大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成12年(ワ)5024号 判決

原告 A

右訴訟代理人弁護士 川合順子

右同 荒木和男

右同 近藤良紹

右同 早野貴文

右同 宗万秀和

右同 川合晋太郎

右同 田伏岳人

右同 鬼頭栄美子

被告 J

主文

一  被告は、原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する平成一二年三月三〇日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文と同旨

第二事案の概要

一  はじめに

本件は、原告が、被告との間で、結婚の約束(婚約)をしたが、被告がこれを不当に破棄したと主張して、婚約不履行による慰謝料及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払い済みまでの遅延損害金の支払いを求めた事案である。

二  争点

被告は、原告と結婚の約束(婚約)をしたか。婚約不履行の慰謝料としてはいくらが相当か。

(原告の主張)

1 原告と被告は、平成一一年八月頃から交際するようになり、ほどなくして被告のアパートで同居を始め、同年九月頃、結婚の約束(婚約)をした。

2 同年一〇月末頃、原告が妊娠していることがわかったが、被告は、自分が働いてきちんと養育する、イランでの離婚は成立しているから大丈夫と約束したので、原告は、子供を産むことを決意した。

3 平成一一年一二月に、原告は被告がイランの妻と離婚していなかったことを知ったが、翌一二年二月、被告は、妻とも原告とも別れたくない、妻に電話をして、もう離婚の手紙を出さなくてもいいといった、出産の費用や子供の養育費は支払わないし、原告とは結婚もできないなどと、もはや原告とは婚姻する意思がないことを一方的に申し向けて、婚約を破棄した。

4 原告は、婚約不履行により精神的苦痛を被ったが、その慰謝料は三〇〇万円を下らない。

(被告の主張)

否認ないし争う。

被告は、イランに妻と娘がおり、原告と婚約をしていない。

原告は、被告に妻がいてもかまわないから付き合って欲しいといい、子供も一人で育てるといっていた。

第三争点に対する判断

一  証拠(甲一ないし八、原告本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  被告は、一九六〇年生まれのイラン国籍の男性であるが、一九九一年七月に観光ビザで来日し、その後現在に至るまで九年余にわたり、日本国内に不法滞在してきた者である。

被告は、来日する前に、イランにおいて婚姻しており、イランの妻との間に娘がいる。

被告は、原告と知り合った当時、イタリア料理店でサービスマネージャーとして働いていた。

2  原告は、昭和四四生まれの日本人女性である。実母は身障者であり、自身も体調を崩して十分な収入を得ることができなかったことから、平成一〇年一二月から生活保護の受給者となっている。

3  原告と被告は、平成一一年八月頃から交際するようになり、ほどなくして被告のアパートで同居生活を始めた。被告は、原告に対し、自分はイランで結婚歴があり、娘も一人イランにいるが、前妻との離婚は、日本に来る前に成立させてきたと話していた。

4  同年九月頃、被告は、イラン大使館に出向いて、イラン人男性と日本人女性が日本で婚姻する場合の手続きに関する「婚姻登録に関するご案内」と題する小冊子(甲五)を貰ってきた。また、原告は、当時原告が住民登録をしていた品川区役所に電話して、イラン人男性と婚姻するために必要な書類等を問い合わせた(甲六)。

この頃、被告は、勤務していたイタリア料理店のお客やスタッフなどまわりの人のまえで、原告を「奥さん」と呼び、原告と将来結婚をするつもりであるというようになった。

5  同年一〇月頃、原告と被告は、品川区平塚のアパートに引っ越したが、被告が右アパートの賃貸借契約を締結するにあたり、原告は、保証人となった(甲三)。

6  この頃、被告は原告に対し、両人のイニシャルをとって「J to A」と刻印したダイヤモンドの指輪を贈った。

7  原告は、同年一〇月末頃、妊娠していることがわかったが、被告が、自分が働いてきちんと養育する、イランでの離婚は成立しているから大丈夫と約束したので、原告は、子供を産むことを決意した。

8  被告は、原告に対し、日本語で書かれたイスラム教の聖典であるコーランの教義の解説書である「クルアーン」と題する小冊子を渡して、イスラム教の結婚式では日本人配偶者も誓いの言葉を述べるので勉強しておくようにといった(甲七)。

9  平成一一年一二月末頃、原告は、被告がイランで離婚していなかったことを知ったが、被告は、子供は原告が勝手に産むと決めた、出産費用は払わないなどといって、原告に突き飛ばすなどの暴行をふるった。

原告は、母のいる実家に身を寄せたが、被告は、翌一二年一月に原告の実家に赴いて、原告の母に、原告と結婚するつもりで付き合ってきたといって通帳を差し出し、原告に対して、原告と子供の責任は自分が取るといったので、原告は、被告のアパートに戻った。

10  同年二月、原告は、体調不良のためいったん実家で静養し、数日後再び被告のアパートに戻って今後のことについての話し合いをした際に、被告は、妻とも原告とも両方別れたくない、実は二日前に妻に電話をして、もう離婚の手紙を出さなくてもいいといったところだ、出産の費用や子供の養育費は支払わない、結婚もできない、しかし一緒には暮らしたいなどと、もはや原告とは婚姻する意思がないことを一方的に申し向けたので、原告は、被告のアパートを出て、実家に戻った。

二1  前記認定事実を総合すると、被告は、結婚のための手続の調査などをし、原告に対して、イニシャルを刻印したダイヤモンドの指輪を贈っており、また、まわりの人のまえで、原告を「奥さん」と呼び、また原告との結婚の意思を表明していたというのであるから、被告は、原告に対して、結婚の約束(婚約)の意思表示をしたものといわざるを得ないし、経済力に乏しい原告が被告との間に妊娠した子の出産を決意したのは、被告との間の婚約が前提となっていると考えざるを得ないから、原告と被告とは、平成一一年の秋に、結婚の約束(婚約)をしたものというべきであり、被告は、翌一二年二月に原告との婚約を破棄したものと認められる。

これに対して、被告は、原告と婚約をした事実を否認し、原告は、被告にイランの妻がいてもかまわないから付き合って欲しいといったと主張するが、前記認定事実に照らし、被告の主張は信用性がなく採用することはできない。

2  そして、前記認定事実によれば、原告が、被告の婚約破棄により被った精神的苦痛は甚大なものであると推認されるところ、原告と被告は、平成一一年八月頃から翌一二年二月頃まで、同居して夫婦同様の生活をしていたこと、原告は、被告との間の子を妊娠し、被告との婚約を前提として出産する決意をしたことなどの諸般の事情を考慮すると、被告の婚約破棄(不履行)による慰謝料としては、三〇〇万円をもって相当と認める。

三  よって、原告の請求は、理由があるから、これを認容し、主文のとおり判決する。

(裁判官 土谷裕子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!