東京地方裁判所 平成12年(ワ)6452号 判決 2002年10月07日
原告
小野紀代子
訴訟代理人弁護士
村田敏
被告
東京都土木建築健康保険組合
代表者理事
吉田武夫
訴訟代理人弁護士
寺前隆
同
牛嶋勉
同
清水三郎
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
1 原告が被告に対し、労働契約上の権利を有することを確認する。
2 被告は、原告に対し、金四七三万一二一九円、平成一二年三月以降本判決確定に至るまで毎月二〇日限り金三八万〇四七〇円並びに平成一二年六月以降本判決確定に至るまで毎年六月一〇日及び毎年一二月一〇日限り金八七万一三二四円を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告の職員であった原告が、平成一一年六月三〇日付けで原告を解雇する旨の被告の意思表示(以下「本件解雇」という)は無効であるとして、労働契約上の権利を有することの確認並びに未払賃金及び将来賃金(賞与を含む)の支払を求めた事案である。
1 前提となる事実(証拠によって認定した事実は末尾に証拠を示した。証拠の記載のない事実は当事者間に争いがない)
(1) 当事者
ア 原告は、昭和二三年五月一五日生まれの女性であり、遅くとも昭和五八年四月ころまでには、全労連全国一般労働組合東京地方本部(以下「本件労働組合」という)に加入した。
(書証略、弁論の全趣旨。一部、争いがない)
イ 被告は、健康保険法二六条に定める公法人(いわゆる組合管掌保険の主体)であり、その主たる業務は、東京都に本社を置く中小の土木及び建築を業とする会社の健康保険業務を担当することにある。
本件解雇当時、現在の被告の職員数は二六名であり(原告を含む)、同日現在の被告の役員は、常勤役員(常務理事)一名、非常勤役員理事一七名の合計一八名であった。
なお、被告の職員の給与は、毎月末日締あの同月二〇日払いである。
(2) 原告と被告の雇用契約及び本件解雇
ア 原告は、昭和四八年四月一日に被告に雇用され、平成一一年六月当時、業務部業務課に配属されていた。
原告の平成一一年六月当時の給与額は月額三八万〇四七〇円であり、また、原告の平成一一年六月期の賞与(期末手当。同月一〇日支給)は八七万一三二四円であった。
(書証略。一部争いがない)
イ 被告は、原告に対し、平成一一年五月二八日付け通知書(以下「本件通知書」という)を交付して、「貴殿は、就業規則第三〇条第一項第二号により平成一一年六月三〇日付けをもって解雇いたします。労働基準法第二〇条により右予告いたします」旨の意思表示をし、同年六月三〇日付けで、原告を解雇した(本件解雇)。
なお、被告が平成一一年六月三〇日付けで解雇した職員は、原告のみである。
(書証略。一部争いがない)
(3) 被告の就業規則
被告の就業規則(以下「就業規則」という)三〇条は次のとおりである。
「第三〇条 次の各号の一に該当するときは、三〇日前に予告するか又は三〇日分の平均賃金を支給したうえ解雇する。
(1) 精神又は身体に障害があるか若しくは虚弱、老衰、疾病ため業務に支障があるか又は業務に耐えられないと認めたとき。
(2) 法令又は定員の改廃若しくは予算の減少により廃職又は過員を生じたとき。
2 天災地変その他やむを得ない事由のため、この組合の事業継続が不可能となったとき又は懲戒解雇に該当したときに、その事由につき行政官庁の認定を受けたときは、前項の規定にかかわらず、即時解雇する。」
(書証略)
2 争点
(1) 本件解雇の解雇事由の存否
(2) 本件解雇の不当労働行為性
(3) 解雇権の濫用の有無
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)について
(被告の主張)
ア 就業規則上の解雇事由について
被告が原告に対して交付した本件通知書の文面上、原告の低劣な勤務状況及び勤務実績について言及せず、就業規則三〇条一項二号を示したのは、就業規則に普通解雇事由として勤務実績不良が記載されていなかったためである。
しかしながら、就業規則の普通解雇事由の規定は例示列挙と解すべきであり、使用者は、就業規則上の解雇事由に該当しなくても、客観的に合理的な理由と認められるかぎりは、従業員としての適格性の欠如や信頼関係の喪失を理由として、契約関係を終了せしめうるものである。
したがって、被告が、本件解雇の理由として、就業規則(及び本件通知書)に示されていない原告の勤務実績不良を主張することは違法ではないし、また、整理解雇としての検討よりも劣後した位置づけを与えられるべき必然性もない。
イ 原告の勤務実績不良
(ア) 原告は、被告に採用された当初、業務課医療係(昭和六三年四月にはその名称が審査課と変更された)に配置となった。同係は、保険医療機関が毎月医療費として請求する診療報酬請求明細書を審査し、あるいは、受診者等への受診内容を照会する業務等を担当する部署であった。当時、同係には、原告を含め六名の職員が配置されていた。
採用当初から同係に配置となったとしても、採用から二年も経過すれば通常同係の業務に習熟するのが一般であるにもかかわらず、原告は、三年経過しても、診療報酬請求明細書の審査実績(不適正な明細書等の発見の実績)が、他の職員のおおむね三分の一以下と著しく低く、また、審査内容にもミスが目立った。被告は、原告を同係に配置したのは、原告自身が被告に対し、自らの経歴として、医療専門学校で一定の教育を終了したと述べていたためであったが、このように原告の実績が低いのは、原告が医学的知識、理科的知識の習得に不向きな資質である可能性もあると考え、昭和五二年六月、原告を、医学的知識を必要としない業務係に配置換えとした。
(イ) 業務係は、事業主や被保険者・家族の資格喪失、標準報酬額の管理、被保険者から請求された保険給付金の決定等の事務を職責とする部署であった。原告が配置された昭和五二年六月当時、係長一名、原告のほか、八名の職員が配置されていた。
ここでの業務は、数か月もすれば慣れ、習熟するのが通常であったところが、原告は、二年経過してもその実績は低劣であり、勤務態度も極めて不良で、上司が指導、命令しても全く改まらず、しかも、その傾向は勤続を重ねるにつれて悪化した。具体的には次のとおりである。
a 原告は、事業主、被保険者からの届出書類を端末機に入力処理するに当たり、頻繁に、入力ミス、入力漏れ(端末導入前は、手作業による記載ミス、記載漏れ)を繰り返した。また、被保険者、事業主からの届出書類は、通常複写式になっており、事務処理を行った後、一部は被告に保管し、その余の一部は事業主、一部は社会保険事務所にそれぞれ送付することになるところ、原告は、その送付を失念し、あるいは、誤った社会保険事務所、事業主に対して送付し、あるいは、被告で保管すべき書類を事業主等に送付し、あるいは、送付先を記載した封筒に異なる者に送付すべき書類を同封して郵送するなど、日常的にずさんな事務処理を行った。
b 請求期間と医師証明欄記載の期間とが不一致であるにもかかわらず、漫然と請求書どおりに給付決定をし、あるいは、資格台帳と突合せをしないで、資格のない者に対する給付決定をするなど、誤った現金給付決定を繰り返した。
c 被告は、健康保険証の管理に関し、払出枚数から実際の処理枚数を減じた数と残枚数が一致するかについて毎日確認することとしており、これが一致しない場合には、その原因が明らかになるまで関係職員全員で確認を行うことになっていた。これが一致しないケースのほとんどの原因は、原告の払出枚数の報告の誤りにあり、このため関係職員全員が再三残業を強いられることになった。
d 原告の上司は、原告に対し、その業務処理の仕方、手順等について、再三指示、指導を行ってきた。しかし、原告は、「忙しい」、「一度に言われても頭に入らない」などと放言して、その指示、指導を無視し、一方的に自席に戻るような有り様で、業務処理の仕方、手順等が改まることもなかった。
e 原告は、始業時刻である午前九時ぎりぎりに出勤簿に押捺するものの、直ちに給湯室に入って飲茶し、あるいは洗面室で時間を費やすなどして、自席に着席して業務に着手するのは三〇分程度経過した後であった。上司から、余裕をもって入室し、始業時刻とともに業務に従事することを再三指導されたにもかかわらず、原告はこれを改めないどころか、この指導を無視し、あるいは反発するなどした。被告においては、時間単位で休暇を取ることができるが、当日の口頭による休暇申請については、やむを得ない事情がある場合にしか認めていない。原告は、しばしば、始業時刻の直前に職場に電話で連絡し、一時間の休暇を取得した。遅刻となるのを避けるための行為であった。
f なお、被告においては、原則として、勤務実績の良否を問わず、毎年定期昇給を実施していたが、原告についてはその勤務状況があまりに低劣であったため、被告は、昭和五三年四月から昭和五八年四月までの六年間、定期昇給を見送った。本件解雇当時被告に在籍した二五名の職員はもとより、被告の設立以来在籍した職員の中にも、定期昇給を停止された者は原告以外にはいない。
また、被告において平成一〇年度から実施されるようになった勤務評定のうち、平成一〇年六月、同年一二月、平成一一年六月の三期に関し、原告は、いずれもAないしEの五段階のDの評価を受けた。この間、Eの評価を受けた者は皆無であり、Dの評価を受けた者は原告のみであった。
(ウ) このように、原告の勤務状況及び勤務実績が従来から低劣であり、再三の指導にもかかわらず、これが改まらなかったために職員として不適格と判断された。
ウ 予算の減少による過員(就業規則三〇条一項二号)
(ア) 被告の経常収支は、平成六年度に損失に転じて以来、毎年、多額の損失を計上してきており、積み立てていた法定準備金等を取り崩して対処してきたものの、近い将来、これが不可能となることが明らかであるので、<1>収入を増額させ、あるいは、<2>支出を削減するためのより抜本的施策を講じる必要が生じてきている。
<1>収入の増額策とは、健康保険料率の引き上げであり、また、<2>支出の削減策というのは法定外給付の引き下げである。いずれも被保険者及び事業主に従前以上の負担増を求める施策であり、これらを実施するためには、理事会の承認のほか、健康保険組合を構成する被保険者及び事業主の理解と協力を得る必要がある。これら理解と協力を得るためには、事務局として、可能な限りのより一段の合理化施策を尽くす必要があった。
事務局の経費削減のための諸施策については、新規職員採用の抑制、期末手当額の引き下げ、昇給の抑制等も含め、既に実施してきていたから、近年の被保険者数の減少により顕在化してきていた職員数の余剰を是正し、これを適正規模と思われる数まで削減する必要が生じた。
(イ) 健康保険組合の事務局の事務量は、概ね、事業所数、被保険者数の増減に比例するので、事務局職員数の適正か否かの判断に際しては、職員(常務理事、事務長を除く。以下、同様である)一人当たりの被保険者数で計算するのが一般である。
ところで、本件解雇直前の平成一一年四月末日当時、被告の職員一人当たりの被保険者数が一二八二人であった。これは、同時期における被告と類似規模の東京都内所在の他の健康保険組合における職員一人当たりの被保険者数が、概ね、一三四〇ないし二一五〇人程度の範囲であったことからすると、明らかに少なく、当時の被告の職員数が過剰であることを示している。
また、職員数が適正規模であったと思われる平成六年度当時、被告の職員数一人当たりの被保険者数は一四三五人であったことからすると、平成一一年四月末当時の被告の適正職員数は、当時の被保険者数三万二〇七三人を、平成六年度当時の被告の職員数一人当たりの被保険者数一四三五人で除して得た二三人であったといえる。
したがって、平成一一年四月末当時の被告の職員数は、適正人員数を超過していた。
(ウ) このように、本件解雇当時、被告の業績が著しく悪化し、職員が過員となっていたから、就業規則三〇条一項二号に該当する事由が認められるというべきである。
(原告の主張)
ア 被告が職員の成績を考慮するようになったのは平成六年以降の被告の収支状況の悪化を契機としているというのであるし、原告への解雇通知にも「過員」であるがゆえに解雇する旨記載されているのであるから、本件解雇の理由としても、成績不良は整理解雇を進める上で考慮された事由(人員選定の合理性判断の一要素)にすぎず、これを独立の解雇理由と位置づけることは、当事者の信頼信義に反する。
仮に、成績不良を独立の解雇理由とするとしても、本件解雇の経緯からすると、まずもって整理解雇の要件の存否が検討されるべきであり、成績不良による普通解雇は、第二次的、副次的な位置づけを与えるべきである。
イ 予算の減少による過員(就業規則三〇条一項二号)について
被告において過員があったとの事実はない。
仮に被告に過員があったとしても、被告は経費節減の努力を行っていない。すなわち、被告は、平成六年七月に壁、床の張替え、書棚、机、いす類の新調等、事務所の大改装工事を行い、また、藤和ビルディング株式会社(以下「藤和ビル」という)からの賃借によって数千万円に上る出費をした。被告が同社のオフィスを引き払ったのは、被告事務所のある東京建設会館にたまたま空きが出たからにすぎず、これを経費節減努力ということはできない。被告は、事務長、部長、課長クラスが、出張に名を借りたヨーロッパ観光地巡りや、飛行機を利用した社員旅行等を存続させており、これらの経費(数百万円に上る)は放置されている。
さらに、被告は、本件解雇の約二か月前に、事業課にいた職員を業務課に配転したが、これが本件解雇後の人員補充のためのものであることは明らかである。
なお、コンピュータ処理によって業務が簡素化されたのは、「算定」と「月変」の一部分であり、その他の窓口や電話の応対業務等は従来どおりであったから、コンピュータの導入によって被告に過員が生じた事実はなく、むしろ、当時の小島真之業務課長(以下「小島課長」という)の業務命令が細かくなり、かえって業務課の仕事が増えたのが実状である。
ウ 原告の勤務実績不良について
(ア) 原告が業務課医療係(ないし審査課)に配置されていたころ、診療報酬請求明細書の審査が行われた事実はない。
(イ) 原告が上司に注意されたのは、原告が医療係から業務係へ配置転換された最初の半年ほどの期間に限られ、かつ、その内容も、給付金等の計算間違い、各種届け記載事項を台帳へ転記する際の誤字脱字等に限られていた。
当時の市村俊一業務課長(以下「市村課長」という)は、異動したばかりで業務に不慣れであり、かつ、前記のような細かいミスをしたにすぎない原告に対し、短いときで一〇分程度、長いときには何十分にもわたり怒り続け、それが月平均五、六回に及ぶという、常軌を逸したものであった。また、平成六年一二月、業務課長が小島に代わったが、原告が小島課長に対し業務内容について具体的指示を仰いだところ、同課長が要点を逸らした答えしかせず要領を得ないという状況にあった。
また、被告は、原告に対し、昭和五八年九月二六日に昇給させているほか、平成四年一月一日には、勤務実績が特に良好である場合にされる特別昇給を実施しているのであり、このことからすれば、原告の勤務状況が低劣ではなくむしろ良好であったことは明らかである。
また、平成一一年度上期(平成一〇年一二月一日から平成一一年五月三一日まで)は、三年に一回行われる保険証更新の時期であったが、原告は、被扶養者再認定の業務を行った。この再認定の調査対象は約二万八〇〇〇人に上り、これを業務担当職員四名で担当したのであるが、原告は、平成一一年一月及び二月、各一か月当たり七〇時間から八〇時間以上のいわゆるサービス残業をしてまで業務遂行に当たり、誠実かつ勤勉に業務遂行に当たっていたのである。
前記(被告の主張)(イ)dについては、小島の指示が要領を得ず、しかも三〇分から四〇分にわたり続いたため、原告はこのままでは業務に支障を来すと判断し、やむなく「忙しいので失礼します」と言ったのである。
同eについては、原告が当日になって休暇を申請した場合は、原告が体調を損ねてやむにやまれずしたものであって、原告の正当な権利行使を勤務状況等が低劣であったことの理由とするのは不合理であるし、また、原告が、コンタクトレンズの装着のために業務を離脱したことはあったが、その時間はわずか三、四分にすぎず、しかも業務の合間に行ったことにすぎない。
同fについては、被告の勤務評価に基づいてされた賞与支給に関し、賞与の減額がなかったのは、在籍期間が短くおとなしい女子職員や、常務理事に近い女子職員であり、かたや、日頃から物事を明確に主張していた原告ら数人の女子職員は減額されたのであって、減額対象や基準が極めて恣意的で客観性に乏しいものであったのであり、加えて、原告に係る勤務評価は、被告が原告を解雇したいという背信的な動機の下に、不当を承知の上で、原告の能力が低いかのように印象づけるために意図的に作成された資料に基づくものである。
(ウ) このように、原告の勤務状況及び勤務実績が低劣であったとは到底いえない。
(2) 争点(2)について
(原告の主張)
被告が原告の定期昇給を見送った後の昭和五八年九月二六日、被告は、原告について、昭和五六年四月にさかのぼり、かつ、六等級九号俸から同一二号俸までの三号俸分の昇給を認めているのであって、このことは、前記定期昇給の見送りが正当な理由によるものではなかったことの証左である。
本件解雇の真の理由は、原告のみが一人で労働組合活動を行っており、被告の経営陣にとって好ましからざる存在であったことにある。すなわち、原告は、平成一〇年二月以降、被告に対し、勤務評価の廃止や、賞与の減額を不当に行わないことを繰り返し要求してきたが、被告は、このような原告の組合活動が他の職員に波及することを恐れ、原告を早期に解雇したのである。
したがって、本件解雇は不当労働行為であって、無効である。
(被告の主張)
被告が原告の定期昇給を見送ったのは、原告の勤務状況及び勤務実績が低劣であったからであり、また、これは昭和五三年四月から昭和五八年四月までの六年間であり、本件労働組合から被告に対し原告が加盟したことの通知がされた昭和五八年四月より前のことである。
したがって、原告の勤務状況及び勤務実績に関する被告の低評価と原告の本件労働組合の加入の事実及びその労働組合活動との間には何ら関係はなく、本件解雇は原告の労働組合活動に嫌悪してされたものはない。
(3) 争点(3)について
(原告の主張)
ア 人員削減の必要性
前記(1)(原告の主張)で指摘したとおり、被告において過員はないし、本件解雇の効果も小さいし、経費削減の努力も不十分なまま、人員削減措置に及んでいるのであり、被告には人員削減の必要性はなかった。
イ 解雇回避努力
原告は、被告から、一時帰休、希望退職などを勧められたことは一切なく、突然一方的に解雇を通告されたのであって、解雇回避努力は尽くされていない。
ウ 人選の妥当性
本件解雇は、前記のとおり、原告を辞めさせるための口実にすぎず、被解雇者の選定において、客観的で合理的な基準に基づき、これを公正に適用してされたものではない。
エ 手続の妥当性
整理解雇に当たり、使用者は、労働者に対し、整理解雇の必要性、その時期、規模、方法につき、納得を得るために説明を行い、さらに、労働者に対し、誠意をもって協議する信義則上の義務を負う。
しかし、被告が原告に対し、そのような説明等を行った事実はなく、かえって、本件解雇は当日突然予告なくされたものである。
オ まとめ
以上のとおり、本件解雇は、裁判例上整理解雇に関して確立された四要件(特に、被告のような国庫補助を受ける公法人においては、厳格に要件を満たさなければならない)をいずれも満たしていないのであり、無効というべきである。
(被告の主張)
ア 人員削減の必要性
(ア) 前記(1)(被告の主張)ウで指摘したとおり、被告において過員が生じていた。
そして、平成六年以降の経営状況か厳しいことは前述のとおりであるが、本件解雇を実施した平成一一年六月末日以降も被告の経営状況は極めて深刻である。
(イ) 原告を解雇しても人件費削減額は年間わずかに六〇〇万円程度に止まるが、勿論、このことは雇用調整の必要性を否定するものでもない。直ちに解散するのであればまだしも、存続して今後の医療保険制度の改革を待ちつつ、被保険者のために必要なサービスを提供しつつ、存続を図るのが目的であるから、事務処理のために必要な最低限度の人員を確保する必要があるのは当然である。
したがって、現在、直ちに、現在の職員数を大幅に削減することも困難であるから、可能な数の職員数のみを削減し、近い将来に事業主、被保険者の負担増で現状の経営上の困難を凌ごうとするのも合理的な経営判断であり、これが許されることも当然である。
イ 解雇回避努力
(ア) 本件解雇に先立って、被告が一般的な希望退職者募集を実施しなかったのは事実であるが、これを実施しても任意で退職する意思を有する職員が皆無であることを被告が当時十分に把握していたからである。
また、希望退職者募集を実施しその実を上げるためには、相応の割増退職金を提供する必要があるが、被保険者の保険料の負担増をお願いしていた等、厳しい環境下にあった被告にとってこのような財政負担は不可能であったし、僅か二〇数名の職員しか有しない規模の被告に対して、事務局合理化のために、一律に希望退職者募集の実施を要求することが非現実的であり実態に合わないことも明らかである。
(イ) また、被告は一般的な希望退職者募集こそ実施はしなかったものの、本件解雇に先立ち、数年間において可能な限りの整理解雇回避の努力を行ってきた。近年、様々な事由により退職者が出ても新規に採用することとしない職員数の抑制に努めたし(未補充)、また、再三、再四にわたり、俸給表を見直して、人件費総額を大幅に切り下げてきた。本件解雇の後も、被告は、年間三〇〇万円の人件費を削減した。
さらにいうと、近時の著しい収支状況の悪化という経営環境の下、経費を削減するだけではなくて、被保険者、事業者に対してぎりぎりまでその負担増を求めてきた。
ウ 人選の妥当性
被解雇者として原告を人選した理由は、前記(1)(被告の主張)イのとおり、原告の勤務実績が、長期間にわたり低劣であり、使用者として可能な限りの改善努力を試みたにもかかわらず、改善されなかったからであり、また、当時の職員のうち、その勤務実績が最低であったからである。
エ 手続の妥当性
本件解雇の実施にあたっては、整理解雇におけると同様に本人に対して解雇理由を説明するとともに、原告が当時所属していた本件労働組合の求めに応じて、同組合との間で再三、再四、団体交渉を行い、また同組合の申請した東京都労働委員会におけるあっせん手続に応じ、都合五回に及ぶあっせん期日において、同組合との間で協議し、自主的解決に向けて可能な限りの努力を尽くした。
オ まとめ
以上のとおり、原告の勤務実績、勤務態度が低劣であったものの、被告は原告の雇用だけは継続してきた。
しかしながら、前記のとおり、近年著しく収支状況が悪化し、被告として被保険者、事業主に対してより一層の協力と負担増を求めていかなければならない状況下において、被告としては、これ以上、余剰人員であり勤務実績の芳しくない原告を雇用し続けることは許されない。
したがって、本件解雇については解雇権の濫用はないというべきである(いわゆる整理解雇の四要件も権利濫用論の一ステージに過ぎず、これらを全部満たさなければ解雇を有効とすることができないわけではない)。
第三当裁判所の判断
1 事実の認定
証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1) 被告の経営状況等
ア 予算状況
(ア) 被告の事業(付加金給付を含む保険給付と保健事業)の基礎となるべき財源のほとんどは、事業主及び被保険者の納める保険料であるから、被告の収入総額は、保険料額及び被告に加入する被保険者数の推移により増減する。このため、加入事業所数、被保険者数の減少は、被告の収支を悪化させる。
被告の加入事業所数及び被保険者数は、平成七年四月には加入事業者数六二四、被保険者数三万八二九六人の規模になったが、これをピークとして減少に転じ、平成一一年九月末日現在では、加入事業所数五六三、被保険者数三万〇八八二人となり、平成七年四月の規模の一九パーセント以上の減少となった。
この結果、被告の経常収支は、すでに平成六年度(平成六年四月一日から平成七年三月三一日まで。以下同じ)に六億一五四五万円の損失を計上していたが、平成七年度以降も次のように損失を計上して累積してきた。
平成七年度 一〇億〇八〇九万円の損失
平成八年度 一五億一三八七万円の損失
平成九年度 八億四八八五万円の損失
(イ) 被告は、収入面の増加策として、保険料率の見直しを行い、平成一〇年二月分までは、各被保険者の標準報酬月額に対する一〇〇〇分の七六であったところを、平成一〇年度にはこれを一〇〇〇分の八二に引き上げた。
一方、被告は、支出面の削減策として、平成九年度以降、付加給付の見直しを行い、付加金支給率の減縮や付加金自体の廃止をして、一年間当たり約六〇〇〇万円の支出減を生じさせた。また、平成一〇年度以降、保険事業の見直しを行い、保険手帳、家庭応急薬の配布の中止、スケート場利用の際の利用補助の廃止をして、一年間当たり約六七〇〇万円の支出減を生じさせた。さらに、被告は、藤和ビルに借りていたオフィス(会議室、健康相談室)を閉鎖して賃借費用(年間三〇〇万円)の軽減を図ったほか、印刷費、雑役務費、職員厚生費等の諸経費を削減した。
さらに、被告は、平成六年以降、退職者が出ても新規に採用することをせず、また、俸給表の見直しを行って人件費の総額を削減した(なお、被告は、平成一二年度において、本件解雇の後も、年間三〇〇万円程度の人件費を削減した)ほか、平成九年度において職員のベースアップを凍結し、平成一〇年度においては職員の期末手当について、勤務実績の如何にかかわらず算定してきたのを、勤務評定に基づき格差を設けるとともに、期末手当総額も削減するという人件費の合理化にも着手した。
このため、被告の平成一〇年度の経常収支は、一億〇〇五九万円の損失を計上するにとどまった。
(ウ) しかしながら、加入事業所及び被保険者数の減少(事業所閉鎖、人員削減)、医療費の増加、老人保健等拠出金の増加等が見込まれるため、被告は、平成一一年五月当時、同年度の予算として、被保険者数は年間平均三万一〇〇〇人(前年度比二五二二人減)、年間の経常収支として七億二〇三四万二〇〇〇円の損失を見込んだ。そして、被告は、同年度以降、昇給には勤務実績評価を前提とする旨の給与規程の趣旨に従い、昇給に当たり厳正に評価する方法で実施し、同年度においては、昇給に必要な原資を年間二一〇万円削減するに至ったものの、平成一二年三月末日現在時点においても、経常収支は七億三〇〇〇万円の損失となった。
なお、被告は、平成一一年五月時点で、被告の経常収支が平成一二年度には一〇億三〇〇〇万円の損失、平成一三年度には一二億三六八六万円の損失となる旨の予測をしている。
イ 事務量から見た「過員」
(ア) 被告の職員数一人当たりの被保険者数は、平成六年度当時一四三五人であったが、平成一一年四月末日当時は一二八二人であった。
一方、被告の被保険者数は、平成一一年四月末当時三万二〇七三人であるが、平成一二年三月末当時、被告の被保険者数は年間平均三万〇八二〇人であった。
(イ) 被告においては、被保険者数の減少傾向に加え、事業主・被保険者の資格取得喪失、標準報酬月額の管理や保険給付金決定の作業について、平成二年度より順次コンピュータ処理に移行するなど、事務処理方法の改善を実施してきた。
(2) 原告の勤務実績等
ア 組合加入前の勤務実績等
(ア) 被告は、原告が採用前に医療事務専門学校で一定の教育を終了したと述べていたことを考慮し、採用と同時に業務課医療係(昭和六三年四月に審査課に名称が変更された)に配置した。
原告は、採用後三年を経過しても、診療報酬明細書の審査実績(不適正な、あるいは疑問のある明細書の発見)が他の職員の概ね三分の一以下にとどまり、審査内容にもミスが目立った。また、支払基金に対する過誤調整依頼も、他の職員の依頼件数が三〇〇件程度で約二分の一程度の過誤の認定を受けていたところ、原告の依頼件数は一〇〇件程度にとどまり、その約一〇分の一しか過誤の認定を受けられなかった。
(イ) 被告は、原告の医療係での実績の低さ等を考慮して、昭和五二年六月に原告を業務係へ配置転換した(書証略は、有給休暇を他の職員よりも多く取得していた原告を快く思っていなかったことによる配置転換であるとするが、これを裏付ける客観的証拠はないから、採用できない)。
業務係は、事業所や被保険者、家族の資格喪失、標準報酬の管理、被保険者から請求された保険給付金の決定等を所管する部署であったが、いずれの業務についても格別の専門知識を要するものではなく、定型的、反復的な業務がほとんどを占めるものである。
しかしながら、原告の業務課における勤務実績及び勤務態度は、あまり芳しくなかった(被告が当時の原告の上司に命じて作成させた昭和五二年八月二二日から昭和五三年一月一三日までの約六か月間の原告の勤務実績、勤務状況、原告に対する指導等の記録には、原告が、毎日のように、著しいミスを繰り返していたこと、始業時刻及び休憩時刻を遵守する意識に乏しいことが記載されている)。
また、原告は、昭和五二年九月ころ、春口昭治事務長(当時)、市村課長らに呼び出され、三、四時間、叱責され、始末書の提出を求められたことがあった。
(ウ) 原告は、昭和五二年一二月一二日、事前に申請を行わなければならない有給休暇の申請を勤務日の中途にスキー場から電話で事後申請した。この有給休暇申請について、原告は、取得目的を「風邪」と偽って申し出ていた。
市村課長らは、この経緯を踏まえ、原告に職員としての適格性がないと判断し、原告の親族を通じて原告に対して退職を勧告した。これに対し、原告の親族から今後は親族が責任をもって監督する旨の誓約をした上で、今回だけは許してほしいとの強い懇願があったため、被告は、原告の雇用を継続することとした。
イ 定期昇給停止
(ア) 被告は、昭和五三年四月から昭和五八年四月までの間の六年間、定期昇給を実施しなかった(なお、この間の昭和五七年四月には、業務課長が市村俊一から小川雅延へ変わっていた)。
このような措置は、原則として、勤務実績を問うことなく、全ての職員について毎年定期昇給を実施していた被告においては、原告のみについて行なわれた異例の措置であった。
(イ) 原告は、遅くとも昭和五八年四月ころまでには、本件労働組合に加入し、そのころ、自らの加入の事実を被告に通知した。
原告は、その後、昭和六〇年ごろまで積極的に労働組合活動を行ったが、それ以降は、主に定期昇給の要求等のための団体交渉(いわゆる春闘)以外は積極的には労働組合活動をしなかった。
なお、被告における本件労働組合の組合員は原告のみである。
ウ その後の原告の勤務実績等
(ア) 被告は、昭和五八年九月二六日、原告について、昭和五六年四月にさかのぼり、三号俸分の昇給を行なった。
昭和六三年以降も原告は本件解雇に至るまで毎年の定期昇給があり、平成四年一月一日付けでは特別昇給が、平成五年四月一日付けでは専門職への昇任が行なわれた。
しかしながら、原告の勤務態度は従前と特段の変化がなく(始業時刻及び休憩時刻を遵守する意識に乏しいことは相変わらずであった)、また、業務遂行についても、原告の事務処理の不手際のため、一旦支給を決定した分を再度取り消す等の事態も少なからず生じていた。
(イ) 原告は、平成元年一一月、任意継続被保険者であった五味に対し、すでに保険料が納付済みであったにもかかわらず、「未納付であれば手続をしてほしい」などと連絡した。五味は、原告のこの連絡及びその対応態度に怒り、このため、原告の上司複数が同人の自宅を訪れて謝罪した。
(ウ) 被告は、財政の逼迫から、人件費削減措置を講ずることにし、平成九年度において職員のベースアップを凍結し、平成一〇年度においては職員の期末手当について、勤務実績の如何にかかわらず算定してきたのを、勤務評定の評価区分(A、B、C、D、Eの五段階)に基づき格差を設けることとした。
これに関し、原告は、平成一〇年二月以降、被告に対し、数回にわたり、本件労働組合の中央執行委員長名義の申入書又は要求書を提出して、「査定の基準が不明瞭であり、各部署により業務内容が異なるので、公平な審査をすることは不可能である」旨の意見を申し伝えた。これに対し、被告は、原告に対し、「長期にわたる建設業界の不況のため、財政が厳しく、事業見直しや経費節減、保険料率の引上げで対応するが、それに伴い、事務局のより効率的な運営を求められているため、職員の処遇について、より一層、適正かつ公平な評価を行なう形で見直しを図る必要が生じ、勤務評定を実施することにした」旨の回答をした。
(エ) 平成一〇年度から導入された勤務評定は、従業員一名につき、勤務実績、性格、適性の三項目のほか、当該従業員に対する指導も考慮され、直属の上司(原告は小島課長であった)と小笠原事務長が評定者として個別に評価し、常務理事(当時は瀬戸秀隆であった)が調整者として総合判定をするというものであった。勤務実績については、仕事の結果、仕事の仕方、仕事に対する態度、部下の統率の仕方という四つの要素についての個別評定を踏まえて総合評定された。性格については、誠実さ、積極性、意志の強さ、慎重さ、機敏さ、辛抱強さ、几帳面さ、協調性、明朗さ、親切さ、感情的の一一の要素について個別に評定された。適性については、現在の仕事についての適性を評定するとともに本人の適する仕事について評定者又は調整者の意見が付された。
平成一〇年上期、同年下期、平成一一年上期の各勤務評定において、被告の一般職員二〇名についての各期の各評価の分布状況(各評価を受けた職員数)は以下のとおりであったが、原告については、小島課長からは、些細なミスを頻発し、繰り返し行なった日常的な指導、注意に耳を傾けず、反省する姿勢がなかったことが、瀬戸秀隆常務理事からは配置に苦慮し配置替先もないことが指摘されていた。
平成一〇年度上期 A一名、B八名、C一〇名、D一名(原告)
平成一〇年度下期 A一名、B七名、C一一名、D一名(原告)
平成一一年度上期 A〇名、B八名、C一一名、D一名(原告)
(3) 本件解雇の経緯等
ア 本件解雇前の経緯
(ア) 被告は、平成一一年五月二八日、原告に対して、同年六月末日をもって解雇する旨を予告したが、その際、原告と常務理事及び事務長が面談し、原告に対して、解雇予告の主旨とこれに至った理由を説明し、本件通知書を原告に交付した。
原告は、面談の席上、常務理事らからの説明を受けた後、解雇となった場合に支給される退職手当金の金額を確認した上で、解雇には応じられない旨述べて退席した。
なお、被告は、本件解雇に先立って、職員全員に対し希望退職を募ることはせず、原告に対しても、昭和五二年一二月以降は、一時帰休や希望退職などを勧めたことはなかった。
(イ) 原告は、平成一一年六月三日、被告に対し、退職手当金の金額についての説明と職員退職手当金支給規程の写しの交付を求めた。これに対し、被告は、原告に対して、退職手当金の金額とその算定方法について改めて説明するとともに、原告に対し、職員退職手当金支給規程の写しを交付した。
(ウ) 被告は、原告の所属する本件労働組合の求めに応じて、平成一一年六月一七日(約二時間)、同月一八日(約三〇分)、同月二四日(約四〇分)、同月二五日(約一時間三〇分)の四回、労使間協議を行った。
協議の席上、被告は、原告の勤務実績、勤務評定の結果を具体的に明らかにするとともに、被告の経営状況を明らかにする複数の資料等をも交付して本件労働組合の理解を求めた。
しかしながら、本件労働組合は、同月二五日の協議(最終回)の席上、被告に対し、これ以上自主交渉を続けても解決は困難と思われるので、東京都地方労働委員会に対して本件労働組合からあっせん申請をするので被告も受諾してほしい旨の依頼をした。
イ 本件解雇日後の経緯
被告と本件労働組合は、平成一一年六月二八日付けで同労働組合が申請した東京都地方労働委員会におけるあっせん手続に臨み、同年七月二二日から同年九月一六日まで合計五回の期日において協議を尽くし(この中で、被告は、本件労働組合に対し、原告の解雇理由書を交付した)、あっせん委員から和解案が示されるに至った。
本件労働組合としては和解案を受け入れる方向となったが、最終段階において原告が和解を拒否するとの強い意向を示したので、結局、和解が成立するには至らなかった。
以上の事実が認められる。
2 争点(1)に対する判断
(1) 就業規則三〇条が被告の普通解雇事由を限定的に列挙したものであると解するのは相当でないが、被告が原告に対し解雇事由として就業規則三〇条一項二号を示していることから、本件においては、同号に該当する事由があるかどうかをまず検討することとする。
(2) 前記第二の一の事実及び前記一の認定事実を踏まえて判断する。
ア 予算の減少について
(ア) 被告の経常収支は、平成六年度以降、毎年一億円を超える(多いときは一五億円を超える)多額の損失を計上しており、被告が実施した収入面の増加策(保険料率の引き上げ)、支出面の削減策(付加給与の見直し、保険事業の見直し、経費削減)、人件費の合理化も一定の成果があったけれども、なお、平成一一年度の予算では、年間の経常収支として七億二〇三四万二〇〇〇円の損失を見込まざるを得ない状況であったのであり、実際にも約七億三〇〇〇万円の損失となったことが認められる。
したがって、本件解雇当時、被告の予算が減少し、人員削減措置を行わざるを得ない必要性があったものと認めるのが相当である。
(イ) この点、原告は、事務所の改装費、藤和ビルの賃貸料、出張に名を借りた社員旅行費の削減がされていないこと、藤和ビルからの引き上げもたまたま東京建設会館に空きができたからにすぎないことを指摘し、人員削減措置の必要性を認めるべき予算の減少がない(経費節減努力を尽くしていない)と主張する。
しかしながら、原告の主張する事務所の改装費、藤和ビルの賃貸料、社員旅行費の具体的金額及びこれらを削減した場合の効果の程度を認めるに足りる証拠はないし、藤和ビルからの引き上げも、仮に原告が指摘するように、たまたま東京建設会館に空きができたことを契機としても、藤和ビルから引き上げないという選択肢もあったことを考えると(この選択肢がないのであれば、被告の経営が相当逼迫していたものであることをより一層裏付けることになる)、やはり経費節減努力と評価するのが相当である。
したがって、原告の前記主張は、採用できない。
イ 「過員」の有無
(ア) 健康保険組合の事務局の事務量が概ね加入事業所数及び被保険者数の増減に比例するとみることは合理的であるところ、平成六年度当時の被告の職員数一人当たりの被保険者数は一四三五人であったから、平成一一年四月末に比べ、同じ事務量をより少ない職員で処理していたということができる。
そして、被告では、平成二年以降、事務局の事務作業を順次コンピュータで処理するように移行してきたのであるから、平成六年当時よりも平成一一年四月当時の方が、職員数一人当たりの被保険者数が多くなるような事務処理体制を構築できる状況にあるものと認められ、少なくとも職員数一人当たりの被保険者数が少なくなるような事務処理体制を構築することは経営効率の観点からは不合理であるといえる(被告はコンピュータの導入により改善された事務は一部にすぎないし、小島課長の業務命令が細かくなってかえって業務が増加したと主張するが、これを認めるに足りる客観的証拠はないから、採用できない)。
すると、多額の損失を経常し始めた平成六年当時の職員数一人当たりの被保険者数を、より事務処理体制がコンピュータ化され、より被告の収支が悪化している平成一一年四月当時における適正な職員数の算定基準とすることは不合理ではない。
したがって、平成一一年四月末当時の被告の適正職員数は、当時の被保険者数三万二〇七三人を、平成六年度当時の被告の職員数一人当たりの被保険者数一四三五人で除して得られる二三人よりも少ない人数であると認められ、この状態は、平成一二年三月末当時の被告の被保険者数が平成一一年四月当時と比べわずかに少なくなっていることからすると、本件解雇当時も同様であったと認めるのが相当である。
(イ) 被告が本件解雇前に業務課へ他部署からの人員をあてたことを指摘して、本件解雇当時に「過員」という状態はなかったと主張する。
しかしながら、本件では、業務課を閉鎖する必要性を問題にしているのではなく、被告全体の経営状況から「過員」かどうかを問題にしているのであり、業務課へ他部署からの人員をあてたからといって、被告全体の職員数を削減させる必要がなかったとはいえない。
したがって、原告の前記主張は失当であり、採用できない。
ウ まとめ
してみると、本件解雇当時、被告の予算上、人員削減措置を行わざるを得ない必要性があり、二六名であった被告の職員数は当時の適正職員数の最大値である二三名を超えているから、少なくとも一名は「過員」であるという状態であったと認められる。
したがって、原告一人を解雇した本件解雇は、就業規則三〇条一項二号(予算の減少による過員)に該当する事由が存すると認められる。
3 争点(2)に対する判断
(1) 使用者が労働者を解雇した場合、就業規則の定める解雇事由に該当する事実があっても、当該解雇が当該労働者のした正当な組合活動に対する嫌悪の意図に基づいて行われたと認められる事情があるときは、労働組合法七条一号の不当労働行為が成立し、当該解雇は無効であると解するのが相当である。
(2) 前記1、2(2)の認定事実及び判断を踏まえて判断する。
前記1で認定したとおり、原告は被告に採用された当初から一貫して勤務実績が不良であり、勤務態度も決して芳しいものではなかったこと、本件解雇前の勤務評定においては、評定を受けた全職員中最低の評価(評価自体は下から二番目のDであったが、原告以外の職員は一度もD以下の評価を受けていない)であったこと(原告はこれらの勤務評定の信用性がない旨主張するが、原告に偏頗な勤務評定をしたことを認めるに足りる客観的な証拠はないから、採用できない)が認められる。そして、前記1、2(2)のとおり、被告の経常収支は極度に悪化しており、本件解雇に至るまでの収入増、支出減の経営努力にもかかわらず、平成一一年以降も改善される見込みがなかったこと、本件解雇当時も被告の適正職員数からすれば少なくとも一名は過員であったことから、経営合理化のために一名以上の人員削減措置を講ずる必要性があったことが認められる。これらのことを総合すると、被告による本件解雇は、人員削減措置を講ずる必要上があることを背景に、平成一〇年度以降の勤務評定で最も低い評価を受けた原告を選定してされたものであると認めるのが相当である。
他方、原告の定期昇給停止は原告が本件労働組合に加入する前から実施されていること、加入後は昇給がさかのぼって行なわれていること、その後は少なくとも昭和六三年以降は定期昇給が実施され、特別昇給や昇任もされていることからすると、被告が原告の本件労働組合の活動を嫌悪したことをもって、原告に不利益を課してきたとはいい難い。また、平成一〇年度の勤務評定の導入について原告が反対意見を表明していたことがあるけれども、原告の本件労働組合の活動は昭和六〇年以降低調だったのであるし、原告が平成一〇年度以降の勤務評定において最も低い評価を受けていること、被告が本件解雇後にも人件費の削減を行なっていることを踏まえると、被告が、原告のした前記の反対意見の表明に対する嫌悪の意図を主たる理由として、本件解雇に及んだとはいえない。
したがって、本件解雇が原告のした本件労働組合の活動に対する嫌悪の意図に基づいて行われたと認められる事情を認めるに足りる証拠はないから、本件解雇が労働組合法七条一号の不当労働行為であるとはいえず、これを理由として本件解雇が無効であると解することはできない。
4 争点(3)に対する判断
(1) 使用者が労働者を解雇した場合、就業規則の定める解雇事由に該当する事実があっても、解雇に処することが著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができないときには、解雇権の濫用として無効であると解するのが相当である。
(2) 前記1、2(2)、3(2)の認定事実及び判断を踏まえて判断する。
ア 人員削減の必要性
前記1、2(2)で認定・判断したとおり、本件解雇当時、被告の経常収支の極度の悪化という経営上の理由(予算の減少)から、被告の職員を一名以上削減する措置を講ずる必要性があったと認められる。
なお、本件解雇による人件費削減額が年間六〇〇万円程度であることが被告の人員削減措置の必要性を直ちに否定することにはならない。
イ 解雇回避努力
前記1で認定したとおり、被告は、本件解雇に先立って、職員全員に対し希望退職を募ることはしていないし、原告に対し、昭和五二年一二月以降は、一時帰休や希望退職などを勧めていないことが認められ、従業員の解雇をする使用者の一般的な対応としては、やや適切を欠いていたことは否めない。
しかしながら、前記1で認定したとおり、被告は、本件解雇前に、経営改善策として、収入面の増加(保険料率の見直し)、支出面の削減(付加給付の見直し、保険事業の見直し、諸経費節減)を実施し、さらに、人件費の合理化にも着手していることが認められること、本件解雇が原告の勤務実績・勤務実績の不良に着目してされたものであること、原告に対する平成一〇年度以降の勤務評定において配置替先がないとの意見が付されていることに照らすと、職員全員に希望退職を募っていないことや原告に希望退職等を打診していないことをもって、解雇回避努力を尽くしていないとまではいえない。
ウ 人選の妥当性
(ア) 前記1、2(2)、3(2)で認定・判断したとおり、本件解雇は、人員削減措置を講ずる必要上があることを背景に、平成一〇年度以降の勤務評定で最も低い評価を受けた原告を選定してされたものであって、勤務評定という客観的な評価に基づいて最も低い評価を受けた者を解雇するという人選がされたものであるから、本件解雇における被解雇者の人選は妥当であったと認めるのが相当である。
(イ) 原告は勤務評定は客観的・合理的な基準を公平に適用してされたものではないから信用できないと主張する。
しかしながら、前記1で認定したとおり、被告が平成一〇年度に導入した勤務評定は、平成一〇年度から導入された勤務評定は、勤務実績、性格、適性、当該従業員に対する指導を考慮して、直属の上司と事務長が評定者として個別に評価し、常務理事が調整者として総合判定をするというものであり、勤務実績、性格、適性については、それぞれの評価要素・対象が客観的に定められており、一人が自らの視点で恣意的に評価するというものではなく、その評価は客観的、合理的であるということができるし、他にこの勤務評定が客観的・合理的な基準を公平に適用してされたものではないことを認めるに足りる証拠もない。
したがって、原告の前記主張は、採用できない。
エ 手続の妥当性
前記1で認定したとおり、被告は、原告に本件解雇日の一か月前に予告をし、その際にも原告に解雇理由を説明するとともに、その後解雇日まで四回にわたり原告の所属する本件労働組合と協議を重ね、本件解雇の理由、被告の経営状況について、資料を提出しながら説明していること、本件解雇日後の東京都労働委員会のあっせん手続においても、解雇理由書を交付したりして協議に応じていること、和解が成立しなかったのは和解を拒否するとの原告の強い意向が原因であることが認められる。
これらの事実を総合すると、被告が、本件解雇に当たり、原告に対し、解雇の必要性、その時期、方法につき、納得を得るために説明を行い、誠意をもって協議したと認めるのが相当である(原告が本件解雇に納得していないからといって、被告が誠実に協議をしていないとはいえない)。
オ まとめ
以上のとおり、人員削減の必要性、解雇回避努力、人選の妥当性、手続の妥当性に関する各事情を総合すると、本件解雇について、解雇に処することが著しく不合理であり社会通念上相当なものとして是認することができないとはいえないから、本件解雇が解雇権の濫用として無効であるとはいえない。
5 結語
以上の次第であり、原告の本訴請求には理由がないから棄却することとする。よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 鈴木拓児)