東京地方裁判所 平成12年(合わ)56号 判決 2000年7月04日
主文
被告人を懲役三年以上五年以下に処する。
未決勾留日数中八〇日を右刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
少年である被告人は、
第一 金員窃取の目的で、平成一一年二月一八日午前二時三〇分ころ、茨城県稲敷郡《番地省略》所在のB方居宅に一階便所の無旋錠の高窓から侵入し、同所において、C外一名所有に係る現金合計約八万三〇〇〇円を窃取した。
第二 Dこと自称E、F外氏名不詳者数名らと共謀の上、同年一二月五日午前四時四〇分ころ、埼玉県蕨市《番地省略》所在のA野マンション一号棟四一二号室の被告人方居室において、自称E、Fらが略取してきたG(当時三六歳)に対し、自称Eらが、Gの目と口に粘着テープを巻き付け、両手両足をネクタイで縛った上、同人を殴るなどの暴行を加えるなどし、被告人らがGを監視するなどして、同人が同室から脱出するのを不能にし、さらに、同日午前一一時ころ、自称Eらにおいて、Gを同室から連れ出し、自称Eが呼び出したHが運転する普通乗用自動車後部座席にGを乗車させ、両脇から同人を挟んで座りその脱出を不能にするとともに、同人の両眼に粘着テープを貼り付けた状態で同車を発進させ、同日午後六時三〇分ころ、同県東松山市本町二丁目一〇番二七号所在の東松山郵便局前路上において、同人を解放するまで、同人を同車内に閉じ込めて脱出することを不能にし、もって同人を不法に監禁したが、被告人については、同日午後三時八分ころ、東京都豊島区池袋本町一丁目三六番六号所在の東武東上線北池袋駅構内において、判示第三の罪について警察官により現行犯逮捕され、その後、警察の捜査に協力したことなどにより、自称Eらとの共犯関係から離脱した。
第三 Gを略取してきた自称E、Fらと共謀の上、Gの安否を憂慮する近親者らからその憂慮に乗じて金員を交付させようと企て、自称Eらが、同日午前五時七分ころから同日午後五時半ころまでの間、多数回にわたり、前記被告人方居室等からGの弟I(当時三三歳)が所持する携帯電話に電話をかけ、同人に対し、「一〇〇〇万円を用意しろ。もし警察に通報したら、横浜のどこかの森の中に死体を取りに行ってもらうことになる。」、「いくら準備できたか。急いで集めろ。」、「じゃあ、三〇分時間をやる。」、「午後二時に東武東上線の下板橋駅に行き、着いたらそこで連絡を行て。」、「早く電車に乗って北池袋に来い。」などと言って身の代金を要求し、もって略取された者の安否を憂慮する者の憂慮に乗じて財物を要求する行為をしたが、被告人については、判示第二のとおり、同日午後三時八分ころ現行犯逮捕され、警察の捜査に協力したことなどにより、以後、自称Eらとの共犯関係から離脱した。
(証拠の標目)《省略》
(事実認定の補足説明)
一1 判示第二及び第三の各犯行(以下「本件各犯行」という。)に関しては、被告人及びF(以下「F」という。)がDこと自称E(以下「D」という。)の指示により身の代金を受取りに東武東上線北池袋駅に行った際、張り込んでいた警察官によって現行犯逮捕されているので、右逮捕後の被告人とDらとの間の共犯関係の存続の有無について検討を加えることとする。
2(一) まず、関係各証拠によれば、被告人と共犯者らとの関係、本件各犯行への関与の態様等として、以下の事実が認められる。すなわち、
(1) 被告人は、平成九年六月ころ我が国に密入国した後、各地を転々とし、平成一一年九月ころから、埼玉県蕨市所在の前判示被告人方居室(以下「本件居室」という。)に住むようになり、同年一一月末ころからは、幼なじみのD(自称当時二二歳)と同室で同居するようになった。被告人は、判示第一の犯行を犯して東京に逃げてきた際に、Dから寝泊まりをする場所を紹介してもらったり、一緒に盗みをして報酬をもらい、更には本件居室の滞納家賃を支払ってもらうなどして、Dに対し恩義を感じていた。その余の共犯者らは、被告人の幼なじみかDの知人の中国人であり、本件当時二三歳ないし二六歳くらいでいずれも当時一八歳の被告人よりもかなり年長であった。
(2) 平成一一年一二月五日(以下「平成一一年一二月五日」の表記は省略する。)午前三時三〇分ころ、D、F及び氏名不詳の共犯者二名が、G(以下「被害者」という。)を、東京都大田区西蒲田所在の同人が経営するカラオケ店から連れ出してタクシーに無理やり乗せた上、車内で刃物を突き付けるなどして脅迫しつつタクシーを順次乗り換えながら、午前四時半ころ、本件居室付近に至った。
他方、被告人は、午前一時ころ本件居室にいると、Dらから電話で、武器を持って蒲田まで来るよう依頼されたが、所持金が少ないことを理由に断ったところ、午前四時ころ、Dから電話で「これから友達を一人連れていく。泊まる場所がないから泊めてくれ。」と言われて了承した。その後、被告人は、Dらが人を誘拐してくることを察知したが、本件居室でDらを待つことにし、近くまで来た旨のDからの電話を受けて、本件居室から迎えに出た。すると、タクシーからDらが降りてきて、Dが被害者に肩を組ませ、氏名不詳の共犯者が被害者の腰に手を回してつかみ逃げられないようにし、Fらがその前後を挟むようにして歩き、Dが被害者に「今晩は耐えるしかない。」と言うなどしていたため、Dらが被害者を誘拐してきたことが明らかとなったが、被告人は、Dらを本件居室に案内し、被害者は、午前四時四〇分ころ、Dらにより本件居室内に連れ込まれた。
(3) 被害者は、本件居室内において、Dらにより、粘着テープで目と口をふさがれ、手足をネクタイで縛られるなどし、頭や顔を殴られるなどしたが、被告人は手出ししていない。その後、Dは、被害者に対し、「誰にお金を持ってこさせるのか。弟の電話番号を教えろ。」などと言って、被害者から同人の弟であるI(以下「被害者の弟」という。)の電話番号を聞き出した上、午前五時過ぎころ、同人に電話をかけて、被害者をして「誘拐されて、お金を要求された。お金を何とか早くかき集めてくれ。」と話させ、さらに、自ら「一〇〇〇万円を用意しろ。もし警察に通報したら、横浜のどこかの森の中に死体を取りに行ってもらうことになる。」などと言って身の代金を要求した。その際、被告人は、右会話の内容を聞いて、Dらが被害者を誘拐してその兄弟から身の代金を脅し取るつもりであることを知ったが、これに協力しようとして、共犯者らの飲食物の買い出しに行き、Dらが眠った後も、Dの指示に従って、氏名不詳の共犯者一名と共にトランプをしながら徹夜で被害者の見張りを続け、その間の午前六時ころから午前八時過ぎころまでは、Dの指示で池袋駅西口付近まで出掛けている。
(4) 午前一一時ころ、被告人は、Dから「相手から金を受け取った後に渡せ。」、「しばらくブラブラして待て。三〇分したら電話する。」などと指示され、被害者の外国人登録証、携帯電話等を渡されて、Dらより一足先に本件居室から出掛けた。その後、Dは、Fらと共に被害者を本件居室から連れ出して、Dが電話で呼び出したH運転の自動車に乗せ、Dが助手席に、氏名不詳の共犯者二名が後部座席に被害者を挟み込むようにして乗り込み、被害者が逃げられないようにして連れ去り、その車中において、被害者に対し、「おまえを殺す。」などと言って脅迫したり、その顔面や腹部を殴打するなどの暴行を加えたほか、被害者の弟に電話で現金を要求したり現金を受け渡す方法を指示したりした。
(5) 被告人は、その後、Dから電話で、「これから金を取りに行け。取りに行けば一〇〇万円やる。金を取りに行くやり方はFに聞け。」などと身の代金の受取り方を指示されて了承し、Fと電話連絡を取り合った上、午後零時ころ、Fと池袋駅付近で落ち合い、その後は、Dの電話による指示に従って、Fから現金受渡しの方法を聞いたり、午後一時過ぎに東武東上線下板橋駅、午後三時ころには同線北池袋駅にそれぞれ赴いた。
一方、警視庁蒲田警察署所属の警察官らは、被害者の弟から被害申告を受けて捜査を開始し、身の代金の受渡し現場に張り込んでいたため、被告人が右北池袋駅で被害者の弟と会い、同人から紙袋を受け取るのを現認して、午後三時八分ころ、被告人を現行犯人として逮捕し、Fもそのころ同駅付近で逮捕した。
(二) 次に、関係各証拠によれば、被告人の逮捕後の行動等として、以下の事実が認められる。すなわち、
(1) 被告人は、逮捕後、警察官らに対し「Fらが昨晩私のマンションに誘拐した被害者を連れてきて監禁した。今はボスに言われて金を取りに来た。」と自供し、氏名、生年月日及び住所を明らかにしたほか、監禁場所や犯人の数についても供述した。さらに、被告人は、警察官らから、Dら共犯者の逮捕及び被害者の解放のために捜査に協力するよう説得されて了承し、午後四時二二分ころ以降、警察官らの指示に従って、Dからの電話に対し「金は受け取った。」、「池袋にいる。」、「マクドナルドにいる。」などと応答したほか、Dらが携帯するショルダーバッグ内にサバイバルナイフ、果物ナイフ及びバタフライナイフが各一本入っているなどと申し立てて、捜査に協力した。
(2) 一方、Dは、一時被告人らとの電話連絡が取れなくなったため、被告人らが逮捕されたことを察知したが、被害者から「明日必ずお金を出すから助けてください。私を釈放すれば何とかお金を集めてくる。」などと必死に説得されて、自己の銀行口座に二〇〇万円振り込むことを約束させた上、午後六時三〇分ころ、東武東上線東松山駅付近で被害者を解放した。なお、Dは、その後逃走を続けたが、平成一二年一月二〇日に池袋駅周辺で通常逮捕されている。
3(一) 以上認定の事実関係に照らすと、被告人が犯行を中止したのは、警察官らに現行犯逮捕されたためであって、被告人の意思に基づくものではない。しかも、被告人らが逮捕された以降も、その共犯者であるDらにおいて、引き続き被害者を監禁して被害者の近親者に対する身の代金要求を繰り返しており、Dらが被害者を解放したのは、被害者がDらを説得し、自ら現金を支払う旨約束したことによるものであって、被告人がその犯行遂行を現実に阻止したことはなかったというべきである。
(二)(1) しかしながら、被告人は、逮捕後、警察官らに対し、直ちに犯行の概要を自供し、自らの氏名、住所等を明らかにしているほか、警察官らの指示に従って、Dからの電話に対し「金は受け取った。」、「池袋にいる。」、「マクドナルドにいる。」などと応答したり、警察官らに、Dらの所持する凶器の種類を教えるなどして、Dらによる被害者の解放や警察官らによるDらの逮捕に資する行動をとっており、逮捕された者としてなし得る犯行防止措置は尽くしたということができる。
(2) しかも、被告人は、被害者を拐取した者ではなく、Dらが自室に被害者を連れ込むことにより本件各犯行に関与するに至った者であり、監禁の犯行については、Dと共に居住する本件居室を監禁場所として提供したほか、同室で被害者の見張りを担当しただけで、午前一一時ころにDらが被害者を同室から連れ出した後は、被害者を直接支配していない。さらに、拐取者身の代金要求の犯行についても、被告人の役割は身の代金の受取りのみであるところ、被告人が、逮捕後、Dらに「金は受け取った。」旨述べ、Dらも、被告人が逮捕されたことを察知したことにより、右犯行において、被告人がその役割を果たす余地はなくなったものと認められる。加えて、被告人は、共犯者の間で格段に最年少の少年であり、本件各犯行への加担も、主犯格であるDに対する恩義もあって同人の指示に従ったものであることを考慮すると、本件各犯行への被告人の加功は決して強いものとはいえないし、被告人らの逮捕後は、これを察知したDらにおいて、被告人とは無関係に、被害者に対する監禁及び被害者の弟に対する身の代金要求を繰り返したものと認められるのである。
(三) 以上からすると、本件各犯行において、被告人は、警察官らに逮捕された後、その説得に応じて捜査協力をしたことにより、自らの加功により本件各犯行に与えた影響を将来に向けて消去したものと評価できるから、その時点において、Dらとの間の当初の共犯関係から離脱したものと認めるのが相当である。
二 なお、弁護人は、本件各犯行について、被告人はDの指示で各犯行に加担したものであり、Fとの間に共謀は成立していないとか、判示第三の犯行については、Dとの間においても、午前一一時ころ以前に共謀は成立していない旨主張し、被告人も、右主張に沿う供述をする。
しかしながら、前認定のとおり、本件各犯行は、被害者が本件居室に連れ込まれた後も、Dの指揮の下、被告人及びFを含む共犯者らが互いに協力し合って遂行したものであり、しかも、被告人は、午前五時過ぎには、Dが自己の面前で被害者の近親者に対し身の代金を要求しているのを直接見聞きして、被害者を監禁する目的が身の代金にあることを知ったというのに、何ら異を唱えることなく、被害者の見張りをするなどして監禁の犯行に積極的に加担しているのである。そうすると、当初は被告人とDとの間に身の代金要求についての謀議がなく、また、被告人とFとの間に本件各犯行に関する直接の謀議がなかったとしても、被害者が本件居室に連れ込まれてから、被告人が共犯関係から離脱するまでの間、被告人とD及びF並びに氏名不詳の共犯者らとの間に少なくとも黙示の共謀が成立していたことは明らかである。したがって、弁護人の右主張は理由がない。
(法令の適用)
罰条
判示第一の行為
住居侵入の点 刑法一三〇条前段
窃盗の点 刑法二三五条
判示第二の行為 刑法六〇条、二二〇条
判示第三の行為 包括して刑法六五条一項、六〇条、二二五条の二第二項
科刑上一罪の処理 判示第一の各罪につき、刑法五四条一項後段、一〇条(重い窃盗罪の刑で処断)
刑種の選択 判示第三の罪につき有期懲役刑を選択
併合罪加重 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(最も重い判示第三の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重)
不定期刑 少年法五二条一項
未決勾留日数の算入 刑法二一条
訴訟費用の不負担 刑訴法一八一条一項ただし書
(量刑の理由)
本件は、中国人である被告人が単独で敢行した住居侵入及び窃盗(判示第一)並びに中国人共犯者らと共謀して敢行した監禁及び拐取者身の代金要求(判示第二、第三)の事案である。
判示第二及び第三の各犯行は、共犯者らが拐取した被害者を自室内に連れ込んで、粘着テープで目と口をふさぎ、手足をネクタイで縛り、頭や顔を殴るなどした上、被害者からその弟の電話番号を聞き出し、被害者の弟に対して、「一〇〇〇万円を用意しろ。もし警察に通報したら、横浜のどこかの森の中に死体を取りに行ってもらうことになる。」などと言って身の代金を要求するとともに、自室内に六時間余り、同室から連れ出してから被告人が共犯関係から離脱するまででも自動車内で四時間余りにわたり被害者を監禁し続けたものであり、目的のためには手段を選ばないという凶暴で危険かつ反社会的な犯行である。また、被害者は、何らの落ち度もないというのに、甚大な精神的、肉体的苦痛を受けており、被害者の弟ら近親者の受けた憂慮ないし恐怖感も多大なものがあり、結果も重大である。しかるに、被告人らは被害者らに対して慰謝の措置を全く講じておらず、被害者らの処罰感情には非常に厳しいものがある。
そして、被告人は、定職に就くことなく怠惰な生活を送り、金銭に窮して安易に判示第一の犯行を敢行したほか、判示第二及び第三の各犯行について、Dらから、協力を要請されるや、躊躇することなくこれに応じて被害者を見張るなどし、さらに、身の代金の受取り方を指示されるや、高額な報酬目当てに積極的にこれに協力しているのであって、被告人の犯罪性向は相当に深化しているというほかない。
そうすると、被告人の刑事責任は相応に重いというべきである。
他方、被告人は、判示第二及び第三の各犯行に途中から加わり、共犯者の指示どおり行動したもので、関与態様も見張りや身の代金の受取りにとどまっており、比較的従属的な役割を果たしたにすぎないこと、被告人は、捜査段階の当初から、いずれの犯行についても事実を素直に認め、反省改悛の情を示しており、公判段階における一部否認も、共謀の意味についての誤解が原因と考えられること、警察官らに逮捕された後は、捜査に全面的に協力していること、被告人は未だ一八歳の少年であり、我が国における前科のないこと、その他被告人のために酌むべき事情もあるが、本件各犯行の重大性に照らすと、本件について刑の執行を猶予する余地はなく、これら諸事情を総合考慮すると、被告人に対しては懲役三年以上五年以下の実刑に処するのが相当である。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中谷雄二郎 裁判官 伊藤雅人 福家康史)