東京地方裁判所 平成13年(ワ)14528号 判決 2002年6月20日
原告
A野花子
同訴訟代理人弁護士
石井芳光
同
貝塚慶一
被告
B山太郎
同訴訟代理人弁護士
青木莊太郎
同
篠原一廣
主文
一 被告は、原告に対し、六七六万〇七〇三円及びこれに対する平成一〇年四月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを七分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
被告は、原告に対し、五二一四万円及びこれに対する平成一〇年四月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、後記の交通事故(以下「本件事故」という。)について、原告が被告に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づいて損害賠償を請求している事案である。本件の主要な争点は、原告の損害額、特に逸失利益及び慰謝料の額である。
一 前提となる事実(証拠を掲げた事実以外は、当事者間に争いがない。)
(1) 本件事故の発生
ア 日時 平成一〇年四月二九日午前六時三〇分ころ
イ 場所 東京都田無市緑町三丁目五番先路上(以下「本件事故現場」という。)
ウ 加害車両 普通乗用自動車(練馬《番号省略》)(以下「被告車」という。)
同運転者及び保有者 被告
エ 被害者 原告
(2) 本件事故の態様
原告が、本件事故現場付近の歩道を通行していたところ、被告車が反対側車線からセンターライン及び前記歩道側車線を越えて前記歩道に進入し、そのまま原告に衝突した。
(3) 責任原因
被告は、被告車を保有して自己のために運行の用に供し、本件事故を生じさせたので、自賠法三条に基づき、原告に対して損害賠償責任を負う。
(4) 本件事故による傷害及び治療経過
本件事故により、原告は、左脛骨・腓骨骨幹部開放骨折(以下「左下腿開放骨折」という。)、右橈骨遠位端骨折、右手関節脱臼、右血気胸、顔面多発擦過傷、頤部・頸部・左肩挫創、左大腿後面擦過傷、右前額裂創の各傷害を負い、杏林大学医学部付属病院及び前田病院において、通算で入院七一日・通院実日数三二日の入通院治療を受けた。
(5) 後遺障害の認定
原告は、自動車保険料率算定会(以下「自算会」という。)から、要旨以下の理由により、自賠法施行令二条別表(後遺障害別等級表。以下「等級表」という。)七級一二号に該当する後遺障害の認定を受けた。
ア 左足関節の可動域制限については、左足関節には、器質的変性も広範な軟部組織の損傷も神経学的異常所見も認められないので、左足関節の可動域は他動運動による測定値(以下「他動値」という。)により判断すべきところ、原告の左足関節の底屈及び背屈の可動域は健側(右足関節)の四分の三以下に該当しないことから、等級表記載の後遺障害には該当しないものと判断する。
イ 右足関節の可動域制限については、医証から後遺障害を裏付ける傷病名が認められず、また、仮に認められたとしても、左足関節と同様の問題があることから、等級表記載の後遺障害には該当しないものと判断する。
ウ 顔面の醜状障害については、等級表七級一二号に該当するものと判断する。
エ 左下肢・左肩の醜状障害については、等級表記載の後遺障害には該当しないものと判断する。
オ 左膝の重圧感・左下腿前面のしこり等の症状については、等級表記載の後遺障害には該当しないものと判断する。
(6) 損害の填補 一〇六六万〇〇〇〇円
ア 自賠責保険会社から 一〇五一万円
イ 被告から 一〇万円
ウ 被告が契約する任意保険会社から 五万円
二 争点(原告の損害額)
(原告の主張)
(1) 入院雑費 九万二三〇〇円
(2) 通院交通費 三万三二八〇円
(3) 逸失利益 三九二九万〇〇〇〇円
ア 顔面醜状痕(七級相当)について
原告に著しい顔面醜状痕が残存していることは、自算会の認定のとおりであり、等級表七級に相当する労働能力の喪失が認められるべきである。
被告は、顔面醜状痕については前髪や化粧で隠すことが可能であると主張する。確かに原告は、顔面醜状痕を人目から見えないようにするために、常時前髪を下ろして隠すなどしている。しかし、原告は、平成一三年四月からC川病院において看護婦として就労しており、同病院中央手術部医局に所属しているところ、職務上、手術立会いの際には前髪を下ろすことが禁止されているので、手術帽の中に前髪を入れなくてはならず、顔面醜状痕が人目にさらされることに恐怖感や違和感を感じるなどして、就業上の支障が生じているから、顔面醜状痕が原告の労働能力に影響を及ぼしていることは明らかである。
イ 足関節の可動域制限(一〇級・一二級相当)について
(ア) 原告は本件事故により左右の下肢に傷害を負い、その結果として左右足関節の機能障害が残存している(甲四)。原告には、本件事故前にはこのような障害はないこと、甲四の⑦「醜状障害」欄には、足関節部に近い下肢部位に長さ六cmの醜状痕がある旨の記載があること、前記左右足関節の機能障害は、原告が本件事故により左右下肢を骨折し、その治療のために、骨折部位から左右足関節に至るまで、ギプスで長期間(入通院併せて約一一か月)にわたり固定されていた結果生じたものと推定されることからすれば、左右足関節の機能障害は、本件事故と因果関係があるというべきである。
(イ) 原告に残存している左右足関節の機能障害については、足首の可動及び歩行・走行をつかさどる関節は、本来的に自動による機能であることからすれば、自動運動による測定値(以下「自動値」という。)をもって評価基準とすべきである。
労働省(現・厚生労働省)労働基準局監修「労災補償障害認定必携」の記載によれば、足関節の参考可動域(標準的な可動域の趣旨である。以下「標準可動域」という。)は底屈四五度、背屈二〇度とされている。
原告の左足関節の可動域は、自動値で底屈三五度、背屈〇度で症状固定しているので、可動域のうち背屈のみについて判断すれば、標準可動域である二〇度の一/二以下に制限されていることになり、等級表一〇級一一号の後遺障害に該当する。
また、原告の右足関節の可動域は、自動値で底屈四〇度、背屈一五度で症状固定しているので、可動域のうち背屈のみについて判断すれば、標準可動域である二〇度の三/四以下に制限されていることになり、等級表一二級七号の後遺障害に該当する。
(ウ) 原告は前記左右足関節の機能障害によって、現に歩行及び走行等に支障が生じており、その結果、特に左足関節の機能障害により、日常生活と就業に以下のとおりの支障と制限が生じている。
a 座り・しゃがみ・正座などの立ち居振る舞いに支障と制限が生じている。
b 歩行は可能であるが、小走りなどの走行については支障が生じている。また、歩行についても、長時間、コンクリートの通路やアスファルトの道路上を歩行すると、すぐに疲労が蓄積する。
c 前記障害は腰部にも影響を及ぼしており、職務で患者を抱きかかえたり、ストレッチャーを使用して患者を運搬したり、長時間の直立を要する手術に立ち会ったりする場合に支障と制限が生じている。
d 左下肢の受傷部位にはむくみが生じたり、季節による疼痛が生じたりしているため、これによる運動障害もある。
(エ) 仮に、被告主張のように、等級表記載の後遺障害には該当しないとしても、上記のように原告の日常生活と就業に影響を及ぼす左右足関節の機能障害は、実質的にみて、左足関節の機能障害につき等級表一〇級に、右足関節の機能障害につき等級表一二級に、それぞれ該当する後遺障害であることは明らかである。
ウ まとめ
前記の原告の後遺障害の状態からすれば、原告の後遺障害は等級表の併合六級に該当又は相当し、労働能力喪失率は六七%として逸失利益を計算すべきである。
したがって、平成一〇年賃金センサスの企業規模計・産業計・学歴計による女子労働者の全年齢平均賃金である年収三四一万七九〇〇円を基礎収入とし、労働能力喪失率を六七%として、本件事故当時の年齢である二七歳から稼働可能年齢である六七歳までの逸失利益を計算すると、以下の計算式のとおり三九二九万円(一万円未満切捨て)となる。
三四一万七九〇〇円×〇・六七×一七・一五九〇(四〇年間のライプニッツ係数・五%)=三九二九万三九八九円
(4) 慰謝料 一八五〇万〇〇〇〇円
ア 入通院慰謝料 二〇〇万〇〇〇〇円
原告は、本件事故により、入院日数七一日、通院実日数三二日の入通院を余儀なくされた。その慰謝料は、二〇〇万円を下らない。
イ 後遺障害慰謝料 一六五〇万〇〇〇〇円
原告には、本件事故により著しい醜状痕が四か所も残存していること、左右足関節にも著しい機能障害があること、及び、本件事故は被告の重大な過失によるものであり、その結果として原告は通常よりも程度の大きい後遺障害を負ったこと等の事情を考慮すれば、後遺障害慰謝料の算定については、等級表併合六級の通常の慰謝料額である一一〇〇万円の一・五倍である一六五〇万円と評価するのが相当である。
(5) 弁護士費用 四七四万〇〇〇〇円
(被告の認否・反論)
(1) 入院雑費は、不知。
(2) 通院交通費は、不知。
(3) 逸失利益は、否認する。
後遺障害による逸失利益は、当該後遺障害によって稼働能力が低下し、その結果生ずる減収の填補を趣旨とするものである。したがって、後遺障害が残存していても減収が生じておらず、かつ、減収の蓋然性も認められない場合には逸失利益は認められないところ、以下のとおり、原告には、顔面醜状痕を理由としても、左右足関節の可動域制限を理由としても、現実の収入減が発生しておらず、かつ、これが発生する蓋然性も認められないのであるから、原告には逸失利益は発生していない。
ア 本件では、原告の顔面の右額部・下口唇部・下顎部に線状痕が残存しているが、それは、原告の労働能力に直接影響を与えるものではない。すなわち、原告の顔面の醜状障害は周辺部の線状痕のみであり、化粧や頭髪により傷痕を隠すことが可能である上、患者の看護及び医師の補助が主な職務内容である看護婦という原告の職業の性質上、顔面醜状痕という後遺障害によってその活動が制限されて減収が生ずる蓋然性は認められない。
また、原告は、醜状痕が人目にさらされることに恐怖感や違和感を感じるので就業上支障があると主張するが、症状固定時より約三年を経過した現在においては、その顔面部における醜状痕は、注意して観察しなければ気が付かないほど客観的にはほとんど目立たなくなっており、これが原告に心理的負担を与えていることは想像に難くないものの、原告の就労に影響を生じさせるものではない。
したがって、原告の顔面醜状痕によって逸失利益は生じない。
イ 右足関節の機能障害については、本件事故によって原告は右足に何らの傷害も負っておらず、右足に対して何らの治療も行われていないのであるから、本件事故により右足関節に後遺障害が発生したとは認められない。
ウ 左足関節の機能障害についても、以下の理由により、可動域制限を理由とする逸失利益は生じていない。
(ア) 自賠法上の後遺障害認定は、労災補償の「障害等級認定基準」に準拠して行われているところ、同基準は、関節可動域の測定値は他動値を使用することを原則としている。これは、関節の機能障害について、医学上明らかな器質的変化がある場合はともかく、機能障害の原因が不明確な場合や緊張等の神経的なものが原因であると考えられる場合に、自動値を基準とすると、心因的な影響によって障害認定結果が左右されることになり、将来にわたって回復困難な不変的障害を補償対象とする後遺障害補償制度と相容れず、著しく不合理であるからである。
本件では、原告の左下腿開放骨折は既に癒合しており、原告の関節部分に器質的な変化は認められず、そのほかに左足関節にかかる広範な軟部組織の損傷や神経学的異常所見も認められないのであるから、後遺障害の有無の判断については、前記基準に従って他動値により判断すべきである。
また、労働能力喪失という観点からも、人が歩行する場合において、足関節は、股関節・膝関節の働きによる足関節全体の動きに即して体重を支え、円滑な体重移動を行うもので、いわば他動的に運動するものであって、この点からも他動値を基準とすることの正当性が裏付けられる。
以上を前提として原告の左右足関節の可動域(他動値)を見ると、甲四によれば、左足関節の可動域は、底屈四五度、背屈五度(合計五〇度)、右足関節の可動域は、底屈四五度、背屈一五度(合計六〇度)で症状固定とされている。そうすると、原告の主張する可動域を前提としても、他動値を基準にすれば、左足関節の可動域は、健側である右足関節の可動域に比べて一/二はもちろんのこと、三/四以下にすら制限されているとはいえない。
したがって、左足関節の機能障害については、その可動域制限が自賠法上の後遺障害等級の認定基準を満たさないことは明らかである。
(イ) 原告は、左右足関節の可動域制限によって日常生活にも就業にも支障が生じていると主張するが、原告の足関節の可動域制限は、前記のとおり、関節の器質的な損傷に基づくものではなく、負傷のために運動を制限されたことから生じたものであり、今後、運動の継続により元の状態に復帰することが期待できるものである。
原告は、足関節の運動に心理的抵抗があるようであるが、医学的に禁忌があるわけではなく、担当医師も指摘しているとおり「動かさなければ動かなくなる」ものであって、固くなった腱・筋肉を運動によって元に戻すことにより、今後、他動運動を含めて回復が望めるものである。
(ウ) 原告は、現在、C川病院において看護婦として就労中であるところ、現時点でも左足関節に運動障害が残存している旨申告しており、さらには、原告自身が左足関節を動かすことに対して必要以上に消極的になっている様子もうかがわれるが、そのような就労状況の中でも、現実に障害によって収入が減少している事実はなく、また、将来的にもその可能性は認められない。このように、現実の収入減が発生していないことからも、原告には後遺障害による逸失利益は生じていないというべきである。
(4) 慰謝料については、金額の相当性を争う。
ア 入通院慰謝料 一五〇万円
原告の入通院状況からすれば、一五〇万円が相当である。
イ 後遺障害慰謝料 九三〇万円
原告の後遺障害の内容からすれば、九三〇万円が相当である。また、本件事故が被告の重大な過失によるものであるという主張は争う。
(5) 弁護士費用は、不知。
第三争点に対する判断
一 入院雑費 一〇万六五〇〇円
入院期間(七一日)については当事者間に争いがないところ、一日当たりの入院雑費は一五〇〇円を相当と認める。
一五〇〇円×七一日=一〇万六五〇〇円
二 通院交通費 三万三二八〇円
実通院日数(三二日)については当事者間に争いがないところ、弁論の全趣旨によれば、通院交通費は原告の主張どおりと認められる。
五二〇円×二×三二日=三万三二八〇円
三 逸失利益 二〇八万〇九二三円
(1) 《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。
ア 原告には、本件事故により以下の醜状痕が残存した(いずれの大きさも概算値)。
顔面部 前額部に九〇mm+一五mm、唇部に一五mm、顎部に二〇mmの長さの各線状痕
左肩部 一五mm、四〇mmの長さの各線状痕
左下肢部 七〇mm、六〇mm、二〇mm、二〇mmの長さの各線状痕又は瘢痕
イ 症状固定時(平成一一年六月五日)における原告の足関節の可動域は、以下のとおりであった。
他動値
右足関節 底屈四五度 背屈一五度 合計六〇度
左足関節 底屈四五度 背屈 五度 合計五〇度
自動値
右足関節 底屈四〇度 背屈一五度 合計五五度
左足関節 底屈三五度 背屈 〇度 合計三五度
(2) 顔面醜状痕について
ア 原告の顔面に残存した醜状痕の態様は、前記(1)ア認定のとおりである。そして、顔面醜状痕は、一般には慰謝料の斟酌事由とすべきであるが、その程度がひどいときには、被害者の性別・年齢・職業等を考慮した上で、労働能力への影響を認めるべき場合があるので、以下検討する。
イ 《証拠省略》によれば、以下のとおり認められる。
(ア) まず、唇部及び顎部の線状痕については、ほとんど目立たない状態であり、原告の労働能力に影響があるとは認められない。
(イ) 次に、前額部の線状痕については、前髪を上げ、化粧をしない状態では若干目立つことが認められるが、それ自体が顔面の運動障害や機能障害をもたらすものとは認められない。また、看護婦という原告の職業の専門性からすれば、前額部の線状痕を直接の原因とする減収や失職のおそれはないと考えられる。
ウ 以上のように、前記各線状痕は原告の労働能力に直接の影響をもたらすものとはいえず、労働能力喪失による逸失利益を認めることはできない。しかし、原告は、手術の立会い中は、前髪を含めて頭髪をすべて手術帽で覆わなければならないため、線状痕のある前額部を出さなければならず、それ以外の場面でも、看護婦という職業柄、患者と間近で接しながら仕事をすることが多いものと考えられる。そうすると、原告が、前額部の線状痕の存在を気にして、対人関係や対外的な活動に消極的になることはあり得ないではなく、これが間接的に労働の能率・意欲に影響を及ぼすことも考えられるから、この点は慰謝料の加算事由として斟酌すべきである。
(3) 足関節の可動域制限について
ア 左足関節の機能障害
足関節の機能障害についての自賠法上の後遺障害等級の認定に当たっては、底屈及び背屈を合計した患側の関節可動域が、健側のそれと比べて一/二以下に制限された場合が等級表一〇級一一号の後遺障害に、三/四以下に制限された場合が等級表一二級七号の後遺障害に該当するものとされている。そして、自賠責保険により交通事故の被害者に公平かつ相当な損害賠償を保障することを目的とした自賠法の趣旨からすれば、後遺障害等級の認定に当たっては相当程度の客観性が必要とされるので、関節可動域の測定についても、関節部位に当該事故による器質的変化等があり関節可動域の制限が医学的に明らかに当該事故によるものと認められる場合を除き、客観性を担保するために他動値を用いるべきである。
《証拠省略》によれば、原告は本件事故により左足関節に直接傷害を負っておらず、関節部分には何ら器質的変化が存しないこと、左下腿開放骨折も既に癒合しており、左足関節に広範な軟部組織の損傷や神経学的異常所見も存しないことが認められる。そうすると、原告の左足関節の可動域制限は、前記の「医学的に明らかに当該事故によるものと認められる場合」には該当しないので、その測定に当たっては他動値を用いることとなる。
そして、前記(1)イ認定のとおり、原告の左足関節の可動域は、他動値で底屈四五度、背屈五度(合計五〇度)であり、健側である右足関節の可動域が他動値で底屈四五度、背屈一五度(合計六〇度)であるから、健側に比べて三/四以下に制限されていない(なお、仮に原告主張のように、標準可動域・合計六〇度と原告の左足関節の可動域を比較したとしても、やはり標準可動域に比べて三/四以下に制限されていない。)。したがって、原告の左足関節の可動域制限は自賠法上の後遺障害等級に該当するものではないと判断せざるを得ない。
しかしながら、他方、《証拠省略》によれば、原告の左足関節の可動域制限は、本件事故による左下腿開放骨折の治療のために、骨折部から足関節部まで髄内釘を左下肢骨に密着して内部挿入し、約六か月間にわたり固定し、その間、痛みや違和感のために左足関節の動きが制限されていたことによるものであり、左足関節について、本件事故によりある程度の後遺障害が残存していることは認められる。そして、その程度は、前記のとおり自賠法上の後遺障害等級には該当しないにしても、背屈の可動域が他動値で五度、自動値で〇度と、健側である右足関節の背屈の可動域(他動値、自動値ともに一五度)の一/二以下に制限されており、足関節の背屈の標準可動域である二〇度(甲八)に比較すると、他動値でも一/四に制限されているのであるから、通常の歩行等の際の足関節の動きを想定した場合(背屈が制限されると、足底と下腿前面との角度がつけられなくなる。)、相当の支障が生ずるものと認められる。
ところで、自賠法上の後遺障害等級の認定は、その性質上、一定の基準に従った画一的な認定が必要とされるところではあるが、民事上の損害賠償における後遺障害の有無・程度及び労働能力喪失率の認定に当たっては、自賠法上の認定基準を参考にしつつも、当該被害者の後遺障害の個別具体的な内容、その職業、年齢、性別、具体的な稼働状況等を勘案して、実質的に判断すべきものである。
そして、前述のとおり、左足関節の可動域が背屈で他動値五度、自動値〇度にまで制限されているという原告の後遺障害の内容に、原告が看護婦という比較的足に負担のかかる職業に就いているということを併せ考えるならば、原告については、相応の割合の労働能力の喪失を認め、逸失利益を肯定するのが相当である。具体的には、原告の左足関節の可動域は、健側の六〇度に比して、五〇度にまで制限されており、あと五度制限されていれば、四五度となって健側の三/四以下となり、等級表一二級七号に該当すること(その場合の自賠法上の後遺障害等級認定に従った労働能力喪失率は一四%である。)、他方、原告の左足関節の可動域制限は、左足関節自体に生じた器質的変化が原因ではないので、今後のリハビリや日常生活の過程で次第に回復することが見込まれること、現在までに左足関節の可動域制限が回復していないのは、原告自身が左足関節の屈曲運動を行うことに対して消極的となっていることも影響していること等の事情を勘案して、症状固定時(平成一一年六月五日)から五年間について一〇%、その後の五年間について五%の労働能力を喪失したものと認める。
なお、左足関節について前記のとおり労働能力喪失が認められる以上、後遺障害慰謝料の算定に当たっても、これを斟酌するのが相当である。
イ 右足関節の機能障害
本件全証拠によっても、原告が本件事故により右足に傷害を負ったこと、及び、本件事故によって生じた他の部位の傷害の治療のために右足部に何らかの医療的措置等を施されたことは認められない。なお、甲三には「右下肢開放性骨折」とも解し得る記載があるが、《証拠省略》によれば、これは「左下肢開放性骨折」の誤記又はその趣旨で記載されたものと判断される。
ところで、原告の左足関節に前記のとおり機能障害が生じていることからすれば、原告の主張する右足関節の機能障害は、本来左足にかかる負荷を右足に代替して負わせたことにより、右足に通常以上の負荷がかかったために生じたものと考えられなくもない。しかしながら、仮にそうであるとしても、前記認定のとおり、右足関節の可動域については、標準可動域(底屈四五度、背屈二〇度、合計六五度)と比較しても、他動値による可動域はその三/四以下という基準に遠く及ばないこと、背屈の可動域のみを評価しても相当程度の支障が生ずるとまではいえないことからすれば、左足関節のような、自賠法上の後遺障害等級には該当しないが労働能力の一定程度の喪失があると評価できるまでの可動域の制限があるとは認められない。
したがって、右足関節の機能障害についての原告の主張は理由がない。
(4) 基礎収入について
《証拠省略》によれば、原告の平成一三年の年収は約二四〇万円であること、これは同年四月からの収入であるのに加え、原告は本件事故により一年間看護専門学校の留年を余儀なくされたことが認められる。そうすると、原告は、本件事故に遭わなければ、現時点で得ている収入より多くの収入を得ていたものと考えられる。そして、このことと、原告の年齢(足関節の症状固定時において二八歳)を考慮すると、原告の同年の年収を基礎収入とするのは相当ではなく、平成一一年賃金センサスの企業規模計・産業計・学歴計による女性労働者の全年齢平均賃金である年収三四五万三五〇〇円を基礎収入として、逸失利益を算出するのが相当である。
(5) まとめ
前記のとおり、本件における労働能力喪失率は、症状固定時から五年間について一〇%、その後の五年間について五%とするのが相当であるから、次の計算式のとおり、逸失利益は二〇八万〇九二三円(円未満切捨て。以下同じ。)となる。
ア 当初の五年間
三四五万三五〇〇円×〇・一×四・三二九四=一四九万五一五八円
イ その後の五年間
三四五万三五〇〇円×〇・〇五×(七・七二一七-四・三二九四)=五八万五七六五円
ウ 合計
一四九万五一五八円+五八万五七六五円=二〇八万〇九二三円
四 慰謝料 一四五〇万〇〇〇〇円
(1) 入通院慰謝料 二三〇万〇〇〇〇円
原告は、前記のとおり、本件事故により入院七一日・通院実日数三二日の治療を要する傷害を負ったものである。この本件事故による入通院期間のほか、本件事故は、被告が、①時速三〇km制限の道路を時速五〇~六〇kmの速度で走行した上、②たばこを探そうとして脇見をし、③前方に駐車中の車両を発見し、慌ててハンドル操作を誤り、被告車を対向車線を越えて進行させ、歩道を歩行中の原告に衝突させた、という重大な過失により発生したものであることを考慮すると、原告に対する入通院慰謝料としては、二三〇万円をもって相当と認める。
(2) 後遺障害慰謝料 一二二〇万〇〇〇〇円
原告の後遺障害は、自算会により等級表七級一二号に該当すると認定されていることのほか、前記のとおり、顔面醜状痕及び左足関節の可動域制限について慰謝料の加算事由が認められること、原告の左足の醜状痕は、これ自体が自賠法上の後遺障害等級(一四級五号)には該当しないとしても、これにより原告が相当の精神的苦痛を受けるものと推察されることからすれば、これを顔面醜状痕とは別個の慰謝料の斟酌事由として考慮すべきであること等の事情を総合考慮し、原告に対する後遺障害慰謝料としては、一二二〇万円をもって相当と認める。
五 以上一~四の小計 一六七二万〇七〇三円
六 損害の填補 一〇六六万〇〇〇〇円
七 差引損害額 六〇六万〇七〇三円
一六七二万〇七〇三円-一〇六六万〇〇〇〇円=六〇六万〇七〇三円
八 弁護士費用 七〇万〇〇〇〇円
本件の事案の内容、審理の経過、認容額等にかんがみると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は七〇万円と認める。
九 合計 六七六万〇七〇三円
六〇六万〇七〇三円+七〇万〇〇〇〇円=六七六万〇七〇三円
第四結論
以上の次第であり、原告の本訴請求は、六七六万〇七〇三円及びこれに対する本件事故日である平成一〇年四月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるので、この限度で認容し、その余は失当として棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 河邉義典 裁判官 来司直美 石田憲一)