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東京地方裁判所 平成13年(ワ)16314号 判決 2003年3月28日

平成13年(ワ)第16314号損害賠償請求事件(以下「1事件」という。)

平成13年(ワ)第24696号損害賠償請求事件(以下「2事件」という。)

平成13年(ワ)第26470号損害賠償請求事件(以下「3事件」という。)

平成14年(ワ)第1570号損害賠償請求事件(以下「4事件」という。)

当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は,原告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告らは,1事件原告A1に対し,連帯して金50万円及びこれに対する平成13年8月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告らは,2事件原告らそれぞれに対し,連帯して金50万円及びこれに対する平成13年11月23日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被告らは,3事件原告A2に対し,連帯して金50万円及びこれに対する平成13年12月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4  被告らは,4事件原告A3に対し,連帯して金50万円及びこれに対する平成14年2月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2本案前の答弁

本件訴えをいずれも却下する。

第3事案の概要

本件は,民事再生手続を申し立てた株式会社Dスポーツが経営するスポーツクラブ「E」の会員であった1ないし4事件原告らが,Dスポーツの代表取締役であった1ないし4事件被告B及びDスポーツの再生手続申立代理人であった弁護士である1ないし4事件被告C各自に対し,被告らは,Dスポーツの親会社であるF生命の利益のみを考え,Eの営業を再生手続によりできるだけ早く譲渡するという方針の下,入札に応じてきた株式会社G(後の株式会社Hスポーツ。)に営業譲渡する方針で再生手続を進めて,結局Hスポーツに営業譲渡したのであるが,その際に,被告らには,公平義務,忠実義務,誠実義務違反等があったなどとして,不法行為に基づき,精神的慰謝料として各50万円ずつの損害賠償を請求した事案であり,被告らは,本案前の答弁として,原告らが本件訴訟を提起したのは,再生手続において,原告らがEの営業について,I不動産株式会社に譲渡されることを望んでいたところ,被告らに対し訴訟を提起することにより,被告らを困惑させ,原告らの望むように再生手続を進めようとしたためであるから,本件訴えは不当訴訟であり,却下されるべきであると主張し,また,本案については,被告らは,すべての再生債権者の公平を考えて,誠実に職務を追行したから,何ら義務違反はないと主張して,争った事案である。

1  争いのない事実等

(1)ア(ア) 原告らは,Dスポーツの経営するスポーツクラブ「E」に入会金及び保証金を支払って入会した会員であり,再生債務者であるDスポーツに対して,保証金返還請求権を有する再生債権者であった(争いのない事実,弁論の全趣旨)。

(イ)  原告らEの会員の一部を構成員とするEを続ける会(以下「続ける会」という。)が,平成13年7月ころ発足し,2事件原告A4の妻である同A5が会長に,1事件原告A1が会長代理に就任し,最終的には,250名程度の会員が,続ける会に登録していた(甲26,126,乙9,原告A4本人,原告A6本人)。

イ(ア) 被告Bは,昭和45年にF生命に入社した者であり,平成13年4月から,Dスポーツに派遣され,同月26日に代表取締役に就任した(争いのない事実,乙32,被告B本人)。

(イ)  被告Cは,弁護士であり,後記のとおり,Dスポーツが再生手続を申し立てるについて,申立代理人を務めた者である(争いのない事実)。

(ウ)  Dスポーツは,F生命が中心となって平成4年12月に設立されたスポーツクラブの運営を主たる事業目的とする株式会社であり,資本金1億円のうちF生命グループが50パーセントの株式を保有し,F生命より派遣された者が役員に就任しており,平成6年4月からEの営業を開始した(甲4ないし6,30,90,乙1,24)。

(エ)  Dスポーツは,平成13年5月31日当時,合計32億7020万9991円の債務を負担し,そのうち,Eの会員に対する保証金返還債務は11億1493万1350円,F生命に対する借入金債務は20億9221万3352円であり,また,同年3月31日当時,保証金返還請求権を有する会員としては,法人会員389名,個人会員127名,デイタイム会員107名,3年短期会員53名及びF生命の従業員などで構成されるトゥインクル会員134名がいた(甲154,乙24)。

(2)ア F生命は,東京地方裁判所(以下,F生命の更生手続についての裁判所を「更生裁判所」という。)に対し,平成13年3月23日,更生特例法の適用を申請し,更生裁判所から,同月31日に更生手続開始決定を受けた(争いのない事実,乙33)。

イ Dスポーツは,同年4月中旬ころ,再生手続により,Eの営業を譲渡するという方針を立てた(乙33,被告C本人)。

ウ Dスポーツから,Eの営業を譲り受けるスポンサーを探すことについて委託を受け,アドバイザー契約を締結したJ銀行は,同年5月,現状の会員を引き継ぎ,賃料については年額2億1600万円とするとの条件で,スポーツクラブ運営会社大手5社の間で非公開の入札を行ったところ,Hスポーツ,Kスポーツ,Lスポーツ及びMスポーツの4社が入札に応じ,Hスポーツは,設備営業権2億円,賃料年額2億1600万円,会員施設提供義務引継ぎとの条件で,Kスポーツは,設備営業権0円,賃料年額約1億円,会員施設提供義務引継ぎについては協議を必要とするとの条件で,Lスポーツは,設備営業権は算出不能,賃料については大幅減額,会員施設提供義務引継ぎについて不明との条件で,Mスポーツは,設備営業権2億円,賃料年額1億円,会員施設提供義務は引き継がないとの条件で入札し,Hスポーツの入札が最高の条件であった(甲108,180,乙13,14,17,32,33,被告C本人)。

エ DスポーツとHスポーツは,同月7日,営業譲渡についての秘密保持契約を締結し,同月18日,同年6月19日を期限として,Hスポーツに独占優先交渉権を与えるとの契約を締結した(甲10,乙33,被告C本人)。

オ Dスポーツは,東京地方裁判所(以下,Dスポーツの再生手続についての裁判所を「再生裁判所」という。)に対し,同年5月17日,自らを再生債務者とする再生手続開始の申立て及び保全処分の申立てを行い(同庁平成13年(再)第91号。以下「本件再生事件」という。),再生裁判所は,同日,監督委員としてN(以下「N監督委員」という。)を選任し,債務の弁済を禁止する決定をした(甲30,乙1ないし4)。

カ 再生裁判所は,Dスポーツについて,同月31日午前10時,再生手続を開始するとの決定をし,再生計画案の提出期限を同年8月23日と定めた(乙5)。

キ 原告A1は,東京地方裁判所に対し,同年6月13日,Dスポーツを相手方として,Eの会員名簿(住所の記載されたもの)閲覧の仮処分命令を申し立てた(同庁平成13年(ヨ)第2393号)(甲16)。

ク DスポーツとHスポーツは,同月19日,現在の会員を引き継ぐことを前提として,同年8月3日までに正式な営業譲渡契約を締結することを骨子とする基本合意を締結した(甲12,乙21)。

ケ 原告A1とDスポーツは,同年7月2日,東京地方裁判所平成13年(ヨ)第2393号事件について,Dスポーツは,同月6日午前中までに発送する全会員に対する通知に,1回に限り,原告A1が準備する「E会員連絡会(仮称)の呼びかけ」と題する書面を各1部同封することを骨子とし,上記仮処分に関する紛争が円満に解決したことを確認する訴訟上の和解をした(甲17)。

コ Dスポーツは,会員に対し,同月6日,前記クのとおりHスポーツとの間で基本合意が締結されたことを知らせる書面を発送し,同書面には,原告A1からの「E会員連絡会(仮称)の呼びかけ」を同封した(甲12,乙21)。

サ 続ける会は,再生裁判所に対し,同月30日,Dスポーツが,Hスポーツに対し,Eについて,営業譲渡契約を締結することを中止するよう要求した(甲26)。

シ 続ける会の構成員である原告A5,同A4及び2事件原告A6は,被告らに対し,同年8月3日,Hスポーツに対する営業譲渡価格が2億円というのは安すぎると主張し,Hスポーツ以外の会社へ営業譲渡するよう要求した(甲131,161,乙32,33)。

ス Dスポーツは,同月8日,原告A4がEの営業譲渡の候補先として連れてきたI不動産及び営業譲渡を受けた場合その運営に当たる株式会社Iスポーツに対し,既に行った入札の条件を伝え,また,営業譲渡についての資料を交付した(乙40)。

セ Dスポーツと,Hスポーツは,同月16日,Eの営業について,金2億円で譲渡するとの営業譲渡契約を締結した(甲113)。

ソ Iスポーツは,続ける会に対し,同月17日,Eの営業譲渡について,Dスポーツが,Hスポーツを相手として進めている話と,対立又は競争的な営業譲渡を提案することは意図しておらず,そのような事態になるおそれが生じたときには,営業譲渡の検討は打ち切る場合もあるとの書面を交付した(乙11)。

タ Dスポーツは,再生裁判所に対し,同月22日,DスポーツがF生命の債権を否認したのに応じて,F生命が申し立てた債権の査定の申立てに対し,同債権を0円と査定するとの答弁書を提出し,その理由として,同債権の劣後合意及び不足資金の補填合意,過小資本の法理並びに信義則を主張した(甲127,乙6)。

チ 再生裁判所は,同月23日,前記タの債権の査定について,F生命の届け出た再生債権のうち,貸付金債権の額をF生命が主張するとおりの金額である20億9221万3352円と査定した(乙7)。

ツ Dスポーツは,再生裁判所に対し,同日,Hスポーツに対し,Eの営業について,2億円で譲渡し,Hスポーツは,Eの施設を継続して利用する意思がある会員に対し,施設を提供する義務を負い,再生債権については,12万円以下の部分については100パーセント,12万円を超えて1400万円以下の部分については40パーセント,1400万円を超えて6億円以下の部分については30パーセント,6億円を超える部分については20パーセントを弁済することを骨子とする再生計画案を提出した(甲109,乙8)。

テ 原告A5は,続ける会会長A5として,再生裁判所に対し,同日,Hスポーツの営業譲受後の運営案では会員の施設利用権が著しく侵害されるし,また,Hスポーツの親会社であるT株式会社は,業績の浮沈が激しく,買収屋のイメージが強く,Iグループと比べて企業イメージは極めて悪く,由緒正しいとはいえない会社であり,良からぬ噂がつきまとっているため,Hスポーツへの営業譲渡は望まないとして,営業譲渡先をI不動産とする外,前記ツのDスポーツの再生計画案と同一の再生計画案を提出した(乙9)。

ト N監督委員は,再生裁判所に対し,同月24日,I不動産の担当者及びIスポーツ代表者と面接した結果に基づき,I不動産としては,Hスポーツと争う考えはなく,Hスポーツが円満にDスポーツの営業譲受の意思表示を撤回し,譲受けの可否の調査検討に必要な時間が確保されれば,営業譲渡の可否を決定し,営業譲受の意思表示をすることがあるが,I不動産がDスポーツの営業譲受人であることを内容とする続ける会提出の再生計画案については,I不動産は全く関知していないし,この再生計画案が,債権者集会において,決議に付されることを望んでいないとの報告した(甲170,乙10)。

ナ O公認会計士(以下「O会計士」という。)は,N監督委員に対し,同月27日,Dスポーツの事業は設立以来9期連続赤字であり,平成13年3月末時点で,既に21億円を超える累積損失を抱えている状況であるから,超過収益力を前提とした営業権は存在せず,また,Dスポーツは,事業場所から退出を余儀なくされていることから,建物附属設備として移転不可能な状況で設置されている資産については,処分価格を超えることが営業譲渡における評価額の最低限の水準といえるのであり,Hスポーツが提示した2億円の営業譲渡価格は,合理的な水準と考えられるとする調査報告書を提出した(甲108,乙13)。

ニ 再生裁判所は,同年8月28日,前記テの原告A5が提出した再生計画案について,債権者集会の決議には付さないとの排除決定をした(乙12)。

ヌ N監督委員は,再生裁判所に対し,同月31日,前記ツのDスポーツが提出した再生計画案について,適正と評価できるとする意見書を提出した(乙14)。

ネ 続ける会は,被告らに対し,同年9月11日及び同月20日,Eの会員の電話番号を開示するよう要求したが,被告Cは,プライバシーの保護を理由にこれを拒否した(甲129,130,乙33,被告C本人)。

ノ 同月26日に開催された本件再生事件の債権者集会において,前記ツの再生計画案が,出席再生債権者540名のうち,賛成306名,反対243名,賛成票を投じた再生債権者の議決権額の合計額85.96パーセントにより可決され,再生裁判所は,同日,同再生計画案を認可した(乙15,16)。

ハ 原告A1は,同年10月25日,原告A4外21名は,同月29日に,前記ノの再生計画認可決定に対し即時抗告をしたが,東京高等裁判所は,同年12月5日,即時抗告を棄却し,認可決定は確定した(甲37ないし40,117,乙31)。

2  争点

(1)  本案前の答弁の理由の有無について

(2)  再生手続開始の申立ての違法について

ア F生命の利益を図る目的で再生手続開始を申し立てたことについて

イ 原告らに秘匿して再生手続開始を申し立てたことについて

(3)  営業譲渡先の選定方法等における違法について

ア 営業譲渡先の選定方法について

イ 営業譲渡の条件について

ウ 営業譲渡の価格決定方法について

エ 説明義務,周知義務違反について

(4)  会員名簿及び会員電話番号の開示拒否について

(5)  再入札について

(6)  議決票の勧誘方法について

(7)  原告らの損害について(判断の必要がなかった争点)

3  争点に関する当事者の主張

(1)  争点(1)(本案前の答弁の理由の有無)について

(被告らの主張)

原告らが,Dスポーツの代表取締役である被告Bと代理人弁護士である被告C個人を被告として本件訴えを提起したのは,Dスポーツが提出したEをHスポーツに営業譲渡するとの再生計画案に反対する運動の一環として,再生計画案を原告らに有利なものに変えようとするためであるから,本件訴えは,不当訴訟であり,却下されるべきである。

また,再生手続又は再生計画案が法律の規定に違反しているか否かについては,再生裁判所が,再生計画案に対する認可又は不認可の決定によって判断するべきであり,同決定に対して不服があれば,即時抗告もできるところ,本件においては,前記1(2)ノハのとおり,再生裁判所は,平成13年9月26日に,Dスポーツの提出した再生計画案について,認可決定をし,また,東京高等裁判所は,同年12月5日,同認可決定に対する即時抗告を棄却し,認可決定は確定しているのであるから,原告らが,本件訴訟により,被告らに違法行為があったとして争うことは許されず,本件訴えは,却下されるべきである。

(原告らの主張)

原告らが,本件訴えを提起したのは,Dスポーツの提出した再生計画案に対する反対運動を有利に進めるためではなく,また,再生計画案が,債権者集会で可決され,再生裁判所から認可決定を受けても,そこに至る手続違反が不問に付されるわけではなく,当然に損害賠償請求の対象となるものであるから,本件訴えは適法である。

(2)  争点(2)(再生手続開始の申立ての違法)について

(原告らの主張)

ア F生命の利益を図る目的で再生手続開始を申し立てたことについて

再生債務者であるDスポーツの代表者であった被告B及び再生手続申立代理人であった被告Cは,民事再生法の諸規定に基づき,Eの会員であり,再生債権者である原告らに対し,公平義務,忠実義務及び誠実義務を負うというべきである。

ところで,F生命破綻後,F生命の更生管財人を補佐する弁護士が,F生命のDスポーツに対する21億円の貸付金を回収する目的で,被告Bに指示し,Dスポーツをして再生手続開始の申立てをさせたのであるが,被告らは,上記貸付金について,F生命に対し,下記のとおり交渉して,再生手続開始の申立てを回避し,また,再生手続開始の後においても上記貸付金の存在及び弁済義務について争うべきであったにもかかわらず,これらを行うことなく,F生命の利益を図る目的に加担し,再生手続開始の申立てを行い,さらに,再生手続開始後にも貸付金の存在等について真摯に争わなかったものであり,被告らは,原告らに対する公平義務,忠実義務及び誠実義務に違反したものである。

Dスポーツは,F生命が中心となって設立されたのであるが,F生命のDスポーツに対する約21億円の貸付金は,Eの内装設備一式を整えるのに充てられているところ,同貸付金は,生命保険会社が,資本金21億円の子会社を持つのは好ましくないとの大蔵省の行政指導により,実質的には資本金であるにもかかわらず,貸付金の形式が取られていたものであるから,F生命とDスポーツとの間には,F生命が同貸付金の返済を請求しないとの不行使特約があったというべきであり,被告らは,これをF生命に対して主張する義務を負っていた。

また,上記の21億円の貸付金は,5個の金銭消費貸借契約により貸し付けられているが,いずれも元利金を毎月返済していくという分割返済契約ではなく,金利だけを支払い,元金の返済については契約自体を切り替えて更新していくという資本性貸付金であったから,F生命において,同契約の切り替えには常に応じるという自動更新特約があったというべきであるし,そもそも,上記貸付金は,再生手続開始申立時である平成13年5月17日には,期限が到来していなかったのであるから,被告らは,再生手続開始を申し立てる必要はなかった。

さらに,被告らは,F生命に対し,再生手続開始後においても,上記の事由を主張して,長期分割返済契約化への交渉や債権放棄の交渉を行うべきであったにもかかわらず,形式的にF生命からの貸付金を否認し,査定の申立てに答弁をしているにすぎず,公平な立場から真摯に争うことをしなかった。

イ 原告らに秘匿して再生手続開始を申し立てたことについて

被告らは,Dスポーツの倒産処理の方針を企画し,再生手続開始申立てを行うこと,その申立内容及び再生計画の中核であるHスポーツへの営業譲渡等についてもすべて,Dスポーツの一債権者にすぎないF生命とのみ連絡,協議及び相談をして手続を進め,原告らを始めとするEの会員には一切これらを秘匿したものであり,被告らは,この点において,原告らに対する公平義務,忠実義務及び誠実義務に違反した。

さらに,Dスポーツの倒産処理の方式には,被告らがとった再生手続における資産譲渡方式の外にも,破産,資産及び負債の一切を譲渡する営業譲渡,株式譲渡,第三者割当と組み合わせた増減資,スポーツクラブを単純に閉鎖し,会員に保証金を全額返還するという方式などもあったにもかかわらず,被告らは,F生命が,Dスポーツの会員からの保証金10億円から,貸付金21億円を回収できるように,F生命に最も有利な再生手続における資産譲渡方式によったのであり,公平義務,忠実義務及び誠実義務に違反した。

(被告らの主張)

ア Dスポーツが再生手続開始申立てをした理由及びF生命の貸付金について

Dスポーツは,平成13年3月23日のF生命の破綻以降,多くの会員から退会申出を相次いで受けており,同年5月18日までに退会者に対する保証金を返還しなくてはならなかったところ,この返還に応ずれば,その後も保証金返還の申出が殺到し,Dスポーツの財務内容は一挙に破綻することが明らかであり,保証金の返還を受けた会員と受けることのできなかった会員との間に著しい不公平が生じることとなってしまうため,被告らは,これを避けるために再生手続開始の申立てをしたのである。

F生命のDスポーツに対する貸付金は,道義上はともかく,法律上は,通常の貸付金であり,不行使特約,自動更新特約,劣後化特約等は認められず,原告らの主張する被告らの義務違反は存在しない。また,F生命からの貸付金には,Dスポーツが再生手続開始の申立てをすることにより期限の利益を喪失するとの約定があったため,Dスポーツの再生手続開始の申立てにより,Dスポーツは,期限の利益を喪失したのである。

イ 原告らに秘匿して再生手続を申し立てたことについて

被告らは,①会員を引き継ぐ方式の営業譲渡が,会員債権者の利益保護になり,全再生債権者への配当原資を極大化することになり,最良のものであること,②毎月多額の資金流出が続いている現状から,一刻も早く営業譲渡手続に着手し,資金流出を止めなければならないこと,③時間がなく,また,業種業態が特殊であり,引受可能会社は限定されるので,公開入札ではなく,専門家である営業譲渡アドバイザーであるJ銀行が選定した5社に打診して早期入札を目指すことが最善の方法であること,④会員を引き継ぐ方式の営業譲渡の見込みが立った段階で再生手続開始の申立てをし,立たない場合は破産申立てを選択することという方針の下,これらの条件が整わない段階では,混乱を防ぐため非公開で手続を進めることとしたのであり,これらの判断は合理的である。

また,被告らは,他の倒産処理方式を種々挙げているが,本件において比較するべき対象は,破産であり,破産に比して再生手続は,債権者に有利であるためこれを選択したものであり,再生手続選択について,何らの義務違反はない。

(3)  争点(3)(営業譲渡先の選定方法等における違法)ついて

(原告らの主張)

ア 営業譲渡先の選定方法について

被告らは,営業譲渡先を選定するに当たり,営業譲渡代金をできるだけ高くし,会員の施設利用権をできるだけ悪化させないようにするべきであった。

そのためには,営業譲渡先の選定に当たっては,再生手続開始申立後(保全処分後)において,裁判所の監督の下,会員の意向を十分聞き,入札募集をインターネットで公開したり新聞発表するなどして,幅広く声をかけて可能な限り公明正大に行うべきであった。特に,DスポーツはEというスポーツクラブを運営する会社であるのであるから,会員の意向は十分に聞くべきであるし,また,Eの会員には,社会的な地位を有する者が多くいたのであるから,それらの会員に営業譲渡先の選定において,協力を求めれば,より有利な営業譲渡先を選定することができた。

しかるに,被告らは,再生手続開始申立前に,会員に一切知らせることなく密室において,アドバイザー契約を締結したJ銀行の指導の下,営業譲渡先の入札に当たり5社にしか声をかけずに,営業譲渡先としてHスポーツを選定した。営業譲渡先の選定に当たるアドバイザーは,本来公正中立な第三者でなくてはならないところ,J銀行は,Dスポーツ及びHスポーツと密接な利害関係を有する会社であり,公正中立な第三者であったとはいえなかった。

以上のとおり,被告らには,譲渡先の選定において,公平義務,忠実義務及び誠実義務違反がある。

イ 営業譲渡の条件について

被告らは,営業譲渡先を選定するに当たり,下記のとおり,F生命に有利となり,会員に不利な条件を設定した。

被告らは,営業譲渡先選定に当たり,会員の引継ぎを条件としたが,これは,会員を引き継がないとすると,保証金を全額返還する必要があるため,これを免れるためにされたものであるところ,会員の引継ぎを条件とすると,営業譲渡先の選定の幅を狭めることとなり,より有利な条件での営業譲渡をできなくするし,会員にとっては,退会して新規入会するのと全く同じであり,何ら意味を持たないものであるし,かえって,会員が営業譲渡先に入会しないという自由意思を拘束するもので有害無益であったから,このような条件を設定すべきではなかった。

また,Dスポーツは,F生命からEの営業場所であるa町bビルの25階ないし27階(以下「本件建物」という。)について,平成16年3月まで,賃料年額1億円で賃借していたところ,これを合意解約した上で,営業譲渡先を募集するに当たり,賃料年額2億1640万円という条件で入札させているのであり,これは,会員の犠牲の下で,F生命が,賃借人付きで本件建物を売却できるよう便宜を図ったものであり,被告らは,公平義務に違反した。

ウ 営業譲渡の価格決定方法について

被告らは,営業譲渡の価格を決定するに当たり,公正な公開競争入札を行っておらず,また,事前に鑑定評価も行わず,そのため,最低入札価格も提示せず,5社のみの指し値に委ねてしまったのであり,かかる営業譲渡の価格決定方法は,適正ではなかった。

Eについて,適正に評価していれば,少なくとも内装は13億円,什器備品は2400万円,借家権価格は3億2000万円から7億2000万円の価値はあったのであり,再取得価格方式で算定すると,約27億円,資産価格方式で算定すると13億2500万円から22億円の価値があったのにかかわらず,被告らは,上記のような営業譲渡価格の決定方法により,これを2億円で売却した。

エ 説明義務,周知義務違反について

再生債務者であるDスポーツは,再生債権者に対し,再生手続の進行に関する重要な事項を説明する義務を負い,被告らは,これを実現すべき立場にあったにもかかわらず,原告らに対し,営業譲渡先の選定,譲渡価格及び営業譲渡契約書等について一切説明しなかった。

(被告らの主張)

ア 営業譲渡先の選定方法について

被告らは,前記(2)(被告らの主張)イ記載の方針の下,再生手続によることを選択したのであるが,再生手続開始を申し立てることを会員に知らせると,保証金の返還要求が殺到しかねない状況にあった。そして,平成13年5月18日以前に倒産処理に着手しなくてはならない緊急の必要性があり,しかも,Eの運営を委託している外部業者の動揺からEの業務が停止するおそれもある状況の下では,営業譲渡先のめどが立っている再生手続開始申立ての方が適切な倒産処理が期待され,オフィス街にある高級スポーツクラブというEの営業の特殊性からも譲受人候補者は多くないと考えられたことから,再生手続開始申立て前に,非公開の事実上の入札方式を採用したのである。

また,アドバイザーとして選定したJ銀行は,平成13年5月当時においては,Hスポーツとの間に密接な関係はなく,公正中立な立場でアドバイザー業務を遂行した。

そして,被告らは,再生債務者に対し最も有利な条件を提示したHスポーツを営業譲渡先として決定したのであり,これに何らの違法はない。

イ 営業譲渡の条件について

被告らにおいて,会員引継ぎを条件として営業譲渡先を選定したのは,少しでも会員の権利を保護しようとしたからであり,原告らが主張するように,F生命の利益を保護しようという隠された狙いはなかった。

また,Dスポーツの当時の賃料は,F生命が,Dスポーツの営業を支援するために特に安く設定されていたものであり,第三者が,営業を譲り受け,借家権を譲り受けた後においても,F生命に対して,当然に主張できる額ではなかったところ,F生命の管財人が,借家権譲渡を承認する条件として,客観的相場に準拠した適正賃料を提示してきたので,被告らはこれに従ったのである。

したがって,被告らには,何ら義務違反は存在しない。

ウ 営業譲渡の価格決定方法について

被告らは,営業譲渡先の選定に当たり,J銀行をアドバイザーとして選定し,J銀行が声をかけた5社による競争入札を行って,最高入札価格をもって譲渡価格案としたものであり,これは適正なマーケット価格によって決定したということができる。近時の倒産処理においては,費用と時間のかかる鑑定書を作成せず,最低入札価格も提示せず,市場からの現実の入札のみで譲渡先及び譲渡価格を決定することが行われており,被告らのとった方法も適法な手法の一つである。

そして,上記の譲渡価格は,O会計士により適正と判断され,債権者集会,再生裁判所により承認されているのであって,高額な維持管理経費や,事業リスク等を考えれば,適正であるということができる。

したがって,被告らには,何ら義務違反は存在しない。

エ 説明義務,周知義務について

被告らは,原告らを含むすべての再生債権者に対し,通常の再生手続以上の量と頻度で説明を行い,情報開示を行ったのであり,何ら説明義務,周知義務に違反していない。

(4)  争点(4)(会員名簿及び会員電話番号の開示拒否)について

(原告らの主張)

被告らは,当初,原告A1が,会員名簿の開示を請求したときには,これを拒否したのに,続ける会が発足した後には,あて名シールの打ち出しと称して,これを続ける会に引き渡した。このように,被告らが,会員名簿の開示を拒否したのは,プライバシーの保護のためではなく,債権者集会における投票をDスポーツ及びF生命に有利に進めるために,会員の団結を阻止するという目的のために行ったものである。

さらに,被告らが引き渡した上記あて名シールには,電話番号の記載がなく,被告らは,続ける会が,電話番号の開示を要求した際にも,上記同様,反対票の勧誘を阻止するために,これを拒否した。

かかる被告らの対応は,公平義務に反する。

(被告らの主張)

被告らは,会員名簿については,プライバシーの保護と原告らの正当な活動との調和点を見いだして,適切な開示をしたのであり,法律的な義務違反はない。

また,被告らは,電話番号の開示については,プライバシーの保護の観点と会員がDスポーツ以外の第三者に対する開示を承認しているとは考えられなかったことから,開示は不相当と考えたものであり,実際に,原告らが自ら調べて電話をした再生債権者の中には,Dスポーツに対し,なぜ電話番号を教えたのだと苦情を言う者もいたのである。

よって,被告らの対応は,何ら違法ではない。

(5)  争点(5)(再入札)について

(原告らの主張)

被告らには,公平な立場で,再生債権者にその企画等を正直に告げる告知義務が存し,反対債権者と駆け引きをしたり,不利な状況に陥れるために不当な言動に及んではならないところ,下記のとおり,被告らは,原告らに虚偽の事実を告げて,かかる義務に違反した。

原告A5,同A4及び同A6は,平成13年8月3日,被告Cの所属するP法律事務所を訪れ,被告らと話し合いをしたところ,被告Cは,内心ではそのつもりがないのに時間稼ぎをする意図から,「Hスポーツ以上のところが出てくればHスポーツとの話は白紙還元いたします。そして再入札をいたします。その場合再生計画案の提出期限を1,2週間程度ずらせるようやってみます。」と発言した。

この発言を受けて,原告A4は,人脈をたどり,営業譲受先の候補としてI不動産を探し出して,同月7日,営業譲受後の運営を担当するIスポーツの社長と共に,Eを訪れた。Iスポーツは,Eの譲受けに興味を持ち,被告Bに対し,資料を求めたところ,被告Bは,その場で資料の交付を拒否し,同月9日になって資料を交付したが,十分な資料といえるものではなかった。

原告A4,同A5,同A6らは,同月13日,被告らに面談し,アンケート結果の結果,会員の圧倒的多数はHスポーツではなくI不動産を受け皿会社として望んでいるから,再生計画案の受け皿会社をI不動産に変更してほしいこと,それが無理ならHスポーツとI不動産両案併記の再生計画案にしてもらいたいことを要求したところ,被告Cは,同月3日の発言を翻し,もう時間切れであるから,Hスポーツと契約を締結すると発言した。

さらに,被告らは,同月15日,Iスポーツの担当者らを呼びつけ,威圧的態度で,Hスポーツとしか契約をしないから,Eの営業譲渡については,辞退するようにと迫り,原告A4に対しては,再生債権者案として,再生計画案を出せばよいと言った。

かかる被告らの言動からすると,被告らは,もともと再入札を実施するつもりはなかったのに,原告A4らを欺いたものであるし,I不動産が,Dスポーツと営業譲渡契約さえ結んでいない状況であれば,再生債権者が提出する再生計画案が,再生裁判所から排除決定されることは明らかであったのであるから,かかる言動は不公正なものであった。

さらに,被告らが,Hスポーツ以上のところが出てくれば,白紙に戻します,再入札しますと言った以上は,I不動産から,契約手続に入りたいとの意思表示があったのであるから,被告らには,再入札をするか,I不動産を営業譲受会社とする再生計画案を提出する義務があったというべきであるのに,被告らは,かかる義務を履行しなかった。

(被告らの主張)

被告Cは,平成13年8月3日時点において,Hスポーツとの営業譲渡契約締結前に,Hスポーツ以上の条件を具体的に提示する信頼できる業者が現れれば,Hスポーツとの営業譲渡契約を締結せずに再入札することも検討していたが,I不動産もHスポーツ以上の条件を具体的に提示することはなく,他に業者は現れなかったため,再入札を行うことなく,Hスポーツとの契約を締結したものであり,原告A5,同A4及び同A6に対し,Hスポーツ以上のところが出てくれば再入札すると述べたことが虚偽の事実を申し述べたものであるということができない。

また,被告らは,Iスポーツの担当者に辞退を迫ったり,威圧して押さえ込んだことも全くなかったのであり,逆に,可能な限り,原告らが異なる再生計画案を作成し提出することに協力してきたものである。

よって,被告らには,何らの義務違反も存在しない。

(6)  争点(6)(議決票の勧誘方法)について

(原告らの主張)

被告らは,再生裁判所が,債権者に対し,債権者集会期日通知書を送付するに当たり,自己に有利な書類を多数同封し,また,被告らに送付された議決票のうち,反対票については,回収を拒否し,続ける会が,反対票を返還するよう要求しても,これに直ちに応じないなど,不公平な議決票勧誘を行ったのであり,これらの行為は,公平義務に違反する。

(被告らの主張)

被告らが,再生裁判所の送付する書面に,Dスポーツ作成の書面を同封したのは,一般的なものであり,Dスポーツあてに送付された反対票についても,債権者集会で反対票としてすべて計上されるよう取り扱ったのであって,これらの行為に法律的な義務違反はないし,即時抗告審においても,適法であると判断されている。

(7)  原告らの損害について(判断の必要がなかった争点)

(原告らの主張)

原告らは,被告らの前記のとおりの義務に違反する不公正な取扱いにより,精神的に著しい衝撃及び困惑を受けたが,これに対する慰謝料として,被告ら各自に対し,それぞれ金50万円の損害賠償請求権を有する。

(被告らの主張)

争う。

第4争点に対する判断

1  争点(1)(本案前の答弁)について

(1)  被告らは,原告らが,本件再生事件において,再生計画案を自己に有利なものに変えるために本件訴えを提起したものであり,本件訴えは不当訴訟であるし,Dスポーツの提出した再生計画案は,再生裁判所により認可決定され,同決定に対する即時抗告も棄却されているのであるから,原告らは,被告らに対し,本件訴えにおいて,本件再生事件の違法を主張して争うことは許されず,本件訴えは,却下されるべきであると主張する。

(2)ア  訴えの提起が,民事訴訟制度の趣旨及び目的に照らして著しく相当性を欠き,信義に反すると認められる場合は,訴権を濫用するものとして,訴えを却下すべきであると解される。

イ  前記第3,1(1)ア(ア),イ(ア)(イ),(2)クサシセツテノハの各事実及び証拠(甲36)によれば,原告らは,続ける会を組織して,被告Bが代表取締役を務め,被告Cが申立代理人を務めていたDスポーツが提出した,EをHスポーツに譲渡するという再生計画案に反対していたこと,Dスポーツは,当初,平成13年8月3日に,Hスポーツとの間で営業譲渡契約を締結することを予定していたが,続ける会は,同年7月27日時点において,上記営業譲渡契約を延期させることを当面の活動の目標とし,そのための行動として,被告らを相手に訴訟を提起することを記載した続ける会通信を発行していたこと,Dスポーツは,再生裁判所に対し,同年8月23日,Hスポーツを営業譲渡先とする再生計画案を提出し,同再生計画案は,同年9月26日,債権者集会で可決され,再生裁判所から認可決定を受け,同決定に対する即時抗告は,同年12月5日に棄却されて同決定が確定したことが認められ,他方,原告A1は,同年8月2日に1事件の訴えを,2事件原告らは,同年11月16日に2事件の訴えを,3事件原告は,同年12月11日に3事件の訴えを,4事件原告は,平成14年1月28日に4事件の訴えを,それぞれ提起したことは,本件記録上当裁判所に明らかである。

ウ  前記イによれば,原告A1は,本件再生事件においてDスポーツが提出しようとしていた再生計画案に反対する原告らの運動の一環として,1事件の訴えを提起したものであることは否定できない。

しかしながら,前記イによれば,その余の原告らが提起した訴えについては,Dスポーツが提出した再生計画案が債権者集会で可決され,再生裁判所により認可決定を受けた後に提起されたものであることが認められ,さらに,原告A1が提起した1事件も含め本件訴訟は,再生計画案の認可決定に対する即時抗告が棄却され同決定が確定した現時点においても維持され,本件訴訟の請求原因として,被告らが原告らに対し,会員名簿や会員の電話番号の開示を拒否したことや被告らが再入札を実施するつもりがなかったのに虚偽の事実を述べたこと等が主張され,被告らのこれらの行為により原告らが精神的苦痛を被ったことによる慰謝料を請求してものであることは,本件記録上明らかである。これらの事実を考えると,原告らによる本件訴えの提起が,民事訴訟制度の趣旨及び目的に照らして著しく相当性を欠き,信義に反するとはいまだ認めることはできない。

(3)  次に,原告らは,Dスポーツの提出した再生計画案に反対し,同計画案に対する認可決定に対して即時抗告をして争い,即時抗告も棄却されたのであるが,これは,原告らにおいて,本件再生手続における手続上の違法や民事再生法に定められた再生計画案の不認可事由を主張して争ったものである(甲117,乙31)のに対し,本件訴訟は,原告らにおいて,Dスポーツの代表取締役であった被告B及び再生手続申立代理人であった被告Cに対し,本件民事再生手続を進めるに当たって違法な行為があったことを理由に不法行為に基づき,精神的損害の賠償を請求しているのであって,その求める対象及び相手方を異にしているから,本件再生手続において,再生計画案の認可決定が確定したことをもって,本件訴えを却下するべきであると解することはできない。

しかしながら,後記のとおり,本件訴訟における被告らの行為についての違法性の検討に当たっては,本件再生手続において,再生計画案の認可決定が確定していることを当然に考慮に入れて判断をすべきであることはいうまでもない。

(4)  以上によれば,本件訴えを却下するべきであるとする被告らの主張は理由がない。

2  争点(2)(再生手続開始の申立ての違法)について

(1)  原告らは,被告らにおいて,F生命のDスポーツに対する貸付金の存在及び弁済義務を争うべきであったのにこれを行わず,F生命の利益を図る目的でDスポーツの再生手続開始を申し立て,また,原告らに秘匿した状態で,かつ,他の適切な倒産処理手続をとらずに再生手続開始を申し立てたことについて違法であると主張する。

(2)  倒産処理の方法として,再生手続を選択するか,あるいは,更生手続,破産手続,営業譲渡,任意整理,会社の閉鎖等他の方法を選択するかの問題及び再生手続の申立てを債権者に秘匿して行うか,債権者に開示して行うかの問題は,優れて倒産処理を行う者ないし再生手続開始を申し立てる者の裁量に属する事柄であり,再生計画案が債権者集会で可決され,再生裁判所において認可決定され,それが確定している以上,全く再生手続開始を申し立てる事情がないのに,特定の債権者の利益を専ら図る目的で申立てを行うなどの特段の事情が認められない限り,再生手続開始の申立てについて,違法性は認められないというべきである。

本件において,前記1(2)イのとおり,Dスポーツが提出した再生計画案は,平成13年9月26日債権者集会で可決され,同日再生裁判所において認可決定され,同年12月5日,東京高等裁判所において認可決定に対する即時抗告が棄却されて同決定は確定したのであり,そうすると,被告らには,原則として再生手続開始の申立てについて違法は認められない。

(3)  そこで,次に,被告らが,Dスポーツにおいて全く再生手続開始を申し立てる事情がないのに,F生命の利益を専ら図る目的で再生手続開始を申し立てたなどの特段の事情が認められるか否かを検討するに,前記第3,1(1)(2)の各事実及び証拠によれば,以下の事実が認められる。

ア Dスポーツは,F生命が中心となって設立されたスポーツクラブの運営を主たる事業目的とする資本金1億円の株式会社であり,F生命は,Dスポーツに対し,以下のとおり,金銭を貸し付けていた(前記第3,1(1)ア(ウ)(エ),甲94ないし103)。

(ア) 貸付日  平成5年9月30日

貸付額  3億円

使途  設備資金

弁済期日  平成7年4月25日(同日,平成12年4月25日に変更され,同日,平成14年2月25日に変更された。)

利率  年4.8パーセント

弁済方法  元金を弁済期日に一括弁済し,利息は3箇月ごとに前払いする。

(イ) 貸付日  平成6年2月22日

貸付額  10億円

使途  設備資金

弁済期日  平成9年2月25日(同日,平成14年4月25日に変更された。)

利率  年3.8パーセント

弁済方法  元金を弁済期日に一括弁済し,利息は3箇月ごとに前払いする。

(ウ) 貸付日及び貸付額 平成6年11月22日  2億円

平成7年6月23日 1億円

同年9月28日 3000万円

同年11月27日 4000万円

平成8年2月29日 3000万円

使途 運転資金

弁済期日  平成9年11月25日(同日,平成14年11月25日に変更された。)

利率  年4.9パーセント

弁済方法  元金を弁済期日に一括弁済し,利息は3箇月ごとに前払いする。

(エ) 貸付日  平成8年3月21日

貸付額  8500万円

使途  運転資金

弁済期日  平成11年3月25日

利率  年2.125パーセント

弁済方法  元金を弁済期日に一括弁済し,利息は3箇月ごとに前払いする。

(オ) 貸付日  平成8年5月30日

貸付方法  分割貸出しとし,平成8年5月30日に金3000万円を貸し渡し,その後の貸出しは,Dスポーツが申し入れたときに,F生命は,これに応じて行う。

貸付額  4億円

使途  運転資金

弁済期日  平成11年5月30日(平成11年5月29日,残額の3億1500万円について,同月30日に1500万円,平成16年5月30日に残額を返済すると変更された。)

利率  年2.125パーセント

弁済方法  元金を弁済期日に一括弁済し,利息は3箇月ごとに前払いする。

イ また,Dスポーツは,平成6年3月30日,F生命から本件建物を賃料月額2578万5500円で賃借して,Eの営業を始め,その後も,F生命から賃貸を受けたD不動産株式会社から上記の賃料で転借していたが,平成10年からは,Dスポーツの財政状態の悪化を考慮して,年額約1億円という低額な賃料に変更された。さらに,Dスポーツは,平成9年3月,F生命にEの内装設備一式を約16億円で買い取ってもらった(甲108,112,乙1,8,13,33)。

ウ F生命は,平成13年3月31日,更生裁判所から更生手続開始決定を受けたが,当時のDスポーツの代表取締役社長であったQ及び被告Bは,F生命の管財人団から,同年4月11日,F生命がDスポーツに対して有していた20億7500万円の債権は放棄しないこと,F生命のスポンサーはスポーツクラブを所有する意思はないことを伝えられ,F生命が債権放棄を行わず,今後F生命の支援が期待できない以上,Dスポーツにおいては法的整理をするほかないので,早急に再生手続開始申立てないし破産申立てを検討すべきであるとの考え方を示された(乙32.被告B本人)。

エ Dスポーツは,設立以来9期連続で損失を計上しており,平成12年度も8000万円の赤字を計上し,平成13年4月当時約22億円の債務超過の状態にあった。また,Dスポーツが通常業務を行っていくためには,毎月1000万円の現金が必要であり,さらに,同年4月の段階で,F生命の倒産を契機に75名の会員がEの退会の申出を行っており,Dスポーツは,同年5月18日までにその資格保証金合計額9830万円の返還義務を負っていた(乙1,24,32,33,被告B本人,被告C本人)。

オ ところで,Eの会員のうち,法人会員389名については,F生命との取引関係があるために入会した会員が多く,これらの会員は,現実にEの施設を利用することにはそれほど関心がなく,F生命の破綻を機に,Eを退会する可能性が高く,また,トゥインクル会員134名については,既にF生命を退社していて,F生命の破綻を機に,F生命との関係を清算したいと考える者や,F生命の従業員であっても,F生命が破綻したことから,F生命を退社する可能性があると考え,Eも退会したいと考える者がいることが予想され,引き続いて会員の退会申出が相次ぐことが懸念された(前記第3,1(1)イ(エ),(2)ウエ,乙32,被告B本人)。

カ F生命の管財人団から,同年4月中旬にDスポーツが法的整理をするについての申立代理人に就任することを要請された被告Cは,F生命の実質的な子会社であり,その経営をF生命グループに依存していたDスポーツにおいて,F生命から債務免除を受けられず,低廉な賃料での本件建物の提供等,F生命グループからの支援のない状態で独自にEの運営を継続することは不可能であること,今後もEからの退会を申し出て保証金の返還を求める会員が増加するであろうこと,Eの退会の申出を行い保証金の返還を求めている会員と退会の申出をしていない会員との間の不公平が生じないようにし,高額の債権者であったF生命に対する配当を債権額比率よりも低額にすることによりF生命と保証金返還請求権を有するEの会員との間に実質的な公平を図り,かつ,できるだけ会員に対する配当を高くするには,再生手続においてEを営業譲渡するのが適当であること等から,Dスポーツについて再生手続開始の申立てを行うこととし,Dスポーツの毎月の資金流出が1000万円に上るため,速やかな営業譲渡が必要であると考え,スポンサー探しに着手することとし,J銀行をアドバイザーに選任して,営業譲渡先を見つけることとした(乙32,33,被告B本人,被告C本人)。

キ Dスポーツは,F生命の更生特例法の適用申請以降,F生命に対し債務免除の申入れを行い,再生手続開始決定後の債権認否においても,F生命の貸付金を否認し,F生命からの査定の申立てに対しても,上記貸付金には返還請求権が発生しないとの特約が付されていたし,資本金と同視すべきであるから,F生命は返還請求権を有しないこと,信義則上F生命は返還請求権を行使できないことを理由に,債権額を0円と査定するとの裁判を求めたが,再生裁判所は,平成13年8月22日,F生命のDスポーツに対する債権額は20億9221万3352円であると査定した(前記第3,1(2)タチ,甲127,乙32)。

(4)ア  前記(3)アによれば,F生命のDスポーツに対する貸付金は,すべて弁済期日までは利息のみを返済すればよく,弁済期日に元金を一括返済するとの約定になっており,弁済期日においては,さらに弁済期日が延期されていたことが認められ,これは,F生命が,実質的子会社であるDスポーツを支援するためにされていたものであると認められるが,前記(3)ア記載の各契約は,法律的には消費貸借契約であると認められるのであり,本件全証拠によるも,上記貸付金について,F生命とDスポーツとの間に返済を請求しないとの不行使特約があったこと,元金の返済について自動更新特約があったことは認められない。

そうすると,F生命において,Dスポーツに対し,貸付金の返済を求めることができないものであるということができず,F生命の管財人団において,F生命の更生手続を監督する更生裁判所との協議の結果,Dスポーツに対する貸付金を放棄しないと決定し,Dスポーツに対し,その貸付金について弁済等の処理を行うために,Dスポーツにおいて再生手続開始の申立てによる法的整理の検討を求めていたことは当然の事柄であったと考えられる。

イ  そして,前記ア及び(3)イエオカに認定した,DスポーツはF生命に対し約21億円の債務を負担しており,毎年損失を計上して22億円の債務超過の状態にあったこと,F生命の実質的な子会社であり,その経営をF生命グループに依存していたDスポーツにおいて,F生命の破綻によりF生命グループから今後支援を受けられる見込みがなくなったこと,Dスポーツは,F生命の破綻以降,多くの会員から退会申出を相次いで受けており,退会者に対し9830万円の保証金を返還しなくてはならず,また,今後も退会者が増加することが予想されたこと,Dスポーツが通常業務を行っていくために,毎月1000万円の現金が必要であることなどの事情を考慮すると,DスポーツがF生命グループの支援を受けられない状況の下,独自にEの営業を継続することは極めて困難であることは明らかであり,また,退会者からの保証金返還に応じれば,その後も返還の申出が増加し,Dスポーツの財務内容が早晩にして破綻に至ることも明らかであり,Dスポーツにおいて,その存続自体に関して何らかの法的手段をとらざるを得なかったと認められる。

そして,前記(2)カのとおり,被告Cが,会員間の不公平を避け,高額の債権者であったF生命に対する配当を債権額比率よりも低額にしてF生命と会員との間に実質的な公平を図り,会員に対する配当を高くする意図の下,Dスポーツに関して再生手続開始の申立てを行うことを選択したのは,合理的な判断であったと評価できる。

ウ  以上の検討によれば,被告らにおいて,Dスポーツには全く再生手続開始を申し立てる事情がなかったのに,F生命の利益を専ら図る目的でDスポーツの再生手続開始を申し立てたなどの特段の事情があったとは到底認められない。

エ  なお,付言するに,原告らは,被告らが,F生命に対し,前記(2)ア記載の債権の存在,返済義務等について真摯に争うべきであったと主張するが,前記ア認定のとおり,F生命の貸付金について,法律的に債権放棄を求められるものではないことに加え,前記(2)キ認定のとおり,被告らは,F生命の更生特例法の適用申請以降,F生命に対し債務免除を申し入れ,さらには再生手続開始決定後の債権認否においても,F生命の貸付金を否認し,F生命からの査定の申立てに対しても,債権額を0円と査定するとの裁判を求めており,原告らの上記主張は認められない。

(5)  以上によれば,再生手続開始の申立ての違法をいう原告らの主張には理由がない。

3  争点(3)(営業譲渡先の選定方法等における違法)について

(1)  原告らは,本件再生事件における,被告らの営業譲渡先の選定方法,営業譲渡の条件及び営業譲渡の価格決定方法に違法があり,また,被告らが,再生債権者である原告らに対し,これらの事柄を説明していない違法があると主張する。

しかし,前記2(2)に判示したとおり,再生計画案が債権者集会で可決され,再生裁判所において認可決定され,それが確定している以上,上記の点に関する被告らの行為について,被告らが特定の債権者の利益を図り,あるいは,特定の債権者の利益を害する目的をもって,営業譲渡先を選定し,営業譲渡の条件及び価格を決定したなどの特段の事情が認められない限り,原則として違法性は認められないというべきである。

そして,本件において,前記1(2)イのとおり,Dスポーツが提出した再生計画案についての認可決定は確定しているので,被告B及び同Cには,原則として上記の点について違法は認められない。

(2)  そこで,次に,被告らの営業譲渡先の選定方法,営業譲渡の条件及び営業譲渡の価格決定方法並びに再生債権者に対する説明について,これを違法とする特段の事情があるか否かを検討する。

ア 営業譲渡先の選定方法について

(ア) 前記第3,1(2)イウエオツノハの各事実によれば,被告らは,Dスポーツに対する再生手続によりEの営業を譲渡するとの方針の下,再生手続開始の申立て前に,DスポーツとJ銀行との間で,Eの営業を譲り受けるスポンサーを探すことについて,アドバイザー契約を締結し,J銀行において,Eの現状の会員を引き継ぎ,本件建物の賃料については年額2億1600万円とする条件で,スポーツクラブ運営会社大手5社の間で非公開の入札を行ったところ,4社が入札に応じ,Hスポーツが最高の条件で入札したため,DスポーツとHスポーツは,営業譲渡についての秘密保持契約を締結し,さらに,Hスポーツに独占優先交渉権を与えるとの契約を締結した後,Dスポーツは,再生手続開始の申立てを行い,結局,Hスポーツを営業譲渡先とする再生計画案が認可決定され確定したことが認められる。

(イ) 前記2(3)エの事実及び証拠(乙32,33,被告C本人)によれば,被告らは,Dスポーツの営業を継続すれば,毎月1000万円以上の資金流出が予想されること,Dスポーツは,Eの退会を申し出た会員に対し平成13年5月18日までに保証金合計額9830万円の返還義務を負っていたことから,速やかに再生手続開始の申立ての準備をするとともに,営業譲渡先を探す必要があると考え,Dスポーツと関係が深くEの運営状況,財務内容等を熟知し,Eに多数の法人会員を紹介したJ銀行を営業譲渡のアドバイザーとして選任することとしたところ,J銀行から,Eのような高級スポーツクラブの運営をするには,大手スポーツクラブ運営会社でないと無理であるとのアドバイスを受け,これに従って,相手方を絞り込んで非公開の入札方式によって営業譲渡先を選定することとして,5社による入札を行ったことが認められる。

(ウ) 前記2(3)エに認定したDスポーツの営業の継続により毎月1000万円以上の資金流出があること及び退会の申出をした会員に対する保証金の返還期限が平成13年5月18日であることから,速やかに再生手続開始の申立てを行い,かつ,営業譲渡も行う必要があったことが認められ,前記2(3)エオの事実によれば,Dスポーツの再生手続開始の申立てあるいは営業譲渡を公表することにより,新たな会員の退会申出を誘発し,あるいは退会を申し出た会員に混乱を生じさせる可能性が認められ,また,高級スポーツクラブの営業という特殊性からして営業譲渡先の選定が容易ではなく,また,再生手続開始後営業譲渡先が決まらず再生計画案を提出できない場合には,再生手続が廃止され(民事再生法191条),破産に追い込まれる危険性もあったことが考えられるのであり,これらの事情を考慮すると,被告らが,J銀行との間に営業譲渡のアドバイザー契約を締結し,そのアドバイスを受けて,再生手続開始の申立て前に,非公開の入札方式により,営業譲渡先の選定を進め,再生手続開始の申立て前の時点では,営業譲渡及び再生手続開始の申立てを公表しなかったことは,合理的な措置であると認められ,被告らの営業譲渡先の選定方法に関しこれを違法とする特段の事情があるとは到底認められない。

(ウ) 原告らは,被告らにおいて,営業譲渡先選定に当たり,営業譲渡代金をできるだけ高くし,会員の施設利用権をできるだけ悪化させないようにすべきであり,そのためには,再生手続開始を申し立てた後に,会員の意向を十分に聞き,入札を公開して幅広く声をかけ,公明正大に行うべきであったし,本件でアドバイザーとして選任されたJ銀行は,公正中立な第三者であったとはいえないと主張する。

しかしながら,原告らが主張する,再生手続開始を申し立てた後に,会員の意向を十分に聞き,入札を公開して幅広く声をかけて営業譲渡先の選定を行うという方法は,数ある営業譲渡先選定方法の一つにすぎず,被告らにおいて,原告ら主張の方法をとらなかったことをもって違法であるということはできない。

また,証拠(甲28,29,32,33,乙32,33,被告B本人,被告C本人)によれば,F生命とJ銀行との関係については,両者はグループ企業であり,Dスポーツの法人会員の中には,J銀行の勧誘により会員となった法人もいること,HスポーツとJ銀行との関係については,J銀行の出資する銀行が,T株式会社やHスポーツの株式を保有していたこと,J銀行に入行した者が平成4年にT株式会社の代表取締役社長に就任したことがあることが認められるが,これらの事実によって,J銀行が,営業譲渡先選定に当たって公正中立な第三者でなかったと認めることはできず,他に,J銀行を公正中立な第三者ではないことを認めるに足りる証拠はないから,J銀行を営業譲渡先のアドバイザーとして選任した被告らの行為が違法であるとすることも到底できない。

(エ) よって,営業譲渡先の選定についての原告らの主張は理由がない。

イ 営業譲渡の条件について

(ア) 前記2(2)イ及び前記第3,1(2)ウセの各事実並びに証拠(甲113,乙17)によれば,被告らは,Eの営業譲渡先を選定する入札に当たり,本件建物の賃料を年額2億1600万円とし,現状の会員を引き継ぐとの条件で,スポーツクラブ運営会社大手5社の間で,非公開の入札を行ったが,その際,会員の資格保証金の返還債務については,再生手続により減額された後の金額を引き継いでもらう予定であるが,引き継ぐ金額に見合う金融資産を提供するので,入札価格を定めるに当たり,資格保証金の返還金の引継金額を控除する必要はないものとして入札を行ったこと,Dスポーツは,Hスポーツとの間で,平成13年8月16日,営業譲渡契約を締結し,その際,会員の引継ぎについて,Hスポーツは,Hスポーツの会員として継続を希望した会員(以下「継続会員」という。)に対しては,施設の提供義務を負うこととし,継続会員の有する,Dスポーツの提出した再生計画案により権利変更した後の資格保証金の返還請求権について,Dスポーツが,Hスポーツに対し,それと同額の金員を交付することとしたこと,Dスポーツは,F生命又はD不動産株式会社から,本件建物について,平成10年までは賃料年額3億0942万6000円で賃貸していたが,Dスポーツの財政状況の悪化を考慮して,平成10年以降は賃料年額1億円という低額な賃料に変更されたことが認められる。

(イ) 営業譲渡に当たって,会員の引継ぎを条件としたことについては,できるだけ会員に対する迷惑をかけないようにするために,会員を引き継ぐこととするとの考え方も十分に合理的であるといえるし,継続会員の有する資格保証金については,それと同額の金員が交付されることとされていた本件においては,会員を引き継いだ方が,スポーツクラブとしての価値を高く評価され,営業譲渡代金を高くすることができると考えることができるのであるから,これを違法であるとする特段の事情は存在しない。

原告らは,被告らは,会員に対する資格保証金の返還を免れるために,かかる条件を付したと主張するが,前記(ア)によれば,再生計画により減額された資格保証金の返還債務は,Dスポーツにおいて出捐しているのであるから,資格保証金の返還という点において,再生計画により会員が当然に退会することとして,Dスポーツが自ら返済するのと何ら異なる点はなく,原告らの主張は前提を欠く。

(ウ) 本件建物の賃料の条件については,まず,前記(ア)のとおり,本件建物の賃料は,平成10年までは,年額3億円を超えていたが,Dスポーツの財政状況の悪化を考慮したF生命からの支援により,平成10年以降1億円という低額な賃料に減額されていたのであり,そうすると,年額1億円という賃料は適正な賃料ではなかったと認められ,そして,前記2(2)(3)に認定した事実及び証拠(乙33,被告C本人)によれば,F生命が更生手続に入り,もはやF生命からの支援が期待できなくなっており,一方,Dスポーツの営業譲渡を行うには,本件建物の賃借権を譲渡する必要があり,そのためには,本件建物の所有者であるF生命の承諾を必要とするという状況の下で,F生命の管財人団から従前の低額な賃料を改定して年額2億1600万円にするという提示を受け,被告らにおいて,F生命の管財人団から提示を受けた金額を条件として入札を行ったことが認められるのであり,これらの事実によれば,被告らの賃料の条件の設定について,違法であるとする特段の事情は全く存在しない。

(エ) 以上によれば,営業譲渡の条件についての原告らの主張は理由がない。

ウ 営業譲渡の価格決定方法について

(ア) 前記第3,1(2)ウナヌノハの各事実及び証拠(甲108,180,乙13,14,32,33,被告B本人,被告C本人)によれば,Dスポーツとの間にアドバイザー契約を締結したJ銀行は,スポーツクラブ運営会社大手5社の間で非公開の入札を行ったところ,Hスポーツ,Kスポーツ,Lスポーツ及びMスポーツの4社が入札に応じ,Hスポーツは,設備営業権2億円,賃料年額2億1600万円,会員施設提供義務引継ぎという最も良い条件で入札し,他の3社のうち,Kスポーツは,設備営業権0円,賃料年額約1億円,会員施設提供義務引継ぎについては協議を必要とするとの条件で,Lスポーツは,設備営業権は算出不能,賃料については大幅減額,会員施設提供義務引継ぎについて不明との条件で,Mスポーツは,設備営業権2億円,賃料年額1億円,会員施設提供義務は引き継がないとの条件で入札したこと,上記入札を行うに当たって,Dスポーツ及びJ銀行において,設備営業権等の鑑定評価をしておらず,また,最低入札価格を提示もしなかったこと,O会計士は,Dスポーツの再生手続開始後,N監督委員から,Dスポーツの業務の経過,財産の状況及びHスポーツに営業譲渡を行う再生計画案について調査を命じられ,Dスポーツの事業は設立以来9期連続赤字であり,平成13年3月末時点で,既に21億円を超える累積損失を抱えている状況であるから,超過収益力を前提とした営業権は存在せず,また,Dスポーツは,事業場所から退出を余儀なくされていることから,建物附属設備として移転不可能な状況で設置されている資産について,処分価値を超えることが営業譲渡における評価額の最低限の水準といえるのであり,Hスポーツが提示した2億円の営業譲渡価格は,合理的な水準と考えられるとする調査報告書を提出したこと,N監督委員は,再生裁判所に対し,Dスポーツが提出した再生計画案について,適正と評価できるとする意見書を提出し,再生裁判所において,再生計画案が認可決定され,同決定は確定したことが認められる。

(イ) 上記によれば,営業譲渡価格については,スポーツクラブ運営会社大手5社の間で入札を行い,その中で最も高額の入札を行ったHスポーツが申し出た価格でHスポーツに営業譲渡することを決定し,同決定については,監督委員から調査を命じられた会計士によっても合理的な水準であるとされ,監督委員によっても適正と評価できるとの意見が述べられたのであり,被告らが行った営業譲渡価格の決定方法は合理的な措置であると認められ,これを違法とする特段の事情があるとは認められない。

(ウ) 原告らは,事前に鑑定評価を行わず,最低入札価格を提示しなかったことについて批判するところ,原告らの指摘する方法も営業譲渡価格決定の一つの方法であるが,これを行わなかったことをもって違法とする特段の事情があるとすることはできない。

また,原告らは,Eについて,適正に評価していれば,少なくとも内装は13億円,什器備品は2400万円,借家権価格は3億2000万円から7億2000万円の価値はあったのであり,再取得価格方式で算定すると,約27億円,資産価格方式で算定すると13億2500万円から22億円の価値があったのにかかわらず,被告らは,これを2億円で売却したと主張する。

しかしながら,前記2(2)アイウエの各事実及び証拠(乙1,8,32,33,被告C本人)によれば,Dスポーツは,設立以来9期連続で損失を計上しており,F生命からの借入金の弁済の猶予を受けたり,本件建物の賃料の減額をしてもらうなどの支援を受けながらも,平成13年4月時点において,約22億円の債務超過であり,平成12年度においても8000万円の赤字であったこと,平成13年3月末時点の会員数は1091名にとどまり,会員数が営業開始以来損益分岐点に満たない状態にあったこと,F生命が更生手続に入り,また,Dスポーツの営業譲渡がされるとEについてはF生命からの支援は当然のことながら期待できない状況にあったことが認められるのであり,これらのDスポーツにおける従前のEの営業状況を考えると,仮に,内装,什器備品,借家権価格が,原告ら主張のとおりの価格であったとしても,営業譲渡の適正価格が原告ら主張の金額であったとは認められないのであり,加えて,前記のとおり,スポーツクラブ運営会社大手5社の間での入札の結果,設備営業権については0円あるいは算出不能と評価する企業もあったことなどの事情を考慮すると,2億円の営業譲渡価格の設定について,これを違法とする特段の事情があるということはできない。

(エ) 以上によれば,営業譲渡の価格決定方法についての原告らの主張は理由がない。

エ 説明義務,周知義務について

(ア) 前記アからウに判示したとおり,営業譲渡先の選定方法並びに営業譲渡の条件及び営業譲渡の価格決定方法に関する被告らの行為について,被告らが特定の債権者の利益を図り,あるいは,特定の債権者の利益を害する目的をもって,営業譲渡先を選定し,営業譲渡の条件及び価格を決定したなど,被告らの行為を違法とするに足りる特段の事情が認められず,前記のとおり,再生裁判所において,再生計画案が認可決定され,同決定は確定しているから,再生手続における被告らの説明義務違反及び周知義務違反に関してこれを独自に取り上げて違法性を論ずる余地はないというべきである。

(イ) なお,付言するに,証拠によれば,以下の事実が認められ,これらの事実によれば,被告らは,再生債権者であり,Eの会員である原告らに対し,十分説明を行っていると認められるから,被告らに説明義務違反及び周知義務違反があったとすることもできない。

a Dスポーツは,被告B名義で,Eの会員に対し,平成13年5月17日,Dスポーツについて,再生手続開始の申立てを行い,再生裁判所に受理されたこと,今後進められる再生手続の流れについて説明するとともに,Dスポーツの営業は譲渡することになるが,現在国内有数のスポーツクラブを始めとして複数の譲受け希望があり交渉中であることを報告した(甲9,乙18)。

b Dスポーツは,被告B名義で,会員に対し,同月31日,Dスポーツについて,再生手続が開始されたことを報告した(乙19)。

c Dスポーツは,被告B名義で,会員に対し,同年6月14日,候補者との間で営業譲渡の交渉を進めていること,会員からの意見を聞くために,同月20日及び同年7月12日に懇談会を行うことを通知をした(乙20)。

d 被告らは,同月20日に開催された会員との懇談会において,Hスポーツからは,インサイダー情報との関連で,会員に対して営業譲渡先として名前を出すことの許可が得られなかったので,会員に対し,営業譲渡先の名前は公開せずに、営業譲渡先との基本合意に至ったという限度で報告をした(乙32,33,被告B本人,被告C本人)。

e Dスポーツは,被告B名義で,会員に対し,同年7月6日,Hスポーツとの間で営業譲渡の基本合意に至ったことを報告し,併せて,同月12日に,2回にわたり会員懇談会を行うことを通知した(甲12,乙21)。

f DスポーツとHスポーツは,同月12日,会員懇談会において,営業譲渡に関する基本合意を締結したことを報告し,新しい会員システムについて説明した(甲13,乙22,33)。

g Dスポーツは,被告らの名義で,会員に対し,同月23日,同月12日の会員懇談会で,Hスポーツと営業譲渡について基本合意に達し,今後のスケジュールについて説明したこと,Hスポーツの新会員システムについて説明したことを通知した(乙23)。

h Dスポーツは,被告らの名義で,再生債権者及び会員に対し,同年8月13日,Hスポーツとの交渉の経過や再生計画案提出後の流れについて説明し,現時点ではHスポーツへの営業譲渡が最良の条件であり,これに基づく再生計画案が認可されないと破産に移行するおそれがあるとする説明を送付した(甲137,乙24)。

i Dスポーツは,被告らの名義で,再生債権者に対し,同年9月4日,一部の債権者から提出されたI不動産を相手方として営業譲渡をするという再生計画案は,債権者集会において決議されることはないことを知らせる通知をした(甲138)。

j Dスポーツは,被告らの名義で,再生債権者及び会員に対し,同月10日,皆様からのご質問に関するQ&Aと題して,続ける会が提出した再生計画案の取扱い等について説明した書面を送付した(乙27)。

(ウ) よって,説明義務違反,周知義務違反をいう原告らの主張は理由がない。

(3)  以上によれば,営業譲渡先の選定方法等における違法をいう原告らの主張は理由がない。

4  争点(4)(会員名簿及び会員電話番号の閲覧拒否)について

(1)  原告らは,被告らが,債権者集会における投票を有利に進めるために,会員の団結を阻止することを目的として,会員名簿及び会員電話番号の開示を拒否したのであり,公平義務に違反すると主張する。

この点は,前記2,3に判示した再生手続開始の申立ての違法及び営業譲渡先の選定方法等における違法とは異なり,再生計画案の認可決定にかかわる事柄とは別個の被告らのとった行動の違法性をいうものであるから,以下においてその当否について検討を加える。

(2)  前記第3,1(2)の各事実及び証拠によれば,以下の事実が認められる。

ア 平成6年当時のEの会則には,その6条において,「会員名簿は,本クラブ開業後2年以内に作成し,本クラブ内に備え置き,会員の閲覧に供するものとします。」との規定があり,平成8年当時の同会則には,同条において,「会員名簿は,本クラブ内に備え置き,会員の閲覧に供するものとします。」との規定がある(甲4,173)。

イ 原告A1は,Eの受付において,会員について顔写真が貼ってあり,住所の書いてある書類を2度ほど見たことがあった(甲158,被告C本人)。

ウ 原告A1は,被告らに対し,平成13年5月21日及び同月25日,Eの会員名簿を閲覧謄写させるよう請求した。被告Cは,原告A1の請求を受けて,Dスポーツにおいては,これまで会員名簿の閲覧請求がされたことはなく,会則に定めがある会員名簿を作成していないことを確認したが,会則上,会員名簿の閲覧に応ずる義務があるので,Dスポーツに指示をして会員名簿を作成することとしたものの,会員のプライバシーの保護を考え,会員名簿には会員の氏名のみを記載し,同日,原告A1に対し,会員名のみが記載された名簿を交付した(甲14,15,158,乙33,被告C本人)。

エ 原告A1は,東京地方裁判所に対し,同年6月13日,Dスポーツを相手方として,会員の住所も記載されたEの会員名簿閲覧の仮処分命令を申し立てた(前記第3,1(2)キ)。

オ 原告A1とDスポーツは,同年7月2日,前記エの仮処分命令申立事件について,Dスポーツは,同月6日午前中までに発送する全会員に対する通知に,1回に限り,原告A1が準備する「E会員連絡会(仮称)の呼びかけ」と題する書面を各1部同封することを骨子とし,上記仮処分に関する紛争が円満に解決したことを確認する訴訟上の和解をした(前記第3,1(2)ケ)。

カ 続ける会は,被告Cに対し,同月30日,住所も記載されたEの会員名簿を開示するよう要求し,被告Cは,続ける会の入会希望者が100名以上いることなど,続ける会が,相当数の会員の意見を代表しているとみることができることにかんがみ,プライバシーの問題はあるとしても,住所の開示に応ずるのが妥当であると考え,会員の住所氏名を印字したタックシールを交付し,被告Bは,その後も,続ける会から請求がある都度,タックシールを交付し,その合計回数は10回以上に上った(甲158,乙32,33,被告B本人,被告C本人)。

キ 続ける会は,被告Cに対し,同年9月11日及び同月20日,Eの会員の電話番号を開示するよう要求したが,被告Cは,電話番号まで開示すると,プライバシーの侵害の度合いが高いとして,これを拒否した(甲129,130,乙32,33,被告B本人,被告C本人)。

(3)ア  前記(2)アによれば,平成13年当時のEの会則には,会員名簿を備え置き,会員の閲覧に供するとの規定があるのであるから,Dスポーツにおいて,会員名簿を備え置き,会員から請求があれば,会員名簿を閲覧させる義務を負っていたということができる。

前記(2)イによれば,原告A1は,Eの受付において,会員の顔写真が貼ってあり,住所の書いてある書類を2度ほど見たことがあったことが認められるが,前記(2)ウの事実及び証拠(乙33,被告C本人)によれば,Dスポーツにおいて,平成13年5月当時会員閲覧用の名簿は作成しておらず,原告A1が見た書類は,レセプション管理用のものであったことが認められ,そして,前記(2)ウによれば,Dスポーツは,原告A1の請求が行われた後,速やかに会員名簿を作成し,これを原告A1に交付したのであるから,Dスポーツにおいて,会則で定められていた会員名簿を作成していなかったことをもって,被告らが不法行為責任を負うべき違法があったと解することはできない。

イ(ア)  次に,原告A1には,会員の氏名のみを記載した会員名簿を作成して交付し,続ける会からの要求があって初めて会員の住所をも記載した会員名簿を交付したこと,会員の電話番号については開示を拒否したことの違法性について検討する。

(イ) 前記のとおり,Eの会則には,会員名簿を備え置き,会員の閲覧に供するとの規定があり,証拠(甲158,165ないし168,原告A6本人)によれば,会員の氏名のみならず,住所及び電話番号並びに勤務先の住所及び電話番号を記載しているゴルフクラブの会員名簿があること,株式会社Rスポーツが営業していたSクラブ閉鎖の際には,スポーツクラブにおいて,会員に対し,住所,電話番号及び勤務先を記載した会員名簿を開示していたことが認められる。

(ウ) しかしながら,証拠(甲4,173,乙32,33,原告A4本人,被告B本人,被告C本人)によれば,Eの会則には,会員名簿を備え置き,会員の閲覧に供するとの規定があるが,会則上会員名簿にどのような内容を記載するかを定めた規定はないこと,会員の中には,続ける会から再生計画案をめぐる投票等に関して多数の電話がかかり,これを迷惑に思っていた者もいることが認められ,加えて,最近におけるプライバシーの保護の重要性をも踏まえると,(イ)に認定した会員の住所及び電話番号並びに勤務先の住所及び電話番号を記載しているゴルフクラブの会員名簿があること等を考慮しても,Eの会員名簿に会員の住所及び電話番号が当然に記載されるべきものと考えることはできないし,Eの会員が同会則を承知の上で会員になったとしても,会員が住所及び電話番号についてのプライバシーを放棄したものとも認められない。

しかも,証拠(甲4,173)によれば,Eの会則3条には,Eの目的として,「会員相互の親睦を図り,かつ品位あるクラブライフを過ごすこと」が規定されていることが認められ,会員名簿の備置き及び会員に対する閲覧は,その目的を達するためのものであると理解されるところ,証拠(甲26,36,105,110,131,135,158,180,被告A6本人)によれば,原告A1及び続ける会が,被告らに対し,会員名簿の閲覧及び交付を請求したのは,続ける会の活動に賛同する会員を募ることや再生手続における債権者集会においてHスポーツに対し営業譲渡を行う内容の再生計画案に反対することを会員に働きかけることを目的としたものであったことが認められ,これらの目的は,会則が定めた会員名簿の備置き及び閲覧の趣旨に沿わないものであったと認められる。

(エ) 以上の検討によると,被告らが,原告A1一人が請求してきた時点では,会員の氏名だけが記載された会員名簿の交付にとどめ,続ける会が会員名簿の開示を要求した時点で,会員の住所氏名を印字したタックシールを交付したのは,会員のプライバシーの保護を図るという観点と続ける会のメンバーが100名以上になり,会員の一定の割合の意見を代弁する組織としての体裁を整えたという事情を総合考慮したものであると理解できるのであって,被告らのとったこれらの措置が不合理であるとは認められず,これを違法であるということはできないし,また,電話番号の開示については,プライバシーの保護の観点から最後まで応じることができないとした判断を不合理であったということもできず,結局被告らの行為に,不法行為責任を負うべき違法性があるということはできない。

(オ) なお,原告らは,Dスポーツだけが会員の電話番号を把握しており,会員に電話で再生計画案に賛成票を投じるように働きかけていたのは,公平義務に違反すると主張し,証拠(乙32,33,被告B本人,被告C本人)によれば,Dスポーツは,自らの提出した再生計画案に賛成票を投じてくれるように会員に説明するため,会員に電話をかけた上で訪問して説明していたことが認められるが,会員を募集したDスポーツが会員の氏名のみならず,住所及び電話番号を把握していたことと,会員のプライバシーにかかわる住所及び電話番号を他の会員に開示することとは別次元の問題であるから,原告らの上記主張は,採用できない。

(4)  以上によれば,会員名簿の開示及び電話番号の開示についての原告らの主張は理由がない。

5  争点(5)(再入札)について

(1)  原告らは,被告Cは,原告A5,同A4及び同A6に対し,平成13年8月3日,内心ではそのつもりがないのに,「Hスポーツ以上のところが出てくればHスポーツとの話は白紙還元いたします。そして,再入札をいたします。その場合再生計画の提出期限を1,2週間程度ずらせるようやってみます。」と発言し,Hスポーツへの営業譲渡に反対する原告らと駆け引きをし,不利な状況に陥れるために虚偽の発言をしたこと,仮に,被告の発言が虚偽でなかったとすると,I不動産から契約手続に入りたいとの意思表示があったのであるから,被告らには,再入札をするか,I不動産を営業譲受先とする再生計画案を提出する義務があったのにこれを怠ったことを主張するところ,原告のこれらの主張は,被告らの言動の違法性を問題とするものであるから,以下においてその当否について検討を加える。

(2)ア  原告A4本人は,被告Cが,平成13年8月3日,「Hスポーツ以上の先があれば,Hスポーツとの基本合意も反故にし,再入札・再検討もする。」との発言をしたと陳述(甲131)ないし供述し,さらに,「Hスポーツ以上」ということに関して,I不動産が提案した条件は,Eの施設を変更しない,会員数を2000人から2200人にする,I不動産のブランドで,会員にとって印象が良く安心できることからして,すべての点においてHスポーツ以上の提案であったと供述している。また,原告A6本人も,被告Cに対し,同日,Hスポーツに対する2億円での営業譲渡は安すぎると追及している際に,被告Cは,「Hスポーツの条件と同等以上のところが出てきたらHスポーツとの話は白紙に戻して,その話を検討します。」と言ったと陳述(甲160)ないし供述し,さらに,会員にとってEの運営の形態が一番重要であり,「Hスポーツ以上」の条件とは,現在の会員を運営形態及び設備について現状有姿のままに引き継いでくれることを意味すると供述している。

イ  他方,被告C本人は,同年7月30日,続ける会のメンバーから,Eについて,5億でも10億でもあるいはそれ以上でも買うという買い手をすぐに見つけてくることができると言われ,同年8月1日に,たまたま原告A4と会った際,同人から,Eの営業譲渡の対価について,2億では安すぎる,3億でも5億でも出るし,10億まで出るかもしれないと言われたし,同月3日には,原告A5,同A4及び同A6から,営業譲渡代金についてHスポーツを上回る条件を提示する買い手を見つけてきたら検討してくれるか,と再三質問され,原告A4らは,Eを非常に高く評価し,同じように高く評価する買い手がいるはずであると話していたので,被告Cとしても,そのような買い手が現れてHスポーツの提示額を上回る営業譲渡対価が提示され,Hスポーツとの関係で契約締結上の過失などの損害賠償をしたとしても配当に回せる原資が増えるのであれば,債権者全体の利益となるから,検討する必要があるが,再生計画案の提出期限が同月23日と定められている中で,Hスポーツよりも高い営業譲渡対価を提示する買い手が現れる保証もない状態で,Hスポーツとの交渉を中断することもできないと考え,Hスポーツを上回る条件を提示する買い手が現れれば再検討の余地はあるが,再生債務者として,同月23日までに再生計画案を提出する必要があると回答し,さらに,再生債権者自身でも再生計画案を提出することを検討してはどうかと話はしたが,Hスポーツとの話を白紙撤回するとの発言はしていないと陳述(乙33)ないし供述している。

ウ  原告A4本人及び同A6本人の各陳述ないし供述内容と被告Cの陳述ないし供述内容とで異なる点は,第1に「Hスポーツ以上」の発言の意味するところが,営業譲渡代金のことをいうのか,施設,会員数,営業譲渡先のネームバリュー等を含めたことをいうのかという点と第2にHスポーツとの基本合意の反古,あるいは白紙撤回か,再検討かという点であるが,第1の点については,被告C本人の前記イ記載の供述のみならず,被告A6本人が,「価格が安いから再入札をすべきだ」「安すぎますから,Hスポーツ以上の条件のところが出てきたらどうされますかという質問をしました。」ところ,被告Cが,「Hスポーツとの話は白紙に戻して再検討します。」と答え,また,被告Cは,「その金額よりも高いところ,要するにC先生の言葉を借りれば,Hスポーツよりもいい条件があるところであれば白紙に戻して検討しますよ」と言ったと明確に供述していることを考えると,原告らの会員の思いはともあれ,被告CがHスポーツの提示額を上回る営業譲渡対価が提示されるとの趣旨で「Hスポーツ以上」との発言をしたことは明確である。

次に,第2の点は,両者の陳述及び供述内容に本質的な違いはなく,後記(4)に判示するとおり,本件においては,Hスポーツが提示した条件を上回る条件を提示した者が出てきたか否かが重要な点であると考えられる。

(3)ア  そこで,原告らは,被告Cが,Hスポーツへの営業譲渡に反対する原告らと駆け引きをし,不利な状況に陥れるために虚偽の発言に及んだと主張するので,この点を検討する。

イ  前記第3,1(2)クシスセの各事実及び証拠(甲26,118,131,乙11,32,33,原告A4本人,被告B本人,被告C本人)によれば,原告A4は,平成13年8月7日,Dスポーツの営業譲受の希望者であるとしてIスポーツの役員を伴ってEを訪れ,施設の見学を希望したので,被告Bは,これに応じて,給水,給湯,空調施設等を含めたEの諸設備を説明するとともに見学させたこと,被告らは,同日,Iスポーツから営業譲受の検討のための資料の提供の要請を受けて,Hスポーツの了解をとった上で,同月8日,Iスポーツとの間に秘密保持契約を締結し,既に行った入札の条件を伝え,営業譲渡についての資料一切を交付したところ,その後,Iスポーツから追加資料の提供の要求はなく,さらに,同月11日,Iスポーツの再度の施設の調査にも応じたこと,一方,被告Cは,Hスポーツとの間に,同年6月19日に締結した基本合意に基づき,同年8月3日までに営業譲渡契約を締結する予定で交渉を進めていたが,続ける会から営業譲渡後の施設の変更について最小限にとどめることやHスポーツとの契約締結中止などの要求を受けて,上記契約締結日を同月16日に延期し,同月2日には大阪まで行き,さらに有利な条件を引き出すべくHスポーツとの交渉を行ったこと,被告Cは,続ける会から再生計画案の提出期限の延長の要請を受けて,N監督委員と相談の上,再生裁判所に対し,同期限の延長を申し入れ,原告A5からの申し出に応じて,同月8日,同原告とN監督委員の面談を設定したこと,被告らは,続ける会から,DスポーツとしてIスポーツに対し,営業譲受条件の検討依頼を出してほしいとの要望を受けて,Hスポーツと交渉を行い同社の了解をとった上で,同月14日,被告Bの名義で,Iスポーツに対し,続ける会が同社に対し,Eの営業譲受等の検討を依頼していることをDスポーツは了解している旨の文書を交付したこと,被告Cは,同月15日,Iスポーツの社長に対し,I不動産における営業譲受の意思について直接確認していることが認められる。

ウ  以上の事実によれば,被告らは,Hスポーツとの間に基本合意を締結していたにもかかわらず,続ける会が営業譲受希望者として連れてきたI不動産ないしIスポーツからの申出や続ける会のIスポーツに対する文書の交付要求などについて,Hスポーツと交渉を行った上で応じていたし,続ける会の再生計画案の提出期限の延期要請,営業譲渡後の施設の変更についての要求についても,再生裁判所及びHスポーツとの間に交渉を行って対応してきたのであり,これらによれば,被告Cが原告らに対し,Hスポーツへの営業譲渡に反対する原告らと駆け引きをし,不利な状況に陥れるために虚偽の発言に及んだとは認められない。

エ  原告らは,被告Cが,上記の発言をしながら,平成13年8月16日に,Hスポーツとの間に営業譲渡契約を締結したことを取り上げ,同被告は,内心ではそのつもりがないのに原告らと駆け引きをし,不利な状況に陥れるために虚偽の発言をしたことの根拠としているが,証拠(甲131,137,158,乙33,被告C本人)によれば,再生計画案の提出期限が同月23日と定められ,その期限の延期も再生裁判所に認められず,I不動産ないしIスポーツから営業譲受にかかる具体的な条件の提案もない状況の下で,同月3日の契約締結日を延期したHスポーツとの営業譲渡契約が締結されないと,再生債務者において再生計画案の提出もできず,再生裁判所により再生手続が廃止され,破産手続に移行するというおそれもある状況の中で,Hスポーツとの営業譲渡契約を締結するに至ったことが認められるのであり,かかる事情によれば,同月16日のHスポーツとの営業譲渡契約の締結をもって,被告Cの発言が虚偽であることの根拠とすることはできないというべきであるし,他に,原告らの主張を裏付けるに足りる証拠はない。

(4)ア  次に,I不動産において,Hスポーツが提示した条件を上回る条件を提示したといえるか否かについて検討する。

イ  前記第3,1(2)シスソテトニの各事実及び及び証拠(甲170,180,乙10,11,33,原告A6本人,原告A4本人,被告C本人)によれば,続ける会は,被告Cに対し,同年7月30日に,2億円の営業譲渡代金はあまりに安すぎ,もう少し広く探せば,2億円以上を提示する会社は間違いなく存在するはずであると主張し,同会の運動目標として,Hスポーツとの営業譲渡契約の白紙還元をし,再入札をすることを挙げていたこと,原告A4は,被告らに対し,同年8月1日,Eについて,3億,5億あるいは10億で買うところを探してくることができると言ったこと,続ける会は,これらの主張及び発言を受けて,I不動産をDスポーツの営業を譲り受ける希望者として連れてきたこと,一方,Iスポーツは,同月15日,被告らの意思確認に対し,I不動産は,再生計画案において,営業の譲受先となる前提では検討していないと述べたこと,Iスポーツは,続ける会に対し,同月17日,I不動産において,Eの営業譲渡を受けることに関心があるが,Dスポーツが,Hスポーツを相手として進めている話と対立又は競争的な営業譲渡を提案することは意図しておらず,そのような事態になるおそれが生じたときには,営業譲渡の検討は打ち切る場合もあること,I不動産が営業譲渡を受ける場合の対価はHスポーツと同一の条件であることとの書面を交付したこと,続ける会は,再生裁判所に対し,同月23日,営業譲渡先をI不動産とする外,Dスポーツの再生計画案と同一の再生計画案を提出したこと,N監督委員は,同月24日,再生裁判所の命を受けて,I不動産及びIスポーツに対し,Eの営業を譲り受ける意思の確認を行ったところ,HスポーツがEの営業譲受の意思表示を撤回すること,譲受けの可否の調査検討に必要な時間が確保されることの条件が満たされていないので,Eの営業を譲り受ける意思を有していないし,続ける会が提出した再生計画案が決議に付されることを望まないと表明したことが認められる。

ウ  以上の事実によれば,I不動産は,再生手続において,営業譲渡先として名乗りを上げる意思すら有しておらず,また,営業譲渡を受ける価格についてHスポーツを上回る条件を提示していなかったと認められ,他に,I不動産においてHスポーツの営業譲渡価格を上回る条件で買い受けの意思を有していたことを認めるに足りる証拠はない。

そうすると,被告Cの平成13年8月3日の原告A5,同A4及び同A6に対する発言が,Hスポーツとの基本合意の反古,あるいは白紙に戻すということであれ,再検討ということであれ,それらを行う条件が満たされていないので,被告Cに原告ら主張の義務違反があったということはできない。

(5)  よって,この点についての原告らの主張も理由がない。

6  争点(6)(議決票の勧誘方法)について

(1)  原告らは,被告らが,再生裁判所が債権者に対し,債権者集会期日通知書を送付するに当たり,自己に有利な書類を同封し,被告らに送付された議決票のうち,反対票については回収を拒否し,続ける会からの返還要求にも応じないなど,不公平な議決票勧誘を行ったと主張する。

(2)  しかしながら,原告ら主張の債権者に対する通知方法及び債権者集会の議決票の取扱いに関する事柄は,いずれもDスポーツに対する再生手続における手続事項にかかわる問題であり,前記1(2)イ認定のとおり,再生計画案が,債権者集会で可決され,再生裁判所から認可決定を受け,同決定に対する即時抗告が棄却されて同決定が確定した以上,上記事項について違法と認めることはできないと解せられる。

(3)  なお,付言するに,前記第3,1(2)ハの事実及び証拠(甲37ないし40,117,乙31)によれば,原告A1ら再生債権者は,東京高等裁判所に対する即時抗告の理由の中で,裁判所が,公用封筒の中に再生債務者であるDスポーツの議決票勧誘書類及び全く債権者集会における議事と関係のない書類の同封を認めたこと,裁判所は,債権者集会期日通知書の発送,議決票の返送の受領及び収集をすべて再生債務者であるDスポーツに丸投げしたことの違法についても主張していたが,東京高等裁判所は,これらの主張をいずれも理由がないとしたことが認められる。

また,証拠(甲147,乙32,被告B本人)及び弁論の全趣旨によれば,被告らは,続ける会からの被告らに送付された反対票の返還要求に対しては,本人の意思確認をした上で,続ける会に返還してよいということであれば,そのように対応していたことが認められ,かかる被告の対応は,合理的であるということができるし,本件全証拠によるも,被告らに送付された議決票のうち,反対票については回収を拒否した事実を認めることはできない。

以上によれば,上記の観点からしても,被告らの行為は,何ら違法ではなかったと認められる。

(4)  よって,この点に関する原告らの主張も理由がない。

7  以上によれば,その余の争点について判断するまでもなく,原告らの請求はいずれも理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 前田順司 裁判官 浅井憲 裁判官 荒谷謙介)

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