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東京地方裁判所 平成12年(特わ)4609号 判決 2002年11月08日

主文

被告人を懲役2年及び罰金600万円に処する。

未決勾留日数中300日を、その1日を金1万円に換算して、その罰金刑に算入する。

その罰金を完納することができないときは、金1万円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から4年間その懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(犯罪事実)

被告人は、大阪市(以下略)所在のマンション内の居室を居宅兼事務所として、株取引を行うなどしていたところ、

第1  平成9年9月29日から平成10年2月18日までの間、東京証券取引所及び大阪証券取引所に上場されている株式会社甲の発行する株券につき、A、B、有限会社C、D及び有限会社Eの各名義で、a証券株式会社ほか10社の本支店を介し、東京証券取引所において、合計130万5000株を買い付ける一方、合計1万株を売り付け、同日、合計129万5000株を保有するに至り、その株券等保有割合が上記株式会社甲の発行済株式総数(2572万8716株)の100分の5を超える大量保有者となったものであるが、法定の除外事由がないのに、大蔵省令(当時の名称。以下同じ。)で定めるところにより、株券等保有割合に関する事項等大蔵省令で定める事項を記載した大量保有報告書を、同日からその提出期限である同月25日までに、その住所又は居所を管轄する大阪市(以下略)所在の大蔵省(当時の名称。以下同じ。)近畿財務局の長に提出しなかった。

第2  Fと共謀の上、平成12年2月2日、東京都千代田区(以下略)所在(当時)の大蔵省関東財務局において、真実はFにおいて上記株式会社甲の発行する株券を保有していないにもかかわらず、同人が同月1日に同株券523万8000株を取得し、その株券等保有割合が20.36パーセントとなった旨の重要な事項につき虚偽の記載のある大量保有報告書を提出した。

第3  F、G及びHと共謀の上、真実は上記株式会社甲の発行する株券の公開買付けを行う意思を有しておらず、かつ、Fにおいて同社株を取得してもいないのに、同社株の公開買付けを行う旨を公表して、その株価を騰貴させた上、信用取引により株取引を行うに当たり委託保証金の代用有価証券として証券会社に差し入れていた上記株式会社甲の株券の担保価値を増加させ、さらには、これを買値より高値で売り抜けることによって利益を得ようと企て、同社株の相場の変動を図る目的をもって、同月17日、同都港区(以下略)所在のI・J法律事務所において、ファクシミリを使用し、「来る二月二一日、午後三時三〇分より、『(略)』において株式会社甲の株式につき、公開買付けの発表をする運びになりました。」「私は、ルールに乗っ取って(注:原文のまま)、過日、株式会社甲の株式五二三万八〇〇〇株を取得し、大蔵省関東財務局に届出をし、この旨を株式会社甲にも通知しました。」「これらの株式については、現時点で名義書換えを完了していませんが、全権の委任を受けています。」「甲に弁護士と訪問したところ、甲のサイドでは、取締役一名も出席しませんでした。」「取締役が一人も会わないのは、株主軽視の日本とはいえ、非常に腹立たしく思いました。」「よって、私は、公開買付けで、決着を付けることと決意した次第です。」などと記載したF作成名義の内容虚偽の文書を、東京証券取引所内の報道記者クラブの当時の幹事社のうちの1社であった株式会社K社にあてて送信して発表し、もって、有価証券の相場の変動を図る目的をもって風説を流布した。

(事実認定の補足説明)

第1弁護人の主張の要旨

弁護人は、判示の各事実について、被告人はいずれも無罪である旨主張するところ、その理由は、要するに、(1)判示第1の事実につき、被告人が、平成10年2月18日当時、株式会社甲(以下「甲」という。)の発行済株式総数の100分の5を超える数の株券を保有していた事実はなく、仮にそのような事実があったとしても、被告人が上記の数の甲株を保有するに至ったのは、同日よりも前であった可能性もあるから、同事実の証明が十分であるとはいえない、(2)判示第2の事実につき、平成12年2月2日当時、Fは真実甲株の大量保有者であったから、そもそも大蔵省関東財務局に提出された大量保有報告書は内容虚偽のものではない、(3)判示第3の事実につき、被告人は、実際に甲株の公開買付けを行うつもりであった上、共犯者とされる者らが判示第3記載のような甲株の相場の変動を図る目的を持っていたことは全く知らなかったもので、判示第3記載のファックス送信にも一切関わっていない、というものであり、被告人も、公判段階で、おおむねこれに沿う趣旨の弁解をしている。

そこで、弁護人の主張や被告人の弁解に即して、判示の各事実を認定した理由を、以下に補足して説明する。

第2判示第1の事実について

1  関係各証拠によれば、次のような事実が認められる。

(1) 甲は、東京都(以下略)に本店を置き、飲食店の経営等を目的とする株式会社で、東京証券取引所及び大阪証券取引所にその株式が上場されているところ、同社の発行済株式総数は、遅くとも平成6年2月以降平成12年2月までの間、2572万8716株(記名式額面<券面額50円>株式で、その種類は普通株式。なお、潜在株式は存在しない。)で変わっておらず、その100分の5を超える株数は128万6436株以上であった。なお、甲は、いわゆる同族経営の会社で、発行済株式総数の過半数はいわゆる安定株主に保有されていて、浮動株はそれほど多くはなかった。

(2) ところで、a証券株式会社(以下、金融機関の名称については、「株式会社」を省略する。なお、その名称は、いずれも当時のものである。)に開設されたAの取引口座において、平成9年9月29日に甲株5000株が現物取引により買い付けられたのを皮切りに(東京証券取引所における取引。以下同じ。)、それ以後、同証券会社ほか10社の本店又は支店に開設された、A(口座のある証券会社は、a証券のほか、b証券、c証券、d證券)、B(同じくd證券、e証券、f証券、g証券。なお、株券の入庫のみに使われた口座として、h證券がある。)、有限会社C(以下「C」という。)(同じくe証券、i証券、j證券、g証券。なお、株券の入庫のみに使われた口座として、h證券がある。)、D(同じくk証券)及び有限会社E(以下「E」という。)(同じくl証券)をそれぞれ名義人とする各口座(以下「本件各口座」と総称する。)において、甲株が、同年10月28日から同年11月5日までの間に上記a証券のA名義の口座において現物取引により合計1万株が売り付けられた以外は、現物取引と信用取引により順次買い付けられた結果、本件各口座分の甲株は、平成10年2月17日までは一貫して甲の発行済株式総数の100分の5を超えることはなかったが、翌18日には、この日の時点で本件各口座から出庫されたままになっていた後記(3)記載の合計12万4000株を本件各口座分に含めると、その合計が129万5000株となり、上記100分の5を超えてその約5.03パーセントに達するに至った。なお、上記12万4000株を除く117万1000株の内訳は、A名義の各口座分が合計91万5000株、B名義の各口座分が合計19万株、C名義の各口座分が合計6万4000株、D名義の口座分が2000株であり、E名義の口座分は0であった。

(3) もっとも、上記2月18日の時点では、本件各口座において買い付けられた合計130万5000株の甲株から上記のとおり売り付けられた合計1万株の甲株を除いたもののうち、証券会社保管残数31万8000株及び信用取引(買建分)残数85万3000株を除いた12万4000株が、本件各口座のいずれかから出庫されたままの状態になっていた。すなわち、<1>同年1月21日にd證券のB名義の口座から出庫された7000株、<2>同日に同證券のA名義の口座から出庫された4000株、<3>同月22日に同證券の同口座から出庫された4000株、<4>同日にj證券のC名義の口座から出庫された3万6000株のうちの3万2000株、<5>同年2月2日にd證券のA名義の口座から出庫された3万株のうちの2万株、<6>同月3日に同證券の同口座から出庫された1万株、<7>同月4日に同證券の同口座から出庫された1万7000株、<8>同日に同證券のB名義の口座から出庫された8000株のうちの3000株の、合計9万7000株については、Eへの名義書換手続のために、同月9日にm信託銀行へ入庫された後、再び出庫されて、<1>については、そのうちの2000株が同年3月2日にn証券のA名義の口座へ、残りの5000株が同月31日に同証券の同口座へそれぞれ入庫されており、<2>については、同月2日と同月31日にそのうちの2000株ずつが同証券の同口座へそれぞれ入庫されており、<3>については、そのうちの1000株が同年2月23日にd證券のB名義の口座へ、残りの3000株が同年3月31日にn証券のA名義の口座へそれぞれ入庫されており、<4>については、そのうちの4000株が同年2月23日にd證券のB名義の口座へ、そのうちの3000株が同年3月2日にn証券のA名義の口座へ、残りの2万5000株が同月31日に同証券の同口座へそれぞれ入庫されており、<5>については、同年2月23日にd證券のB名義の口座へ入庫されており、<6>については、同日に同證券の同口座へ入庫されており、<7>については、そのうちの9000株が同日に同證券の同口座へ、そのうちの6000株が同年3月2日にn証券のA名義の口座へ、残りの2000株が同月13日に同証券の同口座へそれぞれ入庫されており、<8>については、同年2月23日にd證券のB名義の口座へ入庫されている。また、<9>同月16日に同證券のA名義の口座から出庫された3000株と、<10>同月17日にl証券のE名義の口座から出庫された5000株の合計8000株については、Aへの名義書換手続のために、同月25日に上記信託銀行へ入庫された後、再び出庫されて、<9>及び<10>のいずれも、同年3月13日にn証券の同人名義の口座へ入庫されている。さらに、<11>同年1月29日にa証券の同人名義の口座から出庫された1万9000株については、そのうちの1万7000株が同年2月23日に同証券の同口座へ入庫され、残りの2000株が同月24日にd證券の同人名義の口座へ入庫された後、いずれも同人への名義書換手続のために、同月27日に同信託銀行へ入庫されている。

(4) なお、Aは、北九州市内に住む被告人の知人で、平成元年ころからは被告人の保有する不動産の賃貸管理の仕事も行っていた者であり、Bは、奈良市内に住んでいて、平成5年ころに被告人と知り合った者であり、Cは、昭和53年に設立された、不動産の賃貸管理を業とする奈良県内にある有限会社で、Bが代表取締役を務めていたものであり(ただし、平成11年6月に倒産)、Dは、k証券に勤務していた被告人の知人のLの顧客であり、Eは、被告人の知人のMが代表取締役を務める有限会社であった。

2  本件各口座の名義人又はその開設に関与した者の供述内容

(1) Aの供述の要旨

私は、平成10年3月25日(約定日。以下同じ)にn証券の私名義の口座で現物取引により1000株、同月26日に同証券の同口座で現物取引により合計2000株、同年4月2日にc証券の私名義の口座で現物取引により2000株の合計5000株の甲株を、私の資金で買い付けたことはあるが、それ以外の各証券会社の私名義の口座における甲株の売買は、すべて被告人が、私名義の口座を使い、被告人の資金で売買したものである。すなわち、私は、平成9年9月ころ、被告人から、株の取引に失敗してしまい自分の名前は取引では使えないが、それでも株取引をしたいから、北九州の証券会社で口座を開設して、Aさんの名義で株取引をさせてほしい、信用取引もできるようにしてほしい、絶対に迷惑はかけない、などと言われ、被告人が自分の資金で株取引をするために、私名義の口座を開設することを依頼された。私は、それまでに被告人に世話になっていた上、自分名義の口座を作ったからといって、自分の金で株取引をするわけではなく、被告人の金で株取引をするだけであるから、私に害がないようにしてくれるのであれば別に構わないと思い、被告人の依頼を引き受けた。そこで、私は、そのころ、a証券、b証券、c証券で私名義の口座開設の手続をしたほか、平成10年2月27日にn証券でも私名義の口座開設の手続をするなどしたが、口座開設手続の際、私の職業については、被告人から、「有限会社Eの専務」と書くように指示されたため、実際に同社に勤務したことはなく、同社が何をしている会社かも分からなかったものの、被告人の指示どおりに手続書類に記載した。なお、平成9年11月17日付けで口座開設手続がされているd證券の私名義の口座については、私自身はその手続をしていないが、被告人から、大阪の証券会社でも私名義の口座を開設したいと頼まれ、私の運転免許証の写しを大阪の被告人の事務所あてに送ったり、大阪の証券会社に行って面接を受けたりしたことがあり、被告人の事務所の事務員であるNがその手続書類を書いたものと思う。そして、d證券の私名義の口座については、被告人が直接管理していたと思うが、それ以外の私名義の口座については、被告人から、電話で、株の銘柄、株数、売りと買いの別、注文する株価が指し値か成り行きかについての指示を受け、その指示どおりに各証券会社に取引の注文を出しており、その取引により証券会社に支払わなければならない金については、その金額を計算するなどして被告人に連絡し、被告人から銀行の預金口座への振り込みの方法により送金を受けていたほか、株券についても、被告人やNの電話等による指示に従って入出庫したり、指示されたあて先に郵送したりしており、被告人の指示もないのに株を処分するなどということはできず、実際にも、私はそのようなことは一切していない。

Aの供述は、以上のような内容である。

(2) Bの供述の要旨

私は、被告人から、自分は天下の大物だから株を買うと世間が注目するので株の口座を作ることができないから、被告人が株の信用取引をする口座を代わりに作ってほしいなどと頼まれ、平成9年11月以降、順次、私個人の名義でd證券本店ほか16社の証券会社に口座を開設したほか、被告人から法人で取引ができるところを探してほしいとも頼まれて、C名義でもe証券本店ほか17社の証券会社に口座を開設したが、これらはいずれも、実際には被告人の口座であった。さらに、私は、被告人から、大量の株の取引をするためには多数の口座が必要であるという趣旨のことも言われたので、既に開設されていたが全く株券が保有されていなかった、私名義及びC名義の各口座(o証券、p証券)も被告人に貸した。私は、それと前後して、被告人から、株に興味があって財産を持っている人を紹介してほしいと頼まれ、私の仕事上の取引関係で付き合いのあったO株式会社(以下「O」という。)のP会長を紹介した。私と被告人がPに会いに行った際、被告人が、Pに対し、株取引に出資してくれれば、上がった利益で同人が興味を持っているベンチャー事業等の手伝いをすることができるなどと述べて資金援助を頼み、同人が、現金の代わりに、Oの株券を株の信用取引の担保として被告人に預けることを承諾した。そして、Pは、同年12月終わりころまでに、3回にわたり、合計75万株の同社の株券を被告人に貸与したが、その都度、私が「株券預り証」と題する書面を作成した。その後、平成10年に入ってすぐに、私は、Pから、上記「株券預り証」を作り直すように言われて、改めて「株券預り証」を作り直し、私のほかに被告人にも、住所と氏名をこれに記入した上、印鑑も押してもらった。この「株券預り証」に、被告人と連名で私の住所、氏名をも記載したのは、Pから、被告人はまだよく分からないので、私を信用してOの株券を貸与することにしたなどと言われて、私の名前も「株券預り証」に書くように指示されたためである。こうして、私は、被告人から、注文する株の銘柄や株数の指示を受け、これを証券会社に取り次ぐ形で、私名義やC名義の各口座において、Oの株券を担保にQ株式会社(以下「Q」という。)や甲株等の売買の注文を出し始めたが、当初は、被告人が、私名義やC名義の各口座で甲株も売買をしていることを知らず、私が甲株の売買注文の取次ぎをした記憶もほとんどない。そして、私は、これにより、さしあたり被告人から報酬を受けてはいない。信用取引の担保に差し入れたOの株券については、後に売却して、甲株などと差し替えたりしたが、これも被告人の判断で行ったものである。また、私は、後日、証券会社から追い証を求められることになったが、その際にも、これを被告人に伝えて、被告人から、自分が解決するから心配する必要はないなどと言われていた。もっとも、その後に株が暴落して、私も1000万円くらいを払わざるを得なかった。なお、私は、平成10年3月2日と同月3日に、d證券の私名義の口座において、知人のRのために、合計6000株の甲株を現物取引で買い付けたことはあるが、それ以外の甲株の売買は、実質的にはすべて被告人が行ったもので、その株も被告人の保有するものである。私が被告人の依頼を引き受けて、多数の口座を開設し、さしあたり無報酬で、株の売買の注文を取り次いだりしたのは、被告人から、具体的な利益の約束こそなかったものの、将来的には悪いようにはしないと言われ続けたり、億単位の報酬をくれるという趣旨の話もあったりしたことや、P会長のためにきちんとしなければいけないという思いがあったからである。

Bの供述は、以上のような内容である。

(3) Lの供述の要旨

私は、k証券に勤務していた平成9年12月ころ、被告人から、Qの株を買いたいから、k証券にB(被告人の友人として紹介された有限会社CのB)の口座を開設してほしい旨依頼されて、これを上司に伝えたところ、上司から、口座開設はよいが、Qの株は仕手筋が介入している噂があるということで、買うのは控えるように言われたため、それでは口座を開設する意味がないと思い、被告人に、Bの口座を開設することはできない旨回答した。すると、被告人は、私に対し、どうして口座開設ができないのかと怒り、さらに、困っている、どうしてもQの株を買いたい、担保を持ってくるから、誰か信用できる人の口座を貸してほしいなどと言い、k証券に既に開設されている口座を貸すように頼んできた。そこで、私は、当時の顧客であったDの承諾を得た上で、売れ残って処分もできないような株くらいしか残っていなかったk証券の同人名義の口座を被告人に使用させることにした。その後、被告人は、同月中に、Oの株券合計3万株を担保に持ってきて、これを代用有価証券としてD名義の口座で信用取引を始め、私に、その都度、注文する株の銘柄や株数等の取引内容を指示してきたので、私は、被告人の指示どおりに注文を出していた。被告人は、同口座で、甲株も買い集めていた。そして、私は、大阪市内の被告人の事務所等に赴き、被告人の事務所の事務員であるNと会ったりして、株や現金の受け渡しをしており、実際に被告人が保有していた各銘柄の株の残数についても、取引ごとにその内容を書面にして、Nに渡していたし、被告人から直接問い合わせの電話があったこともあるので、被告人も分かっていたと思う。

Lの供述は、以上のような内容である。

(4) Nの供述の要旨

私は、平成6年ころから、被告人の事務員として働いていた者である。私は、平成9年11月17日ころ、被告人から、d證券にA名義の口座を開設するから書いてくれと言われ、その手続書類を書いたが、これは被告人が自分で株取引をするために使う口座で、株の売買の注文も被告人自身がしていた。また、私は、平成10年2月4日ころ、被告人から、Eで口座を作るから書いてくれと言われて、l証券に、株取引のための有限会社E名義の口座を開設するために、その手続書類を書いたことがある。同社は、活動実体の全くない会社で、同社の代表取締役のMという女性も、かつて被告人の事務所がある大阪市内の建物の別の部屋に住んでいて、被告人の事務所にも出入りしていたが、平成8年夏か秋ころには、住んでいた部屋から出て行き、その後は被告人の事務所に出入りすることもなくなっていた。被告人は、このl証券の口座で2週間くらい株の売買をしていた。被告人は、自分で株の注文を出していた口座については、証券会社に対し、1日に何度も電話をかけて株の値動きを尋ねていたし、被告人が保有している株の残高についても自分で確認し、あるいは、私にも確認させたりしており、各口座のそのときそのときの株数をノートにもつけていた。

Nの供述は、以上のような内容である。

3  平成10年2月18日の時点における本件各口座の甲株の帰属についての検討

(1) 本件各口座が開設された経緯やその口座における株取引の状況等に関する上記4名の各供述は、いずれも具体的かつ詳細なものである上に、あえて作り話をして被告人を罪に陥れようとしているとの疑いを抱かせるような作為的な点や、内容的に不自然、不合理な点なども特に見当たらず、さらに、被告人が、知人らに依頼して他人名義のいわゆる借名口座を開設した上、その借名口座において、自己の計算で現物取引や信用取引により甲株などの株の売買を行っていたという点に関し、各供述内容が相互に符合していて、その信用性を補強し合っているということからみても、各供述ともその信用性が高いといえる。

(2) ところで、弁護人は、<1>本件各口座のうちのB名義及びC名義の各口座(以下、これらを「B等口座」と総称する。)で買い付けた甲株に関して、被告人が、B等口座の甲株の半分はBのものであると述べていることに加え、Bが、B等口座で行われた膨大な取引を、その結果生じるリスクをも負いながら、それに要する労苦をいとわずに行っていたという状況のほか、Pとの間で作成した「株券預り証」には、被告人とBとが連名で署名していることや、証券取引等監視委員会の証券取引特別調査官が作成した甲株取引日々残高表によれば、B等口座から出庫された甲株の中には、その入庫先が特定されていないものがあり、これはBが自己の株券として処分したためと考えられることなどに照らせば、B等口座の甲株の中にはBが自己の計算で買い付けたものも含まれているか、あるいは、B等口座の甲株は被告人とBとの共有に係るものと考えられる、<2>被告人は、平成12年1月に、知人のSから甲株を借り受けて本件各口座へ入庫したことがあるほか、知人のTから甲株の買付けを依頼され、本件各口座においてその買付けを行ったことがあるということや、平成10年2月23日に、d證券のB名義の口座へ入庫された5万株のうちの3000株については、本件各口座から出庫された形跡がないから、この当時も平成12年1月当時と同様の状況があったとうかがわれることなどに照らせば、平成10年2月18日の時点における本件各口座の甲株についても、被告人以外の第三者に帰属する甲株が交じっていた疑いがある、という趣旨の主張をする。

しかしながら、弁護人の主張<1>についてみると、Bが、被告人の依頼に応じてB等口座を開設し、さしあたり無報酬で、被告人からの株の売買についての指示を受け、その注文を証券会社に取り次ぐなどしていた理由として述べるところ(その内容は上記2の(2)掲記のとおり)は、それなりに納得し得るものであるのに対し、B等口座の甲株の半分はBのものであるという被告人の上記公判供述は、具体性に欠けるあいまいな内容である上に、関係証拠上これを具体的に裏付けるような状況も見当たらないのであって、このような被告人の公判供述により、Bの上記供述の信用性に疑いが生じるものではない。また、被告人のみならずBまでもが上記「株券預り証」に署名した経緯について、同人の述べるところ(その内容は上記2の(2)掲記のとおり)も、特に不自然な点はない上、そのような経緯に加え、同人が述べるようなB等口座における株(とりわけ甲株)の取引状況等にも照らせば、同人が、Pから貸与されたOの株券につき、同人に言われるまま、被告人とともにこれをPに返還する義務を負う趣旨の書面に署名したからといって、直ちに、B等口座において買い付けた甲株が被告人とBとの共有である旨推認されるものではない(なお、そもそも平成10年法律第107号による改正前の証券取引法27条の23第3項によれば、株券の保有割合を考える上では共同保有者の保有株券の数も加算することとされているのであるから、仮に、B等口座の甲株の一部が被告人とBとの共有であったとしても、被告人の保有株数が減少することにはならないものというべきである。)。さらに、B等口座から出庫された甲株の中に、その入庫先が特定されていないものがあるという点についても(もっとも、調査官報告書や捜査報告書等によれば、その出庫日が平成10年2月18日以前のものはない。)、上記2の(2)掲記のBの供述と対比して検討すると、同月19日以降に本件各口座から出庫された甲株の一部につき、証券取引等監視委員会の調査によってもその入庫先を特定することができないものがあったからといって、直ちに、この入庫先の明らかでない甲株につき、同人がこれを自己の株券として処分したものであり、ひいては、同人が自己の計算により買い付けたものであったなどというような疑いが生じるものではない。そうすると、弁護人の主張<1>は、採用の余地がない。

そして、弁護人の主張<2>についてみても、証拠によれば、確かに、被告人が、Sから甲株を借り受けたことや、Tから甲株の買付けを依頼されたことをうかがわせる状況もないわけではないが、これらはすべて平成12年1月ころの出来事であったというのであり、関係証拠上、平成10年2月18日までの間の本件各口座における甲株の売買に関しても、同様の出来事があったことをうかがわせる具体的な状況は見当たらない。また、調査官報告書や捜査報告書によれば、同月23日に、d證券のB名義の口座に入庫された5万株の甲株の中には、どの口座から出庫したか特定されていない3000株が含まれていることが認められるが、これについては、被告人が何らかの理由で保有するに至った甲株を合わせて入庫したと考えても不自然ではないと考えられる(関係証拠上、この3000株の甲株が、被告人以外の者の保有するものであることをうかがわせるような具体的な状況はない。)。すなわち、このような、どの口座から出庫したかが明らかでない甲株3000株があるからといって、直ちに、それ以前の同月18日の時点における本件各口座の甲株について、被告人以外の者の保有するものが含まれているというような疑いが生じるものではない。そうすると、弁護人の主張<2>も、採用の余地がない。

(3) 以上によれば、結局、上記2の(1)ないし(4)掲記の各供述は十分に信用し得るものであり、平成10年2月18日の時点において本件各口座に保有されていた甲株について、Bをはじめ、被告人以外の第三者の保有するものが含まれていることをうかがわせる状況も見当たらない。すなわち、上記1の(1)ないし(4)で認定した事実に、信用性の高い上記2の(1)ないし(4)掲記の各供述を総合すると、被告人が、上記2月18日に、本件各口座において甲株合計129万5000株を保有するに至ったことは、優にこれを認めることができる(この点、弁護人は、被告人が本件各口座の甲株以外にも甲株を保有していた可能性があるから、被告人が甲株の大量保有者になった日が上記2月18日であるという点の証明が十分ではないとも主張するが、関係証拠を精査してみても、上記2月18日より前の時点で、被告人が甲株の大量保有者になったことをうかがわせるような具体的な状況はないのであるから、弁護人の上記主張は、前提において採用の余地がない。)。

なお、上記1の(3)掲記の、上記2月18日の時点で本件各口座から出庫されたままの状態になっていた12万4000株の甲株についても、既に検討したとおり、それが被告人の借名口座の名義人への名義書換のために出庫されたと認められることや、まもなくいずれも被告人の借名口座のいずれかへ入庫されていると認められ、その出庫から入庫までの比較的短い期間内に、被告人以外の第三者に保有されたことをうかがわせる状況も特に見当たらないことなどに照らせば、上記2月18日の時点においても被告人が保有していたものであると十分に認定し得るところ、この点につき、被告人は、公判供述中で、私は、担保余力の関係で、自分の株を、担保余力のある口座から出庫して別の担保余力のない口座へ入庫したことはあったものの、その場合には入庫から出庫までに1日か2日程度の間隔しか置いておらず、出庫してから1か月か2か月後に入庫しているような株は、第三者から預かっていた株をいったんその第三者に返し、再び預かったものであるとか、上記信託銀行で名義書換手続をした株券は、その所有者から同信託銀行に名義書換に出すように指示されてその手続をしたものであるから、私はその株券を保有していないなどと述べているのであるが、上記の認定を左右するほどの具体性のある供述ではなく、また、関係証拠上、上記12万4000株の関係で被告人の供述を具体的に裏付けるような状況も格別見当たらないことに加え、被告人が本件審理の終結間際になって初めてこのような供述をするに至ったことをも併せ考えると、このような被告人の公判供述によって上記の認定が左右されるものではない。

4  結論

そうすると、被告人は、平成10年2月18日に、発行済株式総数の100分の5を超える甲株を、他人の名義をもって保有するに至ったものと認められるのであるから、平成10年法律第107号による改正前の証券取引法27条の23第1項に定める上記甲株に係る大量保有報告書を、上記2月18日(水曜日)からその提出期限である同月25日までに(同法上、日曜日その他政令で定める休日の日数は不算入)、その住所又は居所(当時被告人が大阪市内の居室に居宅兼事務所を置いており、したがって、少なくともその居所が大阪市内にあったことは、関係証拠上明らかである。)を管轄する大蔵省近畿財務局の長に提出しなければならなかったところ、被告人が同提出期限までにその大量保有報告書を提出しなかったことは、調査官報告書等により明らかであり、被告人も公判供述中でこれを認めている。したがって、被告人が、上記改正前の証券取引法198条5号、27条の23第1項に違反したことは明らかである。そして、上記2の(1)ないし(4)掲記の各供述によれば、被告人は、借名口座である本件名口座において甲株の売買を行うに際し、各名義人等に対し、注文する株の銘柄、株数、売りと買いの別などを、逐一具体的に指示しており、また、証券会社に頻繁に電話をかけるなどして、株の値動きや、自己が保有する株の残高について確認していたことなどが認められるのに加え、被告人が、甲株の売買を始めるに当たり、会社四季報を読み、甲の資本金の額や発行済株式総数などを調べて把握していた旨述べていることをも併せ考えると、被告人が自己の保有する甲株の株数とそれが発行済株式総数に占める割合を逐一把握していたことは十分に認めることができるから、被告人においては、上記2月18日の時点で、自分が大量保有報告書を提出しなければならない立場に置かれるに至ったことを認識していたものと考えられるのであり、これに合理的な疑いを差し挟むような状況もない。すなわち、被告人につき上記証券取引法違反の罪の故意も認められるというべきである。

以上の次第で、関係各証拠を総合すると、判示第1の事実は、合理的な疑いを超えてこれを肯認することができる。

第3判示第2の事実について

1  甲株に関する虚偽の記載のある大量保有報告書の提出

(1) 関係各証拠によれば、Fが、平成12年2月2日、判示第2記載の大蔵省関東財務局に赴き、同人において、同月1日に523万8000株の甲株(以下、これらを「本件甲株」と総称する。)を1株当たり1385円(前日の終値。株価の合計は72億5463万円)で譲り受け、これを保有するに至った旨の大量保有報告書(以下「本件大量保有報告書」という。)を係官に提出したこと、当時の甲の発行済株式総数は2572万8716株であったから(上記第2の1(1)参照)、本件甲株はその約20.36パーセントに当たるものであったこと、これに先立ち、本件甲株については、同月1日付けで、Vら7名の名義になっていたものを、上記Vら7名がすべてFに譲り渡すことを承諾するという内容の「株式譲渡に関する覚書」と題する書面と、上記Vら7名のFに対する委任状が作成されていることが認められる。

(2) もっとも、関係各証拠によれば、上記Vら7名の名義であった本件甲株は、被告人が、自己の計算において、証券会社に開設された上記7名の名義の各借名口座における現物取引又は信用取引により取得し、上記2月1日付けの「株式譲渡に関する覚書」を作成する時点でこれを保有していたものであることは明らかであり、被告人も、公判供述中で、これを認める趣旨の供述をしている。

(3) 他方、Fの上記公判供述によれば、Fが本件大量保有報告書において本件甲株の保有者として掲記されたのは、その経緯の詳細は後に検討することとして、要するに、あくまでも同人がその名義を貸しただけであって、もとより同人が取得資金を出捐して本件甲株を譲り受けたものではなく、また、同人にはそのような意思も全くなかったこと、そうであるのに、同人が本件大量保有報告書に本件甲株の保有者として名前を掲記することになったのは、同人が、知人のGや、同人に紹介されて知り合った被告人らとの間での打合せの結果に従ったものにすぎなかったことが認められるのであり(Fにこの話を最初に持ち掛けたXも、その検察官調書中で、Fの上記供述内容をおおむね裏付ける供述をしている。)、これに合理的な疑いを差し挟むような状況はない。

(4) そうすると、同月2日に大蔵省関東財務局に提出された本件大量保有報告書は、まずもって、本件甲株につき、これを譲り受けて取得したものではないFが、これを上記2月1日に譲り受けてその保有者になったとしている点で、重要な事項につき虚偽の記載のある大量保有報告書であったことは明らかである。

そこで、このような虚偽の記載のある大量保有報告書が提出されるに至った経緯等について、以下に検討する。

2  前提となる事実経過

(1) 被告人、F、Gらが知り合うに至った経緯やその関係等

まず、被告人とFやGらが知り合うに至った経緯や、それぞれがどのような関係にあったのかなどについてみると、関係各証拠によれば、次のような事実が認められる。

ア 被告人は、昭和58年ころに、カーテン等の販売を業とする株式会社を設立してその代表取締役に就任したが、後にその会社はいわゆる休眠状態となったほか、昭和60年代ころには、コンサルタントなどの仕事も始めたものの、従業員らの給料も払えない状態に陥って、営業をやめている。その一方で、被告人は、昭和58年ころから、見よう見まねで株取引を始め、その後自分なりに研究をしながら、昭和60年ころに購入した大阪市内にあるマンション内の居宅兼事務所を拠点に、他人からも金を借りるなどして、現物取引や信用取引により、主にあまり知られていない会社の株を買い付けてその株価が値上がりするのを待つといったやり方で、株取引を続けていた。その間、被告人は、平成6年ころにNを事務員として雇い入れ、同人に指示して、株取引に伴う現金の出し入れや株の入出庫の手続等の事務に当たらせていた。

イ 一方、Gは、平成10年に前刑の服役を終えた後、平成11年4月ころから、東京都港区(以下略)内に事務所を置き、乙株式会社(以下「乙」という。)の代表取締役として、同名のテーマパークのPR活動を行っていたが、はかばかしい売上げがなく、同年11月ころには事実上その営業をやめてしまい、実質的には無収入の状態になっていた。また、同人は、そのころ、かねて親交のあった東京都千代田区内で歯科医院を営むXや横浜市内の不動産業者らとともに、同市内にある約10万坪にも及ぶ土地の開発事業を手掛けることをも目論んでいたものの、そのために必要な多額の資金(Gの目算でさしあたり20億円くらい)の調達については、いまだに具体的な目処も立っていなかったほか、埼玉県内にある不動産の売買仲介の仕事も頓挫して、上記事務所の運営費や生活費にも事欠く状態に陥り、消費者金融会社等から金を借りたりしたあげく、やむなくXに借金を申し込んで何度か多額の金を借り受けていたほか、同年12月中旬ころには、同人の知人でリサイクルショップを営む有限会社の代表取締役であるYからも20万円を借り受けるといった苦しい経済状況にあった。

ウ また、Fは、同年2月ころから、会員制組織を通じて健康飲料を販売する仕事に携わっていたところ、同年10月ころ、かねてその仕事の関係等で交際していたXの紹介でGと知り合って懇意になり、乙の事務所にも頻繁に出入りをするようになっていたが、そのうちGから、Xを介して、金に困っているということで借金を申し込まれ、同人を介して、同年12月中旬ころに200万円を、平成12年1月以降にも300万円と270万円をそれぞれGに貸すなどしたが、最初の200万円についてはまもなく返済を受けたものの、その余については返済を受けられないままであった。

エ さらに、Hは、平成10年に前刑の服役を終えた後、株式会社丙の代表取締役として、輸入品の販売等の仕事をしていたところ、平成11年12月下旬ころ、服役中に知り合ったGと再会し、それ以後頻繁に乙の事務所に出入りをするようになっていた。

オ ところで、被告人は、平成11年夏ころに、Yと知り合って懇意になり、同年9月ころには、被告人自身の名義では株を買うことができないので、Yの口座を使用して株取引をさせてほしい旨同人に頼み、既に自分でも証券会社の口座において若干の甲株等を買い付けていた同人の承諾を得て、平成11年中に、証券会社の同人名義の口座において、被告人の計算により甲株の売買を行った。また、被告人は、同年9月ころにYを通じて面識を得たXにも、株に詳しいが、自分の名義では株を買うことができない人物として紹介されていたところ、同年12月上旬ころに東京都内でXと会った際、甲株の株価は確実に上がることが見込まれるなどと説明した上、既に自分でも証券会社の口座において若干の甲株等を買い付けていた同人の同意を得て、そのころから、証券会社の同人名義の口座において、被告人の計算で現物取引や信用取引により甲株を買い付けるようになっていた。なお、被告人が自己の計算によりX名義の口座において買い付けた甲株は、同年12月に信用取引(同月7日と同月9日に合計6000株を単価1100円ないし1150円で買い付けた。)と現物取引(約定日同月20日、売渡日同月24日の買付分は単価1160円で2000株と単価1180円で3000株であり、約定日同月27日、売渡日同月30日の買付分は単価1164円で1000株)により買い付けた合計1万2000株と、平成12年1月14日(売渡日は同月19日、単価は980円ないし1039円で合計4000株)と同月17日(売渡日は同月20日、単価は1048円と1049円で合計3000株)に現物取引により買い付けた合計7000株であったが、前者の1万2000株については、約定日の4日後までには、その代金相当額が被告人からXに送金されて決済されたものの、後者の7000株については、被告人において、Xに催促されても、結局その代金相当額の手当てをすることができなかったため、やむなく同人においてこれを調達して決済せざるを得なかった。

カ また、被告人は、同年1月中旬ころ、XやYと一緒に、乙の事務所を訪れ、株に詳しい人物であるなどとして、XからGに紹介され、同人と知り合うに至った。そして、被告人は、その日や、その後まもなく同事務所を訪ねて再度Gと会った際に、同人に対して、早速に甲株の話を切り出し、次のような趣旨の説明をして、甲株の買付けを依頼した。すなわち、自分は、甲株を二十数パーセント持っているが、事情があって自分では買えなくなっている、現物取引で買った株を担保に信用取引で株を買ってきたが、買い増しができないと株価が下がり、追い証がかかってしまい、買い集めた株も証券会社に強制的に売られてしまう、Gのほうで甲株を買って、株価を1300円くらいまで上げてほしい、そうすれば担保で差し入れている株にも担保余力が付いて、私にも資金の余裕ができる、そのときには買ってもらった株を私が市場で買い戻す、甲株は浮動株が少ないので、株価はすぐに上がる、などと述べた。さらに、被告人は、Gから、自分は横浜の方の土地の開発を行っているが、被告人にその資金の応援をしてほしいなどという趣旨の依頼をされたのを受けて、なおもGに対し、甲株を買っていけばその資金を作ることができるので、甲株を買い集めるのに是非協力してほしい旨頼み、同人から、自分は資金がないので、横浜の土地の開発に当たっている仲間と一緒に甲株の買付けに協力するから、被告人においても横浜の土地の開発資金につき協力を願いたい旨の回答を得た。

そして、Gは、そのころ、被告人が信用し得る人物である旨Xに確認をした上、Hや上記土地の開発事業に一緒に関わっている者らに対しても、甲株を買い集めるよう依頼した。その結果、Hから更に依頼を受けたその知人において、早速同月26日の前場から、その日だけでも2万6000株の甲株の買付けを行ったほか、同月下旬ころから、XやH、あるいは、同人やGの知人らにおいても、信用取引などにより甲株の買付けを始めた。

キ さらに、被告人は、同月下旬ころ、Gから、甲株を買い集めるのに協力してくれる人物としてHを紹介されて、同人とも知り合うに至った。その際、被告人は、Hに対し、自分は20パーセント強の甲株を自己資金で買い付け、これを完全に自分で掌握しており、買付資金を調達する過程で借入金の担保にしているようなことはないなどという趣旨の説明をしていた。他方、被告人は、そのころから、市場が開いている時間は、連日のように乙の事務所に詰めて、q証券から同事務所あてに、毎日、数回にわたり、その時々の甲株の買い注文と売り注文の状況(いわゆる板情報)についての報告をファクシミリで送信させたりしていた。

ク そして、被告人は、同年2月1日、乙の事務所において、G、X、Hらと一緒にいた際、Gから、Fを紹介されて、同人とも知り合うに至った。

(2) 株取引に関して被告人の置かれていた状況

次に、既にみたとおり、被告人は、平成9年9月から多くの借名口座を用いて甲株の売買を行っていたものであるところ、このような株取引に関して、被告人がどのような状況に置かれていたのかについてみると、関係各証拠によれば、次のような事実が認められる。

ア 被告人は、平成11年5月に、q証券にN名義の借名口座を開設し、それ以後、同口座において、自己の計算で、主に信用取引により甲株を買い付けるなどしていたところ、甲株はもともと出来高がそれほど多くなく、しかも、浮動株も少なかったことから、上記口座において被告人が買い付けるに伴ってその株価が上昇し、同月の時点では700円台であった株価(以下、特に断らない限り、東京証券取引所における終値をいう。)が、同年8月ころには1000円台をつけるまでになっていた。そして、被告人は、Nに指示し、同月16日に、同人名義で、甲株合計140万3000株(発行済株式総数の約5.45パーセント)を保有するに至った旨の大量保有報告書を大蔵省近畿財務局長あてに提出したほか、その後も、甲株を買い進むに伴い、平成12年1月18日まで、逐次、その保有割合についての変更報告書(同日付けの変更報告書における保有割合は約10.28パーセント)を同局長あてに提出した。なお、Nは、上記各報告書の保有目的欄については、被告人に指示されたとおり、いずれも「純投資」と記載していた。

イ そうした折、東京証券取引所は、平成11年7月か8月ころ、q証券に対して、上記N名義の口座における甲株の買付けに関し、大引け間際、すなわち午後3時の取引終了間際に、その日の高値の売り注文をさらうように買い付ける注文が出されていたことに対し、このような注文を出して買い約定を成立させると、株価を高く値付けするためのいわゆる株価操作の疑いがある旨指摘して、注意を促した。そこで、同証券会社の本店営業部長や検査部長らは、同口座における信用取引による甲株の買い残高も大きくなっていたこともあって、被告人にも東京証券取引所からの上記の注意を伝えたり、同年11月4日には、Nを同道して上京してきた被告人と会い、これ以上市場を騒がせないで甲株を買うのは難しい旨も伝えたりしたが、被告人の答えは、あくまでも甲株を買うというものであった。

ウ その後も上記N名義の口座における甲株の買付けは続けられたが、もともとその取引形態は、主に信用取引により買い付けた甲株等の有価証券を委託保証金の代用有価証券(時価の80パーセントを保証金の額と評価)として更に信用取引を行うという、その代用有価証券の株価が下落した場合のリスクが大きいものであった。そして、実際に、甲株の株価が、平成11年12月中旬に1190円にまで上がった後、徐々に下がり始めて(同月29日には1129円、同月30日には1125円)、同月末ころには、同口座における信用取引に関し、取引による約定価格に対する委託保証金として差し入れられていた代用有価証券と委託保証金の総額(ただし、値洗い損金と未収費用を控除)の預託率が、委託保証金率である30パーセントを割り込むことがほぼ常態となったばかりか、平成12年1月に入ると、甲株の株価が更に下落したことに伴い(最安値は同月19日の979円)、いわゆる委託保証金維持率である20パーセントさえも恒常的に割り込む深刻な事態に立ち至った。ちなみに、同月17日の時点(株価は1048円)における同口座の状況は、差入れに係る代用有価証券9億3395万9200円と委託保証金28万4800円の合計額から値洗い損金と未収費用を差し引くと、委託保証金残額が5億1743万5200円となり、買建約定金額33億8139万5000円の30パーセント相当額が10億1441万8500円であるのに対し、4億9698万3300円の巨額の不足額が生じていた(預託率は約15パーセント)。

エ そのため、同証券会社は、被告人やNに対し、再三、電話で委託保証金の不足額の入金を求めたが、被告人が、何とかするなどと言うばかりで、追加保証金の入金をしなかったことから、これと併せて、同月18日付け及び同月27日付け各書面(Nあてのもの)で、それぞれその入金を督促し(その金額は、前者が委託保証金の不足額4億9698万円余りで、後者が委託保証金の不足額の7億467万円余りのほかに信用取引損金と品受代金の立替分3784万円余り)、このままでは代用有価証券を売却することになるということまでも被告人に警告していたところ、同月27日に1024円であった甲株の株価が、翌28日には急に上がって1224円になり、同月31日には更に1400円に上がったため、ようやく委託保証金の不足は解消されたほか、上記立替分についても、いわゆるクロス取引(信用取引により買い建てていた株が値上がりした時点で、これを品受けした上、現物の売り注文として発注して差益を得ると同時に、同一株数の信用取引による買付けを行うこと)で出した利益により清算されるに至った。

オ そのほか、被告人は、r証券に開設されたW名義の口座における甲株の取引に関しても、平成11年秋ころから委託保証金の不足が生じ、同人からその補填を督促されて、今は難しいなどと答えていたところ、同人において、やむなく平成12年1月21日と同月24日に合計1200万円を証券会社に支払うに至った。

3  本件大量保有報告書の提出経緯についての検討

上記2で認定した事実経過等を前提に、Fが虚偽の記載のある本件大量保有報告書を提出した経緯について、更に検討を加えることとする。

(1) Fの供述の要旨

私は、平成12年1月28日ころ、乙の事務所において、Xから、ある人が甲の株20パーセントくらいを、事情があって7人の名義に変えて持っている、甲株の株価を上げるために、それを1つにまとめて大株主の名義にしたいので、その名義人になってもらいたい、名義を1つにまとめるのは、今甲株が上がっているが、名義をまとめることにより市場の注目を集めて、株価をもっと上げたいからであるなどと言われた。私は、答えをいったん留保したが、同年2月1日に乙の事務所に赴いた際、X、G、Hらも同席する中で、被告人を紹介されて、被告人から、甲株が全部で523万8000株あるので、その名義人になってほしい、名義人になってもらえれば、1部上場なので世間にアピールできるし、あなた(F)の仕事にも貢献できるなどと言われた。私は、被告人から、甲株で利益が出たら、私が取り扱っている健康飲料をさばいてあげるとも言われたので、甲株の名義人になることを引き受けた。もっとも、この時点では、名義を貸してくれるように頼んでいる人がもう1人いて、最終的に誰が名義人になるかは決まっていなかった。そして、私は、翌2日の午前中にも、Xに呼ばれて乙の事務所に行ったところ、被告人やX、G、Hらがいて、既に私の名前も記載された、甲株523万8000株を私に譲渡することを承諾するという内容の「株式譲渡に関する覚書」と題する書面と私に対する委任状を示され、被告人から、これらの書面を持って関東財務局に行き、甲株に関する大量保有報告書を提出してくるように言われたので、直ちに、XやGと一緒に、大蔵省関東財務局に赴いて、大量保有報告書用紙に所定事項を記載して係官に提出した。私は、この甲株を実質的に保有しているのが被告人であることは分かっていた。そして、私は、乙の事務所に戻り、待っていた被告人やHらに持ち帰った大量保有報告書の写しを見せると、被告人は喜んで、「明日が見物や。」などと言っていた。そして、その日のうちに、被告人らが文面を考えて、私が甲株523万8000株を取得して大量保有報告書を提出したことを報告し、詳細(株式買増等)については後日会見するという内容の「報告書」と題する私名義の書面を作成し、被告人の用意したマスコミ各社のリストに記載された電話番号にあてて、乙の事務所のファクシミリで上記書面を送信したが、その際、被告人は、明日の新聞が見物だという趣旨のことを言っていた。

Fの供述は、以上のような内容である。

(2) 上記(1)掲記のFの供述は、具体的かつ詳細なものであって、作為的な点なども見当たらない上に、上記2で認定した事実経過、とりわけ、Fが知人のGに紹介されて被告人と知り合った経緯や、それまでに被告人がGに甲株に関して依頼していた内容、あるいは、その当時甲株の取引に関して被告人の置かれていた状況等に照らしてみても、自然な流れに沿った内容といえるものである。しかも、Fの供述中、同人が本件甲株の名義人になることを持ち掛けられ、これを引き受けて、大量保有報告書を提出するに至るまでの経緯については、これに関わったG、H及びXが、それぞれ当公判廷で証人として尋問を受けた際に供述した内容とも、主要な点でおおむね符合している。さらに、共通の知人の依頼で被告人と会った丁は、当公判廷で証人として尋問を受けた際、同年1月下旬ころ、その経緯や理由はともかく、被告人から、甲株の名義人になることを依頼されたものの、はっきりした返事をせず、後日これを断った旨述べているところ、GやXも、その各公判供述中で、同年1月下旬ころ、被告人が、複数の名義で持っている甲株を丁の名義にしようとしていた旨ほぼ符合する内容の供述をしていることも併せ考えると、Fの供述中、上記2月1日の時点においては、本件甲株の名義人を依頼していた人物がF以外にもう1人いたという点についても、裏付けられているといえる。そうすると、上記(1)掲記のFの供述内容は、同人が被告人の依頼を受けて本件甲株の名義人になることを承諾したという点をはじめとして、その信用性が高いということができる。

(3) ところで、被告人は、本件甲株は、自分が、Gに対し、1株1300円前後で譲り渡したものであり、ただ、Gが名前を出すことができなかったことから、代わりにFがその譲受人となっただけであるなどという趣旨の弁解をしているのであるが(もっとも、被告人は、Gに対する本件甲株の譲渡は買付予約であって、同年2月17日の直後には、被告人がこれを保有していたとも解される供述もしており、必ずしもその供述が一貫しているわけではない。)、これに関わったGやXらは、上記(2)でみたとおり、それぞれ上記(1)掲記のFの供述と符合する内容の供述をしていて、本件甲株が被告人からGに譲渡されたという趣旨のことは一切述べていない。しかも、被告人のGに対する本件甲株の譲渡の内容も甚だあいまいなものであるのみならず、関係証拠を精査してみても、523万8000株もの大量の本件甲株(その株価総額を平成12年2月1日の甲株の終値である1385円で計算すると合計72億5463万円)につき、Gが被告人からこれを譲り受けたことを客観的に裏付けるような資料は一切見当たらず、さらに、そのころ、Gにおいても、その代金の調達等、本件甲株を譲り受けて保有するための準備と目されるような行為をした形跡はなく、その後、Gから被告人に対し、本件甲株の代金が支払われた形跡もないばかりか、上記2の(1)イ、ウで認定したとおり、その当時、Gは経済的に非常に苦しい状況にあったというのであるから、そもそも、そのような窮状に陥っていた同人が、本件甲株を被告人から譲り受けるなどというのは、極めて不自然かつ不合理なことといわざるを得ない(なお、GやFの各検察官調書謄本等によれば、Gが、東京都内に本社を置くAA株式会社の代表取締役に、Fに対して100億円を融資する旨の証明書を交付してほしい旨頼み込んでいたことが認められるが、その時期は同年3月初旬以降とかなり後のことであった上に、形だけの融資証明書の交付を頼んだものであることは、G自身も認めているのであるから、同人が多額の資金を調達し得たことをうかがわせるものではない。)。 そうすると、被告人の上記弁解供述は、到底信用することができないものであり、他に上記(1)掲記のFの供述の信用性を左右するような状況はない。

4  結論

以上の次第で、上記3の(1)掲記のFの供述等関係各証拠を総合すれば、重要な事項につき虚偽の記載のある本件大量保有報告書の提出につき、被告人がFとその旨意思を相通じて共謀を遂げていたことも含め、判示第2の事実は、合理的な疑いを超えてこれを肯認することができる。

第4判示第3の事実について

1  問題点の所在

(1) 関係各証拠によれば、Fが、判示第3記載のとおり、平成12年2月17日に、I・J法律事務所から、同法律事務所備付けのファクシミリにより、東京証券取引所内の報道記者クラブの当時の幹事社(毎月の当番制で、幹事社に連絡を入れると報道各社への情報の周知が図られる。)のうちの1社であった株式会社K社にあてて、「来る二月二一日、午後三時三〇分より、『(略)』において株式会社甲の株式につき、公開買付けの発表をする運びになりました。」「私は、ルールに乗っ取って(原文のまま)、過日、株式会社甲の株式五二三万八〇〇〇株を取得し、大蔵省関東財務局に届出をし、この旨を株式会社甲にも通知しました。」「これらの株式については、現時点で名義書換えを完了していませんが、全権の委任を受けています。」「甲に弁護士と訪問したところ、甲のサイドでは、取締役一名も出席しませんでした。」「取締役が一人も会わないのは、株主軽視の日本とはいえ、非常に腹立たしく思いました。」「よって、私は、公開買付けで、決着を付けることと決意した次第です。」などと記載されたF作成名義の書面(以下「本件文書」という。)を送信し、これを不特定多数の者に伝達され得る状態に置いたことが認められるところ、本件文書の内容は、その記載自体から、甲株523万8000株の保有者となったFにおいて、同月21日午後3時30分から甲株の公開買付け(以下「TOB」ともいう。)についての記者発表をするなどと報道機関に通知するという形で、甲株の公開買付けを行う意思を公表したものであることは明らかである。

しかしながら、上記2月21日に、本件文書に記載されたとおりの記者発表が行われなかったということもまた、関係証拠上明らかである。

(2) この点、Fが、本件甲株につき、自己をその保有者とする本件大量保有報告書を提出したのは、あくまでも同人においてその名義を貸しただけであり、真実本件甲株の保有者となったわけではなく、したがって、本件大量保有報告書が提出された後においても、依然として本件甲株の保有者は被告人であったとみられることは、上記第3で検討したとおりである。そうすると、まずもって、本件文書は、本件甲株の保有者をFと記載している点で、内容虚偽の文書といわざるを得ない。

(3) さらに、本件文書中に記載された、甲株の公開買付けを実施するという点についてみても、そもそも公開買付けというのは、特定の会社の株券等の有価証券を取得したいと考えた者が、新聞等のメディアを通じ、1株当たり何円という条件で何株欲しいのかを公告し、不特定多数の既存の有価証券保有者から市場外で株式を買い集めるというものであり、その会社の支配権の取得や強化を目的として行われることが多いとされているところ、証券取引法は、証券取引所に上場されたり、日本証券業協会に店頭登録されている会社の発行する株券等の有価証券について公開買付けを行うことを認めた上で、同法第2章の2において、公開買付けの開示に関する規定を置き、投資者保護等のために公開買付けが公正に行われるように種々の規制を定めている。すなわち、公開買付けを行う場合には、日刊新聞紙に、当該公開買付けの目的、買付けの価格、買付予定の株数、買付けの期間等を記載した公開買付開始公告を掲載するとともに、その日に、買付けの価格、買付予定の株数、買付けの期間等を記載した公開買付届出書を大蔵大臣(当時)に提出し、大蔵省、公開買付対象会社、証券取引所等で公衆の閲覧に供されることとなっている(同法27条の3参照)。また、公開買付けを行う場合の株券等の保管や買付代金支払等の事務を行うことができる者も証券会社又は銀行等の金融機関に限定されており(同法27条の2第4項参照)、そのため、公開買付けを行おうとする者は、必ず特定の証券会社や銀行との間で業務委託契約を締結して受託金融機関を指定しなければならず、さらに、金融機関への委託が強制されている上記の事務以外にも、公開買付けに当たっては金融や証券に関する高度の知識と経験を要する作業が必要となるため、その準備作業全般にわたって金融機関の助力を受けなければ、公開買付けを行うことができないのが実情であるとされる。そして、当然のことながら、金融機関においては、顧客から公開買付けに関する案件の依頼があった場合、その計画の内容、資金手当の確実さ、顧客の信用力等を慎重に検討し、法的ないし経済的リスク等を種々勘案した上で、業務委託契約を締結するか否かを判断し決定するものであって、依頼があれば直ちにこれを受諾するというものでないことはいうまでもない。しかも、証券会社等が顧客からの依頼に応じて公開買付けの受託金融機関になった場合でも、その後の準備作業として、弁護士や公認会計士の選任、公開買付けに必要な各種書類の作成、対象会社の分析による公開買付価格の決定等の多くの作業が必要であり、そのような準備作業を経た上で、最も有効かつ適切な時機を見計らって記者発表を行うとともに、上記の公告や公開買付届出書の提出といった正式な公開買付けの手続に入ることになるのである。

(4) ところで、G、F、H及びXの各公判供述を検討してみても、それぞれ一様に、甲株についてTOBを行うつもりであったという趣旨の供述をしてはいるものの、Gらの企図するTOBの内容については、非常にあいまいなものである。また、被告人の弁解するところも、要するに、自分は、その当時、GやFらが、本気で公開買付けを行うつもりであると思っており、自分も、実際に甲株の公開買付けを行うつもりであったというものと思われるが、上記第3の3(3)でみたとおり、そもそも、被告人が本件甲株をGに譲り渡したという被告人の弁解供述は、信用し得ないものであり、被告人において、Gが被告人から本件甲株を譲り受けたことを前提として、Gらが甲株の公開買付けを行うつもりであると思っていたとか、被告人自身もGらとともに甲株の公開買付けを行うつもりでいたなどという被告人の弁解供述も、まずその前提において、信用することが困難なものといわざるを得ない。

そこで、この点はしばらくおき、本件文書がファクシミリで送信された前後の状況やその間の関係者らの種々の言動等についてみながら、本件文書がどのような意図の下に送信されるに至ったのかについて、以下において、更に検討を加えることとする。

2  平成11年末から平成12年2月にかけての甲株をめぐる状況の推移

(1) 既にみたとおり、被告人の借名口座における大量の甲株の取引に関しては、主に信用取引により買い付けた甲株を委託保証金の代用有価証券として証券会社に差し入れて、更に信用取引を行うというものであったことから、甲株の株価下落に伴い、平成11年末ころには、代用有価証券等の預託率が30パーセントを割り込むのがほぼ常態となっていたばかりか、平成12年1月に入ると、いわゆる委託保証金維持率である20パーセントさえも恒常的に割り込み、同月27日ころには、借名口座を開設していた証券会社から、7億円を超える委託保証金の不足額等につき、追加保証金の入金を強く督促されており、被告人においては、これが入金できなければ、証券会社に代用有価証券を売却されることを余儀なくされるといった深刻な事態に立ち至っていたというのである(上記第3の2(2)ウ、エ参照)。

もっとも、翌28日には、前日は1024円であった甲株の株価が急に上がって前日比で200円高(いわゆるストップ高。以下「前日比」を省略する。)の1224円となり、同月31日には更に176円高の1400円に上がったことから、ようやく委託保証金の不足が解消されたほか、被告人が支払いを求められていた証券会社の立替分についても、いわゆるクロス取引の方法で出した利益により清算されるに至ったのであるが(上記第3の2(2)エ参照)、上記第3の2(1)カで認定した事実とも考え合わせると、上記1月末の甲株の株価上昇は、その直前ころ、被告人がGらに対し、甲株を買い集めて株価を上げるのに協力してほしい旨依頼し、これに応じてGの依頼を受けたHやその知人等が甲株を買い付け始めたことが大きく影響したものと考えられる(調査官報告書によると、甲株の出来高が、同月25日には1万4000株であったのが、同月26日に3万5000株、同月27日に3万2000株になった後、同月28日には11万2000株になり、同月31日には13万8000株になっていることが認められ、上記のような事情が加わったことを裏付けている。)。

(2) そして、その後の甲株の株価の推移をみてみると、同年2月1日の株価は15円安の1385円(出来高は30万5000株)であったが、本件大量保有報告書が提出された同月2日の株価は200円高の1585円(出来高は88万4000株)、同月3日の株価は15円高の1600円(この日の高値は年初来の高値を更新する1635円で、出来高は16万9000株)となっている(調査官報告書)。この点、同月2日には本件大量保有報告書が提出され、その日のうちにその事実がマスコミ各社に伝えられたことは、上記第3の3(1)掲記のFの供述により明らかであり、甲株に関するこのような情報が、直ちにマスコミ各社の強い関心を引いたことも、証人Uの公判供述や調査官報告書等により十分にうかがうことができるのであるから、上記のような甲株の株価上昇には、本件大量保有報告書が提出されたという事実も併せて反映していると考えられるのである。

(3) しかしながら、同月4日以降の甲株の株価の推移は、次のようなものであった。すなわち、同日は20円安の1580円(出来高は11万5000株)、同月7日は40円安の1540円(出来高は7万1000株)、同月8日は72円安の1468円(出来高は4万2000株)、同月9日は18円安の1450円(出来高は7万株)と下がり続け、同月10日に10円高の1460円(出来高は18万8000株)といったんは持ち直したものの、同月14日には32円安の1428円(出来高は2万8000株)と再び下落し、同月15日には39円安の1389円(出来高は4万3000株)、同月16日には124円安の1265円(出来高は5万株)と更に下落するに至った。ところが、同月17日には195円高の1460円(出来高は20万株)、同月18日(金曜日)には200円高の1660円(出来高は40万6000株)と一挙に騰貴した後、同月21日(月曜日)には、前場では1800円の最高値をつけたものの、後場には急激に売りが増えて260円安の1400円(なお、この日の出来高は39万4000株)と大きく値を下げて引け、翌22日は、売り気配1240円のまま結局取引ができないで終わったというのである。

3  本件文書のファクシミリ送信の経緯とその前後の状況についての検討

(1) そこで、上記2で認定した甲株をめぐる状況の推移等を前提に、上記2月17日になされた本件文書のファクシミリ送信の経緯等についてみてみると、関係各証拠によれば、次のような事実が認められる。

ア 平成12年1月31日に、甲株の株価が、初めて、被告人がGらに目標として述べていた株価を超えて1400円にまで上がったにもかかわらず(上記第3の2(1)カ参照)、被告人は、Gらに対し、株を買い戻したり、Gらの目論んでいる土地開発事業への資金援助をしなかった。そのため、被告人は、Gから約束が守られていないなどと文句を言われ、同人やXに対し、クロス取引で資金を作るつもりであったが、証券会社が信用取引で買わせてくれない、証券取引等監視委員会が証券会社に圧力をかけているし、政治的圧力もかかっているなどという趣旨の弁解をしていた。もっとも、その後、同年2月上旬ころ、q証券で行ったクロス取引(上記第3の2(2)エ参照)により出た利益の中から、被告人が、Nを介して、Hの銀行口座に1億3500万円を振込送金し、その一部をGが受け取って、同月上旬のうちに、Xに借金の返済として500万円を支払うなどした。

イ ところで、Fは、同月8日に、Hと乙の事務所で落ち合い、一緒にI・J法律事務所を訪ねてI弁護士と会い、HからI弁護士に対し、被告人らにかつがれて甲の大株主にさせられた者であるなどと紹介された後、甲の関係者との面談日時等についての予約の取付けと、その面談の際にも同行してほしい旨I弁護士に依頼し、同弁護士の承諾を得た(この点につき、証人Hの公判供述によれば、かねてHがI弁護士と面識があったことから、株に詳しい弁護士が必要であるということで、FにI弁護士を紹介したものであることが認められる。)。その折、甲の関係者との面談に際して話す内容という趣旨で、F作成名義の書面が作られ、いったんI弁護士においてこれを保管した。その書面には、Fは時価400億円相当の不動産を提供する用意があるなどとした上、これを利用した甲の新たな事業についての提言をし、これが受け入れられない場合には、1株当たり2000円ないし3000円までの価格で500万株を公開買付けする旨通告するという内容の記載があった。もっとも、FらとI弁護士との間においては、甲株の公開買付けに関する正規の委任状は取り交わされていなかった。

ウ I弁護士は、そのころ、甲の会社幹部に面談を申し込み、同月14日午後4時に東京都内にある甲の本店で面談する旨の予約を取り付け、これをFらに伝えた。一方、そのころ、GとFは、テレビ放送局の記者と会い、Fのことを、甲株の大量保有報告書を提出した者で、甲とも接触し、種々の活動を展開するので、大きく報道してほしい旨話すなどした。

エ Fは、同月14日、Nと一緒に、I弁護士の事務所に赴いて、集まった新聞記者を前にして、証券会社に圧力がかかっていて株が買えないなどといった話をした。なお、Nは、被告人の指示で、この日被告人に同行して上京し、被告人と一緒に乙の事務所に赴いて、G、H、Fらと落ち合っていたものである。そして、Fは、同日午後4時ころに、I弁護士と一緒に甲の本店に赴き、同社の総務部長、経理部長や顧問弁護士と1時間程度面談した。その際、Fは、甲の経営に参画する意向がある旨述べた程度であり、I弁護士も、Fが大株主になり、甲から挨拶があると思ったがないので、こちらの様子を説明に来た、表敬訪問であると述べたり、現在甲株が買えなくなっていると不満を述べたりしたが、同月8日に作成した上記イ記載の文書を甲の関係者に見せることはしなかった。その日、Fは、甲からI弁護士の事務所に戻ると、再び新聞記者を前にして、甲側と面談してきたが、役員は1人も応対せず、株主を軽視しているなどと、甲側の対応が不誠実である旨非難する趣旨の話をした。

オ 被告人は、同月15日ころ、東京都千代田区内にある知人のBBの事務所を訪ね、同人に「CC株式会社株券の公開買付けの開始に関するお知らせ」と題する書面を見せた。これは、そのころ、被告人が、同年1月下旬ころにCC株式会社の株式取得を目的とした公開買付けを行ったDDから、その際に使用した書面を入手したものであった。そして、被告人は、BBに依頼して、これを下書きに、「甲株式会社株券の公開買付けの開始に関するお知らせ」と題する、いわゆるプレスペーパーを作成してもらった。

カ 同月17日、上記兜倶楽部にFの名前で電話がかかり、K社のEE記者がこれを受けたところ、その電話の内容は、甲株の公開買付けを実施したいので、同月21日に同記者クラブにおいてその記者会見を行いたいというものであり、そのような記者会見であれば本日行ってほしい旨主張する同記者との間で、記者会見の日取りについて折衝があった後、結局、同月21日午後3時30分から、その記者会見が行われることになった(この点につき、証人Hの公判供述によれば、Fと称してEEにこの電話をかけたのは、Hであったこと、また、同人は、前日にも、同記者クラブに電話をかけて記者会見の予約をとろうとしたものの、担当者が不在で、予約をとることができなかったため、あらためてこの日に同記者クラブに電話をかけたものであったことが認められる。)。そこで、EE記者は、記者会見は週明けでよいが、公開買付けに関する資料を送ってほしい旨相手に伝えたところ、その日の夕方に、Fが、I・J法律事務所のファクシミリを用いて、K社あてに、上記1の(1)記載の内容の本件文書を送信し、併せて、大蔵省関東財務局のU、甲の総務部の部長FFらの名刺の写しや、FFがI弁護士にあてた文書も送信した。そして、この送信を受けて、早速同日夕方には、リアルタイムで配信される経済ニュースの中で、甲の第2位株主で523万株を実質的に保有するFが、マスコミ各社に対して甲株の公開買付けを行う意向であることを明らかにした旨報道され、翌日にも、同趣旨の報道が行われた。

キ 同月20日、東京都内にあるホテルの客室に、被告人、F、H、G、BB、I弁護士らが集まり、当初は、専ら、BBがFに対し、公開買付けに至る経緯や趣旨など、翌日に予定された記者会見で想定される質問をして、それに対するFの答えが適当かどうかを被告人やI弁護士らが協議するという形で始まったものの、甲の経営への参加の点も含め、全般的にFの答えは、要領を得ないものや意味不明のものが多く、非常に頼りない応答ぶりであったため、そのうち、被告人がFに対し、頻繁に種々の指摘や答えの教示を行うようになり、I弁護士やGもこれに口を挟んだりするといった状況になったあげく、散会となった。その折、I弁護士から、公開買付けの事務を取り扱う証券会社を決めておくようにとの指摘もあったところ、公開買付けを行う場合の証券取引法27条の2第4項に定める金融機関はまだ決まってはいなかった。なお、このホテルの客室使用料等の費用は、被告人が負担した。

ク 記者会見の当日である同月21日の午前10時半過ぎころ、被告人とFは、東京都千代田区内にあるw証券に赴き、同日午後0時ころまで、専ら被告人において、応対した同社の取締役国際金融本部長GGに対し、甲株の公開買付けの事務を取り扱う証券会社がまだ決まっていないので、これを引き受けてほしい旨依頼したが、同日午後2時ころ、GGがFに電話をかけて、依頼を断る旨を伝えた。GGが被告人らの依頼を断ったのは、公開買付けというのは記者発表の翌日から始めるのが通例であるのに、被告人らの説明では、この日の午後3時ころには記者会見を予定していながら、公開買付けの届出書や買付資金の証明書などもまだできていないなど、何も準備ができていないまま依頼してきたと思われることや、株の買取価格についてもまだ言えないということであり、甲に経営参加したいと言うが、口頭の説明だけで、それに関する資料などは持っておらず、さらに、甲株の株価が大きく動いた後で安定しておらず、公開買付価格を決めるのが非常に難しいと考えたからであった。

ケ 結局、同日午後3時半ころには、東京証券取引所の記者クラブにおいて、I弁護士1人が記者会見を行い、甲株の公開買付けを延期する旨述べるなどしただけで、その記者会見を終えた。もっとも、その後も、甲株の公開買付けに関する事務の取扱いを引き受ける金融機関は見付からなかった。

(2) 上記(1)で認定した事実経過に照らせば、被告人、G、F及びHは、相協力し、あるいは、各人が分担して、甲株の公開買付けに関する記者発表に向けて、そのための準備と目される種々の行為に及んでいたことが十分にうかがえるところ、他方で、G、F及びHのみならず、被告人においても、同年2月21日に予定された記者会見の直前まで、上記1の(3)でみたような、公開買付けを行うに当たって履践しなければならない手続として証券取引法に定める、日刊新聞紙への公開買付開始公告の掲載、公開買付届出書の準備をしておらず、かつ、公開買付けに関する事務につき金融機関と業務委託契約を締結して受託金融機関を指定するということもしてはおらず、さらに、公開買付けのために実際上必要とされる、各種必要書類の作成や公開買付価格の決定等のための準備作業なども一切行なっていないことは明白であるのみならず(上記(1)のイやオに記載した各文書は、その記載内容や作成経過等に照らして、そのような準備作業の1つとみる余地のないものである。なお、被告人は、公判供述中で、同月17日の朝に、いったんGから、公開買付けの事務を取り扱う証券会社がHHに決まった旨聞かされていたところ、同月21日の朝には、同証券会社が下りたと聞かされたなどと述べているが、上記(1)のキで認定した状況やその前後の状況等に照らして、同人がこのような一連の発言に及ぶというようなことは不自然なことというほかはないから、被告人の上記公判供述を信用することはできない。)、公開買付けを行うにはそのような準備作業が必要であるということにつき、その認識すらもなかったとさえうかがわれる。そして、このような必要な準備を全くしないまま、公開買付けを実施するとして記者発表を行おうとすること自体、そもそも、本来の公開買付けの予定する手続の流れとは全くかけ離れたものであるということも、多言を要しないところである。

しかも、公開買付けを行うために要する巨額の資金についても、既にみたような被告人(上記第3の2(2)等参照)やG(上記第3の2(1)のイ、ウ参照)の経済状況等に照らせば、その調達の見込みなど全くなかったことも容易に推認し得るところであるし、関係証拠を精査してみても、当時、被告人やGらにおいて、そのような巨額の資金を調達し得る確実な見込みがあったことをうかがわせる状況は一切ない。なお、この点、Gは、AA株式会社の代表取締役に100億円の融資証明書の交付を依頼してはいるものの、これが、当時、Gにおいて多額の資金を調達し得たことを示すものとはいえないことについては、既にみたとおりである(上記第3の3(3)参照)。また、被告人は、公判供述中で、同月10日過ぎころ、Gから、香港の銀行の関係で、公開買付けの資金として60億円くらいの準備ができたとして、そのことを示す書面を見せられたという趣旨の供述もしているが、その供述内容をみると、いったん、それは預金があることの証明書であった旨述べたものの、後に、融資証明書であった旨その供述内容を変遷させたり、預金者についても、Gではなく会社の名前であったが、よく思い出せないと述べるなど、重要な部分につきあいまいな点があり、容易にはこの供述を信用することができないばかりか、当時のGの経済状況等と対比しても、同人にそのような言動があったとか、あるいは、被告人がGにそのような巨額の資金の調達能力があると信じたというのは、不自然かつ不合理なことというほかはない。なお、Hも、当公判廷で証人として尋問を受けた際、時期は思い出せないが、Gから、資金の手当てができているような話を聞かされたことがある旨述べているところ、それ自体具体性に欠けるあいまいな内容である上に、Hらにおいて、その資金の所在等を確かめたというわけでもないのであるから、Gが公開買付けのための巨額の資金を実際に調達していたとか、あるいは確実に調達し得たということをうかがわせるものではない。

さらに、上記(1)のアで認定したとおり、被告人は、甲株の株価が上がった際には、それにより得た利益をGらに分け与える旨の約束をしており、実際にも、甲株の株価が1400円に上がった時点で行ったクロス取引による差益のうち、1億円を超える多額の現金をGらに分け与えたというのであるが、Gらに催促されたためとはいえ、被告人のこのような一連の行動は、甲株の公開買付けを行おうとする者の行動としては、著しく合理性に欠けるものといわざるを得ない。

そうすると、被告人やGらがTOBと称しているものは、その実体がなく、到底公開買付けとはいえないようなものであったというほかはないのである。そうであるのに、被告人やGらは、甲株のTOBを行うと称してその記者発表を行うことを企て、それに向けての一連の準備と目される種々の行為に及んでいたというのであるから、被告人やGらにおいては、全く別の意図を有していたものと強く疑われるところである。

(3) そこで進んで、この点に関するGら関係者の供述内容を検討することとする。

ア Gの供述の要旨

Gは、上記第3の2(1)カで認定したとおり、同年1月中旬以降、被告人から、甲株の買い増しができないと株価が下がり、追い証がかかってしまい、買い集めた株も証券会社に強制的に売られてしまうなどという理由で、甲株の買付けをしてほしい旨頼まれて、これに協力するようになったが、その際、被告人から、株価を1300円くらいまで上げてほしい、そうすれば担保に差し入れている株にも担保余力が付いて、資金の余裕ができるから、Gらに買ってもらった株を被告人が市場で買い戻すとか、Gが関わっている土地開発のための資金協力もする旨約束されていたなどと述べているほか、その後の経過等について、次のような趣旨の供述もしている。すなわち、その後、私は、被告人から、CCという会社に対してTOBが行われた旨の新聞記事を示された上、TOBをやればもっと株価も上がるなどと説明された。また、同じころ、私は、被告人から、被告人がダミーで持っている人たちの株を1人に移し替えて、大量保有の届出をするという話を聞かされて、名義人となるべき人物について心当たりはないかと尋ねられたことから、Fに名義人になってもらおうと考えたが、他方で、被告人も丁を名義人として考えており、同人にTOBも応援してもらうなどと聞かされ、同月下旬ころ、いったんは同人に決まったと被告人から言われたことがあり、被告人やXらとともに寿司屋でお祝いをしたが、その席で、被告人から、25億円の報酬について、来月早々にはできるなどと言われたことがある。その後、結局、Fを名義人として大量保有報告書を提出したが、私とFらが、大量保有報告書を提出して乙に戻ると、被告人らがいて、大量保有報告書の提出を一緒に喜び合い、大量保有報告書を提出したことを知らせるための文書を、マスコミにファックス送信した。同月下旬か同年2月上旬ころ、甲株の株価が約束していた1300円まで上がったため、私は、被告人に対し、約束していた25億円の融資の実行を求めたところ、被告人から、証券会社が株を処分させてくれないなどと言われて、融資を受けることができず、1600円に上がったら約束の現金二十何億は渡せると言われたが、同月3日に甲株の株価が1600円にまで上がったのに、被告人から融資をしてもらうことができず、その代わりに、N名義の口座の株をクロス商いすることにより、報酬の一部を支払ってもらった。私は、その後どんどん甲株の株価が下がっていく状況の中で、同月16日、被告人から、TOBをかけて株価をつり上げていこうという趣旨のことを言われ、HとFが記者発表の日取りを決めるためにI事務所へ向かい、その日は予約が取れなかったものの、翌17日にも、HとFがI事務所へ赴き、同月21日の記者発表の予約を入れた。私は、同月17日、乙の事務所にいると、I事務所から戻ってきたHから、マスコミあてに、甲株についてのTOBをする旨の文書をファックス送信していると言われたが、それを聞いていた被告人は、これで下がっている株が上がるなどと言っていた。

Gの供述は、以上のような内容である。

イ Fの供述の要旨

Fは、上記第3の3(1)掲記のとおり、Xから、甲株の株価を上げるためということで頼まれ、甲株の名義人になることを承諾し、同月1日に被告人を紹介された上、翌2日に大量保有報告書を提出したが、乙の事務所に戻って報告すると、待っていた被告人やHらも非常に喜び、ファックスでマスコミに大量保有報告書を出した旨の文書を送り、その際、被告人も含めた皆で、明日、新聞が楽しみだという趣旨のことを言っていたなどと述べているほか、その後の経過等について、次のような趣旨の供述をしている。すなわち、その後、私は、乙の事務所で、被告人から、同年1月初めにCCという会社に対してDDがTOBをかけたら、株価が上がったなどと聞かされた。私は、同年2月16日、乙の事務所にいた際、当時甲株の株価がどんどん下がっていたのを受けて、被告人が、私やGらのいる前で突然「TOBや、TOBや。」などと言い出すのを聞いた。そして、私は、被告人から頼まれて、HとともにI弁護士の事務所へ赴いてTOBの記者発表の予約を入れようとしたが、記者が不在で予約を取ることができず、翌17日にも、被告人の指示で、HとともにI弁護士の事務所へ行き、そこからHが電話をかけて、同月21日の記者発表の予約を入れた。しかし、電話に出たK社のEE記者から、同日の記者発表を受ける代わりに、TOBの内容についてファックスしてほしいなどと言われた。そこで、私は、Hが乙の事務所に戻った後、I弁護士の事務所からK社にあててファックスを送信する準備をしていたところ、Hから電話があり、被告人からの話として、SECや甲に行った際や、日本経済新聞の記者を相手に会見をした際にもらった名刺があれば、その文書と一緒に送ったほうがいいと言われた。そこで、私は、K社にTOBの説明文をファックス送信し、そのすぐ後に、名刺のコピーなどをファックス送信した。その後、私が乙の事務所に戻ると、被告人がおり、クイックにもう出ている、明日の新聞が見物だ、株価はもう上がったも同然だというようなことを言っていた。同月18日、私は、被告人に連れられてBBの事務所に行くと、TOBに関する文書ができあがっていてそれを見せられたほか、記者会見をするに当たって練習をしないとまずいということになり、同月20日にホテルで記者発表のリハーサルをすることになった。

Fの供述は、以上のような内容である。

ウ Hの供述の要旨

私は、Gから、甲株の買付けに協力してほしいと言われ、被告人の指示を受けながら、甲株を買い付けていたが、被告人からの指示の特徴として、取引の終わる大引けの直前に、約定値段よりも少し高い値段で買い注文を出すことがあり、買付けへの協力を依頼していた私の知人から、何で高い値段で買うのかと文句を言われたりしていた。そのころ、私は、被告人から、DDという人がCCに対してTOBを行い、その結果株価が高騰したことについて、そのときの資料を見せられ、DDは2、3パーセントしか株を保有していなかったのに相当値上がりしたのだから、被告人の持っている株数でTOBを発表すれば、株価はかなり上がるという話を聞かされた。私は、同月2日、Fが大量保有報告書を提出して乙の事務所に戻ってきた際、被告人らとともに同事務所にいたが、被告人やGの発案で、Fが大量保有報告書を提出した旨の文書をマスコミにファックス送信することになった。このころ、私は、Gから、株価が1200円か1250円になったら1億5000万円、1500円まで上がったら更に1億5000万円を被告人からもらえるなどと言われた上、甲株の買付けに協力する報酬として、Gからその3分の1をもらう約束をしていた。私は、甲株の株価が1500円を超えた際、被告人からGの分も含めて1億3500万円の振り込みを受け、そこから4100万円をもらったことがあったが、約束した額と違うので事情を聞いてみたところ、同人からは、被告人がクロス取引をしたものの、利益がそれだけしかなかったというようなことを言われた。私は、同月16日、被告人とGの指示で、FとともにI弁護士の事務所へ赴き、連絡をして、TOB発表のための予約を取ろうとしたものの、担当者が不在で予約を取ることができず、翌17日にも、被告人とGの指示で、Fとともに再びI弁護士の事務所へ赴き、同弁護士の都合を聞いた上、同月21日に予約を入れることとし、兜倶楽部に電話をかけて、最終的に同日の記者発表の予約を入れることができた。私は、EE記者から、その代わりにTOBに関する文書をK社あてにファックス送信するように依頼されたことから、FをI事務所に残して、先に乙の事務所に戻り、そこにいた被告人やGに、記者発表が同日になったこと、TOBの概要をファックス送信することになったことなどを伝えたところ、被告人から、関東財務局に行ったりしたときの名刺等も一緒にファックスしたほうがよいなどと言われたので、その旨をFに電話で伝えた。その後、私たちが乙の事務所にいると、q証券から被告人あてに、リアルタイムで経済情報を提供するサービスで、同日にTOBの発表をする旨報じられたという資料が送られてきて、被告人をはじめ皆で、明日から買い物が集まって、明日はストップ高になるんじゃないかというようなことを言った。同月20日には、私や、被告人、G、F、BBらがホテルに集まり、Fが記者発表の際のインタビューに応じられるようにするため、予行演習のようなものをした。

Hの供述は、以上のような内容である。

(4) 上記(3)のアないしウ掲記の各供述は、瑣末な点はともかく、本件文書に公開買付けについての記者発表の予定日として掲記された日に至るまでの経緯や、その間の関係者らの言動等に関する主要な点につき、相互によく符合している上、上記2で認定した平成11年末から平成12年2月にかけての甲株をめぐる状況の推移を踏まえて、上記(1)で認定した事実経過や、上記第3の2(2)で認定した株取引に関して被告人の置かれていた状況等に照らして内容的に検討してみても、それぞれが判示第3の証券取引法違反の罪に関して刑事責任を問われる立場にあることを考慮してもなお(もっとも、その刑事処分は既に確定していることがうかがわれる。)、おおむね自然な流れに沿ったもので、格別不自然な点や作為的な点は見当たらないのであり、大筋においてその信用性を肯定し得るものといえる。

そうすると、上記(3)のアないしウ掲記の各供述に、上記(2)でみたところも合わせて考えると、被告人、G、F及びHは、実際には甲株の公開買付けを行う意思など全くなかったのに、公開買付けを行う旨の記者発表をしてこれを公にすることにより、甲株の株価を騰貴させて(このような情報が公表された場合、事柄の性質上、証券市場が直ちにこれに反応して、甲株の株価が騰貴するということは見やすい道理であり、本件に際しても、直ちにこれが報道された結果、その翌日には、実際に甲株の株価が騰貴しているのは、上記2の(3)で認定したとおりである。)、それにより、差し当たり、信用取引により株取引を行うに当たり委託保証金の代用有価証券として証券会社に差し入れていた甲株の担保価値を増加させることにより、信用取引枠を拡大させて更に株取引を行い得る状況を作出し、さらには、時機をみて、甲株を買値より高値で売り抜けることによって利益を得ることなどを目論んで、すなわち、被告人らが、甲株の相場の変動を図る目的をもって、意思を相通じて共謀の上、互いに協力して、甲株の公開買付けを行うという架空の計画を標榜し、その旨の記者発表をするなどという虚偽の内容の本件文書を、東京証券取引所内の記者クラブの幹事社にあててファクシミリ送信することにより、これを不特定多数の者に伝達され得る状態に置いたものと認めることができる。したがって、このような被告人らの行為が、証券取引法158条にいう風説の流布に該当することは明らかである。

4  被告人の弁解についての検討

(1) 被告人は、公判供述中で、一貫して、甲株の公開買付けを行う意思があった旨の弁解供述をしているところ、確かに、関係各証拠によれば、被告人が、遅くとも平成12年1月下旬ころには、X、丁、BBなどの知人らに対しても、TOBに言及していたほか、同じころに、DDが行った株式会社CCの発行する株券の公開買付けに関する資料を入手し、これをHらにも見せたりしていたことなどが認められる。

しかしながら、上記3の(1)、(2)でみたとおり、その後、被告人らは、同年2月21日に予定された記者会見の直前まで、公開買付けを行うに当たって履践しなければならない手続の準備や、受託金融機関の指定をしていないなど、公開買付けのために必要とされる準備作業などは一切行なっておらず、さらに、公開買付けを行うために要する巨額の資金を調達する見込みも全くなかったというのであるから、上記のとおり、被告人が知人らに対し、TOBに言及していたという事実があったからといって、被告人において、実際に甲株の公開買付けを行う意思があったということをうかがわせるものではない。かえって、信用性の高い上記3の(3)掲記の関係者らの供述によると、被告人は、折に触れて、周囲の者らに対し、専らTOBにより株価が上がることにのみ関心を抱いていることをうかがわせる発言をしており、さらに、その発言内容からみて、DDが行った公開買付けに関する資料を入手するなどしたのも、そのような関心に基づくものであったことが容易にうかがえるのであるから、被告人においては、かねてより、株価を騰貴させることにより、自己が株取引に関し陥っていた窮状を一挙に打開するためのいわば便法として、TOBのことを考えており、周囲の者らに対しても、そのような思惑からこれに言及する発言をしていたとみられるのである。

なお、弁護人は、上記2月21日に、公開買付けの事務を取り扱う証券会社が決まらなかったことを受けて、被告人らが予定された記者発表を取りやめたのは、真実公開買付けを行おうと考えていたことを示すものであるとも主張するが、この点は、被告人らにおいて、公開買付けを単なる株価を騰貴させる便法としてしか考えていなかったために、上記の受託金融機関の指定についてまで考えが及ばず、記者会見の直前になってその点の指摘を受けて、急きょ心当たりの証券会社に受託金融機関の引き受けを依頼したものの断られるに及んで、記者会見の席でこの点を質問されると答えに窮し、被告人らの言うところの公開買付けが、甲株の株価を騰貴させるために企てた架空の計画にすぎないことが露見するのは必至の状況に立ち至ったことから、公開買付けの記者発表を延期するという形をとらざるを得なかったものと考えられるのであって、弁護人の上記主張は、前提において採用の余地がないものである。

以上のとおり、上記の被告人の言動は、上記3の(4)の認定を何ら左右するようなものではない。

(2) また、被告人は、公判供述中で、ファクシミリによる本件文書の送信への関与を否定し、Fらが、公開買付けに関する記者発表の予約を取り付けたりしていることや、そのような文書が記者クラブにあててファクシミリで送信されたことは全く知らなかったし、そもそも、FやHにおいて、そのようなことをしていたとされる同月16日と翌17日の午後には、自分は乙の事務所にはいなかったから、いわばアリバイが成立するという趣旨の弁解供述をしている。

しかしながら、上記3の(3)掲記の関係者らの供述によれば、FとHが、I・J法律事務所に赴き、Hにおいて、東京証券取引所内の記者クラブに電話をかけて、公開買付けに関する記者発表の予約を取り付けたり、その後、Fにおいて、Hからの電話による指示を受けながら、本件文書を記者クラブにあててファクシミリで送信したことについては、被告人が、いずれについてもHやFにその旨指示するという形で関わっており、しかも、その発信が行われたころには、被告人が、これにより株価が上がることを予想し、期待する発言までしていたというのであり、これらの関係者の供述の信用性が高いことは、上記3の(4)で検討したとおりである。この点確かに、上記3の(3)掲記のGをはじめとする関係者らの供述には、時刻の点にあいまいさがあり、ひいては、関係者らの個々の行動について、その時刻を特定するのに難しさのあることは否定し難いところであるが、当該関係者らが、相当日時が経過した後に供述していることなどを考慮すると、被告人をはじめ関係者らの行動についての時刻の記憶にあいまいな点があるのも、やむを得ないことというべきであり、この点をとらえて、上記関係者らの供述が信用性に欠けるとか、さらには、そのような時刻の点であいまいさのある関係者らの供述を前提に、時間的にみて被告人がFらに上記のような指示をなし得なかったはずであるなどを論じるのは、そもそも当を得ないものというべきである。

以上のとおり、結局、被告人の上記弁解供述は、採用の余地がない。

5  結論

以上の次第で、上記3の(1)で認定した事実に、上記3の(3)掲記のGらの各供述等関係各証拠を総合すれば、甲株の相場の変動を図る目的をもって風説を流布したことにつき、被告人がGやFらとその旨の共謀を遂げていたことも含め、判示第3の事実は、合理的な疑いを超えてこれを肯認することができる。

第5したがって、弁護人の上記第1の(1)ないし(3)掲記の主張は、いずれも採用しない。

(量刑の事情)

本件は、被告人が、他人名義で、甲株につき発行済株式総数の100分の5を超える大量保有者となったのに、大量保有報告書をその提出期限までに提出せず(判示第1の事実)、共犯者と共謀の上、共犯者が甲株を取得した事実はないのに、共犯者が甲株を取得して大量保有者となった旨の重要な事項につき虚偽の記載のある大量保有報告書を提出し(判示第2の事実)、上記共犯者ほか2名と共謀の上、甲株の相場の変動を図る目的をもって、上記共犯者が甲株の公開買付けを行うという架空の計画を標榜し、4日後にその記者発表をする旨の内容虚偽の文書を報道機関にあててファクシミリで送信して発表し、風説を流布した(判示第3の事実)という各証券取引法違反の事案である。

本件一連の犯行は、被告人らが、株取引を行うに当たり、投資者の保護等のための必要な情報を開示しなかったり、逆に、株の大量保有者や公開買付けに関する虚偽の情報を所轄官署に報告し、あるいは、報道機関に伝えて発表し、健全な株式市場を確立して株取引の公正を確保しようという証券取引法の目的を著しく阻害したものである。とりわけ、判示第2及び第3の各犯行については、被告人らの発表した虚偽の情報により、甲株の株価が、いったんいわゆるストップ高になるほどに騰貴した後、まもなく一転して急落し、売り気配のまま取引ができない状態まで生じたことがうかがわれるなど、株式市場が大きく混乱したものであって、その結果、多くの投資者を惑わせたことは推察に難くなく、ひいては証券市場に対する信頼を揺るがせたばかりか、甲の企業イメージをも大きく損なわせた点でも、犯情は悪質である。また、判示第2及び第3の各犯行に際し、被告人らは、多額の不正な利益を得られるものと期待し、一貫して、そのような思惑の下に行動していたものであり、このような利欲的な犯行の動機についても、酌量の余地はない。

そして、被告人は、長年にわたり株取引に携わってきたところ、そのような経験から得た株取引に関する知識やこれに関連して知った経済情報をいわば悪用して、判示第2及び第3の各犯行を発案し、共犯者らに種々の指示を与えるなどしながら、これを中心となって積極的に遂行していたものであり、その首謀者とみられるのである。

したがって、被告人が、捜査・公判段階を通じ、本件各犯行を否認する不自然な弁解に終始しており、反省の情は希薄で、法軽視の態度もうかがえることをも併せ考えると、被告人の刑事責任を決して軽くみることはできない。

他方、被告人が、自ら招いたこととはいえ、保有していた甲株の株価がその後急落したため、最終的には被告人自身も多額の損失を抱えるに至ったとみられること、保釈を許可された後も、保釈保証金を納付することができなかったために釈放されず、結果的に2年近くもの長期間勾留されたこと、被告人には、業務上過失傷害罪による罰金前科2犯以外に前科がないこと、妻子がいることなど、被告人のために酌むべき事情もある。そこで、本件においては、とりわけ判示第2及び第3の各犯行には利欲的な色合いが強く、これらの罪の刑種につき懲役刑及び罰金刑を選択するのが相当であると考えられるところ、上記のような被告人のために酌むべき事情に、共犯者らの刑との権衡をも総合して勘案し、被告人に対しては、主文の刑に処した上、その懲役刑については刑の執行を猶予し、社会内で更生する機会を与えることとしたものである。

よって、主文のとおり判決する。

(求刑 懲役2年及び罰金1000万円)

(裁判長裁判官 岡田雄一 裁判官 市川太志 裁判官 岸野康隆)

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