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東京地方裁判所 平成13年(ワ)20658号 判決 2002年8月21日

原告(反訴被告)

甲野美代子

右訴訟代理人弁護士

田中恒朗

西川茂

被告(反訴原告)

甲野良子

右訴訟代理人弁護士

中吉章一郎

主文

1  被告は原告に対し、

(1)  金八二万円及びうち、金五万円に対する平成一三年六月末日から、金七万円に対する同年七月末日から、金七万円に対する同年八月末日から、金七万円に対する同年九月末日から、金七万円に対する同年一〇月末日から、金七万円に対する同年一一月末日から、金七万円に対する同年一二月末日から、金七万円に対する平成一四年一月末日から、金七万円に対する同年二月末日から、金七万円に対する同年三月末日から、金七万円に対する同年四月末日から、金七万円に対する同年五月末日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(2)  平成一四年六月から同年一一月まで毎月末日限り金七万円ずつ、平成一四年一二月末日限り金七万二三八二円、平成一五年一月から同年三月まで毎月末日限り金七万円ずつ及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は原告に対し、

(1)  金二〇六万七九〇〇円及びうち金九六万九九〇〇円に対する平成一三年八月八日から、金四五万円に対する平成一三年一〇月一〇日から、金六四万八〇〇〇円に対する平成一四年四月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(2)  金四六万八〇〇〇円及びこれに対する平成一四年一〇月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告は原告に対し、別紙物件目録記載の土地建物につき平成一二年四月一日贈与を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

4  原告のその余の請求及び反訴原告の反訴請求をいずれも棄却する。

5  訴訟費用は、本訴反訴ともに、これを八分し、その一を本訴原告(反訴被告)の負担とし、その余を本訴被告(反訴原告)の負担とする。

6  この判決は、第1項、第2項に限り、仮に執行することができる。

事実

第1  請求

1  本訴請求

(1)  被告は原告に対し、平成一三年六月末日限り金五万円、同年七月から平成一四年一一月まで毎月末日限り金七万円ずつ、平成一四年一二月末日限り金七万二三八二円、平成一五年一月から平成一七年三月まで毎月末日限り金七万円ずつ、及び、これらに対する各支払期の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(2)  被告は原告に対し、金九六万九九〇〇万円を直ちに、金四五万円を平成一三年九月二〇日限り、金六四万八〇〇〇円を平成一四年三月二〇日限り、金四六万八〇〇〇円を平成一四年九月二〇日限り、及びこれらに対する各支払期の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(3)  被告は原告に対し、別紙物件目録記載の土地及び建物につき、平成一二年四月一日贈与を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

2  反訴請求

反訴被告は、反訴原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明渡せ。

第2  事案の概要

本件は、娘である原告・反訴被告が、その母である被告・反訴原告に対し、扶養契約に基づき、扶養料(請求1)及び学費(請求2)の支払、並びに、別紙物件目録記載の土地及び建物につき贈与を原因とする所有権移転登記手続(請求3)を求める一方、被告・反訴原告が原告・反訴被告に対し、別紙物件目録記載の建物に関し、建物所有権、又は使用貸借終了に基づき、同建物の明渡しを求める(反訴請求)ものである。

1  前提となる事実(認定に係る証拠等は末尾にこれを掲記した。)

(1)  原告・反訴被告(以下「原告」という。)は、父である甲野一郎(以下「訴外一郎」という。)と母である被告・反訴原告(以下「被告」という。)との間に、昭和五六年五月一〇日出生した長女である。(争いのない事実)

(2)  訴外一郎と被告は、平成五年三月九日、原告の親権者を被告と定めて協議離婚した。その際、別紙物件目録記載の土地及び建物(○○マンション、以下土地及び建物を併せて「本件土地建物」といい、同目録記載の建物のみを「本件建物」という。)は被告に財産分与された。(争いのない事実)

(3)  被告は訴外一郎から、同年四月三日付け「甲野家資産分析」と題する書面(甲20)を受け取った。同書面中には、資産の分配に関し、「一人当たりは*一億三〇八一万円÷三=四三六〇万円となる。ミヨの持ち分の解釈はミヨ個人の所有ではなく、養育費的預かり金でありミヨの将来の異動があれば、本人にともなって移動する。」との記載がある。被告は同書面を受け取った直後に、訴外一郎に不満等を述べてはいない。(争いのない事実、甲20、弁論の全趣旨)

(4)  被告は、離婚後、肩書住所地の「三DKマンション」で原告と同居し、養育監護にあたった。(争いのない事実)

(5)  原告は、平成一二年三月高校を卒業したが、平成一二年度の大学入試に失敗した。(争いのない事実)

(6)  訴外一郎は被告に対し、原告の引越費用二四万八七九三円を請求する書面(甲25)を送付した。(甲25、乙13、弁論の全趣旨)

これに対し、被告は訴外一郎に対し、同年五月一三日ころ、次の内容の手紙(甲8)を送付した。仕送り分については、これを月八万円とするが、前記二四万八七九三円及び管理費立替分一万二四〇〇円、国民健康保険料の原告分七四二五円、小遣い五万九〇〇〇円を仕送り分から控除するというものである。(争いのない事実、甲8、乙13)

美代引越出費費用項目、拝見いたしました。

結論から申し上げれば、美代にも何度となく伝えてありますが、私といたしましては、これらの費用は月々の仕送りから立て替えて支払いたいと考えております。

管理費立替 月六二〇〇円 四月、五月分一万二四〇〇円があります。

国民健康保険 美代の分月二四七五円 四月、五月、六月分七四二五円があります。

この保険の請求書はまだ六月の分までしか請求がきていませんので、美代が住所を○○に変えた後には、そちらに直接通知が届くと思います。住所がそのままだと、同居人の美代のバイト代が収入に加算され、確定申告の際不都合が生じますので、なるべく早く住所変更届をお願いします。

一万二四〇〇円+七四二五円、そして先日五万円と四月の小遣い九〇〇〇円を渡しましたので、これらの合計七万八八二五円と二四万八七九三円の合計三二万七六一八円を八万円より引かせていただきます。

本年度は四月より三二か月は月々七万円の仕送りとし、三三か月目は七万二三八二円、三四か月目からは八万円を平成一六年(後に平成一七年に訂正)三月までと考えております。来年春の受験料、マンションの税金は又そのときマイナスするつもりです。

理由

仕送りの前半は七万円、後半は八万円とアルバイトで十分生活が成り立つと考えます。なぜなら、全国の大学生の平均仕送り額が一二万円、これは部屋代や足代、参考書代などのすべてこの中より払うそうです。「朝日新聞世論調査より」

美代の場合、部屋代六万七〇〇〇円+七万円で平均以上です。記事によると、ほとんどの学生が不足分はアルバイトで充てているそうです。

学生生活は人並みで十分だと私は親として考えています。マンションがあり、七万、八万円の金額とバイト代で十分美代にも生活できる額だと思います。もちろんこの中に教科書代、参考書などの費用、交通費などすべての費用がふくまれます。今後何か必要な金額が生じた場合は仕送りの中より充てたいと考えています。

美代に言いたいことは、ひとりで生活するようになったらお金はできるだけ切り詰めて生活する癖をつけてほしいと思っています。決まった額の中でやりくりするコツを覚えてください。金銭感覚は一生ついてきます。金銭感覚は生き方を左右します。ほとんどの学生がこの金額かあるいはこれ以下でやっています。美代もできるはずです。

三分の一云々の件は、子供が成人するまで「大学卒業まで」にかかる費用です。私の示した金額は世間的に平均的な充当な額だと考えます。

○○のマンションと、月々七万、八万の五年間の仕送り、大学の入学金と授業料(これは四年間、それ以上認めない)、これで十分過ぎるほどだと思っています。これ以上は必要ないというのが私の考えです。引越までに四月、五月、そして来月分の仕送り合計額二一万円+二四万八七九三円、合計四五万八七九三円を美代に渡すつもりです。其方の計算で私の出す金額がまだ足らないとお思いでしたら、それは私の亡くなった後に私の財産の中より充てたいと考えています。

以上宜しくお願い申し上げます。

*○○のマンションはいつでも美代の望むときに現金に換えることができる。移転登記に伴う譲渡所得税及び一切の費用は美代の負担とする。本年四月をもって○○のマンションの権利は私には一切ないものとします。

(7)  被告は、同月二〇日ころ、次の内容の合意書(美代子自立費用に関する合意書、甲9の1、乙9の1)を作成し、捺印の上、これを原告に渡した。

(争いのない事実、乙13)

「私甲野良子と、娘甲野美代子は別紙の良子案に、この書面にて合意いたします。」「尚、項目5の学費とは入学金、授業料のみとし、教科書代、参考書代は本人の負担とする。」「*今後、美代子から私良子への金銭的な要求は、いかなる場合も一切無しとする。」

(8)  原告は、同年六月、被告のもとを出て、以後、本件建物に、ひとりで居住している。(争いのない事実)

(9)  被告は原告に対し、同年五月末ころ、前記二四万八七九三円と同年四月から六月分の仕送り二一万円、合計四五万八七九三円を支払った。被告の原告に対する仕送り等の状況は、別紙送金表記載のとおりである。(争いのない事実、甲12、乙13、原告本件尋問の結果)

(10)  原告は、同年八月ころ、進路変更を行い、大学進学を断念し、漫画家ないしは漫画関連の仕事を目指して専門学校の漫画科へ行くことに決めた。(甲26、原告本人尋問の結果)

(11)  被告は原告に対し、同年一〇月一七日付けで次の内容の手紙を送付した。(甲30)

貴方が「もう一度中学生高校生からやり直して今度は普通に生きたい」と言いましたね。でも今からでも遅くないのですよ。今から、普通の一九歳になればいいのですから。自分に気づかないと、ずうっと後になって又同じことを私にこぼすでしょう。「あの時もっとこうすればよかった。」

今、この瞬間がとても大切なのです。後で後悔することではなく、今しかないのです。

沢山の才能に恵まれた貴方です。本気になればどんな夢でも現実にすることができるパワーを持った人です。早く健康になってください。そうしないとあっという間に、お金はなくなってしまいます。専門学校どころじゃなくなる可能性もあります。仕送りを全部病院通いに使うなんて、そんな生活を望んでいますか。そしてまた同じことを言うのです。「あの時こうしてたらよかった」

本当に心から健康を求めるなら、今から心を切り替えて後悔しない生き方をしてください。多少のことでは動じない免疫力のある体を作ってください。それは自分で心がけて作る自分の体です。今からでも遅くないのです。

(12)  被告は原告を相手方として、同年一二月、東京家庭裁判所に親子関係円満調停事件の申立てをし(同年(家イ)第七七八二号)、同調停において、平成一三年五月に原告が成年に達した後の給付を一切取りやめる旨申し出て、原告の承諾を求めたが、原告はこれに応じず、同調停は、平成一三年二月不調に終わった。(争いのない事実)

なお、被告が調停の際に作成した「一郎氏陳情書及び民事調停申込書の中に見られる見解の相違について」(甲23)には、「この合意書は協議書aが発見される前に書かれたものであり、又あくまでも娘が四年の大学に行くことが前提で作成してある。しかし彼女は受験に失敗し大学には行かないことになった。」「昨年一二月、そんな娘の様子を見ていた私は合意書の件を弁護士に相談した。その結果、今は四年の大学に行っていない。この合意書はあくまで四年制の大学に行くことが前提で書いてあり、今は状況が前とは違ってきている。この合意書は事情変更にあたり無効である。と言われた。」との記載がある(甲23)。

(13)  被告は訴外一郎に対し、平成一三年二月二〇日ころ、次の内容の手紙を送付した。(甲10)

突然ですが、美代の生活費についてお話ししたいと思います。二人で築いた財産の半分は私のものだと、結婚生活の中で何度か貴方から聞いています。昨年の暮れ財産協議書a(乙1)が出てきました。これは二人の間に交わされた一番はじめの用紙です。私はこの書類の存在をすっかり忘れていました。この用紙は貴方が常々言っていたように財産を半分ずつ分けています。これを渡されたとき、「これだと美代の生活費が入っていない。」と言ったところ、「これでどうだ。」と新しい用紙b(乙2)を渡されました。aとbを比較していただければ分かると思いますが、私の取り分は○○のマンション(本件土地建物)だけ多くなっています。つまり○○のマンションを美代の養育費分として私は受け取っています。

三DKのマンションの書き替えで司法書士の青木さんのところで、これだと○○のマンション分に贈与税がかかるといけないから、どこかに養育費扱いと一筆入れておいた方が良いとアドバイスを受けました。そして用紙bの私の取り分に()をつけ、(ただし、このうちの三分の一は美代子の養育費扱いとする)と入れ、協議書cとしました。協議書cには公証役場の判を押してあります。この公証役場の判も青木さんのアドバイスで私が日本橋の役場で押してもらいました。その辺のいきさつを思い出していただければ、財産をはじめ二分の一ずつふたりで分けたことを分かっていただけると思います。()の中の三分の一云々はあくまで税金対策でした。それを用紙aとbを見たときにはっきりと思い出しました。そのcの用紙を美代が持ち出したようで私の手元にはありません。そちらにcの控えがあると思います。

以上の理由により、○○のマンション分の金額は(多分、現在、推定で七〇〇万円前後)、今まで美代を養育して使い終わっています。私としては、今年、美代が二〇歳になるまで仕送りをした後は、これで美代の養育の義務を全て完了したと考えます。今住んでいるマンションは、美代が将来結婚するか、あるいは同棲するようになった時点で明け渡していただきます。もちろん住み続ける以上は、今までどおり、管理費及び税金は美代の負担。次の部屋代六万八〇〇〇円の一年で八一万六〇〇〇円。美代がいくつで結婚するか分かりませんが、もし五年住み続ければ、四八〇万円。一〇年で八〇〇万円になります。○○のマンション分はもう終わっているので、本来なら、この分は私の取り分となるはずです。

この考えを家庭裁判所を通じて美代に伝えたところ、ふたりの言い分は平行線です。私はこの考えを変えるつもりは全くありません。美代との間で交わした合意書は、協議書aとbが出てくる前の話です。もし協議書をたてにとったとしても、あれはあくまでも美代が四年制の大学に入ることが前提で作成してあります。浪人したときのことや、それ以外のことを考慮に入れて書いてあるわけではありません。今では事情が変わっているので、それは「事情変更の原則」という法律にあたり無効になると弁護士さんに言われています。家庭裁判所の調停委員の方も、「どんな書類があるにせよ、この合意書が有効かどうかはあやしい。書類が云々と言うことではなく母親が子供をどう育てるか、母親として子供を崖から突き落とすのもそれも母親の選択です。それを裁判所がどうこう言うことはできません。」と言われました。私はそんなことがあっても、どこに出ても、何を美代から言われてもこの考えを変えるつもりはありません。

なお、協議書a(乙1)と協議書b(乙2)の記載は概ね同じであるが、①協議書aでは、訴外一郎が本件土地建物を取得するとされているが、協議書bでは、被告が本件土地建物の売却に係る手取り相当金額を取得する(但し、被告が移転登記を希望するときは移転登記も可)とされていること、②協議書aでは△△マンションの移転登記等の費用及び譲渡所得税は訴外一郎の負担とされているのに対し、協議書bでは、同マンション及び本件土地建物の費用及び譲渡所得税は被告の負担とされていること、③協議書bには公証人役場の確定日付が存することに相違が存する。(乙1、2)

(14)  原告は、P専門学校の平成一三年度入学選考に合格し、受験料二万円、入学金二七万円、平成一三年上期授業料六七万九九〇〇円、下期授業料四五万円を支出した。さらに、原告は、平成一四年度上期授業料六四万八〇〇〇円、下期授業料四六万八〇〇〇円を各学期開始前に納入しなければならない。学費の納入期日は前期が四月九日、後期が一〇月九日である。なお、修業年限は二年である。(争いのない事実、甲13、28)

2  争点

(1)  本件扶養契約は家庭裁判所の専権事項か

(被告)

本件が民法八七九条前段の扶養の問題であるとすれば、その趣旨の協議が必要であり、本来、父であり資力のある訴外一郎が主たる扶養義務者というべきであり、協議ができないときは家庭裁判所の審判で決めることになり、東京家庭裁判所の専権事項である。

(原告)

争う。

(2)  扶養契約の成否

(原告)

原告と被告は、「美代子自立費用に関する合意書」(甲9の1)及び「ミヨ自立費用分析」(甲9の2、別紙のとおり)により扶養契約を締結した。

同契約によれば、被告は原告に対し、請求1記載の扶養料及び同2記載の学費、並びに、同3記載のとおり、本件土地建物につき贈与を原因とする所有権移転登記手続を行う義務がある。

(被告)

「美代子自立費用に関する合意書」に関しては、原告が署名したものは被告には渡されておらず、原告からの明確な承諾の意思表示はなかった。「ミヨ自立費用分析」は訴外一郎が作成したものであり、被告は、「美代子自立費用に関する合意書」を作成した際はこれを知らなかった。「美代子自立費用に関する合意書」及び「ミヨ自立費用分析」は一体のものではない。

(3)  扶養契約に大学進学が条件となっていたか否か

(被告)

仮に、「美代子自立費用に関する合意書」及び「ミヨ自立費用分析」によって、合意が成立しているとしても、原告が主張する内容は、原告が四年制の大学に進学した場合のことである。原告が甘え、依存心を捨て、人間的に自立するためには、まじめな生活をし、金銭感覚を身につけることが必要であり、そのためには四年制大学に進学し大学で学ぶことが必要であると被告は強く希望していたのである。

(原告)

本契約は、扶養契約であって学資供給契約ではない。

確かに、合意当時は、四年制大学への進学が予想されてはいたが、専門学校の場合を除くとの特約はなく、広く上級学校の在学期間中の授業料と入学金及び受験料を被告が負担するとの合意が包含されている。原告の要扶養状態は継続しており、原告が成年に達した一事をもって扶養義務が消滅するものではない。

(4)  本件扶養契約上の債務は自然債務か。

(被告)

被告と原告との約束事は、母子間の自然債務であり、被告が法律的に強制される関係ではない。裁判による請求の実現は認められない。

(原告)

扶養契約は家庭裁判所が非訟手続により形成する扶養の権利義務と同等の司法上の債権債務関係として強制力を有すること民法四一四条の明定するところである。

(5)  被告は本件建物の所有権を有するか。原告の占有は使用貸借に基づくものか。

(被告)

被告と原告は、平成一二年六月一日ころ、本件建物の使用に関し、返還時期及び使用収益の目的を定めない使用貸借契約を締結した。

被告は原告に対し、本訴訟において、使用貸借終了を申し入れた。

したがって、被告は原告に対し、所有権又は使用貸借終了に基づき、本件建物の明渡しを求める。

(原告)

原告の占有は、使用貸借契約に基づくものではない。被告は、平成一二年五月二一日、本件建物を原告に贈与し、原告はこれを受諾して、同月末ころから本件建物に居住しているのである。

第3  争点に対する判断

1  本件扶養契約は家庭裁判所の専権事項か

被告は、本件が民法八七九条前段の扶養の問題であるとすれば、その趣旨の協議が必要であり、本来、父であり資力のある訴外一郎が主たる扶養義務者というべきであり、協議ができないときは家庭裁判所の審判で決めることになり、東京家庭裁判所の専権事項であると主張するが、扶養の程度及び方法について当事者間に協議が調わないとき又は協議ができないときは、扶養権利者の需要、扶養義務者の資力その他一切の事情を考慮して、家庭裁判所がこれを定めなくてはならないが(民法八七九条、家事審判法九条一項乙類八号)、扶養決定を求めるものでなく、当事者間に成立した一種の贈与契約の性質を有するいわゆる扶養契約に基づく扶養料請求が民事訴訟事項に属することは論を待たないのであって、被告の主張は採用できない。

2  扶養契約の成否

本件においては、前記事実の外、原告が被告に対し、平成一一年末から翌年にかけて、「三分の一は美代の金だ、美代の金返せ」などと大声で喚いて被告を怒鳴るのが日常であったこと(乙11、13、被告本人尋問の結果、弁論の全趣旨)、訴外一郎が、平成一二年五月一六日、被告に対し、電話で、被告の前記手紙による提案を了承する旨伝えるとともに、前記手紙中に「八万円を平成一六年三月まで」とあるのは、「八万円を平成一七年三月まで」の誤記であることを指摘し、被告もこれを認めたこと(争いのない事実、甲22、40、弁論の全趣旨)、訴外一郎が、同月一八日、原告に対し、訴外一郎と被告との間の了解事項を伝え、原告から了承を得たこと(甲22、40、弁論の全趣旨)、訴外一郎が、同月一九日、被告と電話で話をし、合意書を作成する旨合意したこと(甲22、40、弁論の全趣旨)が認められるのであって、これらの事実によれば、原告と被告は、「美代子自立費用に関する合意書」及び「ミヨ自立費用分析」により扶養契約を締結したものと認められる。

この点に関し、被告は、「「美代子自立費用に関する合意書」に関しては、原告が署名したものは被告には渡されておらず、原告からの明確な承諾の意思表示はなかった。「ミヨ自立費用分析」は訴外一郎が作成したものであり、被告は「美代子自立費用に関する合意書」を作成した際はこれを知らなかった。「美代子自立費用に関する合意書」及び「ミヨ自立費用分析」は一体のものではない。」と主張して、扶養契約の成立を否認する。

しかしながら、前記合意書が作成される経緯は、前記認定のとおり、被告が訴外一郎に対し手紙(甲8)を送付し、これを受けて訴外一郎と被告との間で電話による協議がなされ、原告はその協議結果を聞かされてこれを了承し、最終的には、被告の作成、捺印した原告・被告間の合意書(美代子自立費用に関する合意書、甲9の1、乙9の1)が原告に手交されているのであるから、合意書に原告の捺印が存するか否かにかかわらず、以上の事実をもって扶養契約は成立したものというべきであり、被告の主張は採用できない。

なお、被告は、「「美代子自立費用に関する合意書」を作成した際には、「ミヨ自立費用分析」を知らなかった。「美代子自立費用に関する合意書」及び「ミヨ自立費用分析」は一体のものではない。」とも主張しているが、「美代子自立費用に関する合意書」(甲9の1、乙9の1)は、「別紙の良子案に、この書面にて合意いたします。」「尚、項目5の学費とは入学金、授業料のみとし」との記載があり、同合意書の記載は別紙の存在を予定しているところ、「ミヨ自立費用分析」(甲9の2)はこれらの記述と符合するばかりか、被告の訴外一郎宛の書面(甲8)の内容とも概ね一致するのであって、被告が、本人尋問にあたって、甲9号証の2が送付されてきた時期は、はっきり記憶にないと述べていることも併せ考慮すれば、「美代子自立費用に関する合意書」(甲9の1、乙9の1)にいう「別紙の良子案」とは「ミヨ自立費用分析」(甲9の2)を指し、両書面は一体のものとして扶養契約を構成するものと解するのが相当であって、この点に関する被告の主張も採用できない。

3  扶養契約に大学進学が条件となっていたか否か

被告は、「仮に、「美代子自立費用に関する合意書」及び「ミヨ自立費用分析」によって、合意が成立しているとしても、原告が主張する内容は、原告が四年制の大学に進学した場合のことである。原告が甘え、依存心を捨て、人間的に自立するためには、まじめな生活をし、金銭感覚を身につけることが必要であり、そのためには四年制大学に進学し大学で学ぶことが必要であると被告は強く希望していたのである。」と主張する。

なるほど、当時は、原告が大学進学を目指していたこともあって、手紙(甲8)、「ミヨ自立費用分析」(甲9の2)を見ても、原告が、平成一三年四月に大学に進学することが想定されていたことが認められるところではある。

しかしながら、前記のとおり、原告の大学進学の如何にかかわらず、仕送りは平成一二年四月分より実施されている。

また、本件建物及び土地についても、「*○○のマンションはいつでも美代の望むときに現金に換えることができる。移転登記に伴う譲渡所得税及び一切の費用は美代の負担とする。本年四月をもって○○のマンションの権利は私には一切ないものとします。」「本年度四月より三二か月は月々七万円の仕送りとし、三三か月目は七万二三八二円、三四か月目からは八万円を平成一六年(後に平成一七年に訂正)三月までと考えております。来年春の受験料、マンションの税金は又そのときマイナスするつもりです。」(甲8)としているのであって、これらの記載によれば、被告は原告に対し、平成一二年四月に遡る形で、本件建物及び土地を贈与したものと認められる。被告は、本年四月とは平成一三年四月であるとするが、上記記載からは到底採用できない。

さらに、被告は、「原告が甘え、依存心を捨て、人間的に自立するためには、まじめな生活をし、金銭感覚を身に付けることが必要であり、そのためには四年制大学に進学し大学で学ぶことが必要であると被告は強く希望していたのである。」と主張するが、原告が甘え、依存心を捨て、人間的に自立するためには、まじめな生活をし、金銭感覚を身につけることが必要であるとしても、なにゆえ原告の希望する専門学校は駄目で、四年制大学に進学することが必要とされるのか、その主張自体からは判然としないところでもある。

以上の外、前記のとおり、原告は、平成一二年八月ころ、大学進学を断念し、専門学校へ行くことを決めたが、その後も、被告は、従前同様仕送りをしており、また、同年一〇月一七日付けの手紙(甲30)で、「早く健康にならないと、あっという間にお金はなくなってしまい、専門学校どころか、仕送りを全部病院通いに使うことになってしまう」旨、原告を励ましているのであって、専門学校進学を前提としながらも、仕送りを打切る等の申入れは全くなされていないこと、「一郎氏陳情書及び民事調停申込書の中に見られる見解の相違について」(甲23)や原告の訴外一郎宛の手紙(甲10)をみても、大学進学が条件となっているとの部分は、専ら合意書を見た弁護士の意見として記述がなされていることなど、以上の諸点に照らせば、本件扶養契約が大学進学を条件としていたとは認めることはできない。

もっとも、手紙(甲8)によれば、被告は原告に対し、仕送りを、原告に人並みの学生生活を送らせる限度で行う旨述べているところ、原告は、修業年限二年の専門学校に進学したのであるから、仕送りについては、原告が専門学校を卒業する平成一五年三月をもって限度とするのが被告の意思であり、その旨は手紙(甲8)からも明らかであって、原告も訴外一郎からこれを見せられたとしているのであるから(原告本人尋問の結果)、前記合意も、上記のとおり解釈すべきであり、したがって、原告の請求1は上記の限度で認めるべきものと解される。

4  本件扶養契約上の債務は自然債務か

被告は、被告と原告との約束事は、母子間の自然債務であり、被告が法律的に強制される関係ではなく、裁判による請求の実現は認められないと主張するが、本件全証拠に照らしても、本件扶養契約上の債務を自然債務とすべき事情は認められない。この点に関する被告の主張も採用できない。

前記のとおり、本件においては、原告が被告に対し、平成一一年末から翌年にかけて、「三分の一は美代の金だ、美代の金返せ」などと大声で喚いて被告を怒鳴るのが日常であった事実が認められるところ、「美代子自立費用に関する合意書」(甲9の1、乙9の1)には、「*今後、美代子から私良子への金銭的な要求は、いかなる場合も一切無しとする。」との記載がなされているのであって、これらの事実に照らせば、むしろ、被告は、前記合意書作成当時は、これに拘束力を持たせる意思があったものと認められる。

5  被告は本件建物の所有権を有するか。原告の占有は使用貸借に基づくものか。

被告は、「被告と原告とは、平成一二年六月一日ころ、本件建物の使用に関し、返還時期及び使用収益の目的を定めない使用貸借契約を締結した。被告は原告に対し、本訴訟において、使用貸借終了を申し入れた。したがって、被告は原告に対し、所有権又は使用貸借終了に基づき、本件建物の明渡しを求める。」と主張するが、前記のとおり、本件建物は既に原告に贈与されており、原告の占有は使用貸借に基づくものとはいえないから、被告の主張は採用できない。

6  なお、原告は、学費に関する遅延損害金の始期につき、九六万九九〇〇円については直ちに(訴状送達の日の翌日(平成一三年八月八日)と思料される)、四五万円については平成一三年九月二一日、六四万八〇〇〇円については平成一四年三月二一日、四六万八〇〇〇円については平成一四年九月二一日としているが、甲13号証によれば、学費の納入期日は前期が四月九日、後期が一〇月九日であるから、被告は原告に対し、遅くとも同日までには学費相当額を支払うべきものと解される。また、本件においては、将来の給付を求める各訴えにつき、いずれもその必要性が肯定できる。

第4  結論

以上によれば、被告の反訴請求は理由がなく、原告の本訴請求は主文の限度で理由がある。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官・三浦隆志)

別紙物件目録等<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
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