東京地方裁判所 平成12年(特わ)4130号 判決 2001年1月26日
主文
被告人を懲役五年及び罰金一五〇万円に処する。
未決勾留日数中二〇〇日を右懲役刑に算入する。
右罰金を完納することができないときは、金一万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
押収してある大麻葉片四袋(平成一二年押第一〇二一号の20ないし23)及びタイ王国バンコック市所在のタイ警察本部で保管中の乾燥大麻二二・九二四キログラム(タイ王国麻薬統制委員会が平成一一年一二月一四日にバンコック市クローントゥーイ区ガセームラート通り《番地省略》A野ビル一階所在のB山運輸株式会社(タイ国)本社で押収した同委員会第一部第二課同月二〇日付け文書番号0023、422/1507にかかるもの)を没収する。
理由
(犯罪事実)
被告人は
第一 営利の目的で、みだりに、平成一一年一一月一日ころ、東京都世田谷区駒沢《番地省略》先路上に駐車中の普通乗用自動車内において、A及びB子に対し、大麻を含有する乾燥植物細片約三一三・二二六グラム(平成一二年押第一〇二一号の1ないし19はその鑑定残量)を代金三六万円で譲り渡した
第二 Cと共謀の上、営利の目的で、みだりに、大麻をタイ王国から本邦に輸入しようと企て、大麻と認められる乾燥植物片一万五二九四・九三グラム(平成一二年押第一〇二一号の20ないし23はその鑑定残量)を潜水用酸素ボンベ四本内に隠匿携帯した上、同年一二月一一日、タイ王国チェンマイ国際空港から国内便に搭乗し、同日、同国バンコク国際空港でタイ国際航空第六四〇便に乗り継いで同空港を出発し、同日、千葉県成田市古込字古込一四番地所在の新東京国際空港第九四番駐機場に到着して右大麻を本邦内に持ち込み、もって、大麻を輸入するとともに、同日、同市古込字古込一番地一所在の同空港内東京税関成田税関支署第二旅客ターミナルビル旅具検査場において、携帯品検査を受けるに際し、右のとおり大麻を隠匿しているにもかかわらず、同税関職員に対し、その事実を秘して申告しないまま同検査場を通過して輸入禁制品である大麻を輸入しようとしたが、同税関職員に発見されたため、その目的を遂げなかった
第三 Cと共謀の上、営利の目的で、みだりに、大麻を外国から本邦に輸出するとともに本邦に輸入しようと企て、同月九日ころ、タイ王国チェンマイ市チャーンクラン通り《番地省略》所在のC川ホテルにおいて、情を知らないDをして、情を知らないB山運輸株式会社(タイ国)チェンマイ営業所従業員に対し、大麻である乾燥植物細片二二・九三キログラム(タイ王国バンコック市所在のタイ警察本部で保管中の、同国麻薬統制委員会が平成一一年一二月一四日に同国バンコック市クローントゥーイ区ガセームラート通り《番地省略》A野ビル一階所在のB山運輸株式会社(タイ国)本社で押収した同委員会第一部第二課同月二〇日付け文書番号0023、422/1507にかかる乾燥大麻二二・九二四キログラムは、その鑑定残量)を詰め込んで隠匿した潜水用酸素ボンベ六本を、航空貨物として横浜市磯子区《番地省略》所在のD原サポート内右D宛に発送することを依頼して引き渡させ、情を知らない同会社従業員らをして、右大麻を右D原サポートD宛に発送させ、同月一三日ころ、右大麻在中の潜水用酸素ボンベ六本をタイ王国チェンマイ市所在のチェンマイ国際空港から同国バンコク・ヴィパワディ・ラングシット・ストリート所在のバンコク国際空港に運送させ、同日ころ、同空港南側航空貨物運送業者新ビル内所在の右会社ドンムアン支店を経由し、タイ王国バンコック市クローントゥーイ区ガセームラート通り《番地省略》A野ビル一階所在の右会社本社に到着させ、所要の事務処理等を行い、日本への輸送を待つ状態におかせたが、同月一四日、同所において、右大麻を同国麻薬統制委員会の係官に発見されたため、輸出及び輸入の目的を遂げなかった
第四 Cと共謀の上、輸入禁制品である大麻をタイ王国から本邦に輸入しようと企て、同月五日から同月七日にかけて、千葉県成田市所在の新東京国際空港から、大麻を隠匿するための潜水用酸素ボンベ一〇本をタイ国際航空第六四一便に搭載して、タイ王国向けに搬出した上、同月一一日、右新東京国際空港内東京税関成田税関支署第二旅客ターミナルビル旅具検査場において、情を知らないDをして、同税関職員に対し、タイ王国において大麻である乾燥植物細片二二・九三キログラムを詰め込んで隠匿した右潜水用酸素ボンベ一〇本中六本を、別送品として本邦に輸入する旨の別送品申告書を提出させ、もって、右大麻の輸入の予備をした
ものである。
(証拠)《省略》
(補足説明)
一 判示第二ないし第四について、外形的な事実関係は関係証拠上明らかに認められ、被告人、弁護人も特に争わないところ、弁護人は、被告人において、本件潜水用酸素ボンベに大麻を詰め込んで輸入し、あるいは輸出、輸入などしようとしたこと(禁制品輸入未遂、同予備を含む趣旨であり、以下これらを総称して、単に「輸入等」ともいう。)を認識しておらず、これらの点についてCと共謀したこともない旨主張し、被告人もこれに沿う供述をする。
当裁判所は、判示のとおり認定し、各犯罪の成立を認めたので、以下必要な限度で補足して説明する。
二 関係証拠によれば、概ね以下の事実が認められる。
(1) 被告人は、平成一〇年八月以来本件に至るまでの間に、Cと共に前後一四回にわたり、出発から帰国まで概ね四、五日間、最大でも一週間以内という短期間、タイ王国(以下「タイ」ともいう。)への渡航を重ねているところ(甲一二四等)、当初を除く大半の場合に潜水用酸素ボンベ(以下「ボンベ」ともいう。)等の潜水用具類を日本からタイへ持参し、帰国の際にはそれらのボンベ等を携帯品として携行し、あるいは潜水作業にかかる職業用具として同国から日本へ別送品として発送するなどしていたものであるが(甲六三、一〇四、一〇八等)、その渡航日程は、タイへ赴く都度およそ潜水するに似つかわしくない山中に位置するチェンマイ市に滞在するもので、実際にタイで潜水作業を行ったことはなかったし、右ボンベも安全性が確認されていない不良品あるいはスクラップ品を、できるだけ安価に購入しようとして多数本集めたものである上、タイ滞在中に特段の観光、仕事等の用務を行う訳でもなく、外形的にみる限り、専ら日本からボンベ等をタイへ持ち込み、特段の作業等をなすこともなく短期間滞在した後に、これらを別送品ないし携帯品として日本へ持ち帰ることを繰り返すという実情にあったにもかかわらず、タイ渡航期間中はCから一日当たり約三万円の日当を報酬として受けていたこと
(2) 被告人は、判示第一のとおり、平成一一年一一月初めに大量の大麻を有償譲渡しているところ、その大麻はタイランドと記載された袋に納められるなどしている上、その形状が種子、茎が混入した茶褐色の葉片を一~二センチメートルに押し固め、短冊状に切断されたもので、色、形態等において判示第二の本件密輸入に係る大麻とよく似ており、また、被告人が平成一一年一〇月ころには、右譲受人に対してタイから大量に大麻を密輸している旨述べていたこと
(3) 本件ボンベの送り先であり、Cや被告人も出入りしていたD原サポート物置内に置いてあった電動カッターから、大麻が検出されていること
(4) 本件渡航に際して、被告人はCの命を受け、C経営の会社名が入った名刺を作成し、同人らより二日先にCのボンベ二本を携帯品として持参してタイへ赴き、同国B山運輸の関係者と日本からタイへ別送品でボンベを発送し、逆にタイから日本へボンベを別送品として発送する手続等について打ち合わせ、平成一一年一二月七日、チェンマイ市において、同じく各自二本宛て合計八本のCのボンベを日本から持参してきたCら四名と合流した後は、被告人らが日本から持ち込んだボンベにつき、到着した翌日の同月八日には早くもうち六本について、Dに手続や対処方法を指示するなどして、別送品として日本へ輸送するための前示輸送会社との連絡、折衝に当たり、翌九日に別送品として日本へ発送する手配をしたものの、そのほかには特段の仕事らしきことをすることもなく、Cと同じ時間帯に他の三名に黙って一時ホテルから外出したほかは無為に過ごし、同月一一日に残りのボンベ四本を被告人自ら機内預かり手荷物とする手続をして帰国の途についたものであるところ、右ボンベ一〇本については日本にある間にわざわざボンベ表面上に記された重量表示を抹消して、タイへ持ち込んでおり、タイ滞在中に日本から持ち込んだ際には空であったはずの各ボンベの重量が増し、かつボンベのバルブが固く締められ、その表面にはペンキが塗り替えられていたが、これらの事情については、客観的経緯、状況等から、被告人としても当然に承知していたこと
(5) 右ボンベ六本につきタイ内で調査した結果、大麻二二キログラム強が詰め込まれていたことが発見され、残りのボンベ四本については被告人、Cらが携帯品として日本国内に持ち込んだところを、新東京国際空港東京税関成田税関支署旅具検査場で税関職員の手によって検査され、大麻一五キログラム強が詰め込まれていたことが発見されたこと
以上の事実関係を総合すると、被告人はCと共に、同人から多額の報酬を受けつつ、実質的には日本からタイへボンベを持ち込み、これを別送品ないし携帯品として持ち帰るためだけに、タイへの渡航を重ね、本件渡航の際もCの命を受けて、専らボンベの日本への輸送手続に意を尽くし、その事務手続処理を主として行っていたところ、現に当該ボンベのすべてに大麻が隠匿され、日本への輸入等が図られていたのであるから、特段の事情がない限り、被告人において、Cと共に本件大麻の輸入等に及んだものと推認できるところ、関係証拠によっても、これを否定するような事情は窺われず、かえって右認定事実によれば、被告人らが従前別送品として本件同様にタイから日本へ発送したボンベにも大麻が隠匿されていたことを窺わせる形跡や、被告人が本件以前にもタイから密輸した大麻との関わりを持っていたことを窺わせる事情、さらには本件渡航の際にもこれを窺わせるような動向がみられるのである。
三 これに対し、弁護人は、右認定のような事実関係にないとして種々主張するが、関係証拠に照らし、いずれも理由がない。以下、その主要な点を示す。
(1) 弁護人は、Aの公判証言を援用するなどして(弁護人の平成一二年八月二五日付け意見書三)、前記二(2)に沿う趣旨のAの検察官調書(甲四)の供述は虚偽である旨主張する。しかし、Aの公判証言は、関係証拠上明らかな判示第一の事実についてすら否認し、供述変遷の合理的な理由も示し得ない、それ自体としてあいまいかつ不合理な内容のものであって、およそ信用性に乏しい。調書作成の経緯について述べるところも、同人の取調べに当たった警察官の公判証言と大きく食い違う不自然なものである上、現に後者の述べるとおりの日付で警察官調書が作成されていること(甲一〇〇を提示しての証人Eの公判供述)などに照らせば、到底Aの証言するような状況で検察官調書が作成されたものとは認められない。これに比べて、同人の検察官調書は、起訴後の任意取調べに応じて作成されたもので自発的な供述が録取されており、その内容は被告人とのやり取り等につき極めて具体的、詳細に述べるもので、臨場感に富み、信用性が高い。何より、Aの検察官調書に現れたような被告人の言動を前提としたときにはじめて、それまで薬物の取引を行っていなかった被告人とAらにおいて、突如三〇〇グラムを超える大量の大麻を売買する話がまとまり、現実に実行された経緯がよく理解できるのである。Aの検察官調書は、客観的状況にもよく整合しており、十分信用できる。
これに反し、被告人は、B子からの依頼を受けて、横浜市黄金町の路上で外国人から一グラム九〇〇円で大麻三〇〇グラムを買い、Aらに譲り渡したと供述する。しかし、それまで大麻の密輸や密売等に一切関与していなかったとする被告人において、いかに古くからの友人であるB子に頼まれたとはいえ、金儲けのために大麻を譲渡することを突如企図し、しかも具体的なあてもない(乙七等)のに、三〇〇グラムという大量の大麻を売る旨の約束をし、それを実際に現実化し得たというのは、それ自体として極めて不自然、不合理であり、被告人の述べる入手の経緯もおよそ不自然で信用しがたいというほかない。
(2) 弁護人は、本件大麻の輸入等はCが単独で行ったものであり、被告人が共謀した事実はないし、被告人はボンベ内に大麻が隠匿されていたことを全く認識していなかったと主張する。確かに、被告人は右主張に沿う供述をしており、Cも同人が単独で行ったことである旨供述しており、そのほか本件のタイ渡航を始めとしてしばしばタイへ同行していたDなども同様の供述をしている。しかし、被告人らが度重なるタイ渡航において、その都度ボンベ等の潜水機材をわざわざ日本から持参しながら、一度として実際に潜水作業をしていないこと、被告人がその際、多額の報酬をもらいながらボンベ等の輸送関係以外に仕事らしい仕事を何らしていないばかりか、ボンベ等の日本への輸送に関してのみは慎重に取り扱い、手配に神経を払うなど配慮を尽くしていること、本件についてみても、ボンベについては、タイへ持参する前に重量表示を抹消しており、タイにおいて日本から持参したときよりそれとわかるほどに重量が増し(甲五八、乙二一等)、かつ、ボンベ表面のペンキが塗り替えられていること、タイから帰国する際、往路と同様に機内預託手荷物として持ち帰ることが可能であるにもかかわらず、六本については、わざわざ別料金を払い、面倒な手続をしてまで別送品として発送している上、その宛先としてD名義を用いていることなどの関係証拠上認められる諸事情に加え、前示のとおり、被告人が従前から大量の本件大麻とよく似た形状の大麻を所持しており、かつ自ら本件と同様とみられる方法でタイから大麻を密輸している旨述べていたこと、本件に際しても、被告人がボンベの輸送手続の事務処理面の実際的な中心となっていること、本件渡航に際してタイへ同行していたF、Gは被告人の知情性を窺わせる供述をしていることなどからすると、被告人において、自ら別送品として発送の手配に当たり、あるいは機内預託手荷物の手続をして新東京国際空港までCらと共に携行するなどした本件各ボンベ内に現に大麻が詰め込まれていたものである以上、ボンベ内に大麻が隠匿されていることを承知の上で、Cと共謀して、その輸入等を犯したものと認めることが相当である(個々の事情一つ一つを取り上げてみれば、それ自体では被告人の認識、共謀を証するに足りないとしても、相互に独立する諸般の事情が同一の方向を指し示していることは、単なる偶然の一致という枠を超え、判示認定に疑いを容れない程度に至っているものということができる。)。
これに反する被告人らの供述は、累次のタイ渡航の経緯、状況及び本件渡航時の行動状況、被告人らの具体的動静等に照らして、甚だ不自然、不合理なものであって、信用することができない。すなわち、被告人の述べるところは、Cから多額の報酬をもって誘われ、タイへの渡航に数多く同行していたところ、その実態は日本からわざわざボンベ等の潜水機材を持ち込んでは、これらをタイから日本へ持ち帰り、あるいは別送品として送るにとどまるものであったが、被告人としては、約束の日当等が支払われる限り、別に頓着しなかったし、タイでボンベに何かが入れられたことはわかっていたが、その中身についてはそもそも考えようともしなかったということに尽き、日頃のCとの親密な付き合い振りやタイへの渡航回数、頻度、タイにおける滞在状態やその際の具体的状況、さらにはタイへの渡航には多額の費用を要し、それらの費用や同行者への報酬等をすべてCが負担していたところからして、それを上回る利得が得られる物をCがボンベに隠匿してタイから日本へ持ち込んでいたことを被告人においても当然承知し得たはずであること(乙二一等)などからすると、極めて不自然な内容のもので合理性に欠け、客観的状況にもそぐわず、前示のとおり信用できるAの供述内容と対比しても、実質的にこれに反するところが多いなど、およそそのまま信用するには無理がある弁解というほかない。Cの供述内容に至っては、タイで実際に潜水工事を受注し、作業にも当たったとする趣旨の明らかな虚偽内容を前提としたり、あるいは自己の経営する潜水工事会社へ出資した多額の金員は、個人でアワビを採取し、民宿に売って儲けた金であると強弁するなど、いかにも不自然、不合理なものであって、到底信用できない。そして、以上の事情は、その他の供述についても同様である。
(3) 弁護人は、別送品のボンベ六本内に実際に大麻が存在していたか疑わしいとも主張する。しかし、関係証拠から認められる当該ボンベ六本の搬送経緯、タイにおけるボンベに対する調査の状況、その際のボンベの外観、ボンベ内に詰め込まれていた物の鑑定内容、それが詰め込まれていた状況やその形状がその余のボンベ四本のそれと酷似していること(乙二一の添付写真の比較対照)、タイにおいても大麻が規制されていると認められることなどに照らせば、ボンベ内に隠匿されていた物が大麻であることは優に認められ、また被告人らの手を離れた後に何者かが当該ボンベ内に大麻を詰め込んだものとみる余地もない。そして、右ボンベ六本の発送手続に被告人が主体的に深く関与している状況等に照らすと、日本まで携行したボンベ四本と同様に、被告人において、その中に大麻が隠匿されていたことを承知していたものと認めるに十分である。
(4) 弁護人は、タイへの渡航に同行していたD、F及びGが、Cと被告人との間の共謀の事実を知らないとしていることは大麻の密輸がCの単独行動であったことを示すものであると主張し、またDら三名が起訴されていないこととの整合性を論難する。しかし関係証拠から認められる事実関係によれば、被告人は多量の大麻を密売するなど、従前から大麻と関わりを持っている事情があること、Cとタイへ渡航する回数及びタイからの別送品受け取りの宛先となった回数の両面に照らし、さらに被告人が輸送手続面で実際の処理に当たっていたことからするとき、他の者とかなり異なってCのボンベ輸送行為に密接かつ具体的に関与しているといえること、本件ボンベの日本への輸送手続についてみても、被告人において主体的、積極的に関わっていることなど、外形的事情だけをとってみても、被告人とDら三名とでは関与の程度が大きく異なり、重要な点で差異が存する。そうすると、少なくとも所論指摘の事情が、被告人の本件各犯行への関与を認めるに際して支障となるものでないことは明らかであるし、判示認定を揺るがし得るものでもない。
四 以上のとおりであり、そのほか、弁護人が種々主張するところを仔細に検討しても、証拠に照らし、いずれも理由がなく、判示第二ないし第四の事実を認定することができる。
そして、本件においては、ボンベ六本内に隠匿した大麻について関係証拠上認められるその輸入等の方法が、いったん発送手続を行えば後は業者の手により送り先まで荷物が輸送されることを当然の前提としていて、少なくとも日本国内への搬入までの間に何ら被告人らの関与を要しない形態のものであり、それまで度々同様の手段で円滑に日本国内まで輸送されている実績、本件での業者の取扱状況等に照らしても、公的な郵送による場合と実質的に同視できる航空貨物運送の方法によることからして、判示第三の事実関係の下で、既に大麻輸出及び輸入の各実行の着手があったものということができるから、大麻取締法上の大麻輸出未遂罪及び輸入未遂罪が成立するものと解され(なお、判示第三に相応する平成一二年九月一四日付け追起訴状にかかる公訴事実は、「被告人は、C『ら』と共謀の上」とされているところ、確かに関係証拠に照らせば、検察官が論告においてその共犯性を否定するD、G、F以外にも、タイ国内で輸入等にかかる大麻を調達、準備するなどした同国在住者の存在が窺われるが、Cと異なり、それらのものと被告人との間に密接な人間関係があるとまでは証拠上認められず、その間柄からしても共謀に関与した具体的な状況は明確でないから、判示の範囲で認定するにとどめた。)、同様に判示第四の行為は、入国時に申告書を税関に提出して確認を受けておけば、輸入時に簡易な通関手続を受けることができる取扱いとなっている外国からの別送品通関の実態(甲一〇四)に照らし、その行為の持つ実質的な意味内容からして、関税法上の禁制品輸入予備罪に当たるものと解するのが相当である。
(法令の適用)
罰条
判示第一 大麻取締法二四条の二第二項、一項
判示第二
大麻営利目的輸入の点 刑法六〇条、大麻取締法二四条二項、一項
禁制品輸入未遂の点 刑法六〇条、平成一二年法律第二六号附則三条により同法律による改正前の関税法(以下、単に「関税法」という。)一〇九条二項後段、一項、関税定率法二一条一項一号
判示第三
大麻営利目的輸出未遂の点 刑法六〇条、大麻取締法二四条三項、二項、一項
大麻営利目的輸入未遂の点 刑法六〇条、大麻取締法二四条三項、二項、一項
判示第四 刑法六〇条、関税法一〇九条二項前段、一項、関税定率法二一条一項一号
科刑上一罪処理(判示第二、第三) 各刑法五四条一項前段、一〇条(それぞれ一罪として判示第二については重い大麻営利目的輸入の罪の刑、判示第三については犯情の重い大麻営利目的輸入未遂の罪の刑で処断)
刑種の選択(判示第一ないし第三) 情状によりいずれも懲役刑及び罰金刑を選択
併合罪処理 同法四五条前段、(懲役刑につき)四七条本文、一〇条(刑及び犯情の最も重い判示第二の罪の刑に法定加重)、(罰金刑につき)四八条二項
未決勾留日数算入 同法二一条(懲役刑に算入)
労役場留置 同法一八条
没収 大麻取締法二四条の五第一項本文、関税法一一八条一項本文(なお、関係法規上、外国にある財産についても没収の言渡しができると解されるところ、たとえその存在が裁判所にとって明確であるとしても、その場合にも我が国にある場合と同様に対象物を押収番号等で特定することを要するとすれば、結局そのような言渡しは多くの場合に実際上不可能となるのであるから、法の趣旨を合理的に考察する限り、外国にある没収対象物については、当該国における没収裁判の執行あるいはその物の我が国への提供等を行うに際して、それを担当する関係機関が他の物と明確に識別できる程度に特定していれば足りるものと解するのが相当であり、この観点から本件についてみるとき、タイ警察本部で保管中の大麻に対しては、その特定は主文摘示の限度で足り、これによって没収の言渡しをなしうるものというべきである。)
訴訟費用不負担 刑事訴訟法一八一条一項ただし書
(量刑事情)
本件は、被告人が大麻を営利目的で譲渡し(判示第一)、Cと共謀の上、大麻一五キログラム強を携帯品として空路タイから持ち込み(判示第二)、同じく大麻二二キログラム強を航空別送品としてタイから輸出して、日本へ輸入しようと図り(判示第三)、あるいは通関するための手続を行うなどして禁制品輸入の予備行為をした(判示第四)という事案である。
まず判示第一の犯行は、知人の依頼にたやすく応じて大麻三〇〇グラム強を代金三六万円で譲渡したものであるところ、その譲渡量は自己使用目的の者に対する分量としては甚だ多く、もとより動機にも酌量の余地はなく、自らの利得のため、現にこれだけの薬物の害悪を拡散させた犯行は非常に悪質である。次に、判示第二ないし第四の犯行は、Cと共にタイへ渡航し、日本から持ち込んだ潜水用酸素ボンベ内に大麻を隠匿し、C経営の潜水工事会社の職業用具と装い、一部は別送品として発送して運送会社を通じて日本国内へ届けさせ、一部は機内預託手荷物として携行するという極めて巧妙かつ計画的な方法で、合計三八キログラムあまりの大量の大麻をタイから日本へ輸入し、あるいは輸入しようとした大規模な大麻密輸事案であり、犯情は極めて悪い。被告人は、Cから相当額の報酬を受け取りつつ、その指示を受けて、タイに先行し、タイから日本への潜水用酸素ボンベの輸送の交渉、手配等を主として行うなど、本件犯行に重要な役割を果たしている。しかるに、被告人は、公判廷で大麻との関わりにつきその大部分を否認し、不合理な弁解に終始して、判示第二ないし第四にかかる刑責を否定しようとするなどしており、その責任を真摯に自覚、悔悟しているものとは見受けられない態度を示している。被告人の刑責は重いというべきである。
そうすると、判示第一については、経緯はともかくとして事実を認め、公判廷でそれなりに反省の姿勢をみせていること、本件各犯行にかかる大麻が捜査関係者の手によって確保され、広く社会内にその害悪が拡散される事態は幸いにも防止されたこと、判示第二ないし第四について、その主犯がCであることは記録上優に窺えるところであり、被告人は法律上共同正犯の立場にあるとはいっても、Cの指示、命令の下に各犯行に及んだものと認められること、前科がないこと、当初の逮捕以来の身柄拘束期間が、本件捜査の関係等もあって既に一年を超えていること、友人が被告人のために出廷し、被告人も右友人の下で真面目に働き、二度と薬物に関与しない旨述べていることなど、被告人のために斟酌することができる諸事情を十分考慮しても、被告人は主文の刑を免れないものと判断した。
(検察官鏑木伸生出席)
(求刑 懲役八年、罰金二〇〇万円、没収)
(裁判官 井上弘通)