東京地方裁判所 平成12年(行ウ)283号 判決 2002年6月21日
主文
被告らは,武蔵野市に対し,連帯して6万5000円及びこれに対する平成12年11月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを5分し,その1を原告の負担とし,その余は被告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告らは,武蔵野市に対し,連帯して7万5000円及びこれに対する平成12年11月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,東京都武蔵野市の住民である原告が,同市秘書室長に資金前渡された市長・市役所交際費の中から祝金として支払われた6件の支払について,違法な支出に当たる旨主張して,同市の市長である被告A及び秘書室長である被告Bの各個人に対し,同市に代位して,上記の支出相当額及びその遅延損害金を同市に賠償するよう求めた住民訴訟である。
1 法令等の定め
(1) 普通地方公共団体の長の権限に関する地方自治法の定め
普通地方公共団体の長は,予算を調製し,これを執行する権限を有している(地方自治法149条2号)。
(2) 普通地方公共団体の支出に関する地方自治法及び同法施行令の定め
ア 必要経費の支弁
普通地方公共団体は,当該普通地方公共団体の事務を処理するために必要な経費その他法律又はこれに基づく政令により当該普通地方公共団体の負担に属する経費を支弁する(地方自治法232条1項)。
イ 支出負担行為
普通地方公共団体の支出の原因となるべき契約その他の行為,すなわち支出負担行為は,法令又は予算の定めるところに従ってしなければならない(地方自治法232条の3)。
ウ 支出命令
出納長又は収入役は,普通地方公共団体の長の命令(以下「支出命令」という。)がなければ,支出をすることができない(地方自治法232条の4第1項)。
エ 支出行為
出納長又は収入役は,支出命令を受けた場合においても,当該支出負担行為が法令又は予算に違反していないこと及び当該支出負担行為に係る債務が確定していることを確認したうえでなければ,支出をすることができない(地方自治法232条の4第2項)。
オ 資金前渡
普通地方公共団体の支出は,政令の定めるところにより,資金前渡,概算払,前金払,繰替払,隔地払又は口座振替の方法によってもすることができる(地方自治法232条の5第2項)。
そして,上記の政令として,地方自治法施行令161条1項は,次のように定めている。
①外国において支払をする経費,②遠隔の地又は交通不便の地域において支払をする経費,③船舶に属する経費,④給与その他の給付,⑤地方債の元利償還金,⑥諸払戻金及びこれに係る還付加算金,⑦報償金その他これに類する経費,⑧社会保険料,⑨官公署に対して支払う経費,⑩生活扶助費,生業扶助費その他これらに類する経費,⑪事業現場その他これに類する場所において支払を必要とする事務経費,⑫非常災害のため即時支払を必要とする経費,⑬犯罪の捜査若しくは犯則の調査又は被収容者若しくは被疑者の護送に要する経費及び,これらのほか,経費の性質上現金支払をさせなければ事務の取扱いに支障を及ぼすような経費で普通地方公共団体の規則で定めるものについて,当該普通地方公共団体の職員をして現金支払をさせるため,
その資金を当該職員に前渡することができると定めている(地方自治法施行令161条1項)。
(3) 武蔵野市における資金前渡についての手続規定等
ア 資金前渡の要件について
武蔵野市においては,外国において支払をする経費,遠隔の地又は交通不便の地域において支払をする経費,賃金,交際に要する経費等について,当該事務を主管する課長の請求に基づき,必要な資金を前渡することができる(武蔵野市会計事務規則(昭和39年武蔵野市規則第33号。以下「会計事務規則」という。)74条1項)。
なお,同条項にいう「課長」とは,会計事務規則2条及び武蔵野市予算事務規則(昭和39年武蔵野市規則第13号)2条4号により,武蔵野市組織規則(平成6年武蔵野市規則第16号。以下「組織規則」という。)5条に規定する課の長と規定されており,部の長である秘書室長がここにいう課の長に該当するか否かについては,疑問が生じる余地がないではないが,組織規則1条によれば,秘書室は部と課の両方の面を有するものと位置づけられており,秘書室長が課長相当職である副参事の職にある者をもって充てることもできること(組織規則4条)からすれば,秘書室長を課の長という側面から捉えて,資金前渡受者と解することが相当である。
前渡金は,その用件ごとにその都度請求しなければならない。ただし,常時必要とする経費については,毎月分の所要額,やむを得ない場合は3か月分の所要額を予定して,請求しなければならない(会計事務規則74条3項)
イ 資金前渡を受けた者の権限等について
資金前渡を受けた者は,原則として,その現金を指定金融機関又は確実な金融機関に預金しなければならないが,直ちに支払を要する場合又は1万円以内の現金については,固定された金庫に保管することができる(会計事務規則75条1項,2項)。
資金前渡を受けた者は,債権者から支払の請求を受けたときは,法令又は契約書等に基づき,その請求は正当であるか,資金前渡を受けた目的に適合するか否かを調査して,その支払をし,原則として,領収書を徴さなければならない(会計事務規則76条)。
ウ 精算
資金前渡を受けた者は,その用件終了後5日以内に前渡金支払精算書を作成し,証拠書類を添え,財政課長を経て収入役に提出しなければならない。ただし,常時必要とする前渡金にあっては,毎月分(やむを得ない場合は3か月分)の範囲内により計算し,その支払期間経過後5日以内に同様の手続をとらなければならない(会計事務規則77条1項)。
エ 戻入
前渡金の精算残金は,債権者の領収書及び資金前渡概算払精算書を戻入命令書に添付し,戻入命令に基づき,収入の手続の例により,これを当該支出した経費に戻入しなければならない(会計事務規則77条2項,44条1項,2項)。
オ 資金前渡の方法による場合の支出負担行為
資金前渡された経費に係る支出負担行為については,支出負担行為として整理する時期を資金の前渡をするとき,支出負担行為の範囲を資金の前渡を要する額,支出負担行為に必要な主な書類を資金前渡内訳書と定められている(武蔵野市支出負担行為手続規則(昭和39年武蔵野市規則第14号。以下「支出負担行為手続規則」という。)9条2項,別表第3)。
(4) 武蔵野市における専決に関する定め
ア 武蔵野市事務専決規程(昭和46年武蔵野市訓令(甲)第1号。以下「専決規程」という。)5条1項によれば,共通事務に係る専決事項の決定区分は,別表1のとおりとされているところ,同表によれば,交際費の支出の決定は,市長・市役所交際費を除いて,部長の専決事項とされており,専決規程には,市長・市役所交際費について,これを専決事項とする規定がない。
また,同表によれば,戻入の決定及び通知は,財政課長の専決事項とされている。
イ 専決規程5条2項によれば,個別専決事項の決定区分は,別表2のとおりとされているところ,同表によれば,支出命令に関することが,財政課長の専決事項とされている。
(5) 職員の賠償責任に関する地方自治法の定め
資金前渡を受けた職員等が故意又は重大な過失(現金については,故意又は過失)により,その保管に係る現金,有価証券,物品等を亡失し,又は損傷したときは,これによって生じた損害を賠償しなければならない(地方自治法243条の2第1項)。
また,①支出負担行為,②支出命令,③支出負担行為の確認,④支出,⑤支払, ⑥契約の適正な履行を確保するため等に必要な監督又は検査の各行為をする権限を有する職員又はその権限に属する事務を直接補助する職員で普通地方公共団体の規則で指定したものが,故意又は重大な過失により法令の規定に違反して当該行為をしたこと又は怠ったことにより普通地方公共団体に損害を与えたときは,これによって生じた損害を賠償しなければならない(地方自治法243条の2第1項)。
2 前提となる事実
(末尾に証拠を掲記した事実は当該証拠により認定した事実であり,証拠を掲記しない事実は当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
ア 原告は,武蔵野市の住民である。
イ 被告Aは,平成11年11月ないし平成12年2月当時,武蔵野市長の職にあった。
ウ 被告Bは,平成11年11月ないし平成12年2月当時,武蔵野市秘書室長の職にあった。
(以下,被告A及び被告Bを併せて「被告ら」という。)
(2) 武蔵野市における市長・市役所交際費の支出方法
武蔵野市においては,交際に要する経費について,会計事務規則74条1項4号により資金前渡の方法によって支出することができる旨規定しているところ,市長・市役所交際費についても,交際に要する経費として,資金前渡の方法による支出が行われており,平成11年11月ないし平成12年2月当時の手続は,以下のとおりであった。
ア 市長・市役所交際費を所管する秘書室の長である秘書室長は,上記交際費の資金前渡について,支出負担行為手続規則3条に従い,請求書兼支出負担行為伺書を作成し,支出負担行為の決定の権限を有する市長に対し,資金前渡の請求を行う。
イ 市長は,上記請求書兼支出負担行為伺書のうち,「支出負担行為伺書」の部分に決裁印を押印することによって,支出負担行為の決定を行う。
続いて,支出命令に関することについての専決権者であり,支出命令書の発行手続を行うこととされている(会計事務規則4条2項)財政課長が,支払命令書(請求書兼支出負担行為伺書添付)に決裁印を押印することによって,支出命令を行う。
さらに,収入役は,支出命令書(請求書兼支出負担行為伺書添付)を審査し,支出を決定する。
ウ これを受けて,秘書室の職員は,秘書室長の命令により,出納課窓口で交付された支払通知書を銀行の窓口へ持参し,市長・市役所交際費に係る前渡金を受け,会計事務規則75条に基づき,その金額を秘書室長名義の銀行預金口座に預金して保管する。
エ 市長による懇親会,祝宴,披露宴,忘年会等の参加費や,祝金の支払については,市長から出欠の指示,金額の決定を受けた上で,秘書室長が自己の管理する上記金員から支払う。実際には,秘書室の職員が支払の準備を行い,市長又はその代理として会合等に出席した者が,相手方にこれを支払う。
オ 秘書室長は,資金前渡・概算払精算書を作成し,証拠書類として精算明細書及び領収書を添付した上,財政課長に送付する。
戻入の決定及び通知に関する専決権者である財政課長は,「収入命令書(戻入)」(資金前渡・概算払精算書及び証拠書類添付)に決済印を押印することによって,戻入を決定する。次いで,財政課長から収入役に対し,戻入の通知が行われる。
収入役は,上記「収入命令書(戻入)」(資金前渡・概算払精算書及び証拠書類添付)を審査する。
そして,秘書室の職員が,秘書室長の命令を受け,出納課窓口で交付された戻入通知書を銀行の窓口に持参し,現金を戻入する。
(3) 本件の市長・市役所交際費に係る資金前渡とその精算について実際に行われた手続
ア 支出命令及び資金前渡請求
被告Bは,秘書室長として,別紙記載のとおり,平成11年11月から平成12年2月までの間,本件の各支払に係る各市長・市役所交際費について,資金前渡請求を行った。
そして,被告Aは,別紙記載のとおり,上記各市長・市役所交際費について,支出負担行為の決定を行い,財政課長は,これらに関する支出命令を行った。
(乙7,同8,同10ないし同12の各1・2)
イ 審査及び前渡金の交付
収入役は,別紙記載のとおり,平成11年11月から平成12年2月までの間,前記各支出命令の審査を行って支出を決定し,市長・市役所交際費として,被告Bに対し,前渡金を交付した。
(乙7,同8,同10ないし同12の各1・2)
ウ 精算報告
被告Bは,上記各市長・市役所交際費に係る前渡金について,いずれも精算明細書及び領収書を添付して,資金前渡・概算払精算書を提出し,前渡金の残金を戻入する手続を行い,収入役はこれらを審査した。
(乙7,同8,同10ないし同12の各5・6)
(4) 本件各支払
被告Bは,市長である被告Aの指示の下に,市長・市役所交際費の資金前渡を受けた職員として,次のとおり支払を行った。
ア 平成12年2月11日,ライブハウス「C」の新店主披露祝宴における祝金として,新店主に対し,1万円(以下「本件支払①」という。)
イ 平成11年11月10日,武蔵野市部課長会(以下「部課長会」という。)研修後の懇親会における祝金として,同会の会長に対し,3万円(以下「本件支払②」という。)
ウ 平成11年11月29日,源正寺第十世住職継承披露における祝金として,源正寺住職に対し,1万円(以下「本件支払③」という。)
エ 平成11年12月8日,武蔵野市役所D(以下「D」という。)における祝金として,同会代表幹事に対し,1万円(以下「本件支払④」という。)
オ 平成11年12月21日,市民クラブ忘年会における祝金として,同クラブ会派代表Eに対し,1万円(以下「本件支払⑤」という。)
カ 平成12年1月30日,F定例会における祝金として,「焼酎王国・F」幹事長に対し,5000円(以下「本件支払⑥」といい,本件支払①ないし⑥を併せて「本件各支払」という。)
(支払の相手方につき弁論の全趣旨)
(5) 監査請求
原告は,平成12年8月4日,本件各支払を含む市長・市役所交際費に係る支出が違法であると主張して,武蔵野市監査委員に対し,監査請求をした。
これに対し,武蔵野市監査委員は,同年10月2日付けで,上記請求は理由がないと判断し,その旨の監査結果を原告に通知した。
原告は,上記監査結果のうち,本件各支払に係る支出に関する判断に不服があるとして,同年10月30日,当裁判所に対し,本件訴えを提起した。
3 当事者の主張
(原告の主張)
(1) 本件各支払の違法性
ア 本件支払①について
ライブハウスの新店主披露祝宴への出席は,被告Aの私的な交際であり,このような祝宴の出席費を市長・市役所交際費から支払うことは,社会通念を逸脱しており,違法である。
仮に,ライブハウスの新店主が元武蔵野市議会議員であって,同市の市政功労者であったとしても,その披露祝宴は,退職後の個人としての仕事であるライブハウスの営業,宣伝活動にすぎず,上記祝宴への出席費を市長・市役所交際費から支出することは相当でない。
そもそも,交際費とは,行政執行上,あるいは,当該団体の利益のために当該団体を代表し,外部とその交渉をするために要する経費であるところ,本件支払①がこの要件を満たさないことは明らかである。
イ 本件支払②について
部課長の研修は,公務の一環であるが,その後の懇親会の費用は,職員が個人的に負担することが原則であって,市長・市役所交際費から支払うことはできない。
このような支払は,市の職員だけが利益を得るもので住民の福祉の増進には役に立たないから,地方公共団体がその事務を処理するに当たって住民の福祉の増進に努めることを規定した地方自治法2条14項の規定に反し,また,地方公共団体の組織・運営の合理化に努めることを規定した同条15項の規定に反し,社会通念を逸脱することからも違法である。
被告らは,上記懇親会が例年の行事であるとしているが,そのことによって,市長・市役所交際費から支払うことが適法となるわけでないことは明らかである。また,市長と部課長との意見交換は,仕事を通じて不断に行うべきことであって,非公式の酒宴の場で行う必要性は認められない。
ウ 本件支払③について
源正寺第十世住職承継披露の祝賀会は,源正寺ないしはその住職の地位承継を対外的に周知させることを目的に開催されたものであって,宗教団体による宗教上の行為である。したがって,市長がこのような祝賀会に出席することは,宗教・政党その他の政治団体に支出しないとする武蔵野市の市長・市役所交際費支出基準(以下「支出基準」という。)に反する行為であって,違法である。
仮に,源正寺の関係者が武蔵野市に貢献したことがあったとしても,それは個人の立場による貢献であって,上記祝賀会への出席費を市長・市役所交際費から支出することは相当でない。
エ 本件支払④について
被告Aは,早稲田大学出身であり,同大学に関係するDへの出席は,被告Aの私的な交際であるから,Dへの出席費を市長・市役所交際費から支払うことは,社会通念を逸脱しており,違法である。
そもそも,交際費とは,行政執行上,あるいは,当該団体の利益のために当該団体を代表し,外部とその交渉をするために要する経費であるところ,Dは,市役所内部の会であって,武蔵野市の利益とは関係ないから,出席費を市長・市役所交際費から支払うことはできない。
オ 本件支払⑤について
市民クラブは,武蔵野市議会の会派であって,本件支払⑤は,特定の政治団体の行う私的な会合に対するものであるから,このような会合における市長・市役所交際費の支払は,社会通念を逸脱しており,違法である。
カ 本件支払⑥について
F定例会への出席は,被告Aの私的な交際であるから,このような会への出席費を市長・市役所交際費から支払うことは,社会通念を逸脱しており,違法である。
また,交際費の意義については,前記エのとおりであるところ,焼酎愛好家の集まりと武蔵野市の利益とは関係ないから,出席費を市長・市役所交際費から支払うことはできない。
(2) 被告らの責任
ア 被告Aの責任
a 被告Aは,武蔵野市長として,当該地方公共団体の事務を,自らの判断と責任において,誠実に管理し,執行する義務を負うものであり,市長・市役所交際費についても,当該地方公共団体を代表し,その利益を図るために公の交渉をする際特に必要とされる経費として,自らの判断と責任において誠実に管理し,執行しなければならないものであるところ,本件各支払について,市長・市役所交際費の前渡受者である秘書室長の被告Bに対し,その保管している前渡金から市長・市役所交際費の個別の支払を指示しているものである。
そして,被告Aは,市長として,支出負担行為の決定の権限を有するものであるところ,前記1(4)のとおり,専決規程の別表第1において,交際費の支出の決定のうち,市長・市役所交際費が専決事項から除外されており,市長・市役所交際費の支出の決定について,権限が委譲されていないのであるから,市長である被告Aが,市長・市役所交際費の個別の支払に係る支出負担行為を行う権限を有しているというべきである。そうすると,被告Aが市長・市役所交際費の個別の支払に係る意思決定を行い,秘書室長に対して支払を指示する行為は,市長としての支出負担行為及び支出命令と解することができる。
したがって,本件各支払が前記のとおり違法である以上,被告Aは,違法な財務会計上の行為を行った者として,損害賠償責任を負うべきである。
b 仮に,市長・市役所交際費の支出負担行為及び支出命令を行う権限が秘書室長に委ねられているとしても,被告Aは,市長として,秘書室長である被告Bに本件各支払についての指示を実際に行い,支払をさせている以上,違法な本件各支払について,支出負担行為及び支出命令の原権限者としての財務会計上の監督義務を尽くさなかった違法が存したというべきであるから,これについての賠償責任を負う。
イ 被告Bの責任
被告Bは,秘書室長として,市長・市役所交際費の資金前渡を受けた職員である。
そして,資金前渡を受けた職員は,個別の支払を行うに当たり,資金の前渡を受けた目的に適合する正当なものか否かを調査して,前渡金を適切に処理する責務を有するところ,被告Bは,このような責務に反して違法な本件各支払を行ったのであるから,これに対する賠償責任を負うことは明らかである。
(3) 結論
よって,原告は,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,武蔵野市に代位して,被告らに対し,連帯して,本件各支払により生じた損害金7万5000円並びにこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成12年11月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を武蔵野市に支払うことを求める。
(被告らの主張)
(1) 本件各支払が違法でないこと
ア 市長は,その職務の性質上,市政を執行するため,対外的に活動し,社会生活上の諸々の場面において交渉,交際を持つことが必要であり,これを円滑に遂行し,創造的に執行するためには,相手方に対して相応の儀礼を講ずる必要があるから,このような職務に関連して社会通念上相当と認められる範囲内の交際を行い,そのための公金を支出することは,許容されるものというべきである。
武蔵野市の場合も,市政の推進に必要な外部との交際のために必要な支出を賄うため,市長・市役所交際費が認められているところ,その支出については,支出基準において,支出の種類を祝金,弔慰金,見舞金,渉外費,会費等に分類し,原則として宗教・政党その他政治団体には支出しないこと,理事者(市長,助役及び収入役)等の3親等内の親族に対しては支出しないこと等の扱いを定めている。
なお,支出基準は,平成12年6月1日に施行されたものであるが,武蔵野市においては,支出基準の施行前から,その内容に従って交際費を支出してきたものである。
イ 本件各支払について
a 本件支払①について
ライブハウス「C」の新店主披露祝宴は,平成12年2月11日に開催され,被告Aは,市長として,上記祝宴に約1時間出席するとともに,祝意を表して挨拶を行った。
被告Aは,市長として,上記祝宴の案内状を受けたところ,地元の中小の商店等から開店披露等の招待を受けた際には,地元商業振興の見地から,日程の許す限り出席し,祝意を表し,激励することとしていることから,上記祝宴に出席するとともに,飲食の実費相当分として,祝金1万円を市長・市役所交際費から支払うこととしたものである。
なお,ライブハウス「C」は,ジャズを中心とする武蔵野市内のライブハウスであり,新店主であるHは,昭和54年5月から平成11年4月まで武蔵野市議会議員を務め,市議会副議長や監査委員を歴任した市政功労者である。
b 本件支払②について
部課長会研修後の懇親会は,平成11年11月10日,武蔵野市IのNで開催され,被告Aは,市長として,助役2名及び収入役とともに,約1時間出席し,挨拶を行ったほか,個々の部課長と意見交換を行うとともに激励をした。
上記懇親会は,参加者相互の意見交換や意思疎通を図るだけでなく,市長等の理事者らが出席することにより,部課長との意見交換や交流が促進され,今後の市政執行を円滑に行うことに資するものであることから,被告Aは,これに参加するとともに,会場がホテルであり,飲食を伴うことから,上記4名分の祝金3万円を市長・市役所交際費から支出することとしたものである。
なお,部課長会における研修後の懇親会は,同市の全ての部課長により構成される部課長会による例年の行事であり,従来より市長,助役及び収入役が招待され,出席しているものである。武蔵野市には,同種の団体として,係長事務連絡会及び主任事務連絡会があり,市長,助役及び収入役は,通常これらの団体における同様の会合にも出席している。
c 本件支払③について
源正寺第十世住職の承継披露の祝賀会は,平成11年11月29日,前記Nで開催され,被告Aは,市長として,約1時間出席し,祝辞を述べた。
源正寺は,武蔵野市仏教10か寺の一つで,300年以上の伝統ある浄土真宗の寺院であり,歴代住職は極めて熱心な市政の協力者であって,第十世住職も,市の民生・児童委員,人権擁護委員等を務め,また幼稚園経営を通じて,幼児教育にも貢献している。このような市政協力者が責任のある地位に就いたことを祝賀する会に市長が出席することは,当然のことであって,被告Aは,第十世住職のこれまでの市政協力に感謝するとともに,今後の市政協力や活躍を願い,かつ激励を行うために,上記祝宴に出席するとともに,飲食の実費相当分として,祝金1万円を市長・市役所交際費から支払うこととしたものである
なお,上記祝賀会は,新住職の承継の宗教行事とは別個にホテルで行われ,地元関係者,民生・児童委員等も出席した祝賀会であって,宗教的行事には当たらない。
d 本件支払④について
Dは,平成11年12月8日,東京都三鷹市の飲食店「J」で行われ,被告Aは,約1時間出席し,市政の基本方針を述べ,会員と意見交換を行った。
Dは,市役所職員及び市議会議員の早稲田大学出身者で構成される親睦団体であり,被告Aも会員である。被告Aは,来賓である市長と,Dの会員の二つの立場で出席したものであるが,来賓として招かれたことに対する祝金として1万円を支払うこととしたものであり,会員としての会費は私費1万円を別途支払っている。
市長が市政を通じて接する職員は,部課長中心になりがちであることから,このような親睦会は,現場の職員の生の声が聞ける絶好の機会であり,意見交換や意思疎通を図ることにより,市政の執行に寄与するものである。
e 本件支払⑤について
市民クラブの忘年会は,平成11年12月21日,前記「J」で行われ,被告Aは,市長として,約1時間出席し,市政の方針を述べ,日頃の市政への尽力を感謝し,議員と市政に関する意見交換を行った。
市民クラブは,市議会の会派の一つであり,市議会議員が議員として公的活動をするために結成された議会内の団体であって,政党でも政治団体でもない。
被告Aは,上記忘年会への出席依頼を受けたところ,直接市政に関わっている議員と市政に関する意見交換や意思疎通を図り,市政を円滑に進行させることが重要であることから,上記忘年会に出席するとともに,飲食の実費相当分として,祝金1万円を市長・市役所交際費から支払うこととしたものである。
f 本件支払⑥について
F定例会は,平成12年1月30日,東京都渋谷区Kの「L」で行われ,被告Aは,約1時間出席し,武蔵野市長として宮崎県の焼酎と同市の物産展や産業振興について挨拶し,参加者と意見交換を行った。
Fは,宮崎県内の焼酎醸造会社全社が参加した団体であり,宮崎県東京事務所のバックアップで発足し,宮崎県の特産品である焼酎の消費拡大と産業振興を目的として,イベントを行っているところ,被告Aの名前「O」を音読みすると「しょうちゅう」となることから,宮崎県関係者から産業振興のためにも出席して欲しい旨の依頼があり,武蔵野市における物産展や地域の産業振興にも意義があると考えられることから,上記会合への案内状を受けた被告Aは,これに出席するとともに,上記会合が簡単な飲食を伴うパーティーであることから,祝金5000円を市長・市役所交際費から支出することとしたものである。
武蔵野市は,消費型の都市であって,単立して存在することができず,農村,漁村,工業都市等の生産都市と交流することが必要であることから,これらの都市等と交流し,補完,協力を行っており,上記会合のような地方の物産展や地域振興にも積極的に関与し応援している。このような見地から,被告Aは,市長として,武蔵野市の姉妹都市はもちろん,それ以外の地方公共団体による物産展等のイベントにも積極的に出席しているものである。
ウ 以上のとおり,本件各支払は,いずれも被告Aが武蔵野市長としての職務を果たし,より高いレベルの創造的な市政を築いていくために不可欠な交際に対するものであることは明らかであるから,職務に関連して社会通念上相当と認められる範囲内の交際に対する公金の支出として,許容されるものである。
(2) 被告らの責任に関する原告の主張について
ア 資金前渡は,地方自治法における例外的な支出方法であって(同法232条の5第2項),資金前渡受者である秘書室長は,資金前渡によって,収入役の支出に係る権限をその範囲で委譲されているものの(会計事務規則76条),市長に属する権限まで当然に委譲されているわけではない。
そして,武蔵野市の場合,資金前渡を受けた者に対し,その交付を受けた資金の範囲内において処理する売買,貸借,請負その他の契約に関する事務を委任する規定はなく,専決規程の別表第1における記載からも,交際費の支出の決定のうち,市長・市役所交際費の各支払の決定については,前渡受者に権限が委譲されていないことが明らかである。
したがって,資金前渡された市長・市役所交際費の個別の支出に係る決定は,市長が行う財務会計上の行為というべきである。
他方,資金前渡を受けた者は,上記のとおり,収入役の支出に係る権限を委譲されており,その範囲において,個別の支払を行うという財務会計上の行為を行っているものである。
イ 以上によれば,被告Aは,市長として,本件各支払に係る決定を行い,被告Bは,資金前渡を受けた秘書室長として,本件各支払を行ったものであって,これらはいずれも財務会計上の行為であるところ,本件各支払が違法でないことは前記(1)のとおりであるから,被告らの上記各財務会計上の行為は,いずれも適法であり,被告らは本件各支払に係る損害賠償責任を負うものではない。
ウ 仮に,市長・市役所交際費の支出に係る決定権限が,資金前渡を受けた職員である秘書室長の被告Bに委譲されているとしても,本件各支払が違法でない以上,市長である被告Aに指揮監督上の過失はないから,被告Aは,本件各支払に係る損害賠償責任を負わない。
4 争点
以上によれば,本件の争点は,以下の各点である。
(1) 本件各支払の違法性の有無 (争点1)
(2) 被告らの責任の有無 (争点2)
第3当裁判所の判断
1 本件各支払に係る被告らの財務会計上の行為について
(1) 本件各支払に係る支出は,資金前渡の方法によって支出されているところ,資金前渡とは,債権金額が確定し債権者が未確定である場合,若しくは債権金額及び債権者ともに未確定である場合において,当該地方公共団体の職員をして現金支払をさせるため,その資金を交付して当該職員をして支払をさせる,地方自治法上,支出の特例として認められた制度である。
(2) ところで,資金前渡が行なわれた場合,会計行為としての整理上,資金前渡を受けるべき職員を擬制された債権者とみなし,当該職員に対する資金交付をもって予算執行上の支出行為として取り扱い,資金前渡をするときに支出負担行為もあったものとして整理される(支出負担行為手続規則9条2項,別表第3)。このため,資金前渡を受けた職員から精算報告を受けた支出命令者(長)は,精算残額があるときは,収入の手続の例により,資金前渡の際支出を行った原科目に戻入の手続をとることとされている(地方自治法施行令159条)。
しかしながら,前記のような資金前渡の趣旨からすれば,このような会計処理上の整理がされるにもかかわらず,資金前渡を受けた職員が,正当債権者に支払を完了するまでは,前渡金の公金性が失われないことは明らかであり,このことは,故意又は重過失により,前渡金を亡失したり,あるいは,法令の規定に違反して支払をした資金前渡を受けた職員が,地方自治法243条の2第1項に基づく損害賠償責任を負うとされていることからも裏付けられるというべきである。
そして,資金前渡を受けた職員は,前渡金を,善良なる管理者の注意を怠ることなく保管する義務を負うとともに,既に当該地方公共団体が負担している債務の履行として正当債権者に対する支払を行う権限を有し,具体的な債務を負担する行為が未了であるときには,その経費の目的に従い,前渡された金額の範囲内で,自ら契約を締結するなど地方公共団体に債務を負担させる行為を行う権限を付与されているものと解される。
そうであるとすれば,資金前渡として職員に前渡金を交付した段階で支出が完了したものとされる上記取扱いは,会計処理を行う上での便宜のための取扱いとして行われるものにすぎず,資金前渡を受けた職員が行う契約締結等の債務を負担する行為は,同人が資金前渡を受けた趣旨に沿って行う支払の原因となるべき行為であり,また,資金前渡を受けた職員が行う正当債権者に対する支払は,地方公共団体に対する債権者のためにするものであって,それによって公金性を失わせる行為そのものというべきであるから,地方自治法242条1項所定の住民監査請求に係る規定が地方財務行政の適正な運営の確保を目的とすることにかんがみれば,資金前渡を受けた職員が行うこれらの行為は,いずれも,住民監査請求の対象となる同項の「公金の支出」にほかならないものとして,財務会計上の行為に該当すると解するのが相当である。
(3) したがって,被告Bが,平成11年11月ないし平成12年2月までの間に,市長・市役所交際費の資金前渡を受けた職員として行なった本件各支払は,いずれも財務会計上の行為に該当するというべきである。
(4) 他方,資金前渡の場合,前記のとおり,資金前渡を受けた職員に対する資金交付が予算執行上の支出行為として取り扱われるが,これは,会計行為としての整理のための便宜上そのように取り扱われるにすぎず,当該前渡金が個々具体的な最終的な正当債権者に対して支払われることは予算の執行にほかならないというべきであるから,地方公共団体の長は,資金前渡がされた後においても,個々の債務負担行為及び支払について,予算執行の原権限者として,資金前渡を受けた職員に対する指揮監督を行うべき義務と権限とを有しているものと解すべきである。
(5) そこで,以上を前提として,被告らによる本件各支払に係る財務会計上の行為の違法性及び被告らの責任の有無について検討することとする。
2 争点1について
(1) 本件各支払は,前記「前提となる事実」のとおり,市長・市役所交際費の支出として行なわれたものであるところ,地方公共団体も,実在する一つの社会活動主体として,外部の者との間で社会通念上相当と認められる範囲内の交際を行うことがあることから,その交際に伴って公金の支出が必要となる場合があり,このような場合,交際費として支出を行うことも,社会通念上相当な範囲内である限り許容されているものと解される。
(2) 証拠(乙6)及び弁論の全趣旨によれば,武蔵野市における市長・市役所交際費については,平成12年6月1日から支出基準が施行されており,支出基準は,「市長その他の執行機関が,市政の推進に必要な外部との交際のために支出する市長・市役所交際費について,その種別,支出範囲その他必要な事項について定めるものとする。」とした上で,市長・市役所交際費の種別として,祝金,弔慰金,見舞金,渉外費,会費等を定め,それぞれの支出範囲を定めており,祝金については,各種総会,大会,式典,行事等に理事者(市長,助役及び収入役)が出席する場合に限り支出するものとしていること,武蔵野市においては,市長・市役所交際費の支出について,支出基準が施行される前から,その内容に沿うような運用が行われていたことが認められる。そして,本件各支払が祝金として市長・市役所交際費から支出されたことは,前記「前提となる事実」記載のとおりである。
(3) しかるに,被告らは,本件各支払が市長・市役所交際費として社会通念上相当な範囲内にあると主張するので,これについて検討する。
ア 本件支払①について
証拠(乙15,16)及び弁論の全趣旨によれば,本件支払①は,武蔵野市内のライブハウスである「C」が新店主の下に再開するに当たり,新店主披露祝賀会が開催され,市長として招待を受けた被告Aがこれに出席した際,上記祝賀会が飲食を伴うものであったことから,祝金として支払われたものであること,新店主であるHが昭和54年5月から平成11年4月まで武蔵野市議会議員を務め,市議会副議長及び監査委員を歴任したことが認められる。
そこで検討するに,上記ライブハウスの新店主は,元市議会議員であり,市政功労者と認められるものの,上記祝賀会自体は,市政と直接関係のないライブハウスの営業の開始を祝賀する会合にすぎないものであり,市長がこのような祝賀会に出席することが,地元商業の振興の見地から必要なものであるともいえないから,本件の祝金が実質的には上記祝賀会の参加費であることや,その金額等を考慮しても,上記祝賀会への祝金を公金である交際費により賄うことは,社会通念上相当な範囲を逸脱したものといわざるを得ない。
したがって,本件支払①は,市長・市役所交際費として資金前渡された趣旨を逸脱するものとして,違法であるというべきである。
イ 本件支払②について
証拠(乙15)及び弁論の全趣旨によれば,部課長会は,武蔵野市の全ての部課長により構成され,研修などの行事を行う団体であることが認められるところ,このように,武蔵野市の現職の職員のみによって構成される団体による懇親会は,実質的には,市長の下で同市の行政に従事する職員の間における親睦のための会合にすぎないというべきである。
したがって,市長が部課長との会合に参加して意見交換や情報収集を行うことが,市政の円滑な推進に資するものであり,市長としての事務遂行上必要であるとしても,本件支払②に係る部課長会の懇親会は,市政に関する意見交換や情報収集を目的とした行事とは認め難く,被告Aがこのような行事に交際費を支出して参加することが,市長としての事務遂行上必要であるということはできないから,上記懇親会への祝金が,実質的には飲食代金に相当するものであったとしても,このような費用を交際費により賄うことは,社会通念上相当な範囲を逸脱したものといわざるを得ない。
したがって,本件支払②は,市長・市役所交際費として資金前渡された趣旨を逸脱するものとして,違法であるというほかない。
ウ 本件支払③について
証拠(乙13,15)及び弁論の全趣旨によれば,源正寺は,武蔵野市Mに所在する,約340年の歴史を有する浄土真宗本願寺派の寺院であること,源正寺の歴代住職が市政に協力的であり,第十世住職も同市の民生・児童委員,人権擁護委員等を歴任していること,本件支払③に係る源正寺第十世住職継承披露祝賀会は,源正寺で行われた継職法要とは別に,同市内のNで開催されたこと,本件支払③は,上記祝賀会に市長として招待を受けた被告Aがこれに出席した際,飲食を伴うものであったことから,祝金として支払われたものであることが認められる。
そこで検討するに,源正寺が同市内の古刹であって,その新住職が市政に対して協力的な活動を行ったものであるとしても,上記祝賀会自体は,市政と直接関係のない住職の承継を披露する趣旨の会合にすぎず,市政との具体的な関連性が乏しいことに照らせば,市長がこのような祝賀会に出席することが,市長としての職務を遂行する上で必要であるということは困難である。
そうすると,本件の祝金が実質的には上記祝賀会の参加費であることや,その金額を勘案しても,上記祝賀会への祝金を交際費をもって賄うことは,社会通念上相当な範囲を逸脱したものといわざるを得ない。
したがって,本件支払③は,市長・市役所交際費として資金前渡された趣旨を逸脱するものとして,違法であるというべきである。
エ 本件支払④について
証拠(乙15)及び弁論の全趣旨によれば,Dは,武蔵野市役所職員及び市会議員の早稲田大学出身者により構成される親睦団体であって,被告Aも同会の会員であることが認められるところ,このように,同市の現職の職員のみによって構成される親睦団体の会合は,実質的には,市長の下で同市の行政に従事する特定の職員の間における親睦のための会合にすぎないというべきである。
したがって,市長が一般職員を含む職員との会合に参加して市政に関する意思の疎通や情報交換を図ることが,市政の円滑な推進に寄与するとしても,本件支払④に係るDの会合は,市政に関する意思の疎通や情報交換を目的とした行事とは認め難く,市長がこのような行事に交際費を支出して参加することが,市長としての職務を遂行する上で必要であるとは認められないから,このような費用を交際費から支出することは,社会通念上相当な範囲を逸脱したものといわざるを得ない。
オ 本件支払⑤について
証拠(乙15)及び弁論の全趣旨によれば,市民クラブは,武蔵野市議会議員が議員として公的活動を行うために結成した会派の一つであり,政党や政治団体ではないこと,被告Aは,平成11年12月21日の夕刻から三鷹市内の飲食店において開催された市民クラブの忘年会に,市長として招待されたため,市議会議員との間で市政に関する意見交換や意思疎通を行うことは,市長としての職務の円滑な遂行に資すると考えて,同日午後7時ころから約1時間,これに出席したが,その際,同会合が飲食を伴うものであったことから,その実費相当分として1万円を祝金として市長・市役所交際費の中から支払ったものであることが認められる。
そして,地方公共団体の執行機関と議会は,相互に牽制し合う立場にある反面,日ごろから十分な意思の疎通を図るべき必要があることも否定できないところであることからすれば,市長が市議会議員の会派の招待に応じて,市政に関する意見の交換や意思の疎通を行い,その際にできるだけ率直な話合いが可能となるよう,社会通念上の儀礼の範囲にとどまる程度の飲食相当費用を交際費から支出することも,市長の職務に関連するものとして許容されるというべきである。
これを前記の会合についてみると,被告Aが,同会合に出席した経緯及び目的は,前記認定のとおり,同市の議員の会派から市長としての立場で招待されたことを受け,市議会議員との間で市政に関する意見交換や意思疎通を行うことを目的として出席したものであって,もっぱら私人として他の参加者との個人的な親交を深めたり,酒宴を行うこと自体を目的としたものではないこと,その際に支出した金額もその際の料理等の一人分の実費に相当程度の額であって,社会通念上の儀礼の範囲にとどまる程度の額であって,特に高額なものとはいえないことなどからすれば,本件支出⑤は,市長・市役所交際費の支出として,許されない範囲のものとまでは認めることは困難である。
したがって,本件支払⑤が,市長・市役所交際費として資金前渡された趣旨を逸脱するものとして違法であるということはできない。
カ 本件支払⑥について
証拠(乙15,16)及び弁論の全趣旨によれば,Fは,宮崎県の特産品である焼酎の消費拡大と産業振興を目的として,宮崎県内の焼酎醸造会社全社が参加し,宮崎県東京事務所のバックアップで発足した団体であること,被告Aは,同人の名前を音読みすると「しょうちゅう」となることから,宮崎県関係者から産業振興のために出席して欲しい旨の依頼を受け,Fに参加することとなり,その結成総会にも出席したこと,本件の定例会についても,Fの招待を受けて出席するとともに,上記定例会が簡単な飲食を伴うパーティーであったことから,実費相当分として5000円の祝金を支払ったことが認められる。
そこで検討するに,市長・市役所交際費は,市長が市政の推進に必要な外部との交際のために支出する費用を賄う趣旨で認められているものであるところ,被告らは,武蔵野市が農村,漁村,工業都市等と交流,協力等を行う方針の下に,地方の物産展や地域振興にも積極的に関与し応援しており,被告Aも,このような見地から市長として上記定例会に出席した旨主張する。しかしながら,同市が姉妹都市の特産品販売店を開設するなど,地方の物産や振興を推進する活動を行っている事実は認められるものの(乙14の1ないし5),Fの活動や上記定例会が,同市の市政と具体的な関連を有することを認めるに足りる主張,立証はなく,被告Aが上記定例会に参加することが,市長としての職務を遂行する上で必要であるとはいえないから,このような費用を交際費から支出することは,社会通念上相当な範囲を逸脱したものというほかない。
したがって,本件支払⑥は,市長・市役所交際費として資金前渡された趣旨を逸脱するものとして,違法であるというべきである。
(4) 以上によれば,本件各支払のうち本件支払①ないし④及び⑥は,いずれも市長・市役所交際費として資金前渡された趣旨を逸脱するものであるから,違法な財務会計上の行為であったというべきである。
3 争点2について
(1) 被告Bの責任
被告Bは,市長・市役所交際費に係る資金前渡を受けた職員として,個別の支払を行うに当たり,法令又は契約書等に基づき,その請求は正当であるか,資金前渡を受けた目的に適合するか否かを調査して,その支払をすべき義務があったのであるから(会計事務規則76条),上記のとおり,違法であることが明らかな本件支払①ないし④及び⑥を行ったことについては,少なくとも重大な過失があったといわざるを得ない。
(2) 被告Aの責任
被告Aは,武蔵野市長であり,同市の予算執行者として,支出負担行為及び支出命令を行う原権限者である。
そして,資金前渡の場合において,地方公共団体の長は,資金前渡がされた後においても,個々の債務負担行為及び支払について,予算執行者の原権限者として,資金前渡を受けた職員に対する指揮監督権限を適切に行使すべき義務を負っていると解されるところ,被告Aは,本件各支払について,個々の支払の対象となる会合等の性格及び目的,個々の支出に係る金額等を十分承知した上で,被告Bに指示してこれを行わせたものと認められる。
そうであるとすれば,被告Aは,被告Bが行った違法な財務会計上の行為である本件支払①ないし④及び⑥について,上記の指揮監督義務に反し,違法な財務会計上の行為を容認していたのであるから,予算執行の原権限者としての指揮監督義務を尽くさなかった違法があったというべきであり,そのことに少なくとも過失があったと認められる。
(3) 以上によれば,被告らは,連帯して,本件支払①ないし④及び⑥によって武蔵野市に生じた損害6万5000円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成12年11月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を武蔵野市に支払うべき義務がある。
第4結論
以上の次第で,原告の被告らに対する請求は,上記の支払を求める限度で理由があるが,その余は理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 市村陽典 裁判官 森英明 裁判官 馬渡香津子)