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東京地方裁判所 平成12年(行ウ)257号 判決 2002年3月29日

主文

1  被告Aは,東京都渋谷区に対し,22万5078円及びこれに対する平成12年11月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告Bは,東京都渋谷区に対し,22万5078円及びこれに対する平成12年11月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

4  訴訟費用中,原告と被告Cとの間に生じた費用を原告の負担とし,原告と被告A及び同Bとの間に生じた費用はこれを2分し,その1を原告の負担とし,その余を被告A及び同Bの負担とする。

事実及び理由

第1請求等

(請求の趣旨)

被告A,同B及び同Cは,連帯して,渋谷区に対し,48万0456円及びこれに対する,被告A及び同Cは平成12年11月3日から,被告Bは同月9日からいずれも支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(被告Cの本案前の答弁)

被告Cに対する訴えを却下する。

第2事案の概要

本件は,東京都渋谷区の住民である原告が,渋谷区総務部総務課長事務取扱者に資金前渡された区長交際費の中から,助役,収入役,総務部長が購読するための政党紙等の購読料金が支払われていたことが違法な支出である旨主張して,渋谷区長である被告A,同区総務部総務課長であった被告B,同区収入役であった被告Cの各個人に対し,渋谷区に代位して,上記の支出相当額及びこれに対する遅延損害金を渋谷区に賠償することを求めた住民訴訟である。

1  法令等の定め

(1)  普通地方公共団体の長,収入役の権限に関する地方自治法の定め

ア 普通地方公共団体の長

普通地方公共団体の長は,予算を調整し,これを執行する権限を有している(地方自治法149条2号)。

イ 収入役

収入役は,法律又はこれに基づく政令に特別の定めがあるものを除いて,当該普通地方公共団体の会計事務をつかさどるものとして(地方自治法170条1項),現金の出納及び保管を行う権限,支出負担行為に関する確認を行う権限等を有している(地方自治法170条2項1号,6号)。

(2)  普通地方公共団体の支出に関する地方自治法及び同法施行令の定め

ア 必要経費の支弁

普通地方公共団体は,当該普通地方公共団体の事務を処理するために必要な経費その他法律又はこれに基づく政令により当該普通地方公共団体の負担に属する経費を支弁する(地方自治法232条1項)。

イ 支出負担行為

普通地方公共団体の支出の原因となるべき契約その他の行為,すなわち支出負担行為は,法令又は予算の定めるところに従ってしなければならない(地方自治法232条の3)。

ウ 支出命令

出納長又は収入役は,普通地方公共団体の長の命令(以下「支出命令」という。)がなければ,支出をすることができない(地方自治法232条の4第1項)。

エ 支出行為

出納長又は収入役は,支出命令を受けた場合においても,当該支出負担行為が法令又は予算に違反していないこと及び当該支出負担行為に係る債務が確定していることを確認したうえでなければ,支出をすることができない(地方自治法232条の4第2項)。

オ 資金前渡

普通地方公共団体の支出は,政令の定めるところにより,資金前渡,概算払,前金払,繰替払,隔地払又は口座振替の方法によってもすることができる(地方自治法232条の5第2項)。

そして,地方自治法施行令は,①外国において支払をする経費,②遠隔の地又は交通不便の地域において支払をする経費,③船舶に属する経費,④給与その他の給付,⑤地方債の元利償還金,⑥諸払戻金及びこれに係る還付加算金,⑦報償金その他これに類する経費,⑧社会保険料,⑨官公署に対して支払う経費,⑩生活扶助費,生業扶助費その他これらに類する経費,⑪事業現場その他これに類する場所において支払を必要とする事務経費,⑫非常災害のため即時支払を必要とする経費,⑬犯罪の捜査若しくは犯則の調査又は被収容者若しくは被疑者の護送に要する経費及び,これらのほか,経費の性質上現金支払をさせなければ事務の取扱いに支障を及ぼすような経費で普通地方公共団体の規則で定めるものについて,当該普通地方公共団体の職員をして現金支払をさせるため,その資金を当該職員に前渡することができると定めている(地方自治法施行令161条1項)。

また,資金前渡をして,精算(清算)残金を返納させるときは,収入の手続の例により,これを当該支出した経費に戻入しなければならないとされている(地方自治法施行令159条)。

カ 上記アないしオの規定は,東京都の特別区についても適用されている(地方自治法283条)

(3)  渋谷区における資金前渡についての手続規定等

ア 資金前渡を受けた者の権限

資金前渡を受けた者は,原則として,その現金を確実な金融機関に預金しなければならないが(東京都渋谷区会計事務規則(昭和39年東京都渋谷区規則第9号。以下「会計事務規則」という。なお,この会計事務規則は,平成11年東京都渋谷区規則第75号により全部改正された。)80条1項本文),直ちに支払を要する場合又は1万円未満の現金及び経費の性質上預金することが適当でないものについては,預金せずに保管することができる(会計事務規則80条1項ただし書)。

資金前渡を受けた者は,債主から支払の請求を受けたときは,法令又は契約書等に基づき,その請求は正当であるか,資金前渡を受けた目的に適合するか否かを調査して,その支払をし,原則として,領収書を徴さなければならない(会計事務規則81条)。

資金前渡を受けた者に対しては,その受けた資金の範囲内で処理する売買,貸借,請負その他の契約に関する権限が委任されている(平成10年東京都渋谷区規則第38号による改正前の東京都渋谷区契約事務規則(昭和39年東京都渋谷区規則第22号。以下,上記改正前の同規則を「契約事務規則」という。)3条2項)。

イ 収入役の権限

収入役は,資金の前渡を受けた者に対して預金通帳,証拠書類又は前渡金出納簿について,臨時に調査し又は現金の出納若しくは保管の状況について報告を求めることができる(会計事務規則80条2項)。

ウ 清算

資金前渡を受けた者は,①随時の費用に係る前渡金は,その用件終了後前渡金支払清算書を作成し,証拠書類を添え,5日以内に収支命令者を経由して収入役に提出することにより,②毎月必要とする経費又は収入役が必要期間分まとめて前渡することを認めた経費に係る前渡金(以下「一定期間分の前渡金」という。)は,前渡金支払清算書を作成し,証拠書類を添えて,その支払期間経過後5日以内に収支命令者を経由して収入役に提出することにより,③これらの方法による清算が困難な前渡金にあっては,収入役と協議の上,別に定める方法により,清算をしなければならない(会計事務規則82条1項)。

エ 戻入

前渡金の清算残金は,原則として,直ちに指定金融機関又は収納代理金融機関に納付し,その領収書を前渡金支払清算書に添付しなければならないが,一定期間分の前渡金の清算残金については,翌月又は次回に繰り越すことができる(会計事務規則82条2項)。

オ 前渡金不足の場合

一定期間分の前渡金で,その前渡を受けた月内に不足を生ずる見込みのあるときは,その都度清算の上,新たに前渡を受けることができる(会計事務規則82条3項)。

カ 資金前渡の方法による場合の支出負担行為

資金前渡された経費に係る支出負担行為については,支出負担行為として整理する時期を資金の前渡をするとき,支出負担行為の範囲を資金の前渡をする額,支出負担行為に必要な主な書類を資金前渡請求書と定められている(平成10年東京都渋谷区訓令第23号による改正前の渋谷区支出負担行為手続規程(昭和41年東京都渋谷区訓令甲第3号。以下,上記改正前の同訓令を「支出負担行為手続規程」という。)。

キ 交際費の資金前渡

渋谷区においては,交際費について,所管課長の請求に基づき,資金前渡することができる(会計事務規則79条1項23号)。

(4)  渋谷区における委任,専決に関する定め

ア 支出負担行為事務の委任

区長部局に係る支出負担行為は,区長から部長に委任されている(平成10年規則第36号による改正前の渋谷区予算事務規則(昭和39年渋谷区規則第8号。以下,上記改正前の同規則を「予算事務規則」という。)3条の2)。

なお,前記のとおり,資金前渡を受けた者に対しては,その受けた資金の範囲内で処理する売買,貸借,請負その他の契約に関する権限が委任されている(契約事務規則3条2項)。

イ 支出命令事務の委任

部に属する支出命令に関する事務は,渋谷区長から,当該部の予算事務を所管する課長に委任されている(会計事務規則5条1項1号)。

ウ 渋谷区における副収入役の専決事項

副収入役は,1件金額50万円以下の収入通知及び支出命令,収入通知及び支出命令の取消通知並びに過誤納通知の審査に関すること,収入未済繰越通知,資金前渡清算書及び雑部金繰越調書の審査に関することについて,専決できる(東京都渋谷区収入役室の組織に関する規則(昭和39年渋谷区規則第15号。以下「収入役室規則」という。)5条2号,3号)。

(5)  職員の賠償責任に関する地方自治法の定め

収入役若しくは収入役の事務を補助する職員,資金前渡を受けた職員等が故意又は重大な過失(現金については,故意又は過失)により,その保管に係る現金,有価証券,物品等を亡失し,又は損傷したときは,これによって生じた損害を賠償しなければならない(地方自治法243条の2第1項)。

また,①支出負担行為,②支出命令,③支出負担行為の確認,④支出,⑤支払,⑥契約の適正な履行を確保するため等に必要な監督又は検査の各行為をする権限を有する職員又はその権限に属する事務を直接補助する職員で普通地方公共団体の規則で指定したものが,故意又は重大な過失により法令の規定に違反して当該行為をしたこと又は怠ったことにより普通地方公共団体に損害を与えたときは,これによって生じた損害を賠償しなければならない(地方自治法243条の2第1項)。

上記の規定は,東京都の特別区についても適用されている(地方自治法283条)。

2  前提となる事実

(末尾に証拠を掲記した事実は当該証拠により認定した事実であり,証拠を掲記しない事実は当事者間に争いがない。)

(1)  当事者

ア 原告は,東京都渋谷区の住民である。

イ 被告Aは,平成9年4月ないし平成10年4月当時,東京都渋谷区長の職にあった。

ウ 被告Bは,平成9年4月ないし平成10年4月当時,東京都渋谷区総務課長事務取扱総務部参事の職にあった。

エ 被告Cは,平成9年4月ないし平成10年4月当時,東京都渋谷区収入役の職にあった。

(2)  渋谷区における区長交際費の支出方法

渋谷区においては,区長交際費について,会計事務規則79条1項23号に基づいて,資金前渡の方法によって支出するものとされており,平成9年4月から平成10年4月までの期間当時の手続は,以下のようなものであった。

ア 区長交際費を所管する総務部において,予算事務を所管する課長であった渋谷区総務部総務課長(以下「総務課長」という。)は,会計事務規則5条1項1号により,区長交際費に関する支出命令の委任を受けた支出命令権者として,毎月当初あるいは前月下旬ころ,予算の範囲内において,会計事務規則79条3項2号に基づいて,収入役に対し,当該月分の支出予定額を前渡金として総務課長に交付する旨の資金前渡をすることを請求するとともに,同額の支出命令を行う。なお,月の途中で不足が生じる見込みがある場合には,会計事務規則82条3項に基づいて,その都度清算の上,新たに当該月分の資金前渡請求,支出命令を行う。

イ 上記支出命令のうち,1件金額50万円を超えるものについては,収入役自らが,1件金額50万円以下のものについては,収入役室規則5条2号に基づく専決として副収入役が,それぞれ審査する。

ウ 上記審査終了後,総務課長は,上記交際費の支出予定額について,資金前渡として前渡金の交付を受け,会計事務規則80条1項に基づいて,これを現金又は預金にして保管する。

エ 支出負担行為手続規程により,上記の資金前渡をするとき,資金前渡をした金額について,支出負担行為がされたものとして整理される。

オ 交際費の資金前渡を受けた総務課長は,区長が交際費による支払が必要であると判断した場合,その旨の指示を受け,その都度,保管中の現金又は預金から,当該必要額の支払をする。

カ 総務課長は,前渡金から交際費の支払をするときは,会計事務規則81条に基づき,支払の相手方から領収書を徴することができる場合には,これを徴し,領収書を徴し難いときは,支払済調書を作成する。また,総務課長は,前渡金出納簿に,支払月日,支払金額,残金を記入紙,摘要欄に渋谷区長交際費支出基準及び支出細目の分類に応じた項目を記載する。

キ 総務課長は,毎月,当該月の区長交際費の前渡金の清算として,収入役に対し,分類された項目ごとに集計された交際費支払済調書(甲18の1ないし14参照)を添付した清算書を提出し,交際費に係る個々の領収書,支払済調書は,総務課長自らが保管し,収入役に対しては提出していない。

上記の取扱いは,会計事務規則82条1項3号に基づいて,収入役との協議の上,定められた清算方法である。

ク 総務課長は,月末において,保管金に残金がある場合は,会計事務規則82条2項に基づいて,残金の戻入を行う。

ケ 副収入役は,収入役室規則5条3号に基づいて,資金前渡された交際費に係る上記清算書を審査する。

(3)  平成9年4月分から平成10年3月分までの区長交際費に係る資金前渡とその清算について実際に行われた手続

ア 資金前渡請求及び支出命令

被告Bは,総務課長事務取扱者として,別紙1記載のとおり,平成9年4月分から平成10年3月分までの各月分の区長交際費について,資金前渡請求及び支出命令を行った。 (甲16の1ないし14)

イ 審査及び前渡金の交付

収入役である被告C又は副収入役は,別紙1記載のとおり,上記各支出命令を審査し,平成9年4月分から平成10年3月分までの各月分の区長交際費について,被告Bに対し,前渡金を交付した。 (甲16の1ないし14)

ウ 清算報告

被告Bは,別紙2記載のとおり,平成9年4月分から平成10年3月分までの区長交際費に係る前渡金について,交際費支払済調書及び前渡金支払清算書を作成し,前渡金のうちの残金を戻入する手続を行った。 (甲17の1ないし18の14)

エ 清算書等の審査

副収入役は,別紙2記載のとおり,平成9年4月分から平成10年3月分までの区長交際費に係る前渡金について,被告Bから提出された上記清算書等を審査した。 (甲17の1ないし14)

(4)  新聞購読料金の支払

ア 渋谷区においては,被告Aが渋谷区長に就任する以前から,継続して,区長,助役,収入役,総務部長が購読するための赤旗,公明新聞各一部ずつの購読料金,及び区長,助役,収入役が購読するための聖教新聞各一部の購読料金が,区長交際費として総務課長に資金前渡された前渡金から支払われていた。

イ 被告Aは,同人が渋谷区長に就任した平成7年4月,当時の総務課長から上記各新聞について,交際費による継続購入することの了承を求められ,渋谷区長として,これを了承した。

ウ そこで,被告Bは,平成9年4月から平成10年3月まで,毎月の月初めに,資金前渡を受けた職員である総務課長事務取扱者として,渋谷区契約事務規則3条2項に基づいて,区長購読分として赤旗,公明新聞,聖教新聞を各1部ずつの新聞購読契約を,各新聞販売店との間で締結(なお,新聞購読契約は,いったん締結された後は,購読の解約をしない限り,毎月,当該月分の継続的な購読契約を締結したことになるものであるから,解約しないという不作為によって購読契約を締結したものである。)したほか,助役購読分として赤旗,公明新聞,聖教新聞を各1部ずつ,収入役購読分として赤旗,公明新聞,聖教新聞を各1部ずつ,総務部長購読分として赤旗,公明新聞を各1部ずつについて,各新聞販売店との間において購読契約をそれぞれ締結し(以下,助役購読分,収入役購読分及び総務部長購読分に係る上記購読契約を「本件購読契約」という。),毎月の月末ころ,当該月分の各購読料金を別紙3記載のとおり,各新聞販売店に対して支払い(これらの支払のうち,本件購読契約に基づく支払を「本件支払」という。),これらの各支払について,前渡金出納簿に,賛助的経費(刊行物)として記載した。

なお,本件購読契約に基づく本件支払の合計額は,22万5078円となる。

(甲2の1ないし2の21,13,乙2の1ないし3の39)

(5)  監査請求

原告は,平成12年7月21日,助役,収入役,総務部長のための新聞購読料金として,平成9年4月17日から平成10年3月23日までに支払われたを交際費の支出は不当であると主張して,渋谷区監査委員に対し,監査請求をした。

渋谷区監査委員は,平成12年9月18日,上記請求について,交際費の支出が終わった日から1年以上経過してから請求することについて「正当な理由」があるものとして,監査を実施した上,上記請求は理由がないとの決定をした。

原告は,上記監査結果に不服があるとして,平成12年10月19日,当裁判所に対し,本件訴えを提起した。

3  当事者の主張

(原告の主張)

(1) 本件購読契約及び本件支払の違法性

渋谷区においては,前提事実記載のとおり,区長交際費が資金前渡の方法で支出されているところ,総務課長である被告Bに対して前渡金として交付された平成9年4月分から平成10年3月分までの区長交際費の中から,助役,収入役及び総務部長が購読するための政党新聞等の購読料金が支払われている。

しかし,助役,収入役及び総務部長が,新聞を購読する必要があるのであれば,自費で購読すべきであり,これらの者のための新聞購読料金を区長交際費で賄うことは,交際費の賛助的性格を逸脱しており,違法であるというほかない。すなわち,区長交際費は,区長が当該地方公共団体を代表し,その利益を図るために,公の交渉をする際に特に必要とされる経費として認められているものであり,区長交際費の中から,区長以外の者のための政党紙等を購読するため費用を支払うことは許されないというべきである。

したがって,本件購読契約及び本件支払は,いずれも違法な財務会計行為というべきである。

(2) 清算行為の違法性について

ア 資金前渡について

資金前渡とは,特定の経費について出納長又は収入役が,当該普通地方公共団体の職員に概括的に経費の全額を交付して現金支払をさせることであって,資金前渡を受けた職員は,その交付を受けた経費の全額,すなわち資金を単に保管出納するにとどまらず,交付を受けた経費の目的に従って債務を負担し,その債務を履行するために,正当債権者に対して現金,小切手等をもって支払をする制度である。

すなわち,資金前渡は,債権者又は債権及び債務金額が未確定であり,したがって,履行期も到来していない場合に,正当債権者でない当該地方公共団体の職員等に交付し,いったん支出が完結したものとして取り扱い,支出として整理するという点において,支出の原則に対する例外となるものである。

このように,資金前渡は,資金前渡を受けた職員が,前渡を受けた資金を保管し,自己の責任において自己の名で正当債権者に支払をするものであって,出納長又は収入役が,個々の支出命令に基づいて,これを審査して支払をするという原則の例外であるから,資金前渡を受けた職員が支払を完了したときは,その支払を証する書類を添えて当該地方公共団体の長に対して清算報告をし,残額があるときは返納しなければならないのであり,この一連の清算行為が正確にされて初めて資金前渡に係る財務会計上の行為が成立するというべきである。

したがって,前渡金の清算行為も,住民訴訟の対象となる財務会計行為というべきである。

イ 清算行為の違法性

渋谷区においては,前渡金の清算方法について会計事務規則82条1項により,原則として証拠書類の添付が必要と定められている。

ところが,区長交際費については,領収書等の証拠書類を添付することは十分可能であるにもかかわらず,便宜的に,会計事務規則82条1項3号に基づいて,領収書等の証拠書類を添えない清算方法が行なわれている。

このため,区長交際費として前渡された前渡金が違法な使途に費消されたとしても,専決権者として清算を審査している副収入役の目に触れることはなく,十分な審査ができない状態となっている。

このように,区長交際費についての前渡金に係る清算方法は,会計事務規則81条の趣旨に反する違法なものであり,このような清算方法でされた清算行為は,違法な財務会計行為というべきである。

(3) 被告らの責任

ア 被告Aの責任

被告Aは,渋谷区長として,当該地方公共団体の事務を,自らの判断と責任において,誠実に管理し,執行する義務を負うものであり,支出負担行為及び支出命令の原権限者であるが,区長交際費の支出に係る支出負担行為及び支出命令の事務について,資金前渡を受けた職員である総務課長に委任している。

しかし,被告Aは,次のとおり,違法に本件購読契約及び本件支払が行われたことに関し,支出負担行為の原権限者としての監督義務を尽くしていない点において,責任があるというべきである。

すなわち,区長交際費は,渋谷区長である被告A自らが消費するのであるから,被告A自身が,行政機関の長としての立場以上に,自らの判断と責任において誠実に管理し,執行しなければならない性格のものである。実際上も,被告Aは,被告Bが区長交際費として資金前渡を受けて保管している前渡金から,必要に応じて指示し,その都度支払をさせており,本件購読契約及び本件支払についても,被告Aが,助役,収入役,総務部長の3人分の購読契約締結とその支払であることを承知した上で,被告Bに指示して支払わせている。

このような指示行為は,被告Bに,債務負担を促す行為であるから,実質的には,支出負担行為の一部というべきものであり,財務会計行為という形式に即していうと,支出負担行為の原権限者としての監督権限の行使に該当するものであり,区長交際費の使途について具体的な指示を行ない,その結果,支出負担行為の委任を受けた被告Bに違法な本件購読契約を締結させて,その支払をさせている以上,被告Aは,財務会計上の監督責任を尽くしていなかった違法があったというべきであり,その責任は免れない。

また,被告Aは,上記のとおり,違法な清算方法をとらせていた点においても,責任があるというべきである。

イ 被告Bの責任

被告Bは,総務課長事務取扱者として,渋谷区長から,区長交際費について,支出負担行為及び支出命令の権限を委任されている,資金前渡を受けた職員である。

被告Bは,総務課長事務取扱者として,区長交際費について資金前渡を受け,被告Aの指示を受けて,現実に本件購読契約を締結し,前渡金から新聞購読料金を支払っていたのであって,被告Bは違法な財務会計行為を実際に行った者として責任がある。

また,被告Bは,上記のとおり,違法な清算方法により清算行為を行っていた点においても,責任があるというべきである。

ウ 被告Cの責任

被告Cは,会計事務規則82条1項3号に基づく協議を行うべき収入役であり,区長交際費について,証拠書類を添付しない上記のような違法な清算方法をとることを協議した責任者である。

そして,収入役である被告Cにおいて,このような清算方法を了解し,副収入役による清算報告に対する審査において証拠書類を審査することを不可能なものとしたために,資金前渡として交付された区長交際費について,恣意的かつ違法に使用されることが容易になり,本件購読契約と本件支払という違法な支出が助長されたというべきであるから,被告Cは,収入役としての責任を免れないというべきである。

(4) 被告らの主張に対する反論

被告らは,清算について収入役らが行った審査が違法ないし不当である旨の監査請求はされておらず,被告Cに対する損害賠償を求める訴えは,監査請求前置を欠いていると主張する。

しかし,資金前渡においては,清算段階まで法令に基づいて正しく行われて初めて,財務会計上の行為が成立すると解するのが相当であり,区長交際費としての支出が不当であり,区に対し返還を求めるとの監査請求の中には,戻入を含めた清算方法及びその審査までが監査の対象として当然含まれている。

したがって,被告Cが行った審査が違法であることを理由にする損害賠償請求についても,監査請求前置の要件を満たしているというべきである。

(5) 結論

よって,原告は,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,渋谷区に代位して,被告らに対し,連帯して,本件購読契約及び本件支払によって生じた損害金並びにこれに対する,被告A及び同Cについては本件訴状送達の日の翌日である平成12年11月3日から,被告Bについては本件訴状送達の日の翌日である同月9日から支払済みまでいずれも民法所定の年5分の割合による遅延損害金を渋谷区に支払うことを求める。

(被告らの主張)

(1) 被告Cの被告適格

ア 収入役等は,地方自治法232条の4第2項により,支出命令を受けた場合においても,当該支出負担行為が法令又は予算に違反していないこと及び当該支出負担行為に係る債務が確定していることを確認したうえでなければ,支出をすることができないとされており,この確認が,収入役の権限である支出命令の審査にあたる。

そして,普通地方公共団体の支出の特例である資金前渡の場合には,①支出命令権者による,職員に対して資金の前渡を行なう旨の,収入役等への支出命令,②収入役等による当該支出命令の審査,③収入役等による資金前渡を受けた職員による債権者に対する直接支払という流れで行なわれ,この中で,収入役等は,資金前渡を行なう旨の支出命令に関し,当該資金前渡が法令又は予算に違反していないかについて審査を行なうにすぎない。

すなわち,資金前渡の方法により職員に対して前渡金が交付された後は,資金前渡を受けた職員が保管している前渡金の中から,個々に行なう支払については,収入役,副収入役において,何らの審査義務も負っておらず,一切関与していない。

これを本件についてみると,総務課長である被告Bが,区長交際費として交付された前渡金から毎月の新聞購読料を支払っていたことについては,収入役,副収入役は,法令上審査義務もなく,実際上も関与していない。

イ また,前渡金の清算に対する審査は,資金前渡が普通地方公共団体の支出の原則の例外として,債権者との間の契約締結権限や,債権者に対する直接支払の権限が資金前渡を受けた職員に属するものであるため,長との間の内部けん制の趣旨から,収入役等に対して支出命令審査権限を定めた地方自治法232条の4第2項の適用がない中で,同項の趣旨に沿うように,資金前渡を受けた職員による債権者に対する現実の支払が完了した後に行なわれているものにすぎない。仮に,前渡金の清算に対する審査によって,違法ないし不当な前渡金からの支出又はこれに係る契約が発見された場合においても,収入役等が,債権者から当該資金前渡を受けた職員が既に支払った金員を回収する,あるいは,当該資金前渡を受けた職員に賠償させるというような義務ないしは権限は,法的には一切定められていない。

そうすると,前渡金の清算に対する審査は,仮に違法ないし不当に行われたとしても,それによって直接当該地方公共団体に損害を発生させることはあり得ず,住民訴訟の対象となる財務会計上の行為には該当しないというべきである。

ウ 以上によれば,被告Bが行なった本件購読契約締結及び本件支払について,被告Cは,法令上も,実際上も,一切関与していないというべきであるから,地方自治法242条の2第1項4号にいう「当該職員」に該当せず,被告適格がないから,被告Cに対する訴えは却下されるべきである。

(2) 監査請求前置について

仮に,前渡金の清算に対する審査が財務会計上の行為であるとしても,本件訴えの提起に先立ち行なわれた監査請求の趣旨は,区長交際費としての支出が不当であり,区に返還させるように求める旨のものであって,収入役の審査が違法ないし不当である旨の監査請求はされていない。

したがって,被告Cによる前渡金の清算に対する審査が違法であるから,被告C個人が損害賠償責任を負うべきであるとの訴えは,監査請求を経ない不適法な訴えというべきであり,却下されるべきである。

(3) 新聞購読料金を区長交際費から支払うことの適法性

区長交際費は,渋谷区の代表者としての区長が,渋谷区の行政の円滑な運営や法人としての渋谷区がその社会的役割を果たすために社会通念上必要とされる支出にあてるものとして予定されている予算であり,その使途も地域団体,住民との交琉,懇談会等への出席の外,慶弔に係る経費など幅広く,相当な範囲の支出にわたるもので,区の行政執行上有効な関係を保つべき団体の関係を円滑にするためのものや政治的色彩を帯びるもの,区にとって必要な情報の収集のための費用として支出するものも含まれる。

区長が政党の刊行物から情報を収集することは,行政執行上必要不可欠であり,また,区長の補助機関である助役,収入役及び総務部長が区長と同程度の情報を共有し,活用することも行政執行上必要なことである。

したがって,助役,収入役及び総務部長の購読料を区長交際費から支出することは,交際費の範囲を逸脱したものとはいえず,また,社会通念上必要最小限を越えるものではない。

よって,新聞購読料金の支出に係る財務会計行為に何ら違法はない。

(4) 被告Cに責任がないこと

前渡金の清算に対する審査は,収入役である被告Cではなく,副収入役が専決により行なっていたものであるから,被告Cには責任がない。

また,区長交際費の清算について,会計事務規則82条1項3号に基づいた清算方法を導入することについて協議されたのは10数年前のことであり,その当時の収入役が協議したものであり,被告Cが協議して応諾したという具体的事実はないから,被告C個人には責任がない。

また,前記のとおり,仮に,区長交際費支出の清算に際し,違法ないし不当な支出や契約が発見されたとしても,収入役等において,債権者から当該資金前渡を受けた職員が既に支払った金員を回収するとか,資金前渡を受けた職員に賠償させるというようなこともできないのであるから,清算が違法ないし不当であることにより,渋谷区に損害を生じさせたともいえない。

4  争点

(1)  本件各訴えの適法性の有無 (争点1)

(2)  本件購読契約及び本件支払の違法性の有無 (争点2)

(3)  被告らの責任の有無 (争点3)

第3当裁判所の判断

1  争点1について

(1)  本件各訴えは,地方自治法242条の2第1項4号所定の代位請求住民訴訟の一類型である「当該職員」に対する損害賠償請求として提起されたものであるところ,住民訴訟が自己の法律上の利益にかかわらない資格で法律により特に提起することが認められている民衆訴訟(行政事件訴訟法5条)の一つであることにかんがみると,当該訴訟において被告とされている者が当該訴訟において被告とすべき上記「当該職員」たる地位ないし職にある者に該当しない場合,かかる訴えは,法により特に出訴が認められた住民訴訟の類型に該当しない訴えとして,不適法といわざるを得ないことになる。そして,上記「当該職員」とは,住民訴訟制度が地方自治法242条1項所定の違法な財務会計上の行為又は怠る事実を予防し又は是正し,もって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的とするものと解されることからすると,当該訴訟においてその適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するものとされている者及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして上記権限を有するに至った者を広く意味し,その反面およそ上記のような権限を有する地位ないし職にあると認められない者はこれに該当しないと解するのが相当である(最高裁昭和55年(行ツ)第157号昭和62年4月10日第2小法廷判決・民集41巻3号239頁)。

(2)  そこで,本件においては,資金前渡の方法による支出がされているので,資金前渡の方法による支出がされた上で,資金前渡を受けた職員によって支払等がされている場合,いかなる行為が財務会計上の行為に当たるかについて検討する。

ア 本件購読契約及び本件支払の財務会計行為性

資金前渡とは,債権金額が確定し債権者が未確定である場合,もしくは債権金額及び債権者ともに未確定である場合において,当該地方公共団体の職員をして現金支払をさせるため,その資金を交付して当該職員をして支払をさせる,地方自治法上,支出の特例として認められた制度である。

ところで,資金前渡が行なわれた場合,会計処理としての整理上,資金前渡を受けるべき職員を擬制された債権者とみなし,当該職員に対する資金交付をもって予算執行上の支出行為として取り扱い,資金前渡をするときに支出負担行為もあったものとして整理される(支出負担行為手続規程参照)。このため,資金前渡を受けた職員から清算報告を受けた支出命令者(長)は,精算(清算)残額があるときは,収入の手続の例により,資金前渡の際支出を行った原科目に戻入の手続をとることとされている(地方自治法施行令159条)。

しかしながら,前記のような資金前渡の趣旨からすれば,このような会計処理上の整理がされるにもかかわらず,資金前渡を受けた職員が,正当債権者に支払を完了するまでは,前渡金の公金性が失われないことは明らかであり,このことは,故意又は重過失により,前渡金を亡失したり,あるいは,法令の規定に違反して支払をした資金前渡を受けた職員が,地方自治法243条の2第1項の規定に基づいて損害賠償責任を負うとされていることからも裏付けられるというべきである。

そして,資金前渡を受けた職員は,前渡金を,善良なる管理者の注意を怠ることなく保管する義務を負うとともに,既に当該地方公共団体が負担している債務の履行として正当債権者に対する支払を行う権限を有し,具体的な債務を負担する行為が未了であるときには,その経費の目的に従い,前渡された金額の範囲内で,自ら契約を締結するなど地方公共団体に債務を負担させる行為を行う権限を付与されているものと解される(なお,渋谷区において,契約事務規則において,資金前渡を受けた職員に対し,前渡金の範囲内で処理する契約に関する権限が委任されていることが定められているのは,資金前渡を受けた職員の権限を確認的に定めた趣旨と解される。)。

そうであるとすれば,資金前渡として職員に前渡金を交付した段階で支出が完了したものとされる上記取扱いは,会計処理を行う上での便宜のための取扱いとして行われるものにすぎず,資金前渡を受けた職員が行う契約締結等の債務を負担する行為は,同人が資金前渡を受けた趣旨に沿って行う支払の原因となるべき行為であり,また,資金前渡を受けた職員が行う正当債権者に対する支払は,地方公共団体に対する債権者のためにするものであって,それによって公金性を失わせる行為そのものというべきであるから,地方自治法242条1項所定の住民監査請求に係る規定が地方財務行政の適正な運営の確保を目的とすることに鑑みれば,資金前渡を受けた職員が行うこれらの行為は,いずれも,同条に基づく住民監査請求の対象となる「公金の支出」にほかならないものとして,財務会計上の行為に該当すると解するのが相当である。

したがって,被告Bが,平成9年4月分から平成10年3月分までの区長交際費の資金前渡を受けた職員として行なった本件購読契約締結及び本件支払は,いずれも財務会計上の行為に該当するというべきである。

イ 審査行為の財務会計行為性

次に,原告は,資金前渡による場合の清算行為が住民監査請求の対象となる財務会計上の行為であるとして,資金前渡を受けた職員から提出された前渡金支払清算書等の審査行為に違法があると主張するので,そのような審査行為が地方自治法242条1項の規定する財務会計上の行為といえるか否かについて検討する。

a 資金前渡の方法による支出の場合,前記のとおり,収入役から資金前渡を受けるべき職員に対する前渡金の交付,資金前渡を受けた職員が地方公共団体のために債務を負担させる行為,資金前渡を受けた職員から正当債権者への支払という手続を経て行われる(ただし,職員に対する前渡金交付前に,支出負担行為まで終わっている場合には,資金前渡を受けた職員による債務負担行為は行われない。)。

そして,資金前渡による支出が行われた場合には,資金前渡の性質上,必ず,精算(清算)残金の返納を行わなければならず(地方自治法施行令159条参照),そのための手続として,渋谷区においても,前記法令の定め等記載のとおり,清算手続が定められており,①資金前渡を受けた職員による前渡金支払清算書作成とその提出,②専決権者である副収入役による前渡金支払清算書の審査,③資金前渡を受けた職員による精算(清算)残金の戻入という手続などの行為が順次行われる。

b そこで,収入役あるいは副収入役などにおいて,資金前渡を受けた職員が作成,提出した前渡金支払清算書を審査する行為の性質について検討する。

この点に関し,被告らは資金前渡の場合,資金前渡を受けた職員が行なう個々の契約締結は,地方自治法170条2項6号の「支出負担行為」には該当せず,資金前渡を受けるべき職員に対して前渡金が交付された後は,資金前渡を受けた職員が行う個々の契約締結や支払について,収入役には何ら法令上の審査義務がないと主張する。

確かに,資金前渡の方法による支出の場合,前記のとおり,収入役は,職員に資金前渡をすべきとする支出命令を受けて,当該支出命令の適否を審査した上,資金前渡を受けるべき職員に対して前渡金を交付するという手続の流れになり,前渡をするときに,支出負担行為もあったものとして整理されることになる。

しかし,資金前渡の時点で支出負担行為があったものとして整理されるのは,あくまで会計処理を行う上での便宜のための取扱いにすぎないことは前記のとおりであって,本件のように定期的にあらかじめ前渡される交際費のような場合には,収入役が資金前渡を受ける職員に資金前渡をするよう支出命令を受けた段階では,包括的に行われるそのような支払のための資金の前渡について確認を行うにとどまり,本来の個々の債権者に対する支払について確認しているわけではないこと,他方で,そもそも,資金前渡は,本来の債権者に対する現金支払を行う際の様々な事情に基づく実際上の必要から,長による命令系統と収入役による出納系統を分離するという支出の原則に対する例外として定められた支出方法であって,前渡された金員について恣意的な支払が行われることのないように何らかの形で制度的な歯止めをかける必要性は,通常の場合よりも,むしろ大きいことからすると,地方公共団体の会計事務の責任者の立場にある収入役には,資金前渡の支出方法をとった場合において,資金前渡を受けた職員が,その後に,前渡金の範囲内で個別に行う契約締結などの債務負担行為についても,地方自治法170条2項6号に基づいて確認を行う権限が存するものと解すべきである。

そして,このような資金前渡の場合における債務負担行為に対する収入役の確認は,資金前渡の性質上,正当債権者に対する支払がされる前に行なうことは不可能であることから,前渡金の清算の段階に至ったときに,清算報告書等の審査の過程において,資金前渡を受けた職員の行った債務負担行為を確認することによって果たされることが予定されているものと解される。

そうすると,前記の,渋谷区における,前渡金の清算の段階で,清算書を収入役に提出することを定めた規定(会計事務規則82条1項)や,収入役がその清算書を審査することを前提として副収入役の専決権限を定めた規定(収入役室規則)は,収入役が,清算の段階において,資金前渡を受けた職員が行った債務負担行為を確認し,これに基づく支払の適否を審査することを当然の前提として,そのための手続を具体的に定めた規定であると解するのが相当である。

そして,資金前渡を受けた職員がした個々の債務負担行為及び支払に対する収入役の上記の審査は,収入役が事後的に債務負担行為及び支払の適否を審査する段階においては,既に,公金の支払自体は終了してしまっていること,収入役には,その支払先に対して返還を求めたり,資金前渡を受けた職員に対して直接損害賠償を求めたりする権限もないことなどから,事後的,間接的なものにとどまり,通常の地方自治法232条の4第2項の確認と比べると,強力とはいえないものの,長による命令系統とは異なる独立した立場から前渡金の支払についての審査が事後的に行なわれるという制度的担保が法的に存在することにより,資金前渡を受けた職員が行なう支出負担行為や支払が恣意的なものにならないように一定の歯止めをかける効果を有するとともに,上記審査の過程において,違法な支出負担行為や支払が発見された場合には,長において,当該前渡を受けた職員に対する賠償命令(地方自治法243条の2第3項)が適切に行使されることを期待することができ,その結果,当該地方公共団体に生じた損害の事後的な回復を容易にするなどの効果を有しているものということができる。

c したがって,会計事務者の責任者(地方自治法170条1項)としての権限を有する収入役は,資金前渡による支出について,地方自治法170条2項6号に基づき,資金前渡を受けた職員が行った債務負担行為を確認する権限を有しているというべきであり,資金前渡を受けた職員が作成,提出した前渡金支払清算書に対する審査行為は,同号にいう「支出負担行為に関する確認を行うこと」に該当する行為であって,財務会計上の行為に当たると解するのが相当である。

(3)  以上のとおり,資金前渡の方法によて支出が行われた後に資金前渡を受けた者が行った債務負担行為及びこれを原因とする支払,資金前渡の清算において債務負担行為を確認する行為は,いずれも地方自治法242条の2第1項の住民監査請求の対象となる財務会計上の行為に該当し,これらについての権限又は原権限を有する本件の被告らは,いずれも被告適格を有していると認められる。

(4)  監査請求前置等

被告らは,被告Cに対する訴えについては,監査請求前置を欠いているから不適法であると主張するが,本件訴えの提起に先立ち行われた審査請求における原告の主張には,資金前渡を受けた職員である被告Bが行った本件購読契約締結に係る確認行為の違法を主張する趣旨も含まれていると解されるので,被告Cに対する訴えについても,監査請求前置は満たしているというべきである。

なお,原告が,本件購読契約及び本件支払が行われてから,1年以上経過してから監査請求をしたことについては,正当な理由があるものと認められる。

(5)  結論

以上によれば,本件各訴えは,いずれも適法であると認められる。

2  争点2について

前記のとおり,本件購読契約及び本件支払は財務会計上の行為に該当するので,その違法性の有無について検討する。

(1)  本件購読契約及び本件支払は,前提事実記載のとおり,区長交際費の支出として行なわれたものであるが,地方公共団体も,実在する一つの社会活動主体として,外部の者との間で社会通念上相当と認められる範囲内の交際を行なうことがあることから,その交際に伴って公金の支出が必要となる場合があり,このような場合,交際費として支出を行なうことも,社会通念上相当な範囲内である限り許容されているものと解される。

(2)  ところで,渋谷区における区長交際費については,渋谷区区長交際費支出基準(甲9)が定められており,同基準には,「渋谷区の区行政を円滑に運営するにあたり,区長がその交際に要する経費の適正かつ公平な執行を図るため交際費の支出基準を定める。」と記載され,同基準が引用する支出細則は,交際費を儀礼的経費,接遇経費,賛助的経費,諸費の各費目に分けて,それぞれの使途を定めている。

そして,証拠(甲13,18の1ないし14)によれば,本件購読契約及び本件支払は,賛助的経費として行なわれたことが認められるが,上記支出細則によれば,賛助的経費とは,「行事,事業,刊行物等に対する賛助を目的とする経費」とされており,具体的には①区政と関わりの深い団体等が主催する行事に対する賛助,②社会福祉事業,若しくは社会福祉事業を行なう団体に対する賛助,③国,都,区政に関する刊行物若しくは活動に対する賛助と定められている。

(3)  ところが,本件購読契約の対象である刊行物は,前提事実記載のとおり,赤旗,公明新聞,聖教新聞であって,被告らは,これらの購入目的について,助役,収入役,総務部長が区政運営に当たり必要な多くの情報を広範囲に収集することにあったと主張しているにすぎず,当該刊行物の賛助自体を目的としていたとの主張はないから,刊行物たる新聞の賛助自体を目的とした購読ではなかったものと認められる。そして,ほかに,本件購読契約及び本件支払が区長としての交際に必要であったことを認めるに足りる証拠もない。

(4)  そうであるとすれば,区長交際費として資金前渡を受けた総務課長において,支出負担行為や支払を行うことができるのは,区長交際費という費目の性質上,区長の交際上必要と認められる経費に限られるというべきであるから,区長としての交際とは何ら関係のない本件購読契約及び本件支払は,区長交際費として資金前渡された趣旨を逸脱するものであり,違法な財務会計行為であったというほかない。

これに対し,被告らは,区にとって必要な情報の収集のための費用も区長交際費に含まれると主張するが,助役,収入役,総務部長などにおいて情報を収集するための費用が区長交際費に含まれるものでないことは明らかであり,被告らの上記主張は採用できない。

ちなみに,情報収集のために新聞購読が必要であるならば,別途それに応じた予算措置を講じて,相応の費目から新聞購読料金を支出すれば足り,そのようにして新聞購読料金を支出する場合には,何ら違法となるものではない。

3  争点3について

(1)  被告Bの責任

被告Bは,資金前渡を受けた職員として,前渡金の範囲内で,区長から支出負担行為事務の委任を受け(契約事務規則3条2項参照),また,支払をする際にも,法令又は契約書等に基づき,その請求は正当であるか,資金前渡を受けた目的に適合するか否かを調査して,その支払をすべき義務があったのであるから(会計事務規則81条),前記のとおり,違法な本件購読契約締結及び本件支払を行なったことについては,本件購読契約が,被告Bが総務課長に就任する以前から存在した契約を従前どおりに更新したにすぎず,また,区長である被告Aの了解も得ていたことなどを考慮したとしても,区長の交際費として支払うべき必要性の全く窺われない本件購読契約及び本件支払を継続していた点において,少なくとも重大な過失があるといわざるを得ない。

(2)  被告Aの責任

被告Aは,前記のとおり,渋谷区長であり,同区の予算執行者として,支出負担行為及び支出命令の原権限者である。

ところで,資金前渡の場合,前記のとおり,資金前渡を受けた職員に対する資金交付を予算執行上の支出行為として取り扱われるが,これは,会計処理としての整理のための便宜上そのような扱いがされるにすぎず,当該前渡金が個々具体的な最終的正当債権者に対して支払われることは予算の執行にほかならないというべきであるから,地方公共団体の長は,資金前渡がされた後においても,個々の債務負担行為及び支払について,予算執行の原権限者として,資金前渡を受けた職員に対する指揮監督を行うべき義務と権限を有しているものと解すべきである。

そして,本件においては,被告Aは,前提事実記載のとおり,区長に就任した当初,助役,収入役及び総務部長が購読するための赤旗,公明新聞,聖教新聞の購読料金を区長交際費から支払うことを了解しながら,これを問題視することなく,被告Bに対し,購読契約締結の継続をさせていたと認められる。

そうであるとすれば,被告Aは,被告Bが行った違法な財務会計行為である本件購読契約締結及び本件支払について,上記の指揮監督義務に反し,違法な財務会計行為を容認していたのであるから,予算執行の原権限者としての指揮監督義務を尽くさなかった違法があるというべきであり,そのことに少なくとも過失があるものと認められる。

(3)  被告Cの責任

収入役あるいは副収入役において,資金前渡を受けた職員が作成,提出した前渡金支払清算書を審査する行為は,前記のとおり,資金前渡を受けた職員が行う支払が終了した後に行われるものであるから,これを違法に怠ったとしても,それ自体によって,直接,普通地方公共団体に債務を生じさせたり,財産を失わせたりして,新たな損害を生じさせるものとはいえない。

なぜなら,このような審査は,支出命令を受けた収入役が支出負担行為を確認して支出するという通常の支出手続(地方自治法232条の4第2項)の場合と異なり,現実の支払がされた後に債務負担行為の確認を含む審査等の清算手続が行われるという手続の構造からして,これら清算手続に係る行為を通じて,資金前渡を受けた職員の支払等に対して直接的に影響を及ぼすことは考え難く,違法な債務負担行為又は支払によって当該地方公共団体に損害が生じた場合に,事後的に行われる債務負担行為の確認行為等が,法令の規定に違反してされたり,懈怠されたりすることがあったとしても,一般的には,これらの事後的な確認行為についての作為又は不作為が,既に発生した損害の原因であるということはできないからである。

これを本件についてみると,原告が主張する損害は,本件購読契約に基づいて本件支払を行ったことによって生じた損害であるところ,専決権限を有する副収入役が行った審査が仮に違法なものであったとしても,副収入役が審査を行った時点では,本件支払は終了している以上,副収入役の審査の違法が原告の主張する損害の原因となったという関係にはないというほかなく,副収入役の審査行為と原告の主張する損害との間には因果関係がないというべきである。

そうすると,審査行為の原権限者である収入役が行うべき副収入役に対する監督行為と原告が主張する損害との間にも因果関係はないということになるから,被告Cは,原告が主張する損害について,賠償責任を負う余地はないといわざるを得ない。

なお,原告は,区長交際費に係る清算方法について,会計事務規則82条1項3号に基づき,収入役との協議の上,領収書等の証拠書類の添付が不要とされ,副収入役による審査が実質的に行えないようになったために,違法な債務負担行為・支払が助長されたと主張するが,会計事務規則82条1項3号に基づく協議は,資金前渡を受けた職員が支出負担行為及び支払を終了した後に事後的にその適否を審査するための手続である清算方法を定めるために行うものであって,仮に,収入役において,予め違法な清算方法を定める旨の協議をしていたとしても,その清算方法に基づいた審査によって,審査以前に行われた債務負担行為・支払による損害を生じさせるものでないことは前記のとおりである。

(4)  以上のとおり,被告Bは,本件購読契約及び本件支払によって渋谷区に生じた損害金22万5078円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成12年11月9日から,被告Aは,上記損害金22万5078円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である同月3日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を渋谷区に支払うべき義務がある(ただし,被告両名の各賠償義務は,それぞれ重なり合う限度において不真正連帯債務である。)。

これに対し,被告Cに対する請求は理由がないというべきである。

第4結論

以上の次第で,本件請求は,被告A及び同Bに対する請求は,主文記載の限度で理由があるが,その余は理由がなく,被告Cに対する請求はすべて理由がない。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 市村陽典 裁判官 森英明 裁判官 馬渡香津子)

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