東京地方裁判所 平成13年(ワ)15362号 判決 2002年11月26日
原告
共栄火災海上保険相互会社
被告
岩沢宏子
ほか二名
主文
一 原告と被告らとの間において、別紙交通事故目録記載の交通事故に関する原告の保険金支払債務が存在しないことを確認する。
二 訴訟費用は、被告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
原告と被告らとの間において、別紙交通事故目録記載の交通事故に関する原告の保険金支払債務が存在しないことを確認する。
第二事案の概要
一 前提となる事実(証拠を挙げた事実以外は、争いがない。)
(1) 保険契約の締結
原告と被告岩沢宏子との間において、次の内容の保険契約(以下「本件保険契約」という。)が締結されている(甲二)。
ア 保険種類 自動車総合保険(PAP)
イ 契約者 被告岩沢宏子
ウ 契約車両 岩沢車両
エ 保険期間 平成一二年四月七日から平成一三年四月七日まで
オ 証券番号 四九〇〇〇九四九五〇
(2) 保険金の請求
被告らは、原告に対し、別紙交通事故目録記載の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生したと主張して、本件保険契約に基づき保険金の支払を請求をしている。
二 争点―本件事故が実際に発生したか否か
(被告らの主張)
別紙交通事故目録記載のとおり、本件事故が発生した。その前後の状況は、次のとおりである。
(1) 平成一二年一一月二九日午前四時〇〇分ころ、石坂車両(ベントレー)と岩沢車両(クラウン)は、前後して環七通りを北から南に走行し、交差点を左折した。
(2) 両車両が本件事故現場手前に差し掛かったところ、本件事故現場には、林車両(クラウン)が赤信号で停車していた。
(3) 先行していた被告石坂は、これに気付き、ブレーキを踏みながらスピードを落とし、林車両の数メートル後ろまで近づいていったところ、突然、後続していた岩沢車両が石坂車両の後部に衝突した。石坂車両は、押し出されるように、停車中の林車両の後部に衝突して停まった。
(4) 被告岩沢善明は、衝突前、前方の信号が赤信号であることまでは認識したが、その後眠ってしまったため、速度を緩めた石坂車両に追突した。追突された被告石坂は、急いでブレーキを強く踏んだが間に合わず、林車両に追突した。
(5) 事故後、被告岩沢善明は、直ちに被告石坂及び訴外林に謝罪した。
(6) ところで、被告石坂は、同日、大阪出張の予定であり、急いで自宅に戻る必要があった。本件事故の原因は被告岩沢善明にあり、同被告もこれを認め、全責任を取ることを訴外林に約束したことから、被告石坂は岩沢車両に乗り換えて帰宅した。
(7) 他方、現場を現認した第三者が本件事故を警察に通報したため、代々木警察署のパトカーが間もなく現場に到着した。既に被告石坂は帰宅した後であったが、訴外林及び被告岩沢善明が任意の話合いで解決できることを警察官に話したため、現場に来た警察官はそのまま引き揚げていった。
(8) その後、訴外林は、東京医大へ行き、診察・治療を受けた。被告岩沢善明は、石坂車両を運転して病院に付いてきたが、同病院の駐車場で石坂車両が動かなくなってしまったため、新日本モーター(当ベントレーの販売店)に連絡し、レッカーで移動してもらった。
(原告の主張)
(1) 岩沢車両と石坂車両とが衝突した事実はない。石坂車両が林車両に衝突した事実はあるが、その日時・場所は、別紙交通事故目録記載の発生日時、発生場所とは異なる。
(2) 本件は、<1> 原告に事故発生報告がされたのが平成一二年一二月五日であり、事故が起きてから損害保険会社に報告がされるまで、相当程度遅延していること、<2> 最終的に警察で事故届が受理されたものの、これも大幅に遅延しており、かつ、警察は、この事故を現認しているものではなく、当事者の報告に基づいて確認したにすぎないこと、特に、岩沢車両が石坂車両に衝突した事故(以下「第一事故」という。)は確認していないこと、<3> そもそも、この第一事故については、岩沢車両が前部小損(原告側は未確認)であり、かつ、石坂車両の後部には損害がなく、こうした軽微損害で、なぜ次に石坂車両が林車両に衝突する事故(以下「第二事故」という。)が起きるのか、説明が付かない。
第三争点に対する判断
一 本件の証拠によって認められる事実は、次のとおりである。
(1) 本件事故後に石坂車両(ベントレー)を撮影した写真である甲三によれば、石坂車両の前部は、フロントバンパー及びラジエターグリルが衝撃により変形し、損傷を受けていること、これに対し、その後部には変形、損傷が存しないことが認められる。
(2) 調査嘱託に対する新日本モーター株式会社の回答(乙二の一、二)によれば、本件事故後に修理のために石坂車両を引き揚げた同社は、その損傷の部位、内容、程度について、「Front回り損傷、Rバンパーキズ」と回答していることが認められる。そして、回答書に添付された、実際に修理を担当した有限会社林田自動車鈑金塗装の作成に係る請求書(乙二の三)によれば、石坂車両の修理箇所はすべて車両の前部であることが認められる。
(3) 調査嘱託に対する警視庁代々木警察署長の回答(乙一の一、二)によれば、平成一二年一一月二九日に、「車がぶつかった云々で揉めている」との通行人からの一一〇番通報を受けた代々木警察署から、三名の警察官が本件事故現場に赴いたところ、石坂車両(品川三〇〇ぬ一八二四)と林車両(練馬三四ほ五五三三)の二台が現場に駐車しており、石坂車両の前部バンパー付近が破損して、部品の一部が路上に落ちていたこと、林車両に乗車していた男性から、「仲間うちのことなので事故扱いにしないでほしい」との申し出があったことが認められる。
二 以上のとおり、石坂車両の前部に相当程度の損傷が存在すること((1)、(2)、(3))及び警察官が現認した内容((3))からすれば、石坂車両が林車両に追突した第二事故が発生したことは、明らかである。これに対し、岩沢車両が石坂車両に衝突したという第一事故の発生を裏付けるに足りる証拠はなく、かえって、石坂車両の後部にほとんど損傷がなく、修理もされていない事実((1)、(2))からして、石坂車両の後部に他の車両が追突した事実があるとは認め難い。まして、被告らの主張するような態様で玉突き事故が発生したとするならば、石坂車両の前部が相当激しく林車両の後部に追突していることからして、石坂車両の後部にも相当の衝撃が加わったはずであるのに、前記のとおり、石坂車両の後部にはほとんど損傷がないのであるから、被告らの主張するような玉突き事故が発生したと認めることは困難である。
この点に関し、甲一の交通事故証明書には第一事故と第二事故の双方の事故が発生したとの記載があるが、同証明書は、当事者の申告により作成されたものであると考えられるから(事故現場に赴いた警察官が現認した内容は、(3)のとおりである。)、これにより第一事故の発生を認めることはできない。また、乙二の一、二によれば、本件事故当日の平成一二年一一月二九日に、被告岩沢善明から新日本モーター株式会社に石坂車両(ベントレー)の修理の依頼があった事実(前記被告らの主張(8)参照)が窺われるが、このことだけをもってしては、第一事故が発生した事実を推認するには足りない。
三 そのほか、本件審理の過程において、被告岩沢善明及び被告石坂が、当裁判所の再三の督促にもかかわらず、事故態様を説明する陳述書等を提出しないことなども併せ考えるならば、原告の主張するように、本件事故の際に岩沢車両が石坂車両に衝突した事実(第一事故)は存しないものと判断するのが相当である。したがって、岩沢車両を契約車両として本件保険契約を締結している原告は、本件事故に関して被告らに保険金支払義務を負うものではない。
第四結論
以上によれば、原告の被告らに対する本訴請求は、理由があるから認容することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 河邉義典)
交通事故目録
一 発生日時 平成一二年一一月二九日午前四時〇〇分ころ
二 発生場所 東京都渋谷区笹塚三―二八先路上
三 加害車両 被告岩沢宏子が所有し、被告岩沢善明が運転する普通乗用自動車(品川三〇〇た四七三〇)
四 被害車両 <1> 被告石坂陽の運転する普通乗用自動車(品川三〇〇ぬ一八二四)
<2> 訴外林秀和の運転する普通乗用自動車(練馬三四ほ五五三三)
五 事故態様 上記発生日時、発生場所において、被告岩沢善明の脇見運転により、加害車両が被害車両<1>に追突し、その反動で被害車両<1>が被害車両<2>に追突した。
(注) 判決の「事実及び理由」欄においては、加害車両を「岩沢車両」と、被害車両<1>を「石坂車両」と、被害車両<2>を「林車両」と、それぞれ略称する。