東京地方裁判所 平成12年(ワ)4427号 判決 2001年3月12日
原告
浦野雄治
被告
利根地下技術株式会社
同代表者代表取締役
奈良清美
同訴訟代理人弁護士
大森文彦
同
吉野高
主文
1 本件訴えのうち労働契約上の地位確認を求める部分を却下する。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 原告が、被告に対し、労働契約上の権利を有することを確認する。
2 被告は、原告に対し、一八七九万〇六九二円及びこれに対する平成一二年三月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は、被告に雇用されていた原告が、被告から受けた解雇が無効であるとして、被告に対し、労働契約上の地位確認、解雇後の賃金及び慰謝料並びにこれらに対する遅延損害金の支払を求め、被告が、解雇の事実はない、賃金及び慰謝料の支払義務はないとして、これを争ったものである。
1 争いのない事実等
(1) 被告は、公共事業における地下開発、土木事業等の施行に関する業務を主な目的とする株式会社である。
(2) 原告は、平成一一年一〇月一日、次の条件で被告に入社し、環境事業推進部長に就任した。
雇用期間 定めなし
賃金 年額一〇〇〇万円
(給与七〇〇万円、賞与毎年六月及び一二月に各一五〇万円)
(3) 被告は、原告に対し、平成一二年一月三一日、同年二月末日限り退職するよう述べた。
原告は、同年三月一日以降、被告に就労していない。
(4) 原告の賃金額は、平成一一年一〇月分ないし一二月分が各六〇万四七八五円、平成一二年一月分及び二月分が各五四万六四五五円であった。
2 争点
(1) 解雇の意思表示の有無
(2) 賃金請求権の有無
(3) 慰謝料請求権の有無
3 当事者主張の骨子
(原告)
(1) 被告は、原告に対し、平成一二年一月三一日、環境事業推進部を閉鎖するので、同年二月末日をもって原告を解雇する旨述べた。
このことが解雇であり、かつ整理解雇であることは、被告が、解雇理由として経営状況の悪化及び環境事業推進部の閉鎖を挙げ、また、この解雇に先立ち、原告の部下に対し解雇又は配置転換をしたこと、原告が同年二月二九日に事務引継をしたこと、被告が同年三月一日付けで離職票を発行したことなどから明らかである。
そして、被告の経営状況が健全であること、被告が解雇回避の努力をしていないこと、原告を人選したことに妥当性がないこと、被告が原告に対し解雇告知に当たり説得するための努力をしていないことを考えると、原告に対する解雇が無効であることは明らかである。
(2) 原告の平成一一年一二月から平成一二年二月までの賃金は、給与が一六九万七六七五円、賞与が一五〇万円で、月額平均一〇六万五八九一円であり、訴え提起後の平均審理期間は一二か月である。
また、原告は、違法な解雇及びその他被告の様々な行為により、精神的な苦痛を受けており、これに対する慰謝料は六〇〇万円が相当である。
(3) よって、原告は、被告に対し、労働契約上の地位確認、並びに、解雇後である平成一二年三月分から平成一三年二月分までの賃金及び賞与の合計額一二七九万〇六九二円、解雇による慰謝料六〇〇万円及びこれらに対する本訴状送達の日の翌日である平成一二年三月三〇日から支払済みまで年五分の金員の支払を求める。
(被告)
(1) 原告と被告との間で雇用関係が存続していることは認める。
被告は、原告に対し、平成一二年一月三一日、退職するよう打診したところ、原告は、年収一〇〇〇万円の残額を支払うよう求め、被告がこれを拒否すると、原告は、裁判をすると言って席を立ってしまった。
したがって、被告は、原告に対し、解雇の意思表示をしていない。
(2) 原告は、同年三月一日以降、被告に就労していないから、被告に対する同年三月分以降の賃金請求は失当である。
また、慰謝料請求は、解雇の存在を前提としたものであり、失当である。
第3当裁判所の判断
1 労働契約上の地位確認を求める訴えについて
原告は、被告に対し、労働契約上の地位確認を求めているところ、被告は、原告を解雇していない旨主張し、原告が同地位を有していることを認めている。
そうすると、原告が被告に対して労働契約上の地位を有することにつき、当事者間に争いがなく、同地位につき危険又は不安が現存していると認めることはできないから、同地位の確認を求める訴えは即時確定の利益がないというべきである。
したがって、本件訴えのうち労働契約上の地位確認を求める訴えは確認の利益がないものとして却下する。
2 事実関係
争いのない事実等、証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1) 被告は、平成一〇年二月、経営危機であったことから、第一次合理化計画を行い、その結果、社員三六名(五五歳以上の早期退職優遇者六名、被告の子会社への転職者四名、自分で転職先を探すことを希望した者一二名、自己都合退職者一四名)が退職した。
(2) 被告は、同年四月一日、新たに環境事業を推進するためのプロジェクトチームとして、環境事業推進室を新設し、平成一一年四月一日、新規事業開発本部の新設に伴い、同推進室を部に昇格させた。そして、環境事業推進部は、棄物処理場の遮水壁工事、汚染土壌の固化、汚泥焼却灰の有効利用等に取り組んだが、期待したほどの効果がなく、事業方針を定めることができない状態であった。
そこで、被告は、環境事業推進部の部長が空席だったこともあり、新たな人材を採用することとし、人材派遣会社を通じて照会された原告と面接をした後、同年九月二〇日ころ、原告に対し、同年一〇月一日付けで、原告を環境事業推進部部長として採用する旨通知した。
(3) 被告では、平成一一年秋以降、建設業界での景気の低迷から、受注工事量及び工事単価が下落し、経常収支が大幅に赤字になったため、同年一二月には、資金繰りが悪化し、主力銀行に経営支援を要請しなければならない状況にあった。
そこで、被告は、早急に経営の合理化を図る必要があると考え、同月二八日、臨時取締役会を開催し、社内合理化委員会(以下「合理化委員会」という)の設置を承認可決した。合理化委員会の構成員は、委員長が鎌田昭憲代表取締役専務(以下「鎌田専務」という)、副委員長が百瀬武夫常務取締役管理本部長(以下「百瀬常務」という)、その他の委員が取締役四名であった。
合理化委員会は、平成一二年一月五日から、資金収支の改善に関する施策の検討を開始し、人件費削減として、同月分以降の給与から一〇パーセントの賃下げをするとともに、同月一三日、組織の見直しとして、収支改善の見込みがなかった環境事業推進部等を廃部にすることを決め、鎌田専務及び百瀬常務が、同部に属する社員のうち、配転先又は異動先が決まらなかった四名(寺田顧問、原告、伊藤課長及び古屋課長)に対し、それぞれ面談を行い、退職の意向を打診することになった。
(4) 鎌田専務及び百瀬常務は、同月二七日、伊藤課長及び古屋課長と、同月三一日、寺田顧問とそれぞれ面談し、退職を打診したところ、いずれの者も、同年二月末日限り退職することで了解した。
(5) 鎌田専務及び百瀬常務は、同年一月三一日、原告と面談し、被告の経営状況が悪化していること、環境事業推進部を廃部にすることなどの事情を説明した後、「二月末日で退職するようお願いしたい」と述べた。
すると、原告は、「年収一〇〇〇万円で入社したから、残りの分をいただきたい」と述べたが、百瀬常務が、「それは働いたところで、二月末日までの支払となる」と答えると、「それなら裁判で争う」と言って、面談を打切り、退席した。
(6) 原告は、被告に対し、同年二月二日、会社の合理化等の事実関係に関する同月一日付けの質問状(書証略)を交付し、その後、質問状に対する回答がないとして、同月二五日付けの確認書(書証略)を交付した。
これに対し、被告は、原告に対し、同月二九日付けの二通の文書(書証略)により、質問状及び確認書に対する回答を交付した。
(7) 鎌田専務及び百瀬常務は、原告に対し、同日、「会社の現状に照らすと、原告が被告に残るのであれば年収は六五〇万円ないし七〇〇万円になるが、それでもいいなら検討する」と提案し、原告が、「そのようなことを言わなかったじゃないか」と言うと、同人らは、「あの時は、原告が席を立ち、出ていってしまったので、それを話す時間がなかった」旨述べた。しかしながら、原告は、訴状を示しながら、「裁判で争う」と述べ、退席した。
その後、原告は、環境事業推進部に属する内田次長に対し、引継事項を伝えた後、「お世話になりました。後をよろしくお願いします」と述べて、退社した。被告は、原告に対し、事務引継をするようには命じていない。
原告は、同年三月一日以降、被告に就労しなかった。
(8) 被告は、原告に対し、同年三月一日付けの雇用保険被保険者離職票(書証略)を交付した。これには、離職年月日が同年二月二九日、離職理由が事業主の勧奨(都合)による退職である旨記載されていた。
被告が原告に対して離職票を交付したのは、百瀬常務が、原告が同年三月以降出社しない意向を有していたことから、総務部次長以下の担当者に対し、原告に対する同月分の給与支給を中断するよう伝えたところ、担当者らが、伊藤課長及び古屋課長が同年二月末日限り退職したことから、誤って原告も退職したものとして扱ったためであった。
(9) 原告は、同年三月六日、本件訴えを提起した。
(10) 被告は、原告に対し、同月一五日付け書面(書証略)により、健康保険を任意継続する場合の手続について連絡したが、原告は、被告とのつながりを残すのを嫌だと考え、被告に対し、健康保険証を返却した。
3 解雇の意思表示の有無(争点1)について
前記2認定の事実によれば、原告が、平成一一年一〇月一日、被告の環境事業推進部の部長として入社したこと、このころ、被告が、経営悪化に伴い、経営の合理化を図る必要があったことから、同年一二月二八日、合理化委員会を設置したこと、合理化委員会が、平成一二年一月上旬ころ、組織の見直しの一環として、環境事業推進部を廃部にすることとし、同委員会の委員長及び副委員長が、原告を含む四名の同部社員に対し、退職を勧告し、退職条件につき協議することにしたこと、この内、原告を除く三名は、同月下旬、退職勧奨に応じ、同年二月末日をもって退職することになったこと、合理化委員会の委員長及び副委員長が、原告と面談し、同年一月三一日、同年二月末日限り退職してほしい旨述べたが、原告がこれに応じず、裁判に訴えるなどと述べて、面談を打切ったこと、同人らが、原告に対し、同月二八日、被告を退職しない場合の年収額について交渉しようとしたが、原告がこれに応じず、面談を打切ったことが認められる。
これらの事実によれば、被告が、原告に対し、同年一月三一日、退職するよう述べたことは、退職を勧奨したものにすぎず、解雇の意思表示ではないというべきである。
原告は、被告が同年三月一日付けで離職票を発行していること、原告が同年二月二九日に事務引継をしたことから、原告が同日限り解雇されたことは明らかである旨主張する。しかしながら、前記1認定の事実によれば、同離職票は、被告が誤って発行したものと認められるから、離職票発行の事実をもって原告が解雇されたということはできず、また、原告が同日に事務引継をしたことをもって、直ちに原告が同日限り解雇されたということは到底できない。
したがって、被告が原告に対して同年一月三一日に解雇の意思表示をしたということはできず、これに反する原告の主張は採用することができない。
4 賃金請求権の有無(争点2)について
前記2認定の事実によれば、被告が、原告に対し、平成一二年一月三一日、退職を勧奨し、同年二月二九日、原告が退職しない場合の年収額減額を提示したが、原告がいずれも拒否したこと、原告が、同日、自発的に事務引継をした後に退社し、以後、被告に就労しなかったことが認められる。
これらの事実によれば、原告は、同年三月以降、被告から就労を拒否されていなかったにもかかわらず、被告から退職を勧奨されたことから、自らの意思で就労しなくなったことが認められる。
そうすると、原告の不就労が、被告の帰責事由によるものということは到底できないから、原告は、被告に対し、不就労の期間に対応する賃金の支払を求めることはできないというべきである。
したがって、原告の賃金請求は理由がない。
5 慰謝料請求権の有無(争点3)について
原告は、被告がした解雇及びその他様々な違法行為により、精神的な損害を被った旨主張する。
しかしながら、原告主張の解雇の退職勧奨にすぎないものであることは、前記3のとおりであり、前記2の事実経過に照らすと、この退職勧奨が違法であるということは到底できない。
そして、他に、被告が原告に対して損害賠償の対象となるような違法行為をしたことを認めるに足りる立証はない。
したがって、原告の慰謝料請求は、その余を検討するまでもなく理由がない。
6 よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 細川二朗)