東京地方裁判所 平成12年(刑わ)2979号 判決 2003年1月20日
主文
被告人を懲役一〇年及び罰金一〇〇〇万円に処する。
未決勾留日数中二三〇日をその懲役刑に算入する。
その罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、
第1 Uという外国会社が発行し、その償還債務につき香港上海銀行の関係会社が保証するという社債券の購入をあっせんするように装って、T生命保険株式会社(以下「T生命」という。)からその購入代金名下に金員を詐取しようと企て、平成一二年三月二五日、東京都千代田区有楽町<番地略>所在のT生命本社の役員応接室において、同社代表取締役甲野一郎に対し、真実は、そのような社債券の購入をあっせんするつもりはなく、受領した金員は被告人が代表取締役を務めるC株式会社(以下「C社」という。)等の資金繰りに用いる意図であるのに、その情を秘して、「Uという外国の会社が発行する債券一〇〇億円分をT生命で購入してもらいたい。この債券については、香港上海銀行の関係会社が保証し、香港上海銀行のキープウェルが付いている。」などと虚構の事実を申し向けて、甲野をしてその旨誤信させ、よって、同月二八日、甲野の指示を受けたT生命有価証券部員をして、中華人民共和国香港特別行政区クィーンズロードセントラル<番地略>所在の香港上海銀行××本店に開設された被告人が実質的に管理しているU名義の銀行口座に一〇〇億円を振込送金させ、もって、人を欺いて財物を交付させた
第2 T生命が第三者割当の方法によって新株を発行し平成一二年三月三一日付で増資をした際、前記第1の詐欺罪の犯罪行為により得た財産を用いることにより、被告人がT生命の新株三四八〇万株の払込みをして株主たる地位を取得するとともに、C社にT生命の新株六〇〇〇万株の払込みをさせて株主たる地位を取得させ、T生命の発行済株式総数一億四一八五万株の約66.8パーセントに相当する株式を被告人の支配下においたものであるが、同社の事業経営を支配する目的で、同年四月三日、前記T生命本社の会議室において開催された同社の株主総会において、被告人及びC社から委任を受けた代理人を介して、それぞれの株主としての権限を行使し、被告人、春田太郎、夏村二郎及び秋山三郎の四名を同社の取締役に選任した
第3 平成一一年六月二九日から平成一二年九月二八日までの間、群馬県前橋市六供町<番地略>に本店を置くS株式会社(以下「S」という。)の代表取締役社長として同社の業務全般を統括し、同社のためその資産を確実に管理し的確に運用するなどして忠実にその業務を遂行すべき任務を有していたものであるが、被告人作成のIなる会社名義の株券が換価処分できないものであるにもかかわらず、それをSに購入させることにより、同社の資金をC社等の資金繰りに充てることを企て、C社等の利益を図る目的をもって、S代表取締役としての任務に背き、平成一二年五月一五日、前記T生命本社ビル一二階のC社事務所において、S取締役乙川四郎に対してファクシミリによって送金を指示し、同社財務課長丙野五郎をしてIなる会社名義の株券五六五〇万株分の購入代金として七三億円を東京都中央区日本橋<番地略>所在の株式会社富士銀行△△支店に開設されたC社名義の普通預金口座に振込送金させ、もって、Sに対し同額の財産上の損害を加えた
第4 インドスエズ銀行の略称で呼ばれるクレディアグリコルインドスエズの取り組んだ譲渡性預金(以下「CD」という。)の取引をあっせんするかのように装い、T生命からその預入金名下に金員を詐取しようと企て、平成一二年七月一七日から同月二五日までの間、前後六回にわたり、別表記載のとおり、前記T生命本社の役員室等において、被告人の指示を受けた同社取締役春田太郎を介して、同社常務取締役丁田六郎に対し、真実は、預入金と引き換えに、被告人作成にかかる、インドスエズ銀行とは何の関係もなく実在しないG銀行の国際預金証書と題する書面をT生命に交付し、受領した金員をC社等の資金繰りに用いる意図であるのに、その情を秘し、別表の「欺罔文言」欄記載の虚構の事実を申し向けて、あたかもインドスエズ銀行の取り組んだCDの取引をあっせんするかのように装い、丁田及び同人から報告を受けた同社代表取締役冬川七郎をして、その旨誤信させ、よって、同月一八日から同月二六日までの間、前後六回にわたり、冬川の指示を受けたT生命経理部員をして、大阪市中央区北浜<番地略>所在の株式会社富士銀行○○支店に開設された被告人が実質的に管理している株式会社N證券名義の当座預金口座にCDの預入金として合計八五億円を振込送金させ、もって、人を欺いて財物を交付させた
ものである。
(証拠の標目)<省略>
(法令の適用)
被告人の判示第1の所為は刑法二四六条一項に、第2の所為は組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律九条一項一号(二条二項一号)に、第3の所為は商法四八六条一項に、第4の所為は包括して刑法二四六条一項に該当するところ、判示第2及び第3の各所定刑中、判示第2については懲役刑及び罰金刑を、判示第3については懲役刑をそれぞれ選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条一項本文、一〇条により刑及び犯情の最も重い判示第1の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条一項によりこれを懲役刑と併科することとし、その刑期及び所定金額の範囲内で被告人を懲役一〇年及び罰金一〇〇〇万円に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中主文掲記の日数をその懲役刑に算入し、その罰金を完納することができないときは、同法一八条により金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用については、刑訴法一八一条一項本文によりこれを全部被告人に負担させることとする。
(量刑の事情)
1 被告人の経歴等
(1) 被告人は、昭和六〇年三月に大学を卒業して、同年四月に野村證券株式会社に就職したが、昭和六一年二月にはモルガン銀行に転職し、平成二年九月に同銀行を退職した。
被告人は、平成三年四月ころ、真実はペーパーカンパニーにすぎず、会社としての実体のない外国会社であるK(以下「K」という。)を本邦で登記して、同社の日本における代表者となるとともに、さらに、そのころ、いわゆるタックスヘイブン国で設立されたオフショアバンクの売買を行うアメリカの業者から、Fというペーパーカンパニー(以下「F」という。)を、F名義の譲渡性預金(以下「FのCD」という。)証書用紙、刻印機及び同社印などを含めて購入した上、平成五年二月ころ、既にその代表取締役となっていた株式会社Aの商号をE株式会社(以下「E」という。)と変更した。
そして、被告人は、それ自体は何ら価値がなく換価処分できないFのCDを企業に購入させ、その代金を、香港上海銀行のF名義の預金口座に入金させた上、同口座から貸付金名目でK名義の預金口座を経由させ、日本におけるEの預金口座に送金することによって、被告人が自由に使える資金とし、中小企業相手の金融の仕事などをしていた。
(2) 被告人は、平成六年四月以降、FのCDの売却によって得た資金などを用いて、投資一任契約に係る業務の認可を受けている株式会社D(以下「D」という。)の増資に応じるなどし、その筆頭株主となって、平成八年六月ころには自己の支配下においた。
被告人は、香港の会計事務所の世話で、実体のないペーパーカンパニーであるIを手に入れ、同年五月、都内の印刷業者にその株券を印刷させた上、Dと投資一任契約を結んでいた企業に、それ自体は何らの価値がなく換価処分できないIの株式(以下「I株」という。)を購入させて多額の資金を得ていた。
被告人は、平成八年一二月、R株式会社を設立し(その後C株式会社と商号変更。以下「C社」という。)、自らその代表取締役社長となった上、平成九年一一月N証券株式会社(後に株式会社N證券と商号変更。以下「N證券」という。)を、平成一〇年六月株式会社Y新聞社を、同年七月Sを、同年一二月M株式会社を、平成一一年三月株式会社Z新聞社をそれぞれ買収し、C社の傘下に入れた。被告人は、上記の買収に当たっては、Z新聞社を除き、FのCDやI株によって得た資金などを用いていた。
2 本件各犯行に至る経緯等
(1) 判示第1の犯行について
ア 被告人は、C社を中心とした総合金融企業グループを構築しようとしていたところ、平成一二年三月上旬ころ、ラボ・アジア証券株式会社の社員から、金融監督庁からいわゆる早期是正措置の命令を受けたT生命が近く増資を予定しており、その引受先を探している旨の情報を聞き、C社傘下に入れる生命保険会社を物色していたこともあって、増資を引き受けることとし、同月九日、T生命との間で、同社が同月末までに増資を予定している五〇億円のうち三〇億円をC社が引き受ける旨の基本合意書を取り交わした。被告人は、同月二二日、T生命と株式引受契約を締結し、C社がT生命の行う第三者割当増資五〇億円のうち三〇億円を引き受けることのほか、T生命は今後平成一三年三月末までに発行する新株の引受権をCに付与すること、T生命の旧経営陣を退任させること、被告人及びD社長の春田太郎(以下「春田」という。)を同社特別顧問に任命し、T生命の資産運用については特別顧問の指示に従うことなどを合意した。
イ 被告人は、その後、T生命が、本社ビルを証券化したエダム債のいわゆるBノートについて、金融監督庁や監査法人から平成一二年(以下特に断りのない限り同年。)三月末までに他に売却するように指導されていたのに、なおこれを保有していたことを知り、同月二四日ころ、T生命本社役員応接室において、同社代表取締役社長甲野一郎(以下「甲野社長」ともいう。)に対し、エダム債約六〇億円が売却済みでなかったことを難詰し、上記株式引受契約に違反するおそれがあるなどと言って、増資を引き受けない姿勢を示した。その一方で、被告人は、上記エダム債をC社が買い取ることとし、その購入資金と新株引受けの資金とするため、T生命から一〇〇億円の資金を出させようと考え、香港の会計事務所から紹介を受けた実体のないペーパーカンパニーであるUの社債(以下「U債」という。)をT生命に引き受けさせようと企て、同月二五日ころ、自己の事務所において、テレックスを用い、代表者J名義で、U債一〇〇億円の償還債務について香港上海銀行の関係会社であるケイマン法人が保証し、かつ、香港上海銀行がキープウェルを付している旨記載された内容虚偽のオファーメモを作成した。
ウ 被告人は、同月二五日、T生命本社役員応接室において、甲野社長に対し、T生命及びその関係会社が保有するエダム債のいわゆるB、Cノート額面合計一〇五億円をC社が買い取ること、T生命がU債一〇〇億円を購入することなどの条件を飲んでくれれば増資に応じると言った上、前記オファーメモを示して、「このボンドには、香港上海銀行の関係会社の保証が付いているし、香港上海銀行本体がキープウェルしているから、大丈夫だ。」などと虚構の事実を申し向け、判示第1の犯行に及んだ。
(2) 判示第2の犯行について
ア 被告人は、三月二七日、戊谷取締役との協議により、T生命の増資に際して、C社が三〇億円を引き受けることに加えて、被告人自身も一七億四〇〇〇万円を引き受けること、また、地価の下落により含み損を生じてT生命のソルベンシーマージン比率を引き下げる要因になっていた同社保有の大阪四つ橋ビルについて、これをC社が簿価の約二五億円で買い取ることなどを取り決めた。
イ 被告人は、同月三〇日、判示第1の犯行によってT生命から振込送金を受けた一〇〇億円のうち九七億円余りを、自己が管理する住友銀行△△支店のC社名義の預金口座に振込送金させ、同日、そのうち三〇億円をC社の増資引受分として、一七億四〇〇〇万円を被告人個人の増資引受分として、約二五億円を大阪四つ橋ビル購入代金として、二〇億円をエダム債購入代金の一部として、それぞれT生命に支払い、その余の金員をC社のグループ会社数社の資金繰りに用いた。
ウ 被告人は、前記詐取に係る資金で増資を引き受けたことにより、同月三一日時点におけるT生命の発行済み株式総数一億四一八五万株のうち、被告人個人名義の三四八〇万株とC社名義の六〇〇〇万株を合わせて九四八〇万株(発行済み株式総数の約66.8パーセント)を保有する大株主となった。
そこで、被告人は、同社の事業経営を支配する目的で、同日、甲野社長及び同社専務取締役冬川七郎に対し、甲野社長と己山相談役は退任させ、新社長には冬川をあて、被告人、春田、N證券社長の夏村二郎、M株式会社社長の秋山三郎を取締役とするなどの人事案を示し、四月三日に株主総会を開催するよう指示した上、判示第2の犯行に及んだ。
(3) 判示第3の犯行について
ア 被告人は、T生命に対し、エダム債のいわゆるB、Cノートを合計一〇五億円で、四月二八日までにC社が買い取る旨約束していたが、同日までに約三五億円しか支払えず、残代金約七〇億円の支払は五月一五日まで延期してもらっていた。
イ 被告人は、五月一〇日ころ以降、Sにコマーシャルペーパー(以下「CP」という。)を発行させ、これをT生命に購入させた上、Sが得た資金を、I株の購入名目で、C社に移動させることによって上記エダム債の購入資金を工面しようと考え、SがT生命あてにCPを合計八〇億円分発行することについて、自ら又は春田を介し、S及びT生命の各役員らの了承を得た後(ただし、T生命に対しては、このCPには香港上海銀行の保証が付いていると説明し、二〇億円分については事後承諾であった。)、同月一五日、T生命本社ビル一二階所在のC社事務所から、T生命から約八〇億円の送金を受けたSの乙川四郎取締役に対し、I株の購入代金七三億円をSからC社に送金するよう指示して、判示第3の犯行に及んだ。
ウ 被告人は、この七三億円を原資として、エダム債の買取り残代金約七〇億円を支払った。
(4) 判示第4の犯行について
ア 被告人は、判示第1の犯行で使用したU債の銀行の保証の有無などについてT生命の監査法人や金融監督庁が問題視してきたことから、六月六日、T生命との間で、C社がU債を七月二八日限り一〇〇億二三三三万円余りで買い戻す旨の契約をし、六月下旬までに内金二五億円を支払った。さらにT生命が八月一日付けで行う四五億円の増資を被告人とC社が引き受けることとしたため、七月末までにU債の残代金約七五億円との合計約一二〇億円を調達しなければならなかったが、その見通しが立たなかった。
イ T生命は、六月三日、金融監督庁から現預金等以外の資産運用を禁止されていたところ、被告人は、外国銀行が発行するCDであれば禁止事項に該当しないと考え、七月一〇日ないし一一日ころ、格付けの高いフランスの銀行でインドスエズ銀行と略称されるクレディアグリコルインドスエズのCD売買を装ってT生命から現金をだまし取ろうと企て、そのころ、I株を印刷させた業者に、「G銀行」という架空の銀行が発行するCD証書の印刷を発注し、同月一七日ころ、その証書用紙一二〇〇枚の納品を受けた上、これに被告人自身が金額等をタイプライターで適宜記入するなどし、G銀行発行名義のCD(以下「GのCD」という。)であるように偽装した。
ウ 被告人は、GのCDについて、Sを売主、T生命を買主とし、その売買をN證券が仲介するように手配した上、七月一七日、まず額面三億円のGのCDを詐言をろうしてT生命に購入させて、判示第4の犯行に及んだ。
エ 被告人は、判示第4の犯行により送金を受けた合計八五億円のうち四五億円を増資払込資金として、一〇億円をU債の買戻し資金として、二八億円はGのCDの買戻し資金として使用した。
3 本件各犯行に基づくT生命の損害
(1) 判示第1のU債に関するもの
被告人は、前述のとおり、六月六日、U債を一〇〇億二三三三万円余りで買い取り、担保を差し入れたが、その後の代金支払、担保権の実行等により、T生命の売買代金残債権は五九億四六四九万円余りとなっている。
(2) 判示第3のI株七三億円に関するもの
被告人は、Sに購入させた上記I株をT生命に七五億円で買い戻させたため、T生命に同額の損害を生じさせ、現時点においても七三億四六五〇万円余りの実損害が同社に残っている。
(3) 判示第4のGのCDに関するもの
被告人は、T生命から、GのCDを八五億円で買い戻すこととしたが、本件逮捕時までに六八億円を支払い、T生命がC社のT生命に対する債権と相殺したことから、現時点において一六億五一三六万円余りの実損害が残っている。
(4) 結局、被告人は、本件各犯行により、T生命に合計一四九億四四三五万円余りの損害を与えている。
4 被告人の刑事責任について
(1) 以上説示したとおり、本件は、それ自体は経済的価値がなく換価処分できないFのCDやI株を用いて多額の資金を得て証券会社等を買収してきた被告人が、M&Aによる総合金融企業グループの形成という野望を抱き、経営が悪化していたT生命を自己の企業グループに取り込もうとして、増資に応じるとともに、その不良資産であるエダム債を買い取ることとして、その資金をこともあろうにT生命自身から得ようと企て、I株などと同様換価処分できないU債について香港上海銀行の関係会社が保証しているなどとうそを言って、同社から一〇〇億円もの巨額の資金をだまし取ったのを手始めに、詐取した資金でT生命の大株主となってその事業経営を支配し、エダム債の購入代金の資金繰りに窮してこれを捻出するため、SにI株購入名下に七三億円をC社に支払わせて同額の損害を加え、U債の買戻しと増資資金に充てるため、金融監督庁からリスクのある資産運用を禁止されていたさなかに、ペーパーカンパニーですらない架空銀行であるGのCDを作出してT生命から八五億円をだまし取った、というものである。
(2) 被告人は、本件以前から金融関係の専門的知識を用いて、資産的裏付けのない有価証券を使用して多額の資金を獲得していたところ、N證券にFのCDを購入させてその代金でN證券の増資に応じていた件で、関係当局の指導を受け、平成一一年一一月に同社の取締役を辞任し、同年一二月には同社の減資をしていたのであるから、そのような手法の違法性を十分に認識していたものと認められる。しかるに、同様の手口で本件各犯行に及んだ被告人には、この種犯行の常習性があるといわざるを得ない。
また、T生命の増資に応じることなどが新聞報道されるなど、社会の耳目を集めている中で、増資や資産売却の資金を獲得するため、実体のない外国会社社債に著名な外国銀行が保証しているかのように装い、T生命自身から現金を引き出した判示第1の犯行は、他に類例を見ない大胆で反社会性の強い犯罪といわざるを得ず、真にT生命の再建を目的とするのなら到底とりようのない行為である。被告人の手法は、資産的な裏付けがないことから、いずれ破綻を来すことは必定であり、それを回避するためには、判示第3、第4の犯行に見られたように、自転車操業の如く犯行を繰り返すほかはない。判示第4の犯行では、GのCDの売買にN證券を介在させるなどしてT生命関係者を信用させていて、被告人が支配した企業グループが巨額の資金詐欺の舞台装置になっているとも評することができ、犯行の態様は組織的、巧妙であって極めて悪質であるといわざるを得ない。
本件によって被告人は、T生命の経営を支配した上、同社に多額の損害を与えたものであって、経済社会に深刻な混乱をもたらしている。しかるに、被告人は、ともすれば自己の行為を正当化する言動に傾きがちであり、被害弁償についても、被告人及びC社の持ち出し分の方が多いという態度に終始しており、誠実な対応をしているとは言い難く、真摯な反省の態度は認められない。
(3) このような諸事情に照らすと、犯情は甚だ悪質であって、被告人の刑事責任は重大であるというほかはない。
5 弁護人の主張について
しかるところ、弁護人は、情状関係として次のとおり主張する。
(1) 判示第1及び第2の各事実について
弁護人は、被告人は、当初から、T生命に環流する目的で資金を流出させ、その直後、現にこれを環流させているから、被告人に一〇〇億円を不法領得する意思ないし詐欺の犯意はなく、また、被告人は、三月二五日、甲野社長から、保証等の手続が後になることの了解を得て確認書(弁10)を取っているほか、T生命の役員らは、被告人がU債によって得た資金で増資やエダム債の仮装売買を行おうとしていたことを知悉していて、錯誤に陥っていなかったから、本件を詐欺に問擬することには疑問があり、判示第2の事実については、これらに加えて、被告人には経営を支配しようとする意思もなかった、という。
しかし、被告人は、自己及びC社の新株引受けのための資金などとして一〇〇億円を領得しており、その資金を使ってT生命の大株主となって、甲野社長らを退任させ、新社長を冬川とし、被告人やその関係者を取締役として選任するよう人事案を示すなどして事業経営を支配していることは明らかであり、判示第1の犯行を単なる資金の環流と見ることはできない。
被告人の犯意に関しては、被告人は、捜査段階はもとより、第四回公判期日においても、甲野社長に対し、U債に香港上海銀行の関係会社が保証し、同銀行自体がキープウェルを付けているとうそをついたことを認めており、三月二五日に甲野に書かせた確認書に、保証が後になることを了解する旨の内容があったとは供述していなかったのに、第八回公判期日において、確認書(弁10)が取り調べられた後に、所論にそう供述をし始めている。このような供述の経過や、他の関係証拠に照らすと、確認書(弁10)及び所論にそう被告人の公判供述はたやすく信用することができない。被告人に詐欺の犯意に欠けるところはない。
また、甲野社長らT生命の役員らが見せかけによる増資の事実を知っていたとしたら、甲野らの退任等を含む上記被告人の人事案を受け入れる理由はなく、また、T生命が、エダム債をC社に売却することでエダム債の件が解決した旨、金融監督庁に報告していることからすると、所論のように、T生命関係者がエダム債の売買を「飛ばし」であると認識していたとは考え難い。所論は、採用し得ない。
(2) 判示第3の事実について
弁護人は、グループ間での資金移動の目的で形式的にSとC社との間でI株の売買を行ったに過ぎないのであるから、被告人に、図利加害目的も、任務違背の事実もなく、Sには何らの損害も発生していないから、特別背任の構成要件に該当するとするには無理がある、という。
しかし、被告人が、C社の資金に供するため、換価処分することのできないI株をSに購入させ、C社にその代金を入金させた点において、図利加害目的や任務違背の事実が肯認でき、その時点でSに損害が発生していると認められ、特別背任罪が成立することに疑いを入れる余地はない。また、被告人は、S発行のCPをT生命に購入させてSに資金を移動させ、本件I株を購入させてC社に資金を環流させているところ、Sは、CPの償還を受け、購入したI株は、被告人の指示によりT生命が設定した特定金外信託を通じてT生命に買い戻されているから、本件においては、Sには実損害が発生しなかったといい得るが、損害はT生命に転嫁されているだけであり、被告人の量刑を検討する上で、特段有利に考慮すべきものとは考えられない。
(3) 判示第4の事実について
弁護人は、判示第1の事実と同様、被告人は、増資を仮装し、既発のU債等の「飛ばし」のための資金操作、帳簿操作をしたに過ぎないから被告人に詐欺の犯意が存在したというのは無理があり、また、T生命の冬川代表取締役(以下「冬川社長」ということがある。)が、七月一〇日付で、「平成一二年七月末予定の四五億円の増資により、ソルベンシーマージンは、間違いなく二五〇%を超えることを確認します。オフショアバンク発行のCDを協力預金として七月中に購入いたします。本件CDの購入が上記増資引受けの条件であることを了解します。購入するCDの発行銀行について、その登記設立の手続が、購入後になることを了解します。」と記載のある書面(弁16)を被告人に差し入れていることや、別表番号3以降のCDの購入が、T生命の運用管理部の反対を押し切って実行されていることなどから、冬川社長は、被告人がGのCDを用いて資金操作、帳簿操作を行おうとしていたことを知悉しており、錯誤に陥っていなかったから、本件を詐欺であるとするのは相当でない、という。
しかし、被告人は、監査法人や金融監督庁がU債の購入を問題視している状況で、これを買い戻して詐欺の犯行を取り繕うため、あるいはソルベンシーマージンを上げるべく増資に応じるために資金を必要としていたと認められるのであって、現実に資金を領得するために犯行に及んだことは明らかである。単なる資金操作、帳簿操作という所論は採り得ない。また、被告人が、春田を介して判示の虚偽の事実を告知している以上、詐欺の犯意を有していたことも明らかである。
所論援用の弁16号証については、捜査段階で被告人がこの点について全く供述していなかったこと、冬川自身がこれについて記憶がないと証言していることなどに照らして、たやすく信用することはできない。また、別表番号3以降のCDの購入については、冬川社長らT生命の関係者は、G銀行やN證券に迷惑をかけられないので、運用管理部の決済がないまま経営判断で購入した旨供述しているところ(甲57ないし60など)、それらの供述は、毎回N證券からT生命にファックスで購入申込みの書面が送付されてきていた状況やT生命で作成された稟議書の記載にも符合していることなどからして、十分に信用することができ、所論のようにいうことはできない。また、T生命の丁田常務取締役が七月二五日に部下をクレディアグリコルインドスエズ東京支店に赴かせて、GのCDを調査させたことに照らしても、T生命関係者が被告人の欺罔行為により錯誤に陥っていたことは疑う余地がない。
(4) 本件の被害について
弁護人は、被告人がT生命やSから引き出した資金は、それぞれに環流しているから本件ではT生命やSに損害は発生しておらず、逆に被告人側の持ち出しに終わっている、という。
しかし、T生命は、現在、新株発行無効の訴えを提起しているところ、被告人ないしC社は自己の出捐において現実に出資していないから、今後新株発行が無効とされても、被告人ないしC社に、その名義で払い込んだ増資金一〇五億円余りが支払われるものとは考え難い(商法二八〇条の一八第二項)。所論は、この増資金を被告人ら自らの出資によるものであることを前提としているから、失当というほかはない。また、T生命の清算人作成の上申書(甲106、135)等によれば、被告人が担保提供した株式等を適正に評価して算定した本件によるT生命の被害は前示のとおりであると認められ、本件による実害はないとの所論は採用できない。
なお、被告人は、第一四回及び第一五回公判期日において、U債買取りの残代金については、平成一二年六月一九日に、己山前会長や甲野前社長との間で交わした代物弁済契約により消滅している旨供述するが、被告人の検察官調書謄本(甲68)、冬川七郎の検察官調書謄本(甲115ないし117)等関係証拠によれば、被告人がT生命に差し入れた六月六日付け及び同月二〇日付け各担保差入証の各第二条の③には、担保の処分代金がU債の決済代金に足らないときはその不足額を直ちに決済する旨規定されているところ、その後、被告人の申出により、担保を実行することになったが、冬川らT生命関係者はもとより被告人も、約六五億円の売買残代金と担保の鑑定評価額との差額は、T生命がC社に請求できることを当然の前提としていたことが認められるから、被告人の上記公判供述は信用することができない。
(5) 本件各犯行の動機・経緯について
弁護人は、被告人は、増資について新聞発表した後にエダム債の件を知ったのであり、引くに引けない状況で、T生命の破綻回避という目的・動機のもとに本件各犯行に至ったものであって、自らの資産を提供しないで私利私欲のために行ったものではない、などという。
しかし、所論のような経過は認められるものの、被告人は、自ら甲野社長に述べたように、株式引受契約を解除すれば足りたのであり、本件各犯行に至る経緯に格別酌むべき点は見当たらない。T生命やSから引き出した資金は、その多くがT生命等に環流されているが、それは、被告人が、T生命の大株主たる地位を確保するため、その破綻を回避しようとしたものと認められるから、所論は当たらない。
6 結語
以上検討したとおり、情状関係に関する弁護人の上記主張は、採用し難く、被告人がそれなりの反省の弁を述べていること、被告人に前科前歴がないことなど、被告人にとって斟酌すべき事情を十分考慮しても、被告人に対しては、主文掲記の刑をもって臨むのが相当であると考えた。
(裁判長裁判官・八木正一、裁判官・松岡幹生、裁判官・鹿野暁子)