大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成12年(行ウ)208号 判決 2001年8月31日

原告

A野太郎

訴訟代理人弁護士

堀敏明

山下幸夫

被告

代表者法務大臣

森山眞弓

指定代理人

中園浩一郎

他3名

主文

本件訴えのうち、犯罪捜査のための通信傍受に関する法律(平成一一年法律第一三七号)が無効であることの確認を求める請求に係る部分を却下する。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  犯罪捜査のための通信傍受に関する法律(平成一一年法律第一三七号。以下「本件法律」という。)が無効であることを確認する。

二  被告は、原告に対し、五〇〇万円及びこれに対する平成一二年八月一五日から支払済みまでの年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、本件法律が憲法一三条、二一条二項、三一条及び三五条に違反して無効であるとして、本件法律が無効であることの確認を求めるとともに、本件法律が制定されたことにより、原告がプライバシーや通信の秘密を侵害されることなく平穏に生活する法的利益を侵害され、精神的苦痛を被ったとして、国家賠償法一条一項に基づく損害賠償を請求した事案である。

一  本件法律の概要(平成一一年法律第四八号による改正前のもの。括弧内の条文は、本件法律の条文である。)

(1)  本件法律は、一定の重大犯罪において、犯人間の相互連絡等に用いられる電気通信の傍受を行わなければ事案の真相を解明することが著しく困難な場合が増加する状況にあることを踏まえ、これに適切に対処するために必要な刑事訴訟法に規定する電気通信の傍受を行う強制の処分の要件、手続その他必要な事項を定めることを目的とするものである(一条)。

なお、本件法律において、「通信」とは、電話その他の電気通信であって、その伝送路の全部若しくは一部が有線(有線以外の方式で電波その他の電磁波を送り、又は受けるための電気的設備に付属する有線を除く。)であるもの又はその伝送路に交換設備があるものをいい(二条一項)、「傍受」とは、現に行われている他人間の通信について、その内容を知るため、当該通信の当事者のいずれの同意も得ないで、これを受けることをいう(同条二項)。

(2)  検察官又は司法警察員は、三条一項各号のいずれかに該当する場合において、当該各号に規定する犯罪の実行、準備又は証拠隠滅等の事後措置に関する謀議、指示その他の相互連絡その他当該犯罪の実行に関連する事項を内容とする通信(以下「犯罪関連通信」という。)が行われると疑うに足りる状況があり、かつ、他の方法によっては、犯人を特定し、又は犯行の状況若しくは内容を明らかにすることが著しく困難であるときは、裁判官の発する傍受令状により、電話番号等によって特定された通信の手段であって、被疑者が通信事業者等との間の契約に基づいて使用しているもの(犯人による犯罪関連通信に用いられる疑いがないと認められるものを除く。)又は犯人による犯罪関連通信に用いられると疑うに足りるものについて、これを用いて行われた犯罪関連通信の傍受をすることができる(三条一項)。

また、一定の要件の下に、傍受すべき通信に該当するかどうかを判断するための傍受や、他の犯罪の実行を内容とする通信の傍受をすることも認められる(一三条、一四条)。

(3)  傍受令状の請求は、一定の範囲の検察官又は司法警察員から地方裁判所の裁判官にこれをしなければならない(四条一項)。

傍受令状の請求を受けた裁判官は、請求を理由があると認めるときは、傍受ができる期間として一〇日以内の期間を定めて傍受令状を発し(五条一項)、その場合において、傍受の実施に関し、適当と認める条件を付することができる(同条二項)。

また、地方裁判所の裁判官は、必要があると認めるときは、一定の範囲の検察官又は司法警察員の請求により、一〇日以内の期間を定めて、通じて三〇日を超えない範囲で、傍受ができる期間を延長することができる(七条一項)。

なお、傍受令状は、通信手段の傍受の実施をする部分を管理する者又はこれに代わるべき者に示さなければならない。ただし、被疑事実の要旨については、この限りでない(九条一項)。

(4)  検察官又は司法警察員は、通信事業者に対して、傍受の実施に関し、傍受のための機器の接続その他の必要な協力を求めることができる。この場合においては、通信事業者等は、正当な理由がないのに、これを拒んではならない(一一条)。検察官又は司法警察員が一六条一項に基づいて行う当該通信の相手方の電話番号等の探知に関しても、通信事業者等に対して同様の協力義務が課されている(一六条二項)。

(5)  検察官又は司法警察員は、傍受の実施を中断し又は終了したときは、その都度速やかに、傍受記録を作成しなければならない(二二条一項)。傍受記録は、同条二項一号ないし四号に掲げる通信以外の通信の記録を消去して作成するものとする(同項)。

(6)  検察官又は司法警察員は、傍受記録に記録されている通信の当事者に対し、傍受記録を作成した旨及び傍受令状の発付年月日、傍受の実施の開始及び終了の年月日、傍受の実施の対象とした通信手段等の事項を、書面で通知しなければならない(二三条一項)。

なお、通信の傍受に関する裁判又は処分に不服がある者は、一定の不服申立てをすることができる(二六条)。

二  前提となる事実(各項末尾掲記の証拠等によって認められる。)

(1)  原告は、警察の問題等について取材・執筆活動をしているジャーナリストである。(《証拠省略》)

(2)  本件法律の制定、公布に至る経過

ア 平成八年一〇月八日、法務大臣から法制審議会に対し、組織的な犯罪に対処するための刑事法整備に関する諮問第四二号が行われたことから、法制審議会刑事法部会は、同年一〇月二一日以降、上記諮問について審議を行った結果、平成九年七月一八日、「組織的な犯罪に対処するための刑事法整備要綱骨子(案)」のとおり刑事法の整備を行うことが相当であるとの結論に達した。これを受けて、法制審議会は、同月一〇日、同部会の結論のとおり、上記要綱骨子のように刑事法の整備を行うことが相当であるとの結論に達し、これを内容とする答申を行った。

イ 法務省は、法制審議会の上記答申に基づき、関係省庁と協議を行いながら、法案の立案作業を行った。他方、当時の与党であった自由民主党、社会民主党及び新党さきがけは、この法案に関し、与党組織的犯罪対策法協議会を設け、同協議会は、平成九年一〇月二一日から平成一〇年二月一三日までの間、合計二二回にわたり協議を行った。その結果、政府は、同年三月一三日、この協議も踏まえた上で、「組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律案」、「犯罪捜査のための通信傍受に関する法律案」及び「刑事訴訟法の一部を改正する法律案」を第一四二回通常国会に提出した。

ウ 平成一〇年五月八日、衆議院本会議において、上記三法案についての趣旨説明及び質疑が行われ、これらの法案に関する審議が開始された。その後、衆議院法務委員会において、これらの法案の審議が行われたが、同年六月一八日の会期末に継続審査となり、第一四三回及び第一四四回の臨時国会を経て、第一四五回通常国会において再び審議が行われた。

平成一一年五月二七日、「組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律案」及び「犯罪捜査のための通信傍受に関する法律案」に対し、自由民主党、公明党・改革クラブ及び自由党の三会派共同提案による修正案が提出され、同月二八日、衆議院法務委員会において、この修正案及び修正部分を除く原案が可決された。これらは、同年六月一日に衆議院本会議、同年八月九日に参議院法務委員会、同月一二日に参議院本会議において、それぞれ可決され、本件法律が成立し、同月一八日に公布された。

エ 本件法律は、附則により、公布の日から起算して一年を超えない範囲内において政令で定める日から施行されることとされていたところ、政府は、平成一二年七月一九日、平成一二年政令第三九〇号により、本件法律を同年八月一五日より施行する旨定め、本件法律は、同日より施行された。(当事者間に争いがない事実)

三  当事者の主張

(原告の主張)

(1) 本件法律の無効確認請求について

ア 本件法律の無効確認請求に係る訴え(以下「本件無効確認の訴え」という。)の適法性について

a 本件無効確認の訴えの性質について

行政事件訴訟法は、抗告訴訟を同法三条二項以下に規定する類型の訴訟に限定するものではないと解すべきであって、憲法が保障する「裁判を受ける権利」がこれらの法定抗告訴訟によっては満たされない場合には、いわゆる無名抗告訴訟についても、行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟であって、訴訟形式において適法である限り、これを認容すべきである。

本件無効確認の訴えは、米国にいうところの「宣言判決」(declaratory judge-ment)を求める宣言判決請求訴訟であり、ある法令に憲法違反の疑いがある等の事情により、国民が自分の行おうとする行為に当該法令が適用されるか否かが明らかでない場合、当該行為を行うべきか否かについて確信を持って選択することができないことから、このように法的に不安定な状態を早期に解消するため、裁判所に法的関係についての公権的確認を求めるものである。このような宣言判決請求訴訟も、無名抗告訴訟の一類型として許容されるというべきである。

我が国においても、最高裁昭和四一年(行ツ)第三五号同四七年一一月三〇日第一小法廷判決(民集二六巻九号一七四六頁)は、義務の不履行による不利益処分を受けたのちにこれに関する訴訟において義務の存否を争うことによっては回復し難い重大な損害を被るおそれがあるなど、事前の救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情がある場合には、あらかじめこのような義務を負わないことの確認を求める訴えを提起することができるとするものとした判例として理解されるべきである。

b 原告適格について

原告は、本件無効確認の訴えにおいて、本件法律に対する抽象的な判断を求めているのではなく、本件法律に具体的かつ個人的な利害関係を有することから、訴えを提起したものである。

すなわち、原告は、平成八年一〇月一九日ころ、警視庁公安総務課所属の捜査員から、執拗な尾行により取材活動を妨害されたため、東京都に対して国家賠償を求める訴えを東京地方裁判所に提起したところ、東京都は、警視庁公安部公安総務課が、特別手配被疑者の所在を知っている所在不明のオウム信者が原告と接触している旨の情報を得たことから、原告の身辺捜査によりこの信者を割り出し、これによって特別手配被疑者を発見し検挙する捜査方針を立て、これに基づいて捜査員が原告を追尾した旨の主張をした。原告がこのような所在不明のオウム信者と接触した事実は存在しないが、上記のような捜査員の認識から判断すれば、本件法律の施行により、同様の理由に基づいて、原告の通信が盗聴される危険性が極めて高いと考えられる。

このように、本件法律の施行により、原告のプライバシーや通信の秘密等、憲法上保障された権利ないし法的利益が直接かつ具体的に侵害されることは明らかであるから、原告には、本件無効確認の訴えについての原告適格が認められる。

c 訴えの利益について

本件無効確認の訴えに関する訴えの利益の有無については、前記aの最高裁昭和四七年一一月三〇日第一小法廷判決が示した、「事前の救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情がある場合」か否かによって判断すべきである。そして、優越的地位を占めるとされる表現の自由や、基本的権利と呼ばれる信教の自由、参政権、プライバシー等が侵害される場合には、事後的な回復はほぼ不可能と考えられるから、原則として上記「特段の事情」の存在を認めるべきである。

そして、本件の場合は、プライバシーや通信の秘密という憲法上の基本的な権利の侵害が問題とされている上に、前記bのとおり、原告に対して本件法律が適用される可能性が極めて高いのであるから、「事前の救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情がある場合」に該当すると解すべきである。

したがって、原告は、本件無効確認の訴えについて、その訴えの利益を有するというべきである。

d 法律上の争訟性及び処分性について(被告の主張に対する反論)

被告は、原告が本件無効確認の訴えにおいて、自己の権利義務等に関する具体的紛争について審判を求めるものではないとして、本件無効確認の訴えが、法律上の争訟に当たらず、また抗告訴訟の要件である処分性を欠く旨主張する。

しかしながら、本件法律においては、盗聴に関する事後通知が、同法二二条二項一号ないし四号に掲げる通信以外の通信の記録を消去して作成された傍受記録に記録されている通信の当事者に対してしか行われないこととされており、犯罪関係通信以外の通信をした当事者には、一切通知が行われない。このため、国民は、自分の通信が盗聴されたかを必ずしも知ることができず、疑心暗鬼のまま生活することを余儀なくされている。このように、本件法律は、その存在自体及びその施行によって、すべての国民が有する、他者との通信やコミュニケーションの自由を、直接かつ具体的に侵害するものである。

とりわけ、原告は、前記のとおり、本件法律の施行後、通信を盗聴されている可能性が極めて高いため、これまで警察関係者からの内部告発を頼りに、警察や検察等の不正、腐敗を追及していたものの、このような内部告発による情報を得ることが困難となってしまい、取材の自由が著しく侵害されるに至っている。

本件法律には、盗聴に関する裁判に対する不服申立ての制度があるものの、原告としては、自己の通信が傍受されていても、その旨の事後通知がなければ、具体的に傍受令状の発付行為自体を争うことができないのであるから、本件法律の施行自体による効果として、直接的かつ現実的に、原告の権利ないし利益が侵害されていると法的に同視することができるというべきである。

したがって、法律上の争訟性及び処分性に関する被告の主張は、失当である。

イ 本件法律が憲法に違反することについて(括弧内の条文は、本件法律の条文である。)

a 憲法一三条、二一条二項違反

本件法律は、盗聴の対象となる通信の範囲を電話による通信に限定せず、コンピュータ通信も含めた極めて広汎なものとしているほか、本来通信者の通信の秘密を守るべき立場にある通信事業者に、盗聴や逆探知等への協力義務を課している。

また、傍受令状の発付要件が、「他の方法によっては、犯人を特定し、又は犯行の状況若しくは内容を明らかにすることが著しく困難であるとき」という比較的緩やかなものとされていることに加え、盗聴可能な期間が最大三〇日間に及んでおり、極めて包括的な盗聴が許容されていることから、捜査官による濫用の危険性が極めて強い。

さらに、前記のとおり、盗聴に関する事後通知は、傍受記録に記録されている通信の当事者に対してのみ行われ、犯罪関係通信以外の通信をした当事者には、一切通知が行われないため、国民は、自分の通信が盗聴されたかを必ずしも知ることができず、疑心暗鬼のまま生活することを余儀なくされている。

このように、本件法律は、プライバシーや通信の秘密に対する重大な制約となる盗聴を広く認めている上に、その権限を行使する捜査員の恣意的運用や濫用を防止するような構造となっていないため、憲法で保障されたプライバシーや通信の秘密に対する不当な侵害を日常的に容認し、国民の自由なコミュニケーションに萎縮的効果を与えるものであるから、憲法一三条及び二一条二項に違反し、文面上無効とされるべきである。

b 憲法三一条、三五条違反

盗聴については、通信の内容等が十分予測できないため、犯罪と無関係な内容の通信もすべて傍受せざるを得ないという本質的な問題があり、憲法三五条による捜索及び押収する対象の特定という要請を満たすことは不可能である。

また、憲法三五条は、一般令状を禁止する趣旨で「各別」の令状を要求しているが、本件法律は、複数回の通信又は複数人の通信の盗聴を包括的に許容する点で、一般令状を認めることと何ら差異はないことになる。

さらに、令状の呈示は、憲法三五条による要請であると解すべきであるところ、本件法律による傍受令状は、被処分者たる通信当事者には呈示されず、通信事業者に対して「提示」されるにすぎない。憲法三一条の適正手続の保障の観点からは、処分対象者に対して少なくとも盗聴終了後の合理的な期間内に処分の内容について告知すべきであるにもかかわらず、通信当事者に対する事後通知は極めて限定されており、不十分であることは前記のとおりである。

加えて、本件法律は、将来の犯罪に対する捜査としての盗聴(同法三条二号、三号)、該当性判断のための盗聴及び他の犯罪の実行を内容とする通信の盗聴を認めている。これらは、当初の令状発付裁判官による司法的チェックの範囲を超える盗聴を広く許容するものであり、令状主義の精神に反するといわなければならない。

以上のとおり、本件法律は、憲法三一条及び三五条にも違反するものである。

c よって、本件法律は、憲法一三条、二一条二項、三一条、三五条に反し、無効であるから、本件法律が無効であることの確認を求める。

(2) 国家賠償請求について

ア 国会は、立法行為を行うに当たり、その制定に係る法律が適用される個々の具体的な国民に対して、憲法に違反した法律を制定しないよう慎重に審議、検討を行うべき高度の注意義務を負うというべきであり、憲法違反の立法行為をした場合には、国家賠償法一条一項にいう違法に当たると解すべきである。

本件法律は、前記(1)ウのとおり、憲法二一条二項、三五条等に違反していることから、国会による本件法律の立法行為には、少なくとも上記の注意義務に違背する過失があるというべきであり、国家賠償法一条一項にいう違法にも当たるというべきである。

イ 本件法律が施行されたことにより、原告の通信が盗聴されれば、原告のプライバシーや通信の秘密という憲法上保障された基本的な権利や法的利益を侵害することは確実である。また、仮に原告に対する盗聴が実施されないとしても、本件法律が施行されている以上、原告は、いつ自分の知らないところで、自らの通信が盗聴されているかもしれないとの脅威を感じ続けなければならず、プライバシーや通信の秘密を侵害されることなく平穏に生活する法的利益の侵害により、重大な精神的苦痛を被っている。原告が被った精神的損害をあえて金銭に評価すれば、五〇〇万円を下回らない。

よって、原告は、被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、五〇〇万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める。

(被告の主張)

(1) 本件無効確認の訴えについて

本件無効確認の訴えは、以下のとおり、法律上の争訟性の要件を欠くのみならず、その対象たる本件法律及びその立法行為が抗告訴訟の対象となる処分性を有しないものであり、不適法であることが明らかであるから、却下されるべきである。

ア 法律上の争訟性について

裁判所法三条一項にいう「法律上の争訟」として裁判所の審理の対象となるのは、法令を適用することによって解決し得べき当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争に限られ、このような具体的紛争を離れて、法令が抽象的に憲法に適合するか否かの判断を裁判所に求めることは許されない。

原告は、本件法律が憲法に違反し無効であると主張して、その無効確認を求めている。しかしながら、原告が自己の権利利益に対する侵害として主張している事項は、本件法律の一般的効果について自らの主張を述べているにすぎないものか、自らが一般的、抽象的に本件法律の適用を受ける可能性のある立場にあることを述べるにすぎないもの、あるいは、客観的根拠のない憶測に基づき不安感や不快感を述べているにすぎないものであって、自己の権利義務等に関する具体的紛争について審判を求めるものでないことが明らかである。そうすると、本件無効確認の訴えは、具体的紛争と関わりなく、抽象的に法令が適合するか否かの判断を裁判所に求めるものにほかならない。

したがって、本件無効確認の訴えは、法律上の争訟には当たらないことが明らかである。

イ 処分性について

a 原告は、本件無効確認の訴えが、いわゆる無名抗告訴訟であると主張しているところ、行政事件訴訟における抗告訴訟とは、行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟をいい(行政事件訴訟法三条一項)、「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」(以下「処分」という。)とは、「行政庁が行う行為のうち、その行為によって直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定することが法律上認められているもの」を指すと解されている。そうすると、抗告訴訟の対象となる処分とは、個人の法律上の地位ないし権利関係に対し、直接に何らかの影響を及ぼすような性質の行為でなければならず、無名抗告訴訟においても、当該訴訟の対象がこのような性質を有する処分に該当することが前提となることは当然である。

b そこで、本件法律自体及びその立法行為が抗告訴訟の対象となる処分に当たるか否かについて検討する。

法律自体及びその立法行為は、通常、一般的、抽象的規範を定立するものにすぎず、行政処分性は認められないのであって、例外的に、当該立法行為が、規定の内容自体に照らして、特定個人に向けられたものであり、他に行政庁の具体的な処分を待つまでもなく、この特定個人の権利義務、法的利益に直接かつ具体的な影響を与える場合には、この立法行為が処分に当たると解する余地があるにすぎない。

しかるに、本件法律は、厳格な要件を定めた上で、極めて限定された場合に限って通信の傍受が行われる旨を、一般的、抽象的に定めているにすぎず、その規定自体から特定の個人について通信傍受が行われるものでないことは明らかである。また、傍受令状に基づく通信の傍受は、本件法律自体の直接の効果として行われるものではなく、傍受令状が発付されることによって行われるものであり、本件法律の制定、施行が、直ちに原告の権利義務や法的利益に直接かつ具体的な影響を与えるものでないことは明らかである。

したがって、本件法律自体及びその立法行為が抗告訴訟の対象となる処分に当たるということはできない。

c なお、原告は、前記最高裁昭和四七年一一月三〇日第一小法廷判決を引用した上で、本件においては、事前の救済を認めないことを著しく不当とする特段の事情が存するから、法律の確認を求める訴えが許されると主張する。

しかしながら、上記判例は、通達により直接かつ具体的な義務が課せられる場合において、当該義務の存否が争われた事例に関するものであり、抽象的に法律自体の無効確認を求める訴えの司法判断適合性が問題とされなければならない本件無効確認の訴えとは、全く事案を異にするものであるから、原告の主張は失当である。

(2) 国家賠償請求について

ア 国会の立法行為が国家賠償法一条一項の違法に当たるか否かの問題は、国会議員の立法過程における行動が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背したかどうかの問題であって、当該立法の違憲性の問題とは区別されるべきであり、仮に当該立法の内容が憲法の規定に違反する廉があるとしても、その故に国会議員の立法行為が直ちに違法の評価を受けるものではない。

国会議員は、立法に関しては、原則として、国民全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまり、個別の国民に対応した関係での法的義務を負うものではないというべきであって、国会議員の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国家賠償法一条一項の規定の適用上、違法の評価を受けないものとされている。

イ そこで、上記判断基準を前提として、本件法律の内容が、憲法の一義的な文言に違反している場合に当たるか否かについて検討する。

a 憲法二一条二項が保障する通信の秘密は、最大限尊重されるべきものであるが、憲法が保障する各種の基本的人権であっても、絶対に無制限のものではなく、その濫用は禁止され、公共の福祉による制限を受ける。

したがって、通信の秘密の保障についても、公共の福祉の要請に基づき、必要最小限の範囲で制約を加えることは許されるというべきであり、通信の傍受についても、憲法上全く許されないものではない。

b そして、重大な犯罪に係る被疑事件について、被疑者が罪を犯したと疑うに足りる十分な理由があり、かつ、当該通信により被疑事実に関連する通話等が行われる蓋燃性があるとともに、傍受以外の方法によってはその罪に関する重要かつ必要な証拠を得ることが著しく困難であるなどの事情が存する場合において、電話傍受により侵害される利益の内容、程度を慎重に考慮した上で、なお電話傍受を行うことが犯罪の捜査上真にやむを得ないと認められるときには、法律の定める手続に従ってこれを行うことも憲法上許されると解すべきである。

c しかるに、本件法律は、その別表に限定列挙された重大な犯罪に関する高度の嫌疑があり、犯罪の実行に関連する事項を内容とする通信が行われる蓋燃性が認められる場合であって、他の方法によっては事案を解明することが著しく困難であると認められるときに、傍受すべき通信が行われる蓋燃性のある特定の通信手段に限って、裁判官のあらかじめ発付する傍受令状により、傍受を行うことを認めるものであって、通信の秘密、国民の私生活上の自由に対する制約は、必要最小限の範囲に限定されており、上記bの条をに合致するものである。

したがって、本件法律に基づく通信傍受は、何ら憲法二一条二項に抵触するものではない。

ウ 結局、国会による本件法律の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず、国会があえて当該立法を行った場合に当たらず、国家賠償法一条一項の規定の適用上、違法の評価を受けるものではない。

エ よって、原告による国家賠償請求は、理由がないことが明らかであるから、棄却されるべきである。

四  争点

以上によれば、本件の争点は、次のとおりである。

(1)  本件無効確認の訴えが、法律上の争訟性又は抗告訴訟の要件である処分性を欠くものとして、不適法となるか否か。(争点一)

(2)  原告の国家賠償請求に関して、国会による本件法律の立法行為が、国家賠償法一条一項にいう違法な行為に当たるか否か。(争点二)

第三争点に対する判断

一  争点一(本件無効確認の訴えの適法性)について

原告は、本件無効確認の訴えについて、いわゆる無名抗告訴訟の一類型としての宣言判決請求訴訟であると主張しているところ、行政事件訴訟法における抗告訴訟とは、行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟をいい(同法三条一項)、その対象となる処分(行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為をいう。同法三条二項)とは、行政庁が行う行為のうち、その行為によって直接国民の権利義務を形成し、またはその範囲を確定することが法律上認められているものを指すものと解されるから(最高裁昭和二八年(オ)第一二三号同三〇年三月四日第二小法廷判決・民集九巻三号二二九頁)、無名抗告訴訟が許容されるためには、その対象となる行為がそのような性質を有する行為であることを要するといわなければならない。

そうすると、国会の立法作用に基づく一般的、抽象的な規範である法律自体及びその定立である立法行為は、通常は、これによって、直接国民の権利義務を形成し、またはその範囲を確定することが法律上認められるわけではないから、抗告訴訟の対象となる処分には当たらないというべきである。

もっとも、極めて例外的に、当該立法行為が、形式的には一般的、抽象的な規範の定立という形式をとっている場合でも、その実質が専ら特定の個人に向けられたものであって、かつ、この個人に対する法の執行行為にほかならないといえるようなときには、いわば、立法行為の形式を借りて処分が行われたものとして、当該立法行為が処分に当たると解する余地が全くないわけではない。

しかしながら、本件法律は、前記第二の一のとおり、同法に定める一定の犯罪が行われたと疑うに足りる十分な理由があり、犯罪の実行に関連する事項を内容とする通信が行われると疑うに足りる状況がある場合において、他の方法によっては犯人を特定し、又は犯行の状況若しくは内容を明らかにすることが著しく困難であると認められるときに、傍受すべき通信が行われる可能性のある特定の通信手段に限り、裁判官がこれらの要件を充足すると判断した場合に発付される傍受令状に基づいて、傍受が行われることとしているものである。そうすると、本件法律は、捜査機関が限定された要件の下に通信を傍受し得る旨を一般的、抽象的に定めたものであって、その対象が特定の個人にのみ向けられているわけではないことは明らかであるから、その実質を立法の形式を借りた処分とみることはできない。

したがって、本件法律自体及びその立法行為が抗告訴訟の対象となる処分に当たるということはできないから、本件無効確認の訴えは不適法であるといわなければならない。

なお、原告は、自己の通信が傍受されていても、事後通知がない場合にはそのことを知り得ない以上、本件法律の施行自体による効果として、直接的かつ現実的に、原告の権利ないし利益が侵害されていると法的に同視することができると主張する。しかしながら、本件法律は、前述のとおり、捜査機関が限定された要件の下に通信を傍受し得る旨を一般的、抽象的に定めたものにすぎず、その施行自体によって、直接特定の個人の権利ないし利益が具体的に侵害されているわけではないのであるから、本件法律自体及びその立法行為が抗告訴訟の対象となる処分ということはできず、原告の上記主張は採用できない。

また、原告は、前記最高裁昭和四七年一一月三〇日第一小法廷判決が、事前の救済を認めないことを著しく不当とする特段の事情が存する場合に、あらかじめ一定の義務を負わないことの確認を求める訴えを提起することができることを認めたものであるとして、本件無効確認の訴えも許容されるべきであると主張するが、上記判決は、通達により直接かつ具体的な義務が課せられる場合において、当該義務の存否が争われた事例に関する判断であって、本件とは事案を異にするものであるから、原告の主張は採用することができない。

二  争点二(本件法律の立法行為における違法の有無)について

(1)  国会の立法行為が国家賠償法一条一項の違法に該当するか否かは、国会議員の立法過程における行動が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背したかどうかにより判断すべきであるところ、国会議員は、立法に関しては、原則として、国民全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまり、個別の国民に対応した関係での法的義務を負うものではないというべきであって、国会議員の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、同法一条一項の規定の適用上、違法の評価を受けないものと解すべきであって(最高裁昭和五三年(オ)第一二四〇号同六〇年一一月二一日第一小法廷判決・民集三九巻七号一五一二頁)、これに反する原告の所論は、採用することができない。

(2)  そこで、本件法律の内容が、憲法の一義的な文言に違反している場合に該当するか否かについて検討する。

本件法律は、前記第二の一のとおり、その別表に限定的に列挙された重大な犯罪に関する嫌疑があり、犯罪の実行に関連する事項を内容とする通信が行われる可能性が認められる場合であって、他の方法によっては犯人の特定や犯行の状況、内容を明らかにすることが著しく困難であるときに、傍受すべき通信が行われる蓋燃性のある特定の通信手段に限って、裁判官があらかじめ発付する傍受令状により、傍受を行うことを認めるものである。

このような通信傍受は、憲法二一条二項が保障する通信の秘密を侵害し、ひいては個人のプライバシーを侵害する強制処分であるが、これらの権利といえども、絶対に無制限のものではなく、公共の福祉の観点から、捜査のために必要最小限の範囲における制約を加えることは許されるというべきである。

そして、重大な犯罪に係る被疑事件について、被疑者が罪を犯したと疑うに足りる十分な理由があり、かつ、当該通信により被疑事実に関連する通話等が行われる蓋然性があるとともに、傍受以外の方法によってはその罪に関する重要かつ必要な証拠を得ることが著しく困難であるなどの事情が存する場合において、傍受により侵害される利益の内容、程度を慎重に考慮した上で、なお傍受を行うことが犯罪の捜査上真にやむを得ないと認められるときには、法律の定める手続に従ってこれを行うことも憲法上許されると解することが相当であり(最高裁平成九年(あ)第六三六号同一一年一二月一六日第三小法廷決定・刑集五三巻九号一三二七頁参照)、本件法律の内容が憲法二一条二項その他の憲法の一義的な文言に違反しているということはできない。

(3)  したがって、国会による本件法律の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず、国会があえて当該立法を行った場合に当たると解することはできないから、国家賠償法一条一項の適用上、違法の評価を受けるものではないといわなければならない。

三  結論

以上によれば、本件訴えのうち、本件法律が無効であることの確認を求める請求に係る部分は不適法な訴えというべきであり、国家賠償を求める請求は理由がないというべきである。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 市村陽典 裁判官 森英明 馬渡香津子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例