東京地方裁判所 平成12年(行ウ)186号 判決 2001年3月30日
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
大蔵大臣が原告に対し平成一二年六月二〇日付け蔵金第六〇八号でした戒告処分を取り消す。
第二事案の概要
本件は、公認会計士の登録を受け、監査法人の社員に就任していた原告が、他の公認会計士の補助者として監査業務を行ったところ、大蔵大臣が、右の行為は、公認会計士法三四条の一四に違反し、同法三一条に該当するとして、原告に対して戒告の懲戒処分を行ったことから、右処分を不服とする原告が、右処分の取消しを求めている事案である。
一 公認会計士法(平成一一年法律第一六〇号による改正前の法。以下「法」という。)の定め
1(一) 公認会計士は、他人の求めに応じて報酬を得て、財務書類(財産目録、貸借対照表、損益計算書その他財務に関する書類をいう。)の監査又は証明をすることを業とする(法二条一項)。
(二) 公認会計士は、前項に規定する業務の外、公認会計士の名称を用いて、他人の求めに応じ報酬を得て、財務書類の調製をし、財務に関する調査若しくは立案をし、又は財務に関する相談に応ずることを業とすることができる。ただし、他の法律においてその業務を行うことが制限されている事項については、この限りでない(同条二項)。
(三) 法二条一項の規定は、公認会計士が他の公認会計士又は監査法人の補助者として同項の業務に従事することを妨げない(同条三項)。
2(一) 公認会計士は、法五章の二の定めるところにより、監査法人を設立することができるところ、監査法人は、①社員は公認会計士のみであること、②社員の数は五人以上であること、③社員はすべて業務を執行する権利を有し、義務を負うこと、④社員のうちに、法三〇条又は法三一条の規定により業務の停止の処分を受け、当該業務の停止の期間を経過しない者等のいないこと、⑤業務を公正かつ的確に遂行することができる人的構成及び施設を有することとの各要件を備えなければならない(法三四条の二、三四条の四)。
(二) 監査法人は、法二条一項の業務を行うほか、その業務に支障のない限り、定款で定めるところにより、法二条二項の業務等を行うことができる(法三四条の五)。
(三) 監査法人は、その社員以外の者に監査又は証明の業務を行わせてはならない(法三四条の一二第一項)。
(四) 監査法人の社員
は、自己若しくは第三者のためにその監査法人の業務の範囲に属する業務を行い、又は他の監査法人の社員となってはならない(法三四条の一四)。
3 公認会計士又は監査法人でない者は、法律に定める場合を除く外、他人の求めに応じ報酬を得て法二条一項に規定する業務を営んではならない(法四七条の二)。
4 公認会計士に対する懲戒処分は、①戒告、②一年以内の業務停止、③登録の抹消の三種とされ(法二九条)、大蔵大臣は、公認会計士が法又は法に基づく命令に違反したときは、右の各懲戒処分をすることができる(法三一条)。
二 前提となる事実(各項末尾掲記の証拠等によって認められる。)
1(一) 原告は、昭和五九年に公認会計士の登録をした。
(当事者間に争いがない事実)
(二) 公認会計士Aは、昭和六三年八月ころ、株式会社ココ山岡宝飾店(以下「ココ山岡」という。)との間で、商法特例法に基づく会計監査業務を受任した。
(当事者間に争いがない事実)
(三) 原告は、Aからの依頼を受け、Aが締結したココ山岡との間の商法特例法二条に基づく財務書類の監査契約に基づき、公認会計士Bとともに平成元年三月末事業年度から平成八年三月末事業年度までのココ山岡に係る監査証明業務に補助者として従事し、売上及び売上債権関係の勘定科目の監査を担当していた。
(乙三、同四)
(四) 原告は、Aに対し、自己が監査に従事した監査日数等を記載した出面を提出し、Aがココ山岡から受領した監査報酬について、その一部を受領していた。
(乙一、同四)
(五) 原告は、平成二年九月から平成四年九月までは監査法人芹沢会計事務所の社員、平成五年七月からは東京赤坂監査法人の社員の地位にあった。
(乙四)
(六) 監査法人芹沢会計事務所及び東京赤坂監査法人は、いずれもその定款において「財務書類の監査又は証明の業務」を目的として定めている。
(乙七、同八)
2 本件処分の経緯
(一) ココ山岡の会計監査人であるAについて、平成一〇年七月一七日、法三〇条該当事実及び法二四条違反の事実があるとして、大蔵大臣に対し、法三二条一項に基づいて事実の報告及び措置請求がなされた。
そこで、大蔵大臣は、Aの監査証明業務に係る調査、審問及び聴聞を行うとともに、これと関連して、平成元年三月末事業年度から平成八年三月末事業年度までのココ山岡に対するAの監査証明業務の補助者として従事していた原告及びBについて、法三四条の一四違反の事実も思料されたことから、両名に対し、法三三条一項一号に基づき、平成一一年五月一一日、平成一二年四月一三日、同月二四日の計三回にわたり審問を行い、法三二条四項及び行政手続法一三条一項一号に基づき同年五月九日に聴聞を行った。
(乙二ないし同五、弁論の全趣旨)
(二) 大蔵大臣は、平成一二年六月二〇日、原告に対し、原告が平成二年九月から平成四年九月までは監査法人芹沢会計事務所の社員、平成五年七月からは東京赤坂監査法人の社員に就任しており、監査証明業務を行うことを業とする監査法人の社員の地位にありながら、Aの依頼を受け、ココ山岡に係る平成元年三月末事業年度から平成八年三月末事業年度までの監査証明業務に補助者として従事していたことが、法三四条の一四に違反するとして、法三一条に該当することを理由に、戒告の懲戒処分(以下「本件処分」という。)を行った。
(甲一)
(三) なお、大蔵大臣は、Bについても、平成一二年六月二〇日、昭和五九年一一月から監査法人芹沢会計事務所の社員の地位にありながら、Aの依頼を受け、ココ山岡に係る平成元年三月末事業年度から平成八年三月末事業年度までの監査証明業務の補助者として従事していたことが、法三四条の一四に違反するとして、法三一条に該当することを理由に、原告に対するのと同様に戒告の懲戒処分を行った。
(乙六)
三 当事者双方の主張
(被告の主張)
1 監査法人が営利を目的とする合名会社とは異なり、複数の公認会計士による適正な監査を組織的に行うために特別に設けられた制度であって、社員相互の緊密な協力関係を維持し、監査法人制度の健全な発展を図るため、監査法人の実質が損なわれるおそれのある社員の競業を禁止すべきであるとの趣旨に基づいて、法三四条の一四は、他の社員の同意の有無にかかわらず、監査法人の社員が監査法人とは別個に、自己若しくは第三者のためにその監査法人の業務の範囲に属する業務を行い、又は他の監査法人の社員となることを絶対的に禁止したものである。
そして、「自己若しくは第三者のために」とは、右の立法趣旨からすれば、自己の名及び計算においてする場合はもとより、他人の代理人等その名称の如何を問わず、他人の計算においてする場合をも広く含むと解すべきである。
また、「監査法人の業務の範囲に属する業務」とは、法三四条の五に定める業務の範囲と同義であり、これによれば「第二条第一項の業務」と解される。そして、法二条一項は、「公認会計士は、他人の求めに応じ報酬を得て、財務書類の監査又は証明をすることを業とする」と規定するところ、法四七条の二が、公認会計士又は監査法人でない者の業務の制限として、「第二条第一項の業務」との要件のほかに、「他人の求めに応じ報酬を得て」との要件を規定していることからすれば、法四七条の二や法三四条の五に規定する「第二条第一項に規定する業務」又は「第二条第一項の業務」とは、「財務書類の監査又は証明をすること」であって、いずれも「他人の求めに応じ報酬を得て」ということをその要件としていないものと解される。そうであるとすれば、法三四条の一四の「監査法人の業務の範囲に属する業務」とは、法二条一項の業務、すなわち、「財務書類の監査又は証明をすること」を意味すると解すべきである。
しかして、法は監査及び証明の定義を定めていないが、「監査」とは、他人の作成した決算書類の記帳計算に不正誤謬がないかを検し、その決算書類が当該企業の真の財政状態及び営業成績を現わすように適正に調製されているかどうかを検査することをいい、「証明」とは、監査の結果に基づき他人の作成した財務書類が適法正確であることを確認する行為であると解されていることからすれば、監査業務を補助者として行うことも、右「監査」の行為に該当することは明らかである。
2 これを本件についてみると、原告は、監査法人の社員の地位に就任した後も、Aが代表して締結したココ山岡との間の商法特例法二条に基づく財務書類の監査契約に基づき、ココ山岡に係る監査証明業務を補助者として行い、これによりAがココ山岡から受領した監査報酬の一部を受領していたものである。
したがって、原告の行為は、ココ山岡の「財務書類の監査」を行ったものであり、法三四条の一四により禁止される「監査法人の業務の範囲に属する業務」を行ったものと認められるから、原告は、監査法人の社員でありながら、監査法人とは別個に、自己又は第三者のために監査法人の業務に属する範囲の業務を行ったものとして、法三四条の一四に違反し、ひいては法三一条に該当するものと認められる。
(原告の主張)
1 法三四条の一四にいう「監査法人の業務の範囲に属する業務」とは、法三四条の五により、法二条一項の業務と定められているとおりであるが、法二条一項の業務とは、「他人の求めに応じ報酬を得て、財務書類の監査又は証明をすること」、すなわち、監査証明業務のことをいうのであり、法的な責任主体となって業務を行うことをいうのは明らかである。
そして、監査補助者とは、会計監査人が被監査会社に対して負う監査証明業務という債務を履行するために使用する履行補助者のことであるが、履行補助者自身が被監査会社の求めに応じて監査証明業務を履行する地位に立つものではないから、監査法人の社員が、他の公認会計士又は監査法人が被監査会社に対して監査証明業務という債務を履行するに当たり、単に履行補助者として、他の法的責任主体の指示又は指揮命令下で監査業務に事実上従事する場合は、法二条一項にいう監査証明業務には該当しないというべきである。
また、法三四条の一四は、監査法人の業務の範囲に属する業務の執行と他の監査法人の社員への就任とを競業禁止の対象行為としているところ、それが並列して規定されているとおり、前段の監査法人の業務の範囲に属する業務の執行とは、後段の他の監査法人への就任と同等に評価されるもの、すなわち監査証明業務を執行する権限を有し、かつ、その責任を負う法的責任主体として業務を行うことを意味するものであって、そのような行為こそが、社員相互の緊密な協力関係の維持や監査法人制度の健全な発展を害するものとして、法三四条の一四が規制しようとしているものと解すべきである。
さらに、同条には「自己若しくは第三者のために」との要件が定められているが、行為の経済上の結果が第三者に帰属するとは、第三者が契約から生じる利益を享受し、かつ、それに伴う責任を負担するという意味であり、使用人として他の会社の業務に従事したとしても、それは業務禁止の対象とはならないものと解すべきである。そこで、監査法人の社員が自ら監査証明業務を行うこと、他の公認会計士又は監査法人と共同して監査証明業務を行うこと、他の監査法人を代表して監査証明業務を行うことは、「自己若しくは第三者のために」監査証明業務を行うことに当たるというべきであるが、監査補助業務はあくまで責任主体である他の公認会計士又は監査法人の指示又は指揮命令下で行われるのであるから、監査補助者は「自己若しくは第三者のために」監査証明業務を行う者には当たらないというべきである。
したがって、他の公認会計士又は監査法人の監査補助者として従事するだけでは、法三四条の一四に違反しないというべきである。
2 法二条三項の規定
また、法二条三項は、公認会計士が他の公認会計士又は監査法人の補助者として法二条一項の業務に従事することを妨げないとしているが、右の規定からして、補助者として従事することが法二条一項の業務に該当しないことは明らかである。
「他人の求めに応じて」という要件は、内部監査と外部監査を峻別するためのものであり、法二条一項にいう「他人」とは被監査会社のことを指すものであるから、仮に補助者として監査証明業務に従事することが法二条一項の業務に含まれるとすると、法二条一項は、公認会計士である補助者は、被監査会社等委嘱者の求めに応じて報酬を得て監査業務に従事することを業とするという意味の条項となるが、このような条項は、委嘱者との間で監査契約の当事者とならない補助者の地位と矛盾することとなり、妥当でない。
したがって、法二条一項に規定する業務とは、自らが責任主体となって監査証明業務を行うことであり、補助者としての業務が含まれないが、同条三項は、監査補助業務であっても公認会計士としての名称を使用できるという意味に解すべきである。
3 法三四条の一二第一項の規定について
法三四条の一二第一項は、「監査法人は、その社員以外の者に監査又は証明の業務を行なわせてはならない」と規定し、法二条一項で規定されている「監査又は証明をすることを業とする」と同一の法律用語が用いられているところ、監査法人において、社員以外の者が補助者として業務に従事することまで禁止されたものではないことからすれば、法三四条の一二第一項にいう「監査又は証明の業務」の中には補助者として監査業務に従事することは含まれないというべきである。
したがって、法三四条の一二第一項の規定からすれば、法二条一項にいう「監査又は証明をすることを業とする」中に、補助者として監査業務に従事することが含まれないことは明らかである。
これに対し、被告は、社員の指揮監督下において監査証明業務に従事している以上は、監査補助者の行う監査証明業務は、いわゆる履行補助者の行う監査証明業務として、責任者的業務を執行する社員の行う監査証明業務と評価されると主張するが、法的には、「履行補助者の行う監査業務」は、「社員の行う監査証明業務」と評価されるのであって、「履行補助者の行う監査業務」自体は評価されないのであるから、法三四条の一二第一項にいう「監査又は証明の業務」ではない。
4 法四七条の二について
また、補助者として「監査又は証明をすること」という業務に従事することも、法二条一項の業務に含まれるとすると、法四七条の二については、公認会計士又は監査法人でない者は、他人の求めに応じ報酬を得て補助者としての監査業務に従事してはならないという意味となるが、右は、無資格者による監査補助業務への従事が許されるとの一般的な解釈とは全く相反することとなる。
これに対し、被告は、無資格者が監査補助業務に従事することが許されるのは、監査補助者の行う監査証明業務は、それが公認会計士又は監査法人の指揮監督下になされる限りにおいては、いわゆる履行補助者の行う監査証明業務として、これを指揮監督する公認会計士又は監査法人の行う監査証明業務と評価されることになるからであると主張するが、無資格者の行う監査証明業務が公認会計士又は監査法人の行う監査証明業務と評価されるのであるから、「無資格者の行う監査証明業務」は、法四七条の二に規定する「第二条第一項に規定する業務」ではないこととなる。
四 争点
以上によれば、本件の争点は、原告が、Aの依頼を受け、ココ山岡に係る平成元年三月末事業年度から平成八年三月末事業年度までの監査証明業務に補助者として従事していたことが、法三四条の一四に違反するか否かの点にある。
第三当裁判所の判断
一1 法三四条の一四は、監査法人の社員は、自己若しくは第三者のためにその監査法人の業務の範囲に属する業務を行い、又は他の監査法人の社員となってはならないと規定するところ、法三四条の五によれば、法二条一項の業務及び当該監査法人の定款で定めるところによる法二条二項の業務等が右にいう「監査法人の業務の範囲に属する業務」に当たるということとなる。
そして、法四七条の二が、「公認会計士又は監査法人でない者は、法律に定のある場合を除く外、他人の求めに応じ報酬を得て第二条第一項に規定する業務を営んではならない。」と規定して、公認会計士又は監査法人でない者の業務の制限を定めているところ、右のとおり、単に「第二条第一項の業務」とせず、「他人の求めに応じ報酬を得て第二条第一項の業務」と規定していることからすれば、「法二条一項に規定する業務」とは、「財務書類の監査又は証明をすること」をいうものであって、「他人の求めに応じ報酬を得て財務書類の監査又は証明をすること」ではないものと解するのが相当である。そうであるとすれば、「法二条一項の業務」といい得るか否かは、「他人の求めに応じ報酬を得て」いるか否かとは関係がないものということとなる。
そして、右の「財務書類の監査又は証明」とは、他人の作成した決算書類の記帳計算に不正誤謬がないかを検し、その決算書類が当該企業の真の財政状態及び営業成績を現わすように適当に調製されているかどうかを検査する行為、及び監査の結果に基づき他人の作成した財務書類が適法正確であることを確認する行為をいうものと解されるから、たとえ、被監査会社との間で、直接の契約関係を築かず、監査補助者としての立場から監査又は証明に関与したにすぎないとしても、右に述べた検査行為又は確認行為を行ったものである以上、右の立場に基づく関与を、法二条一項の業務を行ったものと評価することに妨げはないというべきである。
ところで、監査法人の設立については、社員を公認会計士に限定し、その数を五人以上とする等の一定の要件を設け(法三四条の四)、かつ認可制度を採用するとともに(法三四条の七)、法三四条の一四の規定を設けて、監査法人の社員については、監査法人の業務と競合する業務を行うことを絶対的に禁止しているが、これらは、いずれも、社員相互の緊密な協力関係を維持し、組織的な監査証明業務の主体としての監査法人の実体を確保し、その監査証明業務の内容の充実と独立性を維持する趣旨であると解される。そうであるとすれば、仮に、自らが被監査会社との間で契約を締結していない限り法二条一項の業務を行ったことにはならないと解した場合には、監査法人の社員として当該監査法人の監査証明業務の執行にたずさわる割合に比べて、他の公認会計士又は監査法人の監査補助者として監査証明業務にたずさわる割合が極めて高く、監査法人の社員としてその監査証明業務の執行にたずさわることが実際上困難なようなときにも、法三四条の一四の規定には反しないとして、かかる事態を許容せざるを得ないことになるが、このような事態は、社員相互の緊密な協力関係を維持し、組織的な監査証明業務の主体としての監査法人の実体を確保し、その監査証明業務の内容の充実と独立性を維持するとの法三四条の一四の趣旨に反する結果を招来することになりかねない。したがって、このような解釈は、実質的にみても、法三四条の一四の解釈としては妥当性を欠くものというべきである。
2(一) これに対し、原告は、法三四条の一四は「自己若しくは第三者のために」との要件を定めるところ、監査補助業務はあくまで責任主体である他の公認会計士又は監査法人の指示又は指揮命令下で行われるのであるから、監査補助者は「自己若しくは第三者のために」監査証明業務を行う者には当たらないというべきであると主張する。
しかし、前記のとおり、法三四条の一四の規定は、社員相互の緊密な協力関係を維持し、組織的な監査証明業務の主体としての監査法人の実体を確保し、その監査証明業務の内容の充実と独立性を維持する趣旨であると解されるから、右の趣旨からすれば、「自己若しくは第三者のために」とは、その名称の如何を問わず、自己の計算又は第三者の計算においてすることをいうものと解すべきである。
そうすると、その監査の主体が当該公認会計士の属する監査法人でない場合に、監査補助者として監査証明業務を行うことは、自己又は第三者の計算において監査証明業務を行ったことにほかならず、本件においては、前記前提となる事実記載のとおり、ココ山岡の会計監査の受任者はAであり、原告が社員であった監査法人ではないのであるから、原告は、「自己若しくは第三者のために」に監査証明業務を行ったものというべきである。
(二) また、原告は、法二条三項の規定は、公認会計士が他の公認会計士又は監査法人の補助者として法二条一項の業務に従事することを妨げないとしており、右の規定からして、補助者として従事することが法二条一項の業務に該当しないことは文理上明らかであると主張する。
しかし、法二条三項は、財務書類に係る検査行為及び確認行為を内容とする法二条一項の業務を行う場合であっても、補助者としての立場でかかわる場合には、「他人の求めに応じ」て「業とする」とはいい難いことから、同項の定める場合には当たらないけれども、そのような業務についても、公認会計士として行うこともできる旨を定めたものと解される。
原告は、補助者として監査証明業務に従事することが法二条一項の業務に含まれるとすると、同項は、公認会計士である補助者は、被監査会社等委嘱者の求めに応じて報酬を得て監査業務に従事することを業とするという意味の条項となり、不合理であると主張するが、法二条一項の業務とは、前記のとおり、財務書類に係る検査行為及び確認行為をいうものと解され、これにどのような立場でかかわるかまでを規定しているものとは解されないのであり、法二条三項が、「補助者として同項(法二条一項)の業務に従事する」と規定して、いかなる地位で従事するかという要件と法二条一項の業務の内容とを切り離しているのも、これを前提としているものというべきである。
したがって、法二条三項が存在することをもって、補助者として監査証明業務に従事することが、当然に法二条一項の業務に従事する場合に含まれないとは解されない。
(三) 原告は、法三四条の一二第一項は、「監査法人は、その社員以外の者に監査又は証明の業務を行なわせてはならない」と規定するところ、監査法人において、社員以外の者が補助者として業務に従事することまで禁止したものではないことからすれば、補助者として監査業務に従事することは、法三四条の一二第一項にいう「監査又は証明の業務」の中には含まれず、したがって、法二条一項の「監査又は証明の業務」の中にも含まれないと主張する。
しかし、監査法人において、社員以外の者が補助者として業務に従事しても、当該監査法人の社員の指揮監督下にある場合には、法三四条の一二第一項に違反するものとは解されないのは、当該監査法人の社員の指揮監督下にある限り、それが、当該社員のした行為とみなされることによるものであり、履行補助者の行う行為が同項に規定する監査又は証明の業務に含まれないと解されるためではないというべきである。
原告は、右のように解するときには、「履行補助者の行う監査業務」は、法的には、「社員の行う監査証明業務」と評価され、「履行補助者の行う監査業務」自体は評価されないのであるから、「履行補助者の行う監査業務」は、法三四条の一二第一項にいう「監査又は証明の業務」ではないと主張するが、履行補助者の行う業務が同項にいう「監査又は証明の業務」に当たるとしても、当該社員のした行為とみなされることにより、当該監査法人の「社員以外の者に監査又は証明の業務を行なわせ」た場合には当たらないと解するものであって、原告の右主張は失当というべきである。
(四) 原告は、補助者として「監査又は証明すること」という業務に従事することも、法二条一項の業務に含まれるとすると、法四七条の二については、公認会計士又は監査法人でない者は、他人の求めに応じて報酬を得て補助者としての監査業務に従事してはならないという意味となるが、右は、無資格者による監査補助業務への従事が許されるとの一般的な解釈と全く相反すると主張する。
しかし、法二条一項の業務とは、前記のとおり、財務書類の検査行為及び確認行為を行うことをいうものと解すべきところ、法四七条の二は、他人の求めに応じ報酬を得て公認会計士又は監査法人以外の者が法二条一項の業務を営むことを禁止しており、無資格者の監査補助業務への従事が許されるというのも、当該監査補助業務への従事が、監査法人の社員又は公認会計士の指揮監督下にあり、監査法人の社員又は公認会計士の監査証明業務とみなされることによるか、あるいは、それが「他人の求めに応じ」報酬を得て監査証明業務を「営んでいる」といえないことによるものというべきであり、前記のような解釈を採った場合には、無資格者が監査補助者として、監査証明業務に従事することが許されるとの一般的な解釈と相反することになるわけではないから、原告の主張は失当である。
二 以上によれば、たとえ、補助者として、監査証明業務にたずさわったにすぎないとしても、右は、法二条一項の業務を行ったものというべきであり、法二条一項の業務は、監査法人の業務の範囲に属する業務に当たるのであるから、監査法人の社員たる公認会計士がかかる業務に従事した以上、法三四条の一四に違反するものというべきである。
そして、本件においては、前記前提となる事実記載のとおり、原告は、平成二年九月から平成四年九月までは監査法人芹沢会計事務所の社員、平成五年七月からは東京赤坂監査法人の社員の地位にありながら、ココ山岡との間で財務書類の監査契約を締結したAの依頼を受け、ココ山岡に係る平成元年三月末事業年度から平成八年三月末事業年度までの監査証明業務に補助者として従事し、売上及び売上債権関係の勘定科目の監査を行って、これに対する報酬を受け取ったものであるところ、右は、監査法人の社員が自己又は当該監査法人以外の第三者の計算において、財務書類の監査という当該監査法人の業務の範囲に属する業務を行ったものというべきであるから、法三四条の一四に違反し、これを前提として、法三一条に基づき、原告に対し、戒告の懲戒処分をすることとした本件処分は適法である。
三 よって、原告の請求は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 市村陽典 裁判官 阪本勝 裁判官 村松秀樹)