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東京地方裁判所 平成13年(ヨ)21081号 決定 2001年8月10日

債権者

甲野太郎

乙野次郎

債権者ら代理人弁護士

大森顕

小部正治

小林譲二

鈴木剛

債務者

エース損害保険株式会社

同代表者代表取締役

大川隆司

債務者代理人弁護士

G

三上安雄

主文

1  債務者は、債権者甲野太郎に対し、四三九万八〇四五円、並びに平成一三年八月から平成一四年一二月又は本案の第一審判決言渡しに至るまで毎月二五日限り七八万三六三五円、及び平成一三年一二月一〇日限り二〇四万七一四〇円を仮に支払え。

2  債務者は、債権者乙野次郎に対し、平成一三年八月から平成一四年一二月まで又は本案の第一審判決言渡しに至るまで毎月二五日限り二五万円を仮に支払え。

3  債権者両名のその余の申立てをいずれも却下する。

4  申立費用は債務者の負担とする。

理由の要旨

第1 申立て

1 債権者らがいずれも債務者に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2 債務者は、平成一三年三月一四日から本案判決確定に至るまで、債権者甲野太郎(以下「債権者甲野」という。)に対し、毎月二五日限り七八万三六三五円を、毎年六月一〇日及び一二月一〇日限り各二一六万四四二〇円を、債権者乙野次郎(以下「債権者乙野」という。)に対して毎月二五日限り六五万四六七七円を、毎年六月一〇日及び一二月一〇日限り各一九二万二八六〇円を、いずれも仮に支払え。

第2 事案の概要

本件は、債務者の従業員であった債権者らが、平成一三年三月一四日、債務者から解雇の意思表示を受けたが(以下「本件解雇」という。)、これには労働協約違反の違法があり、また、債権者らには解雇事由がなく、さらには、本件解雇は解雇権の濫用に該当するから無効であるとして、債務者に対し地位保全及び賃金仮払いを求めた事案である。

1 争いのない事実等

(1) 債務者は、損害保険業務を主たる目的とする株式会社で、平成一三年三月一日現在、役員を含む従業員は四一八名、役員を除く従業員数は四一〇名である。なお、平成一一年一二月当時の従業員数は約五八〇名であったから、一年余りの間に約三〇パーセントの人員削減が行われたことになる。

昭和六一年、債務者はアメリカに本社を置くエフィア日本支社(後に「ホーム保険」に名称変更)とINA日本支社が合併し、同じくアメリカに本社を置く「シグナ保険会社」の日本支社となった。平成八年七月、シグナ保険日本支社は「シグナ傷害火災保険株式会社」として法人登記され日本法人となっている。

平成一一年七月、バミューダに本社を置くエースリミテッドが、債務者の全株式を買収してその一〇〇%子会社とし、同年一〇月一日付で債務者の名称を「エース損害保険株式会社」と変更している。

(2) 債権者らはいずれも債務者で働く従業員であり、全国の損害保険企業で働く労働者によって組織されている労働組合である全日本損害保険労働組合のACE支部(以下「支部」という。)に所属する組合員である。

(ア) 債権者甲野の経歴

債権者甲野は、昭和二三年三月三一日生れの現在五三才である。昭和四六年三月、中央大学商学部を卒業し、昭和四八年一〇月一日、債務者の前身である「エフィア日本支社」に従業員として採用され、期間の定めのない雇用契約が成立した。

その後、債権者甲野は、本件解雇に至るまで以下のとおり債務者の従業員として就労してきた。

一九七三・一〇・一〜一九七五・九・一五

東京支店経理課

一九七五・九・一六〜一九九二・六・三〇

日本支社経理部

一九九二・七・一〜一九九四・一一・三〇

東京業務サービスセンター経理課

一九九四・一二・一〜一九九六・六・三〇

日本本社代理店部研修課

一九九六・七・一〜一九九八・一一・三〇

同部代理店課

一九九八・一二・一〜一九九九・一・三一

東京中央支店業務サービス課

一九九九・二・一〜一九九九・一一・三〇

同支店営業三課

一九九九・一二・一〜二〇〇〇・八・三一

熊本支店営業課

二〇〇〇・八・三一

退職要求、自宅待機命令

二〇〇一・三・一四 解雇通知

(イ) 債権者乙野の経歴

債権者乙野は、昭和二五年一一月一日生れの現在五〇才である。昭和五一年三月に法政大学文学部を卒業し、同年四月一日付で、債務者の前身である「INA保険会社」に従業員として採用され、期間の定めのない雇用契約が成立した。

その後、債権者乙野は本件解雇に至るまで以下のとおり従業員として就労してきた。

一九七六・四・一〜一九八二・一・三一

本店傷害部

一九八二・二・一〜一九八六・八・三一

本店営業部第三部

一九八六・九・一〜一九八九・一二・三一

東京中央支店営業第二部

一九九〇・一・一〜一九九四・一・三一

渋谷支店営業課

一九九四・二・一〜一九九七・一一・三〇

本店営業部業務サービス課

一九九七・一二・一〜一九九九・一一・三〇

本店営業部業務英文契約課

一九九九・一二・一〜二〇〇〇・八・三一

前橋支店

二〇〇〇・八・三一

退職要求、自宅待機命令

二〇〇一・三・一四 解雇通知

(3) 本件解雇までの労使関係

(ア) 債務者は、平成一〇年八月、支部に対し、①それまでの年功を基本とする賃金制度を職務給を中心とする「グレード給」に変更すること、②臨時給与の支給額に債務者の業績及び従業員の個別査定を反映させることを主な内容とする「新人事制度」を提案した。支部は当初からこの提案に反対してきたが、この間の同年一二月、債務者は、アメリカの持ち株会社がエースリミテッドに対して、日本における損害保険部門全ての営業譲渡を行うことを明らかにした。債務者は、支部に対して、この営業譲渡によって雇用契約や労働条件に変更はないと確約していた。しかし、翌一一年三月一日、債務者は、一方的に本部長など組合員資格のない管理職に対して、四月一日から新人事制度を導入する旨通知しこれを実行した。

(イ) さらに債務者は、平成一一年三月三〇日になって、「他社との競争力をつけるために事業費削減を進めるため」に人員削減や支店の統廃合を前提とした「中期経営計画」を支部に示した。支部はこれについて労使協議を尽くすことを求めた。そして、支部は、同年七月五日、債務者に対して、①債務者の買収にあっても、雇用と労働条件を維持すること、②新人事制度や中期経営計画の実施に際しては労使間で協議を経ることなどを申し入れた。

債務者はこれに対し、①中期経営計画について、組織変更に伴うものについては労使協議の場で説明する、②新人事制度に関する労使協議を再開し、合意ができれば組合員・非組合員を区別することなく同一の制度を適用するとの回答を寄せ、そこで支部は同月一二日債務者との間で「賃金に関する労使協定書」(甲43の1)を締結した。

(ウ) しかるに、その三日後の同年七月一五日、エースリミテッド会長・社長兼CEO(最高責任者)であるブライアン・デュペローが来日し、日本の部支店長会議の席上で、全世界のシグナグループで一五%の人員削減を行うこと、日本では全従業員の二五%に当たる一五〇人の人員削減を一二月までに実施するよう命じた。そこで、債務者は、従業員を五八〇名規模から四三〇名規模に削減することを目的として、希望退職を募集するとともに、「社内公募」と称して債務者が提示したそれまでの役職・資格ごとに指定されたグレードの四三〇名分のポジションに従業員自身が応募してポジションを争わせることとし、これに応募しない又は応募しても選ばれなかった者は退職してもらうこととし、八月中旬ころ支部に対してもその旨表明した(甲9、14ないし17)。

(エ) 支部はこのような債務者の希望退職及び社内公募に対して、平成一一年八月三一日、中労委に斡旋の申請を行ったが、債務者は九月二日にこれを拒否した。債務者が中労委斡旋を拒否したことから、支部は同日債務者に対し、争議通告を行ったが、債務者は、同年九月八日、「至急・掲示、希望退職プログラム及び社内公募について」との書面を組合員に掲示した上、「募集要綱」及び「応募用紙」を社員に送付した。そして債務者は、同月一〇日から希望退職者の募集を実施した。さらに債務者は、同月二〇日、組合員資格がなく既に新人事制度による格付けがされている管理職に対して、社内公募を実施した。そして債務者は、同月二九日には、全従業員に対して「社内公募募集要項」を配布し、社内公募も実施した。

(オ) 支部はこのような債務者の行動に対し、東京都地方労働委員会に救済の申立を行った。その結果、平成一一年一一月一六日、地労委は、実効確保の措置申立に対し、争いを拡大せず、人員配置について労使が誠実に交渉することを要望した(甲21)。また、支部は、同年一〇月二七日、「組合員には社内公募に応じる義務はないこと」「債務者は社内公募に応じないことを理由に、解雇、賃金・労働条件の切り下げなどの不利益な取扱いをしてはならない」との仮処分を東京地方裁判所に申し立てた(平成一一年(ヨ)二一二二二号、債権者二九七名)。これと平行して支部は、債務者と交渉を行っていたのであるが、平成一一年一一月一九日、債務者は上記仮処分の審尋やその前後の団体交渉を通じて、支部に対して「社内公募に応じる義務はない」「応募しないことを理由に直ちに不利益な取扱いをしない」「整理解雇には支部との協議が絶対条件である」との確認をするに至ったことなどから、支部は所期の目的を達成したとして、同年一二月七日に当該申立を取り下げた。

しかし、債務者は、このような法的措置にもかかわらず、第四次までの希望退職者募集を実施し、このような経過の中で同年一一月二九日までに一四九名の従業員が希望退職に応募した。

(カ) また、債務者は平成一一年一一月二九日、従業員の全員雇用を前提とする「社員配置図」を提示した。しかし、これには、一三もの空席があるにもかかわらず、今までなかった人事部付きユーティリティーセクションなるものを新設し八名を配置したこと、本人の意思や事情に反する遠隔地への配転などの問題点を含んだものであったことから、一二月二日までに一二名の組合員が苦情申立てをした(甲25)。平成一二年七月一七日債務者と支部は、都労委において上記「社員配置図」に基づく従業員の配置について、ユーティリティーセクションに配置した九名を他の部署に正式配置すること、他の二名を他の赴任地に移動させること、債務者から支部に対し、希望退職及び社内公募実施の結果、社員の間に混乱を生じさせたことに遺憾の意を表明するなどした文書を交付することを内容とする和解をした(甲26)。

(キ) 債務者は、さらに平成一二年九月六日には、労使協議において「早期退職者優遇制度」の実施を、また同年一〇月二三日には「第二次中期経営計画」を発表し、この第二次中期経営計画を実施するにあたっては、営業支店の人員配置を社内公募で決定するとした。

そして、同年一一月一日から一五日までと同年一二月二〇日から二五日までの間に早期退職者募集を行い、合計三六名(追加募集に対するものを含む。内組合員二四名)がこれに応募した。

(4) 本件解雇に至る経過

(ア) 債権者らの支店への配置転換

前記(3)(カ)の際、債権者甲野は、平成一一年一二月一日付けで熊本支店営業課へ、債権者乙野は同日付けで前橋支店に営業職として配置された(以下「本件配転」という。)が、いずれも苦情申立てはしなかった。

(イ) 退職勧奨及び自宅待機命令

平成一二年八月三一日債務者は債権者両名に対し九月一四日までに自主退職することを勧告し、退職しない場合は就業規則第五三条一項三号(通知書は誤記)すなわち「労働能力が著しく低く債務者の事務能率上支障があると認められたとき」に該当するとして同条によって解雇する旨の通知をした。また、同日付自宅待機命令以降二週間毎の自宅待機命令を一三回繰り返し、債権者らを九月一日から翌一三年三月一六日まで自宅待機とし、この間、両名に対しては職場に立ち入ることを禁じた。

(ウ) 支部は、平成一二年九月六日の団体交渉から、債務者との間で、債権者両名に対する退職勧奨についての協議を開始した。これに対し債務者は、就業規則第五三条を適用するか否かは最後の判断であるとして、それまでは組合と協議することを約束した。

そして、これに基づいて支部・債務者間では両名の解雇問題について協議が重ねられたが、債務者は平成一二年一一月二二日の労使協議会及び同月三〇日の団体交渉の席上、両名が自主的に退職する意思がないとして、解雇措置を進めたいとの意向を示した。そして、支部・債務者間では債務者が指摘する両名の個別的な事情が解雇事由に該当するか否かについて

① 同年一二月一三日付の「甲野太郎社員の解雇事由について」「乙野次郎の解雇事由について」と題する債務者側書面(甲36の1及び2)

② ①に対する支部の「反論書」(甲37の1及び2)

③ 反論書に対する債務者側書面(甲38の1及び2)

④ ③に対する支部の「再反論書」(甲39の1及び2)

がやり取りされた。また、この間本件解雇に関し合計四回の労使協議会が開催された。

(5) 本件解雇

債務者は平成一三年三月一四日、債権者両名を債務者本社に出頭させた上、「就業規則第五三条一項三号により、平成一三年三月一四日をもって貴殿を解雇します。」と記載された解雇通知(甲40の1及び2)を交付して債務者らをいずれも解雇する旨の意思表示をなした。なお、債務者は同時に、債務者らに対しそれぞれ「解雇事由について」と題する書面(別紙1及び2。甲41の1及び2)を交付し、その解雇理由を示した。

(6) 債権者らの賃金

(ア) 債権者甲野の月例給与

債権者甲野の月例給与は、七八三、六三五円で毎月末日締め、同月二五日に支払われる。

(イ) 債権者乙野の月例給与

債権者乙野の月例給与は、六五四、六七七円で毎月末日締め、同月二五日に支払われる。

(ウ) 債権者らの平成一三年(平成一三年四月一日から平成一四年三月三一日まで)分の臨給は「二〇〇一年度賃金に関する協定書」(甲80)によって確定した。これによれば、平成一三年六月一〇日及び一二月一〇日に、債権者甲野には各金二〇四万七一四〇円が、債権者乙野には各金一八四万九二四七円が支払われるはずであった(甲44の1ないし3、45の1、2、46の1ないし3、47、73、77、80、81)。

(7) 債権者らの家族構成等

(ア) 債権者甲野

債権者甲野の家族は六人で、本人の他、配偶者(四九歳)、義母(七三歳)、長女(二五歳)、次女(二三歳)、長男(二〇歳)である。子供たちはいずれも大学生である。債務者は解雇まで熊本市に単身赴任し、配偶者と長女・長男が東京に、次女は仙台市に、義母は栃木県足利市に居住してるので、四カ所に別れて住んでいた。(甲49)

(イ) 債権者乙野

債権者乙野は現在独身であり、扶養家族が八六歳の実母だけである。

(8) 労使協議決定事項に関する労働協約

債務者と支部との間には、組合員の解雇は債務者と支部のそれぞれを代表する者各々五名以内で構成する中央労使協議会で協議決定しなければならない事項とする旨の労働協約が存する(甲10の労働協約一三条、一四条、同労働協約に関する覚書三項)。

2 主要な争点

(1) 本件解雇の効力その一(労働協約違反)

前記のとおり労使協議会が開催されたものの、書面のやり取り(甲36ないし39の各1、2)をしただけであり、実質的には労働協約所定の労使交渉を経ていないし、決定もしていないことにより、本件解雇は無効となるか。

(2) 本件解雇の効力その二(解雇事由の不存在)

債務者が解雇事由として主張する別紙1及び2(「解雇事由について」と題する書面。甲41の1及び2)の各事実が存在し、それが所定の解雇事由に該当するか。

(3) 本件解雇の効力その三(解雇権濫用)

債務者が前記のとおり短期間で大幅な人員削減と組み合わせて全社での社内公募を行い、これに応募した一部の者を優先して配置し、その他の者を個別事情を全く聴取せず一方的に配転したため、地方支店の営業職の経験のない債権者らを不適切な部署に配置したこと、しかるに、債権者らに研修や訓練を行わなかったこと、むしろごく短期間のうちに債権者らを他の従業員に対する見せしめとして債務者から排除することを決定し、債権者甲野に対してはA支店長が継続してやくざまがいの人格攻撃や脅迫により退職を強要するなど、債権者らに改善指導を行わなかったこと、債権者らが配置転換を求めたのに全く考慮しなかったこと、自ら退職しない限り解雇するとして長期間自宅待機を命じたこと、これらによれば、債務者には債権者らの解雇を回避する意思は全くなく、債務者から排除することを意図していたというべきことにより、本件解雇は権利の濫用として無効となるか。

(4) 保全の必要性

3 当事者の主張

当事者がそれぞれ提出した主張書面のとおりであり、これを引用する。

第3 当裁判所の判断

1 主要な争点(3)の解雇権濫用について判断する。

(1) 就業規則上の普通解雇事由がある場合でも、使用者は常に解雇しうるものではなく、当該具体的な事情の下において、解雇に処することが著しく不合理であり、社会通念上相当として是認できない場合は、当該解雇の意思表示は権利の濫用として無効となる。特に、長期雇用システム下で定年まで勤務を続けていくことを前提として長期にわたり勤続してきた正規従業員を勤務成績・勤務態度の不良を理由として解雇する場合は、労働者に不利益が大きいこと、それまで長期間勤務を継続してきたという実績に照らして、それが単なる成績不良ではなく、企業経営や運営に現に支障・損害を生じ又は重大な損害を生じる恐れがあり、企業から排除しなければならない程度に至っていることを要し、かつ、その他、是正のため注意し反省を促したにもかかわらず、改善されないなど今後の改善の見込みもないこと、使用者の不当な人事により労働者の反発を招いたなどの労働者に宥恕すべき事情がないこと、配転や降格ができない企業事情があることなども考慮して濫用の有無を判断すべきである。

なお、債務者には、作業効率が低いにもかかわらず高給である債権者らの存在が債務者の活性化を阻害し、あるいは業績が低いのに報酬が高いこと自体が債務者に損害を与えているから、債権者らを債務者から排除しなければならないという判断が存するようである(別紙1及び2の第一、乙56の五項)が、仮に債権者らがその作業効率等が低いにもかかわらず高給であるとしても、債権者らとの合意により給与を引下げるとか、合理的な給与体系を導入することによってその是正を図るというなら格別、自ら高給を支給してきた債務者が債権者らに対しその作業効率が低い割に給料を上げすぎたという理由で解雇することは、他国のことはいざ知らず、我が国においては許容されないものというべきである。

(2) そこで、まず、本件疎明資料並びに審尋の全趣旨に基づき、解雇権濫用の判断に必要な範囲で債務者主張の解雇事由を見るに、個々の事由自体は重大なものではなく、エース・リミテッドによる買収及びその後の合理化策がなければ債権者らが解雇されるような事態とはならなかったであろうこと、作業効率が低いにもかかわらず高給である債権者らの存在が債務者の活性化を阻害するという判断が解雇の真の理由であることが窺える(特に、債務者の主張、提出にかかる陳述書、並びに「解雇事由について」と題する書面(別紙1及び2。甲41の1及び2))。

そして、まず、債権者甲野についてみると、処理の遅れなど些細なこととまではいえなくても、ともすればありがちなことであり、かつそれによって債務者に現実の損害を生じたとの疎明はない。また、電話の応対、業務知識の点などはそもそも具体性にも欠ける。

また、債権者乙野については、「解雇事由について」(別紙2)の各論の冒頭に指摘されているパンフレットにアクセスインシュランス代理店ではなく前橋支店の名前が印刷されてしまったことについては、債務者の主張のとおり同代理店が債権者乙野に詳しく指示したにもかかわらず同債権者が前橋支店の記載をしてしまったなどの経過によるとすれば無視できない事態であるが、債権者乙野はこれを否定する陳述をしている(甲50)ところ、同債務者が記載したことに争いのない乙40の1(「発注書」)と誤って前橋支店の名前が記載された同2(「大学・短大生総合保険保証制度のご案内」)とは「橋」の筆跡が明らかに異なり、同2は別人が記入したものであることは疑いがない。また、前記警告書(乙46)には、「解雇事由について」(別紙2)でも取り上げていない代理店宛に手書きで振込用紙の変更を伝えた文書について、誰が見ても常識を疑うとまで記載しているにもかかわらず、債務者としては過誤の内容も結果も重大であるはずのこの点の記載が見当たらない。これらの点からすると、この点に関する債権者乙野の供述は信用でき、これに反するBの陳述書(乙15)は虚偽の内容を記載したものといわざるを得ず、そして、このように最も重大な事実について虚偽がある以上その他の記載についても採用することができない。したがって、債権者乙野が自認する以外の解雇事由は疎明がなく、そうであれば債権者乙野についてもさして重大なものはない。

(3) 次に、解雇権濫用にかかわるその余の事実について見るに、前記第2の1の争いのない事実等、本件疎明資料及び審尋の全趣旨によれば以下の各事実が疎明される。

(ア) 債権者らは、債務者に入社後、本件配転まではその勤務成績や勤務態度に特段の問題はなかった(甲41の1、2、49、74ないし76、審尋の全趣旨。なお、乙47ないし54は具体性に欠けるか、あるいは些細なことを殊更誇張して述べている様子が窺え、甲74ないし76の内容に照らし信用しない。)。

(イ) 平成一一年末の希望退職者募集と社内公募は、四か月ほどの短期間に、従業員五八〇人の規模で稼働していた債務者を四三〇人規模に減らすと同時に、基本的に全社員の配置を異動させるというものである上に、債権者らを含む組合員ら二七九名は、社内公募に応じなかったため、これに応じた一四五名がほぼ希望のとおりのポストを得た後の残りのポストに配置されることになった。さらには、社内公募の選考決定は最終が一一月一二日であり(甲19)、その後一一月二九日までに二七九名の配置が決定された。その結果、部署・支店のほとんど全ての社員が入れ替わることも珍しくなかった。とりわけ、地方の各支店ではどこも従来の三分の二から半分くらいの人数で営業を行うことになった(乙10)。また支店長や管理職の大幅な入れ替えもあって、業務引継ぎの不徹底、地域の顧客・代理店に関する情報不足を招いた。そのような状況のため職場が混乱し、その結果、配置された従業員は長時間労働しなければならなかった。また、債務者は、平成一二年にもさらに希望退職者募集等を行い、これらによって合計二〇〇名近い従業員が債務者から去り、これらによって支店の業務にかなりの混乱や支障が生じている。(甲9、30ないし32、49ないし51、乙10)

(ウ) 債権者甲野は勤続二七年であるが、本件配転以前の支店営業勤務は東京中央支店に一〇か月のみである。債権者甲野が結果として配転された熊本支店では、この人事異動によって、熊本支店経験者一人のみを残して他の従業員はその他の支店へ配置換えになった。A支店長も債権者甲野とほぼ同時期に異動してきた。したがって、十分な研修や教育はもちろん当該営業店が担当する各代理店の性格や具体的な業務の特徴を教えてもらえる状態ではなかった(甲49)。

また、債権者甲野は赴任当時、約二二の保険代理店(売り上げ合計約三億六千万円)を担当として割り当てられたが、その中には架空の団体を作り、お互いに何の関係もない顧客をその団体の構成員として加入させ、時期の経過とともに、その保険料を着服してしまうという不祥事案である「ひのくにプラン代理店」も含まれていた。その後始末をC課長と組んで担当させられ、課長からは顧客からの苦情処理の窓口となるように命じられた。また、その保険契約の継続のために不祥事を起こした代理店の預金口座から残額を引き出すことを命ぜられ、また適当に解除されてしまった契約の復活等の事務処理等をおこなった。また、他の社員が担当をいやがる、手間のかかる、事務処理能力が低く自立できない保険代理店(甲64)などを担当として割り振られた。

しかも、同支店長は、債権者甲野に対し、侮辱的な言辞を用いて非難し人格を著しく傷つけ、退職を強要する言動を繰り返した。

たとえば、平成一二年六月六日午前九時五六分から、

「もう少し工夫すればできるやろ。何年やってるんだ。いつまでたってもオマエなア。」

「勉強する勉強すると、学校やナインやど。オマエ何考えとんだ。……オマエ、キチガイかホンマ。……いつできるんだ、オマエ死ぬまで、できません、いうんか。」

「少なくともオマエの業務知識を彼ら並にセンかえ。人が教えてくれるのか。死ぬまで、会社辞めるまでこれ続くぞ、オイ。」

「いつまで待ちゃいいんだ。がんばりきれんのか。……馬鹿じゃネエかオマエ。」

「バカヤロー、オメエ、今まで何回ためてんじゃ。」

「何、ヘナチョコ、いっとんだ。……」

「辞めません。辞めたくない。ナア、それじゃ給料泥棒もいいところじゃネエ。泥棒じゃネエ、盗人じゃネエ、エ。……」と、

平成一二年六月九日午前九時四一分から、

「ホーム保険ではないし、シグナでもないし、エースなんだから、……変わっている、状況が変わっている、環境が変わっている。だけどそこにいる甲野という個人がまったく変わっていない。……」

「後で本社に……どうすんだオマエ。人事部の人がさ、オマエこん中、入りなさい。新聞だけ読んでなさい。毎日こんな責め方されたら、あんた気狂っちゃうぞ、オマエ。」

「組織の都合にはまんなきゃ、オマエ、もう辞めてもらうしかないやろ。皆それぞれ事情をもって、自分を犠牲にして、ちょっとは無理をしてるわけよ。オマエ全然無理をせんのか。」

「ヤメロ、会社を、オマエいらん。迷惑かけてまで。どういう親や、顔も見たくない、オレ、顔も見たくネエ、辞表を持ってこい、辞表を。」

「……会社の都合を考えていないだろう。そんな考えだったら、イランちゅうの、辞めてくれや、ていうの。オマエに払っている給料で二人雇えるんだからな。明日から会社にこんでもエエデ……」と言っている。(甲64)

その他、書面による指導(乙33)はともかく、日常的に行われる口頭での同支店長の注意や指導は不適切なものであった。(以上、甲49、66)

(エ) 債権者乙野は勤続二四年で、本件配転以前には都心での営業勤務の経験はあるが、地方支店は初めての経験であり、しかも、地方では自動車を運転して営業をすることが不可欠であるが、同債権者は自動車免許を有しなかった。また、前橋支店は従来正社員五名と派遣社員一名で運営されていたが、正社員二名と派遣社員一名の体制になり、しかも正社員は全員転任した。そのため平成一〇年七月債務者においてリストラを推進するために入社し通常の二倍くらいの人員削減をする必要を感じていた債務者人事部長取締役D(以下「D取締役」という。)ですら懸念を抱く状況であった(乙10)。また、B支店長は新任の支店長であった。そのため、十分な引継ぎがなされず支店の状況等が把握できなかった。債権者乙野は、「教育プラン」保険の取り扱いは全く初めての業務であったが、これについて全く研修等は行われていない。また、支店長は多忙なため債権者乙野に対し、適切な指導等がなされなかった。他方、債権者乙野は平成一一年八月五日にTOEIC(国際コミュニケーション英語能力テスト)を受験したところ七八五点(平均四五一点)を取っており、相当程度の英語力を有する。(甲50)

(オ) D取締役は、各支店から増員要請があったことからその原因を調査したのがきっかけか(乙10)、さらなるリストラの目的に基づいて当初から意図的に行ったものかはともかくとして、平成一二年二月ころの時点では既に債権者らを含む五名の社員を業績や業務効率が低い社員(ローパフォーマー又はプアパフォーマー)と認識し、その配属先のA熊本支店長、B前橋支店長、E千葉支店長、F新潟支店長らに対し、その勤務状況について具体的かつ詳細にリストアップしたレポートを出すよう指示し、さらに四名の従業員に対して「警告書」を出すように指示した。この指示に基づいて、同年二月、上記各支店長はD取締役に対してレポートを提出し、B前橋支店長は債権者乙野について、同年二月二四日付けでレポートを提出した。また、同年三月六日付けでA熊本支店長は上記D取締役の指示に従い、債権者甲野に対して「改善項目」等を記載した警告書を交付し、同月七日付けでB前橋支店長は、同じくD取締役の指示に基づいて、債権者甲野に対するものとほとんどまったくおなじ体裁の書面を交付した(乙33、乙45)。同年五月一六日、D取締役は、G弁護士に「労働能率が著しく低く、債務者の事務能率上支障があると認められた社員」を退職勧奨する方法を相談し、種々のアドバイスを受けた。D取締役はこれに基づいて、債権者甲野、債権者乙野ら四名を対象として、A熊本支店長、B前橋支店長、E千葉支店長、F新潟支店長の四名に対して「問題社員の対処について」と題する書面で、上記経過及び今月末を目指して債権者らを現在のポジションからはずすつもりであること、一日も早く各支店に新たな人材を配置できるようにすべきであることを述べるとともに、誰が読んでもいかにして本人が債務者の事務能率上支障を来しているか理解できるようなレポートを作成提出することなどを事細かに指示した(甲63)。すなわち、債務者は、この時点で既に債権者らを債務者から排除した上で、契約社員等を配置することを決定していたものである。(甲9、49、63、乙10、33、45、46、なお、47)

(カ) また、債権者甲野は、同年七月一四日、A支店長に対して「入社以来内務業務に携わる期間が長く、平成一一年一二月に、ここ熊本支店に着任以来半年強、今日まで経験の浅い営業職をカバーしようと、毎日午後九時ないし一〇時に及ぶ残業と休日出勤をして私なりに、精一杯の努力をしてきましたが、単身赴任により慣れない独り暮らしに加え、前述した勤務状態により、既に身体的精神的にも限界にきております。また東京に残された私の家族も年老いた病親の介護のために厳しい生活を余儀なくされております。従って家族のもとで働ける場所への異動をお願いする次第です。」との配転願いを出した(甲69)。同月二八日付けで債権者乙野もB支店長宛に「私のスキル及び関心のある英文契約関係部署で今後力を伸ばしたく働きたい所存ですので転部願い申し上げます」との転部願いを提出した(甲70)。しかし、債務者は、三月の時点で既に債権者らがローパフォーマーであり、他に配置転換することも相当ではないと判断しており(乙10)、各支店長をはじめとして債務者はこれに何の応答もしなかった。

以上の事実が疎明される。

これに対し、債務者は充分に改善指導をしたが、平成一二年八月に至っても改善されなかったので、その時点で改善見込みはないと判断した、その間に退職するように言ったことはないとの内容の陳述書を提出するが(乙10、11)、前記(オ)のとおり債務者は三月の時点で既に債権者らがローパフォーマーであり、他に配置転換することも相当ではないと判断しており、五月の時点では債権者らを早急に退職させることを決定し実行に移しつつあったことが明らかであり、信用できない。

(4) そこで、解雇権濫用の成否について判断する。

まず、本件配転は、リストラの一環として全社員の配置を一旦白紙にして配置し直すという目的で短時間で実行されたもので、本人の希望や個々具体的な業務の必要を考慮したものではなく、かつ結果としても債権者らにとって適切な配置ではなかった。なお、D取締役は、この点に関し、債権者らを各支店に配置した積極的な理由は述べないものの、他に受け入れ先がなかったと述べる(乙10)が、他に受け入れ先がなかったから不適切な配置をしたということを正当化する根拠は社内公募制しかなく、そのことは前記第2の1(3)(オ)の「社内公募に応じる義務はない」「応募しないことを理由に直ちに不利益な取扱いをしない」の確認事項に反し、これによって不適切な配置をしたことを正当化することはできない。そして、このような債務者の一方的な合理化策の結果、不適切な部署に配置された債権者らは、そのため能力を充分に発揮するについて当初から障害を抱え、かつ債務者に対し多大な不安や不信感を抱かざるを得なかった(甲9、49)のであるから、この点において既に労働者に宥恕すべき事情が存する。しかも、それだけではなく、そのような中でさらに、債権者甲野については、支店長から繰り返し些細な出来事を取り上げて侮辱的な言辞で非難され、また退職を強要され、恐怖感から落ち着いて仕事のできる状況ではなかったのである(甲49)から、このような状況下で生じたことを捉えて解雇事由とすることは甚だしく不適切で是認できない。債権者乙野についても、人員を実質半分以下とし、正社員は二名とも配置換えされ、D取締役すら不安をもった状況で、あえて上記のとおり不適切な配置をするなどしたのであるから、その中で生じた過誤等はむしろ債務者の人事の不適切に起因するものというべきで、債権者乙野の責任のみに帰することは相当ではない。さらには、債務者は当初から債権者らを他の適切な部署に配置する意思はなく、また、研修や適切な指導を行うことなく、早い段階から組織から排除することを意図して、任意に退職しなければ解雇するとして退職を迫りつつ長期にわたり自宅待機とした。以上の点に債務者が解雇事由と主張する事実がさして重大なものではないことを考え併せると、仮に、これが解雇事由に該当するとしても、本件解雇は解雇権の濫用として無効である。したがって、債権者らが債務者に対し、前記第2の1(6)のとおり平成一三年三月一四日分以降の賃金請求権を有することが疎明される。

2 主要な争点(4)の保全の必要性について判断する。

(1) 債権者甲野について

本件疎明資料(甲49)によれば、債権者甲野は、そのほとんどを債務者からの賃金に依拠して家族らの生活を維持していたこと、子供達の学費をまかなうため自宅を担保に借金をしていること、臨給を含めすべての賃金が支払われなければその経済生活が維持できないことが疎明される。しかし、他方、仮払期間については、本件仮処分申立ての時期、審理経過、今後提起が予想される本案訴訟の進行や将来の事情の変更、債務者が被る損害の程度等を考慮すると、平成一三年五月から平成一四年一二月又は本案の第一審判決言渡しに至るまでの範囲で必要性を認めるのが相当であり、これより以前及びこれを超えた将来の賃金仮払についてはその必要性は疎明されていない。また、平成一四年分の臨給については、甲81に添付の「エース損害保険株式会社新人事制度」の四項によるとその額を現時点で特定することは困難であるとともに、将来の事情変更も考慮するとその必要性は疎明されていない。

(2) 債権者乙野について

本件疎明資料(甲50)によれば、債権者乙野は、債務者からの賃金に依拠してその生活を維持していたこと、その必要な生活費の額はその主張額月額三八万一六〇〇円から貯蓄に回す三万五〇〇〇円を差し引いた三四万六六〇〇円であること、他方、同債務者は四四五万円の貯蓄を有したことが疎明される。その他本件審尋の全趣旨を総合考慮すると、同債務者の賃金仮払を求める申立てにつき保全の必要性が一応認められるが、同債権者の差し迫った生活の危険・不安を除くために必要な仮払金は、月額二五万円とするのが相当である。また、仮払期間については、今後提起が予想される本案訴訟の進行や将来の事情の変更、債務者が被る損害の程度等を考慮すると、平成一三年八月から平成一四年一二月又は本案の第一審判決言渡しに至るまでの範囲で必要性を認めるのが相当であり、既に経過した期間やこれを超えた将来の賃金仮払についてはその必要性は疎明されていない。

(3) 地位保全を求める申立てについては、保全の必要性を認めるに足りる疎明はない。

3 以上のとおりであるから、債権者甲野の本件申立ては、平成一三年六月期臨給二〇四万七一四〇円と同年五月ないし七月分賃金の合計額四三九万八〇四五円、並びに同年八月から平成一四年一二月又は本案の第一審判決言渡しのいずれかの時期まで、毎月二五日限り七八万三六三五円及び平成一三年一二月一〇日限り支払うべき平成一三年一二月期臨給二〇四万七一四〇円の賃金の仮払いを求める限度で、債権者乙野の本件申立ては、同様に主文第二項記載の限度で理由があるから、いずれも事案の性質上担保を立てさせないで認容し、その余の申立てを却下する。

(裁判官・多見谷寿郎)

別紙1

甲野太郎殿

解雇事由について

第一 はじめに

会社は、後述するように貴殿において就業規則第五三条一項三号「労働能率が著しく低く、会社の事務能率上支障があると認められたとき」に該当することを確認し、貴殿の将来性をおもんぱかり、円満な解決を図ろうと昨年七月二八日以来貴殿に退職を勧め、組合との間では少なくとも三回及び同人の代理人との間では四回にわたって同年一一月半ばまで協議を重ねました。しかしながら、貴殿らの理解を得ることはできず、同年一一月二二日においてやむなく会社は組合に貴殿の解雇の協議を申し入れ、本年三月九日まで四回協議を重ねました。

さてこの間、貴殿、組合及び貴殿の代理人は、「会社の主張する事由は解雇に相当しない。」旨指摘しておりますが、裁判上においても、一つ一つの解雇事由自体が重大な事由でないとしてもそれらが積み重なり、総合的に著しく職務能力が欠如していると判断されるに至っては、解雇の相当性が認められております。本件においても後述する解雇事由を総合すると、貴殿は職務能力において著しく乏しく、在籍二七年にも拘わらず、自己責任を果たさないことから、上司及び同僚に著しい肉体的・精神的苦痛を与え続けたこと、その在籍年数の長さからもはや貴殿に改善の余地がないと判断するに至ったものです。

このような貴殿の勤務振りは、企業の活性化を著しく阻害するものであります。近時、企業の淘汰、殊の外、金融機関の競争力の強化が急務となっている昨今、貴殿に対する賃金は年間約一、二〇〇万円と頗る高賃金であるところ、後述するように貴殿の勤務振りに対し、貴殿の約四分の一の賃金で雇っている契約社員からも貴殿は注意、指導を受けていたものです。公務員、教職員においてすら、人事院が勤務成績が振るわない公務員を随時、降格したり、免職できたりするように新たな基準を策定し、二〇〇二年度から実施する(二〇〇一年二月一八日日経新聞)、指導力不足が明らかな「不適格教員」を教壇から排除できる仕組みを確立すべく「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」の改正案が国会に提出される見込みである(同年二月二七日産経新聞)等近時成績不良者に対して対応が厳しくなった状況、すなわち、公務員等においても本人の自己責任を重視するに至った状況に鑑みても、民間企業であるわが社において貴殿に対する解雇措置は相当なものとして是認されるものです。

今般、貴殿に退職を勧めて以来既に七ヶ月余が経つに至り、残念ながら会社として最終的な結論、すなわち、解雇通知を出すに至った次第です。

第二 解雇事由

会社が、昨年の七月二七日までに調査した結果及びそれ以降の貴殿・組合・貴殿の代理人との協議の結果を踏まえ、今回貴殿を就業規則第五三条一項三号に基づき解雇するに至った事由は次の通りです。

一 総論

貴殿は、後記に具体的に述べる通り、初歩的な業務をも遂行できず基本的な常識にも欠け、自己の果たすべき責任を果たさず、代理店・顧客の会社に対する信用を失墜させ、同僚社員に対しても精神的、肉体的に著しい苦痛を与え大いなる迷惑をかけています。しかも、上司等の度重なる注意指導にも拘わらず、改善せず、その改善意欲のなさに同僚社員は著しい心理的不快感を抱いていたものです。端的に言えば、上司はもとより同僚も貴殿の勤務に対し、既に限界に達していたものです。

二 各論

1 代理店、顧客のエースに対する対外的信用を傷つけ、低下させた。

(1) 平成一一年一二月、貴殿は安達代理店扱いの保険契約の申込書を一二月勘定で計上しなければならないところをしなかった。A支店長が平成一二年一月からは正しい業務処理を行うように注意、指導した。本件は顧客と代理店の信頼関係を失墜させ、ひいてはエース保険の信用も失墜させることになることを確認させ、指導したが、その後も尚再発している。

(2) 平成一二年二月に、貴殿はC―田中代理店扱いの申込書を二月勘定で計上しなければならないところをしなかったために、同年三月に保険料の口座振替えができなくなり、結果として代理店が顧客から二ヶ月分の保険料を手集金することになった。

H業務社員が、口座振替え契約の仕組み、スケジュールを再度貴殿に教えた。C営業課長は前回の安達代理店のこともあったので厳重に注意、指導したが、尚再発している。

(3) 平成一二年五月三一日に受領した、赤星代理店扱いの保険契約申込書を本来六月七日までに提出しなければならないところを貴殿は六月九日まで放置した。そのために、五月勘定での計上ができなくなり六月に保険料の口座振替えができなくなってしまった。結果として代理店が二ヶ月分の保険料をお客から手集金をすることになった。A支店長が一回目以上に貴殿に対し厳しく注意、指導したが、本件以降尚も同様の計上漏れが発生している。

2 代理店、顧客に対する言葉遣い、電話対応がなっていない。

A支店長が、言葉遣いを改めるよう指示したが改善せず、対面、電話どちらにしても、代理店、顧客にぶっきらぼうに話し、丁寧語、尊敬語を欠いた対応をするため代理店、顧客等に不信感、不快感を与え、後記の苦情を受けるとともに会社の信用を失った。

① 初歩的な電話対応マナーができていない(早口で、不明瞭、声が小さい、暗い)ことに加えて、例えば保険内容の異動の処理方法が分からない等保険業務の知識に乏しいため代理店、顧客に不信感を抱かせた。

② 「直接の担当ではない」という言葉を多く使い、逃げ腰の対応をして顧客、代理店に不快感を与えた。

③ 電話をかけてきた相手方が代理店かどうか判別ができないために、代理店からの信用を失った。

平成一一年一二月の赴任当時から度々代理店及び顧客より苦情が出ていたので事ある毎にA支店長が注意をしていたが改善されないので、貴殿に対し平成一二年三月六日には文書で、四月二五日には口頭でそれぞれ厳しく注意、指導した。その後も、気付いた時に注意、指導重ねているが、全く改善していない。主要代理店からは貴殿に電話を取らせるなと苦情が、担当代理店からは担当替の要求が出ている(平成一二年二月と六月に現実に担当替を余儀なくされている。)。

3 業務知識が著しく低いにもかかわらず業務知識を収得しないために業務に支障が生じる。

(1) 平成一二年三月八日、A支店長が業務知識の早期収得を命じるも指示に従わずC営業課長、I営業社員等他の営業社員に何度も同じ営業上の質問をしてくる(例:教育マーケットの申込書の書き方、保険料のブレイクダウン等初歩的な事柄。)。

A支店長が、熊本支店赴任時から注意、指導してきたが平成一二年三月八日に改めて、少なくとも普通資格程度の知識を早急に収得するように厳しく注意、指導した。同年七月現在でも貴殿の業務知識は向上していない。

(2) 平成一二年四月二八日現在、業務上の指示を受けた代理店の自主点検ができてない。

A支店長が、貴殿が担当する代理店の自主点検を一〇〇%実施するように指示をしたが、同年五月末にもできていなかった。

4 業務上の規則、ルールを守らないために業務に支障が生じ、協調性がないと判断される。

(1) 平成一二年四月に東代理店から受領した満期返戻金指図書を業務に直ちに提出せず一週間放置していた為に、満期返戻金の入金がないと顧客から苦情の電話があった。

C営業課長が満期返戻金指図書は受領後直ちに業務に提出するように口頭で注意、指導した。

(2) 平成一二年四月二六日に代理店から受領した幼稚園プラン保険契約申込書を約一ヶ月後れの同年五月二四日に業務にまわした。

H業務社員がその場で貴殿に、受領した申込書は遅滞なく業務に提出するように注意した。また、A支店長が、H業務社員から報告を受けた後、申込書は受領後遅滞なく業務に提出するように口頭で貴殿に注意、指導した。

その後も、貴殿の保険契約申込書の業務課への提出が月末に集中する。

その他の提出期限を守らない具体的書類として、例えば「ノンフリート等級・誤り調査の願い」については平成一二年二月から同年五月分まで調査を一件もせず放置しており、結局同年六月二六日まで四〇件を放置していた。そのためC営業課長、I営業社員が代行せざるを得なかった。

(3) 担当する代理店が提出してきた契約申込書のエラーのチェックをしない。A支店長が赴任当時から毎月エラーチェックをするよう貴殿に対し再三注意、指導はしていたにもかかわらず怠ってる。結局月末になってもエラーチェックを行わないために、C営業課長やI営業社員が代行せざるを得なかった。

以上の通り、貴殿は初歩的な業務でさえ遂行できず、また損害保険会社の社員としての基本的な常識にも欠けるためにA支店長をはじめC営業課長、I営業社員、そして契約社員であるH業務社員等熊本支店の他の社員に対して多大なる負担と迷惑をかけている。

また、会社は貴殿に対し日常的に注意喚起したり、貴殿の責めにより発生したクレームの処理のため代理店、顧客への対応に計り知れない時間を費やしている。

更に会社は貴殿の業務遂行能力が上記の通り著しく劣るために代理店、顧客からの信用を失っている。このように、貴殿の労働能率が著しく低いために熊本支店の事務能率上大きな支障をきたしている。誠に遺憾の極みと言わなければなりません。

別紙2

乙野次郎殿

解雇事由について

第一 はじめに

会社は、後述するように貴殿において就業規則第五三条一項三号「労働能率が著しく低く、会社の事務能率上支障があると認められたとき」に該当することを確認し、貴殿の将来性をおもんぱかり、円満な解決を図ろうと昨年七月二七日以来貴殿に退職を勧め、組合との間では三回及び同人の代理人との間では四回にわたって同年一一月半ばまで協議を重ねました。しかしながら、貴殿らの理解を得ることはできず、同年一一月二二日においてはやむなく会社は組合に貴殿の解雇の協議を申し入れ、本年三月九日まで四回協議を重ねました。

さてこの間、貴殿、組合及び貴殿の代理人は、「会社の主張する事由は解雇に相当しない。」旨指摘しておりますが、裁判上においても、一つ一つの解雇事由自体が重大な事由でないとしてもそれらが積み重なり、総合的に著しく職務能力が欠如していると判断されるに至っては、解雇の相当性が認められております。本件においても後述する解雇事由を総合すると、貴殿は職務能力において著しく乏しく、在籍二四年にも拘わらず、自己責任を果たさないことから、上司及び同僚に著しい肉体的・精神的苦痛を与え続けたものです。そして、上司らの注意指導を受けても何ら改善がみられなかったこと、その在籍年数の長さからもはや貴殿に改善の余地がないと判断するに至ったものです。

このような貴殿の勤務振りは、企業の活性化を著しく阻害するものであります。近時、企業の淘汰、殊の外、金融機関の競争力の強化が急務となっている昨今、貴殿に対する賃金は年間約一、一〇〇万円と頗る高賃金であるところ、後述する貴殿の勤務振りに対し、貴殿の約三の一の費用で契約している派遣社員からも貴殿は注意、指導を受けていたものです。公務員、教職員においてすら、人事院が勤務成績が振るわない公務員を随時、降格したり、免職したりできるように新たな基準を策定し、二〇〇二年度から実施する(二〇〇一年二月一八日日経新聞)、指導力不足が明らかな「不適格教員」を教壇から排除できる仕組みを確立すべく「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」の改正案が国会に提出される見込みである(同年二月二七日産経新聞)等近時成績不良者に対して対応が厳しくなった状況、すなわち、公務員等においても本人の自己責任を重視するに至った状況に鑑みても、民間企業であるわが社において貴殿に対する解雇措置は相当なものとして是認されるものです。

今般、貴殿に退職を勧めて以来既に七ヶ月余が経つに至り、残念ながら会社として最終的な結論、すなわち、解雇通知を出すに至った次第です。

第二 解雇事由

会社が、昨年の七月二七日までに調査した結果及びそれ以降の貴殿・組合・貴殿の代理人との協議の結果を踏まえ、今回貴殿を就業規則第五三条一項三号に基づき解雇するに至った事由は次の通りです。

一 総論

貴殿は、後記に具体的に述べる通り、初歩的な業務をも遂行できず基本的な常識にも欠け、自己の果たすべき責任を果たさず、代理店・顧客の会社に対する信用を失墜させ、同僚社員に対しても精神的、肉体的に著しい苦痛を与え大いなる迷惑をかけています。しかも、上司等の度重なる注意指導にも拘わらず、改善せず、その改善意欲のなさに同僚社員は著しい心理的不快感を抱いていたものです。端的に言えば、上司はもとより同僚も貴殿の勤務に対し、既に限界に達していたものです。

二 各論

1 代理店の会社に対する信用を傷つけ、低下させた。

(1) B支店長がこれまでに再三貴殿に対して、「指示されたことは正確にノートに記録するよう」注意、指導していたが、未だに改善は見られない。平成一二年三月七日にも注意、指示したばかりであったが、その直後の同年三月一〇日、アクセスインシュアランス代理店扱いの長野大学、上田女子短期大学の保険募集用の資材作成に際し、当代理店から募集資材に前橋支店の名前を入れずにアクセスインシュアランス代理店の名前を入れること等細かく指示を受けたが、貴殿は当該指示をノートに取らず、失念して募集資材に前橋支店の名前を入れてしまった。そのために、作成した募集資材八〇〇部が無駄になるばかりか、代理店が両校での保険募集を行えなかった。

(2) 平成一二年三月一一日高野代理店扱いの群馬県内の大学、短大にて学生総合保険の募集を行う予定であったが、貴殿が保険加入依頼書に記載がある保険料の振込み口座番号を間違えて印刷依頼をしたために、同代理店は保険募集の資材として使用できなくなり、保険募集に支障をきたした。前記(1)同様、B支店長が指示されたことは、正確にノートに記録するように貴殿に対し注意、指導したが未だに改善は見られない。

(3) 担当であるエース社代行である菅谷代理店が、貴殿の業務上の知識が低い、指示したことを指示通り行ってくれない、仕事が遅い等の対応の悪さを理由に他社に乗合いを申請してきた。これに対して貴殿は、業務上の不手際を謝罪し、乗合いをしないように代理店に対して依頼、説得することを全くしなかった。この件について、B支店長が、貴殿に業務知識の早期収得、適正な代理店への対応を注意、指導した。しかし、その後も業務知識の収得が見られない。赴任時と変らず貴殿の業務知識は非常に低い。代理店への対応も改善されていない。

(4) 平成一二年一月以降、宮坂代理店から、当代理店が貴殿に伝言を依頼しても他の社員に伝わらないために、貴殿を電話に出さないようにとの要求が再三、会社にあった。

(5) 平成一二年四月、宮坂代理店から受領した幼稚園保険契約申込書を速やかに本社に送付せず、月末にまとめて送付したために顧客への保険証券の発行が約一ヶ月遅れた。

(6) 平成一二年五月貴殿に、GI(企業団体傷害保険)の契約取消し、契約再計上の処理について代理店、顧客に対して説明をしなかった等の不手際があったため、代理店、顧客に迷惑がかかった。本件は貴殿の業務知識の低さに原因があったにもかかわらず、貴殿は代理店、顧客に対して謝罪を十分にしなかった。これに対して代理店は激怒してB支店長は代理店から厳しく叱責された。また、これに起因して当該代理店から代理店の全国大会に出席しない旨の通知があった。J営業本部長も謝罪のために当代理店に電話をしたが、同代理店から貴殿の日頃の態度、とりわけ営業社員というよりも大人としてバランスが悪いことを厳しく叱責された。

2 業務能力が著しく劣ること

(1) 保険商品の内容、保険商品の売り方の勉強をしない等、業務知識の収得の努力を全くしない。B支店長が、赴任してきた平成一一年一二月以降貴殿に対し注意、指導し、平成一二年五月八日にもパンフレット、規定集、事務処理マニュアル等で勉強するように具体的に指示をした。しかし、その後も業務知識の改善が全く見られない。

(2) 代理店の自主点検を指示するもできない。

B支店長が貴殿に対し、自主点検の方法を説明、指導し、平成一二年五月初旬までには一〇〇%完了するように指示したが五月初旬時点では担当する代理店二〇店中一店もできていない。

(3) B支店長が貴殿に対し、平成一二年一月に支店の計上数字の提出を求めるも提出がなかった。B支店長が、その後も貴殿に対し毎月計算方法を教示しているものの、同支店長が催促しないと提出しなかった。また、提出されても計算が不正確で、結局同支店長が再計算せざるを得なかった。

3 業務上の規則・ルールを守らない

(1) オートDリスクの申請が必要な案件があるにもかかわらず、平成一二年一月から一件も貴殿から申請されていない。B支店長が、同年一月以降再三貴殿に対して注意、指導し同年五月八日にもマニュアルに従い、適宜申請するように指示するも貴殿から申請がなされていない。

(2) 「ノンフリート等級・適用誤り調査の願い」を、調査後貴殿はファイルにつづらないために調査が適正に行われているかどうかB支店長が確認できなかった。

B支店長が、貴殿に対し平成一二年四月八日、毎月調査すること、その後はファイルすることを貴殿に対し指示したが同年六月現在もファイルされていない。

以上の通り、貴殿は初歩的な業務でさえ遂行できず、また損害保険会社の社員としての基本的な常識にも欠けるために、B支店長をはじめK(旧姓K')業務社員、そして二名の派遣社員も含めた前橋支店の他の社員に対して多大なる負担と迷惑をかけている。また、会社は貴殿に対し日常的に注意喚起したり、貴殿の責めにより発生したクレームの処理のため代理店、顧客への対応に計り知れない時間を費やしている。

更に会社は、貴殿の業務遂行能力が上記の通り著しく劣るために代理店、顧客からの信用を失っている。このように、貴殿の労働能力が著しく低いために、前橋支店の事務能率上大きな支障をきたしている。誠に遺憾の極みと言わなければなりません。

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