大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成12年(ワ)6154号 判決 2001年1月31日

原告

日商岩井食料株式会社

同代表者代表取締役

彦坂健一

同訴訟代理人弁護士

藤林律夫

金子稔

鎌田智

伊藤浩一

尾﨑達夫

被告

株式会社にしかわ

同代表者代表取締役

高津吉成

同訴訟代理人弁護士

鈴木祐一

渡部夕雨子

西本恭彦

野口政幹

水野晃

小林一正

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  請求

被告は、原告に対し、金一億七九三八万七四四八円及びこれに対する平成一〇年七月一日から支払済みまで年18.25パーセントの割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

本件は、訴外株式会社あなん(以下「訴外会社」という)に対して「ちりめん」を販売した原告が、訴外会社が経営破綻した後、同社と同様の「ちりめん」の加工・製造業務を行っている被告に対し、訴外会社と被告は実質的に同一の法人であり、原告の訴外会社に対する債権の支払を免れるために訴外会社の「ちりめん」加工・製造を被告に引き継がせたものであり、これは法人格を濫用したものであるとして、法人格否認の法理の適用を主張し、売買契約に基づく代金及びその遅延損害金の支払を求めている事案である。

1  当事者間に争いのない事実等(証拠等により認定した事実は、当該証拠等を末尾に掲記した)

(1)  原告と訴外会社間の取引

ア 原告は、主として食料品の国内販売及び輸出入業務を営業目的とする会社であり、訴外会社は、水産・海産乾物の販売及び加工水産物の製造販売等を主たる営業目的とする会社であり、同社の代表取締役は、訴外西川宗作(以下「西川宗作」という)である(甲5、8の1ないし7、弁論の全趣旨)。

イ 原告は、平成七年一月二〇日、訴外会社との間で売買基本契約(以下「本件売買基本契約」という)を締結し、以後、訴外会社に対し、主として「ちりめん」を継続的に販売してきた。(甲1、19、証人黒瀬光規)。

本件売買基本契約には、次の各条項が存在する。

(ア) 訴外会社が本件売買基本契約に基づく個別売買契約の全部または一部を履行しないときは、訴外会社は、原告に対する全ての債務について当然期限の利益を失い、原告に対し、直ちに債務全額を現金で支払う。

(イ) 遅延損害金 年18.25パーセント

ウ 原告は、訴外会社に対し、本件売買基本契約に基づき、別表記載各数量の水産物「ちりめん」を同表記載各期間に、代金額及び支払日を同表記載のとおりとし、支払日に訴外会社が代金を現金で原告指定の口座に振り込む方法により支払うとの約定で売り渡し、同表記載の各期間内に「ちりめん」を引き渡した(甲3の1ないし4、4)。

エ 訴外会社は、平成一〇年六月末日、原告に対し、別紙表記載1の代金四七四〇万七〇六九円の支払いをしなかったため、右同日の満了をもって、原告に対する全ての債務について期限の利益を喪失した。

訴外会社は、その後も、別紙表記載1ないし4の売買代金合計金一億七九三八万七四四八円を支払っていない。(甲4、19、証人黒瀬光規)

オ 訴外会社は、平成一〇年六月以降資金繰りが悪化し、平成一一年一月ころ、工場での製品の製造を停止し、事実上倒産状態に至っている(甲19、証人黒瀬光規、被告代表者)。

(2)  被告による「ちりめん」の加工・製造等

ア 被告は、訴外会社と同様に水産及び海産乾物の販売等を主な目的とする会社である(甲6の1、2)。

イ 訴外会社は、平成三年一〇月一日、広島県佐伯郡湯来町杉並台<番地略>に、被告は、平成一〇年一二月一日、広島県廿日市市佐方<番地略>に、それぞれ本店所在地を移転しているが、移転前の本店所在地は、いずれも広島県佐伯郡湯来町杉並台<番地略>であった。

ウ 被告の現在の代表取締役は高津吉成(以下「高津」という)であり、訴外会社の経営破綻時の代表取締役は西川宗作であった。また、平成三年九月三〇日から平成一〇年一一月三〇日まで被告の代表取締役であった伊藤隆(以下「伊藤」という)は、平成五年九月二八日以降、訴外会社の監査役であった(甲8の1ないし7、9)。

エ 被告は、訴外会社の営業停止後、訴外会社の使用していた「ちりめん」の加工・製造にかかる機械及び訴外会社所有の二工場を使用して、「ちりめん」の加工製造をしている。

2  争点

本件における争点は、法人格否認の法理を適用して、原告の訴外会社に対する売買代金債権の支払義務を、被告に負わせることができるか否かという点である。

(原告の主張)

訴外会社代表取締役西川は、訴外会社の原告に対する売買代金債務の支払を免れるため、実質的には一体的な会社である被告の法人格を利用したものであり、法人格否認の法理が適用されるべきである。本件が、法人格を濫用していることは、以下の事情から明らかである。

(1) 業務活動

ア 高津が被告取締役に就任した平成一〇年一一月三〇日以前に、西川宗作自身あるいは当時の代表取締役であった伊藤が、訴外会社の製造業務を被告に承継することについて、取引先と折衝していた。

イ 被告は、訴外会社が製造を停止した平成一一年一月ころ、訴外会社の従業員であった坂本至(以下「坂本」という)及び川口某(以下「川口」という)を雇用し、それぞれ被告における営業及び製造の責任者としているが、いずれも訴外会社の取締役経験者であり、被告は訴外会社の業務活動の実体をそのまま引き継いだものである。

ウ 被告は、訴外会社が製造を停止した平成一一年一月以降も訴外会社名義で製造した商品の出荷を継続し、その事実を原告に秘匿した。

エ 被告は、右商品の出荷に際して、訴外会社名義のラミネートパック・シールの使用を継続した。

オ 被告は、訴外会社と同一の顧客(全国のスーパーマーケット、小売店等)に「ちりめん」を販売している。

(2) 会社組織の人的構成

ア 訴外会社の代表取締役である西川宗作、その妻千恵子、その子暢敬、陽子は、高津らが被告の取締役に選任された平成一〇年一一月当時、被告の株式の七五パーセントに当たる合計一万八〇〇〇株を保有していた。

イ 被告と訴外会社とは役員の兼任がなされており、特に被告の代表取締役を長期にわたって務めた伊藤は、訴外会社の総務部長で商品管理等の責任者であった。

ウ 被告は、訴外会社の元従業員をそのまま雇用している。

(3) 会社財産の混同

ア 被告は、平成一〇年一一月三〇日に至って、突然、訴外会社との間で訴外会社所有の工場についての賃貸借契約を締結しているが、これは被告と訴外会社とが別個の法人であるとの外観を装っているにすぎない。

イ 被告は、高津が取締役に就任した平成一〇年一一月三〇日以降も、違法状態であるとの認識を持ちながら、何ら対価を支払うことなく、訴外会社がリース会社からリースを受けている製造設備を使用して商品製造を行っている。

ウ 被告は、自ら営業許可を取得するまでの間、訴外会社の営業許可に基づいて商品製造を行っていた。

(被告の主張)

本件は、法人格否認の法理が適用されるべき事案ではない。そのことは、以下の事実から明らかである。

(1) 業務活動

ア 被告は、営業許可証、営業施設認定証の関係で、行政庁の許可が下りるまでは、訴外会社名義で加工水産物・そうざい製造を行っていたものであるが、それは、当該許可が下りるまでのタイムラグの期間にすぎず、製造に使用した機械は最終的にはリース会社から被告が買い入れていること、その製造に際しては被告の従業員が、被告の材料によって製造していたこと等からすれば、許可の点で形式的違法が存在したとしても、法人格の濫用には当たらない。

イ 被告が、訴外会社の仕入先及び販売先をそのまま引き継いだとはいえない。すなわち、訴外会社における「ちりめん」の仕入先は、インドネシアが主であったが、被告は「ちりめん」全仕入れの約六七パーセントが国内の業者であり、販売先についても、訴外会社は、商社等の大口業者が主であったところ、被告は、訴外会社と取引していた業者のうち三社としか現在取引を行っていない。

(2) 会社組織の人的構成

ア 西川宗作、その妻千恵子、その子暢敬が、平成一〇年一一月当時、被告の株式のうち合計一万五〇〇〇株を保有していたことは認める。しかし、当時、被告の株主として、西川宗作ら以外にも、西村鮮魚、西村研究所、田村勝範(以下「田村」という)等の株主もいたのであり、しかも、被告の実質的な経営は田村が行っていたものであって、西川一族は被告の形式的・名目的な株主にすぎなかったものである。

イ 訴外会社の代表取締役は西川であるところ、訴外会社破綻時の被告の代表取締役は、伊藤、下野正一、高津であったものであり、いずれも代表取締役は同一ではない。また、原告は伊藤が訴外会社の総務部長の地位にあったことから、伊藤について、訴外会社と被告との代表取締役の実質的同一性を主張するが、被告における実質的な代表取締役は田村であったものであり、実質的に代表取締役が同一であるとはいえない。

ウ 被告が雇用している元訴外会社の従業員は二六名中九名にすぎない。

(3) 会社財産の混同

ア 被告は、訴外会社の所有建物の工場につき、平成一〇年一一月三〇日、新工場を月額一〇万円で、平成一一年四月一日、旧工場を月額二〇万円で賃借する契約を締結した。被告は、前記賃貸借契約の賃料支払を滞納したことはなく、これは、賃料債権が訴外会社から訴外太田恒に譲渡された後も同様である。

イ 被告が、訴外会社の使用していた「ちりめん」加工・製造にかかる機械、すなわち営業財産を引き続き使用したとの点は認める。しかし、被告は、これらの機械設備をリース会社五社から総額二三四五万五五〇五円の対価を支払って購入したものであり、法人格否認の法理が適用された事例におけるように無償で引き続き使用したものではない。

(4) 訴外会社と被告の商号に同一性は存在しない。

第3  争点に対する判断

1  原告は、本件は法人格の濫用であり、法人格否認の法理が適用される事案であると主張する。法人格の濫用があるというためには、少なくとも、①訴外会社と被告とが実質的に同一であり(両会社を支配する者が同一)、②訴外会社の代表者が債務の支払を免れる目的で、被告において訴外会社と同一の事業内容を展開していることが認定できなければならない。そこで、本件では、前記二要件が充たされているのか否かについて検討することにする。

2  認定事実

(1)  訴外会社破綻以前の状況

証拠(甲5、6の1及び2、8及び9の各1ないし7、10、乙3、14、被告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、訴外会社破綻以前の訴外会社、被告の状況は次のとおりであると認められる。

ア 訴外会社は、昭和五七年八月一一日設立され、設立以来、西川宗作が代表取締役をしており、同人の妻子が取締役に就任していた。訴外会社は、インドネシアの合弁会社アナンヌサ(以下「アナンヌサ」という)を設立し、同社から「ちりめん」の原材料を輸入し、「ちりめん」を製造し、これを原告ら大手商社に販売していた。平成一〇年五月ころインドネシアで暴動が発生し、アナンヌサでも暴動が起き、同社の工場は閉鎖となった。訴外会社は、インドネシアの暴動の煽りを受け、資金繰りが逼迫し、原告に対する平成一〇年六月の支払ができない状態となった。

イ 被告は、昭和五七年七月一九日設立され、設立から平成三年九月三〇日までは西川宗作が代表取締役をしていたが、同日以降は西川宗作は代表取締役を辞任し、訴外会社の総務部長である伊藤が代表取締役に就任した。そして、平成五年に田村が被告に入社してからは、田村が被告の仕事を実質的に切り盛りしていた。被告の業務内容としては、訴外会社から「ちりめん」を仕入れてこれをスーパー、デパートに販売する業務と、生鮮食料品、塩乾物の販売業務が主なものであり、前者の割合が全体の約三割を占めていた。被告の株数は二万四〇〇〇株であるところ、そのうち、一万五〇〇〇株を西川宗作、千恵子(宗作の妻)、暢敬(宗作の子)が、三〇〇〇株を陽子(宗作の子)が、その余を西村鮮魚、西村研究所、田村等がそれぞれ所有していた。

ウ 訴外会社、被告では、経理について、山根俊思税理士に指導を受けていた。西川宗作は、平成一〇年六月ころ、山根税理士に、訴外会社、被告の経営について相談した。山根税理士は、平成一〇年七月ころ、自らが経営する山根会計事務所で嘱託として働いていた高津(主として経営コンサルタント的な仕事を担当)に、被告の経営の再建に当たるようにいった。高津は、山根税理士からの依頼を受け、被告の仕事をするようになった。

(2)  高津が被告の経営に乗り出して以降の状況

法人格否認の法理の適用の有無を検討するに当たっては、訴外会社破綻後、高津が被告の経営に乗り出して以降の訴外会社と被告との関係を検討する必要がある。そして、法人格の濫用のメルクマールとしては、会社組織の人的構成、会社財産の混同の有無、被告の業務活動等が問題となるので、以下、各項目に分けて検討する。

ア 会社組織の人的構成等

証拠(甲6の1及び2、8の6、7、乙4、14、15の1及び2、被告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(ア) 山根税理士等から依頼を受けた高津、下野正一は、被告の経営再建のため、平成一〇年一一月三〇日、被告の取締役に就任した。これに伴い、これまで取締役であった伊藤、西川暢敬は被告を退社した。

(イ) 被告は、訴外会社が製造を停止した平成一一年一月ころ、訴外会社の従業員二六名のうち九名を採用したが、その中には、訴外会社の取締役経験者であった坂本至及び川口隆三もいる。坂本及び川口は、被告における営業及び製造の責任者として働いている。ところで、被告の工場のある場所は、廿日市市の市街まで車で約一時間、広島市内まで約二時間を要し、雇用環境の厳しい土地柄である。

(ウ) 高津は、被告の取締役就任後の平成一一年二月三日、西川宗作、千恵子、暢敬から、同人が所有する被告の全株式合計一万五〇〇〇株を七五〇万円で買い、その代金を支払った。高津が、被告の株式を購入したのは、西川宗作が病気がちで、経済的に逼迫していたからである。なお、西川宗作は、脳腫瘍のため入院しており、高津が被告の取締役に就任してからは、被告の業務には関与した形跡がない。

イ 会社財産の混同の有無

証拠(乙5の1ないし8、6、7、8の1ないし7、9、10、11の1ないし12、12、14、被告代表者)によれば、次の事実が認められる。

(ア) 被告は、訴外会社の所有建物の工場につき、平成一〇年一一月三〇日、新工場を月額一〇万円で、平成一一年四月一日、旧工場を月額二〇万円で賃借する契約を締結した。そして、前記賃貸借契約に基づき、平成一〇年一一月三〇日から平成一一年三月三一日まで月額一〇万円が、同年四月三〇日から同年五月三一日まで月額三〇万円が、被告から訴外会社に支払われている。さらに、前記賃料債権を訴外会社から譲り受けた太田恒に対して、平成一一年六月三〇日から平成一二年六月三〇日まで、月額三〇万円が被告から支払われている。

(イ) 被告は、訴外会社の使用していた「ちりめん」加工・製造にかかる機械設備を、リース会社から、少なくとも八四一万〇五〇〇円の対価を支払って購入した。

ウ 業務活動について

証拠(甲14、15の1及び2、16、17の1及び2、18、21ないし23の各1及び2、乙14、証人黒瀬光規、被告代表者)によれば、次の(ア)、(イ)の各事実が認められる。

(ア) 被告は、訴外会社の使用していた建物、機械を使用して、訴外会社同様に「ちりめん」の加工・製造を行っている。しかし、訴外会社が「ちりめん」を加工・製造するに当たって仕入れていた原材料は、アナンヌサ、原告ら大手商社であったのに対し、被告の仕入先は、四国の業者が約七五パーセント、インドネシアのインターナショナルアナン(インドネシアに居住している石井某が出資した会社)が二五パーセントである。また、「ちりめん」の販売先も、訴外会社が原告ら大手商社であったのに対し、被告はテナント販売が主である。そして、被告と訴外会社とで販売先が同一なのは、株式会社イズミ、生協連コープとうきょう、株式会社ニチロ、株式会社マルイチ産商の四社にすぎない。

(イ) 被告は、訴外会社が製造を停止した平成一一年一月以降も、訴外会社名義で製造した商品の出荷を継続し、その際、訴外会社名義のラミネートパック・シールの使用を継続していた。しかし、その理由は、訴外会社名義のラミネートパック・シールが大量に残っていたため、これを有効利用したにすぎない。

(ウ) なお、原告は、高津が被告取締役に就任した平成一〇年一一月三〇日以前に、西川宗作自身あるいは当時の被告の代表取締役伊藤が、訴外会社の製造業務を被告に承継することについて、取引先と折衝していたと主張する。しかし、高津が取締役に就任した時点で加工製造業務を行うことが決定しており(被告代表者の供述)、かつ高津が被告の経営に関与する以前に取引先と折衝したことがないからといって、直ちに西川宗作あるいは伊藤が取引先と折衝したと推認することはできず、むしろ、この業界においては取引先が仕入先を主導的に選ぶという力関係が存在し、被告が訴外会社の取引先を引き継ぎたいと望んでもそれはかなわないとする被告代表者の供述には合理性が認められ(実際、前記のとおり、被告が訴外会社の販売先に同様に販売しているのは四社にすぎない)、これらの供述等に照らし、前記原告の主張は採用できない。

3  当裁判所の判断

(1) 前記争いのない事実等及び前記認定事実によれば、①被告と訴外会社はその営業目的が類似していて、現在の本店所在地に移転する前の本店所在地も同じであること、②被告は、訴外会社の取締役経験を有する製造及び販売の責任者を始めとする訴外会社の元従業員を雇用していること、③被告は訴外会社の「ちりめん」加工・製造のための機械・工場等の営業財産を引き続き使用していること、④被告と訴外会社との「ちりめん」の販売先が一部重複していること、⑤被告は、「ちりめん」販売に当たって、訴外会社名義のラミネート・パックの使用を継続していたことが認められる。これらの事実から、西川宗作が訴外会社の原告に対する債務の支払を免れるために被告の法人格を利用したものとして、本訴を提起してきた原告の心情も理解できないではない。

(2) しかし、他方、前記争いのない事実等及び前記認定事実によれば、①被告と訴外会社とは商号を全く異にし、主たる業務活動も異なっていたこと、②現在西川宗作及びその妻子(千恵子、暢敬)は被告の株主ではなく、西川宗作は高津が被告の取締役に就任後は被告の経営に関与した形跡がないこと、③被告が雇用した訴外会社の元従業員は二六名のうち九名にすぎず、その中に訴外会社の取締役経験者がいるものの、その点は、新たに「ちりめん」の加工・製造業を始めるに際して訴外会社の製造・販売の責任者を雇い入れるのは、正当な企業活動と評価しうること、④被告は訴外会社で使用していた「ちりめん」も加工機械については対価を支払って、リース会社から購入したものであり、この機械が特殊な目的にしか使用できないことに照らせば、リース会社から請われてこれを買い取り、継続使用したという経過には合理性が認められること、⑤被告は訴外会社所有の工場を継続使用しているが、これは訴外会社から賃借しているものであって、賃料も支払われていることからすれば単に賃貸借を装ったものであるとは認められないこと、⑥被告の販売先についても、訴外会社の従来の取引先一三社のうち僅かに四社が重複しているにすぎないこと、⑦被告が訴外会社名義のラミネート・パックの使用を継続した点については、営業が別会社に切り替わる際に一時的に生じた事情にすぎないと考えられること等が認められる。これらの事実に照らすと、前記(1)の諸事実を勘案してもなお、法人格否認の法理(法人格濫用型)を適用するに当たって必要である、訴外会社と被告とが実質的に同一であり(両会社を支配する者が同一)との要件、訴外会社の代表者が債務の支払を免れる目的で、被告において訴外会社と同一の事業内容を展開しているとの要件を充たしているとまでは言い難く、本件に法人格否認の法理を適用することは困難というほかない。

第4  結論

以上のとおり、本件では、未だ法人格否認の法理を適用するに十分な証拠がないというべきであり、原告の請求を棄却するのが相当である。よって、主文のとおり判決する。

(裁判官・難波孝一)

別紙売買取引一覧表<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例