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東京地方裁判所 平成13年(ワ)11175号 判決 2003年2月28日

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  請求

被告らは原告に対し、金2億7656万8012円及び内金2億4501万5625円に対する平成13年6月7日から、内金3155万2387円に対する平成14年10月19日から各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

本件は、原告と原告の夫であるA(以下「A」という。)が居住するマンションの主寝室で火災が発生したが、マンションの設備等に瑕疵があり、また、マンションの売主である被告三井不動産株式会社(以下「被告三井不動産」という。)及び売主の販売代理人であった被告三井不動産販売株式会社(以下「被告三井不動産販売」という。)に売買契約上の説明義務違反があったため、Aが、本件マンションを原状回復するための費用やマンションが減価したことによる損害を被り、被告らに対し、債務不履行に基づく損害賠償債権を有していたところ、原告が、同人を相続し、被告らに対し、債務不履行に基づく損害賠償の一部として2億7656万8012円及び遅延損害金の支払を請求した事案である。

1  前提となる事実(各文末尾記載の証拠等により容易に認められる事実のほかは、当事者間に争いがない。)

(1)  原告は、Aの妻である。

Aは、平成11年4月30日、被告三井不動産との間で、別紙物件目録記載の区分所有建物「a町パーク・マンション」(以下、建物全体につき「本件建物」という。)の802号室(以下「本件マンション」という。)を5億3000万円で購入する旨の売買契約を締結した。

被告三井不動産販売は、上記売買契約における売主の販売代理人であった。

(2)  Aと原告とは、平成12年4月7日に本件マンションの引渡を受け、同年9月28日から居住を始めた。(乙1、弁論の全趣旨)

(3)  平成12年10月4日午前5時15分ころ、本件マンションのAの寝室から出火して、失火事故(以下「本件火災」という。)が発生し、同火災により、Aは顔面及び気管の火傷等を負い、慶應義塾大学病院に入院して気管切開手術の治療を受けたが、同年11月15日、死亡した。(甲5、7)

(4)  Aの相続人は、原告のほかAの姉1名及び弟妹各1名の合計4名であった。(弁論の全趣旨)

2  争点及び争点に対する当事者の主張

(1)  本件マンションの瑕疵

(原告の主張)

本件マンションには、別紙瑕疵主張一覧表の「争点(1)(本件マンションの瑕疵)について」の「原告の主張」欄記載のとおりの瑕疵がある。(なお、原告は、当初、床コンクリートスラブの打設不良及び本件マンションの天井の配管を通じて本件建物8階廊下に煙と熱風が送られる構造になっていたことをも瑕疵として主張していたが、それらの瑕疵と原告主張の後記損害との因果関係は全く主張されておらず、主張自体失当である。)

(被告らの主張)

被告らの認否、反論は、別紙瑕疵主張一覧表の「争点(1)(本件マンションの瑕疵)について」の「被告らの主張」欄記載のとおりである。

(2)  防火扉の使用に関する説明義務違反

(原告の主張)

本件マンションの防火扉が本件火災時に電源が入っていなかったとすると、被告らが電源を切ったまま、原告又はAに防火扉の電源スイッチについて何ら説明しないまま、本件マンションを引き渡したことになる。

本件マンションの売主及び販売代理人である被告らとしては、買主であるAや原告に対し、防火扉の電源スイッチの位置及び電源スイッチを通常は必ず「入」の状態にしておかなければならないことを説明すべき義務を負うにもかかわらず、これを怠り、上記説明をせず、防火扉のスイッチを「切」にしたまま本件マンションを引き渡したのであるから、被告らには、売買契約上の付随義務としての説明義務違反がある。

(被告三井不動産販売の主張)

本件マンションの消防設備には不備がなく、本件事故の原因となっていない以上、説明義務違反は問題とならない。

また、被告三井不動産販売は、本件マンションの消火設備につき重要事項説明書で「避難ハッチ及び感知器等の位置については、別添「パンフレット」をご参照ください」と記載し、感知器等の位置が記載された図面をA及び原告に交付した。さらに、A及び原告の入居に際し、消防設備を含めた各設備について記載されたガイドが交付されており、これらを読めば、消防設備の箇所・機能は明らかであって、同被告に説明義務違反はない。

(3)  本件マンションの瑕疵又は防火扉の使用に関する説明義務違反とAの損害との因果関係

(原告の主張)

ア 本件マンションの瑕疵とAの損害との因果関係

本件マンションの瑕疵とAの損害との因果関係に関する原告の主張は、別紙瑕疵主張一覧表の「争点(3)ア(本件マンションの瑕疵とAの損害との因果関係)について」の「原告の主張」欄記載のとおりである。

イ 防火扉の使用に関する説明義務違反とAの損害との因果関係

被告らが、A又は原告に対し本件マンションを引き渡す際に、防火扉の電源を入れ、防火扉のスイッチの位置を指示し、スイッチを必ず「入」の状態にしておくべきことを説明していれば、本件火災時に、防火扉は正常に作動し、火災が防火区画外に拡がることはなかったが、実際には被告らが上記説明を怠ったため、防火扉が作動せず、火災が防火区画外に拡がり、防火区画外の天井、壁、床、家具等を焼損ないし汚損して、Aは後記(4)の(原告の主張)記載の損害を被った。

(被告らの主張)

ア 本件マンションの瑕疵とAの損害との因果関係について

本件マンションの瑕疵とAの損害との因果関係に関する被告らの認否、反論は、別紙瑕疵主張一覧表の「争点(3)ア(本件マンションの瑕疵とAの損害との因果関係)について」の「被告らの主張」欄記載のとおりである。

イ 防火扉の使用に関する説明義務違反とAの損害との因果関係について

防火扉について消防設備上の不備はなく、原告主張の説明義務違反とAの損害との因果関係もない。

(4)  本件火災によるAの損害

(原告の主張)

本件火災により、Aは、少なくとも次のア、イのとおり合計3億6875万7350円の損害を被り、同額の損害賠償請求権を有していたが、平成12年11月15日、死亡し、原告はAを法定相続分である4分の3の割合で相続した。

ア 原状回復費用 1億8375万7350円

本件マンションが焼損し、その原状回復のため、Aは次のとおりの支出を余儀なくされ、同額相当の損害を被った。

解体撤去工事        1102万5000円

解体工事に伴う備品搬出他工事 604万4850円

改修工事         1億6668万7500円

合計           1億8375万7350円

イ 本件マンションの減価 1億8500万円

本件火災により、本件マンションは、原状回復したとしても、3億2000万円~3億7000万円の値幅でのみ売却できるに過ぎなくなった。

したがって、Aは、本件マンションの購入価格である5億3000万円から上記値幅の平均である3億4500万円を差し引いた1億8500万円相当の減価による損害を被った。

(被告らの主張)

本件火災によるAの損害については不知である。

第3  当裁判所の判断

1  認定事実

当事者間に争いのない事実、証拠(甲5~7、11、12、14、乙1~13、検証及び鑑定の結果、証人T、証人S)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1)  Aは、平成11年4月30日、被告三井不動産との間で、本件マンションを5億3000万円で購入する旨の売買契約を締結した。

被告三井不動産販売は、上記売買契約における売主の販売代理人であった。

(2)  被告三井不動産は、三井建設株式会社に本件建物を建築させ、平成12年3月ころ、同建物は竣工に至った。

(3)  本件マンションは、本件建物の南側と西側に面しているところ、本件建物南側は幅員6メートルの道路に接し、本件建物西側は幅員4メートルの道路と幅員2.5メートルの歩道状空地に接しており、この歩道状空地には、本件建物竣工直前に、膝くらいの高さのオオムラサキツツジが植えられた。上記空地には、高い樹木も10メートルを超える間隔で植えられていた。

(4)  本件マンションの設備について

ア 本件マンションには、火災感知器が合計12箇所、火災報知機が玄関と勝手口に各1箇所及び台所に1箇所設置され、本件マンション内の火災感知器が作動すると、本件建物1階の受信機が点灯し、受信機の主音響が鳴り、8階の地区音響装置(ベル)が鳴動するとともに、本件マンション内の報知機が「火事です。火事です。」と警報を発し、住戸玄関機の火災灯も点灯して「火事です。」と音声を発する仕組みとなっていた。

イ 本件建物の防火扉は、専有部分については本件マンション(802号室)及びその向かい側の803号室にのみ設置されており、本件マンションでは、室内廊下に設置された防火扉が閉じることにより、別紙図面の斜線部分が防火区画を構成し、防火扉は、室内にある煙感知器が煙を感知すると、連動制御器の電源スイッチが入っていれば、自動的に閉まる仕組みとなっていた。本件マンションの連動制御器は、室内廊下から納戸に入ってすぐの場所に設置されており、電源スイッチはその中に納められていたが、連動制御器にはネジで閉める蓋が付いていた。

竣工の際に行われた消防用設備等検査において、本件建物の専有部分及び共用部分の防火扉について作動試験(共用部分については抜き取り検査)が行われ、平成12年3月9日、消防用設備等検査済証が交付された。本件マンションと803号室は、いずれも防火扉の作動試験が行われ、その際、両室の防火扉の電源は入っており、正常に作動した。

ウ また、本件マンションの防火区画を貫通するダクトは4本存在し、うち2本は台所レンジフード用給気・排気ダクト、他はバス、トイレ等の排気ダクトと居室給気用ダクトであったが、台所レンジフード用給気・排気ダクトには、消防法に従いセラミック20mm厚を使用して耐火被覆が施され、防火ダンパーが設置されており、ダクトの管内の温度が72℃以上に達するとヒューズが溶解し、防火ダンパーが閉鎖される仕組みになっていた。

エ 本件マンションの窓ガラスは、複層ガラスが使用され、耐風性能・断熱性能については高級グレードであったが、窓ガラスに使用する大きさで特殊な加工を施された強化ガラスは通常は存在しないため、耐熱性能は備えていなかった。

(5)  Aと原告とは、平成12年4月7日、本件マンションの引渡を受け、同年9月28日から本件マンションに居住を始めた。

上記入居時までに、被告三井不動産販売は、A又は原告に対し、重要事項説明書(乙9)、図面(乙3)及び「a町パーク・マンションガイド」(乙10)を交付した。

重要事項説明書には、「特記事項」の「設備等について」の項に、「本マンション住戸内には避難ハッチ(バルコニー等に設置)、熱感知器、煙感知器および防犯設備(窓センサー)等が設置されます。……避難ハッチおよび感知器等の位置については、別添「パンフレット」をご参照下さい。」と記載され、図面には、火災感知器の場所(合計12箇所)が示され、火災報知機の場所はドアホン(玄関と勝手口に各1箇所)及び住宅情報盤(台所に1箇所)の位置として示されていた。また、「麻布霞町パーク・マンションガイド」には、火災感知器が熱を感知すると、住戸情報盤と住戸ドアホンで警報が発せられ、同時にBell Boyセンター(防犯・防災のための警備・監視を行うセキュリティシステムを管理する部署)に通報されて、必要に応じて警備員が急行する旨が記載されていた。

なお、本件マンションの防火扉の位置は上記図面に点線で表示されていた。

(6)  平成12年10月4日午前5時15分ころ、本件マンションのAの寝室から出火して、本件火災が発生した。

Aは、前日の3日午後8時か9時ころ、主寝室(同図面の寝室A)で就寝し、原告は、翌4日午前1時30分ころ、同図面の寝室Bで就寝したが、出火当時、Aは寝ていた主寝室(同図面の寝室A)から移動して居間にいた。

Aは、室内廊下側から焦げ臭いにおいがすることに気づき、主寝室に行ったところ、煙を目撃したので、寝室Bで寝ていた原告を起こし、火災を知らせた。原告は、寝室から室内廊下を通って居間に走ったが、このとき防火扉が閉まっていないこと、火災を知らせる警報音が鳴っていることに気づいた。原告は、コート掛けにあったワンピースに着替え、ゴム草履を履いて、中央玄関(勝手口)付近にいたAとともに共用廊下に出た。このとき、共用廊下では火災警報が鳴っていた。原告は、エレベーターが止まっていたので、階段で1階へ走り下り、1階ロビーフロアーのフロントへ行った。

一方、本件マンションのある棟を巡回していた警備員Nは、同日(4日)午前5時18分ころ、6階の非常階段で上階からの警報音を聞いた。同人は、急いで8階に駆け上がったところ、本件マンションのドアホンにあるランプが点滅しており、火災を知らせるアナウンスが流れていたが、8階共用廊下には煙の臭いはなかった。同人は1階に駆け下り、午前5時21分ころ、119番通報をした後、初期消火を行うため、再び階段で8階に駆け上がると、同階の共用廊下全体に煙が充満していたので初期消火を断念し、消防隊員を誘導するため1階に駆け戻り、同階のフロントにいた原告に遭遇した。

原告はNに対し、Aが8階にいるので救助して欲しい旨を告げた。Nは、8階へ駆け上がり同階共用廊下でAを発見し、7階廊下に避難させた。このとき、8階廊下には煙が充満し、前が見えない状態であった。

Aは、気道熱傷等を受傷し、救急隊員によって慶應義塾大学病院に搬送された。本件火災の通報を受けて、約3分で麻布消防署の消防隊員が臨場し、消火活動を行ったが、その際、消防梯子車は用いられなかった。本件火災は、同日午前7時55分に鎮火した。

(7)ア  本件火災により、本件マンションは約210平方メートルのうちの98平方メートル及び天井等49平方メートルが焼損し、階下の703号室は19平方メートルが水損し、8階共用廊下は天井・壁・じゅうたんが汚損し、エアコン1個が溶融した。

イ  本件火災後の本件マンションの防火区画外の状況は、<1>居間は、天井、東側壁の食器棚、南側のガラス引き戸の上部が黒ないし黒茶褐色に煤けていたが、中央のテーブル上の物品、西側の衣紋掛けは焼損していない、<2>ダイニングルームは、天井及びシャンデリア、西側壁の食器棚、東側壁の接する洋服箪笥の上部、北側壁の西寄り室内廊下に接する片開き扉透明ガラスの上部一段が黒ないし茶褐色に煤けていたが、食器棚西側及び洋服箪笥東側の段ボール箱に汚損は見分されない、<3>室内廊下は、天井の化粧仕上げ材が消失して石膏が露出し、北側天井は石膏ボードが落下し、ダクトが切断して垂れ下がり、木材の廻り縁が炭化していたほか、内壁上部の石膏ボード化粧仕上げ材が焼失して、その下が剥離して垂れ下がり、石膏ボードが黒褐色を呈しており、床には炭化物が散乱していた、<4>中央玄関の天井は焼け、内壁上部は煤けて茶褐色を呈しており、玄関片開き扉の上部は茶褐色に変色していたが、下部は原型を保っていた、<5>台所は、天井は乳褐色に変色し、ガステーブルは変色していたが汚れていなかった、<6>ファミリールームは、天井のほぼ中央に設置されたエアコン設備が溶融して垂れ下がり、天井全体が灰色に変色し、内壁の上部は茶色に変色していたが、机、段ボールは焼損していなかった、<7>ファミリールーム北側の寝室は、天井に設置されたエアコン設備が溶融して垂れ下がり、天井材全体が黒褐色に変色し、内壁上部が茶褐色に変色していたが、箪笥、段ボール、ウォークインクローゼットの天井・壁・荷物は焼損していなかった、<8>中央玄関北側のドレッシングルームは、木製扉の化粧材上部は炭化し骨組みが見えるが、中央から下部に袈けて原型を保ち、天井のダウンライト1個は溶融して垂れ下がり、照明器具は固定金物のみで、天井全体が灰褐色に変色し、内壁は上方が茶色に変色しているが、段ボール、旅行カバンは焼損していなかった、<9>納戸は、片開き鉄製扉の化粧材上部が焼失し、その下は炭化剥離しているが、中央から下部にかけて原型を保ち、天井は茶色に変色し、内壁は煤け、漏電遮断器及び配線遮断器は作動しておらず、箪笥、合成樹脂ケース、段ボールは焼損していない、というものであった。

ウ  防火区画内にあった主寝室西側引き扉のガラスは破損し、上部アルミ枠が溶融し、中央から垂れ下がった。

エ  本件マンションに設置されていた防火扉は、本件火災時に、連動制御器にある電源スイッチが「切」の状態となっていたため、作動しなかった。

オ  本件マンションの防火区画を貫通する4本のダクトのうち、バス、トイレ等の排気ダクトと居室給気用ダクトは、ダクト内部温度が防火ダンパーの作動温度に達したため、防火ダンパーが作動したが、台所レンジフード用給気排気ダクト(2本)はダクト内の温度が防火ダンパーのヒューズ溶解温度に至らず、作動しなかった。

(8)  本件火災の出火原因は、主寝室のAのベッド付近の焼損が激しいこと、同ベッドのそばにあった空き缶からたばこの吸い殻5本が見分されたこと、本件火災直後に、Aが救急隊員に対し「私がベッドで吸ったたばこが原因かもしれない。」と供述していること等から、Aが寝室で吸っていたたばこ又はたばこの火種が何らかの原因でベッドの布団に落下し、Aがそれに気づかず居間に移動したため、布団に着火し、無炎燃焼を継続した後、出火したものと判定された。

(9)  本件火災から1週間以内の時期に、本件建物の建築工事に関する責任者であった三井建設株式会社のSは、本件マンションの向かい側の803号室について、防火扉が正常に作動するかどうか調査したところ、電源スイッチは入っており、防火扉は正常に作動した。

(10)  Aは、慶應義塾大学病院に入院して気管切開手術の治療を受け、咳・痰は多いものの気道は確保されて、病状は安定していたが、同年11月15日午後3時30分ころから、突然、呼吸困難となり、同日午後11時45分、急性心不全のため死亡した。

2  争点に対する判断

(1)  争点(1)(本件マンションの瑕疵)について

ア 火災感知器又は火災報知機の瑕疵について

上記1認定の事実によれば、本件マンションの火災感知器及び火災報知機は、火災感知器が作動すると、本件建物1階の受信機が点灯し、受信機の主音響が鳴り、8階の地区音響装置(ベル)も鳴動するとともに、本件マンション内の報知機が「火事です。火事です。」と警報を発し、住戸玄関機の火災灯も点灯して「火事です。」と音声を発する仕組みであったところ、本件火災において、警備員Nは、発生直後の平成12年10月4日午前5時18分ころ、6階の非常階段で上階からの警報音を聞き、急いで8階に駆け上がったところ、本件マンションのドアホンにあるランプが点滅し、火災を知らせるアナウンスが流れていたとしており、原告も、煙を目撃したAに火災を知らされ、寝室から室内廊下を通って居間に走った際、火災を知らせる警報音が鳴っていることに気づいたというのであるから、火災感知器及び火災報知機は正常に作動していたものと認められる。

したがって、本件マンションの火災感知器又は火災報知機が正常に作動しなかったことを前提とする原告の主張は理由がない。

イ 消防梯子車による消火活動が不可能であることについて

上記1認定の事実によれば、本件マンションは、本件建物の南側と西側に面し、本件建物南側は幅員6メートルの道路に接し、本件建物西側は幅員4メートルの道路と幅員2.5メートルの歩道状空地に接しており、この歩道状空地には、本件建物竣工直前に、膝くらいの高さのオオムラサキツツジが植えられていたというのであり、本件火災当時は、緊急車両がオオムラサキツツジを倒して歩道状空地に乗り入れることは十分可能であったと推認される。そうすると、原告主張のように、消防梯子車による消火活動のために道幅が最低4.5メートル必要であるとしても、道幅の不足が原因で消防梯子車による消火活動が行われなかったことを裏付ける証拠はなく、また、道幅も上記認定のとおり消防梯子車による消火活動に支障があるものとはいえないから、道幅の不足が原因で本件火災の際に消防梯子車を使用できなかったとは認められない。

また、上記空地には、丈の高い樹木も植えられていたが、その間隔は10メートルを超えていたのであるから、かかる樹木が植えられたことも、消防梯子車による消火活動を妨げる原因になったとは考えられない。

したがって、消防梯子車による消火活動が不可能であることを前提とする原告の主張は理由がない。

ウ 防火扉の瑕疵について

上記1のとおり、本件火災時に、本件マンション内の防火扉は、電源スイッチが入っていなかったため、自動的に閉まらなかったことが認められる。

原告は、防火扉が自動的に閉まらなかったことが機能上の瑕疵である旨主張するが、電源スイッチが切れていれば防火扉が自動的に閉まらないことは当然であり、防火扉が通常有すべき品質、性能を欠いていたとはいえない。また、電源スイッチが「切」になっていたこと以外に、不作動の原因となる不具合が防火扉に存在した事実は認定できない。したがって、防火扉そのものに瑕疵があるとは認められない。

次に、原告は、被告らが電源スイッチを切ったまま本件マンションを引き渡したことが売買契約上の債務不履行に当たる旨主張する。しかし、本件マンションの引渡時に防火扉の電源スイッチが切れていたことを認めるに足りる証拠はなく、かえって、竣工の際に行われた消防用設備等検査において、本件マンションと803号室について防火扉の作動試験が行われ、その際、両室の防火扉の電源は入っており、正常に作動したこと、作動試験から本件マンションの引渡までの間に、被告らないし建築工事関係者が防火扉の電源を切る必要性がないこと(証人S)、本件マンションは作動試験後間もない平成12年4月にAに引き渡され、本件火災発生までの約5か月間、Aが占有管理していたこと、本件火災後、Sが803号室の防火扉を調査したところ、電源スイッチが入っており、正常に作動したことが認められる。そうすると、本件火災時に、何らかの理由で本件マンションの防火扉の電源スイッチが切れていたとしても、そのことから直ちに被告らが電源スイッチを切ったまま本件マンションを引き渡したとまでいうことはできず、他に被告らが電源スイッチを切ったまま本件マンションを引き渡したことを認めるに足りる証拠はないというべきである。

よって、防火扉に瑕疵があること、被告らが電源スイッチを切ったまま本件マンションを引き渡したことを前提とする原告の主張は理由がない。

エ 防火ダンパーの瑕疵について

上記1認定のとおり、本件マンションの防火区画を貫通する4本のダクトのうち、台所レンジフード用給気排気ダクト(2本)について防火ダンパーが作動しなかったことが認められるものの、その原因は、消防法に従いダクトに耐火被覆が施され、ダクト内の温度が防火ダンパーのヒューズ溶解温度に至らなかったことによるものであると認められる。

そうすると、本件マンションのダクト及び防火ダンパーは通常有すべき品質、性能を備えていたというべきであり、防火ダンパーが作動しなかったことが、本件マンションの設備の瑕疵であるとは認められない。

したがって、この点に関する原告の主張は理由がない。

オ 主寝室西側引き扉のガラスの瑕疵について

上記1認定のとおり、本件火災により、防火区画内にあった主寝室西側引き扉のガラスは破損し、上部アルミ枠が溶融し、中央から垂れ下がったことが認められるが、そもそも、窓ガラスに使用する大きさで特殊な加工を施された強化ガラスは通常は存在しないというのであるから、本件マンションの窓ガラスが耐熱性能ないしそれに準ずる性能を備えていなかったとしても、通常有すべき品質、性能を欠いていたことにはならない。

したがって、この点に関する原告の主張は理由がない。

(2)  争点(2)(防火扉の使用に関する説明義務違反)について

上記1認定の事実によれば、被告三井不動産販売は、A又は原告に対し、入居時までに、重要事項説明書、図面及び「a町パーク・マンションガイド」を交付し、重要事項説明書及び「a町パーク・マンションガイド」には、火災感知器及び火災報知機に関する記載があるものの、防火扉に関する説明はなく、図面には、本件マンショシの防火扉の位置が点線で表示されていたことが認められる。

原告は、被告らがAや原告に対し、防火扉の電源スイッチの位置及び電源スイッチを通常は必ず「入」の状態にしておかなければならないことを説明すべき義務を負うと主張する。被告三井不動産販売が原告又はAに対して防火扉あるいは防火扉の電源スイッチに関する説明をしたかどうかという事実については、被告らも説明したとまでの主張をしておらず、原告本人の陳述書(甲11)に説明を受けていないとの記載がある他は、本件全証拠を検討しても不明である。本件マンションの防火扉については前記認定のとおり、図面に点線でその表示がされているのみであり、その作動の仕組み等についての説明がされた事実を認めるに足りる証拠はない。しかしながら、前記認定のとおり、本件マンションの防火扉は、竣工の際の消防用設備等検査において、作動することが確認されており、一般に作動を確認した後、引渡までの間に電源をわざわざ切ることはしないものであること、防火扉は、火災発生時という限られた場面で使用されるもので、日常生活で操作する可能性は低く、その使用方法に格別の注意を払う必要があるというものではないこと、また、証拠(甲6、乙11、証人S、検証の結果)によれば、防火扉の連動制御器は納戸入口脇の分電盤下側に設置され、一見してそれとわかるものであり、連動制御器の蓋部分には使用説明書の他、電源を示すパイロットランプがあって、電源に入切等その操作方法はわずかの注意を払えば容易に判明し、ネジを回せば蓋が開き、内部の電源スイッチの入切が容易にできるものであることなどを考慮すると、売主に原告が主張するような売買契約に付随する説明義務があるとまではいうことができない。

(4)  そうすると、その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。

第4  結論

よって、原告の請求は、いずれも理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小野洋一 裁判官 田邊浩典 武宮英子)

(別紙)当事者目録 <略>

(別紙)物件目録 <略>

(別紙)図面 <略>

(別紙)瑕疵主張一覧表

番号 瑕疵の項目 争点(1)(本件マンションの瑕疵)について 争点(3)ア(本件マンションの瑕疵とAの損害との因果関係)について

原告の主張 被告らの主張 原告の主張 被告らの主張

1 火災感知器又は火災報知機の瑕疵 火災感知器は、本件マンションのAの寝室(別紙図面の寝室A)と原告の寝室(同図面の寝室B)に各1箇所、その他に数箇所に設置されており、本件火災はAの寝室から出火したものであるから、同室の火災感知器が出火を感知して、火災の初期段階で直ちに火災警報が発せられるべきであった。 しかし、火災感知器又は火災報知機に欠陥があったため、Aの寝室から、15メートル以上離れた居間にいたAが異臭により火災に気づいた段階でも、火災感知器又は火災報知機は正常に作動せず、Aの寝室の隣室で就寝していた原告は、居間から来たAに起こされて初めて出火に気づき、寝室から廊下に出た時に、ようやく廊下の天井から火災報知機が小さな女性の声で「火事です。火事です。」と知らせるのを聞いたのである。したがって、本件マンションの火災感知器又は火災報知機には、火災の際、初期消火の可能な段階で作動しないという瑕疵がある。 火災感知器がAの寝室及び原告の寝室に各1個設置されている事実は認めるが、火災感知器又は火災報知機が正常に作動しなかったとの事実、火災報知機の音声が廊下の天井から聞こえたとの事実はいずれも否認する。火災感知器又は火災報知機に瑕疵があるとの主張は争う。 自動火災報知設備は、消防法に従って設置されており、本件火災時に火災報知機は鳴動していた。 本件火災時に火災感知器又は火災報知機が正常に作動していれば、初期消火が可能であったが、火災感知器又は火災報知機の瑕疵により、本件火災時に、それらが作動せず、又は、極端に遅く作動したため、Aは初期消火の機会を失い、本件マンションが焼損ないし汚損して、後期(4)の(原告主張)記載の損害を被った。 火災感知器又は火災報知機が正常に作動していれば、本件火災時に初期消火が可能であった旨の主張は争う。

2 消防梯子車による消火活動が不可能であること 消防梯子車は、アウトリーガーを使用するため、道幅が最低4.5メートル必要となり、4メートル弱の道幅では消防梯子車による消火活動は不可能であるところ、出火元である本件マンションのAの寝室に面した道路は、道幅が4メートル弱しかなく、本件火災時に、消防梯子車による消火活動を行うことができなかった。 本件建物のような高級マンションには、災害弱者である高齢者が多く居住することが予想されるため、消防梯子車が使用できる敷地計画を行い、又は、消防梯子車が使用できない場合には、スプリンクラーの設置等の代替措置をとるべきであり、本件マンションについて、かかる防災上の措置がとられなかったことは、瑕疵に当たるというべきである。 本件マンションに面した道路では、消防梯子車による消火活動ができないとの事実、道幅が4メートル弱しかないとの事実は否認する。 本件マンションが面している本件建物南側道路及び西側道路は、いずれも車道幅が4メートル以上あり、加えて1.5メートル以上の歩道状空地があるため、消防梯子車による消火活動は可能である。 本件火災時に消防梯子車による消火活動が可能で、かつ、防火扉が作動していれば、防火扉を開けずにホースを防火区画に入れ、火災を防火区画内で容易に鎮火させることができたはずであるが、実際には消防梯子車による消火活動が不可能であったため、防火扉の不作動と相俟って、火災が防火区画外に拡がり、本件マンションの防火区画外の天井、壁、床、家具等が焼損ないし汚損し、Aは後記(4)の(原告の主張)記載の損害を被った。 消防梯子車による消火活動がなされなかったのは、消防署の判断によるものであり、マンションの建築上の問題ではない。

3 防火扉の瑕疵 本件マンションの別紙図面斜線部分は、入口部分に防火扉が設置され、防火区画を構成しており、防火扉は、煙感知器が煙を感知すると自動的に閉まるようになっていたが、本件火災時には全く作動しなかった。 これは、煙感知器又は防火扉自体に問題があるか、煙感知器と防火扉の連動制御盤内の交流電源スイッチが本件火災以前から切られていたことによるものであり、防火扉の機能上の瑕疵に当たるか、電源スイッチを切ったまま本件マンションを引き渡した被告らの債務不履行に当たるというべきである。 防火扉が作動しなかったとの事実は知らない。 仮に、不作動があったとしても、本件火災以前から電源が入っていなかったことによるものであり(電源が入っていなかった理由は不明である。)、防火扉の瑕疵ではない。 本件火災時に防火扉が正常に作動し、閉鎖していれば、火災は少なくとも防火区画内に止まり、防火区画外の天井、床、壁、家具等を焼損ないし汚損することはなかったが、実際には防火扉が閉まらなかったため、火の勢いが激しくなり、火災が防火区画外にまで拡がり、本件マンション全体が焼損ないし汚損して、Aは後記(4)の(原告の主張)記載の損害を被った。 防火扉の不作動があったとしても、それによって火災被害が拡大した事実はない。すなわち、仮に、防火扉が作動していたとしても、その後の消火活動において、防火扉を開けてホースを差し込む隙間を作る必要があり、その際の熱・煙により防火扉に近接する区画の天井・クロス・空調設備等は焼損ないし汚損せざるを得ない。本件火災により本件マンションに生じた焼損ないし汚損は、防火扉の作動の有無にかかわらず生じた程度のものに過ぎず、防火扉の不作動とAの損害との間に因果関係はない。

4 防火ダンパーの瑕疵 防火区画を貫通するダクトは4本存在し、うち2本は台所レンジフード用給気・排気ダクトであり、他はバス、トイレ等の排気ダクトと居室給気用ダクトであったが、ダクトには防火ダンパーが設置され、火災時にはダクトが閉鎖されるしくみになっていた。 しかるに、本件火災時には、台所レンジフード用給気・排気ダクトに施された被覆の断熱により、台所レンジフード用給気・排気ダクトの防火ダンパーはヒューズ溶解温度に至らず、防火ダンパーが作動せず、新鮮な外気が室内に流入し、火勢を強める原因となった。これは、防火ダンパーの機能上の瑕疵である。 本件マンションの防火ダンパーは、加熱によりヒューズを溶解させ、ダクトが閉じる仕組みになっているところ、本件火災では、ヒューズ溶解温度に至らず、防火ダンパーが作動しなかったのであるが、これは、消防法に従い、ダクトの被覆に消防認定品のセラミック20mm厚が使用され、断熱されていたためである。 したがって、防火ダンパーが作動しなかったのは、消防法で定められた措置をとった結果であり、本件マンションの瑕疵ではない。 本件火災時に防火ダンパーが作動していれば、ダクトから室外の新鮮な空気が流入せず、防火区画外における損害の拡大に影響することはなかったが、実際には防火ダンパーが作動せず、ダクトから空気が流入したため、防火区画外における火勢の増大、延焼を助長し、防火区画外の天井、壁、床、家具等が焼損ないし汚損して、Aは後記(4)の(原告の主張)記載の損害を被った。 防火ダンパーの不作動と、本件火災による被害の拡大やそれによるAの損害との間に因果関係はない。

5 主寝室西側引き扉のガラスの瑕疵 主寝室西側に位置する引き扉のガラスは、火災の熱で容易に破損する材質のものであったため、本件火災により破損し、アルミ枠は溶解して垂れ下がった。当該ガラスの破損により、外部から新鮮な空気が室内に流入し、防火扉が閉まらなかったことと相俟って、火災による損害を拡大する結果となった。 本件マンションが国内有数の高級マンションであることを考慮すれば、上記引き扉のガラスに、火災の熱で容易に破損するガラスが使用されていたことは、本件マンションが通常有すべき品質、性能を備えていないというべきであり、瑕疵に当たる。 瑕疵があるとの主張は争う。 本件火災時に主寝室西側引き扉のガラスが破損したため、外部から新鮮な空気が流れ込み、防火扉が作動しなかったことと相俟って、火災が防火区画外に拡がり、防火区画外の天井、壁、床、家具等を焼損ないし汚損し、Aは後記(4)の(原告の主張)記載の損害を被った。 本件火災におけるガラスの破損とAの損害との因果関係は争う。

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