東京地方裁判所 平成13年(カ)39号 決定 2003年7月31日
再審原告
ナウル共和国金融公社
上記代表者会長
マシュー・バツィウア
再審原告
ナウル共和国
上記代表者大統領
デログ・ギオウラ
上記再審原告ら訴訟代理人弁護士
竹内康二
上記訴訟復代理人弁護士
人見勝行
再審被告
クレッシュ・アンド・カンパニー・リミテッド
上記代表者代表取締役
アラン・ギャリー・エドワード・クレッシュ
主文
再審原告らの再審の請求を棄却する。
申立費用は,再審原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 再審の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 再審被告の請求を棄却する。
3 本案訴訟及び再審訴訟の訴訟費用は再審被告の負担とする。
第2 事案の概要
本件は,再審被告を原告,再審原告らを被告とする東京地方裁判所平成12年(ワ)第10799号保証債務等請求事件(以下「基本事件」という。)について,同裁判所が平成13年(2001年)2月8日に言い渡し,同年7月24日の経過により確定した判決について,基本事件の訴状送達は無効であるから,民事訴訟法338条1項3号の再審事由が存在し,あるいは基本事件は職権探知にかかわる訴訟要件の欠缺を看過して判決がなされたものであり,民事訴訟法338条1項9号の再審事由が存在すると主張して,再審原告らが再審の訴えを提起した事案である。
1 前提となる事実(一件記録によって容易に認められる。)
(1) 再審原告ナウル共和国金融公社(以下「再審原告公社」という。)は,日本国内において昭和63年(1988年)5月31日,債券の所持人に対して債権の元本金額とこれに対する利息を支払うことを券面上で約束する額面総額40億円の「ナウル共和国保証B号ナウル金融公社円貨債券(1988)」(以下「本件債券」という。)を発行し,再審原告ナウル共和国(以下「再審原告共和国」という。)は,本件債券の券面上において,本件債券の元金及び利息並びに債券の要項にしたがって支払われるべきその他の金員の支払期日における確実な支払を無条件かつ取消不能の形で保証した。
再審被告は,ケミカル信託銀行株式会社から,本件債券のうち,償還期限が平成7年(1995年)5月31日と定められた債券の額面2億円分を譲受け,同年6月22日,再審被告名義で社債登録法に基づく登録を経た。
再審被告は,平成12年(2000年)5月30日,再審原告公社が,再審被告が所持する債券について元本及び平成7年(1995年)6月1日からの利息を支払わず,再審原告共和国が保証債務を履行しないと主張して,基本事件を提起した。
本件債券には,再審原告公社が本件債券の要項に従い,本件債券の所持人に対し,元本及び元本金額に対する利息を支払うことを約束する旨の記載がなされ,本件債券の別紙1債券の要項第28項には,本件債券,本件債券の債券及び本件債券の要項から生ずるか又はこれらに関する再審原告公社に対する一切の訴訟は,東京地方裁判所及び日本法上当該裁判所からの上訴を審理する権限を有する日本の裁判所に対して提起することができ,再審原告公社は,かかる裁判所の管轄権に明示的,無条件かつ取消不能の形で服すること並びに同項の規定は,本件債券の債権者が管轄権を有するすべての裁判所において再審原告公社に対し訴訟を提起する権利を制限するものではないとの記載がなされている。
また,本件債券には,再審原告共和国が,保証の要項に従い,本債券の元金(額面超過金を含む。)及び利息並びに債券の要項に従って支払われるべきその他の金員の期日における確実な支払を無条件かつ取消不能の形で保証する旨の記載がなされ,本件債券の別紙2保証の要項第9項には,共和国に対する本保証(本要項を含む。)にかかるすべての訴訟は,東京地方裁判所及び日本法上当該裁判所からの上訴を審理する権限を有する日本の裁判所に対して提起することができるものとし,再審原告共和国は,かかるすべての訴訟につきその管轄に明示的かつ取消不能の形で服すること及び再審原告共和国は,法律上可能な限り,かかる訴訟に関して享受し得ることあるべき裁判管轄権,訴訟手続,差押え,判決又は執行からの免責特権をここに取消不能の形で放棄するとの記載がなされている。
(2) 基本事件受訴裁判所は,基本事件訴状,口頭弁論期日(平成13年(2001年)1月18日午前10時)呼出状,答弁書催告状及び書証を再審原告らに送達すべく,平成12年(2000年)7月14日付で,日本国外務省及びナウル共和国外務省を通じてナウル共和国管轄裁判所に対して送付を嘱託したところ,ナウル共和国最高裁判所は,基本事件受訴裁判所に対し,同年11月2日に再審原告らに対する送達が完了した旨の送達報告書を発し,基本事件受訴裁判所は,同年12月21日に同報告書を受領した。
(3) 再審原告らは,答弁書その他の準備書面も提出しないまま,平成13年(2001年)1月18日午前10時の第1回口頭弁論期日を欠席したため,基本事件受訴裁判所は,再審被告の訴状を陳述させ,弁論を終結し,判決言渡期日を同年2月8日午後1時10分と指定した。
そして,基本事件受訴裁判所は,前同日,再審被告らが適式の呼出しを受けながら口頭弁論期日に出頭せず答弁書等も提出しないため,再審被告の主張する請求原因事実について自白したものとみなすとの理由で,再審被告の請求を認容する判決(以下「基本事件判決」という。)を言い渡した。
(4) 基本事件受訴裁判所は,判決正本を再審原告らに送達すべく,平成13年(2001年)4月16日付で,日本国外務省及びナウル共和国外務省を通じてナウル共和国管轄裁判所に対して送付を嘱託したところ,同年7月10日に再審原告らに対する送達が完了し,基本事件判決は,同月24日に確定した。
(5) 再審原告らは,平成13年(2001年)11月27日に本件基本事件判決に再審事由があることを知ったとして,同年12月20日,本件再審の訴えを提起した。
2 再審原告共和国の主張(再審事由の存在等)
(1) 送達の無効(民事訴訟法338条1項3号の再審事由)
本件では,形式的には平成12年(2001年)11月2日に再審原告共和国に対し,訴状が送達されているが,再審原告共和国は外国国家であり,以下述べるとおり,絶対的免除により日本国の裁判権には服しないから,上記送達は無効であり,民事訴訟法338条1項3号の再審事由が存在する。
ア 絶対的主権免除主義の妥当性
(ア) 主権平等の原理によれば,いかなる国家も他国及びその国有財産に対して裁判権を行使することはできないという国際慣習法上の原則が導かれる(絶対的主権免除主義)。このような原則によれば,その例外として同様に広く承認されている,被告とされた国家が自ら民事裁判権免除を放棄して応訴した場合,又は法廷地国に存在する不動産を目的とする権利関係についての訴訟の場合を除き,裁判権を免除される。このことは,昭和3年(1928年)12月28日の大審院決定(民集7巻12号1128頁,以下「本件大審院決定」という。)においても明示的に採用されているし,最高裁第二小法廷平成14年(2002年)4月12日判決(判例時報1786号43頁,以下「本件最高裁判決」という。)においても,絶対的主権免除主義が国際慣習法であることを前提にしたうえで,外国国家の主権的行為について民事裁判権が免除されているものである。さらに,日本国において,外国国家の民事裁判権免除を明確に制限した立法は存在しない。よって,外国国家を被告とすることは,例外的な場合を除いて許されない。
(イ) 個別的な国家間の要式行為による民事裁判権免除を放棄する意思表明の不存在
本件大審院決定は,①外国国家は,不動産に関する訴訟であるなど,特別の理由の存する場合又は自ら進んで日本国の主権に服する場合を除いては,原則として日本国の裁判権に服さないこと,②外国国家が民事裁判権免除の特権を放棄する場合には,その放棄の意思は常に国家から国家に対してなされなければならず,私人との間でなされた特権放棄の合意は無効であるとしている。
民事裁判権免除の放棄について要式行為を求める上記本件大審院決定は規範であるところ,本件債券及び本件債券に添付された別紙には,このような様式に従った民事裁判権免除の放棄の意思表示はなされておらず,民事裁判権免除の放棄があったとして行った送達(あるいはその外観ある行為)は民事裁判権免除が正しくなされていないので無効である。
イ 制限的主権免除主義の不採用
近時の趨勢として,外国国家に対する裁判権行使の範囲を拡大しようとする見解が有力に主張され,このような見解の内の代表的な立場によれば,国家の行為を公法的行為と私法的行為に分類し,公法的行為についてのみ民事裁判権免除を認めるべきであるとされる(制限的主権免除主義)が,以下に述べるような問題点があり,解釈論として制限的主権免除主義を採用することはできないというべきである。
(ア) 判例により制限的主権免除主義を変更することの問題点
絶対的主権免除主義から制限的主権免除主義への転換を裁判所が判例をもって変更しうるか否かについては慎重な検討を要するのであり,司法が制限的主権免除主義を宣言することや,本件大審院決定を超えた実体・方式において絶対的主権免除主義の例外を承認することについては,立法・司法の責任分担や,憲法上の諸問題を引き起こす可能性が高い。
(イ) 民事裁判権免除は相互的であること,日本国政府の対応及び国際的な認知の観点に関する問題点
日本国裁判所が外国国家を被告とする訴訟について絶対的主権免除主義を放棄し,制限的主権免除主義を採用した場合,諸外国において均衡(あるいは相互保証)を求める発想から,日本国を被告とする外国国家での訴訟につき制限的主権免除主義を対抗的報復的に採用することが考えられる。しかし,このような対応を招くことが明らかな方針の変更は,本来は,深く日本国の国益にかかわり,その影響は甚大であるので,日本国立法府において慎重に審議決定されることが望ましい。制限的主権免除主義を採用する諸国においても,法律あるいは条約によりこれの採用を宣言するに至っているのは同様の考慮に基づくものであると解される。
また,日本国政府は,外国裁判所における日本国を被告とする訴訟において,「ほとんどの場合,裁判権の免除を主張しているようである。」との現状がある。そうであれば,いたずらに日本国裁判所が外国国家に対し,一方的に制限的主権免除主義を強制するのは,一方的であり不公平というしかない。また,日本国裁判所が外国国家に対し制限的主権免除主義を強制することは,外国国家において日本国が被告となった場合には,対抗的に制限的主権免除主義が適用される可能性が極めて高くなる。
したがって,国際協調の面において,信用を失することがない準備,協議を経た上で日本国政府が外国において制限的主権免除主義による裁判権承認に転じない限り,日本国裁判所が外国国家に対し制限的主権免除主義を適用してはいけないものと考えられる。
更に,諸外国が伝統的な絶対的主権免除主義から制限的主権免除主義へ移行する際には,諸国が事柄の重要性に鑑み,明確な制定法をもって臨んでいることが明らかであり,かつ,このような立法を備えたときにはじめて,制限的主権免除主義への移行が国際的に認知されるという構造が採用されている。したがって日本国が制限的主権免除主義への移行を図るとしても,諸国の便宜からすれば,日本国の新法をもってこれをなすというのが,国際的な認知を確実にする方法である。
(ウ) 下級審が本件大審院決定を全面的に覆すことに関する問題点
日本国において,大審院先例の変更は裁判所法10条3項に準じる裁判であり,最高裁判所に事件が係属すれば大法廷をもって取り扱うべきものである。したがって,下級審判断においては,大審院裁判の変更を違法ということはできないとしても,大審院先例が及ばないとする個別事案での差を明確にして,もしも最高裁に事件が係属するに至った場合において,先例変更を導き出すような裁判が適正である。
(エ) 制限的主権免除主義の内容の確定に関する問題点
制限的主権免除主義の基本ルールについて,「商業活動」「商取引」を対象とする場合は民事裁判権免除が及ばないと考えるとして,この「商業活動」「商取引」の具体的内容をどのように構成するのかについて,確定的な考え方が存在していない。
(オ) 本件最高裁判決の解釈に関する問題点
本件最高裁判決は,直接的には,合衆国に対する合衆国軍隊の航空機による横田基地の離発着及び横田基地の使用管理にともなう不法行為の損害賠償請求及び差止請求という事案について,外国国家の軍隊による主権的行為である離発着などによる不法行為に基づく損害賠償及び差止請求にかかる民事裁判権の免除が認められることを示したにとどまり,外国国家の行う私法行為については判断をしていないし,本件大審院決定の判例を変更する旨の明示的判断もなされていない。本件最高裁判決は,外国国家が他国の民事裁判権に服することがないという国際慣習法をゆるぎない原則としてとらえており,その上で,その前提を崩すものとしないで(主権免除を前提として),日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定18条5項をもって,アメリカ合衆国に代わって,日本国政府の独立した処理義務を創設したもので,合衆国に対する民事裁判権の免除を定めたものではないと述べているのである。そして,本件最高裁判決は,「国家の私法的行為ないし管理的な行為」につき,触れてはいるが,そこでの結論は,「民事裁判権を免除するのは相当ではないとの考え方が台頭し,免除の範囲を制限しようとする諸外国の国家実行が積み重ねられている。」という解説で終わっており,いずれの主義を法として採用するとか,また諸国による国家実行のうちで,立法的解決と個別司法判断による解決のいずれを選択するかの意見を明らかに留保しているというべきである。そうであるとすれば,本件最高裁判決を前提としても,外国国家の行う司法行為についての主権免除に関しては,条約や特別立法を用意していない我国としては,厳然たる主権免除の国際慣習法のもとに,本件大審院決定の判例に立って判断することが求められるべきである。
ウ 具体的な民事裁判権免除行為の不存在
再審原告共和国1972年手続法第3条によれば,仮に再審原告共和国の行った民事裁判権免除特権の一般的放棄が有効であるとしても,再審原告共和国及びその機関に対して訴訟を開始しようとするならば,その前に再審原告共和国内閣から訴訟開始許可を受けなければならないとされているが,日本国と再審原告共和国の間に送達条約等が存在しない以上,同条に従わない限り,再審原告共和国に対する主権侵害が生じることは明らかである。しかし,基本事件に関して,上記の再審原告共和国内閣の許可が申請された事実も,その許可が下された事実も存在しない。したがって,本件においては民事裁判権免除の放棄が成立していないのであり,基本事件の送達は無効である。
(2) 条件付放棄の有無及び主張立証責任の看過による判断逸脱(民事訴訟法338条1項9号の再審事由)
本件債券の別紙3の本文第一段落に記載されている「保証の要項」(別紙2)第9項では,再審原告共和国は,「法律上可能な限り,かかる訴訟に関して享受しうることあるべき裁判管轄権,訴訟手続,差押え,判決または執行からの免責特権をここに取消不能の形で放棄する。」との文言が記載されている。
民事裁判権免除の特権放棄の有無は,相手方国家に対する主権侵害にかかることであり,高度の公益性を有する訴訟要件であるから,裁判所はこれを職権によって取り上げなければならない。しかし,基本事件受訴裁判所は,あたかも無条件の放棄であるかのような認定を行い,民事裁判権免除の特権放棄の有無についての探知を怠っているのであり,基本事件判決は破棄を免れない。
また,民事裁判権免除の事実及び証拠の収集に弁論主義が適用される余地があるとしても,上記債券の要項及び保証の要項に記載されている文言は法律行為の付款であって,これに対しては,再審被告が,付款による制限を解除する事実である「適用法上可能であること」「法律上可能であること」を再抗弁として主張立証しなければならない。しかし,再審被告はこのような責任を果たしておらず,基本事件受訴裁判所もこれを看過したまま審理を終えているのであって,主張立証責任の分配を無視した基本事件判決は法令違反の程度が著しく大きく,判決に影響を及ぼすべき重要な事項について判断の遺脱があったというべきであり,基本事件判決は,民事訴訟法388条1項9号の再審事由が存在する。
(3) 適法な再審申立て
再審原告共和国が送達の無効を知ったのは,平成13年11月27日である。
したがって,本件再審の訴えは,民事訴訟法342条に反しない。
第3 当裁判所の判断
1 再審原告公社の再審事由について
前提となる事実によれば,再審原告公社については,本件債券の要項上の記載から明かなとおり,本件債券については,東京地方裁判所の管轄権に服し,我が国の管轄裁判権からの免責特権を放棄する旨を表示していることが認められる。そして再審原告公社については,公法人ではあるが,外国国家と同等の主権免除特権を有するものとは認められないから,後述する民事裁判権免除の問題も生じないというべきである。そうであるとすれば,再審原告公社については,その余の判断をするまでもなく,再審事由が認められないことが明らかである(なお,再審原告ら代理人も,審尋期日において,再審原告公社については特に再審事由の主張をするものではない旨述べている。)。
2 再審原告共和国の再審事由について
(1) 本件の争点
前提となる事実によれば,再審原告共和国についても,本件債券の保証の要項上の記載から明かなとおり,本件債券の保証に関する訴訟については,東京地方裁判所の管轄権に服し,我が国の管轄裁判権からの免責特権を放棄する旨を表示していることが認められる。しかし,再審原告共和国は主権国家であることが明らかであり,前提となる事実によれば,前記免責特権を放棄する旨の表示は,本件債券の保証の要項上の記載の性質からしても,一般的には,本件債券の取得を予定している私人に対してされたものと解すべきであるから,上記表示により再審原告共和国が東京地方裁判所の管轄に服するに至ったと認めるためには,本件債券に表示されたような権利については,そもそも主権免除特権が制限されるとするいわゆる制限的主権免除主義を採用することが前提になるというべきである。これに対し,再審原告らは,本件大審院決定の示すいわゆる絶対的主権免除主義の考え方が妥当し,その結果,本件の再審原告共和国の場合には,主権免除特権を放棄する旨の表示をした事実が認められない(前記免責特権を放棄する旨の表示は,これを再審原告共和国から日本国に対してなされたものと認めることはできない。)として,再審事由の存在を主張しているものである。よって,本件の争点は,①一般論として,絶対的主権免除主義と制限的主権免除主義のいずれを採用すべきか,②制限的主権免除主義が妥当するとした場合,再審被告の再審原告共和国に対する基本事件の請求について,再審原告共和国の主権免除は認められるかに尽きるというべきであり,以下,この点について検討する。
(2) 絶対的主権免除主義と制限的主権免除主義のいずれを採用すべきか。
ア 外国国家に対する民事裁判権の免除に関しては,かつては外国国家に対しては,外国国家であるという理由だけで,不動産に関する訴訟などの例外を除き,その行為の性質を問わずに裁判権の行使を控えるべきとする絶対的主権免除主義の考え方が一般的であり,本件大審院決定の考え方もこれによっているものである。しかし,今日のように,国家の行う行為が,国家本来の主権的な行為に止まらず,国家が私人と同様の条件下において,商工業に関する取引行為や,公共事務に伴う営利行為の管理・運営を行っている現状からすると,国家の行為を公法的行為ないしは主権的行為と私法的ないし業務管理的行為に区別し,民事裁判権の免除については,前者に限るものとし,後者については民事裁判権免除を認めないとする制限的主権免除主義を採用すべきである。
イ この点,再審原告らは,外国国家に対する民事裁判権免除については,未だ絶対的主権免除主義が妥当すると主張する。しかし,本件最高裁判決は,その判文中において,外国国家の行為を主権的行為と私法的ないし業務管理的な行為に区別する考え方が存在しているとした上で,「外国国家の主権的行為については,民事裁判権が免除される旨の国際慣習法の存在を引き続き是認することができるというべきである。」と判示しているし,近時の積み重ねられた各国の国家実行を前提とすれば,法廷地国である日本国としては,外国国家のすべての行為について,民事上の裁判権の免除を認めるべき国際法上の義務までは負っていないと解するのが相当である。
したがって,本件大審院決定に依拠し,絶対的主権免除主義の無条件の採用を前提とする再審原告らの主張は採用できない。
なお,再審原告らは,本件最高裁判決は,本件大審院決定を変更したものではないと主張する。しかし,本件最高裁判決が,その事案の解決上,絶対的主権免除主義又は制限的主権免除主義のいずれを採用しても同様の結論が導かれるにもかかわらず,あえて外国国家の民事裁判権免除に関する国家実行の変遷について触れた上で,上記のような判断を示していることからすれば,本件最高裁判決は,本件大審院決定を実質的に変更したものと理解すべきである。
ウ また,再審原告らは,制限的主権免除主義を下級審裁判所が採用することについての危惧を主張する。しかし,以下検討するとおり,いずれも当裁判所が制限的主権免除主義を採用することの障害となるものではない。
(ア) 第1に,再審原告らは,民事裁判権免除は相互的であり,外国国家の民事裁判権免除に関する日本国政府の対応及び日本国における制限的主権免除主義の採用を国際的に認知させるべきであるとの観点からすれば,制限的主権免除主義を採用するためには,法律あるいは条約によりこれの採用を宣言することを待つべきであるとする。
しかし,そもそも,制限的主権免除主義に関する国家実行は,各国国内裁判所の判例の積み重ねによって形成されてきたことを想起すべきである。再審原告らの主張するような法形式が将来採用されることが望ましいのはいうまでもないが,だからといって,当該法律ないし条約の不存在が,裁判所における判断を拘束する理由とはならないと考える。
(イ) 第2に,再審原告らは,本件大審院決定の先例は裁判所法10条3項に準じ,最高裁判所に継続した場合には大法廷で取り扱うべきであるなどと主張する。
しかし,最高裁判所裁判事務処理規則9条6項によれば,法令の解釈適用については,意見が大審院のした判決に反するときでも,小法廷で裁判をすることができるとされているのであって,再審原告らの主張は,その前提に誤りがある。しかも,最終審である最高裁判所が大法廷において審理すべき事案であっても,下級審裁判所において審理判断すること自体は妨げられない。
(ウ) 第3に,再審原告らは,制限的主権免除主義を採用した場合の主権的行為と私法的ないし業務管理的行為の区別の基準が不明確であることから,制限的主権免除主義の採用には抑制的であるべきであると主張する。
確かに,主権的行為と私法的ないし業務管理的行為の区別の基準が不明確であるとの指摘は一般論としては正しいものがある。しかし,国家の活動範囲の多様化,拡大化が進行している現在において,私法的ないし業務管理的行為の内容を予め網羅的に定めておくことは不可能である。したがって,法廷地国の裁判所は,外国国家の主権的行為についての民事裁判権免除を侵害しない限り,国際慣習法上未確定な部分に関しては,独自の裁量権が認められるべきものと解するのが相当である。なお,再審原告共和国による本件債券の保証行為については,これを主権的行為と認める余地はないと考える。
(エ) 第4に,再審原告らは,制限的主権免除主義が採用された場合に,予め民事裁判権免除の放棄が必要となるのかが不明確であると主張する。
しかし,制限的主権免除主義を採用し,問題とする外国国家の行為が私法的ないし業務管理的行為に該当する場合には,もはや法廷地国における裁判手続上,一般私人と同等の立場に置かれると解するのが当然であり,民事裁判権免除の放棄は問題とならないというべきである。
なお,再審原告共和国については,前記認定のとおり,私人に対するものとはいえ,自ら主権免除を放棄する旨表示しているものである。
(3) 再審被告の再審原告共和国に対する基本事件の請求について,再審原告共和国の主権免除は認められるか。
前述のとおり,民事裁判権の免除の可否については,制限的主権免除主義が妥当すると解すべきである。これを本件についてみると,前提となる事実から明かなとおり,再審原告共和国は,再審原告公社が日本国内において発行した額面総額40億円にのぼる本件債券につき,本件債券の要項に従って支払われるべき金員の支払いを保証したというのであり,再審原告共和国の当該行為は,今日の国際社会において国際金融取引として大規模にかつ幅広く行われている経済的活動に属する行為であることが明らかである。しかも,本件債券の別紙の保証の要項上には,再審原告共和国に対する本保証に関するすべての訴訟は東京地方裁判所及び日本法上当該裁判所からの上訴を審理する権限を有する日本の裁判所に対し提起できるものとし,その裁判管轄からの主権免除を放棄する意思を明示的に表示しているのである。そうであるとすれば,再審原告共和国の主張する民事裁判権の免除は認められないというべきである。
そうすると,再審原告らは,基本事件上一般私人と同様に取り扱われれば足りるところ,上記前提となる事実によれば,再審原告らに対する基本事件の訴状の送達及び第1回口頭弁論期日の呼出しは,適法に完了していることが認められ,再審原告らに対し基本事件に関与する機会は十分に与えられていたというべきである。
よって,再審原告らの主張する民事訴訟法338条1項3号に基づく再審請求には理由がないし,民事裁判権免除が認められない以上,その点を受訴裁判所が職権によって取り上げることを怠ったことを理由とする民事訴訟法338条1項9号に基づく再審請求にも理由がないというべきである。
なお,再審原告らは,債券の要項及び保証の要項に記載されている「適用法上可能であること」「法律上可能であること」は法律行為の付款であり,再審被告がこれに該当する事実を主張立証する必要があるにも拘わらず,基本事件受訴裁判所はこれを怠っており,法令違反の程度が著しく大きく破棄を免れないから,民事訴訟法338条1項9号に基づく再審事由が存在するとも主張する。しかし,このような見解は再審原告ら独自のものと言わざるを得ず,この点に関する再審原告らの主張も採用することができない。
また,再審原告共和国は,再審原告共和国内閣から訴訟開始許可を受けていないこと理由として,民事裁判権免除の放棄が成立していないと主張する。
しかし,再審原告共和国がその根拠とする1972年手続法は,再審原告共和国の国内法に過ぎないのであって,日本国に対し何らの効力も及ぼさないことは明らかである。
3 結論
以上の次第で,再審原告らの請求には理由がないことが明らかであるから,これを棄却することとし,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官・西岡清一郎,裁判官・真鍋美穂子,裁判官・新田和憲)