東京地方裁判所 平成12年(ワ)4727号 判決 2001年8月29日
原告
菅野洋一
被告
平野種一
主文
一 被告は、原告に対し、金四六〇万六八四五円及びこれに対する平成一〇年七月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを四分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金一七三八万八二九〇円及びこれに対する平成一〇年七月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 争いのない事実及び容易に認定し得る事実
(一) 事故の発生(甲一)
ア 日時 平成一〇年七月二〇日午後八時五五分ころ
イ 場所 横浜市戸塚区原宿町一一二一番地路上
ウ 原告車 原告(昭和三五年六月一五日生、本件事故当時三八歳)が運転していた普通乗用自動車
エ 被告車 被告が運転していた普通乗用自動車
オ 事故態様 被告車が原告車に追突した(以下「本件事故」という。)。
(二) 被告の責任
本件事故は被告の前方不注視によって発生したものであり、また、被告車は被告の保有する車両であるから、被告は原告に対する損害賠償義務を負う。
(三) 原告の受傷と治療経過等
原告は、本件事故により、頸椎捻挫、頭部打撲等の傷害を受け、これにより、新東京病院(平成一〇年七月二一日、同月二二日の通院、甲二の一、二)、東京病院松飛台(平成一〇年七月二三日から同年九月二二日までの六二日間の入院及び同年九月三〇日から平成一一年一月三〇日までの実日数九六日の通院。甲一四、八の二)、東京健康管理クリニック(平成一〇年八月二〇日の通院、甲五の一、二)での治療を余儀なくされた(被告の自白(被告の平成一二年九月一八日付け準備書面)の撤回は原告の異議により効力がない。)。
原告は前記のとおりの治療を受けたものの、頭痛、頸部痛、左上肢の知覚障害等の自覚症状が解消しない状態で、平成一一年一月三一日をもって症状が固定したとの診断を受けた(甲一四)。
(四) 原告の症状固定後の受診状況等
原告は、症状固定の診断を受けた後も、自らの希望により、対症療法(甲一五は「対処」と表記している。)を受けるため、東京病院松飛台への通院を継続し(平成一一年二月一日から平成一二年一月一八日までの実日数一七九日の通院、甲一五、一八)、また、聖路加国際病院(平成一一年六月二二日の通院、甲一六)でも治療を受けた。
東京病院松飛台での通院日数は、それぞれ、平成一一年二月が二三日、三月が二六日、四月が二四日、五月が二〇日、六月が二四日、七月が二六日、八月が二六日、九月が二日、一〇月が四日、一一月が二日、一二月が一日、平成一二年一月が一日となっており(甲一八)、平成一一年八月までの通院頻度が高いのに対し、同年九月以降のそれは八月以前に比べて極端に低下している。
(五) 前回事故の存在
原告は、平成六年一〇月一九日に交通事故に遭遇し(以下「前回事故」という。)、これにより、頭部外傷、頸椎捻挫、腰臀部打撲の傷害を受け、本件事故後の前記後遺障害と同じ部位である、頭痛、頸部痛、左手及び左上肢のしびれと痛み等の後遺障害が残存し、後遺障害等級一四級一〇号の認定を受けた(乙九、一一の一から三、乙一二の一から六、弁論の全趣旨)。
(六) 原告に生じた損害及び被告による損害のてん補
原告の治療のために要した平成一〇年七月二一日から平成一一年一月三〇日までの治療費は二三四万三七〇〇円(平成一一年一月二七日分の二一〇〇円(甲二二の一)を含む。)である。
被告は、原告に生じた損害のうち、治療費として二三四万一六〇〇円(前記治療費のうち、前記の同年一月二七日分二一〇〇円を除く。)、通院費として八万六〇五〇円(平成一〇年一一月二〇日までの分である。)、諸雑費として一万八三六一円、休業損害として一六八万二六〇〇円、その他六万九一六〇円、合計四一九万七七七一円を支払った(甲三四の二、弁論の全趣旨)。
二 争点
本件の争点は、原告の損害額の算定である。
(一) 原告の主張
ア 治療費 (請求額 二四三万八六五〇円)
被告が支払った平成一一年一月三〇日までの前記治療費(平成一一年一月二七日分を除く。二三四万一六〇〇円)に、平成一一年一月二七日分(二一〇〇円)及び同年二月一日以降の分の合計額九万七〇五〇円を加えた金額である。
イ 入院雑費 (請求額 九万三〇〇〇円)
日額一五〇〇円の六二日分である。なお、被告からは、前記のとおり、諸雑費として一万八三六一円を受領しており、未払残額は七万四六三九円である。
ウ 交通費 (請求額 二八万〇六四〇円)
平成一〇年九月三〇日から平成一二年二月二日までの交通費である。なお、被告からは、前記のとおり、平成一〇年一一月二〇日までの分として八万六〇五〇円を受領しており、未払残額は、平成一〇年一一月二一日から平成一二年二月二日までの一九万四五九〇円である。
エ 休業損害 (請求額 三四九万六八〇〇円)
原告の本件事故前の三か月間の収入は一六九万二〇〇〇円(日額一万八八〇〇円)であり、平成一〇年七月三〇日から症状固定日の平成一一年一月三一日までの一八六日間の休業を余儀なくされたために被った損害である(一万八八〇〇円×一八六=三四九万六八〇〇円。平成一〇年七月二〇日から同月二九日までの休業損害は労災保険による休業補償給付金によりてん補済みである。)。なお、被告からは、前記のとおり、一六八万二六〇〇円を受領しており、未払残額は、一八一万四二〇〇円である。
オ 逸失利益
(ア) 主位的主張 (請求額 一〇一二万七八一一円)
本件事故により、原告の身体には頭痛、頸部痛、左手しびれ等の後遺障害が残存しており、これは後遺障害一二級一二号に該当する。
原告は、このため、平成一一年二月一日から平成一二年一月三一日までの間全く就労することができず、平成一二年二月一日以降は四年間にわたって労働能力を一四パーセント喪失した状態を甘受しなければならない。
したがって、原告の逸失利益は、平成一一年二月一日から平成一二年一月三一日までの一年分の収入に相当する六七六万八〇〇〇円(一六九万二〇〇〇円×一二÷三)と、平成一二年二月一日から四年間(ライプニッツ係数三・五四五九)、労働能力喪失率一四パーセントとして算定した逸失利益である三三五万九八一一円(六七六万八〇〇〇円×〇・一四×三・五四五九)の合計額となる。
(イ) 予備的主張 (請求額 一〇〇七万八九九九円)
原告は、前記後遺障害により、平成一一年二月一日から平成一二年二月三日まで(一年と三日間)就労することができず、同月四日からは稼働を再開させたものの、平成一三年二月二八日まで(一年と二五日間)の収入は三九七万六一八九円にとどまった。したがって、平成一一年二月一日から平成一三年二月二八日までの逸失利益は、以下のとおり、一〇〇七万八九九九円となる。
すなわち、平成一一年二月一日から平成一二年二月三日までの間に得られたはずの収入に相当する六八二万三六二七円(六七六万八〇〇〇円×(一+三/三六五))に、平成一二年二月四日から平成一三年二月二八日までの間に得られたはずの収入(六七六万八〇〇〇円×(一+二五/三六五)=七二三万一五六一円)と原告が同期間中に現実に稼働して得た収入(三九七万六一八九円)との差額である三二五万五三七二円を加えた金額である。
カ 傷害慰謝料 (請求額 一五〇万円)
キ 後遺障害慰謝料 (請求額 二〇〇万円)
ク 弁護士費用 (請求額 一五八万円)
ケ 原告の心因的要因又は前回事故による寄与度減額の可否
被告の主張は争う。原告は、前回事故による症状固定後は治療を受けず、石工としての仕事に精励していたのであり、寄与度減額するとしても、せいぜい二〇パーセントにとどめるべきである。
(二) 被告の主張
ア 症状固定日以降の治療費、交通費は本件事故と相当因果関係がない。
イ 休業の必要性が認められるのは平成一〇年一〇月までである。
ウ 原告には既に前回事故による後遺障害が残存しているのであって、原告の現在の症状もそれを上回るものではない。したがって、本件事故による更なる労働能力喪失状態は発生していない。また、原告の就業不能状態は、前記後遺障害ではなく、不況又は年齢に起因するのであって、本件事故と因果関係はない。
エ 原告の心因的要因又は前回事故による寄与度減額の可否
本件事故による損害額の算定に当たっては、原告の心因的要因及び前回事故による後遺障害が損害の拡大に影響していることを考慮し、相当額の寄与度減額をすべきである。
第三当裁判所の判断
一 治療費 二三四万三七〇〇円
平成一一年一月三〇日までに要した治療費である。
同年二月一日以降の治療については、その具体的な必要性を医学的に裏付ける事実を認めるに足りる証拠はない。かえって、その治療が原告の希望に基づく後遺障害に対する対症療法にとどまり、治療の具体的な必要性についても原告本人の希望によること(甲一五)、前示のとおり原告は既に同年一月三一日をもって症状固定したとの診断を受けていることに照らすと、この治療に要した費用を本件事故と相当因果関係のある損害として認めることはできない。
なお、原告の前示の痛み等を伴う身体状態については、症状固定後もなお精神的・肉体的苦痛が残存するものとして、積極損害の費目である治療費ではなく、別途慰謝料の斟酌事情として評価する。
二 入院雑費 八万〇六〇〇円
日額一三〇〇円の入院日数である六二日分である。
三 交通費 一一万二七三〇円
(一) 平成一〇年一一月三〇日までの交通費は八万六〇五〇円である(弁論の全趣旨)。
(二)ア 同年一二月一日から、前示のとおり本件事故と相当因果関係の認められる平成一一年一月三〇日までの通院は、東京病院松飛台の四六日のみである(甲一〇の二、甲一三の二)。
イ 原告の自宅から東京病院松飛台までのバス運賃は片道二九〇円(往復五八〇円。甲二一の一から四)であるから、本件において認められるべき相当な通院交通費は、二万六六八〇円(五八〇円×四六)である。
ウ 原告の請求するタクシー代のうち、法律事務所に赴くための分(甲二三の一から三)については、これを利用する必要性、相当性を裏付ける具体的事情は認められないし、また、同病院の通院のための分(甲二一の一以下)については、タクシーを利用したことを裏付ける証拠が全くない上、これを利用する必要性、相当性を裏付ける具体的事情を認めるに足りる証拠がない。
(三) 以上により、本件で認められる相当な交通費は合計一一万二七三〇円となる。
四 休業損害 三四二万〇七二六円
(一) 基礎収入
原告の平成一〇年三月から五月までの給与収入が一六九万二〇〇〇円であること(同年六月は別件労災事故により休業しており、基礎とすべきではない。甲二六の一、甲六二の一から三)からすると、休業損害を算定するための基礎収入は一万八三九一円(一六九万二〇〇〇円÷九二)とするのが合理的であり、平成九年分の給与収入が六六六万円であること(甲二四)に照らしても相当である。
(二) 休業の実情
原告の主張に係る平成一〇年七月三〇日から本件事故後症状固定日(平成一一年一月三一日)までの間(一八六日間)、原告が就業していなかったことは認められるが(甲二六の一から四、甲二九の一、二、甲三五、三七、原告本人)、この間の通院状況が前示のとおり頻繁であり、かつ、その通院が治療のために必要であったこと、原告の職業である石工は、巧緻な手作業と集中力が要求され、原告の前示の症状は石工の仕事を遂行する上で相当な困難と支障をもたらすことは明らかであること、原告は本件事故直前まで毎月二二日から二五日程度勤務し(平成一〇年一月を除く。甲二六の一、甲六二の一から三)、同年代の中卒労働者の平均賃金(平成一〇年の三五歳から三九歳の中卒男子労働者の平均賃金は四六五万六一〇〇円である。なお、原告は中卒学歴である。甲三七)を大きく上回る稼働収入を得る仕事に従事していたのであって、前示の負傷状態のほかに、かかる高額の給与を失うリスクを負ってまで自ら怠業するような事情が原告には見当たらないこと、を総合すると、この期間中、原告は前示負傷によって石工として就業することが困難な身体状態であったと評価するのが合理的である。
乙一(東京海上メディカルサービス株式会社の佐藤雅史医師作成の意見書)は、原告本人を直接診察しない医師による一般的抽象的な観点からの推測に基づく所見にとどまり、前示認定を左右するものではない。
(三) 計算式
よって、原告の休業損害は、以下のとおり、三四二万〇七二六円となる。
一万八三九一円×一八六=三四二万〇七二六円
五 逸失利益 二九〇万五九八二円
(一) 基礎収入
前示のとおり、平成一〇年三月から五月までの給与収入(一六九万二〇〇〇円)を年間収入に換算すると、六七一万二八二六円(一六九万二〇〇〇円÷九二×三六五=六七一万二八二六円)となり、これを基礎とするのが合理的である。
(二) 後遺障害の評価
ア 前示後遺障害の認定等級と本件事故との因果関係
前示認定事実、甲一四、乙三の一によれば、原告の身体には頭痛、頸部痛、左上肢の知覚障害等の自覚症状を内容とする後遺障害が残存しているが、同症状のうち左上肢の症状は第八頸椎の領域(左)に係るものであり、原告は長期間にわたって一貫して訴えており、担当医も同部位の神経根損傷と見ていること(甲一四、乙三の一)、原告は前回事故でも同じ部位に同様の症状を患い、それにつき後遺障害等級一四級一〇号の認定を受けていること、を考慮すると、原告の本件事故による前示後遺障害についても、局部の神経症状であり、かつ、医学的な見地から説明可能なものとして後遺障害一四級一〇号と評価するのが合理的である。
そして、原告の前示の就業状況等からすると、前回事故による後遺障害の影響は本件事故前には既に解消していたと考えられ、原告の身体に現在残存する前示の後遺障害は本件事故によって再発したものと考えるのが合理的である。
イ 前示後遺障害による労働能力喪失率
(ア) 症状固定日後の平成一一年二月一日から同年八月三一日までの間の原告の身体状態については、原告が、前示後遺障害による症状を緩解させるためにかなりの日数の通院を自費負担で継続しており、原告の後遺障害による痛み、しびれ等は症状固定後もなお重い状態であったことがうかがえ、稼働能力が未だ十分には回復していない状態が継続していたことが認められる。
そして、同年九月以降についても、原告の通院日数はそれまでに比べて極端に少なくなり、担当医も平成一一年九月一四日時点(同月の最初の診察日)で軽作業程度との条件付きで就労可能な状態であると判断していること(甲三三、乙三の一の五五頁以下)、しかしながら、原告は前示のとおり巧緻な手作業と集中力を要求される石工の仕事に復帰することができず、現在建築墨出測量(建物建築時に図面に基づき柱や床等の寸法をメジャーで測り設備等の取付位置等に墨打ちする作業等を意味する。原告本人)に従事していること、その賃金は日給一万四〇〇〇円であり、同僚と同等の賃金額ではあるが石工のときの賃金額(日給二万三〇〇〇円強の金額。甲二六の一。なお、原告の供述に係る二万七〇〇〇円は好況時のものと思われる。)に比べて大幅に低下していること(原告本人)、そのほかにこれまでに道路のライン引き、トラック運転、タオル配達・運搬、建築現場掃除等の種々の職種での仕事をなし、かつ、同僚に比べて待遇の上で差別を受けたことはないものの、現在もなお作業遂行上左手を自在に使えないため右手で補わなければ不自由さが今なお継続していること(原告本人)、が認められる。
(イ) 以上によれば、原告の前示後遺障害は、局部の神経症状として後遺障害一四級一〇号の評価が相当ではあるものの、原告の本件事故当時の職業(石工)とその仕事遂行上の特殊性(前示の巧緻な手作業と集中力が不可欠であること)、原告の後遺障害部位(頭部、頸部、左上肢、左手)、収入の激減状況等の事情を総合的に考慮すると、原告の稼働能力に対する制約状態の評価、すなわち、原告の労働能力喪失率を認定するに当たっては、前示認定等級から直ちに労働能力喪失率を決定するのは相当ではなく、その実情にかんがみ、その喪失の程度を一〇パーセントと評価するのが相当である。
ウ 労働能力喪失期間
原告の稼働能力が前示後遺障害によって制約される状態については、少なくとも五年間(ライプニッツ係数四・三二九)は継続すると認めるのが相当である。
(三) 計算式
671万2826円×0.1×4.329=290万5982円
六 傷害慰謝料 一二〇万円
原告の負傷内容、部位、程度、治療経過、仕事をなしえなかった精神的苦痛の大きさ等を評価した。
七 後遣障害慰謝料 一八〇万円
原告の後遺障害の内容、程度等のほか、原告が中卒後唯一の生業としてきた石工の仕事に復帰することが困難な状況に置かれていること、等を考慮すると、一八〇万円をもって後遺障害慰謝料とするのが相当である。
八 小計 一一八六万三七三八円
九 前回事故の寄与度減額 三〇パーセント控除
原告の身体に残存した後遺障害の内容、程度のいずれもが前回事故によるそれと同じであり、本件事故時に原告は左横の建物の方向を向いていたために衝突の衝撃が原告の頸部に複雑に作用したとしても(甲五四の一二頁)、前回事故による前示後遺障害が本件事故による負傷にかなりの程度寄与したと考えるのが相当であり、その寄与度減額の程度については、三〇パーセントとするのが相当である。
なお、被告主張に係る心因的要因が損害を拡大させたことを認めるに足りる証拠はない。
一〇 小計 八三〇万四六一六円
一一 既払金(四一九万七七七一円)控除後の金額 四一〇万六八四五円
一二 弁護士費用 五〇万円
本件事案の難易度、原告代理人の訴訟活動の内容等を考慮した。
一三 合計 四六〇万六八四五円
一四 結論
よって、原告の請求は、被告に対し、金四六〇万六八四五円及びこれに対する平成一〇年七月二〇日(本件事故日)から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
(裁判官 渡邉和義)