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東京地方裁判所 平成13年(ワ)17934号 判決 2004年6月29日

原告

X1

ほか二名

被告

ニッポンレンタカーサービス株式会社

ほか一名

主文

一  被告らは、原告X2に対し、連帯して金三億二〇九八万〇二八九円及び内金三億一六五〇万〇八三七円に対する平成九年四月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告X1に対し、連帯して金四四〇万円及びこれに対する平成九年四月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告らは、原告X3に対し、連帯して金四四〇万円及びこれに対する平成九年四月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は、これを四分し、その一を原告らの、その余を被告らの各負担とする。

六  この判決は、第一ないし第三項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告らは、原告X2に対し、連帯して金四億六一一八万一三三〇円及び内金四億五六七〇万三〇九一円に対する平成九年四月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告X1に対し、連帯して金一六五〇万円及びこれに対する平成九年四月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告らは、原告X3に対し、連帯して金一六五〇万円及びこれに対する平成九年四月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実(明らかに争いがない事実を含む。)

(1)  交通事故の発生

次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

ア 日時 平成九年四月二四日午前一〇時五〇分ころ

イ 場所 神奈川県足柄上郡<以下省略>東名高速道路下り線五二・七キロポスト付近

ウ 加害車両 普通乗用自動車(<番号省略>、以下「本件車両」という。)

同運転者 被告Y1

エ 被害者 本件車両に同乗していた原告X2

オ 態様

被告Y1は、片側三車線道路で左方に湾曲した下り坂で最高制限速度毎時八〇キロメートルと指定された本件事故現場を、本件車両を運転して第三通行帯を走行中に、左前方の第二通行帯を本件車両と同方向に進行していた車両に気を奪われ、前方を十分注視せず、漫然時速約一三〇キロメートルで進行し、本件車両右前輪を中央分離帯側帯のバイブレーター・リブ付標示白線に乗り上げたことから、ハンドルを左に急転把し、本件車両を左前方に斜走させ、折から第二通行帯を進行していた前記車両との衝突の危険を感じてハンドルを右に急転把し、本件車両を右前方に暴走させて、本件車両前輪を中央分離帯の縁石に衝突させた後、本件車両屋根部を中央分離帯に設置された視線誘導板に衝突させ、その衝撃により、本件車両を転覆回転せしめ、よって、本件車両の助手席に同乗していた原告X2に後記傷害を負わせた。

(2)  責任原因

被告Y1は、本件車両を被告ニッポンレンタカーサービス株式会社(以下「被告会社」という。)から賃借して運転していた者であり、被告会社はレンタカー業者で本件車両を所有し、これを被告Y1に賃貸していた者であり、いずれも本件車両を自己のために運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、損害賠償責任を負う。

(3)  原告X2の受傷内容、治療状況と後遺障害

ア 原告X2は、本件事故により、急性硬膜下血腫、脳挫傷、肋骨骨折、外傷性くも膜下出血、肺挫傷、両側前腕開放骨折の重症を負った。

イ 東海大学病院に平成九年四月二四日から同一〇年三月九日まで入院し、その間、本件事故から三か月の間に容態の急変を繰り返し、一三回の手術を受けた。最後の手術から更に三か月間遷延性意識障害が続き、本件事故から半年の間、全身の重度の麻痺硬直、意識低下、外傷性てんかん発作を繰り返した。

ウ 東京都リハビリテーション病院に平成一〇年三月九日から同年七月三一日まで入院し、理学療法、作業療法、心理療法、言語療法などを行った。

エ 東京厚生年金病院に平成一〇年七月三一日から同年八月三一日まで入院し、左手の骨折部分の金属除去の手術及びリハビリを受けた。

オ 東京都リハビリテーション病院に平成一〇年九月二一日から同年一〇月二日まで入院し、退院後週三回自宅から通院した。

カ 東京都リハビリテーション病院に平成一一年三月三日から同月一八日まで入院した。

キ 東海大学病院に平成一一年七月三日から同月二八日までの間、硬膜外膿瘍発症のため、入院し、手術を受けた。

ク 原告X2の症状は、平成一一年八月二日に固定し、同一二年二月二一日、頭部外傷に伴う歩行障害、記憶障害、認知障害、外傷性てんかん、失調性、構音障害、嗅覚障害等の症状により、神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常時介護を要するものと判断され、後遺障害一級三号の認定を受け、さらに半盲症については同九級三号の認定を受け、併合一級とされた。

二  争点

(1)  原告らの損害

原告ら主張の損害は、別表「損害計算表」(以下単に「別表」という。)記載のとおりであるが、本件事故と相当因果関係のある損害といえるか。

(2)  過失相殺

本件車両に同乗していた原告X2は、共同運行供用者であり、被告Y1の危険な運転態様を漫然と容認した過失があるか。

第三主な争点及び当事者の主張

一  逸失利益について

(1)  原告らの主張

ア 原告X2は、本件事故による前記後遺障害(併合一級)が残存し、これにより労働能力を一〇〇パーセント喪失した。

イ 原告X2は、a大学大学院薬学系研究科(以下単に「大学院研究科」という。)博士課程一年に在籍し、山之内製薬株式会社(以下「山之内製薬」という。)から奨学金を受けていたが、これは同社が原告X2が特に優秀であることを評価し、ぜひ迎え入れたいと考えて支給していたものであり、平成一二年四月に同社に入社することは確実であった。

山之内製薬は、今日の長引く不況の中でも超優良・安定企業であり、また、原告X2自身、山之内製薬で働くことを強く望んでいた。したがって、原告X2のような優秀な能力をもった人間にとっては、同社において働き続け、少なくとも理事になるまでの昇進をする蓋然性はかなり高いが、本件訴訟では、控えめに、理事より二段階下の次長級になるまでの昇進にとどめて算定した給与等を請求することとする。

ウ 原告X2が山之内製薬において定年時八等級(次長級)まで昇進することを前提に、二八歳から六〇歳まで稼働した場合の生涯賃金を算定すると、別紙「原告X2の逸失利益計算表」(以下単に「別紙」という。)のとおり、三億六七九九万八五九六円であるので、これを基礎としてライプニッツ方式により、年毎に五分の割合による中間利息を控除すると、六〇歳までの逸失利益の症状固定時における現価は、別紙のとおり、一億六五五九万七三四九円である。

エ 山之内製薬において定年である満六〇歳で退職した際の退職金は三五七二万五〇五三円であり、症状固定時の退職金の現価は、別紙のとおり、七一四万〇四五七円である。

オ 平成一一年度版厚生労働省賃金センサスによれば、産業計で従業員一〇〇〇人以上の企業における六〇歳から六四歳までの男性労働者・大学卒の平均年収は九三〇万四七〇〇円であり、六〇歳から六四歳までの逸失利益の症状固定時における現価は、別紙のとおり、八四五万四三五〇円である。また、六五歳から六七歳までの同年収は九五九万七六〇〇円であり、その現価は、別紙のとおり、二九三万四四九八円である。

カ 以上のウ、エ、オの各現価を合計すると、一億八四一二万六六五四円である。

(2)  被告らの主張

原告らは、原告X2が山之内製薬に就職する予定であったとして、その予想賃金により逸失利益を算定すべきであると主張するが、以下のとおり、相当ではない。

ア 原告X2は、本件事故当時当該企業に就職はしておらず、大学院の博士課程に在学していたのである。確かに同人は当該企業から奨学金を受けていたのであるが、奨学金を受けることが直ちに当該企業への就職と同視できないことは当然である。

奨学金の規定の詳細は明らかではないが、一般に奨学金を受けたとしても、直ちに当該企業への就職が強制されるものではない。優秀な研究者であれば、一企業にとらわれることなく、大学や公的研究機関において研究を継続したいと望むことはよくあることであり、研究者は収入の多寡よりも学問的な動機で就職を決定することもしばしば見受けられる。また、薬学系においては、欧米の研究機関や企業に就職することも考えられる。

これらの事情に照らすと、原告X2が山之内製薬に就職することは極めて不確定であり、かかる事実を前提とした逸失利益の算定は相当ではない。

イ 仮に、原告X2が当該企業に就職する蓋然性が大であったとしても、現時点における当該企業の予想将来賃金による逸失利益の算定方法は、交通事故の損害賠償の観点からは否定されるべきである。すなわち、現代の社会においては、長期的な視点においては、企業の雇用体系、賃金体系等も決して安定しているものではない。

したがって、長期的な逸失利益の算定においては、かかる企業の将来予想賃金に従うのではなく、より大量観察に基づく統計資料、即ち賃金センサスを基本とすることが妥当である。

ウ 六〇歳以降についても、企業規模計の平均賃金により計算すべきである。

二  将来の介護費について

(1)  原告らの主張

ア 高次脳機能障害者の介護の必要性と介護概念のあり方

高次脳機能障害の患者には、例えば、身体の麻痺や歩行障害、構語障害などの局在的損傷に基づく障害が存在する場合も多く、これらの障害に対する介護の必要性は明らかである。しかし、重度の高次脳機能障害の典型的な症状は、全般的な認知障害と人格変化(行動障害又は心理社会的障害)であり、これらが併存するものとされているのであって、これらの障害が介護を考える上で重要である。

高次脳機能障害の病態が明らかにされるにつれ、介護に関しても、その病態の特性に応じた適切な介護が必要であるということが分かってきた。すなわち、高次脳機能障害者に必要な介護は、主に「看視」と「声掛け」である。「看視」とは、患者がその生命身体を危険にさらされないように、その行動を見守ることであり、「声掛け」とは、司令塔たる高次の脳機能に障害を負ったために、適時・適切な行動をとることができない患者に対して、次に必要な行動を教示・促しすることといってよい。

また、寝たきりの患者に比べて高次脳機能障害の患者の介護の方が楽とはいえない。なぜなら、動くことができるため、勝手に出歩いて、迷子になったり、怪我をしたり、事故に遭ったり、他人に迷惑・危険を及ぼす危険性が常にあるからである。

イ 原告X2の常時介護の必要性

原告X2は、重度の高次脳機能障害者であり、その介護、看視、声掛けなどは、患者が朝起きてから寝るまで常に必要なものであり、ある決められた時間だけで済むものではない。実際、認知障害、行動障害のある原告X2が、日々変化し予想もしない問題行動や突発的な病気を起こす毎日であるのに、この時間は看視、この時間は身体介助などと明確に区別できるはずもない。このことは、室内・戸外問わずである。このように、原告X2の介護については、常時介護が必要であることは明らかである。

ウ 原告X2は、独力で日常生活を営むことは不可能であり、今後終生にわたり常時介護を要する。原告X2は、昭和○年○月○日生まれの男子で、平成一一年八月二日の症状固定時においては二七歳であり、その平均余命は、簡易生命表によれば、少なくとも五一年である。

エ 原告X2の前記症状固定日の翌日である平成一一年八月三日から五年間は原告X3による介護期間として、日額一万円が相当であるから、中間利息をライプニッツ方式で控除した五年間の介護料の症状固定時における現価は、合計一五八〇万二三一〇円である。

オ その後六年間は、原告X3が薬剤師として働きに出るため、平日(二四〇日)は職業介護人、土日祝日(一二五日)は家族による介護となるところ、職業介護人の日額は二万三四六九円、家族介護の日額は一万円であるので、六年間の介護料の現価は、合計二七三七万一九四一円である。

カ 原告X2は、平成二二年八月三日からの四〇年間は職業介護人の介護が必要となる。原告X1、原告X3らが原告X2の介護をしてくれる業者を探し、見積を依頼したところ、平均日額五万二〇七三円という見積もりが出された。したがって、職業介護人の四〇年間の介護料の現価は、合計一億九〇六八万四一六五円である。

(2)  被告らの主張

ア 原告らは、本件訴訟において原告X2の将来の介護について、極めて手厚い看護を予定し、これに従って高額の将来介護料の請求をしている。

しかし、損害賠償において被告らに負担を強いることのできる将来介護料の算定にあたっては、最高の水準の介護を基準とするのではなく、損害賠償の基本理念である損害の公平な分担という見地から、一般的な同種事案を基準とした社会的に相当にして必要な範囲内の介護をもって足りるというべきである。

したがって、その介護の程度については、原告X2の客観的な症状及び状態において判断されなければならないが、カルテ、原告側提出の医師意見書及びビデオテープによっても、その症状の具体的内容・程度は、必ずしも客観的に明らかであるとは言い難い。

イ 確かに、原告X2は、自賠責保険後遺障害等級一級三号に認定されており、同等級は「常時介護を要するもの」とされている。

しかし、かかる等級は、本件のような高次脳機能障害が認識される以前の基準であり、これに無理に当てはめれば一級三号であるとしても、本件の場合の介護の必要性の程度は、いわゆる「常時介護」とは必ずしも同じではない。

原告X2の状態は、手助けという意味での介助であり、二四時間常時介護を必要としているわけではなく、必要に応じて適切な時に介護をする必要があるという意味の随時介護で足りるものと判断される。

仮に介護が必要であるとしても、近親者の介護として日額六〇〇〇円が相当である。また、原告X3が介護をできなくなった後の介護についても、一般の職業介護人の費用として日額一万円が相当である。

三  その他の損害について

(1)  原告らの主張

ア 奨学金

原告X2は、大学院研究科修士課程一年時に山之内製薬の入社試験を受けて合格し、入社が内定していたが、入社試験の成績が優秀であったことから、同社との間で、博士課程の三年間(平成九年四月から同一二年三月まで)、毎月一〇万円の奨学金の貸与を受ける奨学金貸与契約を締結していた。同奨学金は、原告X2が山之内製薬に入社後五年を越えて在職した場合には返済が免除され、免除額については給与所得として処理されるものである。原告X2が山之内製薬に入社後五年以上勤務することは確実であったから、山之内製薬から受けるはずであった奨学金の総額三六〇万円が損害である。

イ 大学からの助成金

原告X2は、大学院研究科博士課程で研究を行うにあたり、所属していた衛生化学教室から平成九年四月から三年間にわたり一か月二万円の助成金を受けることになっていた。本件事故に遭わなければ原告X2が受けるはずであった助成金の総額七二万円が損害である。

ウ 家屋改造費

原告X2が前記後遺障害を負ったため、自宅で生活するには家屋の改造が必要となった。東京都リハビリテーション病院の主治医、理学療法士、作業療法士等のアドバイスに従って、原告X1、原告X3らは、平成一〇年七月、出入口の段差解消、手すりの取付け、トイレ・風呂場の改造、階段の改造他の改修工事を一一六九万円の費用をかけて行った。

エ 交通費

(ア) 原告X2が通院及びリハビリテーションヘの往復にかかった交通費は、合計一一九万四四八〇円である。

(イ) 原告X1は、本件事故当時仙台市に単身赴任していたが、平成九年七月一日に香川県高松市に転勤となった。仙台又は高松から入院先の神奈川県伊勢原市までの交通費は、合計一二六万一七六〇円である。

(ウ) 原告X3の柏市の自宅から原告X2の入院先である神奈川県伊勢原市までの交通費、原告X2のリハビリテーションの往復の付添の交通費、通院の往復の付添費の合計は二九万八〇一〇円である。

(エ) 原告X2の弟Aの、柏市の自宅から原告X2の入院先である神奈川県伊勢原市までの交通費は、合計二三万八八四〇円である。

オ 慰謝料

(ア) 原告X2は、本件事故により合計五四五日間の入院治療を要し、受傷直後には開頭手術を受け、生死の境をさまよった。また、症状固定時までの間、二八二日間の通院治療を要した。その入通院慰謝料としては少なくとも六〇〇万円が相当である。

(イ) 原告X2は、前記のように優秀な頭脳と優れた人柄により将来が保証されていたにもかかわらず、本件事故による後遺障害一級という重度の後遺障害を負い、労働能力を一〇〇パーセント喪失し、将来の可能性の全てを奪しわれたのであり、その精神的苦痛を慰謝するには四〇〇〇万円が相当である。

(2)  被告らの主張

ア 奨学金については、勉学を継続する費用であり、利得ではないから、逸失利益とはならない。

イ 助成金についても、同様に逸失利益とならない。

ウ 家屋改造費については、三七二万七六二六円が相当である。

エ 付添人でない近親者の交通費については、被害者の生命に危険がある場合等特に必要性を認められる場合以外は、相当性の範囲を越える。本件においても、原告X1、訴外Aの請求の全期間を相当性があるものとは認められない。

オ 原告ら主張の慰謝料額は過大である。

カ 機械器具購入費

被告会社の契約する保険会社から平成一〇年七月一五日に四四万九三八九円、同年一一月六日に四四万三六二〇円を支払っている。

四  中間利息の控除について

(1)  被告らの主張

将来生ずべき逸失利益や介護料等の損害も事故時に発生しているのであるから、その金銭的な評価も当然に事故時を基準としなければならないことになるところ、損害の事故時における現価を計算する以上、中間利息の控除は事故時からなされるべきことになる。また、そのように考えなければ、損害額全部について事故時から遅延損害金を付することとの整合性が保たれないことになる。

(2)  原告らの主張

被告らの主張は争う。

五  原告X1及び原告X3の損害について

(1)  原告らの主張

本件事故により、原告X2は悲惨な被害を被ったが、両親である原告X1及び原告X3もまた、以下に述べる被害を受けた。

ア 原告X1及び原告X3は、原告X2の前記受傷内容及び治療状況により、悲嘆と不安の日々を送り、心労と過労により、いずれも倒れたことがある。また、原告X3は、本件事故後、長年管理薬剤師として勤務していた薬局を止め、つきっきりで原告X2の看病・介護にあたってきた。

イ 原告X2の症状固定後、心身障害者の訓練・更正施設に通う必要があったが、柏市の自宅周辺に原告X2に適した施設はなく、新宿区障害者福祉センターに通うこととしたところ、同センターは東京都民でなければ利用できないため、原告X3及び原告X2は、やむなく都内にマンションを購入して住民登録し、月曜から金曜はそこに住み、週末は柏市の自宅に戻るという生活を余儀なくされている。

ウ 原告X1及び原告X3にとって、原告X2に対する期待と夢が無惨にも破られ、人生設計が崩壊したことによる被害も甚大である。

エ さらに、被告Y1は、原告らのところに謝罪に訪れることもなく、また、事故後における被告ら及び保険会社の対応の悪さも、原告X1及び原告X3の被害感情を大きくしている。

(2)  被告らの主張

原告らの主張する事実は慰謝料増額事由とはならないし、近親者固有の慰謝料額も過大である。

六  過失相殺

(1)  被告らの主張

ア 本件事故は、原告X2及び被告Y1らの所属する研究室の恒例の旅行に行く手段として自動車を利用して移動した際に惹起したものである。

被告Y1は、当時修士課程の二年生であり、当該研究室の旅行は毎年当該学年の者が幹事として企画するものである。したがって、被告Y1は当該旅行の主催者というわけではなく、単に企画運営等の雑務を担当したものであり、当該旅行の主催者はいわば研究室所属者全員であって、この点で被告Y1も原告X2も何ら変わるところはない。

また、本件車両は被告Y1が被告会社から借りる手続をしたものであるが、その費用は全員から集めた費用から賄われていた。

被告Y1が本件車両を運転したのは、単に借入の手続をして集合場所まで運んできたからであり、途中で他の者と運転を交替をすることは予想されていた。この交替要員には本件車両の同乗者である原告X2も含まれていた。

さらに、原告X2は、被告Y1よりも上級生であり年齢も上であること、本件事故時点において本件車両の助手席に同乗して被告Y1の運転状況を把握し、これに指示あるいは注意を与えることができる状況にあった。

以上の事実を考慮するならば、原告X2は本件車両の運行を支配することができる立場にあり、被告Y1と共に本件車両の共同運行供用者であるといえる。

イ 車両の運行を具体的に支配できる運行供用者としての立場にある者は、当該車両が安全に運転されるよう注意し、もし運転者が危険な運転をしていると判断できる場合には、これを制止し、危険を除去し、併せて自らの身を守るべき社会通念上の注意義務がある。

本件の事故原因については必ずしも明らかでないが、刑事記録上では被告Y1のスピードの出し過ぎによるハンドル操作ミスであり、しかもこのようなスピードを出し過ぎた運転は相当時間継続している。したがって、原告X2においては十分危険性を認識し、被告Y1の危険な運転を制御するべきことが十分可能かつ容易であったから、かかる注意をするべき義務があるのにもかかわらず、被告Y1の運転態様を漫然と容認した過失がある。

(2)  原告らの主張

学校行事に義務で参加し、旅行計画についても事前には何も知らされず、当然、運転の予定等はなく、免許証も持参しておらず、背が高いというだけで助手席に座り、ナビゲーターの役目すら不可能であった原告X2に、危険容認・関与ということはありえず、過失相殺の主張は失当である。

第四争点に対する判断

一  逸失利益の算定について

(1)  証拠(甲三〇ないし三四、六九ないし七三、原告X1本人及び原告X3本人)によれば、以下の事実が認められる。

ア 原告X2は、b中・高校からa大学薬学部、同大学院薬学系研究科修士課程を経て、本件事故当時同博士課程に在学中であった。また、学部卒業直後には薬剤師の資格を得た。

同博士課程に進学後、同大学のティーチングアシスタントとして、後輩の実験、研究の指導をする仕事を与えられ、同大学の研究室から助成金として月二万円の手当が出ることになっていた。この職務は、学業優秀でかつ研究指導能力のある者に限られ、平成九年度に選ばれたのはわずか三人であった(しかも、原告X2は一年生である。)。また、原告X2は、学内で活躍するのみならず、国内外の薬学、化学の専門誌に論文を投稿し、投稿料も得ていた。

イ 原告X2は、本件事故がなければ、平成一二年三月に博士課程を修了することは確実であった。

ウ 原告X2は、平成八年の大学院研究科修士課程一年在籍中に、山之内製薬の入社試験に合格し、内定を得、平成九年四月から同社へ入社するまでの三年間、さらなる研鑽を積むために学業に専念するよう、同社から月一〇万円の奨学金を受けていた。

製薬会社からの奨学金制度は、厳しい審査を経てごく一部の学業優秀な者のみに与えられるのであって、大学院研究科においても、年間三~四名しか対象とならない。

原告X2は、山之内製薬への入社を強く希望していた。具体的にはつくば学園都市にある山之内製薬創薬研究所に勤務することを考えていた。

以上によれば、原告X2が、平成一二年四月に山之内製薬に入社することは確実であった。

エ そして、山之内製薬における収入を考慮する場合、原告X2は、同社の賃金体系に従って、昇給・昇進し、同社において少なくとも八等級の次長になる蓋然性は高いものと認めることができる。

山之内製薬に二八歳から六〇歳まで勤め次長になった場合の生涯賃金によれば、原告X2が山之内製薬においておおむね得られる蓋然性のある年収は、別紙のとおりであるところ、これと最新の統計資料である平成一四年度賃金センサス第一巻第一表・男性労働者・大学卒の年収とを比較すると、原告X2がおおむね得られる蓋然性のある年収は同賃金センサスの当該年齢に対応する年収額の約一・四倍強と解される。

したがって、ここでは、別紙における金額をそのまま採用するわけではないが、その近似値として、少なくとも最新の統計資料である平成一四年度賃金センサス第一巻第一表・企業規模計・男性労働者・大学卒・全年齢平均賃金である六七四万四七〇〇円の一・四倍にあたる九四四万二五八〇円を得られるものとして、原告X2の逸失利益を算定することとする。原告X2は本件事故に遭わなければ、平成一二年四月(二八歳)から山之内製薬において就労を開始し、六〇歳までの三二年間就労可能であったと認められるところ、前記後遺障害により労働能力を一〇〇パーセント喪失したものと認められる。そして、ライプニッツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して、症状固定時(二七歳)の現価を算定すると、次の計算式のとおり、一億四二一〇万四二一九円となる。

九四四万二五八〇円×{一六・〇〇二五(三三年係数)-〇・九五三二(一年係数)}=一億四二一〇万四二一九円

オ なお、原告らは、山之内製薬における退職金規定に基づき、退職金についても逸失利益であると主張し、その主張は理解できないでもないが、三二年後における退職金規程がどのようになっているかについては不確定要素があることから、相当な損害賠償額に算入することはできない。

カ 平成一四年度賃金センサス第一巻第一表によれば、企業規模計・男性労働者・大学卒・六〇歳から六四歳までの平均年収は七四七万五四〇〇円であり、この金額を基礎として、ライプニッツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して六〇歳から六七歳までの七年間の逸失利益を計算すると、本件事故時における現価は八六四万五三〇〇円となる。

七四七万五四〇〇円×{一七・一五九〇(四〇年係数)-一六・〇〇二五(三三年係数)}=八六四万五三〇〇円

なお、原告らは、産業計で従業員一〇〇〇人以上の企業における六〇歳から六四歳までの男性労働者・大学卒の平均年収を基礎として算定すべきであると主張するが、そこまでの根拠を証拠上認めるには足りないので、採用することはできない。

キ 合計

前記エ及びカの金額を合計すると、逸失利益は一億五〇七四万九五一九円となる。

二  後遺障害の程度及び常時介護の必要性

(1)  証拠(甲七、八、三〇、三一、三三、三六ないし三八、四〇、五〇ないし六八(枝番を含む。)、七九ないし八四(枝番を含む。)、原告X1本人及び原告X3本人)によれば、原告X2について以下の事実が認められる。

ア 頭部CTでは、右前頭部中心に急性硬膜下血腫や外傷性クモ膜下出血、高度の脳腫脹が認められる。また、救命のため、減圧開頭血腫除去手術が必要とされ、この際、右前頭葉や側頭葉の内減圧術も行われている。病態は急性硬膜下血腫にび漫性軸索損傷を合併したものであった。脳MRIでは、右側頭葉後部や左前頭葉底部、脳梁などを含め、広範囲に脳挫傷が生じていた。最近の画像でも、右前頭葉は側頭葉の内減圧部の脳欠損、右側頭葉後部や左前頭葉底部などの挫傷痕が残存している。以上を総合すると、患者が受けた当初の脳損傷の程度はかなり高度のものであり、重度の高次脳機能障害が残存している。

イ 高次脳機能障害として、記憶・記銘力障害、注意障害のほか、見当識障害、空間認知障害、計算力低下、更衣困難、感情の易変化、易興奮性、構音・構語障害、理解力低下、判断力低下、饒舌、易怒性等が見られる。

また、同時に存在する嗅覚障害、半盲、四肢麻痺などの神経症状が、さらにその障害を複雑、重症化している。

ウ 日常生活動作(ADL、食事、排泄、歩行等)については、自立しているとはいえず、状況により動作も停止してしまうことがあり、見守りながら指示を次々にしていかなければならない状況である。また、脳外傷による四肢体幹麻痺の影響による筋力低下がみられ、かつ、進行しているため、歩行障害を生じている。

エ 外傷性てんかん発作のため、これまで入院中も自宅でも何度もてんかん発作を起こしており、重積性全身性てんかん発作の危険性があり、けいれん予防薬の規則的な投薬管理はもとより、日中及び夜間の見守り管理が必要である。

オ ビデオテープ(甲五八、五九)にみられる状況から判断しても、認知障害、記憶障害などの重度の高次脳機能障害を負い、知能及び人格の面でも大人から幼児に変わってしまったことが認められる。

(2)  以上によれば、原告X2には、記憶障害、認知障害、人格変化等の重度の高次脳機能障害が認められるが、嗅覚障害、半盲、四肢麻痺などの神経症状が、さらにその障害を複雑、重症化しており、その結果、朝起床時から夜就寝時までの間、日常生活を円満に行うためには、常に他人が介護、看視、声掛けをすることが必要な状況となっている。したがって、後遺障害等級一級三号に該当し、常時介護を要するものと認められる。

そして、重度の高次脳機能障害の場合、前記原告ら主張のとおり、日々変化し予想もしない問題行動や突発的な病気を起こすおそれがあることから、常時、看視と声掛けが必要であり、単に定期的に見回りに来るという程度の介護では足りないというべきである。

(3)  これに対し、被告らは、原告X2については常時介護は必要でなく、随時介護で足りる旨主張し、これに沿う証拠(医師の意見書等)がある。

しかし、これらの意見書等を仔細に検討すると、直接原告X2を診察した者によるものではないこと、高次脳機能障害に対する理解が必ずしも十分でないものであったり、てんかん発作の危険性や常時投薬が欠かせないことなどへの配慮が足りないものであること、また、前記ビデオテープによれば、原告X2は身体的には大柄であり、食事や排泄、衣類の着脱などを促されればある程度でき、一見自立する能力があるかのように見える部分があるものの、証拠(甲三一、三六、三七、原告X3本人)に照らして、それは介護者の看視と声掛け(次々となされる指示、促し)によって、かろうじて行うことができるものであるというべきであること、さらに、前記易興奮性、易怒性等の人格変化により、介護に重い負担がかかるものと考えられること等の事情を総合して判断すると、被告らの主張に沿う証拠は採用できないし、他に前記認定を覆すに足りる証拠もない。

三  必要・相当な介護料について

(1)  症状固定後、原告ら主張の原告X3による介護が可能な期間(平成一一年八月三日から五年間)については、家族介護費として、原告X2の症状が重いことを考慮し、日額八〇〇〇円をもって相当と解する。そして、ライプニッツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して、症状固定時の現価を算定すると、次の計算式のとおり一二六四万一八四八円となる。

八〇〇〇円×三六五日×四・三二九四=一二六四万一八四八円

(2)  原告ら主張の家族介護と職業介護とを併用する期間(平成一六年八月三日から原告X3が六七歳までの六年間)については、原告X3が働きに出るため平日の昼間については職業介護人に頼らざるを得ないこと、平日の夜間及び週末と祝日については家族介護となること等を考慮して、平均して日額一万五〇〇〇円をもって相当と解する(なお、職業介護のみの常時介護の場合は、日額二万円以上となることが原告ら提出の証拠(例えば甲四〇ないし四二)から認められる。)。そして、症状固定時の現価を算定すると、次の計算式のとおり二一七七万四〇七五円となる。

1万5000円×365日×(8.3064-4.3294)=2177万4075円

(3)  職業介護のみの期間(平成二二年八月三日から原告X2の平均余命の残期間四〇年間)については、平均して上記日額二万円をもって相当と解する。そして、症状固定時の現価を算定すると、次の計算式のとおり七三二三万七二五〇円となる。

2万円×365日×(18.3389-8.3064)=7323万7250円

(4)  以上(1)ないし(3)を合計すると、一億〇七六五万三一七三円となる。

(5)  これに対し、原告らは、(1)の期間につき日額一万円を、(2)の期間につき年額六八八万二五六〇円を、(3)の期間につき日額五万二〇七三円をそれぞれ主張し、その立証として、実際の介護サービスの単価表等を証拠として提出する。

確かに、介護ビジネスの普及に伴い、実際の介護サービスの単価に高額化の傾向が見られるものの、今後の介護保険制度の動向やかなり遠い将来の介護費の額を現時点において的確に予測することは困難であること、また、両親が死亡した後の子供の将来を案ずる親としての心情は理解できないではないが、原告らが求める完全な常時介護の単価をもって損害賠償における相当な賠償額とすることは躊躇されること(原告X1及び原告X3が六七歳となった以降の時期についても、相当期間については同原告らによる看視、声掛け等によりカバーされる部分があり得ること)等の理由により、相当額として前記のとおり認定するものである。

なお、被告ら主張の、家族介護の日額六〇〇〇円及び職業介護の日額一万円については、上記説示に照らして採用することができない。

四  原告X2の損害額

(1)  治療費 二八万二一二〇円

証拠(甲九)及び弁論の全趣旨により、被告らの既払金を除き、二八万二一二〇円を要したことが認められる。

(2)  症状固定前の介護費 六六四万八〇〇〇円

証拠(甲三五)、原告X2の前記受傷内容及び治療状況に照らして、家族による付添介護が必要であり、原告X2の症状が重いことを考慮し、本件事故日から症状固定日(平成一一年八月二日)まで日額八〇〇〇円が相当と認める。

8000円×831日=664万8000円

(3)  入院雑費 八一万七五〇〇円

入院日数が五四五日であることについては当事者間に争いがなく、一日あたり一五〇〇円が相当と認める。

1500円×545日=81万7500円

(4)  通院費 二九九万三〇九〇円

原告X2の前記受傷内容及び治療状況(特に当初の三か月ないし半年間は生死の境をさまよう重篤な状況であったこと)等に照らして、証拠(甲一〇ないし一三)により、原告ら主張の以下の各通院費を本件事故と相当因果関係ある損害と認めることができる。

ア 原告X2分 一一九万四四八〇円

イ 原告X3分 二九万八〇一〇円

ウ 原告X1分 一二六万一七六〇円

エ 訴外A分 二三万八八四〇円

(5)  入通院慰謝料 六〇〇万円

原告X2の前記受傷内容及び治療状況、とりわけ生死の境をさまよう重篤な症状が続いたこと、手術を一三回もしたこと、入院期間が五四五日と非常に長引いたことなどの事情を考慮すると、入通院慰謝料としては六〇〇万円が相当である。

(6)  山之内製薬奨学金 三六〇万円

証拠(甲一四、七〇)によれば、原告ら主張の事実が認められる(所得と認められる。)ので、本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

(7)  大学授業料 二二万三八〇〇円

証拠(甲二六)及び弁論の全趣旨によれば、原告X2は、大学院研究科博士課程の平成九年度前期分の授業料として二二万三八〇〇円を納入したが、本件事故のため、同研究科博士課程における研究を行うことができなくなったことが認められるので、本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

(8)  大学からの助成金 七二万円

証拠(甲三二)によれば、原告ら主張の事実が認められる(所得と認められる。)ので、本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

(9)  車椅子器具代 一万八〇〇〇円

証拠(甲二七)及び弁論の全趣旨によれば、被告ら主張の既払額のほかに一万八〇〇〇円を要したことが認められる。

(10)  眼鏡代 一〇万五六三五円

証拠(甲二八、二九)により認められる。

(11)  家屋改造費 一一六九万円

証拠(甲一五、一六、五九)によれば、原告ら主張の事実が認められるところ、原告X2の前記受傷内容、治療状況及び後遺障害の内容・程度に照らすと、原告ら主張の家屋改造費を必要・相当なものとして、本件事故と相当因果関係のある損害と認めることができる。

(12)  後遺障害逸失利益 一億五〇七四万九五一九円

前記認定、説示のとおり

(13)  後遺障害慰謝料 三〇〇〇万円

本件事故の態様、原告X2の前記後遺障害の内容・程度その他諸般の事情を考慮すると、後遺障害慰謝料としては三〇〇〇万円が相当である。

(14)  将来の介護料 一億〇七六五万三一七三円

前記認定、説示のとおり

(15)  確定遅延損害金 四四七万九四五二円

原告X2が平成一二年四月一七日、自賠責保険から後遺障害等級一級の保険金三〇〇〇万円を受領したことは争いがないところ、当該三〇〇〇万円については、本件事故日(平成九年四月二四日)から支払日までの一〇九〇日間に対する遅延損害金が発生しており、その額は四四七万九四五二円である。

3000万円×0.05×1090/365=447万9452円

(16)  小計 三億二五九八万〇二八九円

(17)  損害の填補

自賠責保険金三〇〇〇万円

弁論の全趣旨によれば、その他の被告らの既払金は治療費、車椅子購入費、特殊寝台購入費等の実費に充てられたものと認められる。

(18)  以上合計

前記(16)の金額から(17)の金額を控除すると、二億九五九八万〇二八九円となる。

五  中間利息の控除について

被告らは、将来生ずるべき逸失利益や介護料等の損害も事故時に発生しているのであるから、その金銭的な評価も当然に事故時を基準としなければならないこと、このように考えるならば、かかる損害の事故時における現価を計算する以上、中間利息の控除は事故時からなされるべきこと、また、そのように考えなければ、損害額全部について事故時から遅延損害金を付することとの整合性が保たれないことになると主張する。

確かに、不法行為に基づく損害は、不法行為時に発生すると解され、交通事故による損害賠償債務についても、附帯請求として事故時からの遅延損害金が原則として認められるところである。

しかし、事故時に発生する人身損害の内容の一つとして算定される後遺障害逸失利益及び将来の介護料の額は、裁判所において諸般の事情を考慮して合理的な相当額を定めれば足りると解されるところ、後遺障害逸失利益や将来の介護料の算定にあたり中間利息をどのように控除するかという問題と、損害賠償額全体についての遅延損害金の発生の問題とは必ずしも厳密な論理的関連性があるとはいえないのであって、実務上、後遺障害逸失利益や将来の介護料の算定に当たって、その最初の発生時と解される症状固定時の現価をもって損害と認定することに、さほどの不合理があるとはいえない。

また、従来、積極損害とされる損害については、治療費等のほか、休業損害や付添費についても、現実の発生期間が相当長期間にわたる場合であっても、その損害額に事故時からの遅延損害金が付されるからといって、厳密に中間利息を控除して事故時の現価を算出することはしておらず、単純に積算した額をもって事故時に発生する損害と認定してきているところである。そして、休業損害と後遺障害逸失利益、あるいは、付添費と将来の介護費は、症状固定時という時期を挟んで分かれてはいるものの、それぞれ性質上、同質性・連続性を有するものと解されるところ、後遺障害逸失利益あるいは将来の介護料についてのみ厳密に事故時から症状固定時までの中間利息を控除することは均衡を失することになる。したがって、後遺障害逸失利益や将来の介護費を算定する場面においてのみ厳密な論理を適用し、事故日から症状固定日までの中間利息を控除することを求めることが相当であるとはいえない。

なお、損害賠償額の算定において被害者が不当に利得することがないよう留意する必要はあるものの、遅延損害金が単利式で計算して付加されるのに対し、後遺障害逸失利益や将来の介護費については長期間にわたり複利式で中間利息が控除されることになるから、事故時から症状固定時まで(本件の場合は約二年)の中間利息を控除しないことから直ちに被害者が不当に利得するものともいえない。

以上によれば、結局、被告らの主張を採用することはできない。

六  近親者慰謝料

本件事故により、原告X2は、前記のとおり、認知障害、記憶障害などの重度の高次脳機能障害を負い、大人の人格から幼児の人格に変わってしまい、往時の輝かしい生活と洋々たる前途を一瞬にして奪われたこと、そのような原告X2を常時身近にいて見守り、看護せざるを得ない両親にとって残念無念の極みであることは容易に推察することができること、そして、その精神的苦痛の大きさに加えて、介護による肉体的・精神的負担も重いこと等諸般の事情を考慮すると、原告X1及び原告X3は、原告X2の死亡にも比肩すべき精神的苦痛を被ったというべきであり、近親者固有の慰謝料として、各四〇〇万円が相当と認める。

七  過失相殺について

(1)  証拠(甲二〇ないし二二、三〇、三一、三九)によれば、以下の事実が認められる。

本件旅行は、大学院研究科の研究室が主催するもので、何十年も続いている恒例の行事であり、費用の一部も大学の教室運営費から出される等、主催者は大学であり、研究室の責任者は当時のB教授であり、その命を受けて、幹事である被告Y1らが車での旅行を計画した。

教室のメンバーはこの旅行に出席することを求められたため、原告X2は、わざわざ長期出張先である仙台から教室の費用で(千葉県柏市に)帰省し、本件旅行に参加した。前日まで仙台にいた原告X2は本件旅行の行程なども全く知らされておらず、被告Y1らにより予め決められていたとおりに車に乗るより選択の余地がなかった。助手席に座ったのも、ナビゲーターなどをするためではなく、単に、同乗者の中で最も背が高く脚が長かったからにすぎない(当時、身長は一八一cmであった。)。また、原告X2は当時免許証を携帯していなかったし、被告Y1が被告会社から本件車両を借り受ける際にも原告X2の運転免許証の提示がされておらず、原告X2が運転することは予定されていなかった。

したがって、原告X2は、到底本件車両の運行を支配していたとはいえず、共同運行供用者には当たらない。

(2)  被告らは、被告Y1のスピードの出し過ぎによるハンドル操作のミスが本件事故の原因であるとして、原告X2にはこのような危険な運転を漫然と容認した過失があると主張している。

しかし、追越車線を走行中であり、かつ、現に左斜め前方の車両を追い抜こうとしていた際であったことを考えると、時速約一三〇キロメートルでの進行は暴走と評価するほどの著しい速度超過とまではいえないし(甲二)、その他、原告X2が被告Y1の危険な運転を漫然と容認したとの事実を認めるに足りる証拠もない。

(3)  よって、過失相殺に関する被告らの主張は理由がない。

八  損害賠償額

(1)  前記認定額

前記認定のとおり、本件事故と因果関係のある損害額は、原告X2が二億九五九八万〇二八九円、原告X1が四〇〇万円、原告X3が四〇〇万円となる。

(2)  弁護士費用

本件事案の内容、審理の経過、認容額等を考慮すると、被告らに賠償を求めることができる弁護士費用としての損害額は、原告X2につき二五〇〇万円、原告X1につき四〇万円、原告X3につき四〇万円が相当である。

九  結論

よって、原告らの請求は、被告らに対し、原告X2が三億二〇九八万〇二八九円及び前記確定遅延損害金を除く内金三億一六五〇万〇八三七円に対する不法行為日である平成九年四月二四日から、原告X1が四四〇万円、原告X3が四四〇万円及び各金員に対する上記平成九年四月二四日から、各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を連帯して支払うことを求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないからいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 芝田俊文)

(別表)損害計算表

<省略>

(別紙) 原告X2の逸失利益計算表

<省略>

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