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東京地方裁判所 平成12年(ワ)7424号 判決 2000年12月18日

原告

河野和弘

右訴訟代理人弁護士

井上幸夫

佐藤仁志

被告

株式会社アスカ

右代表者代表取締役

田嶋克美

右訴訟代理人弁護士

渡邊洋一郎

奥原玲子

主文

一  被告は,原告に対し,金1035万5000円及びこれに対する平成12年3月26日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

一  本件は,被告に雇用されていた原告が,被告に対し,改訂前の社員退職金規程に基づいて計算した退職金から既払金を控除した残金として1035万5000円及びこれに対する弁済期の後であることが明らかな平成12年3月26日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

二  前提となる事実

1  被告は,アスファルト及びアスファルト加工並びにその他の石油製品の販売等を業とする株式会社である。

(争いのない事実)

2  原告は,昭和45年5月18日に被告に入社し,平成12年2月29日をもって被告を自己都合により退職した。

(争いのない事実)

3  被告は,平成12年2月1日,昭和58年2月1日から施行されている社員退職金規程を改訂し(以下,被告の社員退職金規程を単に「本件退職金規程」といい,改訂前の社員退職金規程を指す場合には「本件改訂前の退職金規程」といい,改訂後の社員退職金規程を指す場合には「本件改訂後の退職金規程」という。),本件改訂後の退職金規程は,同日から施行された。

本件改訂前の退職金規程によれば,被告の従業員には,退職金として基本給に勤続年数支給率と退職事由係数を乗じた金額(1000円未満の端数が生じたときは1000円に切り上げる。)が退職した月の翌月の賃金支払日に支払われ(4条1項,2項,10条),勤続年数支給率及び退職事由係数は別紙1のとおりとするものとされていたが,本件改訂後の退職金規程によれば,勤続年数支給率及び退職事由係数は別紙2のとおりとするものと改められた。

原告の基本給は,44万6000円であり,原告の勤続年数は,29年10か月である。原告の勤続年数支給率は,本件改訂前の退職金規程によれば,勤続年数29年で52,勤続年数30年で54であり,本件改訂後の退職金規程によれば,勤続年数29年で33.5,勤続年数30年で35.5である。原告の退職事由係数は,本件改訂前の退職金規程によれば,1であり,本件改訂後の退職金規程によれば,0.87である。

本件改訂前の退職金規程に基づいて原告の退職金を計算すると,勤続年数29年の分が

446,000(円)×52×1=23,192,000(円)

2319万2000円であり,勤続年数10か月の分が

446,000(円)×54×1=24,084,000(円)

(24,084,000(円)-23,192,000(円))÷12(月)×10(月)=744,000(円)

74万4000円であり,その合計は2393万6000円であるから,本件改訂前の退職金規程に基づいて計算した原告の退職金は,2393万6000円である。

これに対し,本件改訂後の退職金規程に基づいて原告の退職金を計算すると,勤続年29年の分が

446,000(円)×33.5×0.87=12,998,670(円)

1299万8670円であり,勤続年数10か月の分が

446,000(円)×35.5×0.87=13,774,710(円)

(13,774,710(円)-12,998,670(円))÷12(月)×10(月)=646,700(円)

64万6700円であり,その合計は1364万5370円であるから,本件改訂後の退職金規程に基づいて計算した原告の退職金は,1364万6000円である。

(争いのない事実,<証拠略>)

4  被告は,賃金支払日である平成12年3月24日,原告に対し,原告の勤続年数を29年9か月として計算した退職金として1358万1000円を支払った。

(争いのない事実)

三  争点

1  原告に本来適用されるべき本件退職金規程は,本件改訂前の退職金規程か,それとも,本件改訂後の退職金規程か。

(一) 原告の主張

原告は,平成12年1月17日,被告に対し,同年2月29日付けで退職する旨の退職届を提出しており,これによって原告の退職金債権はこの時点で具体的に発生しているから,原告に本来適用されるべき本件退職金規程は,本件改訂前の退職金規程である。

(二) 被告の主張

原告が被告に退職届を提出したのは,平成12年1月21日であり,同月17日は退職届に記載された日付にすぎない。原告の退職金債権が具体的に発生したのは,原告と被告との間の雇用関係が終了した日の翌日である同年3月1日であるから,原告に本来適用されるべき本件退職金規程は,本件改訂後の退職金規程である。

2  本件改訂後の退職金規程の効力について

(一) 原告の主張

本件改訂後の退職金規程は,次の(1)及び(2)の理由により無効である。

(1) 被告には労働組合がないから,被告は,本件退職金規程の改訂に当たって,労働基準法90条1項に定める労働者の過半数を代表する者の意見を聴取しなければならないところ,本件退職金規程の改訂について労働者の過半数を代表する者の意見を聴取していないから,本件改訂後の退職金規程は無効である。

(2) 労働者にとって重要な権利,労働条件に関し不利益を及ぼす就業規則の変更については,当該条項が,その不利益の程度を考慮しても,なおそのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において,その効力を生ずるものというべきである(最高裁昭和43年12月25日大法廷判決・民集22巻13号3459頁,最高裁昭和63年2月16日第三小法廷判決・民集42巻2号60頁)。

本件において,長年勤務した労働者の退職金を約半分に減額するという重大な不利益を労働者に受忍させるだけの高度の必要性に基づいた合理的な理由は何ら存しない。

(二) 被告の主張

次の(1)及び(2)の理由によれば,本件改訂後の退職金規程が有効であることは明らかである。

(1) 被告は,本件退職金規程の改訂の際に従業員代表として廣瀬博道(以下「廣瀬」という。)が記名押印した意見書を添付して本件退職金規程の変更を労働基準監督署に届けた。

被告は,廣瀬について従業員代表者としての選任手続は執っていないが,<1>被告の従業員33名のうち20名は地方の営業所等に勤務しているため,被告が就業規則の変更を届け出る場合には,東京で勤務する従業員が従業員代表として意見書に記名押印するのが従来の慣行であったこと,<2>廣瀬は,被告が平成9年5月1日にした就業規則の変更届の際にも従業員代表として意見書に記名押印していたこと,<3>廣瀬は,営業課長であるが,従業員であって,取締役ではないこと,<4>廣瀬は,原告の次に社歴が古く,本件退職金規程の改訂による不利益を被る者であり,現に本件退職金規程の改訂の施行日である平成12年2月1日に改訂に異議を申し立てていること,<5>しかし,廣瀬は,被告代表者の説明を聞いて本件退職金規程の改訂を納得したこと,以上の点を勘案して,被告は,廣瀬を本件退職金規程の変更を届け出る際の従業員代表者としたのであり,廣瀬は,被告及び従業員の双方から従業員の利益を代表する者と認知されていた。

したがって,右の経過に照らし,本件退職金規程の改訂には何の問題もない(ママ)

(2) 次のアのとおり被告には本件退職金規程を改訂する事業経営上の理由があること,次のイのとおり本件改訂後の退職金規程がその内容において合理的なものであること,本件退職金規程の改訂が次のウに述べる経過のとおり行われ,被告の従業員の大多数が本件改訂後の退職金規程を受け入れていること,本件退職金規程の改訂後に退職した従業員は,原告を含めて5名いるが,原告を除くその余の4名は,本件改訂後の退職金規程に基づいて計算された退職金を異議なく受領しており,このように被告においては,本件改訂後の退職金規程の施行日を基準としてその前に退職した従業員には本件改訂前の退職金規程を適用し,その後に退職した従業員には本件改訂後の退職金規程を適用するというルールが確立されているというべきであること,以上の点に照らせば,被告による本件退職金規程の改訂には合理性があるものというべきであり,したがって,本件改訂後の退職金規程は有効である。

ア 事業経営上の理由について

(ア) 被告は,東亜道路工業株式会社(以下「東亜道路工業」という。)にアスファルト等の材料を供給する同社のグループ企業の1つであるが,東亜道路工業が平成11年度から連結決算制度を導入したことから,被告もグループ企業として業績の改善を進める必要が生じた。また,公共事業の受注が減少しているために,被告の業績も悪化しており,リストラ策をはじめとする諸々の施策を実施する必要があった。

(イ) 東亜道路工業の関連会社は,同社との人的交流の深い関連会社から順にリストラを開始したが,被告は,東亜道路工業からの出向者が皆無であったため,リストラ策の策定及び実施が遅れていた。東亜道路工業が被告を含む東亜道路工業の関連会社の役員退職金支給基準の見直しに着手したのは平成11年1月からであるが,被告は,前任の被告代表者が退任した同年3月から,役員報酬規程の改訂,人員の削減,本社の移転,給料・賞与支給基準の作成,取引銀行の見直し,資産の処分などのリストラ策を順次実施した。

イ 本件改訂後の退職金規程の内容について

(ア) 大卒男子で,管理・事務・技術労働者で,自己都合により退職をした労働者について一括払いで支払われる退職金の金額を被告と他社とで比較すると,次のとおりである。

<1> 被告(規模33人)の本件改訂後の退職金規程に基づく支給額は,勤続年数28年として1123万1000円である。

<2> 平成10年9月度における日本経営者団体連合会(以下「日経連」という。)の退職金調査による全産業平均(規模100人未満)の支給額は,勤続年数30年として1051万2000円である。

<3> 東亜道路工業の支給額は,勤続年数28年として1320万7000円である。

<4> 東亜道路工業の関連会社である丸建道路株式会社の支給額は,勤続年数28年として816万7000円である。

<5> 東亜道路工業の関連会社である株式会社梅津組の支給額は,勤続年数28年として930万6000円である。

<6> 東亜道路工業の関連会社である富士建設株式会社の支給額は,勤続年数28年として1148万円である。

<7> 東亜道路工業の関連会社である若葉建設株式会社の支給額は,勤続年数28年として934万5000円である。

(イ) 所定労働時間内賃金を被告と他社とで比較すると,次のとおりである。

<1> 被告(規模33人)の原告に対する支給額は,勤続年数29年10月,扶養家族2名として月額66万2000円である。

<2> 平成11年6月度におけを日経連標準者賃金調査による全産業平均(規模100人以下)の支給額は,50歳で勤続年数28年,扶養家族2名として55万4142円であり,55歳で勤続年数33年,扶養家族1名として58万7727円である。

(ウ) 以上の比較からすれば,本件改訂後の退職金規程による退職金支給基準は合理的である。

ウ 本件退職金規程の改訂の経過について

(ア) 被告の役員退職金支給基準の見直しが平成11年6月に完了したので,被告代表者は,原告に対し,至急本件退職金規程の改訂の原案を作成するよう指示し,同年12月1日に被告の従業員が東亜道路工業に出向することになったのを受けて,被告代表者は,原告に対し,就業規則,給与規定及び本件退職金規程を東亜道路工業のそれと同じ水準のものにした原案を作成するよう指示した。原告は,就業規則及び給与規定の改訂案はすぐに作成したが,本件退職金規程の改訂案については東亜道路工業の退職金規程が複雑であるので作成に時間がかかると報告したのみであった。被告は,平成12年1月5日ころ,東亜道路工業の関係事業部から退職金の支給額の目安を示されて早急に本件退職金規程を改訂するよう求められたので,原告に本件退職金規程の改訂の状況を確認したが,原告は,あいまいな報告しかしなかった。そこで,被告代表者は,東亜道路工業と相談の上,勤続年数支給率及び退職事由係数を改訂することを内容とする本件退職金規程の改訂案を作成し,被告は,同月31日に開かれた臨時取締役会においてこの改訂案を可決,決定した。

(イ) 被告代表者は,平成12年1月31日,原告に対し,同日中に具体的基準を明記した本件退職金規程の変更通知を作成し,すべての従業員に通知するよう指示したが,原告は,同日中に通知をしなかった。そこで,被告代表者は,同年2月1日,総務部主任である宮本マツ子(以下「宮本」という。)に命じて,本社に勤務する従業員には直接通知し,本社以外で勤務する従業員には速達で通知させた。原告,廣瀬及び小西正芳(以下「小西」という。)は,同日朝,被告代表者に対し,「2月1日からの施行では早急すぎるので,1か月くらいの準備期間をおいて施行日を遅らせてほしい。」と申し出たが,被告代表者は,原告ら3名に対し,「施行日を変更する考えはない。」と答えたところ,廣瀬と小西は,これに納得したが,原告は,「納得できないので,法的手段に出る。」と述べた。

(ウ) 被告代表者は,平成12年2月2日,被告の八戸営業所に赴き,同営業所の所長及び同年3月に退職する予定の従業員に対し,本件退職金規程の改訂について説明し,退職の際には本件改訂後の退職金規程が適用されることを話した。また,被告代表者は,前記通知が従業員に到達したのを確認した上で,営業所等の所長及び一部の従業員に対し,電話で又は直接会って本件退職金規程の改訂について説明した。そして,被告代表者は,所長を通じて,直接説明できなかった従業員に異議があれば被告代表者にその旨を連絡してほしい旨を伝えたが,同月4日午前中までに異議がある旨の連絡はなかった。そこで,被告は,同日,従業員代表者として廣瀬が記名押印した意見書を添付して労働基準監督署に本件退職金規程の変更を届け出た。

(エ) 被告は,平成12年4月25日ころ,本件訴訟の提起を受けて,すべての従業員に対し,本件退職金規程の改訂に同意するかどうか再確認したところ,1名を除いてその余の従業員のすべては,本件退職金規程の改訂に同意する旨を表明した。

(オ) 以上のような経過によれば,本件退職金規程の改訂には1名を除くその余の従業員のすべてが同意しており,本件改訂後の退職金規程に合理性があることは明らかである。

3  原告の未払退職金の金額について

(一) 原告の主張

原告の退職金の金額は,本件改訂前の退職金規程に基づいて計算した2393万6000円であるから,既払金1358万1000円を控除した1035万5000円が未払である。

(二) 被告の主張

原告の退職金の金額は,本件改訂後の退職金規程に基づいて計算した1364万6000円であるから,既払金1358万1000円を控除した6万5000円が未払である。

第三当裁判所の判断

一  争点1(原告に本来適用されるべき本件社員退職金規程は,本件改訂前の退職金規程か,それとも,本件改訂後の退職金規程か。)について

1  退職金は,継続的な雇用関係の終了を原因として労働者に支給される一時金であるから,原則として雇用関係が終了した時点に発生するものと解されるところ,本件全証拠に照らしても,本件退職金規程に基づいて被告の従業員に支払われる退職金が右にいう一時金とは法的に異なる性格の金員であることを認めるに足りる証拠はない。

2  本件において,原告が被告を退職したのは平成12年2月29日であり(前記第二の二2),本件改訂後の退職金規程が施行されたのは同月1日からである(前記第二の二3)から,原告に本来適用されるべき本件退職金規程は,本件改訂後の退職金規程ということになる。

二  争点2(本件改訂後の退職金規程の効力)について

1  証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められ,この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一) 被告は,昭和38年11月13日,東亜道路工業に石油製品である道路用アスファルトを100パーセント納入するシェル石油株式会社(現在の昭和シェル石油株式会社である。)の特約店として設立された。設立時の商号は,「東亜アスファルト株式会社」であったが,同月18日「アスファルト産業株式会社」に変更され,平成9年1月1日,被告が100パーセント出資して昭和63年2月5日に出光興産株式会社の販売店として設立した株式会社アスカを吸収合併し,商号を「株式会社アスカ」に変更した。

(<証拠略>)

(二) 被告が扱っているアスファルトの需要が年々減少している中で,被告の販売量は,平成7年度が20万6693トン,平成8年度が23万0483トン,平成9年度が24万7996トン,平成10年度が22万0805トン,平成11年度が21万5816トンと,20万トン台を維持しているが,売上総利益率は,平成7年度が26.1パーセントであったものが平成11年度には16.0パーセントにまで減少している。被告は,今後大きな売上げの拡大が望めない状況に置かれており,平成10年度の決算では10億円弱の特別損失(有価証券売却損)を計上した。しかし,平成7年度から平成11年度までの決算では,営業損益及び経常損益のいずれにおいても黒字を計上している。

(<証拠略>)

(三) 東亜道路工業は,平成11年度から連結決算制度を導入し,被告も東亜道路工業の連結決算の対象となったため,被告を含む東亜道路工業の関連会社は,平成11年1月,新たに役員退職慰労金支給基準を作成し直し,被告は,同年3月29日に開かれた被告の株主総会でこの新しい役員退職慰労金支給基準を決議したが,この新しい支給基準により計算した役員退職慰労金の金額は,従来の支給基準により計算した金額と比べると,大幅に減少することになった。東亜道路工業の関係事業部長(以下「関係事業部長」という。)は,被告に対し,さらに新年度の事業計画として販売費及び一般管理費の削減を求め,同年5月中旬には被告の従業員の給料一覧表の提出を求め,東亜道路工業の関係事業部は,同月下旬には被告の総務部で給料関係の責任者であった原告に対し,夏季賞与は他の関連企業と同様に関係事業部長に事前に相談した上で支給するよう通知した。被告は,一般管理費の削減策に着手するとともに,人件費の削減を目的として東亜道路工業及びその関連会社に被告の従業員を出向させることにし,同年12月1日に2名が,平成12年3月1日に3名が,同年4月1日に2名が,それぞれ出向した。その結果,被告の平成11年度の決算では,販売費及び一般管理費は,当初計画の7億8800万円から6億4760万8000円の実績に留めることができた。

(<証拠略>)

(四) 退職金を含む被告の給与体系と出向先である東亜道路工業及びその関連会社の給与体系が大きく異なっていると,被告の従業員の出向を円滑に進められない事態が生じかねない。そこで,被告は,東亜道路工業の連結決算の対象となったことと被告の従業員の東亜道路工業又はその関連会社への出向を円滑に進めるために,出向先との労働条件のバランスをとる必要が生じ,被告の従業員が出向する前である平成11年11月までには被告の就業規則,給与規程,旅費規程及び本件退職金規程を東亜道路工業のそれと同じ水準に改訂する必要があった。本件改訂前の退職金規程により計算した被告の従業員の退職金の金額は,東亜道路工業及びその関連会社の中で突出しており,東亜道路工業及びその関連会社の従業員の退職金と比べると,その約1.5倍ないし約2倍であった。被告の就業規則,給与規程及び旅費規程の改訂案の作成は,平成11年11月までに完了したが,本件退職金規程の改訂案の作成は,同月までに完了しなかった。関係事業部長は,平成12年1月5日付けで被告代表者あてに別紙3の書面を送付し,被告の従業員の退職金の金額が別紙3で示した範囲内に収まるように本件退職金規程を改訂するよう求めた。これを受けて,被告代表者は,別紙4のとおり本件退職金規程のうち勤続年数支給率(5条)と退職事由係数(6条)を改める改訂案(以下「本件改訂案」という。)を作成し,同月31日に開かれた被告の取締役会で本件改訂案を承認し,本件改訂後の退職金規程が同年2月1日から施行されることになった。本件改訂後の退職金規程によれば,被告の従業員の退職金は,従来の約3分の2ないし約2分の1に減少することになるが,東亜道路工業及びその関連会社の従業員の退職金や平成10年9月度における日経連の退職金調査による全産業平均(規模100人未満)の支給額と比べると,大きく突出することなく,これらと遜色がなく,ほぼ同じ水準にあるといえるものであった。被告代表者は,平成12年1月31日,原告に本件改訂案を渡して,本件退職金規程が改訂された旨を明日従業員に通知すること,その通知のための文書を作成することを命じた。本件改訂案を見た原告は,その内容に納得できず,同年2月1日朝,被告代表者に対し,前日作成を指示された文書として社員退職金規程改正の件と題する書面を渡すとともに,廣瀬及び小西とともに,本件退職金規程の改訂には納得できないと抗議し,原告は,法的手段に訴えるつもりであることを被告代表者に伝えた。被告代表者は,同日,本社に勤務する従業員には社員退職金規程改正の件と題する書面を交付し,本社以外に勤務する従業員には社員退職金規程改正の件と題する書面を送付した上で,すべての従業員に対し異議があれば被告代表者にその旨を申し出てほしい旨を伝えたが,同月4日午前中までに異議がある旨の連絡はなかった。そこで,被告は,同日,従業員代表者として廣瀬が記名押印した意見書を添付して労働基準監督署に本件退職金規程の変更を届け出た。

(<証拠略>)

(五) 被告は,平成12年4月25日ころ,本件訴訟の提起を受けて,すべての従業員に対し,本件退職金規程の改訂に同意するかどうかを再確認したところ,1名を除いてその余のすべての従業員は,本件退職金規程の改訂に同意する旨を表明した。

本件退職金規程の改訂後に退職した従業員は,原告を含めて5名いるが,原告を除くその余の4名は,本件改訂後の退職金規程に基づいて計算された退職金を異議なく受領している。

(<証拠略>,弁論の全趣旨)

(六) 被告は,従業員のために企業年金として東京都石油業厚生年金基金を導入している。原告は,被告に入社してから厚生年金基金に加入していて,その加入期間は10年以上であるから,基本部分である退職年金の外,加算部分として加算年金又は選択一時金の支給を受けることができることになっている。

(<証拠略>)

2  1で認定した事実を前提に,本件改訂後の退職金規程の効力について判断する。

(一) 退職金支給規程を労働者に不利益に変更することが許されるかどうかについては,労働者に不利益な労働条件を一方的に課する就業規則の作成又は変更の許否に関する判例法理(最高裁昭和43年12月25日大法廷判決・民集22巻13号3459頁,最高裁昭和58年7月15日第二小法廷判決・判例時報1101号119頁,最高裁昭和58年11月25日第二小法廷判決・判例時報1101号114頁,最高裁昭和61年3月13日第一小法廷判決・裁判集民事147号237頁,最高裁昭和63年2月16日第三小法廷判決・民集42巻2号60頁,最高裁平成3年11月28日第一小法廷判決・民集45巻8号1270頁,最高裁平成4年7月13日第二小法廷判決・判例時報1434号133頁,最高裁平成9年2月28日第二小法廷判決・民集51巻2号705頁,最高裁平成12年9月7日第一小法廷判決・裁判所時報1275号8頁,最高裁平成12年9月22日第二小法廷判決・裁判所時報1276号2頁)に照らせば,使用者が新たな就業規則の作成又は変更によって,既得の権利を奪い,労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは原則として許されないが,その内容が合理的なものである限り個々の労働者において当該条項に同意しないことを理由としてその適用を拒むことは許されないと解すべきであるところ,新たに作成又は変更された就業規則の内容が合理的なものであるとは,その必要性及び内容の両面から見て,それによって労働者が被ることになる不利益の程度を勘案しても,なお,当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有することを要し,特に,賃金,退職金など労働者にとって重要な権利,労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については,当該条項が,そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において,その効力を生ずるものというべきである。

(二) 1で認定した事実によれば,被告が平成12年2月1日に本件退職金規程を改訂したのは,要するに,主として,東亜道路工業の連結決算の対象となったことと被告の従業員の東亜道路工業又はその関連会社への出向を円滑に進めるために,出向先との労働条件のバランスをとる必要が生じたためであったものと認められるが,この事実では,本件改訂後の退職金規程は,被告の従業員にその退職金を従来の約3分の2ないし約2分の1に減少させることを法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるとは認め難いというべきである。

前記1で認定した事実によれば,被告の経営環境が決して良好なものとはいえないこと,被告の従業員のほとんどが本件退職金規程の改訂に同意していること,本件改訂前の退職金規程により計算した被告の従業員の退職金は,東亜道路工業及びその関連会社の中で突出しており,東亜道路工業及びその関連会社の従業員の退職金と比べると,その約1.5倍ないし約2倍であったこと,本件改訂後の退職金規程により計算した被告の従業員の退職金は,東亜道路工業及びその関連会社の従業員の退職金や平成10年9月度における日経連の退職金調査による全産業平均(規模100人未満)の支給額と比べても,大きく突出することなく,これらと遜色がなく,ほぼ同じ水準にあるといえるものであること,原告は,被告が従業員のために導入している東京都石油業厚生年金基金から,基本部分である退職年金の外,加算部分として加算年金又は選択一時金の支給を受けることができることになっていることが認められるが,これらを勘案しても,右の判断を左右するには足りない。

したがって,本件改訂後の退職金規程は無効である。

3  以上によれば,原告の退職金を計算するに当たって適用されるべき本件退職金規程は,本件改訂前の退職金規程であるということになる。

三  争点3(原告の未払退職金の金額)について

原告の退職金の金額は,本件改訂前の退職金規程に基づいて計算した2393万6000円であるから,既払金1358万1000円を控除した1035万5000円が未払ということになる。

そして,原告の退職金の弁済期は平成12年3月24日であるから,被告は,原告に対し,1035万5000円及びこれに対する弁済期の後であることが明らかな平成12年3月26日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払義務を負う。

四  結論

以上によれば,原告の本訴請求は理由がある。

(裁判官 鈴木正紀)

別紙1

(勤続年数支給率)

第5条 勤続年数支給率は,次の通りとする。

但し,勤続年数支給率は,満55歳時の支給率を上限とする。

勤続年数支給率表

<省略>

(退職事由係数)

第6条 退職事由係数は,第3条第1号から第6号に該当するときは(A)係数,同第7号に該当するときは(B)係数,また同第8号に該当するときは(C)係数を適用する。

但し,勤続3年以上の社員で結婚(退職後6ヶ月以内)による退職のときは(A)係数を適用する。

退職事由係数

<省略>

別紙2

(勤続年数支給率)

第5条 勤続年数支給率は,次の通りとする。

但し,勤続年数支給率は,満55歳時の支給率を上限とする。

勤続年数支給率表

<省略>

(退職事由係数)

第6条 退職事由係数は,第3条第1号から第6号に該当するときは(A)係数,同第7号に該当するときは(C)係数を適用する。

但し,勤続3年以上の社員で結婚(退職後6ヶ月以内)による退職のときは(A)係数を適用する。

退職事由係数

<省略>

別紙3

平成12年1月5日

株式会社 アスカ

代表取締役 田嶋克美 様

東亜道路工業株式会社

専務取締役

関係事業部長 柴田親宏

貴社「社員退職金規程」の改定について

この度,貴社より標記「規程」を提出していただきましたが,当社および貴社以外の当社関係企業と比較致しましたところ,支給額に著しい開きがあることが分かりました。

ついては,次のとおり目安として年齢ポイント(18歳入社の場合)の支給額を示しますので,この範囲内に収まるよう早急に規定の改定をお願い致します。

<省略>

以上

別紙4

第5条 支給率表

<省略>

第6条 退職事由係数

(B)係数は不要

(C)係数を次のとおり改める

<省略>

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