東京地方裁判所 平成12年(ワ)7096号 判決 2002年10月21日
原告
甲野花子
原告
甲野一郎
原告
甲野二郎
原告ら訴訟代理人弁護士
阿部哲二
同
伊藤方一
被告
株式会社倉持
代表者代表取締役
乙山乙郎
被告訴訟代理人弁護士
岩出誠
同
中村博
同
村林俊行
同
小林昌弘
被告訴訟複代理人弁護士
筒井剛
主文
1 被告は,原告甲野花子に対し,金920万8000円及びこれに対する平成12年4月16日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 原告甲野花子のその余の請求並びに原告甲野一郎及び同甲野二郎の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用のうち,原告甲野花子に生じた費用及び被告に生じた費用の各7分の1を被告の負担とし,その余を原告らの負担とする。
4 この判決は主文第1項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告甲野花子に対し金6628万円,原告甲野一郎に対し金3314万円・原告甲野二郎に対し金3314万円及びこれらの金員に対する平成12年4月16日から各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,被告の役員であった亡甲野太郎(以下「太郎」という。平成10年8月26日死亡。)の妻である原告甲野花子(以下「原告花子」という。),長男である同甲野一郎(以下「原告一郎」という。)及び二男である同甲野二郎(以下「原告二郎」という。)が,被告が太郎を被保険者として明治生命保険相互会社(以下「明治生命」という。)と締結した総合福祉団体定期保険契約並びに明治生命及び日本生命保険相互会社(以下「日本生命」という。)との間で締結した生命保険契約に基づき,太郎の死亡によって被告が支払を受けた死亡保険金及び入院給付金等について,それが遺族である原告らに支払われるべきものであるとして,被告に対し,各法定相続分に応じて死亡保険金及び入院給付金等のうち原告らに支払われていない金員の支払を求め,又は,被告の退職金規定に基づいて計算された死亡退職金の未払分の支払を求める事案である。
1 争いのない事実等(認定の根拠の記載のない事実は当事者間に争いがない。)
(1) 原告花子は,太郎の妻であり,同一郎は,太郎の長男,同二郎は,太郎の二男である(<証拠略>)。
(2) 被告は,砂利の販売等を目的とする会社である。
(3) 太郎は,昭和28年12月1日に被告に入社し,昭和51年7月に常務取締役に就任したが,常務取締役就任時に,入社以来の勤務年数に応じた退職金は支払われておらず,常務取締役就任後も,被告代表者の指揮命令を受け,経理などの業務に従事していた。なお,これに対し,昭和58年7月23日,被告の取締役会長に就任したK1は,取締役会長就任時に入社以来の勤続年数に応じて退職金の支払を受け,平成6年7月23日,取締役会長退任時に取締役会長としての退職慰労金の支払を受けている(<証拠略>)。
(4)ア 被告は,平成10年3月1日,被告が保険料を負担して,太郎を含む被告の役員及び従業員を被保険者とする以下の総合福祉団体定期保険に加入した(以下「本件保険契約1」という。)。なお,本件保険契約1にヒューマンヴァリュー特約は付されていない(<証拠略>)。
保険会社 明治生命
死亡保険金 300万円(主契約,役員)
イ また,被告は,被告が保険料を負担して,太郎を被保険者として以下の生命保険に加入した(以下,(ア)の保険契約を「本件保険契約2」,(イ)の保険契約を「本件保険契約3」という。)。なお,これらの生命保険については,太郎もその加入に同意していた(<証拠略>)。
(ア) 保険会社 日本生命
加入日 昭和63年11月1日
死亡保険金 5000万円
入院特約 1日5000円
保険金受取人 被告
(イ) 保険会社 明治生命
加入日 平成2年7月16日
死亡保険金 1億円
入院特約 災害,疾病入院1日につき各5000円
保険金受取人 被告
(5) 太郎は,平成10年8月26日,胃癌,癌性腹膜炎のため死亡し,太郎の権利義務は,原告花子が2分の1,原告一郎及び同二郎が各4分の1の割合で相続した(<証拠略>)。
(6) 被告は,平成10年10月12日,明治生命から本件保険契約1にに(ママ)基づき太郎の死亡に係る死亡保険金300万円を受領した。
また,被告は,明治生命から本件保険契約3に基づき太郎の死亡に係る死亡保険金1億円,日本生命から本件保険契約2に基づき太郎の死亡に係る死亡保険金5000万円,合計1億5000万円を受領したほか,太郎が平成10年5月23日から同年8月26日まで96日間入院したことにより,平成10年9月14日明治生命から本件保険契約3に付された入院特約による入院給付金48万円,同月17日日本生命から本件保険契約2に付された入院特約による疾病入院給付金48万円及び手術給付金10万円の合計106万円(以下「本件入院給付金等」という。)を受領した。
(7) 被告は,原告らに対し,弔慰金として,本件保険契約1の死亡保険金300万円の50%に当たる150万円を支払った。また,太郎の昭和28年12月1日の入社以来死亡までの死亡退職金は,被告の定めた規定によれば勤続年数44年9か月として2770万8000円と算定されるが,被告は,被告から太郎への仮払金等が存在するとして770万8000円を差し引いた2000万円を原告らに支払った。
(8) (7)の死亡退職金支払の経緯は以下のとおりである。
すなわち,原告らは,太郎の死亡退職金の支払を被告に求めていたところ,平成10年10月6日,原告花子及び同二郎は,被告の経理部長であるK2(以下「K2」という。)及び総務部長であったC(以下「C」という。)から,太郎の死亡退職金等の支払について説明を受け,その際,計算書(<証拠略>)及び支払内訳書(<証拠略>)を示され,承諾書(<証拠略>)の用紙を渡された。その際,K2及びCからは,太郎には仮払金及び背任行為があるので死亡退職金は2000万円になるとの話があった。そして,同年11月13日,原告らが,被告に対し,承諾書に原告一郎及び同二郎が署名捺印したものを提出し,前記死亡退職金等が支払われた。なお,原告花子は死亡退職金等の支払について領収証(<証拠略>)を作成し,被告に交付した(<証拠・人証略>)。
2 当事者の主張
(1) 原告ら
ア 本件保険契約1の死亡保険金残金請求
以下の(ア)ないし(ウ)を選択的に主張する。
(ア) 本件保険契約1は,その約款において,主契約の目的を明確に企業の弔慰金,死亡退職金の支払のためのみとし,遺族の生活保障と位置づけ,主契約の死亡保険金は全額が遺族に支払われるものとされる一方,企業が支出する従業員の死亡により発生する代替雇用者の採用,育成費用等は,特にヒューマンヴァリュー特約を付した場合にしか認めないとされている。そして,本件保険契約1は,主契約のみであるから,その保険金受取人は,全額が被保険者の遺族である。しかし,被告は,被告の退職慰労金規定(<証拠略>,以下「本件規定」という。)によれば,弔慰金として遺族に支払うべき金額は団体定期保険の主契約保険金の50%に当たる金額であると主張し,本件保険契約1に係る死亡保険金の50%に当たる150万円しか支払わず,残金150万円を法律上の原因がなく利得しているから,原告らにこれを返還する義務を負う。
(イ) 被告は,本件保険契約1を締結する際,(証拠略)の弔慰金規定(以下「本件弔慰金規定」という。)を作成し,この規定は,太郎の死亡前である平成10年3月1日から実施されている。そして,本件弔慰金規定においては,役員及び幹部社員の弔慰金は300万円とされ,その受取人は,第1順位が,役員,従業員の配偶者とされている。よって,原告花子は,被告に対し,この規定に基づき,本件保険契約1の死亡保険金残金150万円の支払を求めることができる。
(ウ) 総合福祉団体定期保険においては,被保険者の遺族の生活保障という趣旨を徹底するために,保険付保の周知徹底,企業の規定との密接な関連づけ,保険請求に当たって受給者(遺族)の署名捺印の徴収といった方策が採られるようになっている。したがって,被告が,本件保険契約1に加入したことは,同時に,被告と太郎との間で,本件保険契約1の死亡保険金300万円を,原告花子又は原告らに支払う旨明示又は黙示に合意したものといえる。
(エ) 被告は,本件規定に基づき,死亡保険金300万円のうち150万円しか支払義務を負わないと主張するが,本件規定が承認された旨記載された取締役会の議事録(<証拠略>,以下「本件議事録」という。)には,役員の氏名がすべて記名され,太郎名下の印影も真に太郎の印鑑により顕出されたか否か不明であるから,その真正な成立は立証されていないし,仮に本件規定の成立が認められるとしても,本件規定第6条の規定は,その後本件弔慰金規定が制定されて改廃されており,規範としての効力を有していない。
イ 本件保険契約2及び3の死亡保険金相当額残金請求
(ア) 本件保険契約2及び3のような他人の生命の保険契約の本来の趣旨及び目的は,被保険者又はその遺族の生活保障にあり,大蔵省(当時。以下同じ。)の行政指導においても,この趣旨及び目的に沿うよう運用の指導がなされてきているし,本件保険契約2及び3のパンフレットからもこのことは明らかである。このような事情に照らすと,本件保険契約2及び3の保険金受取人が被告と指定されていたとしても,太郎を被保険者として被告が本件保険契約2及び3のような他人の生命の保険契約を締結する場合には,特段の事情がない限り,太郎が被保険者になることに同意する際に,太郎が死亡し又は高度障害を負ったときは,保険金相当額の全部又は相当部分を被保険者である太郎又は太郎の遺族に引き渡す旨の合意が存在していたものといえる。なお,仮に原告らに支払われるべき死亡保険金相当額の相当部分の金額が確定できないとすれば,原告らは,本件保険契約2および3の死亡保険金に権利を有しており,民法264条の準共有の規定が適用され,同法250条で,各共有者の持ち分は均等であると推定される規定の準用により,少なくとも保険金の半額に相当する金額は原告らに支払われるべきである。
(イ) 仮に,太郎が本件保険契約2及び3の被保険者となることに同意する際に,太郎が死亡し又は高度障害を負ったとき,保険金相当額を被保険者の遺族に引き渡す旨の明示の合意が成立していなかったとしても,他人の生命の保険契約において,被保険者の同意を要するとした趣旨は,他人の生命の保険契約において契約者が不労な利得を得ることを防止しようとすることにあること,事業主が従業員や取締役を被保険者とする場合には,当該被保険者の福利厚生を目的とするものとして,事業主が負担した保険料は,所得税法,法人税法上損金に計上できる優遇措置が採られていることからすれば,特段の事情がない限り,被告と太郎との間で,太郎が死亡したとき又は高度障害を負ったとき,保険金相当額を太郎又は太郎の遺族に支払う旨の合意があったものと推認できる。
(ウ) また,仮に(ア)又は(イ)の合意がなかったとしても,会社が,取締役の保険契約を利用し,取締役の生命をもって生命保険会社との取引材料としたり,労働者を被保険者とする個人保険契約を悪用して不労な利得を得ることは本来許されない。したがって,会社が自ら雇用する労働者又はその取締役を被保険者として,自らが保険契約の契約者兼保険金受取人となった場合には,信義則上の義務として,特段の事情のない限り,会社が受け取った高度障害保険金あるいは死亡保険金を,被保険者となった当該労働者若しくは取締役又はその遺族に支払う義務を負うというべきであり,本件においても,被告は,前記信義則上の義務に基づき,原告らに対し,被告が受け取った死亡保険金相当額を引き渡す義務を負う。
ウ 本件入院給付金等の請求
本件入院給付金等についても,被告が取得する理由はなく,入院時の被保険者への保障のためにあることは明らかであり,前記イ(ア)ないし(ウ)と同様,太郎,被告間の明示若しくは黙示の入院給付金等相当額の引渡しの合意又は信義則上の義務に基づき,被告は,原告らに対し入院給付金等相当額を支払う義務を負う。
エ 太郎の死亡退職金の請求
被告は,太郎の死亡退職金が2770万8000円あるにもかかわらず,770万8000円については仮払金等があるとして,これを控除し,2000万円しか支払わない。
よって,原告らは,被告に対し,退職金残金770万8000円の支払を求める。
仮に,本件規定により,退職金受給者が死亡した退職者の妻とされるときは,原告花子は,被告に対し,前記イの本件保険契約2および3の死亡保険金残金相当額の半額の請求に対する選択的請求として,退職金残金770万8000円の支払を求める。
オ 被告の主張エは争う。
原告らと被告との間で,原告らが,太郎の後記(2)オ記載の不正行為を争わず,不正行為による横領又は使途不明金を仮払金として退職慰労金により補填し,本件保険契約1ないし3の生命保険金等の請求をしないことを条件として,不正行為を行った太郎には支給されるべきではない退職慰労金を支払い,原告らは,これに何らの異議を申し立てない旨の合意(以下「本件和解契約」という。)が成立したことはない。
被告が本件和解契約が成立した根拠として指摘する(証拠略)は,被告が原告らに対し示した支払内訳にすぎず,(証拠略)についても,原告一郎及び同二郎が,原告花子に,金品授受を委任したことを示すにすぎないし,また,本件和解契約についての,原告花子の署名捺印がなされた書類も作成されていない。
また,被告は,原告らに対し,当時仮払金等の明細も明らかにしておらず,保険金の存在すら原告らに隠していたし,また,本件訴訟前の調停の段階においても,被告は,本件和解契約の成立などという主張は一切していなかった。
カ 被告の主張オは争う。
被告の主張は,いつどのような事実があったのかを具体的に特定しておらず,極めて不明確なものであり,主張自体失当であるし,仮にそうでないとしても,被告の主張は強く否認する。
キ 被告の主張カは争う。
ク よって,原告花子は,被告に対し,保険金及び保険金相当額又は死亡退職金残金として合計6628万円(なお,前記ア(イ),イ及びウの請求が共に認められる場合には,原告花子の請求額の合計は6703万円となるので,この場合は本訴における原告花子の請求は一部請求となる。),原告一郎及び同二郎は,被告に対し,保険金及び保険金相当額合計3314万円並びにこれらの金員に対する訴状によって請求した日の翌日である平成12年4月16日から各支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(2) 被告
ア 原告の主張アは争う。
被告は,原告花子に対し,後記イのとおり,合理的かつ有効な本件規定に基づき,本件保険契約1の死亡保険金の50%に当たる150万円を支払っている。なお,本件規定についで承認された旨記載された本件議事録の太郎名下の印影は,太郎が押印したものであり,真正に成立している。
また,本件弔慰金規定は,保険金請求の手続上,保険会社から早く保険金の支給を受けられるように,保険会社の書式に従って作成されたものにすぎず,本件規定の有効性には何らの影響を及ぼすものではなく,正規の規定は本件規定のみである。
イ 原告の主張イは争う。
本件保険契約1ないし3は,太郎の発議に基づき,役員の身に万一のことがあった場合の会社の存続の確保及び役員家族等の生活保障を図る目的で,企業防衛及び役員遺族への弔慰金等の原資とするとの使途を明確にした上,被告取締役会において,保険契約を締結することが議決され,また,本件規定は,この議決に基づいて有効に制定されたものである。そして,本件規定は,保険料を被告が支払っていること,また,被告による保険金取得による企業防衛の必要性等からすれば合理的な規定である。
本件規定の第7条(保険金の処理)においては,明確に,「本規定の第4条,第5条及び第6条で算出した支給額をそれぞれの保険金より差し引いた後の残額については,会社の存続と企業防衛のために会社が取得する」と定められており,保険金から退職慰労金等を支給した残額は被告が取得することが明確に定められている。
しかも,前記のとおり,本件保険契約2及び3の保険料は被告が負担しており,また,景気の悪化により被告の経営状態が悪化し,太郎以外の役員に関しては,退職慰労金の支払も困難になっており,また,太郎には後記オの不正行為があったにもかかわらず,中小企業の役員としては破格の額を退職慰労金として支払っている。
このような事情に照らすと,太郎,被告間に,死亡保険金相当額の全部又は相当部分を被保険者である太郎又は太郎の遺族に引き渡す旨の明示又は黙示の合意が存在していたとはいえないし,また,原告らの主張する,信義則上の保険金引渡義務が認められる余地はない。
ウ 原告の主張ウは争う。
本件規定第7条の「それぞれの保険金より差し引いた後の残金」との文言上,本件入院給付金等を被告が取得するのは明らかであるし,また,実質的にも,被告が保険料を負担し,入院等に際しても,太郎に減俸等の不利益は課せられず,利用給付は健康保険から支給されていたのであるから,重要な役員の休業に伴う被告の様々な損害の填補に本件入院給付金等を充当するのは何ら不合理ではない。
エ 原告ら,被告間における本件和解契約の成立
原告ら,被告間には,平成10年11月13日,被告が原告らに対し,太郎の退職慰労金等を支払った際に,本件和解契約が成立しているから,被告は,原告らに対し,何ら支払義務を負っていない。
オ 仮払金等による退職慰労金の相殺
(ア) 太郎の業務上横領行為又は特別背任行為による債務不履行又は不法行為
太郎は,被告及びK砂採取協同組合(以下「組合」という。)の経理事務を行うに当たり,以下の不正,不明朗な会計処理等を行っており,その態様及び金額に照らすと,これは被告及び組合に対する業務上横領行為又は特別背任行為に当たるものであり,その金額は,被告との関係では617万円,組合との関係では756万6000円に及んでいる。したがって,被告は,太郎に対して,前記617万円について,損害賠償請求権を有し,また,後記のとおり,被告は,組合に対し,前記756万6000円について損害賠償請求権を負わざるを得ないことから,これについても太郎に対し,損害賠償請求権を有する。
a 被告関係
(a) 仮払金417万円
太郎は,昭和54年3月30日から平成6年5月までの間,経理担当の部長又は常務取締役であり,経理,会計処理に通じていたにもかかわらず,仮払金名下に被告から合計317万円を引き出し,さらに組合への仮払名下に100万円を引き出しながらその清算をしなかった。このように数期にわたって仮払金が清算されないこと自体,極めて不当,違法な状態であり,その態様,金額に照らすと,前記のとおり,業務上横領行為等が行われたものと推認できる。
(b) 出資金 200万円
太郎は,後記のとおり,被告から特別の出費をする必要のない組合に対し,出資金名下で200万円支出させているが,実際にはこの金銭は組合に入金されておらず,「業務上横領行為等が行われたものである。
b 組合関係
組合は,組合員の取り扱う砂,砂利の共同採取,販売等を目的とする協同組合として発足したものであり,被告の前代表者K1が主要な理事としてその経営に関与し,また,組合の業務が被告の港湾施設開発事業と関係していたこともあり,組合と深く関わって事業を展開してきた。そして,組合の事業の展開に伴い,その経理業務について素人の一般組合員では対応しきれなくなったため,被告は,組合からの委託を受け,太郎が昭和42年ころから,組合の経理,出納業務を担当することとなった。
その後,組合は,砂利採取場所が港湾施設として茨城県の施設となることとなり,昭和53年,事業の中止命令が下され,これに伴い,同年7月から営業を休止しており,被告からの出資金やその他の追加出資金など必要がない団体であった。
しかし,組合の経理等を一手に担当していた太郎は,休眠状態下での組合において,組合の普通預金25万及び定期預金解約金200万円を使途不明金として横領する等違法な行為を行い,組合から茨城県中小企業団体中央会年会費名目で81万6000円を支出し,これを横領する等違法な行為を行い,組合から仮払金名目で250万円,組合員に対する出資金返還の名目で200万円の支払を受けてこれを横領する等違法な行為を行ったため,被告は,組合に対し,民法44条1項若しくは715条1項の不法行為責任又は被告が前記の委託を履行するに当たり,太郎を履行補助者とする債務不履行責任として,組合に対し損害賠償責任を免れない。
(イ) 仮に,太郎が横領等違法な行為を行ったものでないとしても,太郎は,被告の常務取締役として経理を担当し,また,組合から被告が委託を受けたことにより,組合の経理を担当していたのであり,高度の忠実義務又は善管注意義務を負うものであるところ,太郎は容易に前記(ア)記載の未清算仮払金等の発生,拡大を防止でき,かつ,それをなすべき地位にあったにもかかわらず前記未清算仮払金等を発生させたのであるから,これについて,太郎には,忠実義務又は善管注意義務違反があり,被告に対し,損害を賠償する責任を負う。
(ウ) 被告は,原告らに対し,平成10年10月6日,支払内訳書(<証拠略>)記載の仮払金等770万8000円を提示して,原告らの退職慰労金請求権とその対当額において相殺するとの意思表示をした。
カ 原告らの信義則違反,権利濫用
本件においては,被告は,本件保険契約1ないし3の保険料を負担し,景気の悪化,被告の経営状態の悪化等にもかかわらず,太郎に対し,オーナー一族でないにもかかわらず破格の退職慰労金等を支払った。原告らは,太郎に背任や不明朗な仮払のあったことの説明を受け,かつ,弁護士の助言を十分受けた上で,一切迷惑を掛けない旨の承諾書を提出し,何らの異議も述べず退職慰労金等を受領したものである。
このような経緯にかんがみると,退職慰労金等の受領の際,前記のとおり,被告が,退職慰労金等の支払をもって一切の紛争の解決を求め,かかる意思を表示した上にもかかわらず,原告花子が,弁護士の助言の下に,意図的に,かかる紛争解決の意思なく,単に金銭の受領のみを目的として異議を示すことなく受容したとすれば,これは,被告の錯誤を奇貨として,本来は取得不能な退職慰労金等を詐取したものと評さざるを得ず,原告らの背信性は顕著である。
そうすると仮に原告らの請求が認められる余地があったとしても,その権利の行使は権利濫用として許容されるものではない。
3 争点
(1) 被告が,原告らに対し,本件保険契約1の死亡保険金のうち原告らに支払われていない残金150万円について支払義務を負うか。
(2) 太郎,被告間に,本件保険契約2及び3の死亡保険金を太郎又はその遺族に死亡退職金として引き渡す旨の明示又は黙示の合意があったか。また,被告は,原告らに対し,死亡保険金相当額を信義則上引き渡す義務を負うか。
(3) 被告が,原告らに対し,本件入院給付金等106万円について支払義務を負うか。
(4) 本件和解契約締結の有無。
(5) 太郎による業務上横領行為等の存否及び忠実義務,善管注意義務違反の有無と被告による相殺の可否。
(6) 原告らの請求が信義則に反するか。また,権利の濫用に当たるか。
第3争点に対する判断
1 争点(1)について
(1)ア 証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,これに反する証拠はない。
(ア) 本件保険契約1(総合福祉団体定期保険)の主契約部分は,企業が保険契約者となり,その役員又は従業員が被保険者となる保険に加入することにより,主契約の保険金によって企業の弔慰金等の支払財源を保障し,その円滑な運営を図ることを目的とするものとされ,従業員の死亡に伴い企業が負担する代替雇用者採用,育成費用等の企業の諸費用を保障するためにはヒューマンヴァリュー特約を付す必要があるとされており,ヒューマンヴァリュー特約を付さない限り,その保険金の利用目的は役員及び従業員に対する弔慰金等の支払に限定されている。
(イ) 総合福祉団体定期保険の主契約については,死亡保険金の額は,企業の弔慰金規定等の範囲内で設定されることとされ,また,実際に支払われる死亡保険金額についても,企業の弔慰金規定等に定められた支給額があらかじめ定められた保険金額を下回る場合には,弔慰金規定等に定められた支給額しか保険金として支払われないものとされており,さらに,被保険者に支払われる保険金等の額が,弔慰金規定等に定める支給額を超え,保険制度の目的に反する状態がもたらされるおそれがある場合には,保険制度の目的に反して利用されるおそれがある場合等として,保険会社が契約を解除できることとされるなど,企業には,弔慰金規定等で定められた支給金額以上の保険金が支払われず,保険金はすべて弔慰金等として支払われ,企業がその一部を取得しないことが契約上予定されている。
(ウ) 主契約の保険金受取人についても,原則として,企業の弔慰金規定等に定められた弔慰金等の受給者とされているが,受給者の同意を得れば,受取人を企業を(ママ)することも可能とされているものの,保険金受取人を企業とした場合には,保険金を請求する際に,弔慰金等の受給者がこれを了知することを要するとされており,受給者が保険金支払額を知ることができるようにすることで,受給者の前記支払を受ける権利を実効あるものとする措置が契約上図られている。そして,主契約の保険金受取人が弔慰金等の受給者とされている場合には,保険会社から,受給者に対し企業の弔慰金規定等に基づく額の保険金が支払われるのに対し,保険金受取人が企業の場合には,企業にいったん支払われた保険金が,企業の弔慰金規定等に基づいて企業からすべて弔慰金規定上の受給者に支払われることとなる。
イ 以上によれば,本件保険契約1にはヒューマンヴァリュー特約が付されていないところ,本件保険契約1は,ヒューマンヴァリュー特約を付さない限り,その保険金の利用目的が役員又は従業員に対する弔慰金等の支払に限定され,保険金額が弔慰金規定等所定の弔慰金額を超えないものとされ,保険金全額がすべて弔慰金等として同規定所定の受給者に支払われ,企業が保険金の一部を取得しないことが契約上予定されている。そして,本件保険契約1の保険金受取人は被告とされているところ,企業を保険金の受取人とする旨が約定された場合であっても,企業が保険会社から支払を受けた保険金は,弔慰金規定等に基づきその全額が同規定に定める受給者に支払われることとされ,受給者のこのような権利を実効あらしめるため,企業が保険金を請求する際受給者がこれを了知することを要するとされている。
以上判示の点を総合すれば,被告が本件保険契約1に基づき明治生命から支払を受けた役員死亡保険金は,弔慰金規定等の受給者に対しその全額が支払われることが,本件保険契約1の契約内容とされていたと解すべきである。
そして,被告は明治生命に対し本件弔慰金規定を提出し明治生命もこれを了知して本件保険契約1を締結しており,本件弔慰金規定が本件保険契約1の一部を成したことが認められるところ,本件弔慰金規定の死亡役員に対する弔慰金は300万円,本件保険契約1の役員死亡保険金も同額とされ,同規定所定の弔慰金の受給者は,死亡役員の配偶者が第1順位とされている(<証拠略>)。
したがって,本件保険契約1によれば,被告が明治生命から支払を受けた役員死亡保険金300万円は,太郎の配偶者である原告花子に対して支払われるべきものであり,明治生命の保険金支払義務は,被告に対する前記支払で消滅したことになるので,被告は,300万円中未払の150万円を法律上の原因なく利得し,原告花子は,被告の利得により同額の損失を受けたものというべきである。
(2)ア これに対し,被告は,原告らの不当利得返還請求を争うようであり,本件弔慰金規定を記載した(証拠略)は,保険会社所定の書式であり,本件規定を記載した非定型の(証拠略)では保険金の支給に時間がかかるため,保険金を早く受領できるようにするために作成したものにすぎず,正式な弔慰金規定は本件規定であり,本件規定6条によれば,遺族に対しては本件保険契約1により支払われた保険金300万円のうち半額の150万円を支払えば足りるから,保険金残金150万円の支払義務はない旨主張し,(証拠略)(被告代表者の陳述書)にはこれに沿う記載があり,被告代表者もこれに沿う供述をする。
イ しかし,本件弔慰金規定は,本件保険契約1締結の際,明治生命に提出され,明治生命もこれを了知して同契約を締結したもので,これらが保険契約内容の一部となったことは前判示のとおりであり,本件弔慰金規定中には,本件規定第6条のような定めがあるとは認められない。
そして,本件保険契約1締結の際,6条を含む本件規定が,明治生命に提出されたことを認めるに足りる証拠がないのであるから,本件規定を明治生命が了知して,本件保険契約1を締結したものとは認めるに足りない。
そのうえ,本件規定6条が本件保険契約1の内容を成すとすれば,役員死亡保険金の半額を被告が取得することとなり,ヒューマンヴァリュー特約のない本件保険契約1の保険金の利用目的に反することが明らかであり,被保険者に支払われる保険金の額が弔慰金規定等に定める支給額を超え,保険制度の目的に反する状態がもたらされるおそれがある場合として,保険会社による契約解除事由に該当する可能性さえ存在することからすれば,明治生命が本件規定6条を内容とする契約に応じたとも認め難い。
以上の点を総合すれば,本件規定6条が本件保険契約1の内容となったことを認めるに足りず,したがって,本件規定6条をもって,被告が前記保険金を取得すべきでない旨の本件保険契約1の契約内容を左右することはできないというべきであり,被告の主張はその余の点を判断するまでもなく理由がない。
ウ なお,原告らは,本件規定が承認された旨記載された本件議事録の成立の真正について争うが,太郎は,本件規定が承認されたとされる平成6年4月28日現在,被告の常務取締役の地位にあって経理を担当し,被告において,被告の経営の中心を占める重要な地位にあったのであり(<証拠・人証略>),太郎が本件規定の制定について知らないとは考えにくく,また,太郎は,被告における勤務期間中,時期によって様々な印鑑を使用しており(<証拠略>),本件議事録と同じ年に作成された別の取締役会議事録(<証拠略>)においても,本件議事録に顕出された印影と同じものと考えられる印影が顕出されていることからすると,本件議事録は真正に成立したものということができ,したがって,本件規定は有効に成立したものと認められる。
よって,原告らの主張は採用できない。
(3) よって,被告が本件保険契約1の死亡保険金の一部150万円を取得したことは不当利得に当たる。そして,損失を受けたのは前記のとおり原告花子であるから,被告は,原告花子に対し,150万円及びこれに対する本件訴状の送達により請求した日の翌日である平成12年4月16日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金を支払う義務を負う。
2 争点(2)について
(1) 太郎,被告間の明示の引渡しの合意の有無
原告らは,太郎が本件保険契約2及び3の被保険者になることを同意する際,被告との間で,太郎が死亡したとき又は高度障害を負ったときは,被告が受け取る保険金の全部又は相当部分を遺族に支払う旨の明示の合意が成立した旨主張するが,本件全証拠によっても,これを認めることはできない。
原告らは,本件保険契約2及び3の保険の趣旨目的からすれば,明示の合意があると解すべき旨を主張するようであるが,保険の趣旨及び目的が原告らの主張するとおりであったとしても,このことから直ちに原告ら主張の明示の合意の成立を認めることはできないし,後記(2)判示の事実に照らすと,原告らの主張が採用できないことが明らかである。
(2) 太郎,被告間の黙示の引渡しの合意の有無
ア 原告らは,太郎が本件保険契約2及び3の被保険者になることを同意する際,被告との間で,太郎が死亡したとき又は高度障害を負ったときは,被告が受け取る保険金の全部又は相当部分を退職金として遺族に支払う旨の黙示の合意が成立した旨主張し,<人証略>(原告花子の陳述書)及び原告花子本人尋問の結果中にはこれに沿うかのような部分がある。そして,(証拠略)によれば,本件保険契約3については,保険金受取人が法人である被告であることから,定期保険特約保険料を福利厚生費として損金算入することができることが認められる。また,弁論の全趣旨によれば,他人の生命の保険契約により不労な利得を得るのを防止するため,昭和58年4月以降の契約においては,大蔵省の指導により,生命保険業界において,他人の生命の保険契約を締結するに際し,保険契約締結の根拠となる社内規定の徴収を義務づけるとともに,社内規定の存在しない場合には,「生命保険契約の付保に関する規定」を徴収する取扱いになったことが認められる。
イ(ア) しかし,本件規定(<証拠略>)の第7条においては,退職慰労金を「それぞれの保険金から差し引いた後の残額については,会社の存続と企業防衛のために会社が取得するものとする」旨定められており,また,本件規定が定められた取締役会においても,保険加入の目的について,役員の一身に万一のことがあった場合の会社の存続の確保並びに役員家族及び役員の生活保障を図るため,生命保険を利用し,保険金等により企業防衛並びに役員遺族への弔慰金及び退職慰労金,役員本人への生存退職慰労金等の原資を確保したい旨説明された上で,承認されており,しかも,太郎自身も,承認した役員に含まれている(<証拠略>)。したがって,本件規定を定めることになる被告が原告ら主張の合意の締結に応じていたとは考え難いし,仮に原告らの主張するような合意が存在したとすれば,太郎が本件規定のような内容の規定を承認するとは考え難い。
(イ) 本件保険契約2及び3においては,その保険金の受取人はいずれも保険契約者である被告となっており(<証拠略>),保険契約者が保険金受取人となる場合に被保険者の同意が必要とされているところ(商法674条1項),前記の被告における太郎の地位及び職務内容からすれば,太郎も保険加入に同意するに当たり保険金受取人が被告であることを知っていたものと推認されることからしても,原告ら主張の合意がなされたとは考え難い。
(ウ) また,本件規定(<証拠略>)の第4条においては,支払われた保険金から,相当額の退職慰労金が支払われることが定められており,前記(ア)の事実も考え併せると,太郎が,前記退職慰労金の額以上の金額を被告から受け取るべきものと考えていたとは認め難く,そうすると,太郎と被告との間で,前記退職慰労金の額以上に保険金を支払うとの合意が形成されるとは考え難い。
(エ) 平成11年1月29日付の金融監督庁(当時。以下同じ。)の「金融監督等にあたっての留意事項について(事務ガイドライン)第二分冊:保険会社関係」の一部改正についてとの文書(<証拠略>)中,「現行」とされた部分には,企業が保険契約者及び保険受取人になり,従業員等を被保険者とする個人保険契約(以下単に「事業保険」という。)についての記載はなく,また,「改正案」とされた部分においても,全員加入団体を対象とする団体定期保険については,当該保険の目的・趣旨を遺族及び従業員の生活保障にあることを明確にすることを求める旨が記載されているのに対し,事業保険については,その目的・趣旨は,従業員等あるいは,その遺族に対する会社の福利厚生措置の財源確保等にあるとされており,必ずしも遺族の生活保障に限定されておらず,むしろ企業が福利厚生措置のための準備としてこれを取得することを予定する記載がある。また,保険金の支払についても,全員加入団体を対象とする団体定期保険については,主契約部分については全額従業員の遺族に支払うこととする旨記載されているのに対し,事業保険については,そのような記載はなく,保険金の全部又はその相当部分が,弔慰金又は死亡退職金の支払に充当することが確認されている場合についての措置が定められているにすぎない。しかも,大蔵省の指導により,昭和58年4月から事業保険締結の際に必要とされるようになった生命保険契約の付保規定についても,その提出を求める理由は,生命保険契約が被保険者に万一のことがあった場合の遺族の生活保障をその主たる目的としているのに対し,事業保険契約においては,契約締結に際し,それが従業員の福祉の一環として利用されることの確認をする必要があるためにあるとされ,企業が保険金を取得することが予定されているのであって,専ら遺族の生活保障のため遺族が取得することが予定されているわけではないし,また,生命保険会社各社の生命保険契約付保に関する規定のモデルにおいても,支払われる保険金の全部又はその相当部分が,退職金又は弔慰金の支払に充当されるものとされているにすぎず,必ずしもその全額を遺族に支払うべき旨を定めるものではない(弁論の全趣旨)。
そうすると,全員加入団体を対象とする団体定期保険と事業保険との間にはその目的及び性質に差異があるといわざるを得ず,前判示の事実からすれば,本件保険契約2及び3のような事業保険契約については,その趣旨及び目的は,必ずしも遺族の生活保障のみに限られるものではなく,行政庁の行政指導も,あくまで,事業保険の保険金が専ら会社のための(ママ)使用される事態を防止することにあるといえるから,事業保険の保険金の一部を,退職慰労金等の支払以外に利用することも行政指導の趣旨に反するとまではいえないというべきである。
(オ) 実際,本件保険契約2に関する日本生命のパンフレット(<証拠略>)においては,表紙において表題が,「事業経営の核となる方のためにキーマンプラン」とされ,「働きざかりの重点保障と生涯保障で事業をより確かなものに」と記載されており(<証拠略>),事業経営の核となる人物に不測の事態が生じた場合の,金融機関や取引先との関係を損なうことなく,資金繰りにも支障を来さない保障の必要性,相続対策の事前の準備の必要性及び退職慰労金の支払のために経営に支障を来すことがないようにする事前準備の必要性等がうたわれ(<証拠略>),保険の利用方法について,生涯保障という記載があるものの,これについては,一生を事業に賭けるキーマンのために,万一のときに築き上げた会社を守り,次世代への確実な発展の基礎となるものとの説明がなされており,その他に,事業を後継者に承継するときや,築き上げてきた財産を譲るときに生ずる相続への対策のための事業承継対策,相続対策への利用,退職慰労金の準備のための利用,積み立て配当金の運転資金への利用等の利用方法が記載されている(<証拠略>)。さらに,契約モデルにおいては,被保険者が役員,従業員,保険契約者及び保険金受取人がいずれも企業とされており,企業が保険金を受け取ることがモデルとして記載されている(<証拠略>)。
本件保険契約2のパンフレットは,前記のとおり,その契約モデルにおいて,被保険者が役員,従業員とされ,保険契約者及び保険金受取人がいずれも企業とされておりまさに事業保険のモデルであるところ,前記記載からすれば,本件保険契約2は,まさに企業において重要な地位を占める被保険者が死亡等した際に,事業の安定等を図ることも大きな目的としており,そうすると,このような事業保険については,必ずしも被保険者の遺族の生活保障のみが目的でないということができ,また,総合福祉団体定期保険において定められているような,企業の規定に定められた支給額が保険金額を下回る場合には,規定に定められた支給額しか主契約の保険金として支払わないなど企業の保険金取得を許容しない規定が定められているとも認められず,企業による保険金取得が許容される保険となっている。
もっとも,本件保険契約3に係るパンフレット(<証拠略>)は,(証拠略)と異なり,被保険者又はその遺族の生活保障等を中心とする内容となっている。
しかし,(証拠略)などには,保険のコースとして夫婦年金コースの紹介があったり,また,平成2年7月4日付の申込書の裏側(<証拠略>)においても,特に事業保険の場合に使用される欄が設けられていること,(証拠略)と異なり,保険により企業の受ける利益には触れられていないことが認められることから,本件保険契約3は,一般個人の加入も想定されており,このパンフレットは,個人契約の場合の個人に対する説明の便宜のために作成されたものであり,本件保険契約3の事業保険契約としての性質がこのパンフレットの記載によって変わるものではないと解される上,前判示の点も考え併せると,(証拠略)の記載をもって,上記認定を左右するには足りない。
ウ 前記イ判示の各点に照らすと,前記(証拠略)及び原告花子本人尋問の結果は採用できず,前判示の事実をもって,他に太郎が本件保険契約2及び3の被保険者になることを同意する際,被告との間で,太郎が死亡したとき又は高度障害を負ったときは,被告が受け取る保険金の全部又は相当部分を遺族に支払う旨の黙示の合意が成立したことを認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。
よって,原告らの主張は採用できない。
(3) 信義則上の保険金引渡義務の有無
ア 原告らは,会社が自ら雇用する労働者や取締役を被保険者として保険契約の契約者兼保険金受取人となった場合には,信義則上の義務として,特段の事情のない限り,会社が受け取った高度障害保険金又は死亡保険金のうちその相当額を,被保険者となった当該労働者若しくは取締役又はその遺族に支払う義務を負う旨主張する。
イ しかし,企業が保険契約者及び保険受取人になり,役員,幹部,従業員等を被保険者とする個人保険契約の目的の一つが,弔慰金や退職金等の従業員等あるいはその遺族に対する福利厚生措置の財源確保にあるとしても,企業がその保険金の一部を取得すること自体がその目的に反するものではないことは前判示のとおりである。そして,前判示の金融監督庁のガイドライン(<証拠略>)及び他の行政指導等も企業が保険金を取得することを前提として,従業員等又はその遺族に対する福利厚生措置の財源確保等という目的に沿って業務運営が行われるように企業を指導する旨をいうにすぎず,直ちに被保険者の遺族に対し企業に対する保険金引渡請求権を付与することを予定するものではなく,他に,本件保険契約2及び3について,被保険者である役員又はその遺族が保険金受取人に対し法律上保険金の支払請求権を有すると解すべき根拠もない。
なお,仮に,被告が原告らが主張するような信義則上の義務を負う場合があり得るとしても,本件においては,前判示のとおり,太郎自身が本件規定の策定に関与していること,被告は,本件規定に基づき太郎の死亡退職金を2770万8000円と算定しており(<証拠略>),この額は,太郎の基本給からすれば不相当な額とはいえないし,他の退職した取締役らに支払われた退職金と比較しても,決して低額とは認められず(<証拠略>),また,前記のとおり,本件保険契約2及び3の保険料を被告が負担していたことも考え併せると,被告が,原告らに対し,本件保険契約2及び3の保険金の残金を支払わないことが信義則に反するとはいえず,前記義務を負う場合であるとはいえない。
よって,原告らの主張は理由がない。
3 争点(3)について
(1) 原告らは,太郎が,本件保険契約2及び3の保険の加入について,被保険者として同意するに際し,被告との間で,入院給付金,手術給付金は,被告から太郎に対し支払われる旨合意したものであるから,本件入院給付金等は,太郎の相続人である原告らに支払われるべき旨主張する。
(2) しかし,前記2判示の事実に加え,本件規定の第7条には,退職慰労金,特別功労金及び弔慰金の支給額をそれぞれの保険金から差し引いた後の残額については,会社の存続と企業防衛のために会社が取得するものとすると定められているところ,本件入院給付金等も,本件保険契約2及び3の特約に基づいて給付されるものであり,本件保険契約2及び3の趣旨が,前判示のとおり,必ずしも遺族の生活保障のみにあるということはできないことに照らすと,本件入院給付金等が支払われる旨の特約についても同様に解することができ,本件規定の第7条の「保険金」には,本件入院給付金等も含まれると解するのが相当であり,これらの事実からすれば,太郎と被告との間で,前記合意が成立したものと認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。
また,前判示のとおり,本件保険契約2および3の死亡保険金相当額について,信義則上の引渡義務を認めることができない以上,特約に基づいて給付される本件入院給付金等についても同様に信義則上の義務を認めることはできない。
そうすると,原告らの主張は採用できない。
4 争点(4)について
(1) 前判示の事実によれば,太郎は,昭和28年12月1日入社して従業員となって以後,常務取締役に就任した時も退職金の支払を受けておらず,その死亡時に入社以来死亡時までの勤続期間に応じる退職金の支払を受けている上,常務取締役に就任した後も被告代表取締役の指揮命令の下に経理等の業務に従事していたのであるから,常務取締役就任後もその従業員たる地位も失わなかったものと認められる。
そして,このような太郎の死亡退職金額が被告の定めた規定に基づき算定すると2770万8000円となることが当事者間に争いのないことは,前判示のとおりである。
(2) これに対し,被告は,原告らとの間で,本件和解契約が成立した旨主張し,(証拠略)(K2の陳述書),(証拠略)(共に被告代表者の陳述書)並びに証人K2及び被告代表者の尋問の結果中にはこれに沿う部分が存在し,また,前判示のとおり,K2及びCが,原告らに対し,退職金等の支払の説明をする際に,退職慰労金計算書(<証拠略>)及び支払計算書(<証拠略>)が示されたこと,その際,K2らは,原告花子及び同二郎に対し,未清算の仮払金及び背任行為の存在について話をしたこと,支払計算書には,仮払金等770万8000円が差し引かれる旨が記載されていること,また,原告らから,被告に対し,原告一郎及び同二郎が署名捺印した承諾書(<証拠略>)が提出され,そこには,「御社に一切迷惑を掛けないことを誓います」という記載があること,また,原告花子が,受け取った退職金等に対して領収証(<証拠略>)を作成していることが認められる。
(3) しかしながら,(証拠略)には,前判示のとおり,仮払金等と記載されているにすぎず,その具体的内容については全く記載されず,しかも,原告らは,太郎の未清算の仮払金や背任行為の具体的な内容については説明を受けたり,具体的な資料を示されていないのであるから(証人K2,原告花子本人),そのような状況の下で原告らが被告の主張するような内容の和解契約の締結に応じるとは考えにくい。
また,(証拠略)の承諾書の全文は「私たち子供は…母甲野花子に御社との金品授受に関してすべて一任することを承諾する。従って御社に一切迷惑を掛けないことを誓います。」という記載であり,この文言の全体に照らせば,金品授受を原告花子に一任するから,原告一郎及び同二郎が原告花子に金品授受を委任したことに関して被告に迷惑をかけることはないと解釈するのが合理的であり,そうすると,(証拠略)は,原告一郎及び同二郎が,退職金等の金品授受について原告花子に一任する旨を承諾し,原告花子の金品授受の代理権について異議を述べないことを明らかにしたものにすぎないと解するのが相当であり,したがって,(証拠略)をもって本件和解契約の成立を示す書面であるということはできず,他に,原告らと被告との間で,本件和解契約が成立したことを明示する書面は作成されていない。
さらに,原告花子は,被告の指示通り,(証拠略)の領収証を作成しているが,実際に支払われた金銭がある以上,支払われた分に対して領収証を作成することは何ら不自然なことではなく,上記領収書の作成をもって原告花子が控除された分が支払われないことを同意していたとまで認めることはできない。
(4) (3)判示の事実に照らすと,前記認定をもって本件和解契約が成立したものと認めることはできず,前記(証拠略)及び各供述は採用することができず,他に本件和解契約が成立したことを認めるに足りる証拠はない。
よって,被告の主張は理由がない。
5 争点(5)について
(1) 被告は,在職中の太郎の業務上横領行為等の不法行為又は債務不履行により,後記(2)記載の合計1373万6000円の損害を被っており,平成10年10月13日,この損害賠償請求権の一部770万8000円を自働債権として,退職金請求権とをその対当額で相殺したと主張する。そこで,以下被告の主張する自働債権の存否について検討する。
(2)ア 未清算仮払金317万円
被告は,太郎が,昭和54年3月30日から平成6年5月までの間,仮払金名下に,被告から317万円を引き出し,これを横領又は背任する行為を行った旨主張し,(証拠略)(K2の陳述書)及び(証拠略)(被告代表者の陳述書)にはこれに沿う記載があり,証人K2及び被告代表者もこれに沿う供述をする。
しかし,(証拠略)は,本件訴訟が提起された後の平成13年4月4日になってK2が作成したものにすぎず,また被告が太郎による仮払勘定科目残高であるとして提出する(証拠略)は,太郎の死亡(平成10年8月26日)後である平成11年6月24日に作成されたものであり,しかも,単に総計が「借方金額317万円」と記載されているにすぎず,具体的にいつ,いくらの金額が支払われたか明らかでないし,その記載からは実際に金銭が支払われたか否かも明らかではないといわざるを得ない。また,仮に被告主張の金額が支払われていたとしても,太郎が前記金銭を自らの利益のために費消する等の目的のために不正に支出したこと,又は,太郎が自ら負担すべき支出につき仮払処理をしておりこれを太郎の負担において精算すべきものであることを認めるに足りる証拠はない。そうすると,前記金銭について,太郎が横領行為又は背任行為を行ったと認めることはできず,前記(証拠略)及び各供述は採用できず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。
イ 組合への支払名目の仮払金100万円
被告は,太郎が,組合への仮払金名下に,被告から100万円を引き出してこれを横領又は背任する行為を行ったものである旨主張し,(証拠略)(K2の陳述書)及び(証拠略)(被告代表者の陳述書)にはこれに沿う記載があり,証人K2及び被告代表者もこれに沿う供述をする。
そして,(証拠略)によれば,組合は,昭和53年7月から営業を休止していることが認められる。
しかし,この金銭を太郎が自らの利益のために費消する等の目的のために不正に支出したこと,又は,太郎が自ら負担すべき支出につき仮払処理をしておりこれを太郎の負担において精算すべきものであることを認めるに足りる証拠はない上,前記仮払金は,昭和60年1月31日に支出されているところ(<証拠略>),その2日後の同年2月2日に,組合から,出資金200万円が組合員4名に各50万円ずつ支払われたとの領収書が存在し(<証拠略>),その処理がなされていないことからすれば,前記仮払金がこれに充てられており,太郎が取得したものではない可能性も否定できないことも考え併せると,前記(証拠略)及び各供述は採用できず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。
ウ 組合への出資金200万円
被告は,太郎が,活動を休止し特別の出費の必要のない組合に対し,出資金名下で200万円を支出させてこれを横領又は背任する行為を行って,被告に損害を負わせた旨主張し,(証拠略)(K2の陳述書)及び(証拠略)(被告代表者の陳述書)にはこれに沿う記載があり,証人K2及び被告代表者もこれに沿う供述をする。
そして,前判示のとおり,組合は,昭和53年に事業の中止命令が下され,同年7月から営業を休止していることが認められる。
しかし,(証拠略)は,K2が,後に決算書の記載を抜き出して作成したものにすぎず(証人K2),被告から組合への出資金の存在が記載されている決算書は,当時の被告代表者又は役員らが目を通し検討しているはずのものであるところ(証人K2,被告代表者),決算書上の上記記載が被告において特に問題とされたことがうかがわれないこと,太郎が前記金銭を自らの利益のために費消する等の目的のために不正に支出したことを認めるに足りる証拠はないことも考え併せると,前記(証拠略)及び各供述をもって被告主張事実を認めるに足りず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。
エ 組合の普通預金及び定期預金解約金の横領行為又は背任行為
被告は,太郎が,組合の普通預金25万円及び定期預金解約金200万円についても使途不明とし,横領する等違法な行為をした旨主張し,(証拠略)(Y(以下Y」という。)の陳述書),(証拠略)(K2の陳述書)及び(証拠略)(被告代表者の陳述書)にはこれに沿う記載があり,証人K2及び被告代表者もこれに沿う供述をし,また,証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨から,太郎が,昭和42年以降,組合の経理,出納業務を行っていた事実を認めることができる。
しかし,(証拠略)は,普通預金については,単に組合の総勘定元帳の残高と,通帳の残高とを比較し,通帳の方が25万円残高が少ないためその分が使途不明金であるとしているにすぎず,また,定期預金についても,100万円の定期預金2口が平成9年12月9日及び平成10年2月9日にそれぞれ解約されていることを指摘するにすぎず,前判示のとおり,組合が営業休止状態にあったこと,太郎が組合の経理業務等を行っていたことを考慮しても,預金等を実際に太郎が自らの利益のために費消するなど領得行為を行ったり,あるいは,自らの利益を図る等の目的で必要性のない支出を行い,組合に対し損害を与えたことを認めるに足りる証拠はなく,他に太郎が前記金銭を自らの利益のために費消する等の目的のために不正に支出したことを認めるに足りる証拠はない。
オ 組合の茨城県中小企業団体中央会年会費名目での横領行為
被告は,太郎が,組合から茨城県中小企業団体中央会年会費名目で組合から81万6000円を支出し,その金員を横領する等違法な行為をした旨主張し,(証拠略)(Yの陳述書),(証拠略)(K2の陳述書)及び(証拠略)(被告代表者の陳述書)にはこれに沿う記載があり,証人K2及び被告代表者もこれに沿う供述をする。そして,(証拠略)によれば,組合は,昭和58年3月30日付で,茨城県中小企業団体中央会に対し,営業休止をしていることを理由に,年会費免除について承認を求める文書を作成していることが認められる。
しかし,被告が太郎の業務上横領行為等を主張する期間について,実際に組合から茨城県中小企業団体中央会に対し,年会費が支払われていたか否かについてはこれを確認した資料の有無さえ明確でない上(被告代表者),実際に茨城県中小企業団体中央会から年会費を免除されていたことを示す客観的証拠も提出されておらず,そうすると,被告主張の支出について,組合が茨城県中小企業団体中央会に対し,年会費を支払う義務はなかったと認めるに足りる証拠はない。なお,この点,(証拠略)には領収証がない旨の記載があるが,これは領収証が(証拠略)が作成された平成13年の時点で存在しないことを示すにすぎないのであるから,前記認定を左右するものではない。また,仮に,茨城県中小企業団体中央会に対して年会費が支払われていなかったとしても,太郎が自らの利益のために費消するなど領得行為を行ったり,あるいは,自らの利益を図る等の目的で必要性のない支出を行い,組合に対し損害を与えたことを認めるに足りる証拠はなく,太郎が横領行為等違法な行為を行ったと認めるには足りない。
よって,被告の主張は理由がない。
カ 組合の仮払金名目での横領行為
被告は,太郎が,仮払金名目で250万円について組合に対し横領行為等違法な行為をした旨主張し,(証拠略)(Yの陳述書),(証拠略)(K2の陳述書)及び(証拠略)(被告代表者の陳述書)にはこれに沿う記載があり,証人K2及び被告代表者もこれに沿う供述をする。
しかしながら,前記仮払金は,(証拠略)に記載された,昭和54年6月27日付でUに対し小切手で支払われたとする100万円,及び昭和60年6月7付(ママ)で,K1に現金で支払われたとする150万円を指すものと解されるところ,これらは,支払目的等内容のわかる書類が確認できなかったものにすぎず(<証拠略>),また,K1に対し,金銭が支払われているかどうか,及びUに対し振り出された小切手についても,実際に支払われているか,どの口座において決済されたか等については確認されていないのであるから(証人K2),K1及びUに対して実際に金銭が支払われずに太郎がこれを横領する等違法な行為を行ったか否かも明らかではなく,結局前記(証拠略)及び各供述によって太郎がこれを横領する等違法な行為をしたとは認めるに足りず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。
キ 出資金の返還名目での横領行為
被告は,太郎が,組合員に対する出資金の返還の名目で200万円について組合に対し横領等違法な行為を行った旨主張し,(証拠略)(Yの陳述書),(証拠略)(K2の陳述書)及び(証拠略)(被告代表者の陳述書)にはこれに沿う記載があり,証人K2及び被告代表者もこれに沿う供述をする。
しかし,前記金銭については,昭和60年2月2日,組合の出資者4名にそれぞれ50万円,合計200万円が出資金が返還された旨が記載されている領収書が存在し(<証拠略>),また,これらの人物に対し,実際に出資金が返還されているかどうかについて何ら確認がなされていないことに照らすと,前記(証拠略)及び各供述をもって太郎がこれを横領する等違法な行為をしたとは認めるに足りず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。
ク そうすると,前記アないしキ判示のとおり,太郎が横領等違法な行為を行ったと認めるには足りないのであるから,被告の主張は理由がない。
(3) 被告は,仮に,太郎が横領等の不法行為等を行ったと認められないとしても,太郎は,被告及び組合の経理を担当しており,商法上の忠実義務及び委任契約上の善管注意義務を負い,前記未清算仮払金や使途不明金等の発生やその拡大を防止する義務を負い,またそれを容易になしえたにもかかわらずこれを怠り,損害を発生させたものであるから,太郎はこの損害を賠償する義務を負う旨主張する。
しかし,前判示の点に照らせば,被告の主張する太郎の違法行為を認めるに足りないばかりでなく,被告の主張する未精算仮払金,使途不明金等に係る支出が違法な支出であり,これが被告及び組合に損害を与えたことについてもこれを認めるに足りる的確な証拠はないのであるから,太郎が使途不明金等の発生,拡大を防止すべき義務があるのにこれに違反したとはいえず,忠実義務又は善管注意義務に違反したと認めることはできないし,被告と組合に太郎が損害を与えたことも認めるに足りない。
よって,被告の主張は理由がない。
(4) 以上によれば,被告の本件和解契約の締結及び相殺の主張はいずれも認められず,そうすると,被告は,太郎の未払退職退職(ママ)金770万8000円の支払義務を負うと解すべきである。そして,被告の本件規定第10条は,太郎の死亡退職金の受給者についても適用されるものと解すべきところ,同条は,その受給権者の順位の第1順位が配偶者である旨定められているのであるから(<証拠略>),被告は,太郎の配偶者である原告花子に対し,未払死亡退職金770万8000円及びこれに対する請求後である平成12年4月16日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金を支払う義務を負う。
6 争点(6)について
被告は,原告らの主張は信義則に違反し,又は権利の濫用に当たる旨主張する。
しかし,前判示のとおり,K2及びCは,原告花子及び同二郎に対し,仮払金及び背任行為については具体的に説明を行ったわけではないこと,また,被告が原告らに対して提出を求めた承諾書についても,原告一郎及び同二郎が,退職金等の金品授受等について原告花子に一任する旨を承諾したものにすぎないと解するのが相当であることに照らすと,原告らが異議を述べずに退職金等を受領したとしても,権利の行使をしないことを表示したと認められるわけでもないのであるから,本件訴訟におけるその権利の行使が信義則に違反したり,権利の濫用に当たるということはできないし,他に原告らの請求が権利濫用又は信義則違反に当たると解すべき事由は認められない。
よって,被告の主張は理由がない。
第4結論
以上のとおりであるから,原告花子の請求は,金920万8000円及びこれに対する平成12年4月16日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが,原告花子のその余の請求並びに原告一郎及び同二郎の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大竹たかし 裁判官 上野泰史 裁判官 神谷厚毅)