東京地方裁判所 平成12年(合わ)420号 判決 2001年7月23日
主文
被告人を懲役一二年及び罰金三〇〇万円に処する。
未決勾留日数中二四〇日を右懲役刑に算入する。
右罰金を完納することができないときは、金一万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
東京地方検察庁で保管中の覚せい剤七袋(平成一三年東地領第一三七三号符号六〇、六五、六九、七三、七九、八四、八九号)を没収する。
被告人から金二〇万円を追徴する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、
第一 乙野二郎、丙原三郎、丁川四郎、戊岡五郎、己田六郎、庚畑七郎らと共謀の上、営利の目的で、みだりに、覚せい剤を本邦に輸入しようと企て、あらかじめ覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの結晶約29.475キログラム(平成一二年東地領第四七四一号の符号一ないし三〇号の一部は、その鑑定残量)を旅行用キャリーバッグ約六個内に分散して隠匿し、平成一二年八月三日、右旅行用キャリーバッグ約六個を機内預託手荷物あるいは携帯手荷物として携行し、中華人民共和国香港国際空港から、全日本空輸第九一〇便及び日本航空第七三二便に分散して搭乗し、同日、千葉県成田市所在の新東京国際空港に相次いで到着し、情を知らない同空港関係作業員らをして同航空機から機外に搬出させ、あるいは、携帯手荷物として携行したまま同航空機から降り立って本邦内に持ち込み、もって、覚せい剤を本邦に輸入するとともに、同日、右新東京国際空港内所在の東京税関成田税関支署入国旅具検査場において、携帯品検査を受けるに際し、右のとおり覚せい剤を隠匿・携帯しているにもかかわらず、同税関職員に対し、その事実を秘して申告しないまま同検査場を通過し、もって、関税定率法上の輸入禁制品である右覚せい剤を輸入した
第二 丙原三郎、丁川四郎らと共謀の上、営利の目的で、みだりに、覚せい剤を本邦に輸入しようと企て、あらかじめ覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン塩酸塩の白色結晶約6.44414キログラム(平成一三年東地領第一三七三号符号六〇、六五、六九、七三、七九、八四、八九号は、その鑑定残量)を高山茶等と表記の袋七袋に小分けし、これをソフトスーツケースに四袋、ビニール製手提げ袋に三袋とそれぞれ分散隠匿した上、平成一二年八月一八日(現地時間)、中華人民共和国香港国際空港において、キャセイパシフィック航空第五〇〇便に搭乗するに当たり、右ソフトスーツケースを同航空会社従業員に対し、千葉県成田市所在の新東京国際空港までの機内預託手荷物として運送委託し、更に右ビニール製手提げ袋を携帯して同便に搭乗し、同日午後八時三分ころ、同空港に到着し、右ソフトスーツケースを同空港に運送させた上、情を知らない同空港関係作業員らをして同航空機から機外に搬出させるとともに、右ビニール製手提げ袋を携帯したまま同航空機から降り立って本邦内に持ち込み、もって、覚せい剤を本邦に輸入するとともに、同日午後八時二〇分ころ、同空港内東京税関成田税関支署第一旅客ターミナルビル北棟旅具検査場において、携帯品検査を受けるに際し、右のとおり覚せい剤を隠匿・携帯しているにもかかわらず、同支署税関職員に対し、その事実を秘して申告しないまま同検査場を通過して関税定率法上の輸入禁制品である覚せい剤を輸入しようとしたが、同支署税関職員に発見されたため、その目的を遂げなかったものである。
(証拠の標目)<省略>
(事実認定の補足説明)
一 弁護人は、第一、第二の事実のうち、覚せい剤取締法違反については、被告人は、携行した荷物の中身が覚せい剤であると認識していなかったから、覚せい剤輸入の故意を欠き、無罪であり、また、関税法違反については、本件第一の禁制品輸入において共犯とされている他の運び屋が何をどのくらい輸入したかについて認識していなかったものであるから、被告人が輸入した量についてのみ責任を負うべきであると主張し、被告人もこれに沿う供述をするので、検討する。
二 関係各証拠によれば、以下の各事実は、特に争いがないか、容易にこれを認定することができる。
1 丙原三郎(以下、「丙原」という。)及び丁川四郎(以下、「丁川」という。)は、乙野二郎(以下、「乙野」という。)、戊岡五郎(以下、「戊岡」という。)、己田六郎(以下、「己田」という。)、庚畑七郎(以下、「庚畑」という。)、辛町八郎(以下、「辛町」という。)らに覚せい剤運搬の指示を与え、中華人民共和国(以下、「中国」という。)から香港を経由して日本に覚せい剤を密輸入していた。被告人は、友人の丁川を通して丙原と知り合い、平成一二年三月ないし四月ころ(以下、日にちについては特に記載のない限り、平成一二年である。)、両名から、日本に荷物を運んでもらいたい、うまく日本に運べたら一回当たり一五万円から二〇万円の報酬を払うし、日本に行く飛行機代やホテル代も負担するなどと言われて、日本への荷物運搬を誘われ、四月一一日、日本まで荷物を運ぶ経路や税関検査の様子を確認するため、丙原、丁川及び戊岡と共に香港国際空港から日本航空の第七三〇便で千葉県成田市所在の新東京国際空港(以下、「成田空港」という。)に行き、荷物を持っていた戊岡が無事税関を通過するのを自分の目で確かめたことなどから、その後、丙原や丁川らの誘いを引き受けることとした。
2 被告人は、丙原や丁川の指示を受け、六月三日、同月二二日、七月一六日、同月二七日の四回にわたり、日本に荷物を運び、その都度二〇万円程度の報酬を得た。被告人が日本に荷物を運んでくる際には、乙野、庚畑、己田、丁川、丙原らも、同じ航空便あるいは同日の別の航空便で来日していた。すなわち、六月三日には、丙原、乙野が被告人と同便で、庚畑は別便で来日し、同月二二日には丁川、戊岡が被告人と同便で、乙野は別便で来日し、七月一六日には丁川、乙野、戊岡、己田、庚畑が被告人と同便で来日し、同月二七日にも同じく、丙原、戊岡、庚畑の全員が被告人と同便で来日した。
3 被告人らの日本への荷物の運搬は、丙原又は丁川からの連絡で、被告人ら運び屋が中国国内のホテル等に集められ、丙原又は丁川から菓子箱やお茶箱の荷物を渡され、搭乗すべき航空機や荷物を運んで宿泊すべき日本国内のホテルの指示を受け、別々に香港国際空港から飛行機で成田空港に到着し、税関等を通過して指定のホテルに行き、ホテル内で菓子箱等の荷物を丁川らに渡すというやり方で行われていた。また、丙原からは、被告人ら運び屋に対し、飛行機への搭乗手続は、機内で座席が離れるようにバラバラにチェックインすること、成田空港での税関検査はバラバラに受けること、成田空港からリムジンバスに乗るときはバラバラになって乗車すること、ホテルに泊まるときにもバラバラにチェックインすること、運び屋同士で言葉は交わさないことなどの注意がされていた。
4 被告人は、八月一日ころ、丁川から同月三日に日本に荷物を運ぶ旨の連絡を受けてこれを引き受け、同月二日ころ、台湾から香港を経由して中国に行き、中国国内のレストランで、丁川、庚畑、戊岡、己田と会い、その席で、丁川から、被告人、戊岡及び己田が日本航空の第七三二便で日本に行くように指示され、庚畑及び乙野は丁川と一緒に全日空便で日本に行く旨の説明を受けた。被告人は、同月三日、庚畑とともに、日本に持っていく荷物として、免税店のビニール製の手提げ袋を一袋ずつ丁川から渡された。その袋の中には、数個のお茶箱が入っていた。
他方、乙野は、同日、丙原及び丁川からの連絡を受けて判示第一の覚せい剤密輸入の運搬を引き受け、丁川が宿泊していた中国国内のホテルに赴き、丁川から、覚せい剤が隠匿された菓子を詰めた箱の入った免税店の袋を受け取った。
5 八月三日、被告人は、戊岡、己田とともに、中国国内のホテルを出発し、船で香港に向かい、香港国際空港で旅行会社の人から日本までの航空チケットを受け取り、飛行機内での座席が近くならないよう、戊岡、己田よりも遅れて搭乗手続をして、日本航空第七三二便で香港を出発し、同日午後八時一六分ころ、成田空港に到着した。他方、乙野、丁川、庚畑も同日ころ、被告人が使用した港とは別の港から香港に向かい、香港国際空港で全日空第九一〇便に搭乗して香港を出発し、同日午後八時二五分ころ、成田空港に到着した。
被告人らの機内預託手荷物は、被告人が一個一四キログラム、戊岡が一個一一キログラム、己田が一個一四キログラム、乙野が一個一二キログラム、庚畑が一個一四キログラムであり、丁川には預託手荷物はなかった。
6 被告人は、成田空港に到着後、他の運び屋らとバラバラではあるが同じリムジンバスに乗り込み、東京都新宿区西新宿<番地略>ホテル○○に赴き、乙野及び丁川とともに同日午後一〇時四〇分前後にチェックイン手続を済ませ、丁川がa号室、被告人、庚畑の二名がb号室、乙野、戊岡、己田の三名がc号室を使用することになった。
被告人は、一旦自分の部屋に入った後、丁川からの指示に基づき、免税店の袋に入ったお茶箱を持ってc号室に向かい、同室でこれを丁川に渡した。同様に、その他の運び屋も、各自が運び込んだ覚せい剤が隠匿された菓子箱あるいはお茶箱をc号室に持ち寄った。その後、丁川は、同室において、菓子箱やお茶箱から覚せい剤を取り出し、これをチャック付きビニール袋に移し替える作業を行い、ビニール袋に移し替えられた覚せい剤を乙野の黒色キャリーバッグに詰めるなどしてa号室に持ち帰った。
被告人は、同日、丁川から荷物を運搬した報酬として二〇万円を受け取った。
7 他方、甲山一郎(以下、「甲山」という。)は、密輸入された覚せい剤を丙原らから受領して運搬していたものであるが、八月四日早朝、ホテル○○a号室に赴き、同所において、丁川から覚せい剤の入った黒色及び紺色の二個のキャリーバッグを受け取り、同室を出た。
甲山は、当時利用していた新宿区大久保所在のメゾン△△d号室に戻ると、受け取った三一袋くらいの覚せい剤を一袋当たり一キログラムの重さに調整する作業を行ったが、甲山の計量によれば、右覚せい剤は29.475キログラムであったため、足りない分を同所に保管してあった覚せい剤を使って継ぎ足し、覚せい剤一キログラム入りのビニール袋を三〇袋作った。
甲山は、右三〇袋の覚せい剤のうち二一袋を黒色キャリーバッグ及び紙袋に入れ、八月四日午前一一時五五分ころ、これを持ってメゾン△△d号室を出たが、甲山の行動確認を行っていた警察官から職務質問を受け、右バッグ及び紙袋内から覚せい剤20.9947キログラムを発見され、覚せい剤所持の現行犯人として逮捕された。その後、メゾン△△d号室の捜索により、同室内から残り九袋のビニール袋入り覚せい剤を含む覚せい剤10.605033キログラムが発見された(前記のとおり、他の覚せい剤を使って継ぎ足したため、押収されたどの袋の覚せい剤が第一の輸入にかかる覚せい剤であるのかの特定はできない。)。
8 八月五日、被告人、戊岡、己田、乙野、庚畑、丁川ら六名のうち、被告人、戊岡、己田の三名が日本航空第七三一便に、乙野と庚畑が全日空第九〇九便に搭乗して本邦を出国して香港国際空港に向かい、その後、被告人は、台湾に帰った。
9 被告人は、丙原から日本に荷物を運ぶ旨の連絡を受け、八月一七日ころ、中国国内のホテルに行き、そこで丙原、丁川、乙野、戊岡、庚畑、辛町と会い、丙原から免税店の袋に入ったお茶箱六箱を受け取り、丙原から、庚畑と一緒に右翌日これを持って日本に行き、□□ホテルに宿泊するよう指示された。
被告人は、八月一八日、右お茶箱六箱のうち三箱をソフトスーツケースに、三箱をビニール製手提げ袋に分けて所持し、庚畑と一緒に香港国際空港に向かい、同空港で右ソフトスーツケースを機内預託手荷物とし、右ビニール製手提げ袋を自ら携帯して、キャセイパシフィック航空第五〇〇便に搭乗し、同日午後八時三分ころ成田空港に到着した。
10 被告人は、同日午後八時二〇分ころ、成田空港内の税関において、職員から申告物件の有無について質問された際、英語でノーと返答し、右ビニール製手提げ袋上部に置かれていたセカンドバッグ一個を取り出した。そして、ビニール製手提げ袋の中のお茶箱を認めた職員が、右お茶箱を確認しようとするや、被告人は、あわててセカンドバッグを右袋に戻し、税関の検査台から持ち去ろうとした。右職員は、これを制止し、お茶箱二箱を計量すると、それらは同一のデザインの箱であったにもかかわらず重量に差があったことから、被告人に疑いを強め、箱の開披を求めたところ、被告人はこれはお茶であるとして開披を拒否したが、その際被告人の足は小刻みに震えていた。被告人は、その後エックス線検査には応じたものの、なお開披は拒否し、同日午後九時一〇分ころ、別室へと移動し、同所において所持品検査を受けた際も、お茶箱のうち一つは預かりで他は自分で買ったなどと述べ、開披を拒否し続けた。しかし、同月一九日午前二時二六分ころ、捜索差押許可状を提示されると、突然、友人と弁護士を呼べと興奮した口調で話した。捜索の結果、お茶箱六箱の中から次々と白色結晶状の物件が発見され、試薬試験の結果、覚せい剤反応を示したため、同日午前四時一分、被告人は覚せい剤輸入及び禁制品輸入未遂の罪で緊急逮捕された。なお、発見された覚せい剤の重量は、6.44414キログラムであった。
八月一八日には、被告人の他に、庚畑が被告人と同じ便で来日し、丙原、戊岡、辛町の三名が日本航空第七三二便で来日しており、八月一九日には乙野がキャセイパシフィック航空第五〇四便で成田空港に到着したが、乙野は、税関検査で覚せい剤を発見されて逮捕された。
三 被告人の覚せい剤の認識について
1 まず、前記二で認定した、被告人が丙原や丁川の誘いを受けて日本に荷物を運び始め、これを繰り返した経緯、回数、方法、丙原や丁川が被告人ら運び屋に話した内容、被告人の得た報酬の額、被告人や他の関係者らの日本への渡航状況と日本での宿泊状況、八月一八日の被告人の行動状況、特に成田空港での行動と税関での検査に対する対応と逮捕されるまでの被告人の言動などの各事実に、被告人が少なくとも荷物の中に違法な薬物が入っていることは認識していた旨公判廷でも認めていることや被告人と同様に運び屋をしていた乙野自身が荷物の中身が覚せい剤であることを知っていたことも併せ考えると、被告人の弁解が成り立つなど特段の事情がない限り、被告人が、判示第一及び第二の事件当時、自らを含め運び屋らが運搬している荷物の中に相応量の覚せい剤が隠匿されていることを知っていたと推認しても特に不合理不自然ではない。
2 また、被告人は、捜査段階では、自己が運搬して輸入した荷物の中に覚せい剤が隠匿されていたことを認めている。
(一) 具体的に、捜査段階における各調書において、被告人が覚せい剤であるとの認識について述べる主要な部分は、大要、以下のとおりである。
まず、判示第二の密輸入の捜査段階で作成された供述調書では、「壬島からの仕事を引き受ける前後に、壬島から荷物の中のものについては台湾での覚せい剤つまり快楽丸、揺頭丸であるということを教えてもらっています。だから、私は今回日本に持ってきたものが、覚せい剤であることは知っていたのです。」(千葉乙一、同旨千葉乙一五)「私は、これまでの取調べで、お茶の袋の中に覚せい剤が入っていたとは知らなかったと話してきましたが、これは嘘であります。最初からお茶の袋の中に覚せい剤が入っていることは、わかっておりました。(中略)私はお茶の袋の中には、台湾でいう覚せい剤、つまり快楽丸、揺頭丸が入っていると思いました。」(千葉乙三)「私の受け取ったお茶の箱は、明らかにお茶より重いものであることがわかりました。私は以前壬島という今回の依頼人から日本に運ぶものは骨董品か快楽丸のようなものという話を聞いていたし、受け取ったお茶の箱の大きさから今回のものは骨董品ではないということがわかりました。だから、私は、今回日本に密輸入するものは、台湾でいう覚せい剤、つまり快楽丸や揺頭丸だと思ったのです。」(千葉乙七)「台湾で言う快楽丸は、すなわち覚せい剤のことであり、台湾で使ったり、輸入したりすることが違法であることは分かっており、日本でも刑罰の重い軽いの違いはあるもののやはりそれを使ったり、輸入したりすることが法律に違反するだろうことは分かっていました。」(千葉乙一六)「丙原さんの指示の下、私達運び屋は免税袋に入った茶箱を渡されました。その茶箱の中に「アンフェタミン」が入っているだろうことは分かっていました。」(千葉乙一七)などとされている。
次に、判示第一の密輸入の捜査段階で作成された供述調書では、「私が日本に荷物を最初に持ってきたのは、確か六月三日のことでしたが、そのとき丁川から荷物を受け取る際に、この荷物の中身は興奮剤だという説明を受けました。私は、興奮剤つまりアンフェタミンを見たことはありませんでしたが、興奮剤を使うと目が冴えて体が元気になり、気分が良くなるという話を聞いたことがありました。もちろん興奮剤を使いすぎると体に悪いということも聞いたことがありましたが、例えば幻覚が見えるなどの具体的な副作用については聞いたことがないので分かりませんでした。」(乙四)、「私が一番最初に荷物を日本に持ってくるために丁川から荷物を渡されたのですが、そのときに丁川から実はこの荷物の中身は興奮剤だと教えられたのです。興奮剤という薬は、使うと目が冴えて元気になったり、気分がよくなってくるという話しや使いすぎると体に悪いという話も聞いたことがありました。(中略)私は、それまでに四回興奮剤の隠されたお菓子の箱やお茶の箱を東莞付近で受け取って、それを香港経由で日本まで運んでいましたから今回も今までと同じように中にアンフェタミンが隠された荷物を東莞付近で受け取ってそれを香港まで持っていって、更に飛行機で日本まで持ち込んで、その荷物を新宿にあるホテルまで持っていき、そこで丙原か丁川に荷物を渡して、その後でいつものように報酬を貰えるのだろうと、丁川から電話を受けたときに思いました。」(乙五)、「今年の六月三日に丁川から菓子箱の包みを渡されたときに、荷物の中身は興奮剤だということを言われ、それ以降八月中旬に逮捕されるまでの間、六回に渡って中に興奮剤つまり覚せい剤が入っているということを承知の上でお菓子の箱やお茶の箱を中国大陸の東莞付近から香港を経由して日本まで持ち込みました。」(乙六)などとされている。
(二) 右のとおり、被告人は、判示第二の密輸入について逮捕された当初を除き、いったん自白に転じてからは、一貫して、輸入した荷物の中身が覚せい剤であることを認めている上、その内容も具体的で、前記二で認定した各事実に照らして自然であり、同じ運び屋をしていた乙野の公判廷での供述とも符合するもので、十分これを信用することができ、これらの供述からすると、被告人が、輸入した荷物の中に覚せい剤が入っているとの認識を有していたと認めることができる。
また、被告人の捜査段階における各供述調書の信用性に特段疑問を抱かせるような事情はなく、覚せい剤との認識について、捜査官の誘導がなされたことを窺わせるような事情も認められない(なお、右各調書の任意性も肯定することができる。)。
(三) これに対し、被告人は、公判廷において、運搬してきた荷物の中身が覚せい剤であることは知らなかった旨供述した上、前記のような捜査段階における各供述調書は、被告人が、運んできたものは快楽丸や揺頭丸のような興奮剤であると供述したにもかかわらず、捜査官がこれらを覚せい剤と誤解したために、そのような内容になったものであるとか通訳が不十分であったなどと供述する。しかし、この供述は、次の諸点から到底信用することはできない。
(1) まず、捜査段階における各供述調書では、先に見たとおり、運んできたものが快楽丸や揺頭丸、あるいは興奮剤であるとの供述とともに、それらが覚せい剤と同一のものであるとの供述がなされているか、又は、覚せい剤との同一性を前提としたものとなっている。そして、被告人が、運んできた荷物について、快楽丸や揺頭丸、あるいは興奮剤という呼称を使っているのであれば、被告人が覚せい剤輸入の罪で逮捕され取調べを受けている以上、必ず、捜査官との間で快楽丸や揺頭丸を含む興奮剤とは何かという点やそれらと覚せい剤との同一性について問答がなされるはずである。また、被告人は、台湾における報道等で快楽丸や揺頭丸が錠剤であること、一方、覚せい剤が白色結晶状のものであることを知っていたと供述するが、そうだとすれば、成田空港の税関において荷物を開披された際、お茶箱の中に入っていた白色結晶を目前にしているのであるから、当然自分の運んできた荷物が覚せい剤ではないかとの疑念を抱くはずであり、被告人自身公判廷において、「テレビで見た白い粉末と私のこの白い粉末、本当に成分が一緒かどうか、あるいは違うかというような考えは持ってました。」と述べていることからすれば、被告人としては、捜査官との問答において、自分は荷物の中に興奮剤が入っていると考えていて、覚せい剤が入っているとは考えていなかったとか自分の述べる興奮剤は覚せい剤ではないと主張するはずであるし、供述調書の読み聞けを受けた際にも、興奮剤は覚せい剤と同一のものであるとの前提で作成された、これらの調書の記載について訂正を申し立てるはずである。しかしながら、調書にはそのような問答がなされた旨の記載や、訂正が申し立てられた旨の記載はなく、被告人がそうした主張や申立てをした事情も窺うことができない。
(2) 日本人の通訳人の言葉は、概要は分かるものの、詳細な部分までは理解することができなかったため、読み聞けの際にも先のような誤りを訂正することができずに、調書に署名指印してしまったなどと弁解する点については、日本人ではないネイティブの通訳人が付されて作成されたと推認される供述調書(乙五、六、千葉乙一五、一六)においても、前記のとおり快楽丸や揺頭丸を含む興奮剤と覚せい剤は同じものであるとの明示的な供述内容の調書が作成されているのに、この点について問答がなされた旨の記載や訂正が申し立てられた旨の記載はないし、また、乙五のみならず、日本人の通訳の付された乙四において、被告人が運搬した物として、興奮剤という言葉のほかに、台湾において覚せい剤を意味すると被告人が述べる「アンフェタミン」という言葉も使われているのであって、右にみた各供述記載内容からすれば、「覚せい剤」という日本語の意味内容を正確に通訳されたものと推認され、被告人がその意味内容を正確に理解できなかったとは考えられない。
(3) さらに、検察官調書(乙六)には、「興奮剤というのはテレビで映し出されたのを見たことがあり、小さなビニール袋に入った白い粉末や結晶であると以前から分かっていました。そして、興奮剤を使う方法については、火で炙って煙を吸うのだと以前から聞いて知っていました。」との供述記載があるところ、単純に興奮剤と覚せい剤は同一のものであるというにとどまらず、このような形状や使用方法について具体的に供述した上、興奮剤と覚せい剤との同一性を示す供述内容は、捜査官が興奮剤を覚せい剤であると誤解したとの被告人の弁解によっては、到底説明できないものであって、むしろ、被告人が覚せい剤の意味を理解し興奮剤を覚せい剤であると認識した上で供述がなされたことを推認させるものである。
(4) 加えて、被告人自身、公判廷において、判示第二の密輸入で逮捕されて一週間か二週間かしたころ、自分が運んできた物の鑑定結果について説明を受けた際、輸入してきた物が台湾でいうアンフェタミン、覚せい剤であると分かった、それ以降は、覚せい剤という言葉がアンフェタミンを意味することを理解した上で供述したとも述べ、自己の弁解と矛盾する供述もしている。
3 以上の検討によると、信用性の認められる被告人の捜査段階の供述調書と前記二で認定した各事実等から、被告人は、本件各密輸入時において、被告人らが運搬して密輸する荷物の中身が覚せい剤であるとの認識を有していたと認定することができる。
四 判示第一の密輸入に関し共同正犯が成立する範囲について
弁護人は、判示第一の密輸入に関し、被告人は、他の運び屋が何をどのくらいの量運んだか知らないから、被告人自身が輸入した量に限って責任を負うべきであると主張する。
しかしながら、前記二で認定した各事実、特に、判示第一の密輸前に被告人らが行っていた覚せい剤密輸の方法や丙原らからの指示内容、被告人、丁川、戊岡、己田、庚畑の渡航状況、八月二日に被告人、戊岡、己田、庚畑同席の上、丁川から指示された内容、八月三日の日本への渡航状況、日本での宿泊状況及び宿泊ホテルでの被告人らの行動等に照らせば、被告人や乙野を含めた運び屋全員が、丙原や丁川の指示による判示第一の覚せい剤の密輸入の全体計画と運び屋としてのそれぞれの役割を認識の上、丙原や丁川による具体的な密輸に向けた指示の下、覚せい剤密輸グループの一員として、判示第一の覚せい剤を分散所持してわが国に搬入したものと評価することができ、被告人は、丙原及び丁川やその他の運び屋と一体となって、本件第一の覚せい剤の密輸入を遂行したと認められ、判示第一の密輸入全体についての共同正犯と認めることができる。被告人が、自分が実際に輸入した量以外についても、責任を負うのは当然である。
五 よって、弁護人の主張は、いずれも採用できない。
(法令の適用)
罰条
第一の行為
営利の目的で覚せい剤を輸入した点
刑法六〇条、覚せい剤取締法四一条二項、一項
輸入禁制品である覚せい剤を輸入した点
刑法六〇条、関税法一〇九条一項、関税定率法二一条一項一号
第二の行為
営利の目的で覚せい剤を輸入した点
刑法六〇条、覚せい剤取締法四一条二項、一項
輸入禁制品である覚せい剤を輸入しようとした点
刑法六〇条、関税法一〇九条三項、一項、関税定率法二一条一項一号
科刑上一罪の処理(観念的競合)
第一及び第二の罪
刑法五四条一項前段、一〇条(いずれも重い覚せい剤取締法違反の罪の刑で処断)
刑種の選択
第一及び第二の罪
いずれも情状により所定刑中有期懲役刑及び罰金刑を選択
併合罪の処理
刑法四五条前段
懲役刑について、同法四七条本文、一〇条(犯情の重い第一の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重)
罰金刑について、同法四八条二項
未決勾留日数の算入
刑法二一条(二四〇日を懲役刑に算入)
労役場留置
刑法一八条(金一万円を一日に換算)
没収
第二の罪
覚せい剤取締法四一条の八第一項本文
追徴
第一の罪
国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律一一条一項一号、一三条一項前段
訴訟費用不負担
刑事訴訟法一八一条一項ただし書
(判示第一の輸入の罪にかかる覚せい剤の没収に代わる追徴について)
関税法一一八条一項、二項によると、密輸にかかる覚せい剤は没収し、これを没収することができないときには、当該犯罪の行われた時の価格に相当する金額を犯人から追徴するとされているところ、判示第一の罪によって密輸された覚せい剤約29.475キログラムは、(事実認定の補足説明)の二で認定したとおり、捜査機関によって押収され、本件の審理においてもその取調べを終え、東京地方検察庁で保管されているものではあるが(平成一二年東地領第四七四一号の符号一ないし三〇号の一部が、その鑑定残量)、前記のとおり、他の覚せい剤との混同が生じており、押収にかかる覚せい剤のうちどの部分が本件第一の輸入の罪にかかる覚せい剤であるのかその特定が不可能であるから、結局、本件の手続でこれを被告人から没収することはできず、そうすると、形式的には、関税法一一八条二項にいう「没収することができない」場合に該当するものとして、判示第一の輸入の罪にかかる覚せい剤の価格に相当する金額を被告人から追徴することが必要になるとも考えられる。
しかしながら、本件においては、関係証拠(起訴状謄本[甲一五三]、第一回公判調書(手続)抄本[甲一五四]等)によると、判示第一の輸入の罪にかかる覚せい剤全てを含む覚せい剤を所持していた甲山一郎は、覚せい剤取締法違反の罪(覚せい剤の営利目的所持の罪。東京地方裁判所平成一二年合(わ)第三六〇号)で起訴され、自らの公判手続でもその犯罪事実を自認していることが認められ、こうした事情からすると、判示第一の輸入の罪にかかる覚せい剤全てを含めて甲山一郎が所持していた覚せい剤については、甲山一郎に対する覚せい剤取締法違反の罪の裁判において、没収の言渡しがされ(覚せい剤取締法四一条の八第一項本文)、いずれ国庫に帰属することが確実であると見込まれ、このような場合にも、なお被告人から判示第一の輸入の罪にかかる覚せい剤の価格に相当する金額を追徴することが必要かが問題となる。
ところで、関税法における没収・追徴の趣旨は、犯人の手に不正の利益を留めずこれを剥奪しようとするだけではなく、国家が、関税法に違反して輸入された貨物又はこれに代わるべき価格が犯人の手に存在することを禁止し、没収できない場合にはその価額を犯人連帯の責任において納付させ、密輸入の取り締まりを厳しく励行しようとしたものと解すべきであるが(最判昭和三三年三月一三日刑集一二巻三号五二七頁、最判昭和三五年一〇月一一日刑集一四巻一二号一五四四頁等参照)、没収の裁判が、当該物の所有権を剥奪して国庫に帰属させ没収の裁判を受けた者に対してだけでなく対世的な効力を有することからすると、没収の裁判が確定して当該物の所有権が国庫に帰属した後には、同一の物について、他の犯人から重ねて没収することはできないと解されるし(東京高判昭和三六年二月一四日高刑集一四巻二号六三頁等)、追徴が、没収すべきであるのに没収できないときに没収に代えて行われる没収に対する補充的なものと考えられることからすると、既に他の犯人等から没収されたことによって重ねて没収できないときには、関税法一一八条二項にいう「没収することができない」場合に該当するものとして追徴することもできないと解される(最判昭和三六年一二月一四日刑集一五巻一一号一八四五頁、前記東京高判等参照)。すなわち、関税法における没収・追徴については、既に同一の犯罪貨物等について関係者(共犯かどうかを問わない。)の一人について没収の裁判が確定し、これらが国庫に帰属した場合、他の関係者に対し、重ねて没収又は没収に代わる追徴の言渡しをすることはできないと解するのが相当である。
こうした考え方に立ち、さらに進んで、いまだ没収の裁判は確定していないが、いずれ関係者に対し当該犯罪貨物の没収の言渡しがされて捜査機関等に保管されている当該犯罪貨物が確実に国庫帰属することが見込まれる場合について考えてみると、没収については、その要件を満たす限り、本来没収の裁判によって国庫に帰属することになるべき物が没収されるだけで、どの被告人の裁判の手続で誰から没収がなされても特段問題は生じず、没収の裁判を行うのが当然であるのに対し、追徴については、没収に対する追徴の補充性の観点からは、当該犯罪貨物がいずれ確実に没収されることによって関税法が定めている目的は十分に達成されると言うことができ、これに加えて他の関係者に対し、先行的とはいえ没収に代わる追徴の言渡しをする必要性は乏しいし、また、追徴の言渡しを受けた犯則者については、追徴にかかる金銭債務を負担することになるものの、他の関係者に対する没収の裁判が確定した場合には、その確定とともに捜査機関に保管されている当該犯罪貨物の所有権が国庫に帰属する以上、その後右追徴の裁判の執行をすることは相当とはいえず、その執行の面で困難な事態が生じたり、仮にその執行を行った場合にはその事後措置について難しい問題が起きることも予想され、結局、結果として追徴の没収に対する補充的役割に反することになることも考えられ、いずれ確実に見込まれる没収に先だってその没収に代わる追徴の裁判をすることは相当とは言い難い。
このように考えると、本件のように、関税法違反に問われている犯罪貨物が捜査機関に押収され、その物については、別件でも起訴されて、その裁判で当該貨物が没収されいずれ国庫に帰属することが確実に見込まれる場合には、混同等の状況が生じたために本件の手続では当該貨物を没収できないからといって、没収に代わる追徴を行うのが必要的であると解するのは相当ではなく、右のような場合には、追徴の言渡しをしないことができると解するのが合理的である。
以上の次第で、本件においては、被告人に対して、輸入にかかる覚せい剤に関して没収に代わる追徴の言渡しをしないことにした(なお、関税法による没収・追徴については、以上のとおりであるが、被告人自身が得た利益について、国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律の規定によって追徴できることは当然である。)。
(量刑の理由)
一 本件は、被告人が、共犯者とともに、営利の目的で、中国から香港を経由して本邦に覚せい剤を密輸入し(判示第一の事実)、さらに、同様に本邦に覚せい剤を密輸入しようとしたが、税関において荷物内に覚せい剤が隠匿されていることを看破された(判示第二の事実)という事案である。
二 被告人らが輸入した覚せい剤の量は、それぞれ、29.475キログラム、6.44414キログラムと多量であり、これが小売りされ国内に流通した場合、わが国の社会全体に大きな害悪を及ぼしたことは想像に難くない。また、輸入の態様についてみても、覚せい剤を固めてビニール袋で包んだものを、さらにパイ生地で包んで、パイ菓子を装ったり、お茶の袋の中に覚せい剤を詰めるなど、非常に巧妙に覚せい剤を隠匿した上、一斉摘発を免れるため、複数の運び屋がこれらを分散所持し、別々の航空便に搭乗するなどしてわが国に密輸しており、計画的・組織的な犯行ということができる。こうした覚せい剤の量や犯行態様と巨額の利益を上げるために行われた事犯であることからすると、本件は、その犯行自体誠に悪質かつ重大な犯罪といわなければならない。
そして、被告人は、こうした重大犯罪において、現に覚せい剤をわが国に運び込む実行行為を担当したものであって、その果たした役割は本件各犯行に不可欠で大きいものである。しかも、被告人の供述するところによれば、被告人は、丙原及び丁川から誘われ、報酬を得るため運び屋として覚せい剤の密輸入に加担するようになり、平成一二年六月以降のわずか二か月半の間に、本件各犯行を含め六回も同様の行為に及んでいるというのである。また、その動機は、報酬を得る目的であって、酌量すべき余地はなく、自己が輸入した覚せい剤が日本国民の健康を蝕むなどの様々な害悪をもたらすことを顧みない自己中心的な姿勢は厳しく非難されるべきである。それにもかかわらず、被告人は、輸入してきた荷物の中身が覚せい剤であることは知らなかったなどと不合理な弁解を繰り返し、自己の刑責を免れようとしているのであって、反省の態度を認めることはできない。
三 これらの事情に照らすと、幸いにも、第一の犯行にかかる覚せい剤については、これを所持していた関係者が逮捕されたことにより、また、第二の犯行においては、税関で発覚したため、被告人が運搬してきた覚せい剤の拡散はいずれも避けられたこと、被告人は丙原及び丁川の指示に従い、覚せい剤を運搬したもので、本件犯行において主導的役割を果たしたものではないこと、本邦における前科はないこと、台湾には被告人の家族がいることなど被告人のために酌むべき事情も認められるが、これらの事情を考慮しても、本件事案の重大性、悪質性に鑑みれば、主文の刑は免れないというべきである。
よって、主文のとおり判決する。
(求刑 懲役一六年、罰金三〇〇万円、判示第二の罪にかかる覚せい剤の没収)
(裁判長裁判官・安井久治、裁判官・宮武芳、裁判官・鎌倉正和)