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東京地方裁判所 平成12年(合わ)418号 判決 2001年7月12日

主文

被告人を懲役三年六か月及び罰金九〇〇〇万円に処する。

未決勾留日数中二七〇日をその懲役刑に算入する。

その罰金を完納することができないときは、金四〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

押収してある納税証明書六通(平成一二年押第二一九七号の8ないし13)の各偽造部分を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第1  ××商事株式会社の関連会社等の滞納に係る法人税の納付を代行するかのように装って上記関連会社等の代表取締役乙川二郎から金員を詐取しようと企て、平成八年九月上旬、東京都豊島区西池袋<番地略>所在のビル八階の当時の××商事株式会社事務所において、同人に対し、真実は上記関連会社等の滞納法人税の納付を代行する意思がないのに、これがあるかのように装い、「地方の税務署とも全部納税額が決まって、五社分の税金として、トータルで、納めなくてはいけない税額の三〇パーセントである五四〇万円という金額で国税局との間で話がつきました。残りの税金については払わなくてよくなりました。納税の方の準備をしてください。」などと嘘を言い、さらに同月一〇日ころ、東京都千代田区大手町<番地略>所在の東京国税局庁舎一階喫茶店内において、同人に対し、「お金持ってきてますか。それじゃ、お預かりして、今から納税してきます。」と嘘を言い、即時同所において、同人を欺いて現金五四〇万円を交付させた

第2  分離前の相被告人甲山太郎(以下「甲山」という)を介して権限ある公務員に内容虚偽の納税証明書を作成させようと考え、甲山に対してその旨依頼したところ、同人は、被告人から依頼された内容の納税証明書を自ら偽造しようと決意し、ここに、被告人においては真正に成立した内容虚偽の納税証明書を作成して行使する意図、甲山においては作成名義を偽って同書を作成しこれを行使する意図の下に意思を通じて共謀の上、甲山が、平成八年一二月二五日ころ、東京都渋谷区恵比寿<番地略>所在の恵比寿壱番館○○号において、行使の目的をもって、ほしいままに、あらかじめ情を知らない税理士をして納税証明書会社名欄に「××商事株式会社代表取締役乙川二郎」、「××住機株式会社代表取締役乙川二郎」等と記載させておいた納税証明書用紙六枚の事業年度欄に「4・3・21」、「5・3・20」などと、未納税額欄に「¥0」などとそれぞれ記載した上、かねて用意しておいた「上記のとおり、相違ないことを証明します。」、「平成 年 月 日」、「8」、「1」、「2」、「6」、「東京国税局長」、「大蔵事務官丙田三郎」などと刻したゴム印を冒捺するとともに、その名下に同じく用意しておいた「東京国税局長之印徴収事務専用」と刻したゴム角印を冒捺し、もって、××商事株式会社の平成五年三月期ないし平成七年三月期及び××住機株式会社の平成五年九月期ないし平成七年九月期の未納税額がいずれも零円である旨の東京国税局長作成名義の納税証明書六通(平成一二年押第二一九七号の8ないし13)を偽造し、これを被告人に手渡し、同月二六日、被告人が前記第1の××商事株式会社事務所において、上記甲山偽造にかかる各納税証明書をいずれも真正なもののように装って、前記乙川に提出して一括行使し、もって、有印公文書を偽造し、これを行使した

第3  兵庫県姫路市田寺<番地略>に居住する分離前の相被告人丁野四郎(以下「丁野」という)が、平成八年に自己所有の土地を売却譲渡したことに関し、丁野、甲山、分離前の相被告人戊沢五郎(以下「戊沢」という)、同東山六郎及び同西川七郎ほか一名と共謀の上、丁野の平成八年分の所得税を免れようと企て、同人の上記土地譲渡について架空の仲介手数料を計上するなどの方法により所得を秘匿した上、同年分の実際総所得金額が二六六万七一一円、分離課税による長期譲渡所得金額が二億五五六九万二九一二円(別紙1の所得金額総括表及び修正損益計算書参照)であったにもかかわらず、平成九年三月一七日、同市北条字中道<番地略>所轄姫路税務署において、同税務署長に対し、平成八年分の総所得金額が二六六万七一一円、分離課税による長期譲渡所得金額が七一四七万四七一円で、これに対する所得税額が一五八二万六三〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額七〇六六万六四〇〇円と上記申告税額との差額五四八四万一〇〇円(別紙2のほ脱税額計算書参照)を免れた

第4  分離前の相被告人南田八郎(以下「南田」という)、同北野九郎(以下「北野」という)及び戊沢と共謀の上、

1  平成一〇年二月一日から平成一二年一〇月一日までの間東京都渋谷区千駄ヶ谷<番地略>に本店を置き、著作権の管理等を目的とし、南田が代表取締役をする分離前の相被告人有限会社A(資本金三〇〇万円)の業務に関し、法人税を免れようと企て、架空の支払手数料を計上する方法などにより所得を秘匿した上、平成九年六月一七日から平成一〇年四月三〇日までの事業年度における同社の実際所得金額が一億四四六五万一三六三円(別紙3の修正損益計算書参照)であったにもかかわらず、同年六月三〇日、同区宇田川町<番地略>所轄渋谷税務署において、同税務署長に対し、所得金額が二五四二万三二四〇円で、これに対する法人税額が八八三万五六〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書(同押号の2)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同社の上記事業年度における正規の法人税額五三五四万六一〇〇円と上記申告税額との差額四四七一万五〇〇円(別紙4のほ脱税額計算書参照)を免れた

2  平成九年九月一一日から平成一一年五月一三日までの間東京都世田谷区深沢<番地略>に本店を置き、芸能タレントのマネージメント等を目的とし、南田が代表取締役をする分離前の相被告人株式会社B(資本金一〇〇〇万円)の業務に関し、法人税を免れようと企て、架空の支払手数料を計上する方法などにより所得を秘匿した上、平成九年七月一日から平成一〇年六月三〇日までの事業年度における同社の実際所得金額が三億二六六七万一七七二円(別紙5の修正損益計算書参照)であったにもかかわらず、同年八月一〇日、同区玉川<番地略>所轄玉川税務署において、同税務署長に対し、所得金額が六四二七万三六七円で、これに対する法人税額が二〇〇九万九四〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書(同押号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同社の上記事業年度における正規の法人税額一億一八四九万九八〇〇円と上記申告税額との差額九八四〇万四〇〇円(別紙6のほ脱税額計算書参照)を免れた

3  平成一〇年二月一日から平成一二年一〇月一日までの間東京都渋谷区千駄ヶ谷<番地略>に本店を置き、芸能タレントのマネージメント等を目的とし、南田が代表取締役をする分離前の相被告人株式会社C(資本金一〇〇〇万円)の業務に関し、法人税を免れようと企て、架空の支払手数料を計上する方法などにより所得を秘匿した上、平成一〇年二月一日から平成一一年一月三一日までの事業年度における同社の実際所得金額が二億七六二八万五七二四円(別紙7の修正損益計算書参照)であったにもかかわらず、同年三月二六日、前記1の所轄渋谷税務署において、同税務署長に対し、所得金額が五二九一万一九二三円で、これに対する法人税額が五七六万七八〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書(同押号の3)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同社の上記事業年度における正規の法人税額八九五三万八一〇〇円と上記申告税額との差額八三七七万三〇〇円(別紙8のほ脱税額計算書参照)を免れた

第5  東京都豊島区雑司が谷<番地略>に居住する分離前の相被告人上山十郎(以下「上山」という)が、平成一〇年に自己所有の建物を借地権を設定して売却譲渡したことに関し、上山、戊沢、北野及び分離前の相被告人中川一郎と共謀の上、上山の平成一〇年分の所得税を免れようと企て、同建物の譲渡等について、架空の違約金を計上する方法により所得を秘匿した上、同年分の実際総所得金額が三四〇一万四六八七円で、分離課税による長期譲渡所得金額が八億五五一八万六四三六円(別紙9の所得金額総括表及び修正損益計算書参照)であったにもかかわらず、平成一一年三月一五日、同区西池袋<番地略>所轄豊島税務署において、同税務署長に対し、総所得金額が三四〇一万四六八七円で、分離課税による長期譲渡所得金額が四億一八〇八万八五六八円であり、これに対する所得税額が一億一一九四万九八〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(同押号の4)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、平成一〇年分の正規の所得税額二億二一二二万四三〇〇円と上記申告税額との差額一億九二七万四五〇〇円(別紙10のほ脱税額計算書参照)を免れた

第6  東京都渋谷区富ヶ谷<番地略>に居住し、他の納税義務者の法人税及び所得税等の申告納税手続等に関与するなどして上記納税義務者らから多額の謝礼金収入を得ていたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、謝礼金収入を除外する方法により所得を秘匿した上、平成一〇年分の実際総所得金額が一億一七〇五万四二六二円(別紙11の所得金額総括表及び修正損益計算書参照)であったにもかかわらず、平成一一年三月八日、前記第4の1の所轄渋谷税務署において、同税務署長に対し、平成一〇年分の総所得金額が四二六万円であり、これに対する所得税額は、源泉徴収税額を控除すると二万二五〇〇円の還付を受けることとなる旨の虚偽の所得税確定申告書(同押号の7)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額五一〇二万三五〇〇円と上記申告税額との差額のうちの正当所得税額五一〇二万三五〇〇円(別紙12のほ脱税額計算書参照)を免れた

ものである。

(証拠の標目)<省略>

(事実認定の補足説明)

第1  本件詐欺罪(判示第1の事実)について

1  弁護人の主張等

弁護人は、本件詐欺罪につき、被告人は戊沢五郎(以下「戊沢」という)らの指示で乙川二郎(以下「乙川」という)から五四〇万円を受領したにすぎず、同人からこれを騙し取る意図はなかったから、詐欺罪の故意はなく無罪であると主張し、被告人も、当公判廷において、概ね上記主張に沿う内容の供述をする。

2  当裁判所の判断

(1) 前掲関係証拠によれば、以下の外形的事実を認定できる。

ア 本件当時、被告人は、戊沢を中心として職業的に脱税工作を行ういわゆる脱税請負人グループのメンバーとして活動していた。

イ 平成八年七月ころ、乙川は、戊沢から××商事株式会社及び××住機株式会社(以下、合わせて「××商事等」という)の滞納税約二億円の納税につき、五〇〇〇万円を一括納付することで残額の納税が免除されるように工作するという話をもちかけられて、これを依頼し、成功報酬として四〇〇〇万円を支払うことを約束した。そして、そのころ、被告人は、戊沢から、乙川の上記依頼があったことを告げられるとともに、××商事等の滞納税額につき税務当局と減額交渉をすることを命じられた。

ウ 同月一八日、乙川は、下田の指示に従い、××商事等の滞納税額のうち五〇〇〇万円を納税したが、程なくして、戊沢から報酬金四〇〇〇万円の請求を受けた。乙川は戊沢の請求を受け入れたものの、当初の約束より早い段階で報酬を支払う話となったことから、戊沢に対し、××商事等について滞納法人税額が零円であることを証する納税証明書が欲しいと求めたところ、戊沢はこれを了承した。そして、そのころ、被告人は、戊沢から、××商事等の滞納法人税額が零円である旨の納税証明書を入手するよう命じられた。ところが、それから一か月くらい経っても納税証明書が入手できなかったため、乙川は被告人らに対して催促を繰り返した。

エ 同年八月ころ」ろ、被告人は、乙川に対し、同人が代表取締役を務める××商事等のグループ企業五社(西武××住機株式会社、東京××住機株式会社、東武××住機株式会社、中部××住機株式会社、近畿××住機株式会社。以下、「関連会社五社」という)が抱えていた滞納税の減額工作をサービスで引き受ける旨を申入れ、乙川はこれを受け入れた。

オ 同年九月上旬ころ、被告人は、××商事株式会社事務所の社長室において、乙川に対し、関連会社五社の滞納税については総額の三〇パーセントである五四〇万円を納税すれば残額は免除するということで国税局と話がついた旨説明した。その上で、同月一〇日に国税局で納税をするので資金を準備して来るようにと指示をすると、乙川はこれを了承した。

カ そのころ、被告人は、豊島税務署の現金領収印が押捺された関連会社五社宛の額面五四〇万円の領収証書を偽造した。

キ 同年九月一〇日、被告人は、東京国税局一階の喫茶店において、待ち合わせをしていた乙川らと会い、その場で同人から五四〇万円を受け取ると、「今から納税してきます。」なとど言ってその場を離れ、納付窓口のある同局三階に上がったが、納税はしなかった。被告人は、しばらくして上記喫茶店に戻ると、乙川に対し、前記カの偽造領収証書を交付して五四〇万円を納税したかのように装った。

ク 被告人は、その後、平成九年三月ころまでの間に、上記五四〇万円を飲食代、遊興費等として全額費消した。

以上によれば、被告人は、当初から、関連会社五社のために上記五四〇万円を納税する意思はなかったこと、そうであるにもかかわらず、乙川に対してその意思があるかのように装ったこと、さらに、乙川に対して五四〇万円を交付させる目的でかかる言動に及んだことなどが認められ、これらの事情に照らせば、被告人に詐欺罪の故意があったことは明らかである。

(2) なお、被告人は、捜査段階の取調べにおいて、「平成八年八月終わりころ、乙川から金を騙し取ってやろうと決めた」などと自白し、動機について、要旨、「戊沢は安請け合いをして仕事を引き受け、その後始末は被告人に押し付けたにもかかわらず、当然のように被告人に比して多くの報酬を取っていたため、戊沢に対しては腹立たしい気持ちがあり、『どうせ、戊沢だって、依頼者からお金を騙し取っているのだ。それなら、俺が嘘を言って乙川から金を騙し取ったとして、いいじゃないか。』と思った。また、当時、脱税請負グループの活動による収入の見込みがなく、金策の必要であった。」などと供述している。これら被告人の捜査段階の供述は、前記(1)記載の認定事実と整合する上、具体性があり、その信用性を認めることができ、被告人の詐欺の故意を裏付けるものである。

(3) 他方で、被告人は、公判廷において、「乙川に対し、関連会社五社の減税交渉をサービスで行う、あるいは、五四〇万円を納税すれば、残額が免除になるなどとは言ったことはない」と供述する。

しかし、乙川は、当公判廷において、前記(1)エオ記載の認定事実に沿う具体的な証言をしている。そして、同証言の内容は自然かつ合理的であり、信ぴょう性があって、高い信用性が認められる。

したがって、これに反する被告人の上記公判供述は信用できない。

また、弁護人は、被告人がかかる行為に及んだのは、戊沢らから指示されたためである旨主張をするが、前記第1の2(1)記載の一連の事実経過、とりわけ、被告人が前記領収証書を偽造した状況、被告人が本件犯行に及んだ動機、前記五四〇万円の使途などに照らせば、本件詐欺罪が被告人主体の犯行であることは明らかである

(4) 以上によれば、弁護人のその他の主張を考慮しても、被告人には詐欺罪の故意があり、判示第1記載の事実を優に認めることができる。

第2  本件有印公文書偽造・同行使罪(判示第2)について

1  弁護人の主張及び検察官の釈明

弁護人は、①被告人が甲山と共謀したのは、虚偽公文書作成の教唆であって、そのような認識は公文書偽造罪の故意とはいえない、②被告人の行為と、甲山が実現した結果との間には因果関係はなく、また、実現した因果の経過は被告人の予見を越えたものであるから、本件有印公文書偽造・同行使罪につき被告人は無罪であると主張する。

一方、検察官は、公判において、公訴事実中、被告人と甲山の共謀に関し、被告人の意思内容につき、「納税証明書の作成権限がある者をして虚偽の内容の納税証明書を作成させる」ということである旨釈明をした。

2  当裁判所の判断

(1) 判断の前提となる事実

前掲関係証拠によれば、前記第1の2(1)記載の事実に加え、以下の事実が明らかに認められる。

ア 乙川は、平成八年九月一〇日以降も、被告人らに対し、納税証明書の交付の催促を繰り返していたが、同年一二月三日、××商事株式会社が東京国税局から本社事務所の保証金の差押えを受けるに至り、直ちに戊沢に連絡を取り、同人に対し、一日も早く、遅くとも年内中に納税証明書が欲しいと要求した。

これを受けて戊沢は、被告人に対し、同年中に納税証明書を入手するように指示をした。

イ 被告人は、同月初めころ、甲山に対し「池袋に××商事という会社があって、そこの社長が金融機関から融資を受けるために滞納税額がないという内容の納税証明書が必要だと言ってるんですが、実際には、滞納があるんですよ。どうにかなりませんかね。」などと相談した。そこで、甲山は、所轄豊島税務署にそのような書類を報酬と引き替えに作成してくれそうな知人がいないか調べたが、適当な人物はいなかった。しかし、甲山は、いっそのこと納税証明書を偽造し、被告人から謝礼金を得ようと考え、被告人に対し、その情を秘したまま「昔の知り合いに頼んでみましょう。」などと、あたかも現役の国税職員に虚偽の内容の納税証明書を作成してもらえるかのように嘘を言った。

ウ 同月一二日ころ、甲山は、××商事等に係る数年分の正規の納税証明書と、代理人税理士西川七郎と署名押印したのみで他は空欄となっている納税証明書用紙数枚(以下「本件納税証明書用紙」という)を被告人から受け取った。なお、甲山は、これらの文書を利用して納税証明書を偽造する意図であったが、被告人に対してはその情を知らさなかった。

エ 同月一三日、甲山は、東京都大田区内にある印鑑屋に東京国税局長名の職印及び納税証明書の偽造に必要なゴム印二九個の作成を依頼し、同月一八日に、これらを受領すると、同月二五日ころ、恵比寿壱番館○○号室において、正規の納税証明書を参考に、本件納税証明書用紙に虚偽の内容を記入するなどして、判示のとおり、納税証明書六通を偽造した。その後、甲山は、同日ころ、上記偽造に係る納税証明書六通を被告人に手渡した。

オ 同月二六日、被告人は、判示のとおり、××商事株式会社の本社事務所において、乙川に対し、上記偽造納税証明書六通をあたかも真正なもののように装って交付した。

(2) 有印公文書偽造罪・同行使罪の成否

ア  前記第2の2(1)記載の認定事実によれば、被告人は、虚偽公文書作成・同行使罪を犯す意思で、情を通じた共犯者を介し、有印公文書偽造・同行使罪を実現したもので、内心の意図と結果との間に錯誤が認められる。このような場合に実現した結果について被告人が故意責任を負うかについて、当裁判所の判断を示す。

虚偽公文書作成罪と有印公文書偽造罪は、共に刑法の「文書偽造の罪」の章に規定され、いずれも公文書を客体とし、公文書に対する公共の信用を保護法益とする犯罪であり、その法定刑は全く同一に定められている上、両罪の実行行為は、公文書を不正に作出するという意味で、偽造として統一的に把握し得ることに鑑みると、両罪は別個の条文に規定されているとはいえ、その構成要件はその重要な部分で実質的に重なり合っているものとみるのが相当である。したがって、上記の錯誤によって、生じた結果である有印公文書偽造罪についての故意は阻却されないと解すべきである(最一小決昭和五四年三月二七日・刑集三三巻二号一四〇頁、最二小判昭和二三年一〇月二三日・刑集二巻一一号一三八六号参照)。また、虚偽公文書行使罪と偽造有印公文書行使罪との間でも、同様に解される。

したがって、本件有印公文書偽造罪及び同行使罪につき、被告人には故意が存すると認めることができる。

イ さらに、弁護人の主張に鑑み付言すると、上記偽造納税証明書は被告人の依頼によって作成されており、判示のとおり、被告人自ら同文書をあたかも真正な内容が記載されているかのように装って行使していること、甲山は、被告人からの報酬約束の下、内容虚偽の納税証明書の入手に応じ、被告人から受け取った正規の納税証明書及び本件納税証明書用紙を利用するなどして、被告人の求める内容の納税証明書を偽造したのであるから、被告人は、本件有印公文書偽造・同行使において重要な関与をしたものであって、共同正犯として本件結果についての刑事責任を負うことは明らかである。

(法令の適用)

罰条

判示第1の所為 刑法二四六条一項

判示第2の所為

各有印公文書偽造の点 いずれも、刑法六〇条、一五五条一項

各偽造有印公文書行使の点 いずれも、刑法六〇条、一五八条一項、一五五条一項

判示第3の所為 刑法六五条一項、六〇条、平成一〇年法律第二四号による改正前の所得税法二三八条一項、情状により所得税法二三八条二項

判示第4の1ないし3の各所為 いずれも、刑法六五条一項、六〇条、平成一二年法律第一四号による改正前の法人税法一五九条一項、情状により平成一三年法律第六号による改正前の法人税法一五九条二項

判示第5の所為 刑法六五条一項、六〇条、所得税法二三八条一項、情状により同条二項

判示第6の所為 所得税法二三八条一項、情状により同条二項

科刑上一罪の処理

判示第2の罪 刑法五四条一項前段、後段、一〇条(偽造有印公文書の一括行使は一個の行為が六個の罪名に触れる場合であり、有印公文書の各偽造とその各行使との間にはそれぞれ手段結果の関係があるので、一罪として犯情の最も重い××商事株式会社の平成七年三月期にかかる偽造有印公文書行使罪の刑で処断)

刑種の選択 判示第3ないし第6の各罪につきいずれも懲役刑及び罰金刑の併科

併合罪の処理 刑法四五条前段

懲役刑につき 刑法四七条本文、一〇条(最も重い判示第2の罪の刑に法定の加重)

懲役刑と罰金刑の併科 刑法四八条一項

罰金刑につき 刑法四八条二項(判示第3ないし第6の各罪の罰金額を合算)

未決勾留日数の算入 刑法二一条(懲役刑について)

労役場の留置 刑法一八条

没収 刑法一九条一項一号、二項本文(いずれも判示第2の偽造有印公文書行使の犯罪行為を組成した物で、何人の所有をも許さない)

訴訟費用 刑訴法一八一条一項ただし書

(量刑の理由)

本件は、いわゆる脱税請負人グループに属する被告人が、同グループの者や納税義務者らと共謀の上、依頼者二名につき、架空の経費を計上するなどして同人らの不動産譲渡所得を秘匿し、所得税を免れたという所得税法違反(判示第3及び第5)、及び、依頼会社三社につき、架空経費を計上するなどして所得を秘匿し、法人税を免れたという法人税法違反(判示第4の1ないし3。以下、上記所得税法違反と合わせて「本件脱税請負事案」という)、並びに、脱税請負行為等に対する謝礼金収入を除外するなどの方法で自己の所得を秘匿し、所得税を免れたという所得税法違反(判示第6)、滞納法人税額の減額を依頼してきた会社代表者に対し、滞納税額の一部を納税すれば残額が免除されるということで国税局と話がついたなどと言った上、一部納税を代行するかのように装って、五四〇万円を騙し取ったという詐欺(判示第1)、及び、本件脱税請負グループに滞納法人税額の減額を依頼してきた者に対し、国税局との交渉が成功したかのように装う目的で、元国税局職員である共犯者に内容虚偽の納税証明書を入手するように依頼したところ、これを引き受けた共犯者が納税証明書六通を自ら偽造し、これらを受け取った被告人が、上記依頼者に対し、上記偽造に係る納税証明書六通を一括行使したという有印公文書偽造・同行使(判示第2)である。

本件脱税請負事案は、いずれも戊沢を中心として職業的に脱税工作を行う脱税請負人グループによって敢行された組織的・常習的犯行の一環をなすものであり、申告納税制度の根底を揺るがす悪質なものである。しかも、そのほ脱税額の合計は、三億九〇〇〇万円余りにも及ぶ高額であり、いわゆるほ脱率も、法人税法違反については三社通算で約八一パーセントと高率で、所得税法違反についても約四九パーセント及び約七七パーセントと低くない。さらに、その脱税の手口も、法人税法違反については、架空のコンサルタント業務契約を締結したかのように装って架空の支払手数料を計上し、所得税法違反については、土地譲渡所得につき架空の仲介手数料等を計上し、あるいは、不動産売買契約の不履行により違約金が生じたかのように装って、架空の金銭債務を計上するという大胆なものである。加えて、被告人らは、本件脱請負事案において、報酬として納税義務者らから合計三億数千万円余りと多額の謝礼金を受け取っており、その犯情は悪質である。

被告人は、戊沢が脱税工作等を請け負って報酬を得ていることを知ると、自分は国税局の職員と懇意にしているなどと言って本件脱税請負グループに加わり、戊沢の手足として活動していたものであり、本件脱税請負事案においては、自ら国税局あるいは税務署に赴いて情報収集活動を行ったほか、架空領収証の作成に直接関与し、あるいは、同グループに属する税理士や税理士事務所職員に指示を与え、脱税額の試算や、内容虚偽の確定申告書等の作成をさせるなど、具体的な脱税工作において中心的役割を果たしており、このような行為によって被告人自身が利得した金額は九一〇〇万円余りと高額である。また、被告人が上記犯行に及んだ動機は、結局、報酬欲しさという利得目的であり、酌量の余地はない。加えて、被告人は、本件の脱税請負行為によって得た謝礼金を高額な生活費等に費消し、納税義務者らには一切返済していない。

また、被告人自身の所得税のほ脱事案も、そのほ脱額は五一〇〇万円余りと高額であり、ほ脱率は一〇〇パーセントと極めて高率である。しかも、ほ脱の動機は、所得取得の手段である脱税請負行為等を隠匿するとともに、自己の遊興費等を減らしたくなかったなどというもので、全く酌量の余地はない。また、本税及び附帯税はいずれも未納のままであり、被告人の経済状態に照らすと、今後も納付の見込みは乏しい。

次に、本件詐欺についてみると、被害額が五四〇万円と多額であるほか、その犯行態様は、あらかじめ税務署名義の現金領収印が押捺された虚偽の領収証書を準備した上、被害者を東京国税局まで呼びだし、税理士の立ち会いの下、現金を交付させたという、計画的かつ巧妙なものであり、犯情は悪質である。しかるに、被害弁償その他の措置は何ら講じられておらず、被害者は被告人を相応に処罰することを望んでいる。

さらに、本件有印公文書偽造・同行使罪も、納税義務者の財産状況等についての重要な証明手段としても用いられている納税証明書に対する社会的信用を損ねる悪質な行為である。かかる行為に及んだ動機は、本件脱税請負グループに滞納法人税額の減額を依頼してきた者に対し、あたかも国税局との交渉が成功したかのように装うとともに、納税証明書の入手を指示した戊沢に対する体面を保ちたいというもので、酌量の余地は全くない。

以上の諸事情に照らすと、被告人の刑事責任は重いというほかない。

他方で、本件脱税請負人グループのリーダーは戊沢であり、本件脱税請負事案においても、被告人は戊沢の指示に従って行動していたものであること、本件脱税請負事案及び自己の所得税法違反についてはすべての事実を認め、公判廷において各脱税について被告人なりに反省していること、これまで前科がないこと、友人が被告人の社会復帰後には就職活動の手伝いをする旨申し出ていることなど、被告人のために勘酌すべき事情も認められる。

以上の諸事情を総合考慮して、被告人を主文掲記の刑に処するのが相当であると判断した。

(裁判長裁判官・池田耕平、裁判官・中島経太、裁判官・富張邦夫)

別紙1〜12<省略>

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