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東京地方裁判所 平成12年(行ウ)350号 判決 2002年6月14日

原告

被告

国税不服審判所長

成田喜達

当事者の訴訟代理人、指定代理人、補佐人は別紙のとおり

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告が原告に対して平成12年10月19日付けでした平成9年分の贈与税の決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分に対する各審査請求をいずれも棄却する旨の裁決を取り消す。

第2事案の概要

本件は、練馬西税務署長から平成9年分の贈与税の決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分を受けた原告が、これらの各処分につき被告に対して審査請求を行い、被告から上記審査請求を棄却する旨の裁決を受けたが、その裁決の手続に違法があると主張して、上記裁決の取消しを求めている事案である。

なお、原告は、上記各処分についても、これらが違法であるとして、その取消しを求め、本件と併合して訴えを提起したが、上記各処分の取消請求に係る訴えについての弁論は、本件とは分離されている。

1  法令の定め

(1)  贈与税及び無申告加算税の賦課に関する規定

贈与により財産を取得した者は、その年分の贈与税の課税価格に係る相続税法21条の5、21条の7及び21条の8の規定による贈与税額があるときは、その年の翌年2月1日から3月15日までに、課税価格、贈与税額等を記載した申告書を納税地の所轄税務署長に提出しなければならない(同法28条1項)。

上記の申告書が提出されていない場合には、所轄税務署長は、法定申告期限となる3月15日の翌日から5年を経過する日まで、その調査により、当該申告書に係る課税標準等及び税額等を決定する(国税通則法25条、70条3項)。

上記の決定があった場合には、当該納税者に対し、当該決定に基づき国税通則法35条2項の規定により納付すべき税額に100分の15の割合を乗じて計算した金額に相当する無申告加算税を課する(同法66条1項)。

(2)  不服申立てに関する規定

国税に関する法律に基づく処分で税務署長がした処分(その処分に係る事項に関する調査が国税局の当該職員又は国税庁の当該職員によってされた旨の記載がある書面により通知されたものを除く。)に不服がある者は、その処分をした税務署長に対する異議申立てをすることができる(同法75条1項1号)。

上記の異議申立てについての決定があった場合において、当該異議申立てをした者が当該決定を経た後の処分になお不服があるときは、その者は、国税不服審判所長に対して審査請求をすることができる(同法75条3項)。

国税不服審判所長は、審査請求書を受理したときは、原則として、審査請求の目的となった処分に係る行政機関の長から、答弁書を提出させ(同法93条1項)、答弁書が提出されたときは、審査請求に係る事件の調査及び審理を行わせるため、担当審判官1名及び参加審判官2名以上を指定する(同法94条)。

担当審判官は、審理を行うため必要があるときは、審査請求人の申立てにより、又は職権で、①審査請求人若しくは原処分庁又は関係人その他の参考人に質問すること、②これらの者の帳簿書類その他の物件につき、その所有者、所持者若しくは保管者に対し、当該物件の提出を求め、又はこれらの者が提出した物件を留め置くこと、③これらの者の帳簿書類その他の物件を検査すること、④鑑定人に鑑定させることの各行為をすることができる(同法97条1項)。

審査請求が理由がないときは、国税不服審判所長は、裁決で、当該審査請求を棄却し、審査請求が理由があるときは、国税不服審判所長は、裁決で、当該審査請求に係る処分の全部若しくは一部を取り消し、又はこれを変更する(同法98条1項、2項)。

2  前提となる事実(各項末尾に掲記の証拠等により認められる。)

(1)  土地の登記の経緯

ア 別紙物件目録記載1の土地(以下「本件土地1」という。)及び別紙物件目録記載2の土地(以下「本件土地2」という。)について、東京法務局練馬出張所昭和25年6月6日受付をもって、昭和25年6月6日売買を原因として、財団法人A協会から原告の母である乙(以下「乙」という。)に対する所有権移転登記がされた。

また、別紙物件目録記載3の土地(以下「本件土地3」という。以下、本件土地1、同2及び同3を併せて「本件各土地」という。)について、同出張所昭和27年11月1日受付をもって、昭和27年11月1日売買を原因として、財団法人A協会から乙に対する所有権移転登記がされた。

(甲2の1ないし3、乙1)

イ その後、本件各土地について、同出張所平成9年10月17日受付をもって、昭和63年3月1日贈与を原因として、乙から原告に対する所有権移転登記(以下「本件移転登記」という。)がされた。

(甲2の1ないし3)

ウ さらに、本件土地3について、同出張所平成10年11月20日受付をもって、平成10年11月19日東京地方裁判所仮処分を原因として、債権者を乙とする処分禁止仮処分登記がされた。

(甲2の3)

エ そして、本件各土地について、同出張所平成11年2月1日受付をもって、錯誤を原因として、本件移転登記の登記原因を贈与から真正な登記名義の回復に更正する2番所有権更正登記(以下「本件更正登記」という。)がされた。

(甲2の1ないし3)

(2)  贈与税決定処分及び無申告加算税賦課決定処分

練馬西税務署長は、平成10年10月30日付けで、原告に対し、平成9年分の贈与税額を1億1946万4500円とする決定処分及び無申告加算税額を1791万9000円とする賦課決定処分をした(以下、これらの各処分を併せて「本件各処分」という。)。

本件各処分が記された平成9年分贈与税決定通知書及び加算税の賦課決定通知書の「この通知に係る処分の理由」欄には、「平成9年10月17日に乙殿から贈与により取得した練馬区東大泉に所在する宅地に係る贈与税の申告書の提出がないため」と記載されている。

(甲1)

(3)  異議申立て

原告は、平成10年12月24日、練馬西税務署長に対し、本件各処分について異議申立てをした。

これに対し、練馬西税務署長は、平成11年3月29日付けで、上記異議申立てをいずれも棄却する旨の異議決定をした。

(甲3)

(4)  審査請求

原告は、上記異議決定を経た後の本件各処分に不服があるとして、平成11年4月30日、被告に対し、審査請求をした(以下「本件審査請求」という。)。

これに対し、被告は、平成12年10月19日付けで、本件審査請求をいずれも棄却する旨の裁決をした(以下「本件裁決」という。)。

(争いのない事実)

3  当事者の主張

(原告の主張)

(1) 審理不尽の違法

被告は、本件各処分を不動のものと位置づけ、原告の主張を取り上げないという予断を持ち、実質的な審理を行わないままに、本件裁決をしたものである。

ア 調査の不十分

本件審査請求の審査においては、原告が再三にわたって指摘したにもかかわらず、練馬西税務署長が本件移転登記の真偽の確認のために乙との面談又は同人に対する文書照会を実施しなかった理由を同税務署長に問い合わせることはなく、また、原告との面談又は同人に対する文書照会も行われなかった。

さらに、本件においては、本件土地3に債権者を乙とする処分禁止の仮処分登記がされている事実及び本件各土地に本件更正登記がされている事実が存することにかんがみれば、本件移転登記が乙から原告に対する贈与という実体的裏付けを有するものであるかどうかについて当然に疑問が生ずるはずであるから、練馬西税務署長に対して、本件移転登記に係る登記申請書類の取寄せが指示されるべきであったにもかかわらず、これらの取寄せは行われなかったものである。

本件審査請求の審理におけるこのような調査態度は、上記の被告の予断に基づくものであって、国税通則法97条1項の趣旨に反する違法なものである。

イ 証拠検討の不十分

本件審査請求の審理における原告の代理人であった税理士H(以下、「H税理士」という。)は、本件審査請求の審理において、①雑誌「B平成2年6月号」の丙のインタビュー記事、②かつて丙の運転手をしていた丁の陳述書、③平成10年12月29日の乙との面談に関する司法書士戊の回答書という各証拠を提出した。

しかし、被告は、本件裁決に当たり、上記①及び②の証拠については、「これらは、本件宅地の所有者は丙であり、同人がその生前に請求人に贈与した旨の主張に沿うものといえないではない。」としながら、これらの証拠は原告が平成9年10月17日に乙から本件各土地の贈与を受けたとの推認を覆すものではないと判断して、本件各処分を適法としており、また、上記③の証拠については、全く取り上げてもいない。

さらに、被告は、本件裁決に当たり、本件各土地の帰属が、原告と原告の姉妹との間で争われており、裁判が係属していたこと及びその訴訟記録の一部について知っていたにもかかわらず、この事実も反証に当たらないとしている。

以上のことからすれば、被告は、原告の主張を取り上げないという予断に基づき、原告に有利な証拠を検討せずに、本件裁決を行ったというべきであり、これは本件裁決の手続上の瑕疵に当たる。

(2) 長期間の経過

原告が被告に対して本件各処分について審査請求をしたのは平成11年4月30日であるところ、本件裁決がされたのは平成12年10月19日であり、本件審査請求から本件裁決までに1年5か月が経過している。

そして、本件が単純な案件であること、原告や乙に対する事情聴取が一切されていないこと、本件審査請求の審理が原告の反論に終始していたこと等の事情を総合すれば、本件裁決は、本件審査請求から1年5か月が経過したことにより、違法となるというべきである。

(被告の主張)

(1) 実質的審理の存在

ア 調査について

国税通則法97条1項1号は、担当審判官が、審査請求の審理を行うために必要があると認めるときに、審査請求人の申立て又は職権によって関係人その他の参考人に対して質問をすることができる旨を定めたものである。その趣旨は、審理を行うために必要があると認めるときに、担当審判官が調査権を行使できるというところにあり、審査請求人から申立てがあった場合に必ずその者に対して調査行為をしなければならないことを定めたものではない。

すなわち、審理に当たって必要な調査等の要否、方法についての判断は、担当審判官の合理的裁量に委ねられているものであり、それに著しい裁量逸脱がない限り、それが裁決の取消事由となることはない。

したがって、本件審査請求の審理において、担当審判官が、審査請求人あるいは原処分庁に対する質問調査をしなかったことをもって、本件裁決が直ちに違法となるわけではない。

本件審査請求の審理においては、練馬西税務署長が乙と面談等をしたか否かについての同税務署長への確認は行われなかった。しかし、本件の争点は、本件各土地の贈与者及びその贈与の時期であるところ、本件各土地については、乙に対する所有権移転登記があり、乙から原告に対する贈与を原因とする本件移転登記がある。そうすると、その登記が事実と異なるとしてこれを覆す事情を知り得るのは、原告自身であるから、調査の対象が原告中心となるのは、事案の性質上当然のことである。

また、本件審査請求の審理においては、原告との面談又は同人に対する文書照会も行われなかったが、担当審判官は、原告から本件審査請求の審理に関する一切の行為に係る権限を委任されたH税理士に対して、本件各処分の当否の判断のために必要な釈明を求め、面談も行っている。

さらに、本件審査請求の審理においては、本件移転登記に係る登記申請書類の取寄せも命じられなかった。しかし、担当審判官は、本件審査請求の審理において、本件移転登記が、乙以外の第三者により行われたなど、乙の意思に基づかないものであったことを窺わせる事情が一切存在しなかったため、登記申請書類を取り寄せる必要性はないと判断したのであり、この判断は、当該担当審判官の合理的裁量によって行われたものである。

以上の各事情によれば、本件においては、担当審判官の判断に著しい裁量逸脱は認められないから、本件裁決が違法となることはない。

イ 証拠の検討について

被告は、練馬西税務署長及び原告から提出されたすべての資料を精査検討した結果、本件各処分が適法である旨を判断している。

すなわち、被告は、本件裁決において、原告から提出された証拠書類から、①丙の回顧録並びに丙の元専属運転手丁及び元秘書Cの陳述書からは、乙が本件各土地の取得に際し、その資金等を負担した様子は何ら窺われないこと、②本件遺言状には、不動産は、既契約のとおり、丙乙夫婦の長女D、長男原告及び次女Eに分配済みであり、分配すべきものは残っておらず、また、乙に不動産を分配しない旨記載されていること、③本件移転登記について、乙の承諾を得て、平成11年2月1日付けで真正な登記名義の回復を原因として所有権更正登記手続がされていることをそれぞれ認定している。

その上で、被告は、本件で認められる他の事実に照らせば、上記の各事実は、丙が、本件各土地の取得当時、自らその所有権を取得することをためらった結果、乙をして本件各土地を取得せしめたことを推認させるものであると判断したものである。

このように、被告は、本件において、原告が提出した各資料を精査検討した結果、これらをもってしては、原告が乙から本件各土地の贈与を受けたとする推定を覆すには足りないとの心証を得たものである。

また、本件各土地の帰属が原告と原告の姉妹との間で争われており別件訴訟が係属していたとの事実についても、被告は、かかる別件訴訟の訴訟記録を検討した結果、別件訴訟においては、本件各土地の所有者が丙であったことは、当事者間で争いになっておらず、その理由について明確な認否がされたわけでもなく、弁論の全趣旨以外にこれを認めるに足りる的確な証拠もなかったと判断し、別件訴訟の審理の経過をもってしては反証たり得ないとしたものであり、この判断は何ら誤りではない。

なお、被告が本件各処分を不動のものとする予断を持っていなかったことは、被告が原告に対して再三にわたり本件各土地について乙から原告への贈与を否定する証拠の提出を促し、それに一定の時間を要することをも容認してきたことからも明らかである。

そうすると、結局のところ、原告の主張は、本件各処分が違法である旨に帰着するものであるが、行政事件訴訟法10条2項が規定する原処分主義に照らして、これをもって本件裁決が取り消されるべきであると主張する余地はない。

(2) 期間の経過

課税処分に対する審査請求については、行政事件訴訟法3条5項が、行政庁が審査請求に対して相当の期間内に裁決をしない場合に不作為の違法確認を求める訴えを提起することを認めており、また、国税通則法115条1項1号は、課税処分に対する審査請求があった日の翌日から3か月を経過してもなお裁決がない場合には、裁決を経ることなしに当該処分の取消しを求める訴えを提起することができるとしている。

このように、課税処分に対する裁決が遅延した場合については、現行法上一定の救済措置が設けられていること、裁決すべき期間について法律上の定めはないことから、審査請求から裁決まで長期間を要したとしても、そのことをもって当該裁決が違法として取り消されるべきものとなるわけではない。

なお、本件裁決の手続において、原告が、①丙のインタビュー記事、②丁の陳述書、③司法書士戊の回答書という各証拠を提出したのは、平成12年4月のことであり、同年5月1日付け「回答書」を提出したのは、同年4月28日のことであり、被告が、本件審査請求から本件裁決までに約1年5か月の期間を要したのは、原告に対して反論及び立証を尽くす機会を与え、原告がそれに時間を要したからである。

したがって、本件裁決が、上記の期間の経過をもって、違法になるということはない。

4  争点

以上によれば、本件の争点は、次の各点である。

(1)  審理不尽について

ア 本件審査請求の審理において、原処分庁である練馬西税務署長又は原告に対する質問が行われず、また、本件移転登記に係る登記申請書類の取寄せが行われなかったことは、本件裁決を取り消すべき事由に当たるか否か。

(争点1)

イ 被告が、予断に基づいて、原告の提出した各証拠を検討せずに、本件裁決をしたと認められるか否か。

(争点2)

(2)  審査期間について

本件裁決が本件審査請求から約1年5か月後にされたことは、本件裁決を取り消すべき事由に当たるか否か。

(争点3)

第3当裁判所の判断

1  本件審査請求の審理の経緯

証拠(甲3、同10、同11の1及び2、丙1、同2)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、この認定を左右するに足る証拠はない。

(1)  原告は、平成11年4月30日、被告に対し、本件審査請求をした。

(2)  原告は、同年5月7日、被告に対し、本件審査請求に関する一切の行為に係る権限をH税理士に委任する旨の「委任状」を提出した。

(3)  H税理士は、同年9月14日、東京国税不服審判所長主席国税審判官Fに対し、「審査請求人は、原処分庁に対し、亡乙が本件土地の所有権を取得するに至った原因事実について明確なる主張とその立証とを求めます。」などと記載された「主張明確要求書」を提出した。

(4)  H税理士は、平成12年4月11日、被告に対し、本件審査請求に関する資料として、丙のインタビュー記事、丁の陳述書を提出し、同月17日、司法書士戊の回答書を提出した。

また、H税理士は、同日、東京国税不服審判所審判官Gに対し、「贈与があったと認定されました練馬西税務署におかれましては当然に、当事者の一方である乙氏と面談・事実確認の上での課税決定と思われますが、不服審判所におかれましても一応念の為この事を練馬西税務署へご確認の程宜しくお願い申し上げます。尚、できましたならば、その面談時におけるやり取りについて、後目面(ママ)にて御連絡戴ければ幸甚に存じます。」などと記載された「連絡書」を提出した。

しかし、本件審査請求の審理の担当審判官は、練馬西税務署長が本件各処分の前に乙との面談等を行ったか否かについて、同税務署長に確認しなかった。

(5)  H税理士は、同月28日、東京国税不服審判所審判官Gに対し、「審査請求土地に係る「贈与者について」お問い合わせですが、現在東京地方裁判所にてその前提状況について係争中のようですので、司法判断を待ちたいと思います。」などと記載された「回答書」を提出した。

(6)  本件審査請求の審理の担当審判官は、原告との面談を行わず、また、練馬西税務署長に対し、本件移転登記に係る登記申請書類の取寄せを指示しなかった。

(7)  被告は、同年10月19日付けで、本件審査請求を棄却する旨の本件裁決をした。

2  争点1について

(1)  国税通則法97条1項は、担当審判官は、審査請求の審理を行うため必要があるときは、審査請求人の申立てにより又は職権で、審査請求人若しくは原処分庁又は関係人その他の参考人に対して質問するなどの調査行為ができる旨を定めている。

上記の調査行為は、審査請求人から申立てがあった場合には、必ず調査行為をしなければならないことを定めたものではなく、審査請求の審理を行うため必要があるときに行うことができるとしたものであり、その必要性の有無の判断は、担当審判官の合理的な裁量に委ねられているものと解するのが相当であり、その判断が著しく合理性を欠き、担当審判官に与えられた裁量権の範囲を逸脱し又は濫用したものと認められない限り、調査行為を行わないことをもって、裁決が違法であるということはできない。

(2)ア  これを前提として原告の主張について検討するに、まず、原告は、担当審判官が、原告の指摘にもかかわらず、練馬西税務署長が乙に対する面談等を実施しなかった理由について同税務署長に確認しなかったことをもって、違法であると主張する。

しかし、前記のとおり、調査行為の必要性の判断は、担当審判官の合理的な裁量に委ねられているのであって、上記の調査行為を行うべきことを担当審判官に義務付けた規定は存在せず、また、審査請求人から指摘があったとしても、必ず当該調査行為をしなければならないというわけではない。そして、証拠(甲3)によれば、本件審査請求の審理の争点は、本件各土地の贈与者及びその贈与の時期であったと認められるから、練馬西税務署長が乙に対する面談等を実施しなかった理由のいかんが上記の各争点に関する認定を左右するものではないとして、その理由についての確認をしなかった担当審判官の判所が、著しく合理性を欠くということはできない。

イ  また、原告は、担当審判官が、原告との面談又は同人に対する文書照会をしなかったことをもって、違法であると主張する。

しかし、本件においては、原告が、担当審判官に対し、原告の面談等を行うように申し立てたとの事実は認められず、他方、前記のとおり、原告は、本件審査請求の審理における一切の行為に関する権限をH税理士に委任していたところ、証拠(丙2)及び弁論の全趣旨によれば、担当審判官は、H税理士に対し、本件各処分の当否について、釈明を求め、また、面談を行ったことが認められる。このような事実関係の下においては、担当審判官が、原告との面談又は同人に対する文書照会をしなかったことをもって、著しく合理性を欠くということはできない。

ウ  さらに、原告は、本件土地3に債権者を乙とする処分禁止の仮処分登記がされている事実、本件各土地に本件更正登記がされている事実にかんがみれば、担当審判官が、練馬西税務署長に対し、本件移転登記に係る登記申請書類の取寄せを指示しなかったことは、違法であると主張する。

しかし、原告の主張する上記の各事実を前提とすれば、本件移転登記が乙から原告に対する贈与という実体的裏付けを有するものであるかどうかについて疑問が生ずる余地があるとしても、それらの事実から、直ちに本件移転登記が偽造された登記申請書類によって行われた事実が当然に推認できるものではなく、上記の各事実のほかに、本件審査請求の審理において、本件移転登記が偽造された登記申請書類によって行われたと疑わせる事情が存在したことを認めるに足る証拠はない。

そうすると、担当審判官が、本件移転登記の真偽を確認すべく練馬西税務署長に対して本件移転登記に係る登記申請書類を取り寄せるように指示しなかったことが、著しく合理性を欠くということはできない。

(3)  以上によれば本件裁決に当たり、担当審判官が、原処分庁である練馬西税務署長又は原告に対する質問をせず、また、本件移転登記に係る登記申請書類を取り寄せなかったことが、担当審判官に与えられた裁量権の範囲を逸脱し又は濫用したものであると認めることはできないから、この点の原告の主張は理由がない。

3  争点2について

(1)  裁決手続においては、当事者の提出した証拠をどのように取捨選択して評価するかは、被告の専権に委ねられた事項であるというべきであり、その証拠の選択又は評価において、当事者の提出した証拠を全く検討しないなど著しく合理性を欠く場合でない限り、この点において、裁決を違法とすることはできない。

(2)ア  そこで原告の主張について検討するに、原告は、被告が、本件審査請求の審理において原告が提出した、①丙のインタビュー記事、②丁の陳述書、③司法書士戊の回答書という各証拠について、検討をしなかったと主張する。

しかしながら、被告が、これらの各証拠を検討しなかったことを認めるに足る証拠はない。

かえって、証拠(甲3)によれば、被告は、本件裁決において、上記①及び②の各証拠から、乙が本件各土地の取得に際し、その資金等を負担した様子が何ら窺われないことを認定しており、また、上記③の証拠を明示的に示してはいないものの、「乙の承諾を得て、平成11年2月1日受付で真正な登記名義の回復を原因として所有権更正登記手続がなされていることが認められ」るとして、この点については、③の証拠に沿う認定をしていることが認められることからすると、被告は、上記①ないし③の各証拠を検討した上で本件裁決を行ったものと推認される。

イ  さらに、原告は、被告が、本件裁決に当たり、本件各土地の帰属が、原告と原告の姉妹との間で争われており、別件訴訟が係属していたこと及びその別件訴訟の訴訟記録の一部について知っていたにもかかわらず、この事実を検討しないまま排除したと主張する。

しかしながら、被告が、この事実を検討しないまま排除したことを認めるに足る証拠はなく、かえって、証拠(甲3)によれば、被告は、本件裁決において、本件各土地の帰属につき争われた別件訴訟においては、本件各土地の実質的な所有者が丙であったことが争われていないとの事実を認定していることが認められる。

(3)  以上のとおり、本件においては、被告が、予断に基づいて、原告に有利な証拠をまったく検討しないまま、本件裁決を行ったとの事実を認めることはできず、ほかにその証拠の選択又は評価において、当事者の提出した証拠を全く検討しないなど著しく合理性を欠いていると認めるに足る証拠はないから、この点の原告の主張は理由がない。

4  争点3について

前記のとおり、被告は、平成11年4月30日に審査請求を受け付け、平成12年10月19日に本件裁決をしたものであり、本件審査請求から本件裁決に至るまでに、約1年5か月が経過していることが認められる。

しかしながら、行政事件訴訟法3条5項によれば、行政庁が審査請求に対して「相当の期間内に裁決をしない場合には、不作為の違法確認を求める訴訟を提起することが認められており、また、国税通則法115条1項1号によれば、課税処分に対する審査請求があった日の翌日から3か月を経過しても裁決がないときは、裁決を経ることなしに当該処分の取消しを求める訴えを提起することが認められている。このように、現行法上、審査請求に対する裁決が遅延した場合について一定の救済措置が設けられていることからすれば、審査請求に対して迅速に裁決が行われなかったとしても、そのことから直ちに遅延してされた当該裁決が違法な裁決として取り消されるべきものと認めることは困難である。

したがって、この点の原告の主張は理由がない。

第4結論

以上によれば、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 市村陽典 裁判官 森英明 裁判官 長井清明)

訴訟代理人・指定代理人・補佐人一覧

(原告関係)

(訴訟代理人弁護士)

佐藤健二

住吉健一

(補佐人税理士)

寺西雅行

(被告関係)

(指定代理人)

森田強司

鯉沼康典

岡本亀喜

清水守

物件目録

1 所在 練馬区東大泉

地番

地目 宅地

地積 201.65平方メートル

2 所在練馬区東大泉

地番

地目 宅地

地積 153.38平方メートル

3 所在 練馬区東大泉

地番

地目 宅地

地積 59.70平方メートル

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