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東京地方裁判所 平成13年(レ)65号 判決 2001年8月30日

控訴人

株式会社関商運輸

被控訴人

椎橋太郎

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  控訴人は、被控訴人に対し、二三万五三七五円を支払え。

三  被控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを五分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の負担とする。

五  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

(一)  原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。

(二)  被控訴人の請求を棄却する。

(三)  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

(一)  本件控訴を棄却する。

(二)  控訴費用は、控訴人の負担とする。

第二事案の概要

本件は、信号機による交通整理の行われている交差点(以下「本件交差点」という。)において、椎橋喜代美(以下「喜代美」という。)が運転する被控訴人所有の普通乗用自動車が直進進行していたところ、対向車線から右折進行しようとした佐々木高貴(以下「佐々木」という。)運転の普通貨物自動車がこれに衝突し、被控訴人所有車両が損傷したとして、被控訴人が控訴人に対し、修理費及び代車使用料の賠償を求めた事案である。

一  前提となる事実(当事者間に争いがない。)

(一)  本件事故の発生

(1) 日時 平成一二年五月一九日午後一時一〇分ころ

(2) 場所 東京都渋谷区東三―二五 恵比寿一丁目交差点内

(3) 加害車両 佐々木が運転し控訴人が所有する普通貨物自動車

(4) 被害車両 喜代美が運転し被控訴人が所有する普通乗用自動車

(5) 事故態様 本件交差点の中央付近で、加害車両の右側面中央付近と被害車両の右後部が接触した。

(二)  責任原因

佐々木は、本件事故当時、控訴人の被用者であり、本件事故は控訴人の事業の執行中に発生した事故であるから、控訴人は、民法七一五条により、被控訴人に生じた損害を賠償する責任がある。

二  争点

(一)  喜代美と佐々木の過失割合

(二)  被控訴人の損害額

第三争点に対する判断

一  争点(一)(喜代美と佐々木の過失割合)について

(一)  甲五、一〇、乙六、九、当審における証人佐々木高貴及び同椎橋喜代美の各証言によれば、本件の事故態様について、(1) 本件交差点は、信号機による交通整理の行われている十字路交差点であること、(2) 喜代美は、被害車両を運転し、渋谷方面から恵比寿通り方面に向けて走行して、本件交差点に至ったこと、(3) 喜代美は、前方道路が渋滞していたが、前方の車両がゆっくりと進行していたため、本件交差点に進入し、本件交差点内を低速で走行していたこと、(4) 被害車両に後続して本件交差点に進入した車両はなかったこと、(5) 一方、佐々木は、全長八・五一mの加害車両を運転し、被害車両の走行する車線の対向車線を走行して、本件交差点に至り、交差点中央付近において、右折待ちの状態でしばらく待機していたこと、(6) 佐々木は、対向車線が渋滞していたことを認識していたが、被害車両が本件交差点の中央付近を通過した後、被害車両の動向を確認することなく、右折を開始した結果、本件交差点の中央付近で、加害車両の右側面中央付近と被害車両の右後部が接触したことが認められる。

(二)  以上の事実によれば、加害車両は、直進車である被害車両が通過した後に、その後方を右折進行しようとしたものであるから、佐々木としては、直進する被害車両の動向に注意し、これが通過するのを確認してから右折をすべきものであった。とりわけ、加害車両のように全長が八・五一mもある車両については、いわゆる内輪差が生じるから(甲六参照)、右左折をするときには十分な注意が必要であったといえる。しかるに、佐々木は、被害車両が本件交差点の中央付近を既に通り過ぎたものと軽信し、対向車線が渋滞していたことを認識しながら、被害車両の動向を確認することなく右折を開始したため、加害車両の右側面中央付近を被害車両の右後部に接触させたものである。他方、本件交差点に先に進入し、低速で走行していた喜代美としては、その後方を右折進行しようとする加害車両との衝突を回避することは不可能であって、本件事故は、佐々木の一方的な過失により発生したといわなければならない。

(三)  この点に関し、控訴人は、被害車両の前方が渋滞していたのであるから、喜代美としては、前方の渋滞を確認した時点で本件交差点に進入すべきではなかったと主張する。しかし、本件全証拠によっても、車両が交差点内で詰まって動かなくなるほど渋滞していたとは認められず、喜代美が本件交差点に進入した場合に、対向車線からの右折車両や交差道路の車両の通行の妨害となるおそれがあった(道路交通法五〇条一項参照)とはいえないから、喜代美が本件交差点に進入したことに過失があるとはいえない。

また、控訴人は、被害車両が黄色信号で本件交差点に進入したと主張し、乙九及び証人佐々木高貴の供述中には、「信号が青色から黄色に変わったと同時くらいに、被害車両が本件交差点に進入してきた」旨をいう部分がある。なるほど、被害車両に後続して本件交差点に進入した車両がなかったことからすれば、被害車両が本件交差点に進入する前後に対面信号が黄色表示に変わっていた可能性は否定し得ない。しかし、そうであったとしても、乙九及び証人佐々木高貴の供述によれば、信号表示が黄色に変わったのは被害車両が本件交差点に進入するのと同時くらいというのであり、被害車両としては、本件交差点の手前で停止することはできないから、本件交差点に進入することが許されないものではない(道路交通法施行令二条一項黄色の灯火二号ただし書参照)。そして、直進車と右折車との出会い頭の衝突事故であればともかく、本件のように右折車が直進車の後方から衝突した事故態様の下においては、青色信号から黄色信号への変り目に本件交差点に進入したことが、本件事故発生についての喜代美の過失を構成するとはいえない。

二  争点(二)(被控訴人の損害額)について

(一)  修理費 二二万八三七五円

甲三、四によれば、被控訴人は、本件事故による被害車両の修理費として、二二万八三七五円を支払ったことが認められる。この点に関し、控訴人は、請求書(甲四)の項目のうち、二、四、五は本件事故と相当因果関係のない損害であると主張し、乙一にはこれに沿う記載がある。しかし、甲四及び弁論の全趣旨によれば、被害車両(ベンツ)を修理した鈴木自動車株式会社はベンツの輸入販売店であるヤナセの特約販売店であるところ、同社の担当者は、「請求書の一の右リヤフェンダーを塗装するためにはこれを脱着する必要があったので、二の費用が加算され、また、右リヤフェンダーは右ルーフサイドとつながっているから、四の右ルーフサイドの塗装もする必要があり、さらに、右ルーフサイドを塗装するにはこれを脱着する必要があって、五の費用が加算された」旨、修理の必要性を説明していることが認められる。この説明は首肯するに足り、これによれば、請求書(甲四)に記載の修理内容は、いずれも本件事故と相当因果関係があると認められる。

(二)  代車使用料 七〇〇〇円

甲二、一〇、証人椎橋喜代美の証言によれば、喜代美は、本件事故に遭った平成一二年五月一九日に被害車両を修理に出し、それから代車を返還した同月二五日までの七日間、代車(ベンツ)を借り受けたこと、被控訴人は、その費用として七万円を支払ったこと、修理を終えた被害車両が被控訴人方に届けられたのは同月二九日であったことが認められる。

ところで、自動車が交通事故によって損傷した場合であっても、修理期間中に代車を使用した費用が常に事故と相当因果関係のある損害として認められるわけではなく、被害者側にも損害の発生の拡大を防ぐべき信義則上の義務があるから、バス、地下鉄などの公共交通機関や必要に応じてタクシーを利用することにより、営業上又は日常生活上、特段の支障が生じない場合には、これらの交通機関を利用すべきものであって、代車を使用した費用を損害と認めることはできない(この場合には、公共交通機関の利用料金やタクシー代が損害となり得るものである。)。そして、甲四、一〇、乙八、証人椎橋喜代美の尋問の結果によれば、(1) 被害車両は、主に喜代美が使用しており、会社役員をしている被控訴人は、別に車両(ベンツ)を所有し、仕事上使用していること、(2) 喜代美は、主婦であって、買い物、習い事、孫の送迎などに被害車両を使用していること、(3) 本件事故当時における被害車両の走行距離は八八五九kmであって、喜代美は、被害車両の初年度登録以来、一日平均一四km程度しか被害車両を運転していないこと、(4) 喜代美は、代車を返還した平成一二年五月二五日から被害車両が修理を終えて届けられた同月二九日までは、車両を使用していないことが認められる。

以上の事実によれば、被控訴人はもとより、喜代美についても、被害車両を使用し得ない期間中、代車を借りなくとも、営業上又は日常生活上、特段の支障は生じないものと認められるから、本件における代車(ベンツ)の使用料七万円を本件事故による損害とすることはできない。

しかし、代車使用料の請求は、要するに、被害車両に代わる代替的交通機関の使用料金の賠償を求めるものであるところ、被控訴人の代車使用料の主張は、代車使用料が損害と認められなかった場合における公共交通機関の使用料金の主張を含むものと解するのが合理的であるから、被控訴人の代車使用料の請求は、特段の主張・立証のない本件においては、被害車両を修理に出していた平成一二年五月一九日から同月二五日までの七日間につき、一日当たり一〇〇〇円、合計七〇〇〇円の限度で認容するのが相当である(なお、甲四によれば、被害車両の修理に要した期間は同月二二日から同月二五日までの四日間と認められるが、代車使用料など代替的交通機関の使用料金の賠償は、修理自体に要した期間しか認められないものではない。)。

第四結論

以上の次第で、被控訴人の本訴請求は、二三万五三七五円の支払を求める限度において理由があるのでこれを認容し、その余は失当として棄却すべきであるから、これと異なる原判決を主文のとおり変更することとする。

(裁判官 河邉義典 村上浩昭 影浦直人)

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