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東京地方裁判所 平成13年(ヨ)20015号 決定 2001年3月08日

主文

1  債務者は、債権者に対し、平成8年1月1日以降に開催された株主総会議事録(ただし、平成12年2月25日開催分を除く)を、東京都品川区<略>所在の債務者事務所において、営業時間内に限って、債権者またはその代理人に対し、閲覧及び謄写(写真撮影を含む)をさせなければならない。

2  債務者は、債権者に対し、平成8年度以降の各決算期における貸借対照表、損益計算書、営業報告書、利益の処分または損失の処理に関する議案、附属明細書、監査報告書を、東京都品川区<略>所在の債務者事務所において、営業時間内に限って、債権者またはその代理人に対し、閲覧させ、または、債務者の定めた費用の支払を受けて、その謄本を交付しなければならない(ただし、貸借対照表、損益計算書、また利益の処分または損失の処理に関する議案、監査報告書については、第40期(平成11年3月1日から同12年2月29日までの間の会計年度)分を除く)。

3  債権者のその余の請求を却下する。

4  申立費用はこれを2分し、その1を債権者の負担とし、その1を債務者の負担とする。

理由

(略語)以下において、「認められる」との表現は「一応認められる」の趣旨である。

第1  申立

別紙「申立の趣旨」記載のとおり

第2  事案の概要

1  前提事実(争いがないか一件記録により容易に認められる事実)

(1)<1>  株式会社ポーラ化粧品本舗(「ポーラ化粧品」)は、化粧品、石鹸、医薬品の販売等を目的とする株式会社である。

<2>  株式会社ポーラベニベニ(「ベニベニ」)は、家具、民芸品の輸入及び販売等を目的とする株式会社である。

<3>  ポーラ化成工業株式会社(「化成工業」)は、化粧品、石鹸、医薬品の製造販売等を目的とする株式会社である。

<4>  有限会社忍総業(「忍総業」)は、化粧品事業への投資等を目的とする有限会社である。

<5>  ポーラデイリーコスメ株式会社(「コスメ」)は、食料品の販売及び輸出入等を目的とする株式会社である。

<6>  オルビス株式会社(「オルビス」)は、日用雑貨、服飾品の製造・販売等を目的とする株式会社である。

<7>  債務者は、各種印刷、図案紙器の製作、一般紙の販売等を目的とする株式会社である。

ポーラ化粧品ほか6社は、約30社にのぼるいわゆるポーラグループの中核会社である。

(2)  甲野太郎は、昭和4年以来、ポーラグループを創業し、ポーラグループ会社の株式、社員持分を保有していた。

甲野一郎は、甲野太郎の長男であり、甲野太郎の後継者として、ポーラグループの主要会社の代表取締役に就任した。

甲野太郎は、昭和29年、死亡し、甲野一郎が甲野太郎が保有していたグループ会社の株式、社員持分を相続した。

債権者は、甲野一郎の妻である。

甲野一郎は、平成12年10月4日、自宅マンションの火災により顔面、気管に火傷を負い、慶応大学病院に入院し、同年11月15日死亡した。

(3)  債権者及び甲野一郎の家族関係は次のとおりである。括弧内は、甲野一郎を本人とした場合の家族関係である。

<省略>

2  当事者の主張

(1)  被保全権利について

(債権者の主張)

<1> 甲野一郎は、ポーラグループの主要会社の株式、社員持分を次のとおり保有していた。括弧内は発行済株式総数に占める割合を意味する。

発行済株式総数 甲野一郎保有株式

ポーラ化粧品 1600万株 74万4800株(4.68%)

(ただし、一件記録によれば、正確には77万4800株(4.84%)であることが認められる)

ベニベニ  40万株 15万8100株(39.5%)

化成工業 3200万株 65万1560株(2%)

忍総業   40万口 15万3720口(38.4%)

コスメ    200株    90株(45%)

オリビス   200株    42株(21%)

債務者   1000株    225株(22.5%)

(ただし、一件記録によれば、正確には発行済株式総数は200株、甲野一郎保有株式は45株であることが認められる)

<2> 債権者は、甲野一郎の死亡により、<1>の株式を相続した。株式は、甲野一郎の相続人による遺産共有状態にあり、債権者の法定相続分は4分の3であり、仮処分によって保全すべき権利は次のとおりである。

株主総会議事録閲覧謄写請求権(商法263条2項、244条4項)

計算書類及び附属明細書閲覧交付請求権(商法282条2項)

監査報告書閲覧交付請求権(商法282条2項)

会計帳簿閲覧謄写請求権(商法293条の6)

(債務者の主張)

<1> 甲野一郎は、保有していた株式を、財団法人ポーラ伝統文化振興財団、財団法人ポーラ美術振興財団及び甲野松夫に対し、贈与した。したがって、債権者が相続した株式はない。仮に遺留分減殺請求権が行使されるとしても、株式は受贈者との共有状態になる。債権者は権利行使者ではないので、債権者主張の権利を当然には行使できない。

<2> 帳簿閲覧請求権は共益権であり、経営監督権その他の共益権の手段的権利として認められるので、他の共益権との結びつきが必要となり、また、株主の権利行使に必要な場合であっても、閲覧等により企業秘密が遺漏し、その結果会社に著しい損害を与えるおそれがある場合等には閲覧等の請求はできない。債権者の主たる目的は、株式の時価評価のための帳簿等閲覧請求であり、会社の経営監督の手段というよりは、債権者の純個人的な利益のために帳簿の閲覧を求めるものであり、許されない。

(2)  保全の必要性について

(債権者の主張)

<1> 甲野一郎の遺産は500億円を下ることはなく、800億円を上回る可能性がある。債権者が納付すべき相続税は160億円を超える高額なものになることが予想される。平成13年9月15日までに遺産分割協議が成立すれば、配偶者控除により、相続税を免れることができるが、上記期日までに遺産分割がまとまらなければ、高額な相続税を納付しなければならなくなる。

債権者は、早期に遺産分割協議を終える必要がある。そのためには、甲野一郎の遺産分割に当たり、株価の時価を算定する必要がある。また、相続税の支払のため株式の売却に備え、予め株式の評価をする必要がある。債権者が株式を第三者に譲渡する場合、債務者から承認を得られない可能性が極めて高いが、この場合、債務者あるいは債務者が指定する第三者との間の株式の売買につき、株価を適切に評価する必要がある。

<2> 退職金規定の有無及びその運用を調査し、甲野一郎に対する退職金支払の有無及び取扱を確認する必要がある。

<3> 債権者を除く甲野一郎の相続人ら(「相続人ら」)は、平成13年9月15日までに多額の相続税を納付しなければならない。しかし、相続人らには、多額の相続税を納付する資力はない。債務者が相続人らに対して相続税支払のための貸付を行っていないか確認するため、あるいは貸付を行わないように防止する必要がある。

<4> 書類、帳簿等の記載が改竄されている、あるいは今後改竄されるおそれがあり、これを是正ないし防止する必要がある。書類、帳簿等の記載が改竄されている場合、改竄に関与した取締役等の関係者の責任追及をするための証拠資料とする必要がある。

<5> 甲野一郎と債務者との貸付金、仮払、仮受、その他貸借関係を明らかにする必要がある。

<6> 甲野一郎の個人財産が債務者の財産として帳簿上あげられている可能性があり、これを明らかにする必要がある。

(債務者の主張)

<1> 債務者は債権者に対し、太田昭和アーンストアンドヤング株式会社の作成した株価算定書3通〔甲5の1(ポーラ化粧品、化成工業、コスメの株価算定書)、甲5の2(忍総業の社員持分権の算定書)、甲5の3(オルビス、債務者、ベニベニの株価算定書)〕のほか追加資料を渡しており、相続税の申告については、この資料で十分に対応できる筈である。

<2> 甲野一郎に対する退職金については、株主総会又は取締役会決議を経ていないので、閲覧に供すべき資料はない。

<3> 債務者が会計帳簿等の書類を改竄した事実はなく、改竄するおそれもない。

<4> 忍総業が甲野一郎に貸し付けていた94億4,000万円については、既に、関係書類(乙22の1ないし5)を閲覧させており、その必要性はない。

<5> 甲野一郎の財産と債務者の財産が混同されている事実はない。

<6> 帳簿等の閲覧謄写仮処分の保全の必要性は、閲覧請求者について存する著しい損害・急迫な強奪等、緊急切実な保全の必要と、請求を受ける会社が仮処分によってうける不利益とを比較衡量して、なおやむをえないと認められる程度に被保全利益が重大かつ緊急である場合に肯定されるところ、債権者の請求には、重大かつ緊急な被保全権利がない。

第3  当裁判所の判断

1  被保全権利について

(1)  甲野一郎故人がもと債務者の株主であったこと、債権者が甲野一郎の配偶者であり、同人の相続人であることは争いがない。債務者は、甲野一郎は、保有していた株式ないし社員持分を生前贈与ないし死因贈与したため、債権者が甲野一郎から株式を相続しなかったと主張し、その根拠として乙第3号証を提出した。乙第3号証には、「俺の持株を出来る丈財団と美術振打(振興)~へ移す事、残りは全部松夫が移す事、そこで問題は移留権(遺留権)だ。俺の場合、花子(債権者)しかいない。遺留内(遺留分)をか(欠)いても半分しか相続にならない」と判読できる記載がある。しかし、乙第3号証は、甲野松夫が入院中の甲野一郎を見舞ったときに、甲野一郎が火災のため気道熱症等の傷害で話すことができない状況のもとで、いわゆる筆談に用いられたものであり、ノートの一部に乱雑な文字で書留められたものであり、署名や日付の記載はない。また、当時、甲野一郎の入院がいわゆる死の床であるとまでは認識されておらず、後日、甲野一郎が財産関係について正式な措置をすることの相談を甲野松夫に持ちかけたものとみるのが自然であり、乙第3号証をもって、甲野一郎が財産関係について確定的な意思を表示したものとは認めがたい。したがって、甲野一郎が保有していた債務者の株式は、債権者が相続したものと認められる。なお、債権者と相続人らとの間では、遺産分割協議が未了であり、権利行使者の指定もなされていない。相続人らは債権者が株主であることを否定しているとみられ、権利行使者の指定の協議が事実上できない状況にあると推認される。しかし、債権者の法定相続分は4分の3であり、権利行使者の指定は共有持分の過半数で指定できると解されるので、債権者が権利行使者に指定されることは明白であり、上記のような事情を考慮すれば、債権者自ら債権者を権利行使者として定め、本件仮処分をもって、権利行使者の指定を会社に行ったと評価することができるので、この点において、債権者の請求に問題があるとはいえない。

(2)  債務者は、債権者の帳簿等の閲覧謄写請求の主たる目的は、専ら株式の時価評価をするための資料を集めるためのもので、債権者の純個人的な利益のためになされたものであるから、許されないと主張する。閲覧請求権は共益権に基づくものであり、この権利を会社ないし株主全体の利益のためではなく、株主個人の利益のためだけに行使することはできない。調査目的が専ら株式の時価評価をするための資料収集にあるとすれば、個人的な利益のためだけの閲覧謄写請求であるから、許されない。この点において、債務者の主張は正当である。しかし、債権者は、閲覧謄写の目的は、株式の評価を適正に行うということのほかに、相続人らによる不正行為が行われていないかを確認し、今後行われないように監視するための資料を収集し保全することも目的としていることを主張している。相続人らによる不正行為がなされ、今後なされるおそれがあり、それを調査する目的があるのであれば、かかる目的は、まさに経営監督のためのものであり、共益権に基づくものであるから、閲覧謄写請求は正当なものである。

他方、不正行為のおそれがないにもかかわらず、不正行為のおそれがあるとしてする閲覧謄写請求は、商法293条の7第1号前段の「株主の権利の確保もしくは行使に関する調査」をするための請求ではないので、債務者はこれを拒むことができる。そこで、不正行為の有無について検討する。債権者は、不正行為のおそれとして、相続人らは多額の相続税を納付しなければならず、そのような財産がないから債務者から不正の貸付を受けたか、今後受ける可能性があると主張するが、相続人らが現時点において相続税を納付しておらず、今後も貸付を受けることを窺わせるような事情はない。多額の相続税を納付する必要があることから、直ちに相続人らが債務者から貸付を受けることにはつながらず、不正行為がなされるおそれがあるとは言いがたい。以上の事情を考慮すれば、債権者の閲覧謄写請求は、経営監督のためのものというよりも、専ら個人的な利益のためになされたと評価でき、商法293条の7第1号前段の「株主の権利の確保もしくは行使に関する調査」をするための請求ではないと認められるから、債務者において、これを拒否することができる。よって、会計帳簿等の閲覧を求める請求については、被保全権利がない。

(3)  債権者は、平成3年1月1日以降の全ての、商法281条1項の書類・附属明細書及び281条の3に定める監査報告書を、閲覧させ、または、謄本を交付させることを求めているが、商法282条2項に基づき、閲覧謄写請求できる上記書類等は、定時総会の会日の2週間前から5年間備え置かれた書類等に限られるから、債権者の申立のうち、これを超える部分は被保全権利がない。

2  保全の必要性について

本件の仮処分が一旦発令され、閲覧等がなされれば、本案において権利がないことが確定されても、事実上の原状回復を図ることはできず、損害賠償等の法律的な原状回復の可能性が残されるだけであるから、通常の仮処分に比して、その発令は慎重に行われなければならない。発令に際しては、発令によって得られる利益と発令によって失われる利益を比較衡量し、被保全権利の確実性も念頭において、仮処分を発令するか否か決しなければならない。会社の備置義務が法的に課されている株主総会議事録、計算書類、附属明細書は閲覧謄写ないし閲覧交付を認めても、債務者に損害が生じることは一般に想定しにくいので、保全の必要性は一般に肯定される。これに対し、帳簿等の閲覧謄写については、被保全権利の存在については前述のとおり問題があるだけでなく、一般に公開されていないものであるから、これが社外に流失することは会社に回復し難い損害を被らせる場合もありうる。債権者が主張する利益は、株式の評価を適正に行うためであるとか、遺産分割協議を早期に成立させるためであるとかいった個人的利益であったり、相続人らに不正の貸付が行われている可能性があるという具体的な根拠に乏しいものであったり、改竄のおそれがあるといった抽象的な必要性に過ぎず、保全の必要性を肯定すべき、具体性のある事情は見出せない。したがって、帳簿等の閲覧謄写請求については、保全の必要性を認めるに足りない。

3  結論

以上によれば、債権者の申立てのうち、株主総会議事録、計算書類等の閲覧謄写ないし閲覧交付請求については理由があるので、これを認容し、その余の請求については理由がないのでこれを却下することとし、主文のとおり決定する。

(別紙)申立の趣旨

債務者は、債権者に対し、債務者の本店及び支店において、その営業時間内の何時にても、

1 債務者の平成8年1月1日以降作成にかかる株主総会議事録(但し、平成12年4月28日付作成分を除く)を閲覧及び謄写(写真撮影を含む)させよ。

2 債務者の別紙計算書類等目録記載の各書類を閲覧させ又はその謄本を交付せよ。

3 債務者の別紙会計帳簿等目録記載の各書類を閲覧及び謄写(写真撮影を含む)させよ。

との裁判を求める。

計算書類等目録

平成3年1月1日以降作成にかかる

1 貸借対照表

2 損益計算書

3 営業報告書

4 利益処分案及び損失処理案

5 附属明細書

6 監査報告書

{但し、1、2、4及び6については、第40期(平成11年3月1日乃至同12年2月29日迄)分を除く}

会計帳簿等目録

平成3年1月1日以降作成にかかる

1 仕訳帳

2 会計伝票

3 総勘定元帳

4 補助元帳

5 預金出納帳

6 現金出納帳

7 売掛金台帳

8 買掛金台帳

9 手形台帳

10 固定資産台帳

11 有価証券台帳

12 絵画台帳

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