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東京地方裁判所 平成12年(行ウ)357号 判決 2001年12月14日

当事者の表示

別紙のとおり

主文

一  被告世田谷区長が本件各事件原告らに対して平成一二年一二月二一日付けでした住民票消除処分をいずれも取り消す。

二  被告世田谷区は、本件各事件原告ら各自に対し、それぞれ三〇万円及びこれに対する平成一二年一二月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用のうち、原告らと被告世田谷区長との間に生じたものは被告世田谷区長の負担とし、原告らと被告世田谷区との間に生じたものはこれを三分し、その一を被告世田谷区の負担とし、その余を原告らの負担とする。

五  この判決は、第二項に限り、いずれも仮に執行することができる。

ただし、被告世田谷区が、各原告について二〇万円の担保を供したときは、その担保を供した相手方である原告との関係において、上記仮執行を免れることができる。

事実及び理由

第一請求

一  第一事件

(1)  被告世田谷区長が、第一事件原告に対し、平成一二年一二月二一日付けでした住民票消除処分を取り消す。

(2)  被告世田谷区は、第一事件原告に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成一二年一二月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  第二事件

(1)  被告世田谷区長が、第二事件原告に対し、平成一二年一二月二一日付けでした住民票消除処分を取り消す。

(2)  被告世田谷区は、第二事件原告に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成一二年一二月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  第三事件

(1)  被告世田谷区長が、第三事件原告に対し、平成一二年一二月二一日付けでした住民票消除処分を取り消す。

(2)  被告世田谷区は、第三事件原告に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成一二年一二月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  第四事件

(1)  被告世田谷区長が、第四事件原告に対し、平成一二年一二月二一日付けでした住民票消除処分を取り消す。

(2)  被告世田谷区は、第四事件原告に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成一二年一二月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

五  第五事件

(1)  被告世田谷区長が、第五事件原告に対し、平成一二年一二月二一日付けでした住民票消除処分を取り消す。

(2)  被告世田谷区は、第五事件原告に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成一二年一二月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

六  第六事件

(1)  被告世田谷区長が、第六事件原告に対し、平成一二年一二月二一日付けでした住民票消除処分を取り消す。

(2)  被告世田谷区は、第六事件原告に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成一二年一二月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

七  第七事件

(1)  被告世田谷区長が、第七事件原告に対し、平成一二年一二月二一日付けでした住民票消除処分を取り消す。

(2)  被告世田谷区は、第七事件原告に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成一二年一二月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、宗教団体・アレフの信者である原告らが、被告世田谷区長が行った、原告らの住民票を破棄した上で世田谷区の住民基本台帳の記録から抹消する措置は、住民基本台帳法に規定する消除処分であり、この消除処分は、住民基本台帳法において規定する消除すべき場合に該当しないのにされたものであって同法に違反し、さらに、原告らの生存権や参政権などの基本的人権を侵害するものであって違憲であると主張して、被告世田谷区長に対し、これらの処分の取消しを求めるとともに、被告世田谷区に対し、違法な処分に対する損害賠償として、原告一人当たり一〇〇万円及びこれに対する平成一二年一二月二二日(上記処分がされた日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を請求している事案である。

一  法令の定め等

(1)  住民基本台帳法によれば、市町村(特別区を含む。以下同じ。)は、住民基本台帳を備え、その住民につき、同法七条に規定する氏名、出生の年月日、男女の別等の事項を記録するものとされ(同法五条)、市町村長(特別区の区長を含む。以下同じ。)は、住民票を世帯ごとに編成して、住民基本台帳を作成しなければならない(同法六条一項)。

住民票の記載、消除又は記載の修正は、政令で定めるところにより、住民基本台帳法の規定による届出に基づき、又は職権で行うこととされている(同法八条)。

(2)  また、住民基本台帳法施行令は、住民基本台帳法八条の規定を受けて、消除すべき事由とその場合の手続等について、次のとおり規定している。

市町村長は、その市町村の住民基本台帳に記録されている者が転出し、又は死亡したときその他その者についてその市町村の住民基本台帳の記録から除くべき事由が生じたときは、その者の住民票を消除しなければならず(同施行令八条)、また、転居をし、又はその市町村の区域内においてその属する世帯を変更した者がある場合において、必要があるときは、その者の住民票を作成し、又はその属することとなった世帯の住民票にその者に関する記載をするとともに、その者の住民票を消除しなければならない(同施行令一〇条)。

市町村長は、住民基本台帳法に基づく届出があったときは、当該届出の内容が事実であるかどうかを審査して消除を行わなければならない(同施行令一一条)。

市町村長は、住民基本台帳法による届出に基づいて消除をすべき場合において、当該届出がないことを知ったとき、及び同施行令一二条二項各号に規定する一定のときには、職権で消除を行わねばならない(同施行令一二条一項、二項)。また、住民基本台帳に脱漏若しくは誤載があり、又は住民票に誤記若しくは記載漏れがあることを知ったときには、当該事実を確認して、職権で、住民票の記載、消除又は記載の修正を行わなければならない(同施行令一二条三項)。

市町村長は、住民票を消除する場合には、その事由及びその事由の生じた年月日をその住民票に記載しなければならない(同施行令一三条一項)。

二  前提となる事実(証拠等を掲記した以外の事実は、当事者間に争いがない。)

(1)  原告らは、全て、宗教団体・アレフ(改称前の名称はオウム真理教、以下「アレフ」という。)の信者である。

(2)ア  平成一二年一二月一九日、第一事件原告(以下「原告E田」という。)は、世田谷区北沢総合支所区民部区民課新代田出張所において、世田谷区《番地省略》に同日転入したとして、転入届を提出した。その際、同原告は、国民健康保険証の交付を受けた。

イ 同日、第二事件原告(以下「原告A田」という。)は、世田谷区北沢総合支所区民部区民課梅丘出張所において、世田谷区《番地省略》に同日転入したとして、転入届を提出した。その際、同原告は、住民票の写し一通の交付を請求してその交付を受け、印鑑登録を行なって印鑑登録証の交付を受け、国民健康保険証の交付も受けた。

ウ 同日、第三事件原告(以下「原告B野」という。)は、世田谷区世田谷総合支所区民部区民課経堂出張所において、世田谷区《番地省略》に同日転入したとして、転入届を提出した。その際、同原告は、国民健康保険証の交付を受けた。

エ 同日、第四事件原告(以下「原告C山」という。)は、世田谷区砧総合支所区民部区民課成城出張所において、世田谷区《番地省略》に同日転入したとして、転入届を提出した。その際、同原告は、国民健康保険証の交付を受けた。

オ 同日、第五事件原告(以下「原告D川」という。)は、世田谷区世田谷総合支所区民部区民課太子堂出張所において、世田谷区《番地省略》に同日転入したとして、転入届を提出した。

カ 同日、第六事件原告(以下「原告E原」という。)は、世田谷区砧総合支所区民部区民課船橋出張所において、世田谷区《番地省略》に同日転入したとして、転入届を提出した。その際、同原告は、国民健康保険証の交付を受けた。

キ 同日、第七事件原告(以下「原告A山」という。)は、世田谷区北沢総合支所区民部区民課代沢出張所において、世田谷区《番地省略》に同日転入したとして、転入届を提出した。その際、同原告は、住民票の写し一通の交付を請求してその交付を受け、印鑑登録を行って印鑑登録証の交付を受け、国民健康保険証の交付も受けた。

(3)  被告世田谷区長(以下「被告区長」という。)は、同日、上記各転入届に基づき、原告ら各人の住民票を調製、記録した(以下「本件調製行為等」という。)。

(4)  同日二一日、被告区長は、原告らの住民票を破棄した上、世田谷区の住民基本台帳の記録から抹消した(以下「本件抹消」という。)。(《証拠省略》)

(5)ア  同月二二日、午前一〇時四〇分ころ、世田谷区役所世田谷総合支所の佐藤区民部長(以下「佐藤」という。)ら数名の世田谷区吏員が、原告D原の前記転入住所地を訪れ、佐藤は、「平成一二年一二月一九日に行われた転入届は不受理とします。従いまして当該転入届に伴って発行しました国民健康保険証および住民票の写しを無効とします。なお、国民健康保険証の写しを早急に返還願います。平成一二年一二月二二日世田谷区長大場啓二」と記載された文書を持参し、これをB原二江(以下「B原」という。)に手交しようとしたが、B原はその受領を拒否した。

イ 同日、午前一〇時五五分ころ、佐藤らは、原告A田の前記転入住所地を訪れ、前記アの書面と同趣旨の記載がされた書面を手渡そうとしたが、原告A田はその受領を拒否した。

ウ 同日、午前一〇ないし一一時ころ、佐藤らは、原告E原の前記転入住所地を訪れ、前記アの書面と同趣旨の記載がされた書面を手渡そうとしたが、原告E原はその受領を拒否した。

エ 同日、午後四時三〇分過ぎころ、原告E田は、世田谷区役所烏山総合支所区民部区民課区民係を訪れ、住民票の写し一通の交付を請求したところ、これを拒否された。

(6)  同月二五日、原告B野、原告A山らは、世田谷区役所に架電し、各自の住民票の扱いについて照会したところ、住民票は不受理とされた旨告げられた。

(7)  同日、被告世田谷区は、原告らに対し、同月一九日に提出された転入届を不受理とすること等を記載した、同月二二日付けの被告世田谷区長名義の文書を書留郵便により送付した。(《証拠省略》)

(8)  原告らは、平成一二年一二月二五日、それぞれ東京地方裁判所に対して本件訴えを提起するとともに、被告区長を被申立人として、同被告が原告らに対してした住民票消除処分を、本件訴訟の判決確定に至るまで効力を停止することを求める旨の申立てをした(以下「本件執行停止申立事件」という。)。この申立てに対し、東京地方裁判所は、平成一三年二月一六日、原告らの各申立てを認める各決定をした(平成一二年(行ク)第一一二号、同第一一四号、同第一一六号、同第一一九号、同第一二一号、同第一二三号、同第一二四号。以下、これらの決定を併せて「本件地裁決定」という。)。

被告区長は、本件地裁決定を不服として抗告したところ、抗告審である東京高等裁判所は、同年四月二〇日、上記決定を取り消し、原告らの各申立てを却下する旨の各決定をした(平成一三年(行ス)第一三号、同第一五号、同第一七号、同第一九号、同第二一号、同第二三号、同第二四号。以下、これらの決定を併せて「本件高裁決定」という。)。

原告らは、それぞれ、本件高裁決定を不服として特別抗告をしたところ、最高裁は、同年六月一四日、本件高裁決定を破棄し、本件地裁決定に対する抗告を棄却する旨の各決定をした(平成一三年(行ト)第二七号、同第二九号、同第三一号、同第三三号、同第三五号、同第三七号、同第三八号。以下、これらの決定を併せて「本件最高裁決定」という。)。(《証拠省略》)

三  当事者の主張

(原告らの主張)

(1) 原告らが取消しを求める本件抹消等が、行政事件訴訟法三条二項の「処分」に該当すること

ア 被告区長は、原告らが提出した転入届を受理し、原告らの住民票を調製、記録した後、これらの住民票を消除する措置を行ったが、この措置は住民基本台帳法八条に規定する消除処分である。

イ 被告らは、本件では原告らの転入届を不受理としたのであり、いったん受理した上でこれを消除したものではないから、取消訴訟の対象となる処分が存在しないと主張する。

しかし、そもそも、住民基本台帳法には「不受理」という概念は存在しない。

また、被告区長は、原告らの転入届に従い、住民票の調製を行っており、被告区長が原告らの転入届を受理したことは明白である。

被告らは、本件抹消等を、事実上の住民票破棄であり、消除処分ではないと主張するが、いったん調製した住民票の破棄をいかなる根拠に基づいて行うことができるのか全く明らかではない。

(2) 被告区長が行った本件抹消等の違憲・違法性について

ア 被告区長が原告らの住民票を消除した事由は、原告らがアレフ信者であることに尽きるのであり、これは、住民基本台帳法施行令八条にいう「転出をし、又は死亡したときその他その者についてその市町村の住民基本台帳の記録から除くべき事由」には該当しない。よって上記消除処分は理由がなく、違法である。

イ 被告区長による消除の違憲性

a 被告区長が行った前記消除処分は、原告らの下記の憲法上の諸権利を侵害している。

① 居住移転の自由(憲法二二条)

原告らは、居住移転の自由が保障されており、これは原告らが自己が求める場所に移転し、居住しても、そのことにより何ら不利益を受けないことを保障するものである。被告区長が、原告らの住居の移転及びそれに基づく居住につき、その届出を消除することは、居住移転の自由を侵害することにほかならない。

② 選挙権(憲法一五条)

住民基本台帳法一五条一項は、選挙人名簿の登録は住民基本台帳に記録されている者で選挙権を有するものについて行うと規定し、公職選挙法二一条一項も、選挙人名簿の登録は、住民票が作成された日から引き続き三か月以上特別区の住民基本台帳に記録されている者について行うと規定しており、選挙人名簿に登録されていない者は原則として投票することができない(同法四二条一項)から、住民登録がされない以上、選挙権の行使が不可能となる。

したがって、被告区長による前記消除処分は、原告らの選挙権の剥奪につながるものである。

③ 生存権(憲法二五条)

国民健康保険法は、被保険者を市町村又は特別区(以下「市町村」という。)の区域内に住所を有する者であると規定し(同法五条)、住民基本台帳法二八条及び国民健康保険法九条一〇項により、住民基本台帳法に基づく届出と国民健康保険法に基づく届出を関連させている。

その結果、住民基本台帳法に基づく届出がされないと、国民健康保険法上の届出もされない結果となり、国民健康保険の被保険者資格も得られないこととなる。

このように、被告区長による前記消除処分は、原告らが国民健康保険を利用することを不可能にするものであり、これは原告らの生存権の侵害である。

④ 思想の自由(憲法一九条)及び法の下の平等(憲法一四条)

被告区長が行った前記消除処分は、原告らがアレフの信者であることをもって差別的取扱いを行ったものであり、思想の自由を侵害するとともに、思想を理由とする差別的取扱いとして、法の下の平等にも反する。

bⅰ 被告区長が行った前記消除処分は、aのとおり、居住移転の自由の精神的自由の側面、国民主権の観点から重要な権利である選挙権、生存権の自由権的側面、及び精神的自由の中核たる思想の自由を侵害しているから、その憲法適合性は、「明白かつ現在の危険」の法理という厳格な審査基準により判断されるべきものである。

しかし、アレフについては、現時点では、明白かつ現在の危険は認められない。

ⅱ 仮に、本件で規制の必要性が認められるとしても、侵害される人権の重要性にかんがみ、その規制は必要最小限度のものでなければならない。

しかし、本件では、被告区長は、原告らに対し、住民登録抹消という処分を行っているが、これによって原告らの居住自体を排除することができるものではなく、上記処分は規制の目的を達成する手段としては意味がなく、目的と手段の関連性はない。他方、被告区長による上記処分は、原告らの選挙権、生存権といった諸権利を全面的に排除する結果をもたらしている。

このような規制が必要最小限の規制であるとは到底いうことができない。

ウ 実質的審査権について

a 住民基本台帳法四条は、「住民の住所に関する法令の規定は、地方自治法一〇条一項に規定する住民の住所と異なる意義の住所を定めるものと解釈してはならない。」と規定している。そうすると、住民基本台帳法上における「住民」は、地方自治法一〇条一項にいう「市町村の区域内に住所を有する者」以外の解釈はあり得ないのである。

したがって、転入届を受けた区長が、転入届に係る住民の居住の有無を超えて、その転入届の目的、転入者の思想信条、所属団体の内容等を審査して、転入届を受理しないこと又は受理した転入届に基づいて調製した住民票の抹消を認めることは、地方自治法一〇条一項の「住民」の意義に新たな要件(「市町村長が、地域の秩序を破壊し、住民の生命や身体の安全を害する危険が高度に認められるといった特別の事情が存在しないと判断した者」等の要件)を加えるものであって、絶対に許されない解釈であることは明白である。

b 日本国籍を有する者であって、当該市町村の区域内に居住の事実があり、居住の意思も認められる者、すなわち、当該市町村に住所を有する者は、その市町村長に、転入の届出をなす法的義務を負い(住民基本台帳法第二二条)、一方、市町村は、住民基本台帳法に基づき、その者の住民たる地位に関する正確な記録(住民基本台帳)を常に整備する法的義務を負っているのであって(地方自治法一三条の二)、両者の間にこれ以外の法的関係は存在せず、市町村長に住民登録を拒否し得る裁量権が認められる法的根拠もない。

c 住民基本台帳法施行令一一条、同八条の「その他その者についてその市町村の住民基本台帳の記録から除くべき事由」も、当該住民の国籍の喪失、皇族の身分の取得といった、同条が具体的に記載している当該住民の転出、死亡といったことに準じるべき事由に限定されることは当然であって、それ以外の事由によって消除処分をなし得ると解する根拠は存在しない。

d 地方公共団体が住民の生命、身体、財産等の安全を確保すべき責務があるにしても、転入届を提出した者が「住民」(地方自治法一〇条一項)たる地位にあることを公証することを目的とする住民基本台帳法の解釈を歪めて構わないという根拠にはならないことは明らかである。

エ アレフの危険性の不存在

被告らは、アレフの危険性を強調して、本件処分が適法であると主張するが、現在においては、アレフに危険性は存在しない。

(3) 原告らの損害

ア 前記のとおり、原告らについて住民基本台帳への記録がされないことによって、生存権や参政権などの様々な基本的人権が侵害されている。

また、印鑑登録証明書やパスポートの取得ができず、図書館等の公共施設の利用が不可能となり、身分証明書がないため各種契約に支障を来すなど、日常生活上の不便を被ることは避けられない。

原告らは、上記の権利侵害に伴う損害を被っており、その精神的苦痛は甚大である。

原告らのこの精神的苦痛や不安に対する慰謝料は、少なくとも各自金一〇〇万円を下らない。

上記損害は、被告区長がその職務を行うにつき、公権力の行使を誤った結果として原告らに与えた損害であるから、被告世田谷区は国家賠償法一条により、これを賠償すべき義務がある。

イ 被告らは、選挙権については、本案訴訟前の執行停止決定により、原告らはその行使が可能となったから、原告らには損害が生じておらず、その余の権利についても、権利行使が阻まれたことはないから原告らに損害はないとしている。

しかし、前記のとおり、住民基本台帳法に基づく届出がされないと国民健康保険法上の届出もされない結果となり、国民健康保険の被保険者資格を得られないこととなっている。

原告らの中には持病をもつ者もおり、そうでなくても、病気やけがにみまわれることについては、誰もが不安に感じる。そのときに、国民健康保険の資格を有さず、保険診療が受けられないとなれば、病気等になることに対する不安を抱えるのは当然である。原告らが、国民健康保険の被保険者資格が剥奪されている間に、実際にはこれを利用する機会がなかったにせよ、本件処分によって原告らは上記のような不安定な状態に置かれたのであって、これによる精神的苦痛は当然発生しているというべきである。

また、住民票が調製されることは、国民健康保険に関してのみならず、生活の中で種々必要となるものであって、その基本たる住民票が消除されることによって原告らは生活をしていく上での不安を当然抱えることになり、その点での精神的苦痛も当然発生しているというべきである。

ウ さらに、原告らは、アレフに所属していることを理由に住民票の消除処分という不利益扱いを受けているのである。これは、思想・良心の自由、信教の自由を侵害するものである。このような原告らの内心の自由が侵害されることによっても精神的苦痛が発生するのであって、これは選挙権の行使が現実にできたか否か等、具体的な権利侵害があったか否かとは関わりなく発生している。

エ 被告らは、転入届に対して実質的審査権を行使できるという考えは、本件高裁決定により認められており、相当な根拠があるということができるから、被告区長が上記のように考えたことについて故意、過失はないと主張する。

しかし、本件は、法律解釈について、異なる見解が対立し、実務上の取扱いも分かれていて、そのいずれについても相当な根拠が認められる場合ではない。本件高裁決定が採用した見解に立つ文献もないし、実務上そのような取扱いをした例もない。実務上の取扱いは、居住の事実があり、居住の意思も認められる者については、転入届に従って、住民票を調製するというのみである。

したがって、被告らの前記主張は失当である。

(被告らの主張)

(1) 原告らが取消しを求める「処分」が存在しないことについて

原告らは、被告区長が原告らの住民票について住民基本台帳法八条の規定に基づいて消除する処分をしたと主張して、その取消しを求めているが、そもそも原告らが取消しを求めている上記処分は存在しない。

被告区長は、原告らが平成一二年一二月一九日に提出した転入届に基づいて、同日原告らの住民票を調製、記録したが、同月二一日、原告らの本件転入届を不受理とすることを決定し、当該住民票については、これを破棄した上で世田谷区の住民基本台帳の記録から抹消する措置をとった。

これらの措置は、世田谷区においては、オウム真理教の信者からの転入届は拒否することを内容とする「オウム真理教に対する基本方針」を明確に宣言しており、とりわけ本件のように多数のアレフ信者が、組織的に、特定の住所に転入する場合においては、アレフの施設(本部ないし支部)の開設となる蓋然性が高いことから、その転入は拒否するとの意思が確立していたことによるものである。それゆえ、被告区長は、同月二一日、原告らを含めた一二名が、アレフの信者であり、その転入届に記載された住所が所在するマンションであるC田マンション及びD野ハイム(原告D川、同E原、同A田が転入届を出した世田谷区《番地省略》所在の建物)がアレフの教団施設となる蓋然性が高いと判断したので、上記基本方針を改めて確認した上で、原告らの上記転入届は不受理とすることを決定し、それに伴って、いったん作成された原告らの住民票については、それを破棄し、世田谷区の住民基本台帳の記録から抹消するとともに、既に発行された住民票の写し等は回収することとした。そして、上記不受理決定に基づいて、原告らに対して、当該転入届は不受理とする旨を通知したものである。

したがって、被告区長の以上の措置は、原告らの提出した転入届に対する不受理とそれに関連した事実上の住民票破棄等の行為であって、住民基本台帳法八条の規定に基づく住民票の消除処分ではないのであるから、被告区長において原告らの住民票の消除処分をしているとしてその取消しを求める原告らの訴えは、対象となる処分を欠く不適法なものである。

(2) 本件抹消等が違法性を有しないこと

ア アレフの危険性

原告らが所属するアレフは、麻原彰晃ことA野太郎を教祖・創始者とするオウム真理教の教義を広め、これを実現することを目的としている。オウム真理教は、A野太郎が主宰し、その教義に従う者によって構成され、過去において松本サリン事件、地下鉄サリン事件をはじめとする無差別大量殺人事件を引き起こした宗教団体である。アレフの本質はオウム真理教当時のものと何ら変わりはない状況であって、アレフが団体として無差別大量殺人行為に及ぶ危険性は到底否定することができない。現在アレフが無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律の規定に基づく観察処分に付されていることはその証左である。

イ アレフの拠点化に伴う地域住民の恐怖、不安、混乱等の増大

アレフが身近に進出したことによる世田谷区民の恐怖、強度の不安は、前記の事実に根ざしたものであり、原告らによる転入届の提出やその後の行動に見られる一連の秘密裡かつ組織的な行動は、世田谷区民の恐怖や不安を極めて現実的なものとしている。

こうしたアレフの動向に対処するため、地域住民らは、烏山地域オウム真理教(現アレフ)対策住民協議会を発足させ、オウム真理教の退去を求める決議を行い、内閣総理大臣に対して教団の早期解散及び信者の社会復帰対策など抜本的な解決を求める旨の要望書を提出するなど懸命な活動を展開しているところである。上記協議会は、オウム信者の退去を求める署名を集める活動を行ったが、この署名は、現在では三万五〇〇〇人に及んでいる。

このような状況において世田谷区がアレフの信者の転入届を受理することとなれば、アレフの更なる進出を許容しているC田マンション及びD野ハイム所有者であるA沢八郎の意向と、当該マンションからの住民らの転出とが相まって、全国の信者が世田谷区に集結することは目に見えており、これが地域住民や世田谷区にとって計り知れない脅威となり、地域社会の安寧、秩序を根底から覆す事態となることは明らかである。

ウ 公共の福祉

日本国憲法は居住、移転の自由を人権として保障している(二二条一項)。

しかし、この自由も公共の福祉による制約を受けうることが当然に予定されているのであって、本件のようなアレフの構成員の一地域への集団転入という事態は公共の福祉の観点から制約を受けてもやむを得ないものである。

しかも、憲法が予定する地方自治制度は民主主義を基本原理とし、その運営も民主主義原理に基づいてされるべきところ、アレフはその教義を唯一の絶対的価値とし、これにそぐわない他の価値の全てを暴力的手段によって抹殺することを肯認する団体である。これが民主主義を基本原理とする地方自治の本質に反することは明らかであり、このような教団の構成員が大挙して転入し、地域社会の安寧秩序や住民生活の平穏を根底から覆すことは到底許されないことである。

たしかに、住民基本台帳の本来の趣旨からすれば、客観的居住の事実と当人の主観的な意思に基づいて、その住所に住民登録をすべきことは明らかである。しかし、公共の福祉の観点から公共団体の一員として受け入れ難い者又は団体の構成員についてまで当然に住民登録をしなければならないとするのは背理である。とりわけ、公共の福祉にとって計り知れない悪影響や不安を及ぼすアレフの構成員が集団的に転入してくる事態に対して、これを受け容れ、住民登録をせざるを得ないとすることは、それらの者の定住化を容認することを意味し、その後のさらなる大量転入や教団による転入地の拠点化を促進することになり、これが公共の福祉に反する結果となることは明らかである。しかも、他にアレフの構成員の大量転入を阻止する有効な手段が整備されていない現状においては、被告区長が住民登録を拒否することはアレフ構成員の集団転入とアレフの拠点化を防ぐ唯一の手段であって、住民の安全と安寧秩序を守るべき責務を負う公共団体として唯一なし得る手段なのである。

以上のとおりであるから、被告区長がとった本件抹消等には違法性はなく、処分は適法である。

エ 住民基本台帳法施行令八条に規定する「その他その者についてその市町村の住民基本台帳の記録から除くべき事由」が存在すること

被告区長が被告らの住民票を調製ないし記録したことについては、以下のとおり、転入届が提出された場合において市町村長が行うべき審査義務を尽くしていないという重大な瑕疵があるから、このような瑕疵のある行為を是正するため、住民票を直ちに消除したことは、住民基本台帳法施行令八条に規定する「その他その者についてその市町村の住民基本台帳の記録から除くべき事由」に該当し、違法ではない。

a 転入届が提出された場合には、市町村長は、住民基本台帳法五条ないし八条に規定する住民票に住民に関する記載をして、住民基本台帳に記録すべき義務を負うものとされ、その届出に関して、住民基本台帳法施行令一一条は、本法の規定による届出があったときは、当該届出の内容が事実であるかどうかを審査した上で、住民票の記載等を行わなければならない旨を規定している。

この届出の審査の適否が、住民基本台帳の記録の正確性に直接影響するものであることに鑑みれば、市町村長は、本法に規定する形式的要件を具備しているかどうかを審査する形式的審査権を有することはもちろん、当該届出や届出事項の内容が事実に合致しているかどうかについて審査する実質的審査権をも有し、かつ、必要に応じてこれらを行なう義務を負うものと解される。

b そして実質的審査権を行使すべき場合として、同一住所への多人数の転入など、異常な住民の住所の変更に関する届出の動向が察知されるときは、何らかの目的のための作為的な届出か否かについて、住民基本台帳法三四条二項に基づいて調査を行ない、その事実を確認した後に住民票の作成を行うべきであるということができる。

c 本件では、原告らは、いずれも平成一二年一二月一九日午後〇時二〇分ころ、職員が手薄な昼休みの時間帯を狙って一斉に転入届を提出しており、しかも、原告B野及びB原が同一出張所で転入届を転出したほかは、全て異なる出張所においてこれを行った。この事実からも明らかなとおり、原告らは、集団転入の事実が被告区長に露顕しないようにするために、極めて恣意的、計画的に上記転入届の提出を行ったものであって、その目的は、市町村長による実質的審査権の行使である住民基本台帳法三四条二項の規定による調査を経ずして、原告らについて住民票を記録させることにあった。

このように、住民票を調製するに当たって実質的審査権を行使すべき事実が存在したにもかかわらず、実質的審査権の行使により、原告らが居住している事実を確認せずに、被告区長が、原告らの住民票を調製、記録したことは、重大な瑕疵があるということができる。

d 住民基本台帳法は、住民の居住関係の公証と選挙人名簿の登録と同時に、住民に関する各種の行政事務処理の基礎としても用いられているものである。このことからすれば、住民登録及び住民基本台帳は、単に形式的な住所の登録と公証だけではなく、実質的に当該地方公共団体の住民として、各種の行政サービスを受けるべき立場を付与する事実上の効果を有するものであって、転入届を受理して住民票を調製して住民基本台帳に記録した者について、当該地方公共団体の住民として受け容れることを意味するものである。

住民基本台帳法が憲法及び地方自治法に根拠を置くものであることからすれば、単に正確な記録の保持といった、形式的、表面的な解釈のみならず、公共の福祉や地方自治の本旨の観点から、実質的に、解釈適用されるべきである。

したがって、住民基本台帳法に基づき、転入届が提出された際に長に認められている実質的審査権は、オウム真理教(アレフ)のような無差別大量殺人などの活動を行った団体の構成員が集団で転入した場合にあっては、単に届出内容が事実に合致しているか否かだけではなく、地域の秩序を破壊し、住民の生命や身体の安全を害するような危険性が高度に認められるか否かについても、必要な審査、判断を行うことができるものと解すべきである。

本件では、原告らが通常の方針で転入届を提出していれば、被告区長は、当然に転入届を直ちに受理することなく、上記の点を審査するために実質的審査権を行使していた。

しかしながら、原告らは、前記のとおり、同一時間帯に、場所を分けて転入届を提出したことにより、被告区長による実質的審査を免れ、これによって、被告区長による住民票を調製すべきか否かの判断を経ずして住民票を調製させたものである。

したがって、被告区長が、原告らの住民票を、住民基本台帳法施行令八条に規定する「住民基本台帳の記録から除くべき事由が生じたとき」に準じて消除したとしても、これを違法ということはできない。

オ 被告区長は、住民基本台帳法三四条二項の規定による調査をしたが、原告らが、平成一二年一二月一九日から、その居住したとする住所を生活の根拠としているという事実を確認し得ていない。

そうすると、原告らの住民票が調製され、住民基本台帳に記録されたままにすれば、住民票の写し等の交付などの公証行為がなされ、これらを基礎として、新たな法律関係が形成される可能性は否定し得ないことから、第三者の信頼を保護するためにも、直ちに原告らの住民票を消除する必要があった。

よって、被告区長が原告らの住民票を消除したことは、この点においても違法ではない。

(3) 本件処分が違法であるとしても、被告世田谷区は損害賠償責任を負わないことについて

ア 被告区長に国家賠償法上の違法性がないこと

a 地方公共団体は、公共の福祉の増進に努めることが役割とされ、地方公共の秩序を維持し、住民及び滞在者の安全、健康及び福祉を保持することが責務とされている。

被告区長は、前記(2)ア、イに記載の事実に基づき、地方公共団体の秩序を維持し、住民及び滞在者の安全、健康及び福祉を保持することを目的として、やむなく、原告らの住民票を消除したものである。

したがって、被告区長が原告らの住民票を消除したことは、公共の福祉の観点からなされた必要最少限度の制約の範囲内のものとして、当然に許容されるべきものである。

b アレフが近い将来かならず無差別大量殺人行為を行うと断定することはできないが、アレフの危険性が全くないという保障がない限りこれを安易に取り扱うことはできないものといわなければならない。

したがって、現に団体規制法による観察処分に付され、その可能性が全く払拭されていない現在の状況において、最悪の事態を回避する手段としてとられた被告区長の措置は、いわば緊急避難として行われたものであって、実質的違法性を有しないものというべきである。

c さらに被告区長が行った本件抹消等は、前述のように、住民の安全を守るべき立場にある公共団体の長としての責務としてされたものである。住民の不安を取り除くとともに、将来の大量殺人行為等から世田谷区民の生命、身体を守るべき義務は、住民基本台帳法上要請される義務に比較して、より高次の義務であるというべきであって、その義務の履行としてなされた本件抹消等について、被告世田谷区が、住民基本台帳法上の義務違反を理由として損害賠償責任を問われるべきではない。

d 以上のとおりであるから、仮に本件消除処分が住民基本台帳法の規定に反し違法なものであったとしても、これを行った区長の行為には国家賠償法一条にいう違法性がなく、損害賠償の責任は負わないものというべきである。

イ 被告区長に故意・過失がないこと

無差別大量殺人行為を行い、危険な団体として国家が認定するような教団が出現し、その構成員が集団転入するという事態は、もとより法が明文をもって予定するところではない。そのような教団の信者が集団転入を行ったという事案において、住民基本台帳制度による措置の是非が問題となった裁判例も見当たらない。

このような状況の下で、地域住民の福祉の増進をその役割とし、地方公共の秩序を維持し、住民及び滞在者の安全、健康及び福祉を保持することを責務とする地方公共団体の長である被告区長は、原告らの集団転入により地域住民の平穏な生活が脅かされることが明白であって、これを見過ごすことはできないから、住民基本台帳制度による措置が可能であるとの見解に立ち、地域住民らのために、やむなく原告らの住民票を消除する措置を講じたものである。

被告区長のとった措置が職権消除処分に当たるとしても、被告区長としては、転入届が提出された際には実質的審査権を行使する必要があり、原告らが通常の方法により転入届を提出していれば実質的審査権を行使した上でその受理の可否を決定したものであって、原告らの不当な手段により実質的審査権が妨害されたのであるから職権消除をすることができると考えて、これを行ったのである。

被告区長の採った上記の見解には相当の根拠が認められるものということができる。

したがって、被告区長が行った措置が仮に違法な公権力の行使に当たるとしても、被告区長には故意はもとより過失はない。

ウ 原告らに損害がないこと

a 本件訴訟を本案事件とする執行停止申立事件では、本件最高裁決定によって、原告らの住民票消除処分の効力を本案事件の判決確定まで停止することが確定した。

これに伴い、世田谷区選挙管理委員会は、原告らの選挙権に関して、原告らの住民票の消除の効力が生じていないものとして、平成一三年六月一四日付で、平成一二年一二月一九日に原告らが転入届を行い、同日から三か月を経過した時点をもって選挙人名簿に登録する旨の措置を遡及的にとった。本件最高裁決定がされた日は、東京都議会議員選挙告示日の前日に当たるため、被告区長及び世田谷区選挙管理委員会は、上記措置を直ちに講じた上で、念のため、平成一三年六月一五日、原告ら全員に対し、その旨を通知した。

したがって、原告らが侵害されたと主張する権利のうち、選挙権については、原告らは何ら支障なく行使し得たものであるから、この点に関する損害は生じていない。

b また、原告らが住民基本台帳に記録されないことにより侵害されたとするその余の権利についても、その多くは住民基本台帳の記載を要件とする権利ではなく、原告らが権利行使が阻まれたとする事実は全くないから、この点に関する損害はない。

c 精神的な損害をいう部分についても、この損害の発生は、原告らのとった不当とも言うべき手段により転入届を提出したことに起因するものであるから、補填されるべき損害はない。

四  争点

以上によれば、本件の争点は、以下のとおりである。

(1)  本件抹消等は、行政事件訴訟法三条二項に規定する「処分」に該当するか。(争点1)

(2)  本件抹消等が行政事件訴訟法三条二項に規定する「処分」に該当する場合、これは違法か。(争点2)

(3)  被告世田谷区は、被告区長による本件抹消等が違法であることを原因として、原告らに対して、国家賠償法一条に基づく損害賠償義務を負っているか。(争点3)

第三当裁判所の判断

一  争点1について

(1)  前記「前提となる事実」(3)、(4)記載のとおり、被告区長が、平成一二年一二月一九日、原告らが同被告に対して提出した転入届に基づき、原告ら各人の住民票を調製、記録したこと、及び同月二一日、本件抹消等を行ったことが、それぞれ認められる。

(2)  ところで、市町村長が、住民基本台帳法七条に基づき、住民票に同条各号に規定する事項を記載(磁気ディスク又はこれに準ずる方法により一定の事項を確実に記録しておくことができる物をもって調製する住民票にあっては「記録」。以下同じ。)する行為は、元来、公の権威をもって住民の居住関係に関する事項を証明し、それに公の証拠力を与えるいわゆる公証行為であり、それ自体によって新たに国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定する法的効果を有するものではない。

しかし、同法一五条一項は、選挙人名簿の登録は住民基本台帳に記録されている者で選挙権を有するものについて行うと規定し、また、公職選挙法によれば、選挙人名簿又は在外選挙人名簿に登録されていない者は、投票することができないところ(同法四二条一項本文)、選挙人名簿の登録は、当該市町村の区域内に住所を有する年齢満二〇年以上の日本国民(同法一一条一項若しくは二五二条又は政治資金規定法二八条の規定により選挙権を有しない者を除く。)で、その者に係る当該市町村の住民票が作成された日(他の市町村から当該市町村の区域内に住所を移した者で住民基本台帳法二二条の規定により届出をしたものについては、当該届出をした日)から引き続き三か月以上当該市町村の住民基本台帳に記録されている者について行われることとされている(公職選挙法二一条一項)。そうすると、住民票を新たに調製し、これに特定の住民の氏名等を記載する行為、あるいは、既に調製された住民票を全部消除する行為は、その者が当該市町村の選挙人名簿に登録されるか否かを左右する法的効果を有するものであるということができる。

したがって、住民票を新たに調製し、記載する行為及び住民票を全部消除する行為は、行政事件訴訟法三条二項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」(以下「行政処分」という。)に当たると解すべきである。

(3)  被告らは、本件抹消等は、原告らの提出した転入届に対する不受理とそれに関連した事実上の住民票破棄等の行為であって、住民基本台帳法八条の規定に基づく住民票の消除処分ではないから、行政処分に当たらないと主張する。

しかし、前記認定事実によれば、本件調製行為等は、原告らが提出した転入届に基づいてされたものであり、住民基本台帳法に基づく調製、記録処分として、有効に存在するものというべきである。

そうすると、このような本件調製行為等の後において、被告区長が、原告らの提出した転入届を不受理とすることを決定し、この決定に基づいて、事実上の行為として原告らの住民票を破棄し、世田谷区の住民基本台帳から抹消し得る余地はないから、本件抹消等は、有効に存在する住民票の調製、記録という処分の効力を事後的に消滅させるために行われたものと認めるほかなく、住民基本台帳法八条に基づく職権による消除と解すべきである。

(4)  以上のとおり、本件抹消等は、住民基本台帳法八条に基づく職権による消除であって、行政処分である(以下、本件抹消等を「本件消除処分」という。)。

(5)ア  なお、住民基本台帳法三二条によれば、同法の規定により市町村長がした処分の取消しの訴えは、当該処分についての審査請求の裁決を経た後でなければ提起することができないとされているから、裁決を経ることなく提起された消除処分の取消しの訴えは、原則として、不適法である(行政事件訴訟法八条一項ただし書)が、処分又は処分の執行により生ずる著しい損害を避けるため緊急の必要があるときはこの限りでない(同条二項二号)ところ、本件訴えは、消除処分についての審査請求の裁決を経ずして提起しているので、以下、この点について検討する。

イ 前記(2)のとおり、公職選挙法二一条一項は、選挙人の名簿の登録は住民票が作成された日から引き続き三か月以上当該市町村の住民基本台帳に記録されている者について行うと規定しており、また、同法四二条一項本文に因れば、その者は選挙人名簿に登録されない限り原則として投票をすることができないとされている。

選挙人名簿の登録は、市町村の選挙管理委員会が、毎年三月、六月、九月及び一二月に、原則として、登録月の一日現在により、当該市町村の選挙人名簿に登録される資格を有する者を当該登録月の二日に選挙人名簿に登録して行い(同法一九条二項、二二条)、また、選挙を行う場合についても、市町村の選挙管理委員会は、当該選挙に関する事務を管理する選挙管理委員会(衆議院比例代表選出議員又は参議院比例代表選出議員の選挙については、中央選挙管理会)が定めるところにより、当該市町村の選挙人名簿に登録される資格を有する者を選挙人名簿に登録する(同法一九条二項、二二条二項)。

参議院議員の通常選挙及び地方公共団体の議会の議員の任期満了による一般選挙は、原則として、議員の任期が終わる日の前三〇日以内に行われる(同法三二条、三三条)。

そうすると、平成一三年七月二二日に参議院議員の半数の任期及び東京都議会議員の任期が満了することは原告らの本件訴え提起の時点で公知の事実であったところ、これに伴い、その前三〇日以内には、参議院議員選挙及び東京都議会議員選挙が行われることになり、その場合には、選挙を行うことに伴う選挙人名簿の登録がされることになるが、その選挙人名簿の登録の際には、引き続き三箇月以上住民基本台帳に記録されていることが必要となるのであるから、原告らが、上記の参議院議員選挙及び東京都議会議員選挙において投票をするためには、遅くとも平成一三年の四月までには、住民基本台帳に記録される必要があったことになる(ちなみに、本件記録を検討しても、原告らが、公職選挙法一一条一項、二五二条等の規定により、選挙権を有しないことを窺わせる事情は認められない。)。

そして、選挙権は、国民の最も重要な基本的権利の一つであるところ、本件消除処分に対する審査請求に対する裁決がなされるまでには、通常、一定の期間を要することからすれば、審査請求に対する判断を待った上で、訴えを提起していたのでは、その権利救済が間に合わなくなるおそれが強いというべきであり、選挙権の行使の点だけをみても、本件訴え提起の段階において、本件消除処分により生ずる著しい損害を避けるための緊急の必要性があったものと認めるのが相当である。

ウ したがって、本件訴えは、審査請求に対する裁決を経ることなく提起されたものであるが、この点において適法性に欠けることはない。

二  争点2について

(1)  住民基本台帳制度は、市町村において、住民の居住関係の公証、選挙人名簿の登録その他の住民に関する事務の処理の基礎とするとともに住民の住所に関する届出等の簡素化を図り、併せて住民に関する記録の適正な管理を図るため、住民に関する記録を正確かつ統一的に行うものとして設けられた制度であって、住民の利便を増進するとともに、国及び地方公共団体の行政の合理化に資することを目的とするものである(住民基本台帳法一条)。

そして、市町村長は、常に住民基本台帳を整備し、住民に関する正確な記録が行われるように努めるとともに、住民に関する記録の管理が適正に行われるように必要な措置を講ずるように努めなければならず(同法三条一項)、その住民につき、同法七条に規定された氏名、出生の年月日、男女の別等の事項を記録する住民票を世帯ごとに編成して、住民基本台帳を作成する義務を負っている(同法五条、六条一項)。

住民票の記載、消除又は記載の修正は、政令で定めるところにより、住民基本台帳法の規定による届出に基づき、又は職権で行う(同法八条)こととされており、この規定を受けて住民基本台帳法施行令において規定されている消除すべき事由とその場合の手続等は、前記「法令の定め等」(2)のとおりである。

他方、出生以外の事由で新たに市町村の区域内に住所を定めて転入をした者は、転入をした日から一四日以内に、氏名、住所、転入をした年月日等を市町村長に届け出ることが義務付けられており(同法二二条一項)、正当な理由がなく、これに違反した場合には、五万円以下の過料に処せられることとされている(同法五一条二項)。

(2)  また、前記一(2)、(5)のとおり、公職選挙法によれば、選挙人名簿又は在外選挙人名簿に登録されていない者は、投票することができないところ(同法四二条一項本文)、選挙人名簿に登録されるためには、三か月以上当該市町村の住民基本台帳に記録されていることが必要である(同法二一条一項)。

さらに、国民健康保険の被保険者資格については、国民健康保険法五条が、市町村の区域内に住所を有する者を当該市町村が行う国民健康保険の被保険者とする旨規定している。そして、国民健康保険の被保険者の属する世帯の世帯主は、その世帯に属する被保険者の資格の取得及び喪失に関する事項その他必要な事項を市町村に届けなければならないが(国民健康保険法九条一項)、住民基本台帳法二二条から二五条までの規定による届出(転入届、転居届、転出届又は世帯変更届)に、国民健康保険の被保険者であることを証する事項で住民基本台帳法施行令に定めるものを付記すれば、国民健康保険法九条一項に規定する市町村に対する届出があったものとみなされる(同法九条一〇項、住民基本台帳法二八条)。転入届については、この届出に、住民基本台帳法施行令二七条一号に規定する事項を付記すれば、国民健康保険法九条一項による市町村に対する届出をしたものとみなされる。

(3)  上記(1)、(2)に挙げた各規定から明らかなとおり、新たに市町村の区域内に住所を定めて転入をした者について、市町村長が住民票を調製し、これに記載をする行為は、あくまで住民が新たに市町村の区域内に住所を定めたという事実が存在する場合に、その居住関係の公証、選挙人名簿への登録その他の住民に関する事務の処理の基礎とし、併せて住民に関する記録の適正な管理を図るという目的から行われるものであって、これらの住民票の調製等を通じて、当該人の市町村内への居住を許容する、あるいは許容しないという法的効果が生ずるものでないことは明らかである。

そうすると、住民基本台帳に記録されるべきか否かは、当該住民の住所が当該市町村の区域内にあるかどうかという事実、及び、住民基本台帳に記録して管理すべき者かどうかのみを基準として判断されるべきものと解すべきである。

そして、住民票を全部消除すべき事由として、住民基本台帳法施行令八条に明示的に規定された当該住民の転出又は死亡という事由のほかに、同条に規定する「その他その者についてその市町村の住民基本台帳から除くべき事由」に当たるのは、これらに準ずべき事由、つまり、転入の事実がないこと、国籍の喪失、皇族の身分取得等の客観的事実に基づくものに限られると解すべきである。

(4)  被告らは、アレフが危険性を有する団体であり、その構成員が転入することによって地域住民が恐怖、不安を感じているから、被告区長は、住民の安全と安寧秩序を守るため、アレフの構成員の大量転入とアレフの拠点化を防ぐ目的で本件消除処分を行ったのであって、違法性はないと主張する。

しかし、前記のとおり、住民基本台帳に記録されるべきか否かは、当該住民の住所が当該市町村の区域内にあるか否かという事実、及び住民基本台帳に記録して管理すべき者か否かのみを基準として判断されるべきものと解すべきであって、市町村長には、当該住民が新たに市町村の区域内に住所を定めたという事実が存在するにもかかわらず、被告らが主張するような目的に基づいて、住民票の調製、記載を拒否したり、消除等を行うべき権限が与えられていると解すべき根拠は存しないというべきである。

しかも、前記のとおり、住民票の調製を拒否することや、住民票を消除することが、当該人の市町村内への居住を許容しないという法的効果を生ぜしめるものではない。

また、被告区長が、その主張する目的をもって本件消除処分を行ったことが、住民基本台帳法施行令八条に規定する「その他その者についてその市町村の住民基本台帳から除くべき事由」に当たらないことも明らかである。

そうすると、《証拠省略》によれば、多数の地域住民が、アレフ信者の転入に対して不安や危惧を抱いていることが認められるものの、被告区長が前記主張のとおりの目的を有していたことによって、本件消除処分が適法となるということはできないから、被告らの前記主張は理由がない。

(5)  被告らは、被告区長が実質的審査権を行使すべきであったのに、これを行使せずに原告らの住民票を調製、記録したことは、住民基本台帳法施行令八条に規定する「その他その者についてその市町村の住民基本台帳の記録から除くべき事由が生じたとき」に当たる旨の主張をする。

しかし、前記のとおり、上記の要件は、当該住民の転出又は死亡という事由に準ずべき、転入の事実がないこと、国籍の喪失、皇族の身分取得といった客観的事実に基づく事由に限られると解すべきであり、市町村長が住民票の調製の時点で実質的審査権の行使を懈怠したとの事由は、これに該当しないものと解される。

すなわち、実質的審査権は、住民基本台帳に記録するか否かを決定する前提として行使されるべきものであり、いったん届出に基づいて記録すべきものと判断して住民基本台帳に記録したにもかかわらず、後日、実際には転入の事実がなかったことが判明したという場合には、その事実を確認した上で、これに基づいて消除することも可能であるから、単に市町村長自らが実質的審査権の行使を怠ったとの理由だけから、すでに調製された住民票を消除することを許すことは、国民の権利を著しく軽視するものといわざるをえない。

したがって、被告らの前記主張も理由がない。

(6)  また、被告らは、被告区長は、住民基本台帳法三四条二項の規定に基づいて調査をしたが、原告らが転入したとする住所を生活の根拠としているという事実を確認することができなかったところ、それにもかかわらず住民票の写しの交付などの公証行為がされ、これを基礎として新たな法律関係が形成される可能性があるから、第三者の信頼を保護するためにも直ちに原告らの住民票を消除する必要があったのであり、本件消除処分は違法でないとも主張する。

しかし、前記のとおり、住民票の記載、住民基本台帳への記録は、その住民の選挙権に関わるものであって、実際には転入の事実が存在しないことが確認されたのであれば、これに基づいて消除することはできるが、いったん届出に基づいて記録すべきものと判断して住民基本台帳に記録しておきながら、転入の事実を確認することができておらず、第三者の信頼を保護すべきであるとの理由で、これを消除することができるとは到底解されない。

また、《証拠省略》によれば、原告らは、その届け出た住所に転入した事実が認められる上、前記「前提となる事実」(5)のとおり、世田谷区役所世田谷総合支所の区民部長である佐藤らが、被告区長が本件消除処分をした翌日である平成一二年一二月二二日、原告C山、同A田及び同E原の転入住所地を訪れているのであって、被告区長が、同原告らについて、その届け出た住所に転入した事実を確認することができなかったとは解されず、その他の原告らについても、被告区長が、当該原告らの届け出た住所に転入した事実を確認することができなかったと認めるに足る証拠は存在しない。

(7)  そして、他に、原告らについて、住民基本台帳法施行令八条その他同施行令に規定する、住民票を消除すべき事由を認めるに足る証拠は存在しない。

(8)  以上によれば、被告区長による本件消除処分は、違法というべきである。

三  争点3について

(1)  被告区長は、原告らの転入届に基づいて本件調製行為等を行ったにもかかわらず、これによって調製された原告らの住民票を本件消除処分によって消除したこと、被告区長が本件消除処分を行った際に、住民基本台帳法施行令八条に規定する「その他その者についてその市町村の住民基本台帳法から除くべき事由」、その他原告らの住民票を消除すべき事由が存在したとは認められないことは前記二の認定及び判断のとおりである。

そうすると、被告区長には、本件消除処分を行ったことについて、その職務上負っている、常に住民基本台帳を整備し、住民に関する正確な記録が行われるように努めるとともに、住民に関する記録の管理が適正に行われるように必要な措置を講ずるように努めるべき義務(住民基本台帳法三条一項)を尽くさなかった義務違反があったということができる。

したがって、本件消除処分には国家賠償法一条にいう違法があり、被告区長には、前記義務に違背したことにつき過失があるというべきである。

(2)ア  この点、被告らは、本件消除処分は、被告区長がアレフの危険性にかんがみていわば緊急避難として行ったもの、あるいは、被告区長が負う世田谷区民の生命、身体を守るべき義務に基づいて行ったものであるから、違法性がない旨の主張をする。

しかし、住民基本台帳制度は、あくまで住民が新たに市町村の区域内に住所を定めたという事実が存在する場合に、その居住関係の公証、選挙人名簿への登録その他の住民に関する事務の処理の基礎とし、併せて住民に関する記録の適正な管理を図るという目的から行われるものであって、住民票の調製等を通じて、当該人の市町村内への居住を許容する、あるいは許容しないという法的効果が生ずるものでないこと、市町村長には、当該住民が新たに市町村の区域内に住所を定めたという事実が存在するにもかかわらず、被告らが主張するような目的に基づいて、住民票の調製、記載を拒否したり、消除等を行うべき権限が与えられているとは解されないことは前記のとおりである。

そうすると、被告らが主張するような目的をもって本件消除処分を行ったことにより、本件消除処分が違法でないということはできず、被告らの前記主張は採用することができない。

イ 被告らは、原告らの集団転入の阻止のために住民票を消除することができるという解釈、及び原告らの住民票を調製するに際して被告区長は実質的審査権を行使すべきであったのに、原告らに妨害されてこれを行使することができなかったのであるから、被告区長は職権消除を行うことができるという解釈には、相当の根拠が認められるから、本件消除処分を行ったことについて被告区長には故意又は過失がなかった旨主張する。

しかし、住民基本台帳法における、住民基本台帳制度の目的、住民票の記載及び消除に関する規定、並びに同法八条を受けて定められた住民票を消除すべき事由に関する住民基本台帳法施行令の規定の各文言に照らせば、被告区長が前記各解釈を採ったことについて相当の根拠があったということはできないし、被告区長が本件消除処分を行った際に、被告区長が採った前記解釈の根拠となるべき裁判例や学説その他これを支持する見解が存在していたものとも認めるに足る証拠はない。

そうすると、被告区長が前記のような解釈をしたことについて相当の根拠があったと認めることはできず、被告らの前記主張は採用することができない。

(3)  原告らの損害について

ア 前記のとおり、公職選挙法によれば、選挙人名簿又は在外選挙人名簿に登録されていない者は、投票することができないところ(同法四二条一項本文)、選挙人名簿に登録されるには、その者に係る当該市町村の住民票が作成された日(他の市町村から当該市町村の区域内に住所を移した者で住民基本台帳法二二条の規定により届出をしたものについては、当該届出をした日)から引き続き三か月以上当該市町村の住民基本台帳に記録されていることが必要である(公職選挙法二一条一項)。

《証拠省略》によれば、本件最高裁決定を受けて、世田谷区選挙管理委員会は、平成一三年六月一四日、原告らが転入届を提出した平成一二年一二月一九日から三か月を経過した時点をもって、原告らを選挙人名簿に登録する旨の措置を遡及して行ったこと、これによって原告らは、その後に行われた東京都議会議員選挙において選挙権を行使することができたこと、原告らが選挙権を行使することができなかった選挙はないことが認められる。

このように、原告らには、実際に選挙で選挙権を行使することができなかったという事情はないけれども、世田谷区選挙管理委員会が上記措置をとるまでの間、選挙権を行使することができない状態に置かれたものである。

イ 国民健康保険の被保険者資格については、国民健康保険法五条が、市町村の区域内に住所を有する者を当該市町村が行う国民健康保険の被保険者とする旨規定しており、住民基本台帳に記録されている者でなければ国民健康保険の被保険者資格が認められないとはされていない。

しかし、前記二(2)記載のとおり、国民健康保険の届出と、住民基本台帳法に規定されている届出とは、法律上関係づけられている。

そして、《証拠省略》によれば、世田谷区では、国民健康保険の届出と、住民基本台帳法に規定されている届出とが関係づけられていることを前提として、国民健康保険の被保険者の住所認定に当たって、国民健康保険課では、住民基本台帳主管課の住所認定に従えば足りるし、従うべきものとされていること、この取扱いがされているため、本件消除処分の後、世田谷区は原告らを国民健康保険の被保険者と扱わず、原告らのうち転入届提出の際に国民健康保険証の交付を受けた者に対しては、その返還を求めたことがそれぞれ認められる。

また、《証拠省略》によれば、本件地裁決定がされた後、いったんは原告らについて国民健康保険の被保険者資格が認められたが、本件高裁決定が出されてから本件最高裁決定がされるまでの間は、原告らは、再びその被保険者とは扱われず、国民健康保険を利用することができない状態に置かれたことが認められる。

ウ 以上のとおり、原告らについては、実際に選挙において選挙権を行使することができなかったことはなく、また、国民健康保険の被保険者として取り扱われなかったために高額の医療費の支出を余儀なくされたなどという事情を認めるに足る証拠は存在しない。

しかし、《証拠省略》によれば、原告らは、本件消除処分によって、選挙権を行使することができない状態に置かれ、国民健康保険の被保険者と扱われず、国民健康保険証の交付を受けられず、印鑑登録証明書の交付も受けられないこととなり、心理的不安や精神的苦痛を覚えたことが認められる。

このような原告らの精神的苦痛を慰藉するに相当の金員は、本件に係る諸事情を考慮すると、いずれの原告についても三〇万円が相当である。

第四結論

よって、原告らの本件各請求は、被告世田谷区長に対し、本件消除処分の取消しを求める部分、及び被告世田谷区に対し、慰謝料三〇万円及びこれに対する平成一二年一二月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においていずれも理由があるからこれらを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六四条、六五条一項を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項を、仮執行免脱の宣言につき同条三項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 市村陽典 裁判官 森英明 裁判官 水野正則)

別紙 当事者目録

<住所略> 第一事件原告 戊田竹夫

<住所略> 第二事件原告 甲田梅夫

<住所略> 第三事件原告 乙野春夫

<住所略> 第四事件原告 丙山夏子

<住所略> 第五事件原告 丁川秋子

<住所略> 第六事件原告 戊原冬子

<住所略> 第七事件原告 甲山一江

原告ら訴訟代理人弁護士 和久田修

荒木昭彦

<住所略> 全事件被告 世田谷区

代表区長 大場啓二

<ほか一名>

被告ら指定代理人 河野通孝

<ほか五名>

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