東京地方裁判所 平成12年(行ウ)48号 判決 2001年8月24日
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用のうち参加によって生じた部分は補助参加人の負担とし、その余は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 被告が原告に対して平成10年5月27日付けでした、遺産が未分割であることについてやむを得ない事由がある旨の承認申請に対する却下処分を取り消す。
2 被告が原告に対し平成10年5月28日付けでした更正をすべき理由がない旨の通知処分を取り消す。
第2事案の概要
本件は、夫の財産を相続した原告が、相続税法に定められた配偶者の相続税額の軽減規定の適用を受けるため、被告に提出した遺産が未分割であることについてやむを得ない事由がある旨の承認申請書について、被告が提出期限徒過を理由に却下したことを不服として、その却下処分の取消しを求めるとともに、当該却下処分を前提としてされた更正をすべき理由がない旨の通知処分の取消しを求めた事案である。
1 法令の定め
(1) 配偶者に対する相続税額の軽減規定
相続税法(ただし、平成4年法律第16号による改正前のもの。以下「相続税法」という。)19条の2第1項は、相続又は遺贈により財産を取得したのが被相続人の配偶者である場合、その配偶者については、同法15条から17条まで及び19条の規定により算出した金額が、同法19条の2第1項第2号により算出した金額を超えないときには、納付すべき相続税額はないものとされ、それを超える場合にはその超える金額をもってその配偶者の納付すべき相続税額とする旨を規定している。
しかし、相続又は遺贈に係る相続税法27条1項の規定による相続税の申告書の提出期限(以下「申告期限」という。)までに、当該相続又は遺贈により取得した財産の全部又は一部が共同相続人又は包括受遺者によってまだ分割されていない場合においては、その分割されていない財産は、上記の軽減規定の適用上、同法19条の2第1項第2号ロの課税価格の計算の基礎とされる財産に含まれない(相続税法19条の2第2項本文)。
ただし、その分割されていない財産が申告期限から3年以内(当該期間が経過するまでの間に当該財産が分割されなかつたことにつき、当該相続又は遺贈に関し訴えの提起がされたことその他の政令で定めるやむを得ない事情がある場合において、政令で定めるところにより納税地の所轄税務署長の承認を受けたときは、当該財産の分割ができることとなつた日として政令で定める日の翌日から4月以内)に分割された場合には、その分割された財産については、この限りでない(相続税法19条の2第2項ただし書)。
そして、上記ただし書の適用がある場合のうち、いかなる事情が括弧書にいう「やむを得ない事情」に当たるかについては、相続税法施行令(ただし、平成4年政令第86号による改正前のもの。以下「相続税法施行令」という。)4条の2第1項各号に具体的に列挙して定められているところであるが、同条2項は、これらのやむを得ない事情があることについて、前記の税務署長の承認を受けようとする者は、「当該相続又は遺贈に係る申告期限後3年を経過する日の翌日から1月を経過する日までに、その事情の詳細その他大蔵省令に定める事項を記載した申請書を当該税務署長に提出しなければならない」旨を明記している。
なお、この申請書(以下「承認申請書」という。)の提出が上記の提出期限を徒過した場合については、これを宥恕する旨の明文の規定は設けられていない。
(2) 相続税の申告書の不提出等についての宥恕規定
相続税法19条の2第4項は、配偶者に対する相続税額の軽減規定の適用を受けるために必要とされる、同法27条1項の規定による相続税の申告書の提出がなかった場合又は同法19条の2第1項の適用を受ける旨及び同条同項各号に掲げる金額の計算に関する明細の記載がなかった場合若しくは財産の取得の状況を証する書類その他の大蔵省令で定める書類の添付がない相続税の申告書の提出があった場合において、その提出がなかったこと又は記載若しくは添付がなかったことについてやむを得ない事情があると認めるときは、当該記載をした書類及び上記大蔵省令で定める書類の提出があった場合に限り、同条1項所定の配偶者に対する相続税額の軽減規定を適用することができる旨を規定している。
(3) みなす承認規定
また、相続税法施行令4条の2第4項は、同条第2項の申請書の提出があった場合において、当該申請書の提出があった日の翌日から2月を経過する日までにその申請について承認又は却下の処分がなかったときには、その日において承認があったものとみなすことを規定している。
(4) 更正の請求の要件
相続税の申告書を提出した者は、相続税法19条の2第2項ただし書(配偶者に対する相続税額の軽減)の規定に該当したことにより、同項の分割が行われた時以後において同条1項の規定を適用して計算した相続税額がその時前において同項の規定を適用して計算した相続税額と異なることとなったことにより当該申告に係る相続税額が過大となったときは、その事由が生じたことを知った日の翌日から4月以内に限り、納税地の所轄税務署長に対し、その相続税額につき、国税通則法23条1項の規定による更正の請求をすることができる(相続税法32条)。
2 前提となる事実(これらの事実はいずれも当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
ア 原告は、平成3年11月22日死亡したAの妻であり、相続人である。
イ 被告は、亡Aの死亡時の住所地を所轄する税務署の署長であり、亡Aの相続に関する相続税の申告書、申請書等税務書類の法令で定められた提出先である(相続税法27条、同法附則3項)。
ウ 原告補助参加人は、税理士であり、被相続人亡Aの死亡後、原告並びに共同相続人であるB(被相続人の長男)及びC(同二男)(以下、原告と長男及び二男を併せて「原告ら」という。)から、相続税の申告書作成、提出を含めその処理全般の依頼を受けた。
(2) 本件各処分に至る経緯
ア 原告らは、相続税申告書を作成し、申告期限である平成4年5月22日の当日、被告にこれを提出して申告をした。
この時点においては、相続に係る遺産の全部が分割されていなかったため、上記の申告においては、原告の課税価格は、同法19条の2第1項の規定に基づく軽減特例の適用を受けることなく、相続税法55条の規定によって計算された価額を記載して申告されたが、原告は、遺産の分割ができ次第、上記の軽減特例を受けるために、同日、原告らの「申告期限後3年以内の分割見込書」を、上記申告書とともに、被告に対して提出した。
なお、上記の申告書等の作成及び提出は、いずれも原告らの依頼を受けた原告補助参加人において行ったものである。
イ しかし、その後、原告補助参加人が相続税法19条の2第2項、同法施行令4条の2第2項に基づく承認申請書の提出を失念したため、原告からの承認申請書が提出されないまま、上記申告期限後3年を経過する日の翌日から1月を経過する日である平成7年6月22日が経過した。
ウ そして、平成9年3月に至って上記申請書の未提出に気付いた原告補助参加人は、同月28日、被告に対し、原告に係る承認申請書(以下「本件承認申請書」という。)を提出し、さらに、同年6月9日、被告に対し、同月7日付け遺産分割協議書に基づき、原告に係る相続税の更正の請求書を提出した。
エ しかし、これに対し、被告は、平成10年5月27日付けで、本件承認申請を却下し、また、上記更正の請求に対しては、同月28日付けで、更正をすべき理由がない旨の通知処分をした。(以下、上記の承認申請を却下する処分を「本件却下処分」、更正をすべき理由がない旨の通知処分を「本件通知処分」といい、これらの各処分を併せて「本件各処分」という。)
オ 原告は、本件各処分を不服として、被告に対し、平成10年7月15日、本件却下処分に係る異議申立書を提出し、さらに、同月28日、本件通知処分に係る異議申立書を提出した。
被告は、上記各異議申立てに対し、これらを併合審理した上、同年10月26日付けで上記各異議申立てをいずれも棄却する旨の決定をした。
そこで、原告は、平成10年11月26日、国税不服審判所長に対し審査請求書を提出したが、同所長は、平成11年12月2日付けで右各審査請求をいずれも棄却する旨の裁決をした。
(3) 以上のとおり、相続に係る遺産の分割が、相続税の申告期限から3年が経過する日においても行われなかった場合であっても、そのことについて、相続税法施行令4条の2第1項各号に定めるやむを得ない事情があり、同条の定めるところにより納税地の所轄税務署長の承認を受けたときは、相続税法19条の2第1項所定の配偶者に対する相続税の軽減規定の適用を受けることが可能であるが、上記の承認を受けようとする者は、当該相続又は遺贈に係る申告期限後3年を経過する日の翌日から1月を経過する日までに、被告に対し、承認申請書を提出しなければならないものとされており、また、同期限までに承認申請書の提出がされなかった場合についての宥恕規定が置かれていない。
そのため、上記の規定によれば、原告が、当初の相続税の申告の際に未分割であった遺産について、相続税の申告期限から3年が経過した後に相続税法19条の2第1項所定の配偶者に対する相続税の軽減規定の適用を受けようとする場合には、申告期限後3年を経過する日の翌日から1月を経過する日である平成7年6月22日までに、被告に対し、承認申請書の提出を行うべきこととなるが、原告が、実際に、原告補助参加人を通して、被告に対し、本件承認申請書を提出したのは、右期限を経過した後である平成9年3月28日である。
3 当事者の主張
(原告及び補助参加人の主張)
(1) 相続税法19条の2第4項の準用ないし類推適用
相続税法施行令4条の2第2項の承認申請書の提出期限については、条文上は相続税の申告書の不提出等の場合に関する相続税法19条の2第4項のような明文の宥恕規定はおかれていないが、両者とも配偶者に対する相続税額の軽減に関する申告・申請手続であることは同様であるから、宥恕の取扱いを否定する定めもない前者の手続には、宥恕に関する明文の規定はなくても後者の手続に準じて期限までに提出しなかったことについてやむを得ない事情があると認めるときは、改めて承認申請書の提出があれば、同法19条の2を適用することができると解すべきである。
(2) 信義則違反
原告には、本件却下処分について、以下のような特別の事情があるから、本件却下処分は、信義則に反する違法な処分となり、取り消されるべきである。
ア D上席国税調査官及びE上席国税徴収官は、原告補助参加人が通常折衝の相手となし得る最も上位の税務署員であり、責任ある立場にあるというべきであるところ、そのような立場にあるD調査官及びE徴収官は、原告補助参加人に対し、承認申請書に対する承認がなされるとの正式の見解を表示したと評価できる発言、態度を示した。
イ 原告及び原告補助参加人は、上記見解を信頼し、抵当権の解除、変更など本件相続税に関する各般の手続を進めた。
ウ 上記信頼について、原告に特別責められるべき事情がない。しかも、原告は、その後になされた本件却下処分により配偶者に対する相続税額の軽減措置がなされないこととなり、著しい経済的不利益を蒙った。
エ 原告は、もともと配偶者に対する相続税額の軽減措置の適用を受け得る立場にあったのであり、たまたま依頼した税理士の原告補助参加人が承認申請書提出を失念し、加えて、本件却下処分により、右軽減措置の適用が受けられない外観を呈しただけである。その意味で納税者間の平等、公平という要請を犠牲にすることは全くない。むしろ、もし、上記の単なる手続上の問題によって軽減措置を得られないものとすると、他の納税者、特に同様の配偶者に対する軽減措置を得た者に比し、不平等、不公平を来たすものである(また、国も不当に軽減措置による減額相当額の税収を得ることとなる。)。
(3) みなす承認規定の適用
通常の承認申請書に関しては提出の翌日から2月を経過するまで処分がないときは承認があったものとみなされる(相続税法施行令4条の2第4項)ところ、被告は、期限徒過の事実自体は一見して明白であるのに、承認申請書提出の翌日から2月を経過しても却下処分をしなかった。
そうすると、提出期限後に提出した納税者であっても、提出の日の翌日から2月を越えても承認又は却下の処分がなかった場合には、承認があったものとの期待を抱くことは自然であり、提出期限後に提出された承認申請書についても、上記規定の適用があると解すべきである。
したがって、本件承認申請書についても承認があったとみなされるべきである。
(4) 本件通知処分の違法性
本件通知処分は、本件却下処分を前提にするものであり、本件却下処分が取り消されれば、当然に違法となる。
(被告の主張)
(1) 本件却下処分の適法性
原告が本件承認申請書を提出したのは、その法定提出期限である平成7年6月22日の経過後である平成9年3月28日であるから、本件承認申請書は、相続税法施行令4条の2第2項に定める提出期間を徒過して提出されたものである。
また、承認申請書の提出がその法定提出期限を徒過した場合の宥恕規定は一切設けられていない。
したがって、本件承認申請は不適法というほかなく、原告の本件承認申請を却下した本件却下処分は適法である。
(2) 原告の主張に対する反論
ア 相続税法19条の2第4項の準用ないし類推適用の主張について
相続税法19条の2第4項は、同法27条1項の相続税の申告書の提出等がなかった場合についての規定であって、承認申請書が提出期限までに提出されなかった場合の宥恕規定でないことは明らかであるから、原告の主張は失当である。
そして、申告期限後3年を経過する日において分割されていない財産について、配偶者に対する相続税額を軽減する相続税法19条の2第2項ただし書及び同法施行令4条の2第2項の規定は、本来課せられるべき税負担を特別の要件を設けて例外的に軽減しようとする課税の特例であることから厳格に解釈適用されるべきであり、相続税の申告書の提出がない場合等の宥恕の規定である同法19条の2第4項を法の特別の規定がないにもかかわらず準用することは許されないというべきである。
なお、仮に、承認申請書の提出が法定提出期限までになされなかったことについて相続税法19条の2第4項の規定の準用があり得ると解したとしても、同条項に定める「やむを得ない事情があると認めるとき」とは、申告義務者の責任によらしめることができない事情が生じた場合を意味すると解されるところ、原告の委任を受けた税理士が承認申請書の提出を失念していたとの事情がこれに当たらないことは明らかであるから、原告の主張はそれ自体失当である。
イ 信義則違反について
最高裁判所昭和60年(行ツ)第125号・昭和62年10月30日第3小法廷判決は、租税法律関係においては、信義則の適用については慎重でなければならず、租税法規の適用における納税者の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような「特別の事情」が存する場合に、初めて右法理の適用の是非を考えるべきものであるとした上で、上記「特別の事情」が存するかどうかの判断に当たっては、少なくとも、①税務官庁が納税者に対して信頼の対象となる公的見解を表示したこと、②納税者がその表示を信頼しその信頼に基づき行動したこと、③その後に右表示に反する課税処分が行われたこと、④そのために納税者が経済的不利益を受けることになったこと、⑤納税者が税務官庁の右表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないことの各要件が不可欠なものである旨判示している。
そして、納税者はもともと自己の責任と判断の下に行動すべきものであり、信義則の適用につき慎重であるべき租税法律関係の特質を考慮すれば、様々な状況下で行われる税務署員の見解の表示のすべてが信頼の対象となる公的見解の表示となるものでなく、信頼の対象となる公的見解の表示であるというためには、少なくとも、税務署長その他の責任ある立場にある者の正式の見解の表示であることを要すると解すべきである。
これを本件についてみると、D調査官やE徴収官は、税務署長その他の責任ある立場にある者ではなく、また、D調査官やE徴収官ら被告の担当者が承認申請書の提出があれば承認をするということを正式の見解として発言した事実はなく、また、そのような見解を表示したという事実もない。
そして、本件却下処分がなされたことにより原告が被る不利益は、結局は相続税法に従った正当な相続税額を負担しなければならないという不利益にすぎず、それを越える格段の不利益があるわけではない。そうすると、信義則適用を認めるべき特別の事情としての、特段の経済的不利益があったとは評価できない。
さらに、原告が主張するD調査官及びE徴収官の言動等から、たとえ原告が本件承認申請及び本件更正の請求に対する何らかの期待を持ったとしても、その期待は法的保護に値せず、本件却下処分について、租税法規の適用における納税者の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情は存しない。
そうすると、前記最高裁判決の示した信義則適用要件の①ないし⑤のいずれの要件も満たされていないというべきである。
したがって、信義則に反する旨の原告の主張は失当である。
ウ みなす承認の規定の適用について
相続税法施行令4条の2第4項は、同条2項に規定されている「相続又は遺贈に係る申告期限後3年を経過する日の翌日から1月を経過する日までに」提出された承認申請書について承認又は却下の処分がなかった場合について規定されたものであって、上記提出期限を徒過して承認申請書が提出された場合には同条4項の適用はないと解すべきである。
すなわち、法令の規定に従って所定の期間内に提出された適法な承認申請書について長期間にわたり承認又は却下の通知をしない場合には、申請者において承認があるとの期待を抱くのが通例であるとともに、申請者に対する申請要件の調査未了等のため許否を決し得ないのは一般に税務署長の責めに帰すべきものであることから、申請者と税務署長との相互信頼及び手続の公平の上に基礎を置く申告納税制度の根本精神に照らし、適法な承認申請書を提出した申請者を保護するために、相続税法施行令4条の2第4項は、承認申請書の提出から2月を経過したときは自動的に承認があったものとみなす旨規定したものである。そして、承認申請書提出に係る相続税法施行令4条の2第2項の期間の定めは、承認申請の適法要件であり、申請に対する承認が擬制されるのは、承認申請が右所定の期間内に提出された場合に限ると解すべきである。
そして、本件承認申請書は、前記のとおり、相続税法施行令4条の2第2項に規定された期間内に提出されたものではなく、同条4項の「申請書」には該当しないから、本件承認申請書が提出された日の翌日から2月以内に承認又は却下の処分がなかったとしても、本件承認申請書について承認があったものとみなされる余地はない。
(3) 本件通知処分の適法性
上記のとおり、本件却下処分に違法な点はないから、原告が、相続税法19条の2第2項及び同法施行令4条の2第2項に定めるところの、財産が分割されなかったことにつきやむを得ない事情がある場合において納税地の所轄税務署長の承認を受けたとは認められず、原告のした本件更正の請求は、相続税法32条6号に規定する「第19条の2第2項ただし書の規定に該当したことにより」との要件を充足しない。
したがって、同号に定める事由に基づく適法な更正の請求とは認められないから、更正をすべき理由がないとした本件通知処分は適法である。
4 争点
以上によれば、本件の争点は、
(1) 承認申請書の提出期限を徒過した場合に、相続税法19条の2第4項の規定を準用ないし類推適用すべきか。(争点1)
(2) 本件却下処分は信義則に反するか。(争点2)
(3) 期限を徒過して提出された承認申請書について、その提出の翌日から2月を経過しても何らの処分が行われない場合、相続税法施行令4条の2第4項のみなす承認の規定が適用されるか。(争点3)
第3当裁判所の判断
1 争点1について
(1) 原告及び原告補助参加人は、承認申請書の提出がされなかった場合についても、相続税法19条の2第4項の規定を準用ないし類推適用すべきであると主張する。
しかし、相続税法19条の2第4項の規定は、配偶者の相続税額の軽減規定の適用上必要とされる同法27条1項の規定する申告書の提出がなかった場合又は同項の規定する記載事項の記載のない申告書や同項の規定する書類の添付がない申告書を提出した場合について、やむを得ない事情があると認めるときは、必要とされる書類が提出された場合に限り、配偶者の相続税額の軽減規定を適用することができることを定めたものであり、その適用の範囲は、文言上明確であり、これらの場合と承認申請書の提出がされなかった場合との間に、上記規定の準用ないし類推適用すべきような実質的に共通する基礎的な事情を見出すことは困難である。
(2) これに対し、原告及び原告補助参加人は、相続税法19条の2第4項に規定される申告書と承認申請書は、いずれも相続税の申告手続における税務官庁への重要な提出書類であり、かつ、その提出については、いずれも期限を定められたものであり、当事者の不注意等により期限を徒過してしまう可能性がある点で類似しており、明文の規定の有無の違いだけから宥恕の取扱いが異なるのは、税務行政の公平を欠くと主張する。
しかし、本来、法令の規定によって負担すべきものとされる租税債務の軽減等に関し、当事者の手続上の懈怠について定められた宥恕の規定は、原則に対する例外を定めたものであり、宥恕を認めるべき場合には、手続における恣意的運用を排除した公平な取扱いを行う意味からも、法規に明文をもって規定されるのが通例であり、それ故、明文の規定の有無によって、宥恕の取扱いを異にするのは当然であって、このような取扱いが税務行政の公平を欠くとは到底いえない。
さらに、原告補助参加人は、配偶者に対する相続税の軽減措置は、同世代間の相続については原則として相続税の課税を避けることを目的とするものであり、被告が主張するような例外的措置ではなく、むしろ、軽減規定の適用を受けることが原則化しているから、同措置の適用に関する法令は、そのような趣旨目的に照らし合理的に解釈すべきであるとした上で、本件の承認申請書と類似の手続である、租税特別措置法上の居住用財産買替承認申請書(租税特別措置法36条の2)や事業用財産買替承認申請書(租税特別措置法37条1項)などについても、提出期限経過後に提出された場合の宥恕規定が定められているのは、期限徒過後に申請書類が提出された場合に宥恕を認めることが合理的であるからにほかならず、承認申請書が期限徒過後に提出された場合についても、相続税法19条の2第4項の規定を準用ないし類推適用することが合理的解釈であると主張する。
しかし、上記のように明文上宥恕規定が設けられた手続と、本件における承認申請書提出手続とは、租税法律主義の下、解釈上最も重要な要素のひとつである明文の規定の有無という点において異なっており、提出期限の定め方も異なっていることも考慮すると、承認申請書の提出期限徒過の場合において、宥恕の規定を準用ないし類推適用するのが合理的解釈ということはできない。
また、原告補助参加人は、消費税法施行令附則7条及び16条において、平成元年3月31日までに提出することとされていた各種届出の提出期限を同年9月30日まで延長する措置が講じられた各種届出書類について、その延長された期限に遅れて提出されたものについても、やむを得ない事情があると判断された場合には、有効なものとして取り扱うとの運用が行われるなど、現に、明文の宥恕規定がなくても、宥恕を認める取扱いがなされることがあること、承認申請書の提出期限は、申告期限後3年という長期間を経た日の翌日から1月という短期間に提出しなければならないと規定されていて、その提出を失念しやすい手続構造になっていること、宥恕を認めなければ納税者に酷な結果となることを根拠に、宥恕の規定を準用ないし類推適用すべきであると主張する。
しかし、上記消費税法附則に定められた期限経過後に提出された届出書類の取扱いは、我が国になじみの薄い消費税制度導入後間もない時期における例外的措置として行われた特殊な事例であって、承認申請書の提出とは事案を異にし、また、承認申請書の提出期限は、「申告期限後3年を経過する日の翌日から1月を経過する日まで」と明確に規定されており、その提出を失念しやすいということはできないものであり、宥恕を認めない結果、配偶者軽減規定の適用が受けられなくなるとしても、それは原則どおりの相続税額となるにすぎず、納税者に酷な結果になるとまではいうことはできないのであって、原告の上記主張を根拠に、承認申請書の提出について、宥恕の規定を準用ないし類推適用すべきということはできない。
(3) 以上によれば、相続税法19条の2第4項を準用ないし類推適用するのが合理的解釈であるとは認められず、他に、上記解釈を正当とするに足りる根拠は主張されていない。
したがって、相続税法19条の2第4項の規定を準用ないし類推適用をすべきという原告及び原告補助参加人の上記主張は採用できないといわざるを得ない。
2 争点2について
(1) 原告及び原告補助参加人は、本件却下処分は信義則に反すると主張する。
ところで、租税法規に適合する課税処分について、法の一般原理である信義則の法理の適用により、その課税処分を違法なものとして取り消すことができる場合があるとしても、法律による行政の原理なかんずく租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては、上記法理の適用については慎重でなければならず、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に、初めて上記法理の適用の是非を考えるべきものである。そして、上記特別の事情が存するかどうかの判断に当たっては、少なくとも、税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したところ、後に上記表示に反する課税処分が行われ、そのために納税者が経済的不利益を受けることになったものであるかどうか、また納税者が税務官庁の上記表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないかどうかという点の考慮は、不可欠のものであるといわなければならない(最高裁判所昭和60年(行ツ)第125号・昭和62年10月30日第3小法廷判決)。
(2) そこで、本件却下処分について、上記のような特別の事情が存するかどうか検討するに、各項末尾に掲げる証拠等によれば、以下の各事実が認められる。
ア 原告補助参加人は、平成9年3月15日ころ、提出すべき承認申請書が未提出となっていることに気付き、同月21日ころ、所轄の小石川税務署の担当官である、資産課税部門上席国税調査官の地位にあったD調査官に本件承認申請書の提出期限を徒過したこと等を説明し、相談したところ、同調査官は、原告補助参加人に対し、「承認申請書をすぐに提出するように」と指示した。そこで、原告補助参加人は、同月28日、被告に対し、本件承認申請書を提出した。(甲1、丙7)
イ 相続税延納に係る担保変更に至る経緯
a 原告は、平成4年5月22日、相続税の申告書とともに相続税の延納申請書を被告に提出し、納付すべき相続税額5883万4000円の全部について延納を申請し、被告は平成7年3月31日付けで原告の延納を許可した。
その後、原告は、平成8年5月16日、相続税延納条件変更申請書を被告に提出して、上記延納中の納付すべき相続税額5883万4000円のうち、既に分納期限が到来していたもののその全額が未納付となっていた第1回から第3回までの分納期限に係る相続税額952万4000円を除いた未だ分納期限の到来していない第4回から第20回までの分納期限に係る相続税額4931万円について延納条件の変更を申請したところ、被告は同月17日付けで原告の延納条件の変更を許可した。
この延納条件の変更の許可により、原告の相続税の第4回の分納期限は、平成8年5月22日から平成9年5月21日に、第5回の分納期限はその翌日の平成9年5月22日にそれぞれ変更になったが、原告は、本訴提起に至るまで相続税額を全く納付していない。(争いのない事実)
b また、原告らは、相続税の延納の担保物件として、東京都文京区α3番22の土地及び同土地上に建築された同区α3番地8の建物(以下これらの土地建物を併せて「ラヴェリエール文京の土地建物」という。)等を提供していたところ、原告補助参加人は、平成9年3月28日、ラヴェリエ一ル文京の土地建物の売却の見通しがついたので抵当権を解除してもらいたい旨をE上席国税徴収官に相談した。
そこで、平成9年3月から同年4月にかけて、E徴収官は、原告補助参加人と抵当権の解除に関して折衝し、原告補助参加人に対し、抵当権を解除するためには延納税額の全部を納付するか又は担保を変更する必要があり、担保を変更するとしても原告らの延納不履行となっている第1回から第3回までの分納期限に係る延納相続税額とその利子税及び延滞税(以下「延納不履行分の相続税額」という。)の全部を納付する必要がある旨回答するとともに、その時点での原告らの延納不履行分の相続税額の概算額は5000万円であり、その金額の納付がなければ担保の変更に応じることはできない旨回答した。
原告補助参加人は、その後まもなく、E徴収官に対し、担保物件の売却代金を税務署に納付することはできないが、原告は配偶者であり遺産分割協議が成立すれば税額は零円になるのだからBとCの二人分の延納不履行分の相続税額に少し上乗せしたくらいの金額を納付することにより担保の変更に応じられないかと要望した。
これに対し、E徴収官は、担保物件を売却した代金で原告らの延納不履行分の相続税額の支払がなければ、担保の変更には応じられない旨回答したものの、新しい担保物件提供についての提案をしてもらったうえで担保の変更が可能かどうかを検討する旨回答した。
そして、原告補助参加人は、平成9年5月中旬、E徴収官に対し、新しい担保物件として、東京都文京区α1番8の土地及びその土地上に建築されていた同区α1番地8の建物(以下これらの土地建物を「Cの自宅土地建物」という。)を提供したい旨申し出た。
E徴収官は、新しい担保物件として申出のあったCの自宅土地建物の価額がBとCの2人分の第6回以降の分納期限に係る相続税額の担保として適当であると見込まれたこともあって、原告補助参加人に対し、将来遺産分割協議が成立しても、原告についてそれだけでは税額が零円にはならず、さらに更正の請求の手続が必要であることを指摘するとともに、担保の変更に応じるとしても、BとCの2人分の第1回の分納期限に係る延納税額から平成9年5月22日が分納期限となっていた第5回の分納期限に係る延納税額までを合計した相続税額、その利子税及び延滞税の概算額である3000万円の納付が最低限必要であることを説明した。
E徴収官は、その後、原告補助参加人から、3000万円を納付するとの申出を受けたことから、上記納付を条件にラヴェリエール文京の土地建物等の抵当権を解除し、Cの自宅土地建物を新しい延納の担保とする担保の変更に応じることを伝えた。
そして、B及びCから、平成9年6月10日に530万円、同月11日に2470万円の納付があったことから、同月11日付けでラヴェリエール文京の土地建物等の抵当権を抹消し、同月12日付けでCの自宅土地建物に新たに抵当権を設定した。(争いのない事実)
(3) ところで、原告補助参加人は、平成9年3月21日ごろにD調査官に承認申請書の提出期限を徒過したこと等を説明したところ、D調査官から即座に承認申請書を提出するよう指示されるとともに、提出すれば心配ない旨の見解を表示された旨主張し、原告補助参加人の陳述書中には、「同上席国税調査官は、私が単純に忘れて期限内に提出しなかっただけであるし、「申告期限後3年以内の分割見込書」について、提出が期限に遅れたときの救済規定があり、それと同様のことだから、提出すれば心配することはないとも受けとれる意向、見解を示されました。」とあるものの(丙7)、原告補助参加人が、D調査官のいかなる発言、態度から、「提出すれば心配することはないとも受けとれる意向、見解」を示されたと理解したのかについて、なんら具体的な説明はなく、上記の記載だけでは、D調査官が上記陳述書に記載されたような意向、見解を示したものと認めるのは困難である。
また、原告補助参加人は、D調査官が、平成9年6月9日の本件更正の請求書の提出に際して、本件承認申請書に対する承認があることを前提とした本件更正の請求書の提出を了承していたとも主張し、原告補助参加人の陳述書には、「平成9年6月9日、「相続税の更正の請求書」を同日付けで、小石川税務署長あてに提出しました。この日私は資産課税部門のD上席国税調査官に右構成の請求書を提出したことを報告し、指導に謝意を述べました。その際D上席国税調査官は、別に更正の請求の前提となる本件「承認申請書」は認められないとか、却下のおそれがあるとかは全く言わず、従来と同じような態度で更正の請求書の提出を了承していましたので、私は前記2か月経過しても処分がないときは、承認があったとみなされるとの相続税法施行令の条文も思い浮かべてもうこれで大丈夫だとの感を強くしました。」とあるが(丙7)、上記陳述書の内容をみても、D調査官は、特段の発言をすることなく、更正の請求書の提出を了承したにすぎず、D調査官が本件承認申請書に対する承認があることを前提として更正の請求書の提出を了承したという事実を認めるには足りず、他に上記主張に沿う証拠はない。
(4) さらに、原告補助参加人は、平成9年3月28日、同人が、E徴収官に対し、「承認申請書を提出するのを失念し、今日、提出しました」、「更正の請求を受けられるかが心配です。」と述べたところ、E徴収官が「納税が進むのだから大丈夫だろう。別にそのことで心配する必要はない」との趣旨の見解を表示したこと、同年4月4日、E徴収官が、「配偶者の税額軽減適用を受けるよう分割協議、承認申請及び更正の請求を行うこと。」等の具体的な事項を示すとともに、原告補助参加人が「物件を処分し、納税をしたのに配偶者の税額軽減は通らなかったというのでは困りますが」と確認したのに対し、E徴収官が、「そんなおかしなことにはならないだろう」と本件承認申請及び本件更正の請求が認められるとの見解の表示を示したことを主張し、原告補助参加人の陳述書(丙7)には上記主張に沿う供述部分がある。
しかし、E徴収官は、平成7年7月10日から平成10年7月9日までの間、小石川税務署の管理部門(管理・徴収第一部門)に在籍し、上席国税徴収官として、上司である統括国税徴収官の命を受けて、内国税の徴収に関する事務に従事していた職員であり、具体的な事務内容としては、相続税や贈与税の徴収に関する事務を担当していた者である(乙3、同5、同6)。そして、税務署の事務のうち、当時の大蔵省組織規程142条に規定する統括国税徴収官の事務は、管理・徴収部門、調査部門、個人課税部門、資産課税部門及び法人課税部門のいずれかに区分し、統括国税徴収官又は統括国税調査官及びそれらの命を受ける職員が処理をするものとされ、また、税務署には、署長、副署長の下に統括国税徴収官・統括国税調査官等が配置されている(乙4)。E徴収官は、所掌する事務を遂行するに当たっては、上司である統括国税徴収官から指令を受けて、担当者として事実関係を調査し処理方針を決定した上で上司である統括国税徴収官の決裁を受ける必要があり、処理事案の内容によっては、副署長や署長の決裁を受ける必要があった(乙2)。
このように、E徴収官は、事案処理に当たり、単独で処理方針を決定することはできず、少なくとも上司である統括国税徴収官の決裁を受けることが必要とされているのであるから、承認申請書や相続税の更正の請求書を受理するに当たって、単独で承認申請に対する承認又は却下の見解を表示しあるいは更正の請求に対する諾否を決定する権限は有していない。しかも、管理部門に所属するE徴収官において、他部門である資産課税部門の所掌事務である承認申請や更正の請求に対して応答する権限はそもそも存しない。
そうすると、仮に、E徴収官において、原告が主張するような上記言動があったとしても、E徴収官が行った何らかの見解の表示は、信義則の法理の適用において、「信頼の対象となる公的見解の表示」と評価する余地はないというべきである。
(5) さらに、原告補助参加人は、被告は、原告らが延納の担保としていたラヴェリエール文京の土地建物を売却するに際し、B及びCの納税を条件として担保の抹消に同意し、また、代わりに設定したCの自宅土地建物への担保は原告を債務者とはせず、B及びCを債務者として設定しており、上記事実は国税が本件承認申請及び本件更正の請求が認められることを当然の前提としていたことを示すものである旨主張する。
しかし、仮に、原告が主張するように、上記のような担保の変更が本件承認申請及び本件更正の請求が認められることを前提とした取扱いであったとしても、そのような担保の変更という事実自体は、税務官庁が公的見解を表示したと評価できるような事柄ではなく、また、その他に本件承認申請等を認める旨の公的見解を表示したと評価できる事実の主張、立証はない。
(6) そのほか、原告は、本件却下処分により、原告は配偶者に対する相続税額の軽減規定の適用が受けられないことになり著しい経済的不利益を蒙ることとなったと主張するが、原告が主張する上記経済的不利益は、配偶者の相続税額についての軽減規定の適用が受けられなくなったという不利益にすぎず、そもそも、その原因は、承認申請書提出の期限を徒過したことにあるというべきであるから、信義則の適用を認めるべき特別の事情としての経済的不利益にはあたらないというべきである。
そして、他に、本件却下処分によって原告に経済的不利益が生じたとの主張や立証はない。
(7) 以上によれば、本件却下処分が信義則に反すると認めるべき特別の事情があるとは認められず、本件却下処分が信義則に反するとの原告の主張は採用できない。
3 争点3について
原告及び原告補助参加人は、提出期限後に提出された承認申請書についても、相続税法施行令4条の2第4項のみなす承認規定が適用されるべきであると主張する。
しかし、上記規定は、相続税法施行令4条の2第2項の定める適法な提出期間内に承認申請書が提出されることを前提に、当該申請書の提出があった日の翌日から2月を経過する日までにその申請につき許否の処分がなかった場合に、上記の日においてその承認があったものとみなすとした規定であり、適法な提出期間経過後に提出された本件承認申請書に基づく承認申請は、申請自体が不適法なものであるから、上記規定により、承認があったとみなされる余地はないというべきである。
第4結論
以上によれば、本件承認申請書は、相続税法施行令4条の2第2項の規定する提出期限を徒過して提出されたものであるから、不適法というべきであり、原告の本件承認申請を却下した本件却下処分に違法な点は認められない。また、そうであるとすれば、本件更正の請求は、相続税法32条6号の規定する要件を充足しないものとなるから、更正をすべき理由がないとした本件通知処分にもなんら違法な点を認めることはできない。
よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないので、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 市村陽典 裁判官 森英明 裁判官 馬渡香津子)