東京地方裁判所 平成12年(ワ)3364号 判決 2003年1月29日
原告
A野花子
同訴訟代理人弁護士
瑞慶山茂
被告
三平地所株式会社
同代表者代表取締役
井上義幸
他1名
被告ら訴訟代理人弁護士
近藤節男
同
園高明
主文
一 被告らは、原告に対し、連帯して三五九五万一九〇〇円及びこれに対する平成一一年一一月二日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その三を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、原告に対し、連帯して五七八九万一五〇〇円及びこれに対する平成一一年一一月二日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が、被告ら各自に対し、被告三平地所株式会社(被告三平地所)が原告の別紙物件目録記載一、二の土地(本件土地)の長期譲渡所得の課税の軽減を受けるための手続に協力する特約に違反したとして、被告三平地所については前記特約の不履行に基づき、被告三平建設株式会社(被告三平建設)については前記特約上の債務を保証した責任に基づき、原告の受領した上記債務不履行による賠償金一億四五九六万一一〇〇円について、新たにこれを一時所得として課税された税額及び本件請求に要した弁護士費用、税理士費用等合計五七八九万一五〇〇円及びこれに対する催告後である平成一一年一一月二日から完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める事件である。
一 前提となる事実(証拠を掲記しない事実は、当事者間に争いがない。
(1) 当事者
ア 原告は、本件土地をもと所有していた。
イ 被告三平地所は、不動産の売買、仲介等を業とする株式会社であり、被告三平建設は、建物建築工事請負等を業とする株式会社である。
(2) 本件土地の売買契約
ア 原告と被告三平地所は、平成八年七月四日、原告を売主、被告三平地所を買主として、本件土地につき、売買代金八億七三一二万二八四一円で売買契約を締結し(本件売買契約)、同日同代金の支払がされ、本件土地の引渡し及び所有権移転登記手続がされた。被告三平建設は、被告三平地所が原告に対して負う本件売買契約上の一切の債務につき連帯保証した。
イ 本件売買契約締結の際、被告三平地所は、原告に対し、租税特別措置法(法)第三一条の二に規定されている優良住宅地の造成等のために土地等を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例を受ける手続(本件手続)に協力することを約束し、これを怠り原告に損害が生じた場合には、その損害を補償することを約した(本件特約)。
(3) 本件特約不履行と原告に対する課税
ア 被告三平地所は、本件特約により、法三一条の二第二項所定の宅地の造成を自ら行い、本件土地について東京都知事による優良な宅地の供給に寄与するものであることの認定(優良宅地認定)を受け、原告に対し、その認定を受けたことを証する書面を交付する義務を負っていた。
しかし、被告三平地所は、平成八年一〇月九日、扶桑レクセル株式会社(扶桑レクセル)に対し、本件土地について宅地の造成を行わないまま、本件土地を転売し、同日、所有権移転登記手続をした。
イ 原告は、被告三平地所に対し、平成九年三月一七日付けで本件手続に必要とされる優良宅地認定を受けたことを証する書類の提出を要求した。被告三平地所は、原告に対し、前記アの事情により、本件手続に不可欠である本件土地につき優良宅地認定を受けたことを証する書類を交付することができなかった。
ウ 原告は、本件手続を取ることができず、平成八年度の本件土地の譲渡所得税につき、法に基づき税率の軽減措置(本件軽減措置)を受けられなかった。原告は、被告三平地所の本件特約不履行により修正申告を余儀なくされ、所得税等につき平成一一年九月二九日付けで、住民税等につき同月三〇日付けで、当初申告のそれより税額合計一億四五九六万一一〇〇円(以下「本件軽減相当額」という。)について追加して課税された。
記
(ア) 所得税 一億〇四一七万二九〇〇円
所得税にかかる過少申告加算税 一〇四一万七〇〇〇円
所得税にかる延滞利子税 三七九万一七〇〇円
(イ) 特別区民税 一八〇九万六七〇〇円
(ウ) 都民税 九四八万二八〇〇円
計一億四五九六万一一〇〇円
(4) 本件軽減相当額の支払に対する新たな課税
ア 原告らは、被告らに対し、本件特約に基づき、平成一一年一〇月二七日到達の通知書で本件軽減相当額一億四五九六万一一〇〇円のほか、同金員を受領した場合に新たに課税される金額三五九五万一九〇〇円及び弁護士費用、税理士費用等二一九三万九六〇〇円(本件弁護士費用等)の合計金額二億〇三八五万二六〇〇円(但し、通知書の請求額は二億〇七三八万〇八九〇円)を書面受領後五日以内に支払うよう求めた。
イ 被告三平地所は、平成一一年一一月一〇日、原告に対し、本件特約に基づき、損害賠償金として、本件軽減相当額である一億四五九六万一一〇〇円を支払った(以下、この支払われた金員を「本件賠償金」ともいう。)。原告は、同月一二日、受領した上記金員により、葛飾税務署に対し、所得税関係分につき、葛飾区に対し、住民税関係分につき、それぞれ支払った。
ウ 原告は、平成一二年三月一五日、葛飾税務署に対し、その指導に従い、本件賠償金一億四五九六万一一〇〇円を平成一一年度分の所得税の確定申告の際、一時所得として申告し、所得税分として二六五一万四五〇〇円、住民税分として九四三万七四〇〇円の合計三五九五万一九〇〇円を上乗せして課税された(以下、この新たに上乗せされた課税を「本件課税」といい、この額を「本件課税分」という。)。
二 争点
次の(1)、(2)は、本件特約不履行による損害にあたるか。
(1) 本件課税分
(2) 本件弁護士費用、税理士費用、諸経費
三 当事者の主張
(1) 争点(1)について
(原告の主張)
本件賠償金は、一時所得であり、非課税所得にあたらず、本件課税分についても本件特約不履行と相当因果関係のある損害にあたる。
ア 原告は、前記第二の一前提となる事実(3)アからウまで記載のとおり、被告三平地所の責めに帰すべき事情により、本件軽減措置の適用を受けることができず、これにより本件軽減相当額の納付を余儀なくされた。
イ 葛飾税務署は、原告に対し、本件賠償金を一時所得として申告するように指導した。原告は、この指導に従って申告したうえ、平成一二年六月三〇日、葛飾税務署に対し、本件課税分の支払の一部として一〇〇四万九九〇〇円を支払っており、葛飾税務署はこれを異議なく領収し、未納残額についても督促状を送付した。
本件課税分については、客観的に明白かつ重大な無効事由が存在しない以上、原告は、国に対して本件課税の無効を主張して徴収を拒んだり、既納付分について不当利得返還請求を求めたりすることはできず、本件課税分を納付せざるを得ないから、損害となることは明らかである。
(被告らの主張)
本件賠償金は、次のアからキまでのとおり、いわゆる損害賠償金として非課税所得にあたる。したがって、本件課税は、法令上の根拠がなく、本来納付する必要がないから、本件課税分は、本件特約不履行と相当因果関係のある損害にあたらない。
また、原告に対し、本件課税がされたのは、原告自らが誤って一時所得として申告した結果であり、被告三平地所の本件特約不履行とは相当因果関係がない。
ア 所得税法には「所得」の定義はないが、所得については包括的所得概念、つまり一定の期間に個人が従来の財産を減少することなしに自ら追加する処分能力(給付能力と等価である。)が、法制の基本になっており、純資産の増減に重点が置かれている。
イ 不法行為による損害賠償が原則として所得として課税されないのは、純資産の増加(いわば「儲け」)としての実質がないからである。本件賠償金は、いわば交通事故による治療費や交通費の支払と同じ性質のものであり、原告が譲渡所得税、過少申告加算税、延滞利子税の支払を余儀なくされて財産が減少したことに対する実費の支払にすぎず、原告にとって純資産の増加に結び付かないから、本件賠償金を受領しても、所得には該当しない。
ウ 本件賠償金は、所得税法三四条一項、同基本通達三四―一に掲げる一時所得の例示に該当しない。
エ かりに、本件賠償金の受領が一時所得に該当することになると、理論的には被告三平地所が再び納税資金を賠償金として支払った場合にも、その受領した賠償金について一時所得として新たに納税されることになり、無限に損害賠償金の支払と納税が繰り返されるという不合理な結果をもたらす。
オ 本件賠償金の受領を一時所得とする税務当局の確定的扱いは存在しないし、その理論的根拠も不明である。
カ 本件賠償金の支払は、本件特約の履行の有無にかかっており、買主が予め契約の代金額とは別に譲渡所得税の支払の負担をするいわゆる値増し金の事例とは異なる。また、かりに本件賠償金の支払を値増し金の事例と同じと考えた場合、一時所得としてではなく、譲渡所得税として課税されなければならない。
(2) 争点(2)について
(原告の主張)
原告は、被告三平地所の本件特約不履行による損害金として本件賠償金及び本件課税分の合計一億八一九一万三〇〇〇円(但し、当初請求額は江花敬行税理士(江花税理士)の算定による一億八五四四万一二九〇円である。)を請求するため、本件原告訴訟代理人及び江花税理士に依頼した。原告は、任意交渉で、一億四五九六万一一〇〇円を受領したものの、残額の請求のため本件訴え提起を余儀なくされた。
したがって、次のアからウまでの任意交渉分及び本訴提起分を通じての弁護士費用等の損害は、被告三平地所の本件特約不履行とは相当因果関係がある。
ア 弁護士費用 二〇二七万円
イ 税理士費 一四一万九六〇〇円
ウ 諸実費 二五万円
計二一九三万九六〇〇円
(被告の主張)
原告の弁護士費用等の損害は、次に述べるとおり、被告三平地所の本件特約不履行とは相当因果関係がない。
ア 被告三平地所は、原告に対し、次の(ア)から(ウ)までの経過により、任意交渉の段階で本件軽減相当額一億四五九六万一一〇〇円を支払っている。この支払の経緯に照らすと、本件賠償金の支払と本件原告訴訟代理人の弁護士としての業務とは相当因果関係がない。
したがって、弁護士費用等のうち、少なくとも任意交渉分に相応する費用は、被告三平地所の本件特約不履行による損害にはあたらない。
(ア) 江花税理士は、平成一一年五月二五日、被告三平地所に対し、本件軽減措置を受けるための資料が足りないので追加してほしいと要請した。これに対し、被告三平地所は、税理士を通じて都庁及び葛飾税務署との間で原告が本件軽減措置を受けられるよう協議を重ねてきた。
(イ) 被告三平地所は、平成一一年九月二八日、葛飾税務署から本件軽減措置を受けられないとの回答を受けた。被告三平地所は、同月二九日、原告に対し、その旨通知し、本件特約不履行による損害賠償金の支払を約束した。
(ウ) 被告三平地所は、平成一一年一〇月二七日、原告から本件特約不履行による損害として二億〇七三八万〇八九〇円の請求を受けた。被告三平地所は、同年一一月一〇日、原告に対し、請求金額のうち本件賠償金については、これを損害額と認めて、支払った。
イ 弁護士費用等のうち本件訴訟手続に相当する費用は、本件課税分について本訴請求が認められることを前提としているが、この請求が認められないので、これに伴う上記費用の請求も認められない。
ウ 原則として金銭債務の不履行の場合には、民法四一九条との関係から弁護士費用を請求できない。不法行為に基づく損害賠償請求の場合には、自己の権利擁護のため訴え提起を余儀なくされ、訴訟追行を弁護士に委任したときは事案の難易、請求額、認容額その他諸般の事情を考慮し相当な範囲に限り弁護士費用を請求できるが、本件においては、弁護士費用等のうち任意交渉に相応する費用はいうまでもなく、本件訴訟手続に相応する費用についても上記要件を欠いており、いずれにしても損害賠償請求はできない。
第三争点に対する判断
一 争点(1)について
(1) 本件課税経緯について
前記第二の一前提となる事実のほか後記認定に供した証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 被告三平地所は、本件特約により、法所定の宅地の造成を自ら完成させて、本件土地について優良宅地認定を受け、原告に対し、その認定を受けたことを証する書面を交付する義務を負っていた。しかし、被告三平地所は、平成八年一〇月九日、扶桑レクセルに対し、宅地の造成を行わないまま、本件土地を転売し、同日、所有権移転登記手続をした。被告三平地所が本件特約上の前記義務を怠ったため、原告は、本件手続を取ることができず、平成八年度分所得税のうち、本件土地の譲渡所得税につき、本件軽減措置を受けることができなかった。
原告は、被告三平地所の本件特約不履行により修正申告を余儀なくされ、所得税等につき平成一一年九月二九日付けで、住民税等につき同月三〇日付けで、本件軽減相当額(一億四五九六万一一〇〇円)が課税された。(前記第二の一前提となる事実(2)及び(3)で認定)
イ 原告は、本件軽減相当額の課税を受けたため、被告らに対し、本件特約に基づき、これに伴う損害賠償を請求した。原告は、平成一一年九月三〇日、原告訴訟代理人に対し本件特約に基づく損害賠償請求の交渉を、江花税理士に対しこれに伴う税務処理を、それぞれ依頼した。江花税理士は、原告に対して本件課税がされたことに伴い、新たに納付が必要となった税額の合計(所得税、過少申告加算税、平成一一年一〇月末日までに支払うことを前提にした場合の延滞利子税、特別区民税及び都民税)は、合計一億四五九六万一三九〇円に上ると算定した。また、江花税理士は、葛飾税務署との間で、前記一億四五九六万一三九〇円を受領した場合、その申告方法について協議し、葛飾税務署から一時所得になるとの指導を受けた。江花税理士は、被告に対し請求する本件軽減相当額は、実損を補填する損害賠償金としての性質を有せず、一時所得になると判断して、最終的に本件特約に基づき、被告らに対し求めることができる損害賠償請求金額について、本件課税分並びに弁護士報酬及び税理士報酬を含めて合計で二億〇七三八万〇八九〇円に上ると試算した。
ウ 原告訴訟代理人は原告を代理として、平成一一年一〇月二七日到達の書面により、被告らに対し、本件特約不履行に基づく損害賠償請求として前記二億〇七三八万〇八九〇円を到達後五日以内に支払うよう求めるとともに、支払をしない場合には法的手段を取ることを通知した。(前記第二の一前提となる事実(4)アで認定)
エ 被告三平地所は、平成一一年一一月一〇日、原告に対し、本件特約の不履行に基づく賠償金として、本件軽減相当額一億四五九六万一一〇〇円を支払った。(前記第二の一前提となる事実(4)イで認定)
オ 原告は、平成一二年三月一五日、葛飾税務署に対し、葛飾税務署の指導に従い、被告から受領した一億四五九六万一一〇〇円を一時所得として申告した。この結果、原告に対し本件課税がされた。(前記第二の一前提となる事実(4)ウで認定)
カ 原告は、平成一二年六月三〇日、葛飾税務署に対し、本件課税分の支払の一部として一〇〇四万九九〇〇円の支払をしたところ、葛飾税務署は異議なくこれを領収した。原告は、本件課税については残額を未納しており、葛飾税務署等から督促の通知を受けている。
以上の認定事実によれば、被告三平地所の原告に対する支払は、被告三平地所において本件特約を履行していれば、原告が受けられたはずの本件軽減措置、すなわち、通常の長期譲渡所得の課税額と本件軽減措置を受けた課税額との差額分につき、本件特約に基づく賠償金として支払われたものであることが認められる。
一方、前記認定事実によれば、a 江花税理士は、本件賠償金について、原告の実損を補填する損害賠償金としての性質を有せず、所得税法九条一項一六号、所得税法施行令三〇条に定めのある非課税項目のいずれにも該当しないとして取り扱ったこと、b 江花税理士の前記見解は、葛飾税務署との事前の協議を踏まえていること、c 葛飾税務署は、原告の本件賠償金の取得について、実際に一時所得とみなして課税をしたことなどの事実が認められ、少なくとも葛飾税務署の見解は、本件賠償金について、非課税所得ではなく、一時所得と判断したことが認められる
(2) そこで、本件賠償金が、所得税法上、損害賠償金として非課税所得にあたるかについて検討する。
所得税法九条一項一六号は、損害保険契約に基づき支払を受ける保険金及び損害賠償金(これに類するものを含む。)で、心身に加えられた損害又は突発的な事故により資産に加えられた損害に基因して取得するものその他政令で定めるものは、非課税とする旨定めている。損害賠償金が非課税とされる理由は、損害賠償が他人の被った損害を補填し、損害のないのと同じ状態にしようとすることにあって、その間に所得の観念を入れることが酷であることによるものと解される。すなわち、損害賠償金の名目で支払われたとしても、そのすべてが非課税所得になるわけではない。本来所得となるべきもの、又は、得べかりし利益を喪失した場合にこれが賠償されるときは、喪失した所得(利益)が補填されるという意味においてその実質は所得(利益)を得たと同一の結果に帰着すると考えられ、このような場合は、名目上、損害賠償金であっても、非課税所得にはならない。
ア 本件軽減措置の趣旨からの検討
法三一条の二第一項二号によれば、本件軽減措置は、所有期間が五年を超える土地等を国、地方公共団体等に譲渡するなど、優良住宅地の造成等のための土地等の譲渡として一定の要件を満たしている譲渡に該当する場合に限り、特別にその譲渡課所得金額に対して通常の税率よりも引き下げて、一五%の軽減税率により課税する措置である。仮に法所定の要件を満たさない事情が後に生ずれば、原則に戻って、土を譲渡した場合は、修正申告書を提出して通常の長期譲渡所得課税と本件軽減措置を受けた課税額との差額(ただし、所定の期限内に申告すると過少申告加算税等は付加されない。)を納付することになる(法三一条の二第七項)。
以上の本件軽減措置の趣旨からすると、土地を譲渡する場合は、原則として、一般の長期譲渡所得が課税されるが、法に基づく特別の要件を満たしたときに限り、本件軽減措置を受けて、一般の長期譲渡所得の課税の一部が免除される。
本件においても、原告は、原則として一般の長期譲渡所得の課税を受けるが、被告三平地所が本件特約を履行し、法所定の要件を満たしたときに限り本件軽減措置を受け、課税が軽減される。しかし、被告三平地所が扶桑レクセルに対し本件土地を譲渡したため、もはや原告は、本件軽減措置を受ける余地はなく、本件軽減相当額については法に定めるとおり自ら負担するしかない。
そうすると、本件特約不履行により本件軽減措置を受けられなかったことは、原告において、もともと実体的には課税されなかったはずの税金が、軽減を受けるために必要な書類を整えなかったなどの形式的な理由で課税され、ひいては、原告の既存財産が減少したと見る余地はなく、売買による譲渡所得を取得した原告において、本来、自ら負担すべき譲渡所得税のうち本件軽減相当額について免除を受けられたであろうという将来の利益を侵害されたものにすぎないというべきである。言い換えると、本件賠償金の支払は、被告三平地所の本件特約不履行により逸失した利益についての補填であると解される。
イ 本件賠償金の実質面からの検討
前記認定事実によれば、被告三平地所は、扶桑レクセルに対し、本件土地を転売したことにより、本件特約の履行を不能にしたことから、本件特約に基づき、その不履行のため本件賠償金を支払ったと認めることができる。
ところで、本件不動産の譲渡につき、優良住宅地等の譲渡による特例措置を受けられなかった場合、前記のとおり、原則に戻って課税がされる。本件賠償金の支払は、実質的にみると、売主である原告にとっては、結局、自ら負担すべき一般の長期譲渡所得課税について、本件軽減措置を受けられたと仮定した課税額分につき、買主である被告三平地所に負担をさせるという結果となっており、つまるところ、不動産の売買契約において、売買価格に、売主が負担すべき不動産譲渡所得税を上乗せして売買価格を決定した事例(値増し金の事例)と同じであって、本件賠償金の支払は、本件不動産の譲渡代金の増額分にあたるというべきである。
そうすると、名目は損害賠償金とされているものの、本件賠償金の実質は、譲渡代金の一部と同等に評価すべきである。
したがって、本件賠償金の実質的な意味から検討しても、本件賠償金は、非課税所得にはあたらないと解するのが相当である。被告らは、この点に関し、本件賠償金が、いわば「儲け」として実質を欠き、所得に該当しないと主張するが、この主張は、以上説示に照らして理由がない。
また、被告らは、(ア) かりに本件賠償金が一時所得として課税することになると、本件では、新たに支払われた賠償金についても、課税が繰り返されることになる、(イ) かりに本件についていわゆる値増し金の事例と同じに解するのであれば、原告の本件賠償金は、一時所得として課税されるのではなく、譲渡所得として課税されるはずであると主張する。
しかし、(ア) 上記(ア)の主張については、理論的には、課税が繰り返される余地があるとしても、課税の繰り返しは無限に続く訳ではなく、賠償すべき価額は課税が繰り返される中で順次減少し、いずれは課税がされなくなることに行きつくこと、また、そもそも後記の事情からしても、課税が繰り返されるかどうかは課税当局の判断にかかる余地が大きいことに照らして採用できない、(イ) 次に上記(イ)の主張については、本件賠償金について、これを譲渡所得とみなして課税することは前記の本件経過に照らして十分合理性が見込まれるが、甲一四号証によれば、譲渡所得とした場合、本件軽減相当額の交付に伴う新たな課税金額は、所得税が四一五二万二一〇〇円、住民税が一二五四万六六〇〇円となり、一時所得とした場合の課税金額である所得税二六五一万四五〇〇円、住民税九四三万七四〇〇円を上回り、合計一八一一万六八〇〇円の負担増になることから、原告の代理人であった江花税理士が、葛飾税務署と協議した結果、同税務署との間で譲渡所得により原告にとって有利な一時所得として申告することになったものと推認され、前記(イ)の主張についても、本件賠償金が非課税所得となる根拠にはならない。
(3) 以上から、本件課税には、客観的に明白かつ重大な無効事由が存在しないことは明らかであり、原告は、国に対して本件課税の無効を主張して徴収を拒んだり、既納付分について不当利得返還請求を求めたりすることはできず、本件課税分を納付せざるを得ないから、本件課税分については本件特約不履行と相当因果関係がある損害であると認められる。
二 争点(2)について
(1) 前記第二の一前提となる事実及び前記第三の一(1)の認定事実によれば、以下の事実が認められる。
ア 原告は、平成一一年九月三〇日、原告訴訟代理人に対し本件特約に基づく損害賠償請求を、江花税理士に対しこれに伴う税務処理を、それぞれ依頼した。江花税理士は、原告が被告らから一億四五九六万一三九〇円を受領した場合、原告に新たに課される税金は、一時所得として算定すると三九四七万九九〇〇円であるとして、最終的に本件特約に基づき、被告らに対し求めることができる損害賠償請求金額を弁護士報酬、税理士報酬を含めて合計で二億〇七三八万〇八九〇円に上ると試算した。(前記第三の一(1)イで認定)
イ 原告訴訟代理人は原告を代理して、平成一一年一〇月二七日到達の書面により、被告らに対し、本件特約の不履行に基づく損害賠償請求として前記二億〇七三八万〇八九〇円を到達後五日以内に支払うよう求めるとともに、支払をしない場合には法的手段を取ることを通知した。(前記第三の一(1)ウで認定)
ウ 被告三平地所は、平成一一年一一月一〇日、原告に対し、本件特約不履行に基づく賠償すべき損害賠償金は本件軽減相当額にとどまると判断し、一億四五九六万一一〇〇円を支払った。(前記第二の一前提となる事実(4)イで認定)
エ 原告訴訟代理人は、平成一二年二月一九日、被告らに対し、前記イの請求額のうち未払分として本件課税分並びに弁護士費用等があるとして本訴を提起した。
(2) 以上認定した事実によれば、(ア) 原告の損害賠償請求は、被告三平地所の本件特約不履行に基づくこと、(イ) 被告三平地所は、本件賠償金の支払については、請求を受けた後二週間で支払っていること、(ウ) 原告が、本訴で請求している金額は、平成一一年一〇月二七日到達の書面により、被告らに対し、請求した金額から本件賠償金を控除した額にほぼ相当すること、(エ) 被告三平地所が、原告に対し本件賠償金が非課税所得にあたるとしてその損害の相当性を争い、応訴のうえ、その支払を拒絶したことには相当の根拠があることなどが認められる。
ところで、本件のように債務不履行による損害賠償請求をするに伴って弁護士費用等を請求するには、弁護士費用が訴訟費用とされていないこと及び金銭債務不履行の損害金を遅延損害金に限定した民法四一九条の趣旨などに照らし、不法行為の場合のそれと同様な評価を受ける事情すなわち、a 債権者が任意の履行を受けられず、訴えの提起等を余儀なくされた場合において、b その不履行が不法行為をも構成するような強度の違法性を帯びており、c 債務者において債務の存在を争い、債権者の提起した訴訟に応訴して争うこと等が社会通念上相当でないと認められるかどうか等の事情を総合して、これが不法行為に伴って弁護士費用等を請求できる場合と同様に評価できる場合に限って、弁護士費用等が債務不履行と相当因果関係のある損害に該当するものと解すべきである。
前記説示した(ア)及び(イ)によれば、原告の損害賠償請求は、一般の債務不履行に基づいて催告したところ、被告三平地所は、本件賠償金については、二週間後には支払ったが、それ以外の分については任意の支払を拒んだことから、本件訴えを提起したことが認められるものの、被告三平地所の本件特約不履行の態様が不法行為を構成するような強度の違法性を帯びるとは認められない。また、前記(ウ)及び(エ)によれば、被告三平地所が原告の債権の存在を争い、これを履行せず、応訴したことが社会通念上相当でないと認めることができない。
したがって、原告の弁護士費用等につき任意交渉に相応する分及び本件訴訟手続に相応する分についてはいずれも請求することができない。
三 以上によれば、原告の本訴請求は、被告らに対し連帯して三五九五万一九〇〇円(本件課税分)及びこれに対する催告後である平成一一年一一月二日から完済まで商事法定利率年六分の割合による金員の支払を求める限度において理由があるからこれは認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小島浩 裁判官 千葉和則 澤井真一)
<以下省略>