東京地方裁判所 平成13年(ワ)15628号 判決 2003年3月03日
原告
株式会社○○
上記代表者代表取締役
A
原告
A
上記両名訴訟代理人弁護士
安田修
同
丹羽厚太郎
同
野中信敬
同
久保田理子
同
土井智雄
同
原口健
安田修訴訟復代理人弁護士
坂元正嗣
被告
株式会社日立製作所
上記代表者代表取締役
B
被告
日立ソフトウエアエンジニアリング株式会社
上記代表者代表取締役
C
被告
D
外7名
上記10名訴訟代理人弁護士
本林徹
同
田淵智久
同
奥田洋一
同
横山経通
同
荒井正児
主文
1 原告株式会社○○の被告H,同Iに対する訴えをいずれも却下する。
2 原告らの被告株式会社日立製作所,同日立ソフトウエアエンジニアリング株式会社,同D,同B,同E,同C,同F,同Gに対する請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 被告株式会社日立製作所,同日立ソフトウエアエンジニアリング株式会社,同D,同B,同C,同Gは,原告株式会社○○に対し,連帯して,金60億円及びこれに対し,同Gについては平成13年8月9日から,その余の原告らについては同月8日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告E,同I,同F,同Hは,原告株式会社○○に対し,連帯して,前項の金60億円の内金15億円及びこれに対し,同Eについては平成13年8月9日から,その余の被告らについては同月8日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告株式会社日立製作所,同日立ソフトウエアエンジニアリング株式会社,同E,同Gは,原告Aに対し,連帯して,金5億2000万円及びこれに対し,同E,同Gについては平成13年8月9日から,その余の被告らについては同月8日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件事案の概要は次のとおりである。原告らは,平成8年1月ころまでに,被告株式会社日立製作所(以下「被告日立製作所」という)との間で,同社及びそのグループ企業が原告株式会社○○(以下「原告会社」という)の経営実務を掌握し,被告日立製作所の代表取締役会長である被告D(以下「被告D」という)が直接又は間接に選定した人員等を原告会社に出向させて同社の業務に従事させる等を内容とする経営管理契約を締結したが,被告日立製作所及びその子会社である被告日立ソフトウエアエンジニアリング株式会社(以下「被告日立ソフト」という)並びにこれらの会社の取締役らが経営管理契約に違反する行為(①ソフトウエアの開発失敗,②ぷりパニ事業による原告会社に損失負担行為,③ROMボードの窃取,架空取引,④原告会社の被告日立製作所への経営管理移管合意違反,⑤原告会社の再建計画放棄)等を行ったことにより,原告会社は191億5160万2400円,同社の代表取締役である原告A(以下「原告A」という)は10億円の損害をそれぞれ被ったとして,(1)原告会社は,被告日立製作所及び同日立ソフトに対しては債務不履行,不法行為に基づき,同社らの取締役である被告D,同B(以下「被告B」という),同C(以下「被告C」という),同G(以下「被告G」という)に対しては商法266条ノ3,不法行為に基づき,連帯して前記損害の一部である60億円及びこれに対する遅延損害金の支払を,(2)原告会社は,被告日立製作所の取締役であるE(以下「被告E」という),同日立ソフトの取締役である同F(以下「被告F」という)に対しては商法266条ノ3,不法行為に基づき,被告日立製作所ないし同Dの指示で原告会社に派遣されてきた同I(以下「被告I」という),同H(以下「被告H」という)に対しては取締役の忠実義務違反,不法行為に基づき,連帯して前記(1)の60億円の一部である15億円及びこれに対する遅延損害金の支払を,(3)原告Aは,被告日立製作所,同日立ソフトに対しては債務不履行,不法行為に基づき,同E,同Gに対しては商法266条ノ3,不法行為に基づき,連帯して前記損害の一部である5億2000万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めているところ,被告らは,そもそも経営管理契約の存在を否定し,また,原告らの主張する違反行為の事実はないなどとして争っている事案である。
1 争いのない事実等(証拠等により認定した事実は文末に当該証拠等を掲記する)
(1) 当事者
ア 原告ら
原告会社(旧商号株式会社A製作所)は,原告Aが昭和55年に設立した電子応用機器及び電子応用機器に関するソフトウエア,電子計算機を利用したゲームソフトウエアの開発並びに販売等を業とする資本金約5億円の株式会社であり,創業以来,原告Aが代表取締役の地位にある(弁論の全趣旨)。
イ 被告ら
(ア) 被告日立製作所は,電気機械機具,産業機械機具の製造及び販売などを業とする資本金約2817億円の株式会社である(弁論の全趣旨)。
(イ) 被告日立ソフトは,コンピュータソフトウエアの開発及び販売,情報処理サービス等を業とする資本金約328億円の株式会社である。被告日立製作所は,被告日立ソフトの株式の過半数を所有している。
(ウ) 被告Dは,昭和56年6月から平成11年3月までの間,被告日立製作所の代表取締役社長又は同会長をしており,現在,同社相談役の地位にある。
(エ) 被告Bは,平成11年4月1日から,被告日立製作所の代表取締役社長をしている。
(オ) 被告Eは,平成8年当時,被告日立製作所の専務取締役をしており,同11年4月1日以降は,同社の代表取締役副社長の地位にある。
(カ) 被告Cは,被告日立製作所企画室室長を経て,昭和60年,被告日立ソフトの代表取締役社長に就任し,平成11年6月以降は同社の代表取締役会長の地位にある。
(キ) 被告Fは,平成8年当時,被告日立ソフトの常務取締役をしており,現在,同社の代表取締役社長の地位にある。
(ク) 被告Gは,昭和36年に被告日立製作所に入社し,同社の企画室部長を経て,昭和61年に被告日立ソフトに転籍し,同社の常務取締役及び専務取締役を務めた。
(ケ) 被告Hは,被告日立ソフトの監査室部長をしていたが,平成10年6月26日から同11年6月18日までの間,原告会社の取締役管理本部長を務めた。
(コ) 被告Iは,平成7年に被告日立製作所を退社し,同年から同10年11月18日までの間,株式会社日立パーツシステムズ(以下「日立パーツシステムズ」という)の代表取締役を務め,同月19日から同11年6月16日までの間,原告会社の代表取締役社長を務めた(乙24,弁論の全趣旨)。
(2) 原告会社によるハードウエア及びソフトウエア開発
原告会社では,平成5年ころから,ロムカセット方式でソフトのみ交換可能なカセット式の次世代業務用ゲームシステム(以下「スーパーノバシステム」という)を開発中であり,当該開発計画をスーパーノバシステム計画と称していた。スーパーノバシステムは,①業務用アミューズメントボード(ゲームセンター用ゲーム機のシステムボード,以下「スーパーノバボード」という),②業務用オーサリングツール(スーパーノバボードの機能を含む,業務用の専用ハードウエア(以下「オーサリングボード」という)で,極めて製品に近い画像品質の環境でグラフィックやシーケンスの編集及びデータ出力を可能にするもの,以下「オーサリングツール」という),③ソフトウエア開発支援ライブラリ(C言語によるゲームソフトウエア開発を前提に,一般的なゲーム開発で使用される制御手順をライブラリとしてまとめたもの,以下「ノバライブラリ」という),④業務用オーサリングソフト(ゲーム制作者が実際にオーサリングツールを使用するに当たってこれを作動させるために必要となるソフトウエア,以下「オーサリングソフト」という)から構成されていた。(弁論の全趣旨)
(3) 原告らと被告Dとの接触
ア 原告Aは,平成7年7月ころ,被告Dの娘であるJ(以下「J」という)と知り合い,同人を通じて被告Dとも知り合うこととなった。
イ 被告Dは,平成7年9月初旬,原告Aに対し,被告日立製作所を昭和56年に退職し,日立機電株式会社の取締役を経て平成7年6月から同社の顧問をしていたK(以下「K」という)を紹介した。Kは,平成7年9月末ころから翌8年6月までの間,原告会社の顧問を務めた。その後,日立造船株式会社の監査役を退職したL(以下「L」という)も原告会社の顧問となり,同人は,平成11年10月29日まで同社の顧問を務めた。(乙21)
(4) 原告会社と被告日立ソフトの取引経過等
ア 被告Dは,平成7年10月ころ,原告A及びKの要請に応じ,原告会社が行っていた業務用ゲーム機の開発のため,原告会社を被告日立ソフトに紹介した。原告会社は,オーサリングソフト及びノバライブラリについて,被告日立ソフトと協力して開発を進めた。しかし,原告会社は,平成11年に至っても,スーパーノバシステム計画を完遂させることができず,同計画の優位性はなくなり,スーパーノバボードの商品性も消滅した。(弁論の全趣旨)
イ 原告会社は,平成9年4月ころ,同社が制作していたスーパーノバボードを使用して,キャラクターやデザインと共に写真撮影のできる設置型シールプリント機(いわゆるプリクラ)である「ぷりんとパニック」(以下「ぷりパニ」という)を開発し,これを事業化した(以下「ぷりパニ事業」という)が,被告日立ソフトはこの事業化に協力した。
ウ 被告日立ソフトは,経理部部長であったMを原告会社に派遣し,同人は,平成8年9月から平成10年5月までの間,原告会社の取締役に就任した。同様に,被告日立ソフトは,被告Hを原告会社に派遣し,同人は,平成10年6月から同11年6月までの間,原告会社の取締役を務めた。なお,両名共に原告会社の代表権は有していなかった。
2 争点
(1) 被告日立製作所及びその取締役に対する請求の当否
ア 本件経営管理契約の成否
【原告らの主張】
原告らは,平成8年1月ころまでに,被告日立製作所との間で,口頭で,概略,下記内容の経営管理契約(以下「本件経営管理契約」という)を締結した。
(ア) 被告日立製作所及びそのグループ企業において,原告会社の経営実務を掌握し,被告Dが直接又は間接的に選定した人員を原告会社に出向させて同社の業務に従事させる。
(イ) 原告Aは原告会社の経営実務から退く。原告Aは,技術者として研究開発に専念し,発明を行い,被告日立製作所及び同社のグループ企業に対し,商品着想や問題解決のアイデアを提供する。
(ウ) 被告日立製作所は,同社ないしは同社の関連企業において原告会社と共同してスーパーノバボード及びオーサリングシステムの開発・製造をするため下記事項を行う。
① オーサリングツールのCPUは,被告日立製作所が製造した「SHシリーズ」を使用する。
② 被告日立製作所は,スーパーノバボードの量産設計調整,製造を行う。
③ スーパーノバボードの製造部品は,被告日立製作所が製造したものを使用し,かつ,同社の関連会社を介した上で購入する。
④ 被告日立ソフトは,オーサリングシステムで残されたソフトウエアの開発を行う。
【被告日立製作所,同D,同B,同Eの主張】
本件経営管理契約の成立は否認する。本件経営管理契約が成立していないことは,次の事実から明らかである。
(ア) 原告ら主張の本件経営管理契約は,被告日立製作所が原告会社の経営につき全責任を負うという内容であり,被告日立製作所の責任は極めて重い。しかし,原告会社は,被告日立製作所の一取引先にすぎないのであって,前記のような重い責任を負う契約を締結することは不合理であり,常識的に考えてもあり得ない。また,原告らが本件経営管理契約の成立状況について極めて曖昧な主張しかなしえていないこと,本件経営管理契約のような重要な契約について契約書が交わされていない理由についても説明できていないこと,原告Aが被告Dに面会したのは平成8年3月が初めてであって,被告Dが何ら面識のない相手と本件経営管理契約を締結すること自体不自然であることなどに照らすと,原告らの主張が理由がないことは明らかである。
(イ) また,原告会社においては,平成7年9月以降も,原告Aが代表取締役を務め,経営の全権を掌握していたのであって,被告日立製作所が原告会社を経営管理するなどの実態はない。被告Dが原告会社に対してした協力は,Kを紹介するなどのものにすぎず,しかも,Kの紹介については,被告DとKが個人的に親しい関係にあり,Kが既に被告日立製作所を退職していたから紹介したにすぎず,被告Dの原告らに対する協力は個人的なものである。
イ 本件経営管理契約違反の存否
【原告らの主張】
(ア) 被告日立製作所は,原告らに対し,本件経営管理契約に基づき,下記のとおりの義務を負っている。
a 被告日立製作所は,原告会社の実務を掌握し,被告日立製作所及びその関連企業から適切,適正な人員を原告会社に出向させて同人らを原告会社の業務に従事させる義務を負っている。
b 被告日立製作所は,前記aのとおり原告会社に出向した者が原告会社に不当な損害を与えることがないよう管理・監督し,もって原告会社の経営を維持する義務を負っている。
c 被告日立製作所は,スーパーノバボード及びオーサリングシステムの開発における同社担当部門の仕事を完成する義務を負っている。
d 被告日立製作所は,前記aのとおり原告会社に出向した者を通じて,徒に原告会社の利益を害し又は被告日立製作所ないしはその関連企業の利益のみを図る取引をしてはならないという義務を負っている。
(イ) しかるに,被告日立製作所は,次のaないしeのとおりの本件経営管理契約に違反する行為を行った。
a 被告日立ソフトとの間のソフトウエア請負契約の締結と失敗
原告会社は,平成8年2月ころ,被告Dの指示に基づき,被告日立ソフトに対し,オーサリングソフト及びノバライブラリの制作を,代金1288万5300円で請け負わせた(以下「本件請負契約」という)。しかるに,被告日立ソフトは,オーサリングソフトの開発に失敗し,納期である平成8年8月20日はもとより平成10年に至ってもオーサリングソフト及びノバライブラリの制作を完了することができなかった。
これは,前記(ア)cの義務に違反する行為である。
b ぷりパニ事業による原告会社への損失負担行為
原告会社及び被告日立ソフトは,平成9年より,ぷりパニ事業を計画・実行した。しかし,ぷりパニ事業は,事業開始から3か月目で赤字となるようなものであって,その事業リスクは原告会社のみが負い,被告日立ソフトは確実かつ高額の利益を上げる構造となっていた。原告会社は,ぷりパニ事業開始後1年間で,約19億円もの損失を発生させ,この損失は,そのまま被告日立ソフトに対する買掛金債務として固定した。
これは,前記(ア)bの義務に違反する行為である。
c トーワジャパン株式会社との架空取引
被告日立ソフトの取締役である同Gは,ぷりパニ事業に関連し,トーワジャパン株式会社(以下「トーワジャパン」という)との間で,原告会社をトンネル会社として,伝票操作のみによる架空取引を密かに行い,その取引総額は約29億円にものぼった。その結果,トーワジャパンは平成11年4月に倒産し,その後自己破産を申請したが,同社の業界での評判は,不明朗な手形取引や多重リース等があるとして,芳しいものではなかった。原告会社は,このようなトーワジャパンとの取引に関与していたとして,原告会社振出,裏書の手形がその流通性をなくすなど,原告会社及び原告Aの信用は著しく低下した。
これは,前記(ア)a,b,dの各義務に違反する行為である。
d 被告日立製作所本体への経営管理移管合意とその途中放棄
被告日立製作所は,同日立ソフトに原告会社の経営管理を任せていたが,同日立ソフトが前記のとおり,ぷりパニ事業やトーワジャパンとの不正架空取引によって原告会社に損害を発生させたり,同日立ソフトの取締役である同Gが強迫を用いて原告Aが被告D及び同Bに前記不正架空取引等の事実を報告するのを中止させるなどした。そこで,被告日立製作所は,原告会社の経営管理を被告日立ソフトから同日立製作所に移管することとし,そのため,同Bは,平成10年11月,同Iを原告会社の代表取締役社長として派遣した。被告Iの使命は,①原告会社において発生した損失の算定,②原告会社における被告日立ソフトが行っていた不正取引の一掃であった。しかし,被告Iは,前記①の業務は行ったものの,同②については被告Gの強迫に屈し,是正することができなかった。そして,被告Iは,平成11年6月,原告会社の株主総会を境に突如同社の代表取締役を辞任し,所持していた同社の関係書類一切を持ち出し,これを廃棄した。
被告Iの辞任は,前記(ア)aの義務に違反する行為である。
e 原告会社の再建計画とその実行放棄
被告日立製作所は,平成11年3月から4月にかけて,同日立ソフトが原告会社に発生させた損害を補填することを大前提に,同社の減資,各金融機関からの債務の免除・減免,被告日立製作所との間の取引を継続させること,被告日立製作所から原告会社に代表者を出向させるという内容の原告会社再建計画を策定した(以下「本件再建計画」という)。被告Dは,原告Aに対し,本件再建計画を確実に行うことを約束した。そこで,原告会社は,平成11年4月20日,被告日立ソフトの責任を問わないという確認書に署名した。しかるに,被告日立製作所は,原告会社の再建をせず,被告日立製作所から原告会社に派遣された被告Iは,原告会社の再建を放棄して辞任した。
これは,前記(ア)a,bの各義務に違反する行為である。
また,仮に,被告日立製作所が本件再建計画を履行する意思もないのにこれを策定,合意し,原告Aに確認書に署名させたとすれば,当該行為は不法行為にも該当するといえる。
【被告日立製作所,同D,同B,同Eの主張】
原告ら主張の本件経営管理契約違反の事実は全て否認する。本件経営管理契約の成立していない本件においては,およそ債務不履行は問題とはならない。
また,債務不履行として原告が主張する行為についても,全て否認する。
ウ 被告日立製作所及びその取締役の責任の存否
【原告らの主張】
(ア) 前記ア,イ記載のとおり,被告日立製作所は,本件経営管理契約違反及び不法行為(本件再建計画に関し)に基づき,原告らに対し,被告日立製作所の違反行為(前記(イ)のaないしe)から発生した損害を賠償する義務がある。
(イ) 被告D,同Bは同日立製作所の代表取締役として,また,同Eは同社の専務取締役として,本件管理契約を誠実に履行する義務があるのに,故意又は重大な過失に基づき,前記イの違反行為を行った。よって,被告D,同B,同Eは,商法266条ノ3,不法行為に基づき,原告らが被った損害を賠償する義務がある。
【被告日立製作所,同D,同B,同E】
原告らの主張はいずれも否認する。
本件経営管理契約は成立しておらず,また,原告ら主張の違反行為はなく,被告日立製作所には何ら責任がない。被告日立製作所に責任がない以上,同社の取締役である同D,同B,同Eに責任がないのは明らかである。
(2) 被告日立ソフト及びその取締役に対する請求の当否
ア 本件請負契約及びその不履行の成否(責任その1)
【原告会社の主張】
原告会社と被告日立ソフトとの間で本件請負契約が成立し,被告日立ソフトがこれを履行しなかったのは,前記争点(1)イ【原告らの主張】(イ)a記載のとおりである。
【被告日立ソフト,被告C,被告G,被告Fの主張】
原告会社の主張は全て否認する。被告日立ソフトらの主張は次のとおりである。
原告会社と被告日立ソフト間の取引は,請負契約でなく,エンジニアの派遣を内容とする業務委託契約であり,被告日立ソフトは当該契約を約定どおり履行している。
(ア) 被告日立ソフトは,Kから原告会社を紹介され,同社が行っていた業務用ゲーム機の開発において協力を求められた。被告日立ソフトは,平成7年10月,12月,同8年1月,原告会社に担当者を派遣し,原告会社から,スーパーノバシステム計画と称する計画についての説明を受け,オーサリングソフト及びノバライブラリについての開発協力を依頼された。被告日立ソフトは,原告会社の前記依頼事項があまりに不明確な上,これまでゲーム機についてのノウハウがなかったこともあり,原告会社の要望の全てを僅か半年で実現することは困難と考えた。そこで,被告日立ソフトは,ノバ用API(原告会社のゲーム機の基盤であるノバボード用APIとライブラリを含む)の開発を支援する程度に限定し,完成義務もない業務委託契約の形式をとることにした。被告日立ソフトは,平成8年2月5日,原告会社に対し,作業形態をエンジニアの派遣とすること,被告日立ソフトの参画分野はC言語仕様に適したAPI形態の検討,C言語の教育,ノバ用APIの一部であるタスク制御部分の設計及び製造とした。原告会社は,被告日立ソフトの申出を了承し,同社との間で,業務委託契約を締結した。
(イ) 被告日立ソフトは,当該業務委託契約について,約定どおり履行した。被告日立ソフトは,平成9年11月4日,原告会社との間で,「NOVA向けオーサリングツール開発作業終了確認書」を作成し,最終的な開発作業が終了したことを確認している。
イ 被告日立ソフトによる不正架空取引の存否(責任その2)
【原告らの主張】
被告日立ソフトの取締役であった被告Gは,原告会社を利用して,被告日立ソフトからトーワジャパンへ資金を流すための不正架空取引を行い,このため原告らの信用が著しく低下し,損害を被ったことは,前記争点(1)イ【原告らの主張】(イ)cで主張したとおりである。
【被告日立ソフト,同C,同G,同Fの主張】
原告らの主張は否認する。被告日立ソフトらの主張は次のとおりである。
(ア) 被告日立ソフトとトーワジャパンとの間の取引は不正架空取引ではない。当該取引は,現物取引であるし,そもそも原告会社に依頼され,同社のために行ったものである。原告会社は,平成9年8月ころ,被告日立ソフトに対し,原告会社がゲーム機販売について利鞘を得るための協力をすることを依頼し,同年12月ころ,取引先としてトーワジャパンを自ら紹介してきたものである。被告日立ソフトは,原告会社に利鞘を稼がせるため,同社に協力したにすぎない。
(イ) 原告会社の手形が信用をなくしたのは,同社の経営が傾いたからであって,トーワジャパンの倒産や不正架空取引などとは関係ない。
ウ 原告ROMボードの窃取行為の存否(責任その3)
【原告会社の主張】
被告日立ソフトは,平成11年9月ころ,原告会社に無断で同社のROMボード300枚(時価約1100万円相当)を窃取した。被告日立ソフトは,原告会社から盗んだ当該ROMボードを使用し,新たなぷりパニ機を製造しようとしていたものである。
【被告日立ソフト,同C,同G,同Fの主張】
否認する。
エ 被告日立ソフト及びその取締役の責任の存否
【原告らの主張】
(ア) 被告日立ソフトは,原告らに対し,前記ア記載のとおり本件請負契約の債務不履行に基づき,また,前記イ,ウ記載のとおり不正架空取引,原告ROMの窃取による不法行為に基づき,原告らが被った損害を賠償する義務がある。
(イ) 被告C,同G,同Fはいずれも同日立ソフトの取締役であるが,故意又は重大な過失により,前記アないしウ記載の債務不履行行為,不法行為に加担した。また,被告C及び同Gは,本件経営管理契約を実行すべきであるのに,これを怠った。よって,被告C,同G,同Fは,商法266条ノ3,不法行為に基づき,原告らが被った損害を賠償する義務がある。
【被告日立ソフト,同C,同G,同Fの主張】
(ア) 原告らの主張は否認する。
(イ) 原告会社は,平成11年4月20日,被告日立ソフトとの間で,被告日立ソフトが原告会社に対する債権を全てないものにし,原告会社に対し業務支援金として3億円支払い,他方,原告会社は被告日立ソフトに対し,今後損害賠償を含め一切の請求をしないとの合意をした。よって,原告会社の被告日立ソフト及びその取締役に対する請求は理由がない。
(3) 被告H及び同Iに対する請求の当否
ア 訴えの適法性
【原告会社の主張】
本件は,原告会社の代表取締役である原告Aが同社を代表して,同社の取締役であった被告H及び同Iに対し,忠実義務違反等に基づいて請求をしているものであるが,かかる訴えは実務上認められており,適法である。
【被告H,同Iの主張】
被告H及び同Iは,原告会社の取締役の地位にあった者であるから,原告会社の被告両名に対する訴えは,商法275条ノ4の規定により,原告会社の監査役が同社を代表して提起しなければならない。しかるに,被告H及び同Iに対する訴えは,原告会社の代表取締役である原告Aが同社を代表して提起しており,不適法であり,却下されるべきである。
イ 忠実義務違反,不法行為の存否
【原告会社の主張】
(ア) 被告H及び同Iは,被告日立ソフトが原告会社を介して行ったトーワジャパンとの不正架空取引に荷担し,さらに,退任に当たり,原告会社所有の財務,経営資料を全て持ち出し,もしくは廃棄した。
(イ) 被告Iは,原告代表取締役として,又は本件経営管理契約に基いて,原告会社の再建計画を誠実に実行すべき義務があるところ,被告Bの指示もしくは同人と共謀の上これを怠り,さらに原告会社を一方的に退任した。
【被告H,同Iの主張】
否認する。
(4) 原告らの被った損害は幾らか
【原告らの主張】
ア 原告会社
(ア) 本件経営管理契約及び本件請負契約の債務不履行による損害
原告会社は,被告日立ソフトの債務不履行により,オーサリングソフトの開発を断念し,さらにはスーパーノバシステムの開発をも断念した。したがって,原告会社がオーサリングソフトの開発のため実際に出費した費用及び本件オーサリングソフトひいてはスーパーノバシステム完成を前提として出費した費用は,当該債務不履行による損害といえるところ,その損害総額は28億6889万円である。
(イ) 本件再建計画の実行放棄による損害
原告会社は,本件再建計画の実行が放棄されたことにより,14億8447万円の損害を被った。
(ウ) ROMボード窃取による損害
原告会社は,ROMボードを窃取されたことにより,ボード代1164万2400円の損害を被った。また,原告会社は,当該ROMボードを使用することができなかったことにより,予定していた商品「パニックストリート」の発売が大幅に遅れ,その結果700台分がキャンセルされ,6860万円の損害を被った。したがって,ROMボード窃取による原告会社の損害は,合計8024万2400円となる。
(エ) スーパーノバシステム開発遅延あるいは失敗による損害
スーパーノバシステム計画は,スーパーノバボード等ハード面の開発が終了し,ソフト面の開発を待つのみとなっていた。スーパーノバシステム計画は,被告日立製作所をはじめとして,関係各企業が注目していたものである。被告日立ソフトによるオーサリングソフト等の開発遅延・失敗がなければ,原告会社は,5年間に及んで,少なくとも合計147億1800万円の利益を得ることができた。
(オ) まとめ
以上によれば,原告会社が被告らの行為により被った損害は,合計191億5160万2400円となる。
イ 原告A
原告Aは,被告日立ソフトとトーワジャパンとの間で不正架空取引が行われたことにより,ゲーム業界で長年培ってきた信用を大きく落とし,10億円を下らない損害を被った。
ウ 請求額
そこで,原告らは,前記「第2 事案の概要」の冒頭部分で記載したとおり,被った損害の一部を請求する。
【被告らの主張】
否認する。
第3 争点に対する判断
1 争点(1)ア(被告日立製作所及びその取締役に対する請求の当否―その1―)
(1) 本件経営管理契約の成否
ア 原告らの主張の要旨
原告らは,平成8年1月ころまでに,被告日立製作所との間で,本件経営管理契約(契約内容の概略は,①被告日立製作所及びそのグループ企業において原告会社の経営実務を掌握し,被告Dが直接又は間接的に選定した人員を原告会社に出向させて同社の業務に従事させること,②原告Aは原告会社の経営実務から退き,技術者として研究開発に専念すること,③被告日立製作所は,同社ないしは同社の関連企業において原告会社と共同してスーパーノバボード及びオーサリングシステムの開発・製造をすること,殊に,オーサリングシステムで残されたソフトウエアの開発は被告日立ソフトが行うこと)を締結したと主張する(争点(1)ア【原告らの主張】)。そこで,まず,本件経営管理契約の成否について判断する。
イ 前記争いのない事実等,証拠(甲44,91,134,162の1ないし3,同163の1及び2,乙21,25,26,31の1ないし3,証人K,原告A)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(ア) 原告会社は,昭和55年に原告Aが創立した会社であり,創業以来同人が会社代表者の地位にある。原告会社は,業務用ゲームメーカーであり,他方,被告日立製作所は,電気機械機具,産業機械機具の製造,販売などを業とする総合電気メーカーである。両者の間には,これまで,資本関係はなく,人事の交流もない。(争いのない事実等(1)ア,弁論の全趣旨)
(イ) 原告Aは,平成7年7月ころ,当時被告日立製作所の代表取締役をしていた被告Dの娘であるJと知り合い,同女を通じて,被告Dに対し,原告会社の運営の助言をしてもらえる人材の紹介を求めた。被告Dは,Jから話を聞き,当時,被告日立製作所を退職し,日立機電の顧問をしていた友人であるKを紹介することにした。被告Dは,平成7年9月初旬ころ,Kに対し,一度原告会社を訪問し,同社の様子をみてくれないかと依頼した。Kが原告会社に協力するかどうか,仮に協力するとした場合どのような形にするかは,Kの裁量に任されていた。(甲134,163の1及び2,乙21,証人K【1,2頁】,原告A【8頁】)
(ウ) Kは,平成7年9月初旬ころ,原告会社を訪れ,原告Aと会談した。原告Aは,Kに対し,開発業務に専念したいので,経理,総務などの雑務を手伝ってくれないかと申し出た。なお,原告Aは,この際,Kに対し,原告会社の経営から退き,Kに経営を任せるとの話はしなかった。実際,原告Aは,今日に至るまで,原告会社の代表取締役を一貫して務めている。Kは,原告Aの話を聞き,同人に協力することにし,平成7年9月,原告会社との間で,月額50万円の報酬で,同社の経営及び運営に関する助言,指導をすることを内容とする顧問契約を締結し,契約書を取り交わした。(乙21,25,26,31の1ないし3,証人K【2,3頁】,原告A【8頁】)
(エ) Kは,同人が決めた日時に原告会社を訪れ,原告Aに対し,同社の経営問題について助言した。Kは,原告会社を経理財務面から調査する必要を感じたが,原告会社には経理関係に明るい職員がおらず,K自身も経理の専門家でなかったため,被告日立製作所の同期入社で既に同社を退社していた友人のLに協力を求めることにした。こうして,Lも,平成7年10月,原告会社の顧問に就任した。K及びLは,原告会社の企業内容を検討,調査したところ,平成7年10月当時,同社には巨額の資産が不良資産化しており,財務内容が相当悪いことが判明した。(甲91,乙21,証人K【4,5頁】,弁論の全趣旨)
(オ) Kは,原告会社のために,金融機関からの融資交渉等を行った。また,Kは,原告Aに対し,金融機関に提出する再建計画案の作成を提案したり,経営会議の開催を提案するなどした。Kは,平成7年12月20日ころには,原告Aに対し,人事・営業・経理の実権をK及びLに与えるよう申し入れたが,原告Aの了解は得られなかった。Kは,原告会社の経営再建に向けて活動したが,原告会社においては,原告Aが引き続き代表取締役社長として実権を握り,Kの提案を受け入れようとしなかった。そこで,Kは,このような状況下では,顧問の職責を遂行することは困難と考え,平成8年3月末日,原告会社の顧問を辞任した。(甲44,162の1ないし3,乙21,証人K【6,8頁】,弁論の全趣旨)
(カ) 原告Aは,平成8年3月5日,初めて,被告Dと面談の機会を得たが,このときまで,原告Aは被告Dと会ったことも,電話で話をしたこともなかった(原告A【51頁】,弁論の全趣旨)。なお,原告Aが,被告Dに会うまで,長時間かかっていることについて,原告Aは,被告日立製作所側の言によれば,「Dさんと会わせてきちっとするためには,A君のすべてのものを見て全部分からないとそういうふうなところへいかない,それが一つの登竜門だということを言われた」と供述している(原告A【8頁】)。また,原告らの主張する本件経営管理契約について,契約書が存在しないが,その点について,原告Aは,「なぜか分からない」,「する必要はないと思った」と供述するにとどまっている(原告A【8頁,51頁】)。
ウ 以上の事実を前提に本件経営管理契約の成否について検討することにする。
原告らの主張する本件経営管理契約は,被告日立製作所及びそのグループ企業が原告会社の経営実務を掌握するという重大な契約内容であるところ,これまで資本関係も人的交流もない会社間でこのような契約を締結することには多大な疑問が残るところである。しかも,本件経営管理契約では契約書が取り交わされていないというのであり,その取り交わされない理由について原告らは何一つ合理的理由を説明していない。また,原告らは,本件経営管理契約の成立時期を平成8年1月ころまでと主張しているが,原告Aが被告日立製作所の代表取締役をしていた被告Dと初めて会ったのが平成8年3月5日である点に照らすと,3月5日以前に契約が成立していたと解することは困難である。
のみならず,原告らは本件経営管理契約の内容として原告Aが原告会社の経営実務から退くことを挙げているが,原告Aが原告会社の経営実務から退いた事実はなく,このことは,本件経営管理契約が存在しなかったことを窺わせる。また,原告らの主張する本件経営管理契約では,被告Dが選定した人物を原告会社に出向させることが内容となっているが,被告Dは,友人のKを原告Aに紹介し,Kと原告会社との間で顧問契約が結ばれるにとどまっており,かかる事実は本件経営管理契約とは異なる内容であり,本件経営管理契約が存在しなかったことを窺わせる。
以上によれば,原告らの主張する本件経営管理契約の成立を認めることはできないというべきである。
エ 原告A本人の供述の信憑性等について
以上の判断に対し,原告A本人は,本件経営管理契約は成立していた旨供述するので,当該供述の信憑性について検討することにする。本件経営管理契約の成立時期は重要であるところ,この点につき,原告Aは,平成13年4月13日付通知書では同7年9月と主張していたのに(甲1の1),本人尋問のなかでは同8年1月ころまでと供述したり(原告A本人【51,52頁】),あるいは,同8年3月5日と供述する(原告A本人【70頁】)などその供述は変遷している。このように,原告A本人の供述は,契約締結の時期といった重要な点について変遷しており,しかも変遷の理由について合理的な説明ができないでいること及び前記イで認定した事実に反するものであり,これを採用することは困難である。そして,本件全証拠を検討するも,他に本件経営管理契約の成立を証するに足りる的確な証拠は存在しない。
(2) 被告日立製作所及びその取締役の責任
前記(1)の検討結果によれば,本件経営管理契約を証するに足りる証拠はないのであり,そうだとすると,当該契約の成立を前提とする,被告日立製作所及びその取締役である被告D,同B,同Eに対する原告らの請求は,その余の点を判断するまでもなく理由がないということになる。
2 争点(2)ア(被告日立ソフト及びその取締役に対する請求の当否―責任その1―)
(1) 当事者双方の主張の要旨
原告会社は,平成8年2月ころ,被告日立ソフトとの間で,オーサリングソフト及びノバライブラリの制作を1288万5300円で請け負わす旨の本件請負契約を締結したと主張(争点(2)ア【原告会社の主張】)し,これに対し,被告日立ソフトは,本件請負契約の成立を否認し,両者の間の契約は,被告日立ソフトが原告会社に対しエンジニアを派遣することを内容とする業務委託契約であったと反論する(争点(2)ア【被告日立ソフトらの主張】)ので,以下,本件請負契約の成否について判断する。
(2) 前記争いのない事実等,証拠(甲4,46,92,99,乙1ないし8,21,22,証人K,同N,原告A)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 原告会社の顧問に就任したKは,平成7年9月ころ,被告Dに対し,スーパーノバシステム計画実現のための開発について,協力を依頼した。被告Dは,被告日立ソフト代表取締役社長であった被告Cに対し,原告会社の開発の支援をしてやってほしいと依頼し,同人はこれを了承した。(乙21,22,証人K【6頁】,同N【1,2,13頁】)
イ 日立ソフトは,平成7年10月,同年12月22日,同8年1月19日,担当者を原告会社に派遣し,原告Aから,同社の会社概要及びスーパーノバシステム計画の開発状況について説明を受けた。原告Aは,平成8年1月19日には,被告日立ソフトの担当者に対し,①システム解析(他社のゲーム機へも簡単に移植可能なC言語によるゲームAPIの規定やデータ構造(ライブラリ)の設計についての協力),②プログラミング(①で完成したAPI及びライブラリを原告会社のゲーム機の基盤であるノバボードに実装すること,同APIをソニーのプレイステーションとセガのセガサターンにも実装すること及びスーパーノバ(ゲーム開発機)用のモーションエディタ,キャラクターエディタ,マップエディタの開発を支援すること),③プロジェクト・マネージングの各仕事を,平成8年8月ころまでに完成することができないか検討してほしいと依頼した。(甲92,乙21,22,証人N【2頁】)
ウ 被告日立ソフトは,原告会社からの前記依頼を検討したが,依頼内容が不明確であること,被告日立ソフトにはゲーム機のノウハウがなく,開発にどの程度の費用と時間がかかるか分からないこと,他会社のゲーム機を実装する場合には,他会社との権利問題もあることなどから,原告会社に全面的に協力することは困難であると判断した。そこで,被告日立ソフトは,原告会社に協力できる範囲は,平成8年2月から8月までの間に,ノバ用APIの開発の一部を支援する程度であると判断した。(乙21,22,証人N【2ないし4頁,28ないし30頁】)
エ 以上の検討結果を踏まえ,被告日立ソフトは,平成8年2月5日,原告A同席のもと,原告会社と打ち合わせを行った。被告日立ソフトは,原告会社に対し,「ゲームソフト基盤 開発参画計画(案)」と題する書面を手渡し,作業内容については被告日立ソフトの分担部分を明確にしにくいこと,同社にゲーム機についてのノウハウがないことを明示した上で,作業形態についてはエンジニア派遣にしたいと提案した。原告会社と被告日立ソフトの間では,原告会社のゲーム機上で動作するゲームソフトを他社のゲーム機へ移植することを容易にするため,ゲームソフト自体の記述をC言語にし,OSとゲームソフトの間のAPI部分の開発を行うことを確認し,被告日立ソフトが参画するのは,このゲームソフト構築用の部品群(API部分)の開発の一部であることを合意した。(甲46,乙1,2,21,22,証人K【7頁】,同N【4,5頁】)
オ 被告日立ソフトは,平成8年2月28日,原告会社に対し,前記エの合意に沿って,作業名称を「NOVAシステム開発支援作業」,作業完了日を平成8年8月20日とし,作業責任範囲について「貴社の指示に従う為,成果物に関する責任は負いません」と記載した1288万5300円(消費税込み)の見積書を発行した(以下「本件見積書」という)。原告会社及びその代表者である原告Aは,本件見積書の内容を認識し,被告日立ソフトに対し,注文書を発行した。(甲4,乙3,21,22,証人K【7頁】,同N【3ないし7頁】,原告A【58頁】)
カ 原告会社は,平成8年4月ころから,被告日立ソフトに対し,前記同年2月5日の打ち合わせになかったスーパーノバシステム計画のエディタの開発支援を求め,同社がこれに応じた事実が認められるが,このことにより,これまでの原告会社と被告日立ソフトとの間の契約関係が質的に変化したと認めるに足りる的確な証拠はない(甲99,乙4ないし8,22,証人N【8ないし10頁】,弁論の全趣旨)。
(3) 以上によれば,①被告日立ソフトは,平成8年2月5日の打ち合わせで,原告会社に対し,日立ソフトはゲーム機についてのノウハウがないこと,作業内容の分担について不明確であること等を理由にして,エンジニア派遣という業務形態にしたいと申し出たところ,原告会社もこれを了承したこと,②本件見積書には完成させるべき仕事の明記がなく,原告会社で作業をする被告日立ソフト担当者と担当者の作業工数,作業費が明記されているのみであること,③本件見積書には,被告日立ソフトが成果物に関する責任は負わないとの記載があるにもかかわらず,原告会社は本件見積書に対応する注文書を発行していることが認められる。そうだとすると,原告会社と被告日立ソフトとの間の関係は,エンジニアを派遣することを内容とする業務委託契約であったと認めるのが相当であり,本件請負契約が成立したと認めることは困難である。
(4) 被告日立ソフト及びその取締役の責任の当否
以上から明らかなとおり,本件請負契約の成立を認めるに足りる証拠の存在しない本件にあっては,本件請負契約の成立を前提とする被告日立ソフト及びその取締役に対する原告会社の請求(責任その1)は,その余の点を判断するまでもなく理由がない。
3 争点(2)イ(被告日立ソフト及びその取締役に対する請求の当否―責任その2―)
(1) 原告らの主張の要旨
原告らは,被告日立ソフト取締役であった被告Gは,原告会社を利用して,被告日立ソフトからトーワジャパンへ資金を流すための,不正な架空取引を行い,このため原告らの信用が著しく低下したと主張して,被告日立ソフト及びその取締役の責任を追求している(争点(2)イ【原告らの主張】)。そこで,以下,この点について判断する。
(2) 証拠(甲39,乙23,29,証人O,原告A)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 被告日立ソフトは,平成9年8月ころ,原告Aから,原告会社がゲーム機メーカーとゲームセンター運営会社との間のゲーム機売買について仲介することにより手数料収入を得たいので(いわゆる介入取引),被告日立ソフトに当該売買の商流に入ってほしいと依頼された。本来なら,原告会社が,ゲーム機メーカーからゲーム機を仕入れ,それを単にゲームセンター運営会社に販売すれば足りるのであるが,資金繰りの苦しい原告会社では,支払サイトの関係からこのような取引を行うことができなかった。そこで,原告会社は,ゲーム機メーカーからゲーム機を仕入れて,これを,被告日立ソフトに対し,価格は仕入代金の3%を上乗せした額,支払期日は原告会社のゲーム機メーカーへの代金支払期日前の約定で販売し,被告日立ソフトは,原告会社から購入したゲーム機をゲームセンター運営会社に割賦で販売した。このような取引をすることにより,原告会社は,確実に3%の利鞘を稼げることになった。(乙23,証人O【5頁】,原告A【67頁】)
イ 原告Aは,平成9年12月ころ,被告日立ソフトの取締役である同Gに対し,前記ゲームセンター運営会社の一つとしてトーワジャパンを紹介し,同社からのゲーム機割賦契約の申込みを受けるよう依頼した。そこで,被告日立ソフトは,原告会社に利鞘を稼がせて協力するため,また,トーワジャパンもそれなりに信用のある企業であったので,取引することにした。被告日立ソフトとトーワジャパンとの間の取引は順調に推移したが,トーワジャパンの経営悪化により,同社は平成11年4月に倒産した。なお,被告日立ソフトとトーワジャパンとの間の取引がゲーム機(商品)の裏付けを伴わない架空のものであったと認めるに足りる的確な証拠は存在しない。(甲39,乙23,29,証人O【4ないし7頁】,弁論の全趣旨)
(3) 以上によれば,被告日立ソフトとトーワジャパンとの間の取引は,原告Aの依頼に基づき,原告会社の経営に協力するために行われたものであること,被告日立ソフトとトーワジャパンとの間の取引が架空のものであったと認めるに足りる的確な証拠は存在しないことが認められ,そうだとすると,この点の原告らの請求は理由がない。また,原告らは,被告日立ソフトとトーワジャパンとの間の取引で原告らの信用が低下したと主張し,原告A本人はこれに沿う供述をするが,他方,証人Oはこれを否定しており,他にこの点を証するに足りる客観的かつ的確な証拠は見当たらず,結局,原告らの信用低下を認めることは困難であるというべきである。
(4) 被告日立ソフト及びその取締役の責任の当否
以上から明らかなとおり,被告日立ソフトとトーワジャパンとの間の取引が架空であると認めるに足りる証拠もなく,しかも,当該取引によって原告らが損害を被ったと認めるに足りる的確な証拠のない本件にあっては,被告日立ソフトとトーワジャパンとの間の取引が架空であることを前提とする被告日立ソフト及びその取締役に対する原告らの請求(責任その2)は,その余の点を判断するまでもなく理由がない。
4 争点(2)ウ(被告日立ソフト及びその取締役に対する請求の当否―責任その3―)
(1) 原告会社の主張の要旨
原告会社は,被告日立ソフトが平成11年9月ころ原告会社に無断で同社のROMボード300枚(時価約1100万円相当)を窃取したと主張し(争点(2)ウ【原告会社の主張】),被告日立ソフトはこれを否認する(争点(2)ウ【被告日立ソフトらの主張】)ので,以下,この点について判断する。
(2) 証拠(甲31,32,乙24,被告I【1頁】)及び弁論の全趣旨によれば,①原告会社が本件で問題としているROMボードはぷりパニ事業に使用するものであること,②被告日立ソフトは,平成11年4月15日,アサヒ電子工業株式会社を通じ,原告会社に対し,前記ROMボードの引渡を求めたところ,原告会社はこれに応じて,被告日立ソフトに任意にROMボードを交付したこと,③被告日立ソフトは,平成9年4月ころ,原告会社と共にぷりパニ事業を行っていたことがそれぞれ認められる。
(3) 以上によれば,被告日立ソフトが原告会社のROMボードを窃取したとは到底いうことができず,被告日立ソフトが原告会社のROMボードを窃取したことを理由とする被告日立ソフト及びその取締役に対する原告会社の請求(責任その3)は,その余の点を判断するまでもなく理由がない。
5 争点(2)アないしウ(被告日立ソフト及びその取締役に対する請求の当否―責任その1ないし3―)
後記6(3)イ(オ)で認定のとおり,原告会社は,平成11年4月20日,被告日立ソフトとの間で,原告会社は被告日立ソフトから3億円を受領するのと引き換えに,被告日立ソフトに対し今後損害賠償を含め一切の請求をしないとの合意が成立し,原告会社は被告日立ソフトから前記3億円を受領していることが認められる。そうだとすると,原告会社の被告日立ソフト及びその取締役に対する請求は,この点からも理由がないということになる。また,原告らは,被告C及び同Gに対し本件経営管理契約の成立を前提に,同人らが同契約に基づく履行をしなかった点も問題にするが(争点(2)エ(イ)【原告らの主張】),前記1で詳細に判示したとおり,本件経営管理契約が締結されていたと認めるに足りる証拠が存在しない本件にあっては,当該主張が理由がないことは明らかである。
6 争点(1)イ(イ)e,同(3)(被告日立製作所及びその取締役に対する請求の当否―その2―,被告H及び同Iに対する請求の当否)
(1) 原告らの主張の要旨
ア 原告らは,被告日立製作所との間に原告会社の減資,各金融機関からの債務の免除・減免等を内容とする本件再建計画が策定されたことを前提に,被告日立製作所が当該計画を履行する意思もないのにこれを合意し,原告Aに確認書に署名させたとすれば,かかる行為は不法行為に該当するとして,被告日立製作所及びその取締役に対し損害賠償を求めている(争点(1)イ(イ)e【原告らの主張】)。
イ また,原告会社は,①被告H,同Iがトーワジャパンとの不正架空取引に荷担したこと,②同人らが原告会社を退任するに当たり同社所有の財務,経営資料を全て持ち出し,もしくは廃棄したこと,③被告Iは,原告会社代表取締役又は本件経営管理契約に基づき原告会社の再建計画を誠実に実行すべき義務があるのに,被告Bの指示もしくは同人と共謀して当該義務を怠り,原告会社を一方的に退任したことを理由に,被告H,同Iに対し,忠実義務違反,不法行為に基づき損害賠償を求めている(争点(3)イ【原告会社の主張】)。
(2) 原告会社の被告H,同Iに対する請求の当否
ア 原告会社は,前記(1)イのとおり,同社の取締役であった被告H,同Iに対し,損害賠償請求をしている。このような場合,商法275条ノ4によれば,原告会社の監査役が原告会社を代表して同社の取締役に対し訴えを提起しなければならないとされている。そして,商法275条ノ4にいうところの取締役には退任取締役を含むと解するのが相当である(同旨鴻常夫ほか「新版注釈会社法(6)」473頁ほか)。これを本件についてみるに,原告会社は,代表取締役である原告Aが同社を代表して同社の取締役であった被告H,同Iに対し本件訴えを提起しており,そうだとすると,かかる訴えは不適法というほかない。
イ なお,付言するに,原告会社は,前記(1)イ①記載のとおり,被告H,同Iが同日立ソフトとトーワジャパンとの間の不正架空取引に荷担したと主張するが,当該取引が不正架空取引と認めるに足りる証拠がないことは既に前記3で判示したとおりであり,理由がないことは明らかである。また,原告会社は,前記(1)イ②,③記載のとおり,被告H,同Iが取締役を退任するに当たり,原告会社所有の財務,経営資料を全て持ち出しもしくは廃棄したとか,被告Iが同Bの指示を受けたとか又は同人と共謀したとか主張するが,本件全証拠を検討するも,これを認めるに足りる的確な証拠は存在しない。さらには,前記(1)イ③記載のとおり,原告会社は,被告Iの再建計画を誠実に実行すべき義務を導き出すために,本件経営管理契約が締結されていたことを前提にするが,本件経営管理契約が締結されていたと認めるに足りる証拠が存在しないことは,既に前記1で詳細に判示したとおりである。
ウ 以上によれば,原告会社の被告H,同Iに対する請求は,不適法であるのみならず,請求(前記(1)イの①ないし③のうち③の被告Iの原告会社代表取締役としての責任を除く)としてもこれを認めるに足りる証拠がないというほかない。
(3) 原告会社の再建計画を巡る被告日立製作所及びその取締役,被告Iの責任の存否
ア 原告らは,被告日立製作所が本件再建計画を策定,合意したとか,被告Iは原告会社の代表取締役として同社の再建計画を誠実に履行しなかったなどと主張しているので,以下,この点について検討する。
イ 前記争いのない事実等,証拠(甲19,20の2及び3,同21,35,47の1及び2,同193,204,205,乙14ないし20,24,30,31の1ないし3,同32,被告I)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(ア) 被告Iは平成7年に被告日立製作所を退社し,同社の子会社である日立パーツシステムズの代表取締役をしていたが,同10年8月ころ,被告Dから,原告会社に入って,原告Aを経営の面で助けてやってほしいと依頼された。被告Dは,被告Iに対し,原告会社が業務用のゲームソフトの制作をしていること,原告Aはアイデアマンでゲームソフトの開発は得意であるが経営は必ずしも得意ではないこと,原告会社は被告日立ソフトとも取引があることを説明し,被告日立ソフトの社長である被告Cからも話を聞いてほしいと述べた。被告Iは,平成10年8月末ころ,被告Cを訪問し,原告会社の話を聞いた上で,原告Aと面談した。被告Iは,日立パーツシステムズを平成10年11月18日に退職し,翌19日,原告会社の代表取締役に就任した。被告Iの代表権には,原告Aとの共同代表の制限が付けられていたが,原告Aの代表権については,何らの制限も存在しなかった。また,原告会社と被告日立製作所ないしは同Dとの間で,原告会社の再建に関する契約書等の書類は一切作成されていない。(争いのない事実等(1)イ(ケ),(コ),乙24,31の1ないし3,被告I【1ないし5頁】,弁論の全趣旨)
(イ) 被告Iは,平成10年12月1日,原告会社の経営改善のためのリストラ案を作成したほか,同月18日には,原告会社の事業再建計画を作成し,被告日立ソフトに示すなどした。また,平成11年2月には,被告日立ソフトとの間で,15億5336万9280円(税込み)分のぷりパニの売買契約を解除し,原告会社の債務を減少させた。(甲47の1及び2,乙14,15,24,被告I【5頁】)
(ウ) 被告Iは,原告Aから,被告日立ソフトが,オーサリングソフト開発の遅延により原告会社に対して多額の損害を負わせたと聞かされていた。そこで,被告Iは,原告Aから事情聴取をし,「(株)○○過去の経緯」という書面を作成し,平成11年3月12日,原告Aと共に被告Dの元を訪れ,この内容を報告した。原告Aは,平成11年3月15日にも,被告Dに対し書簡を出し,原告会社の体力も同年4月までしかもたないとして経営面での苦境を訴え,再建案の指示を求めた。(甲19,35,乙24,被告I【2,31,32頁】)
(エ) 被告Iは,平成11年4月から,原告会社の経営改善計画を策定し,当初,再建案の柱には減資の実行及び債務の免除・減免を据えた。しかし,減資及び債務の免除・減免には,株主及び債権者の理解,同意が必要であった。そこで,原告A,被告I及び同Hは,平成11年4月8日,原告会社の大口株主であった富士銀キャピタル株式会社(以下「富士銀キャピタル」という)の取締役社長であったP(以下「P」という)に対し,原告会社再建案を示し,減資及び債務の減免・免除についての意見を求めたところ,富士銀キャピタルのPは,これらの案を拒否した。このため,そこで,被告I及び同Hは,原告Aと相談の上,原告会社の減資を断念した。原告会社が作成した再建案は,平成11年4月12日以降,減資の記載がなくなり,債務の免除・減免については努力目標とする内容のものに変化した。(甲20の2及び3,同21,乙16,17,24,被告I【5ないし8頁】,弁論の全趣旨)
(オ) 原告会社の平成11年4月当時の経営状況は悪化しており,同月中に何らかの対策をしなければ,手形の不渡事故を出して経営破綻する状態であった。被告Iは,被告D及び同Cに対し,原告Aが被告日立ソフトに対して損害賠償請求をする用意がある旨説明し,円満に解決するため協力を求め,被告日立ソフトに対しては,債務の免除・減免の交渉を続けた。この結果,被告日立ソフトは,原告らとの間の紛争を回避するため,原告会社が今後被告日立ソフトに対し何らの損害賠償等の請求をしないことを条件に,原告会社の被告日立ソフトに対する債務を全て免除しかつ資金提供もすることとした。これを受け,原告Aは,平成11年4月16日,被告日立ソフトに対し,①被告日立ソフトが同社の原告会社に対する平成11年3月31日現在の債権を全てないものとすること,②被告日立ソフトは,平成11年4月末までに,原告会社に対し,経営支援金の一部として1億円を支払い,その他の条件は原告会社と協議すること,③原告会社は,被告日立ソフトに対し,全てについて一切異議申出をしないことを内容とする確認書(以下「4月16日付確認書」という)を交付した。これに対し,被告日立ソフトは,被告日立ソフトから原告会社への経営支援金の額が確定していないこと(前記②項)を懸念し,原告会社に対し,支払額を特定するよう要請した。その結果,被告日立ソフトから原告会社への支払額は,最終的には3億円とされた。原告会社は,平成11年4月20日,経営支援金の額が3億円に確定された外は,4月16日付確認書と同一内容の確認書を再度作成し,これを被告日立ソフトに交付した。なお,前記①項の債務免除の方法及び同②項の経営支援金の捻出方法として,原告会社から被告日立ソフトに対し,ぷりパニ事業の営業権を譲渡するという形がとられた。すなわち,原告会社が被告日立ソフトに対し負っていたぷりパニ事業関連の債務は20億1187万8786円であったが,被告日立ソフトは原告会社からぷりパニ事業の営業権を25億1000万円(税込み)で買い取り,原告会社がこの時点で被告日立ソフトに対して有していた全ての債権及び被告日立ソフトが原告会社に対して有していたその他の債権と合わせ,全ての互いの債権を相殺処理した。そして,この時生じた相殺尻として,被告日立ソフトから,原告会社に対し,前記経営支援金3億円の支払が行われた。(甲193,乙18ないし20,24,30,32,被告I【9ないし11頁,22頁】,弁論の全趣旨)
(カ) 原告会社は,平成11年5月17日,最終的な再建案を作成し,代表取締役である原告Aは,これを了承した。当該再建案は,従前どおり,減資の実行を含まず,債務超過の改善策として,債務の免除・減免を努力目標としている。なお,当該最終再建案には,被告日立製作所ないしは同Dにおいて,原告会社の再建を約束する等の文言は一切記載されていない。被告I,同Hらは,平成11年5月25日から同月31日までの間,原告会社の債権者である富士銀行等各金融機関を訪問し,原告会社の再建案を示して理解を求めたが,債務の免除・減免について即時に拒絶する金融機関もあった。(甲204,205,乙17,24,被告I【5頁】)
(キ) ところで,被告Iは,平成11年4月末ころ,原告Aに対し,健康上の理由から原告会社代表取締役を退任したいと申し出ていたが,同年6月16日に行われた原告会社の平成10年度決算取締役会,株主総会も無事終了したことから,同月18日,代表取締役を辞任した。また,被告Hも,被告Iと共に原告会社の取締役を辞任した。(争いのない事実等(1)イ(ケ),(コ),乙24,31の3,被告I【12頁】)
ウ 以上によれば,確かに,被告Dは,同Iを原告Aに紹介し,同Iは原告会社の代表取締役に就任し,同社の再建のために奔走していることが認められる。しかし,当該事実から,直ちに,原告会社と被告日立製作所との間に,本件再建計画についての策定,合意が成立したと認めることは困難である。かえって,前記認定事実によれば,①原告会社と被告日立製作所との間には本件再建計画を巡る契約書等の書面は一切作成されていないこと,②原告会社作成の再建案には,被告日立製作所ないしは同Dにおいて,原告会社の再建を約束する等の文言は一切存在しないことに照らすと,原告会社と被告日立製作所との間に本件再建計画の合意があったと認定することはできず,他にこれを証するに足りる証拠も存在しない。また,原告会社は,被告日立製作所において,本件再建計画の内容である原告会社の減資,各金融機関からの債務の免除・減免等を実行しなかったことを問題にしているが,前記イで認定したとおり,原告会社では,減資を断念し,債務免除・減免を努力目標に掲げるにとどまり,代表取締役である原告Aもかかる再建計画を認識ないしは了承していることに照らすと,原告会社主張の不履行の事実自体理由がないことに帰着する。
なお,付言するに,原告らは,原告AとLとの間の会話を反訳した文書(甲88)及び原告Aと被告I,同Hとの間の会話を反訳した文書(甲181の7,9,10)等を提出し,本件再建計画は成立していたとする。しかし,これらの会話はいずれもスーパーノバシステムの開発が失敗した後の会話であり,特に甲88号証は,被告日立ソフトに対して損害賠償を請求した後の会話であって,録音している原告A自身が会話していることから同人の発言内容の真実性は担保し難いこと,被告Iは減資,債務減免を否定する発言をしていること(甲181の7【10頁】,同10【8頁】),被告Hは再建案は原告の意見を入れて作成していると発言していること(甲181の7【29頁】),甲181号証の7の会話全体の趣旨は,原告Aが,減資等よりも自宅の担保を外すことを被告日立ソフトに対して要求するものと解されること(甲181の7【27頁】)などの諸点に照らすと,前記原告ら提出の反訳文書の内容から本件再建計画の策定,合意という結論を導き出すことは困難というべきである。
以上によれば,本件再建計画の成立(策定,合意)を前提とする被告日立製作所及びその取締役に対する原告会社の請求(その2)は,その余の点を判断するまでもなく理由がない。
エ また,原告会社は,被告Iに対し,原告会社の代表取締役としての忠実義務等に反し,同社の再建計画を誠実に履行することなく,同社を一方的に退任したと主張するが,前記イの認定事実によれば,被告Iは,原告会社の代表取締役として,同社の再建のために努力しており,また,被告Iは原告Aに事前に辞任を申し出た上で代表取締役を辞任しており,被告Iの代表取締役としての責任を問うことは困難である。
(4) 小括
以上の検討から明らかなとおり,本件再建計画の成立を前提とする被告日立製作所及びその取締役に対する原告らの請求(責任その2)はいずれも理由がなく,また,原告会社の再建を誠実に履行しなかったこと等を理由とする被告H,同Iに対する原告会社の請求はいずれも不適法でありかつ理由もない。
7 結論
以上から明らかなとおり,原告会社の被告H及び同Iに対する訴えはいずれも不適法であるのでこれを却下し,原告らの被告H,同Iを除く被告らに対する請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することにする。
(裁判長裁判官・難波孝一,裁判官・三浦隆志,裁判官・笹川ユキコ)