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東京地方裁判所 平成13年(ワ)16358号 判決 2002年9月30日

原告

山本一夫

訴訟代理人弁護士

荻野明一

被告

目黒電機製造株式会社

代表者代表取締役

村野井真弥

訴訟代理人弁護士

秋山昭八

泉義孝

主文

一  原告が被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告は原告に対し、四五八万七一四〇円及び平成一四年七月から本案確定に至るまで毎月二五日限り三六万九四〇〇円を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを一二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

五  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

1  主文第一項と同旨

2  被告は原告に対し、八八万八一四〇円及び平成一三年八月から本案確定に至るまで毎月二五日限り三六万九四〇〇円を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告に対し、平成一三年六月八日付け懲戒解雇(以下「本件懲戒解雇」という)は無効であるとして、労働契約上の権利を有する地位の確認と解雇日の翌日である同月九日以降本案判決確定日までの賃金(平成一三年六月分の未払分一五万四三四〇円、同年七月以降各月分三六万九四〇〇円、同年度の夏季賞与三六万四四〇〇円)の支払を求めた事案である。

1  前提となる事実(証拠によって認定した事実は末尾に証拠を示した。証拠の記載のない事実は当事者間に争いがない)

(1)  当事者等

ア 被告は、通信用電気機械器具、工作機械、工具並びに磁気測定器等の製造及び販売等を業とする株式会社で、主たる取引はNTT(旧電電公社)への保安器等の納入であり、本社のほか、福島県会津若松市に工場を有している(以下「会津若松の工場」ともいう)。

平成一二年一一月当時、被告の従業員数は六四名であり、代表取締役は村野井真弥であり(以下「村野井社長」という)、常務取締役は大江保明である(以下「大江常務」という)。

被告の売上げの商品構成は、平成一三年当時、NTT向け保安器、ワイヤプロテクタ、ガード等の製品(以下「ワイヤプロテクタ等」という)が四一・八%、CATV用保安器、アレスタ、その他(支線ガード等)の製品(以下「アレスタ等」という)が五八・二%であった。

なお、ワイヤプロテクタ等のNTT向け商品は、同業者組合より受注が入るため営業活動をあまり必要としない商品であり、アレスタ等は営業活動により受注が初めて入る商品であった。

イ 原告は、昭和三〇年一一月二六日生まれの男性であり、早稲田大学政治経済学部卒業後、数社で総務係の仕事(人事・給与管理、社員教育、社内規程の整備、什器備品管理、広報、銀行取引業務等)を担当した職歴を有している。

また、原告は、平成元年、財団法人全国法人会総連合会の総務管理士の資格を取得した。

(2)  労働契約の締結等

ア 原告は、平成八年四月、総務課管理職として、月額給与三三万四八〇〇円(基本給二六万四八〇〇円、資格手当三万円、役職手当三万五〇〇〇円、家族手当五〇〇〇円)の約定で期限の定めなく被告に採用され(以下「本件労働契約」という)、三か月の試用期間の後、本採用となった。

原告の給与等の支払条件は、毎月の給与については毎月一五日締めの二五日払いであり、賞与については年二回(七月と一二月)であった。

また、原告の平成一三年五月の月額給与は三六万九四〇〇円(家族手当を含む)であり、また平成一二年度の夏季賞与は三六万四四〇〇円(月額給与から家族手当を控除した額)であった。

イ 原告は、本件労働契約締結時以降平成一三年四月一日まで、総務課係長又は管理課係長として、被告の業務に従事してきた。

被告における原告の直接の上司は、平成一二年一〇月以降は、大江常務であった。

(3)  本件懲戒解雇に至る経緯

ア 被告は、平成一三年四月二日付けで、原告に対し、本社統括部営業課(以下「営業課」という)係長に配置転換する旨の命令を発した(以下「本件配転命令」という)が、原告はこの命令に異議を留めて受諾しなかった。

被告は、同月三日及び同月二〇日に、原告に対し、本件配転命令に従うことを求める旨の業務命令を発したが、原告はこれらの業務命令に従うことも拒否した。

イ 被告は、原告に対し、同年五月一五日付けで、同月二一日から同月二五日まで五日間の出勤停止(無給)と同月二八日までの始末書の提出を命じたが、原告は始末書の提出を拒否した。

そこで、被告は、同年六月八日、原告に対し、本件配転命令に従わなかったことを理由として、就業規則三一条四号に基づいて原告を懲戒解雇する旨の意思表示をした(本件懲戒解雇)。

ウ 被告は、同月二五日、原告に対し、同年五月一六日から同年六月八日までの給与として二〇万三六七〇円を、それぞれ原告名義の銀行口座に振り込む方法で支払った。

(4)  被告の就業規則

被告の就業規則(以下「就業規則」という)には、以下のような定めがある。

「第六条 業務上の都合により転勤(勤務事業所の変更)、又は配置転換(同一事業所内における職務の変更)を命ずることがある。

(中略)

第三一条 制裁はその状況により次の区分に従って行う。

(1)譴責 始末書を提出させ、将来を戒める。

(2)減給 始末書を提出させ、賃金の一部を減給し、将来を戒める。但し、減給の一回の額は平均賃金一日分の半額、又総額は月収の一〇分の一を越えることはない。

(3)出勤停止 始末書を提出させ、一〇日を限度として出勤を停止し、将来(入退場)を戒める。出勤停止期間は無給とする。

(4)懲戒解雇 前各項に該当し、処分を受けても改悛の情なく再度同様な違反行為を重ね、その情状がきわめて重いとき。その他、会社の信用、体面を著しく失墜する行為があったときは、懲戒解雇とする。

第三二条 社員が次の各号の一つに該当するときは、その情状により前条の規定による制裁を行う。

(中略)

(4)勤務態度勤務成績が著しく不良なとき。

(中略)

(6)正当な理由なく業務命令、指示命令に従わないとき。

(7)故意に業務の能率を低下させ又は業務遂行を妨げたとき。

(中略)

(14)注意が数度に及んでも、尚改心の見込みがないとき。

第三三条(1) 社員は会社の方針・諸規則・通達・上長の指示・命令を誠実に守り・自己の業務に専念し、互いに強力して作業能率の向上に努力するとともに、職場秩序の保持に努めなければならない。

(2) 上長は部下の人格を尊重するとともに、親切にこれを指導し、率先してその職務を遂行しなければならない。

(中略)

第三六条 給与は、基準内賃金(基本給、資格手当、家族手当、皆勤手当)と基準外賃金(時間外手当、休日労働手当、深夜手当)、臨時の給与(賞与、その他)とし、別に定める給与体系に従い、本人の能力、経験、作業内容を勘案して決定支給する。

(中略)

第四〇条 賞与は毎年七月、一二月の二回支払う。但し、会社の業務成績不振の場合はこの限りではない」

2  主たる争点

本件懲戒解雇の有効性(その前提である本件配転命令の有効性)

(被告の主張)

(1) 本件労働契約が職種限定契約でないこと

職種限定契約はアナウンサーや医師、看護婦など特殊な技術、技能、知識を必要とする職種の労働者を対象にするのが通常である。

原告は、求人募集広告などを根拠にして、本件労働契約が総務職種限定の労働契約であると主張しているけれども、求人募集広告の記載は雇用当初の職種を一応示すに止まるものであり将来とも職種を限定する趣旨のものと見ることは困難である。原告が採用面接時に総務全般の経験があることなどと語っていたとしてもそれは自己PRの域を出ないものであるばかりか、原告は総務職以外はやらないなどとは一切言明していないのである。

また、総務職は職種限定の必要がある職種であるとの認識は、原告についてはともかく、一般的なものとは言えない。さらに、就業規則上も配転を予定する条項があること(同規則六条)、被告において過去にも総務課から他部署に何人も配転されていること、被告が会社費用負担で原告に総務職種には属さない財務分析入門コースの通信講座を受講させていることなどに鑑みるならば、原告主張のような職種限定の労働契約ならば職種限定を契約にて明確に定めるのが通常であるが、原被告間の労働契約にはそのような明文の定めは一切ない。なお、原告は証言で前職の会社二社は総務限定の労働契約だった旨証言するが、それを裏付ける証拠は何ら提出されていない。

したがって、原被告間の労働契約は職種限定の契約ではないことは明白である。

(2) 本件配転命令が人事権の濫用ではないこと

ア 本件配転命令の必要性

被告の売上減少が続いていたこと、営業課員を平成一二年九月、一〇月と増員したものの売上回復が十分でなかったことなどから、平成一三年二月一六日被告取締役会で大江常務を工場長兼務から本社統括部管理課専任担当とし総務担当だった原告を同部営業課に異動させ、当時四名だった営業担当の従業員を五名へと増員して営業力強化を図り被告の経営立て直しを図る目的に出たものであり、労働力の適正配置、業務の能率増進を図るものである。

これに対し、原告は、NTT向け製品は営業活動を必要としないからNTT担当の営業課従業員を原告の代わりにNTT以外の営業活動に就けることは十分可能であるしその方が適材適所であり、本件配転命令は不必要であって不合理であると主張するが、NTT担当の営業課従業員はNTT担当の他押し出し成形の売り込みをも担当しており、押し出し成形の売り込みは新規顧客が多いため訪問販売が多く営業担当者一名ではテリトリーが限られ、他一名は会津工場所在のため東京以西のフォローがしにくい状況にあることから、原告を営業課へと異動させたものであるから、その主張は失当である。

また、内示段階で拒否された場合配置転換ができないということになれば、個人のわがままを放置することになり、ひいては組織全体の崩壊をもたらしかねず、企業組織としては、到底是認できるものではない。

イ 不当な動機・目的をもってされたものでないこと

原告は、本件配転命令が営業職の経験のない原告を配転することで村野井社長が原告を苛めて退職に導く目的・動機に基づくものと主張しているが、その証拠として提出したものは、同族会社のオーナー社長が単なる一係長に対してとる常識の範囲内での言動を誇張したものか、営業成績の不振者に対する通常の叱咤激励を苛めと称しているに過ぎないか、あるいは同族会社のオーナー社長によく見られる言動に対する漠然とした印象もしくは被告や村野井社長に対する個人的恨みから記載されたものであり、客観性、信用性に欠け、本件配転命令が不当な目的・動機によるとの証明には到底なりえない。

その他本件配転命令が不当な目的・動機に基づくとの客観的証拠は一切なく、原告が単に経験がなく自信を持てない営業課への異動を嫌い、本件配転命令を拒否する口実として、本件配転命令が不当な目的・動機に基づくものとの主張をしているに過ぎない。

ウ 原告への不利益が通常甘受すべきものであること

営業職は総務職と同じく事務職であり、特段の技能を要するものではなく、しかも転勤を伴うものではないから、本件配転命令による配転に伴う不利益はないか、あっても通常甘受すべきものである(むしろ、営業職の経験は原告のキャリア向上に資するものである)。

エ 被告の原告への説明義務違反について

本件労働契約は職種限定の労働契約ではないから本件配転に当たり原告の同意はもとより不必要であり、原告が本件訴訟で主張しているような説明を行う法的義務はない。

被告としては、本件配転に当たって通常必要とされている説明は十分果たしており、仮に労働契約上の信義則に基づく説明義務があるとしても、被告には前記説明義務違反すなわち本件労働契約違反が存在しないことは明白である。

オ まとめ

以上のとおり、本件配転命令は、業務上の必要性が存し、また、当該配転がほかの不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは当該従業員に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情は存しないから、人事権の濫用であるということはできないというべきである。

(3) 本件懲戒解雇の有効性

このように、本件労働契約は職種限定契約ではないし、本件配転命令にも人事権の濫用はないから、本件配転命令は有効であり、被告は原告に本件配転命令に従って業務に就くよう業務命令も発出したところ、原告はこれらに従わなかったのであるから、就業規則三二条四号、六号、七号、一四号に該当する。

そして、被告は原告に対し、従前の譴責処分に続き、無給・出勤停止の処分をして原告に反省を求めたのであるが、これに原告が応じなかったために本件懲戒解雇に至ったのである。

したがって、原告について、就業規則三一条四号に該当する事由が存するとして行なった本件懲戒解雇は有効というべきである。

(原告の主張)

(1) 本件労働契約が職種限定契約であったこと

被告の内外に対する募集態様、これに対する原告の応募態度、被告の原告の採用過程、同採用は、原告のキャリアと意欲を最重視して即戦力を雇おうとする、いわゆる中途採用であった。また、採用後の原告の勤務状況等のいずれの事情を見ても、「総務職」に絞って原告を採用し、両者間で労働契約が締結されたものである。そして、他の職種に異動する可能性があるなどということは、予めどこにも一言も触れられていない。これらのことからすると、本件労働契約が職種限定(総務職限定)であったことは明白である。

なお、一般に職種を限定した労働契約の成立は、医師やアナウンサーなど労働者が特殊の技術、資格を有する場合に認められることが多いが、本件のような総務職についても、企業の組織作りから始まり、人事、給与、内規の整備、研修といった人並み以上の知識と経験を要する職種であることから、総務職に限定した雇用契約の成立は、これを十分に認めることができる。

また、被告は、原告に対する本件配転命令の根拠を就業規則六条に求めるようであるが、前記のとおり総務職に絞って採用された原告に対して、少なくとも原告の同意なしには、同規定は適用されないものというべきである。

(2) 本件配転命令が人事権の濫用であること

ア 業務上の必要性の存しないこと

本件配転命令の業務上の必要性について被告が原告に説明したところは、「常務が工場長兼任でなくなるため、総務は一人でできる」ということと、「間接部門の効率化と必要部門への人材投入」ということに尽きる。

しかし、被告の商品の売上高は、平成九年をピークに年々下がってきているが、平成一二年九月まで三名の営業担当従業員のまま増やすことなくきている。被告は、売上の低下を、営業担当従業員を増やすことでカバーできるとは考えなかったのである。現に、営業職一人当たりの売上高は三億円強と過去最高であった。その後被告は、平成一二年九月と一〇月に各一名ずつ計二名と営業担当従業員を増やして合計五名としたが、一人当たりの売上高は急落した。このような状況において、営業に不慣れで、しかも「その勤務態度が良好でなかった」とか、「社会性に欠ける」と評している原告をさらに営業に投入する合理性、必要性はない。

被告は、原告を懲戒解雇に処した後、新しく営業課人員を増やしていないのであり、平成一三年四月当時被告には営業課人員を増やす必要はなかったことを意味する。また、被告は、平成一二年一〇月に大幅な組織変更を行なっているが、通常少なくとも次期会計期間においてその効果が上がったかどうかをみて、その上で次の手段を考えるのが合理的な企業運営であるところ、大幅な組織変更から僅か半年足らずの、この組織変更による効果のはっきりしないうちに、大江常務を工場長兼務から外したり、原告を営業課へ移そうとしたのであって、合理的な説明のできない人事異動である(これらの理由を説明した被告代表者の供述は矛盾している)。

さらに、原告は、平成一三年三月に異動の内示を受けた段階で、異議を留めており、それでもなおかつ被告は人事異動を強行したのであるが、平成一二年春の人事異動においては、一旦取締役会で決定された異動が撤回されたという経緯もあり、被告もそれまでは当人の強い反対を無視してまで人事異動を強行しなかったのであるのに、何故に原告に対する異動は強行しようとしたのかの理由は依然として不明である。

結局、本件配転命令について業務上の必要性が存しないことは明らかである(後記イのとおり、他の不当な動機・目的のためになされたものだからである)。

イ 不当な動機目的によるものであること

本件配転命令の真の動機・目的は、原告を不慣れで苦手な営業課に就かせることにより、被告代表者がそれまで以上に被告を苛め抜いて、原告を自主退職に追いやろうとすることにある。

このことは、原告がそれまでに被告代表者から受けてきた不合理な仕打ちおよび原告が被告の総務担当従業員として直接間接に見聞きしてきた他の従業員が被告代表者から受けた仕打ちからみて、十分に首肯できるものである。

ウ 原告の不利益が著しいこと

本件配転命令によって原告が被る不利益は、原告の人格に対する継続的な侵害行為を甘受するか、労働の場を失うことのいずれかであって、いずれも明らかに労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益である。

エ 説明義務違反

平成一二年春ころ、従業員の異動や転勤については、予め当該従業員と十分なコミュニケーションを図りその納得を得るよう慎重を期すことといった方針が打ち出された。ここにおいて、被告は、就業規則のような明文にはなっていないものの、労働契約に付随する信義則に基づき、従業員に対し配転にともなう説明義務を負ったというべきである。

しかし、被告は、本件配転命令を発するに当たり、予め原告と十分なコミュニケーションを図り、その納得を得るよう慎重を期すための方策は何ら採らなかったうえ、原告から繰り返し理由の説明と話し合いを求めたにもかかわらず、被告は、何ら具体的で合理的な説明もしないまま同命令を強行し、これに異を唱えた原告に対し、業務命令違反として懲戒解雇に及んだものである。

本件配転命令にともなう説明義務の懈怠は、前記の原告と被告間の労働契約に付随する信義則上の義務の違反として、労働契約違反となる。

オ まとめ

以上のとおり、本件配転命令には、業務上の必要性が存しないだけでなく、原告をして、被告代表者が更に侮辱し苛め抜いて原告の人格権を侵害し易いところの、不慣れな営業職に追いやって、その挙げ句自主退職に追い込もうとする不当な動機・目的のもとになされたという、特段の事情があるというべきである。

したがって、本件配転命令は被告の権利の濫用であって、無効であるというべきである(民法一条三項)。

(3) 本件懲戒解雇が無効であること

このように、本件配転命令は、そもそも当事者間の職種限定労働契約に反するものであるし、当時の業務上の必要性が存しないこと、被告代表者の気に入らない者を排除するという他の不当な動機・目的のためだけのものであるといわねばならないから、人事権の濫用であって、無効であるというべきである。

したがって、被告が原告に対し本件配転命令に従って業務に就くよう命じた業務命令もその根拠を欠き、これらに従わなかったことをもって就業規則三二条四号、六号、七号、一四号に該当する事由とすることはできず、これに続く無給・出勤停止の処分、さらには本件懲戒解雇も、その前提を欠き、何らの合理的な理由に基づかないものであって、権利の濫用として無効であるというべきである。

第三当裁判所の判断

1  事実の認定

証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1)  原告の入社経緯

ア 被告は、平成八年一月当時、社外から総務管理職を中途採用することを検討し、転職雑誌「ビーイング」の同年二月一日発売号の事務系スペシャリスト特集に、「職種:総務管理職(係長クラス)一名、資格:高卒以上三五歳から四五歳、給与:二八万五〇〇〇円以上(資格手当二万円を含む)」との募集要項を掲載することを決め、その時すでに行なっていた第一勧業銀行への総務管理職の人材あっせん依頼の結果次第で実施することとしていた。

そして、被告は、同誌同年三月七日号に、「【職種】総務(管理職候補)」「【仕事内容】総務全般のマネージメント業務、特に会社の社員教育の立案と実行をメインの仕事としてお願いします」「【資格】高卒以上、三五~四五歳位迄の方。人事教育に携わっていた方。業界・職種は問いません」「【給与】固定給制/二九万七〇〇〇円以上(一律手当含む)」という募集条件を示し、「組織の強化、人材教育は緊急課題。だからこそ人材教育のプロが必要です。是非あなたの経験と知識を当社で活かして下さい。キャリアによって管理職をお任せします」「人事教育経験者歓迎」などと記載した従業員募集広告を掲載した。

イ 原告は、被告の前記募集広告をみて応募し、被告に対し、総務全般の経験があり、「総務部門の構築、整備において能力を発揮することができます。会社経営では後手にまわりがちな総務の仕事ですが、成長過程あるいは新規設立直後の会社での総務全般に対応できると自負しております」と記載した職務経歴書を提出した。

被告は、平成八年三月中に、原告に対し二度採用面接を行い(第一次面接は大江常務、第二次面接は大江常務外二名の取締役がそれぞれ担当して実施した)、その結果を踏まえて、同月下旬ころ、原告を総務係長として同年四月一日付で採用(ただし、採用日以降三か月は試用期間)することを決定した。

(2)  就職後の原告の勤務状況

ア 原告は、平成八年四月一日に採用され(本件労働契約)、同日から研修を受講した。そして、試用期間終了にあたり、被告から「総務関係の知識豊富、部下に対する教育指導も適切、依頼事項に対する実行力有り。総務係長として十分職責をまっとう出来ると認める」として優秀であると評価され、総務部の中核となることを期待して、同年七月一日に本採用となった。

イ その後、原告は被告の総務職として、真面目に勤務し、被告による原告の勤務評価も、AないしEの五段階評価のうち常に上位のB以上であり、降格や減給などの処分を受けたことはなかった。

また、原告は、被告の命令と費用負担により、平成一二年一月から同年四月までの間通信教育により株式会社日本能率協会マネジメントセンターの財務分析コースを受講・修了した。

もっとも、被告代表者は、本件口頭弁論期日において、原告を「自分の言い分は全て正しいと言わんばかりに振る舞う人間」「社会性に欠ける点がしばしば見受けられる」と評する陳述書を提出している。

(3)  被告の組織変更等

ア 被告の売上高は、平成九年三月期の一五億三〇〇〇万円をピークに下降していた。

被告は、このような状況を踏まえ、営業力強化と責任の所在の明確化を図るべく、平成一〇年一二月三日の取締役会において、間接部門二二名、現場三七名の割合を目指し、人事異動の外、各部門合計一〇名の人員削減を検討し、その候補者一〇名を、<1>能力評価Dの者、<2>共働きの者、という基準で選出し、指名解雇を行なう旨の大江常務の提案を了承した。この際、間接部門である総務部及びそこに所属していた原告は人事異動及び人員削減の対象にならなかった。

その後、同月二二日に臨時部長会で、前記取締役会の了承事項を一部変更し、指名解雇ではなく希望退職を募ることとされ、このことが平成一一年一月一九日の取締役会で了承された(結果的には、同年三月までに一五名が退職した)。

なお、原告は、村野井社長に対し、指名解雇ではなく希望退職を募る方がいい旨の意見を伝えていた。

イ 被告(村野井社長)は、平成一二年四月に、会津若松の工場内部において、生産管理課の高橋課長を資材課へ、資材課の田辺課長を品質管理部へ、品質管理部の佐藤課長を生産管理課へ、工場勤務の波多野主任を本社営業課へ転勤させる旨の配転命令を発したが、工場各部、当該従業員本人ら及び各部長から強い反対があり、これを白紙撤回した。

ウ 被告は、平成一二年一〇月一日、取締役会の決定に基づき、本社の営業部、経理部、総務部を統合して統括部とし、統括部の下に営業課と管理課を置く等の組織変更を行うとともに、同日付けで小川稔(以下「小川課長」という)を生産管理部外注管理課担当部長から統括部営業課課長(工場駐在)へ異動させる等の人事異動を発令した(以下「平成一二年組織等変更」という)。

なお、小川課長は昭和四五年四月二日に被告に入社しており、管理課や総務課を経て、平成八年四月から二年間営業部に在籍していた。

エ 被告は、前記イのような人事異動の混乱を避けるため、取締役会の決議に基づき、平成一二年一一月二七日付け「人事異動内示の基本方針」を定めた(以下「内示方針」という)。これには、<1>内示は該当者が現在所属する部の部長が、発令二週間前に本人に直接口頭で行うこと、<2>異動が本社工場間の転勤を伴う場合には、発令の一か月前までに内示すること、<3>業務引継は原則として二週間以内で完了させること、と定められていた。

(4)  譴責処分等

ア 村野井社長は、平成一二年一一月二七日、取引先である白山製作所の浜崎会長の秋の叙勲のお祝いにワインを届けようとし、大江常務を通じて原告(平成一二年組織等変更のため、統括部管理課係長であった)に調達させたワインを持参して浜崎会長宅(千葉県に所在し、被告本社から片道三時間を要する)を訪問したところ、同会長宅が留守であったため、用を足せなかった。

村野井社長は、同日、帰社後、原告を呼び、多数の従業員の目の前で、「行先は分かっているのであるから、在宅確認ぐらい指示されなくても行うぐらいの心配りが必要だろう」などと叱責し、「これから約束の時間があって行けないから、ワインはてめえが持って行け」と指示した。これに対し、原告は、「ワインを買うようにとの指示は受けましたが、訪問先の都合の確認まで指示されませんでした」と返答し、「冗談じゃない。それ(ワインを持って行くこと)は社長の仕事でしょう」と言い、指示に従わなかった(以下、原告と村野井社長との同日における訪問先在宅確認及びワイン持参をめぐるやり取りを「ワイン事件」という)。

イ 被告(大江常務)は、原告に対し、前記ワイン事件に関し、村野井社長の指示命令に従わず、他の従業員が多数いる中で総務係長として不適切な言動をして職場秩序を乱したとして、同年一二月一五日付けで始末書の提出を命じた(期限は同月二二日とされた)。原告は、これに従い、同月二一日、大江常務に同日付け始末書を提出した。

さらに、被告は、前記ワイン事件に関し、同月二七日には原告を譴責処分(就業規則三一条一項)にするとともに、原告に就業規則を遵守する旨の誓約書の提出を求めた。原告は、これに従い、平成一三年一月一五日、大江常務に同日付け誓約書を提出した。

(5)  本件配転命令の発令等

ア 被告の売上高は、平成一二年度にも好転せず、平成一三年三月期は九億六四〇〇万円になり、平成九年のピーク時から五億六六〇〇万円も減少する結果となった。

被告は、このような状況を踏まえ、今後営業力を強化して、押出商品(ワイヤプロテクタ類似の商品で、最大顧客はNTTである)の受注生産及び販売強化、CATV用保安器OEMの生産強化によるオリジナル保安器の販売、アレスタのローコストタイプの販売等を進める方針のもとに、平成一三年二月一六日、取締役会を開き、大江を工場長兼務から外し、統括部専任とする一方、原告を営業へ配転する旨の決定をした。

なお、平成一三年二月当時、営業課の従業員のうち実際に営業に出回っている従業員(役員を除く)は四名で、うち一名はワイヤプロテクタ等(押出商品を含む)の担当であり、残り三名はアレスタ等の担当であった。

イ 被告は、同年三月一五日、原告に対し、本件配転命令の内示をしたが、原告はこれに同意しなかった。

被告は、同年四月二日、原告に対し、本件配転命令を発したが、原告はこれに異議を留めて受諾しなかった。

ウ 被告においては、本件配転命令以前に、総務課や資材課に所属していた課長ないし係長級の従業員が営業課へ異動した例が六つ以上ある。

また、被告は、原告が本件懲戒解雇された後、営業課の従業員を補充していない。

以上の事実が認められる。

2  主たる争点に対する判断

前記第二の1の事実及び前記1の認定事実を踏まえて判断する。

(1)  原告が中途採用であること、転職雑誌への被告の従業員募集の広告の記載内容、原告の応募態様、被告の原告に対する面接及び試用期間中の評価態様、入社後の勤務状況(一貫して総務担当の管理職(係長)であった)からすると、本件労働契約は、原告を総務担当の管理職に就けることを目的としてされたものと認められる。

しかしながら、総務管理職はその経験が重視されるものの特殊技能を要する専門職とまではいえないこと、被告の就業規則上では、被告が従業員の配転ができるとされており、同一職種内に限定することを要件としていないこと、被告の従業員には異職種間の配転をした例があることからすると、本件労働契約においても、「総務担当の管理職以外の職種には一切就かせない」という趣旨の職種限定の合意が成立していたとまではいえない。

したがって、本件配転命令が本件労働契約に基づく配転の限界を越えて直ちに違法になるということはできない。

(2)  もっとも、配転命令は、業務上の必要性(当該人員配置を行なう必要性及びその変更に当該労働者をあてる必要性)が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該配転がほかの不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは当該従業員に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合は、権利の濫用として無効となると解するのが相当である。

そして、ここでいう業務上の必要性とは、当該配転先への異動が余人をもっては容易に変え難いといった高度の必要性に限定されるものではなく、企業の合理的運営に寄与する点が認められれば足りる。

(3)  被告においては、平成九年三月期をピークに売上高が下降し、平成一三年三月期は九億六四〇〇万円、と五億六六〇〇万円の減少にまで落ち込んでおり、これを改善すべく、営業力を強化するため、統括部総務課を廃止する等の組織変更をしたこと自体に合理性がないとはいえない。

しかしながら、営業力回復のための重点をどこにおいていたのかは必ずしも明確ではない。すなわち、被告は、売上げの半数以上を構成し、営業活動によって売上げを伸ばせる商品であるアレスタ等の販売増によりまかなおうとして原告を営業課に配転したと主張するが、被告代表者は「CATVの基地局等の設備が非常にお金がかかるということで、局の統廃合ですとか、そういったこともありました。それから、アレスタに関してはコストの削減が思うように進まないというところから、一番当社の基本的な技術を駆使した製品であるワイヤプロテクタ、この製品に関連するような製品を売り込もうということになりました」と供述し、被告の主張に必ずしも合致していない。また、他方、被告は、NTTが最大顧客である押出製品の販売を強化するために原告は営業課に配転したとも主張しており、前記主張と一貫性が見られないばかりでなく、NTTの関連商品であるワイヤプロテクタ等は、同業者組合より受注が入るため営業活動をあまり必要としない商品であり、この商品の営業活動のために人員を増加させるというのは不合理であり、被告代表者も、「営業職をNTT関係の売上げ減少に対して募るつもりはありませんでした」と供述していることにも反している。

さらに、被告は、平成一三年二月当時の営業部の従業員四名のうち、一名は押出商品でNTTの担当で、他の三名はアレスタ等の担当で手一杯であったため増員が必要であったと主張しているが、前記のとおり、NTT関連の商品は同業者組合より受注が入るため営業活動を必要としない商品であり、しかも原告が本件配転命令を拒否して本件懲戒解雇に至った後にも営業課に補充の人員を配しておらず、補充していない理由について被告代表者が「それぞれがやっぱり分担すればできるというふうに判断し」たと供述していることからすると、平成一三年四月の段階で、被告の営業課の増員の必要性は乏しかったものといわざるを得ない。

そして、原告は、いわゆる新卒の従業員の採用とは異なり、これまでの経歴や経験を重視されて、総務担当の管理職として中途採用されたのであるから、総務職以外の職種に就かせることは、たとえ本件労働契約で職種の限定がされていなかったにせよ、慎重であるべきであったし、また、被告代表者が「自分の言い分は全て正しいと言わんばかりに振る舞う人間」「社会性に欠ける点がしばしば見受けられる」と評する原告を営業課に配置することは、前記の営業重視という被告の方針と一貫性を欠いていることからすると、増員の必要のない部門に専門外の原告を配置する必要性ないし合理的根拠は極めて希薄であるといわざるを得ない。

この点、営業課で業績を上げることを原告に期待したという被告代表者の供述があるが、本件配転命令の内示の段階で原告は本件配転命令を拒否することが明確に示されていたのであり、そのような状況で、なお前記のような期待を維持することはできなかったと認められるから、前記供述は、本件配転命令を強行して原告を営業課に配置する合理性を説明するには足りない。

また、本件配転命令の内示の段階で原告が拒否したにもかかわらず本件配転命令を発することに固執したことについて、取締役会の決定を動かすことはできない旨の被告代表者の供述があるが、平成一二年四月の人事異動で対象者の同意が得られなかったために当初の発令を撤回した例があることからすると、前記供述は、原告の了承のないまま本件配転命令を発せざるを得なかった合理的理由を説明するには足りない。

そもそも、これまでの勤務評価がAないしEの五段階評価のうち常に上位のB以上であった原告を、被告代表者が「自分の言い分は全て正しいと言わんばかりに振る舞う人間」「社会性に欠ける点がしばしば見受けられる」と評する理由は、結局のところ、本件配転命令の前提となる組織変更が決められた取締役会の直前に発生していたワイン事件での原告の対応が被告代表者の不興をかったことにあると認めるのが自然であること(ワイン事件について、原告に対し、始末書の提出を求めるばかりでなく、譴責処分にし、かつ誓約書の提出も求めるなど、被告の制裁が繰り返されていることは、たとえ被告代表者に対する反抗的言動に対する処分であったにせよ、過剰な対応であり、これが被告代表者の原告に対する評価を著しく下げる原因であったことを推認させるものである)をも踏まえると、本件配転命令が、自らの専門外の職種(しかも、本来、補充人員の必要のない部門)に強制的に就けさせることで、原告を退職に追い込もうとする意図のもとにされたのではないか、という疑いを払拭することができない。

これらの事情を総合すると、本件配転命令は、原告を営業課に配置することが被告の合理的経営に寄与するということは必ずしもいえないから、業務上の必要性を欠くものであると認めるのが相当である。

したがって、本件配転命令は、権利の濫用であり無効である。

(4)  本件配転命令が無効である以上、これに服しないことを理由としてされた本件懲戒解雇も、その前提を欠き、社会通念上相当として是認することができないものであって、権利の濫用として無効である。

3  原告の本訴請求について

(1)  前記2のとおり、被告の原告に対する本件懲戒解雇は無効であるから、原告の本訴請求のうち、労働契約上の権利を有する地位の確認と本件懲戒解雇の日から本案確定に至るまでの賃金(平成一三年度夏季賞与を除く)の支払を求める部分は理由がある。

原告の本訴請求にかかる本件懲戒解雇の日から本案確定に至るまでの賃金(平成一三年度夏季賞与を除く)のうち、本件口頭弁論終結時(平成一四年七月一五日)において支払期限が到来しているものは、平成一三年六月分の未払分として原告が請求している金額(月額三六万九四〇〇円から既払額二〇万三六七〇円を控除した一六万五七三〇円より少ない一五万四三四〇円)及び平成一三年七月分から平成一四年六月分までの金額(各月分三六万九四〇〇円、合計四四三万二八〇〇円)の総合計四五八万七一四〇円である。

(2)  原告は、本訴請求として、近時の実績が賃金一か月分相当額(家族手当を除く)であることを理由に、平成一三年度夏季賞与として三六万四四〇〇円の支払を求めているが、賞与請求権は就業規則によって当然に保障されるものではなく、使用者の決定等により算定基準や方法が定まり、あるいは所定の算定基準及び方法があるときはこれに従った主張立証をすべきところ、原告は単に前年実績を示すに止まり、具体的な賞与請求の要件に関する主張立証をしないから(就業規則三九条、四〇条の指摘では足りない)、原告の前記賞与請求には理由がないといわざるを得ない。

4  結語

以上の次第であり、原告の本訴請求のうち、被告に対する労働契約上の権利を有する地位の確認と本件懲戒解雇の日の翌日である平成一三年六月九日以降本案判決確定日までの賃金(平成一三年度夏季賞与を除く)の支払を求める部分は理由があるから認容し、その余の部分については理由がないから棄却することとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木拓児)

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