東京地方裁判所 平成12年(刑わ)3957号 判決 2001年12月05日
主文
被告人を無期懲役に処する。
未決勾留日数中230日をその刑に算入する。
押収してあるビニール紐2本(平成13年押第840号の1)を没収する。
理由
[罪となる事実]
被告人は,
第1金品窃取の目的で,平成12年9月19日午後1時前ころ,東京都江東区所在のa荘2号室A方に,合い鍵を使って侵入し,同日午後2時過ぎころ,同室押し入れ内に置かれていた耐火金庫の中から同人所有の現金約160万円を窃取した。
第2Aを殺害して金品を強取しようと企て,平成12年12月1日午後零時ころ,前記A方において,殺意をもって,同人(当時83歳)の頸部を所携のビニール紐(平成13年押第840号の1は,鑑識のために使用した後の残りであり,2本に切断されている。)で締め付け,よって,そのころ,同所において,同人を頸部圧迫により急性窒息死させて殺害した上,同人所有又は管理の国民健康保険被保険者証1通ほか6点(時価合計800円相当)を強取した。
[事実認定の補足説明]
1 弁護人は,判示第2の犯行について,被告人は,財物奪取の目的ではなく,被害者の言動に憤激して殺害したものであって,殺人罪と窃盗罪が成立するにすぎない旨主張しているので,判示のとおり,強盗殺人罪を認めた理由について,以下,説明する。
2 前掲の関係証拠等によれば,以下の各事実が認められる。
(1) 被告人は,平成12年3月1日に仮出獄した後,知人の経営する風俗店を時々手伝ったり,数日間,倉庫内作業員として稼働したりしたが,いずれも長くは続かず,定職に就くことはなかった。その反面,被告人は,同月10日,母親名義の委任状を無断で作成して,簡易保険を担保に約147万円を借り入れたり,同年5月ころには,実姉に対して,別れた夫からの養育費等を代わりに受け取ってきてあげるが,領収書のようなものがあると金をもらいやすい等と述べ,同人から領収証を受け取った上で,その前夫の所に行き,養育費等の名目で現金19万円をだまし取ったほか,多額の借金をしていた同人に,「保険会社を使って借金を全部返済する方法がある。そのためには保証金を積まなければいけない。」等の嘘を言って合計180万円の現金をだまし取るなどしていた。
しかし,同年8月中頃には,被告人は,金員に窮するようになり,伯母のAが多額の現金を蓄えているらしいことを聞き知っていたことから,同人から金を得ることができないかと考えて,同年9月18日,19日と2日続けて,同人方を訪れた。しかし,Aが被告人の借金の申出を断ったため,被告人は,同人をだまして同人方の合い鍵を作った上で,判示第1の窃盗の犯行に及んだ。
(2) 被告人は,その犯行によって得た約160万円を遊興費等で使い果たしてしまい,同年11月中旬ころには,故障した車の修理代やテレホンクラブの利用料金等で合計約62万円の支払を迫られていた。被告人は,かねてからサラ金等から借金を重ねて,その借入金総額は500万円を超えていたため,サラ金等からさらに借金をすることが困難な状況にあり,ほかに金を借りる当てもなかった。
他方,被告人は,Aが窃盗の被害について警察に被害届を出したかどうかも気になっており,同年11月7日,伝言ダイヤルで知り合った女性を介して,Aに電話をしたところ,窃盗の犯人が被告人であることに気が付いていて怒っていることや,警察に対して実際の額よりも多い400万円の被害届を出していることを知った。被告人は,この件で逮捕されて再び刑務所に入らなくてはいけなくなることを恐れるとともに,前記のとおり金を工面する必要に迫られていたことから,何とかしてAから金を引き出すことはできないかと考えを巡らせた。その結果,同月25日ころには,現状を打開するためには,Aに,一応被害届の取下げと借金とを頼んでみた上で,断られた場合には,Aをビニール紐で縛り上げ,ガムテープで猿ぐつわをして現金等を強取し,その後,そのまま部屋に放置するか,どこか外に運び出すなどして,同人を衰弱死させるよりほかないと考えるに至った。
(3) 同月29日,被告人は,Aを縛るためのビニール紐1巻きを購入した上,かねてから車内に積んであった使い残りのガムテープを取り出し,さらに,A方を訪ねた際,同人がドアを開けてくれない場合には郵便小包の配達員を装うこととして,配達伝票を作成するなどの準備に取り掛かった。翌30日には,Aを縛る際に便利なように適当な長さのビニール紐3本を切断した上で,A方付近まで車で行き,犯行に及ぼうとしたが,車から降りてA方まで行きかけては,また車に戻るということを繰り返し,結局,その日は,犯行を実行するには至らなかった。なお,このころ,被告人は3000円ほどの現金しか所持していなかった。
同年12月1日午前零時ころ,被告人は,A方付近の路上に車を停め,運転席で,なかなか眠れないまま朝を迎えた。被告人は,午前7時ころに目を覚ましたが,やはりA方を訪れる勇気が出ずに,付近の公園へ行ったり来たりして時間を潰した。被告人は,前日に準備した3本のビニール紐はポケットの中で絡まって使用できなくなるおそれがあると考えて,それらは車内に置いたまま,元々の巻いてある状態のビニール紐とガムテープとをジャンパーコートのポケットの中に入れて,午前11時50分ころ,A方を訪れ,指紋が付着しないように,ジャンパーの袖の上からチャイムを押してから,玄関ドアをノックした。
(4) Aは,ドアをノックしているのが被告人であると知ると,玄関ドアを開けて,被告人を室内に通した。被告人は,Aに対し,被害届を取り下げてくれるように依頼し,さらに現金を貸して欲しいと申し出たが,Aに,「姪のところにお金も通帳も預けてある。」などと言われて断られた。被告人は,電話台の方を見たところ,「B」という字と電話番号らしき数字が書かれたメモが目に入ったことから,Aは,姪のBに現金や通帳を預けてあるのだろうと思った。さらに,Aは,被告人に対し,「被害届は取り下げない。お前が盗んだのは400万円だ。警察にも言ってある。お前は昔と変わらない馬鹿だ。親も親なら子も子だ。大馬鹿者。」などと激しく罵倒した。その間の5分ないし10分ほど,被告人は,Aの言うことを黙って聞いていた。
それから,被告人は,「おれ帰る。」と言って,立ち上がり,それを見たAも立ち上がって,被告人を玄関まで追い出すかのように,被告人の先に立って玄関に向かって歩き始めた。被告人は,後方からAの顔面に手を回して口をふさぎ,そのままAを引き倒して布団の上にうつ伏せにした。Aは,「助けて。」と大声を上げたが,被告人は,Aの口の中に左手の親指を突っ込み,近くにあったタオルを右手に持ってAの顔に押し当てた。なおも暴れるAに対し,被告人は,ジャンパーコートの中から取り出したビニール紐で,Aの首を締め付け,同人を殺害した。
(5) 殺害後,5分ないし10分ほどの間,被告人は,しばらく放心状態でいたが,それからビニール紐をジャンパーのポケットにしまい,後で死体を外に運び出しやすいように,毛布でAの身体を包むようにして,その上から掛け布団を掛けた。そして,被告人は,A方の鍵を捜し,布団近くにあったバッグの肩紐についていた鍵を発見すると,それをポロシャツの胸ポケットに入れた。被告人は,さらにバッグ内を物色し,布製ポーチ状の袋の中のがま口の中を見たが,小銭しか入っていなかったので,それには手をつけずに,同袋の中から保険証を発見すると,その中に挟んであった物ごと取った。その後は,室内等を物色することなく,被告人は,鍵で施錠してA方から立ち去った。
なお,バッグ内のビニールケースには現金5万円が入っており,部屋のテレビ付近のビニール袋下の封筒内には現金10万円が入っていたが,これらは,そのままの状態で残されていた。
(6) A方を出た後,被告人は,自首することを考えて警視庁b警察署に向かったが,その勇気が出ずに引き返し,予定どおりAの死体を外に運び出すことを決意し,午後1時57分ころ,コンビニエンスストアで軍手1双を購入した。その後,被告人は,いったん自宅に帰り,実母が保管していたBの夫からの年賀状を捜し出して,車内に持っていった。そして,午後10時前ころ,再びA方付近路上まで車を運転し,しばらく時間を潰した後,翌2日午前2時ころ,死体を運び出すためにA方の前まで足を運んだものの,おじ気づいてしまい,結局,そのまま車に戻り,午前5時ころまで,車内で,頭がぼーっとした状態で過ごしてから,自宅に戻ることとした。
被告人は,同月3日が日曜日であったことから,その日は,自宅でテレビを見たりして過ごすこととして,翌4日に,年賀状の住所を頼りにB宅を訪ね,強取した保険証を見せながら,自らをAから委任を受けた弁護士であると偽って,Aから預かった現金等をだまし取ることを企てていたが,3日の夜に被告人方にやって来た警察官に任意同行を求められたため,実行するには至らなかった。
3 ところで,被告人は,公判において,以上2の(1)ないし(6)の認定事実に反して,①犯行当日,A方を訪れた時点では,あくまでもAに借金を頼むつもりであり,場合によってはAを縛ることを考えてはいたものの,殺すことは全く考えていなかった,②Bの夫からの年賀状を捜して持ち出したのは12月2日だったかもしれないなどと供述する。
しかし,①の点については,判示第1の窃盗の件で立腹しているAが借金の依頼に応じてくれるはずがないことは被告人も承知していたところであるし,顔も身元も知られているAに対して強盗行為に及びながら同人を解放すれば,Aは直ちに警察に通報して,被告人が逮捕されることも明白なのであるから,被告人は,Aに対して強盗行為に及ぶだけではなく,同人を衰弱死させることまであり得るとの意図でA方を訪れたというべきである。被告人が,犯行の直前,ちゅうちょしながらA方を訪れていることや,ドアノブに指紋が付着しないように配慮していること(2の(3)参照)等がそのことを裏付けている(なお,検察官は,被告人は,当初から,Aの首を締めて殺害することを計画していた旨主張するが,そこまでの認定をするに足りる証拠はない。)。
また,②の点については,被告人の記憶があいまいであるところ,B家からの年賀状が被告人の車内から発見押収されている事実等に照らせば,前記2の(6)のとおり認定するのが相当である。
4 そこで,前記2で認定した事実を前提に,殺害行為時,被告人が財物奪取の意思を有していたか否かについて検討する。
まず,被告人は,経済的に非常に困窮した状態にあり,Aから現金を強取するために同人を衰弱死させることを企てた上で,A方を訪れたものである。そして,被告人は,A殺害後,バッグの中を物色して,保険証を取り出し,それから間もない時点で,自宅からB宅が記された年賀状を持ち出して,荒井から現金等をだまし取る準備に着手しているのである。このように,被告人は,犯行の前後を通じて,Aの金を奪取するためにはどのような行為に及ぶこともいとわないという強い意欲,執着心をうかがわせる行動に出ているのであるから,被告人がA殺害の時点においてだけ,財物奪取の意思を何ら有していなかったなどということはあり得ないというべきである。
この点につき,弁護人は,財物奪取を目的として被害者を殺害したのであれば,より綿密に室内を物色したはずであるなどと指摘する。しかしながら,被告人は,Aから「姪のところにお金も通帳も預けてある。」と言われ,Bの名前等が書かれたメモを見た段階で,まとまった額の現金等は荒井に預けられており,A方には,被告人が望む額の現金はないと判断したはずであるから,室内を物色しなかったことは財物奪取の意思があったということと矛盾するものではない。むしろ,被告人が,バッグの中から保険証を奪った後は,一切,室内を物色していないという事実の方を重視すべきであり,このことは,まさに被告人の目当ての物が保険証であったことを示している。すなわち,被告人は,荒井に多額の現金等が預けられていると判断してから,殺害までの数分間の間に,Aから委任を受けたことの証明となり得るものを強取した上で,荒井方を訪れて金をだまし取ることを企図したのであって,そのことは,被告人が前記のとおり金員奪取の意欲を強く有していた上,前記2の(1)のとおり,被告人は過去にも類似の手口で現金をだまし取った経験があること等を併せ考慮すれば,自然な企図であったということができる。なお,被告人は,捜査段階においては,「姪のBにお金や預金通帳を預けているものと思い,その時,Bのところにお金や預金通帳を取りに行こうということはすぐに思いました。」「そして,私が確かに伯母からお金や預金通帳などを取りに行くよう頼まれたということの何か証明になるようなものを伯母方で見つけて持っていこうと思いました。」と供述していたところである。
5 他方,被告人は,公判において,Aから言われた言葉が頭に来て,「この野郎」という気持ちで襲い掛かったところ,Aに騒がれたので殺してしまったなどと供述し,弁護人もこれに沿った主張をしている。
しかしながら,被告人は,Aに罵倒されてから何分か経過してから,いわばAのすきを見計らって,背後から殺害行為に及んでいる上,殺害後の行動を見ても,死体を運び出すためにAを毛布に包むなどの冷静な行動を取っているのであり,これら一連の経緯は憤激のあまりの犯行というにはそぐわないものである。被告人が頭に来たというAの言葉についても,「親も親なら子も子だ。大馬鹿者。」などというものであり,被告人は,判示第1の犯行でAが非常に怒っており,それも理由があり当然のことであると,十分認識していたのであるから,この程度の言葉を言われたからといってAの殺害を決意したというのも考え難い。(なお,被告人は,公判の最終段階に至って,被害者から「お前なんか生きている必要などない。生まれてこなければよかった。」とも言われたのを思い出したと供述しているが,殺害の直接の動機になったという言葉であれば,当初から明確に覚えているか,少なくとももっと早い段階で思い出すのが通常であって,被告人のこの供述は信用できない。)
もっとも,前記のとおり,被告人の当初の計画は,Aを縛って衰弱死させることにあったのであるから,首を締めて殺害するという,いわば予定外の行為に出たのは,Aの言葉に対する憤激や,騒がれたことに対する焦り等が影響していた可能性自体は否定できないといえよう。しかし,仮にそうであるとしても,これらが殺害の主たる動機であったとは到底いえない。
6 以上のとおりであって,強盗殺人罪が成立することは明らかである。
なお,付言するに,被告人は,公判において,殺害時の気持ちとして,「なんとかしなくちゃというあれですね。」と述べているところ,その発言の趣旨は明確ではないが,このままA方を後にしては判示第1の窃盗の件で警察に逮捕されてしまうので,そのような事態に陥ることを避けるためになんとかしよう,との意味合いが含まれているように推察される。しかしながら,犯行時の被告人が,このような思いを抱いていたとしても,金員奪取の意図と併存するものであって,強盗殺人罪の成立を左右するものとはいえない。
[累犯前科]
被告人は,(1)平成8年7月12日東京地方裁判所八王子支部で監禁,恐喝未遂の罪により懲役2年に処せられ,平成10年12月1日刑の執行を受け終わり,
(2) この刑についての仮出獄中に犯した住居侵入,窃盗,有印私文書偽造,同行使の罪により,平成10年6月4日東京地方裁判所八王子支部で懲役1年6月に処せられ,平成12年5月22日刑の執行を受け終わったものであって,これらの事実は検察事務官作成の前科調書及び判決書謄本によって認める。
[法令の適用]
被告人の判示第1の所為のうち,住居侵入の点は刑法130条前段に,窃盗の点は同法235条に,判示第2の所為は同法240条後段にそれぞれ該当するところ,判示第1の住居侵入と窃盗との間には手段結果の関係があるので,同法54条1項後段,10条により1罪として重い窃盗罪の刑で処断することとし,判示第2の罪について所定刑中無期懲役刑を選択し,判示第1の罪は前記(1)(2)の各前科との関係で再犯であるから,同法56条1項,57条により再犯の加重をし,以上は同法45条前段の併合罪であるが,同法46条2項本文により,被告人を判示第2の罪について選択した無期懲役刑に処して,他の刑を科さず,同法21条を適用して未決勾留日数中230日をその刑に算入し,押収してあるビニール紐2本(平成13年押第840号の1)は,判示第2の強盗殺人の用に供した物で被告人以外の者に属しないから,同法19条1項2号,2項本文を適用してこれを没収し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
[量刑の事情]
1 本件は,伯母を被害者とする住居侵入,窃盗(判示第1),強盗殺人(判示第2)の各事案から成る。
被告人は,中学を卒業後,菓子店に就職したが,しばらくして退職し,職場を何回か変えながら主に自動車運転手として稼働したが,平成6年ころからは定職に就かないでいた。その間の平成元年ころには,友人と会社を設立したが,失敗して,当時住んでいた自宅を失っている。被告人は,平成3年10月に婚姻して,2子をもうけていたが,平成8年5月に妻と離婚し,その後,同年7月,前記のとおり,実刑判決を受けてから,刑務所の入出所を2回繰り返し,平成12年3月に仮出獄した後は,倉庫内作業員として稼働したりしたものの,定職に就くことなく,同居する母親からもらう小遣いに頼って生活していた。
被害者Aは,被告人の母Cの姉であるが,昭和37年ころから昭和60年までの間,東京都江東区内の和菓子店で住み込みの店員として稼働し,その後は年金を受給して生活したが,6000万円もの貯金を蓄えていた。昭和60年ころ,被害者は,C方に一時期身を寄せて,被告人とも一緒に生活していたが,被告人が被害者の所持金を盗んだこと等が原因でCとの折り合いが悪くなり,昭和63年ころから,単身で生活を始め,それ以来,被告人とはほとんどつきあいのない状態であった。
被告人は,前記のとおり,平成12年3月以降,まとまった額の現金を必要とし,経済的に困窮していたところ,被害者が蓄えている多額の金をねらって,本件各犯行に及んだものである。被告人は,昔はまじめだったが,妻に浮気をされたことがショックで,自分も女性と遊んでやろうと思うようになり,次第に道を踏み外してしまった旨供述している。しかし,このような事情が自堕落な生活を正当化するものではなく,遊ぶ金欲しさという安易で短絡的な動機により本件各犯行を犯したものである上,被害者の金を狙ったのは,親族であれば警察沙汰にならずに済むのではないかという卑劣な計算があったこともうかがわれるのであり,その経緯及び動機に何ら酌量の余地はない。
2 犯行態様等を見ると,住居侵入,窃盗の事案(判示第1)では,被告人は,介護の仕事をしているなどと嘘を言い,実際にマッサージを施すなどして被害者の信用を一応得た上で,合い鍵を無断で作り,被害者が留守にするや,これを使って被害者方に侵入し,家人を装って業者を呼び寄せて金庫を解錠させるなど,その手口は大胆にして巧妙であり,悪質である。
被害金額は約160万円と多額であるだけでなく,この金は被害者の大切な老後の蓄えであったのであり,身内の者に奪われたことによる精神的ショックも無視できない。
3 次に,強盗殺人事案(判示第2)では,前記のとおり,被告人は,犯行の数日前に犯行を企図し,それに基づいて,ビニール紐,ガムテープ等を用意した上で,犯行に及んだものであり,具体的な殺害方法が当初の予定とは異なったとはいえ,計画的犯行であると評価すべきものである。犯行態様については,被害者の背後から襲いかかり,確定的殺意に基づき,頸部をビニール紐で締め付けるというものであるが,被害者の頸部には鮮明な索状痕が残り,耳からは出血し,甲状軟骨は骨折しており,被告人が情け容赦もなく力を込めて締め付け続けたことが認められるのであって,実に残虐な犯行である。殺害後は,犯行を隠蔽するために被害者の死体を運び出すことを企てる一方で,強取した保険証を用いて大金を獲得するため,次なる犯罪の準備に着手していたのであり,悪質極まりない。
本件犯行により,尊い人命が奪われるに至っており,生じた結果は極めて重大である。被害者は,本件犯行の数日後に老人ホームに入所の予定であり,まだまだ余生を楽しもうとしたさなか,身内の甥から残虐な目に遭わされてしまったのであり,被害者の無念さは計り知れないものがあろう。遺族の悲しみも大きく,Bが「被告人が今までやってきたことでこれからよくなるとは思えない。極刑を希望したい。死刑を希望します。」などと,厳しい処罰感情を述べているのも理解できる。
4 被告人は,前記の累犯前科のほか,昭和61年6月に業務上過失致死罪により禁錮1年6月・※3年間刑の執行猶予にも処せられており,合計3犯の前科を有しているところ,最終刑の仮出獄により社会復帰してから,1年も経過しないうちに本件各犯行に及んでいる。そして,被告人は,公判において,自己の刑責を軽減しようと,供述を微妙に変遷させているほか,不合理な点を追及されると「分からない。」等のあいまいな供述を繰り返しており,真に反省しているのかどうか疑わざるを得ない。被告人が「母の事だけが心残りです。どうか母親の生きている内に社会復帰が出来ればと願っております。」旨記載した上申書(弁護人提出)についても,これまでの生活状況等に照らすと,真意からの言葉かどうか疑わしいところである。
以上にかんがみると,被告人の刑事責任は極めて重大である。
5 そうすると,被告人に有利にしん酌すべき事情としては,強取品の時価が800円相当にとどまること,客観的な事実を自供し,反省の弁を述べていること以外には見いだし難く,これらを最大限考慮しても,被告人に対しては,人間の生命の尊さとこれを奪った自己の罪業を真しに考えさせ,長年月をかけて贖罪の道を歩ませるのが相当であると認めて,求刑どおりの無期懲役に処することとした。
[検察官久家健志,弁護人田辺研一郎各出席。求刑 無期懲役及びビニール紐の没収]
(裁判長裁判官 長岡哲次 裁判官 高津守 裁判官 橋爪信)