者は、営業譲受人が営業譲渡人の商号を続用する場合には、営業主の交代があったことを知らないか、知っていたときでも、営業譲受人による債務の引受けがあったものと考えがちであるため、営業譲渡人に対する債権の保全措置を講じる機会を失うおそれが大きいことから、そのような債権者の信頼を保護することにあるものと解されるところ、営業の賃貸借に伴い続用されるものが、営業の賃貸人の商号そのものではなく、ゴルフ場の名称である場合であっても、ゴルフ場の経営については、その経営主体の名称が使用されるよりはゴルフ場(ゴルフクラブ)の名称が使用されるのが一般的で、ゴルフ場の利用者はそのゴルフ場の名称に着目していることに照らすと、営業の賃借人がゴルフ場の名称を商号に続用する場合には、営業の賃貸人の債権者にとって前記と同様の事情があるとみるべきであるから、商法二六条一項の規定を類推適用して、当該賃貸人の債権者を保護すべきものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、被告春日居ゴルフ倶楽部は、被告春日居観光開発から本件ゴルフ場の営業を賃借し、本件ゴルフ場の名称である「春日居ゴルフ倶楽部」を商号として続用しているのであるから、商法二六条一項の類推適用により、被告春日居観光開発の営業によって生じた債務について、その債権者に対し、被告春日居観光開発と連帯して弁済をすべき義務を負うものというべきである。

したがって、被告春日居ゴルフ倶楽部は、原告らそれぞれに対し、被告春日居観光開発の営業によって生じた債務である本件預託金返還債務を弁済すべき義務があるというべきである。

(2)  これに対し被告春日居ゴルフ倶楽部は、営業譲渡の場合には、営業譲渡人が当該譲渡に係る営業に携わらなくなるから特に債権者を保護する必要があるが、営業の賃貸借の場合には、営業の賃貸人が当該賃貸に係る営業を手放すわけではなく、その営業から得られる利益を賃料として取得し続けることとなるから、営業の賃貸人の債権者が、当該債権の保全措置を講ずる機会を失することはなく、営業の賃借人に賃貸人の債務の弁済義務を認めてまで営業の賃貸人の債権者を保護する必要もないというべきであるから、被告春日居ゴルフ倶楽部について商法二六条一項の規定を類推適用すべきでない旨主張する。

しかしながら、営業の賃貸借の場合に、賃貸人の債権者が当該債権の保全措置を講ずる機会を失することがないというのは、被告春日居ゴルフ倶楽部の独自の見解であって採用することはできず、このことは、前記認定のとおり、被告春日居観光開発の現金、預貯金及び不動産等の資産が原告らの本件各預託金債務の引き当てとして十分ではないこと、被告春日居観光開発が被告春日居ゴルフ倶楽部から支払を受ける実質賃料が、本件ゴルフ場の営業等による売上高をはるかに下回るものであることに照らしても、明らかである。

したがって、被告春日居ゴルフ倶楽部の前記主張は理由がない。

(3)  以上によれば、被告春日居観光開発は、商法二六条一項の類推適用により被告春日居ゴルフ倶楽部の本件各預託金返還債務の弁済義務を負うものと認められるから、原告らの被告春日居ゴルフ倶楽部に対する請求も理由がある。

三  結論

以上によれば、原告らの請求はいずれも理由があるからこれを認容することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 大鷹一郎)

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