東京地方裁判所 平成12年(行ウ)133号 判決 2001年1月31日
主文
一 被告が平成一一年一一月二六日付けで原告に対して行った運転免許取消処分を取り消す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
主文同旨
第二事案の概要
原告は、平成一一年八月三〇日、国道二四六号線を事業用普通自動二輪車で走行中、通行帯違反で交通反則告知を受けた。
被告は、同年一一月二六日、右通行帯違反に付される基礎点数を累積点数と評価した上、原告の運転免許を取り消すとともに、原告が運転免許を受けることができない期間を同日から一年間と指定する処分を行った。
本件は、原告が、右処分は、通行帯違反の事実がないにもかかわらず、被告が事実を誤認し、これがあることを前提として行われた違法なものであると主張して、右処分の取消しを求めているものである。
一 前提となる事実(当事者間に争いのない事実及び弁論の全趣旨から認定できる事実である。)
1 東京都世田谷区α一四番先国道二四六号(通称玉川通り)の上り車線(以下「本件道路」という。)には法定の車両通行帯が設けられているところ、被告は、道路標識等により、最も歩道よりの車線(以下「第一通行帯」といい、中央分離帯に寄るに従い「第二通行帯」、「第三通行帯」という。)について、日曜及び休日を除く午前七時から同九時三〇分までの間を路線バス・通学通園バス・通勤送迎バスの専用通行帯とし、法定の通行の区分と異なる通行の区分を指定している。
2 原告は、被告から運転免許(普通自動車免許及び大型自動二輪車免許)を受けていたものであるところ、平成一一年八月三〇日、本件道路を事業用普通自動二輪車(車両番号品川○・○○○号。以下「原告車」という。)で走行中、通行帯違反(指定通行帯外通行)(以下「本件通行帯違反」という。)をしたとの理由で交通反則告知(以下「本件交通反則告知」という。)を受けた。
3 原告は、平成一一年九月二一日午前一一時ころ、法定の除外事由がないのに、車両通行帯が設けられ、被告が道路標識等により交差点で進行する方向に関する通行の区分を指定した東京都千代田区β六番先道路において、事業用普通自動二輪車(車両番号品川○・○○○号)を運転して直進するに当たり、右折車両通行帯を直進し、道路交通法三五条一項に違反(指定通行区分違反)した。
4 右2の本件通行帯違反があったことを前提とすると、右3の指定通行区分違反の日を起算日とする過去三年間における原告の累積点数は七点となる(平成一一年九月二一日・右3の指定通行区分違反一点、同年八月三〇日・本件通行帯違反一点、同月二七日・速度超過(時速二〇キロメートル以上二五キロメートル未満)二点及び同年七月二日・速度超過(時速二五キロメートル以上三〇キロメートル未満)三点)。
5 原告の道路交通法施行令別表第二の備考所定の行政処分歴は三回である(平成一一年二月一二日・一八〇日間の免許の効力停止処分、同九年一〇月三一日・一八〇日間の免許の効力停止処分及び同八年一二月二〇日・六〇日間の免許の効力停止処分)。
6 被告は、平成一一年一一月二六日、道路交通法一〇四条一項に基づいて原告の意見聴取を行った上、右同日、原告に対し、原告の累積点数及び行政処分歴が右4及び5のとおりであることを前提に、右3の指定通行区分違反を違反行為として、原告の運転免許を取り消すとともに、原告が運転免許を受けることができない期間を右同日から一年間と指定する処分(以下「本件処分」という。)を行った。
7 被告は、原告に対し、平成一一年一〇月四日、右4において累積点数の算定に含まれている平成一一年七月二日の速度超過(時速二五キロメートル以上三〇キロメートル未満)の違反行為について、一五〇日間の運転免許の停止処分を行った。本件処分時において、右運転免許の停止処分の執行が既に開始されていることから、右処分があったことを、本件処分における原告の行政処分歴と同様に評価した上、右速度超過の違反行為に付する基礎点数である三点を累積点数から除外すると、原告の累積点数は四点、行政処分歴は四回ということになる。
被告は、仮に本件通行帯違反がなかったとすると、行政処分歴は四回、累積点数は三点になり、本件処分を軽減する措置を行う必要が生じたものであると主張している。
8 原告は、被告に対して、平成一二年一月一四日、本件処分の取消しを求めて、本訴とほぼ同様の理由により不服申立てを行っているが、右申立てに対する決定はされていない。
二 争点
本件通行帯違反の事実の有無(本件の具体的な事実関係において、原告の走行が通行帯違反といえるかどうか)
なお、被告が前記一7で主張する処分軽減措置については、その法的根拠が明確でなく、仮にこれが事実上の取扱いにすぎないとすると、本件についての原告の主張はいわゆる主張自体失当ではないかとの疑問が生ずるところであるが、処分権限を有する被告が、右措置の必要性を明確に主張する一方、何ら右のような主張をしていないことにかんがみ、本件については、主張自体失当という問題がないものとして判断をすることにする。
三 争点(本件通行帯違反の事実の有無(本件の具体的な事実関係において、原告の走行が通行帯違反といえるかどうか))に対する当事者の主張(原告の主張)
1 原告は、平成一一年八月三〇日午前八時四〇分ころ、事業用自動二輪車で配達業務中、本件道路の第一通行帯を走行していたとして、本件交通反則告知を受けた。
原告は、当初第二通行帯を走行していたが、左折するために第一通行帯に車線変更した。ところが、左折しようとした道路が進入禁止であることが分かったため、再び第二通行帯に戻り走行を続けようとしたものである。
2 左折するために第一通行帯を走行することは違反ではないはずであり、道を誤ったために再び第二通行帯に戻ることも違反ではないはずであるから、本件通行帯違反の事実はない。
3 被告は、別紙図面のとおりの配置で取締りを行った旨主張するが、事実と異なる。当日は、第一通行帯と第二通行帯の間に立ち、第一通行帯を走行している車両を第二通行帯に誘導している警察官がおり、原告はこの警察官の手前で、左折するために第一通行帯に車線変更した。その後誤りに気付いて第二通行帯に戻ったことは右1のとおりであり、取締りをしていた警察官も、第二通行帯に戻るまでの第一通行帯を走行した距離は三〇メートルより長くはないと言っていた(原告は、当日黄色のベストを着用して走行しており、警察官が間違うはずがない。)。
4 その後取締りをしていた警察官から「何故、道を知らないか。」と説教されたが、最終的には「何でもいいから、早く免許証を出せ。」と言われ、出さないと逮捕される勢いだったので免許証を提示したところ、交通反則切符を切られたのである。
5 以上のとおり、原告は、左折のために、本件道路の第一通行帯を走行したのであり、本件通行帯違反の事実はないから、右違反に対する基礎点数を累積点数として評価した上で行われた被告の本件処分は違法である。
(被告の主張)
1 警視庁世田谷警察署交通課交通執行第一係巡査部長aほか六名は、平成一一年八月三〇日午前七時三〇分ころから、本件道路において、通行帯違反等の指導取締りを行った。
2 同係巡査長bは、午前八時五八分ころ、東京都世田谷区γ六番先歩道上(別紙図面▲地点)において、δ方面約五〇メートルの地点(別紙図面(A)地点)に、時速約三〇キロメートルの速度で第一通行帯を単独で走行してくる原告車を発見した。
原告車が第一通行帯を走行したまま同巡査長の前を通過したので、同巡査長は、b巡査長の位置から渋谷方向約一二〇メートルの東京都世田谷区α一四番東京消防庁管理地前の車道際歩道上(別紙図面(ア)地点)にいたa巡査部長に向けて、所持していた停止灯を振り、違反車両の存在を連絡した。
3 一方、a巡査部長は、右2と同じ時刻ころ、δ方面を監視していたところ、原告車がδ方面約一七〇メートルの地点(別紙図面(A)地点)の第一通行帯を走行してくるのを発見した。a巡査部長は、原告車が、単独でb巡査長の前方(別紙図面(B)地点)を通過し、同巡査長が違反車両である旨の連絡をした後も原告車が第一通行帯を走行し続けてくるのを現認した。そこで、a巡査部長は、歩道上から第一通行帯に降り、「止まれ」と記載された停止旗で原告車に停止を求めた(別紙図面(B)地点)。
4 原告車は、a巡査部長の手前約四五メートルの地点で、第二通行帯に車線変更しようとしたが、同通行帯が渋滞で、車両が連なって停止していたため、原告車は停止していた車両と車両の間に、車体の前部を入れるようにして停止した(別紙図面(C)地点)。a巡査部長は、原告車に対して停止旗等で合図をして、東京消防庁管理地内に誘導した。
5 原告は、当初、左折するために第一通行帯を走っていたのだから、違反ではない旨を申し述べ、違反事実を認めなかったが、a巡査部長らが説明したところ、違反事実を認めた。c巡査が交通反則切符を作成し、原告に対して「上記違反をしたことは相違ありません。」と記載されている供述書欄に署名及び指印を求めたところ、原告はこれに署名及び指印をし、七日後には反則金を納付している。
6 以上によると、本件通行帯違反の事実は明らかであり、右違反に対する基礎点数を累積点数として評価した上で行われた本件処分に違法はない。
第三当裁判所の判断
一 本件通行帯違反の取締り
1 事実認定
証拠(各項目末尾に掲記のもの)及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。
(一) 警視庁世田谷警察署のa巡査部長ほか六名は、平成一一年八月三〇日午前七時三〇分ころから、本件道路において、通行帯違反等の指導取締り(以下「本件取締り」という。)を行っていた(証人a)。
(二) 原告は、同日午前八時四〇分ころ、横浜方面から東京都世田谷区γ所在の配達先(以下「本件配達先」という。)に同日午前九時の予定で荷物を配達するため、原告車を運転して本件道路を走行していた。原告は、本件配達先付近に何度か配達したことがあり、本件配達先に行くにはε交差点の手前で左折し一方通行の路地に入るのが時間的に好都合であると考えていたが、左折すべき路地の位置については明確な認識を有していたわけではなく、ε交差点の手前で進入方向の一方通行となっている路地が二本連なっているうちのε交差点側のものという程度の認識を有するにすぎなかった。原告は、当初、本件道路の第三通行帯又は第二通行帯を走行していたが、別紙図面(B)地点付近で左折すべき路地が近いと考えて第二通行帯から第一通行帯に車線変更した。右車線変更地点よりも渋谷側の本件道路第一通行帯路上にはb巡査長が立ち、第一通行帯を走行してくる違反車両に警告を与え、第二通行帯に誘導していた(乙五、原告本人。なお、車線変更時に左折すべき路地がどこにあると認識していたかについては、原告の供述は必ずしも明確でなく、八〇メートル以上前方にある東京消防庁管理地脇の路地に左折するつもりであったと解し得る部分もある。しかし、原告は、前記認定のとおり、左折すべき路地の位置を明確に認識しないまま走行していたのであるから、右供述部分は原告の用いた表現が不適切であったために誤解を招く余地が生じたにすぎないものであり、原告の供述全体の趣旨としては、右認定のとおり、左折すべき路地の位置を明確には認識していないものの、その地点が近づいてきたと考えて左折準備のために車線を変更した、というものと理解することができる。)。
(三) 右車線変更地点より渋谷側にある一本目の路地は本件道路から左折する方向への一方通行であり、原告が左折することは可能であったものであり、かつ、右路地を左折する経路が、本件道路から本件配達先に向かう最短のものであった。
原告は、右路地があらかじめ考えていた二本連なった進入方向の一方通行の路地の一本目であり、左折すべき路地は更に一本先(渋谷側)にあると勘違いして、そのまま第一通行帯を走行していたところ、次の路地が近づいた時点で、過去に本件道路を走行した際の記憶から、次の路地が進入禁止であることに思い至り、別紙図面(C)付近で再度第二通行帯に車線変更したものである。右再度の車線変更までの間に原告が第一通行帯を走行した距離は約八〇メートルである(原告本人)。
(四) 原告が第二通行帯に車線変更した後、a巡査部長が、別紙図面(イ)付近の第二通行帯において原告車に対して停止を命じるとともに原告車を別紙図面の告知場所(以下「本件告知場所」という。)に誘導した(原告本人、証人a)。
(五) 原告は、本件告知場所において、自分は左折するために第一通行帯を走行していたのであり、通行帯違反をしていない旨申し述べたが容れられず、c巡査から免許証の提示を求められ、これを提示した。c巡査は本件通行帯違反の交通反則切符を作成し、原告に対して署名及び指印を求めた(原告本人)。
(六) 原告は、以前に交通反則告知を受けた際、違反の事実を争って署名を拒否した経験があるところ、右の交通反則について、警察及び検察庁で取調べを受けるなどして多大な労力を費やしたこと、及び既に午前九時一〇分ころになっており、本件配達先への配達予定時刻である九時を経過していたことから、本件通行帯違反について争わないこととし、交通反則切符に署名及び指印した(原告本人)。
(七) 原告は、右署名及び指印をした後、再び本件道路を走行し、εの交差点を左折した後、更に左折してε三栄商店街を抜け、午前九時一五分ころから同二〇分ころまでの間に東京都世田谷区γ四番又は五番に所在する本件配達先に荷物を配達した(原告本人)。
2 被告の主張について
(一) 被告は、別紙図面(ア)地点で違反車両の現認を行っていたa巡査部長が、本件道路のδ方面約一七〇メートルの地点の第一通行帯を走行していた原告車を確認しており、別紙図面(B)地点付近において本件道路上である第一通行帯に警察官が立ち、警告及び誘導をしていた事実はなく、このような警察官がいたことを前提として、原告がその手前で第一通行帯に車線変更したなどという事実もないと主張しており、証人aの証言及び陳述書(乙五)中には右主張に沿う部分がある。
(二) しかし、右各証拠によっても、a巡査部長らは、毎週月曜日に本件道路で通行帯違反等の取締りを行っており、各取締りにおいて二〇名ないし三〇名の違反者を検挙するのが通例であり、その中には月に一人いるかいないかという程度であるが違反事実を容易に認めない者もいるところ、右のような取締りを行うよう命じる文書は存在せず、取締りを行った結果についても、交通反則切符の控えを除いて何ら書類は残っていないというのであり、a巡査部長も原告の同一性及び本件通行帯違反があった日時について明確な記憶がないことが認められる。そして、本件取締りが行われた日(平成一一年八月三〇日)から、右陳述書作成の日(平成一二年一〇月一九日)及び証人aが証言を行った本件第三回口頭弁論期日(平成一二年一〇月二四日)までには一年以上の期間が経過しており、それ以前に原告による不服申立て(平成一二年一月一四日)及び本訴の提起(同年五月一七日)を契機として記憶を喚起したとしても、その時点も既に三ヶ月以上経過した後であり、右のとおりこの間同一場所で同種の取締りを多数回繰り返しているのに資料となる書類が何ら存在していないことに加え、a巡査部長としては、本件当日、原告も最終的には違反事実を納得して取り締まり原票(乙一)の供述書欄に署名したものと理解していた(乙五)というのであるから、右署名を得られなかった場合と異なり、事案の内容を記憶しておこうという動機付けに乏しいことを考慮すると、右各証拠の正確性には相当の留保が必要であるというほかない。
他方、一般に、交通反則告知を受けた者にとっては、これに関する事実は、自分自身についての一回限りの経験であり、反則金の支払という不利益を被ることと相まって、鮮明に記憶に残るものであるといえるところ、原告はかなり多くの交通反則行為を行っているが(乙四、原告本人)、その回数及び頻度はa巡査部長らが行っている取締りのそれとは比較にならないものといえるし、その日時、場所及び態様も一致しないのであるから、それぞれが深く記憶に残るものと考えられる。そして、原告の供述は本件取締りの様子について詳細に述べるものであり、尋問に当たって、裁判所が地図を示して配達経路の確認を行った際にも、具体的かつ合理的な回答をしている上、第一通行帯への車線変更の経緯についても、その供述内容は右1(二)及び(三)で認定したとおり一定程度の合理性を有するものということができる。
また、原告は、別紙図面(B)地点付近で第一通行帯に車線変更し、別紙図面(C)地点付近で第二通行帯に再度車線変更した旨供述しており、この間の距離が約八〇メートルであることは前記1(三)のとおりであるところ、原告は、その供述内容からすると、左折のために第一通行帯を走行することができる距離は三〇メートル以下であるとの認識を有していたと認められるのであるから、右供述は自己に不利益な事実を認めるものである。原告の供述は、このことが端的に派すように全体として作為がそれほど感じられず、供述態度の点においても、言葉遣いにはぞんざいな面もあるが、事実を包み隠さず自己の言葉でありのままに述べようとしていることがうかがわれ、その信用性は高いということができる。
以上によると、本件通行帯違反及び本件取締りに関する具体的な事実関係のうち、原告本人尋問の結果と証人aの証言が矛盾する点について、証人aの証言に、原告本人尋問の結果を排斥するほどの信用性があるとは認められない。したがって、右の点については証人aの証言及び陳述書を採用することはできない。
(三) また、被告は、原告は路上で警告・誘導をしていた警察官の位置を明確に記憶しておらず、原告本人尋問における原告の供述は信用できない旨主張するが、原告が警告・誘導をしていた警察官の位置を別紙図面(B)地点の付近であると供述したのは、同地点付近においてb巡査長が現認係として配置されていたとの被告の主張を前提とするものである。そして、証人aの証言によると、本件取締りを含む本件道路における通行帯違反等の取締りにおいて、各任務を担当する者の配置は、毎回同様であったというのであり、このような取締り方法の概要に関する事実についてまで、責任者である同証人の証言が不正確であるというべき理由はないこと、及び右(二)のとおり、原告の供述が信用できることからすると、車線変更位置は別紙図面(B)地点付近であったというべきであり、被告の主張は前記1(三)の認定を覆すものではない。
(四) さらに、被告は、原告が違反行為を認めていたとも主張するが、前記1(六)で認定した事実に加え、原告が、本件交通反則告知の時から、本件取締りを行っていたc巡査らに対して、左折するために第一通行帯を走行した旨申し述べていたこと(証人a、原告本人)も考慮すると、原告が結果的に交通反則切符に署名・指印したことが、本件通行帯違反があったこと自体を根拠付けるものではない。
なお、本件交通反則告知に係る交通反則切符の告知日時の欄には平成一一年八月三〇日午前九時五八分と記載されているところ(乙一)、右記載は右1(六)における認定と異なるが、a巡査部長の証言によっても、本件交通反則告知が行われた時刻は午前九時三八分より後ではないものと認められ、右告知日時の欄の記載は誤りであるというべきであるから、右記載と異なる原告本人尋問における供述の信用性及びこれに基づく右1(六)の認定を覆すものではない。
3 以上によると、原告は、平成一一年八月三〇日午前八時四〇分ころ、本件道路を左折するため、第二通行帯から、日曜及び休日を除く午前七時から同九時三〇分までの間は路線バス・通学通園バス・通勤送迎バスの専用通行帯とされている第一通行帯へと車線変更したが、その際左折すべき路地の位置を正確に認識していなかったため、本来左折すべき路地を通過した後、次の路地で左折すべく走行を続け、次の路地が近づいた時点でその路地が進入できないものであることに気付き、第二通行帯へと車線変更をしたのであり、その間第一通行帯を約八〇メートルにわたって走行したものであるということができる。
二 本件通行帯違反の有無
1 道路交通法二〇条三項は、車両が交差点において左折するときは、同条二項に定める通行の区分によらないで、他の車両通行帯を通行することができる旨を規定しており、道路標識により通行帯の指定が行われ、第一通行帯が通行禁止となっていても、当該指定がされている道路からの左折が禁止されるものではないから、左折する意思で、左折するために相当な範囲において、通行を禁止されている通行帯を走行することは、右通行帯の指定に違反するものではないというべきである。
2 被告は、道路交通法施行令二一条において、左折をするときは、左折をしょうとする地点から三〇メートル手前の地点に達したときに合図を行うものと定められていることから、左折のために通行を禁止されている通行帯を走行することができる距離は三〇メートルであるとの解釈に基づき、本件道路の第一通行帯を三〇メートルを超えて走行した原告の行為は通行帯違反となる旨主張する。
しかし、「三〇メートル手前の地点に達したとき」とは、走行中の通行帯から直接左折する場合に、あらかじめ左折の合図をすべき時期として道路交通法施行令二一条が定めるものであり、いわば規定の対象を異にするものであるから、この規定があることから、直ちに、被告主張の解釈を導くことは困難である。また、実際上も、本件のような場合に三〇メートルを超えて走行する行為が常に通行帯の指定に違反する行為となるとの解釈は、必要な安全確認を行った上、第二通行帯から第一通行帯への車線変更を完了した後、第一通行帯を走行している路線バス等が存在する可能性等も考慮して、自車の安定的な走行を確保し、その後左折の準備をする必要があることを看過したものというほかない。(また、わが国の道路の現状に鑑みると、左折すべき路地のすべてについて表示が完備されているとは到底いえないから、第一通行帯への車線変更の際に左折すべき路地を確知していることを前提として、通行帯指定への違反の有無を判断することが合理的であるということもできない。)
3 前記一3のとおり、原告は、左折すべき路地の位置について明確な認識を有していなかったため、左折すべき路地が近いと考えて車線変更をしたものの、本来左折すべき路地を通過した後、次の路地で左折すべく走行を続けたところ、次の路地が近づいた時点で進入できないものであることに気付き、第二通行帯へと車線変更をしたものであり、その間第一通行帯を約八〇メートルにわたって走行したが、結果として左折することができなかった。
しかし、原告は、次の路地が進入禁止であることに気付いた時点で第二通行帯へと車線変更をしているのであるから、このような原告の走行は、仮に次の路地が進入禁止でなく、原告の認識どおり左折できる路地であり、かつ、これを左折した場合と差異がないか、少なくとも客観的に第一通行帯の走行距離において短いものである。
そして、左折すべき路地の位置を明確に認識していない以上、あらかじめ余裕をもって車線変更をし、左折すべき路地を深しつつ走行した場合、その距離が一〇〇メートル程度であるときには、その走行は、左折するために相当な範囲で第一通行帯を走行したものということができる。
したがって、少なくとも客観的に第一通行帯の走行距離において短い原告の走行が、被告の通行帯指定に違反するということはできないから、本件通行帯違反の事実はなかったというべきである。
4 以上によると、本件処分は存在しない本件通行帯違反に付すべき基礎点数を累積点数に含めて行われたものであり、前記第二(事案の概要)一(前提となる事実)7のとおり、被告は、本件通行帯違反がなければ、処分内容を軽減する必要が生じた旨自認しているのであるから、本件処分は違法な処分であるというべきである。
三 以上のとおり、原告の請求は理由があるから、本件処分を取り消すこととし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤山雅行 裁判官 谷口豊 裁判官 杜下弘記)