東京地方裁判所 平成13年(ワ)12419号 判決 2002年2月27日
原告
中小企業金融公庫
同代表者総裁
堤富男
同訴訟代理人弁護士
上野隆司
高山満
浅野謙一
石川剛
被告
Y1
同訴訟代理人弁護士
吉羽真治
菅野昭弘
被告
Y2
同訴訟代理人弁護士
篠原由宏
中野正人
主文
1 被告らは、連帯して原告に対し、四五一七万五三八九円及び内三八九四万円に対する平成五年一月二一日から支払済みまで年一四・五パーセントの割合(一年を三六五日とする日割計算)による金員から四六〇万円を控除した金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 この判決は仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
主文と同じ。
第2事案の概要
1 前提事実
(1) 原告は、株式会社インターカルチャー(当時の商号は、「株式会社三和航空サービス」、以下「インターカルチャー社」という。)に対し、昭和六二年一二月二二日、次の約定で六〇〇〇万円を貸し渡した(以下「本件貸付」という。≪証拠省略≫)。
ア 弁済方法 昭和六三年一二月三一日を第一回として、以後隔月末日にそれぞれ一六二万円を割賦弁済し、昭和六九(平成六)年一二月三一日に残額を完済すること。
ウ 利息 年五・七パーセント(一年を三六五日する日割計算)とし、昭和六三年二月二九日を第一回として、以後隔月末日に前二か月分を後払すること。
エ 遅延損害金 年一四・五パーセント(一年を三六五日する日割計算)
オ 特約(ア) インターカルチャー社が、本件貸付金債務及びこれに付帯する一切の債務その他原告に対する債務の一部でも期日に弁済せず、原告から指示を受けたときは、同社は、本件貸付金の弁済期限にかかわらず、直ちに本件借入金債務及びこれに付帯する一切の債務の全部又は一部を弁済するものとする。
(イ) 本件貸付金債務及びこれに付帯する一切の債務の弁済として数個の給付をすべき場合又はインターカルチャー社の原告からの借入債務が他にもある場合において、債務の全部を消滅させるに足りない弁済がされたときは、原告が適当と認める順序方法により任意の時期に充当することができ、その充当に対しては、同社は異議を述べない。
(2) 被告Y1(以下「被告Y1」という。)は、原告に対し、前記同日、インターカルチャー社の本件貸付に基づく原告の債務を保証した(≪証拠省略≫)。
(3) 被告Y2(以下「被告Y2」という。)は、原告に対し、平成三年七月二日、インターカルチャー社の本件貸付に基づく原告の債務につき保証した(≪証拠省略≫)。
(4)ア 原告は、インターカルチャー社が本件貸付に基づく平成三年二月二八日分以降の弁済を怠ったことから、同社に対し、平成五年一月九日到達の内容証明郵便で、本件貸付の特約(ア)に基づき、本件貸付の残元金及び付帯債務を同月二〇日に一括返済するように、繰上弁済指示の通知をした(≪証拠省略≫)。
イ インターカルチャー社は、前記同日、本件貸付の残元金三八九四万円について期限の利益を喪失した(≪証拠省略≫)。
(5) インターカルチャー社は、原告に対し、平成八年六月一八日、本件貸付に基づく債務を承認した(≪証拠省略≫)。
(6)ア インターカルチャー社は、原告に対し、平成三年五月二日から平成七年二月三日までの間に、別紙入金一覧表≪省略≫記載1ないし43記載のとおり合計四六〇万円を支払った(≪証拠省略≫)。
イ 前記四六〇万円につき、各入金時点で、損害金、利息、元本の順序で充当するとすれば、別紙入金一覧表記載のとおり、いずれの時点においても、利息及び損害金の累計額が入金額を上回っており、元本に充当されることはないから、原告は、本件貸付の特約(イ)に基づき、前記四六〇万円を仮受金として計上している(≪証拠省略≫)。
(7) そこで、原告は、被告らに対し、保証契約に基づき本件貸付金(別紙債権目録記載の金員)の支払を求めている。
(8) 被告Y1は、平成一一年九月二四日、横浜地方裁判所小田原支部において破産宣告を受け(以下「本件破産宣告」という。≪証拠省略≫)、平成一二年四月六日には破産法三六六条の九所定の免責不許可事由に該当する事実が認められないとして免責決定を受けた(以下「本件免責決定」という。≪証拠省略≫)。同免責決定は、同年五月九日に確定した(≪証拠省略≫)。
2 争点
(1) 被告Y1の原告に対する保証債務は免責されたか。
(2) 原告と被告Y2との間の保証契約は錯誤により無効となる、又は解除により消滅する、あるいは原告の被告Y2に対する保証債務履行請求は権利の濫用となるか。
3 争点に対する当事者の主張
(1) 争点(1)について
ア 被告Y1
(ア) 原告の被告Y1に対する保証債権は、本件破産宣告前に発生した債権である。
(イ) 被告Y1は、免責申立ての際、債権者名簿に原告の被告Y1に対する保証債権を記載しなかったが、これは故意に記載しなかったものではない。
(ウ)a 破産法三六六条の一二第五号は、破産者が知りて債権者名簿に記載しなかった請求権については、免責の効果が及ばない旨規定しているが、免責制度が不誠実でない破産者の更生を目的として定められたことを考慮すれば、債権者名簿に記載しなかったことにつき破産者に過失がない場合には、同条項は適用されないか、又は同条項但書を類推適用して、当該債権について免責を認めるべきである。
b 免責申立ての際、債権者名簿に原告の被告Y1の原告に対する保証債務を記載しなかったことについて、次のとおり被告Y1には過失がない。
(a) 被告Y1は、平成二年七月頃、インターカルチャー社の代表者を辞任したことから、同社の原告に対する債務の状況については知りうる立場ではなくなった。
(b) 原告は、被告Y1がインターカルチャー社の代表者を辞任してから平成一二年一〇月に至るまで約一〇年間にわたり保証債務の履行請求をしなかった。
(c) 被告Y1の破産は、債権者約四〇名、債務総額は約二億五〇〇〇万円と多額であり、ほとんどがインターカルチャー社とは関係のないものであった。
(d) 被告Y1には、免責不許可事由はなかった。
イ 原告
(ア) 破産法三六六条の一二第五号は、「破産者が知りて」と規定し、「破産者が故意又は過失によりて」とは規定していない。同号は、免責決定に対する異議申立ての機会が与えられない債権者を保護しようとする趣旨であり、破産者が、請求権の存在を知っていれば足り、債権者名簿に債権を記載しなかったことに故意又は過失があることを要しないと解すべきである。そして、相続債務などと異なり、債権の発生原因が、破産者自身の法律行為に基づく場合は、破産者は、当該債務の存在について当然悪意である。
(イ) 仮に、破産者が、債権を債権者名簿に記載しなかったことが、破産者の故意又は過失に基づくことが必要であるとしても、以下のとおり、同被告は、債権者名簿に記載しなかったことに故意又は過失がある。
a 被告Y1の原告に対する保証債務の元本は三八九四万円と大きな金額であり、かつ同被告の破産宣告当時の債務総額が二億二五一八億円であることからすれば、負債総額に対する前記保証債務額は約一七・三パーセントを占め、同被告が、保証債務の存在を失念したというのは不自然であり、そうでないとしても、失念したことに重大な過失がある。
b 原告と被告Y1との間で、保証債務の解除につき話し合いがされたこともない。
c 原告は、平成五年一月頃から平成一二年八月頃までの間に、被告Y1の住民票上の住所地にインターカルチャー社に対する繰上弁済の通知や原告への来店を促す呼出状を郵送したり、同被告の住民票を取って住所を確認したり、さらに親族に対し同被告の住所を確認したりした。これに対し、同被告は、原告からの通知書を受け取っても連絡しなかったり、原告からの追及を逃れようとしていた。
(2) 争点(2)について
ア 被告Y2
(ア) 被告Y2は、住友銀行(当時の商号)からインターカルチャー社が優良な企業であるとして紹介され、被告Y1らから同社を買収し、平成二年七月頃、同社の代表取締役に就任したが、実際は同社には約一一億円の累積損失があり、さらに毎年一億円以上の営業損失が生じていることが分かった。同被告は、同社が、上記累積損失や営業損害が生じている会社であると知っていれば、原告に対し、同社の債務の保証をすることはなかったと言えることから、同被告の原告に対する保証債務は要素の錯誤により無効である。
(イ) 被告Y2がインターカルチャー社の代表取締役を辞任した平成八年二月一日には、同被告の原告に対する保証契約は解除された。
(ウ) 原告は、本件貸付について被告Y2に対し何らの説明をすることもなく、同被告がインターカルチャー社の代表者に就任したことをもって形式的に同被告に対し保証契約を求めてきた。同被告は、平成八年二月一日同社の代表者を辞任している。このような事情のもとで、原告が同被告に対し、保証債務の履行を求めることは権利の濫用であり許されない。
イ 原告
(ア) 会社の代表者が、会社の債務を保証する場合における、会社の累積債務の状況や債務の返済状況は、要素の錯誤にあたらない。
(イ) 被告Y2の原告に対する保証契約が解除された事実はない。
(ウ) 会社の代表者は、会社の債務の返済状況をもっとも知りうる立場にあり、金融機関が、会社の代表者に会社の債務の返済状況を説明する義務はないし、本件貸付債務は、被告Y2が代表者を辞任した後に発生したものではないし、保証債務も解除されていないのであるから、原告が同被告に保証債務の履行を請求することは何ら権利の濫用となるものではない。
第3争点に対する判断(認定に供した証拠は、認定の後の括弧内に掲示した。)
1 争点(1)(原告の被告Y1に対する保証債務履行請求権は免責されたか)について
(1) 破産法三六六条の一二第五号は、「破産者が知りて債権者名簿に記載せざりし請求権」は、免責によって責任を逃れることはない旨規定するが、これは、債権者名簿に記載されなかった債権者は、破産手続の開始を知らず、債権の届出をしなかった債権者は、審尋期日を知ることができず、そうすれば、免責に対する異議申立ての機会が与えられないことから、債権者が、特に破産宣告の事実を知っていた場合を除き、免責されない債権として債権者を保護しようとしたものである。一方、破産免責制度は、不誠実でない破産者の更生を目的として定められたものであることを併せて考慮すれば、破産者が、債権の存在を知って債権者名簿に記載しなかった場合のみならず、記載しなかったことが過失に基づく場合にも免責されないと解すべきである。
(2)ア 被告Y1は、原告との間で、自らインターカルチャー社の代表取締役として本件貸付契約を締結するとともに、保証契約も締結していること(前記第2、1(1)及び(2))、同被告は、インターカルチャー社の代表取締役を辞任した平成二年七月頃、原告に対し、保証契約の解除を申し入れたが、原告がこれを拒否したこと(弁論の全趣旨)、原告は、同被告に対し、同年八月一日付けで来店を依頼する呼出状を送付したところ、同被告は、同月一五日頃、原告に電話を掛けてきて、同月末頃の来店することを約したが、結局来店しなかった(≪証拠省略≫)ことから、原告は、同年九月六日付けで、再度呼出状を送付したが、同呼出状は原告に返送されず、同被告からの連絡もなかった(≪証拠省略≫)ことからすれば、被告Y1は、保証契約の存在を知って債権者名簿に記載しなかったと考える余地がある。しかし、一方、被告Y1は、平成二年七月頃、インターカルチャー社の代表者を辞任し、その後は、同社の経営に関与していなかったことから、同社の原告に対する債務の状況については知りうる立場にはなくなったこと(≪証拠省略≫)、被告Y1の破産債権は、債権者約三八名、債務総額は約二億五〇〇〇万円(≪証拠省略≫)と多額であるが、被告Y1には、免責不許可事由はなかったこと(≪証拠省略≫)からすれば、被告Y1が、原告に対する保証債務の存在を知っていながら、あえてこれを債権者名簿に記載しない理由は認められない。
イ これによれば、被告Y1は、原告に対する保証債務の存在を知って債権者名簿に記載しなかったとは認められない。
(3)ア 被告Y1の原告に対する保証債務の残元本は三八九四万円であり、同被告が破産宣告時に申し立てた債務総額二億二五一八万円(≪証拠省略≫)にこれを加えた債権総額(二億六四一二万円)に対する原告の保証債権額は、債権総額の約一五パーセントを占める金額である。
イ 被告Y1は、インターカルチャー社の代表取締役を辞任した平成二年七月頃、原告に対し、保証契約の解除を申し入れたが、原告がこれを拒否した(前記(3))。
ウ(ア) 原告は、被告Y1に対し、同被告の保証契約書上の及び住民票上の住所地に、平成五年一月八日付け及び同年三月二日付けの内容証明郵便で、インターカルチャー社に対し繰上弁済の指示をした旨の通知をしたが、同通知書は、保管期間経過により原告に返送されてきた(≪証拠省略≫)。
(イ) 原告は、被告Y1の住民票を確認するなどしたところ、同被告は、同月二五日、原告に連絡することなく住民票を異動し、さらに、平成七年二月二日にも原告に連絡することなく住民票を異動したことが分かった(≪証拠省略≫)。原告は、同被告に対し、同年八月一日付けで来店を依頼する呼出状を送付したところ、同被告は、同月一五日頃、原告に電話を掛けてきて、同月末頃に来店することを約したが、結局来店しなかった(≪証拠省略≫)。そこで、原告は、同年九月六日付けで、再度呼出状を送付したが、同呼出状は原告に返送されず、同被告からの連絡もなかった(≪証拠省略≫)。
(ウ) その後、原告は、被告Y1の住民票を確認したところ、同月二八日現在では住民票の異動はなく(≪証拠省略≫)、平成一〇年一一月一七日には、職権で住民票が削除されていること(≪証拠省略≫)を確認した。さらに、原告は、同年一二月一日、同被告の兄に同被告の所在を確認したが不明であるとの回答を得た(≪証拠省略≫)。
(エ) 原告は、平成一二年一月一七日に被告Y1の住民票を確認したところ、平成一一年一月二一日に現在の住所地に住民票が回復されていることを確認した(≪証拠省略≫)。そこで、原告は、同月三一日、同住所地を尋ねたところ、同所には、同被告以外の人間が居住していた(≪証拠省略≫)。当時の同被告の居住地は、住民票上の住所地とは異なる神奈川県平塚市にあった(≪証拠省略≫)。原告は、同年二月一日及び同月七日に、同被告の兄の親族や甥に所在を確認したが、不明であるとの回答を得た(≪証拠省略≫)。原告は、同年一〇月一七日、同被告の住民票を確認し(≪証拠省略≫)、同年一〇月一八日付けで、同被告に対し、担保物件の競売手続が終了した旨の通知をしたところ(≪証拠省略≫)、同被告は、これを受領した。
(オ) これによれば、原告は、被告Y1に対し、平成五年一月頃から平成一二年一〇月頃までの間に、再三にわたり、被告Y1の住民票を確認し、また同被告の親族に所在を確認したり、さらに同被告の住民票上の住所地を訪問したりしたことが認められ、それにもかかわらず、原告から同被告に対し、通知書が送付されなかったのは、同被告が住民票上の住所地に居住していなかったり、そのことを原告に通知していないことに理由があると認められる。
エ 以上の事実が認められ、これによれば、被告Y1が、原告に対する保証債務を債権者名簿に記載をしなかったことは、被告Y1に過失があったと認められる。そうすれば、被告Y1の原告に対する保証債務は免責されないというべきである。
2 争点(2)(原告と被告Y2との間の保証契約は錯誤により無効となり、又は解除により消滅し、あるいは原告の保証債務履行請求は権利の濫用となるか)について
(1) 被告Y2は、インターカルチャー社が優良な企業であると信じて同社の代表取締役に就任し、同社の原告に対する債務の保証をしたが、実際は同社は、多額の累積損失があり、かつ毎年多額の営業損失が生じていたことから、同被告は、同社が、上記事実を知っていれば、原告に対し、同社の債務の保証をすることはなかったことから、同被告の原告に対する保証債務は要素の錯誤により無効である旨の主張をするが、仮に、同被告に同社の累積損失や営業損害の存在に関する錯誤があったとしても、それは、同被告の原告に対する保証契約の錯誤に関するものではなく、さらに、前記錯誤が、保証契約の動機にあたるとしても、同被告は、原告に対し、その動機を表示したことを認めるに足りる証拠はない。そうすれば、同被告の原告に対する保証契約について要素の錯誤があったと認めることはできない。
(2) 本件全証拠によっても、被告Y2がインターカルチャー社の代表取締役を辞任した平成八年二月一日に、同被告の原告に対する保証契約が解除されたことを認めるに足りない。
(3)ア 被告Y2は、原告が本件貸付の状況について同被告に対し説明をしないで同被告に対し保証契約を求めてきたこと、及び同被告は、平成八年二月一日同社の代表者を辞任していることをもって、原告が同被告に対し、保証債務の履行を求めることは権利の濫用であり許されない旨の主張をするが、同被告は、インターカルチャー社が本件貸付を受けた昭和六二年一二月二二日以降である、平成二年七月二三日に同社の代表取締役に就任したこと(≪証拠省略≫)、同被告が、保証債務を締結した平成三年七月二日(≪証拠省略≫)には、同社は、既に返済を遅滞していたこと(前提事実(4)イ)が認められ、そうすれば、原告が、同被告に対し、同社の債務の返済状況を説明する義務はなく、同被告が、同社の代表取締役を辞任したことは、同被告が保証債務の支払を拒否できる理由とはならないことは明らかである。
イ これによれば、原告が被告Y2に対し、保証債務の履行を請求することは何ら権利の濫用となるものではない。
3 結論
以上によれば、原告の請求は理由があることから、これを認容することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 城内和昭)