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東京地方裁判所 平成13年(モ)7792号 決定 2002年11月29日

第一事件申立人(本案事件被告)

A野太郎

他18名

上記一九名訴訟代理人弁護士

中村直人

松山遙

菊地伸

第二事件申立人(本案事件被告)

C川竹夫

上記訴訟代理人弁護士

関戸麦

角田大憲

相原亮介

本林徹

第一事件及び第二事件被申立人(本案事件原告)

B山松夫

上記訴訟代理人弁護士

山下幸夫

前田裕司

古本晴英

林和男

山本宜成

主文

第一事件及び第二事件被申立人は、平成一二年(ワ)第二五四六八号損害賠償請求(株主代表訴訟)事件の訴え提起の担保として、第一事件申立人ら及び第二事件申立人のための共同の担保として、この決定が確定した日から一四日以内に、金三〇〇〇万円の金員を供託せよ。

事実及び理由

第一申立ての趣旨

第一事件及び第二事件被申立人(以下「被申立人」という。)は、平成一二年(ワ)第二五四六八号損害賠償請求(株主代表訴訟)事件について、第一事件申立人ら及び第二事件申立人に対し、この決定が確定した日から一四日以内に相当の担保を供託せよ。

第二事案の概要

本件は、京浜急行電鉄株式会社(以下「京急電鉄」という。)の株主である被申立人が、京急電鉄の取締役若しくは監査役であり、又は取締役若しくは監査役であった第一事件申立人ら及び第二事件申立人に対し、京急電鉄に対する損害賠償を求める本案事件(株主代表訴訟)を提起したところ、上記申立人らが、当該訴えは悪意によるものであるとして、被申立人に相当の担保を提供するように命ずる裁判を求めた事案である(以下、第一事件申立人ら及び第二事件申立人につき、「第一事件」及び「第二事件」の表示を省略する。)

一  争いのない事実又は一件記録により容易に認めることができる事実

(1)  当事者等

ア 申立人ら

申立人A野太郎は昭和四〇年一一月から平成七年六月までの間、申立人D原梅夫は昭和五八年六月から平成一一年六月までの間、申立人E田春夫は昭和六〇年六月から平成九年六月までの間、申立人A田夏夫は昭和六〇年六月から平成七年六月までの間、申立人B野秋夫は平成元年六月から平成一〇年六月までの間、申立人C山冬夫は平成三年六月から平成一一年六月までの間、京急電鉄の取締役の地位にあった。

申立人D川一夫は昭和五六年六月から、申立人E原二夫、同A川三夫及び同B原四夫は昭和六〇年六月から、申立人C田五夫は平成元年六月から、申立人D野六夫、同E山七夫、同A山八夫及び同C川竹夫は平成三年六月から、申立人B川九夫は平成五年六月から、京急電鉄の取締役の地位にある。

申立人C原十夫は平成二年六月から平成九年六月までの間、申立人D田一平は平成七年六月から平成一〇年六月までの間、申立人E野二平は平成六年六月から平成一一年六月までの間、京急電鉄の監査役の地位にあった。

申立人A原三平は、昭和六一年から京急電鉄の監査役の地位にある。

イ 被申立人は、平成七年一一月一五日に京急電鉄の株主となり、現在、株式一〇三〇株を有する株主である。

ウ 京急電鉄

京急電鉄は、鉄道事業、百貨店経営、観光・レジャー・スポーツ及び文化施設の経営、ホテル・旅館及び飲食店の経営等を目的とする、資本金三一九億九八七五万一〇七四円、発行済株式総数五億一二七七万五三三五株、一株の額面金額五〇円の株式会社である。

(2)  ホテル・グランパシフィック・メリディアン(以下「本件ホテル」という。)の開業

京急電鉄は、平成二年ころから本件ホテルの開業計画をすすめ、当初平成八年開業を目指したが、その後開業時期を平成一〇年に修正し、同年六月一日、本件ホテルを開業した。本件ホテルは、日本生命保険相互会社(以下「日本生命」という。)が建設し、京急電鉄は、日本生命から本件ホテルの建物を賃借し、京急電鉄の子会社である京急都市開発株式会社(以下「京急都市開発」という。)に管理及び運営を委託している。したがって、本件ホテルの事業主は、京急電鉄である。

(3)  長野京急カントリークラブゴルフ場(以下「本件ゴルフ場」という。)の開業

京急電鉄は、長野市飯綱地区に会員制ゴルフ場である本件ゴルフ場の建設を計画し、本件ゴルフ場は平成一〇年七月に開業した。

(4)  京急百貨店(以下「本件百貨店」という。)の開業

京急電鉄は、横浜市港南区の上大岡駅周辺に本件百貨店を建設し、本件百貨店は、事業主体を株式会社京急百貨店(以下「京急百貨店」という。)として、平成八年一〇月に開業した。

二  本案事件における被申立人(原告)の主張の骨子

(1)  本件ホテルの開業に関する申立人(被告)らの善管注意義務違反

申立人D川、同D原、同E原、同A川、同E田、同B原、同A田、同B野及び同C田の各取締役は、平成二年一一月二七日に開かれた京急電鉄第二九八回常務会において、京急電鉄が本件ホテルを経営することを目的とする運営会社を新たに設立してこれに本件ホテルの運営を委託することを事実上決定し、申立人A原は、常勤監査役として上記常務会に出席したが、当該決定を放置した。申立人A野は代表取締役であり、申立人C原は監査役であったが、当該常務会に出席せず、上記決定を放置した。

申立人A野、同D川、同D原、同E原、同E田、同A川、同B原、同B野、同A田、同C田、同C山、同D野、同E山、同A山、同D田及び同B川の各取締役は、既に本件ホテル事業への参画が事実上決定されていたことを知りながら、平成六年一一月二四日に開かれた京急電鉄第四七六回取締役会において、これを中止せず、何らの異議をとどめないまま、本件ホテルを開業する計画を進め二六三億六五〇〇万円を事業投資することを決定した。申立人A原及び同C原は、監査役として上記取締役会に出席しながら、本件ホテル事業参画計画の推進を放置し、これを避止すべき義務を懈怠した。申立人C川は、本件ホテルの建物を所有する日本生命の代表者取締役でもあり、京急電鉄との間で、本件ホテル建物についての賃貸借契約を締結するという自己取引を行うことによって損害を与えた法令違反行為があった。

申立人D川、同D原、同E原、同E田、同A川、同B原、同B野、同C田、同C山、同D野、同E山、同A山及び同B川の各取締役は、平成七年六月二九日に開かれた京急電鉄第四八三回取締役会において、本件ホテル事業の中止を決定せず事業の延期を決定した。申立人A原、同D田、同E野及び同C原は、監査役として上記取締役会に出席しながら、本件ホテル事業参画計画を避止すべき義務を懈怠した。申立人C川は、この決定に基づく京急電鉄代表者の執行行為を監視する義務を怠った。

申立人D川、同D原、同E原、同E田、同A川、同B原、同B野、同C山、同C田、同D野、同C川、同E山、同A山及び同B川の各取締役は、平成八年六月二七日に開かれた京急電鉄第四九四回取締役会において、日本生命との間の本件ホテルの貸賃借にかかる予約証拠金として四〇億五四〇〇万円を追加して支出し、京急電鉄が解約する場合には将来の賃貸借期間中の賃料相当総額から中間利息を控除した金額を直ちに支払うというように、日本生命との賃貸借予約契約を、京急電鉄の本件ホテル事業進出を事実上強制するかのような、不平等、不利益な内容に変更することなどを決定した。申立人A原、同D田、同E野及び同C原は、監査役として上記取締役会に出席しながら、上記決定を避止すべき義務を懈怠した。

申立人D川、同D原、同E原、同E田、同A川、同B原、同B野、同C山、同C田、同D野、同E山、同A山及び同B原の各取締役は、平成九年七月二三日に開かれた京急電鉄第五〇六回取締役会において、日本生命との間の賃貸借予約契約を不平等、不利益な内容に変更すること、及び本件ホテル開業延期による増加分を含め総額三一〇億円の事業投資を行うことを決定した。申立人A原、同D田及び同E野は、監査役として上記取締役会に出席しながら、本件ホテル事業参画計画を避止すべき義務を懈怠した。申立人C川は、この決定に基づく京急電鉄代表者の執行行為を監視する義務を怠った。

申立人D川、同D原、同E原、同A川、同B原、同B野、同C山、同C田、同D野、同E山、同A山及び同B川の各取締役は、平成九年七月二三日以降平成一〇年三月末日までの間に開催された京急電鉄の取締役会において、日本生命との間で不平等、不利益な内容の賃貸借契約を締結すること及び賃借料を決定した。申立人A原、同D田及び同E野は、監査役として上記取締役会に出席しながら、同決定を避止すべき義務を懈怠した。申立人C川は、本件ホテルの建物の賃貸人である日本生命の代表者であり、京急電鉄との間において自己取引を行った。

本件ホテルの開業計画は実現性のない無謀なものであり、破綻することが当初から明白であったにもかかわらず、申立人らは、上記のとおり、常務会においてこれを決定したり、自らの義務を果たさずにこれを放置したり、また、その後も当該計画を中止する機会があったにもかかわらずこれを推進し、さらに、本件ホテルの建物所有者である日本生命からの不利な申入れを受け入れ、不平等な賃貸借契約を締結して、京急電鉄が本件ホテル事業を事実上行わざるを得ない状況を作出したことによって、また、申立人C川は、本件ホテルの建物所有者である日本生命の代表者であり、京急電鉄との間で自己取引を行ったことによって、京急電鉄に損害を与えた。

以上のような申立人らの京急電鉄の取締役又は監査役としての善管注意義務違反の行為に基づき、京急電鉄は、本件ホテルの事業決定に伴う事業費の支出による損害として、平成九年七月二三日開催の取締役会で決定した事業費三一〇億円からホテル敷金分の五五億五四〇〇万円を差し引いた二五四億四六〇〇万円、本件ホテルの事業決定に伴い日本生命に対して支払った賃借料九九億一六五九万五〇〇〇円(平成一〇年四月一日から平成一三年八月三一日までの分)及び三一〇億円の事業費の支出に対する平成一〇年四月から平成一三年八月までの年六パーセントの金利分合計六三億五五〇〇万円の合計四一七億一七五九万五〇〇〇円の損害を被った。

(2)  本件ゴルフ場の開業に関する申立人らの善管注意義務違反

申立人D川、同D原、同E原、同E田、同A川、同B原、同B野、同C山、同C田、同D野、同C川、同E山、同A山及び同B川の各取締役は、平成七年三月三一日に開かれた京急電鉄第四八〇回取締役会において、本件ゴルフ場の建設興業費として一五〇億円を投資する決定をした。申立人A原は、監査役として上記取締役会に出席したが、上記決議を阻止しなかった。

本件ゴルフ場の会員権の適正な相場価格は、三〇〇万円と想定され、仮に会員数を多めに見積もって二〇〇〇人としても、合計六〇億円が本件ゴルフ場の実際の価格であるので、京急電鉄には建設費との差額である九〇億円の損害が生じている。

なお、会員権販売によって投下資本が回収されたとしても、それは一〇年後に償還が予定されている借入金であるが、会員権の時価が会員資格保証金額を下回れば、当然会員の多くが会員資格保証金の返還を求める方向に走ることは容易に予想される。そして、いわゆるバブル経済崩壊によりゴルフ会員権相場が下落したため、各地のゴルフ場は、投下資本を回収しようとするゴルフ会員権者からの預託金返還請求に応じることができず、倒産が相次いでいる。

平成一〇年に入会した会員の会員資格保証金の返済期日が到来する平成二〇年における本件ゴルフ場の累積利益は一億四一〇〇万円であるが、これによれば、二〇人の個人正会員が会員資格保証金の返還を求めるだけで本件ゴルフ場の累積損益はマイナスに転じることになる。また、本件ゴルフ場は、平成一四年度から営業損を生じることが見込まれており、平成一六年度以降は年間来場人数が頭打ちとなるため、客単価を毎年二・五パーセントアップさせる方法によらなければ増収が見込まれず、このような計画が前提では、本件ゴルフ場が破綻することは明らかである。

したがって、上記の取締役たる申立人らには、このような破綻必至の本件ゴルフ場について一五〇億円を投資することを決議したことにつき取締役としての善管注意義務違反があり、上記の監査役たる申立人A原には、上記決議を阻止せずに放置したことにつき監査役としての善管注意義務違反があるので、九〇億円の損害賠償を求める。

(3)  本件百貨店を開業したことに関する申立人らの善管注意義務違反

申立人D川、同D原、同E原、同A川、同E田、同B原、同B野、同C山、同C田、同D野、同C川、同E山、同A山及び同B川の各取締役は、平成八年五月二四日に開かれた京急電鉄第四八九回取締役会において、子会社の京急百貨店に対し設備資金及び開業資金として一七五億円の融資を行うことを決議し、これを実行した。申立人A川は、京急百貨店の代表取締役でもあり、同人の決議は自己取引になることから、その旨についても取締役会決議を行った。申立人A原、同D田及び同E野は、監査役として上記取締役会に出席したが、上記決議を阻止しなかった。

京急百貨店は、平成八年一〇月に開業したが、そもそも、もはや百貨店の時代は終わり、コンビニエンスストアとアウトレットモールの時代となっているのにもかかわらず、上大岡という横浜の中心地から遙かに離れた場所に営業面積四万五〇〇〇平方メートルもの巨大な百貨店を作るという経営感覚が誤りであり、実際にも、京急百貨店は巨額の損失を出し続けている。

また、当該融資について、京急電鉄第四九三回取締役会における決定事項は、返済時期平成九年九月末日、融資額一七五億円、返済方法期日一括返済としているが、実際には一括返済されておらず、その年度内には一〇億円しか返済されていない。したがって、このような返済不可能な計画に基づき、京急百貨店に対して京急電鉄が融資をすることを決議し実行した上記の取締役たる申立人らには、善管注意義務違反がある。また、このような決議を放置した上記の監査役たる申立人らにも善管注意義務違反がある。

なお、京急百貨店の現在の欠損金は八六億七六〇〇万円となっており、京急百貨店が京急電鉄に対し融資金の一部を返済しているとしても、これは形式的なものに過ぎず、実際には、京急百貨店には返済資金を捻出できるだけの余裕はないとみるべきであり、京急百貨店の欠損金を増やしているだけである。したがって、京急百貨店は営業上赤字を続けていて、欠損金も増え続けている状態であって、京急百貨店の経営は既に破綻しているとみるべきであり、京急電鉄の九九パーセント子会社であることを考えると、回収不能に等しい事態と評価されるべきである。

したがって、申立人らには、現在の融資金残高である八八億円の損害を賠償する義務がある。

(4)  よって、京急電鉄の株主である被申立人は、申立人らに対し、京急電鉄に各自七五五億円及び訴状送達の日の翌日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払を求める。

三  申立人らの主張

(1)  被申立人には不当な目的がある。すなわち、本案事件は、申立人らに嫌がらせをし、もってB田四平という人物を京急建設株式会社(以下「京急建設」という。)の代表取締役社長に就任させようという不当な利益の獲得を目的としたものである。

また、被申立人は、わずか一〇三〇株、一単位の株式しか有していない株主であるにもかかわらず、京急電鉄に対し、平成八年に取締役会議事録謄写許可申請事件を申し立て、平成九年に株主名簿閲覧謄写仮処分事件を申し立て、平成一〇年に申立人らを横浜地方検察庁に告発し、毎年京急電鉄の株主総会の開催に当たって質問状を提出し、株主総会に出席して発言を繰り返し、また、東京地方裁判所平成一〇年(ワ)第一三九〇五号及び同年(ワ)第二九九一七号事件(以下、両事件のことを「前訴事件」という。)を提起するなど、株主代表訴訟の提起を繰り返している。さらに、再三にわたってビラを大量にばらまき、著しく申立人らの名誉を毀損し、そのビラの中で裁判に提出された資料を全部「情報公開」するなどと言っている。また、被申立人は、前訴事件及び本案事件において請求原因事実を具体的に特定することができないでいる。これらの点から見ても、被申立人は、申立人ら役員に責任があると真摯に考えて本案事件等を提起しているのではなく、代表訴訟を提起すること自体を目的としていると見ざるを得ず、申立人らに対する嫌がらせを目的としているものといわざるを得ない。

(2)  被申立人は、本件ホテル、本件ゴルフ場及び本件百貨店に関する京急電鉄の関与について、申立人らの責任が認められると主張するが、これらの点に関する被申立人の主張には、以下に述べるとおり全く理由がない。

ア 京急電鉄は、本件ホテル事業について、平成元年に検討が始まって以来、プロジェクトチームを設置し、常に事業の収支見通しなどを慎重に検討してこれを推進してきた。その後、バブルの崩壊やその後の長期の不況などもあったが、その間でも収支の見通しは立っていた。現在、本件ホテルの事業は、当初期待した業績を上げていないが、その最大の原因は、東京都が、青島知事に代わってから突然臨海副都心計画を撤回したことにある。このような事態は到底予想し得なかったものであり、これを予想しなかった京急電鉄の取締役ら及び監査役らには何らの善管注意義務違反も存在しない。

また、本件ホテルは開業して約四年であり、営業を開始したばかりである。本件ホテルは、将来にわたって永続的に事業を継続していくのであり、立ち上がりの時期に赤字が生じているからといって、それによって本件ホテル事業が全体として京急電鉄に損害を与えているということはできない。また、ホテル事業は、当初に多額の投資をし、その後何十年にもわたってその投資によって営業を展開して行く業種であり、その収支は、全体の期間においてみる必要がある。したがって、理論的にも現段階で損害が発生したと認定することができないことは明らかであり、被申立人の主張は失当である。さらに、少なくとも、平成七年の青島都知事就任の段階で事業を中止し、それによって生ずる約七〇〇億円もの損害を賠償するよりは、本件ホテルを開業して臨海副都心の成熟を待つ方が損失が少ないことは明らかである。

被申立人は、本件ホテル事業が現在赤字であるということを指摘するが、事業が現時点において赤字であるとしても、そのことは何ら取締役の義務違反を構成するものではない。そもそも、上記のとおり、ホテル事業においては、立ち上がり時期に赤字になることは当然のことなのであり、全期間における収支を判断せずに、このような赤字が計上されたことのみをもって、取締役らの義務違反を構成する被申立人の主張は失当である。

イ 本件ゴルフ場は、現在も順調に経営されており、取締役らの義務違反を論ずる余地がそもそも存在しない。被申立人は、本件ゴルフ場の価値が六〇億円であるとし、一五〇億円を投資したからその差額の九〇億円の損失が生じていると主張するが、全く根拠がない。

ウ 上大岡駅周辺の再開発事業は、本件百貨店の事業も含め、順調に推移し始めている。しかも、京急電鉄に対する融資金の返済も全く焦げ付いておらず、京急電鉄には何らの損害も発生していないことが明らかであり、取締役らの義務違反などは存在しない。被申立人は、単に開業当初の業績が赤字であると批判するにとどまり、具体的な義務違反行為及び損害についての主張立証を全くしておらず、失当である。

エ 申立人C川は、京急電鉄の社外取締役であり、被申立人が問題とする各事業についての直接的な責任を問われる立場にはない。

(3)  よって、以上の各点からしても、被申立人の本案事件の提起は悪意に基づくものであるというべきである。

第三当裁判所の判断

一  当裁判所の認定した事実

《証拠省略》によれば、以下の事実が一応認められる。

(1)  本件ホテル開業に至る経緯

ア 東京都は、昭和五〇年代ころから、一三号埋立地(台場地区、青海地区、有明地区)に、臨海副都心「東京テレポートタウン」を建設すべく準備を進め、平成二年五月、進出企業の公募を行った。東京都は、臨海副都心計画の一環として、世界都市博覧会の開催を予定していた。

京急電鉄は、平成元年秋以降、品川で「ホテルパシフィック」を経営する株式会社ホテルパシフィック東京(以下「ホテルパシフィック東京」という。)と共に、プロジェクト・チーム(臨海部打合会)を結成し、台場地区へのホテル事業の進出について検討していたが、平成二年八月、ホテルパシフィック東京及び日本生命と連名で、臨海副都心における事業計画に応募した。

東京都は、平成二年一一月、京急電鉄らの提案を採用するとともに、一三号埋立地への進出企業として、上記三社のほか、住友商事株式会社、フジサンケイグループ、日商岩井株式会社、サントリー株式会社等を決定した。京急電鉄は、東京都の上記決定を受け、同月二七日、常務会において台場地区への進出を決定し、準備を開始した。

イ その後、臨海副都心計画のスケジュールは、東京都のインフラ工事の遅れ等により変更され、これに伴い、京急電鉄も当初の計画を変更することとし、平成五年三月二二日、日本生命との間で、同社が建設する本件ホテルを京急電鉄が賃借した上、京急電鉄が中心となって設立する会社によりホテル運営を行うとの基本的事項について合意する覚書を交わし、同年一二月三〇日、本件ホテルの賃貸借予約契約を締結した。

そして、京急電鉄は、平成六年一〇月二五日開催の常務会及び同年一一月二四日開催の取締役会において、事業参入後再度検討した収支計画に基づき、本件ホテル事業を推進することを承認した。再検討後の当時の計画では、開業一五年目で単年度黒字化し、同二二年目には累積黒字に転換する見込みであった。また、申立人C川は日本生命の代表取締役の地位にもあり、上記賃貸借予約契約の締結は商法二六五条一項に規定する取引に当たるとして、上記一一月二四日開催の取締役会においては、これについての承認決議も同時に行われた。

ウ 平成七年四月に行われた東京都知事選挙により、鈴木俊一知事に代わって青島幸男知事が誕生し、同知事は、臨海副都心地区の開発計画を根本的に見直すとの決定をし、予定されていた世界都市博覧会の開催も中止することとした。

その結果、京急電鉄は、平成七年六月二七日開催の常務会及び同月二九日開催の取締役会において、臨海副都心計画の見直しに伴い日本生命との間で本件ホテル建設の工事及び内装工事の中止について協議中であることを報告し、平成八年八月に予定していた本件ホテルの開業時期を延期することを決定した。

その後、東京都は、平成八年六月一〇日、臨海副都心地区を緩やかに開発していくことを基本方針とする見直し案を発表し、同年七月三日正式にこれを決定した。

エ 京急電鉄は、平成八年六月二七日、取締役会を開催し、日本生命との間で開業後の家賃の減額の協議を継続し、収支の改善を図ることを前提条件として、臨海副都心の熟成度に応じた部分開業の検討や営業戦略の見直しを積極的に行っていくこととし、平成五年一二月締結の本件ホテルの賃貸借予約契約において平成八年五月末に予定していた建物竣工・引渡しの日を平成一〇年三月末日まで延期して、延期期間中の京急電鉄の費用分担金として一八億三二〇〇万円を支出し、予約証拠金として四〇億五四〇〇万円を追加預託することを決定し、同時に申立人C川の自己取引についても承認した。そして、同日、京急電鉄は、日本生命との間で、賃貸借予約契約を変更し、変更に伴う損失を相互に分担し、また、開業の時期を平成八年八月から平成一〇年六月に延期することを合意した上、賃貸借条件の見直しについて日本生命との間で交渉を継続し、平成九年一〇月二二日、賃料、敷金等の賃貸借条件を一部見直す内容の覚書(その二)を交わした。

京急電鉄は、この間の平成九年七月二二日開催の常務会及び同月二三日開催の取締役会において、状況を検討した上、事業を推進することを承認し、平成一〇年四月、日本生命との間で賃貸借契約を締結し、同年六月本件ホテルを開業した。

オ その後、台場地区は、開発が進行し、オフィス系施設や交通設備も整備され、有力な観光スポットになりつつあり、本件ホテルの営業も、平成一二年度には客室稼働率が六七パーセントに上昇し、宴会部門等での取扱高も増加した。

(2)  本件ゴルフ場開業に至る経緯

ア 京急電鉄は、長野市飯綱高原に六〇ヘクタールの土地を保有していたが、昭和六一年ころ同地域の活性化を希望する地元からその開発の要請を受けて、同地域にゴルフ場を開設することを計画し、平成七年三月三一日開催の取締役会において上記計画を承認し、本件ゴルフ場の建設工事に着工した。

イ 本件ゴルフ場は、当初予定の一五〇億円を一〇億円圧縮した一四〇億円を投資した上、平成一〇年七月二九日に開業した。本件ゴルフ場は、正会員合計一四〇〇名、平日会員合計二〇〇名の合計一六〇〇名の会員を募集し、総額一八二億三一〇〇万円の預託金及び入会金収入を得る計画であったが、会員権の販売は順調に進み、平成一二年度までに既に合計一三四六口の販売を達成し、一五三億七九〇〇万円の預託金及び入会金収入を上げ、開業後の収支も黒字を計上した。

(3)  本件百貨店開業に至る経緯

ア 横浜市は、昭和六三年、上大岡駅周辺の再開発事業を施行する旨決定した。同事業は、京急電鉄及び市営地下鉄の駅を大幅に改良して、駅施設を中心とする大規模複合ビルを建設し、複合ビル内にはバス・ターミナルやタクシー・ターミナルをも取り込み、ビル群として、本件百貨店が入居する百貨店棟、オフィス用の超高層棟及び市民施設用の中央棟を設け、街区全体を一体開発することを目標とした。

イ 京急百貨店は、本件百貨店についての収支計画を策定し、京急電鉄に対し、事業資金の融資の申込みをした。京急電鉄は、平成八年四月一〇日開催の常務会における検討を経て、同年五月二四日開催の取締役会において、京急百貨店からの申込みに応じ、事業資金として一七五億円の融資をすることを承認した。

ウ 本件百貨店は、平成八年一〇月に開業した後、これまで売上高はほぼ順調に増加しており、京急電鉄からの融資金についても返済を怠ることなく、平成一三年二月二八日現在の残高は八八億円に減少した。

(4)  被申立人の活動

ア 被申立人は、平成八年一二月二四日付書面で、東京地方裁判所に対し、京急電鉄取締役会議事録謄写許可申請事件の申立てを行い、取締役会議事録を謄写する必要性に関し、京急電鉄につき以下の事実に基づいて多額の損失が生じていると主張した。

(ア) 京急電鉄は、全額出資の子会社である株式会社ホテルパシフィック千葉を事業担当者として、内装、什器、備品等に一五〇億円を投資し、平成五年一〇月、千葉市中央区問屋町にホテルパシフィック千葉をオープンしたが、元々ホテル需要の少ない立地条件に建てた当該ホテルの収益は当初から目標の売上高を下回り、その累積赤字は七〇億円に達した。このような基本的事業計画の破綻は、事前の十分な調査をしていれば予測し得たはずであり、それにもかかわらずオープン後わずか三年で多額の累積赤字を計上したのは、京急電鉄取締役の忠実義務違反に基づく重過失である。

(イ) 京急電鉄のホテル事業は、第七四期(平成六年四月一日から平成七年三月三一日まで)において、景気の低迷、競争の激化の影響から営業収益が前期比九・五パーセント減となったにもかかわらず、京急電鉄は、本件ホテルの平成八年開業を目指して開発計画を進め、これまでに内装、設備工事に一〇〇億円を投資した。しかし、第七五期中間決算ではホテル事業の営業収益は更に八・三パーセント減となり、また、東京都が世界都市博覧会を中止し、従来の副都心開発計画を大きく変更したため、本件ホテルは開業を延期した。しかし、東京都が臨海副都心計画を引き続いて推進する方針を打ち出したため、京急電鉄は本件ホテルを平成一〇年に開業することとして建設を進め、更に内装、設備工事に三〇億円の投資をすることが予定されている。しかし、開業後の収益についてはなお見通しのつかない状態となっているにもかかわらず、このような事業計画を遂行することは、京急電鉄の取締役の忠実義務違反に基づく重大な過失である。

(ウ) 京急電鉄は、本件ゴルフ場の建設について、総額一五〇億円を投ずることを計画し、平成九年六月のオープンを予定して、昭和六二年から地元で事業説明を行い、昭和六三年一月から長野県と協議に入り、平成七年五月二九日、本件ゴルフ場の造成工事に着手した。しかし、平成元年ころから始まったバブル経済の崩壊により会員権相場が下落し、資金集めに窮してゴルフ場造成工事が中断されるケースが相次ぐ中、本件ゴルフ場についても予定されている会員権の販売が思うように行かないと思われる。また、本件ゴルフ場については、長野市の京急電鉄に対するゴルフ場用地の提供について地元住民から差止訴訟が提起されるなどして造成工事は難航し、オープン時期も当初予定の平成九年六月から平成一〇年四月に変更されたが、およそオープン自体が極めて困難となっている。

このような会員権相場の下落状況と地元住民との十分な協議の欠如の結果、本件ゴルフ場の建設工事を進めたことにより、京急電鉄に投資した資本の損失を生じさせている。上記の事情は、当時の経済状況の分析と事前の地元住民との折衝を行っていれば容易に予測し得たはずである。

したがって、本件ゴルフ場事業の破綻は、京急電鉄の取締役の忠実義務違反に基づく重大な過失である。

(エ) 京急電鉄は、企業グループのイメージアップを目的として、昭和六三年ころ、横浜市港南区の上大岡駅前再開発計画が持ち上がったことを契機に、初めて百貨店事業に進出することを計画した。そして、京急電鉄は、平成元年一二月に京急電鉄の全額出資により設立した京急百貨店を事業担当として、総額八〇〇億円を投資し、京浜急行線上大岡駅周辺に地上一一階、地下一階建て、営業面積約四万五〇〇〇平方メートルの神奈川県下第三位の規模の大型百貨店を建設し、平成八年一〇月営業を開始した。しかし、計画当初から百貨店業界は消費の落込みが激しく、平成元年ころから始まったバブル経済の崩壊により、一層百貨店経営の見通しは困難を極めた。このような状況の中で京急電鉄が目標売上高とする年間四三〇億円を見込むことはできず、二〇億円を上回る赤字を避けられないとされる。京急電鉄は開業九年目で単年度黒字を計上することを計画しているが、増収と利益率改善との両立の見通しは立てられていない。現にオープン後二か月間の売上高をみても、京急電鉄の見込額を二割下回っているという。

このような京急電鉄の大型百貨店事業への進出は、単なる企業グループのイメージ戦略でしかなく、事前の市場調査等の十分な分析に基づく計画であったかは極めて疑問であり、京急電鉄の取締役には忠実義務違反に基づく重大な過失があるといわなければならない。

(オ) 京急電鉄は、昭和六一年ころから横須賀市野比・長沢地区に未開発の土地を造成し企業や大学の研究機関を集めて大規模な研究開発拠点を作ることを計画し、その後情報通信産業の研究開発機関にオフィスや住居などを賃貸することを目的として、「横須賀リサーチパーク」事業を計画した。その事業計画の一環として、京急電鉄は、平成八年一〇月、横須賀リサーチパークの中核施設となる賃貸の研究開発ビルとして、総工費三二億円をかけて、地上七階建て、延べ床面積七五七二平方メートルの横須賀リサーチパークセンターの建設に着手した。

しかし、横須賀リサーチパークセンター二番館の入居者は未定のままであり、現在の事務所需要の極端な減少状況を考えると、投下資本を回収する見込みは全くない。

したがって、横須賀リサーチパークセンター二番館の建設事業計画もまた、事前の市場調査等の十分な分析に基づく計画であったか疑問であり、京急電鉄の取締役には忠実義務違反に基づく重大な過失がある。

イ また、被申立人は、平成九年六月三日付書面で、東京地方裁判所に対し、株主名簿閲覧謄写仮処分事件の申立てを行い、株主名簿を閲覧謄写する必要性に関し、ホテルパシフィック千葉、本件ホテル、本件ゴルフ場、本件百貨店及び横須賀リサーチパーク事業により、京急電鉄に多額の損失が生じているとして、上記の議事録謄写許可申請事件における主張とほぼ同じ主張をし、さらに、京急電鉄は京三建設工業株式会社(以下「京三建設」という。)及び京急建設株式会社の二社に対し四件の工事を発注したが、京三建設は同工事において何ら請負業務を履行していないにもかかわらず、同社に対し二七四三万八三一二円を支払ったことは取締役の忠実義務に違反するもので、京急電鉄は同額の損害を被ったと主張した。

ウ さらに、被申立人は、平成一〇年に横浜地方検察庁に対して申立人らを告発したが、横浜地方検察庁は、申立人らを不起訴処分とした。

エ 被申立人は、京急電鉄の平成九年から平成一三年までの各株主総会において、質問状を提出し、ホテルパシフィック千葉、本件ホテル、本件ゴルフ場、本件百貨店等に関して繰り返し質問を行った。

オ そして、被申立人は、平成一〇年六月二三日、東京地方裁判所に対し、京急電鉄の株主として、申立人らを被告とし、ホテルパシフィック千葉の開業及び京三建設に対する工事請負契約の発注に関して株主代表訴訟(前訴事件)を提起した。前訴事件において、被申立人は、当初、ホテルパシフィック千葉につき、これを開業したこと自体が申立人らの義務違反の内容である旨主張したが、申立人らから、ホテルパシフィック千葉の開業を決定したのは、京急電鉄ではなく、別会社の株式会社ホテルパシフィック千葉である旨を指摘されると、申立人らの義務違反の内容についての主張を、同ホテルを経営する株式会社ホテルパシフィック千葉の管理についての親会社たる京急電鉄の取締役等としての義務違反に変更した。しかし、これに対して、申立人らから具体的事実によって義務違反の内容が特定・主張されていないことを指摘されると、被申立人は一株主に過ぎないから具体的事実は分からないなどと主張し、義務違反については、再度千葉市へのホテル事業進出の意思決定自体が誤りであったと主張した。さらに、裁判所から主張を明確にするように釈明を求められると、申立人らの義務違反の内容は、ホテル事業進出の意思決定ではなく、京急電鉄がホテルパシフィック東京に融資をしたことである旨主張を変更した。平成一二年に入って、裁判所が前訴事件について弁論終結の意向を示したところ、被申立人は、本件ホテル、本件ゴルフ場及び本件百貨店について訴えを追加的に変更する旨申し立てたが、裁判所がこれに対し難色を示すと、申立てを取り下げ、同年一二月一日、本案事件を提起した。

被申立人は、本案事件の訴えを提起した当初は、本件ホテルに関する請求原因を、何ら具体的な事実を特定しないまま、内装、設備工事に一〇〇億円及び三〇億円を投資したこと及び京急電鉄が本件ホテルの賃料を京急都市開発株式会社に肩替わりをして平成一〇年六月から平成一二年三月までの間合計五五億円支払ったこととし、本件ゴルフ場に関する請求原因を、何ら具体的な事実を特定しないまま、単に建設費として一五〇億円を投入したこととし、また、本件百貨店に関する請求原因を、何ら具体的な事実を特定しないまま、京急百貨店に対して四八〇億円の融資をしたこととしていた。また、請求額についても、何らの根拠もなく三四一億九一〇〇万円としていた。このような被申立人の主張に対し、申立人らは、善管注意義務違反の事実を全面的に争うとともに、請求原因事実を具体化するように釈明を求めると、被申立人は、文書提出命令の申立てを行い、京急電鉄の取締役会議事録等の提出を得てから請求原因事実を具体化する旨回答した。そして、申立人らから任意に提出を受けた取締役会議事録を前提に、第一回口頭弁論期日から約八か月が経過した後の第四回口頭弁論期日において、ようやく前記の本案事件における原告の主張の骨子記載のように請求原因事実を主張し、また、証拠についても、第四回口頭弁論期日において、《証拠省略》として二本の新聞記事と閉鎖登記簿謄本を提出したのみであった。

前訴事件については、平成一三年九月二七日、被申立人の請求を棄却する旨の判決が言い渡され、ホテルパシフィック千葉の件については、京急電鉄において、千葉市におけるホテル事業への進出を決定し、株式会社ホテルパシフィック千葉に対して事業費を融資した判断には善管注意義務違反の事実は認められず、また、同会社から京急電鉄に対し上記の融資金が継続して返済されていることから、京急電鉄には損害も発生していないとの判断が示され、京三建設に対する工事請負契約の発注については、同会社は請負契約上の義務を履行し、工事は完成しており、京急電鉄に損害は発生していないとの判断が示された。

二  商法二六七条七項において準用する同法一〇六条二項にいう悪意とは、請求原因の重要な部分が主張自体失当であり、主張を大幅に補充し若しくは変更しない限り認容される可能性がないとき、請求原因事実の立証の見込みが低いと予測すべき顕著な事由があるとき、又は被告たる取締役等の抗弁が成立して請求が棄却される蓋然性が高いときなどに、株主がそのような事情を認識しながらあえて代表訴訟を提起したと認められる場合や、株主が代表訴訟を手段として不法不当な利益を得る目的を有する場合をいうと解するべきである。

三  これを本件についてみるに、以下の各事実を指摘することができる。

(1)  前記一認定のとおり、本件各案件は、いずれも、長期間にわたる事業を対象とするものであり、そもそも事業展開の初期の段階においてその当否につき云々することは極めて困難というべきであるが、案の定、被申立人は、本案事件の提起後、請求原因事実を具体的に特定して主張することができず、申立人らから取締役会議事録の提出を受けた後に請求原因事実を具体的に特定するなどと主張し、その内容が変遷しており、証拠についても上記のような内容の《証拠省略》を提出するのみである。

(2)  一方、上記認定の事実によれば、本件各案件については、申立人らにおいて具体的な検討が行われ、取締役会における決議等の手続においても違法な事実は見当たらず、かつ、各案件について相応の実績が存在するものということができる。

ア すなわち、本件ホテルにつき、京急電鉄は、東京都の臨海副都心計画を分析の上、世界都市博覧会の実施等も見込んだ上で、状況の変化に応じて経営判断を行っていたものであるが、その後東京都知事に就任した青島知事が、臨海副都心計画を見直し、世界都市博覧会の開催を取り止め、臨海副都心地区を緩やかに開発するとの決定を行ったことに伴い、京急電鉄は、更なる状況分析に基づき、日本生命との契約の内容の見直しを行った上で、取締役会における適正な手続を経て、本件ホテルの開業に至ったということができる。

京急電鉄においては、東京都の突然の方針転換を受け、困難な判断を求められたものであるが、その際には、上記認定の事実経過に加え、それまでに投入した資金の回収及び日本生命との間の損害の負担の問題等についての考慮や、既に準備が大幅に進捗していたホテルの開業を延期することによる高級ホテルとしての評価の低下のおそれ等についての考慮も必要であったものと想定されることや、特に、ホテル事業は、その性質上、長期間の経過を待って投資効果を判断すべきものであることを併せれば、本件ホテルの開業を選択した申立人らの判断に格別不合理な点は見当たらないものということができ、被申立人の主張するような本件ホテルの開業が無謀であるとの事実を窺うことはできない。

イ 次に、本件ゴルフ場営業については、上記認定のとおり、京急電鉄の取締役会において本件ゴルフ場の建設を決定し、一四〇億円を投入した上、平成一〇年七月二九日に開業したところ、本件ゴルフ場の会員権の販売は順調に進み、既に投下資本を上回る金額の売上げを達成し、開業後の収支も黒字を計上しているのであり、現段階において、申立人らの善管注意義務違反及び京急電鉄における損害の発生については何ら証明されていないということができる。

ウ さらに、本件百貨店については、上記認定のとおり、平成八年四月に開催した常務会での検討を経た上、同年五月、取締役会において京急百貨店に対する一七五億円の融資を決定し、開業後その営業は堅調に推移していて、上記融資金も現在まで継続的に回収されているのであり、本件ゴルフ場の案件と同様、現段階において、申立人らの善管注意義務違反及び京急電鉄における損害の発生については何ら証明されていないということができる。

四  したがって、上記三の検討に、本件各案件が会社の事業展開に係る事項として基本的には取締役の裁量的な判断に属するものであるという点を併せ考慮すると、本案事件において、被申立人が請求原因として指摘する事実につき、申立人らに善管注意義務ないし忠実義務に違反する事実が存在することの立証の見込みが低いと予測すべき顕著な事由があるものというべきである。

五  そして、上記認定のとおり、被申立人は、本案事件の提起後もその請求原因事実を具体的に特定することができず、その内容が変遷しており、証拠としても上記内容の三書証を提出するのみであること、平成八年以降、被申立人は、裁判所に対し申し立てた取締役会議事録閲覧謄写許可申請事件や株主名簿閲覧謄写仮処分事件、京急電鉄の株主総会等において、本件ホテル、本件ゴルフ場及び本件百貨店に関して、申立人らの忠実義務違反等の主張を繰り返してきていること、被申立人は、前訴事件においても、主張の変遷を繰り返し、その判決においても、申立人らの善管注意義務ないし忠実義務違反の事実及び損害発生の事実はいずれも認められないとの判断が示されていること、被申立人が申立人らに対する責任追及を開始した時から本案事件の訴え提起の時までに四年の期間が経過しているにもかかわらず、本案事件について上記のような主張しか展開することができないでいること等の諸事情に照らせば、被申立人は、本案事件の訴えを提起するに際して、請求原因事実の立証の見込みが低いと予測すべき顕著な事由があるにもかかわらず、そのような事情を認識しながらあえて代表訴訟を提起したものというべきであり、被申立人には商法二六七条七項において準用する同法一〇六条二項にいう悪意があることの疎明があるものと認められる。

六  担保の額

本案事件の提起により、申立人らに生じることが予想される損害等を勘案すると、本件において被申立人に提供を命ずべき担保の額は、申立人ら二〇名に対する共同の担保として三〇〇〇万円と定めるのが相当である。

七  結論

よって、本件申立ては理由があるから、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 大谷禎男 裁判官 島崎邦彦 新田和憲)

<以下省略>

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