東京地方裁判所 平成13年(ワ)16810号 判決 2003年11月17日
原告
甲野二郎
上記訴訟代理人弁護士
荒井清壽
同
成田慎治
上記2名訴訟復代理人弁護士
古在克子
同
望月孝文
被告
甲野三郎
上記訴訟代理人弁護士
大橋秀雄
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告は,原告に対し,別紙物件目録1,2記載の各土地につき,それぞれ平成5年12月21日遺留分減殺を原因とする1万分の1342の持分の移転登記手続をせよ。
第2 事案の概要
本件は,甲野太郎(以下「太郎」という)の遺産相続を巡り,同人の二男である原告が,三男である被告に対し,被告が太郎から遺贈を受けた土地につき,遺留分減殺請求権を行使し,原告に帰属したと主張する持分(1万分の1342)の移転登記を求めた事案である。原告は,太郎の相続財産の総額は1億7543万7000円であり,この全てが原告を除く相続人(被告を含む)3名に遺贈されたが,このうち太郎の配偶者に対して5925万1000円相当の不動産等(相続財産の33.78%),被相続人の長男に対して727万7000円相当の土地(相続財産の4.14%),被告に対して1億0890万9000円相当の当該土地(相続財産の62.08%)がそれぞれ遺贈されたため,被告に対する当該遺贈のみが法定相続分を越え,原告の遺留分(相続財産の12分の1,1461万9750円)を侵害しているとして,当該土地に対する遺留分減殺の結果,原告が当該土地について1万分の1342の持分(1461万9750円÷1億0890万9000円=0.1342,1万分の1の位未満切捨て)を有することになると主張した。これに対し,被告は,原告の遺留分は侵害されていないとしてこれを争い,仮に遺留分侵害の事実があるならば,価額弁償をするとの反論をしている。
1 争いのない事実等(証拠等により認定した事実については,末尾に当該証拠等を掲記する)
(1) 原告及び被告の身分関係
原告及び被告は,いずれも太郎とその妻甲野花子(以下「花子」という)との間の子である。太郎には,原告らの他に先妻葉子との間にもうけた子である甲野一郎(以下「一郎」)がいる。
太郎は,平成5年1月9日死亡した。太郎の相続人は,花子,一郎,原告及び被告の4名であり,その法定相続分は花子が2分の1,一郎,原告及び被告がそれぞれ6分の1である。したがって,原告の遺留分割合は,太郎の相続財産の12分の1となる。
(2) 遺贈
太郎は,昭和62年12月10日付公正証書遺言により,次の内容の遺言をした。
ア 一郎に対し,徳島市大原町濱<番地略>,同町水ヶ谷<番地略>の5筆の保安林(地積合計3万3886m2)及び同町濱<番地略>の宅地(地積227.6m2,以下これら6筆の土地を合わせて「徳島の土地」という)を遺贈する。
イ 被告に対し,別紙物件目録1及び2記載の各土地(以下両者を併せて「本件土地」という)を遺贈する。
ウ 花子に対し,東京都世田谷区赤堤<番地略>(分筆前の地番,分筆後は<番地略>,<番地略>の各土地)所在の宅地(地積188.46m2,以下「本件宅地」という)及び同所所在の居宅(以下「本件住宅」という)の持分2分の1並びにその他一切の財産を遺贈する。
(3) 太郎の相続開始時の財産
太郎が相続開始時に所有していた不動産は徳島の土地,本件土地,本件宅地及び本件住宅の持分2分の1のみであり,その他現金,預貯金等の財産の合計は1183万8112円であった(甲5,弁論の全趣旨)。
(4) 遺留分減殺請求権の行使
被告は,平成5年10月28日,相続を原因として本件土地の所有権移転登記手続をした。原告は,太郎から被告に対する前記(2)イの遺贈により,遺留分を侵害されたとして,平成5年12月21日,被告に対し,遺留分減殺請求権を行使するとの意思表示をした。
2 争点
(1) 遺留分侵害額算定に当たり,原告の持戻し分は幾らか。
【被告の主張】
ア 原告は,昭和58年,太郎から本件土地を使用貸借し,現在まで本件土地上に軽量鉄骨造スレート葺2階建共同住宅(以下「本件アパート」という)を所有している。当該使用貸借契約の締結は,太郎から原告に対する本件土地使用貸借権及び賃料相当額の贈与に当たる。なお,賃料相当額としては,本件土地の地代が月額10万3012円を下回らないこと,原告は本件土地を昭和58年から平成5年まで少なくとも10年間無料で使用していることを考慮すると,1236万1440円(10万3012円×120=1236万1440円)を下らない額の贈与を受けているということになる。
イ 太郎は,原告の本件アパート建設費用のため,本件土地に仮登記担保権及び抵当権を設定した(以下「本件抵当権等の設定」という)。これは,太郎から原告に対する本件土地の仮登記担保権及び抵当権の贈与に当たり,その価額は1000万円を下らない。
ウ 原告は,現在本件住宅のうち持分2分の1を所有しているが,これも太郎から贈与されたものであり,その価額は232万5000円を下らない。
エ 原告は,太郎から,前記本件住宅の持分が存在する本件宅地のうち2分の1を使用貸借しており,使用貸借権及び賃料相当額の贈与に当たる。なお,賃料相当額としては,本件宅地の地代が月額10万5436円を下回らないこと,原告は本件宅地を昭和58年から平成5年まで少なくとも10年間無料で使用していることを考慮すると,632万6160万円(10万5436円×120÷2=632万6160円)を下らない額の贈与を受けているということになる。
オ したがって,原告が太郎から受けた生前贈与は,合計3101万2600円並びに本件土地及び本件宅地の使用貸借権の価額であるところ,これは民法903条1項に規定する特別受益に当たり,これが遺留分額算定に当たっての原告の持戻し分となる(民法1044条,903条1項)。
【原告の主張】
ア 本件土地の無償使用について,原告が土地利用の利益を得ることの対価として,多額の費用(扶養料,賃貸料,建築費,固定資産税等)を負担している場合には,特別受益にはならない。これを本件についてみるに,原告は,昭和58年5月以降太郎が死亡する直前の平成4年12月までの間,太郎らの扶養のため月額最低10万円以上,合計1360万円を出費したほか本件土地の固定資産税等合計72万2150円を支払った。また,原告は,昭和44年から同61年までの間甲野商店に勤務し,同48年以降は手取り月額15万円という薄給で甲野家の家業の存続に貢献した。したがって,原告が太郎から本件土地の無償使用を許されたことは,他の相続人に比較して特別の利益を与えられたとはいえず,特別受益には当たらない。
イ 本件抵当権等の設定についても,被担保債権に対しては原告の妻の父である乙山春夫の保証も付いており,特に抵当権等が実行されたわけではなく,現在の受贈益は存在しない。
ウ 本件住宅のうち持分2分の1については,当該持分に関しては原告自身が建設したものであり,太郎から贈与を受けたことなどない。
エ 原告は,本件宅地を太郎と共同で購入したのであり,本件宅地を太郎から使用貸借で借り受けた事実は否認する。
(2) 遺留分侵害額算定に当たり,被告の持戻し分は幾らか。
【原告の主張】
ア 被告は,○○信用金庫千歳船橋支店勤務期間中(昭和43年4月から同48年3月までの間),太郎名義の定期預金130万円を無断解約し,後に太郎の了解を得て結果として収受した。これにより,太郎は,被告に対し,130万円とその利息分を贈与した。
イ 被告は,昭和57年ころ,太郎から,同人が徳島県に所有していた土地を売却した代金の中から,自宅新築費用として500万円の贈与を受けた。また,被告は,当該土地売却の際,太郎から,50万円の贈与を受けた。
ウ 被告は,太郎から,自宅改築費用の一部として100万円の贈与を受けた(年月日は不詳)。
エ 被告は,○○信用金庫本店勤務時に約2500万円の使い込みが発覚し,解雇されたが,太郎は,昭和58年3月ころ,○○信用金庫に対し,2500万円を弁償した。
オ 被告は,上記エの解雇後,太郎から生活費補助として70万円の贈与を受けた。
カ 太郎は,被告の子供達に対し,小遣いの外,入学祝,卒業祝,お年玉,誕生祝(それぞれ毎回5万円ずつ)を贈与したが,これは被告に対する贈与と見るべきである。
【被告の主張】
ア アの事実は否認する。昭和43年4月から同48年3月までは太郎が未だ元気なころであり,被告が太郎名義の定期預金を無断解約することなどあり得ない話である。
イ イの事実は否認する。なお,被告自宅の建築費用は被告と同人の妻の実家とで負担した。
ウ ウの事実は否認する。被告は自宅を改築していない。
エ エの事実は否認する。被告が○○信用金庫を退職したのは,融資権限に関する内規違反の責任を問われ,降格処分を受け入れるか退職するかの選択を迫られ,退職を選択したのであり,解雇されたわけではない。
オ オの事実は否認する。被告は○○信用金庫を退職後失業保険を受領しており,生活費の補助を受ける必要はなかった。
カ カの事実のうち,被告の子供達が太郎から入学祝及びお年玉をもらったことは認めるが,その余は否認する。太郎からの入学祝等は,孫に対する小遣いであり,被告に対する贈与とはいえない。また,原告の子供達も太郎から同額のお祝い等を受け取っていたはずである。
(3) 価額弁償の成否
【被告の主張】
原告に遺留分が存するときは,被告は,裁判所の定めた価額により弁償する。
【原告の主張】
受遺者が価額弁償により遺贈の目的物の返還義務を免れるためには,価額の弁償を現実に履行するか又は弁済の提供をしなければならず,単に価額の弁償をするとの意思表示をするだけでは足りない。被告は,単に価額の弁償をするとの意思表示をするにとどまっており,被告の価額弁償の主張は,主張自体失当である。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(原告の持戻し分)について
(1) 前記争いのない事実等,証拠(甲3の1及び2,同6,7の1及び2,同8,11,14,18ないし20,23の1ないし7,同24の1ないし14,同25の1ないし15,同26の1ないし12,同27の1ないし11,同28ないし32の各1ないし12,乙1,2,証人花子,原告,被告)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 原告の甲野商店勤務等
(ア) 原告は,昭和36年3月に東京農業大学を卒業後約半年東京××株式会社に勤務し,その後昭和44年まで社団法人□□協会に勤めた。原告は,昭和44年5月から同61年まで,太郎が経営していた甲野商店に同商店が廃業するまでの間勤務した。(甲6,18,原告【1ないし5頁】)
(イ) 原告は,昭和44年11月30日,太郎の好意で本件土地上に原告所有の家屋を新築した。当時,本件土地は太郎が国から賃借していた土地であったが,原告は,昭和57年まで,前記家屋に居住していたが,太郎に対し本件土地の賃料を支払ったことはなかった。(甲6,11,原告【8頁】,弁論の全趣旨)
(ウ) 甲野商店は,染料等の卸売業を営んでいた。原告の甲野商店での仕事内容は,商品を製造元から仕入れて顧客に売るというものであったが,顧客は専ら太郎が獲得したものであり,原告はその顧客からの注文に応じて商品を販売するのみであった。甲野商店は,オイルショックの影響で昭和48年ころから経営が苦しくなり,損益計算表によれば,同61年度に原告に支払われた給料は200万円,太郎に支払われた役員報酬は50万円であった。原告は,昭和61年に甲野商店が廃業になった後は,警備会社に勤務している。(甲8,原告【1ないし5,15頁】)
イ 本件アパート及び本件住宅の建設
(ア) 太郎は,徳島県に土地を所有していたが,これを約1億円で売却し,当該売却代金で,昭和57年9月21日,国から本件土地及び本件宅地を約6000万円で払下げを受けた。太郎は,甲野商店の業績が悪くなってきたため,原告に対しアパートを経営することを提案し,さらに本件宅地に太郎,花子及び原告のため,2世帯住宅を建てることを提案した。太郎及び原告は,昭和57年9月30日,エヌケーホーム株式会社に対し,本件アパート及び本件住宅の建設を,それぞれ代金2150万円及び1770万円で依頼した(甲19,20,原告【13,17,18頁】,弁論の全趣旨)。
(イ) 本件アパートの建設資金のうち2000万円については原告が東邦生命から借り入れ,その保証をエヌケーホーム株式会社がしたが,同社に対する保証委託契約につき,原告の妻の父である乙山春夫が保証人になったほか,昭和58年4月16日付で本件土地及び本件アパートに債務者を原告とする抵当権が設定され,さらに条件付所有権移転仮登記もされた。本件アパートは,昭和58年3月ころ完成し,原告名義で登記された。(甲3及び7の各1,2,乙1,原告【9頁】)
(ウ) 本件住宅の建設資金1770万円のうち840万円は太郎が支払ったが,残り930万円は原告及び太郎が住宅金融公庫から借り入れこれを建築代金の支払にあてた。本件宅地及び本件住宅には前記借入につき,債務者を太郎及び原告,抵当権者を住宅金融公庫とする抵当権が設定された。(乙2,原告【9,10頁】)
(エ) なお,原告は,太郎に対し,本件土地及び本件宅地について,使用料を支払っていない(弁論の全趣旨)。
ウ 本件アパート収入の使途
原告は,太郎及び花子に対し,太郎の給料名目で本件アパートの賃料収入の中から月々10万円を支払っているが,太郎死亡までの総額は1360万円になる。原告は,同じく本件アパートの賃料収入の中から太郎が支払うべき固定資産税等を支払っており,太郎死亡までに合計72万2150円を支出した。また,原告は,本件アパートの賃料収入で前記東邦生命からの借入金及び住宅金融公庫からの借入金をそれぞれ返済した。なお,原告は,太郎の死後,花子に対し,月々5万円(手渡額は電気代を引いて4万円)を渡している。(甲14,23の1ないし7,同24の1ないし14,同25の1ないし15,同26の1ないし12,同27の1ないし11,同28ないし32の各1ないし12,証人花子【17項】,原告【20,22頁】,弁論の全趣旨)
(2) 本件土地の使用貸借について
ア 前記(1)イ(イ),(エ)のとおり,本件土地上には原告が所有する本件アパートが存在し,太郎は原告に対し本件土地を無償で使用することを認めているから,太郎と原告との間には,本件土地につき,本件アパートの所有を目的とする使用貸借契約が成立していると認めるのが相当である。
そこで,遺留分侵害額算定に当たり,本件土地の使用貸借権の価値をどのように評価するのが相当であるかということが問題となる。この点について,被告は,使用期間中の賃料相当額及び使用貸借権価格をもって本件土地の使用貸借権の価値と評価すべきであると主張する。しかし,使用期間中の使用による利益は,使用貸借権から派生するものといえ,使用貸借権の価格の中に織り込まれていると見るのが相当であり,使用貸借権のほかに更に使用料まで加算することには疑問があり,採用することができない。
したがって,原告が太郎から受けた利益は本件土地の使用貸借権の価値と解するのが相当である。そして,鑑定の結果によれば,不動産鑑定士若林眞は,取引事例比較法に基づく比準価格及び収益還元法に基づく収益価格を関連付け,更に基準値価格を規準として求めた価格(規準価格)との均衡に留意の上,平成5年1月9日時点の本件土地の更地価格を算出し,これに15%を乗じた価格,すなわち1935万円をもって本件土地の使用貸借権価格としているが,その算出経過には不自然,不合理な点は認められない。
そうだとすると,本件土地の使用貸借権の相続開始時における価値は1935万円であると認めるのが相当であり,当該判断を覆すに足りる証拠は存在しない。
イ そして,前記(1)イ(ア)によれば,太郎は,甲野商店の経営が思わしくないため,原告の生活の援助のために本件土地を原告のアパート経営のために使わせようとしていたこと,前記(2)アのとおり,本件土地の使用貸借権は,相続開始時において2000万近い価値があり,さらに本件土地の新規賃料は,鑑定の結果によれば相続開始時点で月額33万8000円と高額であることからすれば,太郎と原告との間の本件土地の使用貸借契約の締結(使用貸借権の贈与)は,まさに原告の生計の資本の贈与であるといえ,特別受益(民法903条1項)に当たるというべきである。
ウ この点,原告は,太郎及び花子に対して,相続開始までに合計1360万円の扶養料を交付しているほか,甲野商店という甲野家の家業に手取り月額15万円の薄給で従事していたことから,本件土地の使用貸借は原告の太郎への貢献との間で対価関係があり,特別受益には当たらないと主張するので,以下この点について検討する。
原告は昭和48年以降手取り月額15万円で働いていたと主張するが,これを証するに足りる客観的証拠は存在しない。かえって,原告は,甲野商店勤務中にも貯金ができたと供述していること(被告【10,11頁】)等に照らすと,原告の前記主張は認め難い。
また,確かに,前記(1)ウによれば,原告は太郎及び花子に対して月額10万円,合計1360万円を支払い,さらに本件土地の固定資産税も支払っていたことは認められる。しかし,①前記1360万円は,太郎に対する「給料」として支払われており,扶養料と認めることはできないし(甲14には「太郎給料表」となっているし,同23の1ないし7,同24の1ないし14,同25の1ないし15,同26の1ないし12,同27の1ないし11,同28ないし32の各1ないし12の金銭出納帳には「給料」と記載されている),原告が負担した固定資産税等も合計72万2150円と少額にとどまること,②本件土地の新規賃料は,前記のとおり相続開始時においても月額33万8000円と高額であり,原告が太郎及び花子の子であり,太郎からは本件土地について,前記のとおり抵当権等の提供も受けていたことからすれば,月額10万円を太郎に対して支払っていたことが,本件使用貸借との間で対価関係に立っていると認めることは困難であるというべきである。
したがって,原告の主張は理由がなく,採用することができない。
エ 以上によれば,本件土地の使用貸借権の価値は,原告の特別受益であると認められる。そして,持戻し分(贈与財産)の額の算定基準日は相続開始時とすべき(最判昭和51年3月18日民集30巻2号111頁参照)であるから,原告の持戻し分の額は前述のとおり1935万円であると認めるのが相当であり,この判断を覆すに足りる証拠はない。
(3) 本件宅地の使用貸借について
ア 前記(1)イ(ア),(ウ),(エ)のとおり,本件宅地上には原告が持分2分の1を有する本件住宅が存在すること,太郎は原告が本件宅地を無償で使用することを認めており,そうだとすると,本件宅地上に本件住宅のうち2分の1を所有することを目的とする使用貸借契約が成立していたと認めるのが相当である。この点,原告は,本件宅地は原告と太郎が共同して購入したと主張するが,当該主張を証するに足る証拠は存在せず,原告の主張は採用できない(ちなみに,本件宅地の所有者が太郎であることは前記(1)イ(ア)で認定したとおりである)。
イ そこで,本件宅地の使用貸借権の価値について検討する。この点について,被告は,本件土地の使用貸借権の場合と同様に,使用期間中の賃料相当額及び使用貸借権価格をもって本件宅地の使用貸借権の価値と評価するのが相当であると主張するが,この考え方を採り得ないことは前記(2)アで述べたとおりである。したがって,原告が太郎から受けた利益は本件宅地の使用貸借権である。そして,鑑定の結果に不自然,不合理な点がないことは,前記(2)アで検討したのと同様であり,鑑定の結果は信用することができる。
そうだとすると,証拠(乙3,4,鑑定の結果)及び弁論の全趣旨によれば,本件宅地は<番地略>の土地と<番地略>の土地とに分筆されているが,一体として本件住宅の敷地として利用されているところ,相続開始時の本件宅地の使用貸借権の2分の1の価格は1073万円(2146万円÷2=1073万円)と認めるのが相当であり,当該判断を覆すに足りる証拠は存在しない。
(4) 本件住宅のうち2分の1の持分の贈与について
前記認定(1)イ(ウ),ウのとおり,原告は,本件住宅の建設費1770万円のうち2分の1以上に当たる930万円を本件アパートの賃料から返済したことが認められる。そうだとすると,本件住宅の持分2分の1が太郎からの贈与であるという事実は認めることはできず,当該判断を覆すに足りる証拠は存在しない。したがって,この点の被告の主張には理由がない。
(5) 本件アパートのための抵当権等の設定について
前記(1)イ(イ)によれば,本件土地について原告のために抵当権等が設定された事実は認められるが,証拠(甲3の1及び2,乙10【3頁】)及び弁論の全趣旨によれば,現在に至るまで当該抵当権等が実行されたことはないこと,被担保債権である本件アパート建設のための借入金は既に消滅したことが認められ,これらの事実に照らせば,相続開始時,本件土地の価値の減少すなわち相続財産の減少を招いていたとは認め難く,当該抵当権等の設定をもって相続の前渡しと認めることは困難である。したがって,これを原告の特別受益と評価することは困難である。
(6) 小括
以上の検討結果によれば,原告の持戻し分は,本件土地及び本件宅地の使用貸借権の価格である合計3008万円(1935万円+1073万円=3008万円)であると認められる。
3 争点(2)(被告の持戻し分)
(1) 太郎から被告への生前贈与について
ア 原告は,太郎が被告に対し,(ア)被告が職場で横領した金員の賠償として2500万円,(イ)被告が無断解約した定期預金130万円及び利息分,(ウ)自宅新築費用として500万円,(エ)土地売却の際に50万円,(オ)自宅改築費用として100万円,(カ)再就職の間の生活費補助として70万円の各贈与があったと主張し,花子は概略これに沿う証言をする。しかし,花子は大正2年2月6日生まれと高齢であり,証言している事実はいずれも20年以上前のことであること,現在,花子が原告とともに暮らし,原告らの介護を受けていることから,被告に対する花子の不当利得返還等の裁判を主導し,差押えまでしている原告の利益を図る可能性も否定できないところである。さらに,被告は横領の事実について否定し,○○信用金庫玉川支店を退職した経緯について,支店長の決裁を経ないで顧客に対し融資を行ったため,職務権限を逸脱しているとして降格をさせられるところ依願退職したと供述しているところ(被告【2,3,10,11頁】),花子も被告が「格下げ」されるため太郎が損害賠償をしたと供述しており(証人花子【19項】),この点は横領を否定している被告供述と一致すること,花子の証言どおり被告が2500万円を横領したり,130万円の預金を勝手に解約したり,太郎を騙して500万円贈与させるなどしていれば,被告に対し本件土地を遺贈するとの遺言をすることは不自然であること,被告は,○○信用金庫退職後再就職までの間失業保険を支給されていたのであり(被告【6頁】,弁論の全趣旨),太郎及び花子の援助を受ける必要性については疑問があることなどの事実に照らせば,花子の証言内容にはその全般において信用性はないと解するのが相当である。なお,原告は,被告の退職原因及び退職時の退職給付金についての一切の書類に関する文書送付嘱託において,○○信用金庫が「元社員の名誉利益に関する事項を含むため応ずることができません」と回答したことを問題とするようであるが,これをもって直ちに花子の供述を裏付けるものと評価することはできず,他に花子の証言を裏付けるに足りる的確かつ客観的な証拠は存在しないというべきである。
イ そして,花子の証言以外に,原告の主張する太郎から被告への生前贈与の事実を証するに足る客観的証拠は存在しない本件にあっては,これら贈与の事実はいずれも認定することができないというべきである。
(2) また,原告は,太郎が被告の子供達に対して渡した小遣い,入学祝,卒業祝,お年玉等を特別受益であると主張するが,被告の子供達に対する金銭交付をもって被告に対する贈与ということは困難であるし,さらに当該贈与が被告の生計のための資本であるとして特別受益になると認めることはできない。
(3) 以上によれば,被告の持戻し分は認められず,この点の原告の主張は理由がない。
4 遺留分侵害についての検討
以上認定した事実をもとに,原告の遺留分が侵害されているか否かを検討する。
太郎の相続財産は,前記争いのない事実等(3)記載のとおり,徳島の土地,本件土地,本件宅地及び本件住宅のうち持分2分の1及びその他現金,預貯金等の財産1183万8112円である。そして,相続開始時における徳島の土地の価格は727万7000円であることについては当事者間に争いがなく,鑑定の結果によれば,相続開始時における本件土地の更地価格は1億2901万円であり,本件宅地の更地の値段は1億4304万円であることが認められる。本件土地及び本件宅地にはいずれも原告の使用貸借権が付着しており,鑑定の結果によれば,相続開始時における両土地の価値は,それぞれ使用借権価格を差し引いた1億0966万円(1億2901万円−1935万円=1億0966万円)及び1億3231万円(1億4304万円−1073万円=1億3231万円)であると認めるのが相当である。また,鑑定の結果によれば,相続開始時における本件住宅の2分の1の持分価格は,548万円であると認められる。したがって,太郎の相続開始時の財産は,合計2億6656万5112円(727万7000円+1183万8112円+1億0966万円+1億3231万円+548万円=2億6656万5112円)であると認めることができる。これに,原告の持戻し分を加算すると,遺留分算定の基礎となる相続財産の額は2億9664万5112円(2億6656万5112円+3008万円=2億9664万5112円),原告の遺留分の価格は2472万0426円(2億9664万5112円×1/12=2472万0426円)ということになる。そうだとすると,原告の持戻し分(生前贈与)は前述のとおり3008万円であるところ,遺留分価格である2472万0426円を上回るから,原告の遺留分は侵害されているということはできないということになる。
5 結論
以上の検討結果によれば,原告の請求はその余の争点を判断するまでもなく理由がないことが明らかなので,これを棄却することにする。
(裁判長裁判官・難波孝一,裁判官・三浦隆志,裁判官・笹川ユキコ)
別紙物件目録<省略>