東京地方裁判所 平成13年(ワ)18818号 判決 2003年11月18日
甲事件原告・乙事件被参加人(以下「原告」という。) X
同訴訟代理人弁護士 平手啓一
同 小川眞澄
同 山上東一郎
同 中村雅行
同 奥村賢治
甲事件被告・乙事件被参加人(以下「被告」という。) 医療法人十字会
同代表者理事長職務代行者 A
同訴訟代理人弁護士 藤本勝也
同 安西義明
乙事件参加人(以下「参加人」という。) B
同訴訟代理人弁護士 伊礼勇吉
同 山田勝一郎
同 立津龍二
主文
1 被告は、原告に対し、金1億9597万5967円及びこれに対する平成15年3月6日から完済まで年5分による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 参加人の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は、甲乙事件を通じて、これを10分し、その3を原告の負担とし、その2を被告の負担とし、その余を参加人の負担とする。
5 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。ただし、被告が1億4000万円の担保を供するときは、その仮執行を免れることができる。
事実
第1当事者の求めた裁判
1 原告
(甲事件について)
(1) 被告は、原告に対し、5億1655万6263円及びこれに対する平成15年3月6日から完済まで年5分による金員を支払え。
(乙事件について)
(2) 参加人の原告に対する請求を棄却する。
(3) 訴訟費用は、被告及び参加人の負担とする。
(4) 仮執行宣言
2 被告
(甲事件について)
(1) 原告の請求を棄却する。
(乙事件について)
(2) 参加人の被告に対する請求を棄却する。
(3) 訴訟費用は、原告及び参加人の負担とする。
3 参加人
(甲事件について)
(1) 原告の請求を棄却する。
(乙事件について)
(2) 原告、被告及び参加人との間で、参加人が、被告の出資持分中1001万9265分の261万9265(設立当初の出資者をCとするもの)を所有することを確認する。
(3) 参加によって生じた訴訟費用は、原告及び被告の負担とする。
第2当事者の主張
1 甲事件について
(1) 原告の請求原因
ア C(以下「C」という。)は、被告の設立に際し、原始社員として出資金全額1001万9265円のうち、261万9265円の出資金を支払った。したがって、Cは、被告の資産について1001万9265分の261万9265の持分(以下「本件持分」という。)を有していた。
イ 被告は、昭和29年11月4日に設立された医療法人社団であり、精神科を専門としている松見病院を経営している。
ウ Cは平成8年9月15日死亡したが、その相続人は、別紙1の相続関係図のとおりである。Cの姉である参加人はじめ原告以外の他の相続人らは、平成9年12月25日、相続放棄をしたため、原告は、Cの妻として、その相続財産を単独で相続した。原告は、被告に対し、被告の定款7条、同9条に基づき、Cの死亡に伴って発生する本件持分の払戻請求権(以下「本件払戻請求権」という。)を取得した。
エ 被告の純資産は、別紙2の財産目録1記載のとおり、本件払戻請求権の算定基準時点である平成8年9月の時点で合計35億3143万4000円である(なお、別紙2の財産目録1については、土地、建物及び借地権については、鑑定結果に従い平成8年9月15日時点の評価により算定され、その余の資産、負債については、平成8年9月末日時点の被告の貸借対照表により算定されている。)。したがって、本件払戻請求権の価額は、35億3143万4000円に、本件持分割合である1001万9265分の261万9265を乗じて算出される9億2319万7607円(円未満につき切捨。以下同じ)である。
本件払戻請求権の算定方法は、退社時を基準として、被告の純資産について事業の継続を前提として資産を一括して譲渡する場合の譲渡価格(営業価格)を基礎とし、これに持分割合を乗じて算定すべきである。なお、この方法による以上、純資産の算定にあたり、被告が主張する、事業の清算を前提とした従業員の退職金等の清算費用及び清算時の公租公課等を控除すべきでない。
オ 原告と被告は、平成12年4月5日、被告がCひいてはその唯一の相続人である原告に対して有する合計2億5461万8037円の貸付債権(以下「本件貸付金」という。)と、原告の本件払戻請求権とをその対当額において相殺することを合意した。本件払戻請求権の価額9億2319万7607円から本件貸付金を差し引くと、被告において本件払戻請求権に対して支払うべき金額(以下「本件払戻額」という。)は、6億6857万9570円となる。
カ よって、原告は、被告に対し、本件払戻額の範囲内である5億1655万6263円及びこれに対する請求の趣旨拡張の申立書送達の日の翌日である平成15年3月6日から完済まで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を求める。
(2) 被告の請求原因に対する認否
ア 請求原因アからウまでの各事実はすべて認める。
イ 同エの事実のうち、原告主張の純資産額の算定方法は否認する。
本件払戻請求権の算定方法は、次の(ア)又は(イ)によるべきである。
(ア) 別紙3の財産目録2のとおり、別紙2の財産目録1の資産の項目から建物の価格を除いた被告の純資産の価額31億6310万4000円を基礎とし、これから清算費用(従業員の退職金、患者の移送費用等)、清算所得にかかる公租公課を控除した残余財産の価額によるべきである(なお、建物については、客観的な価値はないので、建物の価格を被告の資産に含めるべきではない。)。なぜなら、本件持分は約4分の1に達しており、本件払戻請求権の額に照らして、被告の事業継続をいったん止めて総資産を清算するほか、これを支払うことはできない。それ故、本件払戻請求権の算定にあたっては、清算を前提にした算定方法しかとりえないからである。
上記算定方法によると、残余財産の価額は、被告の純資産価額31億6310万4000円から下記の清算費用及び清算にかかる公租公課の合計額18億0546万4000円を控除した13億5764万円となり、本件払戻請求権の価額は、上記13億5764万円に、本件持分割合である1001万9265分の261万9265を乗じて算出された3億5491万8143円である。
記
あ 清算費用
a 未払退職金 1億8250万5000円
b 患者移送費用 5100万円
c 建物取り壊し費用 1億0450万円
d その他移転諸雑費 3000万円
い 清算にかかる公租公課 14億3745万9000円
上記合計 18億0546万4000円
以上から、本件払戻額は、本件払戻請求権の価額である3億5491万8143円から本件貸付金2億5461万8037円を差し引いた1億0030万0106円である。
(イ) 土地について収益還元法により算出された価額を基礎とし、これから、譲渡所得にかかる公租公課を控除した後の残余財産の価額による方法
かりに(ア)の清算による算定方法によらず、営業価格を基礎とするならば、譲渡価格にほぼ近いとされる収益還元法による算定を用いるべきである。鑑定の結果によれば、被告の所有土地等を更地と仮定し、鉄筋三階建共同住宅を建設することを想定した場合の収益還元法による土地の価額は、21億5088万7311円であり、これに基づく時価評価額による純資産価額は、20億6747万6000円で、処分にあたっては公租公課等10億6637万1000円が課されるから、これを控除すると残余財産の価額は、10億0110万5000円となる。
したがって、本件払戻請求権の価額は、10億0110万5000円に、本件持分割合である1001万9265分の261万9265を乗じて算出される2億6171万1741円である。
以上から、本件払戻額は、本件払戻請求権の価額である2億6171万1741円から本件貸付金2億5461万8037円を差し引いた709万3704円である。
ウ 同オの事実のうち、本件貸付金が2億5461万8037円であること、原告及び被告が本件貸付金と本件払戻請求権とをその対当額において相殺することを合意したことは認めるが、原告主張の本件払戻請求権の価額及び本件払戻額は否認する。
(3) 参加人の請求原因に対する認否
ア 請求原因ア、イの各事実は認める。
イ 同ウの事実については、Cが主張の日時に死亡したこと、相続関係及び原告以外の相続人が相続放棄をしたことは認め、その余は否認する。本件払戻請求権は、後記のとおり、参加人において取得しており、相続財産の対象に含まれていない。
ウ 同エ、オの各事実についてはいずれも知らない。
(4) 参加人の本件持分取得の抗弁
後記乙事件の請求の原因主張記載のとおりである。
(5) 原告及び被告の抗弁に対する認否
後記乙事件の請求の原因に対する原告及び被告の認否記載のとおりである。
(6) 原告及び被告の再抗弁
後記乙事件の原告及び被告の抗弁記載のとおりである。
(7) 参加人の再抗弁に対する認否
後記乙事件の抗弁に対する参加人の認否記載のとおりである。
2 乙事件について
(1) 参加人の請求の原因
(主位的請求原因)
ア(ア) 参加人は、平成8年3月12日、Cから、被告の駐車場用地である別紙4の物件目録記載の不動産(以下「本件土地」という。)についてなされたCの共有持分4分の1に対する競売申立事件(東京地方裁判所八王子支部平成6年・第215号。以下「本件競売事件」という。)につき、参加人においてこれを解決することを停止条件として、本件持分を買い受けた(以下「本件売買」という。)。
本件競売事件の解決とは、具体的には参加人の親族あるいは被告が、本件競売事件により差押を受けたCの持分4分の1を最終的に取得することである。
(イ) 本件売買の代金は、参加人がCに代わって、Cの被告からの借入額約3億円とCのDへの借入金債務1億4000万円をそれぞれ支払うことである。参加人は、Dに対し、平成8年10月3日5000万円、平成9年2月28日9000万円の合計1億4000万円を支払った。被告に対する債務分については、同債務が確定した時点で、協議の上、支払う予定である。
イ Cは、平成8年3月12日、被告に対し、本件売買を通知した。なお、原告は本件売買につき定款26条7号により、社員総会の議決が必要であると主張するが、出資持分を第三者に譲渡することは払戻ではなく、同号にいう社員の退社には当たらず、社員総会の議決は不要である。
ウ 被告は平成10年3月10日本件競売事件について本件土地についてのCの共有持分を取得して解決しており、前記停止条件は成就した。
エ 原告及び被告は、参加人が本件持分を所有することを争っている。
オ よって、参加人は、原告及び被告に対し、参加人が本件持分を所有することの確認を求める。
(予備的請求原因)
ア(ア) かりに、本件売買が認められないとしても、
Cは、平成8年3月12日、参加人に対し、本件競売事件について参加人が解決することを停止条件として、負担付で本件持分を贈与した(以下「本件贈与」という。)。本件競売事件の解決とは、具体的には前記主位的請求原因ア(ア)と同じである。
(イ) 本件贈与の負担の内容は、前記主位的請求原因ア(イ)記載の売買代金の支払と同じである。
イ Cは、平成8年3月12日、被告に対し、本件贈与の事実について、通知した。なお、参加人は、社員総会の議決が必要と主張するが、それが不要であることは、前記主位的請求原因イ記載のとおりである。
ウ 主位的請求原因ウと同じ。
エ 主位的請求原因エと同じ。
オ 主位的請求原因オと同じ。
(2) 原告及び被告の請求原因に対する認否及び主張
(主位的請求原因)
ア 請求原因アの事実は、すべて否認する。
本件売買は、成立していない。すなわち、
(ア) 本件売買にそう平成8年3月12日付け覚書(丙ロ1、以下「本件覚書」という。)は、売買契約成立の基本的な要素(対価等)について何ら記載がなく、Cの死亡により原告が本件持分を相続で取得することを妨害するために便宜的に作られており、真意に基づくものではない。
(イ) 本件売買の停止条件の内容は、被告において本件競売事件で差押を受けたCの持分4分の1を取得することとされており、契約を締結する際には被告の関与が不可欠である。しかし、被告は、本件売買に関与していない。
(ウ) 参加人は、本件持分の取得の対価として、Cに代わってその債務を代払いし、かつ、本件競売事件の解決をするという債務を負っているが、参加人にはその負担に応じられる経済力はない。
(エ) 参加人作成のCの相続税申告書には、本件持分を相続財産として記載しており、これは、参加人が本件持分の所有権を取得していないことを自認していることにほかならない。
(オ) 参加人は、Cの相続について相続放棄をしており、Cの債務について弁済する意思がなく、ひいては本件売買の代価を履行する意思がなかった。
イ 同イの事実は、不知。なお、本件売買については、そもそも定款26条7号により、社員総会の議決が必要とされているが、本件では、被告において、かかる手続が履践されていない。
ウ 同ウの事実のうち、被告が本件土地のCの持分を取得したことは認める。しかし、停止条件の成就の点は否認する。本件競売事件を解決したのは、参加人ではなく、被告であり、被告は、本件覚書の趣旨に基づいて本件土地のCの持分を取得したわけではない。
エ 同エの事実のうち、原告が参加人の本件持分の取得を争っている事実は認める。
(予備的請求原因)
ア 予備的請求原因アの事実は、すべて否認する。本件贈与は、本件売買に関する前記アの(ア)から(オ)までの主張と同様により、成立していない。
イ 同イの事実は、不知。なお、本件売買については、そもそも定款26条7号により、社員総会の議決が必要とされているが、本件では、被告において、かかる手続が履践されていない。
ウ 同ウの事実は、主位的請求原因ウに対する認否と同じ。
エ 同エの事実は、主位的請求原因エに対する認否と同じ。
(3) 原告及び被告の抗弁
(主位的請求原因に対し)
(売買契約の解除)
参加人は、平成9年12月25日、Cの相続について相続放棄をすることにより、同人の債務承継を免れ、同人の被告に対する債務処理という負担を承継する意思のないことを明白にした。また、参加人は多額の負債を抱えており、履行するための資力もなかった。したがって、原告は、参加人に対し、履行が不能であることが確実であったから(催告をするまでもない)、平成15年5月6日の本件口頭弁論期日において、本件売買契約について解除の意思表示をした。
(予備的請求原因に対し)
(本件贈与の解除)
参加人は、平成9年12月25日、Cの相続について相続放棄をすることにより、同人の債務承継を免れ、同人の被告に対する債務処理という負担を履行する意思のないことを明白にした。また、参加人は多額の負債を抱えており、履行するための資力もなかった。したがって、原告は、参加人に対し、履行が不能であることが確実であったから(催告をするまでもない)、平成15年5月6日の本件口頭弁論期日において、本件贈与について解除の意思表示をした。
(4) 抗弁に対する参加人の認否
(売買契約の解除の抗弁に対し)
売買契約について解除の意思表示がされた事実は認めるが、その余は否認する。
(本件贈与の解除の抗弁に対し)
本件贈与について解除の意思表示がされた事実は認めるが、その余は否認する。
第3証拠
証拠は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
第1はじめに
甲事件は原告が本件払戻請求権を取得したことを前提として本件払戻請求権に基づき金員請求をする事件であり、乙事件は参加人が本件払戻請求権を主位的に本件売買、予備的に本件贈与に基づき取得したとして本件払戻請求権を有することの確認を求める事件である。
そこで、本件においては、まず乙事件、すなわち参加人が本件払戻請求権を取得したかどうかを判断し、次にこれが否定されて、原告が本件払戻請求権を取得したと認められた後、甲事件すなわち本件払戻請求権に対して支払うべき金額について判断することとする。
第2乙事件について
1 本件紛争の経緯について
後記認定に供した証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1) Cの負債の状況等
Cは、昭和57年ころから、参加人と離婚した前夫との長男で、甥にあたるEから、懇請されるまま、同人の主宰する宗教法人E司家(以下「E司家」という。)に対し、個人的に資金援助をするようになった。E司家は、大相撲の行司及び力士に免状を発行し、横綱に対し綱を授与するなど、財団法人日本相撲協会と関連の深い団体であり、Eが第25代当主を務めていた。E司家は、乱脈経営により、昭和61年5月ころ、倒産した。Cは、昭和62年ころから、Eのために世田谷区a所在の自宅を担保にするなどして金融機関に対し、数億円の債務を負うようになり、いわゆる街の金融業者からも高利で度々借入をするようになった。
Cは、平成2年2月1日、債務の返済のために世田谷区a所在の自宅を売却するなどした。Cは、平成2年11月ころから同5年ころまで、原告から合計で1億6000万円余りを借入れるとともに、その頃交際していた原告から手形の決裁資金を立替てもらったことなどにより被告に対しても約2億円の債務を負った。
Cは、平成6年3月16日、多額の債務を抱えて返済の見込みが立たないことや交友関係に問題があることなどを理由として、被告の定款7条2項に基づき被告の社員総会において除名処分を受けるとともに、被告の常務理事及び松見病院の院長を解任された。
Cは、債権者らから、平成6年3月19日から死亡する同8年9月15日まで、被告から支給される給料等の差押を受け、Cの勤務する病院、被告関係者らは、平成6年4月から5月にかけて、Cの債務問題について暴力団組員や右翼団体などから脅迫に近い取り立てを受けていた。
Cは、平成8年9月15日に死亡するまでに、判明するだけで合計約12億円に上る債務を負っていた。(甲20、甲21、甲65から甲67、乙11、乙20、乙22、乙24、乙26、丙ロ3、原告本人、参加人本人、弁論の全趣旨)
(2) 原告のCに対する貸付の経緯及びCとの婚姻等
ア Cは昭和57年ころから、原告と紹介を受けて婚姻を前提に交際を始め、まもなく婚姻届にそれぞれ署名捺印をした。ところが、原告の実父が昭和61年に死亡し、そのころ原告が乳癌に罹患したため、婚姻の届け出をしなかった。
原告は、昭和62年ころからCに対し、身の回りの世話のほか、経済的な援助もするようになった。原告は、平成2年6月25日ころから同5年6月ころまで、Cに対し計約1億6000万円を貸し付けたり、Cの紹介した第三者に対しても金員を貸し付けたりした。
Cと原告は、平成5年9月3日、婚姻を届け出たが、婚姻後もCの債権者からの取り立てが厳しかったこともあって、同居しなかった。(甲18、甲65、甲66、甲68、乙11、乙21、原告本人、弁論の全趣旨)
イ 原告は、平成7年夏ころ、Cに対し、同人所有の宝石類を担保に、金員を貸した。原告は、Cから担保物を売却して金を返すと頼まれたので、Cに対し、前記宝石類を返還した。しかし、Cはその後原告に対し、宝石類及び金員を返還しなかった。これを機に、原告とCとの関係が疎遠になり、原告は平成7年12月ころCの自宅の動産を仮に差押えた。Cは平成7年11月16日原告に対し婚姻無効確認の訴えを提起したが、Cの死亡に伴う取下で終了した。(甲16、甲65、乙1、乙9から乙11まで、原告本人)
(3) 本件覚書の作成等
Cはかねて肺癌で療養中であったが、平成8年1月20日ころ、参加人に対し、同日付けの法人持分譲渡確約書と題する「Cは、本件持分全部を参加人に譲渡すること、その他の者に対しては譲渡する意思もないので、法人持分の譲渡を勿論、退社に伴う払戻請求権も、いかなる者にも譲渡致しませんので、念のため、本書を差し入れます。」旨の書面(丙ロ2、乙4)を作成して、そのころ渡した。その際、Cは参加人に対し、法人持分譲渡予約書と題する「Cは参加人に対し本件持分を譲渡することを予約すること、代金精算については、本書とは、別途に参加人と協議して定めること、本譲渡予約は、参加人がCに対し、譲渡を求める意思表示をすることにより完結し、本件持分は参加人に移転すること、このとおり了承したので、本書を差し入れる。」旨の書面(乙3)を作成して、そのころ渡した。
Cと参加人は、同年3月12日、本件覚書を作成した。本件覚書には、「Cは本件持分を参加人に譲渡することを約し、参加人はCが本件競売事件の解決をすることを条件として、出資証券と引換にこれを譲り受ける。譲渡金額については別途にこれを定めるも、この譲渡金額をもってCが被告よりの借用債務に充当する。」との記載があり、同年4月11日付けの公証人による確定日付がなされている。
(乙3、乙4、丙ロ1、丙ロ2、丙ロ3、参加人本人、弁論の全趣旨)
(4) 本件競売事件の経過等
ア Cは、平成2年4月10日、株式会社ユーコー(以下「ユーコー」という。)に対し、本件土地の共有持分4分の1について根抵当権を設定して、同社から多額の借入れを行った。ユーコーは、平成3年12月25日、本件土地について競売を申し立て、平成5年3月25日、いったん取り下げたものの、平成6年4月14日、再度競売を申し立てた。ユーコーは、平成10年2月17日自ら競売の買受人となって本件土地の共有持分4分の1を取得したうえ、本件土地を駐車場として使用していた被告に対して買取るように強く申し入れた。(乙53、参加人本人、弁論の全趣旨)
イ 被告は、同年3月10日、ユーコーからの申し入れを受けて、やむなく本件土地の共有持分4分の1を代金1億1000万円で買った。
ウ Cの被告に対する債務は、Cの死亡した平成8年9月15日の時点で合計で1億9142万2702円であった。参加人は、被告に対するCの債務を全く弁済していない。(甲29、乙26、乙53、丙ロ3、参加人本人、弁論の全趣旨)
(5) 参加人の相続放棄
参加人は、平成9年12月25日、原告以外の他の相続人とともに、Cの相続放棄をした。原告を除くCの相続人らは、前記相続放棄の際、Cの相続財産の状況を検討し、本件持分がCの相続財産に含まれることを前提にしても、大幅に債務超過しているものと判断していた。
(甲33、乙52の2、3、乙56、参加人本人、弁論の全趣旨)
(6) 参加人の資産状況
参加人は、不動産の管理業等を事業内容とする株式会社エバー・ブルーの代表取締役である。同社所有の渋谷区b及び世田谷区c所在の各土地建物は、多額の負債のため、前者につき平成12年7月11日、後者につき同年3月9日、それぞれ競売により第三者に売却された。参加人は、株式会社エバー・ブルーの債務について連帯保証をしている。参加人は、資産として、自己所有の被告に対する出資持分1001万9265分の240以外に有しておらず、その出資証券についても街の金融業者が所持している。(甲55から甲64まで、参加人本人)
2 前記1の認定事実に基づき、参加人の主張する請求原因について判断する。
(1) 主位的請求原因アについて
ア 前記1の認定事実によれば、参加人の主張にそうものとして、参加人本人の供述があるほか、(ア) Cは、平成8年1月20日ころ、前記法人持分譲渡確約書と題する書面(乙3)や前記法人持分譲渡予約書と題する書面(乙4)を作成していること、(イ) Cと参加人とは、同年3月12日、本件持分を譲渡することを約する旨の本件覚書を作成していることが認められ、このほか、肺癌で療養中のCが平成7年11月16日原告を相手方として婚姻無効確認の訴えを提起したことなどからすると、Cは本件持分を参加人に対して譲渡することを望んでおり、原告に対しては何らの権利も相続させるつもりはなかったものと認められる。
イ しかし、他方前記1の認定事実によれば、(ア) 本件覚書をみても、譲渡金額は別途定めるとあるに止まり、本件全証拠によるもこれを定めた事実が認め難いこと、(イ)本件覚書によれば、この譲渡契約に付されていた停止条件について、本件競売事件を解決する主体は、Cであり、参加人の主張する参加人や被告ではないこと、(ウ) 参加人は平成9年12月25日、本件持分をCの相続財産に含めて相続税の申告をしていること(乙25)、(エ) 参加人は、本件持分がCの相続財産に含まれることを前提にして資産状況を検討して相続放棄をしたこと、(オ) 本件売買後においても、被告の決算書類には、Cが本件持分を有する旨の記載があること(甲5)、(カ) 本件競売事件の解決は、実際には被告によってなされており、本件全証拠によるも、Cや参加人には平成8年当時及びその後においては、これを解決するに足りる経済的な資力があったとは認め難いことが指摘できる。
ウ そうすると、前記アの各事情があっても前記イの各事情に照らすと、本件売買の合意があったと認めることはできない。
そのほか、本件全証拠によるも本件売買を認めるに足りる証拠はない。
したがって、主位的請求原因については認めることができない。
(2) 予備的請求原因について判断する。
ア 予備的請求原因アについて
参加人の本件贈与に関する主張は、本件売買に関する主張のうち代金の支払の点を贈与契約における負担と置き換えて同趣旨の主張をしているものと認められる。したがって、前記2(1)で説示したことは、本件贈与の合意に関する判断についても同様であって、これを認めることはできない。
イ 以上から、予備的請求原因については、その余の点を判断するまでもなく、これを認めることはできない。
(3) 以上から、参加人の請求については、いずれも理由がない。
第2甲事件について
1 請求原因ア、イの各事実は、各当事者間に争いがない。
2 前記乙事件について説示したとおり、参加人が本件払戻請求権を取得したことが認められないので、結局、原告が相続により本件払戻請求権を取得したことが認められる。
3 本件払戻請求権の行使の経緯について
前記1の争いのない事実のほか、後記認定に供した証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1) 本件持分は、被告の出資持分の約4分の1を超えている。
(2) 退社時である平成8年9月15日時点における被告の資産状況等について
ア 被告の収益
被告の平成5年4月1日から同8年9月30日まで(ただし、平成7年4月1日から同8年3月31日までを除く。)の各期の当期利益及び当期未処分利益剰余金は、次のとおりである。(乙27、乙28、乙49)
(ア) 平成5年4月1日から同6年3月31日まで(第40期)
当期利益 9万0546円
当期未処分利益剰余金 4858万7299円
(イ) 平成6年4月1日から同7年3月31日まで(第41期)
当期利益 3693万7692円
当期未処分利益剰余金 8552万4991円
(ウ) 平成8年4月1日から同8年9月30日まで(第43期中間)
当期利益 △1362万1838円(損失)
当期未処分利益剰余金 6907万3577円
イ 被告の収支等
被告の収益は、銀行からの借入金約2億円に対する返済、施設改修等に充てられている。
なお、被告は、東京地方裁判所八王子支部により、平成10年12月1日、理事の選任手続をめぐる紛争から、当時の理事らの職務を停止、理事長職務代行者をA弁護士とする仮処分決定を受けた。被告の理事らの報酬の支払が停止されたことにより、被告は、平成10年12月以降、1年間平均で6300万円から1億円程度の収益を挙げている。(乙25、乙27から乙32まで、乙39、弁論の全趣旨)
ウ 被告の業務情況
(ア) 被告の経営する松見病院は、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律に基づく東京都指定の精神病院であり、措置患者を収容する施設とされている。ベッド数344床を有し、常時、ほぼ満床に近い状態となっている。平成8年9月の時点で、松見病院で従事する医師(パートの医師、歯科医師を含む)は約10名、看護婦(パートを含む)は44名、准看護婦・看護士は27名、看護補助者は35名、診療放射線技師は1名、栄養士は2名、その他の技術員は1名、医療社会事業従事者は1名、その他の事務職員・職員は37名の合計約158名である。(乙57、弁論の全趣旨)
(イ) 被告所有の不動産については、平成12年10月18日時点において、別紙5の担保設定状況一覧表記載のとおり担保が設定されており、銀行以外の金融業者等に対し設定された根抵当権(仮登記も含む)の極度額の合計は、65億5000万円となっている。ただし、この根抵当権の被担保債権額については不明である。(乙33から乙38まで、弁論の全趣旨)
(ウ) 原告は、被告に対し、いずれも本件払戻請求権を被保全権利として、平成10年7月13日被告所有の全部の土地について、さらに平成11年11月ころ診療報酬請求権について各仮差押をした。原告は、本訴係属中において、被告に対し、松見病院を売却して、本件持分の払戻をするよう再三にわたって求めている。(甲47、乙33から乙47、弁論の全趣旨)
前記認定事実によれば、① 本件持分は約4分の1に上り、本件払戻請求権は、原告主張の被告の純資産額を前提に概算すると、約9億2319万円、被告主張の被告の純資産額を前提にこれを概算すると、約8億2690万円に達すること、② 本件払戻請求権の発生の時点である平成8年9月の時点では、当期未処分利益剰余金として6907万3577円、別途積立金1億2000万円を計上していることが認められるに止まり、本件払戻請求権に相当する額の現金や預貯金等を有していないし、その後の各年の収益からもこれを見込まれないこと、③ 被告の所有土地に付されている担保からみて、本件払戻請求権に相当する額について、銀行等の金融機関から新たな借入れは難しい(乙33から乙38まで)ことなどの事実が認められ、これらの事実からすれば、被告は、本件払戻請求権について支払をするためには、平成8年9月の時点において、被告の資産を一括して処分し、これを清算して支払うほかに解決する方法が見出し難い。
(3) 本件払戻請求権の算定方法について
ア 上記(1)、(2)の事実を基にして、本件における本件払戻請求権の算定の基礎となる被告の資産の評価方法について検討する。
イ 本件持分の払戻の計算は、医療法人である被告の一部清算の実質をもつことに鑑み、その資産の評価は、法人の期間損益を明らかにすることを目的とする取得価格を基礎とした帳簿価格ないし貸借対照表上の資産価額によるべきではなく、本件払戻請求権の発生時における当該資産の客観的な価額によって算定すべきである。被告は、平成15年11月10日の弁論終結時において事業を継続しており(弁論の全趣旨)、本件払戻請求権の生じた平成8年9月15日時点における客観的な価額の算定としては、このような実態に応じて、被告の資産を個別に処分した場合の価額の合計によるべきではなく、被告の事業の継続を前提として、当該資産を特定の事業のために一括して譲渡する場合の譲渡価格(営業価格)を基準とすべきである。
なお、被告は、被告の所有土地について収益還元法に基づいて算出された価額をもって客観的な譲渡価格であると主張する。しかし、① 被告の所有土地を更地と仮定し、鉄筋三階建共同住宅を建設することを想定した場合の収益還元法によって算定された被告の所有土地の価額が、純資産評価方法により算出した価額に比し、より客観的な譲渡価格と認めるに足りる証拠はないこと、② 被告の所有土地の価額を算定するに際しては、本件の実態に合わせて事業の継続を前提としてこれを一括して譲渡すべきであることなどに照らし、被告の前記主張は採用できない。
ウ 事業の継続を前提としてこれを一括して譲渡することに基づいて、本件払戻請求権の算定の基礎となる被告の資産を算定するに際しては、固定資産(土地、建物、借地権、営業権)については、鑑定の結果による純資産評価方法で算出された平成8年9月15日時点の価額及びその余の資産並びに負債については、証拠(乙50号証)に基づき、平成8年9月末日時点の被告の貸借対照表により算定された価額によるのが相当である。
また、鑑定の結果によれば、被告の所有建物の価格は、3億6833万円と認めることができる。
エ 本件払戻請求権の算定の基礎となる被告の純資産の価額は、別紙2の財産目録1記載の被告の資産のとおりであり、具体的には被告の資産の総合計39億3147万4000円から被告の負債の総合計4億0004万円を差し引いた35億3143万4000円であると認められる。
(4) 次に、本件払戻請求権の算定に際し、清算費用及び清算所得にかかる公租公課を控除すべきか否かについて検討する。
既に説示したとおり、被告においては本件払戻請求権に対応して事業継続を前提として、これを一括して処分して清算せざるを得ない。つまり、本件払戻請求権の生じた平成8年9月15日時点において、被告は有する資産を一括して処分し清算したものとして想定したうえで、この結果実際に残存することになる資産に対して出資額の割合に応じて、払戻請求権を実現できることになるはずであるから、このような実態に合わせ、かつ原告と他の社員との間に持分払戻額の間に不公平が生じないように、処分する際に生じる必要経費を被告の純資産から控除するのが相当である。ことに、本件のように、退社時点である平成8年9月から現実に解散が見込まれる将来の時点において土地の値下がり等により大幅に被告の時価評価による資産額が変動しており(弁論の全趣旨)、しかも現実には未だ換価していないにもかかわらず、当該時点での有利な価額で以て、公租公課等を考慮しないままで純資産額を定めるとすれば、原告には二重に有利な価格を定めたこととなり、衡平の見地から許容し難い。したがって、本件払戻請求権の算定にあたっては、被告の純資産価額から、被告の有する資産について事業を継続したことを前提にして第三者に対し処分したうえで清算する場合の平成8年9月の時点での被告の清算所得にかかる法人税相当額を控除すべきである。
また、未払退職金については、事業の継続を前提としてその譲渡価額を決定するに際し、買受人としては被告の従業員等の退職金については就業規則で定められている限り少なくとも当時算出される退職金を負担せざるを得ないものと想定するであろうから、これを減額要素として考慮することは当然である。このような実態に鑑みると、本件払戻請求権の算定にあたっては、平成8年9月時点で就業規則上被告の従業員らに対し退職金として支給されるものとして算定された金額を負債として控除すべきである。(乙48、乙50)
次に、未払退職金以外の清算費用については、事業の継続を前提にこれを一括譲渡する場合の価額を基準とするのであるから、完全に病院事業を廃止し、被告の有する土地を更地にしたうえで、第三者に譲渡することを前提にした場合に要する費用を控除することまでは認められない。したがって、事業を廃止したうえで清算することを前提にした患者移送費用、建物取り壊し費用、その他移転諸雑費の控除を求める被告の主張には理由がない。
(5) 以上を前提にして、本件払戻請求権の価額について算定する。
前記(3)で説示したとおり、被告の純資産の価額は、35億3143万4000円である。
前記(4)で説示したとおり、被告の純資産の価額から平成8年9月の時点の未払退職金及び同時点での清算所得にかかる法人税相当額を控除することになる。証拠(乙48、乙50)によれば、未払退職金は1億8250万5000円と認められる。また、被告の純資産の価額から未払退職金を控除した清算所得にかかる法人税相当額を証拠(乙50)に基づき、これを算定すると、別紙6のとおり、前記法人税相当額は、16億2530万7780円となる。
以上から、本件払戻請求権の算定の基礎となる財産の価額は、被告の純資産価額35億3143万4000円から未払退職金1億8250万5000円及び前記法人税相当額16億2530万7780円を控除した17億2362万1220円となる。
したがって、本件払戻請求権の価額は、17億2362万1220円に、本件持分割合である1001万9265分の261万9265を乗じて算出される4億5059万4004円である。
4 請求原因オの事実のうち、本件貸付金2億5461万8037円であること並びに原告及び被告が本件払戻請求権とをその対当額において相殺することを合意したことは争いがない。
前記説示したとおり、本件払戻請求権の価額は、4億5059万4004円であるから、これから本件貸付金2億5461万8037円を控除すると、本件払戻額は、1億9597万5967円となる。
5 以上から、原告の請求は、1億9597万5967円の支払を求める限度で理由がある。
第4結論
以上によれば、原告の被告に対する請求は、1億9597万5967円の支払を求める限度で理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき、民訴法61条、同法64条をそれぞれ適用し、仮執行宣言につき、同法259条1項、3項を適用し、参加人の請求については理由がないから棄却し、参加人の訴訟費用の負担について同法61条、同法64条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小島浩 裁判官 佐藤和彦 澤井真一)
<以下省略>