東京地方裁判所 平成13年(ワ)18680号 判決 2002年12月02日
原告
甲野一郎
上記訴訟代理人弁護士
田中清治
同
佐藤淳
被告
成瀬証券株式会社
上記代表者代表取締役
濱本義郎
上記訴訟代理人弁護士
鈴木信一
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告は,原告に対し,金1948万4101円及びこれに対する平成13年9月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,原告が,被告に対し,被告外務員が行った過当取引等により損害を被ったとして,不法行為に基づき,原告の証券投資全支出額(支払手数料を含む)から証券を換金した額を控除した1778万4101円及び弁護士費用170万円,以上合計1948万4101円の損害賠償並びにこれに対する不法行為の後の日である平成13年9月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 争いのない事実等(証拠等により認定した事実は,文末に当該証拠等を掲記する)
(1) 被告は,証券業を営む株式会社であり,栃木県足利市に支店を有する。
(2) 原告は,被告足利支店の外務員である山本一雄(以下「山本」という)の取引勧誘を受け,同支店との間で,別紙2「甲野一郎名義口座証券取引一覧表(時系列表)」記載のとおり,平成10年9月16日株式の現物取引を開始し,同11年6月17日から,11月16日までの間株式の信用取引を行うなど,同12年3月2日まで取引をした(以下,原告と被告足利支店との間の全証券取引を「本件取引」という)。
(3) 別紙3「全取引一覧表」記載のとおり,原告が本件取引により株式買付に要した金員(買付金額に手数料,消費税を加えた額)は合計7億4719万6460円であり,原告が本件取引により株式売付により得た金員(売付金額から手数料,消費税,管理費,取引税,金利,品貸料を控除した額)は合計7億2941万2359円であり,その差額は1778万4101円であるところ,原告はこの差額を本件取引で被った損害と主張しており,また,被告が本件取引で得た手数料は1148万4772円である(乙3ないし7,弁論の全趣旨)。
2 争点
(1) 被告による無断売買・一任売買・事後承諾の押付けがあったか。
【原告の主張】
ア 山本は,無断売買あるいは一任取引を行って,原告に事後承諾を強いた(以下,これらを併せて「無断売買等」という)。原告は,別紙1記載の各取引について,山本から事前に電話等による連絡を受けておらず,これらの取引は原告の承諾を経ずになされたものであり,違法である。
イ 被告は,原告と山本との間に綿密な投資協議があったと主張するが,本件取引の中には,原告の勤務時間中に行われたものがあることからも分かるとおり,被告の主張は虚偽である。原告は,平成7年,三洋電機株式会社(以下「三洋電機」という)を60歳で定年退職後,現在に至るまで,JR足利駅の隣地に所在の駐輪場に勤務しており,勤務中は,被告担当者と面談することはもとより,電話で証券取引の協議をすることも不可能である。
ウ また,本件取引は,以下の態様に照らすと,原告の発意ないし認識に基づいた取引とはいい難い。
(ア) 信用取引開始後,突然従前の取引規模に比べ,ほぼ10倍となる奔放な取引が行われているが,原告が,突如として投機的取引を開始する事情はなかった。
(イ) 本件取引では,乗換取引が頻繁に行われ,取引が拡大しているが,平成11年6月23日の第一家庭電器株の取引に見られるように,一定株数を確保する目的で価格にかかわらず予定株数まで買付を行い,さらに意味もなく注文が分割して執行されている。
(ウ) 本件取引は,被告の主張によれば,キャピタルゲイン(売買差益)を獲得することを目的とした取引であるのに,成行注文で行われているものが多く,証券価格にかかわらず数量を求める取引は,素人である原告の取引としては不自然である。
(エ) 本件取引では,ソフトバンク,第一家庭電器,ツガミ等,特定の銘柄が短期間に反復売買され,その結果被告は多額の手数料を得ているが,ソフトバンクは原告が知悉していない銘柄であり,機敏な投資判断を行うことは到底不可能である。また,第一家庭電器株,ツガミ株の取引では,多額の損失を原告から隠すため,一旦現物に変えられた後,乗換取引に組み入れられている。
【被告の主張】
ア 無断売買等の事実は否認する。山本は,全ての取引を,原告と投資協議の上で行っていた。
イ 原告の勤務時間中に取引が行われたとしても,このことをもって当該取引が無断売買等であるということはできない。原告は,山本に対し,自分への連絡先として自宅の電話番号の外,勤務先の電話番号まで教えており,山本は,原告の自宅だけでなく勤務先に連絡を行うのに,何ら支障はなかった。原告の勤務先は駐輪場であり,その勤務内容や勤務形態に照らしても,外部からの連絡が遮断されなければならない態様のものではない。原告は,ワールド日栄証券株式会社(以下「ワールド日栄証券」という)に対しても,証券総合サービス申込書に自らの勤務先及びその電話番号を記載している。
ウ 原告の前記主張ウも理由がない。
(ア) 信用取引は,手持資金を有効利用する目的で取引規模を拡大する点に特徴がある。また,原告が主張する従前のほぼ10倍の取引とは,どの取引とどの取引を比較して述べているのか不明である。
(イ) 乗換取引は,キャピタルゲインを狙う投資家にとり,取引に際して逐一現金授受を行わなくて済む点で,機動的に投資資金を利用できるという利点があるものである。したがって,本件取引において乗換取引が行われていることをもって無断売買等の根拠とすることは困難である。
(ウ) 成行注文は合理性のある注文方法である。買付を行った株式を売り付けるに当たっては,株価が買値に比してどの程度まで上昇あるいは下落しているかという観点から判断が行われるものであり,これは,指値注文か成行注文かとは別次元の問題である。株価は常に変動しており,早期に取引を成立させたいと考えるのであれば,成行注文は当然であり,株価の下落が見込まれる場合には,早期に手放す成行注文こそが合理的な手法である。したがって,本件取引において成行注文が行われていることをもって無断売買等の根拠とすることはできないはずである。
(エ) 原告の短期反復売買の主張も合理性がない。ボックス圏内で株価が上下する状況においてキャピタルゲインの獲得を狙って証券取引をしようとする場合,利益を獲得するために売買を繰り返す必要があることは当然であり,むしろ投資を長期的に考えることの方が危険である。
また,原告は,ワールド日栄証券において,平成12年3月8日,ソフトバンク100株を1079万851円で買い付けており,同銘柄について並々ならぬ関心を抱いていたものである。
第一家庭電器とツガミの株式取引についても,株式を品受するには,その代金支払等について顧客との協議が必要となるのであり,また,売却する時点で損益関係は明確になるから,損失隠蔽のための品受は何の意味もない。
以上のとおり,本件取引において短期反復売買が行われていることは無断売買等の根拠とはなり得ない。
(2) 説明義務違反があったか。
【原告の主張】
原告は,信用取引開始の際,信用取引説明書の確認書への押捺後に山本から信用取引に関する説明書の交付を受けたのみで,これを読もうとしても山本から読む必要がないと言われ,信用取引について何らの説明も受けていない。
【被告の主張】
山本は,原告に対し,信用取引を開始するために必要な保証金や書類などについて説明をするとともに,原告の信用取引についての認識を確認したが,原告は,信用取引の危険性を十分に理解していた。
山本が原告に説明した内容は,現物取引と信用取引の違いから始まり,保証金,決済期限,決済方法,損益分岐点,追い証,強制手仕舞など必要にして十分なものであった。特に,原告は,平成11年6月16日,山本に電話を架けてきて,自ら信用取引を始めたい旨を申し入れ,翌17日,被告足利支店を訪問した。山本は,原告が被告足利支店に来店した際,原告に対し,信用取引に関する説明書を交付し,更に,内田義近支店長(以下「内田支店長」という)が同席する中で,信用取引の仕組みや危険性について繰り返し説明を行い,原告も信用取引口座設定約諾書と信用取引説明書の確認書を読み,内容を確認したうえで,署名押印をしたものである。したがって,被告に説明義務違反はない。
(3) 違法な過当取引があったか否か。
【原告の主張】
本件取引は,被告による違法な過当取引である。
ア 過当取引とは,証券会社が顧客の証券取引について支配を及ぼし,顧客の信頼を濫用して自らの利益を図り,金額・回数において過当な取引を実行することをいい,その違法性の根拠は証券取引仲介受託者としての信任義務に違反する点にある。過当取引の違法性は,①取引の過当性,②口座支配性,③顧客の被害に対する悪意の各要件を満たすことにより認められるが,以下のとおり本件取引はすべての要件を満たしている。
イ 取引の過当性
本件取引では,以下の①ないし⑤の要素に鑑み,過当性が認められる。
① 多数の取引回数
平成10年9月16日から同11年9月27日までの1年間に現物取引・信用取引合わせ387回の取引が行われており,しかも1回を除いては同11年3月5日以降の約半年間に行われている。
② 短期の保有期間
1か月以内の取引が138回と,売付199回のうち約70パーセントを占めるだけでなく,1週間以内の処分が45パーセントを占めるなど極めて短期間での売却が高い割合を占めている。
③ 多数の乗換取引
本件取引では,乗換え(売却代金を元に別の銘柄を買い付けること)が多い。
④ 高額の手数料
本件取引によって被告が得た手数料は1148万4772円である。一般に手数料率(顧客口座から生じた手数料額を顧客の平均投資額で除した割合)が25パーセントに達すれば取引の過当性が認められ,30パーセントを越えれば違法とされるべきところ,原告の手数料率は約33.5パーセントにも達する。
⑤ 高い回転率
過当性の判断基準としては,年次回転率が2回を超えると過当売買の可能性が生じ,4回を超えると過当売買であるとの推定が働き,6回を超えると決定的に過当売買であるとみなされるところ,本件取引の回転率は37回にも上り,1か月に約3回の割合で投資資金の総入替がされている。
ウ 口座支配性
口座支配性とは,顧客が証券業者の助言・判断・選択に依存し,実質的に証券業者が投資判断を行い,証券取引を主導している状態をいう。
原告は,平成7年に三洋電機を定年退職する際,退職金1700万円のうち500万円で,丸荘証券株式会社(以下「丸荘証券」という)足利支店において株式の現物売買を開始した。原告は,平成9年,丸荘証券が破産申立てをされたため,同証券に預託していた株式を水戸証券株式会社(以下「水戸証券」という)足利支店に預け替え,その後,本件取引開始まで実質的には証券取引をしていない。以上のとおり,原告は,証券取引経験が,実質2年程度にすぎず,証券取引の仕組みに関する知識は乏しく,信用取引に至っては,その仕組みについても全く理解していなかった。本件取引は,全て山本が買付日の朝原告に架電し,山本が選定した銘柄を売買するという形態で実行された。山本は,総ての銘柄を選定しただけでなく,売付・買付株数も決定した。原告は,被告及び山本が証券取引の専門家であること,信用取引とは担当者と顧客との間の人的信頼関係に基づいた取引であると理解していたことから,山本の投資判断に盲従していた。
なお,平成7年以前に原告名義でなされている株式取引は,全て原告の妻が行ったものであり,原告は,その内容について全く知らない。
エ 悪意性
過当取引における悪意とは,証券業者が,「顧客の利益を意図的にまたは無謀に無視して行為したこと」若しくは「顧客利益に反する過度の取引を意図的に行っている」旨の認識をいう。本件は,上記のとおり著しく高い回転率を以て,過度に頻繁な取引がされていること,前記のとおり信用取引の説明がされておらず,しかも原告は年金生活者であることも考慮すると,被告は,過当取引を実行しようとする意思を持っていたことは明らかである。また,1日の取引の中で,同一銘柄をわざわざ分けて,同一単価で売買している取引もある。このように取引を小口に分けて売買すれば,売買手数料などの経費が取引回数に比例して増加し,その結果,顧客の利益や支出が証券会社の手数料に転化することになる。
【被告の主張】
被告担当者山本が過当取引を行った事実はなく,原告の主張は理由がない。
ア 原告の証券取引経験
原告は,潤沢な金融資産及び不動産資産を有し,長期間にわたり証券取引を継続的に行っており,被告足利支店との間で証券取引を開始した平成10年9月16日までに証券取引の知識及び経験を豊富に蓄積してきた投資家である。原告は,昭和52年中旬ころから,丸荘証券足利支店(当時は営業所)において,平成4年に山本が同社を退職するまで,山本を担当者として,株式売買を継続して行っていた。原告は,その他にも,水戸証券との取引がある上,平成12年1月18日には,ワールド日栄証券において取引口座を開設し,IT関連の銘柄を含めた現物株式の売買を繰り返している。
イ 本件取引について
原告は,山本と綿密な投資協議を行いながら株式の現物取引を継続し,平成11年6月16日までに240万円を超える実現利益を獲得していた。そのような中で,原告は,山本に対し,「今,他の人はどんな株を買っているのか」,「どのようにして儲けているのか」という質問をし,これに対し山本が,「信用取引を利用して儲けておられるお客様もいらっしゃいます」と回答すると,自分も信用取引をしたいと述べた。原告は,山本から信用取引の仕組み,危険性等について十分な説明を受け,自己責任において積極的に取引を行ったものである。
ウ 山本の助言等
山本は,投資を積極化しようとする原告を諌めるアドバイスまで行っていた。山本は,約定連絡時に原告が自宅を留守にしていた際,原告に「相場が急転する場合があるので,連絡できないとまずい」旨を申し入れ,更に「連絡できないときは,任せるから売却するように」という原告に対し,「お客様の株を勝手に売却することなどできませんし,買う時も,売る時も,甲野さんご自身が責任をもって最終判断して下さい」とまで申し入れていた。この他にも,山本は,原告に対し,信用取引を継続する過程で注意喚起を何度も行っており,投資家の立場に立ちながら,誠心誠意,原告との投資協議を行っており,原告の過当取引の主張は,言い掛かり以外の何物でもない。
エ 損失の発生・拡大は自己責任によるものであること
山本は,平成11年9月24日,原告との間で,信用取引の建玉を縮小する方向で協議を行った。山本は,平成11年9月29日,建玉明細等の資料を持参して原告宅を訪問し,また,その際,原告は被告から送付された取引報告書や月次報告書を綴じ込んだファイルを取り出し,両者で建玉の状況を確認しながら話し合った結果,当時の相場環境を見ながら,個別に信用取引の建玉を決済していくことになった。
そして,原告の希望により山本が原告の担当者からはずれた後も,信用取引の損失が拡大しないうちに手仕舞いした方が良いという被告担当者の助言にもかかわらず,原告は建玉の決済に関して様子を見る態度に出たため,多額の損失が発生したものである。本件建玉について損失が拡大した最大の理由は,原告が,被告担当者からの助言を聞き入れず,自らの意思で取引を行った結果であり,その責任は自らが負うべきである。本訴請求は,被告に対し,損失補填を要求するものと言わざるを得ない
オ 違法性の要素について
(ア) 過当性について
本件取引の実際の取引回数は178回であり,原告主張の回転率は,取引期間の短縮を行って算出したものであって,原告の数値に関する算出方法は,極めて恣意的であって承服できない。また,被告の得た手数料は1148万3641円であり,1か月平均にすると約60万円であり,決して高額ではない。
(イ) 口座支配性について
原告は,前記のとおり,豊富な経験を持つ投資家であり,原告が山本の投資判断に盲従した等の主張は,明らかに事実に反する。
(ウ) 悪意性
原告は,同一銘柄を1日で分割して売買しているなどと論難するが,原告から出された一口の注文が,相場の状況に応じて分割約定に至ったに過ぎないし,同一銘柄・同一仕法・同一日に出された注文については,一口注文として委託手数料が計算されることから(乙17),手数料が取引回数に比例して多くはならず,原告の主張は理由がない。
(4) 原告の被った損害額は幾らか。
【原告の主張】
本件取引は,全体が違法であるため,原告が投資した全支出額から証券を換金した額の差が損害額となる。そうすると,原告が本件取引により被った損害は,前記争いのない事実等(3)記載のとおり1778万4101円となる。また,原告は,本件訴訟の追行を原告代理人らに委任せざるを得なかったが,本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は170万円である。したがって,原告が被告の不法行為に基づいて蒙った損害は,合計1948万4101円である。
【被告の主張】
争う。
第3 争点に対する判断
1 認定事実
前記争いのない事実等,証拠(甲1,4ないし6,乙1,3ないし10,12,17,21,22,25,28,29,33,34,37の1ないし7,同40,43,48,50,51,証人山本,原告)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 原告の投資経験等
(ア) 原告は,昭和34年に専修大学を卒業後,三洋電機等で勤務した後,同社を平成7年に60歳で退職してからは,足利市伊勢町自治会が運営する駅前駐輪場に整備係として勤務している,現在67歳の男性である。
(イ) 原告は,昭和52年中旬ころから,丸荘証券足利支店(当時営業所)において証券取引を行っているが,その際,原告の証券取引経験が豊富であることから,営業経験が浅い山本が原告から証券取引の知識等の教示を受けるという意味で原告の担当となった経緯がある。原告は,山本が昭和53年に丸荘証券佐野支店に異動した際には,原告の口座を同支店に移し,同支店において取引を継続した(乙12,33,証人山本【1ないし3頁】)。
また,原告は,昭和59年3月19日,再び丸荘証券足利支店に取引口座を開設し,同社が倒産した平成9年ころまで証券取引を行った。原告は,丸荘証券足利支店の取引口座において,1回の買付額が100万円を超える多額の現物取引を繰り返しており,昭和60年3月にはイハラケミカル株の売買,同62年3月ないし6月にはパイオニア株の売買などの短期売買で利益を出す取引を繰り返していた。原告は,平成3年ないし同6年ころには,丸荘証券足利支店において株式売買をほとんど行っていなかったが,同7年ころからは取引を再開し,1回の買付額が50万円を超える取引を頻繁に行い,その間の同7年8月から同9年10月ころまでの間,アドバンテスト株の取引を繰り返し,400万円以上の利益を出した。原告は,丸荘証券が倒産した後,平成10年2月26日には水戸証券に取引口座を開設した。(乙21,22,25,原告【22頁】)
(ウ) 原告は,平成12年1月18日,ワールド日栄証券に取引口座を開設し,IT関連株であるソフトバンク及びCSK株等の取引をしているが,同年3月のソフトバンク株の買付は100株,1079万851円と多額の取引である(乙28,29)。
イ 本件取引の経緯(本項中の出来事は,特段の記載がない限り全て平成11年の出来事であるので,年の表示を省略する)
(ア) 被告の外務員である山本は,平成10年9月初旬ころ,原告宅を訪問し,同人に対し,これから値上がりしそうな株式を示した資料,株価チャート等を渡し,被告足利支店での証券取引を勧誘した。山本は,平成10年9月16日,再び原告宅を訪問した。原告は,山本が9月初旬に推奨した株式が値上がりしていたことから,山本を担当者として被告足利支店との間で証券取引をすることとし,日本信販株1000株の買い付け注文をし,翌17日,被告に原告名義の取引口座を開設し,前記買付金19万9625円の入金をした。(乙1,33,証人山本【3,4頁】)
(イ) 原告は,3月5日,前記(ア)で買い付けていた日本信販株が値上がりしていたのでこれを売却し,4万6435円の利益を上げ,同日,水戸証券に預けてあった東洋建設1000株,ハリマセラミック1000株,沖電気工業1000株,アドバンテスト400株を被告に持参入庫した。また,原告は,3月8日及び10日にそれぞれアイワ株100株,新日本証券株3000株を買い付けるなど,このころから被告足利支店での証券取引が活発,本格化した。(乙3,7,弁論の全趣旨)
原告は,3月9日にアイワ株買付のため売買差額金2万1127円を,翌10日に新日本証券株買付のため42万5071円を,同月18日にナショナル証券,足利銀行株及び日本興業銀行株買付のため283万7449円を,5月28日にツガミ,シントム,三井松島株買付のため売買差額代金605万4997円をそれぞれ入金した。さらに,原告は,6月11日,山本に対し,1000万円の資金ができると述べ,同人と協議の結果ソフトバンク株を購入することとし,同月14日,代金として957万2876円を入金した。(乙3,33,証人山本【1,7頁】)
原告は,平成10年9月16日から同11年6月17日までの間は現物取引のみを行ったが,この間の売買回数(原告の1回の注文による買付を1回と数える)は33回であり,実現利益246万144円を上げ,預託資産も約2500万円になっていた。原告は,この間,山本を通じた取引について,山本及び被告に対し,一切異議を述べることはなかった(乙3,5,40,原告【25頁】)。
(ウ) 原告は,6月16日,山本に対し,他の投資家がどのような株を買い,どのようにして利益を上げているのかを尋ねた。これに対し,山本は,原告に対し,景気底入れの報道があり,実際に株式売買も多くなっていること,信用取引を利用して儲けている顧客がいることなどを話した。原告は,山本に対し,信用取引を始めたいと述べたので,山本は,原告に対し,信用取引を開始するために必要な書類,信用取引の仕組みの概略(現物取引との差異,売付から始めることもあること等),取引に必要な保証金,追い証がかかることがあること,決済方法等について説明した。原告は,この際,信用取引への意欲を見せつつも,「信用取引は女房が嫌がる」,「近所で信用をやってだいぶ大損した人がいる」等,信用取引の危険性を認識し,これについての懸念を述べていた。(乙33,証人山本【8ないし11頁】,原告【27頁】)
原告は,6月17日,山本に電話連絡を取った上で,信用取引の申込みのため,被告足利支店を訪れた。山本は,内田支店長同席の下で,原告に対し,信用取引に関する説明書(以下「説明書」という),信用取引説明書の確認書(以下「確認書」という),信用取引口座設定約諾書(以下「約諾書」という)を交付した上で,説明書に沿って,前日電話で話した信用取引の概要等について改めて説明した。原告は,山本の説明を聞いた後,確認書及び約諾書に署名押印し,これを被告に提出し,信用取引の開始を申し入れた。被告は,6月中に,原告に対し,前記原告が被告に差し入れた約諾書の写しを郵送し,原告はこれを受領した。(甲1,4,乙8ないし10,証人山本【12,13頁】,原告【4,5,28,29頁】)
原告は,6月17日のNTTドコモ株の信用買付から信用取引を中心に取引を行うようになったが,7月13日にはコスモ証券株,7月14日にはソフトバンク株,8月19日には寶酒造株の現物取引も行っており,さらに7月23日には山本の勧めにより投資信託の買付もしている。また,原告は,6月14日以降,それまでの預託資産を運用する形で証券取引を行っていたが,追加資金として,被告足利支店に対し,7月26日には投資信託購入のため309万4500円を,8月31日には500万円をそれぞれ入金した。(乙3,33,証人山本【31頁】)
(エ) 本件取引は,7月の新規信用取引が20回を超えるなど,6,7月に集中して新規取引が行われている。本件取引では,7月下旬ころまで,個々の銘柄について僅かの損はあったものの,全体的には利益が出続けた。原告は,7月19日,被告足利支店を訪れ,山本に対し,原告が同支店に預託している株式の評価額を尋ねた。山本は,原告に対して「顧客別全勘定残高」を交付したが,この時点では,原告の預託評価額は4565万5632円となっており,利益が出ていた。しかし,8月以降,7月中に大量に買い付けた第一家庭電器株,ツガミ株等が値下がりし,多額の損失が出,原告の預託評価額は減少し続けた。原告は,8月31日にも被告足利支店に赴き,預託評価額を確認したところ,3703万7223円となっていた。(甲5,6,乙5,証人山本【38ないし40頁】,原告【14,15頁】,弁論の全趣旨)
(オ) 山本は,9月に入ると,相場が下降気味となり,信用取引もしくは現物取引をやっても儲けが出なくなりつつある状況であると判断した。そこで,山本は,9月21日以降,原告に対し,相場全体及び原告の買付株が値下がりして担保不足になる危険があること,現物株を現金化しておくなど取引を縮小することを勧めた。また,山本は,9月29日にも,原告の自宅を訪れ,同人に対し,信用取引は縮小気味で行った方がいいなどの話をした。(乙33,証人山本【20ないし22頁】,原告【37頁】)
(カ) 原告は,10月8日,被告本店営業部に匿名で電話をかけ,被告担当者から連絡がないこと,手数料の自由化で会社の経営方針が変わったのか,個別の銘柄で損が出たこと等の苦情を述べたが,担当者には内緒にしてほしいという申し入れをした(乙33,43,48,証人山本【22頁】)。
被告取締役営業管理部長松本芳穂(以下「松本部長」という),内田支店長らは,10月15日,原告宅を訪問し,匿名電話のことを原告に尋ねた。原告は,信用取引の評価損が拡大していること,山本から連絡がないこと,損失補填をしてほしいなどと述べたが,松本部長らは損失補填については拒否し,早めの手仕舞いを勧めたが,原告はこれに従わなかった。また,原告は,松本部長らに対し,原告の担当者を山本から別の者に替えてほしいと申し入れ,被告足利支店はこれを受け入れ,山本は原告の担当を外れることになった。(乙33,48,50,証人山本【22,23頁】,原告【37頁】)
(キ) 結局,原告が,被告会社を通じて行った取引は,別紙2「甲野一郎名義口座証券取引一覧表(時系列表)」,別紙3「全取引一覧表」記載のとおりである(乙3ないし7,17,弁論の全趣旨)。
ウ 本件取引における原告の対応について
(ア) 原告と山本は,主に朝方,電話で連絡をとっていた。具体的には,株式の値動き等があると山本から原告に架電し,山本からの情報を元に原告が山本と協議して売り買いを決定するというものだが,原告の方から山本に対し電話連絡をすることもあった。原告は,山本に対し,連絡先として,自宅のほか勤務先である駐輪場も教えており,山本は原告に対し本件取引期間中は適宜連絡が取れる状態にあった。(乙33,34,証人山本【4,5頁】,原告【6,7頁】)
山本は,信用取引は,現物取引に比べ,株式数が大きくなる分リスクも大きくなることから,早めの売り買いによってリスクを回避すること,利益を現実に確保することが重要と考え,これを原告に勧めていた(乙33,証人山本【32ないし35頁】)。
(イ) 被告は,原告に対し,3日に1度くらいの頻度で売買した株式の取引報告書を,また,毎月1度月次報告書を送付し,原告はこれを受領していた。月次報告書は,現物取引と信用取引とが分けて記載されているところ,原告が,被告に対し,個々の取引報告書,月次報告書に異議を述べたり,山本による無断売買があったという苦情を述べたことはない。また,原告は,平成11年8月31日,有価証券の売買及びその他の取引は,全て自分の判断と責任において行ったものであること及び現在までの取引について,不審な点,異議などがないこと等を確認したと記載された書面に署名押印をしている。(乙31の1ないし7,同51,原告【8,9,40頁】,弁論の全趣旨)
2 争点(1)(無断売買等の有無)について
ア 原告は,本件取引の中には無断売買等があると主張する(以下「無断売買等」という)。しかし,①原告自身本件取引のうち平成11年6月16日までの間の取引については異議はないと供述していること(原告【25頁】),②原告は,被告に対し,被告から送付されてきた取引報告書及び月次報告書に対し何らの異議を述べず,本訴提起前まで無断売買等の主張をしたことはないこと(前記認定事実ウ(イ),乙46の1,弁論の全趣旨),③原告は,本件取引において,資金の払い込みが必要な場合は,遅滞なく払い込んでおり,その総額は2720万5645円と多額であること(前記認定事実イ(イ),(ウ)),④平成11年6月16日までの取引は原告の意思でなされ,同日以降の取引は原告の意思に基づかないでなされたとすることは,後者の取引が多数回に上ることをも考慮すると,余りにも不自然と考えられること(弁論の全趣旨)に照らすと,原告の無断売買等の主張はこれを採用することができない。
イ ところで,原告は,駐輪場に勤務している勤務時間中は山本と連絡を取ることができないから,その間に行われた取引については無断取引であると主張し(争点(1)についての【原告の主張】イ),これに沿う供述をする。しかし,本件全証拠を検討するも,原告の前記供述を裏付けるに足りる的確かつ客観的な証拠は存在しない。かえって,証拠(乙28,34)によれば,原告は,山本に対し勤務先の電話番号を教えていること及び本件取引後に行ったワールド日栄証券との取引においても同社に対し,勤務先の電話番号を教えていることが認められ,これら認定事実に照らすと,原告の前記主張を採用することは困難である。
また,原告は,無断売買等が行われた根拠として,信用取引開始後の取引規模の拡大,乗換取引,成行注文,特定銘柄の短期間の反復売買を挙げる(争点(1)についての【原告の主張】ウ)ので,この点について判断することにする。
(ア) 信用取引開始後の取引規模拡大の主張について検討するに,①信用取引は,保証金等の仕組みからして,現物取引に比べ,取引規模を拡大することが予定された取引であること(乙8,弁論の全趣旨),②原告は,信用取引開始前の平成11年6月17日以前の現物取引においても,実質的な売買が行われた同年3月5日から約3か月の間に,17銘柄について短期売買を行い,246万144円もの利益を得ていたこと(前記認定事実イ(ア))に照らすと,信用取引開始後の取引により突如投機的取引が開始されたとか,その取引が奔放であるとかと評価することは困難であるというべきである。
(イ) 乗換取引,成行注文の主張について検討するに,乗換取引,成行注文が多数行われていることが直ちに無断売買等の根拠となると解することはできない。のみならず,乗換取引,成行注文の取引手法は,キャピタルゲイン獲得を目的とした取引の場合には,一定の合理性を有するところ,原告は,以前にも短期反復売買によって利益を得たという取引経験があるし(前記認定事実ア(イ)),本件取引もその保有期間等からキャピタルゲイン獲得を目的とした取引であると認められることに照らすと,原告の前記主張は採用することができないというべきである。
(ウ) 短期反復売買の主張について検討するに,①原告は,前記(イ)のとおり,以前にも短期反復売買によって利益を得たという取引経験を持っていること,②取引金額が多額の場合,リスクを回避するために少しでも利益が出たら確実に利益を獲得し,再度買い直すなどして反復売買を繰り返しキャピタルゲインを獲得していくという手法には一応の合理性があるところ,ソフトバンク株は株価が高額で売買金額が多額にのぼるところ,別紙3「全取引一覧表」の番号32,37,38,43ないし46,61,62,72,73,87,88,126,127,135ないし139,175,176記載のとおり,原告は平成11年6月11日から同年9月3日までの間にソフトバンク株を安く買っては高く売るという売買を繰り返し,確実に利益を獲得しており,その取引方法に格別不自然な点は見られないこと,③株式を品受することから無断取引等を推認することには無理があることに加え,第一家庭電器株,ツガミ株の双方とも,原告は品受をした後1か月前後で決済しており,第一家庭電器株,ツガミ株の品受の事実から被告が原告の損金発生の事実を隠蔽したと認めることは困難であることに照らすと,この点の原告の主張も理由がない。
ウ 以上の検討から明らかなとおり,原告の無断売買等の主張は,これを認めるに足りる証拠がなく,採用することができない。
3 争点(2)(説明義務違反の有無)について
原告は,約諾書等,信用取引の関係書類について,山本から全く説明を受けることなく署名をさせられたと主張し,これに沿う供述をする。
しかし,前記認定事実イ(ウ),(キ)によれば,原告は,①約諾書,確認書に署名押印していること,②その際,確認書については交付を受けていること,③約諾書も後日郵送されてきていること,④その後,信用取引が約5か月間継続していることが認められるのであり,これら認定事実によれば,山本から,信用取引開始に当たり,原告に対し,信用取引の仕組み等について,十分な説明がなされたと解するのが相当である。
この点に関し,原告は,①約諾書及び確認書に署名押印した事情について,山本がいずれかの書面に目隠しをしてそのまま原告が署名押印をした(原告【30頁】),②原告は,取引報告書の記載から信用取引が開始されたことを疑いながらも(原告【31頁】),月次報告書については興味がなかったので全く見なかった(原告【32頁】),③信用取引が大きな損失を生じる危険性があることを知りながら,信用取引の書面の受渡に注意を払わなかった(原告【31頁】)旨供述するが,その供述は不自然かつ不合理であり,前記認定事実に照らし,採用することができない。
以上によれば,原告の説明義務違反の主張は理由がない。
4 争点(3)(過当取引の有無)について
(1) はじめに
株式投資は,投資者自身が取引銘柄の選定や,取引数量等の決定を自己の判断と責任において行うべきものであり,それによって生じた損失は,本来投資者自身に帰属すべきものである(自己責任の原則)。しかし,投資判断には,高度の知識,情報,分析能力等を必要とするところ,一般投資者は,専門家である証券会社ないしその担当者からの勧誘ないし助言に大きな影響を受けやすく,反面,証券会社はその収益を主として証券取引の手数料に依存していることから,顧客を過当な取引に誘う危険が内在していることは否定できないところである。このような実情を考慮すると,証券会社が顧客の取引口座について支配を及ぼし,顧客の信頼を濫用して手数料稼ぎ等の自己の利益を図るために顧客の資産,経験,知識や当該口座の性格に照らして社会的相当性を逸脱した過当な頻度,数量の取引勧誘を行うことは,顧客に対する誠実義務に違反する詐欺的・背任的行為として違法と評価されるというべきである。ただし,一般に,過当取引か否かを判断する要素として主張される回転率,手数料率等については,これらの数値のみから直ちに手数料稼ぎ等の証券会社の意図を判別するのは相当でない。あくまで,当該取引の量,頻度等に関する数的要素は,当該取引勧誘の違法判断の一要素にすぎず,当該取引に対する顧客の意思・態度,顧客の経験及び資力等の諸事情も総合勘案して,当該取引の違法を個別具体的に判断していくのが相当であると思料する。当裁判所は,以上の基準を前提に,本件取引が過当取引に当たり違法といえるか否かについて判断することにする。
(2) 本件取引回数等について
ア 原告は,本件取引の取引回数について,別紙3「全取引一覧表」記載のとおり合計387回であると主張する。
取引の過当性を判断するについて用いる取引回数には,取消,株式配当,証券の持出し・持込みを含めるのは妥当でないほか,委託手数料の算出にかかる約定代金は,有価証券の売買取引等において同一銘柄につき同一日に成立したものであって同一種類の注文によるものは「1口」として扱われ,証券会社が任意に別口と扱うことはできない(乙17)ことから,前記要件の下で「1口」と扱われる取引については,取引回数も合わせて1回と数えるのが相当である。そうだとすると,前記認定事実イ(キ)によれば,本件取引は別紙2のとおりであり,その取引回数は178回であると解するのが相当である。
イ 本件取引のうち,特に取引が多数行われたのは,平成11年3月5日から同年11月16日までの間であるが,この半年間に,別紙2記載のとおり177回の取引が行われ,特に信用取引が始まった同年6月17日以降は,ほぼ毎日のように売買が繰り返される結果となっており,別紙3「全取引一覧表」記載のとおり,株式保有期間1か月以内の取引が138回に上り,乗換取引が頻繁に行われ,回転率も高い。
そして,被告は,本件取引で手数料として1148万4772円を得ており,原告の主張する本件取引における損失額の約65パーセント(1148万4772円÷1778万4101≒0.65)を占めている。
以上のとおり,本件取引は短期間に多数回にわたって行われ,株式保有期間の短い取引が多数あり,乗換取引も頻繁で回転率も高い。しかも,被告が本件取引で得た手数料は,1148万余と多額である。
(3) 原告の証券取引経験等について
ア 原告は,前記認定事実ア(イ)で認定したとおり,昭和52年以前から証券取引を行い,本件取引開始までに証券取引に長年の経験を持つ者である。この点につき,原告は,平成7年より以前の原告名義口座での証券取引は,妻が行っていたと主張し,これに沿う供述もするが,これを裏付けるに足りる的確かつ客観的な証拠は存在しない。かえって,①原告の妻も,丸荘証券足利支店において妻名義の口座を持ち,取引を行っていること(乙23,24),②平成6年2月2日付丸荘証券足利支店宛の取引申込書(再作成のもの)は,原告が作成したものであること(乙21,原告【21,22頁】)が認められ,これら認定事実に照らすと,原告の供述は採用することができない。
イ 次に,原告の資力について検討するに,前記認定事実ア(ア)及び証拠(乙14,15,28,原告【19,20,23,24頁】)によれば,①原告は,上場企業である三洋電機に定年まで勤務した者である上,不動産投資も行っていたこと,②原告は,本件取引後にもワールド日栄証券において余裕資金で証券取引を行っていることが認められ,そうだとすると,原告は,本件取引時,潤沢な投資資金を所持していたと認めるのが相当である。
ウ さらに,原告の取引姿勢について検討するに,①原告は,本件取引以前に丸荘証券において,短期取引を多数行っていたこと(前記認定事実ア(イ)),②原告は証券に関する雑誌を読んだりして証券取引に関する知識を吸収していたこと(原告【2,3,18頁】),③原告は,本件取引後も,ワールド日栄証券でソフトバンク株,CSK株等いわゆるIT関連株を大量に売買していること(前記認定事実ア(ウ))が認められ,原告は,証券取引について積極的な姿勢をとっていたと見るのが相当である。
(4) 口座支配性,悪意の有無について
前記認定事実イ,ウ,前記2及び証拠(乙5,33,37,48ないし50,証人山本)並びに弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 本件取引は山本の情報をもとに,原告が山本と協議して売り買いを決定するという方法がとられていた。原告は,取引について,山本に一任しておらず,自らの意思で決定していた。
イ 原告は,本件取引において,平成11年8月31日ころまでは,被告への預託評価額残高は3703万7223円と利益が出ていた。しかし,平成11年9月に入って相場が下降気味になり,いずれも信用取引で7月15日に平均約335円で買い付けたツガミ7万株(331円で4000株,332円で6000株,333円で1万株,334円で2万株,338円で7000株,339円で2万3000株),7月16日に平均約334円で買い付けた勧角証券5万株(334円で4000株,334円で1万2000株,335円で3万4000株),8月20日に平均約285円で買い付けた東洋精糖5万株(283円で3万株,289円で2万株),8月27日に297円で買い付けた東海観光9000株,9月3日に平均4748円で買い付けたクレディア3000株(4740円で600株,4750円で2400株)などの評価損が出始めた。
ウ そこで,山本は,平成11年9月21日以降,原告に対し,現物株を現金化しておくなど取引の縮小を勧めたほか,9月29日には原告宅を訪れ,信用取引は縮小気味で行くことなどの助言をした。平成11年9月末日時点における原告の本件取引に関する差引損益(その時点までの評価損益累計とそれまでの実現損益累計を合算したもの)は6万7835円の損失(評価損益累計がマイナス247万4569円であり実現損益累計がプラス240万6734円)にとどまっていた。したがって,山本の助言にしたがって,平成11年9月末日時点で信用取引の手仕舞いをしていれば僅かの損失で済んだ。しかし,原告は,山本の助言に従わず,信用取引で買い付けた銘柄を縮小,処分することなくそのまま保持し,相場の行方をみることにした。
エ 平成11年10月に入っても株式の相場環境は回復せず,下降基調が続いた。被告の松本部長,内田支店長は,平成11年10月15日,原告宅を訪問し,原告に対し,信用取引の早めの手仕舞いを勧めたが,原告はこれに応じなかった。
オ 結局,原告は,ようやく平成11年11月に入って,信用取引の手仕舞いをすることにした。11月5日に297円で買い付けた東海観光株9000株を139円で売り147万1158円の損失を,11月16日に平均約285円で買い付けた東洋精糖5万株を165円で売り625万3647円の損失を,同日に平均4748円で買い付けたクレディア3000株を2600円で売り264万8757円の損失をそれぞれ出した。以上のとおり,原告が本件取引で損失を被ったのは,短期反復売買及びこれに対する手数料の支払に原因があるのではなく,大きく買い建玉を建てた後株価が下落し,被告従業員の助言に従わず自らの判断で損切りすることなく相場状況を見ているうちに損失額が膨らみ,原告主張の損失額までになったことが認められる。
(5) 違法性の有無について
以上(2)ないし(4)によれば,次の事実が認められる。本件取引の回数は178回,しかも半年間に177回も行われていること,株式保有期間1か月以内の取引が138回も行われていること,頻繁な乗換取引,高い回転率及び被告の取得した手数料も1148万4772円と多額であることからすると,本件取引は,一見すると過当取引に当たるかのようにもみえる。しかし,原告は豊富な証券取引経験をもとに自らの意思でキャピタルゲインを狙って短期反復売買を繰り返したのであり,その取引は平成11年8月末日ころまでは利益が上がっていたのである。原告が本件取引で損失を被ったのは,短期反復売買及びこれに対する手数料支払がかさんだことにあるのではなく,平成11年9月に入ってから株価の下落が続き,山本,松本部長,内田支店長らが早期の手仕舞いを勧めたのにこれに従わず,自らの意思で損切りの判断時期を遅らせた点に原因があったというべきである。
以上から明らかなとおり,本件取引においては,被告ないし山本の原告取引口座に対する支配性及び被告の悪意は認められず,違法な過当取引ということはできず,この判断を覆すに足りる証拠は存在しない。
5 小括
前記2ないし4の認定のとおり,原告が主張する本件取引の違法はいずれも認めることができない。
第4 結論
以上のとおり,本件取引において過当取引等の違法はいずれも認めることができず,原告の主張はその余の点を判断するまでもなく理由がない。よって,原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却することにする。
(裁判長裁判官・難波孝一,裁判官・三浦隆志,裁判官・笹川ユキコ)
別紙1ないし3<省略>